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真珠シンジケート

今回は「ポツダム宣言は生きている!」シリーズの番外編扱いの記事になっています。

前記事でポツダム宣言受諾に伴うポツダム命令で「真珠及び真珠製品の取引の禁止に関する件を廃止する省令」が、なぜ将来も存続させるべき命令となっているのか? ここに何か非常に大きなパズルの組合せ的なものがあると睨んでいますが、全体像が掴めず非常に悩んでおります(笑)。

■真珠又は真珠製品の取引の禁止等に関する件を廃止する省令
(昭和二十三年商工省令第四十五号)附則第二項
ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く通商産業省関係諸命令の措置に関する法律
(昭和27年4月12日法律第87号)


文面からは「真珠に関する製法・技術...等の全てにおいて、取引に関する制約(取引禁止)の撤廃」というように読めますが、肝心の「省令」の詳細内容が分からないのが非常にもどかしい。

天然真珠
(天然真珠)

真珠は「人魚の涙」「月のしずく」とも呼ばれるほどの美しい光沢に富み、古くから世界各地で宝石として珍重されてきた。真珠は3万5000枚の貝の中から20粒ほどしかとれず、しかもその中で売りものに為るような真珠は3個程度という程に希少価値のあるもので、ベルギーでダイヤモンドのブリリアンカット(1919年)が登場するまでの長い間、真珠は「宝石の王」の地位を占めていた。

1900年代初頭、日本で真円の養殖真珠の発明により、価格が高くまた真円でない天然真珠は敬遠され市場から駆逐された。一時期は日本が市場の9割を占め「真珠王国」だったのですが、中国、南洋諸島の生産開始に伴い日本での真珠産業は立ち行かなくなり、逆に日本は真珠輸入国に転落してしまった。さらに10年前の真珠ネックレスは20万ほどでしたが、現在は1/10の値段まで下落してしまっている。この価格下落は主に供給過剰が原因ですが、この100年あまりの間に真珠の下げっぷりは凄まじいの一言。

これは真珠のような魅力的な瞳を持つ美少女だった小沢真珠が、バカボンパパになってしまった程の激変です!!!

小沢マジュ

ユダヤ人はダイヤモンドを独占し、日本人は真珠を独占したが、未だユダヤ人はダイヤモンド産業を独占し続けている。しかし、何故か日本人は真珠産業を独占出来ずに失ってしまったのです。上記の内容を踏まると、この辺に何かあると睨んでいる。

ここで真珠に関する歴史的な流れをさらっと見ておこう。

世界最古の真珠は、アラブ首長国連邦のウンム・アル・カイワインの沿岸地域の遺跡で発見され7500年前の真珠。今でもペルシャ湾は天然真珠の産地として少しだけ産業が残っていますが、日本の養殖真珠が世界を席巻する前はクウェート、バーレーン(英国領)、ドバイ、アブダビ...等のペルシャ湾沿岸地域は紀元前からの天然真珠取りが盛んに行われ国の重要産業だった。ペルシャ湾で取られた真珠はインドのボンベイで加工され、シリア・コンスタンチノープルを経由して欧州各国に運ばれたが、これが欧州の真珠シンジケートで主にイタリア商人から為っていた。

今では石油産油国として知られるクウェート、バーレーン、ドバイ、アブダビが稼ぎ出す富のうち殆どが真珠によるものだったと言われる。クェートの対日感情の悪さはミキモトの養殖真珠による自国の伝統的な真珠産業が壊滅されたことを根に持ってものもだと云われるが、その後、クェート、バーレーン、ドバイ、アブダビは真珠産業を捨て、前年に発見された石油採掘に産業をシフトしていった。
※養殖真珠以外にもクォーツ時計発明による「クォーツ・ショック」(1969年)でスイスの時計産業を壊滅させた日本ですが、現在、石油頼りのクウェート、バーレーン、ドバイ、アブダビは日本の70気圧水素ガスで再び石油産業が壊滅させられるのではないかと戦々恐々中だとも云われる。

日本最古の真珠は鳥浜貝塚(福井県三方郡三方町)から出土した真珠で約 5500 年前。穴あけ加工された真珠は茶津貝塚(北海道古宇郡泊村)から出土した真珠 26 個の一つで 約 4000 年前とされている。実は、これらは先のアラブ首長国連邦のものが見つかるまでは世界最古とされていた。

