繊維派と金融業のタペストリー分析(1)

糸へん業界、、、つまり繊維業界ですが、ここがヒラリー・ロダム・クリントンがオランダ系移民のロダム家という繊維業に属する家系に繋がる為、昔から「繊維派」がトランスナショナルな関係を構築していたと書きました。

戦後の1950年、デフレが進行しドッジ・ライン不況でトヨタが倒産の危機に陥り、主要銀行に緊急融資要請を行った際、「機屋(はたや)には貸せるが、鍛冶屋には貸せないない」と融資を断った住友銀行の幹部がいる。

この言葉自体、「繊維派」が深く関わる事例ではないかと睨んでいます。

また住友銀行と云えば、イトマン事件を契機にヤクザ組織に乗っ取られたことから自主再建が絶望的となり、さくら銀行(太陽神戸・三井)に救済合併されて三井住友銀行となって既に完全消滅しています。ここにも住友銀行に対し繊維商社の伊藤萬という「繊維派」と絡んでおり、「繊維派」と「金融業」が深く密接に絡んでいるこtがおぼろげながわ分かる。

今回、「繊維派」を縦糸に、「金融業」を横糸にして、自分なりにタペストリー(綴織)を織ってみようと思う。

さてさて、まずは縦糸の繊維派からです。

18世紀半ばに起こった英国の産業革命自体が安価なインド製綿製品に駆逐された英国毛織物業界のリベンジから起きたものであり、それまでの家内制手工業からマニファクチャリング化された生産方式にガラリと変わり、綿原料を米国やインドから輸入する形へと物流も変化させた。

以前の家内制手工業で造られていた生地が現在人気のハリスツイードですね。
※ハリスツイードはメーカー名ではなく、手工業者組合の名称で生地を指定%以上使った製品にタグ使用を認めていますが、このダグに載っている「オーブ&クロス」はハリスツイード協会に貢献したダンモア伯爵夫人家紋「マルチーズ十字架」と「宝珠」です。

ハリスツイード01
(英国毛織物の代表 ハリスツイードharris Tweed 現在でも家内制手工業で生産 しまむら、ダイソーでも買えるw)

米国での綿花栽培は主に南部が担っていた為、英国と南部は強い結び付きを持っていた。その英国製品がアメリカ国内に流入し北部製造業との間で激しい競争に晒され、北部は南部を商売敵としてみていた。そして工場労働者を確保する為に南部の奴隷制に反対。これが南北戦争(Civil War)の背景の1つであった。

匿名党団長がブログの中で明かしていますが、この繊維派が米国南部を通じ北朝鮮まで繋がっているとか、、、、

繊維派 → SCG家 → Cotton → Confederate Army → Pamplin Family → オレゴン(ナイキ) → 北朝鮮

SCG家・・・ザクセン=コーブルク=ゴータ家(独ヴェッティン家分家)、つまり英国王室
Confederate Army・・・アメリカ連合国軍(南軍)
Pamplin Family・・・パンプリン家

ナイキと北朝鮮の関係はデブリンコ正恩がナイキ好きであるという点からですが、多分、背景にはもっと入り組んだものがあると睨んでいる。またオイラはナイキの別ルートととして、、、、

オレゴン(ナイキ) → 朝日コーポレーション(ブリジストン前身)  → 鳩山由紀夫  →  世界連邦運動

というラインも想定しています。
※アシックスタイガーの代理店だったナイキは自社ブランドの靴製造を朝日コーポレーションに生産委託していた。そして、この朝日コーポレーションの石橋正二郎は九州で自動車を持つ唯一の人物であり、昭和天皇皇后の送り迎えに自動車を提供したことから、覚えがめでたくなり、天皇財閥とも付き合いが出来るようになり、現在のブリジストンにまで成長しているが、繊維派のとのつながりも無視できない。

ここに出て来るパンプリン家とは、南北戦争をテーマにした「パンプキン歴史公園」(バージニア州ピーターズバーグ)やハウスワイナリーを運営している。ここは南北戦争も最終盤となった「第三次ピーターズバーグの戦い」が行われた場所でもあるが、この戦闘が292日に及んだリッチモンド・ピータースバーグ方面作戦(ピーターズバーグ包囲戦)を終わらせ、南北戦争を終戦に導くアポマトックス方面作戦の開始となった転機となった地。

