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本当は怖い8世紀

少し古い記事になりますが、775年には超絶凄い量の宇宙線飛来が宇宙からあったという話があります。

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■775年、地球に大量の宇宙線 屋久杉から解明
名古屋大学の増田公明准教授らは、775年に宇宙から大量の宇宙線が地球に降り注いだことを、屋久杉の年輪の分析から突き止めた。宇宙線の量は太陽の活動や超新星爆発などの影響を受けるが、これまで知られている現象では説明がつかないほど急増していた。当時、地球を取り巻く環境が大きく変わった可能性がある。

宇宙線が地球に降り注ぐと、その影響で大気中の放射性炭素が増えて木の中にたまる。研究チームは樹齢1900年の屋久杉の年輪を調べた。奈良時代の775年の放射性炭素の量が1年で1.2%と増え、通常の太陽活動の影響と考えられる増加量の20倍だった。


■日本経済新聞(2012.6.14記事)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG03017_T00C12A6CR8000/
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この炭素14の増加率は過去3000年間で最大級の宇宙線量の急激な増加があったことになりますが、英国などでも樹木調査をしたところ同じ結果が出たという。この原因として1850年以降計測された最大級の太陽フレアの10倍以上の規模のスーパーフレアが地球を襲ったとか、超新星爆発に伴うガンマ線バーストがあったのではと考えられている。
※地球を襲った過去最大の磁気嵐は「1859年の太陽嵐(キャリントン・フレア)」でヨーロッパ及び北アメリカ全土の電報システムは停止]。電信用の鉄塔は火花を発し、電報用紙は自然発火したという。地球を直撃してはいないが、計測最大は2003年11月4日のX28の太陽フレア。

年輪
(屋久杉の年輪)

「アングロサクソン年代記」にも774年の日没直後の天空に「赤い十字架」「蛇」が現れたと記載がある。また中国の旧糖書にもオーロラ発生した記載があり、キャリントンフレアの場合も深夜オーロラの明かりで読書出来たそうなので、この時の状況は太陽フレア爆発の影響ではないかと考えられている。

Redrectangle_hst_full.jpg

但し、文献上最も明るかった1006年の超新星爆発「SN1006」や、観測史上最大の太陽フレアが発生した1859年の「キャリントン・フレア」では年輪中の炭素14濃度が大きな変動として出ていない為、原因としては依然として謎のままだと思う。まぁ、逆に言えば、このことから1859年とは桁違いの宇宙線が飛来したのでは?と考えられているわけです。

4~5世紀、ヨーロッパと北アフリカではゲルマン民族の大移動がありましたが、これは気候変動に伴うものであったとされるが、これと同様の大移動がが8世紀には起きなかったので、775年の宇宙線増大の影響はあまりなかっただろうと思う。

NASAは2013年5月にスーパーフレア爆発を予測していましたが、何事もなく過ぎました。しかし、少し前の2月25日には過去11年間で最大のX4.9の太陽フレアが発生しており、発生箇所が太陽東端であったことから地球に大きな影響は無かったのですが、まだまだ太陽の活動は衰えていない様子。毎日噴霧しているケムトレイルと合わせて考えると、まだまだ太陽フレアからの危機は脱していないと思われる。

今回、この内容を取り上げたのは、お金に困ったユダ金さんがありもしないスーパーフレアをユダ金のバカどもがあったと言い張る手口(高高度核爆発)であるということではなく(ニヤリ)、この記事が出るもっと前に、既に745年には地球規模の激変があったと語っていた語り部の内容を思い出したからです。

775年と745年では30年の差があるのですが、8世紀には何か知られていない大激変が地球上にあったのではないのだろうか?

