2015年 宇宙人への旅立ち EP6 ダーキニーという希望

前回、敢えて書きませんでしたが、ポッポの覚醒は「宇宙人に誘拐されて金星に行った」「私はトム・クルーズが前世で日本人だったと知っている」と公言する神殿巫女ともいえる奥様のお陰が大きいという結論だったのです。

読み切れましたでしょうか?(ふふふふ)

つまり、ポッポは彼女を通じて宇宙人としてのマインドを感得したということ。言い換えれば、「同類になった」ということです(爆)。

しかし、実はこれはイエスが神殿巫女のマグダラのマリアを通じて天を感得したのと同じ構図なのですね。

さてさて、前記事は名無し先生のヒントから、チベット仏教とロシア総主教を繋ぐマグダラのマリアへと至る線を見出しましたが、これは「赤い衣」を通じて、更にボン教へと繋がるところまで話しました。

今回はボン教から洞察を始めます。

チベット仏教(ラマ教)は7世紀にチベットに入って来たと云われますが、インド仏教の衰亡期の寸前に人間の欲望を積極的に肯定し、性交を密教原理の具象的現れとし、かつ秘儀とする派閥がインドから北上してチベット高原に入り、9世紀以後に定着した。これがチベット仏教の正体です。

チベット仏教には4つの派閥があり、最も古いのがニンマ派で、最も新しいのがゲルク派ですが、ゲルク派はダライ・ラマ、パンチェン・ラマが属する最大派閥。

『チベットの7年』で描かれているように、この本の著者で登山家ハインリッヒ・ヒラーとダライ・ラマ14世は交流がありますが、このヒラーが元ナチス親衛隊(SS)だと中国外交筋から意図的に情報が流されていますね。ただ、これは事実ではあるが、ダライラマ14世に対する中共側からの牽制。


(この映画で未だにブラビは中国に立ち入り禁止)

まぁ、実際、ダライ・ラマはCIAと懇意であり、CIAエージェントと目されていますね。CIAの前身がOSSですが、ここが ドイツ敗戦後にナチスの組織要員と情報網を取り込んでOSSとなっている。そして、ヘッセン選帝侯によって作られたソ連共産党と根を同じくする中国共産党が徹底的に弾圧しているのがゲルグ派であり、中共が敵視しているのがダライラマ14世とチベット亡命政府です。

多分、ヒトラーに協力した唯一の派閥とはゲルグ派だったのではないだろうか? ゲルグ派は「秘密集会タントラ」も保有する派閥ですが、無上瑜伽タントラ(後期密教経典)に分類されるもの。

「トゥーレ協会」から生まれたナチスですが、そのナチスから生まれたSS(ナチス親衛隊)は「ドイツ騎士団」「イエズス会」を研究して作り出された組織内結社。「自然療法」「ホメオパシー」「禁酒・禁煙」「菜食主義者」「ハーブと自然薬」に拘っていたと云われる。このSSの最奥では「ヴェヴェルスブルク城」の地下聖堂で秘教サークル的な集会を開いていたが、それが「SSの血の13騎士団」あるいは「聖槍の騎士団」と呼ばれるロンギヌスの槍をシンボルとして掲げる集団。こちらはヒムラーをトップとした西洋の秘教知識を元にしたサークルですが、これとは別のヒトラーをトップとしたサークルもある。こちらはチベット仏教ゲルグ派と提携した「秘密集会タントラ」に基づくものではないかとオイラは睨んでいる。

秘密集会タントラの中の第五分では、、、、

1)貪・瞋・痴に満ちた行者は、無上なる最高の乗において、(「転識得智」によって三つの根本煩悩さえも仏の智慧に変じて)最勝の悉地を成就する
2)旃陀羅・笛作り等や、殺生の利益をひたすら考えている者たちは、無上なる大乗の中でも、最上の乗において成就をなしとげる
3)無間業(地獄に堕ちる悪行)、大罪を犯した者さえもまた、大乗の大海の中でも優れたこの仏乗において成就する
殺生を生業とする人たち、好んで嘘を言う人たち、他人の財物に執着する人たち、常に愛欲に溺れる人たちは、本当のところ、成就にふさわしい人たちである
4)母・妹・娘に愛欲をおこす行者は、大乗の中でも最上なる法の中で、広大な悉地を得る


また第九分では、、、、

1)仏曼荼羅と阿閦金剛を観想し、一切の衆生を殺す
2)輪曼荼羅と毘盧遮那・一切諸仏を観想し、一切の財物を奪う
3)蓮華曼荼羅と無量光・一切諸仏を観想し、一切の妃を瑜伽(ニ根交会)で享受する
4)仏曼荼羅と不空金剛・一切諸仏を観想し、一切の勝者(の拠り所となるもの)を欺く
5)三昧耶曼荼羅と宝幢を観想し、粗暴な言葉を使う


一見、非常に悪魔的である。

まぁ、これ故に覚醒未成就者が行うべきものではないとされる由縁でもある。多分、これは浮かんでくるネガティブな想念を打ち倒す行法なのであろう。非常に誤解を受け易い内容ですね。悪がなければ善か認識できないように、泥の中から蓮華が花咲くように汚ない事象の中に真理が隠れていてそれを感得するという行法ですね。

『モンゴル帝国史』には、ある日、チンギス・カンは重臣の一人であるボオルチュ・ノヤンに「男として最大の快楽は何か」と問いかけた。ノヤンは「春の日、逞しい馬に跨り、手に鷹を据えて野原に赴き、鷹が飛鳥に一撃を加えるのを見ることであります」と答えた。チンギスが他の将軍のボロウルにも同じことを問うと、ボロウルも同じことを答えた。するとチンギスは「違う」と言い、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その敵の妻と娘を犯すことにある」と答えた。

このチンギス・ハーンの快楽解釈はまさにチベット仏教タントラ的であるのだが、多分、覚醒未成就者なのだろう。泥に同化してしまっている。

世の支配者層もチンギス・ハーン同様に陥っているのかもしれない。

何故、支配者層が世に憎しみ悲しみを与えるのか?について1つの見解がある。それは、世の支配者層が支配する為にパラレルワールドの住人、つまり、デーヴィッド・アイクがいうところの「次元の航空機」に住む異次元人のことですが、彼らが支配層と手を結び支配を続ける為はマイナス想念エネルギーが嫌いな龍蛇族の帰還を妨げる為に意図的に行われているという。9.11もその為に行われたというが、、、、

■知っとうや?「地球の支配者」
http://calseed.blog31.fc2.com/blog-entry-131.html

まぁ、オイラは支配というのは、こういった憎しみと悲しみを使い分断統治する為に考え出された古代から伝わる手法だと思っている。科学技術が一層進むと中間搾取が出来にくくなり、ピラミッド型の一極支配を成立させている特定既得権層というのが成立しづらくなる。これ故により一層の分断工作、、、怒りと悲しみの強化統治が行う必要があると支配者層は考えているのだろう。

ただ、このネガティブな事象を次々と起こすことが「秘密集会タントラ」にも繋がり、人々に真理を覚醒させることにも繋がる。これはカバラの生命の木の秘密のセフィロト「ダアト」の通過儀礼でもある。

ただ、9.11に関しては、名無し先生がいうように、ビル内のFBIに保管されていたイエズス会、ロスチャイルド、マフィアの証拠書類を消滅させる為とイラク戦争開始の筋道をつける為に行われたと思っている。しかし、こういった悪魔的発想が出て来る大元には悪魔的なパラレルワールドの住人の影響があるというのも否定は出来ない。そして、異次元の爬虫類意識体は哺乳類生物を妬む地上の爬虫類生物の集合的無意識だというオチではないかとも睨んでもいるが、、、、

話が結論のないまま、飛んでしまいまたが(汗)、このゲルグ派が緑龍会(客家=ペテリシテ人)と絡む派閥だったのでは? かつてダライラマ14世はオウム真理教から多額の献金を受けたことがあり、オウムと北朝鮮は何らかの繋がりがあり、その北朝鮮は帝国陸軍の残置国家。また旧帝国陸軍勢力は東電...等が企業舎弟(爆)。
※この勢力は東京地下で原子力発電設備を構えてUFOを作っているという話もあるが、、、う~む、これがラストバタリオンかもしれん。この件は噂段階であり、引き続き調査が必要な案件。

チベット仏教(ゲルグ派)-ダライラマ-ナチス-CIA-北朝鮮-オウム-帝国陸軍-北朝(地祇系)-北イスラエル族-女真族(扶余・満州族)-モンゴル-イエズス会という見事なラインで繋がる。

白鉤十字
(最近動きが活発なモンゴルナチス=白鍵十字団)

今、ゲルグ派を理解するのに必要なのは、護法神シュクデン(ドルジェ・シュクデン)。これがゲルグ派内の争いの象徴としてある。

シュクデン
(スノーライオン【雪山獅子】に乗ったシュクデン 顔は3つ目のおっさん)

ニンマ派弾圧を400年続けているゲルグ派ですが、主体を為す保守派が異端認定されている。その保守派が掲げるのがシュクデン。一方、統一チベットを目指してニンマ派儀礼導入とシュクデン信奉禁止するのが、ダライラマらの反シュクデン派ですね。そして、シュクデン信奉者の背後からは中国政府が後押ししているという。つまり、シュクデン問題の根幹は中共が仕掛けた内部分裂工作だという説もあるが、本当はもっと背後に両陣営を操り対立を仕掛ける黒幕がいるとオイラは睨んでいる。

この分断対立は中央チベットと東チベット(デルゲ王国)の対立としても行われている。

チベット国旗
(チベット国旗(?)の雪山獅子旗 日本人チベット研究者・青木文教氏が考案 日章旗がデザインのネタ)

「デルゲ王国」とは、チベットの東側、現在の四川省カンゼ・チベット族自治州デルゲ県ゴンチェンを首都とする小国でしたが、ここにチンギス・ハンの墳墓があると噂される場所でもある。文献ではチンギスハーンは西夏を攻めて甘粛で死亡したとされていますが、末裔者の伝承ではチベットを攻めて雲南で亡くなり、カラコルムへの帰途、四川で埋葬したという。

そもそも、大乗仏教は2世紀のインドで龍樹(ナーガールジュナ)が勃興していた大乗仏教運動を体系化したとされていますが、実は4世紀以前には大乗仏教の痕跡は発見できないのです。この頃、エフェソス公会議でネストリウス派のキリスト教徒が異端視されペルシャやインドに渡ったと書きましたが、このネストリウス派キリスト教が仏教を取り込んで出来上がったのが大乗仏教の正体です。一方、シルクロードを経て北廻りで中国に伝わったのが景教ですね。景教は唐代には「波斯教」と呼ばれ、唐代に中国を訪れた景浄や阿羅本は「波斯僧」と呼ばれているようにペルシャ渡来の宗教と認知されていたのです。

最初にチベット入りしたニンマ派はチベット固有のボン教の衣装・赤い衣を取り入れ(真似し)、激しく覇を争った。この時、論理的な体系の教義・哲学を持たなかったボン教は仏教用語を借り教義・哲学を整備していったが、劣化コピーのような風情になってしまった(白ボン)。このことが逆に「仏教の亜流」という印象を持たれてしまい、時の国王が仏教に傾倒し国教として仏教を採用したことで、その後のチベットの宗教の趨勢は決定し今が有る。
※他のアジアの仏教徒の僧服が黄色いのはブッダ自身の僧服が黄色だったことから、つまり、チベット仏教は本当は仏教ではないことを自ら表現していることになる。

現在、ボン教は国境近くの辺鄙な場所にあって命脈を保っている状態ですが、ボン教の嚆矢は教義よりも太古から伝わる伝統的な行法にある(黒ボン)。

だが、このボン教は恐ろしく歴史が古い。

伝承では、今から1万8000年前、チベットの西にあるタジクという国のオルモルリングで王子として生まれたあと出家して僧となったトンパ・シェンラッブ・ミオによってボン教の教えは始まったという。
※ボン教はアトランティスやムーが沈んだと云われる1万2000年前よりも古いのです。

この教えが「永遠なるボン」(ユンドゥン・ボン)。オルモルリングから東方のカイラス山周辺にあった古代シャンシュン王国にトンパ・シェンラッブ・ミオが降臨し、ここからチベットに伝わったとされている。

オルモルリングは世界の2/3を占め、山頂が水晶巖で出来ていて周囲に数多くの寺院を擁するユントゥン・グプツェー山(九つの卍)という聖山があり、この世にあって別の次元にもあるとも言われいる。「ドンドゥ」によると、タジク、オルモルリングは、チベット北西のティセ山地方にある「ム(dMu)」という国の北部だとか...そしてそこには「九層黒山」があるという。

このオルモルリングはチベット仏教で語られるシャンバラのネタ元となったものだとオイラは考えている。

チベット01
(オルモルリングとチベット)

