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ホツダム宣言は生きている!(その3)

前記事の洞察により、「日本国民を騙して世界征服に邁進した勢力」の姿が薄っすらと見えてきました。

それらは太古から、黒曜石、真珠、亀の甲、法螺貝...等を他国との貿易商品として扱ってきた海人族勢力であろうということ。つまり、サンカ本流。古代では東北の十三湊を拠点に貿易していた歴史があるが、ここにつながる者たちであろう。一般に知られる山中でセブリに住むサンカは、勢力の一部が山野に入っていった「枝分れ」であり、三角寛・著『山窩物語』が描いたのはこの亜流サンカの方で、「贋」(亜流)を出すことで本体側の存在を巧妙に隠した。

石積技術者集団の穴太衆、そのアヤタチである上田家がサンカ本流であり、籠神社の海部氏も道教的要素の多い物部神道の物部氏もこの流れに繋がるであろう。上田音松と愛妾・出口ナオらが東北で「大本」を旗揚げし、上田音松三男・上田鬼三郎が漢氏の出口家に婿養子に入って「大本」で聖師として君臨。サンカからもたらされる最新技術情報やベルファシ勢力の計画を元にマッチポンプの予言を行っていたと見ていいだろう。これが推理作家の***をして的中率95%と言わしめた予言の正体。

上田家

創価学会の創設者もこの上田アヤタチ家の流れであり、戸田城聖、牧口常三郎が属したのが「大日本皇道立教会」。さらにその先は「皇道立教会」「皇道会」に遡り最終的に「天忠党」へと至る。この天忠党は北朝・光格天皇が「倒幕」の密勅を出され、自らの皇子を大納言中山家(京中山家)に臣籍降下させて中山忠伊(ただこれ)とし天忠党を結成。全国遊説の結果、その傘下に長州正義党、土佐勤皇党、等の様々な勤皇組織が出来上がっていった。この中山忠能の娘(次女)が中山慶子で京都明治天皇を生んでいる。大日本皇道立教会は「南朝正統」を掲げる皇道教育を旨としていますが、その成り立ちから反南朝・親北朝であることは明らかですね。

ちなみに、家督を継いだ中山忠英の三男中山忠徳は神道を究め、大本教の開祖・出口王仁三郎、PL教団開祖・御木徳近、戦後の再考の易学陽明学の大家・安岡正篤、山蔭神道宗家の山陰基央らの昭和の偉人らを門下生に持っている。

そして、この京中山家が東京日比谷に居住していた時に日本亡命していた孫文と繋がり、孫文は孫中山と名乗るようになった。その後、孫文はハワイで洪門系の「國安會」のメンバーになり、洪門(天地会)のトップ洪棍に就任している。

ここに「創価学会-大日本皇道立教会-天忠党-京中山家-孫中山(孫文)-洪門」と日中に跨る親北朝ラインが形成されたのです。

この孫文が起こした辛亥革命も「反清復明」の洪門のスローガン通りの展開であり、日本が起こした日清戦争も「反清復明」を後押ししたものであることが分かります。そして千代田遊郭にいた明皇帝・朱元璋(実は客家血筋)末裔の朱貞明を九条家の養子として大正天皇の妃として入内させている。その後、西園寺の血が入った昭和天皇が誕生し北朝系天皇家へと再び戻っている。本当は「反南朝・親北朝」の創価学会が現天皇家を守護しているのも納得がいきますね。

親日国として有名な台湾は中華民国(国民政府)の継承地であり、現日本の政権が北朝であるから「親日」なのであり、もしミンス党の南朝政権があのまま継続していたら、今頃は台湾は「超反日国家」となり、逆に韓国が「超親日国家」となっていたであろう(笑)。KPOPが南朝施策と云われる由縁です。数年前にKPOP侵攻で反韓流が起きましたが、これは現北朝政権をバックアップする地下家が在日を通じて支配する芸能界(在日勢力)の危機でもあり、つまり北朝側からの反撃ですね。

