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現実認識

鍵コメさ~ん♪
コメントありがとうございます。

かなり過去に書いた記事「現実世界って?(2006/6/15)」なのですが、「外界=内面」という「変換人型ゲシュタルト」について質問頂きました。あれ以降、かなり認識が深まってきていますので、現時点で分かる範囲(といっても、よく分かっていませんが、、、汗)で答えたいと思います。

それには、まずヤッズ★が考える現実認識のメカニズムを書きますね。
基本的にはカバラの現実世界の認識と同じです。

■現実の認知 Introduction to Kabbalah
http://www.youtube.com/watch?v=4WBDz1CtqUw

①光(波動)→②自我プログラム→③内面世界に投影(=外界)→④観察自己の認識→①光(波動)

この①は「形而上世界」と言われるところです。
このように「クラインの壷」のようにエンドレス構造になっている。

この外部に出る繋がり部分を「心の点」とカバラでは言っているのではないかと睨んでいます。
※註 これは大乗仏教でいう「仏性」、グノーシスでいう「グノーシス」と同じものか?

外界というものは、究極のところは「空であり(空観)」かつ「仮の姿(仮観)」です。これはTVモニターの画素と映る映像に喩えられるかもしれません。しかし、そこに何かしかの映像が投影されて出来事が起きて感情が起きているワケであり、この体験こそが実の部分です。この空と仮の関係性を重視するのが「中観」ですが、これは現実世界の成り立ちにおいて、①の「光」という形而上世界と自我プログラムの関係を考慮に入れることだと考えています。

つまり、実際には放送局のスタジオで撮影されていて、それが電波で飛ばされてきたものを再生して観ているという認識を持っていることです。これが「変換人型ゲシュタルト」の初歩でしょうか。逆に、TVの中で人が演じていると考えるのが「人間型ゲシュタルト」になりますね(笑)。
※註 本当の「変換人型ゲシュタルト」では、全く認識の仕方が異なってくると思っています。例えば、私たちが外界と内面をに対峙する場合、外界を主として生活していますが、これが全く逆転するという感じかなw あるいは、事物1つ1つの背後にある全情報と渾然一体となった境地なのかもしれません。

「変換人型ゲシュタルト」では、私たちは人間の自我意識の外側にある①に影響を与えつつも、①の様々な面を自己が持つ異なるフィルター(=自我プログラム)を通して、異なる感じ方をする現実を現象化させて眺めているという考え方が基本になります。

このメカニズムに沿って質問に答えていきますと、、、、

>私達が視力によって認識した世界には実は盲点があり其れを脳はうまく繋げるための細工をしている為、実際視力で捉えたモノが実現するのかは、正直なところ誰にも証明出来ませんよね? でも、多数決ではないですが、似たような情報が大勢の人が共有しているからそれは“現実”と呼ばれるものになると私は理解したのですが、あっているでしょうか?

盲点の話を例として出したのですが、視力で得る現実でさえ脳の働きによって歪められていますが、視力で得た現実は結果であって、その現実を形成しているのが自我というフィルターです。

①の形而上世界では全ては繋がっており共有されています。ここは時間も空間も無い為、物質世界的な概念で語ることが出来ない世界です。その同じ情報を使って、人はそれぞれ自分オリジナルの物質世界を形成している。極端なことを言えば、同じ①から、ある人はローマ時代、ある人は江戸時代、またある人は現代というように異なる時代、異なる場所の現実を創造してその中にいるといもいえるわけです。

これが「生まれ変わり」の現象です。

■【輪廻転生】人は生まれ変わるのか? Do we reincarnate?
http://www.youtube.com/watch?v=zR9nk7f4CsA

ただ、この場合、創造しているのは自我ではなく、自我を超えた領域(ハイアーセルフ)と思っていいです。ですから、自我が騒いでも何も現実は変わりませんし、決められた約束事(時代・男女・誰の子・人種...等)は変えられません。これがカルマとか宿命とは言われるものでしょうか。

このように考えてくると、ヤッズ★にはこのコメレスでの対話が本当に行なわれているのかすら確認する術がないことになります。とりあえず、ヤッズ★の世界ではあったことだけは確か(笑)。不可知論に陥ってしまいそうな話ですね(汗)。

>偶の精神障害者とラベルを貼られたかたは大勢が共有できないモノ(大勢の人の盲点であるところ)を見ることができているのでしょうか?
>それはただ単に彼らの世界であるのでしょうか?
>それとも彼らか私達どちらかの精神になんらかのバグがあるのでしょうか?


「幻視」は夢見の世界の映像を現実世界の映像の上に重ねて投影したのを観ているだけのことです。ただ、その元となるのは①の共有された世界の情報ではありますが、自我プログラムで変容されたものです。

真っ黒や真っ白な部分をじっと眺めていると、意識の投影物がそこに見えてきませんか?(笑)
これが幽霊が見えるメカニズムです。

同様に物質世界もこのように意識のスクリーン上に投影されているのです。
ただ、両者は再現領域が明確に異なる為に普通の人には見えない(=2重映しにならない)というわけです。



こんな感じですが、どうでしょうか?

「変換人型ゲシュタルト」についてもっと認識を深めたい場合は、下記の半田広宣・著『2013シリウス革命』がお勧めですが、内容がとってもムズイです。コメカミの血管3本くらい切れます(爆)。

2013:シリウス革命―精神世界、ニューサイエンスを超えた21世紀の宇宙論(コスモロジー)2013:シリウス革命―精神世界、ニューサイエンスを超えた21世紀の宇宙論(コスモロジー)
(1999/08)
半田 広宣

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コメント

No subject

前に鍵コメをしたものです。
読むのが遅くなりましたが、丁寧な変身ありがとうございます。
・・・なかなか難しいですね;;
先ず私は変換ゲシュタルトが何たるかをよく理解していないので、もっと勉強してみます!!
あと、ヤッズ★さんが愛読してる「神との対話」を購入したので、それでも勉強してみます!
また何か分からないことがあればコメントで質問するかもしれませんが、その時はよろしくですw

私も発売からシリウス論を愛読してます
が、わかりきってる訳ではありません
愛読と同じ頃より感が研ぎ澄まされたのか霊感が身に付き始めました
私の体験からするとですが集団や全体の流れや先のこと等はわかるのですが人間型ゲシュタルトといった感覚が無いと先祖や因果や霊、一個人の事がとらえづらくなる感じがします
あくまで私の一見解ですが現在の国内外の霊にまつわるさまざまな見解は人間型ゲシュタルトがあっての成り立ちと考えています
人間型ゲシュタルトでない型がより広まれば今のスピリチュアルな世界も劇的に変貌すると見ています
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