銅鐸神の逆襲

この煩フルでは、語り部の内容に沿い蚩尤(しゆう)は「銅鐸の神」だと書いていますが、その神は紀元前に苗族末裔の徐福が中国大陸から持ち込んだものであり、徐福国として繁栄した東三河を中心に行なわれた祭祀であり、銅鐸の出土地区から、同じく弥生人の邪馬台国や縄文人の出雲王朝でも行なわれていた祭祀なのです。

しかし、4世紀まで日本で広く行なわれていた祭祀だったのにも関わらず、その後、突然廃止された。ちょうど、その頃から古墳造営が始まっているので、この時期に何が宗教改革や支配形態の変更があったのは明白です。

■銅鐸物語 (煩フル過去記事)
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2065.html

そして、その日本人の太古の記憶が、大映の特撮時代劇『大魔神』シリーズとして投影され顕現しているのだと睨んでいる。


大魔神01三遠式銅鐸
(大魔神のシンプルさは「三遠式銅鐸」だな)

大魔神のこのプロポーション、、、まさに銅鐸

実際、大映映画では大魔神が岩に半ば埋没していて、そこから掘り出されるシーンがありますが、これは銅鐸が地中に埋め蚩尤の精霊を宿らせ、祭りの日に掘り出すことを彷彿とさせます。また新生大魔神こと『大魔神カノン』(2010年TV放映)では、もっと掘り下げていて、大魔神はブジンサマという銅鐸の転生したオンバケとして描かれているのです。大魔神が銅鐸をモチーフに創作されたというのは間違いなさそうです。
※註 正確に言うと、埴輪の「武人像」と銅鐸テイストの合体かな。

カノン
(大魔神カノン)

しかも、一部の銅鐸には邪視紋という模様が描かれていて、表面に「二つの目」が描かれているのです。この目は中国の伝説上の巨人・蚩尤(しゆう)の眼だというが、蚩尤の眼には悪霊を撃退する呪力があると信じられている。眼模様が描かれていない銅鐸でも表面に□状の穴が開いていますが、これがその眼を象徴化して現していると睨んでいる。
※註 邪視信仰はイタリア・地中海諸国・メキシコ 中米諸国、中東に根強くある。

■邪視 (煩フル過去記事)
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-113.html

邪視
(大魔神の眼が怖いのは邪視信仰故か? 映画でも敢えて人の目に拘ったという。)

どう考えても、蚩尤=銅鐸=大魔神 なのです。

しかも、この大魔神、何故か女性だけには優しいwww
映画でには女性の頼みを聞き届け大人しくなって顔が変わるシーンがある。

大魔神(武神)の怒りとは、競争原理(男性原理)に裏打ちされた一方的な兵器や軍備所有がもたらす被支配者側の恐怖の裏返しであるが、大魔神が「女性に優しい」という箇所は男性原理を中和・超越するのは女性原理(生命原理)であることを示していて、これが次の来るべき「新世界(ニューワールド)」の主導原理であると暗喩していると思う。

これは「知恵の木」に変わって「生命の木」の誕生であると睨む。また、現在起きている諸々の天災はその到来の予兆でもある。これは徐福が求めた不老不死の神仙の地に生えるという「生命の木=扶桑樹」がパワーアップして再び現れるということなのでしょうか?

語り部(影武者)は、蚩尤を奉じる徐福国は規律は厳しかったが、女性が多く、(縄文人と比較して)女性には優しい国であったと語っているが、このように「徐福=蚩尤」は女性原理優勢を示すものでもあるのです。

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■弥生人は、女性の尊厳や年寄りを重んじた人々で女性の人数が多い民族。

■鳥を崇拝(農耕民族)し、女性を高め、老いを敬った弥生人からの影響です。弥生時代は女性が多く一夫多妻でした。(姨捨風習は、縄文人の風習です)

■(縄文人は)若さを尊び、老いを卑しんだ(姨捨伝説)
赤子を井戸に投げた(後世井戸に宝伝説)
よほど弥生人の方が穏やか・・老いを敬い、女性を尊び、一夫多妻で、法律は凄く厳しい

■盗みや犯罪の罰は親族まで殺される厳しいものでしたから、治安も古代世界においては良かったでしょう。老人を敬い大切にする(縄文人は若さを尊び姨捨風習)習慣があり助け合いも多くなされたでしょう。

■姥捨て風習は、縄文人系の風習で、天皇族も追従した風習でした。若さを尊び、老いを卑しみ、成功したものが結婚し、子育て出来ました。ですから人口の増え方は極めて遅い訳です。地名の富士見はフチモイと言い姥捨て場所を指しますが、意味は祖母の平安なる場所です。唐、新羅連合軍(白村江)に敗れた後、難題を解決した老婆の知恵により縄文人系の風習は天武天皇時代以降に廃れ始めます。対する弥生人系の風習は、老いを尊び、女性が多くて早い結婚をし、夫に幾人かの妻がおり、沢山の子供を持ち、桜の下で食事をしながら楽しい時間を過ごしました。

■桃を大切にする蛇族は龍族と出自は同じ漢民族から出た苗族(弥生人)で、道教の信奉者でした。先に神仙郷に住む道教信奉者を追い紀元に入り日本に上陸し一路、東海を目指します。大国主族と火花を散らし(倭の大乱)進みますが、邪馬台国の建国に漕ぎ着けます。中国の仲介を経て倭人は東海地方にも展開して行きます。登仙の為に三神山に巡礼をしました。記紀の中の秦氏は、土着民で古代豪族邇波氏(縄文、アイヌ)の支族で徐福子孫の土地に居住した事のある人々を指したり景教を信奉した人々を指します。
※註 「龍族」…徐福国の弥生人、「竜族」…邪馬台国の弥生人とのこと。また、2010年に邪馬台国比定地の桜井市の纒向遺跡で大量の桃(コダイモモ)の種が出土したというニュースは記憶に新しい。(参照記事

