2008.04.05.Sat
♥セスかく語りき2♥
【100日ブログ 第70日目】 願望入れ喰い状態まであと30日
前回の記事「パラレルワールド」で、「他者とはHSの演技」というとても受け入れがたい考えをヤッズ★は披露したのですが、このナンセンスともいえるアイデアに対して、何か決め手になるような情報は無いかと考えあぐね、夜も眠れない程、悩んでいました。(実際は、そう考えながら爆睡してましたが。。。。爆)
そんな状態の時、『セスは語る』という本が急に脳裏に浮かんできました。
無性に読みたくなったのです。
い、いや、これは「読め!」と言われているのかもしれない(爆)
かなり前、購入したはいいが、字がちっちゃく読みづらい為、そのまま放置状態してた本ですw
で、そこに求める答があるかもしれないと直感したのです。
この本は、詩人ジェーン・ロバーツにセスと名乗る多次元存在が乗り移り、夫が口述筆記したものを書籍にしたものですが、かれこれもう50年前に書かれた、いわばチャネリングの古典ともいわれる本です。しかし、その格調高さからスピリチュアリズム(心霊主義)側からの評価も高い本です。
(『神との対話』は「評価するまでもない」とケチョンケチョンでしたが・爆)
『バシャール』のダリル・アンカもこの本から影響を受けたともいわれ、また、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』の著者・ヒックス夫妻は本の中で感銘を受けたと正直に書かれているほどです。かつてこの本が米国でチャネリング・ブームを巻き起こした為、米国では有名なのですが、日本での知名度はイマイチです。(逆に、日本でチャネリング・ブームを巻き起こした『バシャール』は、本国ではそれほど知られていないw)
(バイブル並みの厚さ。でも、枕には丁度いい厚さだぞ!)
で、その直感は当たってたでしょうか?
直感、当たってました(爆)。
人の人生やいま置かれている外部環境を「自分自らが出演する宇宙規模の芝居」であると擬(なぞら)えて、セスはこう言っています。
体の感覚器官は、実それ自身がそれのみ知覚しているかに見える物質的現実を形づくります。体の感覚そのものもカモフラージュの一部です。
しかし、それらは本然の内なる知覚を覆うレンズのようなもので、あなたがたに形而下の物質として通用しうる活動領域のみを「見る」べく強要するのです。そうすることによって体の感覚器官は起こっている事柄のほんの上辺を告げるだけで、あなたがたの信頼を勝ち取ることができています。
例えば、あなたは自分以外の役者たちの持ち場や、時計が示す時刻をきちんと把握することができます。しかし、その時刻自体カモフラージュであることや、他の役者たちが意識によって創られていることや、あなたに見ることのできないでいる現実が、いまこれほど明白である物質的実在物を超えたところに存在していることを、体の感覚は教えてくれません。
(セッション522 p.127より抜粋)

(とっても天然なあーちゃん そんなあーちゃんの無意識はどんな現実を生み出す?)
