2015年 宇宙人への旅立ち EP6 ダーキニーという希望

前回、敢えて書きませんでしたが、ポッポの覚醒は「宇宙人に誘拐されて金星に行った」「私はトム・クルーズが前世で日本人だったと知っている」と公言する神殿巫女ともいえる奥様のお陰が大きいという結論だったのです。

読み切れましたでしょうか?(ふふふふ)

つまり、ポッポは彼女を通じて宇宙人としてのマインドを感得したということ。言い換えれば、「同類になった」ということです(爆)。

しかし、実はこれはイエスが神殿巫女のマグダラのマリアを通じて天を感得したのと同じ構図なのですね。

さてさて、前記事は名無し先生のヒントから、チベット仏教とロシア総主教を繋ぐマグダラのマリアへと至る線を見出しましたが、これは「赤い衣」を通じて、更にボン教へと繋がるところまで話しました。

今回はボン教から洞察を始めます。

チベット仏教(ラマ教)は7世紀にチベットに入って来たと云われますが、インド仏教の衰亡期の寸前に人間の欲望を積極的に肯定し、性交を密教原理の具象的現れとし、かつ秘儀とする派閥がインドから北上してチベット高原に入り、9世紀以後に定着した。これがチベット仏教の正体です。

チベット仏教には4つの派閥があり、最も古いのがニンマ派で、最も新しいのがゲルク派ですが、ゲルク派はダライ・ラマ、パンチェン・ラマが属する最大派閥。

『チベットの7年』で描かれているように、この本の著者で登山家ハインリッヒ・ヒラーとダライ・ラマ14世は交流がありますが、このヒラーが元ナチス親衛隊(SS)だと中国外交筋から意図的に情報が流されていますね。ただ、これは事実ではあるが、ダライラマ14世に対する中共側からの牽制。


(この映画で未だにブラビは中国に立ち入り禁止)

まぁ、実際、ダライ・ラマはCIAと懇意であり、CIAエージェントと目されていますね。CIAの前身がOSSですが、ここが ドイツ敗戦後にナチスの組織要員と情報網を取り込んでOSSとなっている。そして、ヘッセン選帝侯によって作られたソ連共産党と根を同じくする中国共産党が徹底的に弾圧しているのがゲルグ派であり、中共が敵視しているのがダライラマ14世とチベット亡命政府です。

多分、ヒトラーに協力した唯一の派閥とはゲルグ派だったのではないだろうか? ゲルグ派は「秘密集会タントラ」も保有する派閥ですが、無上瑜伽タントラ(後期密教経典)に分類されるもの。

「トゥーレ協会」から生まれたナチスですが、そのナチスから生まれたSS(ナチス親衛隊)は「ドイツ騎士団」「イエズス会」を研究して作り出された組織内結社。「自然療法」「ホメオパシー」「禁酒・禁煙」「菜食主義者」「ハーブと自然薬」に拘っていたと云われる。このSSの最奥では「ヴェヴェルスブルク城」の地下聖堂で秘教サークル的な集会を開いていたが、それが「SSの血の13騎士団」あるいは「聖槍の騎士団」と呼ばれるロンギヌスの槍をシンボルとして掲げる集団。こちらはヒムラーをトップとした西洋の秘教知識を元にしたサークルですが、これとは別のヒトラーをトップとしたサークルもある。こちらはチベット仏教ゲルグ派と提携した「秘密集会タントラ」に基づくものではないかとオイラは睨んでいる。

秘密集会タントラの中の第五分では、、、、

1)貪・瞋・痴に満ちた行者は、無上なる最高の乗において、(「転識得智」によって三つの根本煩悩さえも仏の智慧に変じて)最勝の悉地を成就する
2)旃陀羅・笛作り等や、殺生の利益をひたすら考えている者たちは、無上なる大乗の中でも、最上の乗において成就をなしとげる
3)無間業(地獄に堕ちる悪行)、大罪を犯した者さえもまた、大乗の大海の中でも優れたこの仏乗において成就する
殺生を生業とする人たち、好んで嘘を言う人たち、他人の財物に執着する人たち、常に愛欲に溺れる人たちは、本当のところ、成就にふさわしい人たちである
4)母・妹・娘に愛欲をおこす行者は、大乗の中でも最上なる法の中で、広大な悉地を得る


また第九分では、、、、

1)仏曼荼羅と阿閦金剛を観想し、一切の衆生を殺す
2)輪曼荼羅と毘盧遮那・一切諸仏を観想し、一切の財物を奪う
3)蓮華曼荼羅と無量光・一切諸仏を観想し、一切の妃を瑜伽(ニ根交会)で享受する
4)仏曼荼羅と不空金剛・一切諸仏を観想し、一切の勝者(の拠り所となるもの)を欺く
5)三昧耶曼荼羅と宝幢を観想し、粗暴な言葉を使う


一見、非常に悪魔的である。

まぁ、これ故に覚醒未成就者が行うべきものではないとされる由縁でもある。多分、これは浮かんでくるネガティブな想念を打ち倒す行法なのであろう。非常に誤解を受け易い内容ですね。悪がなければ善か認識できないように、泥の中から蓮華が花咲くように汚ない事象の中に真理が隠れていてそれを感得するという行法ですね。

『モンゴル帝国史』には、ある日、チンギス・カンは重臣の一人であるボオルチュ・ノヤンに「男として最大の快楽は何か」と問いかけた。ノヤンは「春の日、逞しい馬に跨り、手に鷹を据えて野原に赴き、鷹が飛鳥に一撃を加えるのを見ることであります」と答えた。チンギスが他の将軍のボロウルにも同じことを問うと、ボロウルも同じことを答えた。するとチンギスは「違う」と言い、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その敵の妻と娘を犯すことにある」と答えた。

このチンギス・ハーンの快楽解釈はまさにチベット仏教タントラ的であるのだが、多分、覚醒未成就者なのだろう。泥に同化してしまっている。

世の支配者層もチンギス・ハーン同様に陥っているのかもしれない。

何故、支配者層が世に憎しみ悲しみを与えるのか?について1つの見解がある。それは、世の支配者層が支配する為にパラレルワールドの住人、つまり、デーヴィッド・アイクがいうところの「次元の航空機」に住む異次元人のことですが、彼らが支配層と手を結び支配を続ける為はマイナス想念エネルギーが嫌いな龍蛇族の帰還を妨げる為に意図的に行われているという。9.11もその為に行われたというが、、、、

■知っとうや?「地球の支配者」
http://calseed.blog31.fc2.com/blog-entry-131.html

まぁ、オイラは支配というのは、こういった憎しみと悲しみを使い分断統治する為に考え出された古代から伝わる手法だと思っている。科学技術が一層進むと中間搾取が出来にくくなり、ピラミッド型の一極支配を成立させている特定既得権層というのが成立しづらくなる。これ故により一層の分断工作、、、怒りと悲しみの強化統治が行う必要があると支配者層は考えているのだろう。

ただ、このネガティブな事象を次々と起こすことが「秘密集会タントラ」にも繋がり、人々に真理を覚醒させることにも繋がる。これはカバラの生命の木の秘密のセフィロト「ダアト」の通過儀礼でもある。

