2008.04.17.Thu
♥ポジティブ!♥
【100日ブログ 第82日目】 願望入れ喰い状態まであと18日
数日前に、静香さんブログに載っていたセスの言葉を見て、「おお、コレはいいなぁ」と思い、自分の読みかけのセス本を開いてみたら、丁度、同じ箇所でした(爆)。
シンクロ♪
って喜びたいところですが、すっかり後塵を拝し抜かれてしまった。
(ああっ、ヤッズ★の方が早く読み始めたのに。。。。。。)
で、肝心のセスの言葉はこうです。
*****************************************************************
ごく簡単に言えば
「善を信ぜよ、悪の存在を信じることなしに」
ということであるなどと申し上げますと、あなたがたには極めて非現実的に響くかもしれません。
しかし、こうした確信をもつことは、物質的生においても、その後においてもあなたがたには一番の保護手段なのです。あなたがたの知性はこれを激怒し、体の感覚器官はこれは真実に反しているとうるさく言いたてるでしょう。しかし、善を確信しながら悪の存在を受け入れないというのは、実際には極めて現実的なことなのです。
というのも、こうした確信をもつことにより、物質的生において健全な肉体を保ち、幾多の恐れや精神的窮地から解き放たれるからです。なおかつ平穏なる心情と自発性がもたらされ、そうしたなか、あなたがたの能力の進歩がいっそう順調に実現していくことになるからです。
・・・・・・・・・・・・・・・
もし、これらの概念が、個人レベルと集合レベルの両方において受け入れられたあかつきには、
あなたがたの体の感覚器官のもたらす情報にも、もはや 矛盾を発見することは できなくなるでしょう。
「世界とありとあらゆるすべての存在は、善として知覚されるようになるからです。」
*****************************************************************
つまり、世の中は善も悪もある二極性的な世界なのは間違いないのですが、悪があるなんて信じない方が絶対いい展開をするというのです。(死後もねw)
たとえ、自分の行く手を阻むものがいても、それは一見「悪」にみえているだけで、本当は「善」なるものとして受け取れるような深い洞察に達しなければならないということです(笑)。
まぁ、善悪などは主観的なものですから、要は自分の受け止め方次第なのでしょう。
このことは、五日市さんの「困った時には、ありがとう」と通じる考え方ですね。
衆人環境でもっこりしてしまい、困ってしまう時にも「ありがとう」をヤッズ★はまず習慣化させます(爆)。
これに関係するような話が、今、丁度セス本と並行して読んでいる本田健・著『幸せな経済自由人という生き方』という本に載っていましたので紹介します。
*****************************************************************
彼はどんなに難しそうな状況でも、次々と契約を取ってくる天才でした。彼はその秘訣はなかなか明かしてくれなかったのですが、あるときこっそり教えてくれました。それは、「お客さんは前世からの友人だと考えている」ということでした。
お客さんが、どんなに買いたくなさそうに見えても、それは自分のセールスのスキルをアップさせるため、わざとそういう顔をしていると考えるのです。彼は、そうやって、どんなシチュエーションでも、あきらめなかったので、成功できたのだと語ってくれました。
それから、私は、教わったことを自分なりにアレンジして、考えるようにしてきました。
「出会う人すべてが前世からの友人だ」
と思うようにしたのです。
*****************************************************************
セスのいう「悪の存在を信じない」という場合、実は、このぐらいの気の持ちようが必要なのかもしれません。たしかに、このように考えれば会うお客はすべて有望顧客となりますからね。
そういえば、ナイスバディなあるレースクイーンの方がトーク番組で言っていたのですが、ハトの糞が付いたとき、普通は「汚ーい」という反応がまず先にくるものですが、彼女は「わぁ〜、運が付いた!!!」言って喜ぶのだそうです(笑)。
セスがいう「善だけを信じよ」のを日常生活で実践するには、このぐらい小さな「悪」ならば、即「善」と見做すことが出来なければなりません。さらには、歩いていて犬の糞をズボッと踏んでも「超ラッキー!運が巡ってきた!」と喜こぶことができなければなりません!!!
「善」と「悪」も主観的な言葉に変えれば、実は「ポジティブ」と「ネガティブ」です(爆)。
確か、絶対的なポジティブを推奨した故・斉藤美濡子さんは、ネガティブを否定して常にポジティブな気持ちを持ち続けることで人生が切り開かれると提唱しておられましたが、若くして天逝されてしまいましたが、この考え方をするのは二極世界ではご法度なのでしょうか?
自分がネガティブに受け取れることを無理にポジティブに受け取るように仕向けることは「偽装」なのではないでしょうか? 偽装などせずとも自然のままでポジティブになるは、セスがいうように「悪の存在を信じない」という消去法の方がいいのかもしれませんね。
要は、「自然に」がポイントなのでしょう。
書いていて、段々、分からなくなってきました。
アイマスが歌う『ポジティブ!』でも見て、よ〜く考えてみたいと思います。
(もしかすると、この歌詞に解決のキーワードがあるかもしれん。。。。。。)
(「悩んでも仕方ない、迷わず爆睡するのさ」、、、、、、、う〜む、確かに!)
