本当は怖いクリスマス

タイトル背景画(PC版)にもあるように未だクリスマス気分が抜け切っていないヤッズ★ですが(爆)、ダンディ・ハリマオ氏のカレイドスコープでサンタとクランプスについての記事が載っていましたので、少し気になったので調べてみました。


(少女時代のサンタ、、、う~む萌える)

ハリマオ氏の論点をまとめると、、、

1)12月25日はバビロニアの安息日でニムロドの誕生日
2)Merry Xmasの「X」は二ムロドの象徴
3)ニムロドの霊が憑る常緑樹に贈り物を置く
4)ケーキ「ビュッシュ・ド・ノエル」はニムロドが宿る樹がモチーフ
5)現キリスト教は近親相姦の悪魔の子ニムロド崇拝の異教が母体
6)三位一体とはニムロド、セミラミス、タンムズのこと
7)クリスマスはサタンが仕掛けた周到な罠

※註 「バビロニアの女神」セミラミスの子供がニムロドですが、そのニムロドとの近親相姦で出来たのがタンムズだといいます。ニムロド亡き後はセミラミスはタンムズをニムロドの生まれ変わりだとして崇めるよう強要したという。

■クリスマスはニムロド(ニムロデ)生誕を祝うもの
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-292.html

なるほど!!!

何故、クリスマスに食べるビュッシュ・ド・ノエルが「薪」をモチーフにしているのか、何故、エルサレムは中東の砂漠地帯であり針葉樹など存在しないのに、クリスマスに「もみの木」を設置し飾り付けしたり下にプレゼントを置くのか、その経緯や理由がずーっと不明だったのですが、これでその疑問もスッカリ氷解しました。

つまり、全ては太陽信仰(ニムロド)の行事だった。

buche.jpg
(ビュッシュ・ド・ノエル)

現在のキリスト教は、異教要素がタップリ含まれていることは周知の事実ですが、これはかつて欧州にあった多くの異教をキリスト教という新しい衣装で包み直して、異教要素を取り込みながら、欧州全土をまとめる1つの宗教として成立させていったからです。これは死をも恐れないキリスト者の従順さにヒントを得て、逆にキリスト教を国教化することで宗教面から人民を従順化させローマ帝国の運営を安定化させるコンスタンティヌス帝の策謀なのです。
※註 その証拠にコンスタンティヌス帝は死ぬ間際まで洗礼を受けなかったといいます。実は、この洗礼話も後代のバチカンの改竄ではないかとすら睨んでいる(笑)。

クリスマスツリーSS
(クリスマスツリー)

しかし、この創作されたキリスト教の中には、ミトラ教と同じく、ヤハウェに反抗した最初の人間=バビロニアの太陽神ニムロドが巧妙に隠されているのだという。つまり、キリスト教(カソリック、オーソドクス、英国正教会)とは、装いを新たにしたミトラ教に過ぎないのです。

で、その本当の主祭神であるニムロドの誕生日(再生)が12月25日であり、その誕生を祝うのがクリスマスだというわけです。「ビュッシュ・ド・ノエル」も、「もみの木」の飾り付けやプレゼントを置くのも、人々の間でプレゼント交換するのも、、、、、全てはニムロドの再生(タンムズの誕生)を祝う行事だったのです。

そして、欧州ではクリスマスカードにも載っているように、この時に登場するのはサンタクロースとクランプスなのです。

ニコライクランプス
(サンタクロース【聖ニコラウス】とクランプス)

サンタクロースのモデルは聖ニコラウスであると言われていますが、4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、教父聖ニコラオスのことです。「聖(セント)ニコラオス」という呼称がオランダ語では「シンタクラース」となる為、サンタクロースと呼ばれるようになったのです。更に「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れた。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていた。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた。」という逸話があり、ここから靴下の中にプレゼントを入れる風習が来ているのです。

Krampus1.jpg
(北欧では聖ニコラウス【サンタクロース】とクランプスは1セット)

サンタといえば赤い服がトレードマークですが、実は当初は赤くなかったといいます。それは聖ニコラウスが神父であり、修道服を着ていたからでしょう。

一方、クランプスとは、ヨーロッパの「クリスマスの悪魔」のことです。実は、クランプスはサンタクロース(聖ニコラウス)の相方であり、あらゆる場所に一緒にやって来て、聖ニコラウスとは対照的な行動をし、悪い子供に警告しお仕置きしたり、さらっていくのだという。このクランプス伝説はクロアチア、チェコ、スロバキア、スロベニア及び北イタリアに広く分布しています。