ここで少しまとめてみると、、、、

京中山家を通じて創価学会~洪門までが繋がり、サンカ上田家を通じて大本~創価学会までが繋がる。つまり、創価学会を交点に縦糸と横糸が織り為すタペストリーが現皇室&現政権を守護しているともいえる。皇室インナーサークルの栗原茂氏が「皇統堀川の裏天皇に従う皇統奉公衆には「真」の天照彦を奉じる吉野修験。「贋」の須佐男を奉じる大江山霊媒衆。宗像が核で京都社寺勢(本願寺から大徳寺)、大江山霊媒(大本から学会)、杉山茂丸の玄洋社(黒龍会はその一部)、薩摩ワンワールド(土佐も入る)、公武合体の徳川(会津、紀州)が主流」と述べていたが、これはWW2以前の話であり、現政権が敗戦時のドサクサで既に北朝に切り替わったことから大江山霊媒衆(大本から学会)が守護に回っているというわけですね。

ここから導き出される創価学会の役割とは在日や貧困層を南朝勢力に付かせないこと。これに尽きるであろう。特に「常勝関西」と関西に力を入れているのも西日本が天孫系天皇(南朝)の地であるからですね。

さて、サンカという名称にはよく「山窩」、「山家」、「三家」、「散家」、「傘下」、「燦下」という字が当て嵌められるが、彼らの行動形態から「ポン」、「カメツリ」、「ミナオシ(箕直)」、「ミツクリ(箕作)」、「テンバ(転場)」とも呼ばれるが、その語源は不明とされている。

そして、このサンカはスコットランド南西部にあるサンカ(Sanquhar)という町の名前と同じ。スコットランドは「海の民」バイキングのデーン人の流れを汲む地でもあることから、非常に密なるものをオイラは感じている。

さて、世界征服邁進勢力の1つが、ヴァチカン-ドイツ-チベット-大本を繋ぐ緑のライン、、、、グリーン・ドラゴン・ソサエティとも、緑龍会ともいわれる太古から連綿と続く客家=ペリシテ人の流れ。大本もこの下部団体に過ぎず、漢氏にしても既得権益をずっと持たせてもらえなかった新興渡来勢力。

ただ、これも利権を分けた複数あるラインの1つに過ぎず、世界征服へ邁進した勢力の一角でしかない。

そして、このような複数の国を跨いで存在する利権別ラインが交差し捩れて絡み合って「組み紐」にようになって存在しているのが日本であり、これらは決して日本の裏の機構側に潜んだ特定勢力などではなく、日本と表裏一体を為している存在というべきか、、、、表の政府はこの集合体の仮面であるというべきか、、、、つまり、日本そのものであった。

その殖民列島・日本の西日本の王様が南朝=南ユダ族の「天孫家天皇」であり、一方、東日本の王様が北朝=北イスラエル族&ペリシテ人の「地祇系天皇」。そして、藤氏長者が日本の代表トップとなる仕組。その氏長者に先の利権別ラインが接続されて「1人の鳳(氏長者)に3トップ」の構造を形成するが、これが3本足のカラス(ヤタガラス)。それ故、3トップを構成する利権別ラインに属する「戸籍を持たない者たち」のことをカラスと称するのだろう。このラインの統括者が天神系天皇であり、この日本の真の創業家とも大家いえる存在。所詮、天孫家天皇も地祇系天皇も天神系天皇側から見れば店子に過ぎない。

これが古代から連綿として国が続く日本国の本願というか、、、、本質というか、、、、本当の姿であり、東海の隔絶された地に連れ込まれた北イスラエル族、南ユダ族の移住先としての「本(バイブル)の国」である。

それが「ニツ本」(バイブルに従うという意)。

まさに羊の皮を被った狼というべきか、、、
巧妙に院政を敷いているというべきか、、、
ベルベットなファシストに最も成功した実例というべきか、、、

「私、脱いだら凄いんです」というのが日本。

羊皮狼

まぁ、日本は古代からベルファシ勢力にドッぷり浸かった回りを海に囲われ、他とは隔絶された地であったわけですから、当然といえば当然の帰結です。

政治的発言を封じられた象徴天皇と国会で居眠りする国会議員、、、このような国が亡国せずに長年生きながらえているのも、国を動かす真の中枢がそこではないことを意味する。彼らはプロヂューサーによって役柄を与えられた大衆向けに演じている役者であり、最終意思決定して国を舵取りしているのはもっと別のところにある。20年間、簿外資金を注入されなくとも国の経済規模が維持出来ているのも、その利権別ラインがもたらすものが大であることの証左。

