2008.04.22.Tue
【100日ブログ 第87日目】 願望入れ喰い状態まであと13日
アセンションの付随効果を考える第2夜です。
今回は、「ハイアーセルフとの融合」についてです。
■ハイアーセルフとの融合
外界に対してある行動をすることで、何故か自分の内面まで影響を受け、願望が叶ったり、運がよくなったりする現象があると巷では言われていて、本の出版までされています。
外界と内面には何の繫がりもないと一笑に付すことも出来ますが、メカニズムを知らなくても体験から得た経験知として、全くの無視は出来ないのではないかと思っています。一例を挙げれば、
○カレン・キングストン女史の『ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門 』では、身の回りのいらなくなったガラクタをを片付けて捨てることで、もっといいものが手に入るようになる。
○喜三郎先生の『他自実現』は、「たらいの水を向こう側に押し出す」という表現で自分以外の他者の幸せを祈ることが巡り巡って自分に帰ってくると言う。
○「鏡の法則」では、相手の言動は自己の気持ちが投影されているという。それはまるで自分の気持ちを鏡に映したように正確に反映させる。
○「トイレ掃除」をすると、願望が叶いやすく運がよくなる。
○部屋に女性のポスターを貼ることで、ステキな恋人が出来た。
○赤いパンツを履くことで、健康になり、異性運がよくなった。
また、逆に自分の内面を浄化することで、外部環境が良くなる例として、
○レン博士のホ・オポノポノでは、「ありがとう、愛しています、許してください」と自分の心を癒すことだけで、荒廃し切った収容施設を改善することが出来たという。
例が少なくて申し訳ないのですが、この経験知が本物ならば、どうも外界と自己は密接な関係があるような感じです。で、この現象のメカニズムをどう理解すればいいのでしょうか?
それには、この見える世界の解析から始める必要があります。
今、私たちが見ている空間は、眼球を通して画像を電気パルスに変換され、それを脳内で再生された画像空間に間違いないのですが、ここでみる空間は無限大に広がっているよう感じられます。しかし、仮想的現実空間であるこの脳内映像には、どこに「最果て」があるのでしょうか?
これはTVモニターを見てて思ったのですが、例えば、グランドキャニオンがTVモニターに映し出された映像では、遥か彼方の風景まで映し出されて表示されていますね。でもTVモニターは20〜40インチ程度の有限な面積しかありません。この狭い面積にそんな広大な空間を映し出すことができてます。これと同じように、私たちは意識という3次元立体モニターである有限な容積を持つものに、立体的な映像を映し出すことで無限の空間を映し出しているのかもしれません。
そして、それを自分が食い入るように眺めている構図になっています(爆)。

