スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マイルド仏教

日本人のメイン宗教は、仏教神道の「二本立て」です。

日本では明治期の廃仏毀釈運動で多くの寺院が廃寺となりましたが、それでも現在7万5000の寺や200万体の仏像がある世界最大の仏教国です。しかも、日本人の殆どは自分が仏教徒であると意識していない、、、、まぁ、海外の宗教との比較では、到底、宗教を信仰しているとは言えないレベルではありますが、、、、まったく不思議な国です。

しかも、元旦になると、我々は夢遊病者のように神社に初詣に行きます(笑)。
神社に行ったり、お寺に行ったり、節操がないです。

トマベチがいう社会的洗脳がされているかもしれません(爆)。

日月神示では、日本人のこのどっち付かずの曖昧な信仰態度の原因をこう指摘しています。

**********************************************************************
イシヤの仕組にかかりて、まだ目覚めぬ臣民ばかり
日本精神と申して仏教の精神や基督教の精神ばかりぞ
今度は神があるか、ないかを、ハッキリと神力みせてイシヤも改心さすのぞ
神の国ぞと口先きばかりで申してゐるが、心の内は幽界(がいこく)人沢山あるぞ
(日月神示・下つ巻、第十六帖、五八)

**********************************************************************

ここでも「イシヤの仕組」に掛かってしまっているというのです(汗)。

確か以前、M元総理は「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを、、、、」という「神の国発言」でバッシングされましたが、彼が属する派閥「清和会」は実は外資+朝鮮半島勢力なので、心の内は「幽界(がいこく)人」という日月大神様の指摘はまったくもって正しいです(笑)。
※註 日月神示は、一貫して日本は「神国」、外国は一段意識レベルが低い「幽界」という立場を取っている。

現代は米国に進駐された時から米国一辺倒になった為、それ以後に基督教精神が潜んだというのなら分からなくもないのですが、日月神示が降ろされたのは、第二次世界大戦も終盤に差し掛かった昭和19年6月であり、この頃に「基督教の精神云々」というのは的ハズレのような気がします。しかも、この頃は国家神道がメインであり、この時期に仏教の精神、基督教の精神云々というのは何か腑に落ちません。

仏教は基より外来の宗教なので納得なのですが、神道までそうだというのはどういうことでしょうか?
でも、日月の大神がいうからには、ここに何か秘密がありそうです。

実は明治維新は、列強の外国勢力がバックにいて、それによって起きた革命的な政権交代ですので、明治政府の首脳部に幽界(がいこく)人が多いのも当然といえば当然ですね。ですから、国家神道の天皇観はどちらかというと西洋的なGODに近い概念を与えられていて、今までの護国を司る写し身のシャーマン的存在の天皇とは大きく変化してしまったと睨む。

では、明治期から「幽界(がいこく)人」化が起こったのかといわれれば、決してそうとはいえず、日月神示の神は古くは江戸時代末期の黒住教からの霊統であることから、それ以前の時代から為されていたというのも考慮すべきかもしれません。

で、今回、この辺のことをいろいろと洞察するにあたり、一般流布している歴史からは到底垣間見ることが出来ないので、語り部の語る「真実の歴史」の視点を加えてみました。

■邇波言壱著作 出雲王朝
http://www.pleiades15.net/history/niwa.html

それでは、先ず仏教からです。

語り部は、日本に伝来した大乗仏教とは、大化の改新(645年)の後の650年以降に日本で大乗仏教経典が作成され、印度の百済王朝居住地(行き来頻繁)経由でバラモン僧に伝授され、それがアジア北方に伝播していったものだというのです。さらに、その後、809年に空海と最澄が唐に留学して興した平安仏教は、景教と仏教を混ぜて創られた「マイルド仏教」であるというのです。
※註 「檀家制度」はキリスト教の教区制度を真似たものであり、天台宗・真言宗ともに景教と呼ばれた中国に伝わったキリスト教の影響を強く受け、空海は「新約聖書」を最澄は「旧約聖書」持ち帰ったと指摘する人がいる。

