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覚醒フェチ

覚醒フェチのヤッズ★ですが、今、先ごろ入手したファウスト博士のリニューアル本『真実の旅』を読んでいます。で、「覚醒って一体何? どのくらい気持ちええのん?」という疑問から、ネットサーフィンしていたら、、、、

ニサルガダッタ・マハラジという覚醒者に辿りつきました。

マハラジは、1897年、南インドボンベイ(ムンバイ)の貧しい農場生まれ。正式な教育を受けることなく育ち、8歳の時、父親が他界。ムンバイを離れ、働きはじめるが嫌気がさしてすぐにやめた。その後、たばこや子供服を扱う雑貨屋・洋品店を営んで4人の子供の父親としてつつましやかに暮らしていました。ですから、中年まではまったく普通の人だったのです。ところが、34才のある日に友人のすすめでシュリー・シッダラメシュバール・マハラジに出会い、師から「私は在る」ただこれだけを見つめつづけるように教えられ、素直にその教えを実行しつづけた結果、3年後、ニサルガダッタの魂は真理でみたされたのです。

彼が覚醒したことが知れ渡り、遠く欧州からも多くの人が学びに彼の元に来たといいます。
以下に彼の語録を紹介します。

この残酷な世界が誰にとって現れるのかを見いだしなさい。
そうすれば、なぜそのように残酷に現れるのかを知るだろう。
あなたの質問は完全に正当なものだ。

しかし、それが誰にとっての世界なのかをあなたが知るまでは、
それに答えることはできないのだ。
あるものの意味を見いだしたいのなら、

あなたはつくり出した人に尋ねなければならない。

だから言っているのだ。
あなたが住んでいるこの世界をつくり出した人はあなたなのだ。
あなただけがそれを変え、あるいはつくり変えることができるのだ。

(『私は在る』p398)



確かにこの現実世界は、だいたひかる風に「私だけ?」のユニークでオリジナル世界であり、それをどうのように感じ切るか?というのは全て本人の受け止め方次第で如何様にもなるといえます。しかし、マハラジはそんな詭弁的なことではなく、実際に私たちはあんなことやこんなこと、全ての出来事を創造しているのだという。

アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話
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スダカール・S. ディクシット、

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■ニサルガダッタ・マハラジ辞書
http://now.ohah.net/pari/dic/
■『アイ・アム・ザッット 私は在る――ニサルガダッタ・マハラジとの対話』抜粋の語録集
http://now.ohah.net/pari/books/I_AM_THAT-index.html

マハラジの教えには、心惹かれる言葉がオンパレードです。

しかも、「外界=内面」という「変換人型ゲシュタルト」に通ずるものがあって、オコツト・ファンのヤッズ★にはより理解を深めれそうで嬉しい限りです。氏の教えはアドヴァイタ(一元論)系に属し、どうも彼はアジズの師匠らしい。

アジズとの対話―魂の覚醒を求めてアジズとの対話―魂の覚醒を求めて
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さてさて、語録紹介を続けます。

あなたであるものを、あなたは見いださなければならない。
私にはあなたが何ではないかを言うことができるだけだ。
あなたは世界に属するのではない。
あなたは世界のなかにいるのでさえない。
世界は存在しない。

あなただけが在るのだ。

あなたは想像のなかで世界を夢のように創造している。
あなたがあなた自身を夢から分離できないように、
あなた自身から独立した外側の世界を持つこともできないのだ。
独立しているのは、世界ではなくあなただ。
あなた自身が創造した世界を恐れてはならない。

幸福と実在を夢のなかに探そうとするのはやめなさい。
そうすればあなたは目覚めるだろう。
すべての「なぜ」や「どうして」を知る必要はない。
質問には終わりがないのだ。
すべての欲望を放棄しなさい。
マインドの沈黙を保ちなさい。
そうすればあなたは発見するだろう。

(『私は在る』p471)


自分の身体の、、この手、この足、この考え、この感情、、、、このように対象として認識できるものはすべて「わたし」ではない。こういった「私ではないもの」をフ全て剥ぎ取っていけば、最後に「私」だけが残るという。確かにそうだが、、、、

他の箇所でマハラジはこう言っています。

あれやこれ、と指し示すことができるものは、あなたではありえない。何かほかのものだとさえ言えない。あなたは知覚や想像を超えた何かだ。それにも関わらず、あなたなしでは想像も知覚もありえない。あなたはハートの感じること、マインドの考えること、身体の為すことを観察する。そのこと自体が、あなたはあなたが観察するものではないということを示唆しているのだ。

う~む、言っていることは、頭では何となく分かるのだけれど、、、、、、
「既知感」や「眼から鱗の感覚」が伴わないのは何故でしょうか?

