イエズス会名物「明石焼き」www

「中国の春」を擁護して警察(公安外事)を辞めたことになっている作家の北芝健が、陸軍中野学校、諜報機関、ハニートラップ、東電OL殺人事件..等について語った動画を視聴した。



陸軍中野学校についての概略はWikipediaと大して変わりはない。
まぁ、Wikipediaの方が多少詳しいかな。

載ってない内容を強いて挙げれば、縄でを吊っても生き長らえる訓練、真暗闇でものを見る訓練、丸薬で何日も生き長らえる訓練、毒を徐々に盛ってどこまで耐えられるかの訓練、白人に変装する訓練、、、等の話がオ面白かった。

錬成要領の中に「外なる天業恢弘の範を明石大佐にとる」という言葉があるように、明石元二郎(大佐は日露戦争当時の階級)の報告書『革命のしをり』を基本教材とし、神(アマテラス)の意志にもとづいて世界人類の平和を確立する諜報工作戦士を陸軍中野学校は養成していた。

明石元二郎
(明石元二郎)

鼻水を袖で拭うことや服装に無頓着なことから変人だったと云われるが、語学と算術に優れ、欧州の地でロシアの後方を攪乱することで日露戦争を勝利に導いた「奇略の参謀」とも称されている。日本軍の幹部からは「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」、またドイツ皇帝からも「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている。」と賞賛されていることから、陸軍中野学校の模範とされた。

だが、この明石元二郎は黒田家と同じくイエズス会のフロントだった?

■真田フランコと明石全登
http://tokumei10.blogspot.jp/2016/12/blog-post_361.html

明石全登(安土桃山~江戸の武将)
・熱烈なキリシタン
・キリシタン大名黒田如水の母はが明石一族
・如水の弟で熱心なキリシタンの黒田直之が全登を匿った

ここから明石家とイエズス会の繋がりは始まる。

明石全登は西軍軍師に迎えるべく紀州九度山に13年間幽閉されていた真田幸村(信繁)=真田フランコ(洗礼名)を訪れたが、この抜擢もキリシタン繋がりであったからであろう。明石全登は大阪夏の陣で戦死したとも行方不明になったとも云われるが、その末裔が伊達家の庇護の下、秋田→仙台→津軽→扇田に移住した流れが、元国際連合事務次長の明石康なのだという。

明石元二郎と明石全登の血縁的繋がりは不明だが、一時期、身を寄せていた黒田家=福岡藩が出身であることから、何らかの繋がりはあるのだろう。

明石元二郎
・福岡藩士・明石助九郎の次男
・頭山満が創設した玄洋社(右翼結社)の社員
・1904年、ジュネーヴのレーニン自宅で日本政府が資金援助しロシア革命支援を会談
・ロスチャイルドは傘下のシフを通じてレーニンとトロツキーにも資金提供しロシア革命を支援
・シフは高橋是清の求めに応じ日露戦争の戦時国債を購入

ヘッセン領地を凍結したロマノフ家への仕返しに部下のロスチャに命じて日本を日露戦争(1904年)に駆り立てロシアを疲弊させ、更に「赤い盾=赤シャツ党=共産主義」によるロシア革命(2月革命、10月革命、1917年)でロマノフ王朝を倒してロシアを共産化した。ロス茶が属する表のイルミナティ=イエズス会であり、ここを通じて日本は対露工作していたということですね。つまり、明石元二郎の活躍もこのライン上にある行動であり、欧州での功績は現地の強力な協力があって初めて可能だったわけであり、莫大な工作資金(400億円とも)もその本当の出元が何となく分かってくる。

北朝鮮はソ連の資金で建国されたが、国家運営のノウハウがないのを陸軍中野関係者が手助け。同時に金日成伝説も創作。この辺のことは、日中戦争~太平洋戦争に至る経緯を最近の匿名党さんの記事を合わせて読むと非常に納得がいきます。

