ヒマラヤ聖者の法則【P8】

ラピ。姐さんから、コメントで『豊かさの法則』は『ヒマラヤ聖者の生活探究』と同じだぁ~という感想をいただきましたので、あらためて読んでみると、その語る言葉が『豊かさ法則』やカバラと共通しているのを感じ入った次第です。

■ヒマラヤ聖者の生活探究
http://www.otc.ne.jp/~bolivi-/himaray%20%5B0%5D%20index.html

当然、最初に読んだ当時とは思考が少し変わってきた為、受取り方も変わってきていますね。

下記はヒマラヤホステスが語った言葉ですが、この本の肝となる部分の抜粋です。
それにヤッズ★たちの最新の解説を加えてみました。

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ホステスはそれに答えて、「正しい形をとって表現すれば叶えられるものです」というのであった。更に言葉を続けて、「望みというものは祈りの一形式であって、イエスの祈りは聞かれたからイエスの用いた祈りこそ本当の祈りであり、何時も聞かれる祈りこそ真の祈りでなければなりません。従って又、科学的でなければならない。科学的である以上、一定の法則に従うものでなければなりません」彼女の説き明しは続く――。

「その法則というのは、、、、、、

『汝の悟れる程度に、汝の祈りは叶えられたり』であり、
『又、汝、何を望むとも、そを祈るに、既に受けたりと知れ、然らばそを得ん』である。

もしわたしたちが何なりとも求めたものは、すでにわたしたちのものとなっていると積極的に知るならば、わたしたちは法則に従っていると知るがよい。もしも望みが満たされれば、法則が満たされたのであると知るがよい。」

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「そを祈るに、既に受けたりと知れ」とは、祈りをする時には「既に受取った」というように過去形で祈れいうことですね。単に過去形ならばいいというわけではなく、本当に受け取った、与えられたという状態でなければなりませんが、、、、(笑)。しかも、その受取る果実の大きさは、その理解度に正比例するといいますので、是非とも深く理解したいところです。

この法則性にカバラ的解説を付け加えるならばこうなります。

時間も形も空間も存在せず、神から一方的に発せられる「授与」という概念しか存在しない上層世界では、その全領域において「授与」がもたらす「近しさの法則」が支配しており、否が応でも同じ波動を持つもの同士が互いに引き寄せられてしまう。ですから、願望実現の祈りをする場合、与えようとする神に対し、祈願想念した全く同じ内容が与えられ、まるで鏡のように跳ね返ってきてしまうという現象が起きるのです。

例えば、、、、

  祈願者:「自動車が欲しいのです。宜しくおながいします。」

  創造神:「そうかそうか、車が欲しいのか、ではカッコイイ車を与えてやるぞよ」


普通一般ではこのような祈願と神の対応を望んでいますよね。しかし実は、このように神が人間の言葉を1つ1つ理解して、望みを叶えてくれるわけではないのです。

もし、あなたがこのように「欲しい欲しい」と祈願していれば、「欲しい欲しい」という状況がこの世に顕現し(爆)、「既に与えられた」と祈れば、「既に与えられた」状況が物質世界に顕現してくるのです。

  祈願者:「自動車が欲しいのです。宜しくおながいします。」

  創造神:「『車が欲しい』状況がお望みか、よしよし、与えてやるぞよ」


この「鏡像関係」という法則性については、潜在意識は二人称を理解出来ないとか、神は過去・現在・未来を認識出来ないとか、言っている言葉の意味が理解できないとか、、、、様々な理由付けをされますが、実は非常に単純な法則だったのです。

もう一度言います。上層世界(イデア世界・原型世界)は「授与」しかない世界だから、「授与」という同じ傾向を持つ想念しか引き寄せしないのです。欲しい欲しいという「受取」はベクトルが真反対なので、反発して遠ざけてしまうのです。だから、祈りをする場合、「既に与えられた」という「授与」、過去形で祈る必要があるのですね。

この世と上層世界の鏡像関係を知ることが、真の「知識」なのです。
今のところ、カバラ的な説明が一番腑に落ちています。

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もし満たされなければ、求めた側に誤りがあったと悟らなければならないのである。謬(あやま)ちはわれわれにあるのであって、神にあるのではないと知るべきです。・・・・故に、心配、不安、不信を以てではなく、自分の必要なものはすでに自分のものとなっていると知り、歓び、晴れ晴れとした感謝の心を以て、己自らの魂深く沈潜することです。

