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不食尼(ふじきに)
昔、三河国巨海村(現在の愛知県西尾市)の長寿寺の尼僧が、二〇年間も断食修行をしていて人々から信仰を集め、評判になっていたそうです。
この長寿寺は、中世からの国司、西條吉良氏の由縁の寺で、現在でこそ廃寺となっていますが、かつては天祥山長寿寺という荘厳な大寺院でした。
江戸時代の医師、橘南谿が記した『諸国奇談東遊記』(寛政7年1795年版)に、この不食話を聞いた彼の友人、百井塘雨(ももいとうう)が旅の途中に、わざわざその地に逗留して調べたあげた内容が載っています。
塘雨が実際にその尼僧に会い、また近所の人達から聞き出した話は、下記のようでした。
・名を「安昌」
・不食無渇、不食不飢、不屎不尿
・外観は、顔色がやや青白く、小太り。
・言葉はややどもる感じ。
・十四歳のころから少食。
・十六歳で同じ村に嫁いだが、病身の為、離縁となり、尼となって寺の庵に住む。
・尼になったときは、2〜3回/月少し食べるだけであった。
・さらにその後は、1回/月、少し食べるだけと不食が進んだ。
・ここ数年はずっと食べていない。時々わずかの湯を飲むだけ。
・信州の善光寺まで歩いて参詣したが、その間数十日も食べなかった。
・お上に咎められたが、結局、食事を受け付けない病として許された。
これらの話から、「これは病のせいで、べつだん尊いことでもない」と塘雨は結論付けています。
ウーム、食べないで生きているだけでもスゴイことなのに、どうしてこんな結論が出てしまうのか、ヤッズ★はこの塘雨の考え方を不思議に感じます。
昔は、大人1人1日の基礎代謝に必要なカロリーという概念がないので、こんな結論になってしまったんでしょうね。今なら充分研究対象になると思うのですが。
今、日本でも不食者はいるのに、あまり研究の対象とされていないのは何故でしょうか?
日本の学会の保守性? 食品産業の陰謀?
ちなみに、この尼僧は、明和3年(1767年)に43歳で亡くなったそうです。
この長寿寺は、中世からの国司、西條吉良氏の由縁の寺で、現在でこそ廃寺となっていますが、かつては天祥山長寿寺という荘厳な大寺院でした。
江戸時代の医師、橘南谿が記した『諸国奇談東遊記』(寛政7年1795年版)に、この不食話を聞いた彼の友人、百井塘雨(ももいとうう)が旅の途中に、わざわざその地に逗留して調べたあげた内容が載っています。
塘雨が実際にその尼僧に会い、また近所の人達から聞き出した話は、下記のようでした。
・名を「安昌」
・不食無渇、不食不飢、不屎不尿
・外観は、顔色がやや青白く、小太り。
・言葉はややどもる感じ。
・十四歳のころから少食。
・十六歳で同じ村に嫁いだが、病身の為、離縁となり、尼となって寺の庵に住む。
・尼になったときは、2〜3回/月少し食べるだけであった。
・さらにその後は、1回/月、少し食べるだけと不食が進んだ。
・ここ数年はずっと食べていない。時々わずかの湯を飲むだけ。
・信州の善光寺まで歩いて参詣したが、その間数十日も食べなかった。
・お上に咎められたが、結局、食事を受け付けない病として許された。
これらの話から、「これは病のせいで、べつだん尊いことでもない」と塘雨は結論付けています。
ウーム、食べないで生きているだけでもスゴイことなのに、どうしてこんな結論が出てしまうのか、ヤッズ★はこの塘雨の考え方を不思議に感じます。
昔は、大人1人1日の基礎代謝に必要なカロリーという概念がないので、こんな結論になってしまったんでしょうね。今なら充分研究対象になると思うのですが。
今、日本でも不食者はいるのに、あまり研究の対象とされていないのは何故でしょうか?
日本の学会の保守性? 食品産業の陰謀?
ちなみに、この尼僧は、明和3年(1767年)に43歳で亡くなったそうです。
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