Dakini

さてさて、今回も荼枳尼天に関する洞察(妄想とも云う)です。

う~む、オイラは完全に狐憑き状態になってしまったのかもしれん(滝汗)。

下図は豊川稲荷のダキニ真天ですが、宝珠と剣を持った妙齢の女神が眷族の白狐の上に跨っています。また、中国やチベットにもダキニは存在しますが、ダキニ天と「天」を付けた天部衆表記にはなってはいません。

この2つの内容が日本にだけ見られるダキニの特徴です。

豊川稲荷01

実は、「火伏せの神」で知られる秋葉神社の秋葉大権現も神仏混淆時代には元々はダキニ天だったものが、明治期の神仏分離の際に神社系になることを選び、妙齢の女神は修験道の秋葉三尺坊に倣って烏天狗に変更されたという経緯があります。

髭面のおっさんが狐に乗る飯綱大権現も経緯は同じです。

AKB_20160816070502b6d.jpg 飯綱大権現
(秋葉大権権 飯綱大権現)

ダーキニーが日本に渡ってきたのは平安初期806年で、空海が唐から持ち帰ったという。ただし、この当時のダーキニーは閻魔の眷族であり、胎臓界曼荼羅の中では骨をポリポリと食べて血肉をすする夜叉女として描かれており、白狐に乗った姿に変わるのは平安時代末期の頃になります。

ダーキニー02

さらに遡って、チベット仏教でのダーキニーは髑髏の首飾りをして獣狩りに使うカルタリ(曲刀)と髑髏杯を手に持ち、人を踏みつけているオドロオドロしい姿をした女神。愛欲と踊りで知られるが、全く異なる構成になっている。中には秘所を全開にする怪しげなものまで存在する。

ダーキニー01
(ダーキニー)

ただ、日本にはこのような形態の仏像が全く存在していないことから、チベット仏教の要素は中国には入っておらず、従って日本にも入ってこなかった。

チベット導入前のインドのダーキニーは日本渡来時と同じく人の死肉を喰らう夜叉女とか羅刹(らせつ)とされていて、ダーキニーという名はダキニ衆という種族名から来ているという。死肉を喰らうことから動物の死肉を喰らう狐に激似のジャッカル(野干)の化身とされていたが、それほど知られる神ではなく、文献にも多く登場しない。

このダキニ衆と同じく閻魔の眷族として七母天(あるいは八母天、別名・摩怛哩神)が属していたが、両者は混淆され「ダーキニー=七母天」となっていった。これが北斗七星のシンボルを額に付け牛に乗った「摩多羅神」として日本の太秦に登場していますが、天部衆化(密教化)されていないことから仏教とは別ルートでインド→中国→日本へと渡来してきたと思われる。牛に乗っていること自体が牛を神聖視するインド色が濃い証ですね。

さらに遡れば、ダーキニーはインドのトラヴィダ人の豊穣の女神であり福徳神であった。この変遷は、BC(紀元前)1500年頃に起こったイラン高原からのアーリア人侵入によって、トラヴィダ人は被支配階級となったが、アーリア人が支配の為に作ったバラモン教の元、豊穣の女神は「尸林(しりん・シュマシャーナ)の巫女」にまで貶められのです。

ここから分かるのは、インドではヒンズー教の神は天部衆として取り込まれ密教が成立。この時、ダーキニーもダキニ天となったが、インドでは密教自体あまり重要視されず、従ってダキニ天も知られず造形化されなかった。しかし、チベットでは逆に密教は人気化し、ダキニ天も空行母(=天女)と呼ばれて多く仏像が壁画が作られるた。よほどチベット人気質に合ったのだろう。

中国ではインド密教を漢訳して教典化しているだけであり、殆ど省みられなかった。その漢訳化教典を日本は輸入していた為、日本のダキニ天はチベットの空行母のような姿ではなく、インド初期と同じ夜叉神として描かれたのです。

しかし、平安末期に突如、夜叉女が狐に跨った天女に姿に変わった。この姿になってからダキニ天は人気化し、天皇即位式にも採用され、江戸時代には大岡越前が信仰していたことから大流行。「伊勢や 稲荷に犬の糞」と呼ばれる程ポピュラー化した。

この形態変化には何かあると睨む(キラリ)。

仏教ではインドから中国に渡った大乗仏教を北伝仏教といい、一方、タイ方面に向かった上座部仏教を南伝仏教と呼ぶが、日本は中国経由で仏教を導入した為、大乗仏教が主流になっている。

