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ふっつの神

伊勢女の初夢予言が広がってますね。しかも、サイトを見る限りヤッズ★が抜粋してまとめたのがコピペで出回っていて、ネットの情報拡散力に驚くばかりです(汗)。

伊勢女の「夏の予言」が当たるか当たらないかは、まぁ、神のみぞ知るわけですが、それではこの洞察(妄想)ブログの存在感が無くなってしまうのと、この予言を拡散させた元である責任(?)も踏まえ、この予言が信頼できるものなのか?本物だとしたら救済法はないのか?を他の箇所から洞察してみます。

「夏の予言」には、このような箇所があります。
こういう箇所があるのが、伊勢女予言の不気味な点なのです。

「ふっつ(富津)の神でなければもはや止められない。
たけだ(武田)のミカ(武田みか→人名?)は既にいない。
石が溶けて(溶岩?)もはや守れない。
偽りの都は滅びる」


この災害を止めるには、「ふっつ(富津)の神」の力が必要だという。

もし、伊勢女予言が本物なら、この「ふっつ(富津)の神」が大難を小難にする有力な手がかりになる。これを解き明かすことは、関東圏3000万人の人命に関わる重大なことになるやもしれない、、、、(滝汗)

前記事にも書きましたが、「ふっつ(富津)の神」とは「経津主神」(フツヌシノカミ)のことで香取神宮の主祭神です。また、鹿島神宮の主祭神「建御雷神」(タケミカヅチ)は別名・建布都神(タケフツ)、豊布都神(トヨフツ)というように同じく「フツ」を名に持つことから、これもまた「経津主神」のことだと一般には言われています。つまり、香取・鹿島は同じ神を異なる名で祀っていることになる。

また、「たけだ(武田)のミカ」とは、この「建御雷神」に葦原中国平定時に国譲りを迫られた大国主神の息子の「建御名方神」(タケミナカタノカミ)でしょう。この神は諏訪大社の神ですが「風の神」とも呼ばれ、元寇襲来時に神風を起こした神だと言われる。『梁塵秘抄』には「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」とあるように軍神として知られていますが、農耕神、狩猟神として信仰されている。
※註 前記事で建御雷神がいなくなったと書いたのは勘違いだった。いなくなったのは、この「建御名方神」の方でした。m○m

もはや日本には「神風」は吹かないということです。

また「石が溶けて(溶岩?)もはや守れない。」というのは、福島第一原発のメルトスルーした溶融燃料棒を指していることは明白ですね。現在でさえ、その対応のお粗末さと汚染の広がり具合からチェルノブイリ以上の災害となっています。そして、今尚、収束とは程遠い状態にあるのです。う~む、なかなか意味深な内容ではあります。

では、この「フツ」とはいったい何なのか?

中央アフリカのルワンダにはフツ族、ツチ族がいますが、フツは「背が低く鼻が広い」とされ、ツチは「ハム族或はナイル系で背が高く鼻が細い」とされていますが、実はこの2つの民族は同じ言語・文化・身体特徴を持つ民族であり、植民地政策故に少数のツチ族が多数のフツ族を支配するように分離された人工的な民族だといいます。ドイツやベルギーが帝国主義の手先を「ツチ」、統治される側を「フツ」と分けたにすぎないのです。ルワンダの内戦はこの民族闘争が主な原因だったですが、配下の「一の大将」と「二の大将」を争わせ掠め取るというイシヤの悪の仕組そのままの展開です。現在、竹島(独島)問題、韓流を埋め込みながら、「在日」と「日本人」と二極化させ争わしているように、この民族分離は日本の未来を暗示しているようにも見えますが、フツとはこのフツ族のことを指しているのでしょうか?(明らかに違いますねw)

実は、この「フツ」と同じ名を持つ神が天理市の石上神宮で祀られています。

石上神宮は元来は本殿(1913年創建)はなく、「布都御魂剣」が御神体として地中に埋められて祀られていますが、この神刀に宿る神霊が「布都御魂大神」だとされています。地中に埋めて祭りの際に掘り起こす神事は、中国の苗(ミャオ)族が「銅鼓」で行なっていますが、日本の「銅鐸」もこのように常時は地中に埋めていたのだろうと考えられています。これは土中で土の精(カムイ)が宿るという思想から来ており、語り部によれば、銅鐸神事とは蚩尤(しゆう)を祀る神事だったといいます。もしかすると、「布都御魂大神」の神刀もかつてはこの「銅鼓」「銅鐸」のように祭事の際に掘り起こして使っていたのかもしれませんね。まぁ、神事が伝えられていないので、ここは妄想ですが、、、、(笑)