一方、現存する最古の真珠ネックレスはイラン西部のペルシャ王の冬の離宮のスーサの遺跡から発見されたネックレスで2300年前のもの。ローマに真珠が伝わったのはそれよりも後の世であることやスーサと世界最古の真珠の間には5000年もの開きがあることの説明がつかない。

辻褄合わせで考えるなら、ペルシャ湾の海人族が日本に移動し、日本でも真珠を見つけ、その日本発の真珠が西周りで伝わったと考えるのが正しいと思われる。太古にそういった貿易路があったということの証明にもなりそうな話です。
※多分、十三湊経由で大陸に送られたものであろう。

Susa neclace
(スーサネックレス 3連で各連に72 個、計216 個の真珠を使用)

スーサはスサノオの名の元(スーサの王)の地であり、地祇系と深い関わりのある地。御木本幸吉に真珠養殖の可能性をアドバイスした東大教授の箕作(みのつくり)佳吉もその名から分かるようにサンカ=海人族で山に入った方の出自。
※一時期は箕作圭吾が明治天皇になったという本物黒酢説に傾き掛けたが、20代で英国で亡くなっているらしいのでこの説はお蔵入りしたが、蘭学者一族の箕作家がサンカとかウランや鉱山利権と深い関わりがあることを知ったのは収穫だった。

ちなみに、悪魔のような形相からゴブリンシャークとして知られる「ミツクリサメ」の命名は発見者の英国人から箕作佳吉に捧げられたもの。前々からこのサメには興味を持っていたのですが、ここで繋がってきたことに正直驚いた。

ミツクリサメ

真珠の英名パールという名称は、バール(バアル神)と音的に通じるところがあり、何か繋がりがあるかもしれませんね(ふふふふ)。実際、「土地の神」(地の神)を祀る為に地面に埋められた財宝「鎮檀具」として真珠は使われており、地の神とは銅鐸神、即ち、蚩尤=バアルでもある。そして、地の神を祀るのは「地祇系」の名の由来でもあるが、太古日本において真珠探索をしていたのは、この地祇系でしょう。
※バアル=スサノオ=蚩尤=兵主神です

1167年には、中国の浙江省では淡水産のカラスガイの貝殻と外套膜の間に鉛で精巧に作った仏像を貼り付け、これに真珠層を形成させて作る「仏像真珠」と呼ばれる技法が完成していたが、これは貝付き真珠でもある。

仏像真珠2
(仏像真珠)

養殖真珠はこの技術の延長ですが、その間、900年あまりの時間を要した。

この真円養殖真珠の発明により、100年前の日本は真珠の9割を世界供給する「真珠大国」となった。第二次世界大戦後も日本の数少ない輸出品として外貨獲得の重要な役割を果たし、戦後の復旧に多大な貢献をしたという。しかし、現在はその地位から脱落して、逆に真珠輸入国になってしまっている。

1906年・・・真円養殖真珠の発明
1919年・・・ロンドンで養殖真珠を販売開始(天然真珠の25%安の価格)
1921年・・・欧州の真珠シンジケートが養殖真珠のボイコット&訴訟
1924年・・・フランスで養殖真珠の真贋判決(真と判決)
1931年・・・米国スタンダードオイル子会社がバーレンで石油発見
1932年・・・ペルシャ湾の真珠産業壊滅
1938年・・・クウェートのブルガン油田発見(埋蔵量世界2位)
1945年・・・WW2終戦、真珠の民間取引禁止(GHQに一元化)
1948年・・・「取引禁止」の商工省令発布、民間取引再開
1952年・・・「取引禁止の省令」廃止のポツダム命令発布
1952年・・・「真珠養殖事業法」制定で国営検査制度(真珠の格付け)
1957年・・・格付け「下」の輸出禁止
1958年・・・アブダビで油田発見
1966年・・・世界不況、ミニスカートの流行で真珠価格が大幅下落
1966年・・・ドバイで油田発見
1969年・・・「真珠養殖等調整暫定措置法」制定で独占禁止法の適用除外化
1970年・・・3原則をかいくぐって養殖技術が海外に流出
1971年・・・カラスガイで養殖された中国淡水真珠が日本初輸入
1992年・・・ヘテロカプサ赤潮の発生
1994年・・・感染症の発生
1999年・・・「真珠養殖事業法」の廃止 真珠輸出カルテルの解散


