ニニギと草薙剣

ニニギニギハヤヒは一体誰なのだろうか?

ニニギに関しては有名でありながら語り部記述にない部分です。
※註 ニギハヤヒは、国常立命、ニギハヤヒだと語り部は述べている。

該当しそうなのは徐福ですが、オイラは大魔人・佐々木元投手に憑依する「22」の数字を「大魔神コード」と呼んでいますが、この大魔神(兵主神)は徐福が大陸から持ち込んできた銅鐸神・蚩尤(しゆう)がオリジナルである点と、不老不死の妙薬を探しに東海の不二(22)山(蓬莱山)に渡来したのが徐福である点、更にニニギのニニが「22」を表すこと、またニビルが小惑星帯に「ごめんやっしゃ、ごねんやっしゃ」と突入したのがマヤ暦がいう第五世界終焉の2012年。これが徐福東渡2222年であることから、「徐福=ニニギ」だと洞察してきました(ふふふふ)。実際、語り部はニギハヤヒは尾張王朝の開祖・倭得玉と述べていることからも消去法でも「徐福=ニニギ」となりますね。

どちらも渡来系の天孫族であり、神話ではニニギとニギハヤヒは兄弟であったというが、これは本当の兄弟関係を示しているのではなく、出自が同じ兄弟部族というぐらいの内容を示していると思っている。全ては万世一系にまとめる為の神話創設の手法です。天孫族とはアブラハムの故郷タガマ・ハラン(高天原)から渡来して来たヘブル人のことであり、ニニギもニギハヤヒも部族は違えど同じヘブル人ではなかったかとオイラは睨んでいる。徐福もまたレビ族の始皇帝から派遣されたヘブル人(東夷人)であったというのもその理由。

以上のように洞察しているのですが、しかし、実はコレといった決め手がないのです(滝汗)。シンクロだけではチト弱い。

ここでもう一度語り部がいう内容から精査してみる。

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・金首露長男・居登…「伽耶国」に残る。金官加羅の王
・金首露ニ男
・金首露三男
・金首露四男
・金首露五男・玄…扶余国に残る
・金首露六男・倭得玉(国常立尊)…桓武天皇二本(=記紀)でいうところの「国常立尊」、邇波道主(邇波彦・王彦)に従軍し邪馬台国攻撃、王治(御春)尾張氏の祖
・金首露七男・倭仁…二代目大王になる
・金首露八男・豊玉…宇佐氏の祖
・金首露九男・倭武日…大伴氏の祖、大伴武持の父
・金首露十男・日奉益継

扶余王は合計八人で八大龍王モデルとして神仏習合化。八柱神社祭神。
扶余依羅つまり倭旨の子等のうち七人は七福神のモデル.
(金船=宝船、貴船。*構造船は機密事項)

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一方、他の文献でも、、、

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・金首露王(倭名倭旨は略字で嘗で大王嘗。高皇産霊命。天津彦火瓊々杵命を降臨させた。王妃許黄玉[天照大神])
・居登王(長男。金海伽耶王。金海金氏)、
・許氏(二男。…○[首露35代孫 金海許氏])、
・許氏(三男。…○[首露35代孫 陽川許氏])、
・思金命(四男。天思兼命。ものさしの元といわれるものを発明。
・妹栲幡千々姫[長女。初めは天忍穂耳命との間に天津彦火瓊々杵命を出産のち八島士奴美神と結婚し布波能母遅玖奴須奴神を出産]、
・安牟須比命 [五男]、
・天太玉命[六男。倭得玉・国常立尊]、
・弟天神立命[七男。倭仁。二代目大王。葛城・鴨・久我]、
・天櫛玉命[八男]、
・天活玉命[九男]、
・妹美穂津姫[二女]、
・○[十男。日奉益継祖]、
・居添君[十一男])─天表春命(阿智祝部。弟天下春命─(此間七代)─知々夫彦命[秩父国造])。

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かなり共通している。
※註 この独特な「。」の使い方は語り部のような気がしないでもない。ならばソースは同じだ(笑)。

