蓬莱山

語り部の暴露話によって、隠された日本の古代史の真実が明かされてきました。

まぁ、真実だという文献的な証拠は隠蔽・焚書されている為か、どこにも存在しないのですが(汗)、その詳細な人物名や系図といい、壬申の乱の位置付け、持統天皇三河御幸の理由...等がスッキリする為、単なる個人の研究発表(一部は含む)ではなく、本物の口伝であろうと睨んでいます。

■邇波言壱著作 出雲王朝
http://www.pleiades15.net/history/niwa.html

特に「空白の4世紀」とも称される時代の詳細像がハッギリハッギリと判明する点は秀逸です。まぁ、記紀内容とは大きく異なる為に検証のしようがないのですが、、、、、かなりの部分、真実だと思っています。

例えば、こんな内容があります、、、、、、

■徐福渡来とその後
  (→三神山の地・東三河に定住し「君子国」とす。その後、中臣氏の豊葦原瑞穂国)
■邪馬台国は弥生人(長江ミャオ族)の国
  (→弥生人は徐福の「君子国」を慕って渡来してきた)
■三重県に彫の深い人が多くいる謎
  (→土蜘蛛・夷・国栖はヤペテ族、天狗伝承がその名残か?)
■古代日本は族長連合国家
  (→匈奴国(アイヌ)・邪馬台国・君子国の三王朝【三輪】)
■倭国の大乱の詳細
  (→アイヌvs.邪馬台国)
■騎馬民族征服説が語られる理由
  (→騎馬民族【初期大王族】を国内漢化防止でアイヌが招聘し邪馬台国を撃つ)
■古代日本と百済の関係
  (→半島安定化の為に百済王家招聘【入婿】、故地百済救済が白村江の戦い)
■諏訪御頭祭、囃子言葉のように日本にユダヤの痕跡が多い謎
  (→初期大王族はカド族、後期大王族はエフライム族、アイヌはエブス人)
■猿投神社に伝わる古伊勢湾地図
  (→聖武天皇の頃に名古屋は海から隆起)
■聖徳太子は実在の人物?
  (→景教を奉じた高向王事跡とイエスをモデルに仏教守護者として創作)
■「壬申の乱」は「大化の改新」の前の出来事
  (→大化の改新は百済王家のクーデター、前後逆にして隠蔽図る)
■持統天皇の三河行幸の謎
  (→天武天皇の御落胤狩り)
■東三河に文武天皇皇居の伝承の謎
  (→一時期、天武天皇、文武天皇が東三河に住む、新城に遷宮も企画)
■ギリシャ神話と日本神話の類似性
  (→ギリシャ神話を参考に文武天皇が創作)


これらは記紀には決して語られぬものですが、各地の神社の古伝で伝えられているものでもあるといいます。ただ、賀茂氏が武力を背景に古い神社に婿入りし、こういった古伝書を全て焚書し闇に葬ったといい、今日では、再現すら不可能ではあります。やはり再現は、古代豪族家に伝わる口伝に期待するしかないでしょう。
※註 これが「賀茂が禰宜しょってくる」の語源か?

しかし、三河が徐福の目指した三神山の地、その後の「君子国」(大漢国)であることは、地元心情からか我田引水的に激しく同意しているのですが(笑)、その三神山のメインである「蓬莱山」(鳳来寺山)が徐福渡来の頃(BC.220年)には富士山に匹敵する程の古代の巨大火山であったという点だけは素直に同意できずに、???な状態でいます。
※註 その他にも日本列島が反時計周りに回転しながらフィリピン沖から短期間に朝鮮半島横に移動してきたとか、、、、思考停止しそうな内容もテンコ盛りです。確かに青森の縄文遺跡である「三内丸山遺跡」は、何故か温暖な地に自生するドングリを食生活に取り入れており、また温暖地方特有の簡素な竪穴式住居で生活しており、これで今の青森の厳しい冬を過ごすことなど到底不可能な作りになっている。学会は縄文時代は温暖化していたという説明で逃げていますが、、、、果たして、、、、

過去、火山であったことは間違いないのですが、、、2200年前というのはなぁ~

鳳来寺山の最高峰は「瑠璃山」(標高695m)といい、流紋岩、凝灰岩などから構成されていますが、地質学の見解では約2000万年前に激しい火山活動によって噴き出し、その後の長い間の風化浸食作用によって、今日のように複雑で険しい地形ができ上がったと言われているからです。