それは、きっとヤッズ★が至高体験を経験していないからでしょうね(汗)。
その他の語録も挙げてみます。

■1
あなたがあなた自身を知るとき、世界の中であなたに知ることのできないものは何ひとつなくなるのだ。あなた自身を身体と考えることで、あなたは世界を物質的なものの集合だと見なしてしまう。あなた自身を意識の中心として知るとき、世界はマインドの大海として現れる。実在のなかのあるがままの自分自身を知るとき、あなたは世界をあなた自身として知るのだ。
  

■2
明らかに、体験されたすべてのことは体験だ。そして、すべての体験のなかに体験者が現れる。記憶が連続するという幻想を与えるのだ。実際には、各体験にそれぞれの体験者がいる。そして、同一であるという感覚は、すべての体験者と体験との関係の根底において共通の要因があるためだ。同一性と連続性は同じものではない。ちょうどそれぞれの花がそれ自身の色をもっていながら、そのすべての色は同じ光源をもとにしているように、数々の体験者も記憶においては別々でありながら、本質においては同一の分割不可能な気づきのなかに現れる。この本質こそが根源、基盤、そして時空を超えたすべての体験の「可能性」なのだ。

 
■3
それを得る必要はない。なぜなら、あなたがそれなのだ。あなたがそれに機会を与えれば、それがあなたを得るだろう。非実在のものへの執着を解き放ちなさい。そうすれば、実在はそれ自身へと即座に速やかに入りこんでいくだろう。自分自身の存在をあれやこれや想像するのをやめることだ。そうすれば、あなたがすべてのハートであり、源泉であるという認識は明らかになるだろう。それとともに選択でも、偏愛でも、執着でもない、すべてのものを愛すべき、そして愛する価値あるものへと変容させるひとつの力、大いなる愛が現れる。


語録■3の「実在」についてですが、これってカバラでいう「心の中の点」のことでしょうか? あるいは、大乗仏教でいう「仏性」のような気がします。多分、間違いないです。この実在に入り込む(=繋がる)と、過去・未来が全て分かり、つまり時間という認識が無くなり、他との繫がりが回復するといいます。

これらの語録は非常に魅力溢れる言葉ばかりなのですが、マハラジが言わんとしていることがイマイチはっきりと理解出来ないのです。理解度が曖昧模糊としているんです。喩えるなら、霧の向こうにボンヤリと陰が見えるような感じと表現したらいいでしょうか(汗)。

下の動画は神経解剖学者・ジル博士が自身の脳梗塞の際に起きた「至高体験」の内容ですが、脳の専門家が語る内容なので、ちょっと早口ですが非常に状況が分かりやすく説明しています。この体験内容を聞くことで上記のマハラジの言っている内容が非常に理解し易くなります。





脳は【右脳】【左脳】に分かれていて、それぞれが同時に別々の処理をしている。我々は右脳でエネルギー、形状、感覚..等の感じられるものから現実世界全ての情報を処理しています。一方、左脳では過去情報から類推を行う「自己」を作り出し、そこで思考結果を排出しています。これらの各脳の間のスイッチング処理で情報をやり取りすることで、「私」という存在を世界の中にあると置くことができているのだといいます。これが私たちが思考を伴いながら他の人と世界を共有できている仕組みなのです。

上記のマハラジの言っている「全てが溶け合い自分というものが無い一体化した状態」というのは、まさに左脳の活動が静止した右脳だけの認識状態なのです。その状態では「自己」という存在はなく、外界は単に溶けあったエネルギーとしか感じられないような世界をただ観察自己が認識しているだけという状態なのです。

コレ、実はこう考えるととっても分かりやすいです。

家庭用ゲーム機のジャンルにレースゲームがありますが、このゲームには自分の運転する車と背景は実は別々で計算されて、最後に合成されて表示されています。別々に表示させることも出来ますが、その場合、「何やってんだか?」という感じになります(笑)。これを人に当て嵌めると、この自動車が【左脳】で計算された【自己】に相当し、背景を計算表示しているのが【右脳】となりますね。