ニニギはニギハヤヒの弟なので、この表からは「ニニギ=倭仁」となる。

倭仁は邪馬台国(倭国)を継承した大倭の二代目大王なので、神武東征の際、ナガスネヒコを使って大和地方を治めていたという記述内容と一致はする。一方、天太玉命(布刀玉命)は神祇氏族・忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱。『古語拾遺』では高皇産霊尊(高木神)の子と記されており、これも一致する。

しかし、気になるのが、、、

金首露王の長女・妹栲幡千々姫(たくはたちぢひめのみこと)が天忍穂耳命と結婚し天津彦火瓊々杵命(ニニギ)を出産。金首露王がこの天津彦火瓊々杵命(ニニギ)を葦原中国に降臨させたとある点です。「ニニギ=倭仁」の洞察は見事に散りました。

栲幡千千姫命とは古事記では「萬幡豊秋津師比売命」(よろづはたとよあきつしひめのみこと)と記される存在で織物の神として信仰されている。高皇産霊神(高木神)の娘とされているので上記は古事記記述と一致する。

で、お相手の天忍穂耳命とは誰なのだろうか?(ふふふふ)

天忍穂耳命は天照大神とスサノオの長男(日本書記では次男)であり、稲穂の神、農業神。天火明命と瓊瓊杵(ニニギ)を産んだとある。この場合、天照大神=王妃許黄玉となるのでスサノオ=金首露王となり、長男・居登王(次男・許氏)となる。ならば長男(次男)・長女同士の兄妹結婚か? う~む、これでは近親相姦になってしまうだす(滝汗)。でも、シュメール神話のエンキはアヌとその異母妹アントゥムの間に生まれたように、皇位継承順位が一番高くなるが故に皇統ではよくあることなのだす。

しかし、この結婚で生まれたのが天火明命であるが、これは一般にはニギハヤヒだと云われる。ニギハヤヒ=倭得玉は弟であり、辻褄が合わなくなる。語り部がいうニギハヤヒ=倭得玉はトラップなのだろうか? あるいは一般に云われる「天火明命=ニギハヤヒ」が間違いなのだろうか?

さてさて、だいぶ袋小路に迷い込んできた感じです(滝汗)。

ここで天孫降臨についてもう一度考えてみよう。天孫降臨、特に葦原中国での天孫降臨については「徐福=ニニギ」とは相反する次のような内容がある。

天孫降臨とは、天照大神の孫であるニニギが葦原中国平定の命を受け、葦原中国の統治のために降臨したという日本神話の説話ですが、ただ最初に平定の命を受けたのが天忍穂耳、次に天菩比命、天若日子と次々と派遣したが平定は叶わなかった。最終的に建御名方神が陥落し平定を成し遂げたとあります。

そして統治の為に降臨したのがニニギであり、これ故、ニニギは葦原中国を建国した徐福ではないことになる。

う~む、今までの洞察は全て無となった。。。(滝涙)

では、ニニギとは一体誰なのか?

降臨したとあるので、東三川の葦原中国(大漢国)に一時的にしろ住んだのだろう。となると、徐福国陥落後に道教に嵌り、照山近くに高千(仙)穂宮を建てたという倭讃(景行天皇)がニニギではないだろうか!!!

景行
(景行天皇は日本武尊の父、御子が80人いた絶倫男)

語り部によると景行天皇は、「先ず香具山(多治見市弥勒山)で鹿を捧げて、晴日山(春日山、邇波川上、守山区東谷山)で土着の神を祀り、佐奈伎山麓(豊田市猿投山)亀首上陸し内地より影を行(景行)き東海三神山の国の大漢国攻略し新城の東、引佐で最終戦。蓬莱山の蓬莱名をアチタに移転し蓬莱島とする。東海三神山の地故に、戦後倭讃王君は、捕鳥山麓に高千(仙)穂宮を建設し居住します。不老長寿の秘薬を調合し摂取し体調が悪くなり都に戻る為に香具山の麓内津を目指して進みます。草香島のケカチの水で生気を取り戻し進みますが、容態急変崩御。内津より葬送されます。」とある。最終的には不老長寿の妙薬=水銀精錬術で水銀を服毒し水銀中毒となって倭讃(景行天皇)は亡くなったのです。