ちょっと驚きです(汗)。

歴史教科書では、大乗仏教はインド→中国→朝鮮→日本というルートを通して伝わった「北伝仏教」として教わっていますが、大乗仏教が日本発祥というのは初耳です。しかし、よくよく考えてみれば、大乗仏教は同じ仏教であるのに何故か「原始仏教」や南伝仏教である「上座部仏教」とは大きく内容が異なっているのです。大乗仏教の発生を仏塔教団に求める説が一般ですが、仏教発生地の近隣では情報がありすぎて起き得ない変質の様にも感じます。ですから、あながち間違いとは言い切れない。但し、その前提には日本とインドが直接交易していたという事実がないことには証明は出来ません。

ブッダが説いた原始仏教の教えは、極シンプルでこの世は五感で認識される「色」の世界でそれは一切が「空」であるから、あらゆる執着を捨て去り、更には悟りに対する執着すらも捨て去って、ただ静かに座れば心の平安を得られるといったもので、主観的煩悩・感情を滅して聖者(悟った方=仏陀)になろうというものです。

このことから原始仏教の教えは時として「無慈悲」と映り、人々が欲する「なぜ生きるのか?」の答えは決して得られず、衆生の生きる糧にはなり得なかったといいます。つまり、原始仏教が説く真理とは「真理」そのものであって、決して「救い」にならなかったのです。これが仏教が衰退した大きな理由の1つなのです。

大乗仏教の真髄は「慈悲」「利他行」ですが、その他に下記のような特徴があります。

1)超人的、超越的な仏や菩薩の無限の慈悲による衆生救済
2)無数の現在仏が、民衆の救済に奔走
3)修行者に過ぎない「菩薩」を民衆救済という「利他行に身を挺する人」を指すようになった
4)本覚思想「誰もが仏となれる素質(仏性、如来像)」を持つ
  
※この本覚思想とは、ヒンドゥー教の「神秘主義的一元論」の主張内容とほぼ同じ
5)在家主義的な思想
6)大乗経典を読んだり、その普及活動だけでも功徳が得られるとされる
7)仏・菩薩の名、呪文を唱えるだけで災厄を除外
8)三昧体験を特別視し、自動的に智慧が備わり、自動的に救済されるとする
9)自力せよ、他力にせよ、一足飛びに彼岸に到達。不屈の努力は不要


あまりにも内容が乖離し過ぎです(がはは)。
用語そのものも、大きく意味が変遷してきてしまっています。

例えば、、、

          (初期仏教)  (大乗仏教)
・仏陀(ブッダ)   大悟者  →  神様
・菩薩(ボディサッタ) 修行者  →  神様


これは変遷というよりも、単に用語を流用しただけのようにも見えます(笑)。
何かベースとなる宗教があって、それに沿うような形で変容されたとしか考えらませんね。

大乗仏教の勃興は、こう説明されています。

*****************************************************************************
部派仏教が発展し経典は複雑化した。
そのため経典の内容を理解できない者が増えてしまった。
そこで在家の民衆は釈迦の遺骨がある『仏塔』に救いを求めた。

部派仏教が発展していく段階で、釈迦が生まれる前の世に釈迦と同じように悟りを得ることが出来た存在(過去仏)があったと言う経典が誕生し、釈迦が次の世で衆生を救うため修行する弥勒菩薩(未来仏)を説く経典が誕生した。

そのため「悟りを得ることが出来るのは誰にでも出来るのではないか」という考え方が生まれた。

その一派は部派仏教を『小乗仏教(小さな乗り物のような教え)』と呼び、自らの一派を『大乗仏教(大きな乗り物のような教え)』と呼んだ。大乗仏教が大成したのは、多くの経典を纏め上げた龍樹などの存在がある。またそれらの教典は、シルクロードを経て三蔵法師としても有名な『玄奘』により、多くの教典が中国に伝えられ、またそれらの教典は漢訳化され、後日本に遣唐使などを通じて伝わってきた。さらに大乗仏教は大成し『禅』『密教』『浄土信仰』と言った形で、民衆に支持されるようになっていったのである。