ただ、9.11に関しては、名無し先生がいうように、ビル内のFBIに保管されていたイエズス会、ロスチャイルド、マフィアの証拠書類を消滅させる為とイラク戦争開始の筋道をつける為に行われたと思っている。しかし、こういった悪魔的発想が出て来る大元には悪魔的なパラレルワールドの住人の影響があるというのも否定は出来ない。そして、異次元の爬虫類意識体は哺乳類生物を妬む地上の爬虫類生物の集合的無意識だというオチではないかとも睨んでもいるが、、、、

話が結論のないまま、飛んでしまいまたが(汗)、このゲルグ派が緑龍会(客家=ペテリシテ人)と絡む派閥だったのでは? かつてダライラマ14世はオウム真理教から多額の献金を受けたことがあり、オウムと北朝鮮は何らかの繋がりがあり、その北朝鮮は帝国陸軍の残置国家。また旧帝国陸軍勢力は東電...等が企業舎弟(爆)。
※この勢力は東京地下で原子力発電設備を構えてUFOを作っているという話もあるが、、、う~む、これがラストバタリオンかもしれん。この件は噂段階であり、引き続き調査が必要な案件。

チベット仏教(ゲルグ派)-ダライラマ-ナチス-CIA-北朝鮮-オウム-帝国陸軍-北朝(地祇系)-北イスラエル族-女真族(扶余・満州族)-モンゴル-イエズス会という見事なラインで繋がる。

白鉤十字
(最近動きが活発なモンゴルナチス=白鍵十字団)

今、ゲルグ派を理解するのに必要なのは、護法神シュクデン(ドルジェ・シュクデン)。これがゲルグ派内の争いの象徴としてある。

シュクデン
(スノーライオン【雪山獅子】に乗ったシュクデン 顔は3つ目のおっさん)

ニンマ派弾圧を400年続けているゲルグ派ですが、主体を為す保守派が異端認定されている。その保守派が掲げるのがシュクデン。一方、統一チベットを目指してニンマ派儀礼導入とシュクデン信奉禁止するのが、ダライラマらの反シュクデン派ですね。そして、シュクデン信奉者の背後からは中国政府が後押ししているという。つまり、シュクデン問題の根幹は中共が仕掛けた内部分裂工作だという説もあるが、本当はもっと背後に両陣営を操り対立を仕掛ける黒幕がいるとオイラは睨んでいる。

この分断対立は中央チベットと東チベット(デルゲ王国)の対立としても行われている。

チベット国旗
(チベット国旗(?)の雪山獅子旗 日本人チベット研究者・青木文教氏が考案 日章旗がデザインのネタ)

「デルゲ王国」とは、チベットの東側、現在の四川省カンゼ・チベット族自治州デルゲ県ゴンチェンを首都とする小国でしたが、ここにチンギス・ハンの墳墓があると噂される場所でもある。文献ではチンギスハーンは西夏を攻めて甘粛で死亡したとされていますが、末裔者の伝承ではチベットを攻めて雲南で亡くなり、カラコルムへの帰途、四川で埋葬したという。

そもそも、大乗仏教は2世紀のインドで龍樹(ナーガールジュナ)が勃興していた大乗仏教運動を体系化したとされていますが、実は4世紀以前には大乗仏教の痕跡は発見できないのです。この頃、エフェソス公会議でネストリウス派のキリスト教徒が異端視されペルシャやインドに渡ったと書きましたが、このネストリウス派キリスト教が仏教を取り込んで出来上がったのが大乗仏教の正体です。一方、シルクロードを経て北廻りで中国に伝わったのが景教ですね。景教は唐代には「波斯教」と呼ばれ、唐代に中国を訪れた景浄や阿羅本は「波斯僧」と呼ばれているようにペルシャ渡来の宗教と認知されていたのです。

最初にチベット入りしたニンマ派はチベット固有のボン教の衣装・赤い衣を取り入れ(真似し)、激しく覇を争った。この時、論理的な体系の教義・哲学を持たなかったボン教は仏教用語を借り教義・哲学を整備していったが、劣化コピーのような風情になってしまった(白ボン)。このことが逆に「仏教の亜流」という印象を持たれてしまい、時の国王が仏教に傾倒し国教として仏教を採用したことで、その後のチベットの宗教の趨勢は決定し今が有る。
※他のアジアの仏教徒の僧服が黄色いのはブッダ自身の僧服が黄色だったことから、つまり、チベット仏教は本当は仏教ではないことを自ら表現していることになる。

現在、ボン教は国境近くの辺鄙な場所にあって命脈を保っている状態ですが、ボン教の嚆矢は教義よりも太古から伝わる伝統的な行法にある(黒ボン)。

だが、このボン教は恐ろしく歴史が古い。

伝承では、今から1万8000年前、チベットの西にあるタジクという国のオルモルリングで王子として生まれたあと出家して僧となったトンパ・シェンラッブ・ミオによってボン教の教えは始まったという。
※ボン教はアトランティスやムーが沈んだと云われる1万2000年前よりも古いのです。

この教えが「永遠なるボン」(ユンドゥン・ボン)。オルモルリングから東方のカイラス山周辺にあった古代シャンシュン王国にトンパ・シェンラッブ・ミオが降臨し、ここからチベットに伝わったとされている。

オルモルリングは世界の2/3を占め、山頂が水晶巖で出来ていて周囲に数多くの寺院を擁するユントゥン・グプツェー山(九つの卍)という聖山があり、この世にあって別の次元にもあるとも言われいる。「ドンドゥ」によると、タジク、オルモルリングは、チベット北西のティセ山地方にある「ム(dMu)」という国の北部だとか...そしてそこには「九層黒山」があるという。

このオルモルリングはチベット仏教で語られるシャンバラのネタ元となったものだとオイラは考えている。

チベット01
(オルモルリングとチベット)

カイラス山は最も丁寧な礼拝方法である「五体投地」で巡礼する聖地として知られていますが、仏教(特にチベット仏教)、ジャイナ教、ヒンズー教、ボン教の聖地となっている標高6656mの未踏峰。この「五体投地」は天台宗、真言宗、黄檗宗でも行われていますので、これら宗派の起源がどこにあるか判りますね。少なくともインドの大乗仏教ではありません。

カイラス(カイラーサ)はサンスクリットで水晶を意味する「ケーラーサ」との関連が指摘されますが、研究者の間では周囲に巡礼用の寺院を配して山頂が水晶のように見えるカイラス山が「須弥山」だと目されている。カイラス山こそがユントゥン・グプツェー山(九つの卍層)、九層黒山と呼ばれる聖山だった。この山をボン教徒は左廻りに、チベット仏教徒は右廻りに巡礼しますが、多分、この巡礼方法が卍の発祥の大元ですね。

mount-kailash-olafschubert.jpg
(カイラス山=須弥山)

実際、についてはボン教とチベット仏教は逆になっています。元々はカイラス山の左廻り巡礼に対し、チベット仏教が右廻り巡礼で乗り込んできた。ここで卐という文字が出来た。今度は文献を持たなかったボン教がこの漢字を取り入れて「卍」という文字にしたという歴史ではないかとオイラは睨んでいる。そして不思議なことに日本の卍は左周りの卍で仏教とは真逆なのです。

