V字谷のナウシカ

トランブレーみゆきさんのイメージは、これまでの行動をブログで拝見する限り、前世の「役小角」やそのモデルである「神(カムイ)虫麻呂(=賀茂虫麻呂)」というより、中央構造線の深いV字谷を縦横無尽に行き来する姿から、、、、

まるで、風の谷のナウシカです。 

ナウシカ
(みゆきさ~ん♪)

天(神界)と大地(聖地)の失われた絆を復活させ、ペジテやトルメキアの人たちがそうであったように、K先生、法螺貝の修験道の方、賀茂神社や石巻神社や御衣の宮司方、、、人と人を繋ぐ。愛車メーベェ(?)に乗って浄化の水の入ったペットボトルを何本も抱えながら中央構造線上を行き来し、日本中の聖地を忙しく浄化&エネルギー発動に駆け巡る姿は、まさしく「V字谷のナウシカ」です。

その者 青き衣をまといて
金色の野に降り立つべし
失われし大地との絆をむすび
ついに人びとを青き清浄の地に導かん

うっ、アニメの話はまことじゃった(感涙)

※註 かつて東三河は「豊葦原瑞穂国中津国」と呼ばれたように奥まった津(=湊)の国であり、葦と稲穂が豊かに実る「金色の野」であった。ここから後世「穂の国」「豊橋」という地名が興ったわけです。

何故か大婆様モードになってしまうヤッズ★でした。
ただ、お会いしたあの日は「赤いポロシャツ」着ていましたが、、、、(爆)。まぁ、ナウシカも王蟲の血を浴びる前は赤い異国の服でしたよね。

マンガ版に登場する腐海に住むかつての高貴な人の末裔である「森の人」とは、中央構造線を行き来した木地師...等のサンカ、修験道の行者、丹(水銀)を司った丹生氏とダブります。

そして、巨神兵は、石巻山を跨いだダイダラボッチでしょうか(爆)

巨神兵01
(ダイダラボッチw)

石巻山復興の動きも彼女無くしては有り得なかった。
これだけは確かなことです。

「蟲の声」が分かるナウシカですが、みゆきさんは「神の声」が分かります。う~む、前世が虫麻呂というのも何かシンクロしている(爆)。

先日、石巻山でヤッズ★がお会いした時に、「どういう風な感じで神に呼ばれるのでしょうか?」と聞いた際、彼女の答は「行き場所がフッと自然と頭に浮かんできます。誰でも受けている筈ですよ。」という答でした。どうも話言葉が聞こえてくるようではないようです。イメージというか想念が一度に流れ込んでくる感じでしょうか。逆に声が聞こえるような場合は、その存在は非常に現世に近い存在で魑魅魍魎でヤバイのかもしれませんねぇ。

石巻山の周辺には数多くの神社があり、それが石巻山を中心に3重に環状配列されているといいます。その最初の三角は石巻神社(山頂)、石巻神社本社、東頭神社ですが、これらは太陽の昇る位置にあわせて、石巻神社本社から石巻山頂を見る方角が「冬至の位置」、東頭神社から山頂を見る方角が「夏至の位置」です。

石巻山はまるでドルクの聖都シュワの墓所のようです(爆)

石巻山ss
(日本の裏歴史の詰まった墓所、それが石巻山)

ドルクの聖都シュワの墓所には「浄化後の世界」(ニューワールド)のために、旧世界の人間の「知と技」が封印されており、その管理者=「墓所の主」がいます。そして「たまご」状になった「憎しみをしらない浄化された人間」も用意されていました。旧世界の人間は、浄化までの作業を終わらされるためだけに存在していたのです(浄化とともに滅亡する)。

墓所に封印されていた智慧は、『清浄への適応』と『穏やかな人類化』だといいますが、石巻山が火と水のエネルギーの交差ポイントであり、この2つが実は1つのものであるとなる「不二の仕組」を発動するキーポイントの聖地でもあることから、何となくドグルの墓所(1つ目のピラミッド)にも似ていますね(笑)。

