ソロモン72

ヤハウェのライバル神であるバアルは、ウガリット神話が記された粘土版(通常・ベルの書)に出てくる神で、この神話の中では英雄神バアルの戦いと死、そして再生が描れている。
※註 ウガリットはシリアの地中海和側にあった古代都市の名。イスラエルの北方に位置する。

バアルは別名「ベル」「ベール」とも呼ばれますが正式名を「ハダト」といい、カナンの神で中東で広く崇められていたという。

古代イスラエルのソロモン王も玉座に金の仔牛を刻むほどにバアル信仰に傾倒していたと言われ、また、その200年後の南北分裂後の南ユダ王国のマナセ王(マナセ族の祖)もバアル神を熱烈に信仰していたという。これ故、マナセ族末裔とアミジャブ認定された羌(チャン)族もバアルを崇めていたに違いなく、羌族末裔の徐福もまたバアル(蚩尤)信仰をしていたと思われる。
※註 夏王朝を作った羌族とマナセ族の間には1000年以上の隔たりがありますが、これは春秋時代、同じ中東系の出身であることから羌族にマナセ族が合流同化したからではないだろうか。紅毛碧眼だったという秦の始皇帝の容姿は漢族でなくペルシャ系統であることを示していますが、「旧約聖書エステル記」にはアケメネス朝ペルシャには多くのユダヤ人がいたという記録されている。このユダヤの末裔が弓月(キルギスタン)から秦帝国に流れ、更に扶余国に流れていった。秦国の王家はもともと馬の飼育の功績が認められて諸侯の列に加わることが出来たが元は遊牧民。さらに秦の始皇帝の父親は荘襄王ではなく、宰相であった呂不韋だと言われ、その呂不韋は羌族だったのです。ここに徐福と始皇帝の間に国家予算を多額に注ぎ込んで為された「隠された密約=徐福東渡」があると睨む理由です。

一方、北イスラエル王国は「金の子牛像」(アモン=古代エジプトの神)を崇めていたといいますが、これは牛神であるバアルのことでもある。以上のことから、イスラエルは古代、北王国、南王国を通じてその殆どがバアル信仰だったと思われる。つまり、本当のイスラエルの宗教の主神はバアルだったのかもしれないのです。

Golden-Calf.jpg
(バアル神(太陽神の息子)の象徴は16弁菊花紋と六芒星)

これが本当なら、十戒石、マナ壺、アロン杖の「ユダヤ三種の神器」など空想的産物となり、ソロモン神殿に祀られていたのは、本当はバアル神をはじめ多くの多神教の神々だったのではないでしょうか!

ならば、ソロモン王が封じたとされる72人の悪魔(ソロモン72柱)も実はソロモンが崇めていた神たちなのでしょう。でなければ、隣接するカナンやフェニキア...等、同じヘブル人にあれほどまでに広がったバアル信仰の説明が付かない。

ソロモン72柱
(ソロモン72柱)

ダビデ王の時代までは「契約の箱」(アーク)は幕屋に入れられていたといわれ、ソロモン王の時代になって初めて堅牢な石造りの「ソロモン神殿(第一神殿)」が建てられて、その至聖所に納められたと聖書はいいます。しかし、先に述べたようにソロモンはバアル神に傾倒していたのです。何かおかしいのです。

しかも、神殿に納められた時には既に「アロンの杖」と「マナの壷」は「契約の箱」の中にはなく、行方不明になっていたという話があり、聖書にも南ユダ国陥落後の神殿にはアークは既に無かったと記されている。ユダヤ教=旧約聖書の成立自体、バビロン捕囚後、ユダ族司祭(パリサイ人)によってバビロニアの地で戒律重視で作られたものであり、これはヤハウェを創作して主神とする新興宗教だったというのがオイラの考え。それ故にバアルを敵視し陥れるような記述ばかりになっているのだろう。

ヤハウェの聖櫃(アーク)など最初から無かった。。。

つまり、聖櫃(アーク)とは金の子牛像を乗せた神輿だったのかもしれない。

goldencalf.jpg
(2つの角が一対のケルビムとされた!?)

