2007.10.12.Fri
インド出身のアーユルヴェーダの医師(専門は内分泌学)であり、米国では大領領もその名を口にする程の著名な人物であるディーパック・チョプラ氏ですが、その彼が著した『The Seven Spiritual Laws of Success 』(邦題:『人生成功のための七つの原理』騎虎書房)は、惜しむらくも絶版になっていました。
しかし、最近、訳者(旧:田中孝顕→新:渡辺愛子)もタイトルも変更されて『富と成功をもたらす7つの法則』として復刊されました。こういった名著が復刊されるのは嬉しい限りです。
ほほーっ、旧刊訳者はナポレオン・ヒル・プログラムの田中孝顕だったのかぁ。。。。。。
妙に感心です(笑)
んで、今、コレを読んでいるわけですが(笑)、
ここで著者がいう「豊かさ」の定義は、「いかにお金があるか?」ということではなく、「欲求が簡単に叶えられ、願望がひとりでに実現する経験」のことを指すようです。まぁ、言葉を変えていえば、自己実現者、願望実現体質といったところでしょうか(笑)。
そして、このような素晴しい一説がありましたので御紹介します。
*****************************************************************
もしあなたが、自然が作用しているさまを観察すれば、最小限の努力がなされているのを目の当たりにすることでしょう。
・・・・・(中略)・・・・・
草は育とうとはせずに、ただ育ちます。
・・・・・(中略)・・・・・
そして、楽に努力せずに夢を物質的な形へと現実させるのは、人間の性質なのです。
インドの古代哲学であるヴェーダ哲学では、これは「努力の節約」の原理、または、「より少ない行動でより多くを達成する」原理として知られています。究極的には、あなたは何もせずにすべてを達成する状態へと行き着きます。これは、ただかすかな考えが存在すると、その考えの実現は努力せずに起こるということです。 (新刊・大和出版)
*****************************************************************
この箇所、とても気に入っています♪
何かとても癒されるし、また勇気も出てくる言葉です。
ちなみに、1996年に出版された騎虎書房版では、この箇所はこのように書かれています。
*****************************************************************
自然の営みを観察してみれば、そこには、努力というものが存在していないことに気づくでしょう。
・・・・・(中略)・・・・・
草は成長するためのいかなる努力もしていません。自然に伸びているだけです。
・・・・・(中略)・・・・・
そして、努力することなく、夢を現実化することが人間の天性なのです。
ヴェーダ哲学(インドの古代哲学)にいおいて、この原理は<努力の節約>あるいは、<小さな努力で大きな成果を得る>原理として知られています。最終的には、あなたは、何もせず、すべてを達成できる状態に到達されるのです。まず最初に一つのアイデアを持つとそのアイデアをいかなる努力も払わずに現実化できる状態になるのです。 (旧刊・騎虎書房)
*****************************************************************
ほとんど同じですね(爆)
少し気になる点は、新刊は「最小限の努力は必要」としているのに対し、旧刊は「努力なんていらない」となっている点です。どっちが正しいんでしょうか? まぁ、重箱の隅を突くようなことで、別段、大したことではないのですが、原書ではどうなのか気になるところです(笑)。
また、新刊は「楽に《努力せずに》夢を物質的な.....」と書かれていますが、先程は「最小限の努力がなされている」と書かれていましたよね〜。
努力いるの??? いらないの???
いったいどっちなの???
人間は特別???
って感じになってしまいました(笑)。
論理的な一貫性は旧刊の方が優れているかな〜と、この一節から感じました。
とはいっても、描写は新刊の方がより詳細で、女性翻訳者ならではのきめ細やかな、優しさが出ています(曖昧といってもいいが...)。全体的には、柔らかな印象です。そういえば、読んでいる時、こうハートが熱くなる箇所が数箇所ありましたね。
ところで、ここに出てくる「努力の節約」の原理って何でしょう。
全く聞いたことありませんね〜(爆)。
いったい、どのような原理なのでしょうか???