風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)
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ここ石巻山こそが「風の谷のナウシカ」の舞台であると比定します。豊川稲荷が「NARUTO」の舞台であり、また「天空の城ラピュタ」「千と千尋の神隠し」「となりのトトロ」が遠山郷が舞台であるのに続き、V字谷の中央構造線上の地はアニメの舞台テンコ盛りの地ですね(爆)。

そんな「V字谷のナウシカ」が神様から草薙剣の御魂を預けられたというのです。

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■出雲建雄神の草薙の剣について
 
大化の改新後、次々と政治の刷新を図ってきた天智天皇は、皇位継承の神器に「鏡」と並んでもう一種「剣」を加えようと考えた(「勾玉」が加わるのは持統天皇以後)。ところが尾張氏のもとに奉斎されている。神剣が盗まれる事件(実際には仕組まれた)を契機に朝廷に召喚された草薙剣が、天武天皇のときに、石上神宮にわざわざ摂社出雲建雄神社を建てて奉斎されたということである。

出雲建雄神とは素戔嗚尊のことである。彼は「建(武)雄」呼ばれたようで、愛知県武豊町の武雄神社など全国にもかなりある。石上神宮には布都斯御魂大神(ふつしもたまのおおかみ)・スサノオ(素戔嗚尊が八俣大蛇を退治したという天羽羽斬剣(あめのははぎりのつるぎ)(十拳の剣))と共に、布留御魂大神(ふるみたまのおおかみ)としてニギハヤヒも祀られている。

当時石上神宮は、日本の開祖・スサノオと大和朝廷の始祖・ニギハヤトと国平(む)けの神剣・布都御魂剣を祀る日本最高の神宮であった。朱鳥元年(686)6月10日、天武天皇の死の3か月前、勅命によって急遽尾張に返還されている。召喚されたのが天武天皇6年(677)、祀られたのが9年後の朱鳥元年(686)まで鎮座していたことになる。草薙剣は、天武天皇の頃には石上神宮にあって、「布留剣」と呼ばれていた。草薙剣と命名されたのは、天武天皇死後のことである。

(中略)

あっ 剣と玉と鏡が3つそろって初めてパワーを発揮するそうです。2012年12月までは使えませんので それまでは大事に預かっておきます。何にどうやって使うかは だいたいのところ聞きましたが、今は公開するなというスサノオノミコト様の指示なので 公開はできません。


■奈良県 石上神宮での祈り その1(東三河高天原)
http://plaza.rakuten.co.jp/tremblay/diary/20100706/
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草薙剣に関しては、その探究がヤッズ★のライフワークの1つなので、これは看過できません(爆)。

何故、ライフワークなのかというと、ハンドル名は「八俣大蛇(ヤマタノオロチ)」を暗喩させた「八頭(ヤッズ★)」としており、「草薙剣」は「八俣大蛇」の尻尾から生まれたといいますが、ヤッズ★は毎日トイレで「くっさ~」な「草薙剣」を輩出しています(爆)。あっ、産出しているのは決してヤッズ★だけではなかったかw また、実は本名もこれに関連しており、しかも、祖地の「八名東頭神社」の主祭神は「スサノウ」なのです。また生家は「八剣神社」の氏子であった。語り部によれば「八剣」とはヤハの剣で「草薙剣」でのことを指すのだといいます。
※註 今、住んでいるところは豊橋で唯一北設楽の湯立て神事「花祭り」を行う「幸(みゆき)神社」の氏子なのです(笑)。これはトランブレーみゆきさんの氏子(?)になることを暗示していたのか、、、(爆)

