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ネオ満州国出動か?

匿名党のこの記事~↓↓↓



→LOLじゃない、、、AOA(爆)

彼女はAOAのジミンちゃんにソックリじゃないか!!!

ということは韓国人の血が流れている、、、、チキンアタックを掛けたアサシンは、やはりライダイハンだったちゅ~ことなのだすな。



ちなみに、オイラは「AOA好き」「APINK好き」「Black Pink好き」な嫌韓・反韓というスタンスです(爆)。

一見、両立せず相矛盾するように見えますが、これはAOAを歴史問題で謝罪させた韓国社会が嫌い。たかがアイドル如きにいい大人が、、、、、AOAが好きになればなる程、韓国が嫌いに拍車が掛かるという次第。

オイラの中では完全に両立しているのだす~(ふふふふ)。



まぁ、そんなことよりTWICEがいよいよ日本上陸する!!!

いよいよツウィちゃんを目にする時が現実化する!!!

二重国籍で日本人を主張するバナナ臭い某台湾人は好きではないが、同じ台湾人でもツウィちゃんは別だす~。



オイラがチンコミサイル教徒&マン臭派のネオ満州国樹立の進捗状況を示すベンチマークとして見ているのが、「五族共和の満州国を再び」という暗示を持つ日本人3人を含む日・韓・台の多国籍ガールズ・アイドル・グループ「TWICE」(再び)。それが今年6月28日、いよいよ日本デビューする。

ここから暗示を読み解くと、、、、

つまり、春あたりからネオ満州国樹立に向け大きな動きがあると見取れるが、中国東北部の瀋陽軍区が動き出すのか!?

現在、日本の産業界はシャープやサンヨーだけでなく東芝分社化した子会社「東芝メモリ」も中国資本傘下に収まりそうであり、花形企業が次々と中国資本に取り込まれ傘下となっている。残るは自動車産業だけと寂しい状況。

かつて大陸や半島において「日本窒素」などの日本企業が進出して巨大な化学コンビナートやダム発電所を作った過去がありますが、国際秩序維持派が監視の睨みを利かせている戦後日本においては、そのようなダイレクトな方法は許されません。だから、表向き日本の技術や会社が中国資本に吸収されたように見せかけているだけかもしれませんね。

日本の金融機関が意図的に土地バブルを引き起こして膨大な不良債権を乱造。負債を負うように意図的に持っていき、公的資金として金融業界に「善用の簿外資金」を還流させて健全化。その一方、救済的統合を図りより強大な企業を作り上げる。そのようなストーリーで吸収合併を図り、焼け太り式に業界再編を進めていった。

東芝が子会社の子会社が負債を抱え、責任を取って自らを分社化して中国企業へ身売りするのも、実は同様なストーリー展開なのかも、、、う~む、このような日本基点でなない利権を考えるのは、黒幕がもっと大きなパズルのピースで考える「後ろの正面」である客家であるからであり、NWO時代における東アジア経済ブロック化を睨んでのこと。

負債の影に統合あり、、、

「負債でGO!」なのだす~

このままでは70年前のゾンビが復活しそうな流れです(滝汗)。



この曲中に登場するキャッチーで特徴的な言葉が、、、、

「わっ! ハゲ!」

ですが、何度も何度も出てきて耳に残ります。ネオ満州国樹立に関してはこのハゲがキーポイントやキーマンとなると予感する。

70年前の当時、このハゲに関しては「愛子でGO!」を暗示する『愛国行進曲』の歌詞を変えて、A級戦犯の東條英機を唄った『東條行進曲』というのがあります。

見よ 東條のハゲ頭
ハエがとまれば つるっと滑る
滑べって止まってまた滑る
止まって滑ってまた止まる

おお テカテカのハゲ頭
そびゆる富士も眩しがり
あのハゲ退けろと 口惜し泣き
雲に隠れて 大むくれ


東條秀機

つまり、70年前の当時には「ハゲ=東條英機」という明確な図式が庶民の間にはあったのです。この替え歌は毎晩毎夜、庶民のゴミ箱を漁って覗き配給品の報告通り為されているかを把握していたことから「ゴミ箱宰相」と呼ばれたように、庶民人気が高かった故でもある。

ちなみに、当時の派閥はこの3つ

■統制派
反米・反中・知ソ連
永田鉄山、東條英機、石原莞爾、板垣征四郎、辻政信、武藤章、冨永恭次、佐藤賢了、服部卓四郎
主に陸大出身者
陸軍大臣を通じて政治上の要望を実現
現実主義的
長州閥が牛耳る陸軍打倒で集まった一夕会が前身で「反皇道派」として結成


■満州派
知米(将来、反米に転換予定)・親中・反ソ
「五族協和」の地である満州を重視しソ連南下を抑える拠点とする
統制派の支流扱い


■皇道派
反財閥・反天皇親政 (表向き反共・反ソ連)
荒木貞夫、真崎甚三郎、小畑敏四郎、山下奉文
陸大出身者はいない
暴力革命的手段による国家革新も辞さない
精神主義
2.26事件を引き起こしたが粛清され、陸軍内での対立は統制派勝利で終息
右翼・北一輝から思想的に大きく影響



皇道派の背後では北朝傘下の大本や紅卍会が動いていましたが、その真の黒幕は北朝の近衛。「負け戦」を演じて日本の武装解除させ、ソ連に分断統治させる形で日本を共産化しようとしていた。この場合、東日本~北朝鮮~中国東北部(満州)までがソ連傘下に置かれ、東日本がコミュニスト近衛の管理下になるという皮算用だったのですが、これは明治維新で南朝に奪われた北朝政権奪回が背景にあったのだろう。

しかし、このコミュニスト近衛の企ても昭和天皇の英断で阻まれ、英米独占で終戦を迎えた。ただ宮中においては北朝支配に戻っており、今度は九条家が近衛家と立場が入れ変わってしまった。だから平安神宮で宮司やっているのだす~(爆)。
※オイラは近衛は服毒自殺と見せ掛けてポアされたとみているが、戦後、近衛や皇道派や陸軍が悪者として押し込められたのですが、そのように持っていった勢力がある。それがマン臭派=チンコミサイル教徒である。そのが牙城がデンツーや倒電ですね。

統制派に属す東条エイキこと東條英機は、首相に任じられてからは和平に動き出したことから海軍からは「裏切り者!」と罵られていますが、これは元々、東條英機はバリバリの対米強硬派=開戦派であり、天皇に会って日米開戦を避ける本心を聞いたことで和平派に変心したためであり、開戦派から「裏切り者」扱いされた。この豹変ぶりは統帥部の部内日誌にも「東條は変節した、まるで近衛と同じような意見を吐くに至った。」と記される程の変容ぶり。

和平派の近衛と開戦派の東條は対立関係として取上げられますが、これは正反合の対立図式と全く同じ。どちら側になっても最後は「合」で同じ方向にGO!となるのです。近衛も表向き和平に向かって動いていたが、本心は全く別のことを考えていた。様々な局面でその「真の意図」が垣間見られるが、これは「成りすまし」の東条エイキこと東條英機についても同様ですね。

1つは日米開戦直前に昭和天皇に宛てた「日本軍の仏印からの全面撤退を要求し和平を呼びかける」内容のルーズベルト親電を意図的に遅らせ、真珠湾攻撃後に配電した朴茂徳こと東郷茂徳を外交官として外相として東條エイキは起用したこと。朴茂徳はハル・ノートを「最後通牒」であるとの偽りの上奏を行い、御前会議の決定によって太平洋戦争開戦に持ち込んだ人物でもある。

2つ目は、東条エイキは終戦で逮捕される直前、に銃を撃って自殺を図ったが弾丸は心臓を外れている。しかし、これは自分から外すようにして撃ったんじゃないだろうか? 確実に死ぬつもりなら普通は頭を撃ちますよね~

う~む、東條英機は近衛と同じくコミュニストだった!?

今回のネオ満州国への動きでも東條英機にような正反合に沿った動きをする者が出て来る筈ですね。「そいつに気をつけろ!」いうのがTWICEが動画の曲で語る内容wwww
※長い間、満州民族の植民地にされていた漢民族を自称する孫文は「独立したい」「辮髪もやめたい」と言っていたが、孫文自体は客家人、しかも実は女真族(満州人)であった疑いもある。そして何より孫文もハゲであった(爆)。

さてさて、トランプ政権になったことからクリントン・ズブズブの江沢民派(上海閥)はチャイナセブン内で更に一段と窮地に陥ってきていますが、この中国での政治的地殻変動が懸念される昨今、金正男ポア、韓国の3月経済危機と続くことから、江沢民派で朝鮮半島方面を一手に引き受けている序列№3の張徳江の動きが気になるところ。腹心の序列№5の劉雲山を使ってどう出てくるか?

朝鮮半島は南北融合の際には、今よりは中国属国化の方向に進むだろうと見ているが、中国本土が2つに大きく割れてきている現在、そのピンチをチャンスと捉えて、中国国内の朝鮮族が中国東北部と北朝鮮で「ネオ満州国」樹立の方向に大きく動き出すことは有り得る展開です。

ただ、プーチンのロシアも当然介入してくることから、オイラ的には朝鮮半島は米・中・ロの三竦み状態でバランスが取られ「核を持たない緩衝地帯化」するのが望ましい展開だと思っている。北が南主導で抑えられ反日の変態国家・南鮮が核保有することになることが最悪の事態であり、これだけは避けねば、、、、

まぁ、マン臭派の傀儡国家である北朝鮮の金正恩が今後とも国家継承するかどうかの問題も孕んでおり、VXガスでの金正男ポアを契機となって、3月以降、半島に一波瀾あると睨んでいる。

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チキンアタックから金正男まで芋づる式に、、、(爆wwwww

チキンアタックがじわじわ人気化しているが、今回の記事はこの動画が暗喩しているものを妄想的に芋づる式に解き明かしていくという試み。その過程で「こ、、、これは、、、!!」というものに出合えるわけなのですが、、、、

まぁ、いつもオイラがやっていることですね(爆)。
※世界的な人気になるものには人類の潜在意識層に深く刻み込まれたものと共鳴するからこそ琴線に触れのであり、クリエーターは意図せず潜在意識層から情報を引き出して作品を作り上げるというのがオイラの持論。



本場ドイツで3名しかいないヨーデルマイスターの石井健雄さんの歌声に聴きしれる。キャッチーな歌詞と美声と意味不明の謎の動画とのギャップが脳を直撃し、脳内にヨーデルがこだますることから人気化にも頷ける内容。

で、美声の主はドイツで一番有名な日本人だとか、、、、

自宅裏庭で飼われている鶏繋がりでチキン・ヨーデルURL)を唄い、この曲がTVで毎週流れていたことからドイツ国内でもよく知られており、これを見た製作者のオファーで今回のチキンアタック動画が製作されたという経緯です。

この日独合体を暗喩する死神博士のような姿をしたヨーデルおじさんが持つ鶏が変身した「人間モドキ」の格好が、実は愛の戦士「レインボーマン」にそっくり。

レインボーチキン

白地に赤の鶏は「日本」の暗喩であることは明らかであり、この鶏=日本から変身した「人間モドキ」、、、つまり高麗棒子(日本人を称して傲慢に振舞う朝鮮人)が日独合体の死神に操られているという構図。そして、死神=死の商人(武器商人)=大鎌と黒いローブ纏う=刈り取りの神=再臨のイエス、、、つまりバチカンですね。

この日独合体は武道をメインに据えた緑龍会が繋ぐナチスと日本の関係を暗示するが、これがマン臭派とかチンコミサイル教徒と呼ばれる反英米サマナ。

また、「鶏攻撃の術」という表題もレインボーマンが繰り出す「遠当ての術」「煙投の術」「雷光の術」「念力移動の術」「真空竜巻の術」「不動心の術」「鳥よび・虫よせの術」...等、様々な術名と似ていることから、かなり意識的に参考にしたのではないかと睨んでいる。

鶏攻撃の術

この暗喩ではダイバダッタ(提婆達多)はヨーデルおじさんに相当か?