■Pamplin Historical Park
http://pamplinpark.org/

パンプリン01

バージニア州はペンシルベニア州のスグ南に位置しますが、南北戦争勃発時、南部六州がアメリカ連合国を形成後、バージニア州は2ヶ月間の熟慮の末に連合国側に加盟した。その際、奴隷を持たず北軍離脱に異を唱え、そのまま北軍(アメリカ合衆国軍)に加盟し続けたのがウェストバージニア州ですが、元は同じバージニア州であったが南北戦争によって分離してしまった。

バージニア州

西海岸の外れにあるオレゴン州は世界的企業のナイキがあるところとして有名ですが、ニューヨーク市出身のジョン・ジェイコブ・アスターが出資して、パシフィック毛皮会社の西部拠点としてコロンビア川河口にアストリア砦を築き、毛貿易の拠点でもあった。ただ入植を「白人のみ」認め奴隷制には無縁の地であったのだが、南北戦争では何故か南軍に加盟している。ワシントン州、カリフォルニア州と共にリベラルな気風を持つ州であり、先進国では珍しい直接民主制によって作られ、州、郡からも独立した地域政府メトロを擁している。潜水艦 伊-25から発進した零式小型水上偵察機がオレゴン州上空に到達し4個の76Kg焼夷弾を森林の中に投下(2度)は、アメリカ合衆国本土に対する史上唯一の航空機による爆撃でもある。

まぁ、このパンプリン家とオレゴンの繋がりまでが見えなかったのですが、この辺は後日の課題とします(滝汗)。

戦後の日本ではGHQ政策により、経済基盤の弱い戦後日本は重化学工業は御法度にして繊維産業を育成する方針が立てられ、米国南部から綿花が輸入され加工を中心にしてきた。このような形で英国-米国南部-日本や北朝鮮、、、さらには世界連邦運動というトランスナショナルな関係が構築されたと薄っすらと見えてきたのですが、綿花は農産物であることから、日本においては農産物利権権限を持つ「緑のカラス」が仕切ってきたのであろう。

朝鮮戦争というガチャマン景気を経て、膨大な生産力を持つようになった日本は大量の繊維製品が米国に流入し始め、第二の真珠湾攻撃とも揶揄された日米繊維摩擦が起きた。

つまり、日本から戦争遂行させる重化学工業を取上げ、繊維業をメインに特化させたが、それがブーメランとなって米国を襲い始め悲鳴を上げだしたということ。ネトウヨならば拍手喝采する場面ではあるが、ここ結果、日本からは繊維業は無くなってしまった。これと同じことが以前の半導体であり、今回の自動車であると思う。以前、記事化した真珠シンジケートも潰されたと書きましたが、半導体も技術供与を韓国にしなくてはならなくなり、国内の半導体産業は淘汰されていった。残ったのが東芝だけで、今回の粉飾決済でその半導体事業も分社化されることが決まった。

三井グループの東芝が会社解体の状態に陥ってしまったのも、同じく三井グループのトヨタが名指しでトランプに指弾されているのも、根に同じものがあるからであり、経済安定化させる為に導入した産業を日本は頑張り過ぎて、逆に米国を苦境に陥れてしまった。多分、その頑張りの裏側には隠された意図(リベンジ)や野望があってのことだとオイラは睨んでいる。
※東芝の子会社ウェスティングハウスが購入した「価格ゼロ」の会社は東芝の負債の「飛ばし先」として購入されたものでしょう。このカラクリが米国側に露呈して今回の騒動にまで発展したと睨むが、飛ばし先として購入した子会社に難問を付け、負債額を意図的に膨らませていったのは米国側でしょうな。

