コーヒールンバとペリシテ人

浅草寺を開山した勝海上人はペリシテ人(古代フィリスチア人)で、この勝海上人のことを謳ったのが「コーヒールンバ」なのだとあるサイトで見かけた(汗)。

以上はあるサイト内で「名無し先生」が語った内容として紹介されていました。オイラにはさっぱり理解できなくポカ~ン状態なのだが、何故か非常に気になる内容です。サイト管理人氏もその意味するところは不明のようで諦めがちだったので、ここでオイラが一肌脱いで「脱いだら凄いんだすよ~」とばかりに気合入れて洞察してみた。

ラピ。師匠から移植したばかりの三千世界を見通す「永遠の万華鏡写輪眼」の真の力を発揮する時だぁ~す!

ちなみにコーヒールンバとは、自販機でコーヒーを買った際に突如鳴り出すあの陽気な曲。ザ・ピーナツが歌った曲もあるが、本命は西田佐知子の初代コーヒールンバが嚆矢。以後、リバイバルカバー曲が井上陽水、荻野目陽子、氷川きよしらによって歌われているが、歌詞は全て西田曲のものばかりです。


(西田佐知子の魅惑の声に酔え!)

昔アラブの偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような 香りいっぱいの
琥珀色した 飲み物を教えてあげました

やがて心うきうき とっても不思議このムード
たちまち男は 若い娘に恋をした
コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム

南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲みものコーヒー モカマタリ
みんな陽気に 飲んで踊ろう
愛のコーヒー ルンバ


このコーヒールンバの原曲は「Moriendo Cafe/コーヒーを挽きながら」という曲ですが、歌詞は珈琲農園の古ぼけた工場で豆を挽きつつ、報われない愛を嘆くという切ない恋の歌。コーヒールンバは原曲の詞とは全く無関係で、中沢清二によるエキゾチック趣味な歌詞となっている日本オリジナルの歌詞。

曲は2番まであるが、1番と2番の歌詞は全く同じ。ある意味、超手抜きなのだが、、、そこがまたいい(笑)

コーヒールンバに登場するコーヒーはモカですが、これはアラビア半島の南端イエメンやアフリカ大陸のエチオピアで産する豆がモカという港で出荷されたところから名付けられたコーヒー豆の総称ブランド。独特の酸味を持ちながらも甘くフルーティな香りが特徴。特にイエメン産のコーヒー豆は「モカ・マタリ」と呼ばれ、この曲中にも登場しています。

では、この曲の謎解きに掛かります。この曲の歌詞は「アラブのお坊さん」「コーヒー」「恋」がキーワードになりますが、これに似た逸話があり、モカコーヒー豆のブランドを押し上げていた。

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13世紀頃のイエメン山中のお話です。モカの守護聖人アル・シャジーリの弟子でシェーク・オマールという回教僧がおりました。流行り病にかかった領主の娘を祈祷によって救ったもののその領主の娘に恋をしてしまいます。それを知った領主はオマールをイエメンの町から追放してしまいました。食べるものもなく、山中を彷徨っていると、一羽の鳥が赤い木の実をついばみ、楽しげにさえずっているのを見つけました。彼は試しにその実を摘んで煮出してみると、何ともいえない独特の香りが漂い、飲んでみると、疲れが嘘のように消えて、元気が回復しました。医者でもあった彼はこの実を使ってたくさんの病人を救いました。そして罪を許されて再び町に帰り、聖者として人々に崇められたということです。この町とは、後にコーヒーの積出港になり、コーヒーの名前としてもおなじみのモカの町です。

出典:回教徒アブダル・カディの「コーヒー由来書」(1587年)

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シェーク・オマールが渡来してきて勝海上人となったのか? 勝は「ショウ」、海は「アマ」とショウ・アマとも読むが、、、ショー・アマー、、、う~む、似ていなくもない(爆)。まぁ、そう急がずとも、ここは素直に「アラブの偉いお坊さん=モカの守護聖人アル・シャジーリ」「恋を忘れた哀れな男=シェーク・オマール」とみるのが妥当です。

ここで浅草寺の開山縁起を見てみると、、、

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時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈(ぎょろう)中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得した。郷司・土師中知(はじのなかとも)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝供養に生涯を捧げた。大化元年(645)、勝海上人がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法の掟は厳守されている。

■浅草寺
http://www.senso-ji.jp/about/
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この観音像は、噂では金色の5.5cm程の小さなもので、現在も本尊として現存しているらしいと云われているが、「秘仏」のため公開はされていない。また、檜前兄弟は渡来人(漢人)だとされているが、実は土師中知の家来だともされている。

土師中知が属する土師氏とは、古墳造営を含めた葬送儀礼全般に関わった氏族ですが、土師中知の時代は古墳造営が廃れ始めた頃で辛うじて関東で古墳造営があったとされる時代。土師中知は失意のうちに関東にやって来たとされる。