ダイバダッタ

となると、動画中の忍者は「死ね死ね団」の暗喩だな。

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■死ね死ね団
本編における悪の組織たる秘密結社。日本のみならず世界的な規模を誇り、マカオやアフリカなどにも拠点を構え、近代兵器である戦闘機や潜水艦なども保有している。東南アジア系、とりわけフィリピン出身者を中心に構成されているとされる。戦争中に被占領地で日本軍の虐待を受け、以後日本と日本人に徹底的に憎悪を抱くようになったと自称するリーダーの下、日本の解体と日本人殲滅を目的として結成された組織。謎の人物ミスターKを首領とし、ダイアナ、ミッチーなどの女性幹部、秘密研究所で鍛えられた殺人プロフェッショナルたちが所属、メンバーのことごとくが日本を憎悪罵倒し、日本の脅威を唱えている。人間を狂気にする薬・キャッツアイによる社会混乱や、攻撃機ダッカーでの空爆などを仕掛けるも、ことごとくレインボーマンに阻まれ、やがては日本人撲滅ではなくレインボーマンの抹殺を至上命令とするようになった。この他にも、宗教団体「御多福会(おたふくかい)」を通じて大量の偽札をばらまく「M作戦」により日本経済をハイパーインフレの大混乱に陥れ経済破綻を目指す、あるいは地底戦車「モグラート」による人工地震人工津波により日本の国際的信用と国際競争力を失墜させ孤立させるなど、直接的な破壊行為に留まらず経済的・外交的な観点から社会の基盤を揺るがそうという現実感のある作戦が行われた。

死ね死ね団
(カウボーイハットを被る「死ね死ね団」団員)


■ミスターK
秘密結社「死ね死ね団」のリーダー的人物。本名・国籍・経歴などは一切不明で、白髪・黒い服に黒いサングラスという容姿の謎の男。時折作中で日本人に変装することがあった。第二次大戦中に家族を日本軍に殺害され、さらに自分も日本人に虐待されたため、日本と日本人を憎悪しており、地上から消し去ろうと企んでいる。作戦に失敗した男性幹部を処刑装置でほかの隊員の目の前で処刑したり、男性DAC隊員に爆弾を持たせ、レインボーマンに近付いたところを狙撃・爆破したりなど、部下に対しても冷酷非情である。女性幹部に対しては一度下した死刑宣告を取り消すことが多々あるなど、相当甘い面もある。


■御多福会(おたふくかい)
死ね死ね団がM作戦用に設立した新興宗教団体。お多福の面を崇める。本拠地の参覚寺の他、日本各地に支部を持つ。御多福の女王を名乗っているブロンド髪の女性がクイーン。幹部クラスの地位にある模様。普段はお多福の面を被っている。気位がかなり高く、どのような時でも威張り散らしている。

クイーン
(クイーン)
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■ミスターK=白頭山の家系、、、つまり金王朝、現在は金正恩
■死ね死ね団=北朝鮮政府
■殺人プロフェッショナル=北朝鮮特殊部隊『偵察総局』のアサシン
■M作戦=M資金=Meth資金=麻薬資金


死ね死ね団の策略に3.11同様の人工地震、人工津波に触れられている点で驚愕です。また、ヨーデルおじさんこと石井健雄さんが独学でヨーデルを習い始める切っ掛けとなったのが、カウボーイがヨーデルを唄ったレコードを聴いたことからですが、元々、ヨーデルはアルプスのチロル地方の牧童が始めたものであり、カウボーもアメリカナイズされた牧童で非常に親和性がある。このカウボーイハットを被るのが「死ね死ね団」の団員ですが、カウボーイは米国南部の象徴でもある。

「米国南部-日本マン臭派-チンコミサイル教徒-北朝鮮-世界連邦運動-大本」というイエズス会(バチカン)が最終ケツモチの国境を跨ぐ組織的犯罪というTOC認定されそうな勢力が「死ね死ね団」の暗喩。つまりWW3を起こし大艱難を起こし、主再臨の土壌を人工的に作り出し、千年王国を作ろうという宗教利権勢力でもある繊維派。

という様に多くが面白いように符合する(爆)。

特に動画後半では、行き詰った忍者=死ね死ね団=北朝鮮に対し、鶏を差し出して窮状を助けるシーンがあるが、これは国連決議で経済制裁が決まったものの、中国が北朝鮮からの石炭輸入を決して中止しなかったように国が成り立つギリギリのところまで援助していたのと重なる。後述するが、敵味方に分かれて戦う、ある意味、マッチポンプな関係を暗示してもいる。

女性教祖の御多福会の暗喩は同じく代々女系教祖が継ぐ大本の暗喩のようにも見えるが、大本は北朝傘下で動いていたが、最も遅れて渡来した新興勢力故に利権を持つことを許されず、現在はネオ満州国建国に奔走中(ふふふふ)。

そして、レインボーマンとは満州国を暗示させるもの(ふふふふ)。

満州01
(古代日本では虹は5色で表現)

チキンアタック動画は埼玉県富士見市の難波田城公園で撮影され、オリラジ藤森似のにいちゃんが「兄が、兄が、富士見で銀行強盗に巻き込まれたんです。」と合成音声のような日本語をしゃべっていますが、ここもこの動画のツボの1つ。

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■難波田城(なんばたじょう)
埼玉県富士見市南畑にあった日本の城。埼玉県旧跡。難波田城公園として整備されている。富士見市東部の荒川と新河岸川の間の自然堤防上にある、平安時代末期に成立した武士団「武蔵七党」のひとつである難波田氏の居城である。鎌倉時代に村山党金子氏の金子家範の子、高範が当地を与えられ地名を苗字として館を構えたのが始まりと言われている....戦国時代に小田原の北条氏が作成した『小田原衆所領役帳』にも小机衆の上田左近が難波田の領主であったことが記されている。


■武蔵七党(むさししちとう)
平安時代後期から鎌倉時代・室町時代にかけて、武蔵国を中心として下野、上野、相模といった近隣諸国にまで勢力を伸ばしていた同族的武士団の総称。横山党、猪俣党、児玉党、村山党、野与党、丹党(丹治党)、西党(西野党)、綴党、私市党となり、全部で九党。七党という表現は鎌倉時代末期に成立した『吾妻鏡』にはないことから南北朝時代以降の呼び方と考えられている。七党のうち最大勢力が児玉党


■児玉党(こだまとう)
平安時代後期から鎌倉時代にかけて武蔵国で割拠した武士団の一つ。主に武蔵国最北端域全域(現在の埼玉県本庄市・児玉郡付近)を中心に入西・秩父・上野国辺りまで拠点を置いていた。武蔵七党の一つとして数えられる児玉党は諸々の武士団の中では最大勢力の集団を形成。本宗家の家紋(紋章)は軍配団扇紋。児玉党の本宗家は、初めは児玉氏(平安時代後期から末期)、次に庄氏(平安時代末期から鎌倉時代初期)、 そのあとを本庄氏(鎌倉時代前期から室町時代)が継いだ。南北朝以降は弱体化し、党の本宗家たる本庄氏も小田原征伐で没落し、事実上解体している。弱体化の遠因は南朝廷側についた事と、本庄氏の拠点が武蔵国北部の国境付近、台地上であり、戦国時代ではその地理上、激戦区の一つと化してしまった事が挙げられる。

軍配団扇紋
(軍配団扇紋、、、マン臭漂うようなデザインwww)

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児玉党、、、児玉機関、、、、

児玉機関一のならず者と恐れられ、戦後“トルコ風呂”のはしりといわれた東京温泉を銀座につくった怪しげな男が許斐(このみ)氏利。

北一輝の書生でクレー射撃選手・右翼・特殊株主・興行師。隻流館初代理事長。旧日本軍「慰安所」設置の実行者、スチームサウナの創始者。関東軍と結託した阿片王・里見甫(中国名:李鳴)の阿片という蜜に群がったのが、許斐氏利、児玉誉士夫、笹川良一、坂田誠盛(「松機関」機関長)、吉田裕彦(「児玉機関」副機関長)らのいかがわしい魑魅魍魎の顔ぶれ。この戦前の上海からの人脈が戦後日本に地下人脈を形成。

この利権を引き継ぐのがマン臭(満州)派。

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■里見甫(さとみはじめ)
安房里見氏の末裔。1937年11月、上海に移り、参謀本部第8課(謀略課)課長影佐禎昭に、中国の地下組織や関東軍との太い人脈と、抜群の中国語力を見込まれ、陸軍特務部の楠本実隆大佐を通じて特務資金調達のための阿片売買を依頼される。1938年3月、阿片売買のために三井物産および興亜院主導で設置された宏済善堂[3]の副董事長(事実上の社長)に就任する。ここで、三井物産・三菱商事・大倉商事が共同出資して設立された商社であり実態は陸軍の特務機関であった昭和通商や、中国の地下組織青幇や紅幇などとも連携し、1939年、上海でのアヘン密売を取り仕切る里見機関を設立[4]。ペルシャ産や蒙古産の阿片の売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった汪兆銘政権に回した。また、里見機関は、関東軍が極秘に生産していた満州産阿片や、日本軍が生産していた海南島産阿片も取り扱っている。この活動を通じて、青幇の杜月笙・盛文頤や、笹川良一、児玉誉士夫、吉田裕彦、岩田幸雄、許斐氏利、阪田誠盛、清水行之助らとの地下人脈が形成された。

1943年12月、宏済善堂を辞し、満鉄と中華航空の顧問となる。1945年9月に帰国し京都や東京に潜伏するが、1946年3月に民間人第一号のA級戦犯容疑者としてGHQにより逮捕され、巣鴨プリズンに入所する。1946年9月、極東国際軍事裁判に出廷して証言を行い、同月不起訴となり無条件で釈放される。その後、渋谷峰岸ビル(現在のQFRONT)に日本商事(医薬品関連の日本商事とは別)を構え代表に就任する。戦後、祖神道本部の熱心な信者となった。1965年3月21日、家族と歓談中に心臓麻痺に襲われ死去。