椅子や机を始めととした外部環境も、他の役者(=他人)も、さらには自分の肉体さえも、本質的なものではなく、本質的な存在からの情報を使い、自分の無意識を通してカモフラージュ(偽装)されたものであるということです(笑)。
これでは耐震偽装じゃなく、物質偽装です(爆)
また、セスはパラレル・ワールドについては、「パラレル・ワールド」という明確な言葉使いはしていませんが、この肉体を含め全てはカモフラージュ(偽装)されたもので、偽装自体は実在するが、その内部にはその実在に形を与えた意識の力が存在しており、私たちは無意識の機能を使って、それを物質的形態として見ているのだと述べています。
つまり、物質的形態をとるには、最初に意識で形づくることが必要ということです。
意識はどんなことでも考え出せるので、ある意味、無限の可能性があります。ある1つに固定化された意識を持つことは、丁度、無限にあるパラレルワールドのなかから、ある1つの世界を選択し乗っかることと同じこといえます。
単に「表現上の違い」だけかな(笑)。
それよりも驚きだったのが、私たちは多次元にまたがって存在する「多次元存在」であると、繰り返し語られていることです。つまり、過去世も現世も未来世も「今、ここに」同時に存在するというのです。確かに、原型世界(暗在系とも表現)であるソース部分では、時間も空間もなく、全てが折り畳まれた世界ですので、言っていることは理解できます。
セスは「輪廻転生」といわれる現象を認めているのですが、この「輪廻転生」は異なる時代や空間に同時に多数存在している自我から構成される「大いなる自己(=内なる自己、HS、無意識)」が、その深奥内部にて情報を相互にやりとりしているからこそ起きることで、巷で言われているような「過去世が現世の環境を決めること」は、決してないと言い切っています。
コンピュータで例えると、「内なる自己」がサーバで、「自我」はクライアントでしょうか(笑)。
クライアント側で表示・処理されるものは各々異なりますが、サーバはその全てに反応しています。そしてクライアント全ての情報を把握していて、それでいて控え目です。クライアント使用時には、サーバがあることすら意識に上がらない程、その存在が希薄な点まで同じですね。
※註 コンピュータネットワークにおけるサーバ(英:Server)とは、クライアントに対して、何らかのサービスを提供するシステムのことである。複数のコンピュータが相互にネットワークで接続された環境において、多数の利用者に情報を伝達したい場合、一箇所にその情報を蓄積しておき、利用を希望する利用者がその必要に応じて、蓄積場所に問い合わせる形を取る。(Wikiより抜粋)
これは、私たちが時間というものを、過去から未来へと「直線的にしか時間を認識できない」ことから起きる誤謬であるとセスは看破しています。つまり、時間は我々が認識するのよな「瞬間の連続したもの」ではなく、1秒前も1秒後も、昨日も明日も、すべては今同時に起きているのだというのです。で、この認識は3次元世界であるこの物質世界に意識をフォーカスしている限りは難しいとも語っています。
この時間感覚をどう表現したらいいのでしょうか?
ヤッズ★が思うに、夢のなかでみるストーリーは、時間経過がまったくランダムで前後した状態で見るのですが、これに近い感じではないかと睨んでいます。
まだ、本格的に読み始めて間もないので、あまり多くは書けませんが、随時、ヤッズ★が気に入った箇所を書くことで、皆様(=自分のHS・爆)と内容をシェアしたいと思っています。
前回の記事「パラレルワールド」で、「他者とはHSの演技」というとても受け入れがたい考えをヤッズ★は披露したのですが、このナンセンスともいえるアイデアに対して、何か決め手になるような情報は無いかと考えあぐね、夜も眠れない程、悩んでいました。(実際は、そう考えながら爆睡してましたが。。。。爆)
そんな状態の時、『セスは語る』という本が急に脳裏に浮かんできました。
無性に読みたくなったのです。
い、いや、これは「読め!」と言われているのかもしれない(爆)
かなり前、購入したはいいが、字がちっちゃく読みづらい為、そのまま放置状態してた本ですw
で、そこに求める答があるかもしれないと直感したのです。
この本は、詩人ジェーン・ロバーツにセスと名乗る多次元存在が乗り移り、夫が口述筆記したものを書籍にしたものですが、かれこれもう50年前に書かれた、いわばチャネリングの古典ともいわれる本です。しかし、その格調高さからスピリチュアリズム(心霊主義)側からの評価も高い本です。
(『神との対話』は「評価するまでもない」とケチョンケチョンでしたが・爆)
『バシャール』のダリル・アンカもこの本から影響を受けたともいわれ、また、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』の著者・ヒックス夫妻は本の中で感銘を受けたと正直に書かれているほどです。かつてこの本が米国でチャネリング・ブームを巻き起こした為、米国では有名なのですが、日本での知名度はイマイチです。(逆に、日本でチャネリング・ブームを巻き起こした『バシャール』は、本国ではそれほど知られていないw)
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で、その直感は当たってたでしょうか?