つまり、こういうことだ。

失意の只中、土師中知が観音像に出会って惚れ込んでしまい。心ウキウキ状態になったということ。だが、彼と勝海上人は直接接触したようには書かれていない。どうも死後ではないかと睨む。

ここでもう少し土師氏に付いて書いておかねばなるまい。土師氏は出雲国の勇士・野見宿祢を祖先とするという。野見宿祢は当麻蹴速と角力(相撲)して互いに蹴り合った末にその腰を踏み折って勝ち、蹴速が持っていた大和国当麻の地(現奈良県葛城市當麻)を与えられるとともに、以後垂仁天皇に仕えたという。土師氏からは菅原氏、秋篠氏、大枝氏や大江氏が輩出されているが、語り部は土師氏は葛城興道(坂上田村麻呂モデル)の子・土師正美が土師氏の祖としていて、菅原道真の菅原氏とは同族ではあるが、菅原氏の直接の祖ではないとしている。(菅原氏の祖は小治田(多)氏)

この土師氏の名は聖書『士師記』の士師(裁くもの)と非常に似ている。サルメから猿女氏が採られたように、土師氏も聖書から採られた姓ではないかと睨む。

実際、野見宿祢はどうもサムソンをモデルにしているっぽい(笑)。怪力サムソンはダン族の英雄ですが、ダン族は契約の箱やソロモン神殿を造り、その木工技術によって名を上げた部族。葬祭道具造りの土師氏とも職業がダブるのです。

聖書『士師記』に登場する怪力サムソンの物語は以下のとおり。少し長いが引用する。

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イスラエルの民がペリシテ人に支配され、苦しめられていたころ、ダン族の男マノアの妻に主の使いがあらわれる。彼女は不妊であったが、子供が生まれることが告げられ、その子が誕生する以前からすでに神にささげられたもの(ナジル人)であるため次のことを守るよう告げられた。それはぶどう酒や強い飲み物を飲まないこと、汚れたものを一切食べないこと、そして生まれる子の頭にかみそりをあてないことの三つであった。神の使いはマノアと妻の前に再び姿をあらわし、同じ内容を繰り返した。こうして生まれた男の子がサムソンであった。

サムソンは長じた後、あるペリシテ人の女性を妻に望み、彼女の住むティムナに向かった。その途上、主の霊がサムソンに降り、目の前に現れたライオンを子山羊を裂くように裂いた。ティムナの女との宴席で、サムソンはペリシテ人たちに謎かけをし、衣を賭けた。ペリシテ人は女から答えを聞きだし、サムソンに答えた。サムソンは主の霊が下ってアシュケロンで30人のペリシテ人を殺害してその衣を奪い、謎を解いたペリシテ人たちに渡した。ティムナの女の父はこの一件の後、娘をほかの男性に与えた。

サムソンはこれを聞いて、300匹のジャッカルの尾を結んで、それぞれに一つずつ松明をむすびつけ、畑などペリシテ人の土地を焼き払った。ペリシテ人はその原因がティムナの父娘にあると考えて二人を殺したが、サムソンはこれにも報復してペリシテ人を打ちのめした。ペリシテ人は陣をしいてサムソンの引渡しを求め、ユダヤ人はこれに応じた。ペリシテ人はサムソンを縛り上げて連行したが、途中で主の霊が降ると縄が切れて縄目が落ち、サムソンはろばのあご骨をふるってペリシテ人1000人を打ち殺した。

サムソンは二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。その後、サムソンはソレクの谷に住むデリラという女性を愛するようになったため、ペリシテ人はデリラを利用してサムソンの力の秘密を探ろうとした。サムソンはなかなか秘密を教えなかったが、とうとう頭にかみそりをあててはいけないという秘密を話してしまう。デリラの密告によってサムソンは頭をそられて力を失い、ペリシテ人の手に落ちた。彼は目をえぐり出されてガザの牢で粉をひかされるようになった。

ペリシテ人は集まって神ダゴンに感謝し、サムソンを引き出して見世物にしていた。しかしサムソンは神に祈って力を取り戻し、つながれていた二本の柱を倒して建物を倒壊させ、多くのペリシテ人を道連れにして死んだ。このとき道連れにしたペリシテ人はそれまでサムソンが殺した人数よりも多かったという。

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大彗星到来の予言をしたヒルデガルトの予言の中には、ダン族の中から反キリストが生まれると書かれる。彼は幼少から魔術を教育され、成人するとキリストに似た宗教的天分と奇跡の力を発揮して「ユダヤ人の救世主」として世界に迎え入れられるというが、それは上記の力を取り戻したダン族のサムソンからきています。