ちなみに、「原理」とは基本的な法則(根本法則)を指していいますが、本書に出てくる「与える法則」「原因と結果の法則」「最小限努力の法則」「意図と願望の法則」「手放す法則」...等の7つの法則とどのような関係があるのでしょうか?
本書には、その原理の概要が載っていない為、ネットで調べたところ、完全に一致し説明しているサイトはありませんでした。まだまだ、よく知られていない用語なんでしょうかねぇ〜。
しかし、いろいろと探すうちに、TM瞑想で有名なマハリシ総合研究所のHPに似たような内容のことが書かれているのを発見しました。
元々、ヴェーダとは「知識」を意味する言葉で、このHPではリク・ヴェーダと言っていますが、これはマハリシ・マッヘッギ・ヨギが策定したものを指していて、多分、ベースはアユール・ベーダから厳選した上での引用で、同じ内容のことを言っているだろうと推定しています。
では、ここに引用しますと、
*****************************************************************
リク・ヴェーダの最初の三つの言葉、「AGNIM ILE PROHITAM」の中に見出されます。意識がその純粋な潜在性(AGNIM)の中から表れ出て、それ自身の内側の本性へと戻っていく(ILE)時、意識はその動きの中に、その創造的潜在力の全体を表現することができるようになります。意識は 「PUROHITAM」 の性質、すなわち、動いている純粋な潜在性をとるようになるのです。「PUROHITAM」は自己認識によって活性化され、それ自身の非具象の構造の内部で行動を開始できるようになった、意識の全体性を表しています。
このレベルからの行動は失敗することがありません。なぜなら、全体性が行動するとき、行動のどの段階でも、全体性は全体性を失わないからです。行為者は行動のゴールを達成するために自分自身から外に出ていくことはしません。行動は無行動の状態で達成されます。行動のゴールは、行動の源に常に存在しています。
「PUROHITAM」という言葉は、すべての行動の静かな開始者、内なる支配者、すべての権威、法則、力、知性の源泉、すべての政府の原型を表しています。三語からなる憲法のこの表現は、無行動の哲学という観点から、成功する行政、統治の技術を表しています。この原理に従う政府は 「PUROHITAM」 の質を得て、常に最小の努力で最大の達成を成し遂げるようになります。
*****************************************************************
う〜む、とても難しい表現です(汗)。
分かり易い言葉でいうと、こんな感じでしょうか。
「潜在意識」という大海原から、「想念」が泡のように次々と湧き上がってきますが、その想念内容を知り得た状態(光明)が、実は「顕在意識」という状態なのです。そして、湧き上がり知られることで、その役目を終えた「想念」は後は消え去るだけなのですが、この再び元の「潜在意識」の大海原に戻ろうとする動きをみせる際、これに付随させるような形で、その想念に関連することを織り込むことが可能なのです。しかも、その状態は潜在意識に根を張った状態となるので、この状態で行動すれば、その織り込んだ内容をいとも容易く達成することができるのです。
どうでしょうか、違っていますでしょうか。。。。。
もう少し言葉を変えて、ヤッズ★的な説明してみます。
潜在意識から次々と「想念」が湧き上がり、それを次々と意識化する過程は、丁度、フーリエ変換と呼ばれる「個→全、全→個」という変換と同じものであるとヤッズ★は睨んでいます。
そして、その「想念」が消え去る際にも、同じように再びフーリエ変換されて、元の潜在意識の深淵へと還元されていきます。しかし、ここで我々にとって好都合なことに、この時、その「想念」に関連する事柄...等の情報を付け足した状態で、そのままフーリエ変換してしまうことが出来るのです。しかも、顕在意識側と繋がったままの状態となるのです(爆)。この状態では、付加した内容の現実化がとても容易になるのです。この効果を既にヴェーダは「努力節約の原理」として発見していたのですね。これは、まるで「トロイの木馬」のような話ですなぁ(爆)。
こんな表現になりました(爆)。
この中で感銘を受けた言葉は、以下の2つです。
「全体性が行動するとき、行動のどの段階でも全体性は全体性を失わない」
「それ自身の内側の本性へと戻っていく(動きの)時」
つまり、
「ゴールと共にいる状態で行動」
「思いに執着せず、手放すこと」
芸術的な表現です。
願望実現は、まさにココがポイントでしたよね(笑)。
このことは、以前、ヤッズ★が記事化した「弓聖・阿波研造」を彷彿とさせます。
「あなたの矢が的まで届かないのは、あなたの精神が的まで届いていないからです。弓道の奥義は、的のことを関知しません。」
「的に向かって目を閉じる、すると的の方から近かづくいて来る。しだいに的と一体になる。それは自分と仏が一体になることです。的は自己の不動心の中心にあるから狙う必要なく、矢を目の前の中心におくだけです。だからあなたも自己の心の神に気付き的と矢と一体になれば、的はあなたの心の中心にありますから狙う必要はありません。」
的まで精神が届く???