「真珠及び真珠製品の取引の禁止」という商工省令の具体的内容が分からないが、技術の売買に関する禁止内容であろう。

しかし、ポツダム命令によってこの省令も廃止されてしまった。

代わりに「真珠養殖事業法」を制定して、養殖真珠の産業保護するよう仕向けた。尚、真珠養殖事業法には以下の「海外真珠養殖3原則」も含まれている。

1)養殖真珠技術の非公開
2)海外で養殖された真珠はすべて日本に持ち帰ること
3)海外で真珠養殖を行う際、場所・母貝種・生産量を事前届出し許可を得る。海外でのアコヤ真珠養殖の禁止


日本政府は農林省の中に真珠課を設け、真珠政策を推し進めてきた程に力を入れていた。大した輸出品がない当時、国策として外貨稼ぎの主力にしていた。この3原則で養殖真珠のグローバル化を阻止していたわけですが、これが真珠に関する情報や文献が非常に少ない理由。しかし、1970年代にはこの3原則を掻い潜って海外に技術が流出してしまっている。

独占禁止法の除外、輸出カルテル、、、、客家臭がプンプンとします。

この養殖真珠は箕作佳吉が御木本幸吉に指導して養殖の真円真珠が出来たとされているが、もう少し詳細に言えば、箕作佳吉は可能性を聞かれ可能とアドバイスしただけであり、実は、アコヤガイに核を移植する針が特許になっており、この方法で特許紛争が起きたほど。

この特許や育成ノウハウが海外移転していき、現在のように東南アジアでの海水真珠養殖、中国の淡水真珠養殖が産業として競争力を持って、国内真珠産業はコスト的に太刀打ち出来なくなった。さらに追い討ちをかけるように、海洋汚染による赤潮発生が頻発化。アコヤガイの死滅を避ける為に越年しないようになり、小粒で皮膜の薄い低品質の真珠ばかりが出来るようになった。この低品質化が国の国営検査制度を通らなくなり、業者の圧力で「真珠養殖事業法」を廃止されたという。しかし、このことが日本の真珠の更なる品質低下を招いた。以上の2点により、日本の真珠産業が壊滅してしまったという。現在では細々と行っている程度で、かつての輝きは全くない。

実は、ここに非常に不思議な点がある。それは日本国内の真珠産業の急激な衰退と海外の真珠生産が加速した時期が同じ時期だという点です。

通説では、日本の養殖真珠に関する生産技術・加工技術は日本国内で廃業・転職した技術者達によって中国へ持ち出され、中国で改良された技術が、さらにベトナム、インドネシアを経由して東南アジア各国に移転。瞬く間に東南アジア地域の小さな島国に伝えられ、貧しい島に真珠産業が形成され、この真珠が国内養殖真珠を圧迫したという。

これは鶏が先か、卵が先かという内容なのです(ふふふふ)。

生産技術だけならまだしも、何故か生産自体も同時期に他国に移転してしまっている。見切りを付けるのが早過ぎな展開であり、自ら首を絞めるような展開をしているのです。普通はコストが合わなくなってから海外移転するのですが、日本が95%と完全独占商品であり国内しか競争相手がいない為、採算割れによる海外移転など有り得ない話なのです。

つまり、率先して養殖技術や生産を海外に移転売却しているような感じがするのですね。

1930年代のミキモトの養殖真珠の大攻勢で真珠産業が壊滅したクウェートは、別の収入源の確保に必死となり、クウェート王家はそれまで拒んできた外資による石油探鉱を許可。まもなく大規模油田が相次いで発見され、世界のエネルギー地図が塗り替えられて、20世紀は安価な石油の大量供給に立脚する「石油の世紀」となった。

つまり、これは養殖真珠を使った中東攻略であり、石油産業の勃興の道具として利用もされていた。しかもイタリアの真珠シンジケート壊滅というオマケ付き、、、、、ただし、この頃は英米と連動している。