■昭和通商
民間の組合だった「泰平組合」を改組して、日本陸軍主導で設立された軍需国策会社。昭和通商の前身である泰平組合は、明治41年6月に三井物産、大倉商事、高田商会の3社が共同出資して設立され、主に余剰となった軍の旧式小銃・火砲の払い下げを受けて中国・タイ等に輸出する事を目的とした組合。第一次大戦では同組合を通じて連合国のイギリス・ロシアにも100万挺を越える小銃を輸出したと言われている。 莫大な収益を得た同組合は、大倉財閥と懇意だった大隈重信内閣が発した対華21ヶ条要求中にも、日本製兵器購入を強要する一項を入れさせるなど、政治的な活動も活発に行っていた。

しかし大戦が終了すると同組合の輸出は伸び悩みはじめ、昭和14年4月には高田商会が抜け、航空機・装甲車輌などを製造していた三菱重工を傘下に持つ三菱商事が新たに加入して、昭和通商が設立された。昭和通商は、1939年(昭和14年)に陸軍省軍事課長の岩畔豪雄大佐の主導で設立され、業務上の指導・監督権や人事権を陸軍省が一手に握り、陸軍の施策に準じて商行為を行う半官半民的な商社であった。一時期、北米はニューヨーク、南米はペルーのリマとボリビア、ヨーロッパではベルリン、ローマをはじめ満州、中国各地、南方諸地域にわたって支店や出張所をもち、正社員三千人、現地臨時雇用を含めると六千人にも及んだ巨大組織であった。

その設立目的は「兵器工業の維持と健全な発達、陸軍所要の海外軍需資源の一部輸入、国産兵器の積極的海外輸出と、陸軍所要の外国製兵器の輸入など」とされ、表向きは民間の商社として活動を開始したが、その実態は駐在員(多くは予備役の軍人だった)が現地で情報収集など諜報を行ったり、朝鮮・満洲・蒙疆で生産された阿片を中国市場に持ち込み、里見甫らの宏済善堂(阿片の分配のための阿片問屋。里見はその副理事長(理事長空席))を通じて換金し、戦争遂行に必要な戦略物資の調達にあたるなど、様々な活動を行っていた。


■祖神道本部
祖神道の教祖は松下松蔵。明治六年三月十日、宇宙万物の創造主である天津神様から指名を受け、この地球上に使者として御降誕したが、既に祖神様は三十七万年前に天津神様から約束されたともいう。世の人から、「祖神様」 「親神様」「生神様」と尊信を受け神人として慕われた。祖神様の御口を通して世の 人々に御示しに成った啓示が「忠・孝・敬神・崇祖」から成る四大道。これを天津神様が御決めに成った人間が人間として踏み行うべき大道・公道であると規定。「忠」とは天皇陛下の御使命と御聖業を補佐し御守りすることである。
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以上がマン臭派の概略です。

さてさて、ヨーデルはスイスやオーストリア、南ドイツに脈々と伝わる地声と裏声(ファルセット)を交互させる歌い方ですが、一説には雪崩が起きない唄い方だtか、、、、ストレス発散にも効果があるとも言われる。

南ドイツ4カ国(バイエルン、ヴュルテンベルク、バーデン、ヘッセン=ダルムシュタット)といえばヘッセンの地。しかもヤタガラス末裔で地祇系秦氏トップの畑氏(台湾総督府~埼玉知事家系)の埼玉まで巻き込んでいる点で非常に興味深い展開です。

それにしても病みつきになる曲というか歌声ですね。オイラの脳内ではPPAPに上書きされて、既にPPAPが聞くに堪えないレベルに変化してしまった(爆)。

歌詞を見てみると、、、、

Chicken attack!
Chicken attack!

Watch your back before it fades to black

(後ろに気をつけな チキンが闇に移動する前に)
They might look harmless
(見かけは怖くないかもしれない)
but they’ll kick your non-chicken ass
(しかし、彼らは蹴ってくるよ  同士じゃないお前のお尻を!)

Go chicken go!
Go chicken go!


実は、チキンとは英語圏のゲイ(同性愛者)のスラングでは「若くて同性愛経験の未熟な男性のゲイ」を指す言葉として用いられている。菊紋に迫る黒い制御棒ではないですが、世界連邦脳やパヨクなどの同士じゃないミュータントはassに制御棒を入れられんよう気を付けよということだな。

もう「チキンにGO!」だす~(爆)

まぁ、アタックつながりでいえば、アタック№1も出てきますが、アタック№1の舞台は「富士見学園」。鮎原こずえが結核の転地療養で東京の名門校・明法学園から静岡の富士見学園へと転校してくるところから始まる。昔はキャプテン大沼とその取り巻きによって荒れており、こずえたちが入部した頃も大沼達は追い出そうとして卑劣な嫌がらせを繰り返し、こずえと大沼の一騎討ちの際は取り巻きがこずえのタオルに刺激物をつけ、顔を拭いた際、こずえの目を潰した。

ロケ地の埼玉で富士見とくると、、、、富士見産婦人科病院事件が思い出される。

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■富士見産婦人科病院事件
埼玉県所沢市にあった富士見産婦人科病院(すでに廃院。富士見市にあった富士見産婦人科とは別)では、美容室やアスレチック室、ラウンジなど一流ホテルを思わせる構えであった。このため、埼玉県内はもとより近県からも多数の妊婦が診察に訪れるなど繁盛していた。1980年、ある妊婦がこの病院で診察を受け子宮癌を宣告された。しかし他の病院で再度診察を受けた際、全く異常が無いことがわかった。この病院でしか診察を受けていなかった妊婦は病院の診断のまま子宮や卵巣の摘出手術を行われ、健康な子宮や卵巣も摘出していた可能性が疑われた。また、理事長は当時まだ珍しかった超音波検査を行っていたが、医師免許を所持しておらず、これは無資格の診療であったこともその後の調査により明らかとなった。
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芙蓉会・富士見産婦人科病院というように頭に「芙蓉会」が付くが、、、、

榎本東州氏によると(爆)、「“李方子”は「芙蓉会名誉会長」である。所沢市の富士見産婦人科病院事件の富士見産婦人科は「芙蓉会」が頭に付く訳だし、富士見と云う命名は「天皇の座所」と云う事である。」 と書いている。

日韓合同朝廷の李方子(梨本方子)は横田めぐみの祖母であり、めぐみの子がデブリンコ正恩という説もあるが、生母とされる鶴橋出自の高英姫(コ・ヨンヒ)とは一体、、、(笑)。

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■芙蓉グループ(ふようグループ)
旧安田財閥が戦後財閥解体により再編しできた企業グループ。1964年結成の芙蓉懇談会を本体。“芙蓉”の名は、中核だった富士銀行の“富士”の古語読みから(なお、富士銀の統合先である現在の“みずほFG”のみずほは瑞穂で“日本国”の美称)。芙蓉のローマ字表記の頭文字を取って「Fグループ」とも呼ばれる。富士銀行との“つながり”がベースとなって形成された企業グループであり、富士銀行自体は芙蓉グループに名を連ねていないのが特徴であった。「富士銀行を筆頭とする垂直関係を具備したグループとしての経営支配」ではなく、「グループ企業が互いに対等な関係にあっての業種を超えた交流」と言える。

古川鉄治郎の設立した財団の芙蓉会や、在韓日本婦人の会である芙蓉会は、いずれも芙蓉グループとは別の団体である。
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あと、22を超え、23も凌駕するパネルクイズ アタック25も決して見逃してはならない(爆)。

長年スポンサーを務めたのが「東リ」。東リは三和グループ(みどり会)ですね。

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■東リ(旧名・東洋リノリユーム)
床材、家庭用の壁紙、カーペット、カーテン、住宅建材を製造販売する会社である。兵庫県伊丹市に本社がある。戦前は山口財閥の唯一の生産企業。1919年、元加賀藩士・寺西福吉の企業者活動をバックアップするため、山口財閥の関係者が発起人となり、株式の大部分を山口財閥が引き受け、資本金60万円で兵庫県川辺郡伊丹村(現伊丹市)で日本初の国産リノリューム(床材)を製造販売する「東洋リノリユーム株式会社」として設立。経営陣には社長を空席とし、常務取締役に寺西福吉、取締役に山口謙四郎、坂野兼通、菅谷元治、加藤小太郎、町田義夫らの山口財閥の人間が名を連ねた。


■山口財閥
明治時代に三代目の山口吉郎兵衛が第百四十八国立銀行を創業したことに始まった財閥。戦前は安田、川崎、渋沢、野村などとともに「銀行資本中心の財閥」と分類。後に同銀行を継承して山口銀行を設立し、昭和金融恐慌後に鴻池銀行・三十四銀行と合併し三和銀行となった。第二次世界大戦後三和銀行を中心として三和グループが形成されると東リをはじめとした山口財閥傘下の企業も三和グループに加わった。
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兵庫、加賀藩とくれば、七福無尽の前田家だすな、、、前田といえば古くから軍需産業を家業としてきたイエズス会と繋がった家系ですが、実際、「みどり会」のみどりは「緑龍会」の緑とも符合する(爆)。

しかも、1975年4月6日~2011年4月10日の長きに渡り司会をしていたのが児玉清。児玉党、児玉機関、児玉清、、、「児玉、児玉」と脳内に「こだま」する(超爆)。

さてさて、関係あるかは不明な動画の暗喩解析はこれぐらいにしておく(笑)。

このチキンアタック動画が流行る中、北朝鮮の金正男がマレーシアの空港で毒殺された事件が起きた。チキン(臆病者)なデブリンコ正恩が正男を担ぐ情報を耳にし、激高して暗殺指令を下したとも囁かれるが、、、、

問題は誰がチキン使いの黒幕であるかということ。

数人のチームで暗殺したとされるが、1人が話しかけている間、背後からもう1人の女が毒物(VXガス)を塗った手袋をして襲い顔に塗り付けた。自力で空港内クリニックに移動後、倒れ込むが救急車での緊急搬送中、正男は心臓発作で亡くなったという。

襲った女はYOUTUBERで、自称ネットアイドル。日本のドッキリ番組だと言われて行ったという素人。

このうち1人の女が着ていたのがLOL(爆笑の意)のTシャツ。

LOL3.png

LOL、アイドル、、、AOAと似ているだすが(滝汗)
そういえば、心臓発作、心臓麻痺とはハートアタックだっただすな、、、(超爆)。



一時は中国から厚い庇護下にあった正男だが、マカオでホテル代が払えず追放されており、格安航空の窓口に1人で並ぶとか、中国側の護衛がいない状況下での暗殺。この期間、中国側が手を引いたような状態である。ただ、メンツを潰された中国政府は中々踏み切らなかった北朝鮮からの石炭輸入を今年度一杯、急遽禁止している。この輸入額は北朝鮮の外貨獲得の50%を占めるので、北はかなりの経済的痛手を負うことになるわけだが、、、、