*****************************************************************************

つまり、仏舎利を収めた仏塔を崇める仏塔教団が、大乗仏教の発端だというわけです。
しかし、それを明確に否定する本が発表されました。

大乗仏教興起時代 インドの僧院生活大乗仏教興起時代 インドの僧院生活
(2000/07)
グレゴリー ショペン

商品詳細を見る


この本、まだ読んでいませんが、その書評にはこうあります。

*****************************************************************************
大乗仏教の興隆は紀元前後ころという従来の説は、この書もって完全に葬り去られたといっていい。4世紀になるまで大乗教団とよばれる集団はインドには存在しなかったというのだ。仏教経典ばかりでなく、碑文研究や考古学的証拠を縦横に駆使した緻密な学説は理路整然として十二分に説得力があって、久しぶりに知的興奮を味わうことができた。日本の仏教学が唱えてきた「大乗仏教は仏塔教団から起こったという説」は否定されてしまった。大乗に登場する諸仏もまた単なる創造の産物でしかなくなった。まさにコペルニクス的転回だ。我々に新しい知見をもたらしてくれたショペン教授に心から感謝したい。
*****************************************************************************

つまり、大乗仏教は4世紀以上前には遡れないし、仏塔教団起源でもないというわけです。

大乗仏教は、それまでの出家者しか救われない(小乗仏教)に対して、在家信者も救われる仏教(大乗仏教)であり、人間釈迦は地上での仮の姿であり、その本質は「久遠の仏」としている点、また、この超越者を信仰する点はキリスト教はじめ世界の大宗教と同様の信仰形態を持っています。本来の仏教では「一切が空」なのですから、「南無阿弥陀仏」「南無大師遍照金剛」「南無妙法蓮華経」などの念仏や題目というような祈りの言葉やマントラなど存在しようがないのです。

これらの祈りは『ゾロアスター教』や『道教』からきたものと考えられ、更に法華経に至っては誰もが持つ「仏性」の覚醒が重要とまで謳っています。これでは錬金術や呪術ですね(笑)。この「仏性」は誰もが持つ「内在神」のことを指していますが、「一切は空、全ては無」と言い切る原始仏教に対し、「内在神」を認め、更には他の絶対的な神的存在に救済を求める大乗仏教は、非常にユダヤ・キリスト教的であり、またグノーシス的なのです(笑)。

その他にも、大乗仏教には「浄土」「仏国土」という思想がありますが、この「浄土」の思想も原始仏教にはなかったものです。これはユダヤ教やキリスト教で言うところの「天国」と同じ概念です。「末法」もミレニアムというキリスト教の概念ですし、さらには「弥勒」と呼ばれる仏がこの世に現れるという「救世主」信仰まであるのです。

もう、これは大乗仏教=キリスト教です(笑)。

このように仏教は何者かによって著しく変質させられてしまったのですが、その真犯人が「景教徒ユダヤ人」である渡来系日本人ということなのでしょうか? その可能性は充分あります。そして、大乗仏教が4世紀以前には遡れないということは、4世紀において日本で何らかの公的事業として作成されたということなのでしょうか? それとも何か秘密が、、、、、

では、この4世紀とは日本ではどのような時代だったのでしょうか?

日本史の場合、この4世紀には何の歴史も無く「空白の4世紀」といわれています(爆)。

「日本書紀」には266年に倭の女王が西晋に朝貢したという記事があり、その後の出来事は413年に倭国が東晋に朝貢したという記事にまで飛んでしまっているのです。また中国の史書にも4世紀の倭国に関する記事がまったく載っていません。つまり、卑弥呼が無くなり、その後、台与が女王即位後、邪馬台国が滅び去った270年頃から歴史的記録がまったく存在していないのです。まぁ、もっとも「邪馬台国」という言葉も日本書紀や古事記にはありませんが、、、、ただ、何らかの大きな事件が日本にあったことだけは予想出来ます。
※註 語り部によると、邪馬台国を構成する弥生人(近年のDNA研究からは渡来系弥生人の多くは中国大陸の長江流域、山東省付近から来たという)に国を席巻されるのを良しとしなかった大国主一族(アイヌ)は、騎馬民族(スキタイ)を我が国に導入し、この弥生人を撃たせたという。スキタイは347年頃9月から進軍し、10月15日未明に邪馬台国は壊滅したという。しかし残党は吉野ヶ里にまで落ち延びそこで最終抵抗したが、これも鎮圧して翌年5月に凱旋帰国したという。伊勢の夫婦岩がこの時期にしめ縄交換するのも、邪馬台国滅ぼした記念だといい、このとき活躍した扶余族系スキタイが、後の用明天皇-崇峻天皇-聖徳天皇-天武天皇-文武天皇-山背大兄に到る「上宮」の初期大王族(ガド族)となる。

