トート神

前回の記事で八名東頭神社の祭神がトート神だという冗談を書きましたが、実は冗談とも思えなくなってきました(汗)。というのは、日本神話とギリシャ神話は類似点が多く、マジにトウト神はトート神を指しているのではないかという疑いが濃厚になってきたからです。

神話が似ているという例を挙げれば、このようなものが有名です。

*******************************************************************************
■イザナギの黄泉行き
ある日、妻のイザナミは火を司る神カグツチを産んだ時、にホト(女陰)が焼けて死んでしまう。 彼女の死を悲しんだイザナギは彼女を生き返らせる為に地下にある黄泉の国へと旅に出掛けた。 そこで彼を出迎えたイザナミは「帰れるように相談してくるので、それまで絶対に私の姿を見てはいけない。」といい残し神殿へ向かった。しかし待ち切れずイザナギは神殿の中の彼女の姿を覗いてしまう。そこで見たのは、腐敗してウジにたかられ、雷(いかづち)に囲まれたイザナミの姿であった。そして条件を破ったということでイザナギは1人で地上へ帰る羽目になった。


■オルペウスの冥府行き
オルペウスは,トラキア地方の河の神オイアグロスと、詩の女神達の1人カリオペのあいだに産まれ、音楽の才能をもっていた。彼はエウリュディケというニンフ(木や水の精の神)を妻にするが、ある日毒蛇にかまれ死んでしまう。 彼は妻を取り戻すために死者の国「冥府」へ旅をする。 そこで彼は、歌と竪琴で冥界の王ハデスとその后ペルセポネの心を動かし、条件付きで彼女を生き返らせることを許された。 それは、地上へ戻るまで後ろをあるく歩く妻を見てはならないというものだったが、彼は条件を破って見てしまい、1人で地上へ帰る羽目となった。

*******************************************************************************

*******************************************************************************
■天照の岩戸隠れ
アマテラスオオミカミはイザナギとイザナミの間に誕生した神々の1人であり太陽をつかさどる女神。彼女の弟にあたる暴れ者の神サスノオは、彼女の田をうちこわし、神殿を大便でよごすなどのイタズラを繰り返していた。腹を立てた彼女は岩屋に閉じこもることにし、世界は暗黒におおわれてしまう。 神々は彼女の怒りをしずめるため、アメノウズメという女神は岩屋の前で踊り、乳や女性器を見せてまわりの神々を笑わせた。すると笑いに誘われた彼女は岩屋から顔をのぞかせ、大力の神アメノタヂカラヲにより岩屋から彼女をだすことに成功した。


■デメテルの岩屋隠れ
冥王ハデスに娘をさらわれてしまったデメテルは悲しみのあまり神々との付合いをやめ、1人エウレシスという地へ訪れる。 そこで彼女は土地の王様ケレオスからもてなしを受けるが、一切食事を口にはしなかった。 そこでケレオスの侍女バウボは彼女の前で踊り、女性器を見せ、彼女を喜ばせた。あまりの可笑しさに彼女はついに食事を取った。この後、彼女の弟にあたる大海原の神ポセイドンに性的悪戯を受け、岩屋に閉じ篭ってしまった。

*******************************************************************************

その他にも、多くの類似したストーリがあります。

例えば、アマテラスがイザナギの目から生まれたとありますが、アテナ女神がゼウスの前額より生まれたのと同じようなストーリ構成なのです。

■ギリシャ神話との奇妙な類似
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn5/005_02nihonnsinnwa_no_seiritu.html

このような類似から、日本人とギリシャ人は同祖であると飛躍した考えを披露する方もいます。
でも、それは少し飛躍し過ぎでしょう(笑)。

語り部が語る真実の日本古代史では、記紀に書かれた日本神話はギリシャ神話をベースに文武天皇(文化に優れた為、この名があるという)が創作したといいます。つまり、古代の日本には意外と多くの外国の知識が搬入されていたのです。多分、この辺が妥当なのではないでしょうか。

日本神話には天照大神、月読、スサノオ...等、神話に登場する神様が沢山いて、それらは神社に祀られていますが、これらの神はみな創作神話の神であり、本当にそういった神が存在するわけではありません。あるいは、大国主、明治天皇...等の実在人物が死後、神として祀られる場合もありますが、これも同じです。