カイラス山は最も丁寧な礼拝方法である「五体投地」で巡礼する聖地として知られていますが、仏教(特にチベット仏教)、ジャイナ教、ヒンズー教、ボン教の聖地となっている標高6656mの未踏峰。この「五体投地」は天台宗、真言宗、黄檗宗でも行われていますので、これら宗派の起源がどこにあるか判りますね。少なくともインドの大乗仏教ではありません。

カイラス(カイラーサ)はサンスクリットで水晶を意味する「ケーラーサ」との関連が指摘されますが、研究者の間では周囲に巡礼用の寺院を配して山頂が水晶のように見えるカイラス山が「須弥山」だと目されている。カイラス山こそがユントゥン・グプツェー山(九つの卍層)、九層黒山と呼ばれる聖山だった。この山をボン教徒は左廻りに、チベット仏教徒は右廻りに巡礼しますが、多分、この巡礼方法が卍の発祥の大元ですね。

mount-kailash-olafschubert.jpg
(カイラス山=須弥山)

実際、についてはボン教とチベット仏教は逆になっています。元々はカイラス山の左廻り巡礼に対し、チベット仏教が右廻り巡礼で乗り込んできた。ここで卐という文字が出来た。今度は文献を持たなかったボン教がこの漢字を取り入れて「卍」という文字にしたという歴史ではないかとオイラは睨んでいる。そして不思議なことに日本の卍は左周りの卍で仏教とは真逆なのです。

■卍・・・「左回転(反時計廻り)」 ボン教、日本仏教
■卐・・・「右回転(時計廻り)」 チベット仏教、ヒンズー、仏教、ナチス


上図からみても分かるように、タジクがあった地はタジクスタン近辺ではないかと考えられる。タジク、、、タギクスタンでビンゴですね。「タジ」とはペルシャ語で「王冠」を意味する言葉ですが、辺境の地であるオルモルリング=カイラス山まで含めた地域のことなのだろう。

このタジクスタン地域に住んでいたタジク人とされるタジク民族は、バクトリア人、ソグド人、サカ人等の血を引くと考えられ、更に遡ればアーリア人だとされている。つまり、タジクのオルモンリンにいたのはサカ人や月氏かも知れず、この大月氏やサカ人が南下して西チベットのシャンシュン王国に入りボン教を伝えた。

で、サカ人は大月氏はペリシテ人というのがオイラの結論なので、つまり、ボン教とはペリシテ人(客家)が持ち込んだ宗教だろうと睨んでいる。

つまり、シャンバラ伝説は客家(ペリシテ人)が持ち込んで広まった伝説であり、シャンバラを意味する「シャングリア」を使ったシャングリラ・ホテルが客家経営であるのも頷ける話ですね。

そして、このタギクスタンの国旗はの配色。マグダラのマリアを暗喩する配色になっています。

赤と緑の国旗02

隣のイランも同じ赤と緑の配色になっていますね。これら国々を「マグダラのマリア勢力」と名付けてもいいように思うのですが、、、(笑)

そして、これら勢力を仕切っているのがイエズス会というのがオイラの分類ですが、イエズス会発祥はポルトガル。

そのポルトガルの国旗は、、、

ポルトガル国旗
(ポルトガル国旗)

う~む、ビンゴ!ですね(爆)。

国旗は星と太陽という分類以外にも、配色によってどの勢力に属するかという目安にもなっていると思います。

ちなみに、聖母マリア信仰のフランスは聖母マリアを暗示する赤と青になっており、同じ赤と青を配色する国旗は、、、

国旗 赤と青

こりらはメーソン仕切りの国であるだろうと洞察しています(笑)。最近は【天皇派】【教皇派】という区切り方があるようですが、オイラは【マグダラのマリア派】【聖母マリア派】という区切り、つまり【イエズス会】【メーソン】という区切りの方が理解し易いですね。

余談ですが、恒例のタジキスタンの美人を紹介すると、、、

タジキ人

タジク人の「美人」の条件は眉毛がつながっていることです。

一本眉毛は両津勘吉を彷彿とさせてしまう故に、日本人の感性的にはどうかと思うのですが、、、感性は時代と供に変化するので未来はそうなるかもしれない。

さてさて、ボン教が行っていたのが天を拝む「祭天(天祭り)」。基本的には犠牲の祭儀で人が死ぬと連れ立つ生け贄として動物を殺す儀式。これを「ム」というのですが、転じて「ム」は「天」を指す言葉になったという。四川省西北にボン教の聖山ムルド(dMu rdo)があるがこれも「天」を指していると云われる。しかし、本当は北部がタジクやオルモルリングとして擁する広大な地域のことが「ム(dMu)」であり、これが「天」を指すようになったとも考えられるが、チャーチワードがヒンドゥー教の寺院の粘土板「ナーカル碑文」から見出して一世を風靡した「ムー」がコレなのかもしれない。

チャーチワード自体、経歴詐称者であり、ナガール文献のチベットのラサ記録も偽造と判明しているが、この「ムー」を出口王仁三郎が自らが発表していた太平洋にある「黄泉国」と習合してしまったので、ムー大陸は太平洋となってしまった。

ムーは中東であり、そこはシャンバラとかアガルタと呼ばれた地であったというのがオイラの結論です。

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■ロシアにはカラチャクラ寺院なるものが開設(1913)され、 ロマノフ 王朝 こそがシャンバラの末裔に当たり、ニコライ2世はツォンカパ(チベット仏教ゲルク派の開祖)の転生者であるといった主張がなされた。

■そもそも身代わりの儀式は、かつてボン教でも行われていたもので、例えば人が死ぬと、連れ立つ生け贄として動物を殺す儀式が存在していたことは有名である。また現在でもその名残はある。例えばチベット全土において、しばし車道の真ん中に不気味な蝋人形のようなものが置かれているのを目にするが、それは即ち、病気を患った人や不幸が続いた人が、念を込めた人形(自分の身代わり)を車に轢かせることで、厄除けを行うものであるという(ちなみにこれを写真に撮ろうとしたところ、ガイドに制止された)。

また余談ではあるものの、こうした”身代わり”を使う儀式はチベット文化圏で広く見られるものである。中国の三国時代には、蜀の諸葛亮孔明が現在の雲南省周辺(※)に南征に向かった際、現地では毎年川が氾濫する度、大勢の人の首を切り落として川に投げ込むという風習が行われていた、という記述が残されている。
※雲南省は、実際のところ、今では既に漢化されたチベット自治区よりも”チベットらしい”と言われる程、チベット文化が色濃い地域である。

またそれを不合理に思った孔明は、人頭の代わりとして小麦粉を練らせ、中に豚肉を詰めて”頭”を作り(即ちこれは人形を作ることに似る)、それを代わりに川へと投げ込ませることで、(儀式の形式だけを保ちながら)その風習を断ち切ることに成功したという。またこれが、現在我々が口にする饅頭の起源となったことは言うまでもない。


■謎の地下王国シャンバラは"実在"するか ― 視察チベット編(X51.)
http://x51.org/x/05/10/3050.php
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ロマノフ王朝、チベット、饅頭が1つのラインで繋がった、、、、

やはり、キーワードは「饅頭 恐~い」だったのだす。

さてさて、このボン教徒ですが、チベット仏教と同様、マニ車(マシモ車)を回すことでも知られる。ともに赤い衣を着るボン教とチベット仏教の見た目の識別は難しそうですが、ボン教徒は反時計回り(左廻り)に回し、仏教徒は時計回し(右廻り)に回すという違いがある。さらに、衣装において青い部分のある僧服ならば、それはボン教徒です。

ベルリンでは、ヒトラーは「青衣の魔術師」とも「緑の手袋をした男」とも呼ばれるチベット教団の指導者と定期的に会っていたと言われますが、、、、

う~む、青い色を使うのならボン教で決まり!ですね。

ボンカレー青
(「赤い汁」を意味するボルシチはウクライナのシチューですが、生クリームを使ったクリームシチューは日本オリジナルのシチューなのです。)

オイラはヒトラーに協力していたのは、チベット仏教の4派閥のうちの1つ、特に「秘密集会タントラ」を持つゲルグ派だと短絡的に考えてしまっていた。ボン教も可能性があったのだす(滝汗)。

しかし、ボン教ならば左卍となる筈なのだが、、、、

下記動画は「微笑むダーキニーのチュウ」というボン教の女性向けの瞑想ですが、「赤い衣」に加え、統一した「緑の太鼓」もあり、緑はボン教のシンボルカラーになっていると思われる。

つまり、「緑の手袋」もボン教に絡んできそうなので、ここがナチスと関わった派閥なのだろうか?


(この瞑想では「イメージの中でダーキニーに変身して、手に持つ鋭い曲刃で執着の源である身体を切り刻み、美味しい甘露のスープを作り、不幸な生きものをパーティーに招き、苦しみを癒す行法。自分自身の執着心を粉々に砕きながら、心の底から生れてくる慈悲を体験するのが目的の女性におススメの瞑想法だという。)

■ボン教の楽しい宝箱
http://bonjapan.jimdo.com/

さてさて、このダーキニーいろいろと謎が多い故に、この煩フルでは集中的に取り上げています。豊川稲荷(ダキニ天)から始まって、インドではダキニ衆と呼ばれた夜叉が「空行母」という八人の天女に至って、1人を地上に残して上がった北斗七星を暗示。この北斗七星は救世主の予兆的シンボルでもあり、京都太秦の摩多羅神の額あてに描かれてもいる。そして、ダキニ天を篤く信仰したのが恵州客家末裔の九鬼家ですが、北朝(北イスラエル族&ペリシテ人勢力)の金庫番でもある。

この暗示がアイドル界に表出したのが、エロ天女のAOAとキツネ様のBabyMetalというわけですね(爆)。

三ケツ神100
(オリオン三ツ星=三ケツ神=稲荷神=ダーキニー=空行母=北斗七星)

愛染寺の初代住持・天阿上人は稲荷信仰を広めていったと伝えられるが、天阿上人が説く三天和合尊(辰狐王菩薩)の聖天は「日天」で上之社に、荼吉尼天は「北斗星」で下之社に、弁財天は「月天」で中之社に当たるとする。

で、ダキニ天・聖天・弁財天が一体となった三面摩多羅神が稲荷神の本地だというのが天阿の結論。

やはり、ダキニ天は「北斗星」でビンゴだったのだす。

忿怒相の黒いダーキニー立像は、三眼、髑髏の冠、髑髏の首飾り、髑髏の器で血や脳みそを飲み、煩悩や悪を象徴する人間を踏んでいる姿をしていますが、実はこれは精巧な「和合仏」なのだという。

ダーキニー01

これはいったいどういうことなのか?
ターキニーに関する話がネットにありましたので掲載しますと、、、

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密教の起源はインドにおける「尸林(しりん)の宗教」にあります。

「尸林」とは中世インドの葬儀場のことで、大きな都市に隣接してこの尸林が存在していました。死者の遺骸は都市部から尸林に運ばれ、荼毘(だび)にふされるかそのまま放置されて鳥獣の貪り食うにまかせられました。しばしば尸林は処刑場を兼ねており、斬首されたり、串刺しにされた罪人の死骸が晒されていました。

これらはまともな神経の人間には実に恐ろしい場所であり、実際に野獣が跋扈(ばっこ)する危険な場所であり、しばしば魑魅魍魎(ちみもうりょう)が徘徊する場所として恐れられていました。

この尸林では、「尸林の宗教」といったものがあり、墓場に女神が祀られ、女神に仕える巫女が住み、死体や血液を用いる黒魔術的な秘儀を行なっていたのです。尸林の土着の女神たちは、それぞれの尸林を管理する教団によって、ヒンドゥー教か仏教の女神として崇拝されていました。それぞれの尸林の女神の祠(ほこら)には巫女が仕え、女神を供養する傍ら、呪術を生業としていました。その巫女は苦行母(茶吉尼・ダーキニー)または、瑜伽女(ヨーギニー)と言いました。

シヴァ神の神妃サティーの暗黒面を表象するドゥルガー女神に彼女たちは侍女兼巫女として仕えていたのです。

その聖地(墓場)に土着の女性たちは、多くはアウト・カースト(日本で言う穢多非人・えたひにん)の出身で、昼間は牧畜や工芸等の底辺労働に従事し、夜間は(アウト・カーストの女性に特有の)妖術を使うとみなされていました。

彼女等は1年の特定の祭日、又は月の特定の祭日に尸林に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物として食し、酒を飲み、歌舞音曲を楽しむというオルギア(秘教的儀式)を行ないました。

この尸林におけるオルギアの中核をなすのは、ガナチャクラと呼ばれる性魔術儀式です。ガナチャクラとは仏教行者の行なう修法の一種であり、修法を構成する儀礼は曼荼羅制作、護摩(ごま)、観相(瞑想)法、飲食、歌舞、供犠、性瑜伽(ヨガ)などです。

