NZS48と卍党

今回はヒトラーのナチスと日本のただならぬ関係の話です(ふぉふぉふぉ)。

ナチスに関しては何度も記事化していますが、大本や神智学との連動というか同じテイストだなぁ~とは感じていた。名無し先生の話を読むにつれ、近代史の謎が霧のように晴れてきた為、今までの記事は表面をなぞっただけなのを痛感。で、もう一度深く掘り下げてみたという次第。

以下はよく知られている話ですが、簡単に説明。

カール・ハウスフォーファーは1908年(明治41年)から1910年(明治43年)まで、日本のドイツ大使館付武官として勤務。第一次世界大戦には西部戦線に従軍しドイツ陸軍少将に昇進。戦後はミュンヘン大学にて大学教授資格を取得し「地政学」を創始した。1919年にルドルフ・ヘスを教え子に持ち、その縁で1921年にはアドルフ・ヒトラーと出会った。

1923年にランツベルク刑務所に収監されていたヒトラーと再会。ハウスホーファーは毎日のようにヒトラーを訪れ、ユダヤ人によるドイツ支配を崩し、優秀なゲルマン民族によって全世界が支配されねばならないと説き、ヒトラーに『我が闘争』を書くように進めたのもハウスホーファーであり、ヒトラーは日本についてかなり詳しい知識を持っていたが、その情報源がハウスホーファーであった。

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ハウスフォーファーは武官として日本滞在中、チベットに起源のある「緑龍会」に加入。その後、彼はエドワード・ブルワー=リットンの小説『来るべき種族』に触発されて設立されたオカルト結社「ヴリル協会」にも加入したが、この「ヴリル協会」は神智学協会の影響を強く受けていた。
※ブリルとは小説『来るべき種族』に登場するある種の宇宙的流動体。中国でいう気のようなもの。アーリア人が潜在化しているアトランティスの能力を開花させ、「キュプロスの目」が開眼すると時間の「秘密」の鍵が開き肉体の目で見る容易さで世界を霊的に感知するようになると説き、これをヒトラーは信じた。これがヒトラーがいう「神人(ゴッドメンシュ)」のことなのだろう。R・シュタイナー的にいうと、「自我」がアストラル体が純化した「マナス(霊我)」に入り込むと、エーテル体に感覚器官が形成され、アストラル界で反射した情報を感知出来るようになると説明。これが超感覚的認識の会得であり「霊界参入」と云われるもの。

ドイツ神智学協会はR・シュタイナーがドイツ支部長をしており、その神智学協会はマダム・ブラバツキーがヒマラヤの地底シャンバラの賢者マハトマから受けた霊的通信から始まったとされる。しかし、神智学協会はかの「メーソンの教皇」と呼ばれるアルバート・パイクと共にN.Yで創設したオカルト団体なのです。
※後にシュタイナーは神智学協会に疑問を抱き、退会して人智学協会を設立した。

鞍馬寺の貫主・信楽香雲は、神智学協会のアリス・A・ベイリー派からの影響を強く受け、1947年「鞍馬弘教」を創設し天台宗より独立(1949年)しましたが、何故、鞍馬寺にヒマラヤ北東のウエサク渓谷(カイラス山の麓)と同じ「ウエサク祭(五月満月祭)」があるのかという答がこれですね。神智学=ヒマラヤ=シャンバラなのです。鞍馬寺によると「五月の満月には天界と地上の間に通路が開け、ひときわ強いエネルギーが降り注がれる」と言っていますが、これが満月にお財布フリフリのスピ技の種明かしです。(ふふふふ)
※「ウエサク(ウェーサーカ)祭」は大乗仏教(北伝仏教)では灌仏会(仏陀降誕会)や花祭に該当する。上座部仏教(南伝仏教)では釈迦の降誕、悟りを開いた日、入滅の日が、全てインド歴第二月の第一満月の夜であったという伝承からウエサク祭は来ている。ヒマラヤの渓谷でも行われ、そこが「ウエサク渓谷」と呼ばれるようになった。

名無し先生の話では「鞍馬寺」は複数の得意先(情報提供先)を持つボトムアップの諜報部隊(間者・忍者)の拠点のようなものだとのことですが、確かに神智学と繋がっていることから大本とも関係が深そうです。得意先は神智学協会、大本、紅卍会、緑龍会...なのか?(笑)

さてさて、話は元に戻りますが、、、
緑龍会とハウスフォーファーとヒトラーの関係から導くと、、、

ナチ党(Nazi)の名は、実は「那智滝」から来ている?(滝汗)