■卍・・・「左回転(反時計廻り)」 ボン教、日本仏教
■卐・・・「右回転(時計廻り)」 チベット仏教、ヒンズー、仏教、ナチス


上図からみても分かるように、タジクがあった地はタジクスタン近辺ではないかと考えられる。タジク、、、タギクスタンでビンゴですね。「タジ」とはペルシャ語で「王冠」を意味する言葉ですが、辺境の地であるオルモルリング=カイラス山まで含めた地域のことなのだろう。

このタジクスタン地域に住んでいたタジク人とされるタジク民族は、バクトリア人、ソグド人、サカ人等の血を引くと考えられ、更に遡ればアーリア人だとされている。つまり、タジクのオルモンリンにいたのはサカ人や月氏かも知れず、この大月氏やサカ人が南下して西チベットのシャンシュン王国に入りボン教を伝えた。

で、サカ人は大月氏はペリシテ人というのがオイラの結論なので、つまり、ボン教とはペリシテ人(客家)が持ち込んだ宗教だろうと睨んでいる。

つまり、シャンバラ伝説は客家(ペリシテ人)が持ち込んで広まった伝説であり、シャンバラを意味する「シャングリア」を使ったシャングリラ・ホテルが客家経営であるのも頷ける話ですね。

そして、このタギクスタンの国旗はの配色。マグダラのマリアを暗喩する配色になっています。

赤と緑の国旗02

隣のイランも同じ赤と緑の配色になっていますね。これら国々を「マグダラのマリア勢力」と名付けてもいいように思うのですが、、、(笑)

そして、これら勢力を仕切っているのがイエズス会というのがオイラの分類ですが、イエズス会発祥はポルトガル。

そのポルトガルの国旗は、、、

ポルトガル国旗
(ポルトガル国旗)

う~む、ビンゴ!ですね(爆)。

国旗は星と太陽という分類以外にも、配色によってどの勢力に属するかという目安にもなっていると思います。

ちなみに、聖母マリア信仰のフランスは聖母マリアを暗示する赤と青になっており、同じ赤と青を配色する国旗は、、、

国旗 赤と青

こりらはメーソン仕切りの国であるだろうと洞察しています(笑)。最近は【天皇派】【教皇派】という区切り方があるようですが、オイラは【マグダラのマリア派】【聖母マリア派】という区切り、つまり【イエズス会】【メーソン】という区切りの方が理解し易いですね。

余談ですが、恒例のタジキスタンの美人を紹介すると、、、

タジキ人

タジク人の「美人」の条件は眉毛がつながっていることです。

一本眉毛は両津勘吉を彷彿とさせてしまう故に、日本人の感性的にはどうかと思うのですが、、、感性は時代と供に変化するので未来はそうなるかもしれない。

さてさて、ボン教が行っていたのが天を拝む「祭天(天祭り)」。基本的には犠牲の祭儀で人が死ぬと連れ立つ生け贄として動物を殺す儀式。これを「ム」というのですが、転じて「ム」は「天」を指す言葉になったという。四川省西北にボン教の聖山ムルド(dMu rdo)があるがこれも「天」を指していると云われる。しかし、本当は北部がタジクやオルモルリングとして擁する広大な地域のことが「ム(dMu)」であり、これが「天」を指すようになったとも考えられるが、チャーチワードがヒンドゥー教の寺院の粘土板「ナーカル碑文」から見出して一世を風靡した「ムー」がコレなのかもしれない。

チャーチワード自体、経歴詐称者であり、ナガール文献のチベットのラサ記録も偽造と判明しているが、この「ムー」を出口王仁三郎が自らが発表していた太平洋にある「黄泉国」と習合してしまったので、ムー大陸は太平洋となってしまった。

ムーは中東であり、そこはシャンバラとかアガルタと呼ばれた地であったというのがオイラの結論です。

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■ロシアにはカラチャクラ寺院なるものが開設(1913)され、 ロマノフ 王朝 こそがシャンバラの末裔に当たり、ニコライ2世はツォンカパ(チベット仏教ゲルク派の開祖)の転生者であるといった主張がなされた。

■そもそも身代わりの儀式は、かつてボン教でも行われていたもので、例えば人が死ぬと、連れ立つ生け贄として動物を殺す儀式が存在していたことは有名である。また現在でもその名残はある。例えばチベット全土において、しばし車道の真ん中に不気味な蝋人形のようなものが置かれているのを目にするが、それは即ち、病気を患った人や不幸が続いた人が、念を込めた人形(自分の身代わり)を車に轢かせることで、厄除けを行うものであるという(ちなみにこれを写真に撮ろうとしたところ、ガイドに制止された)。

また余談ではあるものの、こうした”身代わり”を使う儀式はチベット文化圏で広く見られるものである。中国の三国時代には、蜀の諸葛亮孔明が現在の雲南省周辺(※)に南征に向かった際、現地では毎年川が氾濫する度、大勢の人の首を切り落として川に投げ込むという風習が行われていた、という記述が残されている。
※雲南省は、実際のところ、今では既に漢化されたチベット自治区よりも”チベットらしい”と言われる程、チベット文化が色濃い地域である。

またそれを不合理に思った孔明は、人頭の代わりとして小麦粉を練らせ、中に豚肉を詰めて”頭”を作り(即ちこれは人形を作ることに似る)、それを代わりに川へと投げ込ませることで、(儀式の形式だけを保ちながら)その風習を断ち切ることに成功したという。またこれが、現在我々が口にする饅頭の起源となったことは言うまでもない。


■謎の地下王国シャンバラは"実在"するか ― 視察チベット編(X51.)
http://x51.org/x/05/10/3050.php
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ロマノフ王朝、チベット、饅頭が1つのラインで繋がった、、、、

やはり、キーワードは「饅頭 恐~い」だったのだす。

さてさて、このボン教徒ですが、チベット仏教と同様、マニ車(マシモ車)を回すことでも知られる。ともに赤い衣を着るボン教とチベット仏教の見た目の識別は難しそうですが、ボン教徒は反時計回り(左廻り)に回し、仏教徒は時計回し(右廻り)に回すという違いがある。さらに、衣装において青い部分のある僧服ならば、それはボン教徒です。

ベルリンでは、ヒトラーは「青衣の魔術師」とも「緑の手袋をした男」とも呼ばれるチベット教団の指導者と定期的に会っていたと言われますが、、、、

う~む、青い色を使うのならボン教で決まり!ですね。

ボンカレー青
(「赤い汁」を意味するボルシチはウクライナのシチューですが、生クリームを使ったクリームシチューは日本オリジナルのシチューなのです。)

オイラはヒトラーに協力していたのは、チベット仏教の4派閥のうちの1つ、特に「秘密集会タントラ」を持つゲルグ派だと短絡的に考えてしまっていた。ボン教も可能性があったのだす(滝汗)。

しかし、ボン教ならば左卍となる筈なのだが、、、、

下記動画は「微笑むダーキニーのチュウ」というボン教の女性向けの瞑想ですが、「赤い衣」に加え、統一した「緑の太鼓」もあり、緑はボン教のシンボルカラーになっていると思われる。

つまり、「緑の手袋」もボン教に絡んできそうなので、ここがナチスと関わった派閥なのだろうか?