このかつての黒い修道服だったサンタとクランプスの行為から家々へ臓器を投げ込んで行くという「黒いサンタクロース」の都市伝説が出来たのかもしれませんね(笑)。実際、欧州のある地方では親が子供に対し「悪い事すると黒いサンタにさらわれるよ?」と言い聞かせて躾したといいます。

krampus (1)
(クランプスの行ないw)

北欧では一般的に12月5日ないし6日に聖ニコラウス&クランプスの祭りが行なわれるのですが、これは聖ニコラウスの命日が12月6日であった為にこの時期に行なわれるのです。しかし、今広く知られているサンタクロースの活動日は、本来、北欧のクランプス行事が行なわれていた聖ニコラウスの命日でもなく、バチカンがイエスの誕生日だと云われる12月25日に行なわれているのです。これは何故なのでしょう。

これはバチカンの陰謀でしょうか?(爆)。

つまり、現在のクリスマスはイエスの誕生日、実は太陽信仰であるミトラ教の太陽復活祭(冬至)の日なのですが、これと北欧のクランプス伝説と聖ニコラウス伝承をごちゃ混ぜにされた状態になっているのです。本来、聖ニコラウス&クランプスの行事とイエス降誕祭は無関係なのです。何故、このようなことが起きたのかといえば、これは異教や伝承を取り込む過程で生じた変容だと思われますが、まず北欧に伝わるクランプスという伝統行事に対し、その主役を聖ニコラウスに代えることを条件にこの伝統行事存続が許され、その後、その行事がイエス誕生祭の時の行事であると広く大衆に周知されてしまったからだと睨んでいます。

その大きな流れは、このグランプスを伴うサンタクロースの行事が米国に渡り、本当は怖いシンデレラの話が美しいメルヘンチックな話に変容したように、ここでもクランプスという毒だけを徹底的に抜かれ、今あるような商業主義的なクリスマスになっていったのです。で、この時、化け物クランプスがサンタの連れたトナカイのモチーフになったのではないしょうか(笑)。これが我々日本人が知るクリスマスの姿なのです。

まぁ、キリスト教国でもない日本でこれほどの盛り上がりを見せたのも、実は、この12月25日が大正天皇の命日であり「先帝崩御日」として休日化された為に、普及に拍車がかかったと云われています。

しかし、イエス誕生は聖書記述からは羊飼いが外で寝ることができる3月以降である筈なのですが、何故かイエスの誕生日は12月25日という凍死必至の寒冷時期になっているのです。ということは、バチカンはイエスの誕生日なんか実はどうでも良いと考えてるのですね(爆)。

とにかく12月25日という日が何よりも「大切な日」なのです。

では、この北欧由来の伝統的なサンタ&クランプス行事の流れを見てみましょう。

12月の最初の2週間、特に12月5日の晩になると、若者が錆びた鎖と鐘を持ち、悪い子供を連れ去って「地獄の穴」に投げ入れる為に子供を入れる籠を背負ったクランプスの姿をして、子供と女性を怯えさせながら通りを練り歩くといいます。また、ある農村地域では、サンタとクランプス、悪者の男が登場し、クライマックスにはサンタの命令により、その悪者がクランプスに首切られて終わるという。その後、サンタの号令で会場へクランプスが乱入し、老若男女お構いなしに、手にした枝の束で客を滅多打ちにするという非常にSMチックな祭りなのです(爆)。

現在、ドイツでは聖ニコラウスはクランプスを連れて街を練り歩き、良い子にはプレゼントをくれるが、悪い子にはクランプス共に命じてお仕置きをさせるといいます。しかし、更に古い伝承では、実はサンタは双子で一人は紅白の衣装を着て良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て悪い子にお仕置きをするという。そうです。聖ニコラウスなどどこにも出てこないのです(ニタリ)。やはり、最初はクランプスのみの行事であり、そこに聖ニコラウスが付け加えられたのです。

実は、これは日本のなまはげそっくりの構図なのです。

なまはげkrampus01.jpg
(左:赤面がジジナマハゲ、青面がババナマハゲ  右:クランプス)

そう、サンタとはなまはげだったのです(爆)。

なまはげは、鬼の面、ケラミノ、ハバキを身に付け、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持った格好で家々を訪れ「泣ぐコはいねがーーーっ」と叫ぶ秋田県男鹿半島に伝わる伝統の行事です。今は大晦日に行なわれていますが、本来は小正月(1月15日)に行なわれていたといいます。しかし、不思議なことにこの祭りは秋田県の男鹿市、三種町、潟上市の一部だけの本州北部の日本海沿岸部の一定地域だけに存在し、他地域には無いのです。