旧約聖書はバビロン捕囚後、バビロニアで奴隷身分に落とされたことから、今まで深く信仰していても国を滅亡させてしまったバアルに対する三行半的な信仰の決別を行い、ユダ族はヤハウェという新たな主神(デミウルゴス)を作ったというのが真相でしょう。祭壇や神殿を持つことが出来ない状態だったので、ユダ族のパリサイ人(司祭階級)が戒律主体の宗教とし、その神話部分を担ったのが天地創造の書かれた「創世記」を含む「モーゼ五書」ですが、これはバビロンで知った前文明のシュメール神話やウガリット文献を参考に創作されたものだと睨んでいる。

アシュケナジーは偽ユダヤ人と言われますが、実はユダヤ教も偽物だった、、、、まぁ、オイラはこのように考えています。

当然、その際には新興宗教ヤハウェ教側に都合のいいようにイスラエルの歴史も歪曲されるわけですが、その最大の1つがソロモン神殿で聖櫃を祀りヤハウェ信仰をしていたという箇所でしょうね。宗教経典が述べる歴史ほどあやしいものはないのです。

で、このバアル、バベルの塔の「バベル」も関係がありそうな感じがしますが、どうでしょうか? その通り、バベルの王とはニムロデであり、このニムロドがノアの大洪水で一度滅ぼされた人類がこのような酷い仕打ちに対抗する為に決して浸水しない高さを持つ塔を建造を指示したのです。これがバベルの塔。で、ニムロデはもし神が再び大洪水させたなら、神に復讐してやるとまで言って威嚇したという。後にこのニムロデは神格化され、バアル、モロクとなったのだと言われる。

つまり、バアルとはバベルが語源でニムロドのことだった?
※註 神の試練を「知」で克服するニムロデですが、これでは「知恵の木」側の使徒。キリスト教では「知恵の木」の実を食べたことを「原罪」としてドグマ的に規定するが、グノーシス思想の場合は「知」を通して神を知る手段として「知識」を至上のものとして扱っている。これは「知恵の木」の実を食べることの肯定でもあるが、それ故に、実を食べるように唆した「蛇=ルシファー」を最高神と崇めているのだろうか。ただ、この内容はバアルはエンリル(契約の神)という「生命の木」側の使徒というオイラの説とは真っ向から対立する話です(滝汗)。この辺の捻れ現象は今後洞察していきます。

バベルの塔
(バベルの塔、、、これはバビロンのマルドゥク神殿に築かれたジッグラト(聖塔)ではないかと言われる。)

旧約聖書では、バアルは「ベルゼブブ」「バエル」とも記され、サタンとして扱われています。それ故に「ベルゼブブ」は「ハエの王」、「バエル」は蜘蛛の体に人、猫、蛙の3つの顔を持つ醜悪な姿で嘲笑的な姿で描かれている。しかし、サタンという言葉は本来は「敵対者」という意味であり、決して悪魔という意味合いは持っていなかったのです。

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(バエル)

バアルは決して他の権威を認めないユダヤ教、キリスト教故にサタンにされているに過ぎない。逆に今までのキリスト教、とくにカソリックの悪業を見るに付け、聖書で述べられるサタンとは悪魔ではなく、逆に正神ではないかという認識が、日々強まるばかりです。

カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨をもたらす「雷の神」。乾燥しがちな砂漠地帯では風雨はも農業に欠かせぬもの故に「農耕の神」「豊饒の神」としても崇められていた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズをとり、彫像では右手で矛を振りかざし、左手に稲妻を握る戦士の姿で表される戦いの神でもある。

バアル
(バアル神)

