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織姫に導かれて?【P30】

今日、金玉氏のブログを見たら、「三脈の法」が記事化されていました。

実は、この方法、今まで聞いたことありませんでした。(汗)
昔、忍者がやっていたとか、中国から伝来したとも言われていますが、

アノクタラ サンミャク サンボウダイ
※註 この呪文の意味は、アヌッタラ(この上ない)+サンヤック(正しい)+サンボーディ(完全な悟り)というサンスクリット語で、音訳では「阿耨多羅三藐三菩提」、漢訳では「無上正等覚」となります。

の呪文が示すように、ヤッズ★は初代レインボーマンである提婆達多(ダイバダッタ)がこの「三脈の法」の創始者ではないかと睨んでいます(超爆)。

冗談はさておき、危機を予知回避するメソッドが「三脈の法」です。
これに熟達すれば、危機回避はお手の物ですね。
でも、シンクロしているかの把握は難しいです。
3点計測する常設用の電子機器があればいいのですが、、、、

■未来の危機を回避する「三脈の法」
http://f37.aaa.livedoor.jp/~kaiun/tobira/sanmyaku.html

さてさて、上の文章に出てくる白須賀は遠州灘に面し「潮見坂」と「柏餅」で有名なで坂の上から眺める海の景色がとてもよいところです。柏餅は白須賀付近の「猿の番場の茶屋」で出されていたものですが、秀吉が小田原攻めに向かう途中、ここで休憩したといい、差し出された柏餅を食べ、あまりの美味さに名を尋ねたところ、「勝和(かしわ)餅とは縁起がいい!」と言ったといいます。

白須賀

今は有名なサーフスポットとなっていますが、小学生の頃は親戚に連れられ、よく泳ぎに行ったところですね。ただ、あそこは表浜で「遊泳禁止」だったのだが、、、、(汗)。

宝永4年(1707)10月4日午後2時、この白須賀近辺で大きな地震が起こり、建物は倒壊し火の手が上がったといいます。その後、沖から押し寄せる8mの津波で宿場は壊滅した。幸い裏山に逃げた人のみが助かったとのことです。この災害を契機として、白須賀の宿は太平洋に面した地(元白須賀)から同じ東海道沿いの潮見坂の上のより山側の地へと移ったといいます。

この「三脈の法」で助かった柳川藩以外にも、下記のように助かった大名がいるといいます。

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岡山藩・池田綱政が白須賀宿本陣に泊まった夜、夢に観世音菩薩が出てきて、
「深夜必ず津波がくる。早くこの地を立ち去るように」と告げた。
綱政が宿を早立ちすると、本当に津波がきて白須賀宿が壊滅したと伝わる。

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本尊の「潮見観世音菩薩」は江戸初期地元漁師の網にかかって現れた身の丈1尺9寸の霊験あらたかな聖観音様。綱政公は観音様の御加護に感謝し、邸内に潮見観音の御分身を祀り子々孫々現在の池田牧場まで続いているといいます。

海から出てきた点は、何やら瀬織津姫を連想させます(笑)。

潮見観音
(潮見観音 海上の船が通行時帆を下げたといい 別名・帆さげ観音ともいう)

まぁ、この潮見観音を丁寧に祀っていた宿場の庶民の多くが死亡したのに対し、たまたま通りかかった大名家だけがお告げで助かるというのは何か釈然としない話ですが、彼は街道の庶民に向かって「玉蔵、一生のお願いですから、逃げて下さい!逃げて下さい!」と金玉氏のように言わなかったのでしょうか?