さてさて、ここで本題のポツダム宣言に戻りますが、、、、

この11条を見ると、軍部を悪の勢力とし無条件降伏を要求する一方、「貿易関係への参加を認可」「経済や産業を維持を認可」...等の飴的な内容がある。このようなアメとムチを使い分けるようなやり方になっているのは、世界征服を推し進めたのが日本政府ではなく「無責任な軍国主義」(同6条)に陥った日本国軍隊の暴走であるとされているからでしょうか?

つまり、日中戦争(支那事変)やWW2とは日本国軍隊が勝手に始めた世界征服及び戦争なのだというような表現。

確かに、WW2は陸軍の暴走だと一般的には認知されているが、、、

しかし、米国とは開戦したくなかったのが当の陸軍であり、米国参戦を誘いWW2まで戦域を拡大化させたのは海軍。しかも、真珠湾攻撃に使う暗号は賞味期限切れであり、空母...等の重要艦を攻撃せず、基地の燃料タンクも攻撃目標から外されていた。さらにミッドウェイ海戦に代表されるように愚劣な戦術で壊滅的な打撃を受け、ワザと負けるように海軍はしている。

海軍にA級戦犯がいないことや、山本五十六がメーソンであったことや、戦後も組織は解体されずそのまま継承...等、海軍に纏わることは謎が多い。

そして、この海軍には大本が入り込んでいた。
しかも一番最初に!!!

海軍機関学校の英語教官・浅野和三郎が職を辞し1916年(大正5年)に大本に入信。その研究により実質大本№1の座を占めた。一方、王仁三郎は奥に篭って暇をもてあます状態(爆)。この浅野を頼り海軍中将・秋山真之が大本に入信。ここから海軍内に大本が広がっていったが、日本政府は陸・海軍の幹部軍人が多数入信した。大本は「国常立尊>>を天照大神」としていることから当局は危険視して第1次大本事件(大弾圧)が起きている。ちなみに機関学校にはスティーブンソンという神智学会員の同僚がいて、この縁から1928年(昭和3年)、ロンドンで開かれた第三回国際スピリチュアリスト会議(世界神霊大会)に浅野和三郎は出席している。

神智学も大本と繋がっていたのです。

だから、ルドルフ・シュタイナーの弥勒菩薩についての霊的特徴が同時代を生きた出口王仁三郎の足跡と多くの点で一致し符合していることは、シュタイナー研究を出口王仁三郎に事跡に上手く当て嵌め、マッチポンプで宣伝していたということでしょうな。

さらに大本は南朝政権下では二度の大弾圧(1921年の大正10年、1935年の昭和10年)を受けており、これがWW2の「雛型」であると喧伝していた。

■昭和10年12月8日 第二次大本事件 王仁三郎のいた宍道湖(松江別院)を奇襲
   →6年後の同日、真珠湾を急襲 ※「しんじ」と「しんじゅ」で同音

■昭和11年4月18日、綾部・亀岡が破壊
   →6年後の同日、米国爆撃隊による初の本土空襲

■昭和9年7月22日、「昭和神聖会」の旗揚げ
   →6年後の同日、第二次近衛内閣発足


実に不思議なシンクロですが、実は、これら全てはマッチポンプ。つまり、近衛内閣も大本営も米国南軍勢力も国を跨いだ仲間だったということから、第二次大本事件の月日を選んで緻密にスケジュール化されたというのがタネ明かしでしょう。

明治維新以来、「南朝でGO!」とひた走った結果、膨大な軍事費が国家財政を逼迫し、韓国併合して莫大な国費を投入してもさっぱり半島は黒字化しない、、、、このままではアカン、、、「破綻する~」と考えたのか、あるいはインドネシアのオランダ総領事館の地下50mに積み上げたベルファシの金塊が奪われてしまった為、もうここからの融資が期待出来なくなり、資金切れでお手上げ状態となってしまったのだろうか?