実は、この暗殺事件の背景にあるのが中国共産党内の派閥争い

チャイナセブンと呼ばれるのが中国共産党のトップの神セブン。習近平派と江沢民派が半々いますが、この派閥の争いがすっと存在している。現在、本土では劣勢に立たされている江沢民派=クリントン利権派=北朝鮮利権派(正恩擁護)が、習近平派が推すキシンジャーとの密約(北朝鮮非核化)=正男亡命政府樹立→北朝鮮首領切替という20年来温存してきた構想を潰した格好。

当然、米国トランプ政権誕生からのドミノ倒し的な展開である。

チャイナセブン

江沢民派は中国本土では粛清を経て為に劣勢ではあるが、米国内には江沢民派= 鄧小平派はウジャウジャいてウォールストリートやハリウッドとも密接な状態。全てはチャイナマネー絡みの結び付き。中国東北部での江沢民派と朝鮮族&北朝鮮を仕切っているのが序列№3の張徳江。この地で作られる麻薬の仕切るボスでもあるが、その真の黒幕は未だに満州利権を持つマン臭派ではなかろうか。

しかし、このマン臭派の利権も江沢民派が次々と粛清されていく中、頼みの綱だったヒラリー・クリントン政権の目も潰れ、劣勢挽回は全く期待できなくなったことから、一発逆転的に事に及んだのではないかと睨む。

つまり、今回の素人女を使ったチキンアタックの黒幕はデブリンコ正恩ではない、、、それは彼の中央慶祝報告大会での表情を見れば分かる。正男自体が政治に興味がない状態であり、正恩体制を批判しないと一筆取っており、また儒教社会である朝鮮で同族の長兄を暗殺ということ自体が求心力を弱める。デブリンコ正恩にとって今回の暗殺は何のメリットもなく、逆に経済制裁をされて追い詰められただけであった。

その悲痛な思いが金正日氏生誕75周年を祝う中央慶祝報告大会で見せたあの怖い顔ですね。

デブリンコ01

このように正恩を追い込み、「窮鼠猫を噛む」の展開を狙っているのかもしれない。

オーストリア皇太子の暗殺(サラエボ事件)から欧州列強の勢力バランスが狂いWW1大戦に至っていますが、正男の暗殺はこれと同じ展開、、、つまりWW3開戦→千年王国を狙ってのことではないかとオイラは睨んでいるのだが、、、、

まぁ、当然、裏で糸を操っているのは江沢民派の黒幕でもあるマン臭派であることはいうまでもない。

繊維派と金融業のタペストリー分析(3)

さて前記事で皇后として輿入れできる家柄である四品資格の松平があやしいと書きましたが、それは松平分家ではないが松平姓を与えられた四品(四位)以上に昇進する格式ある外様大名。

それは、、、、前田氏、伊達氏、島津氏、毛利氏、黒田氏、浅野氏、鍋島氏、鍋島氏、蜂須賀氏、山内氏。

島津氏は近衛家荘園の荘官となって、源頼朝の御家人となり九州の守護職を与えられた。この時、毛利も鎌倉幕府の御家人になっている。蜂須賀氏も蜂須賀党の棟梁であり、前田氏に至っては出自すら不明。

徳川家自体が客家出自であり、彼らはその仲間の客家。九鬼も真田も柳生も皆客家、、、これが緑のカラスですが、背後には古くからイエズス会がケツモチとして存在。関が原の戦いで西軍に付いた島津、毛利が領地を減封されなかったのは、客家仲間であるが故であり、実は最初から徳川側に付いていたからであろう。

体よく嵌められたのは石田三成ですね(ふふふふ)。

っていうか、客家が日本にイエズス会を連れてきたのだから、この繋がりは当然といえば当然ですね。島津家が欧州に派遣しキリスト教を学ばせた山伏(修験道)・鮫島圓成坊がアンジロー(ヤジロウ)という日本最初のキリシタンとなって、ザビエルと共に日本にやってきた頃からの付き合い。

カソリック=イエズス会=スペイン・ポルトガルからプロテスタント=オランダに乗り換えた徳川将軍家とは裏腹に、先の客家家系はその後もイエズス会がケツモチとして維持。明治維新時には反徳川家の位置に据え置かれた水戸徳川家の血を引く慶喜によって、江戸幕府は大政奉還され幕引きされましたが、客家の朱子学に染まった水戸徳川家が影で糸を引く形で明治新政府は樹立された。これも正反合のリスク分散の賜物で、現在も徳川家は安泰。

実際、日本最後の関白である二条家当主・二条斉敬は二条斉信と徳川従子(水戸藩主徳川治紀の娘)の間に生まれており、このラインで多くのことが決められたのであろう。

そして、明治天皇は水戸徳川公爵家に何故か赴いている。その際に隠し撮りされたのが下記の写真。

明治天皇

天皇家の裏には徳川ありなのだす。

■菊紋の下からズキューーン葵
http://tokumei10.blogspot.jp/2013/09/blog-post_6144.html

■旧皇室本家・・・仏教を奉じる北朝(唐様)
■現皇室分家・・・徳川家
■現皇室本家=本来の日本の皇室(和様)


そういえば、語り部も天皇家は縄文系になった語っていたな。江戸時代には生前に天皇と呼ばれた者は1人もおらず、「***院」という仏教形式で呼ばれ、死後、贈り名として天皇号を付加されたに過ぎず、天皇制が昔からあるというのは明治期に作られたインチキ神話。天皇という用語自体が道教用語であり、自分から天皇と名乗ったのは道教に傾倒し「天渟中原瀛真人」と称した天武天皇を系等、つまり文武~聖武天皇であり、京都・泉涌寺に祀られていない者たち。ただ、この家系は長屋王を最後に途絶えてしまったわけだが、、、、

さてさて、上記の客家たちが日本を支配するには金の流れを掌握する必要があったわけですが、江戸時代までは仏閣が支配し、それを京都の朝廷が握っていたわけです。それ故、明治維新では廃仏稀釈で仏閣が持つ特権を悉く剥奪する必要があったのですね。江戸時代になって関東は徳川家が経済を握ることになっていった。西日本では「銀」、東日本では「金」が流通し決済の主流になっていたのはこの影響かもしれません。

つまり、金融を握っているのが、この国の真の支配者ということになる。

そういう観点から日本の金融業界を覗いてみる。

昨今、東京・大阪に本店がある銀行、所謂、都市銀行の再編は三大メガバンク化で一応収束し、現在は地銀、第二地銀のグループ統合化が進んできている。関東では横浜銀行と東日本銀行(常盤無尽)が合併して出来た「コンコルディアFG」が有名ですね。しかし、グループ化が最も進んでいるのが実は九州。その背景には少子高齢化が進み人口減があるからだという。

下記のグループに統合されてきている。

まぁ、オイラが揶揄ったグループ名称を付加しましたが、いづれも「松平」姓を賜り、キリスト教を奉じた客家家系の大名家がバックに控えているのではないかと睨んでのことです(笑)。


■薩摩島津ファイナンシャルグループ
薩摩


■細川/鍋島ファイナンシャルグループ
鍋島FG


■筑前黒田ファイナンシャルグループ
黒田FG


この筑前黒田FGこと「西日本シティ銀行」の前身である「西日本無尽」は、かつて戦時統制化で戦費調達の為に全国の無尽会社を西日本、東日本で大合同した時の西日本側の統合先。一方、東日本側は「大日本無尽」に集約化、こちらは現在、三井住友銀行となっている。

大日本無尽02

この西日本、東日本の集約先にも統合されず、独立を保ったのが「七福無尽」。元は神戸市内にあった8つの頼母子講が統合して出来たものですが、その8つのうちの1つが他の講の資金元であり、地下家の押小路を通じて加賀前田家が裏の金主。現在、三木無尽の後継である兵庫銀行を統合して「みなと銀行」として存在している。

以下が名無し先生が高度自給ブログさんで書かれた内容。

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洞察に優れた面白い考察をされておられますね。笹川も大本も日本国の歴史を彩る大きなファクターである事は、間違いありません。しかし両者ともに日本国を中心に権益を有する、より大きな存在のほんの一画に過ぎないのです。それに比して前田家は、それらの勢力から独立した別の位置づけを持っています。日本国の銀行制度が確定的になる前の時代に、無尽という制度が御座いました。数々の戦争勃発に伴い、これら無尽を国策として統合していった時代が御座います。このプロセスで東西に大きな2つの無尽が誕生いたします。東側は現在の三井住友になるわけです。この2大勢力から独立を維持した神戸を中心とした七福無尽というグループが存在します。山陽地方の三木無尽から福井県まで、四国の高知県までを含んで拡大いたしました。この七福の起源は8つの頼母子講から成っておりました。内の一つが全体の資金元で、これが前田家にあたります。

この動きは金融界のみに留まる事ではございません。明治、大正期より全盛を極めた日窒コンツェルンの資金元も、やはり前田家なのです。古くよりイエズス会との付き合いで蓄えた財が、様々な形で現在まで引き継がれております。日窒コンツェルンについても、大戦後に解体された体になっておりますが、現実は大きく異なります。戦時中には、肥料、化学繊維(人絹)、火薬などを製造していたわけで、現在で言うなら、農業から石油化学工業まで広く国策と絡み行ってきた訳です。人絹の製造過程で発生するニトロセルロースが火薬の原料となるわけですから賢い貴殿の事、多くの説明は不要と考えます。肥料の精製過程で生じる副産物も言うに及ばずですね。ここから発生した企業に旭化成があります。旧 旭ベンベルグですね。

この勢力の東への勢力拡大は、福井県で止まっております。東側の大きな勢力が同じ前田領内の石川、富山を取り込んで、拡大阻止をしたからです。ちなみに笹川の流れは、この東側勢力の下部組織に過ぎません。また大本は、東西及び前田勢力にはじかれ、日本国で既得権を持ち損ねた卍党の一画に当たるわけです。

以上、ご参考にしていただければ幸いです。

■【ウィキで調べる暴力団(笑) 東京タワーが建てられた本当の理由】
http://jfcoach.blog49.fc2.com/blog-entry-208.html
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この七福無尽が銀行化したのが阪神銀行であり、兵庫銀行の優良債権のみを引き継いだ「みどり銀行」を吸収合併しみなとファイナンシャルグループを形成。

■加賀前田ファイナンシャルグループ
加賀前田

「みどり銀行」、、、、緑のカラス、、、、(爆)

当然、今も加賀前田家の支配下にあることは、、、、

「あたり前田のクラッカー」なことなのだす~(爆)。

七福無尽は神戸発祥の無尽であることから、ここが台湾銀行と並ぶ鈴木商店の資金調達先であったのではないかと思う。三井・三菱を頭1つ凌駕した鈴木商店の大躍進の裏には、イオンの岡田家同様、加賀前田家があると睨む。