日本へ仏教が伝来したのは飛鳥時代の552年に百済の聖明王により釈迦仏の金銅像と経論他が献上された時だとされているが、近年では『上宮聖徳法王帝説』(聖徳太子の伝記)や『元興寺伽藍縁起』を根拠に538年に仏教が伝えられたと考える人が多いといいます。

いづれにしろ、日本への仏教伝来は538~552年の六世紀です。

語り部は大乗仏教が日本で作られ配布されたのは650年以降だと言っていますので、ここで導入された仏教から作成に取り掛かったことになりますね。100年あれば充分多大な経典は作成可能だし、変容は出来そうですね。
※註 しかし、未だに4世紀以降の発祥というショペン教授の説とは2世紀の乖離があり、この差を埋めれない。もう少し何らかの手がかりがあればいいのですが、、、、、

この6世紀に伝来していった仏教が、奈良の「南都六宗」へと発展していったのですが、これらの宗派は仏教を学問として研究する「学僧」という面が強く、国家鎮守という呪術的な祀りを行う程度であり、衆生救済という考えは全くなかったといいます。

平安京を造営した桓武天皇は、平城京(奈良)において絶大な権勢と「僧兵」という兵力を持った頑強な仏教勢力(南都六宗)によって、政治的に行き詰まりを感じ、これらから逃れるために京都へ遷都したといいます。最初は藤原京へ遷都したが、ここは水気が多い土地柄で疫病が流行り数年で更なる遷都を余儀なくされ、794年、今の平安京に落ち着いた。この新しい都を守護するために、原始仏教のような冷徹で残酷な哲学宗教ではなく、人民を支配できるようなマイルドな新しい仏教を日本に導入させる為に、804年に空海と最澄を中国に国費留学させたという。

これが京都守護する真言宗(東密)の「東寺」と天台宗(台密)の「比叡山・延暦寺」です。

空海の真言密教は大日如来を祀っていますが、この大日如来は本来のインド仏教にはない神様です。大日というからには、当然「太陽」を指しますね。で、「太陽」といえば、あのお方、、、そう、実はイエスを指すわけです(ニタリ)。

真言密教では「護摩」という火を使いますが、この辺はゾロアスター教から導入したのでしょうか?

空海が留学していた唐の都・長安には西方から伝わったマニ教、ユダヤ教、ゾロアスター教などさなざまな宗教があり、その寺院がありました。大師の滞在した大泰寺の近くには景教寺院があったことが確認されており、大師のサンスクリット語の師匠であるインド僧・般若三蔵はペルシャ僧・景浄とも付き合いがあった為、三蔵経由で景教について聞いていた筈で、これらの各種宗教をミックスして、新しいマイルドな仏教を創生したというわけです。

真言密教を研究していたE.A.ゴルドン夫人が「真言密教は景教だ!」という結論に達して、高野山に中国・長安の大秦寺境内にある「大秦景教流行中国碑」のレプリカを建立したといいます。事実、高野山の僧侶は「うちは劣化したキリスト教ですからね」と自嘲気味に答えたという噂もある。

■空海と景教
http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/japan/index4.html

高野山景教
(高野山の景教碑 奥の院の「御廟」には十字架マークがあるというが、、、、)