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1)戦後に二王朝併合し、倭建天皇の下に大化(タイカワ=希望の意味でヘブル語)の改新が行われます。三川時代の妻、額田王(斉明)を中臣大嶋に賜ります。倭建天皇も讃王君と同じく道教に傾倒し三川新城は当時入り江が入り込み船が使用出来た其の場所道教の聖地に都の遷都を計画し挫折。(倭建天皇は、不老不死の秘薬を熱心に研究し忠臣の部下にも飲ませ自らも飲み続け崩御)葛城摩理勢から没収した葛城県問題も在り。正規の皇太子稚建天皇は不死(蓬莱)の原に不死原(藤原)宮を一時エイ州の麓に置く。神カムイ氏拠点で、譲渡は許されず。倭建天皇軍に加わった神虫麻呂(賀茂毛人、役小角)は、三川の捕鳥山に神神社(後世賀茂神社で、移転する)建立。東海の畔に扶桑の神樹があり其処に住んでいる三本足の鳥(徐福子孫)を征服した場所である。

余談ではあるが、神氏(後世の賀茂氏)の後裔に徳川家康在り。断じて清和源氏では在り得ない。(蘇我入鹿)の系統である。邇波(山城)国に遷都する以前元の都とも言うべき毛野国(後世、武蔵とはヌサウシで、木幣を立てた所の意味で神を崇拝する場所)に(江戸幕府)を築いたのは偶然では無い。【桜彦(聖武)天皇(法隆寺建設、聖徳太子伝説創設)御世、大地震頻発し、多くの僧侶に祈願させるが、遂に古伊勢湾大地震隆起し陥没し再隆起745年。後年小治田氏族の菅原道真出生地は現在の愛知県春日井市】菅原道真は、唐の支配下から大倭を抜け出させる。

2)東海三神山は、弥生人の巡礼地となり、古東山道は其の道で在る。弥奴国の橋島崎より古伊勢湾を下り文身国(後世日高見国、現在の名古屋市緑区大高)を経由し大漢国の傍のエイ州、扶桑国方丈、蓬莱を回る。三川とは、東海三神山の各々の山から命の川が、流れていると言う思想(聖書)からの呼称。参川とも言い巡礼地を指す。蓬莱(旧不死山、カルデラ湖付、745年陥没し大被害。新城の海、エイ州の麓の海は逆に隆起して後退)【後代神仏習合の四国88(ヤハ、ヤハウェの略、現在エホバとも)ヶ所巡りに変更】

3)桜彦(聖武)天皇御世古伊勢湾大地震隆起し陥没し再隆起745年。後年小治田氏族の菅原道真出生地

4)蓬莱…旧不死山、カルデラ湖。745年陥没し大被害。新城の海、エイ州の海後退

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かぐや姫の最後では不老不死の妙薬を燃やしたのは蓬莱山(不死山)となっていますが、この様に東三川は道教と深く関連した神仙の地であり、かぐや姫の舞台の1つであったと睨んでいる。(ふふふふ)
※徐福の求めた不老長寿の妙薬は「天台烏薬」「霊芝」だとか言われるが、中には「昆布」だっという説もある。実際、江戸時代には日本の日高産の昆布が沖縄経由で中国に密輸されており、中国では漢方薬として使用されていた。しかし現代の不老長寿の妙薬は安定化酸素が効果を出すMMS(ミラクル・ミネラル・サプリメント)だすな。

この745年に新城まで海が入り込んでいた古代地形の東三川が隆起し、同時にカルデラ湖を持つ蓬来山が大陥没して現在の姿になったという。実際、湯谷近郊のボーリング調査では2000mもの断層ズレが確認されており、これはマグマ溜りに崩落した証拠であることから、太古には設楽火山があったと考えられている。
※但し設楽火山の年代は1600万年前とされているが、、、しかし、大化の改新(646年、本当は大宝律令【701年発布】のこと)前には豊橋に相当する評(郡)は無かったことから、当時は伊勢湾と同様、海中または葦の繁る沼地だったと思われる。このことから設楽火山の想定年代は怪しいと思っている。

775年という時期は年輪法で産出した時期であるのでガチで正確。一方、語り部の内容は伝承であり不正確な部分もあるが、聖武天皇の御世という点にズレはないと思われるが、聖武天皇在位期間は724~756年であり、やはり775年とはズレが生じたままである。

実際、聖武天皇の頃には日本に地震が多発していた。734年4月に生駒断層帯が動き阪神・淡路大震災級の大地震、マグニチュード7.0~7.5クラスの地震が発生したという。地震直前の3月に聖武天皇は難波宮(現在の大阪市)に行幸し、竹原井頓宮(大阪府柏原市)を経て平城京に戻っているが、その後すぐの4月、天皇の行幸地周辺は震度6弱以上の強い揺れに見舞われたのです。