オイラはバアルは蔵王権現であり、長江から来たレプチャ族=苗族=呉人=蘇州人=越族=江南人=倭人=弥生人が作った邪馬台国では「兵主神」として祀られていた蚩尤(しゆう)のことだと思っているというのは何度も書いた通り。
※註 吉野は修験道のメッカですが、これは仏教と道教が習合したもの。吉野は熊野とも大いに関係があり、熊野神社のクマノ神とは蚩尤を伝えた徐福のことであると中国の文献には記されている。これが吉野にが蔵王権現が安置されている霊的な理由。

この独特のポーズは蔵王権現でも同様であり、KARAが『Mr.』の最後で決めるポーズがこれであることから、この謎のMr.とはバアル(蔵王権現)を暗喩していると睨んでいる(爆)。

蔵王権現
(蔵王権現)

まぁ、これが大魔神であり、艮の金神でもあり、ルシファーのことでもあるのですが、それはアガルタのサナトクマラ。今世、その蘇りがアガルタ王・ランドラチャクリンとして出てくるのだろうか?

暗黒の黄泉国に封印された蚩尤(バアル)ですが、その封印地は当然、三遠式銅鐸を作り、蚩尤信仰を携えて来た徐福本隊が居を構えた道教の聖地・東三川でしょう(ふふふふ)。で、この東三川の豊橋で考案製造された駄菓子「黒い雷神・ブラックサンダー」がこの地で生まれ全国席巻したのも何か縁があってのことだと睨んでいる。

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(豊橋銘菓「黒い雷神」とはバアルのこと? 確かにチョコ・バー(ル)ではあるが、、、)

東三川がこういった要地であるが故に、イルミ文学『ハリーポッター』の球追いスポーツのクディッチにおいて、アジアの中で「豊橋天狗」が唯一プロチームとして載っているのでしょう。きゃつら(影の世界権力層)も知っているのだす。

蚩尤(しゆう)は秦の始皇帝の命令で不老不死の妙薬を探しに日本渡来した徐福が持ち込んだ神ですが、地中に埋め大地の精を充填し祭りの日に掘り出されて鈴を打ち鳴らす儀式をする「銅鐸神」という形で崇められた。徐福はそのまま帰らず移蓬莱山(鳳来寺山)、方丈山(本宮山)、えい州山(石巻山)の東海三神山の麓の東三川に住み「家基津」と呼ばれる都を作って平原広沢の王となった。

バアルとはベルですが、英語で「鈴」もベル、そして鈴とは銅鐸でもあるのです。

う~む、そのまんまだすな。
バアルである 蚩尤(しゆう)が銅鐸神として祀られた理由がコレかもしれない(笑)

一般に百済渡来の弓月君末裔が秦(ハタ)氏だとされていますが、これは記紀の歴史改竄。本当は徐福末裔がハタ(波田、羽田...)氏であって秦氏は徐福末裔から大陸文明を継承して神社神道を受け入れた者たち共通の姓だと語り部は言う。ところで、」このハタ氏という名は先に述べたようにベル信仰(蚩尤信仰)していた徐福末裔が、バアル(バアル)の正式名「ハダト」から自称した名称ではないのかとオイラは睨んでいる。また、書記古事記には先行する王朝として「ウガヤフキアエズ朝」という名がありますが、これもウガリットから来ているのではないでしょうか。これが日本神話がウグリット神話や旧約聖書やギリシャ神話と共通の逸話や構造を持っている原因でもあると睨む。
※註 古神道等の故地に、人民恭順化の為に技術と引き換えに稲荷、八幡...等の景教(原始キリスト教)を織り込んだ神社神道を創建していったのは羽秦河勝ですが、この秦氏は徐福国伝承の技術を習得した丹波氏がこの名を使い成り代わることで、城福末裔の正統ハダト氏の歴史を封印隠蔽した。記紀では弓月の君の末裔が秦氏となっているが、これは加羅から渡来し傀儡王都なった初期大王家(カド族)の歴史と徐福の歴史を一括りにして無かったことする百済系の後期大王家(エフライム族)の工作です。