ガナチャクラの構成員は9名であり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神、パイラヴァを召喚した男性行者が1名がアジャリとなり、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行なう儀礼です。

天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と瑜伽(性行為・読み方はヨガ、ヨガのポーズはこの性行為の秘儀が元になっています。)します。この位置変換を「瑜伽(ヨガ)女の転移)(サンチャーラ)と言います。女性行者が8名に臨時のメンバー(行者でない女性)を1名加えた9名と言う説もあります。その場合は中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女1組に対して、円形に8名の女性が並び、曼荼羅が常時成立することになります。この結果、中央の男性行者はすべての女性行者と平等に和合することになります。

この儀式はインドの古代神話世界において、ヴィシュヌ神が金輪剣(チャクラ)を用いてシヴァの神妃サティーをばらばらに切断し、地上に落としたあと、サティー女神が復活し、シヴァ神と再結合を果たした説話をかたどっています。ちなみに切断された女神の遺体が落下した場所が前出の聖地です。

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底辺の汚れの中から真理を掴む、、、「秘密集会タントラ」にも通じるものを感じますね。

一方、ボン教ではダーキニーとは女性のブッダ(覚醒者)のことで「空行母」と呼ばれる天女でもあると説く。聖者ナーローパの性的パートナーとして悟りを得るのに協力したというようにエロチックな行法で覚醒をもたらしたからです。つまり、ダーキニーは神殿巫女のような役割を持っていたのです。

密教(性教)の介在、これがインドとチベットではダーキニーの捉え方が180度異なってしまう理由なのでしょう。

このことがイエスを覚醒させたマグダラのマリアと共通しており、マグダラのマリア=ダーキニー=空行母だとオイラは比定する理由ですね。

ダーキニー空行母
(ダーキニーは「眉毛が繋がる一本眉毛」の美人。多分、マグダラのマリアもそうだっただろう・笑)

このダーキニーとの交わりの中でゾクチェンが完成すると解くのがニンマ派やボン教です。これは神殿巫女と同じメカニズムであり、単体であるダキーニー憤怒立像がネガティブ要素満載の中から真理を掴ませるという「秘密集会タントラ」と同じ役割を持っている為に、巧妙な「和合仏」であるという理由なのであろう。
※ゾクチェンはニンマ派とボン教に伝わる教えで、チベット語で「大いなる完成」を意味する「ゾクパ・チェンポ」の短縮形。人間を含むあらゆる生きもの(一切有情)の心性における本来の様態、またはあるがままで完成された姿のことを指す言葉。ゾクチェンにおいては、青空を見つめる瞑想の他に、空間を見つめる瞑想「アカーシャー」、睡眠中の瞑想「ミラム」(夢見)、暗闇の瞑想「ヤンティ」....等々、さまざまな実践法があるが、青空を見つめる瞑想は数万年の古さをもつオーストラリア・アボリジニーの精神伝統の中にも類似したものがあるという。

今回は赤と緑の持つ「太古の実在が元になっている」という謎にまで迫れませんでした(汗)。でも、きっと次回の記事では、、、、

(つづく)
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2015年 宇宙人への旅立ち EP5 ポッポの覚醒

プーチンがクリミアを編入した早業は、少数民族であるクリミア・タタール人がクリミア大統領ヤヌコーヴィッチのロシア寄りの施政(市中表記をロシア語一本化...等)に不満を持っているのを聞きつけ、ソチオリンピック終了時にロシア軍をクリミアに派遣し、軍事力で議会を押さえて大統領をロシアに逃がし、ロシア寄りの政権を一気に樹立したことに尽きる。

現在、新興勢力・オリガルヒを切ったプーチンの支持基盤はシロヴィキ、同郷のサンクトペテルブルク(ペトログラード)出身者(サンクト派 サンクトペテルブルクはラスプーチンの出身地)に加えタタール人となっている。

これもタタール人とプーチンで行われた「饅頭 怖~い」だったのです。

この方法はかつて大日本帝国が韓国併合の際に使ったのと同じやり方ですね。

そして、次々にロシア寄りの法案を提出して法律成立。その最たるものは「クリミアの正規軍をロシア軍とする」ですが、これにより今までのクリミア軍は完全な反政府軍にされてしまった。これがソチオリンピック4日後に行ったことであり、1発の銃弾を使わずクリミア半島をロシア編入したという早業でした。

「美人過ぎる検事総長」として知られるナタリア・ポクロンスカヤ・クリミア共和国検事総長を始めとしたプーチンのプロパガンダが効を奏しているのか、今までのところ、クリミア自治国内では「西欧=悪」という感じで受けとられている。その成果が90%の賛成となったウクライナからクリミアを分離してロシア編入の選挙結果でしょうか。

しかも、国際法的にはロシアの強権によるクリミア編入は認められないのですが、国連常任理事国であるロシアは国連で議題に挙げようとも拒否権発動で議題にすら挙げられないというのが今の状況。

プーチンの真の狙いは自国で産出する天然ガスの消費市場としてクリミアをロシア勢力下に置いておきたいという分析が高度自給自足ブログに書かれていましたが、ある意味、属国化ですが、その背景にはロシア連邦国が決して譲ることが出来ない「キエフ・ルーシ継承権」が絡んできている。

この動きを阻止しようとしていたのがメーソン系のオバマ大統領ですが、当然、日本は米国に盲目的に従属。阻止の理由はウクライナ政府に貸し込んだ日米欧の巨額資金にあるのですが、これがクリミア半島を失うことでコゲ付いて不良債権化するのを防ぐ為でもあった。欧米マスコミ報道が「不正選挙」だったと報道している理由がこれ。

だから、米国追従の日本の政財界はポッポを総攻撃しているのです。

オバマ大統領02

かつて、オバマはイエズス会経営のジョージタウン大学の講演で、このシンボルマークを見ると気持ちが悪くなると言い出し、マークに布を被せて講演をしたように反イエズス会勢力=メーソンにいる。

一方、プーチンはヒトラーの孫の噂があるメルケル独首相とも非常に懇意。KGB時代ドイツに潜入していて完璧なドイツ語を話すという点もあるが、プーチンの資金後ろ盾はドイツ銀行、旧ドレスナー銀行のドイツ資本。3.11でドイツがいち早く脱原発を表明したのもプーチンに貸し込んだ大量の資金回収が念頭にあるのだろう。ロシアの高価な天然ガスが売れないとドイツも困るのです。更に、米国の安価なシェールガスが市場を席巻しては困るのですね。また、原子力などはガス勢力にとって眼の上のタンコブ以外のものでしかない。

ガス勢力は原子力の時代なんて終わってしまった方がいいと考えている筈です。まぁ、3.11で本当に終わってしまいましたが、、、(滝汗)

当然、日本国内のガス勢力である地祇系とも水面下で国際的に連携している筈で、前記事に書いたように地祇系に非常に恩義があるのがブルジストン鳩山家。

だからこそ、 ウーパールーピー鳩山は妻子を捨て、地神祇系を代表してクリミアくんだり迄出かけて行って、「(クリミアの)選挙は民主的な正当な手続きを経て行われた!」と声高に云い放って、、、、

ウッ  パー  ウッ  パー 

とプーチン=タタール勢力らの兄弟に向けて熱いエールを送っているのです(爆)。


(音楽では、このロシア人涙目になる歌詞の『ジンギスカン』に多大な影響を与えたのが、ボニーMの名曲『怪僧ラスプーチン』。しかし、史実ではラスプーチンに多大な影響を与えたのがジンギスカンと逆の構造。このジンギスカンもボニーMもいづれも西ドイツの音楽アーチストという点にはもっと注目していいだろう。)

このようにマッチポンプ的に紛争を煽って、国際的に紛争が激化して戦争になれば、最終的に行き着く先が「合」でしかないのですが、その受け皿が自らが会長を勤めた「世界連邦」というわけですね。ここにもポッポがクリミアに行く理由があったと睨んでいる。

そう、全てを分かっていてクリミアに行っているわけですね。

ポッポはちゃんと覚醒していたのです。

宇宙人ユッキー

で、この紛争を画策したタタール人はチンギス・カンの末裔。

前記事でチンギス・カンはクリスチャンである可能性が高いことが分かってきました。まぁ、少なくとも当時のモンゴル族にはネストリウス派のキリスト教信者がたくさんいたのは事実です。事実、歴代ハーンの妻も多くはネストリウス派のキリスト教徒だった。

郵便制度、木版印刷術で紙幣や年代記、排水設備付きの舗装道路、木を植える文化、運河、羊毛・麻の加工技術、困窮者に無料で食事や衣類を与える社会福祉施設...等、これは全て景教徒がモンゴルに持ち込んでいる。以前、シルクロードに点在する灌漑設備を作ったのは大月氏やソドク人と名を替えたペリシテ人であると書きましたが、、、、

このことから、景教徒とは実はペリシテ人が主体だったのではないかとオイラは睨んでいる。

この景教の社会福祉施設と同じものは、聖徳太子が四天王寺の四箇院として導入している。四箇院とは寺院である「敬田院」、と療病院は薬局である「施薬院」、・病院である「療病院」、病者や身寄りのない老人などのための「悲田院」の4つからなる。ちなみに聖徳太子は架空の人物ですが、モデルとなった人物がいる。それは景教を奉じた上宮の高向王のことですね。法隆寺の金堂の中央に安置される釈迦三尊像の舟形光背銘には196文字で「太子等身の釈迦像の造像を発願し、病気平癒を願った。....推古天皇31年(623年)に釈迦三尊像を仏師の鞍作止利に造らせた。」と制作時にタガネ彫りされ、舟形光背(全高177cm)の高さが聖徳太子(高向王)の身長。また鞍作止利(刀禰)は鞍作毛人(蘇我入鹿モデル)の従兄弟で神仏戦後大臣(巨勢徳太の事跡)になったと語り部はいう。

さらに、景教は7世紀にチベットに入って、チベット仏教徒が赤い袈裟を着て、聖水を使い、死人のための祈りや厄除けするのも、ダライ・ラマをトップする階級制度も総主教を頂点とする景教の影響だといわれ、また大乗仏教では布施行の一環として奉仕活動を採り入れているのも景教の影響だといわれる。大乗仏教のシンボルに 卍がありますが、この 卍 は景教のシンボルでもあり、原始キリスト教のシンボルでもあったという。果たしてどうなのだろうか?

景教02
(赤い服を着て懺悔する景教徒、、、たまたま赤い服だっただけか?)

チベット仏教
(チベット仏教の修行僧)

タイ・ビルマの僧がオレンジ色なのに対して、チベット仏教僧は鮮やかな朱色の衣をまとっている。

この赤い衣装をした画像ずっと凝視していると、、、、

オイラの脳裏には何故かAOAが浮かんでくる(超爆)。

チョア15
(エロ天女AOA  エロいチベット密教の空行母=ダーキニー=天女を暗示。左端が白面金毛九尾の化身チョア様)

その後、モンゴル帝国のフビライがチベット仏教の僧侶パスパに心酔したことから、元朝のモンゴル人はチベット仏教を信仰し始め、元朝はチベット仏教を国教化した。元朝の後の明朝は朱子学を国教としたが、その後に建った清朝(1644年-1912年)は元朝と同じくチベット仏教を国教にしていた。

清がチベット仏教を国教に採用した理由として、作家の司馬遼太郎はラマ教(チベット仏教の別称)は働き手の若い男を僧侶にしてしまうので国力が落ち、さらにラマ僧には新婦への「初夜権」があり、梅毒持ちのラマ僧がいることでモンゴル族人口を減らし、勢力を割くことを画策していたと書いている。

まぁ、有り得ない話ではないのだが、、、、

ただ、清朝ではモンゴルをかなり優遇していて、モンゴル族長を皇族と同じ扱いにしていたことから、モンゴルの強力な武力を宛てにしていた点もあるので何ともいえないが、ラマ教自体がこういった怪しげな行法を持っていたことは確かなことです。

確か、少し前の2009年にはチンギス・カンの34代末裔という中国大連在住の80歳代の女性が、「チンギス・カン陵墓が四川省カンゼ・チベット族自治州の山間部の洞窟にあり、末裔一族のみに伝わる秘密であった」と吐露したという話がありましたが、どうもこの墳墓が記述通りで本物っぽいという。しかも、チンギス・カンは晩年チベット方面に行っていて、途中で亡くなったようなのです。但し、文献では西夏に侵攻中と書かれているが、、、、それは墓のありかを欺く偽情報だった。

中国大陸では漢族を取り囲むように中国外周に少数民族がいますが、これらがチベット仏教で繋がってネットワークを組んでいるような感じがするのです。

以上のように、景教(ネストリウス派)とチベット仏教とモンゴルとチベットの間には非常に密接な関係があり、もっと深く洞察していこうと思っていたのですが、なにぶん範囲が広すぎる。そこへ名無し先生からのコメントがZ8さんブログに書かれていました。