う~む、仏の顔も三度まで、、、い、いや、米帝の顔も三度までかもしれない。

日本の将来は、頭に黒いマリア様の旗が翻る章男ちゃんwith経団連の肩に掛かっているだすな(爆)。

さてさて、話はトヨタに放った住友銀行幹部の辛らつな言葉「鍛冶屋はダメ....」に戻りますが、実は、この言葉こそGHQの代弁であったように思える。

この言葉を云ったのは住友銀行の小川邦彦名古屋支店長と融資担当専務の堀田庄三であり、緊急融資の要請を断り貸出金回収に走ってトヨタとの取引を打ち切った。緊急融資は三井(当時は帝国銀行)・東海銀行主導で行われ、ここ経緯からトヨタは三井グループ入りしたが、トヨタ家には三井家から嫁入りしているので当然の帰結ではあったが、、、、 この時の交渉の心労がたたり創業者・豊田喜一郎は数ヵ月後に亡くなったという。

その後、堀田庄三を頭取とした住友銀行は小川邦彦専務をプリンス自動車に社長として派遣していたが、プリンス自動車の吸収合併の話を朝鮮特需で持ち直したトヨタに持ちかけ懇願したが、その時、トヨタ側から、、、、

「鍛冶屋では不具合でしょうから」

と救済合併をあっさりと断られている。

この緊急融資の交渉決裂以来、住友銀行と取引停止のまま、SMBC(三井住友銀行)として統合されるまでの50年間取引が行われなかった。ただ、SMBC後も取引窓口は旧三井銀出身者に限っている。

中京圏では一般的に「住友=悪どい」というイメージで語られている逸話ですが、先に述べたように住友銀行は重化学工業に向けには貸せないというGHQの見解の代弁をしているだけであり、逆に北朝側が意図的に捻じ曲げて吹聴しているような感じにも見える。

住友銀行が別に鍛冶屋が嫌いなわけではないことは、プリンス自動車に貸付け、社長も派遣していた点からも明白。多分、堀田が描いていた図は三井グループという北朝=近衛閥=コミュニストに属するトヨタが完全に窮地に陥った時、日産・プリンス(1966年合併)と救済合併させようとする思惑があったのかもしれません。
※プリンス自動車は旧中島飛行の技術者の業態転換で発足した会社。たま電気自動車→たま自動車→プリンス自動車と名称を変えている。プリンスの最大出資者はタイヤメーカーのブリヂストンの石橋正二郎であり、日産・プリンスは南朝派でアメポチ昭和天皇派。その証拠に天皇家へプリンス自動車から納品があるが、世界連邦脳炎を発症したルーピーとは合い反する、、、、う~む、ルーピーは鳩山一郎と朝鮮人妾の間に出来た子であり、鳩山一郎の子・威一郎の子としたと云われ、直接的にはブリジストン石橋とは血縁関係にない。

その遺恨試合がトヨタ=水素ガス燃料電池車、日産=電気自動車の次世代車戦いの背景でもあるが、ミル氏の渾身の記事を見る限り、水素ガス燃料電池車陣営は国内では多くのメーカーを従えたようですが、世界で見れば逆であり、ますます状況はEVに傾き、状況は悪くなってきており、日本のガラパゴス化は明白になってきている。

■奥の院のシナリオ 2年目の事実 後編
http://takakuraken.jp/blog-entry-220.html

しかも、東芝自体は作った原発後始末を特化する企業になり、正式に脱原発水素転換を目指すトヨタ傘下の燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)一員に東芝も加わると見られている。

このように日本国内では水素ガスインフラ勢の優勢は確定化。

ノートe-POWERの大ヒットは住友系(南朝)の日産が放った最後っ屁となるのか、、、、それとも水素ガスインフラを阻止する刺客となるのか?

少なくとも完全な電気自動車のリーフよりは燃料電池車に近づき歩み寄った感はあるのだが、、、、金融面では既に住友銀行は消滅し三井住友銀行の一本化になったが、個別企業がそうそう言うことを聞くわけではない。その為にはショックドクトリンが必要であった。燃費データ不正事件はくさい臭いがしますね。あの事件以降、スズキがトヨタとの提携の共同記者会見を開いている。まぁ、三菱はトヨタ側にはなびかず、日産傘下になったが、、、、