徐福末裔の葦原中国を侵攻陥落させた最大の理由は、国土が道教化(中国化)するのを防ぐため。これ恐れた縄文アイヌ人(出雲人)が「雇われ王」として列島に招聘した初期大王家(扶余系騎馬民族スキタイのカド族)との共同討伐作戦だという。

確かに、日本はサミュエル・P・ハンティントンが『文明の衝突』で世界を8つの文明に分けた場合、日本を単一の文明圏であると指摘したように、実は根幹部分では欧米型の社会構造を為していると云われ中華文明とは明らかに異なっているのです。豊受思想の元、移民を積極的に受け入れていたのですが、押し寄せる大量の倭人によって国土が中国化してしまうのを縄文人はどうしても避けたかったのでしょう。

Clash_of_Civilizations_map.png
(日本文明は生まれながらにガラパゴス化した国)

邪馬台国はスンナリと攻略出来たのに反し葦原中国の守りは固く、倭讃(景行天皇)によって徐福国は滅亡。しかし、東に逃亡していった残党は筑波に逃げ延び、倭隋、倭済、倭興らによって代々攻略は続けられ、最終的に百済から入婿してきた倭武(応神天皇)によって完全平定されたという。これが日本武尊の東征の話のオリジナル。この平定を記念して創建したのが香取・鹿島神宮なのでしょう。

そう、彼、景行こそがニニギだったのだ!!!
間違いない。

これは大ドンデン返しだぁーーー

しかも、詳しくは書けないが、倭讃(景行天皇)とオイラの間には不思議な縁があると思ってはいたが、やはり彼がニニギだったのだ。これも運命の引き寄せなのだろうか?

彼こそが弥勒山の金神と道教の銅鐸神・蚩尤(しゆう)を結び付ける唯一のキーマンだったのです。こう判明すると、日月神示の書いた存在は明白になる。それはカド族の初期大王家。一般的に云われる蝦夷(アイヌ)の怨霊ではないのです。実際、ニニギと景行天皇の関係はこのように記されている。

景行天皇はニニギ尊の古(いにしえ)を偲んで、同じく六ヶ岳から大和の我家を見られて「愛しけやし我家の方へ・・・」と歌を読まれたとある。景行天皇紀に記述される土地の地名がすべて記述通りに北九州豊前の狭い範囲に現存することから、都にいない6年間に九州王朝を作ったといわれるが、これは地名を移設して「東三川=豊葦原中国」という歴史を隠蔽したのだろう。それは原発事故の放射能瓦礫を全国に拡散し事故が無かったことにするのと同じ手法である。

国を継承した卑弥呼の事象すら記紀に登場しないのに、増してや最大の敵だった徐福が神として登場するはずはかったのだ。オイラとしたことが、、、

さてさて、葦原中国平定の時に使われたのが十束剣(とつかのつるぎ)ですが、初期大王家はスサノオに仮託され述べられている点から、この葦原中国陥落=八岐大蛇退治であり、この時出てきたのが「天叢雲剣(草薙剣)」。この内容は葦原中国である東三川の徐福末裔の兎足神社に草薙剣が祀られていたという古老の話とも辻褄が合ってくるのです。

ここから草薙剣を奪って祀っているのが熱田神宮。それは倭讃(景行天皇)が取り上げたのだろう。

この熱田神宮の本殿の奥の禁則地にある一之御崎神社が2012年12月から1900年の創建以来初めて参拝を出来るようになったという。ここは天照大神の荒魂が祀られているというが、場所が本殿北西にあり、その方向は鈴鹿山脈を示すことから実は日本武尊が祀られているのではないかとも噂される。熱田神宮は一般には天照大神を祀っているといされているが、尾張王朝のあった場としては不適切である。オイラはこの熱田こそ、渄月神示がいう真の天照大神(男神)である天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊が祀られていると睨んでいる。