この物語では下線部を引いたところがポイント。

サムソンは頭を剃られて力を失い哀れな男となりましたが、観音像に恋した土師中知も出家して頭を剃っているのです。

「ペリシテ人」はエジプトでは「海の民」と呼ばれ、アフェクの丘でイスラエルはペリシテと戦い惨敗し、この時、契約の箱を奪われた。奪った箱はペリシテ人の神ダゴン像のそばに置くが、翌朝、ダゴン像が箱の前に倒れこんでいたのを発見。像を元に戻したところ、翌朝、再びうつ伏せに倒れ、しかも頭と両腕がばらばらになってしまった。同時にその町に腫物の病気が流行し、恐れた人々が契約の箱を別の町に送ったところ、そこでも同じ病気が流行した。この結果、ペリシテ人は賠償金を付けてイスラエルに契約の箱を返したという。

勝海上人が定めた浅草寺の本尊(浅草観音)は絶対秘仏であり寺の者でも見ることが出来ないとされていますが、実は、明治期に国の神祇官が確認しています。その時の本尊は噂とは異なる55cmもあり、両手足がなく焼けた跡が残った木製の像だったといいます。

うっ、両手足のない像、、、これではペリシテ人の倒れたダゴン神像と同じではないか!
※ダゴンは水の神エンキ(エアー)の現れでもある。

Dagon09.jpg
(浅草寺の絶対秘仏・爆)

絶対秘仏は海から揚げられた後に草庵で祀られたが、7度も火事にあっているという。神像の焼けた跡というのはこの時の火事が原因なのだろう。最終的に勝海上人が観音堂を建立し今に至っている。

■哀れな男=シェーク・オマール=土師中知=ダン族サムソン
■アラブの偉いお坊さん=アル・シャジーリ=勝海上人=ペリシテ人
■若い娘=浅草観音像=ダゴン神像


「海の民」であるペリシテ人がイスラエル人と戦って勝ったのだから「勝海」なのでしょう。ここで気になるのが土師中知と勝海上人の関係。ダン族サムソンとペリシテ人は敵対していたので、この2人の関係も同様なのだろう。7度も草庵が火事に見舞われたのも、きっと勝海上人の差金だったに違いない。サムソン物語では戦いに勝った後、ダゴン神殿に契約の箱を捧げ祀るのだが、勝海上人も奪い取った(?)浅草観音を自らの観音堂に捧げ祀っている。話の構造が全く同じなのです。

こ、これで浅草寺縁起とサムソン物語とコーヒールンバが明確に繋がった、、、(滝汗)

やはり、勝海上人はペリシテ人だったのだす。
※浅草観音=ダゴン神だったならば、勝海上人は本当に渡来してきたペリシテ人だったのかもしれない。

しかし、13世紀のイエメンの話と7世紀の浅草寺縁起では随分時代が違うし、逆に時間が遡ってしまっていておかしいじゃないか?という指摘の声が聞こえてきそうですね。これは聖書『士師記』のサムソン物語から浅草寺縁起が創作され、この縁起が遠くイエメンにまで伝えられ、13世紀にコーヒー豆発見の際、この浅草寺縁起を下敷きにしてモカコーヒー誕生譚が創作された。そして、それが日本に逆輸入されコーヒールンバの歌詞となったというわけです。まぁ、「名無し先生」はそういう情報ネットワークや交易ルートが昔からあったということを言いたいのだろうと思う。

以上のことは他言(ダゴン)無用だす(爆)


(ボサノバ風の伴都美子の曲も現代的でグーだすよ)
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Comments

万物を見通す目

移植した目で見通すて、ナウシカの神聖皇帝が真後ろも見通すために後頭部に移植した目みたいじゃないですか(笑)

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Re: 貴殿の洞察力に敬意を払います。

コメントありがとうございます!
名無し先生ですね! びっくりです。

今、先生とO'BRIENさんの語録のデータベース作りながら内容咀嚼中で、充分吸収してから高度自給自足ブログさんとこにコメントしようと思っていました。

ただ情報量が膨大過ぎて現在4日目に突入です。

先生の語る情報は核心を突いていて目からウロコの落ちるものばかりで、今まで拠り所にしていた(ゴミ)情報の山が音を立てて崩れ落ちそうです(滝汗)。

> 処で、イエズス会、メーソン(イルミナティー)の対立軸の後ろに居る奥之院に関する考察は、ヘッセンのみならずナッサウを付加してお考え下さい。出来ればメロビング朝辺りまで遡って洞察して頂ければと思います。

前記事のヘッセンのナチス逮捕→強制収容所の件ですね。過去記事コメントからはナッサウとヘッセンは敵対から一転して同盟化という感じですね。もう少し詳細に調べてみようと思います。ありがとうございました。

高い洞察力に敬意を表します

今後も、ご活躍を期待いたします。

おいらは「高度自給自足時代の夜明け」さんと、「匿名党」さん、そして「日本プロファイル研究所」さんを併せ読みしてまつ

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