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デミウルゴスの創造行為

今回のエヴァ妄想で「変換人型ゲシュタルト」の確実な手答えを感じた(爆)というのもありますが、ここでオコツトが語る内容について、もう一度、さらに突っ込んで考察を進めたいと思います。

半田広宣・著『2013:人類が神を見る日』には、創造について、以下のようなオコツトの意見が披露されていますが、この内容、結構、眼から鱗なのです。

2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション (超知ライブラリー サイエンス)2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション (超知ライブラリー サイエンス)
(2008/02)
半田 広宣

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オコツトによれば、「創造」と「破壊」に関して、我々は全く逆の認識をしているのだという。

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真の破壊とは、実はあなたがたが創造行為と思い込んでしまっているもの、つまり、事実の多様化や情報の無限増殖にあるのです。あなたがたの科学は目の前に与えられた自然を分析し、それに伴い多種多様な言葉を作り出していきますが、その知識体系が膨らめば膨らむほど、人間にとって最も重要な精神原理が失われていっていることを知らねばなりません。物質的知識の多大な習得にもかかわらず、それによってもたらされてくるものは精神的秩序の深刻な喪失なのです。

この喪失こそ宇宙的な意味での真の破壊と呼んでいいものです。

あなたがたは、文明の進化に加速度を与えてきたもの、すなわち、あなたがたに創造力や思考の多様な発現を与えているその源泉を神と呼んでいるのではありませんか。目の前に与えられた自然に対し、その秘密を解き明かし、神の創造行為にその個的な意志を持って人為的に加担すること……おそらく、あなたがたはそれらの作業を人間に与えられた貴い創造行為だと信じ込んでいるはずです。しかし、タカヒマラが最終構成に入れば、もはやこの存在は宇宙的秩序の破壊をもたらす偽りの神であり、オリオンとの連結を喪失させ、宇宙を死に至らしめるものとなるでしょう」


(p136「脱-創造という名の創造」)
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確かに、単にトートロジー(同義反復)に過ぎない用語の言い換えはゴマンとあります。例えば、自然現象を説明する理論には主だったものだけでも、量子力学、相対性理論、プラズマ宇宙論、進化論...等、様々な理論があります。更にその中で学派があって、互いの説に差異があり、融合とは程遠い状況にあり、互いが覇を競い合っています。

宇宙はもっとシンプルな筈なのだが、、、、、

人間が考えた科学理論の多様性は、一見、世界の秘密を解き明かしているように感じるのですが、その実、さらに混迷淵を彷徨うようになってしまい、我々の世界認識に混乱をを引き起こしているのではないでしょうか。ここが自然界の多様性とは異なる点です。自然界の多様性は統一をもたらす為の多様性です。

こういった唯物的な科学理論の用語や思考が世の中に氾濫することで、唯心的な考えが疎かとなり、唯物的な思考しか出来なくなって、物と意識の結びつきが希薄化し、精神的秩序が破壊されるというは納得です。

本来は唯心論的世界の成立可能性を科学的思考で論証してから、演繹的に現象世界の出来事を説明をすべき「創造科学論」なのですが、炭素年代測定法とか、、、完全に唯物論的な視点と手法を使い「創造論」を帰納的に証明しようとしている過ちを犯しているのです。唯心論的立場からは、その測定手法の存在自体がマーヤ(幻想)であると完全否定されてしまうというのに、、、、(笑)。これなどは精神原理との繋がりを喪失した「精神的秩序」破壊の好例でしょうか。

このような多様化を生み出す情報の無限増殖が「真の破壊」に行き着くならば、新オリジナル技、新用語を乱造するこの煩フルブログは、実はヤバイのではないか、、、、(汗)。ただ、この造語も精神世界の豊穣さをもたらす筈なので、「真の破壊」にまでは到っていない点が救いでしょうか。た、多分ですw