その秘訣は、「神と一体となること」(at-one-ment)にある。

神との一体感になり、
たとえ地球上の人々がこぞって反対しようとも、
神との一体感をしっかり持ちつづけて離さない。

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太字大文字箇所、重要です(笑)。



もし望みが叶えられない場合でも、エリアのようにコップが満たされるまでコップを差し伸ばし続ける、つまり、諦めずにこの法則を信じて前に進む必要があるといいます。

ラピ。姐さんが「神たんと一緒キャンペーン」を実施しているのも、ここからなのでしょうね(ニタリ)。

『豊かさの法則』でも、魂に繋がった神を常に意識しなさいといっていますよね。その為の方法としてに高次元存在・ディアモスのチャネリング情報を採用して、「ヤッズ★たち」というように一人称をわざと【複数形】で使ってるのです。これは「神たんと一緒キャンペーン」のヤッズ★版なのです(爆)。

たとえどのような状況であろうと祝福と感謝をしなさいというのは、この現実世界においては上記のように鏡面関係にある「引き寄せの法則」の作用が起きる為、良い引き寄せを得る状態にするには、その背景というか環境には「愛」「感謝」「赦し」が欠かせないということからです。これは「愛」「感謝」「赦し」を持つことが、現実を良い方に一遍させると語るレン博士の「ホ・オポノポノ」と同じですね。

そして、その願いの成就過程において人は何も関与できないのです。

人が為し得るのは、ただ「結果」を想起することだけです。
あとはオートマティックで進行するのです。

この件に関しては、『ヒマラヤ聖者の生活探訪』ではこう書かれています。

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『吾、自らの力にては何事をも為し給わず、吾が裡に住み給う父なる神ぞみ業(わざ)を為し給う』とイエスは申されました。神を信じよ、信じて疑うべからず、信じて恐るるべからず、神の力に限りなきことを忘るるべからず。神は『すべてを為し能う』のです。
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ここで忘れてはならぬことは、神という言葉が種子であるということです。

それはひとりで伸びて行くものです。何時、何処で、如何にして、などという計らいは、全部神に任せることです。求めた瞬間には、もうそれが成就されていると知った以上、あなたのすることは、只欲する事物を言って祝福を与えるだけです。成就するためのアレコレの細かいことは、神のお仕事なのです。

いいですか、「神が為し給う」のですよ。

あなたはあなたで自分の役割を忠実に果たし、神の役割は神御自身に任したらよいのです。求めよ。肯定せよ。欲するものを神に求めよ。しかして神の成就し給うものを受けよ。神の豊かさという想いを常に心の中に持ちつづけなさい。その他の想いはたとえどのようなものであっても、それが心の中に浮んだら、ただ神の豊かさの思いで置き換え、その豊かさを祝福するのです。必要によっては、み業の成就を絶えず感謝しつづけなさい。またと願いを繰り返す愚を演じてはならない。

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しかし、この想起が実は「原因」となっており、メビウスの輪的な展開を見せるのですね。
この世の不思議な部分です。

モリケンさんの書籍『ハンドルを手放せ!』は、この「結果」の世界であるこの世と「原因」の世界であるあの世を対比させながら分かり易く書かれ、原因の世界に現れるのはオートマチックで進行するので「ハンドルを握り占める必要などない!」と叫んだ名著です。

ハンドルを手放せ (講談社+α文庫)ハンドルを手放せ (講談社+α文庫)
(2005/06/21)
森田 健

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只、完全な状態だけを望むことです。それから自分の魂に種子となる完全な想いだけを植えつけるのです。さて、完全な健康が現れてくるように求めるのであって、病が癒されることを望んではならない。調和を現し豊富の実現を求めるのであって、不調和、不幸、制約から救われることを求めるのではないのです。こんなものは丁度、古くなった着物を棄てるように棄て去ってしまうのです。

それは古くて、もう着られなくなったものです。あなたには喜んでそれを棄てる余裕はあるのです。それを振り返って見ることさえしてはならない。それは赦され、忘れ去られたのである。本来の土に還ったのです。もはや物ではない(no-thing)、無になったのです。あなたの周囲の空無と見えるものを無限の善なる神の想いで満たすのです。

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「完全な状態だけを望む」とは、不安や不調和から逃れることを求めることではなく、ありたい自分の状態をズバリそのまんま想起することです。ここ意外と盲点で、自分も結構、不調和な動機から逃れる為の想念をしがちです。

というのも、そういった願望が起きるのも「不足感」を感じるが故に、そうなりたいという願望が湧き上がるからで、あくまで、願望の出発点は「不足感」や「不調和」なのです。逆に言うと、そもそも「不足感」や「不調和」が無ければ、願望自体出てこないないとなります。

しかし、この「不足感」や「不調和」はどこからくるのでしょうか?