「草薙剣」はヤマトタケルのローソク責め、い、いや「野火責め」の話が有名ですが、この話は恭順を見せかけた東海の土豪がヤマトタケルに狩りに誘って野原に連れて行き、亡き者にしようと周囲から火を放ったのだという。この危機をタケルは持っていた剣で「遠かたや、しけきかもと、をやい鎌の」と言いながら付近の草を薙ぎ払い、火打ち石を取り出して薙ぎ払った草に火を付けて迎え火を焚いて消し止め難を逃れたという。この時、オトタチバナヒメが同行していたことが、走水の海を渡る時にヒメが詠んだ歌で知られる。この時から「天叢雲の剣」は「草薙の剣」と呼び方を変えたのだといいます。焼き払われた野原は「焼津」、本営を置いた場所は「草薙」と名付けられて現在に至っています。
※註 我が一族は、千数百年前、この駿河の焼津の地から石巻山の麓の八名東頭神社の地へ渡って来て(戻ってきて)住み付いたという。

ロウソク責め
(ヤマトタケルのローソク責め?)

そして、この草薙と焼津を一直線に結ぶ線上の地にかつてヤッズ★は住んでいたw
このように「草薙剣」とヤッズ★は因縁深いのです。

「草薙剣」の逸話の1つに、第40代天武天皇15年(686)、病の床にあった天武天皇を占ったところ、「草薙の剣の祟り」という占断がでて、それで当時宮中に祭られていた「草薙の剣」を慌てて「熱田神宮」に納めたといいます。しかし、時すでに遅く、天武天皇はこの事件からわずか3ヵ月後の9月9日に崩御したといいます。

これが上記の石上神宮の話でしょうか。天皇家が所有する三種の神器のうち勾玉のみが本物で、鏡と剣はいづれもレプリカです。これらを天皇寝室の横の部屋に収めていて、鏡と剣の本物は伊勢神宮、熱田神宮に今もあります。記紀の記述を見てもわかるように、どうも天皇家が所有すると災いが起きるようなのです。これは制圧した前王朝の神器であるからこそなのでしょう。勾玉のみが現天皇家が創設した神器なのです。鏡と剣は男性器と女性器であり、勾玉はその2つから生まれた胎児を表しているというIkusaさんの説は納得がいく話です。

一方、語り部は「草薙剣」は、海薙の剣、つまりモーゼの杖だという。
※註 聖書で描かれる紅海の海を分けた杖は「アロンの杖」という解釈が一般的です。「アロンの杖」は若芽が葺いたシンプルな樹の棒という感じですが、「モーゼの杖」は青銅の2匹の蛇が纏わりついた形態をしているといいます。「草薙剣」のクサは臭、ナギは蛇の意であり、 「ナギ」は「ナガ(長)」に通じインドの「ナーガ」由来の言葉。例えば、ウナギは万葉仮名では「武奈伎(むなぎ)」と書かれ、つまり「む(身)なぎ(長)」から来ている。つまり「ナギ」は蛇類の総称であり、「草薙剣」の原義は「蛇の剣」であることが分かり、「モーゼの杖」である臭いがプンプンしますね。

モーゼの杖
(モーゼの杖を模ったオブジェ)

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倭友(天智)大王は、扶余王族の渡来を助けた「草薙」(実は海薙。航海の無事祈願の)の剣(木製、杖)を奪うが、倭建天皇御世返還される。【伊勢音頭=モーセが杖を差し伸べる事でヤハウェが紅海の水を分けてイスラエル国民を渡らせた事を歌う。「サーサ」=喜べ喜べ。「ヤートコセ」=ヤハは敵を投げ込まれた。「コレワイショ」=彼は呼び出し救い出す。「コンナンデモーセ」=モーセを救出者に立てて。】

■尾治(尾張)氏と海薙(草薙)の剣/邪馬台国の元同盟国の大漢国の滅亡
http://8305.teacup.com/kasaburanka15/bbs/601
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草薙の剣?八剣だな。モーセの杖の事だ紅海の水を分けたと言う・・草薙の剣は草を分けたと伝承されていたかな? 伊勢音頭を参照せよ。ヘブル語だがね。王治氏戦勝地に八剣地名存在する。八はヘブル人系で神聖視されて居る。ヤハ成る神である。