で、オコツトが言う「真の創造行為」とは、この多様性を「一なるもの」へ統合化することだといいます。これを「融合」という言葉に言い換えてもいいのですが、この場合の例としては、核融合で原子番号が繰り上がって水素からヘリウムになるようなことであり、全く新しい物性を持つ物質が出来上がるわけですから、統合(融合)が「真の創造行為」であるいう内容には大いに同意します。逆に、ウラニウム、プルトニウム...等を使う核分裂は「真の破壊行為」といえそうです。

「絶対的な善」である神は、「完全なもの」しか創造できないといいます。しかし、悪の充満するこの世と壽命がある人間はどう贔屓目に見ても「不完全な存在」にしか見えませんね。ですから、真の神はこの物質世界の創造には一切関与しておらず、逆に、物質を創造した神は「偽りの神」であるのだというのがグノーシス主義の主張です。

この「偽りの神」がデミウルゴスです。
ならば、聖書逸話で天、地、アダム、エヴァを創造したヤハウェとは「偽りの神」なのでしょうか。

sistine-chapel.jpg

確かに、「イサクの燔祭」の逸話のように、人を試したり祭壇に生贄や貢物を強要する神はどう考えても授与のみを行なう「真の神」とは程遠い存在にように思えます。デミウルゴス疑惑の濃厚ですw。ただ、カバラの伝承では「モーセ五書(トーラー)」は地上世界の出来事を述べたものではなく、上層世界での霊的な出来事であるといいます。このことは何やらユダヤ民族の歴史を根本から覆しかねない内容なのですが、当のユダヤ人秘儀伝承者がそういっているのだから頷くしかありません。このことからは、ヤハウェは一概に「デミウルゴス」であるとは断定出来なくなるのです。

聖書のエヴァ創造逸話は、両性具有的な原初の人間アダム・カドモンからアダムとエヴァを分離創造したことになるのですが、これをもう少し具体的に言うと、これはカバラの「生命の木」の説明であり、アダム・カドモン(ケテル)から「男性原理」(コクマー)が湧出発生した際、その反映である「女性原理」(ビナー)が対極に湧出したことを示しています。この分離を促したのが善悪を知るとか、自他を分離すると云われる「知恵の木」の実とされています。

生命の木
(生命の木)

我々が「科学」と呼んでいる思考体系が、オコツト用語では「プレアデス的統制」となるのですが、それ自体は悪ではなく、ここから作られる概念に自然と「善悪」が付加されてしまうのだという。

に唆(そその)かされて食べた「知恵の木」の実は、一般に林檎だと云われていますが、私たち人類は潜在的にこの林檎を持つ末裔なのです。それを象徴的に表しているのが煩フル背景にある林檎を持った「真・善・美」の三美神ですが、この「真・善・美」とは左脳的な分析知に基づく概念であり、即ち、この林檎を持った三美神は「プレアデス的統制」(唯物的な思考体系=科学)そのもの、あるいはその末裔人類の志向方向を表しているのです。

こう考えるからこそ、載せています(爆)

リンゴ
(林檎でない者はDNAの99.89%が人と同じなだけの「シト」です。何度死んでも蘇って襲来するシトは波動砲で殲滅だべ)

実は、この「プレアデス的統制」(科学)こそが、この世が逆転した世界構造を持っていることを解き明かす唯一の手法になるのですが、このことは、実は自らの存在基盤を否定することにもなるのです。つまり、「プレアデス的統制」(科学)を推し進め、物質世界の根源の詳細が判明してくるにつれ、今まで客観的に存在するとばかりと思っていた物理世界が、実は、意識空間から投影された影のような幻影であることが分かった時、科学や唯物的な認識知を構築していた大前提の「客観的に存在する物質世界」が崩壊してしまうのです。強固だと考えられていた物質世界が、我々の意識から砂上の楼閣が如き脆くも崩れ去ってしまうのです。

ですから、この幻影たる物質世界において、林檎を持たないでいることは航海に海図やコンパスを持たないで出発するようなものなのです。

そして、この「生命の木」を遡る航海で「生命の木」の実を得た暁には、S2機関(永遠の命)を得て「神人(ゴットメンシュ)」とか「天使」ともいうべき変換人となって神に等しい存在になるのでしょうか。これがアダム・カドモンに再び戻り、完全な原初の人間となる「人類補完計画」なのです。

