2008.04.27.Sun
♥萌えぇじゃないか♥
【100日ブログ 第92日目】 願望入れ喰い状態まであと8日
前回の記事を書いていて、フト思ったのですが、
ヲタ芸は、現代版「ええじゃないか」ではないのか?
今までにも、北海道のソーラン祭りのように「踊り」がクローズアップされたのことはあります。
しかし、そこには宗教的恍惚感を見ることはありませんでした。
また、自然発生的に起きたわけではなく、ある種人工的な感じも受けます。
何かが足りないのです。
畏怖する対象というか、心酔するものが無いんですね。
しかし、ヲタ芸を打っている人を見ると、そこには宗教的恍惚感を見て取れます。
さしずめ、アイドルは神という設定になるのでしょうか。
(秋葉原での日常のひとコマ)
「ええじゃないか」は、江戸時代後期、慶応3年(1867年)7月から翌明治元年(1868年)4月にかけて、東海道、畿内を中心に、江戸から四国に広がった民衆運動のことで、女装や男装などの仮装をしたり、裸で町にくりだしたりして囃子言葉の「ええじゃないか」と連呼して集団で町々を巡って踊った大衆的狂乱のことです。
時には、裕福な家に勝手に入り込んでは、喰ったり踊ったりしたそうです。
入られた家の人も吉事だとして嫌な顔をせず、進んで食べ物を差し出したそうです。
事の発端は、慶応3年の夏、豊橋の牟呂神社で伊勢神宮の神符降下があったことから、「ええじゃないか」の熱狂が始まったといいます。もう一説には、東海道の御油宿(愛知県豊川市御油)に秋葉神社の火防の札が降下したのが最初とも言われています。
秋葉神社、、、、、、、、こ、これは、ヲタの聖地・秋葉原とシンクロではないか!!!

(天から御札が降ってきたw)
この時の世相は、以下のように非常にキナ臭いものでした。
・安政元年(1854年)・・・ペリー来航、直後に伊賀地震、東海、南海と立て続けに地震
・安政2年(1855年)・・・江戸にも大地震、津波、大雨が相次いで発生
・安政5年(1858年)・・・北陸でも地震、コレラ大流行(死者20万人)、攘夷派の粛清「安政の大獄」
・安政7年(1860年)・・・井伊直弼が襲われた「桜田門外の変」
災害が多発しており、人々は恐慌状態に陥っていた中で民衆は、敏感に世の変革を兆しを感じながら、重くのしかかる社会不安に耐え切れず、こういった現象に熱狂したのです。
日本人の深層意識にはこういった安全装置というものが、深く設置さてれいるのですね。
実は、現代でも状況は同じで、狂牛病、SARS...等の疫病、原油や鉱物資源の急激な値上がり、年金問題に発した公的機関のズサンな管理体制、こういった諸々の社会的ネガティブのはけ口として、熱狂的な狂乱が潜在的に芽生えてきています。
現代では、女装・男装はコスプレに変わり、神札の役目はアイドルのブロマイド写真が担っています。
(既に地下アイドルまで出現していたか。。。。。)
ヲタ芸が声援等の応援だけに留まらず、より過激で自己陶酔的な集団的パフォーマンスにまで昇華してきているのには、こういった目に見えない心理的な背景もあるのではないかと睨んでいます(爆)。
実際、マニアの習癖に留まらず、さまざまなTV番組やファン感謝デー、学園祭...等のイベントでも行われていることから、その普及(?)の火の手は瞬く間に広がってきています。しかも、日本国内だけではなく、世界中にです(爆)。
さてさて、ヲタ芸の息のあったダンス(?)は、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を彷彿とさせます。
マスゲームもそうですが、集団的パフォーマンスは、見ていてホントと気持ちいいですね。
見ている側は、金日正にでもなった気分です(爆)。
(インド版スリラー)
前回の記事を書いていて、フト思ったのですが、
ヲタ芸は、現代版「ええじゃないか」ではないのか?
今までにも、北海道のソーラン祭りのように「踊り」がクローズアップされたのことはあります。
しかし、そこには宗教的恍惚感を見ることはありませんでした。
また、自然発生的に起きたわけではなく、ある種人工的な感じも受けます。
何かが足りないのです。
畏怖する対象というか、心酔するものが無いんですね。
しかし、ヲタ芸を打っている人を見ると、そこには宗教的恍惚感を見て取れます。
さしずめ、アイドルは神という設定になるのでしょうか。
(秋葉原での日常のひとコマ)
「ええじゃないか」は、江戸時代後期、慶応3年(1867年)7月から翌明治元年(1868年)4月にかけて、東海道、畿内を中心に、江戸から四国に広がった民衆運動のことで、女装や男装などの仮装をしたり、裸で町にくりだしたりして囃子言葉の「ええじゃないか」と連呼して集団で町々を巡って踊った大衆的狂乱のことです。
時には、裕福な家に勝手に入り込んでは、喰ったり踊ったりしたそうです。
入られた家の人も吉事だとして嫌な顔をせず、進んで食べ物を差し出したそうです。
事の発端は、慶応3年の夏、豊橋の牟呂神社で伊勢神宮の神符降下があったことから、「ええじゃないか」の熱狂が始まったといいます。もう一説には、東海道の御油宿(愛知県豊川市御油)に秋葉神社の火防の札が降下したのが最初とも言われています。
秋葉神社、、、、、、、、こ、これは、ヲタの聖地・秋葉原とシンクロではないか!!!

(天から御札が降ってきたw)
この時の世相は、以下のように非常にキナ臭いものでした。
・安政元年(1854年)・・・ペリー来航、直後に伊賀地震、東海、南海と立て続けに地震
・安政2年(1855年)・・・江戸にも大地震、津波、大雨が相次いで発生
・安政5年(1858年)・・・北陸でも地震、コレラ大流行(死者20万人)、攘夷派の粛清「安政の大獄」
・安政7年(1860年)・・・井伊直弼が襲われた「桜田門外の変」
災害が多発しており、人々は恐慌状態に陥っていた中で民衆は、敏感に世の変革を兆しを感じながら、重くのしかかる社会不安に耐え切れず、こういった現象に熱狂したのです。
日本人の深層意識にはこういった安全装置というものが、深く設置さてれいるのですね。
実は、現代でも状況は同じで、狂牛病、SARS...等の疫病、原油や鉱物資源の急激な値上がり、年金問題に発した公的機関のズサンな管理体制、こういった諸々の社会的ネガティブのはけ口として、熱狂的な狂乱が潜在的に芽生えてきています。
現代では、女装・男装はコスプレに変わり、神札の役目はアイドルのブロマイド写真が担っています。
(既に地下アイドルまで出現していたか。。。。。)
ヲタ芸が声援等の応援だけに留まらず、より過激で自己陶酔的な集団的パフォーマンスにまで昇華してきているのには、こういった目に見えない心理的な背景もあるのではないかと睨んでいます(爆)。
実際、マニアの習癖に留まらず、さまざまなTV番組やファン感謝デー、学園祭...等のイベントでも行われていることから、その普及(?)の火の手は瞬く間に広がってきています。しかも、日本国内だけではなく、世界中にです(爆)。
さてさて、ヲタ芸の息のあったダンス(?)は、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を彷彿とさせます。
マスゲームもそうですが、集団的パフォーマンスは、見ていてホントと気持ちいいですね。
見ている側は、金日正にでもなった気分です(爆)。
(インド版スリラー)

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