2000万年前2200年前じゃ、いくら何でも差があり過ぎです(汗)。

しかし、語り部の話を肯定するような証拠もあるのです。

極めて興味深いことは、湯谷温泉辺りで1000Mも地盤が沈下した形跡があるということです。またグーグルマップの「地形」で見てみると、鳳来寺の北側にある棚山高原~宇連山にかけて、かなり急激な断崖があることが確認出来ます(赤丸印部)。なにか崩落したような感じがしますね。これはかつてあった蓬莱山地下の「マグマ溜り」空洞部が突如崩落して山麓全体が一気に大規模な地盤沈下したのかもしれません。

鳳来寺02
(赤丸のスグ下が鳳来寺 クリックで拡大)

単なる地震でさえ、このぐらいの大きな崩落が一瞬のうちに起きます。もし地下に巨大な空洞(マグマ溜り)のある場所なら、もっと大きな崩落となる筈ですね。現在の地質学の年代測定では、過去に起きた崩落の年代は測定出来ないのかもしれません。

荒砥沢ダム地震崩落
(宮城地震での荒砥沢ダム周辺の崩落現場)

さらに、中央構造線もこの鳳来寺のある湯谷あたりは不思議なことに東側に大きくカーブを描いて曲がっています。この不自然なカーブは崩落時の地殻変動で弧状に迫り出したのかもしれません。この弧の大きさから考えると、かつてあった火山は鳳来湖の方にまで広がる巨大なものであったようにも見えます。

鳳来寺03
(何故か湯谷辺りで弧状に歪んでる)

そう考えてくると、鳳来寺山に見られる屏風岩..等の巨大な露出断崖は、この大規模な崩落時のキズ跡なのかもしれない。

鳳来寺04
(鳳来寺山の屏風岩)

確かに、この地が火山であったのは、溶岩で出来た岩などの痕跡がある為、火山の存在は地質学的にも認められています。しかし、これだけでは2200年前に火山があったとはいえない。。。。。

でも、こんな話があります。

鳳来寺山の別称は桐生山ともいいますが、古くは「煙巌山」と称されていたそうです。煙が出ないとこのような名前は付けられませんね。有史時に活火山であった可能性がますます高まりますw

この出典は『先代旧事本紀・鳳来寺略縁紀』なのですが、そこには「煙巌山は本堂より西に当たれり。峰を隔てて聳えり。此処は、利修仙人護摩を修せる煙、常に巌に立ち登る。故に煙巌山と名付く。仙人住居峰多けれども、殊に此の名を以て当寺の山号とせり」とあるのです。ヤッズ★が示したグーグルマップとほぼ同じ位置になります。

ここでいう本堂とは、今の薬師如来を祀る本堂でしょうか?

鳳来寺山薬師堂には「薬師如来」「神農」「大国主」の3体の木像が祀ってあるといいますが、中でも「神農」は古代中国の伝説に登場する紀元前2740年ころの古代中国の皇帝で「三皇五帝」の三皇の一人です。百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教え120歳まで生きたといわれていて、医薬と農業を司る神とされています。蓬莱山は「不老不死」の妙薬のある神仙山と言われており、鳳来寺山本堂に医薬の神「神農」が祀られているのは偶然でしょうか? しかも、それは中国の神であるとなれば、、、、徐福渡来の地がここであった可能性がグンと跳ね上がりますw

神農
(神農)

蓬莱山に不老長寿の薬があるという話は、実は「竹取物語」の元となった伝承があるのではないかという推察があります。

この平安期に成立した物語はそれ以前の伝承を元にしているだろうといわれます。話の中でかぐや姫が月へ去る際、翁に不老不死の薬を残してきたのですが、「かぐや姫の居ないこの世で不老不死を得ても意味が無い」と、それを駿河国の日本で一番高い山で焼くように命じた。それ以来、その山は「不死の山」(後の富士山)と呼ばれ、また、その山からは常に煙が上がるようになったと書かれています。この話のベースとなる「山で焼く」伝承が中国大陸に伝わり、不老不死の仙薬となって蓬莱山伝説となったのではないでしょうか。

かぐや姫は「古事記」の垂仁天皇の妃「迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)」から取ったものだろうと推察されています。更にかぐや姫に求婚した五人の貴人のうちの1人は藤原不比等であるというのが定説ですが、これは下記の出来事を元にしたと睨んでいます。