さて、ここでデミウルゴスについてもう少し洞察を裂きたいと思います。マリ帝国(現在のコンゴ)の正統な末裔であるマンデ系民族を指すバンバラ(Bambara)によると、デミウルゴスの「創造の方法」が下図だといいます。

demiurge.gif

■ILLUSTRATIONS(The Royal Art of Astronomy)
http://www.bibliotecapleyades.net/hamlets_mill/hamletmill_illustrations.htm

この図はロンドンの国際アフリカ研究所の所蔵品だそうですが、、、、
う~む、どこかで見たことのある図ですね~(笑)

これは日月神示の富士の仕組、鳴門の仕組です。
※註 ただし、方向性は全く逆方向です。富士鳴門の仕組は「統合」に向かう仕組に対して、上記のデミウルゴス的創造の仕組は多様性を実現する「分離」へと向かう仕組です。

s-fujinaruto.jpg
(白峰聖鵬著『日月地神示-黄金人類と日本の天命』より)

ただ、白峰氏は上向きのエネルギー螺旋を「富士」、下向きのエネルギー螺旋を「鳴門」としていますが、まぁ、形態的にはそうなのですが、ヤッズ★は上向き下向きのエネルギーが一点に集まることを「富士(不二)の仕組」、その前段階の4つの渦エネルギーが2つになる統合(融合)のことを「鳴門(成る和)の仕組」という風に捉えています。そして、この逆方向に展開する「分離」の過程がデミウルゴスの「創造」方法なのです。

これは凄いです。
アフリカにこのような図があること自体、不思議ですね。

さらに図中の説明を要約してみますと、、、、

he ways of the Demiurge during creation, according to the Bambara. "In order to make heaven and earth, the demiurge stretched himself into a conical helix; the turnings-back of that spiral are marked graphically by the sides of two angles which represent also the space on high and the space below.

天(天国)と地(地球)を作るために、彼自身(デミウルゴス)を円錐螺線(CONICAL-HELIX)状に伸ばして、2つの相対する渦巻きを形作った。あらゆる物を形作る四大元素(風・火・水・地)を混ぜる為に、、、、、4つの渦巻きとなった。


つまり、最初の2つの渦巻きを分離生成した後には、それぞれを打ち消すもう2つの渦巻きが発生し、合計4つの渦巻きが出来るということです。これが四大エレメント(風・火・水・地)であり、この四大エレメントが混じりあってこの世の全ての事物が出来上がるといっています。

■火 (プラズマ=エーテルを象徴)
 「熱にして乾」 ミカエル サラマンドラ 東 知性 慎重


■風 (気体を象徴)
 「熱にして湿」 ラファエル シルフ 西 理性 正義


■土 (固体を象徴)
 「冷にして乾」 ウリエル ノーム 南 感受 堅忍


■水 (液体を象徴)
 「冷にして湿」 ガブリエル ウィンデーネ 北 想像 節制

 
「火は熱にして乾、水は冷にして湿、風は熱にして湿、地は冷にして乾」という様に四大元素は熱、冷、乾、湿の四つの性質によって説明されていますが、これは「熱」とその対極で逆回転である「冷」という1ぺアの渦巻き、「乾」とその対極で逆回転である「湿」という1ぺアの渦巻きだと考えることが出来ます。この2セット4個のの渦巻きが、先のデミウルゴスの四大元素を表す4つの渦巻きなのです。

この四大エレメントに「雷」を加えたのが五大エレメントと云われています。

■雷 (霊を象徴)
 メタトロン(小ヤハウェの異名あり) 中央


綾波レイ01
(綾波レイとは、大天使メタトロン的存在)

旧約聖書『創世記』の冒頭には、以下のような天地の創造が描かれています。

■1日目…暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
■2日目…神は空(天)を作った。
■3日目…神は大地を作り、海が生まれ、植物が出来た。
■4日目…神は太陽と月と星を作った。
■5日目…神は魚と鳥を作った。
■6日目…神は獣と家畜と、神に似せた人を作った。
■7日目…神は休んだ。