それが以下です。

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ヤッズ様の洞察も進み真意は別として、凡その流れを掴めば今後の探求に助力となる事を祈るばかり。
再びZ8様にこの場をお借りして少々。

EP3のM資金の洞察については簿外資金に触れる事の出来ぬ存在の策謀一端との混同(※1)がみられる。
詐欺事件はその余波と考えるのが妥当だろう。

EP4の洞察中には総主教の画像があり、何を羽織っているのか?(※2)
ここにロシア、日本、ドイツを繋ぐトライアングルの更にその先と世界の未来に於ける重要な鍵が存在(※3)する。
日本に溶け込んだ樹木信仰とナチス、更に総主教が羽織るものの色には根幹の教理的な何かが存在(※4)し、神社仏閣の朱にも同様の象徴があり存在している。
オカルトでは一部脚色されトンデモ情報として存在するが、太古の実在が元(※5)になっている。

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これはオイラが進むべき洞察の方向性をピンポイントで指し示してくれているのと同時に「世界の未来の重要な鍵」であり、実は思ってもみない展開となることを予想させる(滝涙)。

では、解読していこう。
ただ、解読が正しいかは分からないのは云うまでもない。

(※1)については、EP4でヘッセン側から奪い取った資金が原資となり「善用の簿外資金」となった件を書きましたが、後でがEP2で述べた青柳ハツの件との関連を少し追記しておけばよかったなぁ、、、と記事をアップして少ししてから気付いた。そしたら案の定、名無し先生が触れていただす(滝汗)。

この奪い取られたヘッセンのベルファシ資金が、持ち主が変わり「善用の簿外資金」となって健全な資本主義や労働市場を育む為の企業育成として、例えばかつて戦後日本の新○鉄、ペ○タックス...等の会社に融資されたわけですが、そういった裏事情を情報として詳しく知ってはいるが、その資金に対して一切触れられない者たちが詐欺的に「天皇金塊(ゴ-ルデン・リリー)」「山下財宝」「マルタ資金」...等の噂に絡めて行うものがあり、これがM資金に関連する詐欺として世の中を賑わしたのです。

かつて日産の副社長がM資金詐欺に遭い、10兆円の融資を受ける為にある人物に紹介料として10億円の小切手を振り出してしまったことから辞任した事件がありましたが、この件もこういった類の話なのですね。かつて、こういう融資があったことが噂としてあり、紹介者がベルファシど真ん中の皇族の戸籍であればこそ、被害者はコロッとだまされてしまうというわけです。

で、次は(※2)の謎解きです。

モスクワ総主教の羽織ですか、、、赤の模様の入った緑色のマントを羽織てますね。

キリル1世

み、、緑色のマント!!!

歴代モスクワ総主教も、皆、緑のマントを羽織るっていますね。きっと、これが総主教の正装なのでしょう。

歴代総主教

うっ、、

こ、これは、、、

もしかして、、、、

「進撃の巨人」の調査兵団。。。

調査兵団

そっか、総主教は、皆、調査兵団出身者からなるのか、、、いや、単にUSJ大阪に行って土産に買っきたのを皆の衆に自慢げに披露しているだけのか?

そ、そうじゃないだす~~ぅ(滝涙)。

これはマグダラのマリア信仰なのです。

マグダラマリア
(マグダラのマリア)

マグダラのマリアは緑の下衣赤のマントを羽織っている姿で描かれることが多いのです。つまり、赤と緑の組合わせでマグダラのマリアを表す取り決めになっています。総主教がそのマントを羽織っているこちが意味することは、正教会の福音にはマグダラのマリアが関与があるというですね。

一方、聖母マリアは赤い下衣青や紺色のマントとなっています。
※男性原理優勢の西方教会ではドクロを持つのがマグダラのマリアで、これで「罪の女」を暗示。

マグダラマリア01
(モスクワ主教座の壁画  緑の下衣に赤いマントのマグダラ・マリアが福音を述べ伝えるイコン)

西方教会(バチカン)ではマクダラのマリアとベタニアのマリアは同一人物とし「悔悛した罪の女」とされる。『ダヴィンチ・コード』では南フランスに渡りシオン修道会がこの血筋を守るために活動してメロヴィング朝がその血を継いでいて、黒いマリア像の正体がマクダラのマリアなのだと明かしていましたが、ただ南フランスの伝承ではラザロは姉妹マルタ、マリアらとともにサント=マリー=ド=ラ=メールに漂着し、その後マルセイユで布教したという話があるので、本当はラザロ妹「ベタニアのマリア」を祀っていると睨んでいる。

一方、東方教会(正教会)ではマクダラのマリアとベタニアのマリアは別人で、マグダラのマリアは罪の女とはせず、イイスス・ハリストス(イエス)復活した姿を見た最初の証人であり、神の道を伝えるために方々を伝道の旅したという。この辺は聖書外典『マグダラのマリアによる福音書』の内容と同じですね。晩年はイエスの母マリア、使徒ヨハネとともにエフェソに暮らしてそこで没し、後にコンスタンティノポリス(現イスタンブール)に移葬されたという。コンスタンティノポリスは東ローマ帝国の首都で、ここにコンスタンティノポリス主教座がある。そして、エフェソはネストリウス派(景教)を異端弾圧したエフェソス公会議(431年)が開催された場所でもある。

このように2つの教会はマグダラのマリアに関して、真っ向から対立する内容を持っているのですが、西方教会がベタニアのマリア派で、東方教会がマクダラのマリア派だといえる。

コプト教会の壁画には三人のマリヤが描かれていますが、右から聖母マリア、マクダラのマリア、ベタニアのマリア(ラザロの妹)になります。この図ではイエスから滴り出る血を天使が杯で受けていますが、このイエスを指したロンギヌスの槍が男性原理、血を受ける聖杯が女性原理を暗喩し、このことから十字架に抱きしめたマグダラのマリアが妊娠していたのでは?と解釈されているのです。

三人のマリア
(ベタニアのマリア(ラザロの妹)、マクダラのマリア、聖母マリア)

西方教会はベタニアのマリア(ラザロの妹)派、東方教会はマクダラのマリア派、、、、いづれもイエスの子種を宿した2人の女性から生まれた末裔を隠匿? このどちら側がに付くかによって生じた派閥のようにも思えるのだが、、、、もし「千年王国」樹立という時に救世主を立てる場合、どちらも「エッサイの根」(ダビデのひこばえ)を持つ故に、どちらが正統か?で対決しそうですね。(ふふふふ)

東方教会は古くからマグダラのマリアはマガダ国から来たという説を唱えていたという話もあります。マガダ国は古代インドにおける十六大国の一つガンジス川の下流域(現在のビハール州辺り)に位置した国ですが、インド文化や哲学をイエスに伝え、イエスを覚醒させたのは彼女だったということになる。

実は、マグダラのマリアは女祭司(神殿聖娼)であり、当時の女祭司の肉体は神へと至る入り口。イエスへの「塗油」とは性行為の象徴であり、彼女の権威によりイエスは精神的な覚醒(ホラシス)が得られた。カトリック教会でタブーとされた「神聖なる性」は古代東洋の道教やインドのタントラ体系、チベット密教の儀式に存在し、それが先に記した司馬遼太郎の話に通じるのです。神殿聖娼は精神的な覚醒(ホラシス)を男性にもたらす唯一の行為であると信じられていたのです。

このマグダラのマリア=神殿聖娼が(※4)の「根幹の教理的な何か」であると睨んでいます。

この赤と緑の組合せは、日本の樹木信仰の「杜(もり)の緑」と「鳥居の赤」の組み合わせでもあります。また盤座で祀る古神道は原始シャーマニズムであり、神懸りできる巫女が上位の宗教。そこでは神殿聖娼的な行いもあったのかもしれない。ここから天照大神とは、実はマグダラのマリアを祀っていたのかもかもしれませんね。

鳥居

そして、同じく赤いマントを着るのが、「日本一マントが似合う女の子」ことスーメタルのすぅさん。モッシュッシュメイト(中元奉公衆)の「スの神」です(爆)。
※「ス」はアイウエで始まる13番目の文字で、13を表すのがイエスであり、スは主(シュ)であるということから、ワールドメイトなどの大本系が使う用語。

スーメタル
(中元すず香様)

100年前、スコットランドの小説家、歴史家、政治家で、第15代カナダ総督を務めたジョン・バカンの『緑のマント』と言う小説には、多くの陰謀説が書かれていますが、最後にこのような諺が載せられています。

「多くの真実は冗談の中に隠されている」(がはは)

さてさて、この赤のマントと同じ色の法衣を着るのが、前出のチベット仏教僧ですが、チベット仏教はマグダラのマリア信仰が混入した僧侶信徒団体なのだろうか? 確かにチベット仏教は女神関係が充実している。
※チベット仏教の大本尊である大日如来は「万物を総該した無限宇宙の全一」とされる汎神論的な「地母神」的な仏。男性優位の西洋キリスト教でいう「天の父」と同じような存在。

しかし、チベット仏教には緑色がない、、、それが「緑のカラス」「緑龍会」「グリーンドラゴンソサイエティ」だったということなのでしょうか?

確かに、ナチスはチベッチ仏教のある派閥と密にしていて、ある秘儀を行っていたという。そして、この派閥から派遣されてきたのが緑の手袋の男たちからなる「グリーンドラゴンソサイエティ」だった。

チベット仏教は内部に「緑龍会」を包含し、赤い衣で覆って隠していることになるが、これはナチスも同様だったのです。

しかし、この赤い衣装は元々はボン教の衣装だった。そしてこれがオカルトに彩られた「ある実在」へと繋がっていき、マグダラのマリアに帰趨していく。

(つづく)

2015年 宇宙人への旅立ち EP4 ヘッセンの復讐

さてさて謎解きも佳境に入ってきましたが、今までの内容は単なる前フリに過ぎない。今回、ルカさんからの重大なヒントのコメを得て(m○m)、ここから「洞察眼」をフルスロットルで駆使した怒涛の洞察が始まる。

さて、今回は最後の4)の箇所の解読です。

「ロマノフ王朝を実質支えていたタタル系貴族が
ブーチン系ロシア政権を後援していたとしたらどう思われるだろうか?」


ここが今回、ユッキーが妻子を捨て(?)、ラスプーチンに憧れたニコライ二世の4公女のように乙女チックにプーチンの元へ行ってしまったことに対し、実はプーチンにはこんなバックがいるんだぞ~というものであり、プーチンの正体を知るポイントでもある。

宇宙人ユッキー
(本当に目覚めるべきはポッポの方かもしれない)

この「タタル」とは古テュルク語で「他の人々」の意ですが、これにギリシャ語の「タルタロス」(地獄)の意味を掛け、ルーシを征服した東方遊牧民を「タタール(韃靼)」と呼ぶようになった。味付け生ミンチ肉の「タルタルステーキ」や「タルタルソース」のタルタルも同じく「タタール」から来ています。

タルタル
(タルタルステーキ、タルタルソース)

この謎解きには、ロシアの歴史の中で「タタールのくびれ」と云われる事象をまず知っておかねばなりません。

い、いや、、「タタールのくびき」でした(汗)。

これは今も尚、ロシア人の精神に重大な影響を与え、ロシア人が屈折した精神構造を持つようになった原因の一つだと解されている。屈折した精神の表れとしては、ロシア人の熊に対する愛とか、アディダスに対する群を抜いた愛とか、恨み節の演歌のような歌が好きだとか...色々ありますが、多分、「タルタルステーキ」「タルタルソース」と同じく、精神が細かく切り刻まれネチャネチャした状態になっているのだろう。

クマ03


「タタールのくびき」を一言でいうと、、、、

「饅頭 怖~い」

い、いや、、「モンゴル人(アジア人) 怖~い」でした(汗)。

これはチンギスハンの長男が15万の大軍を引き連れて遠征して建国したキプチャック汗国との臣従関係のことを指す言葉で、ロシアがモンゴル支配下に置かれた200年あまりの期間のことを「タタールのくびき」と呼びます。

当時、欧州では十字軍がイスラムと戦っている頃で、ルーシもその経緯を見守りつつ、カトリックのデンマーク王、スウェーデン王、リヴォニア帯剣騎士団、ドイツ騎士団からなる「北方十字軍」が異教徒排除の為の遠征軍が侵攻している状況下でした。

ここに東の方から怒涛の大群が押し寄せてきたのです。最初は「プレスター・ジョンの伝説」通りにキリスト教徒をイスラム教徒から助ける為に来たと考えられたのですが、実際に行われたのは殺戮と破壊。古キエフの人口5万人が2千人まで減少。ルーシの首都で宮殿や貴族の館のあった山の手の古キエフは荒地となり捨てられた。このバトゥの西征から「タタールのくびき」は始まるのです。
※プレスター・ジョン伝説・・・ネストリウス派キリスト教の司祭(プレスター)が東方に王国を建国し、イスラーム教徒に勝利を収めたことが述べられている伝説。