以上洞察したように、大乗仏教が日本で作成されたという証拠は見つからなかったのですが、大乗仏教、平安仏教はそれまでの仏教とは内容が大きく異なっていて、大衆を相手にした大衆支配の宗教という面を持っています。そして、それはゾロアスター教やキリスト教(景教)の影響があると断言できます。4世紀の空白の期間に初期大王族、出雲族らの豪族寡頭支配であったこと思われますが、この時期を過ぎた後、現在の天皇家にまで到る日本の新しい支配者層(ユダヤ教徒・エフライム族・後期大王族)が大陸経由で仏教を持ち込み、その原始仏教にユダヤ教を参考に大乗仏教経典を作成したという感じでしょうか。その後、仏教勢力が増大化する為、あたらにキリスト教(景教)を導入した仏教を創設した。で、初期大王族から政権を簒奪した歴史を隠す為に記紀には4世紀のことが意図的に省かれた。語り部の話を信じるならば、こうなります。

さてもう一方の神道ですが、一見、日本古来からのものであるようにみえますが、実はそうではなく、以前の記事でも語り部の話を紹介したように「伊勢神宮」はイェシュア神宮なのだそうです。確かに内宮の前の川は五十鈴川(イエスズ川)ですし(笑)。

神道=ユダヤ神殿起源説は、かなりいろいろなところで言われていて、神官の服装、神社の構造、拝殿に置かれる賽銭箱、、、普通では考えられない程の類似性があることから、かなり信憑性がある話です。諏訪神社の「御頭祭」など、モロ「イサクの犠牲」に沿った内容です(笑)。神道の神饌儀式などはユダヤ式の燔祭(はんさい)そのままですからね。

しかも、ホントか嘘か分かりませんが、古代日本とユダヤを結び付けるだけで学会では黙殺されるそうです。ヘブライ人だけは絶対ダメで、匈奴、騎馬民族...等ならばOKなのです。ここにも何かきな臭い感じを受けますね。

語り部は更にその上を行き、内宮=イェシュア神宮と断定しています。
これは飛鳥昭雄氏やその情報元であるヤタガラスとも同じ見解です。

失われたイエス・キリスト「天照大神」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)失われたイエス・キリスト「天照大神」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)
(1998/04)
飛鳥 昭雄三神 たける

商品詳細を見る


これは桓武天皇がそれまでの外部に明かり窓のないユダヤ式の正殿を斜めに三つ配した「三正殿形式」を改めて、現在あるような一正殿の掘っ立て柱+藁葺きの弥生式神殿スタイルに変えたのだと語り部はいう。これは飛鳥氏もいうように、この地がイエスを祀っていることを外国勢力から隠蔽しようとしたからか? 残念ながら、この件に関する語り部の回答は無い。

伊勢両宮図
(伊勢三正殿)

ただ、この神道も語り部の語る内容を信じるならば、縄文時代の「古神道」から、初期大王族の持ち込んだユダヤ教色の濃い神道へ、更には後期大王族が持ち込んだキリスト教色が濃い神道へ変遷していったということになりそうです。

現在の姿を見れば分かるように、日本の宗教は「仏教」と「神道」の二本立てとなったのですが、そのいづれもがユダヤ式中東宗教が母体だったというわけです(爆)。

日本人はこの「両建て戦略」で時代により、神道に重きを置いたり、仏教に重きを置いたり、一緒になったり(神仏習合)、分離してみたり(廃仏毀釈)というブレを起しながらも、この範疇から脱することが出来ず、他宗教に馴染むことが無かったのです。日本でキリスト教が普及しなかったのも、神道・仏教共にキリスト教のエッセンスが含まれており、またこの「両建て戦略」により愚弄されてきたわけです。また、どちらを選択しても、あまり違和感を感じずに居られたのはこのことが原因なのでしょう。
※このユダヤ式の神への変更は、支配たちによる縄文神の隠蔽作業であったのだろうか? それとも来るべき「超覚醒」まで日本民族の精神の根幹部分を外的からガードする役目を果たしていたのだろうか? イエスを神社に祀るのは敬う為たっだのだろうか? 近年まで皇族が伊勢神宮に参拝しなかったのは、ここがイエスの霊を封印した地であったからか? 謎はドンドン深まります。

ここでも日本は「二本」だったのです。

この桓武天皇の「両建て戦略」に日本人は古代の頃から、まんまと嵌っているのですね。ですから、日本人が仏教寺院や神道神殿のいづれもにお参りに行くことは、全く問題ないのです(笑)。実際、両方とも表面的には八百万の神を拝み、裏では唯一神を拝むキリスト教の宗教だったのですから。