この1日目の光とは「霊」のことであり、光と闇の上下三角錐で図示される創造行為です。また、2~3日目に創造したのが、4つの渦巻きで表される四大エレメントである「風」「地」「水」「火」となっています。

これがデミウルゴスの創造行為の仕組なのです。

ちなみに、アニメ『NARUTO』の忍術分類、火遁・水遁・風遁・土遁・雷遁は中国の五行説からではなく、西洋の五大エレメントから来ています。

この4つのエレメントはオコツトがいう事物構成の4つの要素「性質-定質-反性質-反定質」と全く同じです。「性質」の反映として「定質」が現れ、その2つに分かれた一方の「性質」にも反映としての「反性質」、もう一方の「定質」の反映としての「反定質」がそれぞれ現れてくるといいますが、この創造過程の4つの要素は太極図で黒と白の勾玉状に描かれるものと、その中に現れた反転した2つ点からなる4つの構成とも同じなのです。

要するに、単純な陰陽二元性だけではこの世の仕組みは動かず、このような陰陽双対性(ツイン・システム、二重二元性)を持った4構成でなければ、動的な仕組とならないのです。

tao-2013.gif

■シリウス革命 幾何学講座1
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/7411/geometry/geometry1.htm

下図はヤッズ★が「鳴門の仕組」が起きる睨んでいるダキニ天(アニメ『NARUTO』の九尾妖狐と比定中w)を祀っている「豊川稲荷」がある豊川市の市章ですが、実は、この市章の外側の4方向を向く凸マークは四大エレメントを表していると睨んでいます。

また、中央の「川」の字も「リバー」の意味ではなくカバラの「生命の木」の「峻厳の柱、均衡の柱、慈悲の柱」の三柱を表しているのでしょう。この三柱は豊橋の市章の「上三角&下三角のマーク」と全く同じ意味であり、1つのものが2つの極性に分離(あるいはその逆の融合)した状態を示しています。日本式に云えば「造化三神」でしょうか。

で、この市章が真に意味することは、「均衡の柱」から男性原理「慈悲の柱」、次いで女性原理「峻厳の柱」の2つが分離創造され、それが元となって4つのエレメントが生成され外界へ広がっていくことを意味しているのです。これこそ「鳴門の仕組」そのままですよね。(ただし、展開方向は逆だが、、、デミウルゴス創造行為は「アンチ鳴門の仕組」と呼ぶべきかもw)

豊川市
(豊川市の市章)

日月神示では「鳴門の仕組」の後に「富士の仕組」が発動すると述べていますが、それは上図の流れ(富士→鳴門)とは全く逆になります。つまり、日月神示の神は「偽りの神」デミウルゴスが行なう創造行為とは逆過程のことを行なうぞと宣言しているのですね。これは「一なるもの」から多様化を促すのではなく、その全く反対である「逆創造」をするというわけです。しかし、先に述べたようにオコツトはこの「逆創造」こそが「一なるもの」に統合する「真の創造行為」だと語っています。ニューワールドにおいて、それが意識進化の方向性を正しい方向に向けるのだという。

これで日月の神はデミウルゴスではないことは明らかになった、、、、
つまり、彼(彼女?)は全てを「一なるもの」に統合する担い手だったのです。

ならば、艮の金神は「真の神」???
物質創造の神である「偽りの神」デミウルゴスを廃し、「真の神」艮の金神を出現させることが、真の「岩戸開き」でしょうか?