この鈴木商店は清水港の製塩業を通じて静岡清水の「鈴与」とも繋がり、この清水港の整備を主張し動いていたのが晩年の清水の次郎長。

そして、もう1つの流れが、1906年野口遵が曾木電気株式会社を創立し日本カーバイド商会と合併して出来た日本窒素肥料を起点に始まる「日窒コンツェルン」。ここも前田家が金主。この前田家の居た福井~富山あたりは古代より医薬品と軍需産業が盛んなところでしたが、ここは元々、東北にいた武器である黒曜石貿易をしていた縄文人が西日本に南下してきた際、拠点を築いた場所でもあることから軍需産業が発達した。

その重要な産業の1つが火薬製造

「培養法」という乳酸菌を用いて作る火薬原料の製造で富山は知られていますね。。五箇山の合掌づくりの家では藩政時代、黒色火薬の原料である煙硝(えんしょう)が秘密裡に製造されていた。当時、火薬は硝石からしか出来ないことになっており、国内で硝石は産出しないことから、きっと五箇山製造の火薬原料を海外産と称して高値で売ったことでしょう。
※この火薬を用い濃縮度80%程度の核を水と反応させて原爆の地上起爆に使われたと睨む

これが加賀百万石の富蓄積の実態(ふふふふ)。

五箇所村

「日窒コンツェルン」(野口財閥)の場合、肥料を作る際に出来る硝酸アンモニウムは火薬の原料となることこから、朝鮮北方の水資源が豊富な地で発電事業を行い、価格競争力のある肥料生産とともに火薬原料を製造して莫大な富を蓄積して巨大化。その背後で古くから軍需産業を傘下におく前田家が出資しているという構造。前田家は日本のベルファシの先鋒であり切り込み隊長でもありますが、東の北朝=源氏(地祇系)や西の南朝=平家(天孫系)とは融合せず独立を保っているが、これが七福無尽が大合同せずに独立を保った原因でもある。

この日窒コンツェルン傘下企業として有名なのは、ベンベルグ絹糸製造の旭絹織物(後の旭化成)。この人絹糸を処理するときに得られるニトロセルロースは綿火薬の原料となりますが、他には東洋工業(現・マツダ)、積水化学工業、信越化学工業、九州電力...等があり、主に西日本に集中している。東日本側への進出を阻まれているからでしょう。

さてさて、明治7年創業~昭和2年破綻の鈴木商店、明治39年創業~昭和20年解散の日窒コンツェルン、いづれも加賀前田の資金運用先として大躍進していたが、あえなく潰されてしまった。しかし、先にも書いたように前田家の資金は日窒系の旭化成、セキスイ、マツダ、信越化学や鈴木系の神戸製鋼、帝人、J-オイルミルズ、IHI 、双日...等に流れている筈ですが、ここは三井、住友、三菱グループにも属さない独立系ですが、しかし実態は前田系ということになる。

この旭化成の「旭」は木曽義仲の「旭将軍」から名付けられていると言われるが、その理由が謎だと言われる。また木曽義仲と縁深い信濃が「信越化学」、旭の太陽が「太陽工業」、、、グループ会社も木曽義仲にちなむ名称になっている点から、前田家は木曽義仲の血と何か深い関係があるのか? 傍系では義仲三男は広島の向島に逃れたともいうし、武田氏に臣従した信州木曽谷の木曽義昌もいる。

木曽義昌の流れでは代々の通字が「家」

う~む、前田利「家」、、、ただ前田家の通字は「利」であり、この利家から始まっているので、前田氏は木曽義仲の末裔という線は消えない。

源氏

木曽義仲は頼朝、義経とはいとこの関係。

また戦いが福井~富山~木曽にかけて起きていることから、このあたりを支配していたことが分かる。東北の義経、関東の頼朝に対して北陸の義仲という配置になっていますが、義朝系列の義経&頼朝とは覇を競った。源氏は平家とは違い、親族兄弟間でも仲が悪いことで有名ですね。

旭将軍01

木曽家の家紋は九曜紋
これは九鬼家と同じく星を表現した客家紋であり、緑のカラスの一員であることは間違いない。

義経自体、大陸から渡来してきたという話もあり、こういった女真族、鮮卑、契丹...等の北方渡来民族を源氏としてまとめただけかもしれず、本当に血のつながりがあるかは怪しい。

笹紋の頼朝系列の源氏とは仲が悪いのは、このことから起因する深い問題ではないだろうか?

そういえば、三井住友建設、三井不動産で起きたくい打ちデータ偽造事件。データを改竄した測量会社「旭化成建材」の親会社の旭化成まで引っ張り出して謝罪にまで追い込んでいるが、マンション建て直し資金を旭グループの持つ簿外資金、つまり前田が溜め込んだ金を出させて補償させようという腹つもりなのだろう。

そして、ゆくゆくは旭化成も三井住友の軍門に、、、とまで考えているかどうかまでは分からないが、、、、以上のようにグループ間の仲は悪いのだす(ふふふふ)。

さてさて話は戻るが、無尽とは「質屋」と並ぶ鎌倉時代に自然発生した庶民金融ですが、現在でも離島や農村部では残っているという。利息なしが「頼母子講」で利息ありが「無尽」とされていましたが、やがて無尽に一本化。第二地銀(旧・相互銀行)は政府によりこの無尽が複社統合して基盤強化され、預金者保護...等を整備して発展してきたもの。

東アジアには、韓国の「契(ケ)」、台湾の「互助会」、中国の「標会」、カンボジアの「トンティン」、沖縄の「模合(もあい)」....等、無尽と同様なものが存在する。これらは客家が東アジア各地に伝えたものなのであろう。元々の発祥は中国・唐代の三階教の中心寺院、長安の化度寺にあった「無尽蔵院」からであり、お布施等で集められた財産を広く民間に貸し出して利潤を得るシステムが、やがて民間にもシステムが普及し、大勢で小額の金銭を出し合い、必要な時やくじ引き順で一定量の金銭を構成員各員が受け取る形が日本で確立された。

無尽は戦時統制下で「1県数社主義」→「1県1社主義」→「1経済地域1社主義」という流れ統合化されて来ましたが、現在も同様なことが起きている。それが先に述べた地銀・第二地銀の金融グループ化です。裏の金主の都合で集約されるのであのような形になったのではないかと睨んでいるわけだが、、、、
※この3つの無尽グループにも入れて貰えず跳ね出されたのが、大本らの後から渡来してきた漢族。戦前には大陸に紅卍会を作り北朝のパシリとして活動していましたが、戦後には利権を貰えなかった。これ故に、ネオ満州国樹立に走り、そこであたらな利権獲得を目指して、大金を注ぎ込んで動いている。


さて、ここでこの地銀統合化の先駆けとなる都市銀行統合によるメガバンクについて考えてみる。

先に述べたように、東日本の集約先である「大日本無尽」が太陽銀行→太陽神戸銀行→さくら銀行となって、住友銀行を救済する形の吸収合併でSMBC(三井住友銀行)となった。俯瞰して眺めれば、イトマンを通じて無謀な融資を行わせて住友銀行の体力を削ぎ、無理矢理、吸収合併させた感じですが、当然、住友銀行内部にそれを意図的に行う手羽先が入って起こされたことであり、この劇的な吸収合併劇はその最後の総仕上げに過ぎない。

既に、吸収合併を想定してあの事件が起こされたのかもしれない。

三井住友FG

一時期、大合同に非参加し統合避けた「相互無尽」も太平洋銀行の破綻で、不良債権を除いた債券の受け皿となった「わかしお銀行」と三井住友(旧)と逆さ合併して「1経済地域1社」の形がようやく完成したわけです。戦前からずっとこの大統合を視野に入れて金融業界は動いてきたという感じですね。

まるで小林幸子がメガ幸子になるような大成長です(爆)。

メガバンク

この三井住友の前身は第一国立銀行ですが、一旦、合併したにも関わらず合併した勢力が「互いに反発し合い、効率が著しく落ち込んだ為、分割化に踏み切った。

これが現在の「みづほ銀行」「三井住友銀行」の二大メガバンクですが、オイラは藤原摂家の南朝派・北朝派だと睨んでいる。まぁ、基幹の住友銀行は三井=北朝に乗っ取られて吸収されてしまったが、、、

そして、残る1つのメガバンク、、、、

東京三菱UFJですね。

東京三菱

ここは水戸藩(水戸徳川家)の金庫番・川崎財閥、尾張藩(尾張徳川家)の御用達商人の「いとう呉服店」の伊藤銀行が合併しれいる。東京銀行は天皇資産の運用を任された横浜正金銀行の後継。また川崎財閥は岩崎家と婚姻関係にあり、三菱と川崎は仲が良い。

そして最大の謎解きは天皇家の裏側は三菱であるということ。
つまり、三菱とは徳川維新家(水戸・尾張)の御用達商人であり、三菱=徳川=天皇家だと睨む。

実際、マーク自体、同じ臭いがします(爆)。

三脚巴
(客家ペリシテ臭が漂うシンボル)

(長くなったので次回に続く)

繊維派と金融業のタペストリー分析(2)

前記事の続きです。

不慣れな石油ビジネスにのめり込み、カナダのニューファンドランド島に絡む石油精製事業で多額の負債を抱え破綻した安宅産業の処理で頭角を現した磯田一郎。最終的に安宅産業は1977年10月1日に伊藤忠商事に吸収合併されて消滅した。

この磯田一郎の念願は平和相互銀行の吸収合併。つまり、大阪にしか地盤がなかった住友銀行が首都圏に進出する為の足掛りとして「闇の世界の貯金箱」といわれた平和相互銀行の支店網が「どうしても欲しかったわけですが、この合併の成功により、都市銀行の下位行だった住友銀行が大きく躍進したわけで、磯田を「住友銀行の中興の祖」とい呼び、「住友の天皇」と呼ばれる理由。

この為に金屏風事件等が起きている。

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■金屏風事件
1985年8月、経営陣の伊坂らと対立する平和相銀創業一族(小宮山家)が、所有していた株(全株式の33.5%)を旧東京川崎財閥系の資産管理会社「川崎定徳」社長・佐藤茂に80億円で売却した(この当時、現金を1日で100億集められるのは2法人1個人しかないとされ川崎定徳はこの内の1つであった)。平相銀株の購入原資は、イトマンファイナンスより融資されていた。同社は住友銀行系中堅商社イトマンの関連会社で、当時の社長は元住友銀行常務・河村良彦であり、河村は住友銀行会長磯田一郎の腹心であった。