神道の場合、実はそういった架空の八百万の神を通して、その背後にある唯一絶対神を拝むという形態なのですね。

さてさて、ここでトート神についての考察を深めて参ります。

ギリシャ神話では、両腕と頭で天の蒼穹を支える巨躯でもって描かれるアトラス(ティーターン族)とプレーイオネー(ニンフ)の間に生まれた娘たち、通称「プレイアデスの七姉妹」ですが、この長女がマイアといいます。更に、このマイアとゼウスとの間に生まれたのが「ヘルメス」ですが、この「ヘルメス」は「ヘルメス・トリスメギストス」というようにトートと習合され同一の神と見做されてきました。ヘルメスはローマ神話におけるマーキュリーに相当し、事実、水星はギリシアでは「ヘルメスの星」といわれています。このように、ヘルメスには「水」が関連してきます。

そして、これは日本のイザナギ、イザナミの国生み神生み神話に反映しています。

神生みの際、イザナギとイザナミの最初の子ヒルコは不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまったといいます。日本沿岸の地域では漂着物をエビス神として信仰するところが多いのですが、このヒルコが漂着したものと考え、「ヒルコ=エビス神」という信仰が広く深く浸透しています。ここでも「水」です。

少数意見なのですが、エビス神は「少名彦名(スクナビコナ)神」であるという。

スクナビコナは、海の向こうからやって来た「蛾の皮の福をまとった」ユーモラスないたずら者で、一寸法師のルーツでもある小人神です。コロボックル(北欧ではノームでしょうか・笑)に比定することも可能です。
※註 コロボックルはアイヌの伝承に登場する小人。アイヌ語で「蕗の葉の下の人」という意味。


新版 ノーム新版 ノーム
(1992/11)
ヴィル ヒュイゲン

商品詳細を見る


身体は小さく非力なのですが、豊かな技術や知識と優れた知恵を備えていて、力に頼らず知恵を駆使して困難を見事に克服し、大国主とペアを組んで国造りをしたといいます。

この凸凹コンビは七福神の「大黒様(大国主)」と「恵比寿様(スクナビコナ)」としてよく知られるところですね。

スクナビコナ01
(大国主とスクナビコナ)

このスクナビコナな知恵と技術を備えた神であるという性質が、エジプトの知恵と学問と記録の神である「トート神」と符合してくるわけです。トート神が持つ鏡と角が、エビス(スクナビコナ)の鯛と釣竿に変化してきたのです。

つまり、ヒルコ=恵比寿=スクナビコナ=トート=ヘルメスです。

ヘルメスが「伝令の神」と崇められるのは、この身体の小ささが有利に働き、相手に見つからないという特質があったからかもしれませんね(笑)。
※註 ヘルメスやトートが小人神という記述はどこにもないのだが(爆)

更に、もう少し恵比寿(エビス)について洞察します。

エビスは「蝦夷(えみし)」とも書き、実は縄文時代の先住民族である土蜘蛛・夷・国栖と呼ばれる「エブス人」を指しているのだと語り部は言います。いわゆるアイヌ人です。エブス人の起源は古く、元々は遠くレバノン山脈の沿岸地帯に住む海人族で、ダビデ侵攻前にエルサレムに住んでいたという。聖書のサムエル記にその記述が載っています。

ヒルコ(エビス)と次に生まれたアハシマ(淡島神)の二神は子の数には入れないと古事記には記されている。

この二神を数えないというのは、日本に最初に移住して国を統治していた縄文人であるアイヌ【→ヒルコ】や、その後、渡ってきた弥生人(中国長江出身)の邪馬台国が大倭(ヤマト)に滅亡させられたこと【→アハシマ】を指していると思われます。つまり、この2つは日本古代歴史から除外したということの暗喩でなのです。

つまり、ヒルコ=恵比寿=毛人=蝦夷=エブス人でもあった。

蝦夷・毛人を追いやった東の方向に思いを馳せる、あるいは、エブス人が中東から日が昇る方向を目指した名残、つまり太陽が昇る方向を拝むことが「遠くの行き先を思いやる」という意味の「トウト」に繋がるというわけです。ですから、「蛭子」とは本当は太陽崇拝する「日霊子(ひるこ)」という方が適切だったのかもしれません。

ここから、、、、、

遠戸神=蝦夷・毛人=エブス人=恵比寿=ヒルコ=スクナビコナ=ヘルメス=トート

となってくるわけです(爆)。

東頭(とうづ)神社の「東頭」が「とうとう」とも読め、「遠戸(とうと)神」に繋がり、それはトート神であるというのも全くのガセではなかったことになりますね。
スポンサーサイト

Comments

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)