これは真珠(ペルシャ)湾奇襲攻撃の雛形でもある(爆)。

しかし、WW2戦後はポツダム命令で「取引禁止の廃止」が行われ生産技術の海外移転の道を開いた。一方、防戦する日本政府は「真珠養殖事業法」の中に3原則を織り込んでこれに対処。さらに養殖真珠を独占禁止法の適用除外化し強化を図った。これに対抗する為、米国側は秘密裏に海外に技術を流出化。その後の海外勢の攻勢により国内養殖真珠は苦境に追い込まれ、保護を目的とした「真珠養殖事業法」が逆に品質基準の足枷となって国内真珠産業の壊滅化を早めてしまったという流れ。

どうしても真珠シンジケートを形成させないという米国側の強い意思が読み取れるが、この養殖真珠に関する海外貿易する勢力が「国民を騙して世界征服へ駆り立てた者たち」であり、彼らの利権に組み込まれていたのだろう。真珠は農水産物であることから、多分、それは緑のカラスであろうが、、、、、

これがポツダム命令で「将来も存続させる命令」として残した理由であろうと睨む(ニタリ)。

普通に聞けば「反米」に傾いてしまうような話なのですが、日本政府自体が客家の出先機関で、さらにダイヤモンドシンジケートの話を知るとそうとも言えなくなる。

アフリカの鉱山の独占に成功したデ・ビアスとその出資者ナサニエル・ロスチャイルドは悪名高い「CSO」(Central Selling Organisation 中央販売機構)と呼ばれる世界中のダイヤを一手に集めて独占的に販売するシステムを確立しているが、このシステムのお陰でチョット硬いだけの石を研磨したダイヤモンドが金に匹敵するような高価なものとなっている。全てはこのシステムのお陰ですね。

真珠独占している日本が、ダイヤモンドのような統制価格シンジケートを形成させない為の施策であり、その可能性を潰しておく為に技術移転を強制的に行わせ、独占体制を崩しておく必要があったのだろう。ネトウヨが聞いたら怒り心頭となってしまうような内容ですが、この施策があった為に東アジアの貧しい島でも収入の道が開け、我々も真珠スキンクリームを塗ることができ、真珠ネックレスが1万円そこそこで手に入るようになったのだから、これはこれで喜ばしいことではないかとも考えている。

 
(真珠は宝石からアクセサリーとなった、、、、次はダイヤモンドだなwww)

このように緑のカラス=客家(ペリシテ人)涙目の展開になってしまったわけですが、、、、

真珠は「人魚の涙」ならぬ「ダゴンの涙」となってしまったのだす。
※ダゴン神はペリシテ人が信奉していた魚の頭を持つ神
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Comments

真珠といえばビーナスの誕生として有名ですが、ビーナス=アフロディーテ=アスタロト(性別転換)アスタロトとバールが夫婦とされています。悪魔に分類されているということは異教の神であったということですね。バール信仰というのもありますがここらへんの地域はゾロアスター教と繋がりがありそうな気がします。アフロディーテが悪魔にされたのはグノーシス主義が異教であったということだと思いますが、ゾロアスター教とグノーシス主義は二元論的な共通点があるので国家形態的には遊牧民による部族連合国家のようなものが何度かあったと思います。

私は真珠はゾロアスター教と関係があると思っています。楊貴妃がペルシャ人ゾロアスター教徒だったからというのもありますが、肝心のゾロアスター教にわからない部分が多すぎますが

ローマ帝国を三番目に出来た巨大帝国だとすると、それ以前の大帝国にギリシャ帝国(ギリシャ神話→グノーシス主義)、ペルシャ帝国がありペルシャ帝国の国教はゾロアスター教です。イスラム帝国や今のイスラム社会はペルシャ帝国ゾロアスター教圏を上書きするような型でイスラム社会が存在しています。

インドの繁栄はカースト制度に影響受けないIT産業にうんぬん..と言われることはとても多いですが正確に言うならサッスーンの後継財閥であるタタ財閥がゾロアスター教なためにIT方面に進出しカースト制度と無縁な為にタタ財閥が支持されていることによります。ゾロアスター教を表に出さないことがひっかかります

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