直感、当たってました(爆)。
人の人生やいま置かれている外部環境を「自分自らが出演する宇宙規模の芝居」であると擬(なぞら)えて、セスはこう言っています。
体の感覚器官は、実それ自身がそれのみ知覚しているかに見える物質的現実を形づくります。体の感覚そのものもカモフラージュの一部です。
しかし、それらは本然の内なる知覚を覆うレンズのようなもので、あなたがたに形而下の物質として通用しうる活動領域のみを「見る」べく強要するのです。そうすることによって体の感覚器官は起こっている事柄のほんの上辺を告げるだけで、あなたがたの信頼を勝ち取ることができています。
例えば、あなたは自分以外の役者たちの持ち場や、時計が示す時刻をきちんと把握することができます。しかし、その時刻自体カモフラージュであることや、他の役者たちが意識によって創られていることや、あなたに見ることのできないでいる現実が、いまこれほど明白である物質的実在物を超えたところに存在していることを、体の感覚は教えてくれません。
(セッション522 p.127より抜粋)

(とっても天然なあーちゃん そんなあーちゃんの無意識はどんな現実を生み出す?)
椅子や机を始めととした外部環境も、他の役者(=他人)も、さらには自分の肉体さえも、本質的なものではなく、本質的な存在からの情報を使い、自分の無意識を通してカモフラージュ(偽装)されたものであるということです(笑)。
これでは耐震偽装じゃなく、物質偽装です(爆)
また、セスはパラレル・ワールドについては、「パラレル・ワールド」という明確な言葉使いはしていませんが、この肉体を含め全てはカモフラージュ(偽装)されたもので、偽装自体は実在するが、その内部にはその実在に形を与えた意識の力が存在しており、私たちは無意識の機能を使って、それを物質的形態として見ているのだと述べています。
つまり、物質的形態をとるには、最初に意識で形づくることが必要ということです。
意識はどんなことでも考え出せるので、ある意味、無限の可能性があります。ある1つに固定化された意識を持つことは、丁度、無限にあるパラレルワールドのなかから、ある1つの世界を選択し乗っかることと同じこといえます。
単に「表現上の違い」だけかな(笑)。
それよりも驚きだったのが、私たちは多次元にまたがって存在する「多次元存在」であると、繰り返し語られていることです。つまり、過去世も現世も未来世も「今、ここに」同時に存在するというのです。確かに、原型世界(暗在系とも表現)であるソース部分では、時間も空間もなく、全てが折り畳まれた世界ですので、言っていることは理解できます。
セスは「輪廻転生」といわれる現象を認めているのですが、この「輪廻転生」は異なる時代や空間に同時に多数存在している自我から構成される「大いなる自己(=内なる自己、HS、無意識)」が、その深奥内部にて情報を相互にやりとりしているからこそ起きることで、巷で言われているような「過去世が現世の環境を決めること」は、決してないと言い切っています。
コンピュータで例えると、「内なる自己」がサーバで、「自我」はクライアントでしょうか(笑)。
クライアント側で表示・処理されるものは各々異なりますが、サーバはその全てに反応しています。そしてクライアント全ての情報を把握していて、それでいて控え目です。クライアント使用時には、サーバがあることすら意識に上がらない程、その存在が希薄な点まで同じですね。
※註 コンピュータネットワークにおけるサーバ(英:Server)とは、クライアントに対して、何らかのサービスを提供するシステムのことである。複数のコンピュータが相互にネットワークで接続された環境において、多数の利用者に情報を伝達したい場合、一箇所にその情報を蓄積しておき、利用を希望する利用者がその必要に応じて、蓄積場所に問い合わせる形を取る。(Wikiより抜粋)
これは、私たちが時間というものを、過去から未来へと「直線的にしか時間を認識できない」ことから起きる誤謬であるとセスは看破しています。つまり、時間は我々が認識するのよな「瞬間の連続したもの」ではなく、1秒前も1秒後も、昨日も明日も、すべては今同時に起きているのだというのです。で、この認識は3次元世界であるこの物質世界に意識をフォーカスしている限りは難しいとも語っています。
この時間感覚をどう表現したらいいのでしょうか?
ヤッズ★が思うに、夢のなかでみるストーリーは、時間経過がまったくランダムで前後した状態で見るのですが、これに近い感じではないかと睨んでいます。
まだ、本格的に読み始めて間もないので、あまり多くは書けませんが、随時、ヤッズ★が気に入った箇所を書くことで、皆様(=自分のHS・爆)と内容をシェアしたいと思っています。



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