2008.05.31.Sat
今回も『マスターの教え』の翻訳差異について書きますね。
ヤッズ★が、山川夫妻翻訳の『マスターの教え』の中で一番好きな言葉は下記の言葉です。
「心の中に、あるものごとや、状態、状況などをはっきりとした形でイメージし、
意識することは、それ自体がすでに現実なのです。」
五感を通してあなたが経験するものは、現実化し、
目に見える形になった心の中のイメージです。
この言葉は第9章の冒頭に書かれているのですが、『マスターの教え』をギュッと凝縮した言葉であるとヤッズ★は思っています。では、『ホントは怖いマスターの教え』(→初版により近い古い原文からの訳出をヤッズ★がこう命名w)の方では、この言葉はどのように表現されているのでしょうか?
■基本α公式サイト 『The Message of a Master』(その1)(その2)(その3)
http://www3.plala.or.jp/zbh421331/index.html
(※註 左側目次の最下段のリンク先から入ります)
「どんな状態、状況であっても、心の中に固定されたpictureあるいは、
意識したことは、それ自体が事実として扱われています。」
5感などを通してあなたが経験するものは、『out-pictured』したり、
目に見えたり形として触れたりする心の中のイメージです。
まぁ、だいたい同じような意味合いで安心しました(笑)。
ただ、もう少し詳細に見ていくとかなり大きな違いがあるのではないかと思えてきたのです。
というのは、山川翻訳本の指している内容は、人は五感を通して得た情報を脳内で再生・再構成して現実認識をしている事実を踏まえていて、その脳内で味わう体験内容こそが本当の意味で現実として認識されているのだ、と言っているに過ぎないのではないかと感じたのです。現実は人の内部にあるという認識です。
一方、それに引換え『ホントは怖い〜』の方は、投影された意識が現実世界という物質世界を形作っているという「変換人(トランスフォーマー)的視点」により近いように感じます。こちらは現実は人の外部環境にあるという認識です。でも、その外部環境は内部から生成されいるという構造です。
これはヤッズ★の深読みし過ぎで間違っているのかもしれませんが、そんなちょっとした違いをベースにして、その後に続く部分を読んでみますと多くの違いを発見しました。
********************************************************************
あなたの体の細胞はどんどん入れ替わっています。科学者によれば、時間が経てば、ほとんどすべての細胞は入れ替わってしまうということです。しかし、あなたは何年も前のことを憶えていますね?あなたは子供時代のことを思い出すこともできます。十分にくり返して、確実に身につけたことも長期的に憶えていますね。体の細胞が入れ替わってしまっているというのに、何年もたった昔のことをなぜ思い出すことができるのでしょうか?
それは、「意識」というものが心の断片を繋げて記憶として引き出しているからです。(※註1)
つまり、今のあなたという存在は「意識」なのです。あなたは「体」を「意識」している存在なのです。個人の本体として、個々の範囲で機能している、私たちの実体は全能である意識をつくっている「もの」なのです。(※註2)あなたの体はあなたが人間として機能することを可能にする乗り物のようなものです。あなたという存在の意識がマスターで、あなたの体は従者なのです。体は表現するための道具なのです。それだけです。
では、あなたが存在しているかぎり、ずっと心の中に描かれ、イメージされて残っている体と、定期的に、完全に分解されて土に帰ってゆく体と、どちらが本物の体なのでしょうか?また、心の中に描かれ、イメージされたものと、わずかの間存在し、のちに分解してしまう目に見える物体と、どちらが本物なのでしょうか?