これは的を意識してないとダメってことですね。
その後の記述は、まさに「ゴールと共にいる状態で行動」です(笑)。
さらに、「狙う必要はない」とは執着してない状態です。
このように、全く同じことを指していますね。
全体性を含んだ状態(=ゴール地点も意識化)で想念し、得ようとする気持ちは手放して「共にある」という気持ちで行動すれば、ゴールは自然と目の前に現れるというわけですね。
コレが「最小努力・最大効果」の原理です。
別名<小さな努力で大きな成果を得る原理>ですね(笑)。
「願望は叶ったという面持ちで行動しなさい」というスピ的な願望実現法そのままです(爆)。なるほど、源流はここにあったのですね。これを知った上で、各種願望実現ワークを行えば、ワークにも深みが出て、効果アップが図れるってもんです。
そういえば、ヴェーダ科学といえば、最近、有名となったインド式計算法というのがありますが、この計算法だと「89×96」が「8544」と即座に計算できるそうです。
近くのキリのいい数字を用いて
100-89=11
100-96=4
↓
100-(11+4)=85
11×4=44
↓
これを左から順番に並べて「8544」を得る
実は、これも「最小努力・最大効果」の原理を応用した成果かもしれませんね〜♪
(さて、どうかなぁ。。。爆)
恐るべし、ヴェーダ科学!!! インド人もビックリです@@。
しかし、最近、訳者(旧:田中孝顕→新:渡辺愛子)もタイトルも変更されて『富と成功をもたらす7つの法則』として復刊されました。こういった名著が復刊されるのは嬉しい限りです。
ほほーっ、旧刊訳者はナポレオン・ヒル・プログラムの田中孝顕だったのかぁ。。。。。。
妙に感心です(笑)
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んで、今、コレを読んでいるわけですが(笑)、
ここで著者がいう「豊かさ」の定義は、「いかにお金があるか?」ということではなく、「欲求が簡単に叶えられ、願望がひとりでに実現する経験」のことを指すようです。まぁ、言葉を変えていえば、自己実現者、願望実現体質といったところでしょうか(笑)。
そして、このような素晴しい一説がありましたので御紹介します。
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もしあなたが、自然が作用しているさまを観察すれば、最小限の努力がなされているのを目の当たりにすることでしょう。
・・・・・(中略)・・・・・
草は育とうとはせずに、ただ育ちます。
・・・・・(中略)・・・・・
そして、楽に努力せずに夢を物質的な形へと現実させるのは、人間の性質なのです。
インドの古代哲学であるヴェーダ哲学では、これは「努力の節約」の原理、または、「より少ない行動でより多くを達成する」原理として知られています。究極的には、あなたは何もせずにすべてを達成する状態へと行き着きます。これは、ただかすかな考えが存在すると、その考えの実現は努力せずに起こるということです。 (新刊・大和出版)
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この箇所、とても気に入っています♪
何かとても癒されるし、また勇気も出てくる言葉です。
ちなみに、1996年に出版された騎虎書房版では、この箇所はこのように書かれています。
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自然の営みを観察してみれば、そこには、努力というものが存在していないことに気づくでしょう。
・・・・・(中略)・・・・・
草は成長するためのいかなる努力もしていません。自然に伸びているだけです。
・・・・・(中略)・・・・・
そして、努力することなく、夢を現実化することが人間の天性なのです。
ヴェーダ哲学(インドの古代哲学)にいおいて、この原理は<努力の節約>あるいは、<小さな努力で大きな成果を得る>原理として知られています。最終的には、あなたは、何もせず、すべてを達成できる状態に到達されるのです。まず最初に一つのアイデアを持つとそのアイデアをいかなる努力も払わずに現実化できる状態になるのです。 (旧刊・騎虎書房)
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ほとんど同じですね(爆)
少し気になる点は、新刊は「最小限の努力は必要」としているのに対し、旧刊は「努力なんていらない」となっている点です。どっちが正しいんでしょうか? まぁ、重箱の隅を突くようなことで、別段、大したことではないのですが、原書ではどうなのか気になるところです(笑)。
また、新刊は「楽に《努力せずに》夢を物質的な.....」と書かれていますが、先程は「最小限の努力がなされている」と書かれていましたよね〜。
努力いるの??? いらないの???