まぁ、そんなことを考えていたら、急に行きたくなったので白須賀に行ってきました(爆)。

見学後、折角着たのだからと、近くにある豊田佐吉記念館にも足を伸ばしてみました。
実は、前々から名は知っていたのですが、ここを訪れるのは初めてです。

生家

まぁ、小さな生家がある程度と思っていましたが、さにあらず、母親に寄贈した母屋の他に、納屋、集会所、佐吉・喜一郎の生家、佐吉が考案した山水取水濾過装置が裏山にあって、小高い丘の山頂まで散策道が続くかなり広いものでした。佐吉といえば自動機織機ですが、ここに佐吉考案のライナーが自動で左右する片手操作可能な半自動機織が置いてあり、実際に織ることが出来ます。それに座りパタパタと動かすのですが、機織とはなかなか面白いものです。ただ、趣味で機織する程度なら半自動でない方が味わいがあって面白いですが、、、、

機織
(佐吉考案の半自動機織 トヨタ自動車の原点でもある)

七夕の織姫として有名なのが、天照大神が天岩戸から出てきた時に着た神衣(かんみそ)を織ったという伝説がある天棚機姫命ですが、実は、瀬織津姫は名からも分かるように「織姫」でもあるのです。さらに、豊田佐吉翁が信奉していたのが、豊川河口の水神社(主祭神:瀬織津姫)なのですね。瀬織津姫は水神かつ養蚕神・織姫神でもありますから、当然といえば当然でしょうか。

この湖西市から浜名湖を上に上がった三ケ日には、初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)という小さな神社があり祭神は「天棚機姫」です。拝殿横には織殿があり日本一古い織機が収められているそうです。また。ここの宮司は日本で唯一「神服部」(かんはとり)という姓を名乗っています。

■初生衣神社~その歴史と神服部~(動画)
http://ubuginu.jp/html/movie.html

940年(天慶3年)、この地方が伊勢神領となったからでしょうか、三河の「赤引きの糸」を使ってここで機織り、豊川を下って豊橋市の湊町神明社から船に乗せ伊勢神宮にまで織物を毎年奉納していたそうですが、100年ほど前、伊勢神宮が民間からの奉納を受け付けなくなり途絶えてしまったといいます。
※註 これを「御衣(おんぞ)祭り」という

三ケ日と伊勢神宮の関わりは、奈良を追い出された天照大神が倭姫の背中に背負われ、伊勢に永久に遷座するまでの間、各地を4年に1回の頻度で遷座していって50年後に現在の伊勢山田の地に落ち着くことになったといいます。実は、この三ケ日も「三河国渥美宮」の次に「遠江国浜名宮」として40日滞在していた場所なのです。その場所は初生衣神社のすぐ近くの浜名総社という神社であり、宮司も「神服部」氏です。

倭姫の50年間の天照大神の永住の地を求める話は、モーゼがエクソダス(出エジプト)後、ヘブライの民を連れて荒野を50年間放浪したという話を彷彿とさせますね。



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40日プログ【30日目】
ふぅ~、やっと3/4です。

■10
私は「この世」のことをあれこれ思いわずらうことをやめます。
私の豊かさを生み出してくれる唯一の源(原因)に意識のすべてを向けます。
この源こそ、絶えず働き、お金をはじめとする目に見える豊かさを生み出してくれます。
私の内には、「豊かさの法則」が確かに働いています。


まるで機織のように豊かさを生み出しているようです(笑)。
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コメント

30日目だぁ~い♪

もう 30日目なのねん!(*・ω・*)ポッ

にいたんの知識の豊富さに感動。
にいたんは 常に豊さをうみだしてるのれすね
(人´∀`).☆.。.:*・゚

今日の誓いの言葉

はい!
自分の豊かさの源に気づき、
豊かさの法則が働いてる事を知っています。
これからも ますます 豊かさを味わっていくのれすね♪

いつもイメージに出てくる草原を
今日は探検してみました。
すると、きれいな川があって 水車小屋がありました。

入ってみると 小さい小屋だけど すごく好きな空間。
やさしい色の木の香りのする小屋れす。
そこで くつろぐことにしました。

川の流れる音 水車のやさしい音を聞いてました。

そして 眠くなって 寝ちゃいました (笑)
《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~

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