那智滝の周囲には多くの行場の滝があり、これらは那智48滝として知られている。これらの滝には諸宗教(神道を中心に、儒教、仏教、道教、陰陽五行説など)にもとづく名が与えられている。これは全ての宗教、民族が融和を結んだ象徴と捉えることも可能ですが、逆に世界の支配者との象徴にもなる。ハウスフォーファーも日本滞在中にこの「那智滝」の由縁を学んだ様で、緑龍会からナチスに繋がる思想の根には「世界の支配者」が在るようです。

ただ、ドイツ内では「Nazi」は「国家社会主義者(Nationalsozialist)」の短略別称であり、ナチ党員は自分たちにナチおよびナチスという呼称を用いる事は無く、党員自身は党名のイニシャルを略して「NSDAP」「NS」或いは「Partei」と呼び、党員同士は「PG(党同志の略)」「Kamerad 」と呼び合ったという。ただ日本はナチの呼称が当時から使用されているので、那智滝と掛けて解釈したのは日本国内だけかもしれないが、、、

那智の滝
(ナチの滝)

ハウスフォーファーは1936年に勲二等瑞宝章を受けているが、これはドイツと日本の同盟締結の功績に対してのもの。また敗戦後の1946年に妻とヒ素を飲んで服毒自殺を図るが死にきれず、割腹自殺に切り替え死去したという。この死に方(ハラキリ)が欧州人らしくなく、東洋、特に日本の影響を強く感じる。

ハウスホーファーを始め「ヴリル協会」のメンバーの後押しにより、ヒトラーはチベットに調査団を何度も派遣し、最初はシャンバラ修道士(シャンバラ崇拝)との接触を試みるが、彼らは「フリーメーソン」を通じての活動を選び、ヒトラーは協力は得られなかった。そこで次にアガルティ修道士(シャンバラの地下霊的支配者崇拝)に接近し、その会派から協力を得ることができるようになった。1929年にはこの会派の海外本部や支部がドイツ国内に設立されるまでに両者の親睦が深まった。

ベルリンでヒトラーはこのチベット教団会派の指導者で「青衣の魔術師」「緑の手袋をした男」と呼ばれる男と定期的に会っていたというが、この指導者は透視と予知能力に長け、ヒトラーがドイツ指導者になる日やWW2開始日を正確に予言し的中させたという。

このアガルティ修道士のグループはドイツでは「緑の男の会」として知られたが、これは指導者が青衣を着て緑の手袋をしていたからであり、この「緑の手袋」も数百年におよぶ日本の「緑龍会」との強いつながりから来ているという。ハウスホーファーと「緑龍会」の関係がヒトラーとチベットのアガルティ修道士との関係を築いたのは言うまでもない。

コーネリアス・ライアンの『ヒトラー最後の戦闘』によると、1945年4月末、ベルリン陥落直前の東ベルリン地区で、壊れたビルの中を連合軍がパトロール中に、中央の1人を取り囲むように6人が円で囲んだチベット人の死体を見つけた。彼らはSS(ナチス親衛隊)のマークを付け、「緑色の手袋」をはめて祈るようにしっかり組まれ、周りの6人は割腹自殺していた。この中央の男が「緑の男の会」の指導者なのだろう。

その後、ベルリンの至る所で、数百体にものぼるチベット人の死体が続々と発見され、戦闘の激しかった通信管理センターからは1000人のチベット人遺体が発見されたというが、ナチスとチベットの教団は、かなり深い関係になっていたことが伺える。

ナチの党旗「ハーケンクロイツ(鉤十字)」は日本国旗の赤白と卍マークを反転させたような意匠になっていますが、この近似はナチが那智滝から付けられたという話も思わず信じてしまう程。偶然の一致にしては出来過ぎですが、実際、ハウスフォーファーや緑龍会の関与を考えると、陰陽使い(漢波羅)の観点から、日本国旗意匠から採られた可能性が濃厚というか、まず間違いなく反転させて採用している。それは日本の長きに渡る単一王朝での統治という事実に崇敬の念を抱き、ナチスもそうありたいと考えたからだとも考えられるが、日本は明治維新で南朝に取って代わられたことから北朝は「裏日本」に該当し、これが日本国旗を赤白反転(逆)させた理由だろう。つまりナチスは北朝と関連している。これが皇道派であり、大本や玄洋社を表に使った勢力。

そして、中央の逆卍こそが肝であり、これがチベット-緑龍会-紅卍会-大本を結ぶ証であり、兄弟勢力の証でもある。卍はサンスクリット語で「スヴァスティカ」といい、幸運のシンボルとして用いられていたが、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は「和」の元、右旋回の卐は「力」の元といわれる。このことから、ナチスが「力による融和」を推進していたのが分かりますね。那智滝の思想と同じなのです。