この徐福は夏王朝の皇族で斉国の王として封じられた祖を持つが、この夏王朝を開朝したのが羌(チャン)族。彼らは自らを祖をアブラハムとし中東からやってきたと称するティベット系の部族で、中国の歴史書では東夷人と呼ばれる山東半島に住んだ者たちでシュメールの末裔だろうとオイラは思う。これに南ユダ国で起きた「バビロン捕囚」から60年後に開放された時、東方を目指して中国にやってきたマナセ族が合流したのだろう。

始皇帝は弓月(キルギスタン)が出自で、秦は逃げ延びて弓月同祖の扶余国に合流。その弓月は騎馬民族化した北イスラエル王国の末裔。つまり、秦の始皇帝は北イスラエル王国の末裔であり、徐福は南ユダ王国の末裔である。これら二人が密約して起きたのが例の不老不死の妙薬探しですが、これは古代イスラエル復興を東方、つまり日本で興すという計画だったに違いない。その地ならしに膨大な国家予算をつぎ込んで派遣されたのが徐福だった。しかし徐福は北との約束を反故にし帰ってこなかった。

徐福は始皇帝を騙した格好になるが、これが日本神話の「因幡の白兎」でワニを騙して海を渡った兎の話として記されたのではないだろうか。徐福はその祖である夏王朝開祖の禹王から「兎」とされ、また扶余国王族末裔で半島で傀儡王をしていた初期大王家開祖の金首露(倭旨)が秦の始皇帝の血を引くことから千字文と論語を伝えたとされる人物を王仁(ワニ)として暗喩されて神話が記されたのだろう。

で、歴史の流れをさっと眺めてみると、、、

・紀元前前2113頃 異民族グティ侵入によりシュメールはグティ朝開始
・紀元前2070年頃 禹王により山東半島で夏王朝開始
・紀元前2004年 シュメールのウル第三王朝がバビロンにより陥落

・紀元前11世紀頃 古代イスラエル王国誕生
・紀元前922年 内乱でイスラエルは南北分裂
・紀元前721年 アッシリアによって北イスラエル王国滅亡
・紀元前612年 新バビロニアのネブドネザルのより南ユダ王国屈服
・紀元前597年 エルサレム神殿破壊・バビロン捕囚
・紀元前539年 アケメネス朝ペルシアにより新バビロニア滅亡 帰還が許される


旧約聖書によれば、イスラエル人たちが始祖とするアブラハムはバビロニアのウルからカナンの地へ移住してきたことになっているが、彼はシュメール人の妻を持つことから非常に辻褄が合う。シュメール人が異邦人のグティ朝開始とともに東へ逃げたのが夏王朝であり、ウル第三王朝陥落で西へ逃げたのがイスラエルということだろう。

セム系神話として旧約聖書などとも共通するウガリット神話は英雄神バアルの戦いと「死と再生」を描いたものですが、この中でバアルは父エルにつぐ最も偉大な神であり、「北の果て」なる神々の山の「主」、あるいは「北の主」(バアル・ゼホン)として登場している。これはシュメール神話のアヌとエンリルに相当する。

このカナンで信仰されたバアルは、カルタゴフェニキアでも信仰され、バアル・ハンモンやモロク(モレク)として知られている。これらバアル系の信仰は人身供犠を特徴としているが、今日的な観点からは、この儀式は非常に悪魔的で残忍という印象を持ってしまうのですが、昔はこういうことが当たり前の世界だったので、今日的な心情からは決して残忍だとは判断出来ないことではある。