北朝系(三井)の切り崩しは、かように壮絶なものであった。

この切り崩しの壮絶さは昭和2年の鈴木商店の時に既に垣間見れる。その当時は三井、三菱を上回る総合商社だったのが鈴木商店。台湾総督府から樟脳の扱いを任されたところから躍進が始まるが、日本を通過しない三国貿易を考案し大きく伸びた。この目障りな鈴木商店に対し三井が朝日新聞と組んで米買占めのデマ情報を流し、怒った民衆が店舗を焼き討ち。その後も大蔵大臣の東京渡辺銀行破綻発言の煽りで資金繰りに行き詰まり倒産。国家ぐるみで潰された格好ですが、財閥化していた鈴木商店傘下の企業は次々に三井財閥に吸収されていった。
※この鈴木商店のオーナー・鈴木家末裔が団長であると、わかり松氏は述べていますが凄い洞察力です。感服いたしました。

国内における自動車業界の再編成は以上述べたように、ほぼ完了化しましたが、全ては3.11によって上手くいった格好。ただその過程で東芝が解体化してしまうのは計算外であったのかもしれない。

そして、自動車の次には次世代素材である繊維業界の再編が残っている。より軽量化を実現し3Dプリンタで製造される未来の車は繊維や樹脂が主体となる筈であり、ここを抑えないわけにはいきません。

それ以外にも、現在、ホントは地球温暖化ではなく氷河期に突入するとも言われ始めていますが、寒冷期に入れば世界の繊維の需要は大幅に上がり、繊維派は大きな儲けが期待できる。当然、食料も収穫が減って高騰し、食料も握っていれば人口削減も出来て一石二鳥ですね。

しかし、トランプが大統領に就任した直後、ホワイトハウスのホームページから環境関係のページが一斉に削除され、さらにケムトレイを米国で撒くことを止めさせるとまでツイートしている。

トランプ砲が炸裂している。

実際には温暖化も寒冷化も人工的なもの(ヤラセ)だったのかもしれない。

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どうもケムトレイル自体、バチカンがやらせていたもののようですね。

その証拠にバチカンの記念コイン(1985年鋳造)には世界地図の上にケムトレイルが、、、、(爆)

バチカン コイン

秀吉がまだ木下藤吉郎と呼ばれた頃からイエズス会が深く関与してきた日本ですが、X-MENの中でアポカリスプによって新生サンファイヤとして蘇り、天秤を持ち「黒い馬」に乗る者で「飢饉」を示す第三の騎士として仕立て上げられるという話がここに繋がってくるのです。

「アポカリスプ=バチカン」と読めれば完璧ですね(ふふふふ)。

apokarisupu.jpg
(世界最初にして最強のミュータントであるエン・サバ・ヌールがアポカリスプ)

さて、話はこの南朝の住友銀行へと戻るが、ドッジライン不況時の融資担当重役の堀田庄三とはいかなる人物であったのか、、、、、

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■堀田庄三(1899年1月23日 - 1990年12月18日)
愛知県名古屋市に牛田正太の二男として生まれ、堀田家に養子入りする。住友銀行頭取を19年務め(1952年~1971年)、「住銀の法皇」と称された。高効率経営で住友銀行ばかりか、全住友グループの急成長を指導し、住友グループの象徴的な存在。

住友家評議員会委員長、住友老壮会会長、日本航空元会長。勲一等旭日大綬章受章。元モルガン・スタンレー証券代表取締役会長の堀田健介は長男。大正製薬社長の上原明は二男。

終戦後、公職追放により上層部が退陣すると、1947年2月に取締役に選ばれると同時に常務取締役に就任。同年8月には副社長に就任した。また経済同友会の代表幹事(当時の役職名は当番幹事)にもなり、政治家、経済人との親交を結び、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作と続く保守本流との関係や、財界四天王である小林中、桜田武、永野重雄、水野成夫、東大教授の東畑精一などとの関係を深めた。

堀田庄三の長男健介が安西正夫の三女公子を娶っている。安西家は、正田英三郎家から皇室、そして岸信介、佐藤栄作、三木武夫の元内閣総理大臣などに連なる姻戚関係を持つ一族である。長女育子は、元日本郵船会長の浅尾新甫の二男浩二に嫁いでいる。浅尾家は山梨県中郡筋下小河村の旧家で「甲州十五人衆」の一家として名門一族である。浅尾新甫の父浅尾長慶は元衆議院議員で、東京電力の前身である東京電燈の創設者の1人。浅尾浩二の兄新一郎の妻道子は、元侍従長の三谷隆信の二女。隆信は外務省の条約局長、駐スイス公使、駐フランス大使を歴任し、戦後退官した外交官。三谷隆信の長男信の妻涼子は、元興銀総裁岸喜二雄。また隆信の長女邦子は、元駐ドイツ大使永井松三の長男邦夫に嫁ぎ、三女正子は日産コンツェルンの鮎川義介の長男弥一郎に嫁いでいる。