株買戻しで焦る伊坂らに、竹下登の秘書・青木伊平の紹介で、真部俊生・八重洲画廊社長から“「金蒔絵時代行列」という金屏風を40億円で購入したら、株買戻しの取引が可能になる"という話が持ちかけられた。後の鑑定で金屏風は多く見積もっても5億円、一説には8000万円の評価額でしかなかったという。それでも伊坂ら平和相銀経営陣は、株の買戻しの資金として、伊坂が実質的に経営していた経営コンサルタント会社に購入代金41億円を融資し、金屏風を購入した。にもかかわらず結局、株の買い戻しはできなかった。その後、金屏風の代金は、これまた政界に流されたという噂がたった。(Wikipedia)
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■伊坂(監査役)ら経営陣・・・合併反対派
■小宮山創業一族・・・合併推進派


という構図ですが、太平洋クラブに絡む不正経理や馬毛島事件で経営が傾き出した平和相互銀行にとり、住友銀行との合併話は多量の株式を持つ小宮山家にとっては渡りに船なのですが、経営陣や社員は追い出されることが明白な為、絶対反対であった。

最終的に平和相互銀行は1986年10月1日住友銀行に吸収合併され消滅した。

この合併劇の裏の主役が川崎定徳。

水戸藩金庫番を起点に大きくなったのが東京川崎財閥であり、その資産管理会社が川崎定徳。小宮山家から株を譲られ平和相互銀行の筆頭株主となっていた。東京川崎財は日本火災海上保険、川崎銀行、第百銀行、第百生命を傘下に納め、六本木のロアビルはじめ東海村の原子力産業も東京川崎グループが手掛けたもの。三菱財閥とは初期からの姻戚関係を保つが、岩崎家だけでなく、近衛文麿、三笠宮崇仁親王、高円宮憲仁親王、寬仁親王、桂宮宜仁親王といった皇室の方々とも繫がり、なんと歌手の”中島みゆき”とも繋がる大財閥。

佐藤茂は元々は米軍に出入りしていた畳屋で、川崎定徳にスカウトされてこの道に入っていった。

「住友銀行→イトマン→イトマンファイナンス→川崎定徳」という資金の流れから、「闇の世界の日銀総裁」と呼ばれる佐藤茂は住友銀行とはズブズブの関係。つまり、平和相互銀行を吸収合併する絵を描く住友銀行の名代として佐藤茂が関与していったということ。これが「金屏風事件」であり、平和相互合併の最大の功労者が佐藤茂。ここから佐藤茂は住友銀行のフィクサーになっていく。

しかし、五代目山口組若頭の宅見勝に山口組に呼ばれ、宅見組若頭が日本刀を振りざし恫喝する中、佐藤茂は失禁。最終的に伊藤寿永光に金を出すことを了承し、ここから伊藤や許が絡んでくるわけですが、住友が闇世界に取り込まれた瞬間でもある。

ここから雅叙園観光を舞台にした戦後最大の不正経理事件「イトマン事件」にまで発展し5000億円が闇社会に流れ、「東京佐川急便事件」「竹下登の皇民党事件(ほめ殺し)」へも展開していった。

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■イトマン
1883年に大阪市心斎橋で、羽州屋高田久右衛門から暖簾分け、「羽州屋」(うしゅうや)として舶来品(唐物)を扱う繊維商店として設立したのが始まりで、その後創業者・初代伊藤萬助にちなみ「伊藤萬商店」、「伊藤萬(いとうまん)」と社名を改め、更に1991年1月1日付をもってカタカナの「イトマン」と社名を改めた。

戦後は織物・繊維製品を中心とした繊維商社として運営し発展を遂げたが、実質的に住友銀行の商社部門として機能。2代目伊藤萬助の娘婿の伊藤寛が関西経済同友会の代表幹事になる。現在の東証1部上場企業として順調に発展を続けてきていたが、1973年のオイルショックで収益が急速に悪化した。メインバンクの住友銀行(現:三井住友銀行)は、河村良彦常務を伊藤萬の社長に送り出し、4代目社長の伊藤寛は代表権のない会長に退く。河村は社長就任後、従来の繊維商社から総合商社として早々と再建した。

住友銀行頭取の磯田一郎から平和相互銀行の内紛株買戻しの資金援助要請を受け泥沼に入り込み、平成初期に発覚した一連の伊藤萬事件(イトマン事件)の影響で経営破綻。1993年に住金物産(現:日鉄住金物産)に吸収合併され110年間の歴史に幕が下ろされた。(Wikipedia)
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元々、イトマン本社用地の地上げが上手く行かなかったことから、伊藤寿永光をイトマン河村良彦社長に紹介したのが名古屋支店長であり、イトマンの窓口責任者は名古屋支店長であることから、常に名古屋が舞台になっている。

衝撃的なことが起きたのが、1994年9月14日、住友銀行の名古屋支店長銃殺事件(畑中和文・当時54歳)。この件に関しては話題の書となった『住友銀行の闇』にも一切語られていない。

一説には磯田頭取追い落としの為に奔走していた結果だとも噂されている事件ですが、、、、、京都放送KBSは副業のゴルフ場開発で倒産しそうで、資金を集めて取得した株は許永中達に握られていた。 また在日の許永中が一定以上の株式を保有すると、放送権が停止される危惧もあった。そのような中、京都放送KBSの約束手形が闇金融に流出。乱発された約束手形の回収を許永中に依頼して見事に成功したが、約束手形の乱発は許永中の得意技で実はマッチポンプだった。

名古屋支店長・畑中和文が下記スーキムで債券回収を指揮。

① ゴルフ場抵当権を住友銀行→ダイエーファイナンスに移動 (住友銀行を隠蔽)
② 従業員組合を説得し未払い賃金を債権として会社更生法を申請
③ 更生法が適用され、放送設備以下の抵当権は裁判所が管理。株は紙くず化
④ 法的整理で京都放送KBSの債務超過は無くなり、放送権は守られた。

許永中や山段芳春達らの損害額は650億円といわれ、報復で射殺。 住友銀行でこの経緯を知っているのは「ザ・ラストバンカー」こと西川善文だけだという。(週報道サイトからの抜粋)

イトマン事件とは直接的には関係のない外伝的な内容ですが、裏社会の関与が窺える内容。このことで住友銀行はビビり裏社会側の為すがままとなったと云われる。

そもそもが平和相互銀行の強引な取得から始まったものであり、その代償とみえなくもない。

だが、何故、宅見勝若頭の佐藤茂が呼ばれて恫喝されたのか?
ここが分からないとこの事件の謎は解けない。

う~む、確か「週報道サイト」さんでは、みずほ銀行内の旧第一勧業銀行派閥の裏金作りのスキームの闇について仄めかしていましたねぇ。何かあるのでしょうか?
(http://hodotokushu.net/kaiin/kiji20140408b.html)

以前、名無し先生情報から高度自給自足ブログさんとこで書かれていた記事内容には、、、、

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川崎テイトクは水戸藩にいた頃から通貨の鋳造をしていましたね。
とら銭という硬貨を作っていた訳です。
こんなことをできるほど上の地位にあったということですね。
さて、川崎テイトクの創業者、川崎八右衛門のマスターマインドは誰だったのか?

それは置いといて・・・
今回は失われた20年の原因として、日本の信用を失墜させた大事件について書きます。
第一勧銀巨額小切手事件です。
第一勧銀といえば、第一銀行と日本勧業銀行が合併して出来た銀行です。
その創業者は、渋沢栄一。川崎テイトクとも子孫が繋がっている人物です。
この第一勧銀が起こした正規の大事件

第一勧業銀行 巨額 怪小切手事件です。
(ここに貼ると記事が長くなりますので、詳細はリンクを読んでください) 
http://www.rondan.co.jp/html/news/dkb/dkb.html
(※注 →リンク切れにつき、こちらを参照 http://blog.livedoor.jp/net_detective2/archives/37900281.html

この事件、謎の小切手の出所をめぐる事件だったのですが、川崎テイトクが起こした事件。
国家予算外資金の日本国歳入に辺り、裏で企みを実行していたのが川崎テイトクのさ◯◯し◯る氏です。
当時の複数の有力政治家がなんと、100兆円という、国家予算単位のカネを盗もうとしたのです。
政治家の名前はご想像にお任せしますが、まあ、超大物達ですよ。
それを小分けした小切手が出回ったのですが、偽物と判断され、換金出来なかったという奇妙な事件。
小分けしたといっても、一枚7.5兆円とかの小切手です。
¥7,500,000,000,000ってな金額です。

現物のコピーをちらっと見た事が有るのですが、見た事も無い桁の小切手でした。
この小切手のコピーを見るまでは、そんな馬鹿な・・・思っていましたから。
この奇妙な事件をはじめ、その他の不正事件が次々と発覚。
それ以来、日本は国際的に不信感を持たれるようになりました。
誰がこれらの小切手を発行し、誰がそれを突き止め、誰が阻止したのでしょうか?
昭和30年代からの日本の経済成長は、自力だと思いますか?
自力であれば、何故、今は成長できないのでしょうか?
中国はまあいろいろ問題は有りますが、何で急成長したのでしょうか?
誰かが、世界経済を牽引させる目的で巨額の資金と技術、設備を入れているからとしか考えられません。

■【失われた20年の原因② 第一勧銀巨額小切手事件と川崎テイトク、そして水戸黄門の正体】
http://jfcoach.blog49.fc2.com/blog-entry-188.html
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あの事件では「訳あり」で換金を止められた小切手の額面は100億になっていましたが、本当はもっと巨額だったのかも、、、100億円の小切手はさらに細分化されたものなのだろうか?