ただ、ここで知っておくべきことは、「一から多様」へ展開する神と「多様から一」に戻す神は実は同じ神の裏表の関係にあるということです。人間の世で物質的に多様化を進めた創造の神「デミウルゴス」と変換人の世で物質的な多様化を一なるものに還元する真の創造の神「艮の金神」の2つの面として現れていると睨んでいます。艮の金神自体、自ら六六六→666→六六六→666に点滅するように互いが交替化すると吐露しているように、この神存在は、きっと善悪を超えた二面性具有の神なのでしょう。

天使長ミカエルをも凌駕する最も若く偉大な天使であり、「神の代理人」「不出世の偉大なる者」「天の書記」「神の顔」「契約の天使」「人類の扶養者」「天国の宰相」「闇の支配者」「炎の柱」「小YHWH」...等々様々な異名で称され「玉座にはべるもの」の名を持つ大天使メタトロンですが、旧約聖書の「契約」を交わした神であと云われ、炎の柱になりモーゼを守護し紅海を割ったのもこのメタトロンだと言われています。

メタトロンは足を地上につけながら、頭は天界の神に届くほどの長身であり、無数の目玉と18対36枚の翼を持っていると云われ、グノーシス派では「闇の支配者」とされて堕天使サタンと同一視されています。メタトロンにはサンダルフォンという双子の兄弟が居るとされていますが、これこそ二面性を持った神の特徴を述べていますね。分離して多様化を創造する「デミウルゴス」と、融合して「一なるもの」に還元する「日月の神」の裏表の二面性の関係です。

cherubim.jpg
(メタトロン)

今、あらゆることの実現速度が早まってきていますが、この自らが持つ「意識空間(情報空間)」と「物質空間」との関係性を一切考えず、どちらか一方だけに偏って閉じこもってしまうことは、自らを「結果の世界(」物質世界)に閉じ込めてしまうことであり、意識を「蒙昧の境地」に陥らせ、結果、その行き着く先は虚無(スマル)であるという。

この虚無の人間存在、、、、これがヒトラー予言がいう

ロボット人間、家畜人ヤプーでしょうか!?

現在、「意識の反映の場」である客観世界はだんだんと意識空間からの情報反映を迅速化し始めており、この進む方向性を考えるに、やがて意識空間(虚の世界)と物質空間(実の世界)が融合一体化するだろうという推測は容易です。その融合一体化した別物世界(=虚の空間)において、物質世界が全てであるという偏った考えを持つことは、精神進化の方向性を持てないこととなり、結果、虚無(スマル)に到ってしまうというのがオコツトが教える内容です。

日本で起きている、メイド喫茶、萌え美少女やアニメでの町おこし、コンビニロボ戦争(ガンダムVSエヴァVSマクロス)、さつきとメイの家、実物大ガンダム&鉄人28号の建造...等のような情報空間だけに存在していた事物が現実世界に顕現してきているのは、意識空間と物理空間の垣根がだんだんと狭まってきている証です。更に、何故、その形態が現れるのかといえば、今の人々の意識がそれを渇して熱望しているからです。これが「縁」です。

仏教でいう「縁」を重視する中観派の観点が大事なのです。
※註 「全ては無」と観る空観も、「全ては幻想」と観る仮観も、いづれも虚無主義に陥ってしまう。しかし、その中間の「縁あって幻想が生じる」と観る中観こそが、最も正しい認識の仕方だといえる。

さてさて、話はデミウルゴスの渦巻きに戻りますが、、、、

水面に渦巻きがある場合、それとは逆回転する渦巻きを引き合って、最後には合体して更にエネルギーを高めることが知られています。N極とN極、S極とS極は反発し合い、N極とS極は引き合うという性質が磁石にはありますが、これと同じように、同じ回転方向の渦は反発し合い,逆回転方向の渦同士は引き合うのです。渦には実体がないにもかかわらず、このようなことが起きます。回転が引力発生のメカニズムに関係深いというのも納得がいく事例ですね。

これと似たような現象にケーブル内を流れる電流の引力があります。

migineji02.gif

電流が進む際、その磁界は右回転という「右ネジの法則」として知られる物理法則がありますが、互いに接近させた平行した2本のケーブルに電流を流した場合には、下記のように右周りの磁界がケーブルに周囲に発生し、非常に不思議な現象が起きるのです。