(この瞑想では「イメージの中でダーキニーに変身して、手に持つ鋭い曲刃で執着の源である身体を切り刻み、美味しい甘露のスープを作り、不幸な生きものをパーティーに招き、苦しみを癒す行法。自分自身の執着心を粉々に砕きながら、心の底から生れてくる慈悲を体験するのが目的の女性におススメの瞑想法だという。)

■ボン教の楽しい宝箱
http://bonjapan.jimdo.com/

さてさて、このダーキニーいろいろと謎が多い故に、この煩フルでは集中的に取り上げています。豊川稲荷(ダキニ天)から始まって、インドではダキニ衆と呼ばれた夜叉が「空行母」という八人の天女に至って、1人を地上に残して上がった北斗七星を暗示。この北斗七星は救世主の予兆的シンボルでもあり、京都太秦の摩多羅神の額あてに描かれてもいる。そして、ダキニ天を篤く信仰したのが恵州客家末裔の九鬼家ですが、北朝(北イスラエル族&ペリシテ人勢力)の金庫番でもある。

この暗示がアイドル界に表出したのが、エロ天女のAOAとキツネ様のBabyMetalというわけですね(爆)。

三ケツ神100
(オリオン三ツ星=三ケツ神=稲荷神=ダーキニー=空行母=北斗七星)

愛染寺の初代住持・天阿上人は稲荷信仰を広めていったと伝えられるが、天阿上人が説く三天和合尊(辰狐王菩薩)の聖天は「日天」で上之社に、荼吉尼天は「北斗星」で下之社に、弁財天は「月天」で中之社に当たるとする。

で、ダキニ天・聖天・弁財天が一体となった三面摩多羅神が稲荷神の本地だというのが天阿の結論。

やはり、ダキニ天は「北斗星」でビンゴだったのだす。

忿怒相の黒いダーキニー立像は、三眼、髑髏の冠、髑髏の首飾り、髑髏の器で血や脳みそを飲み、煩悩や悪を象徴する人間を踏んでいる姿をしていますが、実はこれは精巧な「和合仏」なのだという。

ダーキニー01

これはいったいどういうことなのか?
ターキニーに関する話がネットにありましたので掲載しますと、、、

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密教の起源はインドにおける「尸林(しりん)の宗教」にあります。

「尸林」とは中世インドの葬儀場のことで、大きな都市に隣接してこの尸林が存在していました。死者の遺骸は都市部から尸林に運ばれ、荼毘(だび)にふされるかそのまま放置されて鳥獣の貪り食うにまかせられました。しばしば尸林は処刑場を兼ねており、斬首されたり、串刺しにされた罪人の死骸が晒されていました。

これらはまともな神経の人間には実に恐ろしい場所であり、実際に野獣が跋扈(ばっこ)する危険な場所であり、しばしば魑魅魍魎(ちみもうりょう)が徘徊する場所として恐れられていました。

この尸林では、「尸林の宗教」といったものがあり、墓場に女神が祀られ、女神に仕える巫女が住み、死体や血液を用いる黒魔術的な秘儀を行なっていたのです。尸林の土着の女神たちは、それぞれの尸林を管理する教団によって、ヒンドゥー教か仏教の女神として崇拝されていました。それぞれの尸林の女神の祠(ほこら)には巫女が仕え、女神を供養する傍ら、呪術を生業としていました。その巫女は苦行母(茶吉尼・ダーキニー)または、瑜伽女(ヨーギニー)と言いました。

シヴァ神の神妃サティーの暗黒面を表象するドゥルガー女神に彼女たちは侍女兼巫女として仕えていたのです。

その聖地(墓場)に土着の女性たちは、多くはアウト・カースト(日本で言う穢多非人・えたひにん)の出身で、昼間は牧畜や工芸等の底辺労働に従事し、夜間は(アウト・カーストの女性に特有の)妖術を使うとみなされていました。

彼女等は1年の特定の祭日、又は月の特定の祭日に尸林に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物として食し、酒を飲み、歌舞音曲を楽しむというオルギア(秘教的儀式)を行ないました。

この尸林におけるオルギアの中核をなすのは、ガナチャクラと呼ばれる性魔術儀式です。ガナチャクラとは仏教行者の行なう修法の一種であり、修法を構成する儀礼は曼荼羅制作、護摩(ごま)、観相(瞑想)法、飲食、歌舞、供犠、性瑜伽(ヨガ)などです。

ガナチャクラの構成員は9名であり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神、パイラヴァを召喚した男性行者が1名がアジャリとなり、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行なう儀礼です。

天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と瑜伽(性行為・読み方はヨガ、ヨガのポーズはこの性行為の秘儀が元になっています。)します。この位置変換を「瑜伽(ヨガ)女の転移)(サンチャーラ)と言います。女性行者が8名に臨時のメンバー(行者でない女性)を1名加えた9名と言う説もあります。その場合は中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女1組に対して、円形に8名の女性が並び、曼荼羅が常時成立することになります。この結果、中央の男性行者はすべての女性行者と平等に和合することになります。

この儀式はインドの古代神話世界において、ヴィシュヌ神が金輪剣(チャクラ)を用いてシヴァの神妃サティーをばらばらに切断し、地上に落としたあと、サティー女神が復活し、シヴァ神と再結合を果たした説話をかたどっています。ちなみに切断された女神の遺体が落下した場所が前出の聖地です。

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底辺の汚れの中から真理を掴む、、、「秘密集会タントラ」にも通じるものを感じますね。

一方、ボン教ではダーキニーとは女性のブッダ(覚醒者)のことで「空行母」と呼ばれる天女でもあると説く。聖者ナーローパの性的パートナーとして悟りを得るのに協力したというようにエロチックな行法で覚醒をもたらしたからです。つまり、ダーキニーは神殿巫女のような役割を持っていたのです。

密教(性教)の介在、これがインドとチベットではダーキニーの捉え方が180度異なってしまう理由なのでしょう。

このことがイエスを覚醒させたマグダラのマリアと共通しており、マグダラのマリア=ダーキニー=空行母だとオイラは比定する理由ですね。

ダーキニー空行母
(ダーキニーは「眉毛が繋がる一本眉毛」の美人。多分、マグダラのマリアもそうだっただろう・笑)

このダーキニーとの交わりの中でゾクチェンが完成すると解くのがニンマ派やボン教です。これは神殿巫女と同じメカニズムであり、単体であるダキーニー憤怒立像がネガティブ要素満載の中から真理を掴ませるという「秘密集会タントラ」と同じ役割を持っている為に、巧妙な「和合仏」であるという理由なのであろう。
※ゾクチェンはニンマ派とボン教に伝わる教えで、チベット語で「大いなる完成」を意味する「ゾクパ・チェンポ」の短縮形。人間を含むあらゆる生きもの(一切有情)の心性における本来の様態、またはあるがままで完成された姿のことを指す言葉。ゾクチェンにおいては、青空を見つめる瞑想の他に、空間を見つめる瞑想「アカーシャー」、睡眠中の瞑想「ミラム」(夢見)、暗闇の瞑想「ヤンティ」....等々、さまざまな実践法があるが、青空を見つめる瞑想は数万年の古さをもつオーストラリア・アボリジニーの精神伝統の中にも類似したものがあるという。