ここで少し時系列で事件を並べてみる。

1986年10月・・・平和相互銀行が住友銀行に吸収合併
1987年07月・・・経世会(竹下派)旗揚げ
1987年10月・・・竹下登が日本皇民党(稲川会系)による“ほめ殺し”攻撃
1987年11月・・・竹下登、第74代内閣総理大臣となる
1992年10月・・・佐川急便から5億円ヤミ献金受領の件で金丸信が衆議院議員辞職
1993年**月・・・住金物産は伊藤萬を吸収合併し、繊維・食糧を扱う総合商社化
1994年09月・・・名古屋支店長銃殺事件
1995年**月・・・佐藤茂死去
1997年08月・・・五代目山口組若頭・宅見勝射殺
1998年07月・・・小渕恵三、第84代内閣総理大臣に就任
1999年04月・・・竹下登、変形性脊椎症のため長期入院
2000年04月・・・小渕恵三、脳梗塞で死去
2000年06月・・・竹下登、呼吸不全のため死去
2001年10月・・・住友銀行はさくら銀行と合併し三井住友銀行へ
2012年10月・・・新日本製鐵と住友金属工業が株式交換で「新日鐵住金」を発足
2013年10月・・・住金物産は日鐵商事と合併し、日鉄住金物産を発足

2000年に2人の総理経験者の死去は怪しいだすな。

新日鐵住金は社名から「住友」の2文字消え、住友グループ社長会(白水会)から切り捨てられたが、これは意図的なものと思う。通して眺めてみた感じでは、住友御三家のうちの2つまで、、、つまり、平和相互とイトマンを介して住友銀行、住金物産、住友金属工業も上手く乗っ取られて、三井系(地祇系)に取り込まれたという感じです。

故・宅見勝若頭はバブル期を通して金融や不動産などのフロント企業を使い蓄財した2000億円とも言われる豊富な資金を背景に、渡辺芳則を首領に据えた五代目山口組の発足(1989年)に立役者として関与したといわれ、「中野会会長襲撃事件」の中野抜きの裁定に対する報復であるとされている。また五代目・渡辺芳則の後継となった名古屋に本部を置く弘道会・司忍の六代目襲名は本当はクーデターだったともいうが、、、、

・弘道会、、、名古屋
・イトマン窓口、、、名古屋
・住友銀行襲撃事件、、、名古屋
・伊藤寿永光、、、名古屋出身
・トヨタへの融資拒絶、、、、名古屋

川崎定徳=水戸徳川家ですが、名古屋には御三家の尾張徳川家がある。ここは東北の姫さまの親の出自でもあるわけですが、、、、

う~む、名古屋がチョー怪しいのは分かったが、、、、全く繋がらんwww

少し頭を休める為に、、、

尾張徳川家の至宝・金の鯱の化身「グランスピアー」でも視聴しておくか(超爆)



んっ、、、松平健!!!(=豊橋出自)

金鯱を操る背後に「松平」有りか!!!
※松平姓を賜ると四品資格持つ

(長くなったので次回に続く)

繊維派と金融業のタペストリー分析(1)

糸へん業界、、、つまり繊維業界ですが、ここがヒラリー・ロダム・クリントンがオランダ系移民のロダム家という繊維業に属する家系に繋がる為、昔から「繊維派」がトランスナショナルな関係を構築していたと書きました。

戦後の1950年、デフレが進行しドッジ・ライン不況でトヨタが倒産の危機に陥り、主要銀行に緊急融資要請を行った際、「機屋(はたや)には貸せるが、鍛冶屋には貸せないない」と融資を断った住友銀行の幹部がいる。

この言葉自体、「繊維派」が深く関わる事例ではないかと睨んでいます。

また住友銀行と云えば、イトマン事件を契機にヤクザ組織に乗っ取られたことから自主再建が絶望的となり、さくら銀行(太陽神戸・三井)に救済合併されて三井住友銀行となって既に完全消滅しています。ここにも住友銀行に対し繊維商社の伊藤萬という「繊維派」と絡んでおり、「繊維派」と「金融業」が深く密接に絡んでいるこtがおぼろげながわ分かる。

今回、「繊維派」を縦糸に、「金融業」を横糸にして、自分なりにタペストリー(綴織)を織ってみようと思う。

さてさて、まずは縦糸の繊維派からです。

18世紀半ばに起こった英国の産業革命自体が安価なインド製綿製品に駆逐された英国毛織物業界のリベンジから起きたものであり、それまでの家内制手工業からマニファクチャリング化された生産方式にガラリと変わり、綿原料を米国やインドから輸入する形へと物流も変化させた。

以前の家内制手工業で造られていた生地が現在人気のハリスツイードですね。
※ハリスツイードはメーカー名ではなく、手工業者組合の名称で生地を指定%以上使った製品にタグ使用を認めていますが、このダグに載っている「オーブ&クロス」はハリスツイード協会に貢献したダンモア伯爵夫人家紋「マルチーズ十字架」と「宝珠」です。

ハリスツイード01
(英国毛織物の代表 ハリスツイードharris Tweed 現在でも家内制手工業で生産 しまむら、ダイソーでも買えるw)

米国での綿花栽培は主に南部が担っていた為、英国と南部は強い結び付きを持っていた。その英国製品がアメリカ国内に流入し北部製造業との間で激しい競争に晒され、北部は南部を商売敵としてみていた。そして工場労働者を確保する為に南部の奴隷制に反対。これが南北戦争(Civil War)の背景の1つであった。

匿名党団長がブログの中で明かしていますが、この繊維派が米国南部を通じ北朝鮮まで繋がっているとか、、、、

繊維派 → SCG家 → Cotton → Confederate Army → Pamplin Family → オレゴン(ナイキ) → 北朝鮮

SCG家・・・ザクセン=コーブルク=ゴータ家(独ヴェッティン家分家)、つまり英国王室
Confederate Army・・・アメリカ連合国軍(南軍)
Pamplin Family・・・パンプリン家

ナイキと北朝鮮の関係はデブリンコ正恩がナイキ好きであるという点からですが、多分、背景にはもっと入り組んだものがあると睨んでいる。またオイラはナイキの別ルートととして、、、、

オレゴン(ナイキ) → 朝日コーポレーション(ブリジストン前身)  → 鳩山由紀夫  →  世界連邦運動

というラインも想定しています。
※アシックスタイガーの代理店だったナイキは自社ブランドの靴製造を朝日コーポレーションに生産委託していた。そして、この朝日コーポレーションの石橋正二郎は九州で自動車を持つ唯一の人物であり、昭和天皇皇后の送り迎えに自動車を提供したことから、覚えがめでたくなり、天皇財閥とも付き合いが出来るようになり、現在のブリジストンにまで成長しているが、繊維派のとのつながりも無視できない。

ここに出て来るパンプリン家とは、南北戦争をテーマにした「パンプキン歴史公園」(バージニア州ピーターズバーグ)やハウスワイナリーを運営している。ここは南北戦争も最終盤となった「第三次ピーターズバーグの戦い」が行われた場所でもあるが、この戦闘が292日に及んだリッチモンド・ピータースバーグ方面作戦(ピーターズバーグ包囲戦)を終わらせ、南北戦争を終戦に導くアポマトックス方面作戦の開始となった転機となった地。

■Pamplin Historical Park
http://pamplinpark.org/

パンプリン01

バージニア州はペンシルベニア州のスグ南に位置しますが、南北戦争勃発時、南部六州がアメリカ連合国を形成後、バージニア州は2ヶ月間の熟慮の末に連合国側に加盟した。その際、奴隷を持たず北軍離脱に異を唱え、そのまま北軍(アメリカ合衆国軍)に加盟し続けたのがウェストバージニア州ですが、元は同じバージニア州であったが南北戦争によって分離してしまった。

バージニア州

西海岸の外れにあるオレゴン州は世界的企業のナイキがあるところとして有名ですが、ニューヨーク市出身のジョン・ジェイコブ・アスターが出資して、パシフィック毛皮会社の西部拠点としてコロンビア川河口にアストリア砦を築き、毛貿易の拠点でもあった。ただ入植を「白人のみ」認め奴隷制には無縁の地であったのだが、南北戦争では何故か南軍に加盟している。ワシントン州、カリフォルニア州と共にリベラルな気風を持つ州であり、先進国では珍しい直接民主制によって作られ、州、郡からも独立した地域政府メトロを擁している。潜水艦 伊-25から発進した零式小型水上偵察機がオレゴン州上空に到達し4個の76Kg焼夷弾を森林の中に投下(2度)は、アメリカ合衆国本土に対する史上唯一の航空機による爆撃でもある。

まぁ、このパンプリン家とオレゴンの繋がりまでが見えなかったのですが、この辺は後日の課題とします(滝汗)。

戦後の日本ではGHQ政策により、経済基盤の弱い戦後日本は重化学工業は御法度にして繊維産業を育成する方針が立てられ、米国南部から綿花が輸入され加工を中心にしてきた。このような形で英国-米国南部-日本や北朝鮮、、、さらには世界連邦運動というトランスナショナルな関係が構築されたと薄っすらと見えてきたのですが、綿花は農産物であることから、日本においては農産物利権権限を持つ「緑のカラス」が仕切ってきたのであろう。

朝鮮戦争というガチャマン景気を経て、膨大な生産力を持つようになった日本は大量の繊維製品が米国に流入し始め、第二の真珠湾攻撃とも揶揄された日米繊維摩擦が起きた。

つまり、日本から戦争遂行させる重化学工業を取上げ、繊維業をメインに特化させたが、それがブーメランとなって米国を襲い始め悲鳴を上げだしたということ。ネトウヨならば拍手喝采する場面ではあるが、ここ結果、日本からは繊維業は無くなってしまった。これと同じことが以前の半導体であり、今回の自動車であると思う。以前、記事化した真珠シンジケートも潰されたと書きましたが、半導体も技術供与を韓国にしなくてはならなくなり、国内の半導体産業は淘汰されていった。残ったのが東芝だけで、今回の粉飾決済でその半導体事業も分社化されることが決まった。

三井グループの東芝が会社解体の状態に陥ってしまったのも、同じく三井グループのトヨタが名指しでトランプに指弾されているのも、根に同じものがあるからであり、経済安定化させる為に導入した産業を日本は頑張り過ぎて、逆に米国を苦境に陥れてしまった。多分、その頑張りの裏側には隠された意図(リベンジ)や野望があってのことだとオイラは睨んでいる。
※東芝の子会社ウェスティングハウスが購入した「価格ゼロ」の会社は東芝の負債の「飛ばし先」として購入されたものでしょう。このカラクリが米国側に露呈して今回の騒動にまで発展したと睨むが、飛ばし先として購入した子会社に難問を付け、負債額を意図的に膨らませていったのは米国側でしょうな。

う~む、仏の顔も三度まで、、、い、いや、米帝の顔も三度までかもしれない。

日本の将来は、頭に黒いマリア様の旗が翻る章男ちゃんwith経団連の肩に掛かっているだすな(爆)。

さてさて、話はトヨタに放った住友銀行幹部の辛らつな言葉「鍛冶屋はダメ....」に戻りますが、実は、この言葉こそGHQの代弁であったように思える。

この言葉を云ったのは住友銀行の小川邦彦名古屋支店長と融資担当専務の堀田庄三であり、緊急融資の要請を断り貸出金回収に走ってトヨタとの取引を打ち切った。緊急融資は三井(当時は帝国銀行)・東海銀行主導で行われ、ここ経緯からトヨタは三井グループ入りしたが、トヨタ家には三井家から嫁入りしているので当然の帰結ではあったが、、、、 この時の交渉の心労がたたり創業者・豊田喜一郎は数ヵ月後に亡くなったという。

その後、堀田庄三を頭取とした住友銀行は小川邦彦専務をプリンス自動車に社長として派遣していたが、プリンス自動車の吸収合併の話を朝鮮特需で持ち直したトヨタに持ちかけ懇願したが、その時、トヨタ側から、、、、

「鍛冶屋では不具合でしょうから」

と救済合併をあっさりと断られている。

この緊急融資の交渉決裂以来、住友銀行と取引停止のまま、SMBC(三井住友銀行)として統合されるまでの50年間取引が行われなかった。ただ、SMBC後も取引窓口は旧三井銀出身者に限っている。

中京圏では一般的に「住友=悪どい」というイメージで語られている逸話ですが、先に述べたように住友銀行は重化学工業に向けには貸せないというGHQの見解の代弁をしているだけであり、逆に北朝側が意図的に捻じ曲げて吹聴しているような感じにも見える。