■邪馬台国は道教を信奉し、東海三神山の地を目差して大陸から移動して来た人々からなり、漢民族(竜族)の兄弟分にあたり内地へ進み(竜宮とは邪馬台国の都を指します)女性の多い国家で、瞬く間に人口が増え近畿地方に都を建てると、東海三神山の東海地方にも進出し原住民の毛野(狗奴)と戦争になり、女王を立て国難を、魏からの停戦指示を取り付け乗り切り融和が図られますが、人口増加率が高く、原住民は、朝鮮半島で、傀儡の王をしていた扶余人を東海地方の古伊勢湾から上陸(安八麿郡長屋・・・長屋王の長屋は此処から取られた)させ旧東山道より邪馬台国を討ち(東海、北陸の邪馬台国連合も参加)新王権を樹立させますが、中華に対してはそのまま邪馬台国の後裔を名乗り倭氏を称します。骨壷に遺骨を入れる箸は、この世とあの世を繋ぐ道具と見做されますが、箸墓も王朝交代を示す墳丘で、作り直されて前方後円墳に改装して卑弥呼の遺物崇拝も行われた様です。

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さてさて、この「女性に優しい」徐福国の蚩尤についてですが、日本サッカー協会のマスコットキャラは「八咫烏」(ヤタガラス)なのは有名ですね。そして「少女時代」の国・韓国サッカー協会のマスコットキャラは、なんと「蚩尤」(チウ Red Devil)なのです。

というのも、紀元前2007年に古代倍達国14代王が蚩尤天王だったと「桓壇古記」に書かれていることから、マスコットキャラにされているのですが、蚩尤起源が韓国ということに中国は反発と冷笑をしているという。

八咫烏RED DEVIL
(八咫烏と蚩尤 この煩フルの追いかけるテーマそのものw)

蚩尤民族は中国発祥で間違いないし、その枝別れした一部の民族(苗族)が徐福をリーダーに日本にやってきたわけです。まぁ、別種が韓国にも流れたのも本当だろうし、蚩尤信仰が仏教信仰と結び付いて牛頭天王に習合されていったわけなのだが、、、そして、その牛頭天王信仰が日本に渡来し蚩尤信仰と置き換わっていった。また、記紀も日本に伝わる蚩尤をスサノオと置き換えて、神話化(創作)していったのです。

そして、この蚩尤(しゆう)こそが、、、、

「フツの神」ではないのか!?
少なくともその性格が「フツの神」に色濃く反映されていると見る。

阿波国より渡ってきた忌部氏によって創建されたと云われる安房国(千葉)一宮で、旧官幣大社の「安房神社」スグ近くに香取神社(梶取神社)が存在していましたが、その祭神は経津主神ではなく天富命に従ってこの地に来たと言われる宇豆毘古(槁根津日子)だったという。

そして『下総国旧事考』(1845)によると、、、

香取神宮の主祭神は、普都大神、経津主神、斎主神の3柱なのです。一般には経津主神=フツと考えられているのですが、この煩フルで今まで洞察したように、やはり、フツとフツヌシは「別もの」なのです。

香取神宮の本殿からほど近いところに不開殿(あけずどの)という摂社があるのですが、実は不開殿は鹿島神宮の「正殿」のことであり、毎年三月、祭神が不開殿に神幸されたという。斎主が御在世時には住居処の傍らに神籬を設け、常時フツノミタマの神に奉仕していたということから、鹿島神宮も香取神宮も本来の主祭神は「フツ(普都)」なのであろう。

「常陸国風土記」の信太群の条に「天地の始めの頃、普都大神と名乗る神が降りてきて、日本中をめぐり、山河の荒ぶる神を鎮めた」といった記述があり、また、普都大神は葦原中津之国を巡っていることから、普都大神が徐福であることは間違いない。

大神神社や石上神宮などの神武東遷以前から存在していた日本最古級の神宮・神社の祭神が揃ってフツ、フツシ、フルであり、フツという大陸から来た人が日本国を創始し、その子がフツシ(スサノオ)であり、さらにその子がフル(ニギハヤヒ)だとされているのです。

フツは徐福(市)の読み「ジョフゥ」から来ており、徐福そのものを指すとも言われるが、徐福が奉じた「蚩尤」をもオーバーラップさせて示しているのでは?というのがこの煩フルの洞察結果です。その理由は、徐福は大陸から製鉄・医薬・機織・酒造・養蚕・稲作・鵜飼...等の先進文明を持ち込んで、この日本を文明化させた人物であり、様々な武器を生み出した蚩尤を彷彿とさせるのです。

そして、この徐福末裔が三川本国討伐後に逃げ延びたのが房総半島であり、ここに「徐福=蚩尤」を祀っていたのだろうとは充分考えられることなのです。香取&鹿島が軍神・武芸神という性格を与えられているのも、「戦いの神・蚩尤」が祀られているからに違いないからと睨む。
※註 他の神社にも「経津主」「武甕槌神」は祀られていますが、軍神・武芸神の性格は与えられていない。香取&鹿島には何か違うテイストがあると睨めるわけです。そして房総を討伐した「倭興=経津主神」「倭武=武甕槌神」として両神宮に祀ったのだと睨む。

日本・韓国・中国を結ぶ共通の架け橋は、蚩尤(普都大神)である。

これが徐福東渡2222年の今年、是非とも強調したい内容なのです(ふふふふ)。
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韓国サッカー協会のマスコットにびっくりです!
ぜひ熊野か出雲で日韓戦やってほしいですね。
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