今回は赤と緑の持つ「太古の実在が元になっている」という謎にまで迫れませんでした(汗)。でも、きっと次回の記事では、、、、

(つづく)
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Comments

ゾロアスターという古い宗教ありますが、この教義は善悪2つの勢力の戦いがあり、善につくのが正しいと一見感じますが信者は(どちらを主神としてもよいのです)つまり2派ありますからこの片方だけを崇めるのが聖書信仰に継承されてると思います。もう片方が東方の宗教に影響与えたかもしれません。そしてそのような教えがまた聖書信仰に混ざることもありそうですね。

天皇派、教皇派と言ってる人がいてそれをコメントしたのは私ですが、個人的にはその表現はまったく正確な感じはしません。天皇が片側の勢力のトップとは思ってないからです。有力者ではあるかも知れませんが、日本は貴族が乱立してないので仮に日本が東ローマ属州になると王位から格落ちして日本公爵なり日本侯爵なりてなれる唯一の家系てところでしょうか

あと西ローマのルールではありますが選帝侯という諸侯集団には司教位も含まれるわけです。
なにやら不思議ですがしらべたら出てきます。
だからキリスト教カルトが活発なのかもしれませんね。貴族位からも司教位からもローマ皇帝を狙えるわけですね

問題は天皇がどっち側で洗礼をうけたかなんですが皇族はカトリックで洗礼受けてる話しか聞きませんから西ローマ側の貴族位の資格しかように見えます。天皇が洗礼うけるか、洗礼うけた皇族が天皇になるかしたらその時にどっち側かわかるんですが今までの流れでは正教会と天皇を接しないようにしてきてるのはわかります。(ロシアと日本は敵対してる方が都合がいい理由ですね)それを打破するのはポッポかも知れませんが

確実なのは西ローマ側のほうが皇帝継承権もちがゴロゴロいるので目が出ないでしょうが、東ローマ側に乗り換えるとライバルの質も量もへるのと旧日本軍時代に満州を支配していた時期に何かを継承していたら意味が変わりそうですね。モンゴルが東ローマ継承権を持ってたなら漢民族の明は飛ばしてモンゴル→清→満州皇帝→天皇もあり得なくは無いですね

あと皇帝位より王位のほうが力があるというのはある意味当たってて、王位を持たない皇帝は名ばかりなのですね。つまり複数持つのはアリなので東ローマ皇帝で日本王で京都公爵で霞が関宮廷伯みたいにどんどん長くなるほど権威が高まります。直轄地を持たない皇帝は王より実体がないです。そのような理由で何だかんだ立憲君主国をたくさん持ってるイギリス王家が一番有力者ですが、イギリス国教会が西ローマに含まれるんだかなんだかわからないですね

宮廷伯じゃなく宮中伯でした。皇帝職と併用すると矛盾しそうですがこれは父が皇帝で息子に爵位あげればいいだけです。王家としてみた場合両方持ってるという状態がベストですね。

イギリス国教会がこのような状態なのでカトリックに忍び込ませた工作組織がイエズス会だと思ってます。でもイエズス会の動きはどっち側とも言えないのでイギリスはその独特のポジションから東ローマ皇帝位も西ローマ皇帝位も両方狙ってるコウモリに見えます。

もう1つ書いときます。皇帝位は1つしかないですが継承権は複数の人物が所持してて普通です。第一継承権、第二継承権なり序列がつきますが一番有利なのはロシアという感じは変わりませんがモンゴル貴族はロシアに組み込まれたよりもやっぱり中国に組み込まれた人の方が多いでしょう。そこまでは同じ読みかも知れませんが西洋がやたらに清を分断したり麻薬ひろめたり弱体化にこだわったのが気になります。麻薬というのは合法であればまず貴族社会のサロンから始まる気がします。

兄貴

アジア投資開発銀行(AIIB)は韓国が参加するからあの国のあの法則的には失敗し、中国を始め、参加国には、壮大に法則が発動するだろう。
これに関しては、安倍の判断は間違いではない。

身代わり は シャーマニズムが発生ではありませんか?

大峠とは、「王統消す」ことぞ

日月神示がいうように、「今の世は上下逆様」であり、大峠とは「世界の王統を消す(=下す)」事らしいのと、「上下グレンと引っくり返る」、とか、「人が神となる」という予言もあるので、今までは欧州やアラブ、アジアの
王家および日本の天皇家(含む裏天皇)や貴族の血統が重要視されてきましたが、今後「これらの血統」は、あまり意味を持たないものとなってくるのでは(?)と思えるのですが・・・・もう、少数(=1%)の王達や指導者達
が人類全体(=残りの99%)の運命や未来までもを決めるという時代は過ぎ去ったと言えます。逆に、99%(被支配者)の集合意識の「覚醒した力」が、1%(支配者)の「支配力を凌駕」する時代です。

今後、誰が世界の舵取りをするか(?)と言えば、B・フルフォード氏などが主張する(血統ではなく)「意識の高い実力者」が暫く世界を治め(これも一時的で最終的には)全ての人が平等に扱われ、腐敗がなく、生活の
為にお金は必要ない世界へと移行してゆくだろうと(個人的には)思っていますが・・・・(その前段階として、腐敗権力者や血統的権力者を排除し、特権階級という制度の廃止が必要か?)

「自分の運命は、自分で決める」時代の到来です。(権威に隷従の日本人意識では程遠いですが・・・)
次元上昇を果たす全ての人々が「神々と等しい存在」となっていく時代です。また、創造主なる神に人類が直接繋がる事ができる時代の到来です。(以前は王や祭司のみが神と繋がれる人とされ、それが特権階級
となり、特権階級が一般人類を搾取する状態となっていたのですが、特権階級の時代は終わりです)
逆に、特権階級は(その姿勢を改めず、先祖や自分達が搾取してきた財産の放出を拒めば)過去の人民を搾取した『カルマ』を背負う事となって、人類の中で(魂の進化では)一番遅れた者となってしまう危険性が大です。
これが、日月神示(聖書)が言う、上(先)の者が下(後)に、下(後)の者が上(先)になる。の予言の様ですが

神々の意識を持つ人達に王や指導者は必要ありません。従って大峠は「王統を消す」事になるのです。
その意味で、逆に、先祖が特権階級だ(天皇家、王家、貴族)とこだわり続けると、それが次元上昇の妨げとなって、置いてけぼり(=次元上昇に失敗)する事にもなりかねないと思われます。

聖書は次の様に言っています。神は人間の心の中に「神の律法」を書き込んだのです。そして、今回の次元上昇の光の波の洪水で、(神によって人の心に書き込まれた)「神の律法」に人類が目覚める為です。
・(詩篇82.6)わたし(=神)は言う、「あなた方は神だ、あなた方はみないと高き者の子だ。・・・・」
・(ヨハネ10.34-36)イエスは彼らに答えられた、「あなた方の律法に、『わたしは言う、あなた方は神々である』と書いてあるではないか。神の言葉を託された人々が、神々と言われているとすれば・・・・・

