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京都狐憑きツアー(その3)

さて記事は今回のツアーの主題である伏見稲荷についてです。

近くの宿坊に宿泊して、午後、夜中、朝早くの3回参拝しました。最初の参拝時に奥の院の山頂まで登っていったのですが、1周3時間ぐらい掛かった(あはは)。

最初に目に入るのが楼門ですが、この楼門も豊臣秀吉が寄進建立で既に500年以上も経っていることに驚きを禁じえない。一般的に仏閣でも防腐の為に朱色に塗りますが、一度塗った後は塗り直しせずにそのまま放置状態が基本。まぁ、それが得も云われぬ古びた感じが出ていい味を醸しだしていますが、この伏見稲荷はそれに相反するかのように創建当時のままの煌びやかな雰囲気を今に伝えている。

絵札記入するテーブルすら朱色に塗られており、朱色に対する病的とも云える統一感には感心させられます。

伏見稲荷01
(狐像が咥える鍵付きの巻物、、、、これはバチカン教皇と同じく天国への鍵を持つという暗示なのか?)

稲荷社は赤色という印象をもっていましたが、その思いも最初で打ちのめされました。

伏見の朱色は濃いオレンジ色という感じの方が近い。

どうりでアニメNARUTIOでは、ナルトがオレンジ色の服を着ていますが、あれはオレンジ色ではなく朱色だったのですね。つまりNARUTOHは伏見稲荷系の稲荷を暗示。サブミナル効果かもしれませんが、NARUTOの世界人気とともに伏見稲荷の人気上昇しているのも納得です。

NARUTOP.png

この稲荷社の朱色(オレンジ色)に関しては、名無し先生の下記の言葉がずっと気になっていた。

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EP3のM資金の洞察については簿外資金に触れる事の出来ぬ存在の策謀一端との混同(※1)がみられる。
詐欺事件はその余波と考えるのが妥当だろう。

EP4の洞察中には総主教の画像があり、何を羽織っているのか? ここにロシア、日本、ドイツを繋ぐトライアングルの更にその先と世界の未来に於ける重要な鍵が存在する。日本に溶け込んだ樹木信仰とナチス、更に総主教が羽織るものの色には根幹の教理的な何かが存在し、神社仏閣の朱にも同様の象徴があり存在している。

オカルトでは一部脚色されトンデモ情報として存在するが、太古の実在が元になっている。


■2015年 宇宙人への旅立ち EP5 ポッポの覚醒 (煩フル記事)
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2905.html
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ロシア、日本、ドイツを繋ぐ緑色は緑龍会ですが、朱色の方はどうでしょうか?

朱色=濃いオレンジ色=オレンジ結社=オレンジ公ウィリアム=メーソン

オレンジ結社

これがオイラのファイナルアンサーです。

九条閥はメーソン傀儡で藤原式家=平家=南朝、近衛閥は藤原北家=源氏=北朝でイエズス会傀儡ですが、伏見稲荷の朱色がオレンジ色=メーソン色であるのは、伏見稲荷が秦氏祖廟を守護する「カバラ落ちこぼれ」勢力で九条閥の使いパシリである「九条走り」であるからなのでしょう。
※江戸幕府は欧州に関する貿易相手国を、それまでのイエズス会の仕切るスペインからメーソンの仕切るオランダに乗り換えた。徳川幕府の将軍家には九条家から4人の嫁が入っている。(近衛門流からは鷹司家の1人のみ)

そういえば、楼門を寄進した秀吉も信長継承者で南朝方(メーソン傀儡)になりますね。

伏見稲荷は西向きに建てられ背後に稲荷山というカンナビ山を配し信仰の対象にしていますが、これは三輪山というカンナビ山を信仰の対象にする奈良の大神神社と同じ構成をしている。場所的にも御所の南東に位置しており、伏見稲荷が大神神社と同じ役割を持っているのだと睨む。

伏見稲荷は、応仁の乱で稲荷社も山上の建物を含めて一度すべて焼失してしまっている。

伏見稲荷は明治期の神仏分離で境内は接収され、下社にはウガノミタマを祀るようになり、山上にある仏像等は全て棄却された。この時、それまで郷社扱いであったが官幣社に格上げしてもらい国家神道的な神社へと向かっていった。この明治政府の神仏分離策を今までのシ滝行を場としての修験道的特色を持った稲荷信仰とは相容れないと考えた信仰者が中心となって始められたのが「お塚信仰」。これは稲荷山のあちこちに「○○大神」と記された墓標のようなものを設置していますが、明治以降に始まった新しい形態で7000基は下らないという。このお塚も最初は土で盛ったマウント状のものであったが、祭壇を石作りにして自然石平板に個人の崇める稲荷神を「○○大神」と刻印し、稲荷山に寄り添うようにして祀っている。