本当の日本人、つまり縄文人ですが、彼らの宗教はもっと自然を尊び、神殿もなく神籬(ひもろぎ)のように神が宿る自然物(依り代)を拝するとてもシンプルなものでした。これが「古神道」と呼ばれるものであり、この古神道の縄文の神様が「国常立尊」や「木花咲耶姫」や「瀬織津姫」なのですね。

ひもろぎ
(石巻山の注連縄 こういうのを「神籬」というか)

今、これらの古代の神が蘇ってきているというのは、今までのユダヤ式封印が弱まってきたということでしょうか。確かに今後の社会は、中央集権というピラミッド状の社会形態ではなく、縄文時代のようなネットワーク状の分散型の社会形態になっていくことは確かであると思っています。その徴は進歩著しいコンピュータの世界では、メインフレームの中央処理型からクライアントサーバーという分散処理型形で示現してきていますね。同じ情報処理である国家も増大する情報に対処するには、この社会形態が優れているのは間違いないところです。

縄文時代は数万年もの間、争いの無かったといいますが、そんな平和な時代となるかもしれません。

まさに、縄文式「千年王国」です。

瀬織津姫物語―縄文の女神が復活する瀬織津姫物語―縄文の女神が復活する
(2008/08)
山水 治夫

商品詳細を見る


しかし、その縄文人が構築したネットワーク型社会も下記のように渡来してきたユダヤ人によって簒奪されてしまったのです。特に後期大王家の百済奪回にかける意気込みから、全権力を掌握の必要があり前期大王家を滅ぼしたり出雲に国譲りさせ、「律令制」という中央集権制に進んだのだといいます。
※註 その政策の一環として「唯一神」を崇める思想が必要となるのですが、表では八百万の神となっている神道ですが、裏ではユダヤ教と同じく一神教となっており、ずっとカモフラージュしてきたわけです。ということは、裏神道の秘密結社ヤタガラスとはこの国を2000年支配してきた藤原一族(百済末裔)の別動部隊となるでしょうか!?


扶余族系スキタイ(騎馬民族)の初期天皇家(カド族)、その後、古代国内最大の内乱「壬申の乱」によって入れ代わった百済系の後期天皇家(エフライム族)を冠に頂き、その後期天皇家の取り巻きである百済王子・豊の末裔である藤原氏によって、ピラミッド状の中央集権化され掠め取られた「神の国」が日本だったわけです。そして、その藤原一族である摂家(近衛・九条・一条・二条・鷹司)や清華家(転法輪三条・菊亭(今出川)・徳大寺・西園寺・花山院・大炒御門・久我・醍醐・広幡)は三井家・住友家という財閥と婚姻関係で同化しながら、現代にまで「閨閥」という形で隠然とその支配は続いているのです。
※註 但し、藤原不比等は天智天皇の子を宿した妃を下賜されたという。日本の華族は同族結婚を通じて、その血を濃くするようにしているというが、これはレプティリアンを彷彿とさせるような話です(爆)。

これが古代日本から続く「イシヤの仕組」です。
日本精神の隠蔽はこんな古代の昔から進められていたのです。

この古代から続く「ユダヤの封印」から脱するのが、日本精神の復活でしょうか!
さらに、「火水伝文」では「魔釣りの経論」という言葉で、この「イシヤ仕組」の成り立ちを述べています。

**********************************************************************
「魔釣りの経論」申すものは、自らの神を迎えて千年王国を創ろうと、神に仇成す汝等に、身欲のエサをちらつかせ、汝等の心を曇り曇らせ、獣の心と鳴り成らせ、生くる総ての神の糸を彼の者共が支配して、逆らう事の出来ぬ様に致しておいて一挙に汝等の首根っこを押さえる仕組みが、「魔釣りの経論」の表の意味でござるのぞ。

ユダヤの身魂の我が民は、神に選ばれ約せある、汚すも尊き民なれば、世界の要所、要所にて、使える獣を操りて、身欲とカを叶えさせ、血縁、血族成さしめて、「魔釣る仕組み」に働かす、ニセのユダヤを創りたり。