人類が達成したものの中で、物質的な世界はささいなものでたいしたことではないと言っているわけではありません。実際は、どちらも同じだけの価値を持っています。本質的には物質と心は対等な存在です。2つの関係に開きがあるように思えるほど、別のものに見えやすくなっているだけです。どちらか一方に囚われなければ、どちらも尊重できるようになってくるのです。物質には物質を成り立たせている『universal law』があるのと同じように、心には心を成り立たせている『universal law』があります。どちらも同じ源から発芽しています。(※註3)
ですから、まずはじめに心の働きに関する基本的な知識を得ることは、『universal law』へ近づくために最も重要なことでもあるのです。 (第9章より抜粋)
********************************************************************
(※註1)の箇所は、山川翻訳本では、全く割愛されています。
記憶が保持できる原因をいきなり私たちが「意識」であるという結論に持っていっていますね。
これでは、ちょっと論理的に飛躍があり過ぎです(笑)。
(※註2)の箇所は、「あなたは<体>ではありません。・・・・・あなたは全能である意識なのです。」と山川翻訳本には書かれています。
「私たちの実体は全能である意識をつくっている<もの>」と「あなたは全能である意識」とでは、一見同じように聞こえますが、実は大きく異なります。先は2重構造を表しています。実体が全能意識そのものではなく、それを形成している<もの>ということを表現していますね。あくまで全能意識は客体にすぎないということです。山川翻訳本では「主体」と「客体」が混ぜこぜで同一視されてしまっています。
まぁ、重箱の隅を突くようなどっちでもいい、実に些細なことなのですが(爆)。
(※註3)の箇所は、山川翻訳本では「(物質は)ただ、二次的なものにすぎないと言いたいのです」と恐ろしい程に短縮化されています。上の長文がどうしたら「二次的なものに過ぎない」という言葉に集約されるのかマジ理解に困ってしまいます。文面からはどう見ても、どちらかが上位でどちらかが下位であるというようには読めません。明らかに「心と物質は対等」という風に書かれていますし、また出処は一緒ですが、別々の法則で規制されていると語っています。
以上を踏まえて図式してみると、こんな感じでしょうか。
山川夫妻翻訳本: 実体=万能意識=心>>>物質
ホントは怖い〜: 実体>>>万能意識>>>心と物質
これは結果として、人の意識次元が1つ低いように描写されてしまっています。
物質レベルを3次元と表現した場合、山川翻訳本では人の実体は1つ上の4次元となってしまいますが、『ホントは怖い〜』の方はもう1つ上の5次元レベルにまで達しています。
これは「次元間の航空機」に住むという奴等の仕業なのかもしれません。(←冗談ですw)
※次元間の航空機・・・デービット・アイクが『爬虫類人』の中で明かしたレプティリアンという極悪宇宙存在の住む次元領域、3次元と4次元の間にあるという。ここから彼らの血を引くもの(王族)をオーバー・シャドーして統御しているという。(がはは)
山川翻訳本の英語原文を見ていないので、はっきりとは分かりませんが、山川翻訳『マスターの教え』並びにその原文であるKatherine Dieter著の『The Message of a Master: A Classic Tale of Wealth, Wisdom, & the Secret of Success』には、自分の体を含めこの現実世界全てを自分の心がが投影しているという「トランスフォーマー(変換人)的視点」が欠落している、あるいは不十分である点は濃厚です。
これは著者がトランスフォーマー的視点が理解できなかったのか、認めていないことからくるバイアスによって引き起こされたのかもしれません。あるいは、ある勢力にとって、知られてはマズイとても重要なことだったのかもしれません(爆)。
ワシしゃ、変換人がえぇ
まぁ、願望実現には、別に「変換人的視点」が必須というわけではありませんので、この『マスターの教え』に書かれている内容を実践するだけで何の問題もありません。必要十分なことは漏れなく書かれているからです。ただ、この本に登場するマスターには、半田広宣氏や津留晃一氏のような「変換人(トランスフォーマー)的視点」があることを記憶に留めておくだけでいいと思います。
差異を追求するのは、ヤッズ★が単に「違いの分かる男」にこだわっているだけです(爆)。
それにしても、願望実現本の源流といわれるこの本に、「変換人(トランスフォーマー)的視点」が既に織り込まれていたことは、かなりの驚きでした。やはり、この本に登場するマスターは本物じゃないかと思います。
ヤッズ★が、山川夫妻翻訳の『マスターの教え』の中で一番好きな言葉は下記の言葉です。
「心の中に、あるものごとや、状態、状況などをはっきりとした形でイメージし、
意識することは、それ自体がすでに現実なのです。」
五感を通してあなたが経験するものは、現実化し、
目に見える形になった心の中のイメージです。
この言葉は第9章の冒頭に書かれているのですが、『マスターの教え』をギュッと凝縮した言葉であるとヤッズ★は思っています。では、『ホントは怖いマスターの教え』(→初版により近い古い原文からの訳出をヤッズ★がこう命名w)の方では、この言葉はどのように表現されているのでしょうか?