このことを充分理解するには、予備知識としてルーシ(ウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人が居住する東欧広域の名称)と云われる地の国名の変遷を知っておく必要があります。「ルーシ」とはロシアの語源でもあるのですが、元々は現ウクライナ首都キエフの地を指す言葉。ここはウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人が住んでいた祖先の地なのです。


【国名の変遷】
■キエフ大公国(正式国名:ルーシ 882年-1240年)
■ウラジーミル・スーズダリ大公国(東北辺境ルーシ 1157年-1263年)
   1223年・・・カルカ河畔の戦い
   1236年・・・バトゥの西征
■モスクワ大公国(1263年-1547年)
   1940年・・・納貢廃止

■ロシア・ツァーリ国(1547年-1721年)
■ロシア帝国(通称:帝政ロシア 1721年-1917年)
■ソビエト連邦(1922年-1991年)
■ロシア連邦(1991年-現在)

(赤字が「タタールのくびき」期間)


今から約800年前、モンゴルにチンギス・カン(成吉思汗)が登場し、中国~中央アジア~ロシアに至るまでの広大範囲を征服してモンゴル帝国を作った。ロシア方面(キプチャック草原)に関しては1236年のチンギス・カン長男の第一子バトゥの西征でロシア人の王朝(キエフ大公国)が滅ぼされ、その後、建てられたロシア大公国が1940年の納貢を廃止するまでの200年以上の間、ロシアの地は「キプチャク汗国(ジョチ・ウルス)」としてモンゴル人に支配された。

これにより、ロシアは欧州との文化的繋がりを断たれ、文明後進国になってしまったという認識を持っているのです。これがロシア人の屈折した精神構造の1つ。

キプチャク・ハン国は平坦地であるルーシは間接統治で臨み、決まった税金をサライに納めることや戦時に従軍することを義務づけたのみで宗教も自由であった。逆に通商ルートに対しては直接統治を行っていた。このことから通商を非常に重視していたことが伺える。

侵略地では混血化が進み、ロシア人はクリミア半島(クリミア・タタール)やヴォルガ川流域(ヴォルガ・タタール)、シベリアなど広範囲に広がったが、これらテュルク=モンゴル系の人々を「タタール」と呼んだ。

タタール人
(タタール人 彼らは刺繍好き)

つまり、タタールとはモンゴルの別称でもある。

タタール出自のロシア人の姓は、アクサーコフ、アラクチェーエフ、アルセーニエフ、ブルガーコフ、ゴーゴリ、ゴルチャコーフ、ゴドゥノフ、ジャルジャーヴィン、カラムジン、コルサコフ、ストロガーノフ、タチシチェフ、トレチャコフ、トゥルゲーネフ、ウルーソフ、チャダーエフ、シュレメーチェフ、ユスーポフ、バフメテフなど多数におよんでおり、いずれも代表的なロシア人の姓となっている。

月のアヌンナキ監視団のイギギ(エノク書ではグリゴリ)が人間の女を強奪して住んだ場所・「ヒマラヤ杉の場所」がウクライナ。つまりアヌンナキとのハーフである故か、肌が白く金髪碧眼のウクライナ人は、スラブ人自体、何かしらモンゴルの血が入っていると蔑んでいる。

タタール美人といえば、沢山い過ぎて困る程ですが、一人だけ挙げるとすれば、世界一美しい完璧ボディの持ち主であるイリーナ・シェイクですね。ロナウドの元恋人のロシア人モデルと云った方が分かり易いかもしれません。

イリーナ・シェイク
(イリーナ・シェイク)

う~む、モンゴルの血が入っているとは思えない程の美貌。同じモンゴルの血が入った鮮人にようにエラや頬骨は発達していないし、モンゴル女性のように厳つい躯体になっていないのは不思議だ。

で、この完璧ボディのくびれが、「タタールのくびれ」(爆)

うっ、話が反れてしまいました(超汗)。

くびき(モンゴル圧制)の最中、モスクワ大公国(1263年-1547年)が興ったのですが、ここに仕官する者のなかにキリスト教に改宗したタタール人が多くいた。多くはクリミア・ハン国がイスラム教を国教化したのを嫌ってクリミア・タタールからの移動であり、ここからロシア貴族となったタタール家系はかなり多く、17世紀には貴族層の17~30%を占めていたと云われる。タタール出自はドイツ系やポーランド・リトアニア系と並び、誇りとすべき名誉ある家系とされていたのです。

後世、「ボヤール」(ボヤールストボ)といわれたロシアの大貴族階級は、祖先をモンゴル人やタタール人にさかのぼる家系も多く、家名にモンゴル=タタールの名残が確認される。

そして、クリミア半島ではチンギス・カン後裔の王族・ハージー1世ギレイによってクリミア・ハン国(1441~1783年)が建国された。クリミア・ハン国の主要構成はスンニ派ムスリムのクリミア・タタール人ですが、1613年、ロマノフ家のミハイル・ロマノフをツァーリに選び、ロマノフ朝が始まっている。これらタタール貴族がロマノフ王朝を実質的に支えていたのです。

バトゥの西征で対峙したアレクサンドル・ネフスキーはノヴゴロド公国(モスクワの北方、フィンランドの近く)の公を経てウラジーミル大公となっているが、この大出世は自分の叔父や弟を追い落とし、モンゴルの力で大公の位を認められたから。さらにルーシ諸公の徴税や貢納をとりまとめてモンゴル側に送って自らすすんで「モンゴルの代理人」となっている。

バトゥの西征自体、実は大したものではなく、神聖ローマ帝国のハプスブルグ家の弱体化を図る為にオスマントルコを誘導した聖ヨハネ騎士団のように、実はこのアレクサンドルが自らの野望を実現する為に進んでモンゴルを誘導、あるいは裏取引していたという見方も出来るのです。

さてさて、ここで大きな疑問がある。

それは、何故、チンギス・カンは、突如、西へ東へと大規模な遠征を始めたのかという点です。彼を世界征服に駆り立てた動機が見えないのです。

これらの疑問を解く鍵が、実はルーシという言葉にあった。

「ルーシ」はロシアの語源でもあり、現ウクライナ首都キエフの地を指す言葉とは先にも書きましたが、ここに「キエフ大公国」(882年-1240年)があったわけです。

キエフ

このキエフ大公国が東方正教会主教座のあった地だったのです。つまり東ローマ帝国内のキエフ・ルーシ方面の統治者任命が可能な主教座がキエフ大公国の教会だったのですが、「タタールのくびき」の最中、キエフ大公国が廃され、アレクサンドル・ネフスキーがウラジーミル大公となった。その時、キエフ大公の権力がそのままこのウラジーミル大公が継承したのです。当然、主教座もウラジーミルに移動する。

更に、その孫のイヴァン1世(イヴァン・カリター)がウラジーミル大公からモスクワ大公となっていることから、東方正教会主教座はさらにモスクワに移動した。

キエフ(ウクライナ) → ウラジミール → モスクワ

へと北方に徐々に移動したのです。

これがモスクワがルーシ(ロシア)と名乗ることが出来る理由であり、モスクワを擁するロシア連邦こそが「キエフ・ルーシ継承権」を持っているというもの。これがプーチンが元ルーシーであるクリミア、ウクライナを絶対譲れない理由でもあるが、ここがロシア・ウクライナ問題の根源でもあるのです。

正教会記章
(「双頭の鷲」を引き継ぐロシア正教会の紋章)

キリル1世
(ロシア正教会の長たる総主教がモスクワ総主教=キリル1世)

かつての偉大な古代ローマ帝国(前27年-395年)が東西に分裂して西ローマ帝国(395年-480年)が滅び、神聖ローマ帝国(962年-1806年)として再興されたとされています。更にこの神聖ローマ帝国の継承がナチス・ドイツの「第三帝国」だとヒトラーはプロパガンダしていましたが、実際には、ハプスブルグ家の神聖ローマ帝国が相次ぐ戦費拠出による財政難で倒れた後、欧州各地域の継承権がヘッセン、サヴォイ、ナッサウらの諸侯らの剥奪戦になった過去があります。その最大の勝者がヘッセン=ナッサウ家といった感じです。
※ヒトラーの「第三帝国」は、第1の神聖ローマ帝国、第2のドイツ帝国の正統性を受け継ぐものとされている。

神聖ローマ帝国
(神聖ローマ帝国の国章)

では、もう一方の雄である東ローマ帝国の継承権はどうなったのでしょうか? 一応、東ローマ帝国はオスマントルコに敗れるまでの395年~1453年の1000年以上に渡って存続していましたが、その後、再興されたという話はありません。

サヴォイ一族がイタリア王位継承権で未だ揉めているように、また、ハプスブルク=ロートリンゲン家のカール1世の子孫はスペイン、ベルギー、ルクセンブルクの君主位継承権を保持しており、いつ君主として登場するかもしれないように、この広範囲に跨った「東ローマ帝国帝位継承権」が未だ生きており、誰かが保有(血の継承)しているのではないだろうか?

実は、東ローマ帝国→ロシア・ツァーリ国(1547年)→帝政ロシア(1721年)として帝位は継承されているようにも見えます。

東ローマ帝国
(東ローマ帝国の国章  2つの鷲は西洋と東洋を表す)

しかし、帝政ロシアもロシア革命(1917年)で継承は消滅したかに見える。

何故かロシア連邦の国章には「双頭の鷲」が描かれていますが、不思議なことに帝位継承者を立てていません。実は、ロマノフ朝が途絶えたといっても、それは最後の皇帝ニコライ2世一家に限ってのことで、実際には米国在住等で「継承」可能な血筋がゴロゴロいる。君主制を望む声も大きいとのことで、ロシア連邦はもう既に「隠し玉」を匿っているかもしれませんね。

ロシア連邦
(ロシア連邦の国章)

この場合、タタル貴族正教がプーチンを後押ししているのが気に掛かりますね。新世界秩序時において、一旦、破壊された「皇帝-貴族-平民」という身分制社会の復活を目指しているかもしれません。

もう1つ、継承の可能性があるのがタタール、つまりモンゴルです(ニタリ)。

ソ連邦時代、今度は逆にモンゴルが「ロシアのくびき」に置かれ主従関係となりましたが、この時、チンギス・カン一族の子孫であると自慢していた貴族たちは「人民の敵」として処刑され、最初の20年間で貴族や仏教の僧侶など約10万人(国民の約1割)が殺されたり、シベリアに流刑されて死んでいる。

過去の「タタールのくびき」がよほど堪えたのでしょうか?

確かに、モンゴルの圧制下では多くのロシア貴族が亡くなったと云われ、モンゴル人は厚い板を用意し、囚人を下に寝かして並べて上に厚板を置き、その上で宴会をするという冷酷な処刑を楽しんでいたという。

この「タタールのくびき」がロシア人の潜在意識の奥深くにトラウマとなって刻み込まれ、過剰過ぎる程の強さを求める気質や死刑よりも同性愛を我慢できないという独特な精神構造を形成しています。 ロシアの大統領ウラジーミル・プーチンが同性愛者の権利を剥奪し同性愛は違法であるという法律に署名し成立したのもこれが理由ですね。

しかし、モンゴルの統治は、既存首長による自治を認める間接統治であり、宗教にも寛容で、また西洋と東洋を結ぶ隊商ルートが安全に確保・整備された為に東西貿易は盛んになり、実はルーシは前よりも裕福になっている。しかも納貢の税率は収入の1/10とかなり安い部類。このことから「タタールのくびき」など本当は無かったと言い出す研究者さえいるのです。

ソ連時代のモンゴルに対する対処は異常であり、これは「ソ連共産党=ヘッセン選帝侯国の傀儡」であり、「ヘッセン選帝侯国=ハプスブルグ家を廃した神聖ローマ帝国(西ローマ帝国)継承者の1つ」と看做すことで解けてくる。この異常さの根底には必死になってロマノフ王朝以降の「東ローマ帝国帝位継承者」を抹殺しようとしているのでは?

モスクワ大公国には「キエフ・ルーシ継承権」があり、当地の王を任命できる権限があったわけですが、ロマノフ王朝滅亡後、任命を受ける側である継承権(血胤)は自動的にモンゴル本国に渡ったのではないかとオイラは睨んでいる。だからこそ、ソ連邦時代に後々のことを考えたヘッセン選帝侯の手先であるソ連共産党は、継承者が誰であるか分からない為にチンギス・カン末裔の貴族を全て抹殺に掛かったのではなかろうか?

