2008.04.08.Tue
♥多次元存在♥
【100日ブログ 第73日目】 願望入れ喰い状態まであと27日
『セスは語る』の中でセスは、私たちは多次元的な存在であると繰り返し言っています。
(バイブル並みの厚さ。でも、枕には丁度いい厚さだぞ!)
過去世、未来世、現世に数多くの自己が存在していて、私たちはそれら全てに渡った存在であり、その物質的に送り出された存在を含め「超自我」というものを構成しているといっています。しかも、それらが「今、ここ」に同時に存在していて、この何も無い様に見える空間に充満して存在しているというのです。
超自我、つまり、HS(ハイヤーセルフ)のことです。
これは自己をクライアントとした場合、サーバといえますでしょうか?
あるいは、もっと広く括ってクライアント・サーバ・システムと全体を指すようなものでしょうかね。
ただ、多次元存在だよと言われても、なかなかピンときませんよね(笑)。
現に私たちは、この世の自分だけしか認知出来ていないし、人によっては、今、自分はいったい何をしているすら分からないとまで言い出す人がいるぐらいです(爆)。
意識が肉体から生成したと固く信じて疑わない人は、このことは絶対認めることが出来ません。
というのは、3次元的なものから多次元的なものが生成することなど有り得ないからです。
ただ、1つだけいえることは、私たちの深奥にいる「自己」は、間違いなく3次元的な存在ではないといえることです。では、それを少し説明してみましょう。
下の図は、半田広宣・著『2013年:人類が神を見る日』の追補に書かれていたものですが、0次元(=点)を観察するには観察者(=自己)との間には1次元(=線)を構成し、1次元(=線)を観察するには2次元(=面)を構成し、2次元(=面)を観察するには3次元(=立体)を構成することから、観察者(=自己)は必ず観察する対象よりも1次元高い次元に存在しなければならないということが分かります。

でないと、観察する対象に埋もれてしまい観察が出来ません。
ですから、この物質世界という3次元世界を観察する自己は、それよりも1次元高い次元の4次元に存在していなければ観察ができないことになります。
この場合、もう1つ高い次元とは、SFでいうような「時間軸」を示しているのではありません。
立体の全ての面と直交し対峙する方向です。
そこに観察者、つまり自己は存在するのです。
でも、3次元に埋没した感じってどんな感じなのでしょうかねぇ。。。。
きっと、見える世界が平面に見えていて、そこに立体情報が織り込まれている状態でしょうか。
ヤッズ★が思うに、ピカソが書く絵のような感じじゃないかと考えます(笑)。

(ピカソはこの絵で立体の平面化を試みたというが。。。。)
さらに、アセンションで次元上昇したら、今までの4次元的な自己は5次元的な自己になるはずです。
で、5次元的自己が眺める対象物には、立体をベースに全ての方向からの見た情報が織り込まれるだろうことから、例えば「ほしのあき」を眺めた場合など、彼女のいろいろな局面(前側・横側・後側)が同時に見える、そ、そう、きっと阿修羅のような感じになるんじゃないでしょうか(爆)。