日露戦争、日清戦争の借金をヒイヒイ言って支払っていた日本にとって、半島への莫大な投入資金(国家予算の1/3程度)が全て国費で賄われたと考えることは、その金額から有り得ない話ですね。絶対、ベルファシ(オランダ)側の簿外資金を使っている筈ですが、ネトウヨ脳では全て国費になってしまっている。

その他として、戦後、南朝の九条切り(平安神宮に蟄居)、北朝の近衛切り(服毒自殺)、鷹司切り(伊勢神宮に蟄居)、、、等のように、何故か「摂関家切り」が行われている。これは「南朝でGO!」が米英に貿易ルートを閉ざされてしまい完全に失敗に終わってしまった結果、詰め腹を切らされたのではないかと睨んでいる。

これが出来るのは、、、天神系天皇以外にはいない(爆)。

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(「摂家切り」するまでの戦前日本の統治構造)

■東日本・・・北朝=北イスラエル族=清和源氏=藤原北家=近衛閥=イエズス会傀儡
■西日本・・・南朝=南ユダ族=桓武平氏=藤原式家=九条閥=メーソン傀儡


つまり、日本とはイエズス会傀儡(丸)とメーソン傀儡(三角)の集合体でもあるわけで、まさにRadio Fishのシンボルと同じ!!!

RF02.png

このFISH(魚)とは、当然、イエス・キリストを表すシンボルであり、元を糺せばペリシテ人の神タゴン。いまでもローマ教皇の帽子にその名残がある。

魚

タゴン

Radio Fishのシンボルはエヴァ芸人で死海文書にも詳しいオリラジ・あっちゃん故にとても含蓄のあるデザインになっている。

あるいは、「摂家切り」はカゴメ唄に表される「夜明けの晩に 鶴(天孫=南朝)と亀(地祇系=北朝)が統べった」という状況を作り出し、「後ろの正面」が前面に出て来る為の地ならしとして、日本の統治構造の組み換えが必要になったのかもしれない。出雲大社と伊勢神宮の同時遷宮もそうだし、三井住友銀行の合併劇もそのシナリオに沿ったイベントだともいえる?

いよいよ「籠の中の鳥」を解き放つ時が近づいたのかぁ~ッ!!!

その鳥とは戸籍を持たないカラスの開放のことなのか、、、、あるいは、千年王国の救世主登場のことなのか、、、、または、天神系天皇の直接統治開始のことなのか、、、、何かは分からない。まぁ、大本に言わせると「ビックリ箱が開く」ということになるらしい(笑)。

いづれにせよ、天神系天皇は何らかの意図を持って日本を戦争に巻き込んで負け戦を演じ、日本を強制的に完全に武力開放させた。そして、今度は一転して軍事乞食を演じ、米国を宿主にし憑依国家とへ変貌させている。中東に行くと乞食が物乞いしてくるが、その実、その乞食はローイスロイスに乗る大富豪だったという嘘のような話があるが、これと同じことを日本は演じているわけだ。

つまり、主力勢力は温存しつつ、全てを陸軍のせいにして武装放棄し、当時、WW1で影響を受けず経済力を増してきた米国をWW2終戦で進駐軍として日本に介入させ、ポツダム宣言を通じ米国を新たな宿主として憑依。そして米軍という隠れ蓑を利用し軍事物質を世界各地に送り込む。当然、関税など掛からない。

戦後、このようなビジネス方針で行くと決め、国の体制を一気に作り変える為にWW2に参戦していった。世の中にはハードメーカーだった会社がいつの間にか金融業、映画会社に変貌した例があるが、つまり、経営者が会社の業態変更するのと同じようなものだった。この時、ハード部門の技術者や工場労働者はリストラされなくてはならない訳ですが、それが軍需産業や軍人さんだった訳です。

ところで、このポツダム宣言の骨格を決めたのが、WW2最中の1943年に発表されたカイロ宣言。これはチャーチル、蒋介石、ルーズベルトの会談での対日方針の合意内容(天皇制存続、満州台湾返還、朝鮮開放)ですが、ここで蒋介石が日本と停戦する事も禁じてもいる。このカイロ宣言の内容を継承して占領政策としてより具体化されたポツダム宣言が作成されたのですが、先に述べたように蒋介石も孫文の後を継ぐ国民党政府首脳であり、日本の裏機構側と繋がっていた筈であり、戦後政策も裏機構側の意に沿うような内容で提言で為されたと睨む。