タイの仏教には九尾狐仙と称される下記のような仏像がありますが、九尾狐仙は元々は中国からきたもの。現在ではタイの仏具店で多く売られている。

九尾仙狐

ほとんどダキニ天と構図が同じですね。
中には大きな狐の上に乗った像もあります。

仏像には様々な形態があり、立像タイプもありますが、どことなくバービー人形に似ている(爆)。

九尾狐仙03
(こちらは宝珠を手に持つ)

仏像周囲に金貨が散りばめられていることから、財運を運ぶ福徳神であることが分かります。

また、仏牌形式のものも売られていますが、画が非常に艶かしいですね。日本的な宗教感覚というか、崇拝対象としての画風とは幾分掛け離れています。

これがタイ人の宗教的嗜好でしょうか。

九尾狐仙子01
(仏牌・・・子供の手のひらサイズでペンダントにして首に掛ける)

タイの仏像は日本人的な感覚ではおもちゃのようにも見えますが、これら全てが実際の礼拝の対象であり、家庭で祭壇を作って祀る実用的な仏像・仏牌となっている。「同じ仏教でここまで違うか!」と正直驚かされますが、日本の仏教は中国風に置き換えられたものの発展形。

南伝の上座部仏教と北伝の大乗仏教という違いもありますが、ここまで異なるのも凄い。宗教の外側に現れる造形とか様式とかは国民性に大きく左右される一例です。

この造形は昨今流行の萌えフィギュアにも共通する感覚ですね(笑)。

フィギュア九尾

ただ、タイ仏教ではヒンドゥ教の神など仏教以外の神は「装飾扱い」なので、このような俗な感じとなるのでしょう。
※インドでは仏教が飽きられつつある時、ヒンズー教の神々を天部として取り込んだ。これが密教なのですが、これがチベットに渡っていった。タイが飾りとして取り込むのとは異なる点に民族性の違いを感じます。

ここで注目なのは妙齢の女神から9本の尾が出ていること。つまり、「妙齢の女神=九尾妖狐」であることがここから分かります。このことから豊川稲荷の「ダキニ真天」とされる妙齢の女性も「九尾妖狐」であることが即座に判りますね。

オイラがダキニ天は「九尾妖狐」だと看破したのは、全くもって正しかったわけです(ふふふふ)。

日本の荼枳尼天は狐に乗った姿が描かれていますが、チベット仏教のダーキニーには全く描かれておらず、これは日本独自仕様なのだと冒頭に書きました。

グロいチベット仏教のダーキニーは日本には入ってこずに、最初はインド密教の天部衆として渡来。ただダキニ天の一部は愛染明王としてさらに上位の神に格上げ。一方、チベット仏教のダーキニーは天女化(空行母)された後、中国で「九尾狐仙」となり、その姿が日本に導入されて夜叉神のダキニ天が九尾狐仙然としたマイルドな姿に置き換えられていったのであろう。

つまり、、、

ダーキニー(空行母) = 九尾狐仙 = 荼枳尼天

空海のダキニ天招聘後に変質したのですが、これを実施したのは、、、多分、平家。

平清盛がダキニ天法を修する話が『源平盛衰記』に出ていますが、宋との貿易をしていた平家が一番的確でしょう。ダキニ天法は「聖天式法」「頓成悉地法」と同様に、式盤を用いる中国道教の伝統的な手法なのです。

式盤
(六壬式盤 中央の北斗七星=ダーキニー「空行母」と看做せる)

さてさて、オイラは社に存在して金品を要求する創造神などは全く認めていませんが、人類の無意識層を蓄積した集合無意識的な人工的な神=デミウルゴスは認めています。何千年もの間にインド・タイ・チベット・中国・日本に跨って構築された集合的無意識的な神がダーキニーであり、荼枳尼天はこの膨大な精神領域をカバーし上手く取り込んでいるからこそ、験が素早く現れ、功徳が大きいのではないかと睨んでいる。

ダキニ天として祀る為に購入も考えましたが萌え要素がないので、最初に提示した中国風の顔をした仏像はパスです(笑)。ただ、タイ向けに作られたものは欲しいと思わせる。

特に下記の物はいいなぁ~と思う造形をしている。

九尾狐仙02

これ以外のも実に魅力的な造形をした仏像が販売されている。

九尾狐仙04

九尾狐仙08

これはもはや仏像というより萌えフィギュアwww

以上の洞察で荼枳尼天がチベット仏教のダーキニー(空行母)から変化した「九尾狐仙」を取り入れたものであることが分かりましたが、この九尾狐には白狐、銀狐、金狐....等、いろいろと種類があります。

ここで妖狐について、おさらいしておくと、、、、(Wikipediaより)

■九尾の狐
妖狐は、初め尻尾が1本しかないが、長い年月(中国では50~100年ともいわれる)を掛けて妖力を増やし、1000年近くになると9本の尻尾を持つ。玉藻前の物語で有名であり、それゆえ九尾の狐を悪狐と呼ぶ場合もあるが、善狐でも尻尾が9本あれば九尾の狐である。