■戦前の日本、大日本帝国は真正保守不在のパヨク国家だった
http://tokumei10.blogspot.jp/2016/12/blog-post_932.html

つまりは国家社会主義に偽装した共産主義者たちの仕業。つまり近衛の仕業。この北朝=近衛の手先が大本であり、最初は海軍に入り込み、更に陸軍へも浸透。日本をソ連との軍事衝突を避けるように中国大陸では南進を選択し、中国国民党を疲弊化して中国共産党に天下を取らせた。その後、真珠湾攻撃で日米開戦にこぎつけ、海戦という海戦で負け戦を演じ、日本を弱体化した上でソ連に侵攻させ終戦。終戦後は米ソで分割統治して東日本を共産化する計画だった。

それを阻んだのが自由主義陣営の本家・本流の昭和天皇だった。そして、いち早い米軍の本土攻撃の開始、更にソ蓮の進入を阻み米国単独で終戦に持ち込む為に原爆を地上起爆、、、、その炸裂先は北朝のバックにいるイエズス会が国内本拠地にしていた広島・長崎だった。まぁ、ここまでの詳細な作戦を昭和天皇が考えたわけではないのだが、、、これにより、日本は南北二分化、共産化、内地人の虐殺とシベリア抑留が防げた。

広島

つまり、日本は日清戦争(1894-1895年)、日露戦争(1904-1905年)、日中戦争(1937-1945年)、第二次世界大戦(1941-1945年)という半世紀に渡る戦争を通じて、ロシアでは日露戦争でツァ-体制を弱体化させロシアの共産化を支援し、一方、中国では日清戦争で女真族の清王朝を弱体化させ、「反清復明」の洪門(秘密結社天地会)の起こした義和団の乱(1900年)がこれに呼応。洪門首領の孫文の中国国民党を隆盛させて中華民国を建国。逆に今度は日中戦争で国民党を弱体化させ、客家が支配する中国共産党に政権を取らせる...等のベルファシ傀儡的行動をしてきたというわけです。

以上、俯瞰して眺めれば、これはヘッセン-ロス茶-イエズス会-客家-紅卍会-大本-近衛閥(北朝)のネットワークで為された壮大な計画であったという感じです。当然、このライン上に緑龍会や天神系天皇がオンされているわけですね。

オイラは戦前は北朝・南朝の二派の争いだと見ていたが、実は三派(欧米型自由主義、国家社会主義、共産主義)の争いであったということ。

これでやっと昭和期が1つのストーリーとしてオイラの中でまとまった。

そして、この国家社会主義、共産主義には共通項があり、それは、、、

・「反自由主義」
・「反議会制民主主義」
・「反資本主義」
・「反(正しき)個人主義」
・「反米英仏蘭」


これらを標榜する残滓勢力は今でも存在するわけだが、その一例が「この国の最高責任者はあなたじゃない!」と意味不明な独自見解を披露したパヨク青年や世界連邦脳炎を発症中のブサヨや日本会議の阿Qサマナであるわけだが、実は、議会中に居眠りする役者議員を揃え、一見、議会制民主主義を行っているかのようなパフォーマンスをさせている日本政府の正体でもある。

さてさて、この動画の中での最大の収穫は次の4点。

1つは陸軍中野学校を継承している機関が小平にあるということ。

2つ目は日本の本当の歴史が納められた部屋の存在。

4重のゲートでガードされ、皇族や限られた人しか中に入れないという。

まぁ、藤原氏がいくら歴史を改竄したといっても、古代から1つの王朝らしきものがずっと継承してきたのだから、当然、本当の歴史はどこかに隠蔽され伝えられてきているだろう。オイラの推測では、ここに斎院で保管されてきた外交文書や本当の皇統譜...等も収められていると睨む。

3つ目はDNA鑑定が既にデータベース化されており、犯人をスグに特定できる状況になっているということ。まぁ、これは警察に厄介になった人や健康診断時のデータを使って構築したものであり、国民全員まで構築出来ていだろうと睨んでいるが、、、もしかすると、これが前記事に書いた占い師が教えて貰うというデータベースかもしれない。