・(エレミヤ31.31-34)主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。・・・・・彼らはわたしの契約を破ったと主は言われる。しかし、これらの日の後にわたしがイスラエルの
家に立てる契約はこれであると主は言われる。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心に記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。・・・・・

・(ヘブライ8.8-13)わたしがイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ日が来る。・・・・・・わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立てようとする契約はこれである、と主が言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書付よう、こうしてわたしは彼らの主となり、彼らはわたしの民となるであろう。彼らはそれぞれ、その同胞に、また、それぞれ、その兄弟に、主を知れ、と言って教える事はなくなる。なぜなら、大なる者から小なる者に至るまで、彼らはことごとく、わたしを知るようになるからだ。

シュタイナーによれば、上記の神とイスラエルの家(=人間)との間に新しい契約が有効化された時とは、
キリストの十字架刑により流された「キリストの血を地球が受け取った」事で、地球霊がキリスト霊となり、地球の穀物を食べるもの(=人間や動物)に「キリストの意識が流れ込む」事によると言いますが・・・・、
(従って、ゴルゴダの秘儀(キリストの十字架刑)以来、「キリストが地球の王」となっているのである)
そして、終わりの時に人間に流れ込んだ「キリストの意識(血)を太陽が活性化させる」様ですが・・・・

(ヨハネ6.39-40)わたし(キリスト)を遣わされた方のみ心は、わたしに与えて下さった者を、わたしが一人も失わずに、終わりの日に蘇らせる事である。
(ヨハネ6.48-51)わたし(キリスト)は命のパンである。・・・・・天から下ってきたパンを食べる人(=キリストの言葉に従う人)は決して(霊的に)死ぬ事はない。わたしは天から下ってきた生きたパンである。・・・・・
(ヨハネ13.18)『わたし(キリスト=地球)のパンを食べている者が、わたしに向かって、そのかかとをあげた』とある聖書は成就されなければならない。(→ユダの裏切り、人類の汚染物質と放射能での地球汚染)

(ヨハネ12.23-25)イエスは答えて言われた、「人の子が栄光を受ける時が来た。よくよくあなた方に言っておく、一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかしもし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。・・・・・・」

しかし、自分の先祖は高貴な家柄だとか、現世的権威や物質的利益にこだわり続ける者達は、次元上昇の波による「王統や貴族の消滅」という現実を受け入れる迄は、改心できないのかも知れません。
・(マタイ19.29-30)おおよそ、わたし(キリスト)の名の為に、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受け継ぐであろう。しかし、多くの先の者(=王族・貴族等の選ばれたと称して権力維持したい者)は後になり、後の者(権力者以外の者)は先になるであろう。

・(マルコ10.30-31)来るべき世では永遠の生命を受ける。しかし、多くの先の者は後になり、後の者は先になるであろう。
・(マタイ21.31)イエスは言われた、「よく聞きなさい。収税人や遊女は、あなた方(権力者やパリサイ人)より先に神の国に入る。というのは、ヨハネがあなた方の所に来て,義の道を説いたのに、あなた方は彼を信じなかった。ところが収税人や遊女は彼を信じた。・・・・・

・(磐戸の巻9帖)富士と鳴門の仕組みわかりかけたら、いかな外国人でも改心するぞ、それまでに神の国の臣民改心しておらんと気の毒できるぞ。・・・・・(中略)善き世となりたら、神はモノ言わんぞ。人が神となる
のざぞ。この神は巫女(みこ)や禰宜(ねぎ=特権階級)にはかからんぞ。・・・・・(中略)この神示よく読めば楽になって、人々から光出るのざぞ。・・・・・

とあります。次元上昇する全ての人が神々という「平等の存在」となっていくのですが・・・一部の者達、特に先ほどの国会で『八紘一宇』の言葉を発した三原じゅん子氏(日本の支配層が洗脳し言わせた?)や、その
バックの存在はこの事を全く解っておらず、(特権を維持の)恥ずかしい「時代錯誤」の感覚です。
彼らは、以下の日月神示の「てんし様=天皇(or裏天皇)」と考える者達で、天皇が再び世界皇帝となり、自分達は天皇(=世界皇帝)を支配できると狂信し、「てんし様=キリスト」が理解しない者達の様です。

現在の日本支配層は、天照大御神(=平和的)の子孫でなく、外来の神々(=好戦的)の子孫の様です。これは、今上天皇は平和を愛する人ですが、天皇のとりまき支配層が好戦的な輩の子孫の意味です。
(好戦的な者達が「積極平和主義や八紘一宇」を唱えつつ、「戦争誘発に邁進」しているのが現状です)
白村江の戦いで日本が敗北して以降、唐の侵攻軍と、百済、新羅、高麗などの亡命者達が、天皇家の血統に、クーデター(継体天皇や明治天皇)や婚姻(藤原氏)を通して入り込み簒奪されて来たので万世一系などと言うのは虚構です。明治以降も、大正天皇は明治天皇の子ではなく、昭和天皇は大正天皇の子ではなく、今上天皇は昭和天皇の子ではなく、皇太子は今上天皇の子ではなく、と断絶続きの為です。

それと、神武天皇以降の歴代天皇は、「天皇ではなく人皇」であると、日月神示にも書かれているし、天皇の位とは、一種の絶対的権限を持つ称号でしかなく、大化の改新以降の日本は、唐や新羅、百済、高麗、田布施システム(明治以降)の中から、誰を天皇位につけ利益誘導するかの権力闘争の種でした。
(間もなく『岩戸隠れしていた神々』が帰って来て、簒奪していた権力者達は一掃される筈ですが・・・・神々が帰って来る迄に改心しない支配者達は、残念ができる(逮捕・投獄→未開惑星追放?)でしょうか?)

・(雨の巻17帖)天地の先祖、元の神のてんし様が王の王と現れなさるぞ、王の王はタマで御現れなさるのざぞ。・・・・・・(中略)神代になるまでには、まだ進むのざぞ、それまではそのようにせよ、この方の申すようにすればその通りになるのざぞ。さまで苦しみなくて大峠越せるぞ、大峠とは王統消す(?)のざぞ。新しき元の命となるのざぞ。神の心となれば誠わかるぞ。誠とはマとコトざぞ。神と人民同じになれば、神世ざぞ。
神は隠り身に、人民表に立ちてこの世治まるのざぞ・・・・・

上記の「てんし様」であるが、「ときあかし版[完訳]日月神示」の著者(NM氏)までもが、「てんし様=天皇」との見解を述べている事で、多くの日本人読者までミスリードしている事は、大変残念な事である。
聖書の記述では、黙示録19章11節~21節で、白い馬に乗る「神の言」と呼ばれ、「王の王、主の主」という名が記された着物を着る存在と天の軍勢が登場するが、「王の王、主の主=キリスト」と言われている。
天皇陛下とは、「キリストの家臣」であり、天皇の文字自体が「工+人+白+王」で白く輝く大工の王(キリスト)を示すものであり、「天皇陛下=キリストの(宮殿の)階下にいる者(=家臣)」という意味である。