住友銀行が別に鍛冶屋が嫌いなわけではないことは、プリンス自動車に貸付け、社長も派遣していた点からも明白。多分、堀田が描いていた図は三井グループという北朝=近衛閥=コミュニストに属するトヨタが完全に窮地に陥った時、日産・プリンス(1966年合併)と救済合併させようとする思惑があったのかもしれません。
※プリンス自動車は旧中島飛行の技術者の業態転換で発足した会社。たま電気自動車→たま自動車→プリンス自動車と名称を変えている。プリンスの最大出資者はタイヤメーカーのブリヂストンの石橋正二郎であり、日産・プリンスは南朝派でアメポチ昭和天皇派。その証拠に天皇家へプリンス自動車から納品があるが、世界連邦脳炎を発症したルーピーとは合い反する、、、、う~む、ルーピーは鳩山一郎と朝鮮人妾の間に出来た子であり、鳩山一郎の子・威一郎の子としたと云われ、直接的にはブリジストン石橋とは血縁関係にない。

その遺恨試合がトヨタ=水素ガス燃料電池車、日産=電気自動車の次世代車戦いの背景でもあるが、ミル氏の渾身の記事を見る限り、水素ガス燃料電池車陣営は国内では多くのメーカーを従えたようですが、世界で見れば逆であり、ますます状況はEVに傾き、状況は悪くなってきており、日本のガラパゴス化は明白になってきている。

■奥の院のシナリオ 2年目の事実 後編
http://takakuraken.jp/blog-entry-220.html

しかも、東芝自体は作った原発後始末を特化する企業になり、正式に脱原発水素転換を目指すトヨタ傘下の燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)一員に東芝も加わると見られている。

このように日本国内では水素ガスインフラ勢の優勢は確定化。

ノートe-POWERの大ヒットは住友系(南朝)の日産が放った最後っ屁となるのか、、、、それとも水素ガスインフラを阻止する刺客となるのか?

少なくとも完全な電気自動車のリーフよりは燃料電池車に近づき歩み寄った感はあるのだが、、、、金融面では既に住友銀行は消滅し三井住友銀行の一本化になったが、個別企業がそうそう言うことを聞くわけではない。その為にはショックドクトリンが必要であった。燃費データ不正事件はくさい臭いがしますね。あの事件以降、スズキがトヨタとの提携の共同記者会見を開いている。まぁ、三菱はトヨタ側にはなびかず、日産傘下になったが、、、、

北朝系(三井)の切り崩しは、かように壮絶なものであった。

この切り崩しの壮絶さは昭和2年の鈴木商店の時に既に垣間見れる。その当時は三井、三菱を上回る総合商社だったのが鈴木商店。台湾総督府から樟脳の扱いを任されたところから躍進が始まるが、日本を通過しない三国貿易を考案し大きく伸びた。この目障りな鈴木商店に対し三井が朝日新聞と組んで米買占めのデマ情報を流し、怒った民衆が店舗を焼き討ち。その後も大蔵大臣の東京渡辺銀行破綻発言の煽りで資金繰りに行き詰まり倒産。国家ぐるみで潰された格好ですが、財閥化していた鈴木商店傘下の企業は次々に三井財閥に吸収されていった。
※この鈴木商店のオーナー・鈴木家末裔が団長であると、わかり松氏は述べていますが凄い洞察力です。感服いたしました。

国内における自動車業界の再編成は以上述べたように、ほぼ完了化しましたが、全ては3.11によって上手くいった格好。ただその過程で東芝が解体化してしまうのは計算外であったのかもしれない。

そして、自動車の次には次世代素材である繊維業界の再編が残っている。より軽量化を実現し3Dプリンタで製造される未来の車は繊維や樹脂が主体となる筈であり、ここを抑えないわけにはいきません。

それ以外にも、現在、ホントは地球温暖化ではなく氷河期に突入するとも言われ始めていますが、寒冷期に入れば世界の繊維の需要は大幅に上がり、繊維派は大きな儲けが期待できる。当然、食料も収穫が減って高騰し、食料も握っていれば人口削減も出来て一石二鳥ですね。

しかし、トランプが大統領に就任した直後、ホワイトハウスのホームページから環境関係のページが一斉に削除され、さらにケムトレイを米国で撒くことを止めさせるとまでツイートしている。

トランプ砲が炸裂している。

実際には温暖化も寒冷化も人工的なもの(ヤラセ)だったのかもしれない。

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どうもケムトレイル自体、バチカンがやらせていたもののようですね。

その証拠にバチカンの記念コイン(1985年鋳造)には世界地図の上にケムトレイルが、、、、(爆)

バチカン コイン

秀吉がまだ木下藤吉郎と呼ばれた頃からイエズス会が深く関与してきた日本ですが、X-MENの中でアポカリスプによって新生サンファイヤとして蘇り、天秤を持ち「黒い馬」に乗る者で「飢饉」を示す第三の騎士として仕立て上げられるという話がここに繋がってくるのです。

「アポカリスプ=バチカン」と読めれば完璧ですね(ふふふふ)。

apokarisupu.jpg
(世界最初にして最強のミュータントであるエン・サバ・ヌールがアポカリスプ)

さて、話はこの南朝の住友銀行へと戻るが、ドッジライン不況時の融資担当重役の堀田庄三とはいかなる人物であったのか、、、、、

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■堀田庄三(1899年1月23日 - 1990年12月18日)
愛知県名古屋市に牛田正太の二男として生まれ、堀田家に養子入りする。住友銀行頭取を19年務め(1952年~1971年)、「住銀の法皇」と称された。高効率経営で住友銀行ばかりか、全住友グループの急成長を指導し、住友グループの象徴的な存在。

住友家評議員会委員長、住友老壮会会長、日本航空元会長。勲一等旭日大綬章受章。元モルガン・スタンレー証券代表取締役会長の堀田健介は長男。大正製薬社長の上原明は二男。

終戦後、公職追放により上層部が退陣すると、1947年2月に取締役に選ばれると同時に常務取締役に就任。同年8月には副社長に就任した。また経済同友会の代表幹事(当時の役職名は当番幹事)にもなり、政治家、経済人との親交を結び、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作と続く保守本流との関係や、財界四天王である小林中、桜田武、永野重雄、水野成夫、東大教授の東畑精一などとの関係を深めた。

堀田庄三の長男健介が安西正夫の三女公子を娶っている。安西家は、正田英三郎家から皇室、そして岸信介、佐藤栄作、三木武夫の元内閣総理大臣などに連なる姻戚関係を持つ一族である。長女育子は、元日本郵船会長の浅尾新甫の二男浩二に嫁いでいる。浅尾家は山梨県中郡筋下小河村の旧家で「甲州十五人衆」の一家として名門一族である。浅尾新甫の父浅尾長慶は元衆議院議員で、東京電力の前身である東京電燈の創設者の1人。浅尾浩二の兄新一郎の妻道子は、元侍従長の三谷隆信の二女。隆信は外務省の条約局長、駐スイス公使、駐フランス大使を歴任し、戦後退官した外交官。三谷隆信の長男信の妻涼子は、元興銀総裁岸喜二雄。また隆信の長女邦子は、元駐ドイツ大使永井松三の長男邦夫に嫁ぎ、三女正子は日産コンツェルンの鮎川義介の長男弥一郎に嫁いでいる。

堀田庄三の二男明は、1978年に大正製薬社長上原昭二の長女正子を娶り、妻正子と養子縁組して上原姓を名乗り、それまで勤めていた日本電気を辞めて、養父の会社大正製薬の取締役に就任した。大正製薬のオーナーであった上原正吉(元参議院議員)は実子がなく、上原昭二は養子であり、その昭二も2人の娘はいるが息子がいない。また正子の妹の吉子が元首相の大平正芳の三男明に嫁いでいる。
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豊洲問題で揺れている皇后妹の嫁ぎ先の東京瓦斯の安西家、日産コンチェルンの鮎川家、大正製薬の上原家、、、、華麗なる一族のハブ的位置に存在していますね。

このように「がめつい」「逃げ足が速い」を旨とする住友銀行でしたが、何故か繊維商社のイトマンには多額の貸し出しを行っており、繊維派には異様に肩入れしている。その結果、5000億円のお金が住友銀行からイトマン経由で裏社会に流れたと言われる。

住友末期には、頭取の娘がヤクザの情婦となったとか、、、、山口組の年頭祝賀会では住友銀行は傘下に堕ちたと豪語されたとか云われ、、、、、「住友銀行の天皇」と呼ばれた磯田一郎率いる住友銀行は自主再建が不可能となり、三井銀行(さくら銀行)による吸収合併でSMBCとなって救済された。

では、一方の住友銀行を終焉させた磯田一郎は、、、

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■磯田一郎(1913年1月12日 - 1993年12月3日)
元ラグビー日本代表選手、元住友銀行頭取・会長、経団連副会長。

1960年取締役、1971年に副頭取、1977年に頭取、1983年に会長就任。当時頭取の伊部恭之助とともに経営危機に陥った安宅産業を伊藤忠商事に救済合併させたほか、マツダ、アサヒビールなどの企業再建を手がけた。住友銀行を関西の銀行から、全国展開する上位行としての地位を築き、頭取就任から4年で都市銀行で収益トップの座となった。会長時代には平和相互銀行を合併、これに伴う不良債権の償却で再び失った1位の座を、わずか2年後に奪回するなど高収益体質を確立した。

1982年に米金融専門誌の「バンカー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、1984年には勲一等瑞宝章を受けた。1986年から1989年までNHK経営委員長を務めた。1986年5月から1990年11月まで経団連副会長。頭取時代にガンで死期迫る支店長を役員に指名した温情の伝説がある一方、「向こう傷を恐れるな」との言葉通りの強引な収益至上主義で知られた。

特に会長時代はイトマン事件を引き起こし、イトマンを経由して山口組の周辺者である伊藤寿永光への不正融資を行うなど、住友銀行と暴力団の関係を近付けてしまった。

1990年10月15日には横浜市の住友銀行青葉台支店長が、蛇の目ミシン工業事件で注目されていた仕手集団の光進代表に対し客を紹介し株取引の仲介をしたことで出資法違反(浮貸し)で逮捕されたことをきっかけに、これまでの住友銀行と住友グループの暗部がマスコミの注目の的となる。

老舗商社の消滅をもたらしたイトマン事件(この事件では、磯田の長女もイトマンとの不明朗な絵画取引で利権を得ていた)では批判を浴びたが「イトマンのことは墓場まで持っていく」と沈黙を守り、同年10月17日、早くも引責辞任を発表した。しかしこの一件は沈静化せず、住友銀行全体の不正融資や暴力団との関係、不良債権の実態が深刻なことが報道されていくことになる。
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堀田庄三のような華麗な閨閥を築けていない。多分、パシリで終わったような感じですね。

(長くなったので次回に続く)
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