早くにロシアに征服されたジョチ・ウルスの西部でも長らくチンギス・カン一族の権威が生き続け、チンギス・カンの血を引くモンゴル貴族が正教に改宗してロシア貴族に加わった場合には、ロシア在来の王家であるリューリク家の人々と同様に、皇子(ツァーレヴィチ)、公(クニャージ)として処遇された。・・・・(中略)・・・・また、西部でもクリミア・ハン国のみはオスマン帝国の保護下に入り、18世紀の末までロシアからの独立を保ったが、この国でもチンギス・カンの血を引く王族のギレイ家の構成員のみがハーンに即位したり、スルタンの称号を帯びたりする権利を独占した。ギレイ家は、チンギス・カンの血を引く名門としてオスマン帝国、ロシア帝国の双方からも一定の敬意を払われていたことが知られている。
(Wikipediaより抜粋)


モンゴル貴族(タタル貴族)とルーシ王家が同格!!!
まぁ、征服支配されていたので、当然といえば当然なのですが、、、、

ただ、この扱いは間違いなくキエフ・ルーシの継承権はモンゴルにいる「大カーン」に移っていたことの表れ。

その後のツァーリ国、帝政ロシアにしても「キエフ・ルーシ継承権」という一地方の継承権の取り戻しでしかなく、実際、取り戻したのかどうかも不明。血縁的には取り戻せていないとみている。また別の広大な地域の継承権はモンゴルに存在したままだと思われる。当然、これを与えられる主教座はロシア、アルメニア限定の東方教会(正教会)主教座などではなく、もっと別物の上位の主教座である筈。

この教会が持つ権威が権力者を任命して統治継承権を付与するという方法は、ユダヤ式のダビデに油を掛ける大祭司レビ族に起因する。実はこの方法は「権威」と「権力」が分けられた日本と同じであり、アジアでは珍しく日本文明が欧州型文明と同じカテゴリーに分類される理由でもある。逆にいえば、これは日本は古くから宗教に支配された国であったことの証左であり、これ故に、織田信長が木下藤吉郎と呼ばれた頃のイエズス会の侵攻でも日本はキリスト教国化しなかった理由でもある。

これに関してはモンゴルでのキリスト教の布教程度を考えねばならない。なぜなら、キリスト教帰依者でしか継承認定されない仕組みだからです。
※神が教会対し、神に代わって地を治める権威を与えたという神学に基づく

中国大陸に伝わったキリスト教は景教だと言われているが、、、、

景教とは古代キリスト教ネストリウス派のことであり、コンスタンティノポリス総主教ネストリオスにより説かれた。325年のキリスト教会最初の公会議ニカイア公会議で三位一体説が正統とされたため、それに異を唱えるネストリウス派は431年のエフェソス公会議において異端認定され排斥された。これにより、ネストリウス派はペルシャ帝国へ移動し、7世紀ごろには中央アジア・モンゴル・中国へと伝わったという。モンゴル帝国を後に構成することになるいくつかの北方遊牧民にも布教され、チンギス・カン家の一部家系や、これらと姻戚関係にありモンゴル帝国の政治的中枢を構成する一族にもこれを熱心に信仰する遊牧集団が多かった。そのため、元の時代に一時中国本土でも復活することになったという。
(Wikipediaより抜粋)


やはり、チンギス・カン末裔に継承権(血胤)は移っている。これが「大ハーン」の称号なのだろう。しかも、任命権者はコンスタンティノポリス総主教というロシア総主教よりも上位のもの。

つまり、古代キリスト教ネストリウス派(景教)でそれであった。そして、これが最初に書いた東方で教化に成功した『プレスター・ジョンの伝説』に繋がってくるのです。

これで、何故、テムジン(チンギス・カン)が急に大陸全土を侵略し始めたのかの謎も解けてくる。

つまり、、、「大ハーン=東ローマ帝国皇帝」だったのだ。
※トルコのコンスタンティノープルの東ローマ帝国(ビザンティン帝国)は、あくまでも「アレクサンドリア総主教庁派=ロシア正教・ギリシャ正教」が建てた帝位であり、本来の「コンスタンディヌーポリ総主教庁」の主流派はネストリウス派であった。エフェソス公会議というクーデターでエジプト追放され、派閥はペルシャを経てインド・中国に移っていった。そして、かの地で教化していった。この初期の頃の枝分かれが、モンゴル・満州・朝鮮半島を経て日本に来ているが、これがカド族系秦氏であり、卍党に繋がっているとオイラは睨んでいる。

ただ、この場合、チンギス・カンがキリスト教徒である証明をしなくてはならない。

立証することは不可能ではあるが傍証ならばある。1つはチンギス・カン末裔が景教信者であったことと、元が建国された際に景教が再び隆盛したこと。更に彼の孫であるバトゥが建設した町にキリスト教の教会が作られていたということです。

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ロシアのボルガ川堤防沿いに、モンゴルの征服者チンギス・ハンの子孫たちによって建てられた都市跡で、2つのキリスト教寺院が発見された。寺院が発見されたのは、約750年前に建てられウケクと呼ばれた都市。寺院はタイル屋根で、彫刻や壁画で装飾されており、ローマやエジプト、イランからもたらされた皿や瓶といった輸入品の遺物が中から見つかった。ウケクのキリスト教地域は、サラトフ地方民間伝承博物館の考古学者たちによって発見された。多文化の都市で、そこではイスラム教やキリスト教、そしてシャーマニズムなど、さまざまな宗教が実践されていたという。最初のキリスト教寺院が14世紀はじめに破壊された後、2つ目の寺院が1330年に建てられ、1350年頃まで使われ続けた。今回、その土台の一部が発掘された。

■チンギス・ハンの子孫が建てた都市で古代キリスト教寺院発見
ttp://www.christiantoday.co.jp/articles/14430/20141030/ancient-christian-temples.htm
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以上から、チンギス・カン(テムジン)がキリスト教徒(景教徒)であった確率は非常に高いとみている。

では、この大ハーン(東ローマ帝国帝位)の継承権は、モンゴル帝国崩壊後、どうなったのでしょうか?

モンゴル高原では、元朝崩壊後もチンギス・カンの子孫でない者がハーン(カアン)の位に就くことはタブー視され、チンギス・カンの子孫ではない遊牧君主はたとえ実力でモンゴルを制覇したとしてもハーンとはなれない慣行が生まれた(「チンギス統原理」)。東アジアでは、17世紀初頭に女真のヌルハチが満州(女真)のハンに即位して後金を建てていたが、後金はヌルハチの子ホンタイジのときモンゴルのチンギス裔のハーンを服属させ、満州だけではなくモンゴルに対してもハーンとして君臨することとなった。こうしてモンゴルのハーンとなった満州のハーンは、自らを元の大ハーン政権の後継王朝と位置付け、国号を清と改めている。
(Wikipediaより抜粋)


ここからは女真族に更に継承権は移ったと読める。
※満州=モンゴルでもある。つまり、遊牧が蒙古、定住が女真という違いがあり、両者はかなり交流していた。事実、満州文字はモンゴル文字を改良して作られたもの。この両者の結託を怖れた中国は互いを反目させるような施策をしていたが、清朝始祖・愛新覚羅ヌルハチは蒙古族の協力を得て清朝を打ち立てた。

時代は下り、モンゴルはに組み込まれたが、辛亥革命(孫文が起こした革命で共和制国家・中華民国が樹立)の時に清から独立化。

清からの独立を宣言(Mongolian Revolution of 1911)。モンゴルにおけるチベット仏教界で最高権威かつ民族全体のシンボルとして君臨していた化身ラマ(活仏)のジェプツンダンバ・ホトクト8世(ボグド・ハーン)をモンゴル国の君主(ハーン)として推戴し、ボグド・ハーン政権を樹立した。1913年には、チベットとの間で相互承認条約を締結した。
(Wikipediaより抜粋)


モンゴルとチベットを結ぶラインが相互認証だった。

ナチスがチベットと同様、モンゴルを重視していた理由でもあるが、それを吹き込んだのは緑龍会(緑のカラス)の客家(ペリシテ人)勢力。

緑カラス傘下の地祇系の大本・出口王仁三郎は、第1次大本教事件により仮出獄中の身でありながら、密かに蒙古へと入り有力な馬賊と友好関係を結び、満蒙の人々を教化しながら約5ヶ月に渡り満蒙の地を白いロバで駆け回ったといいますが、これはイエスの「エルサレム入り」を模倣した行動ですね。

エルサレム入り

つまり、満蒙の地に新エルサレムを作ろうとしていたのだろう。救世主思想(弥勒思想)を持つ卍党に連なる大本ですが、この卍党の根底には景教あるいは原始キリスト教(エルサレム教会)が存在すると思われる。もし景教ならば卍党本部が東ローマ帝国帝位を任命するもう1つの主教座なのかもしれませんね。

妄想ついでに述べておくと、、、

これがネオ満州国の建国に絡んでくるのでは? つまり満州国とは「東ローマ帝国」の再建。地祇系が何度も満蒙地区に国を樹立したがる真の理由はこれではないだろうか?

では卍党(大本=世界紅卍字会=道院)が、何故、満州・蒙古を目指しているのか? 1つはモンゴルとチベットの相互認証にあると睨んでいますが、それ以外にも地政学的理由がある。

海洋国家イギリスの地理学者マッキンダーは、「世界は閉鎖された空間となった。人類の歴史はランドパワーとシーパワーの闘争の歴史である。これからはランドパワーの時代である。東欧を制するものはハートランド(ユーラシア大陸の中心部分)を制し、ハートランドを制するものは世界島(ユーラシア+アフリカ).を制し、世界島を制するものは世界を制す。」との有名な仮説を発表。

この言葉を受けて、ナチスの地政学者ハウスホーファー「地球の心臓地区とはモンゴルである。モンゴルを制す者は世界を制覇するだろう。」と自分の刊行する雑誌「地政学評論」で発言している。このハウスホーファーの言葉がナチスの行動原理になっているが、これは卍党も同じ。多分、緑龍会(客家)の思考・思想から来ていると睨む。

ここに建てられるのは皇帝=大ハーンは初期に枝分かれした女真族の血を引く北朝(地祇系)なのか? それとも順当に愛新覚羅家の血を引く者なのだろうか? あるいはチベット仏教関係者なのだろうか?

一応、今でも愛新覚羅家の血を引くものは日本にいるにはいる。
※、愛新覚羅(福永)嫮生、姉の愛新覚羅慧生は1957年に天城山心中しているが、遺体が離れており心中らしくなく、非常に怪しい事件。

だが、中国にもたくさんいる。

新進女優の愛新覚羅啓星

愛新覚羅啓星01
(曽祖父が溥儀の従兄弟)

また話が反れてしまった、、、(汗)

かつての満州国建国時には、関東軍主導で満州国皇弟・愛新覚羅溥傑と侯爵嵯峨家の浩(ひろ)との婚姻が進められていた。本来は皇族と結婚させたかったみたいだが、制度上認められず、昭和天皇と近い血筋の華族から選ばれたという。兄・溥儀から弟・溥傑に強制譲位され、最終的には関東軍=帝国陸軍の権威である北朝系裏天皇の血を入れて完成という段取りになっていたのではないだろうか?