いったいどっちなの???
人間は特別???
って感じになってしまいました(笑)。
論理的な一貫性は旧刊の方が優れているかな〜と、この一節から感じました。
とはいっても、描写は新刊の方がより詳細で、女性翻訳者ならではのきめ細やかな、優しさが出ています(曖昧といってもいいが...)。全体的には、柔らかな印象です。そういえば、読んでいる時、こうハートが熱くなる箇所が数箇所ありましたね。
ところで、ここに出てくる「努力の節約」の原理って何でしょう。
全く聞いたことありませんね〜(爆)。
いったい、どのような原理なのでしょうか???
ちなみに、「原理」とは基本的な法則(根本法則)を指していいますが、本書に出てくる「与える法則」「原因と結果の法則」「最小限努力の法則」「意図と願望の法則」「手放す法則」...等の7つの法則とどのような関係があるのでしょうか?
本書には、その原理の概要が載っていない為、ネットで調べたところ、完全に一致し説明しているサイトはありませんでした。まだまだ、よく知られていない用語なんでしょうかねぇ〜。
しかし、いろいろと探すうちに、TM瞑想で有名なマハリシ総合研究所のHPに似たような内容のことが書かれているのを発見しました。
元々、ヴェーダとは「知識」を意味する言葉で、このHPではリク・ヴェーダと言っていますが、これはマハリシ・マッヘッギ・ヨギが策定したものを指していて、多分、ベースはアユール・ベーダから厳選した上での引用で、同じ内容のことを言っているだろうと推定しています。
では、ここに引用しますと、
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リク・ヴェーダの最初の三つの言葉、「AGNIM ILE PROHITAM」の中に見出されます。意識がその純粋な潜在性(AGNIM)の中から表れ出て、それ自身の内側の本性へと戻っていく(ILE)時、意識はその動きの中に、その創造的潜在力の全体を表現することができるようになります。意識は 「PUROHITAM」 の性質、すなわち、動いている純粋な潜在性をとるようになるのです。「PUROHITAM」は自己認識によって活性化され、それ自身の非具象の構造の内部で行動を開始できるようになった、意識の全体性を表しています。
このレベルからの行動は失敗することがありません。なぜなら、全体性が行動するとき、行動のどの段階でも、全体性は全体性を失わないからです。行為者は行動のゴールを達成するために自分自身から外に出ていくことはしません。行動は無行動の状態で達成されます。行動のゴールは、行動の源に常に存在しています。
「PUROHITAM」という言葉は、すべての行動の静かな開始者、内なる支配者、すべての権威、法則、力、知性の源泉、すべての政府の原型を表しています。三語からなる憲法のこの表現は、無行動の哲学という観点から、成功する行政、統治の技術を表しています。この原理に従う政府は 「PUROHITAM」 の質を得て、常に最小の努力で最大の達成を成し遂げるようになります。
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う〜む、とても難しい表現です(汗)。
分かり易い言葉でいうと、こんな感じでしょうか。
「潜在意識」という大海原から、「想念」が泡のように次々と湧き上がってきますが、その想念内容を知り得た状態(光明)が、実は「顕在意識」という状態なのです。そして、湧き上がり知られることで、その役目を終えた「想念」は後は消え去るだけなのですが、この再び元の「潜在意識」の大海原に戻ろうとする動きをみせる際、これに付随させるような形で、その想念に関連することを織り込むことが可能なのです。しかも、その状態は潜在意識に根を張った状態となるので、この状態で行動すれば、その織り込んだ内容をいとも容易く達成することができるのです。