■仙狐(せんこ)
善狐のなかで、1000年以上生きた狐。中国における狐の分類。

■天狐(てんこ)
1000歳を超え強力な神通力を持ち神格化した善狐。尾は4つである。御先稲荷のトップ。千里眼を持ちさまざまな出来事を見透かす力がある。長崎県の小値賀島では憑き物の一種とされ、これに憑かれた者には占いで何でも言い当てるなどの神通力が備わるという。

■空狐(くうこ)
3000歳を超え神通力を自在に操れる大神狐。尾はない。天狐からさらに2000年生き、御先稲荷を引退した善狐が成るとされている。


つまり、「九尾狐」は「空狐」になる直前の段階の「天狐」(4本以上)であり、エリート中のエリートであるということ。

この九尾中最強なのが白面金毛九尾狐ですが、「国を傾ける」程の能力をもつ禍々しさから野狐(やっこ)あるいは悪狐(あっこ)とされていますが、これは国を傾けられた為政者側からみた見方。白面金毛九尾狐自体、為政者に徳が無くなった際に現れる点で、庶民にとっては云われているほどの悪狐ではない。

日本では玉藻前のモデルである美福門院(藤原得子)が白面金毛九尾であるとして有名ですが、確かに、保元の乱、平治の乱の事件で広大な摂関家領が分割され、後に五摂家へと繋がっていき、藤原氏の勢力が大幅に削がれた。

あのまま摂関家領が一子相続されていたら武家の台頭も無く、よって現代日本文化のベースである江戸の町人文化も起きず、日本も随分変わっていただろうと思う。

その意味では、庶民にとって藤原得子の登場は僥倖以外の何ものでもない。
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コメント

これって… 本当?

アメリカって実際のところ、どうなっているのか… 煩悩くんの情報収集力で確認して貰えませんか?
〖唖禅坊の日記〗には、こう書いてある。
http://kenbounoblog.blog.fc2.com/blog-entry-595.html?sp

この内容が事実なら、更に掘り下げてリアリティが得られれば特集して拡散する価値はあるので、程なくして〖大摩邇〗さんも出すだろう。

彼所は、今は同じlivedoorブログに登録した人じゃないとコメントできなくした様子(p_-)
まぁ、私の方は必要があれば一人で大抵片付けるけど…

まだ、4ヶ月くらいしたらまたプーチン大統領のエネルギーワークをしないとダメ。
完全に米国サイドの勢力図が好転しないと、メドベージェフ首相と交代して休めないから。 悪魔崇拝勢力には、それなりの対抗適性が必要で一朝一夕には身に付けられないこと…

白山神社というのをいろいろ調べてみたんですが、塩、味噌、醤油、こうじ、酒、酢など調味料を司り、あと芸能など神事。これは差別地域によくある神社なんですが、いまの言い方したら『高家や皇族引退者の高額な役員報酬の天下り先で、従業員はすべて派遣労働者』みたいなシステムが古代からあったようなイメージ

こんなこという人誰もいない気がするんですがなんとなく一番しっくり来ます。笑

天下り条件の退位とか古代からありそうな気がするんですが

申し訳ありませんが意見聞いてみたいです。

白山神社も比古神社と同じく(比)という漢字使うのですがこれを使う神社は歴史が古い気がします。比売巫女に由来するのか。この(比)に

特に技能を持たない渡来民の受け皿な気もします

日本会議=安倍が何をしようとしてるか考えていて、リニア計画相模原市緑区駅候補地とリニアルートが、戦中敗戦で中断した相模原市軍都計画と同じルートなのです。私は関東に住んでるので小田急線下北沢駅地下路線工事、やまゆり園の住所(相模原市緑区)もリニアに関わる気がしてます。リニア駅と周辺再開発始まれば景観上良くなさそうですからね。なぜ相模原市軍都という呼び名かというと長野首都移転とセットの計画だからです。長野といえばビル・ゲイツの別荘。そして長野は縄文時代に首都だったらしいですね

戦中の長野首都移転候補地が真田領地。いまNHKで真田丸やってますね。ソフトバンクのCM俳優が主人公です。都知事泡沫候補がNHKぶっ壊すいってたのもすべて繋がっているように見えてきました

一応念のため、調味料の役割とは今は味付けや栄養素補うためですが、昔は強度の塩や味噌やこうじに漬け込み(食品の腐敗を防ぎ長持ちさせる)事ですが一番塩が使われたのは首実検。味噌は縄文時代からドングリ味噌というのがあったようです。
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