電流の向きが反対ならば反発力が働き、向きが同じなら吸引力が働き、導体内の電流が片側に偏ってしまうのです。この時、電流密度は不均一となり導体の抵抗が増加するのです。ですから、ドラム式延長ケーブルを使用する場合に、余剰分のケーブルをドラムに巻いたままでいると、巻き取られたケーブルの左右上下方向のケーブルからの磁界の影響を受け、ケーブルの中央にしか電流が流れなくなり、電線の抵抗が大きくなってしまい、結果、電圧が下がってしまうのです。

この現象を「近接効果」といいます。

渦巻きSS

電流の向きが異なる(異なる渦回転)の場合、ケーブル間には同じ方向の電磁力が流るので、磁束密度は高まります。逆に、電流の向きが異なる(異なる渦回転)の場合、ケーブル間の電磁力は打ち消しあって磁束密度は弱まります。この打ち消し合ったエネルギーは消滅したわけではなく、虚数空間に移って別のエネルギー、例えば「氣」のようなものに変わったのではないかと推察されています。

これがゼロポイント磁場と云われるものです。

このゼロポイント磁場の立場から「近接効果」のメカニズムを説明してみますと、、、、異なる渦回転の場合、二本のケーブルの間では逆方向の電磁力が衝突するのですが、互いを打ち消し合って虚数空間にエネルギーをドンドン送り込んで行きます。遷移していくことでさらにこの吸引傾向は強まり、磁力線の中心軸がケーブル内側に段々と移動していきます。その結果、磁界に引き寄せられて電流がケーブル内側に偏って流れなければならなくなるという感じでしょうか。

しかし、この「吸引」、一見、ケーブル内を走る自由電子を吸引して引寄せているようにも見えます。ただ、自由電子は質量が大きいため「ディラックの海」(虚数空間)に完全に飲み込まれない為に消滅せず、ケーブル内側に偏在する程度で済んでいるのではないでしょうか。

虚数空間への磁力線吸引消滅に伴って移動する自由電子、、、
これこそ「引力」の正体ではないでしょうか!!!

ただ、ここで注意を要するのは、先に挙げた水面の渦巻きは「同回転は反発し合う」のに対し、ケーブル電磁渦の場合は「同回転は引き合う」と全く逆の現象になっていることです。これはどういうことでしょうか? 同じ回転方向ならば、同じような結果にならないといけない筈なのに、そうはなっていない、、、、

その答となるヒントは電磁力の存在する次元でしょうか。つまり、物質次元を伝達媒体として顕現する「力」の渦と電磁力という物理世界に伝達媒体が存在してい無い「電磁力」の渦を比較してしまった結果だと思います。これは人間と幽霊を比較してその傾向を述べたようなものです。この2つの力は物質次元で直接的、間接的に測定出来ますが、存在する次元が全く異なるのです。ですから、結果が異なるのだと睨んでいます。
※註 電磁力を伝達する媒体が存在する場として「電磁場」がありますが、これはあくまで理論構築の為の「架空の場」なのです。これは重力を伝達する重力場においても同様です。このように電磁力が物質世界のどこに存在するのかさえ、実はよく分かっていないのです。一見、電磁力を直接測定しているように見えますが、実は、電気の流れに直交する性質と正比例する関係を利用して、逆算して電磁力の大きさを間接的に算出しているに過ぎず、決してダイレクトに測定しているわけではないのです。

これは物質体である肉体についても言えるかもしれません。濃厚な下次元である物質世界では、男性が女性を、女性が男性をというように、異なる肉体を持つ者同士が互い惹かれ合い引き寄せ合いますが、精神世界という希薄な上次元では、これとは逆に、似たもの同士が引き合う「類友の法則」が有効となるのです。

物質世界が上層世界の鏡像反転と言われるのは、このように同類・異類に起きる吸引・分離の法則が全く逆転してしまうところから来ているのでしょう。この逆転劇が起きる真の原因は、この鏡像反転が個から全、全から個へと変換する「フーリエ変換」だと睨んでいます。

これが水面(物理次元)の逆回転の渦が近寄る理由です。
一応、これで整合性は取れましたね(笑)。

右ネジの法則を回転する「力」と「電磁力」に置き換えて考てみると、フレミングの左手の法則から同様に成り立つことが分かります。この法則から水面下方向に伸びている「鳴門形態」は時計回りに電磁エネルギーが回転している筈です。逆に「富士形態」は左回転だと思います。