(あきちゃんが、こんなになったら。。。。。どうしよう)
(この本、難し過ぎだぁ。。。。。)
確かにこう考えれば、私たちは4次元的に存在していることは、頭では納得は出来ますね。
問題はどう実感するかです(爆)。
セスがオススメしている方法は、暫しの間、自分の肉体的感覚器官のスイッチを切ることだといっています。この感覚器官を切ることは、自己という個別意識を失うのではないかという恐れを持つことから、私たちは無意識的に避けているのだといいます。
そういえば、体温と同じ暖かさで体が浮く比重の溶液に浸り、外部の光や音を完全に遮断するアイソレーション・タンクは、この肉体感覚のスイッチを切るのには持って来いの装置ですね。
これなら、もしかして異なる時代にいる自己と交信できるかもしれない(爆)。
ああっ、ヤッズ★も早く「浮き友」になりたいなぁ。。。。。
■ECCO(日本で唯一アイソレーション・タンクがあるところ)
■アイソレーション・タンク体験談
・わくわくHAPPYミュルアな気分♪(ミュルアさん)
・水口日記
『セスは語る』の中でセスは、私たちは多次元的な存在であると繰り返し言っています。
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過去世、未来世、現世に数多くの自己が存在していて、私たちはそれら全てに渡った存在であり、その物質的に送り出された存在を含め「超自我」というものを構成しているといっています。しかも、それらが「今、ここ」に同時に存在していて、この何も無い様に見える空間に充満して存在しているというのです。
超自我、つまり、HS(ハイヤーセルフ)のことです。
これは自己をクライアントとした場合、サーバといえますでしょうか?
あるいは、もっと広く括ってクライアント・サーバ・システムと全体を指すようなものでしょうかね。
ただ、多次元存在だよと言われても、なかなかピンときませんよね(笑)。
現に私たちは、この世の自分だけしか認知出来ていないし、人によっては、今、自分はいったい何をしているすら分からないとまで言い出す人がいるぐらいです(爆)。
意識が肉体から生成したと固く信じて疑わない人は、このことは絶対認めることが出来ません。
というのは、3次元的なものから多次元的なものが生成することなど有り得ないからです。
ただ、1つだけいえることは、私たちの深奥にいる「自己」は、間違いなく3次元的な存在ではないといえることです。では、それを少し説明してみましょう。
下の図は、半田広宣・著『2013年:人類が神を見る日』の追補に書かれていたものですが、0次元(=点)を観察するには観察者(=自己)との間には1次元(=線)を構成し、1次元(=線)を観察するには2次元(=面)を構成し、2次元(=面)を観察するには3次元(=立体)を構成することから、観察者(=自己)は必ず観察する対象よりも1次元高い次元に存在しなければならないということが分かります。

でないと、観察する対象に埋もれてしまい観察が出来ません。
ですから、この物質世界という3次元世界を観察する自己は、それよりも1次元高い次元の4次元に存在していなければ観察ができないことになります。
この場合、もう1つ高い次元とは、SFでいうような「時間軸」を示しているのではありません。
立体の全ての面と直交し対峙する方向です。
そこに観察者、つまり自己は存在するのです。
でも、3次元に埋没した感じってどんな感じなのでしょうかねぇ。。。。
きっと、見える世界が平面に見えていて、そこに立体情報が織り込まれている状態でしょうか。
ヤッズ★が思うに、ピカソが書く絵のような感じじゃないかと考えます(笑)。

(ピカソはこの絵で立体の平面化を試みたというが。。。。)
さらに、アセンションで次元上昇したら、今までの4次元的な自己は5次元的な自己になるはずです。
で、5次元的自己が眺める対象物には、立体をベースに全ての方向からの見た情報が織り込まれるだろうことから、例えば「ほしのあき」を眺めた場合など、彼女のいろいろな局面(前側・横側・後側)が同時に見える、そ、そう、きっと阿修羅のような感じになるんじゃないでしょうか(爆)。

(あきちゃんが、こんなになったら。。。。。どうしよう)
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確かにこう考えれば、私たちは4次元的に存在していることは、頭では納得は出来ますね。
問題はどう実感するかです(爆)。
セスがオススメしている方法は、暫しの間、自分の肉体的感覚器官のスイッチを切ることだといっています。この感覚器官を切ることは、自己という個別意識を失うのではないかという恐れを持つことから、私たちは無意識的に避けているのだといいます。
そういえば、体温と同じ暖かさで体が浮く比重の溶液に浸り、外部の光や音を完全に遮断するアイソレーション・タンクは、この肉体感覚のスイッチを切るのには持って来いの装置ですね。
これなら、もしかして異なる時代にいる自己と交信できるかもしれない(爆)。
ああっ、ヤッズ★も早く「浮き友」になりたいなぁ。。。。。
■ECCO(日本で唯一アイソレーション・タンクがあるところ)
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・わくわくHAPPYミュルアな気分♪(ミュルアさん)
・水口日記



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