■古代史の謎・継体天皇(不純文學交遊録)
http://blogs.dion.ne.jp/fujun/archives/4941966.html
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非常に驚くべき内容なのですが、飛鳥昭雄先生も同じことをいっていますね。その根拠というか、証左というのが壇ノ浦の戦いの際、安徳天皇と共に天叢雲剣(草薙剣)は海中に没したが、何故かその後、剣は浜に打ち上げられたということから、剣は海に浮かぶ木製ではないかと推測しています。

語り部によれば、天武天皇の属する扶余王族(初期大王家、騎馬民族スキタイ、カド族)が日本に持ち込んだ「モーゼの杖(草薙剣)」となりますが、これは得玉子孫の常世島の火高見国(名古屋市緑区大高)の氷上姉子神社(熱田神宮の元宮)に祀られていたのを、後期大王家の倭武が熱田神宮を創設して移動させたのだという。更に後世、この神剣を百済系の後期大王家の天智天皇が簒奪し大和地方に持ってきたわけです。この事件が記紀に記された「草薙剣盗難事件」であり、祀られた地が石上神宮でしょうか。この事件は天智天皇7年(668年)に新羅の僧・道行が熱田神宮の神剣を盗み、新羅に持ち帰ろうとしたが船が難破して失敗した事件ですが、何故かその後、神剣は宮中で保管されることになったのです(笑)。これが天智天皇の謀略でしょうか(笑)。

開かずの門
(熱田神宮の「清雪門」は新羅僧が通った不吉な門として以降「開かずの門」とされた。)

東三河は徐福子孫が繁栄した大漢国(君子国&扶桑国)であり、同じ大陸起源の倭人(弥生人)の邪馬台国(奈良県桜井市)の親国でしたが、日本が道教化するのを怖れたアイヌが騎馬民族スキタイのカド族(初期大王家)を招聘して、これら2国を撃たせたといいます。大漢国は滅亡し、徐福子孫を東三河から駿河の地まで追い出し、さらに追っ手を放って関東まで駆逐したといいます。

この討伐戦では照山が本陣となったといいますので、ここに「草薙剣(モーセの杖)」が安置されたのでしょう。その逸話が「天地主大神璽」の碑が照山に存在していた理由でしょうか。

神碑
(「天地主大神璽」の碑)

初期大王家に婿入りした百済昆支(倭武)が応神天皇であり、日本武尊のもう1人のモデルなのですが、徐福子孫駆逐は百済昆支の時代まで続いたとありますので、これがヤマトタケルの野火攻めの話の元になっていると睨んでいます。

この徐福末裔を追い出した東三河の地を邇波氏族の中臣氏が管轄し、穂国(後世の豊葦原瑞穂国)としたという。こういった関係から初期大王家に近い為、東三河が初期大王家の壬生(みぶ)の地になったのでしょう。青年期の天武天皇(大海人皇子)が東三河で過ごし、額田郡の額田女王を嫁にしたという話が東三河に残るのもこういった背景があるからですね。

初期大王家を継承しニ代目大王となったのが金首露七男の倭仁であり、その兄の六男・得玉(国立常尊、ニギハヤヒのモデル)が尾張地方を治め、尾張(王治)家の祖になるのですが、三代後の王治坂合の頃に分家した物部目が物部家の祖になっていったという。物部多治見が多治見を管理したように元々は大国主(アイヌ)系の邇波氏族が管轄していた三河や尾張や岐阜の土地を奪っていったのでしょう。その戦勝の名残が八剣神社の名となって残っているといいます。

このように愛知・岐阜は物部氏とも関係深く、また東三河がスサノウ(応神天皇&天武天皇がモデル)や物部の祖神ニギハヤヒ尊を祀る神社が多いことから「物部王国」といわれるのも納得がいきます。
※註 スサノウに習合された牛頭天王は中国由来の「蚩尤(しゆう)」であり、徐福が信仰していたという。天武天皇(スサノウのモデル)はこの戦いの神である蚩尤の赤い旗を掲げて壬申の乱を闘ったという。ここから蚩尤=牛頭天王=スサノウとなったのでしょう。