堀田庄三の二男明は、1978年に大正製薬社長上原昭二の長女正子を娶り、妻正子と養子縁組して上原姓を名乗り、それまで勤めていた日本電気を辞めて、養父の会社大正製薬の取締役に就任した。大正製薬のオーナーであった上原正吉(元参議院議員)は実子がなく、上原昭二は養子であり、その昭二も2人の娘はいるが息子がいない。また正子の妹の吉子が元首相の大平正芳の三男明に嫁いでいる。
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豊洲問題で揺れている皇后妹の嫁ぎ先の東京瓦斯の安西家、日産コンチェルンの鮎川家、大正製薬の上原家、、、、華麗なる一族のハブ的位置に存在していますね。

このように「がめつい」「逃げ足が速い」を旨とする住友銀行でしたが、何故か繊維商社のイトマンには多額の貸し出しを行っており、繊維派には異様に肩入れしている。その結果、5000億円のお金が住友銀行からイトマン経由で裏社会に流れたと言われる。

住友末期には、頭取の娘がヤクザの情婦となったとか、、、、山口組の年頭祝賀会では住友銀行は傘下に堕ちたと豪語されたとか云われ、、、、、「住友銀行の天皇」と呼ばれた磯田一郎率いる住友銀行は自主再建が不可能となり、三井銀行(さくら銀行)による吸収合併でSMBCとなって救済された。

では、一方の住友銀行を終焉させた磯田一郎は、、、

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■磯田一郎(1913年1月12日 - 1993年12月3日)
元ラグビー日本代表選手、元住友銀行頭取・会長、経団連副会長。

1960年取締役、1971年に副頭取、1977年に頭取、1983年に会長就任。当時頭取の伊部恭之助とともに経営危機に陥った安宅産業を伊藤忠商事に救済合併させたほか、マツダ、アサヒビールなどの企業再建を手がけた。住友銀行を関西の銀行から、全国展開する上位行としての地位を築き、頭取就任から4年で都市銀行で収益トップの座となった。会長時代には平和相互銀行を合併、これに伴う不良債権の償却で再び失った1位の座を、わずか2年後に奪回するなど高収益体質を確立した。

1982年に米金融専門誌の「バンカー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、1984年には勲一等瑞宝章を受けた。1986年から1989年までNHK経営委員長を務めた。1986年5月から1990年11月まで経団連副会長。頭取時代にガンで死期迫る支店長を役員に指名した温情の伝説がある一方、「向こう傷を恐れるな」との言葉通りの強引な収益至上主義で知られた。

特に会長時代はイトマン事件を引き起こし、イトマンを経由して山口組の周辺者である伊藤寿永光への不正融資を行うなど、住友銀行と暴力団の関係を近付けてしまった。

1990年10月15日には横浜市の住友銀行青葉台支店長が、蛇の目ミシン工業事件で注目されていた仕手集団の光進代表に対し客を紹介し株取引の仲介をしたことで出資法違反(浮貸し)で逮捕されたことをきっかけに、これまでの住友銀行と住友グループの暗部がマスコミの注目の的となる。

老舗商社の消滅をもたらしたイトマン事件(この事件では、磯田の長女もイトマンとの不明朗な絵画取引で利権を得ていた)では批判を浴びたが「イトマンのことは墓場まで持っていく」と沈黙を守り、同年10月17日、早くも引責辞任を発表した。しかしこの一件は沈静化せず、住友銀行全体の不正融資や暴力団との関係、不良債権の実態が深刻なことが報道されていくことになる。
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堀田庄三のような華麗な閨閥を築けていない。多分、パシリで終わったような感じですね。

(長くなったので次回に続く)
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