このお塚信仰が稲荷信仰の肝であり、豊川ダキニ天の奥の院の狐塚に匹敵するもの。ただし狐塚よりも不気味であり、完全に凌駕して圧倒的ではある。伏見稲荷大社の祀るウガノミタマなどは稲荷信仰の本質的な部分ではないことは、講を通じて作られたお塚を見れば一目判然。仏教色排除・修験色排除の中、苦肉の策として生まれたのが「お塚信仰」であり、これが稲荷信仰の本質部分である。
※実際には1万基以上もある有名な「千本鳥居」を形成する「鳥居奉納」も江戸時代から始まったものです。


(パナの松下幸之助氏は稲荷信仰で滝場修行者だったという)

稲荷山の信仰方法について、ネットの中で記された内容では、、、

1)門前町で稲荷やすずめを飲食
2)御祈祷申し込み
3)稲荷山登山
4)池の前の「熊鷹社」でロウソクを灯す
5)稲荷山の中でも飲食
6)眼力社コースで末広社まで来て鳥居を奉納
7)目より高いか、目立つところに木札を安置

これが一番よく効き、御利益を引っ張り出す引き金だという話もあるが、、、オイラは後で知ったので何もしなかった(汗)。まぁ、今回は何も祈祷もお守りもお札も貰わず、単に洞察の為の知見を得に参拝しただけであるが、。、、、惜しいことをした(爆)。
※熊鷹社は一発逆転の祈祷所で、ロウソク1本が5000円~1万円という強気の祈祷所。祈りも通は「」と仏教呪文で行うが、この熊鷹大神の正体が何であるか分かる内容でもある。

伏見稲荷大社では境内下社にはウガノミタマを祀っていますが、これは明治期の神仏分離で祭神が変更されたものであり、奥宮には「稲荷大神」とその横に眷族の「命婦専女神」を祀った白狐社が大小2つの社がありますが、こちらが本来の祭神であろう。。

伏見稲荷05
(奥宮 向かって左側の小さい社が白狐社)

掲げられた立札の説明によると、、、、



■奥宮  (重要文化財)
御祭神 稲荷大神
例祭日 一月四日 午後十時
構造 三間社流造 桧皮葺
建立 天正年間(一五七三~一五九二)

この社殿は、本殿と同様の流造で建てられ、摂社でも末社でもなく稲荷大神を祀ることから、他の境内社とは別格の社である。『長禄三年(一四五九)指図』には「命婦」として記され、存在が確認できる。『明応遷宮記録』(一四九九)には西側に八間の回廊があったことが記されているが、この回廊は現存していない。現在の社殿は天正年間に建立されたもので、元禄七年(一六九四)に修復された。



■末社 白狐社 (重要文化財)
御祭神 命婦専女神
例祭日 一月四日 午前十時三十分
構造 一間社春日造 桧皮葺
建立 寛永年間(一六二四~一六四四)

この社殿は、稲荷大神の眷族を祀る唯一の社で、古くは「奥之命婦」「命婦社」とも称された。元禄七年(一六九四)までは現在の玉山稲荷社あたりに祀られていた。




命婦(みょうぶ)とは、もともと宮中に仕える女性官人を指す言葉であり、稲荷狐には朝廷に出入りすることが可能な「命婦」の格が授けられたという経緯から付けられた。一説には稲荷大神=イエス・キリストとの神仏混淆を避けたかった秦氏が命婦神を差し出したともいわれる。神仏混淆時代には仏教傘下に置かれた当時の神道祭祀が宮中に取り入ることは不可能。何からの形で仏教的なものでなければならないが、朝廷に出入り可能な狐は2つあるが、天皇即位時に行われる「ダキニ天法」のダーキニー、あるいは藤原得子(美福門院)の正体とされた白面金毛九尾狐のことだと睨む。

命婦専女神の「専女」とは「年老いた女性」を意味する言葉であり、命婦神の眷族を表しているいる。であろう。


伏見稲荷の創建は710頃にまで遡るが、元々、稲荷は「伊奈利」と書かれ、「穀物神」のイメージはない。白餅が白鳥となって「稲生り」とされた縁起などは後付け創作であろう。

朝鮮半島の新羅地方(秦韓)から北から押し寄せる騎馬民族の圧迫を受け辰王に呼ばれて九州に渡り、秦王国を経由して山城の地(京都盆地)やってきた秦氏ですが、その末裔である秦伊呂具(賀茂県主久治良の末子)によって創建されたのが伏見稲荷。