・(下つ巻13帖)逆立ちして歩く事、なかなか上手になりたれど、そんな事長う続かんぞ。頭下で手で歩くのは苦しかろうがな、上にいては足も苦しかろうがな、上下逆様と申してあるが、これでよく解るであろう。足はやはり下のほうが気楽ぞ、頭上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかり映るぞ、この道理わかりたか。岩戸開くとは元の姿に返すことぞ。神の姿に返すことぞ。

・(上つ巻20帖)足元から鳥が立つぞ、鳥立ちて慌てても何にもならんぞ、用意なされよ、上下にグレンと引っくり返るぞ。上の者下に、落ちぶれた民上になるぞ、岩戸開けるぞ、夜明け近づいたから、早う身魂の
洗濯してくれよ、神の申すこと千に一つも違わんぞ。

・(松の巻22帖)世変わりたら命長くなるぞ。今まで上に上がりて楽していた守護神は大峠越せん事になるぞ。肉体のあるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。悪もご苦労の御役。この方につい
て御座れ。手引いて助けてやると申してあろが、悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ。

・(富士の巻7帖)悪の世であるから悪の臣民世に出てござるぞ。善の世にグレンと引っくり返ると申すのは、善の臣民の世になる事ぞ。今は悪が栄えているのざが、この世では人間が一番遅れているのざぞ。・・・

「神宝」の光が人間を超人に変身させる!

前回の続きで「霊界物語」の世界大破局、(第7章)「最後の勝利者」の秘密は地下シャンバラに!です。
・三種の「神宝」と地下シャンバラ:山形山中の大トンネルの秘密・・・・・(省略)
(注1)どの本で読んだか記憶は定かでないが、地球内部のシャンバラへ通じるトンネルが世界各地の聖地や秘境の地下から延びている様である。そして、狭い日本に4箇所もそうしたトンネルがあるとの事。
そのうちの一つが山形山中の大トンネルらしい。上記の「霊界物語」の書では、このトンネルに入ると9次元振動でテレポートし、一瞬でシャンバラに運ばれるらしいが・・・異次元のポータルは3次元投影で偽装され、また毒ガスが時々噴出し、人間には容易に近づけない仕組みとなっているらしい。(の内容)

・「神宝」の光は、人間を超人に変身させる!(P.184-190)
「金星より天下った国常立命(=サナート・クメラ)は、中央アジア・ゴビ砂漠付近の内海に浮かぶ白島に大宮殿を立て、諸国から集まる巡礼や求道者に親しく『道』を教えたといわれている」
Aによれば、当時の国常立命は、輝くばかりの若さを誇る美少年の神として描かれ、不死永生の肉体を自由自在に出現・消滅させることができた。あらゆる種類の宝石に飾られた華麗な衣装をまとい、七色の虹に覆
われた金の玉座に虚空より出現したという。出現の時、周囲は目を開けられないほど輝き、かぐわしい香りに満ちあふれ、天使のような霊人がおぼろげに両脇に浮かんだという。
白島に通じる道は、純金の反橋(そりばし)に限られていた。澄み切った青空を背景に純金の反橋は、どんなに美しく輝いたであろう。不思議な純金の反橋の話が『霊界物語』の冒頭に出てくる。だから太古の昔、「神界の大都」は、中央アジア・白島にあったのではないか。

国常立命が白島で行った人間を超人に変える光の儀式は、さまざまな星の光を金の杖の先端の神宝を通じて人体の光のボタン=アナハタ・チャクラに集中させ、不可視の生まれ変わり体(コーザル体)を破壊すると(※原文のまま、当方見解は(注2)の「コーザル体をブッディ体へ瞬時に組込みと出し入れ可能な状態」との考え)、人はシャンバラの神人のように不死永生の体を保有すると言われている。
国常立命の光の儀式の詳細は、次の様になっている。(・・・・・3ページ程記述あるが省略)

(注2)※:神智学大要・コーザル体(下)の「コーザル体の消滅」(P.203-206)では、これが起こるのは第5イニシエートで、既に第1~第4のイニシエートを経てきた弟子に対して、大師が施すものであり、下位階層での弟子のカルマが全てが消滅するまでは起こらない。とされる出来事。神智学では「コーザル体は善の資質」とされており、この善の資質が「ブッディ体」(=瞬間的な全体智)に組み込まれる事を示していると思われる。(このイニシエートを受けた後の弟子は)コーザル体を消滅させるのは、単に自分の意識をブッディ体に集中すればよい。しかし、意識を再び高位メンタル体(=コーザル体)に降ろすと、とたんにコーザル体が生ずるが、もはやそれは前のコーザル体とは違うが、以前の様に物質的な行動はできる。と書いている為。
(つまり必要な時のみ、コーザル体を出現させて、物質界で物事を行える身体に変身するらしい・・・)
同様に、シュタイナーも「自我」が、コーザル体(=善の資質)、ブッディ体(=瞬間的全智)、アートマ体(=霊的意志)を成長させ、コーザル体をアストラル体(=欲望体)に、ブッディ体をエーテル体(=生命体)に、アートマ体を物質体(=肉体)に組み込んで、「不老不死と時空超越の身体」とする事ができると述べている。

「『ミロク』が国常立命の部下で、ともに古代中央アジアの神都に関係するなら、王仁三郎が国常立命の御神体を第二次大本弾圧直前、笹目仙人に託して崑崙山(こんろんさん)に埋没してもらった理由が何となくわかる。小型ヘリコプターくらいの白い鶴仙の背にシュロ神仙と相乗りし、御神体を埋めた意味が・・・」
「あの時、国常立命の霊が中央アジアのかつての白島が存在した地点に戻ったのだ。間もなく中央アジアに大地殻変動が起き、ゴビ砂漠から純金の反橋とその中心点に輝く白亜の大宮殿が現われるだろう。
第二次海漠象変(注・かつての海が砂漠になってしまうような激しい地殻変動の事)だ」
「中央アジアのゴビ砂漠が海になるというのか」
「国常立命の霊が中央アジアに帰り、地下シャンバラの活動が盛んになる事が考えられる。地下シャンバラは地殻を動かすピラミッド・エネルギーをコントロールしているとされ、今後、世界各地で邪悪な人間・都市・文明を淘汰する大地殻変動が多発するだろう。いわば、地球の大掃除だ。
国常立命は、『霊界物語』によれば、金色の龍体に変化して、地球の修理固成をしたという。地中を走るピラミッド・エネルギーの通路は、黄金の龍体の通り道みたいなものだ。そのピラミッド・エネルギーを操る神宝は、地下大ピラミッドにも置かれ、9次元振動を発し、大陸の隆起・陥没を引き起こすという。さらに神宝は巨大化すると『太陽』になるらしいのだ」
「・・・・・??」