トロイ遺跡にも卍があり、卍を古代インド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルでもあり、これがヨーロッパで十字架の一表現となった。つまり卍とは十字架でもある。このことから緑龍会を含む卍党の卍の名は、女真族が信仰した景教にそのルーツがあるのではないかと睨んでいる。
※ 「卍」は景教、原始キリスト教のシンボルであった。キリスト教のシンボルが「十」になったのはローマ帝国がキリスト教を国教にしてからのこと。敦煌の景教経典で「室女」とはマリアのことですが、漢字の「始」は「女+ムロ」で「室女(マリア)」を表している? ええじゃないかの始まりの地・東三河の牟呂八幡は「室女」を祀っているかもしれないなぁ(爆)。牟呂八幡は大津皇子を埋葬して祀っているという伝承がありますが、大津皇子は天武天皇を父に天智天皇の娘・大田皇女を母に持つ聡明謙虚な人物で人気が高い皇子であしたが、親友・川島皇子の謀反疑惑の密告で自害したが、これは草壁皇子を皇太子にしたい持統(鵜野讃良皇后)の計略だとされる。実際は自害せず死んだふりをして夜陰に船で逃れて東三河に辿り着いた。住居の裏に観音様を祀り深く信仰。御殿の真後ろにあるということで真裏口(ませぐち)の観音と呼ばれ、多くの信仰を集めたが、持統の三河行幸を見て入水自殺したという。真裏口観音と大津皇子を祀ったのが牟呂八幡だとされるが、天武天皇は初期大王家=扶余王国=女真族であり景教信仰であったことから、真裏口観音とはマリア像ではないかと睨んでいる。

■大津皇子と牟呂八幡宮 民話「海に消えた皇子」より
http://ameblo.jp/dr-hirokon/entry-10819830648.html

また「卍」は「マンジ」であり、「萬」とも読みますが、これが萬福寺は「萬福=卍は幸運(福)のシンボル」から寺名になったのかもしれない。

赤卍会
(中国大陸では大本と連動して世界紅卍会が活動)

紅卍会の構成は漢人。ただし慶州客家の手法を学ぶ為に弟子入りした「客家に見える漢人」。大本の本拠地・綾部は漢氏(あやうじ)の「あや」であり、綾部は漢人が多く移住した地。つまり大本はこの「客家に見える漢人」が出自であり、紅卍会と根を同じくする同族なのです。

江戸時代の鎖国体制と言っても、出島でオランダだけと貿易をしていたのではなく、中国とも貿易していた。実際には中国の貿易額はオランダの倍であった。そして、その輸入品は大方が生糸。オランダ船も中国から仕入れた生糸を載せていたのです。対外貿易が許されていたのが、四口と呼ばれる長崎口、薩摩口、対馬口、蝦夷口の4つの港ですが、長崎だけが出島でオランダと貿易が出来た。但し、貿易船の寄港回数には制限があり、単価の高い生糸ばかりが輸入されるので、他の物品を輸入したくても輸入出来ないというジレンマがあった。

そこで密輸入です(笑)。

この時代の密輸入の方法は、北前船で北海道の昆布を島津家の薩摩藩を経由して沖縄に運び、沖縄は中国に昆布を運んで、その代金として薬の原料と漢書を持ち帰り、薩摩藩経由で前田家の加賀藩に運ぶ。「越中富山の薬売り」で有名な富山は加賀藩の支藩であり、常に薬の原料を欲していた。また、漢書は冷泉家が資金源となって創建した萬福寺に持ち込み、それを歌道宗家の文人でが文化的教養のない武家に歌を教える...等、有力顧客を持つ冷泉家が漢書を捌いていた。鎖国で東本願寺の大谷派ルートが危うくなった為に萬福寺を作って、徳川御三家に準じる扱いの前田家の加護の元、萬福寺が漢書密輸入の一大拠点となったのは、こういうカラクリがあったのだとオイラは睨んでいる。

密輸入に関しては薩摩藩、加賀藩では取り組み方に違いがある。薩摩藩は藩自体が密輸を行っていた。そに為に隠密に蜜樹の事実がバレないよう国の言葉も独特なものに変え、よそ者が来てもバレてしまい「帰らぬ者」にして葬り去った。一方、加賀藩は自らは手を染めずに、銭屋五兵衛という商人に密輸を扱わせ、上納金を収めさせ暗黙の了解をしていた。この密輸の利益が加賀藩や薩摩藩を裕福な藩にし、幕末の薩摩藩の反旗反乱や加賀藩の東京タワー敷地や四日市コンビナート敷地が加賀藩の飛び地として所有する元となっていたわけです。

さて肝心の緑龍会とは何者か?