**********************************************************************

ニセユダヤ人、つまり、ハザール国を出自とするアシュケナジー・ユダヤのことですが、この「使える獣」を操りているのが、何を隠そう日本人であるというのです。これはエフライム族末裔が後期大王家及び藤原一族であることから考えれば、納得の行きそうな話ではありますが、、、、、それにしても、このことがもし本当ならば、実は、日本が影から世界を支配しているという、驚愕怒涛の結論になってしまうのです(超爆)。

古代天皇家の紋章
(天皇家の紋章  ロスチャイルド家の「赤い盾」の紋章と酷似しているというが、、、)

ロスチャはじめとするイルミナティは、ルシファーという神を奉じていて、そこから指示を仰いでいるといいますが、この神がエフライム族である後期大王家が代々祀る神であった場合、確かに支配しているということになりそうではあるが、、、、、(笑)。また、日本は世界の雛形であるという「雛形理論」からは、世界の至宝・日本を押さえることが即ち世界を支配することに繋がるからこそ、古代ユダヤが「イシヤの仕組」で日本をずっと封印してきたといえなくもない。その手足となって蠢いているのが、ニセ・ユダヤであるアシュケナジーというわけか!!!

逆説的な見方をすれば、この悪でもって日本を攻めて撃たれ強くし、日本をより意識レベルの高い国にしようとでもしているのだろか?

日月神示が「日本に一厘の秘密がある」というのは、このことを指しているのかもしれないな(笑)!?

この「魔釣りの経論」がいうニセ・ユダヤ創生説は、イシヤとメシアが富士(不二)になって鳴門になることや、ルシファーとキリスト(イエス)が表裏一体であることと密接な関連があるように思えてくる。ただ、これではイシヤの仕組は、蘇ららせない為の封印なのか、敵から守り隠すための封印なのか、悪なのか善なのか、サッパリ分からなくなってきました(汗)。まぁ、それでこそ裏表一体という表現がピッタリくるわけなのだが、、、、、
スポンサーサイト

コメント

ゴチャゴチャになってる様ですが・・・

もう廃刊になってしまいましたが・・・
五井野正博士が1981年に出版した
「法華三部経体系 総論」(創栄出版)を読んでみて下さい。
五井野博士のストーカー池〇大〇の陰謀で出版社が乗っ取られ
廃刊になってしまっているので入手は難しいですが・・・
目からうろこです。

感嘆!

あれよあれよ、というばかりの、超絶の理路に度肝をぬかれますた。最後の善か悪かもわからない.....も同感。「一倫のしぐみ」ももしかして.....というのもひどく興味深く。壮大なパラダイムひっくりかえし。一番なのは二本(にほん)の作為のめくらましに封印されてきたがほんとうの古神道は自然に連続した<超分散型トポロジー>の縄文神道であり瀬織津比売などの自然神名たちであろうという論は、いまこのときにいたりリアルなプラクティスとして重要すぎると思いますた。どうかさらに詰めてゆかれることを希望します(^^

インリージョーンズ さ~ん♪

コメントとありがとうございます!
もう本当に情報に翻弄されて頭ごちゃごちゃです。

>もう廃刊になってしまいましたが・・・ 五井野正博士が1981年に出版した「法華三部経体系 総論」(創栄出版)を読んでみて下さい。

ネットで見つけましたよ~
http://homepage3.nifty.com/Durga/hokekyo1.html

G博士は、仏教とは大乗教で、小乗は仏教ではないという立場をとっているだろうことは、カクレイシ氏の記事で何となく理解していました。ただ、その根拠は?という点が端折って書かれているので、欲求不満気味だったのですが、この本名をキーワードしてその根拠が書かれたものを今回、目に出来て嬉しいです。ありがとうございます。

パーレの「万国史」等の西欧史観でみた仏教史が日本の仏教史という指摘は慧眼です。

「こうした明治の背景の中でキリスト教の排他的な思想や寺院の領地をとりあげる意図などがからんで神仏分離・廃仏毀釈が明治元年から行われてきた事を考えれば、明治から始った西欧人による仏教の解釈(翻訳は、仏典の場合はその内容からして解釈と同じ)の仏教研究はそれ以前の日本の仏教と当然異質なのです。時代年次も西洋暦に直され、西欧の歴史研究法によって東洋の年代もそれに合わされてしまったのです。」