ここで祀られる主祭神の稲荷大神とはINRI大神であり、即ちイエス・キリストであるという説もある(ふふふふ)。

秦氏の稲荷信仰は、欽明天皇の御世、秦大津父(おおつち)が稲荷山南麓で二匹の“おおかみ”が血を出しながら争うのを見つけ、争うのを止めるよう諭したことに起因する。この内容を天皇が夢に観て、秦大津父を大蔵省重役に採用したことの記念か? これが秦氏と「おおかみ」との縁起。

つまり、最初は狐ではなくだったのですね。
伏見稲荷のお塚信仰では各々が自分の神を定め「○○大神」と碑に書かれていますが、これは「大神=狼」から来ているのでしょう。

伏見稲荷の元宮は船岡山の命婦稲荷神社ですが、この船岡山に棲む狐の老夫婦と五匹の子狐が稲荷山に出向き、稲荷神の眷属になりたい旨を願い出たというのが伏見稲荷の始まりだと云われるが、これは船岡山の秦氏が稲荷山の秦氏の軍門に下った事跡を書いたに過ぎない。

秦氏が新しいエルサレムとして作ったのが京都。御所を中心に左右と南に奴型に町が広がるが、このタウ型十字架の罪状版にあたるのが船岡山。通称「首」でもある。そして、ここにイナリ(伊奈利)を祀ったのですが、イナリとは「旗」であり、それを作ったのがカバラに通じた秦氏の漢波羅。

その経緯を知る秦氏祖霊をINRI山で祀る秦氏が、それを上手く導入し710年に伏見稲荷を建立。「伏見=不死身」であり、イエス・キリストの復活を彷彿とさせる言葉でもある。

名無し先生の言葉からは、、、、

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俗に一般の方々がヤタガラスと呼ぶ形になるのが、この室町の頃と認識しております。それ以前は所謂 2流の陰陽師、五字切、九字切の裏道、つまりは六字切、十字切のカンバラが、これらに当たる者であったという事です。

この内の裏ドーマンに当たる十字切の衆の落ちこぼれが、ある国際機構と日本国の中枢の連絡役、使い走りとして起用されました。俗に、この衆を九条走りと呼び獣道にあたります。犬、狐、狼等で表される事が多いようです。伏見稲荷等はまさにこれに当たるわけです。

神社の境内で玉や巻物を噛んだ犬を見かける事がおありかと思いますが、この所以による処です。時代によっては事変があり、一時的に時のトップを名乗らせた事もありましたが、決して本流では御座いません。こうした経緯から、これらの衆の行いは、国士としての位置よりも、自己の利益を基準に動くのが常となって参りました。

前述の国際機構とは、古くより各国の中枢に文明、文化を齎してきた位置にありますが、決して前面で王位を乗っ取る行いはしてきておりません。これに比して、オランダ東インド会社に代表される御指摘の一族は、世界を一つの国家とするという千年王国の復活を理想としております。この勢力と獣道の衆が合同していったのは、ある意味一つの必然と言えるのでは、と考えます。この獣道の衆は、その後も時代の変遷に伴い、その都度利益本位の行動をとり続けておるとの認識です。


■西様、何故かコメントができないので記事にします (高度自給自足ブログ)
http://jfcoach.blog49.fc2.com/blog-entry-287.html
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ある国際機構とは客家(ペリシテ人)組織であると思いますが、洪門(ホンメン)は明朝末期(17世紀~)に起こった「反清復明”(清を倒し明を復活させる)」を主旨とする秘密結社であり、室町時代(1336年 – 1573年)とは時代的に少し合わない気がする。多分、洪門(ホンメン)も緑龍会もその一部である、より古いペリシテ人組織があったのだろう。なにせシルクロードをネットワークで覆っていたのですから、、、、

陰陽道の裏であるカバラだけでなくキリスト教のINRI、また仏教・修験道の要素もが混在した混沌状態にあるからこそ、彼らをして「カバラ落ちこぼれ組」と称するのであろうか?

そういえば、ナルトも落ちこぼれではあったなwww

空海(774-835年)が中国から持ち帰ってきた天部衆のダキニ天と稲荷大神が習合され、東寺の末寺の愛染寺を神宮寺として配され伏見稲荷の全てを管理したが、そこでは三面十二臂の「三天和合尊」である「三面ダキニ天」として聖天、弁財天と共にダキニ天も祀られた。「三面ダキニ天」は「三面摩多羅神」でもある。伏見のある京都東山辺りは昔は死体の投棄場であり、稲荷山は秦氏の祖霊を祀る場所であったらしい。よって「尸林(しりん)の巫女」であるダーキニーを当て嵌めるのが相応しかったのだろう。

伏見稲荷の躍進は、827年、淳和天皇の健康が優れない理由として東寺(教王護国寺)の五重塔建造(796年)時の稲荷山から木材調達において、それが伏見稲荷神域の木であったことから稲荷大神の障りが出たと占断され、伏見稲荷は従五位下の神階奉授を受け「二十二社」に認定されたところから始まる。だが、この霊障も「狐憑き→加持祈祷」という伏見稲荷と真言宗で行われたマッチポンプのWIN-WINの策略であろう(爆)。
※豊川稲荷もも元を正せば、一時期、真言宗系寺院にいた住職が得たものという説あり。