・シャンバラ「人工太陽」の正体は「神宝」か・・・・・(一部のみ、大部分は省略)
アメリカ人霊能者ドーリルは、人工太陽の輝く地下王国シャンバラについて、こう語っている。
シャンバラの存在地は、各地に移動していたのであり、チベット、ゴビ砂漠、アフリカ、中央アメリカなどに置かれて来た、今、実際は、これらのどの地点でもないのだが、地理的に言えばチベットにあると言えよう。
・・・・・(中略)
霊能者ドーリルによると、ヒマラヤ山脈の地下深い部分は大空間になっており、シャンバラと呼ばれる地下都市がその空間に浮かんでいるという。シャンバラ自体の重量を消す不思議な超科学が働いているらしい。
さらにシャンバラの周辺を9次元振動という名のスーパーバリアーが覆っている。9次元振動は、シャンバラに不用意に近づくあらゆるものを超光速で遠くの星に吹き飛ばしてしまう威力を有している。しかしその実体はわからない。また9次元振動がピラミッド・パワーに使われると、大陸を海底に変え、海底を一瞬のうちに隆起させるという。・・・・・・(以下の内容は省略)

・シャンバラの科学:「過去記録再生機」の秘密・・・・・(一部のみ、大部分は省略)
この寺院(シャンバラ内)の中には、かつて地上で栄えた超古代人類の各種記録が一杯入っている部屋が沢山ある。そのうちの一部は数百万年も経たものである。超古代の種族の記録の中には石や金属の盤に文字で刻印されているものだけでなく、横にいくつかの操作ボタンのついた4インチ(10センチ)角くらいの四角い小箱の中にも、文字その他が収められている。この小さい箱は小型だが、完全な映写機で、細い線がリール(巻枠)に巻いてある。横についている操作ボタンを一つ押すと、小型の映画が水晶レンズの下の凹面スクリーンに映しだされる。次に別のボタンを押すと、はっきりとよくわかる声が出てくる。言葉や音楽やその映画に関したあらゆる音が聞こえてくる。更に別の操作ボタンを押すと、10フィート(3メートル)離れた所に大きな三次元立体像が映しだされる。この様な小箱のある種のものは教育用に使われている。
・・・シャンバラではこの機械によって、古代に使われた言語を学ぶ事ができるのである・・・(以下略)

・「神宝」と「天津金木」の組み合わせが「一厘の仕組み」に変化する!?(同書P.199-200)
「天津金木」(あまつかなぎ)とは、古神道に伝わる秘密行法の一つであるという。各面が5色に塗り分けられた四分角二寸の檜で作られた四角柱を十字に組み立てた後、ある一定の操作をほどこすと、過去・現在・未来の情景が見え、時には未来の運命を自由自在に変える事ができる。
天津金木は、古代の頃、絶えてしまった。応神天皇を類まれな霊力で補佐した武内宿禰は齢(よわい)260歳で美濃・南宮山に姿を隠してから、天津金木は幻の秘法になってしまった。
超古代、天津金木の秘法が霊力のある歴代の天皇によって行われた頃、大和の国は美しく、豊かで安泰だった。ところが応神天皇没後、武内宿禰が南宮山で行方不明となり、天皇制が形骸化するにつれて、疫病・飢饉が多発し、朝鮮半島の国々との関係が気まずいものとなった。
天津金木が目に見えない力となって、日本の国運を支えていたからである。

天津金木は、熟達した霊力の持ち主が用いると、過去・現在・未来の透視ばかりでなく、人間・国家、果ては地球の運命を変える巨大な神力を集中できるという。
密教の秘法として因縁解脱法の存在が一部の者に知られているが、天津金木はその秘法を何十倍、何百倍、拡大強化したものと言っていい。
「天津金木は古神道に伝わる究極の運命転換法か」
「天津金木は単なる運命転換ばかりじゃない。実は、近代日本において日本と地球の運命を根本的に転換しようという試みが行われた。この時、天津金木が使われた。天津金木と『神宝』を組み合わせると、『一厘の仕組み』に深く関係する『王星の光』が現れる。『王星の光』で人類は、大破壊と再生の両方を味わう」
「何だって、天津金木に『神宝』がからむと、『一厘の仕組み』の『王星の光』で人類が変わる!?」

(注3)『一厘の仕組み』とは、地球上の鉱物・動植物・人類の「半霊半物質化」という事の様ですが・・・・本当は大本で降ろされる筈だったと言われる日月神示には
・(五葉の巻16帖)マコトでもって洗濯すれば霊化される。半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならぬ。今のやり方ではどうにもならなくなるぞ。今の世は灰にするより他に方法がない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクトモしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生まれつつあるのぞ。岩戸開きとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど、勇んでやりて下されよ。」

・(五葉の巻15帖)今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ、今の肉体のままでは人民生きてはいけんぞ。一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分の所は入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み、心得なされよ、神様でさえこの事判らん御方あるぞ。大地も転位(=次元転位)、天も転位(=次元転位)するぞ。
・(至恩の巻16帖)太陽は10の星を従えるぞ、原子も同様であるぞ。物質が変わるのであるぞ、人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ・・・・
という事で、私の想像では「次元転移」とは、現在の地上の物質は、原子核の周囲を電子が周回しているとの事ですが、各電子層の個数が、K殻(2個)、L殻(8個)、M殻(18個)、N殻(32個)、O殻(50個)・・・・ですが次元上昇後には、K殻がなくなり、L殻に吸収されて(電子数10個?)となるのではと思ってますが・・・。

(今回はここまで)、次回は(第8章の)三種の神宝と天津金木が「最後の勝利者」を生み出すです。

No title

私は生まれてきた時こういう風に思った

父親と母親が居る。それで生まれる人間が居る
その人間が生まれてきたらそこで居るのが私だ。
生まれてきたらその次の展開はどうなるのか。

このブログはそれを諭して居ない。

ダーキニーだとかその他のもろもろのものも
恣意的な発想に基づいて考えている。
仏教の追求と教えとは、生まれた後自らのことである。
父親と母親がいても、生まれた子供がそれを繰り返しても自らと関係がない。
自らの追及として捉えなければどれも得る物は無い。

どのような修行をしても、それは自らが生まれたことを反復しているに過ぎない
父母がいて自らが生まれた。そのことをいくら再現しても自らではない。

父が通り抜けて、子になる。父の分裂が自らである。
母は通り抜けただけである。
そんなことはどうでもいい。通り抜けた後また通り抜けるでは答えにならない。

修行を考えているものが、こんなことも分からないとは、オマエの見ていたものは修行ではない。人でもない。

No title

ガナチャクラの構成員は9名であり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神、パイラヴァを召喚した男性行者が1名がアジャリとなり、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行なう儀礼です。


この修業は
たくさんの人が今年も死に、
この殺した力を抑えるという意味がありますが
生きるものに力を与える力を懐柔していることです。

これは危険が多いから人々の自由を制限しようということと
まったく同じことなんですよ!
それはどうなんですかね
懐柔しようとしている時点で碌なものではないと思いますがね。
どうなんですかね
どうなんですかね
いっそのことこの9人も死んだほうがええんじゃないんですか
違いますか?!

どうなんでしょうね


それとなんでシヴァ神が8人を許すんですか?おかしくないですか?
コレの儀式は本当は~、8人を殺して
それで祭りとしていたんだと思うんですよ人死に祭り
違いますか?そうでしょう
かっくじつにそうでしょう。
おかしいもん。

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