前記事では、石上神宮のフツ・フツシ(スサノオ)・フル(ニギハヤヒ)を徐福(徐市)末裔・蝦夷族(出雲)・初期大王族としたのですが、「スサノオ=出雲」「フツシ=エミシ」から早合点してしまい、どうも比定を間違ってしまったように思える。ここで訂正しておくと、、、、

フツ・・・徐福(徐市)
フツシ(スサノオ)・・・初期大王族(大倭)
フル(ニギハヤヒ)・・・尾張王朝

※註 一説には「フル」は辰王(振王)の「沸流」を指しているともいう。イスラエル人には「フル」という名前は普通に存在するらしく、『旧約聖書』でもユダ族の「フル」という人物が、アロンと共にモーゼに仕えている。まぁ、ここではニギハヤヒ=倭得玉(尾張王朝の祖)という語り部の見解を採用しているが、、、、神社伝承のニギハヤヒが間違っているかもしれないな(汗)。となると、「フツシ」が全く不明となる、、、、やはり「蝦夷(エミシ)」なのか?それとも「邪馬台国」絡みなのだろうか?

こうなのだろうと考える。
こちらの方が語り部の内容にピッタリ沿うかなぁ~。
というのも、出雲王朝の蝦夷族(エブス人)は、国譲り後も国司として全国を支配したので滅亡していないからです。

コメントで「フツ(布都)=徐福(徐市)」という指摘を貰ったのですが、何故、物部宗家の古社に徐福(徐市)が、、、、しかも主祭神、、、、という不思議なことになるのです。

飛鳥先生に秘密を語ったヤタガラスによると、「物部氏は徐福と共に来たり!」と言っていますが、物部の祖先が徐福に随伴して来たような感じで語られ、一緒に連れてきた童男童女5000人が物部氏となったと推測している。そうであるならば、物部宗家の古社(元は朝廷の武器庫)に徐福(徐市)が主祭神として祀られているのも多少納得が行くが、、、、、

しかし、語り部の話では卑弥呼の邪馬台国と徐福の大漢国を撃つ為に半島の加羅国から招聘されたスキタイの首露王(倭旨)の六男・倭得玉の家系から物部氏が出てきたという。しかも、ヘブライ人レビ族の秦の始皇帝を騙して日本に徐福が来たのでその成敗的なニュアンスも持っての来日だという。つまり、物部氏は初期大王家(卑弥呼の倭を継いだ大倭、河内王朝)の傍流なのですね。石上神宮は布留(フル)町にあり、初期大王族(カド族)の傍系の尾張王朝を示す「フル(沸流)」に適合していることから、語り部がいうように物部氏は尾張王朝の家系という方に軍配があがりそうです。

うまく噛み合わない、、、、何かがおかしい、、、、

石上神宮に祀っているのが刀剣で、しかも土に埋めている。
普通は社を構えて祀る筈なのだが、、、、これは何かを畏れている感じだ。
つまり、石上神宮は物部氏の祖霊を祀った神社ではないと判る。
※註 前回の記事では「布都=経津主」としてしまい、大きな間違いをしてしまった。徐福の陰陽チャクラ分離説は却下ですw しかし、エンキ&エンリルまで話を知ることが出来たのは思わぬ収穫だった。

多分、血飛沫を浴び倒した敵の霊が刀剣に宿ってしまう為、災いを及ぼさぬよう祀ったというのが正解でしょう。

社伝によれば、布都御魂剣は武甕槌(=建御雷神)・経津の主二神による葦原中国平定の際に使われた剣で、神武東征で熊野において神武天皇が危機に陥った時に、高倉下(夢に天照大神、高木神、建御雷神が現れ手に入れた)を通して天皇の元に渡ったといいます。その後物部氏の祖宇摩志麻治命により宮中で祀られていたが、崇神天皇7年、勅命により物部氏の伊香色雄命が現在地に遷し、「石上大神」として祀ったのが石神神宮だとの縁起になっています。

やはり、祖霊を祀っていたのではなかったなw
※註 そうなると、今度は「フツシ」「フル」が副祭神として祀られていこことから、物部氏が同族の初期大王家・尾張王朝を撃ったとなってしまうが、、、、う~む、分からん。

そう考えると、この社伝から布都御魂剣の「フツ」とは、経津主「フツヌシ」とは異なるということが分かってきます。「フツヌシ」ということは「フツ」の「ヌシ」になった者と読めます。で、この「布都(徐市)」を撃ったのが「建御雷」と「経津主」の2名なのですが、この2名はいったい誰を指しているのでしょうか?