平安期には隆盛したが、鎌倉期には衰退、一般受けを狙って白狐を稲荷神の眷族とした姿にリニューアル。これが受け、関東では江戸期に大流行。

これが奥宮の大小社殿の配置に暗喩的に現れているが、それはスバリ、、、、

九尾仙狐

■稲荷大神・・・命婦神=貴狐天皇(ダキニ天)=九尾狐仙
■命婦専女神・・・眷族=白狐


鎌倉期の稲荷は「九尾狐仙」をモチーフにしたのだろうとオイラは睨んでいるが、これは九尾狐を極度に畏れる客家(ペリシテ人)であるからこそであり、「九尾狐仙」を祀っている主体が客家であろう。この一変形が航海神の媽祖(まそ)ですね

その後、応仁の乱で全山全焼して存続の危機に陥ったが、豊臣秀吉の寄進で復活を遂げた。江戸時代には鳥居奉納がブームとなり、千本鳥居の形が出来上がる。鳥居奉納は功徳のお礼だというが、これは伏見稲荷→客家を通じて信仰者が仕事を貰ったのではないだろうか?(笑)

さらに明治での神仏分離で愛染寺、ダキニ天は廃され、仏教色、修験道色は排除されたが、それを不服とする稲荷信仰者が四つ辻以降の奥の院(民有地)で「お塚信仰」を開始。その数、1万基を超えるが、これが現在の伏見稲荷の全容である。

伏見稲荷02

今後の洞察に役立つこと満載の京都旅行でした。
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大摩邇で湧いている理由が分かった!

秋の収穫祭ハロウィンは、現代では悪魔崇拝の恒例儀式となっていますが… あれに必要な仕込みが、今月初めからスタートしているのを誰かに貰ったディズニーマウスの壁掛けカレンダーから読み取れました(^_-)
収穫祭自体の日取りは、10月31日なので今回は如何にサタニストサイドが力を入れて悪だくみを考えているか伺えます。

まぁ… 煩悩くんが浸食されたり洗脳されていたなら感知できない意識スモッグが蔓延して、様々な不幸な出来事がそれまでに多発したらそれは必要なだけの生け贄の頭数を満たすまで履行される。

とにかく黒魔術霊媒師の言うだけの人数の生け贄をなるべく事故や€€事件に見せ掛けて期日までに用意すべきだが、人数さえクリアできれば術が成功すると言われたのか、10月31日までに決められた頭数を€€のだろう(-_-#)

今までと比較して、ポケモンGoを普及させての思考や行動操作或いはまた、神奈川の少年首切り実験のような事も多発させてみて成果を期待するのだろうか?

これらの電磁波テクノロジーに呪いを絡めたプロジェクトや実験については未だ私が対応する時期ではないが…

大摩邇9・9事変… 撃沈乙wwwo(^o^)o

まぁ、最初からアレでしたが… ギャラリーは何を期待していたろう。

ところで煩悩くん! 知ってましたか?
紀子さま♡の誕生日が、1966年9月11日だった事を。 そして私が、1966年9月18日で… おそらくプーチン大統領は、その一回り上だから1954年9月22日だろう。10月7日は平凡すぎだから嘘で公表してる、カバラで何らかの目立つ要素がないとキーパーソンにはなれない筈(p_-)

でもな、俺が思うに… 紀子様♡と相性が1番なのは俺かも( ´艸`) スピリチュアル的に♪ でも仕方ない。秋篠宮もイケてるし、2人はお似合いだから。

ただな、あれよ。ソロモン王の前がダビデ王でその前の前が俺なもんで… 今の時代の民衆は能書きばかり達者で、地に足を着けて役目を果たせるのが少ないな(p_-)

人騒がせなのは、操作されている様にも見えるが確証のない事で大騒ぎや大衆向けに喧伝をすべきじゃないね。

時系列でいうと(ゾロアスター教、ミトラ教)→バラモン教→ヒンズー教→仏教。

ゾロアスター教の主神が阿修羅で敵側が帝釈天

ヒンズーの神々はヘカトンケイルですね。
アーリア人がカースト階級作った時にいろいろな部族から組み込んだんでしょうか?

フン族のアッティラみたいな遊牧民部族連合国家って多神教化しますよね。

一神教は部族融合国家です

赤口(ミシャグジ)蛇神→諏訪大社→武田に置ける諏訪の重要性→武田赤備え→井伊赤備え。だと思うんですが、江戸までは赤は諏訪由来です。
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