しかし、日本でも人柱という風習がありましたが、これと同じようなものであり、幼児を捧げるのは「公開間引き」という性格を持っている。しかも、これは常時行われていたのではなく、天候不順続きで飢餓が発生するような極めて困難なときに限り捧げられていたに過ぎない。逆にキリスト教が自らの信仰の為に行った魔女裁判、十字軍...等を行い、その時に失われた人命の方がバアルへ人身御供と比べ遥かに多いのです。
※註 人身御供といえば東三川の兎足神社ですが、『今昔物語』19巻や『宇治拾遺物語』4巻には三河国守の大江定基が出家譚が書かれているが、そこには兎足神社の春の大祭「風まつり」では猪を生け捕りし生きたまま捌いていた。現在では雀12羽を供えるようになったが、これはキリスト教をベースにした神童の影響である。『和漢三才図会』に既に雀12羽を射取って供えるとあることから、江戸時代にはすでに雀だったようです。しかし、猪以前には大祭の当日、若い女性を生贄にする風習だったそうだ。非常にバアル神信仰的なノリな風習なのです。

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また、バアルは大気と雲と嵐の神であり、雷鳴を用いて山々にその大いなる声を轟かせ、稲妻によって雨を降らせる豊穣の神。彼を形容する決まり文句は「力強き者バアル」。さらに、バアルを形容する時の常套句に「雲に乗る者」がありますが、『ダニエル書』(7章13節)では、メシアが来臨時の様子を「天の雲に乗って、人の子のような者がやって来る」と表現しており、旧約聖書はカナン文化圏から多大な影響を受けていることがうかがわれる。

旧約聖書では、、、

「カナンは呪われよ」

と記されていますが、これはノアが発した言葉。大洪水での方舟漂流解放後、ノアは酒を飲み過ぎて酔っ払って裸で寝てしまった。これはハムがノアの服を脱がして、その服(ノアは司祭)をハムが着て何かしただろうと洞察されていますが、それを知ったノアは激怒して末の息子のカナンに向かって発した言葉が上記の「カナンは呪われよ、奴隷の奴隷となり兄たちに仕えよ」という呪いの言葉なのです。

しかし、これは当時、先進的で高度だったカナン文化(先住民のエブス人の文化)を妬む、ヤハウェ信仰者の怨嗟の言葉以上のものではない。これはバアル神をサタンとして貶める心魂と同じものから発せられていると似ています。

ノアの3人の息子ヤペテ、ハム、セムは、一般的には「ヤペテ=白人種」「セム=黄色人種」{ハム=黒人種」だと解説されていますが、これはハムを黒人とすることで奴隷制を肯定するようにした欧米神学での解釈に過ぎないと睨んでいます。事実、ハムの系統にはニムロデ(ロスチャの祖先)、タンムズがいて黒人種というのは首を傾げざるを得ないのです。更にノアの息子はヤペテ、ハム、セムという順で呼ばれており、ハムは決して「末の息子」ではない。呪われろと言われたのは、新興宗教ユダヤ教の主神ヤハウェに敵対するバアル神を拝むセムであり、ユダ族を除外した北イスラエルを含むカナン人全般なのでなないだろうか?

事実、『イザヤ書』には、次のような記述があります。

暁の子、明けの明星よ、どうしてお前は天から落ちたのか。
もろもろの国を倒した者よ、どうしてお前は地へと切り倒されたのか。
お前は心の中で言った、
「私は天に上ろう。神の星々のはるか上に、私は私の玉座を上げよう。
私は、北の果ての、例祭の山に座そう。雲の濃い高みに上り、いと高き方に自らを擬そう」、と。
しかし、お前は黄泉へと、穴の底へと落とされる。
(『イザヤ書』 14章12-14節)


この「北の果ての山に座し、この世を統治している神」がバアル(ベル)だったのです。このように神話を簒奪したのが現在ある旧約聖書の内容ですが、しかもその統治する神が「明けの明星」、つまりルシファーでもあったのです。

ヤハウェに敗れ身体をバラバラにされ地に埋められ、地下の黄泉国に幽閉された。これがルシファーの堕天使神話として聖書に記され、また中国神話の黄帝と蚩尤の戦いの神話の元ともなったのでしょう。しかし、これは結局のところ太陽信仰と北極星信仰の対立である。