ポツダム宣言も日米安保協定もソ連を排し米軍に日本に駐留させる内容になっていますが、これにより防衛タダ乗りで軍事費突出を避けることが出来、さらに米軍を介し巧妙にアメリカの富を日本に流入させることが可能となった。これで戦前の行き詰った経済システムを立て直し、現在のように軍事的に身軽な国へとリストラクチャリング出来たのです。

では何故、戦前日本の経済システムが行き詰ってしまったのか?

やはり、それは先にも述べたように、インドネシアのオランダ総領事館の地下50mから奪われた大量のベルファシ勢力の金塊が最大の原因であろう。元はテンプル騎士団を経由し、ロマノフ王朝の金塊、オランダ東インド会社の利益も含まれる簿外資金ですが、この膨大な富を奪われたベルファシ勢力は簿外資金を活用したドーピングが大日本帝国に向けて行うことが出来なくなった。日・独の二極で圧倒的な先進的な産業基盤を作り米英を凌駕、そこに伊のキリスト教洗脳で支配して世界統一政府=OWO(One World Order)を作り上げ世界征服するという計画が頓挫してしまった。

明治期の富国強兵のスローガンの元、著しいスピードで西洋化できたのも英国の簿外資金があったお陰だろう。いくら手先が器用で真面目な民族だとしても投下資本と交易先が無ければ産業は伸びない。維新ではその役割を英国が行っていた。しかし、WW1でドイツ敗戦でドイツ権益の割譲された頃から、もう1つの簿外資金を使う権利が加わったのではないだろうか? それが先の奪われたオランダの簿外資金であり、日本政府はその資金をフル利用して朝鮮半島に最新技術を惜しみなく注ぎ込み、莫大な投資を満州・朝鮮に行った。その為に原資である金塊が遥々オランダからインドネシアの島に集められたのではないだろうか?

しかし、この世界征服的野望もWW1から少したった頃、肝心の虎の子(金塊)の大方を奪われてしまい、これ以上の資本投下も出来なくなった。しかもABCD包囲網で交易先が限定されてきてしまった。これでは米国との競争に負け、満州・朝鮮の最新設備は全くの不要の長物となり果てる。これが事業の再構築を図らねばならなくなった真の理由であり、武力の完全放棄し軍事的に丸裸になって、アメリカの介入無くしては成り立たないような状況を作り出し、奪われ米国北軍側に渡った簿外資金を日本へ注入しなくては為らない様に仕向けたのでは?と睨んでいる。

まぁ、放っておけば日本は自滅するので米国が関与する必要もないわけだが、そうさせない最後通牒として日本は2つの原爆を広島・長崎で地上起爆させた。この狂言自殺のような態度に震撼した米国はずっと日本を子飼い化しなければヤバイと思ったのではないだろうか?

そして、戦後のドサクサで政権を替え「北朝でGO!」とし、現在の日本がある。

まぁ、以上はオイラの妄想フルスロットルな内容ではあるが、、、、(笑)

1つだけ確実にいえることは、全ては大本が裏に回って工作していたということ。では、その大本を統括する親分は誰かといえば、ウシトラノコンジンの九鬼氏ですね。出口家は伊勢神宮とも関わりがある家柄で三浦水軍とも関係がある。しかも女系相続の世襲制という特徴を持つが、九鬼氏が大陸から連れて来た漢族であろう。ここの出口ナオとサンカシノガラのアヤタチ家系の上田音松が青森で大本を旗揚げし、音松の子・上田鬼三郎が出口家に婿入りしているが、このマッチングも九鬼家の配采であろう。

九鬼氏と云えば「北朝の金庫番」、つまり公家台所衆ですが、金と物流を握っているのが最も実権を持つ。以前、武闘派で恵州客家の九鬼氏が天神系天皇なのでは?と洞察しましたが、以上のことからその可能性は非常に高いと思うが、ただ朝廷における官位極位が五位と著しく低いのが気になる点なのだが、、、、う~む、九鬼氏は日本派遣のマネージャーや代理人といったところではないだろうか? で、その上にはもっと大きな客家組織や戸籍を持たない集団という組織があると睨む。