まとめてみると、、、

■「鳴門形状」…下向きの力→右回転のエネルギー
■「富士形態」…上向きの力→左回転のエネルギー


この右回転の電磁力(鳴門形態)と右回転の電磁力(富士形態)とは互いのエネルギーの回転方向が逆なので、先の図の説明からは「斥力」が生まれ、互いが遠ざかります。この分離こそがデミウルゴス的創造行為なのです。ですから、「融合」に向かう真の創造行為となる場合は、富士、鳴門のどちらかの回転が逆転しないとならないと考えています。

実は、この2つの逆回転の渦が日本にもあるのです。
それはフォッサマグナという比較的新しい地盤を挟んだ両サイドの地域、、、

西日本東日本です。
「日本」は文字通り「二本」の国なのです。

西日本は瀬戸内海の鳴門に代表されるように下向きのコーン形状ですので「時計周り(右回転)」になります。逆に東日本は「富士」に代表されるように上向のコーン形状で「反時計周り(左回転)」となります。この2つの回転エネルギーは逆方向なので「斥力」が生まれる為、西日本と東日本は離れていくわけですが、その中央部にフォッサマグナが浮上誕生して、一応、1つの国とし存在しているのが今の日本列島です。
※註 この辺の考えは、一般の見解(西日本と東日本は近づいて来ている。飛鳥説が大元か?)とは逆になっています。語り部は青森と九州は南北方向が今とは逆になっていたが、西日本と東日本は分離していたとは述べていません。逆に、今から1300年前の聖武天皇の頃、国土隆起で「国生み」があったと言っていますので、「斥力」説の方が史実に沿うかな~と思っています。

日本列島には中央構造線が千葉から九州に向けて走っているのですが、何故か一直線ではなく諏訪方面にぐっと断層線が曲げられてしまっています。この変形は本来は一直線に走っていた断層線が何らかの力が加わった為と考えられますが、これはこの日本を支配する2つ回転による「斥力」によって、離れようとした所がフォッサマグナとして下にもぐりこんでいた比較的新しい地盤が浮上してきたのですが、この時、太平洋プレート側からの押しのよって、大断層が中国大陸側に曲がってしまったのではないかと睨んでいます。

中央構造線

そして、長野県松代市が、この日本列島の渦と渦を結ぶ連結ライン上にあるのです。エヴァでも三号機の起動実験で描かれた松代市ですが、大平洋戦争時、ここの地下に大本営を移す計画があったのも何かの因縁でしょうか。それとも、その秘密を知ってた者が軍部に居たということでしょうか。

この松代にあるのが皆神山です。

皆神山
(皆神山 「皆が神になる山」とは意味深な名だw)

日本のピラミッドとして有名な皆神山ですが、トランブレーさんによると、皆神山の頂上には6本の光の柱が立っているといいます。火と水のエネルギーラインが交差する稀有の聖地・石巻山ですら2本(現在1本)というレベルなので、この数字は凄いの一言。確かに、皆神山には不思議な話が多く、有名なのが「松代群発地震」です。71万回もの地震(うち有感地震は約6万3000回)が昭和40年から5年間に起きたといいますが、その後、何故か急にピタリと止んでしまっています。皆神山の地下には大空洞(マグマ溜まり)があって、そこが富士と鳴門を結ぶエネルギーラインと共鳴しているのではないかとも推測されています。

■光の柱(東三河高天原)
http://plaza.rakuten.co.jp/tremblay/diary/201006240000/

rainbow_bousou.jpg
(光の柱が立つ)
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Comments

No subject

「フーリエ変換」ではなく「フリーエネルギーへ変換」でよろしいんじゃないでしょうか。

大塚先生と日本精神

日本が神の国であることについては大塚先生の御本を読まれることをお勧めします。三種の神器の深い意味も解き明かされております。

No subject

家畜人ヤプー懐かしいですね。
いまだにわたしのトラウマですけど・・・・・

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