(この全く厚みのない2次元画像に奥行きが表示。3次元映像ならば、どう見える?)
今度は、その見える空間に投げかけられた視線について考えてみます。
対象物に投げかけた視線は、目の前のグランドキャニオンを通り過ぎ、アメリカ大陸沿岸部、さらには地球からも出ていき、太陽系、銀河系、銀河群、グレートウォールを次々と通り過ぎ、究極的には宇宙の最果てまで到達しますが、それさえも通り過ぎていくと、その視線を投げかけた元々の自己の位置に再び現れてくると思うのです。
つまり、閉じた系の構造になっている。
理論物理学の世界でも、「宇宙をずっとまっすぐ進むと、自分の後頭部にたどり着く」といい、宇宙で一番遠いのは自分の背後であるといっています。しかし、これは地球という球面上のズッと歩いていくと、ぐるりと1周して最初自分の位置にたどり着くという「2次元的」な空間概念から抜け出せていませんね。
3次元的な閉じた系では、視線を投げかけた自己の内面の奥深く内側から、また再び「コンニチワ!」と沸いて出てくるようなイメージになるのではないでしょうか。物理学では、純粋に物質しか扱っておらず、観察する自己とか意識いうものを範疇に含めていない為、このような表現は出てきようがないと思います。
つまり、空間の「最果て」は、自己のいる位置です。
見ている自分の視線が湧き上がる位置こそ、この空間の最果てなのです。
これが対象物の「無限遠点」には、自己がいるということです。
想像して見て下さい。
自分の投げかけた視線が、ずっと一直線に進み宇宙の彼方にまで達した後に、目の置くから再び出てくる光景を!なにかゴム球が裏表逆になる感じが頭の中でしませんか?(笑)
このことによって、無限大の空間が無限小である「自己」と等価します。
まぁ、意識できない部分なので、自己の無意識層といった方がいいかもしれません。
つまり、「自己の無意識層」=「空間の最果て」なのですね。
自己の無意識層は、もっと大きな自己、すなわちハイアーセルフです。ですから、見える外界全ては実は自分のハイアーセルフであるというのは、至極、まっとうな考えなのです(爆)。
自分を取り巻く外界は、実はハイアーセルフだった?
こんな考え方どう??? スキ? キライ?
(ヒッキー北風のスキ?キライ?。。。。。キライじゃないけど。。。)
ですから、アセンションした場合に自分の思うがまま創造した世界にできるというのは、ある程度無意識層まで意識化できるようになって、無意識層で作られる物質世界をコントロールできることでもあります。つまり、ハイヤーセルフとの融合ということは筋が通ります。
アセンションの付随効果を考える第2夜です。
今回は、「ハイアーセルフとの融合」についてです。
■ハイアーセルフとの融合
外界に対してある行動をすることで、何故か自分の内面まで影響を受け、願望が叶ったり、運がよくなったりする現象があると巷では言われていて、本の出版までされています。
外界と内面には何の繫がりもないと一笑に付すことも出来ますが、メカニズムを知らなくても体験から得た経験知として、全くの無視は出来ないのではないかと思っています。一例を挙げれば、
○カレン・キングストン女史の『ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門 』では、身の回りのいらなくなったガラクタをを片付けて捨てることで、もっといいものが手に入るようになる。
○喜三郎先生の『他自実現』は、「たらいの水を向こう側に押し出す」という表現で自分以外の他者の幸せを祈ることが巡り巡って自分に帰ってくると言う。
○「鏡の法則」では、相手の言動は自己の気持ちが投影されているという。それはまるで自分の気持ちを鏡に映したように正確に反映させる。
○「トイレ掃除」をすると、願望が叶いやすく運がよくなる。
○部屋に女性のポスターを貼ることで、ステキな恋人が出来た。
○赤いパンツを履くことで、健康になり、異性運がよくなった。
また、逆に自分の内面を浄化することで、外部環境が良くなる例として、
○レン博士のホ・オポノポノでは、「ありがとう、愛しています、許してください」と自分の心を癒すことだけで、荒廃し切った収容施設を改善することが出来たという。
例が少なくて申し訳ないのですが、この経験知が本物ならば、どうも外界と自己は密接な関係があるような感じです。で、この現象のメカニズムをどう理解すればいいのでしょうか?
それには、この見える世界の解析から始める必要があります。
今、私たちが見ている空間は、眼球を通して画像を電気パルスに変換され、それを脳内で再生された画像空間に間違いないのですが、ここでみる空間は無限大に広がっているよう感じられます。しかし、仮想的現実空間であるこの脳内映像には、どこに「最果て」があるのでしょうか?
これはTVモニターを見てて思ったのですが、例えば、グランドキャニオンがTVモニターに映し出された映像では、遥か彼方の風景まで映し出されて表示されていますね。でもTVモニターは20〜40インチ程度の有限な面積しかありません。この狭い面積にそんな広大な空間を映し出すことができてます。これと同じように、私たちは意識という3次元立体モニターである有限な容積を持つものに、立体的な映像を映し出すことで無限の空間を映し出しているのかもしれません。
そして、それを自分が食い入るように眺めている構図になっています(爆)。

(この全く厚みのない2次元画像に奥行きが表示。3次元映像ならば、どう見える?)
今度は、その見える空間に投げかけられた視線について考えてみます。
対象物に投げかけた視線は、目の前のグランドキャニオンを通り過ぎ、アメリカ大陸沿岸部、さらには地球からも出ていき、太陽系、銀河系、銀河群、グレートウォールを次々と通り過ぎ、究極的には宇宙の最果てまで到達しますが、それさえも通り過ぎていくと、その視線を投げかけた元々の自己の位置に再び現れてくると思うのです。
つまり、閉じた系の構造になっている。
理論物理学の世界でも、「宇宙をずっとまっすぐ進むと、自分の後頭部にたどり着く」といい、宇宙で一番遠いのは自分の背後であるといっています。しかし、これは地球という球面上のズッと歩いていくと、ぐるりと1周して最初自分の位置にたどり着くという「2次元的」な空間概念から抜け出せていませんね。
3次元的な閉じた系では、視線を投げかけた自己の内面の奥深く内側から、また再び「コンニチワ!」と沸いて出てくるようなイメージになるのではないでしょうか。物理学では、純粋に物質しか扱っておらず、観察する自己とか意識いうものを範疇に含めていない為、このような表現は出てきようがないと思います。
つまり、空間の「最果て」は、自己のいる位置です。
見ている自分の視線が湧き上がる位置こそ、この空間の最果てなのです。
これが対象物の「無限遠点」には、自己がいるということです。
想像して見て下さい。
自分の投げかけた視線が、ずっと一直線に進み宇宙の彼方にまで達した後に、目の置くから再び出てくる光景を!なにかゴム球が裏表逆になる感じが頭の中でしませんか?(笑)
このことによって、無限大の空間が無限小である「自己」と等価します。
まぁ、意識できない部分なので、自己の無意識層といった方がいいかもしれません。
つまり、「自己の無意識層」=「空間の最果て」なのですね。
自己の無意識層は、もっと大きな自己、すなわちハイアーセルフです。ですから、見える外界全ては実は自分のハイアーセルフであるというのは、至極、まっとうな考えなのです(爆)。
自分を取り巻く外界は、実はハイアーセルフだった?
こんな考え方どう??? スキ? キライ?
(ヒッキー北風のスキ?キライ?。。。。。キライじゃないけど。。。)
ですから、アセンションした場合に自分の思うがまま創造した世界にできるというのは、ある程度無意識層まで意識化できるようになって、無意識層で作られる物質世界をコントロールできることでもあります。つまり、ハイヤーセルフとの融合ということは筋が通ります。

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