天照国照彦を崇めているのが、皇統奉公衆のうち、吉野の修験者を中心とする勢力で「真」とされ、一方、「偽」とされるのがスサノオを奉じる大本をはじめとした大江山霊媒衆。何故か徐福が持ち込んだ道教がベースとなった修験者が初期大王家系の饒速日尊を守っている(笑)。これは八咫烏(鵜飼い)が初期大王家に恭順化した時からの伝統なのだろうか? この点が少し訝しいと感じながらも、先の熱田神宮の動きからこう感じている。

いよいよ岩戸開きは近い!?
※註 飛鳥昭雄先生は熱田の草薙剣が伊勢神宮に返され、伊雑宮が立てられ伊勢三宮化する時が近いと言っているが、、、
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コメント

はじめまして

よく見てます。景行天皇の80人の子供は八十禍津日神と関係あるのでしょうか?これ確か大物主命を苛めた神々です。あとひょっとしてソロモン72柱(一致しない為に72以上あるといわれてるので全部で80くらいにならないかな?)数が近いからひょっとして?て感じです。後8王については司馬8王を思い出しました。ぎしわしんでんの司馬さんです。

あと

八十禍津日神と菅原道真は同じ系統(ルーツ?)だとなんとなくおもっています。多分権力の没落は連なる集団(民族)の没落を代表する事なのでしょうから

おぉ

セオリツヒメの登場ですな!
熱田神宮近辺には白蛇伝説とかあるんですかね?


そろそろ三角穴から覗かなくてすむようになるかも~

ステキな情報ありがとうございます!