また、秋田には他の地域にはない肌が白い「秋田美人」がいますですが、この肌の白さはシベリア系コーカソイド(北欧)のDNAが秋田人には混じっているからだといいます。

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湯沢市の医師杉本元祐博士の研究成果では、数千人に及ぶ女子高校生を詳さに調査した結果、皮膚色調の白色度が、日本人平均22%・西欧白色人種40.5%であるのに対し、秋田県全般29.62%・秋田県県南地方30.5%であり、際立って白い。白人と変わらない肌の白さに人もいるという。
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このように、秋田における「なまはげ」と「北欧DNA」の存在が示すことは、明らかに古代の秋田には北欧から透き通るような白い肌の渡来人の集団があったということです。
※註 男鹿半島は秋田県の最北部ですが、色白の目元パッチリの秋田美人が多いのは秋田県南部だといい、この2つには直接の関係はないと思います。

北欧と日本の間には、知られざる関係があることが分かってきましたね。

北欧の言語と言えば、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、フィンランド語がありますが、フィンランド語を除く3つの言語は非常に似通っていますが、フィンランド語だけは全く別系統だといいます。つまり、フィンランド語だけが膠着語に分類される言語なのです。しかも、語順はSOVではなく日本語と同じくSVOであり、発音も日本語のように各音節をはっきり発音する為、響きがかなり日本語に似ているのです。また格変化も日本語の助詞の使い方と似たところがあり、名詞に性がないことや冠詞がないことなど、日本語とかなり似た構造なのです。
※註 その他、膠着語に分類される言語は、トルコ語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語等のテュルク諸語、日本語、朝鮮語、満州語、モンゴル語、フィンランド語、ハンガリー語、タミル語、エラム語、シュメール語などがあります。ユーラシア全域に広がることから、基本的には遊牧民族であるフン族(後の騎馬民族)の言葉ではないかと睨む。

■ワンポイント・フィンランド語講座
Minun nimeni on ○○○
(私の 名前 は ○○○)



つまり、フン族末裔であるフィンランド(文字通りフン族のランドですw)と、もう1つのフン族の末裔である日本との間には、同じ膠着語間でも似た部分が多い為、ここには何かしら知られていない緊密な関係があると睨んでいます。

さて、そろそろ結論に行かねばならない。

実は、北欧でサンタ役をしていたのは、元々は北欧神話の主神オーディンだったという。ヨーロッパでのキリスト教の広がりによりオーディンが聖ニコラウスに挿げ替えられていったというのが本当のところではないでしょうか。どうみてもあのコンビの服装の組合せは違和感ありまくりです(爆)。しかし、キリスト教の信仰強化には大いに役立ったと思います。

オーディンは「戦争と死」の神であり「魔術の達人」とされていますが、その他にも「詩文の神」「吟遊詩人のパトロン」「禍を引きおこす者」「知恵者」「人間の神」「馬にのって突進するもの」「疾駆する者」「姿を変えるもの」...等、その肩書きは70近くもありますが、この肩書きは騎馬民族を彷彿とさせますね(ニタリ)。知識に対して非常に貪欲な為、自らの目や命を代償に差し出すこともあり、これ故、彼の姿は片目の神として描かれるのです。

odin.jpg
(北欧神話のオーディン う~む、灰色のガンダルフじゃないかw)

オーディンは世界樹「ユグドラシル」の根元にあるミーミルの泉の水を飲むことで知恵を身に付け魔術を会得したのですが、その時、片目はその時の代償として失ったといい、また、オーディンは半巨人的な存在でボルと女巨人ベストラの間に生まれたという半巨人として描かれているのです。ちなみに「ミーミルの泉」とは、ユグドラシルの3本に分かれた根のうち、霜の巨人の国へ伸びた根の根元にあり、ここに知恵と知識が隠されているとされ、賢い巨人ミーミルが所有しているといわれる泉です。

ここで気になる用語を抜き出してみると、、、

■「一つ目の巨人」 → これは天目一箇神(ダイダラボッチ)
■「ユグドラシル」 → この世界樹とはまさに扶桑樹のことです。
■「3本に分かれた根」 → う~む、これは三川(三河)ですね。

世界広しといえど、扶桑樹伝説の地はここ三川(三河)しかありません。しかもキーワードが2つもラップしているのです。やはり、オーディンは東三河の「石巻山」で知恵と知識を手に入れたのだ(爆)。ということは、「ミーミルの泉」とは石巻山中腹から湧き出る超絶甘~い「コノシロ池」のことだなw その後、「ミカワ(三川)の泉」が音変化して「ミーミルの泉」になったに違いない(爆)。