語り部の話では、経津主のモデルになったのは倭興王君(清寧天皇)だという。倭興は倭旨(首露王・扶余依羅)-倭仁-倭讃-倭済-倭興へと続く初期大王家(カド族)の五代目ですが、この倭興の娘に婿入りしたのが百済王子・百済昆支の倭武(応神天皇)です。ここから百済系の後期大王家(エフライム族)が始まるのですが、婿入りした百済王子は誉田別(ほむたわけ)と呼ばれ建御雷のモデルとなった。彼は日本へ仏教を持ち込む程に崇拝者であり、仏教の持つ非情さを体現したが故に「建御雷」(雷の神)と呼ばれたのだろうか。
※註 「王君」(おおきみ)とは文字通り「王の君(配偶者)」のことで、この尊称は当時は巫女制であり、王(巫女)を娶った配偶者(君)が部族連合(ヤマト王権)の代表となったからだという。ですから、「おおきみ」を「大王」とするのは間違いであり、もっと後の時代の統一王朝(大和朝廷)化して巫女制を廃止してからだという。

■邇波言壱著作 出雲王朝
http://www.pleiades15.net/history/niwa.html
(あっ、いつの間にかオイラのことが書かれているだす~汗)

東三河の徐福末裔の繁栄する大漢国(君子国・扶桑国)の討伐は二代目倭仁の頃から始まったのですが、三代目の倭讃王君の時代になってやっと滅ぼすことができたという。しかし、これでは葦原平原を平定し国譲りをさせた「経津主」を「倭讃王君」にしなくてはならず、また、「布都(フツ)」を徐福(徐市)とする寄せられたコメントに辻褄が合いません。(実は、あのコメントは語り部だと睨んでいるw)

これは初期大王家の輝かしい業績である豊葦中原平定(大漢国討伐)の事跡を自分たち百済系が行なったという神話にしたのか? 一応、義父の倭興だけは「経津主」として載せてはいるが、、、、この歴史改竄は初期大王家の業績を矮小化させ全て倭興に集約化しただけなのだろうか? もしそうならば倭興は「フルヌシのカミ」とせねばならないのだが、、、、あるいは、倭興&入り婿(百済王子)がチバラギに何かしたのだろうか? う~む、謎は残ります。

今、一番納得できそうな見解は、、、、

「フツ」は徐福やその国を表し、「フツヌシ」とはその国を滅亡させて新たな「ヌシ」となったことから付けられた名でしょう。つまり、「フツヌシ」とは徐福末裔が繁栄した東三河の国が滅亡後、そこを新たな領地とし壬生の地とした初期大王族を表しているのではないだろうか? ただ、その場合、単に初期大王族を表す「フツシ」と記載すればよいのだが、、、、、

おっ、「フツヌシ」→「フツシ」ではないのか!!!

こう考えれば、「フツシ」(初期大王族)は「フツ」(徐福)の東三河を討伐後、その領地を貰い受け「壬生の地」として継承したわけであり、「フツシ」は「フツ」を父とするという石上神宮伝承にもぴったりと適合する。
※註 「フツヌシ」をそのまま「徐福の国の神」という捉えることも可能だが、これでは語り部の内容に反してしまう。

「フツヌシ」=「フツシ」=初期大王家(カド族)

となりますね。

そういえば、話は変わりますが徐福の熊野入りは神武天皇の東征と同じコースなのです。これを論文にした学者がいますが、韓国台湾では支持する学者が多いといいます。徐福=神武天皇ではないのですが、徐福渡来の事績の多くが神武天皇の逸話として折り込まれて描かれていると思います。
※註 たとえば、神武天皇とヤタガラスのくだりとか、、、、3本足のヤタガラスとは元々は3人1組の鵜飼を指し、翻って恭順化した鵜飼を生業にしてた徐福の国の弥生人を指す言葉。

東三河の豊橋市街地にある豊橋公園には、何故か巨大な神武天皇の像があって、ずっと不思議に思っていたのですが、「徐福=神武天皇」と考えれば非常に辻褄が合う。吉田から豊葦原中津国から由来する「豊橋」に名を強制変更させたように、やはり、明治政府は真実の歴史を伝え聞いて知っていたのだろう。