過去記事「脳は受信機」に書いたように、ヤッズ★たちは刺激認識が身体動作より遅いという実験結果から顧みて、三次元世界に属する脳による思考が「不足感」や「不調和」を感じて願望を想起させているという考えは採用しません。心は三次元世界の状況を把握することは出来ませんので、意識されていない心が先にそういう感情を感じていて、自我にそう受信させているのだと考えています。つまり、今、心の存在する領域が「不足感」や「不調和」を感じさせる領域にあることを示しているのが先であると考えています。

だから、この「不足感」や「不調和」を感じさせる領域から脱出し、「充足感」「調和」を感じさせる領域に移行するには、「完全な状態」の想起、つまり、「充足感」「調和」の想起が必要不可欠というわけです。波動の世界である心の世界では空間的な距離感などなく、どれだけ動けばあそこに移行するなどということが成り立たない為、移行対象となる状態そのものを想起するしか手がないのです。

前置きがとっても長くなりましたが、さて、ここからが本題です。(えっ!)
40日プラン8日目の「誓いの言葉」はこれです。


■8
私の内にあるスピリットは、豊かさの尽きることのない源です。
私はこの真実に気づいています。
この意識が、イナゴが食い尽くして何年も荒れた大地をよみがえらせます。
あらゆるものを新しく生まれ変わらせます。
私の気分を高めます。
豊かな繁栄への道を歩ませてくれます。
スピリットに気づき、理解し、信頼することで、望むことはすべて、目に見える物や経験として私の前に現れます。



一見、荒廃したかのような状態であっても、それは長い自然のサイクルから考えれば、農業でいうところの「休田」に過ぎないものです。次の豊かさの状態に移行するまでの休息に過ぎないのです。自然は放って置いても豊かさの状態に移行してしまいます。なぜならば、神がそのような一方的な「授与」を与える存在だからです。

今、世界的な経済危機が起きていますが、これは新しい世界に脱皮する停滞の状態に過ぎないのですね。新しい世界は今よりもっと素晴しい世界になっているのです。

このようにハンドルを手放した状態であっても、私たちは豊かさへの方向へ自然と向かってしまうのです。一時的な停滞はあるかもしれませんが信頼しましょう。

さて、今回の瞑想イメージ&アイデアですが、こんなん出ました。

無限にコンコンと湧き出てくる泉のイメージが出てきましたが、弱いです。
泉であったようななかったような、渦巻きだったようなないような、、、、
今回は、あまりよくイメージが出てこず、また折角得たイメージも忘れてしまって苦労しました(汗)。

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Comments

No subject

この、過去形でお願いするということですが、苫米地さんのいう、時間は未来から過去へ流れているということで、すっきりしました。

 一般に、時間は 昨日 今日 明日と 流れていくように思っていますが、
考えてみると、今は どんどん 過去になり、未来はどんどん現在になる。ということは、時間は未来から 過去へ流れている。だから、過去としての現在は 結果であり
先に「ありがとう」といってしまおうという斉藤一人さんの言葉とも一致するわけです。

 いまは 未来に対する過去であり、その過去であるいまにおいて 幸せであるという結果であれば、その原因である未来は必ず訪れる。

 厳密にいえば、過去も未来も現在の鏡ということで同じなのでしょうけど、
いまは 常に 未来の結果であるという考えかたは、あっているような気がします。

8日目だすねん (*・ω・*)ポッ

(*^▽^*)ノハーイ
にいたんの言うとおり 神たんと一緒キャンペーンは
「ヒマラヤ聖者」からです。 さっすがぁ(*・ω・*)ポッ

そして にいたんも同じキャンペーン中なのね( ̄▽ ̄) ニヤ

にいたんの解説すごくわかりやすいな。
ますます 「知った」 ラピ。でした♪

今回の誓いの言葉を見て、、。
>イナゴが食い尽くして何年も荒れた大地をよみがえらせます。
この部分が どうしても茶色に見える。(笑)
ほかは 金色なのに、、、。(*・ω・*)ポッ

浮かんだイメージは
広い草原(きれいな緑の草たちが風にそよいでる)に
また 一本の大きな木が。
前見たイメージより はっきりと大きく見えました。
木の意識も感じることができます。
緑色もきれいで いい気持ち♪

すべては私、という感じで 草原に寝転がって
風を楽しみました。
永遠にやまない やさしい風を、、。 (人´∀`).☆.。.:*・゚

いっぽんぽん!♪( ̄▽ ̄) ニヤ

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