紅卍会や大本らの「客家に見える漢人」にコツを教えた客家が緑龍会の出自であり、客家は紀元前にシナイ半島を追われたイスラエル族が中国北方から中原に入りパレスチナの地を追われローマ経由で中国北方に渡ったハム系ミツライム族のペリシテ人。彼らは更に南下して福建省に入った。分岐して四川省を経由(四川省移住は清朝の移住政策)してチベットにも入っている。一方、朝鮮半島から日本に入ってきた者たちが緑龍会。ここに緑龍会とチベットとの結びつきがある。

四川省成都市の洛帯古鎮は「世界客家人第一の町」と称される街。言い伝えによると三国時代には既に一つの町としての歴史が始まっており、その時は「万福街」と呼ばれた。萬福寺の「萬福」はここから採られたのだろう。

洛帯古鎮01

洛帯古鎮02


名無し先生から聞いた話からなのか分かりませんが、O'BRIEN氏の記事の中に、、、

イスラエル族 → 地祇系 → オロチョン族 → エタ、ヒニン → 同和 → 緑のカラス → 農協、酪農、食肉解体、林業(マタギ)、漁業(サンカ)、エトセトラの既得権者

とあり、これが更に、、、

JICA(独立行政法人国際協力機構)=部落解放同盟=民主党

までもが繋がっていく(滝汗)。
オイラはここまで深く洞察出来ていない状態ではあるが、何となく「符合するなぁ~」とは感じている。

この萬福寺や東本願寺...等に入り込んでいたのが緑のカラスで、これが卍党か? 寺院が「散所」(貴族や社寺に隷属し、労務を提供する代わりに年貢を免除された人々の居住地)を造り、ここにエタ・ヒニンを囲っていた。散所はいわば「治外法権」の地ですが、ここを拠点にしていたようです。
※実際にエタ・ヒニンは表の行政組織(朝廷・幕府)が裁くことが出来ず、浅草の弾左衛門が裁くことになっていた。

そして、緑のカラスは大東亜経済圏構想で新世界秩序の足掛かりを作ろうとしていたが、イエズス会の傀儡でもあり、その奥の院はヘッセン=ナッサウ陣営である。これはナチスも同じ。

初期大王家始祖の扶余依羅(倭旨、金首露王)が持ち込んだ東方キリスト教。これをルーツとし出自とする勢力が「卍党」。黒住教、金光教、天理教、大本、生長の家、世界救世教、神道天行居、真宗大谷派(東本願寺)、PL教団、黄檗宗(萬福寺)、紅卍会、ナチス、地下衆、玄洋社、緑のカラス、民主党、JICA、部落解放同盟...等が正規メンバーあり、

これをNZS48と呼ぶ(爆)

そして、チームN、チームZ、チームSに別れて、競い合いながら活動している。

manjitou.jpg
(NZS48=卍党 この卍党の前座が金目教【金神教】だす。)

そして、今、このNZS48(卍党)が「ネオ満州国」建国に向けて突き進もうとしているが、国際情勢(国際秩序維持派=米国北軍派によるNWO潰しの実態)をよく知る勢力からは「無理だ。無謀だ。諦めろ。」と忠告されているが、聞く耳を持たずにNZS48は「ネオ満州国」ゲットに走っているという。

でも、それはフライングゲットなのだすよ~


(動画最初に登場するのがナチスの秘密兵器「ハウニブー」。これはシャバラの超科学力の劣化応用だと云われる。そういえば、決めポーズも「卍」に見えなくもないw)
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コメント

他人様からの受け売りだけど、
【右卍】+【左卍】=【田】

上向き三角△と、下向き三角▽。
下に昇ることも、上に落ちることもできる反重力の世界。ハチだけがその両界を行き来していた。

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面白い!

ヒトラーが何度か接触を試みようと
人を派遣してなにやらつながったらしいのは
『チベット永遠の書』のゾンビ地下集団ですね。

失敗した者を必ず処分していた闇派ゆえ
それなら陥落後のベルリンに
魂の抜けたゾンビが転がっていた
としても不思議はありませんね(笑)

妙に納得してしまいました。

でもどうみても彼等、
人間じゃないんですよね・・・。

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ヤッズ様

>紅卍会や大本らの「客家に見える漢人」にコツを教えた客家が緑龍会の出自であり、客家は紀元前にシナイ半島を追われたイスラエル族が中国北方から中原に入り、更に南下して福建省に入った。

この客家の祖が、イスラエル族ではなくぺリシテなんです。更にエジプト=ミツライムまで辿る事になります。御健闘を・・・

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