■藤原宮子(姉)
藤原不比等の長女で文武天皇の夫人。宮子は繊細な女性であったらしく、701年、首(おびと)皇子(後の聖武天皇)を出産したものの心的障害に陥り、人前に姿を現さず引きこもる生活を晩年まで続けます。文武天皇へ嫁いだ妃として石川(蘇我)氏や紀氏の娘がいますが、後に身分を落とされ石川氏腹の皇子たちは臣籍降下させられてしまっています。 これは父・不比等の陰謀だといわれていますが、このような父の無理押しから我が身によせてくる周囲の白眼視に耐えられなかったのかもしれませんね。

藤原宮子姫の伝説九海士の浦の漁村で生まれた宮子は、頭髪に恵まれなかった。ある日、母親が海の底から観音様を拾い願をかけると、髪が生え美しい長い黒髪になった。この黒髪を燕がくわえ、奈良の都へ飛んで行き、藤原不比等の屋敷に巣を造った。この髪を見た不比等が宮子を探し、養女に迎え、文武天皇に嫁がせた。

語り部によると、この宮子は天武天皇が若き日に東三河で過ごしていた時に出来た子であり、持統天皇が我が子「草壁皇子」を皇位に付けたいが為に東三河で執拗に行なった「御落胤狩り」で漏れた人物であったという。この宮子を養子に迎えたのが藤原不比等であり、それが上記逸話の元になったという感じでしょうか。
※註 語り部によると、天武の子が文武なので、文武と宮子は異母兄弟ということになる。こりゃ~、近親相姦ですね。皇統の男子継承は平安期になって百済系大王家が全権力掌握してからです。中継ぎの巫女(所謂、女系天皇)を認めると、王権簒奪される危険があるからでしょう。


■藤原光明子(妹)
藤原不比等の娘で聖武天皇の元に嫁ぎ皇后となった為、後に藤原光明子(こうみょうし)と呼ばれた女性は、安宿媛(あすかべひめ)、藤三娘(とうさんじょう)という別名も持っています。この女性は「影の天皇」と評してもいい程の女傑だったといいますが、光明子は皇族でないのに聖武天皇の皇后にまでなった。これはかなり異例の出来事であり、「皇后」「妃」という称号は皇族だけにしか与えられず、いくら権力者であっても臣下である藤原一族の出であれば「皇后」にはなれなかった。しかし、これは藤原不比等の策謀です(笑)。ここから藤原四兄弟の外戚摂関政治「藤原の世」が始まり、これが昭和の終戦まで続きます。

海の女神の伝承の霊鹿と鳳来寺山で薬師を刻んでいた父の利修仙人の間に生まれた光明子。利修仙人が三河の鳳来寺山で修行していたとき女児を都の貴人の家の前に捨てた。

この2人とも不比等の子(※姉・宮子は養子)です。しかも、この宮子(姉)と光明子(妹)とは同じく賀茂比売を母として誕生した異父姉妹なのです。古事記によれば、「宮子」は須佐之男命と神大市比売神(かむおおいちひめ)との間に生まれたといいますが、ここでいうスサノオは天武天皇のことを指していると解釈出来ます。そして天武天皇無き後、三河にいた賀茂比売親娘共々、藤原不比等が貰い受けたというわけです。その出来事が逸話のベースになっているのでしょう。

平安期に成立した「竹取物語」は、藤原不比等の養子(宮子)貰い受けの事実を脚色し、それに大国主系の「月信仰」(月読=スサノウ)や君子国の蓬莱山仙薬伝承...等の神仙思想との決別を意図して加味され作られた創作物だと睨んでいます。

鳳来寺山=蓬莱山の可能性はだんだん高くなってきた(ニタリ)。

現在では、不二山(不死山・不尽山)は静岡にある富士山だと認識されていますが、この名は万葉集(759年成立)の「田子の浦ゆ、うち出でて見れば真白にぞ、不尽の高嶺に雪はふりける(山部赤人)」で初めて見られるようになった名称です。しかし富士山はかつては「浅間山」と呼ばれていました。また東三河は「君子国」「扶桑国」「豊葦原瑞穂の国」から続き、天武天皇系の壬部ともなった地であることから、百済朝廷側にとっては東三河は封印されなくてはならず、この政策の一貫として「浅間山」が「不二山」とされ、伝承も移設されたのかもしれませんね。
※註 富士山は秀麗な姿ではあるが、どうも仙人が住むような幻想的な山紫水明的な雰囲気は皆無です。桂林のようなもっと険しいゴツゴツとした岩場や深い渓谷が無ければ、神仙の地としては不適当です。また、薬草が自生するには富士山は高度が高過ぎですw

桂林
(桂林)

中国の正史である『史記』には、「私は海の大神に会いましたが、大神は不老不死の薬は秦王の贈り物が少ないので、見せてはやるが取らせないと言って、東南の蓬莱山に連れて行った。見ると霊芝で宮殿を造り、使者は銅色で竜形、後光がさしていた。そしてれて、童男童女と百工を連れて来るよういわれました。秦始皇は喜んで童男童女3000人を遣り、百工を携えていかせたが、徐福は平原広沢を得て、王となって、帰らなかった。」とあります。

この記述からみるに、徐福の求めた仙薬とは霊芝が主成分ではないでしょうか?