草薙剣について話を戻しますと、以前にも書いたことなのですが、江戸時代の神官が草薙剣を盗み見した時の内容が『吉田家蔵玉籤集裏書』に記載されていますが、それによると「長さ二尺七八寸許り(82~85センチ)、刃先は菖蒲の葉なりにして、中程はムクリと厚みあり、本の方六寸許り(約18センチ)は節立て魚等の背骨の如し。色は全体白し」とあります。また、五尺(約1メートル50センチ)ばかりの木の箱に入っていて、木箱のなかに石の箱があった。その外側の木箱と石箱の間には「赤土」が詰めてあり、さらに石箱の中には樟(くす)箱があり、石箱と樟箱の間にも「赤土」が詰まっていて、その樟箱の中に御神体・草薙剣が入っていたといいます。

ネットのある掲示板の情報によると、、、、、

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荒俣宏の『帝都物語』でも少しバラされてるけど、先の大戦末期に機密勅令によって全国の主だった寺社でルーズベルト米大統領調伏のための儀式修法が同時一斉に行われたんだよね。その時、高野山や東寺でも禁断の大元帥明王法が修された。

熱田神宮に至っては政府中枢からの相当強硬な圧力により、天皇さんや大宮司でも見ることさえかなわぬ草薙神剣がついに開封され、大宮司による機密御仕の主依とされたという。草薙剣の話については、当時の大宮司の孫(あれ?ひ孫だったかも)が大学で同級でそいつから詳しく話を聞いたんだが、相当ヤバい話…あまり聞きたくない話だった。…で、結果はというと、ルーズベルト、本当に死んじゃったんだよな。

これが偶然だったのか必然だったのかはともかく、結果として神風だの本土決戦だのを本気で妄想する連中を増長させることになったのだけは確かだろう。

まず、草薙剣本体の材質について。社伝ではかつて一度、新羅僧)に盗まれ再び封印された際の『剣』の描写が残っているが、再封印後、現代に至るまで御神剣は一切錆を被っていないとの伝説、あくまでも伝説があったが、六十年前にその勅儀のために封印が解かれたとき、思わぬ象で伝説の根拠が明らかになった。つまり御神剣は「錆びることのありえない素材」=金のムクで、もとより剣としての実用に耐えぬ、あくまでも祭祀用の具として造られたと思われる。

そして最も問題だったのは御神剣の形そのもの。社伝では中空の矛のような短銅剣とされていたのだが、実際には、とても《剣》とは言いがたい、異様な形状の御体だったという。

喩えることのできるものがあるならば、国宝・石上神宮七支刀にやや近いというべきだったらしいが、七つに別れたその先が左右に羽根をひろげるが如く長く手を広げ、これまた、そもそもこれが《剣》として造られたものでないことを示していたという。(ちなみに、後年、俺のその同級生の曽祖父=当時の大宮司は、自らの日記の中で、御神剣が七支の形状をなしていた事実と、記紀中のヤマタノオロチより剣がいでたとの伝承を結び合わせ、ヤマタノオロチの八つの頭がそのまま草薙神剣の七支の穂先と幹の突端になったのではないか、との自説を記しているという。…なるほどね。)

石上神宮七支刀
(石上神宮の国宝・七支刀)

で、問題の儀式中に起きたことは、大宮司が祭文を唱えるにつれ、御体が唸り声のような重い音声をあげたかと思いきや、祭殿の左、西の方角に向けて自らいざりはじめ、そのまま震えて祭文を唱え続ける大宮司に代わって、御神剣を押しとどめようとした禰宜職が御体に触れた途端、口より青い炎を上げて体が燃え上がり、骨も残さず溶けるように一片の黒い炭になってしまったという。あまりのことに、神職・禰宜らが取り乱す中、何とか祭文をほふり終えた大宮司だったが、三ヶ月半後に再び同じ儀式を行うよう命が下った際には、さすがにこれを拒み続け、そのまま敗戦を迎えたという。