どうでしょうか、違っていますでしょうか。。。。。
もう少し言葉を変えて、ヤッズ★的な説明してみます。
潜在意識から次々と「想念」が湧き上がり、それを次々と意識化する過程は、丁度、フーリエ変換と呼ばれる「個→全、全→個」という変換と同じものであるとヤッズ★は睨んでいます。
そして、その「想念」が消え去る際にも、同じように再びフーリエ変換されて、元の潜在意識の深淵へと還元されていきます。しかし、ここで我々にとって好都合なことに、この時、その「想念」に関連する事柄...等の情報を付け足した状態で、そのままフーリエ変換してしまうことが出来るのです。しかも、顕在意識側と繋がったままの状態となるのです(爆)。この状態では、付加した内容の現実化がとても容易になるのです。この効果を既にヴェーダは「努力節約の原理」として発見していたのですね。これは、まるで「トロイの木馬」のような話ですなぁ(爆)。
こんな表現になりました(爆)。
この中で感銘を受けた言葉は、以下の2つです。
「全体性が行動するとき、行動のどの段階でも全体性は全体性を失わない」
「それ自身の内側の本性へと戻っていく(動きの)時」
つまり、
「ゴールと共にいる状態で行動」
「思いに執着せず、手放すこと」
芸術的な表現です。
願望実現は、まさにココがポイントでしたよね(笑)。
このことは、以前、ヤッズ★が記事化した「弓聖・阿波研造」を彷彿とさせます。
「あなたの矢が的まで届かないのは、あなたの精神が的まで届いていないからです。弓道の奥義は、的のことを関知しません。」
「的に向かって目を閉じる、すると的の方から近かづくいて来る。しだいに的と一体になる。それは自分と仏が一体になることです。的は自己の不動心の中心にあるから狙う必要なく、矢を目の前の中心におくだけです。だからあなたも自己の心の神に気付き的と矢と一体になれば、的はあなたの心の中心にありますから狙う必要はありません。」
的まで精神が届く???
これは的を意識してないとダメってことですね。
その後の記述は、まさに「ゴールと共にいる状態で行動」です(笑)。
さらに、「狙う必要はない」とは執着してない状態です。
このように、全く同じことを指していますね。
全体性を含んだ状態(=ゴール地点も意識化)で想念し、得ようとする気持ちは手放して「共にある」という気持ちで行動すれば、ゴールは自然と目の前に現れるというわけですね。
コレが「最小努力・最大効果」の原理です。
別名<小さな努力で大きな成果を得る原理>ですね(笑)。
「願望は叶ったという面持ちで行動しなさい」というスピ的な願望実現法そのままです(爆)。なるほど、源流はここにあったのですね。これを知った上で、各種願望実現ワークを行えば、ワークにも深みが出て、効果アップが図れるってもんです。
そういえば、ヴェーダ科学といえば、最近、有名となったインド式計算法というのがありますが、この計算法だと「89×96」が「8544」と即座に計算できるそうです。
近くのキリのいい数字を用いて
100-89=11
100-96=4
↓
100-(11+4)=85
11×4=44
↓
これを左から順番に並べて「8544」を得る
実は、これも「最小努力・最大効果」の原理を応用した成果かもしれませんね〜♪
(さて、どうかなぁ。。。爆)
恐るべし、ヴェーダ科学!!! インド人もビックリです@@。
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楽しい学生生活だったなあ


しかし、目が大きいの〜
ありがとう・・・

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