しかし、いづれ太陽は輝くのを止める。今の太陽の時代は終わるとマヤ予言やオコツトはいいます。実際に現在起きている太陽磁場の四極化現象といい、11/18日に発生した黒点以外の場所で発生した電磁爆発で超巨大なプロミネンスが発生しており、このようなことは今までになかったことです。で、今、太陽は非常におかしな活動をしており、太陽の時代の終焉を予感させるのです。

まぁ、石原新党の太陽の党もたった3日で終焉しましたが、、、(爆)。これも未来に起きる現象の暗喩かもしれない。

現太陽期終焉の際に現れるのが救世主(メシア)ですが、これは東方に現れる。キリスト教では「再臨のイエス」などと呼ばれますが、メシアとは本当はこのバアルなのかもしれんませんね。ただ、その再誕のバアルはより能力アップしたフェニックスとなって蘇ると言われています。これがアガルタ王・ランドラチャクリンのことだと思っています。この時、次元の隙間から異次元空間が湧出するのが「岩戸開き」であるようなことを日月神示が述べていますが、これは地底王国アガルタとの融合だと睨んでいる。日本がその1つの有力な候補地であると思っていますが、バアル信仰が隠匿された東三川はその中でも最も相応しいのではないかとオイラは思っている。

マツケンラジャサン
(末顕ラジャサン【ニビル】が天に現れる時、アガルタ王ランドラチャクリンが登場する。で、マツケンは豊橋出身なのだす~)
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No title

ブラックサンダー好きの内村選手が

ロンドン五輪の体操男子個人総合金メダリスト・内村航平選手(23)が27 日、日本体操協会を通じて11月11日に一般女性と結婚したことを発表した。婚姻届が 受理された時刻は「午前11時11分」だったという。

こんにちは。私も聖書の話はまるっきりの作り話ではないと思っていますが、天地創造の以前についてこれらの時期書かれた書物が無いと思います(在れば是非!教えて下さい!)。実際ソロモンにしても毘沙門にしても天地創造の話以前に見知りだと思っています。
いろいろな神や鬼や悪魔がいて、争奪戦の様な感じで地上に上がったのではと思います。
この話について書かれている書物があれば是非教えて欲しいです。

宜しくお願いを致します。

大母神

「ベルの書(目)」は、聖書の「種本」だったんですよね。
バビロン・・ジグラット・・ベルの神殿の神体とされる経典「ベルの目」は、
五十万年前までさかのぼることが出来る地球の歴史と占星術の秘密を刻んだ粘土板。

「ベルの目」が伝えるのは、シュメール人に始まる宇宙創世の神話。
海を棲家とする蛇人間オアンネス・・・龍神。
そのことを知っていたのだろうか、アメリカは一ドル紙幣に「目」を付けた。

ベルは大母神、それをヤハウェは呪った。
ソロモンは大母神を安座してエルサレムにソロモン神殿を作った。
六芒星の 芒が(すすき)祓いに使用、草薙剣を芒角(ぼうかく)といい
スサノオと結びつく。

五井野博士からの緊急メッセージが…

天下泰平さんがまたまた尊敬する五井野博士の二ビルに対する見解を紹介して下さいました☆
タイトル
『2つの太陽 天下泰平』

★五井野博士のメッセージから一部抜粋★

「前回でお知らせした通り、今回“ ニビル ”のことを書こうと思っていました。もちろん頭の中にはすでに構成はできています。しかし、ニビルはこの地球の裁き、というよりは今までの地球人類に対する総決算に当たる一大事件ですから、読者のレベルが12ステップに上がっていないと書けない内容となっています。」


http://tenkataihei.m.xxxblog.jp/article/51838015?guid=ON

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そういえば・・・

御存知かもしれませんが、
2010年ころから、ブッダとイエスが東京立川に再降臨しています。(笑)http://www.geocities.jp/ponite99/comic_saintoniisan.htm
なかなか面白いです。
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まとめ【ソロモン72】

ヤハウェのライバル神であるバアルは、ウガリット神話が記された粘土版(通常・ベルの書)に出てくる神で

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