昔から「仙薬の王者」として知られている「霊芝」は「不老長寿」と結びついた物語によく登場します。別名マンネンタケといいますが、これ以外にも近縁種や霊妙な効能がある他のキノコを指して言う場合もあり、蓬莱山の霊芝が現在の霊芝と同じものであるかどうかは分かりません。漢方には霊芝を含む処方は無く、その効果の程は伝説としてしか知られていないといいます。世界中で基礎研究が行なわれていますが、ヒトでの臨床試験では結論を得るまでには至っていないといいます。

この霊芝を使った薬に五井野プロシジャー(GP)があります。
かつて、このブログでは下記のような記事を書きました。

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「五井野プロシジャー」(以下、GPと記載)については、万能薬で白血病細胞実験で他の抗がん剤と比べ10倍の効力を発揮し、副作用がないことがデンマークで証明され、ロシアで特許取得しているそうです。末期ガン、重度糖尿病にも効果があるとのこと。こういった業績でロシア等の旧ソ連邦の国で多くの要人(エリツィン等)のファイナル・ドクターとして治癒回復させたことから、多くの勲章を貰ったといいます。

GPの詳細はわからないのですが、この記事での推察は、霊芝に含まれる多糖体の1つである水溶性のβ-1,3-D-グルカンという物質が引き起こすシールド効果によるものではないかということです。


(参考)チェルノブイリのガンに苦しむ子供達の救済計画始まる
http://www.avis.ne.jp/~wippii/kiji-8.html
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う~む、これこそまさに不老長寿の仙薬ですな!

■生理活性組成物 出願人:五井野正(公開番号JP2009024027)
http://techterm.astamuse.com/ja/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%82%B3%E3%82%B7%E3%82%AB%E3%82%B1
※註 「本発明の組成物は、担子菌類サルノコシカケ科に属する担子菌類サルノコシカケ科に属するマンネンタケとカワラタケに属する担子菌の子実体および/または菌糸体培養物、およびウコギ科植物の根とをそれぞれ原料として水および/またはアルコールで抽出することによって得る」とある。

ただ、こういった自然薬草を使った医薬品(生薬)も近年は膨大な臨床試験を通らなくては認可されなくなっており、その為には莫大な資金がいる。ですから、現代は巨大製薬会社が研究開発した医薬品しか世に出れなくなっており、処方もできないという。これも国際金融資本の「お仲間」の製薬会社の陰謀ですね(笑)。

さしずめ五井野博士は現代の利修仙人か、神農か?w
※註 まぁ、ヤッズ★は博士を「ガンダルフ」と称していますが、、、(ニタリ)

寺伝では大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝えていますが、樹齢800年の杉の巨木に囲まれた1425段の石段を登っていくと、鳳来寺の薬師如来を祀った本堂があります。この「瑠璃薬師如来」は御大の方が徳川家康を授かったことでも有名です。しかもこの「瑠璃薬師如来」が「浄瑠璃」という言葉の発祥でもあるのです。

■浄瑠璃姫物語
http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/kaforuda/40iwase/collection/1910jyoururihime/jyoururihime.html
(浄瑠璃姫と義経のラブロマンス悲劇)

ということは、、、、

「機動戦艦ナデシコ」のルリルリの発祥の地ともなる(ニタリ)。
※註 星野ルリは綾波レイ・長門ユキで三大美少女無口キャラ 口癖は「バカばっか」

星野ルリ

以上のように、鳳来寺山は、なかなか謎に満ちた地であります。
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Comments

おひさしぃ☆

にーやんとこ来てはまとめ読みするんだけど
いつも一つ一つの内容が濃いよねぇ・・・

藤原不比等かぁ
天上の虹もっかい読み直そう←思考回路がちょっと混線

あ、楽天とFC2でブログ再開しましたお。

五井野プロシジャー

こんばんは!
いつも楽しく読ませていただいています。

五井野プロシジャーですが、「2200年前に徐福が日本に来たときに作ったといわれる不老長寿の秘薬を、博士が史実に基づき完全に復活したものである」と、博士の友人である自衛官の池田整治氏が書いておられましたよ。

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