だが、最大の衝撃なのは、、、、

六本木にいるロシア人の姐ちゃんは皆スパイ

メーテル01

六本木を主たる稼ぎ場にしてるミル氏にとって、これは看過出来ない事態。

最近、腰痛を訴えトランスヒューマニスト党の考えに傾きつつあるミル氏は、メーテル激似のロシア美女のハニートラップによって、自らを同一視する哲郎と同じく「機械の体」を貰いにゾルタクスゼイアン・ロシア支店に連れて行かれてしまうかもだす。(滝汗)

クリスマス仕様のホワイト・テンガを送るだすから考え直してくれだす~(爆)

てんが
(白はロシア系スラブ美女色か?)
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Comments

写真の人はメーテルですか?

★☆★☆【 正月休み必見!終わりの時は近づいている! 】★☆★☆

こんにちは、忍法無名です。
先日の長編動画の続編がやっと出来ました。
ぜひ、前編と併せて御視聴願います。

★☆★☆【 正月休み必見!終わりの時は近づいている! 】★☆★☆


『2015年のクリスマスが最後のクリスマスでした。』
-というのは、やっぱりデマでしたね! -しかし、
”その時”は、着実に近づいているようです。_(前編)
https://youtu.be/Q95HeuSnUT4


『2015年のクリスマスが最後のクリスマスでした。』
-というのは、やっぱりデマでしたね! -しかし、
”その時”は、着実に近づいているようです。_(中編)
https://youtu.be/flMollPoKnA


参考資料の出展元:
【悲報】ローマ教皇「今年(※2015年)は人類にとって
最後のクリスマスとなりそうだ」
http://tocana.jp/2015/12/post_8418_entry.html

ローマ教皇フランシスコ1世の発言:
「現在の人類は、もはや末期的状況にあり、このままでは来年は
見るも無残な有様となるでしょう」。 「各地で戦争が続いています。
世界は飢え、焼け焦げ、混沌へと向かっているのです。もはや
クリスマスのお祝いなど、今年で最後になりそうです」

No title

>原爆を地上起爆、、、、その炸裂先は北朝のバックにいるイエズス会が国内本拠地にしていた広島・長崎だった。


核・平和をめぐる動き | NHK 平和アーカイブス
http://www.nhk.or.jp/peace/chrono/chrono_01.html

>原爆投下対象の選定:アメリカは入念に投下対象都市を選定した

>1945(昭和20)年4月 対象都市選定方針
>東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、呉、八幡、小倉、下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保

>・1945年5月 原爆投下候補都市として、京都、広島、横浜、小倉を選定。
> 京都、広島、新潟に通常爆撃を留保。
>・1945年7月25日 広島、小倉、新潟、長崎に投下命令。
>・1945年7月31日 広島を最優先目標に選定
>・1945年8月1日  目標から新潟を除外。

>攻撃日を6日、投下目標を、広島・小倉・長崎とする最終命令

>・1945年8月6日 3機の先行機が3都市の天候などを調査に出発
>・1945年8月6日 7:30AM 第1目標(広島)を攻撃せよ。

>8月8日ソ連が参戦し、翌日8月9日長崎に2発目の原爆が投下された。長崎への原爆投下は、最初の攻撃目標の小倉が雲で視界が悪いために、原爆搭載機が急遽長崎に移動したものだった。

>長崎への原爆投下・被害
>1945年8月9日
>2:49  米軍爆撃機B-29ボックスカー号、テニアン離陸
>     小倉上空は、雲で天候悪いために、長崎へ。
>11:02 長崎上空9600メートルで2つ目の爆弾「ファット・マン」(重量4.5トン)投下されさく裂
>     爆心、旧松山町171番地、上空487メートル(±20メートル)


イエズス会の当時の国内本拠地リスト?
現在でもコリアンの多さで有名な都市ばかりのようにも。

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