■基本α公式サイト 『The Message of a Master』(その1)(その2)(その3)
http://www3.plala.or.jp/zbh421331/index.html
(※註 左側目次の最下段のリンク先から入ります)
「どんな状態、状況であっても、心の中に固定されたpictureあるいは、
意識したことは、それ自体が事実として扱われています。」
5感などを通してあなたが経験するものは、『out-pictured』したり、
目に見えたり形として触れたりする心の中のイメージです。
まぁ、だいたい同じような意味合いで安心しました(笑)。
ただ、もう少し詳細に見ていくとかなり大きな違いがあるのではないかと思えてきたのです。
というのは、山川翻訳本の指している内容は、人は五感を通して得た情報を脳内で再生・再構成して現実認識をしている事実を踏まえていて、その脳内で味わう体験内容こそが本当の意味で現実として認識されているのだ、と言っているに過ぎないのではないかと感じたのです。現実は人の内部にあるという認識です。
一方、それに引換え『ホントは怖い〜』の方は、投影された意識が現実世界という物質世界を形作っているという「変換人(トランスフォーマー)的視点」により近いように感じます。こちらは現実は人の外部環境にあるという認識です。でも、その外部環境は内部から生成されいるという構造です。
これはヤッズ★の深読みし過ぎで間違っているのかもしれませんが、そんなちょっとした違いをベースにして、その後に続く部分を読んでみますと多くの違いを発見しました。
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あなたの体の細胞はどんどん入れ替わっています。科学者によれば、時間が経てば、ほとんどすべての細胞は入れ替わってしまうということです。しかし、あなたは何年も前のことを憶えていますね?あなたは子供時代のことを思い出すこともできます。十分にくり返して、確実に身につけたことも長期的に憶えていますね。体の細胞が入れ替わってしまっているというのに、何年もたった昔のことをなぜ思い出すことができるのでしょうか?
それは、「意識」というものが心の断片を繋げて記憶として引き出しているからです。(※註1)
つまり、今のあなたという存在は「意識」なのです。あなたは「体」を「意識」している存在なのです。個人の本体として、個々の範囲で機能している、私たちの実体は全能である意識をつくっている「もの」なのです。(※註2)あなたの体はあなたが人間として機能することを可能にする乗り物のようなものです。あなたという存在の意識がマスターで、あなたの体は従者なのです。体は表現するための道具なのです。それだけです。
では、あなたが存在しているかぎり、ずっと心の中に描かれ、イメージされて残っている体と、定期的に、完全に分解されて土に帰ってゆく体と、どちらが本物の体なのでしょうか?また、心の中に描かれ、イメージされたものと、わずかの間存在し、のちに分解してしまう目に見える物体と、どちらが本物なのでしょうか?