あるいは、この背景描写自体も【左脳】の処理なのかもしれない。ということは、【右脳】はコンソールからの入力信号とか、CPU内を走る電子の流れとか、PC内全ての01情報の流れの処理と言えなくもない。

ラリーX

しかし、マハラジのような優れたアドヴァイタ(一元論)の内容も単に読んで理解しただけでは【左脳】の理解に留まるだけで、その挙句にあれこれと思索を重ねるのがオチです。先のジル博士の体験談を聞けば、マハラジが味わったような至高体験を伴なってこそ、彼の言わんとすることの真の理解が出来ることがよく分かると思います。

うむ、まずは体験だなw

でも、その前に日常においてすべきは、、、

左脳的洞察は抑え、霊的洞察(右脳的洞察)に切替でしょうかw
最近、左脳的洞察ばかりで疲れ気味ですし、、、、

左脳をエコモードにしよう。

で、生還したジル博士の結論として、、、、右脳的な認識が私たちを分け難い繋がった不ニ不ニの状態にし、この惑星を素晴しい世界に変えると確信したといいます。現在、地球上では、欧米の金融危機を始めとして左脳的な「西洋」の凋落が起き始めていますが、それと逆行するかのように、右脳的な「東洋」が再びかつての栄光を取り戻しつつあります。

地球人類の方向性が右脳的になってきているのです。

この数千年ぶりの大きな変動は、カバラがいうように「意識が繋がった状態の人類」に移行する徴でもあるのです。先の脳梗塞体験で分かるように、ホンのちょっとしたことで人類はあっという間に他者や世界と一体化した意識状態になってしまうのです。このように今の人間の意識状態(=人間型ゲシュタルト)とは、結構、絶妙なバランスの元に構成されているのですね。右脳左脳どちらの情報をより多く合成するかにかかっているのです。
※註 蜂や蟻は集合意識で活動しているといいますが、未来の人類の姿は「蟻人間」でしょうw

これが日月神示がいう富士鳴門の仕組でしょう。(多分)
※註 「富士鳴門の仕組」とは「二つに分離されずに(不二)、十に成ること(成十)」を指すという。今まで「富士鳴門の仕組」についても、いろいろ洞察してきましたが、これがファイナル・アンサーです。
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Comments

No subject

アドヴァイタは一元論ではなく非二元論ではないですか?
この区別について、『神の使者』(著/ゲイリー・R・レナード)2:地下のJに詳しく書いてありましたよね。

左脳も右脳も両方大事よね

このジル博士だか先生だかって女性、結局は女性的な考え方を丸出ししているだけですよね。「私が感じた感動を、あなたも感じれるはず(感じなさい)」みたいなことを言ってるあたり。似たようなことは、毎週教会に行ってる女性たちも涙ながらに言いますよ。自分が感動したからって、その同じ感情を他の人にも強制するなんて。

特に、自分の命を救った「左脳」に感謝の言葉も無いどころか、左脳なんてなくてもいい!みたいな言い草をしている上に、命が救われたことでさえ、なんだか「救われない方が良かったのに」とも聞こえる彼女の言い草にはガッカリです。

それと「本物の脳」って言ってますけど、ウソですね。はずして「自分の手のバクテリアがついている裏側」がむき出しになった手袋をそのまま「本物の脳」の上にポンと置いている。ありえませんね。(ヤッズ・ファンの皆さんにはもうお見通しでしょうけど。)

こんな人がセミナー開いて世界平和を訴えるとは・・・。獰猛な動物が徘徊し、危険な状況もまだたくさんあるジャングルに住む人々に対して「武器を今すぐ捨てなさい」って言ってるのと変わりない。

一番最後に「どちらの脳を選びますか」って問いかけているのも、なんだかな~~。どっちを選んで欲しいかはっきり示しているくせに。・・・っていうか、なんで人間に右脳と左脳がバランス良く並んでいるのか、わかってないのかしら?!時に「私もみんなも、同じひとつの存在」と感じ、時に「私とあなたは別もの」と感じ、それをうまく使い分けながら生きていってるのが人間でしょ?と彼女に問いたい。

昔なら、こんなビデオにすぐ感化されていた私ですが、ヤッズさんのサイトや他の方々(108氏とかダイアー氏、チョプラ氏など)のお陰で「ちょっと待てよ・・・」と考えられるようになりました。感謝申し上げます。

リニューアル

真実への旅 ファウスト博士の教え
の作者 斉藤啓一さんのサイトがリニューアルしてました。
http://www.interq.or.jp/sun/rev-1/

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