だが、このような裏工作に使われても大本は既得権益を得ることは出来なかった。江戸期も明治維新でもそうだったが、新興渡来勢力には既得権益を与えない方針が頑として存在。これ故、彼らがネオ満州建国を早期に実現して、既得権益確保を「勝手にやらしてもらう!」と突っ走っている。

(長くなってしまったのでつづく)
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Comments

今回は消耗品である真珠の用途(宝石用ではない場合形状や見た目まったく関係ない)漢方で使う生薬の材料の一種です。近江商人が取り扱い富山の薬売りに材料として売ったりします。中国がペルシャ方面から仕入れていた漢方の材料は他にも複数あると思います。宝石としての使用はおそらく近代か、昔からアラブでは宝石としての使用をしていたかもしれませんが、中国が漢方の材料にしたから日本人は宝石としての使用は想像もしなかったかもしれませんね。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

楊貴妃も服用していたと言うから真珠粉末の漢方利用はかなり古い。楊貴妃がペルシャ系ソグド人ゾロアスター教ですからむしろ楊氏一族によって中国にもたされたもしれません。ちまたには真珠の効能をアピールした化粧品が無数にあるから美容効能として昔から知られてしたのだと思う。漢方繋がりで東洋医学て事だから戦後西洋医学の普及のために東洋医学を弾圧したって意味だと思う。

ただし医学的というか科学的根拠があるかはわかりません。他のものに比べたら無害ぽいですけどね。漢方の材料てそんなのばかりですからかね。楊貴妃がつかっているという宣伝効果で昔の楊一族が地元の特産品を漢方に取り入れお金儲けしてたかもしれませんしね。中国の内陸の人からしたら海洋ミネラル補給にはなったかもしれませんけど

ルカ様

コメントありがとうございます!

> ちまたには真珠の効能をアピールした化粧品が無数にあるから美容効能として昔から知られてしたのだと思う。

そういえば、上海への家族旅行の際、
孫文の中山公園内記念館と真珠宝飾品&真珠クリームのメーカーに行ったことを思い出しました。
いづれも今回のポツダム宣言と繋がっていて驚きです(笑)。

中国は淡水真珠のメッカですね。
今は日本は真珠輸入国となってしまいましたが、100年前は世界を席巻した程の真珠大国。
この生産技術が東南アジア、中国に渡って、いまや真珠の過剰生産となっており、
先の真珠クリームも消費の一環として作られている感じです。

十三湊の海賊て安東(秋田)、浅利(武田)あたりだと思いますが取ったり取られたりしてそうですが、古い時代ほど勢力持っていて縄文系だと思います。松前藩の先祖でもありアイヌの基盤とつながってます。(蝦夷、千島、サハリン、アラスカ、ロシア、満州)
アイヌの活動範囲も結構広いですからね。国とは呼べないかもしれませんが、こっち方面の貿易ルートは越(福井県)くらいまではつながってそうです。江戸時代に前田藩の船で松前藩まで貿易しています。そういう繋がりがあったからこそ松前に姓を変更しました。その貿易に協力してるのもまた十三湊。十三湊と土佐湊は当て字が違うだけで多分同じなんですよね。

福井県→琵琶湖→京都て水運ルートでしょうがこの琵琶湖ルートに浅井(蘇我)が配置されてます。十三湊に石川(蘇我)が配置されてます。蘇我石川麻呂の子孫が石川姓です。

時代記入してませんでしたが、安東(秋田)浅井(武田)は室町くらいの時。

安東から秋田に姓を変えたのは江戸初期くらいでしょうか

十三湊の石川(蘇我)琵琶湖ルートの浅井(蘇我)は配置された初期の話です。第二期蘇我氏(石川氏)の衰退によって戦国時代くらいの浅井は養子などでのっとられ、蘇我を名乗るメリットがない時代ですので名乗ってません。母方で何処かではいってればだいたい無難に藤原名乗りますよね。

訂正→十三湊の方は浅井ではなく浅利(武田)近江は浅井

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