No title

お邪魔致します。ソロモンと言えば、フェニキア人の船団タルシシ船(宝船)のオーナーですが、この御一同様7000人が、アークと共に四国に上陸し、剣山に移り住んだ説…
だとしたら紀元前900年頃で、日本はまだ縄文時代。この時に、フェニキア人、エビス人、倭人、ヒッタイト人などが同行。7000人の大船団なら、四国だけでなく、本州や九州にも上陸している…ってオイラは思います。
ちなみに、時は違えど、首露王もタルシシ船の支配者(海人)だったとか。
ソロモンは牛頭天王、蘇民将来はバアル一族、ユダヤ人、フェニキア人のこと。
フェニックス、タタラ製鉄民ときたら、やはり三河~浜松がピンときます。秋葉大権現も絡んでくるし、アークの上の二羽のケルビムは、鳳凰でもあるとしたら、鳳来寺山も絡んでくる。
ケルビムは炎の剣と共に、エデンを守ってる。天竜川の源泉が諏訪湖、諏訪大社の守屋祭りには生け贄の儀式がある。モリヤは、ソロモン神殿があった山。
で…守屋と言えば銅鐸祭祠の物部氏ですが、大物主=ソロモン説もあって、繋がります。
諏訪地方の政治実権を握っていた建御名方は、大国主と越(こし)の国の翡翠の姫、奴奈川姫の子で、
翡翠大珠、勾玉による死と再生の儀式も繋がります。
ソロモンは、ケルビムが大好き。
邪馬(ヤマ)は、フェニキアの船って意味もあって、トは支配地のこと。
卑弥呼の祖国はフェニキア(海人)だった。
奴奈川姫も、海神の娘だそうで、卑弥呼だったかも。
フェニキア船団は、エジプト人、ギリシャ人なんかも混在する多民族混成団だった。
ソロモン御一同様が来たかどうかは、レバノン杉を発見すればいい。神殿にはレバノン杉をふんだんに使ったみたいだから。
フェニキア船団員は、新潟の糸魚川・静岡構造線(断層線)に沿って、金銀銅鉄などの鉱脈を探していた。川筋の鉱物を見てあたりをつけ、鉱物を探していたので水窪石はその願掛け?
水窪~天竜川を遡ると諏訪湖に着きますが、粉鉄(砂鉄)の産地でもあって、タタラ製鉄民ヒッタイト人とフェニキア人は、お宝を探して諏訪に住み着いた。っていうか再び帰ってきた。諏訪は、出雲の重要拠点。縄文製鉄遺跡は、ソロモン御一同様、タルシシ船団の仕業。
フェニキア人は、カナン人でもあって、カナンの神バアルをソロモンも崇拝してた。
ソロモンは、ユダヤ人とヒッタイト人のハ~フ。
マレーに伝わる、鹿がソロモンの命を受けたと言ってワニを騙した話が、大国主のワニを騙した兎を助けた説話。
古事記神話は、ソロモンのタルシシ船団が運んできた。
大国主=大物主だとしたら、ソロモンが大物主。大物=おおもん=ソロモン……ってダジャレかよって思うけど、大物主=ニギハヤヒだとしたら、相当~言葉遊びやダジャレ好きだからありえる。
ニギハヤヒって特定の人を指すのかは疑問だけど、大物主は、公孫域(卑弥呼の祖)でもあって、
この大物主一族は、タルシシ船で長い鉄の旅をしていた。タルシシ=精錬所。タルシシュ族は、ヤペテの子孫のヤワンの子孫で、ソロモンはタルシシュとフェニキアの都市国家ツロを仲介して交易してた。
ソロモンのところに、一年間に入ってきた金は666タラント。
実は、ソロモンは釈迦より先に、空を悟ってもいて、(空の空、全ては空しい)と告白してた。魂に大きな空洞を持つ虚無の人…つまり器が大きかった。
三輪山(蛇神)の大物主は、知恵と魔術の神でもある。
知恵と魔術と言えば、やはりソロモン。
磐船伝説のあるニギハヤヒもソロモン。
アークを船って呼ぶし。ソロモン大国(頂点)に向け、再び神が働かれてる。イザナギの正体がイザヤだとしたら、何となく辻褄は合ってきます。神武もイザナギと関係あり。
ソロモンは、名言もよく吐いた。神殿にアークを納めると、雲が神殿に満ち(私はあなたのために高き家、とこしえのみすまいを建てた)と言った。
スサノオが出雲で宮殿を建てた時も雲が現れ、日本で初の和歌を詠んだ。
このスサノオがニギハヤヒ。
大物主は蛇神、知恵の象徴、知恵の王はソロモン。
大国主=ニギハヤヒは、日向から出雲に養子に来た人物(アリオン説)からすると、大国主ソロモンは日向族だった。でも、母親はヒッタイト人だから、密かに?バアルを信仰してた。そして出雲の姫と結婚。
同時に奴奈川姫とも平和的に交際?
石神はイスラエルの神、石上神宮の(ふるえ、ふるえ)の秘儀、呪術(十種神宝)を持ち込んだニギハヤヒ=ソロモン。
翡翠大珠を振っていたのは、縄文の人達。ソロモンは呪術を融合させた?
ソロモンと言えば5芒星☆梅の花を5芒星☆に見立てると、もうすぐ日月の神様が言うように、ソロモン=ニギハヤヒが復活(一度に開く)★
早いとこ5次元に移行して全てを明らかにしたいけど、急いで大難続きになったら、本末転倒。
モリヤ山に神殿が建つのか、1人1人が神殿となるのか…★
籠の中の鳥は、ソロモンの神殿にあったケルビム=アーク。
マガダにはインド最大の製鉄基地がある。ヒッタイト製鉄法は秘密。
ニギハヤヒは、神宝を持ち、32部族のタルシシ大船団で河内のイカルガに降り大和(三河)入りした。
正統な神権を継承したのは、ヒッタイト人のヤコブ→10支族。
ナギィ(ニギ)は指導者、統治者の意味。
ニニギ、ニギハヤヒを当ててみると(ニとハヤヒ)の統治者に。ちなみにネギは神官。
ニは2のことだとして、ハヤヒ(早い日)は朝日で東を意味。
東は薬師如来の浄土で、鳳来寺山(瑠璃山)も薬師。共に伝承のある牛の角を持つ炎帝神農もバアル神=スサノオ。
鳳凰はバアル神の復活した姿。2つが1つになって仲良く統合されてる。
2を統合=ニニギ。
同時に東(日本)にて全てを統合=ニギハヤヒ。
それは…キングソロモンの復活=アークの復活。
それでみんな神人になるなんてシナリオはどうでしょう…
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