ネオ満州国もきっと似たようなシナリオで動くだろう。

しかし、ロシア人の脳裏には「満州(蒙古) 怖~い」が強烈に焼き付いているので、ネオ満州国に関しては「河豚計画」同様に潰されるとだろうとオイラは睨んでいる。っていうか、西ローマ帝国(ヘッセン=ナッサウ)陣営が「そうはイカンザキ!」と潰しに掛かってくる筈です。

ただ、アレクサンドル・ネフスキーがしたように「怖い怖い」といいながら饅頭をどんどん持ってこさせ、全て食べてしまうような展開(オチ)は用意されているだろうが、、、(爆)。

さてさて話は現代に戻るが、タタール人の反駁を恐れ、クリミア・タタール人の復権をプーチンは速やかに行った為、タタール人はプーチンを後援していると述べましたが、これはかつてのモスクワ大公国とタタール人、帝政ロシア(ロマノフ王朝)とタタール人の関係と同じですね。ロシアでは1つおきにタタール人が後援する国家になっています。

これはイラクにおけるクルド人、戦後日本における在日と同様、少数民族であるタタール人が政権の裏側を担っていたからでしょう。だから政権転覆で一旦は地に落ちる。

この法則から云えることは、現ロシア連邦もタタール人支援国家だということ。実際、プーチンの行動を見ても逸早くクリミアにおけるタタール人の復権を図っているので、全くその通りですね。

ロマノフ王朝に対してロシア革命を仕掛け、完全殲滅を企てたのがヘッセン選帝侯国でしたが、ロマノフ王朝を実質的に支えたタタル貴族がソ連邦時代には辛酸を舐めさせられたのは容易に想像が付く話ですね。

ここに「タタールvs.ヘッセン選帝侯」 という図式が透けて見えてくるのです。ウクライナのクリミア紛争も同じ対立構図です。

ウクライナ

このヘッセン選帝侯側に侵食したのがオラニエ=ナッサウの新教(プロテスタント)勢力で、ここがヘッセン=ナッサウへと進化し、現在のオランダ王室になっていく。ここが英国メーソンの奥の院で「千年王国」のマスターマインド。メーソンの英国を通じて米国とバチカンをコントロールしているとも云われる。

この繋がりから上の図式は「タタール→蒙古・満州→地祇系(北朝)→イエズス会」へ、一方、「ヘッセン選帝侯国→ヘッセン=ナッサウ→オランダ→メーソン」と繋がって、、、

「イエズス会 vs.メーソン」 の対立構造と読み替えることが可能。

つまり、クリミア紛争も正反合のヘッセン=ナッサウ勢力の両刀を使った罠であるということです。

名無し先生の情報では、30年戦争の後、ヴェスト・ファリア条約が締結(1648年)されましたが、この条約によって欧州は30年間続いた旧教と新教による宗教戦争は終止符が打たれ、相互領土の尊重、内政干渉抑制を旨とした欧州の新秩序が形成されるに至ったが、ここではヘッセン側に有利な領地配分になったものの、その後のウィーン会議(1814−1815年)で不利な結果となった。

この不利な裁定を行ったのがロマノフ王朝のニコライ2世。これがロシア革命勃発の原因であり、ヘッセンが革命でニコライ2世のロマノフ王朝消滅を図った本当の理由でもある。

同時にロマノフ王朝の財宝をも簒奪したのですが、この財宝はローマ帝国→東ローマ帝国→オスマン帝国―ロシア帝国へと流れたもの。それと各植民地から得たアセットを加え、ロマノフ家没落後にインドンシアのオランダ総領事館の地下室50Mに金塊を積み上げ貯蔵していたという。これがベルファシ(旧コミュニスト)側の簿外資金の元資。

しかし、ナッサウ=オラニエ側の欧州諸王室、中国王室がここに集まっていた時を狙い、日本の陸軍中野学校のある特殊部隊が全てを押さえ、これを元資に善用の簿外資金とし、国際平和維持の為に使う事を決め、各王室に国際協定に署名させ命と交換した。金塊はアジア各国の軍関係国際秩序維持派に監理依頼をし、各地に移動、決して動かさぬ事が約束された。

このことが戦後日本が敗戦国でありながら日英米の三極で回す金融センターと為り得た経緯。そして現在、日本が産業の更新が進まず停滞しているのも、バブル期の善用の資金を簒奪して流用したヘッセンと懇意なベルファシ勢力がヤンゴトナキ家系周辺にいる為、20年間、簿外資金が全く注入されておらず、これ故に産業が更新させず中国...等に資金が回されてしまっている。

話がだいぶ横道に反れてしまったが、この「ヘッセンvsロマノフ」の対立構図は「ヘッセン・ナッサウvsタタル(モンゴル・満州)」へと引き継がれ、「メーソンvsイエズス会」という形をとっていますが、本当の正体は「西ローマ帝位継承者vs.東ローマ帝位継承者」という対立構図になっていると睨んでいる。

この東西陣営には各々南北陣営(南ユダ族、北イスラエル族)が付いているが、この西ローマ帝国、東ローマ帝国の帝位を同時継承できた時が「合」の時であり、「千年王国」の始まりの時だと奥の院は捉えているではないでしょうか。

(つづく)

2015年 宇宙人への旅立ち EP3 ファントムプーチン

さてさて、『2015年 宇宙人への旅立ち』シリーズもEP3を迎え、内容が更に難解になってきました。

ここから先は欧州の歴史をよく知らねば理解できない領域ですが、西洋史は授業で「世界史」を選択しなかったオイラにとては禁断の領域。西洋人などは鮮人以上に同じ顔に見えてしまうので、まして国名がコロコロ替わり、同じ名を持つ諸侯が登場する為に混乱し、名前と事跡を覚えること自体が大変ななのである(爆)。

今回洞察するのは以下の箇所です。
普通に読んだだけではチンプンカンプンです(滝汗)。

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2)この様に女局攻勢を掛ける常套手段は
オラニエがヘッセン家に対して、
更にヘッセンがロマノフ家に介在した手法。
古くはミタンニがエジプト王朝に介在した歴史が存在する。

3)ヘッセン家は内紛でルター派とカルバン派に分裂し長らく争っていた事実がある。
オラニエが懐柔した方がロマノフ家を潰し、空中分解した。
ロマノフ王朝を実質支えていたタタル系貴族が
ブーチン系ロシア政権を後援していたとしたらどう思われるだろうか?

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このモザイクの掛かったような表現がオイラの血継限界「マン毛狂写輪眼」の洞察眼をえらく刺激するのだす(爆)。

まずは一般的な基礎知識から、、、
(ほとんどがWikipediaだすが、、、)

■ルター派
ドイツ発祥。信仰の改革が主。万人司祭。余分な財産を蓄えることを禁止。主に農民層が支持。

■カルヴァン派
ツウィングリからフランス人のカルヴァンに引き継がれスイス国内で定着。礼拝様式や教会制度の改革が主。選挙等で選ばれた長老支配。キリスト原理主義で急進的だが長老の考え方により教義が異なる。貯金や労働を善とする。主に商人が支持。幸福主義を拒否し現世を神に仕える為の修道院と認識。オランダではゴイセン、フランスではユグノー、イギリスではピューリタン(清教徒)と呼び方が変わる。

ここで更にネーデルラント(ベネルクス3国=ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の歴史を掻い摘んで説明。

ネーデルラント

1)15世紀、ネーデルラントはブルゴーニュ公国の一部となるが、毛織物生産により経済的先進地となった。

2)1477年、ブルゴーニュのシャルル豪胆公が戦死。一人娘のマリー女公は後の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と結婚。ネーデルラント地域はハプスブルク家の所領化。

3)神聖ローマ皇帝カール5世は、ネーデルラント17州すべての主権者として専制政治を行い、カール5世退位後ハプスブルク領がオーストリア系とスペイン系に分かれると、ネーデルラントはスペインの支配下に入った。

4)名門総督家系のナッサウ家はネーデルラントを含むライン左岸の領地とナッサウ家伝来のライン右岸の領地を兄弟でそれぞれ相続していたが、兄の子はそれに加え母方の叔父の南フランスのオランジュ公領を相続。しかし戦死すた為、弟側のオラニエ公ウィレム1世が相続し、オラニエ=ナッサウ家が興った。これが現在のオランダ王家。
※一旦はナポレオンに追い出されフランスの支配下にあったネーデルランドですが、ナポレオンのエルバ島脱出を機に開かれたウィーン会議(1815年)で、南ネーデルラントを併せたオランダ王国(ネーデルラント連合王国)が成立。かつての総督の子孫は立憲君主国の国王として君臨した。

5)ネーデルラントではプロテスタントのカルヴァン派などが広まっていたが、カトリックのスペイン王フェリペ2世は厳しい異端審問を実施してプロテスタントを弾圧。このためネーデルラント諸州は1568年、亡命中の有力貴族オラニエ公ウィレム1世(1533年 - 1584年)を先頭に祖国ネーデルラントに侵攻した。旧教から拒絶されたイングランド女王エリザベス一世とともに、南ドイツのバイエルンやスペイン=「イエズス会」の旧教体制に対する反乱は初めはスペインに対する単なるレジスタンス運動だったが、やがて独立戦争へと拡大。ユトレヒト同盟が結成され北部7州が加盟し、これが後のオランダとなった。
※イエズス会は1534年8月15日に創設

この戦いが八十年戦争(オランダ独立戦争 1568~1648年)です。

つまり、オレンジ(オラニエ)公ウィリアムはカルヴァン派の頭目の1人であったわけですが、元々はザクセン大公国フリードリッヒ三世、選帝伯ルードヴィッヒ五世、ヘッセン方伯フィリップらの「ドイツ騎士団」末裔がルターの起こした宗教改革の中心にいた。但し、ルターの保守的で妥協的な改革をよしとせず、徹底抗戦的なカルヴァンの登場を機にカルヴァン派に乗り換えて行き、オラニエ公ウィレム1世、エリザベス一世らを巻き込んでいったわけです。

その後、オラニエ公ウィレム3世は名誉革命(1688~1689年)のクーデターでジェームズ2世に勝ち、妻であるジェームズ2世の姉・メアリー2世と共同統治してイングランド王・スコットランド王・アイルランド王の地位を手に入れた。
※ここからグレート・ブリテン帝国が始まるが、アン女王の死でステュアート朝は終焉。その後、ハノーヴァー朝を経て、現在のウィンザー朝(サクス=コバーグ=ゴータ朝)に至る。

このオラニエ=ナッサウがフランスのヘッセンを女局攻撃で懐柔し同族化。これがヘッセン傘下のイエズス会とナッサウ傘下のプロテスタント=メーソンの敵対する2勢力を一元的に握るヘッセン=ナッサウ勢力の誕生です。

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もともとヘッセン=カッセル方伯フリードリッヒ二世(五五歳)は、国教グレイトブリテンのジョージ三世(三七歳)や旧教オーストリアの女帝マリアテレジア(五七歳)と協調し、ルター派とカルヴァン派を繋ぐ新教君主として、ハノーヴァーやプロシア、ザクセン=ヴァイマール、ヴュルテンブルク、バィエルンなどを統一し、ドイツに反動的な絶対王政の「千年王国」を建設することを妄想していました。
(玉川大学 純丘曜彰教授の講義資料「西欧近世文化史 第7章 メイソンリーの理想と現実」からの部分抜粋)

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1777年、ヘッセン=カッセル方伯フリードリッヒ二世らはかつての騎士団を統合した結社「聖堂騎士団」を乗っ取り。「千年王国」の野望を抱いた。この流れが100年後、南軍将軍でメーソン33階級のアルバート・パイクの書簡(1871年)へと繋がっり、メーソンとイエズス会を駆使し世界を「正反合」で揺り動かしWW1、WW2という具体的な動きになった。

今はWW3直前という位置づけの時であるが、彼らが自ら定めた期間内に果たして間に合うのだろうか?

このヘッセン家からの枝分かれがマウントバッテン家。ヘッセン大公国を統治していたヘッセン=ダルムシュタット家のうち、弟アレクサンダー大公子がユリア・テレーザ・ハウケと貴賤結婚して生まれた長男ルイスがイギリスへ渡って家名をバッテンバーグ家、そしてマウントバッテン家と改めた。ルイスの娘アリスの長男はエリザベス2世の王配フィリップですが、子のチャールズ皇太子以降からはマウントバッテン=ウィンザー家と呼ぶようになる。

■ロマノフ朝
1613年から1917年までロシアに君臨した最後の王朝。1613年にロマノフ家のミハイル・ロマノフがロシア・ツァーリ国のツァーリに即位して1721年にピョートル1世がインペラトールを名乗り体制をロシア帝国に改め西欧化を推進し、1917年にロシア革命(二月革命、十月革命)で滅亡。

最後の皇帝ニコライ2世の皇后はヘッセン大公国の大公女アレクサンドラ・フョードロヴナ(通称アリックス)。夫婦の間にはオリガ皇女、タチアナ皇女、マリア皇女、アナスタシア皇女、アレクセイ皇太子の1男4女がいた。

二月革命で臨時政府が出来た際、一家は監禁状態となったが1991年エカテリンブルクの森で両親と3人の大公女、2007年には弟アレクセイと歳の近い姉のマリアもしくはアナスタシアどちらか1人の大公女の遺骨も発見。皇帝一家が全員殺害されており、一人も生存していないことが明らかになった。

ニコライ一家
(皇太子と4公女)

このアレクセイ皇太子の血友病を治して皇后から絶大な信頼を得たのが怪僧ラスプーチン

このラスプーチンと4公女の間の友情は深く、「親愛なる、大切な、唯一の友人」「私はまたあなたに会いたい。今日、夢の中にあなたが出てきました。」と手紙に記している。4公女はラスプーチンの写真に彼の祈りの言葉を添えた魔除けのロケットペンダントを常に首にかけていたという程に宮廷の女性にカリスマと崇められた。敵対する修道士がラスプーチンが皇后や4王女や侍女たちと関係を持っていた卑猥な僧であるというデマを流していたともいわれる。

で、ナニが33センチもあったと云われるが、、、、「33」、、、メーソンナンバーだすな(爆)。

rasputin_bigpenis2.jpg
(ラスプーチンのナニと云われるホルマリン漬けw 多分、異形のナマコだろう)