神仏分離・廃仏毀釈が寺院の領地をとりあげる意図だったとは知りませんでした。
勉強になります。
(ただ、上記「法華三部経体系 総論」でも、大乗=仏教という部分の根拠が書かれてなかった。残念。西洋人の歴史研究からではなく、宗派である上座部が仏教の正当な末裔であると自ら語る内容も大変説得力があり、なんとも結論がつかない状況です。そんなところに、語り部の仏教日本発祥発言ですからね・笑)

それと前にコメ頂いていてレスできなかったことですが、、、

>カクレイシさんは創価学会に寝返った五井野博士の弟で兄の正氏を苦しめているって本当?

「カクレイシ=博士の弟」というのは確認できていませんが、
五井野3兄弟というからには2人の弟さんがいらっしゃるようですね。
う~む、記事読む限り、多分、違うんじゃないでしょうか。

k.kさ~ん♪

コメントとありがとうございます!

>あれよあれよ、というばかりの、超絶の理路に度肝をぬかれますた。最後の善か悪かもわからない.....も同感。

もう本当に対立する内容が多くて、どっちも正しく思えてしまう(汗)。
現実とは人の数だけあるんじゃないかと思うこの頃です。
芥川龍之介の『藪の中』の検非違使にでもなった気分です。

>二本(にほん)の作為のめくらましに封印されてきたが、ほんとうの古神道は自然に連続した<超分散型トポロジー>の縄文神道であり...

今、この古代ユダヤ封印術について書いていますw

違っていたらご免なさい

★ヤッズさんコメント有難うございました。
「カクレイシ=博士の弟」説が出ていたのですが、違っていたらカクレイシさんに大変失礼なのでお詫びします。

>「法華三部経体系 総論」でも、大乗=仏教という部分の根拠が書かれてなかった。残念。

総論の中ではその点について書かれています。仏様が説いた教えは全て仏教なのですが、小乗経の場合は個人個人の質問に対する答えなので質問者と全く同じ十如是を持つ人以外には対応しない為、仏教であるけれどもお釈迦様本来の悟りを明かすものではないので小乗経は含めないという事の様です。

大乗経がお釈迦様本来の悟りについての内容の為、時間と空間を超えて全ての存在に対する教えなので大乗経が本来の仏教と云う事の様です。

その大乗経の中心が法華経。
法華経の対告衆は菩薩のみなので縁覚、声聞の人々を何とか菩薩に導いて法華経に縁付けようという心行こそが法華経の精神と云う事です。

では法華経とは何か?

これはどの仏典にも書かれていませんので、五井野博士の本を入手するしかありません。

私が感じるのは、仏教の本質は人々を苦しみから救いたいという心、気持ち、優しい思いやりではないかという事です。お釈迦様が老体にむち打ってまで十大弟子が成長するのを待つこの気持ちこそが一番言いたかった事なのかも知れません。





インリージョーンズさ~ん♪

コメントとありがとうございます!

>小乗経の場合は個人個人の質問に対する答えなので質問者と全く同じ十如是を持つ人以外には対応しない為、仏教であるけれどもお釈迦様本来の悟りを明かすものではないので小乗経は含めないという事の様です。
>大乗経がお釈迦様本来の悟りについての内容の為、時間と空間を超えて全ての存在に対する教えなので大乗経が本来の仏教と云う事の様です。

確か「五時八教の教判」でもそのようなことで判断していたような、、、、悟りの内容が書かれているっぽいのは、確かに大乗経典のような気がしますね。また上座部(小乗)が「空観」と「仮観」に留まっているの対し、大乗はその相互の関係性を重視する「中観」だという点も悟っているなぁ~とは感じます。
非公開コメント

プロフィール

ヤッズ★

  • Author:ヤッズ★
  • ヤッズ★(八頭)です♪
    『恋のフェロモン・ボンバー』
    絶賛発売中!! よろしく

    ちなみにリンクフリーです♪

    (このブログについて)

最近の記事

最近のコメント

全ての記事を表示する

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。