大仏
(大仏だ~す)

これを大いに畏れた聖武天皇は7月には自分の不徳を詑び大赦を実施。その後に写経、翌年には読経を命じたという。更には東大寺大仏(国分寺の中心を為す「総国分寺」、国分尼寺のシンボルは法華寺)の建立を命じ(741年)、国土鎮守の意味から、全国に国分寺・国分尼寺を建てまくった。それ程に当時の日本は大地震や疫病が頻発していたのだろう。

745年の大変動で東三川の「神仙の地」としての地位を失ったが、今のところ745年と775年の関連性を見つけられずいる。(滝汗)

775年の宇宙線の爆発的増加は炭素14法による測定結果によるものですが、この年の年輪が炭素14濃度が急激(+1.2%笑)に増加しているところから来ている。実はオイラはこの炭素14を使った年代測定は実に怪しいものだと睨んでいる。

空気中の炭素14は壊変(崩壊)して窒素14になりますが、植物が生きている間は大気中の二酸化炭素を使用する為、生体中の炭素14の割合は大気中と同じになる。しかし生物が死んで地中に埋まってしまうと宇宙線を浴びなる為、炭素14だけが一方的に減っていくという現象が起き、この減少量から年代測定する手法が「炭素14法」。

但し、この手法の前提条件になるのが炭素14の崩壊と窒素14から炭素14の生成が現在と同じく平衡状態であるとしている点。これがこの手法の最大の欠点であり問題点でもある睨んでいる。時により均衡状態は崩れる動的な動きであるとオイラは思っているので、この手法による年代決定には全然「信」を置いていない。

炭素14法は、まだまだ未完成な手法なのだす~。

確かに、宇宙線飛来は「アングロサクソン年代記」にあるようにオーロラを発生させていることから事実あることはあったわけですが、通年の20倍の炭素14濃度=20倍の放射線量=最大級の10倍以上の太陽フレアとしている箇所には疑問が残る。実はこの時の宇宙線飛来で大気中の窒素14→炭素14への戻りという均衡状態の崩れによる炭素14濃度の急上昇が含まれている可能性も無きにしもあらずなのです。炭素14法ではこの部分はタブーだすな。で、この屋久杉の件が炭素14法の脆弱性を暴くことになるのでは?と密かに睨んでいる。そうなれば、設楽火山(蓬莱山)が745年に大陥没したという説も俄然真実味を帯びてくるのですが、、、果たして、どちらが妄想なのかの勝負でもある。

今回、炭素14の爆発的増加から太陽フレア爆発や太陽系外の超新星爆発の可能性を洞察し、更に聖武天皇生きていた古代にまで話が及び、まさに「時空を超え 宇宙を超え」た話になってしまいました。

まぁ、炭素14よりもモーニング娘。'14のファンの爆発的増加の方が気になる今日この頃なのです(爆)。

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Comments

No title

蘇我馬子て我蘇りし馬小屋の子でヨシュア隊長の事でしょ!?だったら蘇我入鹿て我蘇って仏門に伏す。。鯛が神道の象徴なら鹿は仏教の象徴でしょ!?

大乗仏教や小乗仏教の乗り物て何回ローンまでいいのカナ〜!?獣の記しが無いから審査は通らないけどネ!プ

日本史の中で一番心が吸い寄せられる時代ですね、やっぱり。
記事を参考にまた色々探してま~す。
天武帝、蘇我四姉妹(だったかな)、長屋王、いわゆる額田王、聖武。
かぐや姫も…。
1859年はこれまたマイヒーローのホームズを生んだドイルの誕生年。
(ん?ヴィルヘルム二世、秋山好古、ルドビコ・ザメンホフ…)
出来事はルーマニア統一、第二次イタリア独立戦争、種の起源刊行…。
炭素14年代測定は年輪やサンゴ(ウラン・トリウム)の測定で調整するんですね。仰るように確定的なものではないみたい。
氷床コア中硝酸塩濃度分析という方法からは1859年規模の太陽嵐は500年ごとだとか。
範囲が広くて大変(滝汗)←マネ

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