さてさて、そろそろ結論せねばなるまい。

大難を小難に変える「ふっつの神」とは、「経津主」とすれば初期大王家(大倭)であるし、単に「不都」とすれば徐福(徐市)となる。いづれにせよ現行の百済王家の前に存在した王朝であり、ここに怨霊的なものを感じるわけですが、ヤッズ★の妄想的な見解では、徐福末裔も初期大王家の天武天皇も奉じた蚩尤(しゆう)、つまり、牛神である「ヴァルナ神」しか天からの裁きをする「ミトラ神」には対抗出来ない。いつも通りの蚩尤マンセーのニビラーのファイナルアンサーだす(爆)。
※註 いつの間にか持論の「牛神(龍神)vs.蛇神」が「牛神vs.虎神」になってるだす~。しかも、知恵を与えたのが蛇から牛になってるだす~(汗)

フツの神=徐福の神=蚩尤(しゆう)=ヴァルナ神(牛神)

ですから、大難を小難に変えるには、、、、
地神である「エンキ」として表される蚩尤(しゆう)の御霊を鎮め活用すること、、、、

つまり、銅鐸神事の復活が必要ということか?

この神事で、ミトラ神とヴァルナ神この2神が1つとなって融合中和され、善悪・正邪の二面性を持つミトラ・ヴァルナ=マルドゥク=艮の金神の誕生となるのだろうか?

う~む、これが日月神示にいう生き通しのてんし様のことなのかもしれん?




(その他の解釈)
「ふっつ(富津)の神・・・でなければもはや止められない。」
千葉県富津市西大和田に鎮座する旧村社吾妻神社(祭神:弟橘媛)の例祭は、毎年9月17日に行われる。つまり、9月17日頃、その出来事(大地震・大津波)が発生するが、それを誰も止めることは出来ない。
http://hifumi.busidou.jp/news/035.html

解釈にもいろいろあるもんですね。参考になります。ただ、ここで気になるのは9月17日という日です。コルマンインデックスの転換日9月20日に近いという点です。
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Comments

よい神、わるい神、ふっつーの神(超爆)

コメント削除願います。
つまらないダジャレすいません

No title

たびたび入室(?)失礼します。
ふっつーの神、いいと思います。
少なくとも、わたしには、いいコメントに思えます。

ただのひとさ~ん♪

コメントありがとうございます!

善・悪、正・邪の2つ極が
「不二の仕組み」で融合一者化したのが
普遍(普通)の神ですから、ビンゴかもです!!!

日月神示でも666(悪?)と六六六(善?)の例で述べています。

「五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、
六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、
動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、
新しき世の姿、よく心得よ。」
(五十黙示録 第二巻 碧玉の巻 第十六帖)

おかーんさ~ん♪ フォローありがとうございます!

No title

はじめまして。
今回初めてブログ見せてもらいました。
とっても楽しく見させてもらいました。

日月神示とても興味深い書籍です。
今日 「天龍人にあやかりて玉かくす」 という和歌ともいえる文句がふと頭をよぎり、日月神示になにかヒントが無いかと、検索してたら、ヤッズさんにヒットしました。
まだ、日月神示も読みきれてないですし、中々理解するのが難しい(;一_一)
三種の神器の勾玉がどこかに隠されているのではないかと、
見つけなければならない時期に来ていると、考え出した今日この頃で・・・
もし、さっきの和歌の様な文にヒントが得られればと思ってます。
気が付くことがあったら教えてください。

メーテルリンクの青い鳥

  探し物は何ですか
  見つけ難(ニク)い物ですか
  カバンの中も 机の中も
  探したけれど 見つからないのに
  まだまだ探す気ですか
  それより僕と 踊りませんか
  夢の中へ 夢の中へ
  行ってみたいと 思いませんか
  Woo woo woo-- Woo woo woo--
  Woo woo woo-- さあ

ヤッズさんも皆さんもどうやら「探しもの」が多いようで。
メーテルリンクの青い鳥は何処に居ましたかね~
遠い所でしたでしょうか?

本当のところ、我々は全てを持っているのに、それに気がつかないだけなのかもしれませんがね・・・。

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22の神々達

ふっつ、22の神は建築。22は建築のマスターナンバー。
結局のところ、屋根架けや建物に関しては大手ゼネコンの建築会社や子会社の職人達が、福島原発で体を張って働いている。清水建設は清水の次郎長が由来。(プルトニウムの青い水を清めたまえ)決死の戦いである。ありがとう。
核分裂は核融合で。
放射能はプラスイオン、マイナスイオンで相殺。

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