冬至の日に石巻山から登る太陽を礼拝する場所が石巻神社(下社)ですが、この行事と北欧のクランプス行事やニムロドの太陽信仰と何か関連があるのかもしれん(爆)。

まぁ、冗談はここまでにして、、、
※註 実は本当の事かもしれませんがw

また、先に述べたニムロドは聖書に出てくる人物なのですが、バベルの塔の発案者であり、「狩人の英雄」として記されています。この「狩人の英雄」とは騎馬民族を示しているようにも見えます。

そして、また彼も巨人なのです。
※註 ダンテ・アリギエーリの『神曲』では、ニムロドは巨人の姿で登場し、地獄の第九圏において裁かれている。彼に下された罰は、他人には理解できない無駄話を永遠にしゃべり続けながら、彼には理解できない他人の無駄話を永遠に聞き続けるというもの。これはバベルの塔の言語の混乱が元になっている。

そして、このニムロドを歴史上の人物に比定すると、シュメールのウルク初代王のエンメルカルではないかと言われているのです。エンメルカルは大洪水後に出来たウルク第1王朝の最初の王メスキアッガシェルの息子として生まれ、420年間在位したとされますが(笑)、楔型文字を粘土板に刻ませたことから文字の発明者だとも称されています。「シュメール王名表」に載っているように、彼はシュメール人なのです。
※註 「シュメール王名表」には、大洪水以前の初期王朝時代、大洪水以後の「キシュ第1王朝」→「ウルク第1王朝」→「ウル第1王朝」→「アワン王朝」→「キシュ第2王朝」→「ハマジ王朝」→「ウルク第2王朝」→「ウル第2王朝」→「アダブ王朝」→「マリ王朝」→・・・と長々と続く。

シュメール人も膠着語を話す民族です。

世界、特に欧州に広がる1つ目巨人伝説、、、
そして、アジアから欧州にまで広がる騎馬民族の範囲、、、

最近の遺伝子解読から分かることは、日本にはいろいろな遺伝子が存在し、それらが残っていることから、争いをせず相手を滅ぼすことなしに調和して生きてきたという事実が判明しています。このように日本は古代から人種の坩堝だったのです。

このように古代にあった北欧と日本の繋がりから言えることは、北欧神話の神オーディンのモデルになるような人物いて、世界で一番進んでいた縄文日本で優れた技術や知恵を取得後、大陸に渡り騎馬民族となって「金」を求めて、北欧や中東アッシリアの地やバビロニアの地にまで行ったのではないでしょうか。そして、その数百年後に戻ってきた一部の人たちが秋田県男鹿半島や秋田南部に定住した。縄文人(エブス人)や初期大王家(カド族)、後期大王家(エフライム族)にしてもそうなのです。これはペトログリフの分布からも言えることです。我々は英国が作った西洋主体の偽歴史を教えられ、それを真実として受け取っている為、実は古代のアジアについては何も知らされていないのです。
※註 日本で教える西洋史は、英国で歴史(改竄)編纂された研究成果を元にした『パーレーの万国史』『スイントン万国史』の未だ焼き直しに過ぎない。
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Comments

No title

少女時代さんのサンタ

華やかですね

なまはげはサンタと関連があったのですね

No title

北欧神話とシュメール!
2つとも大好きです。*^-^*
 
日本のTVは古代エジプト文明が好きなようで
よく特集が組まれますがw
私はシュメールの方に魅かれます。
 
またルーツが秋田なので、なまはげとクランプスと秋田美人の
関係も「なるほど~」でした。
 
個人的にはなまはげはあまり好きではありませんが(汗)
だって怖いし・・・w

ただ、クランプスに比べるとなまはげはまだその姿形が
ユーモアがあり、可愛いところがありますよね。
やはり日本人は怖いものもなんとなく「かわいい」ペールで
包んでしまう特性を持つ国民なのでしょうか…w

その点、欧米はキャラの形態形成に「容赦ない」気がしますw

No title

ヤッズさ~ん またまた興味深い内容ありがと!
何を隠そう、アタシは秋田県南部生まれよぉ~www
もちろん、色白よ
お目目パッチリ!・・・ぢゃないわ~んwww

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 黒いサンタクロース

都合により、メール返信出来ないので、こちらから返信します。

黒いサンタについてですが、クリスマスの起源についてはこの動画にあります。
ここで大カマ持った黒い服着た男がサンタ(サタン)で、
これが黒いサンタではないでしょうか?

http://youtu.be/FJaE0xcVZIU

賛美対象(ニムロド)については、ここが詳しいです。
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-291.html

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