人類が達成したものの中で、物質的な世界はささいなものでたいしたことではないと言っているわけではありません。実際は、どちらも同じだけの価値を持っています。本質的には物質と心は対等な存在です。2つの関係に開きがあるように思えるほど、別のものに見えやすくなっているだけです。どちらか一方に囚われなければ、どちらも尊重できるようになってくるのです。物質には物質を成り立たせている『universal law』があるのと同じように、心には心を成り立たせている『universal law』があります。どちらも同じ源から発芽しています。(※註3)
ですから、まずはじめに心の働きに関する基本的な知識を得ることは、『universal law』へ近づくために最も重要なことでもあるのです。 (第9章より抜粋)
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(※註1)の箇所は、山川翻訳本では、全く割愛されています。
記憶が保持できる原因をいきなり私たちが「意識」であるという結論に持っていっていますね。
これでは、ちょっと論理的に飛躍があり過ぎです(笑)。
(※註2)の箇所は、「あなたは<体>ではありません。・・・・・あなたは全能である意識なのです。」と山川翻訳本には書かれています。
「私たちの実体は全能である意識をつくっている<もの>」と「あなたは全能である意識」とでは、一見同じように聞こえますが、実は大きく異なります。先は2重構造を表しています。実体が全能意識そのものではなく、それを形成している<もの>ということを表現していますね。あくまで全能意識は客体にすぎないということです。山川翻訳本では「主体」と「客体」が混ぜこぜで同一視されてしまっています。
まぁ、重箱の隅を突くようなどっちでもいい、実に些細なことなのですが(爆)。
(※註3)の箇所は、山川翻訳本では「(物質は)ただ、二次的なものにすぎないと言いたいのです」と恐ろしい程に短縮化されています。上の長文がどうしたら「二次的なものに過ぎない」という言葉に集約されるのかマジ理解に困ってしまいます。文面からはどう見ても、どちらかが上位でどちらかが下位であるというようには読めません。明らかに「心と物質は対等」という風に書かれていますし、また出処は一緒ですが、別々の法則で規制されていると語っています。
以上を踏まえて図式してみると、こんな感じでしょうか。
山川夫妻翻訳本: 実体=万能意識=心>>>物質
ホントは怖い〜: 実体>>>万能意識>>>心と物質
これは結果として、人の意識次元が1つ低いように描写されてしまっています。
物質レベルを3次元と表現した場合、山川翻訳本では人の実体は1つ上の4次元となってしまいますが、『ホントは怖い〜』の方はもう1つ上の5次元レベルにまで達しています。
これは「次元間の航空機」に住むという奴等の仕業なのかもしれません。(←冗談ですw)
※次元間の航空機・・・デービット・アイクが『爬虫類人』の中で明かしたレプティリアンという極悪宇宙存在の住む次元領域、3次元と4次元の間にあるという。ここから彼らの血を引くもの(王族)をオーバー・シャドーして統御しているという。(がはは)
山川翻訳本の英語原文を見ていないので、はっきりとは分かりませんが、山川翻訳『マスターの教え』並びにその原文であるKatherine Dieter著の『The Message of a Master: A Classic Tale of Wealth, Wisdom, & the Secret of Success』には、自分の体を含めこの現実世界全てを自分の心がが投影しているという「トランスフォーマー(変換人)的視点」が欠落している、あるいは不十分である点は濃厚です。
これは著者がトランスフォーマー的視点が理解できなかったのか、認めていないことからくるバイアスによって引き起こされたのかもしれません。あるいは、ある勢力にとって、知られてはマズイとても重要なことだったのかもしれません(爆)。
ワシしゃ、変換人がえぇ
まぁ、願望実現には、別に「変換人的視点」が必須というわけではありませんので、この『マスターの教え』に書かれている内容を実践するだけで何の問題もありません。必要十分なことは漏れなく書かれているからです。ただ、この本に登場するマスターには、半田広宣氏や津留晃一氏のような「変換人(トランスフォーマー)的視点」があることを記憶に留めておくだけでいいと思います。
差異を追求するのは、ヤッズ★が単に「違いの分かる男」にこだわっているだけです(爆)。
それにしても、願望実現本の源流といわれるこの本に、「変換人(トランスフォーマー)的視点」が既に織り込まれていたことは、かなりの驚きでした。やはり、この本に登場するマスターは本物じゃないかと思います。
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