なお、その時も爾後も、その大宮司の一の弟子だったのが、神社本庁・前総長だった鶴岡八幡宮の白井前宮司で、存命中の方でその儀式に立ち会っていた数少ないお人だそうなので、当時の‘’ナマの様子を聞きたい方は訪ねてみては、との友人のことばでした。

…以上が、今から13年前に、京大文学部史学科の某助教授の研究室で、そのセンセと私ほか2名の前で語られた内容の大筋です。「金のムク」「七つに別れたその先が左右に羽根をひろげるが如く長く手を広げ、これまた、そもそもこれが《剣》として造られたものでないことを示していたという。」って事で、もしやこれって黄金のメノラーじゃね?という事でした。


menora.jpg
(黄金の七枝燭台・メノラー)
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草薙剣に関しては、まだまだ謎が多いですが、それにしても凄まじい神威です。宮中でレプリカを飾らなければならない理由が何となく判りますね。

語り部は、邪馬台国、大漢国(君子国、扶桑国)とアイヌ(毛野国・丹波国、後の出雲王朝)とで結んだ「旧三王朝」を、アイヌが日本が道教化するのを防ぐ観点から騎馬民族スキタイを招聘して邪馬台国と大漢国を滅亡させこの関係を解消して、今度は、名前1文字の「初期大王家」、2文字の「王治(尾張氏)」、3文字の「出雲王朝」で形成した「新三王朝(三輪)」がヤマタノオロチの正体だといいますが、この「新三王朝」のヤマト王権(ヤマタノオロチ)を解消し中央集権化した1人の大王としたのが百済系の後期大王家(初期大王家の同族で婿入り)です。

記紀にはヤマタノオロチを倒すとその尻尾から「草薙剣」が出てきたという逸話がありますが、これは新三王朝(ヤマト王権=ヤマタノオロチ)を解消して王治(尾張)氏が代々所有する「草薙剣(モーセの杖)」を熱田神宮を創建してその所有権を奪ったという故事を「ヤマタノオロチから草薙剣が出てきた」と表現しているのだと睨んでいます。
※註 現在の一般的な解釈ではヤマタノオロチは出雲を表しており、出雲王朝を倒し国譲りした際に「草薙剣」が出てきたことになってしまいます。しかし、出雲は銅鉾祭事を重要視しており、「剣」よりも「鉾」のの方が上なのです。「草薙剣」が出てくるのは奇異なことなのです。一方、語り部の語る内容は非常に納得がいき、スッキリしますね。

このような凄い神威と云われを持つ草薙剣なのですが、その御霊を宿された「V字谷のナウシカ」ことトランブレーみゆきさんが2012年12月までソレを使用できないという秘密が気になります。ただ、その年月からは、間違いなくアセンションやニューワールドに関することだと思います。
※註 V字谷のナウシカに導かれる先の「青き清浄の地」とは、地球周回軌道の反対側にある「反地球」クラリオンではないかと洞察しています(爆)。クラリオンは別名「ヤハウェ」ともいいますが、ヤハウェとあるように「モーゼの杖(草薙剣)」とも関連深いのです。石巻山で啓示を受けホピ預言を調べる為にわざわざ現地まで訪れた苅部女史は現地の長老の話を聞き予言に出てくる終末の時に現れる「青い星」サクソファはクラリオンであると確信したといいます。また、クラリオン(ヤハウェ)に行ったという故・神坂新太郎先生は、そこには肉体の人間は居らず、霊的な存在しかいなかったと述べています。ニビル来訪後のアセンションした人類の住処はクラリオンで決まり!? ヘブライ民族の出エジプト(エクソダス)を導いていったのが「モーゼの杖」ですが、今回も「出地球」を導くのだろうか?

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Comments

かなりバイアスがかかった内容ですね。
誰しも羨望の対象と自分の出生や地元とを絡ませたくなるものですが。
あまりに偏向的なのでは…(汗)

Akiさ~ん♪

コメントとありがとうございます!