数日前に、静香さんブログに載っていたセスの言葉を見て、「おお、コレはいいなぁ」と思い、自分の読みかけのセス本を開いてみたら、丁度、同じ箇所でした(爆)。
シンクロ♪
って喜びたいところですが、すっかり後塵を拝し抜かれてしまった。
(ああっ、ヤッズ★の方が早く読み始めたのに。。。。。。)
で、肝心のセスの言葉はこうです。
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ごく簡単に言えば
「善を信ぜよ、悪の存在を信じることなしに」
ということであるなどと申し上げますと、あなたがたには極めて非現実的に響くかもしれません。
しかし、こうした確信をもつことは、物質的生においても、その後においてもあなたがたには一番の保護手段なのです。あなたがたの知性はこれを激怒し、体の感覚器官はこれは真実に反しているとうるさく言いたてるでしょう。しかし、善を確信しながら悪の存在を受け入れないというのは、実際には極めて現実的なことなのです。
というのも、こうした確信をもつことにより、物質的生において健全な肉体を保ち、幾多の恐れや精神的窮地から解き放たれるからです。なおかつ平穏なる心情と自発性がもたらされ、そうしたなか、あなたがたの能力の進歩がいっそう順調に実現していくことになるからです。
・・・・・・・・・・・・・・・
もし、これらの概念が、個人レベルと集合レベルの両方において受け入れられたあかつきには、
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つまり、世の中は善も悪もある二極性的な世界なのは間違いないのですが、悪があるなんて信じない方が絶対いい展開をするというのです。(死後もねw)
たとえ、自分の行く手を阻むものがいても、それは一見「悪」にみえているだけで、本当は「善」なるものとして受け取れるような深い洞察に達しなければならないということです(笑)。
まぁ、善悪などは主観的なものですから、要は自分の受け止め方次第なのでしょう。
このことは、五日市さんの「困った時には、ありがとう」と通じる考え方ですね。
衆人環境でもっこりしてしまい、困ってしまう時にも「ありがとう」をヤッズ★はまず習慣化させます(爆)。
これに関係するような話が、今、丁度セス本と並行して読んでいる本田健・著『幸せな経済自由人という生き方』という本に載っていましたので紹介します。
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彼はどんなに難しそうな状況でも、次々と契約を取ってくる天才でした。彼はその秘訣はなかなか明かしてくれなかったのですが、あるときこっそり教えてくれました。それは、「お客さんは前世からの友人だと考えている」ということでした。
お客さんが、どんなに買いたくなさそうに見えても、それは自分のセールスのスキルをアップさせるため、わざとそういう顔をしていると考えるのです。彼は、そうやって、どんなシチュエーションでも、あきらめなかったので、成功できたのだと語ってくれました。
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セスのいう「悪の存在を信じない」という場合、実は、このぐらいの気の持ちようが必要なのかもしれません。たしかに、このように考えれば会うお客はすべて有望顧客となりますからね。
そういえば、ナイスバディなあるレースクイーンの方がトーク番組で言っていたのですが、ハトの糞が付いたとき、普通は「汚ーい」という反応がまず先にくるものですが、彼女は「わぁ〜、運が付いた!!!」言って喜ぶのだそうです(笑)。
セスがいう「善だけを信じよ」のを日常生活で実践するには、このぐらい小さな「悪」ならば、即「善」と見做すことが出来なければなりません。さらには、歩いていて犬の糞をズボッと踏んでも「超ラッキー!運が巡ってきた!」と喜こぶことができなければなりません!!!
「善」と「悪」も主観的な言葉に変えれば、実は「ポジティブ」と「ネガティブ」です(爆)。
確か、絶対的なポジティブを推奨した故・斉藤美濡子さんは、ネガティブを否定して常にポジティブな気持ちを持ち続けることで人生が切り開かれると提唱しておられましたが、若くして天逝されてしまいましたが、この考え方をするのは二極世界ではご法度なのでしょうか?
自分がネガティブに受け取れることを無理にポジティブに受け取るように仕向けることは「偽装」なのではないでしょうか? 偽装などせずとも自然のままでポジティブになるは、セスがいうように「悪の存在を信じない」という消去法の方がいいのかもしれませんね。
要は、「自然に」がポイントなのでしょう。
書いていて、段々、分からなくなってきました。
アイマスが歌う『ポジティブ!』でも見て、よ〜く考えてみたいと思います。
(もしかすると、この歌詞に解決のキーワードがあるかもしれん。。。。。。)
(「悩んでも仕方ない、迷わず爆睡するのさ」、、、、、、、う〜む、確かに!)



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