>かなりバイアスがかかった内容ですね。

はい、フルスロットルでバイアス掛けています(爆)。

というのは、これは「外界=内面」という変換人型ゲシュタルトの実地実験でもあります。まぁ、このテーマはこのブログに一貫して流しているものですが、、、、自分の情報空間の内容を強く描くことでどう物理空間が変化していくか、影響を与えていくかという観察でもあるのです。(まぁ、逆にナウシカ好きが嵩じたが故に、こうのような展開の現実が訪れたともいえなくがないですが、、、、)

この記事は1つの文芸作品(爆)みたいなものですが、そこに散りばめられた個々の情報は読み手に役立つのではないかと思っています。その結び付けかたがオリジナルでユニークなものですが、笑って生暖かい目で見てやってくださいね(ニタリ)。

こういった妄想をするのも、みゆきさんの浄化&発動の結末がどうなるか全く推察できないところが大だからですね。それが空海の施した封印を解くものなのか、、、、天津神と国津神の入替を加速するものなのか、、、、2012年アセンションを発動するものなのか、、、、、身近な例(アニメ)から妄想タップリに洞察してみました。

>誰しも羨望の対象と自分の出生や地元とを絡ませたくなるものですが。 あまりに偏向的なのでは…(汗)

まぁ、これも変換人型ゲシュタルトの一環です。敢てこのブログではリミッター外しをしていますから独りよがり的になるのは致し方が無いところです。まぁ、そのぐらい思い入れを強くしないと情報空間の書き換えは出来ないでしょう。ですから、この記事には基本的に客観性はないと思っています。

ヤッズ★さん、お返事ありがとうございます!
理路整然とした回答に感心してしまいました。
「敢えての」確証バイアスな訳ですね♪

みゆきさんという方のブログも過去から一通り拝見させて頂きました。
残念ながら私の心に響くものはありませんでした。
ヤッズ★さんの記事のように多角的な見地からの考察も加えて欲しいというのが正直な感想です。
みゆきさんがされている行動の必要性がいまいち理解できませんでした…。

これからも煩フルの更新を楽しみにしております。

Akiさ~ん♪

再びのコメントとありがとうございます!

>残念ながら私の心に響くものはありませんでした。

確かに彼女の文章は軽快なので、それは出てきませんね~。神様の言葉と云われるものは他のブログや新興宗教にもイロイロありますし、、、しかもその言葉は彼女向けに語られた内容ですし、、、ただ他のチャネラーと何が違うのかといえば、その行動力でしょうか。そこに完全に魅せられてしまっています(笑)。また、それが確実に素早く結実していっている点には、大変な驚きを持って眺めています。

あと、記事化でのシンクロでしょうか!

豊川稲荷参拝しなくては!という思いが強かった時に豊川ダキニ天参拝の記事が出ていたり・・・、ヤタガラスのこと書いてる時にそのことが記事化されてたり、・・・、まぁ、このシンクロはヤッズ★しか驚嘆出来ない内容なのですが・・・(爆)

>みゆきさんがされている行動の必要性がいまいち理解できませんでした…。

そこが不思議なところなんです(爆)。
しかも、5年前にはその予感がして準備をしてたともいう。
ヤッズ★には完全に「アウトオブ理解」の世界なのです。

ただ石巻山については、実際、みゆきさんを触媒として復興の動きが集約化され加速化しているというのは間違いないことです。実際に見てきた自分がそう思いました。廃屋同然の元売店や洗手盤の件は記事に書きましたが、あと記事には書かなかった内容でも、、、、、

1)照山に石を積み上げる参拝化の動き(新聞広告有り)
2)売店下の廃旅館の撤去化の動き(T市議も動く)
3)産廃反対で地元意識一体化の動き(南北朝戦争以来仲が悪い)
4)宮司が神社に出てくる(爆)

こういった感じで復興も確実に1歩1歩進んでいます。そしてヤッズ★が知り得た東三河に関する「古代の超秘密」が時を同じくして連動しているのです。で、藤原不比等らが行なった日本のルーツ隠しの封印が解かれる日も近い?(爆)

これも変換人ゲシュタルトの為せる技もしれませんね(笑)。

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