無類の女好きである点には誰しも異論はなかった。

ラスプーチン

ただ、宮廷におけるラスプーチンの影響力から危機を感じた宮廷貴族&官僚は、ラスプーチンの大好きなお菓子に青酸カリを混ぜて食べさせたがラスプーチンはビクともせず、その後、銃弾を4発受けても無事。焦った彼らは燭台で頭蓋骨が陥没するほど殴り付け、倒れたラスプーチンを絨毯で簀巻きにして氷の張ったネバ川に穴を開け、そこに放り込んで 暗殺した。ただ、ラスプーチンの死因は「溺死」であり、水面下でも生きていたということ。かようにラスプーチンは絶倫的な生命力の持ち主でもあった。

このラスプーチンが亡くなってスグに革命が起こりニコライ一家は監禁。一家は森で銃殺され埋められ伝統あるロマノフ王朝消滅した。実は、このロマノフ朝消滅のことがアルバートパイクの書簡に書かれている。

「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」

但し、書簡の現物を誰も見たことがなく、1871年に書かれたはずなのに「当時には存在しない名称・言葉があちこちに出てくる」ため100%「第二次大戦後に捏造された都市伝説的なものである」という意見もある。その通りだすな、、、元々、こういった計画が存在していて、それを予言風に述べ、マッチポンプ的に成就させてカリスマ性を高揚させるよう仕向けたもの。以上から、後年WW1、WW2,の発生した真の理由を述べながら、WW3に向けてのシナリオの開示だとオイラは見ている。

傭兵ビジネスで儲け欧州最大の資産家となったヘッセン家は欧州の多くの王朝に妃を送り込み欧州を裏支配し、互いに反目させ傭兵ビジネスを成立させていたが、フィリップ寛大王の頃から南北の2つ拠点に分かれいる。これは八十年戦争(1568~1648年)でスペイン側(カソリック=イエズス会=神聖ローマ帝国=ハプスブルグ家)に付くかどうで新教側(プロテスタント)と旧教側(カソリック)に分かれて付いたことによる。一見、宗教戦争と捉えられるが、本当のところは「親ハプスブルグ家」か「反ハプスブルグ家」かという区切りでの戦争であった。

この八十年戦争も1621年に一旦停戦するが、この独立戦争はヨーロッパ全体を巻き込み戦域は拡大。これを三十年戦争(1618~1648年)と呼ぶ。三十年戦争末期に元々マールブルグ方伯領を巡る領土問題で揉めていた両家が再び揉め始め、ヘッセン戦争(1645~1648年)というヘッセン家同士の内戦が起きた。

■北部: ヘッセン=カッセル公(ヘッセン選帝侯国)・・・新教側

■南部: ヘッセン=ダルムシュタット公(ヘッセン大公国)・・・旧教側

ヘッセン家系図

確か、ロシア皇帝ニコライ二世の皇后・アリックス(通称)はヘッセン大公国の大公女でしたね。つまり、ロシア革命(1917年)でヘッセン選帝侯国側がヘッセン大公国側を打ち倒した格好になるわけですが、ロシア革命にはヘッセン家の代理戦争という面もあったのです。

これが名無し先生がいう「オラニエ(カルヴァン派)が懐柔した方(新教側=ヘッセン選帝侯国)がロマノフ家(ヘッセン大公国と親戚)を潰し、(ヘッセン家は)空中分解した。」ということ。ヘッセンもまた「正反合」で翻弄され弱体化していったが、その隙を突いて入ってきたのがオレンジ公ウィリアムを輩出したオラニエ=ナッサウ家。ヘッセン家同士の反目もオラニエ=ナッサウ家が仕掛けたといえる。

ヘッセン=カッセル方伯(在位:1670年 - 1730年)はマリア・ルイーゼらをもうけたが、このマリア・ルイーゼがオラニエ公ヨハン・ウィレム・フリーゾ妃。つまり、オラニエ=ナッサウ家(オランダ王家)がヘッセン選帝侯国側と姻戚関係を結び、同族化してヘッセン=ナッサウとなった。これが「正反合」の「合」となるわけです。

ここが現在のマスターマインドだと云われる。
※マスターマインド・・・二人以上の、統一した願望や目標を持った人間の集まりのことであり、また、それらの人々の間で行き交う、波長の合った思考のバイブレーションのこと。

一方、ヘッセン大公国のヘッセン=ダルムシュタット側から貴賎結婚してイギリスに渡ったのがマウントバッテン家でしたね。ヘッセン選帝侯家もヘッセン大公家も現在断絶しており、旧教側のマウントバッテン家とドイツからやって来た新教側のウィンザー家(サクス=コバーグ=ゴータ朝)の婚姻で出来たのがマウントバッテン=ウィンザー家。新教・旧教の融合、つまりメーソンとイエズス会の両刀使いでもあるが、「エッサイの根」でありイエス末裔を自称するフランク王国のメロヴィング朝末裔がヘッセン家でもある。

■蘭ヘッセン=ナッサウ家(ベアトリクス女王)・・・ヘッセン選帝侯国の流れ

■英ウィンザー=マウントバッテン家(チャールズ王太子)・・・ヘッセン大公国の流れ

という2つの流れがある。

初代ロスチャイルド(マイアー・アムシェル・ロートシルト)はヘッセン選帝侯(ヘッセン=カッセル方伯)家の御用商人の銀行家となり、今の栄華を極めたことはよく知られていますね。ヘッセン家の家臣のうち、金融担当がロスチャイルド、軍事担当がサヴォイ家、情報担当がタクシス家という構成。

今までの歴史の流れを見れば、この2つは反目となる筈なのだが、、、ただ、いづれも神聖ローマ帝国のハプスブルグ家を蹴落として君臨したドイツ貴族が出自という点では共通している。
※ヨーロッパの主な国でドイツから君主を迎えたことのない国はフランスなど数える程度しかない。これは国内派閥とは関係ない名門家系がドイツにごろごろ居たことから来る。つまりドイツは名門の宝庫だった。

ちなみに、ダイアナ妃は母(フランシス・シャンド・カイッド、ユダヤ人)とユダヤ名門で富豪ジェームズ・ゴールドスミスとの間の不倫の子であるとの指摘がある。ジェームズ・ゴールドスミスはロスチャイルド家と従兄弟であり、しかも古くからロスチャイルド家とゴールドスミス(ゴールドシュミット)家は婚姻関係を結んでいる。そして、ゴールドスミス疑惑のダイアナとチャールズ皇太子との間の息子であるウィリアム王子の夫人であるキャサリン妃(愛称ケイト)の母キャロル・エリザベスの旧姓がゴールドスミスとなっている。現英国王室は二重にユダヤ色が投影されている。
※ユダヤ人はユダヤの母から生まれた者。

実は、ラスプーチンはユダヤ人の銀行家ルービンシュタインを皇后にパトロンとして紹介していたのですが、ラスプーチンの後ろ盾のルービンシュタイン一族はロスチャイルド一族でもあったことから、ラスプーチンはヘッセン選帝侯側が放ったスパイだったとオイラは睨んでいる(ふふふふ)。

そして、現在のロシア大統領・プーチンのバックはドイツ銀行、ドレスナー銀行(現コメルツ銀行)であり、これらはいづれもロスチャイルド系の銀行。ロシアとドイツ、、、これはラスプーチンの頃と全く同じ構図なのです。

実際、プーチンの祖父の姓は「ラスプーチン」だった。祖父の代に改名。ただプーチンという名はロシアには多いというが、この関係には絶対何かある(ふふふふ)。
※プーチンはラスプーチンとは血縁関係がないと述べるが、祖父がラスプーチンの下で調理人として働いていたことは確かなことである。

さてさて、更に続いて「ロマノフ王朝を実質支えていたタタル系貴族=ブーチン系ロシア政権の後援者」という内容に踏み込んでいかねばならないが、チト洞察疲れしたので、、、

ここで音楽タイム!


(ボニーMの名曲『怪僧ラスプーチン』 後のジンギスカンに多大な影響を与えた)

次回につづく

2015年 宇宙人への旅立ち EP2 御落胤の帰還

やはりあのコメントは名無し先生であったか!!!

オイラの嵌めこんだジグソーパズルはまだまだ真実に遠いのかもしれないが、今回、また新たなヒントを戴いた。それが下記のZ8さんブログでの新たなコメントです。

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■今の時まで繋がる因果
ヤッズ様の洞察も面白いが、あえてZ8様にこの場を借りて少々。

1)昭和天皇の皇后が何処の宮家出なのか?
昭和天皇の実子である御方(殿下)も同様、
同宮家から妃を迎えている。
※影での事実故、表層ではうかがい知れない。
この妃の痕跡はゴシップ週刊誌にM資金絡みの詐欺事件で
スケープゴート的に取り上げられた事がある。

2)この様に女局攻勢を掛ける常套手段は
オラニエがヘッセン家に対して、
更にヘッセンがロマノフ家に介在した手法。
古くはミタンニがエジプト王朝に介在した歴史が存在する。

3)ヘッセン家は内紛でルター派とカルバン派に分裂し長らく争っていた事実がある。
オラニエが懐柔した方がロマノフ家を潰し、空中分解した。
ロマノフ王朝を実質支えていたタタル系貴族が
ブーチン系ロシア政権を後援していたとしたらどう思われるだろうか?

4)また、他方のヘッセン血筋は英王配として存在している。
英皇太子が隠密で訪日し緊密な関係を築いていたのがさる方である。
MI5とMI6の違いとは凡そこの様な勢力相違によるところだろう。
名無し 2015-03-16 11:00:06

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(文中の1~4の番号はオイラが付加)

今回はまた更に内容が濃すぎて1回の記事では書けそうにありません(滝汗)。そこで2~3回に分けて書こうと思います。実際、書き切れるだろうかとチト不安なのですが、、、、

今回は1)の宮家~M資金に関してです。

上記コメントは昭和天皇の実子が「サッパリ分からん」とオイラがさじを投げてしまったことに対するヒントですが、今回のユッキー宇宙人変身の背景にも繋がっている因果だというわけです。まるでスターウォーズ並みの連綿とした歴史ストーリですが、ジェダイマスターのZ8さんが狂喜乱舞して66.6回転しそうな内容です。Φ(;´π`)φ

昭和天皇の皇后の香淳皇后は、久邇宮朝彦親王の第三王子・邦彦王と旧薩摩藩主の公爵島津忠義の八女・俔子(ちかこ)と間に生まれた三男三女の長女ですね。皇統に色弱遺伝子が入るのを元長州藩士・元老山縣有朋らが諌めた「宮中某重大事件」を経て昭和天皇と無事結婚。この山縣が諌めた「色弱」も表向きの建前であり、本当の理由はもっと違ったものだろうとオイラは睨んでいるが、、、、

で、外戚となった邦彦王はしばしば皇居に出入りし、自邸の改装費...等、皇室に金の無心をするようになったという。

まさに美人局だす(爆)

香淳皇后は大正7年(1918年)皇太子妃に内定するが、この時には龍田徳彦氏はまだ誕生(1922年)していない。この内定後に既成事実を作って妃内定を覆そうとした勢力がいて「美人局」を働いたのかもしれない。その勢力の一人が元老山縣であり、「色弱」を口実に内定差戻しを迫った「宮中某重大事件」の真相ではないだろうか?

あるいは、宇多田ひかるは藤圭子とクリントンの隠し子だと主張する榎本東洲が云う「◎邇◎良◎女王(明治天皇即ち西郷隆盛の子供)で◎邇◎家で養育。曹洞宗の僧侶・原田祖岳と◎邇◎良◎妃の子供が◎◎天皇」に類する表の世に出せないような複雑な過去があったのかもしれない。または単に長州の対抗勢力である薩摩(良子女王は元薩摩藩主島津氏の孫)に対する警戒から起きた事件かもしれない。何とも不思議な事件なのである。

昭和天皇の御落胤(庶子・隠し子)及びその妃の特定に関してですが、今上天皇は1933年12月23日、弟の常陸宮は1935年11月28日に誕生しているので、昭和天皇の実子が存在するならば1925~1935年前後あたりの誕生であろう。当然、その配偶者である妃もこの年代と思われ、この辺が候補絞込みのターゲットとなる。

ただ、伏見宮系皇族(旧・世襲親王家)に関しては、斉院システム(皇族の大奥)がどこかに残存していたらしく、子女が非常に多くて調べるのが大変です(笑)。これは久邇宮にしても同様です。上記ターゲット範囲で絞り込むと、3代目当主の久邇宮朝融王(香淳皇后の兄)の子女あたりに絞れる。

第1王女:正子女王(1926年 - ) - 1945年伯爵龍田徳彦に降嫁。後離婚
第2王女:朝子女王(1927年 - 1964年) - 島津齊視と結婚。
第3王女:通子女王(1933年 - ) - 酒井省吾と結婚。
第4王女:英子女王(1937年 - ) - 木下雄三と結婚。
第5王女:典子女王(1941年 - ) - 古河潤之助と結婚。

赤く印した第1王女:正子が怪しいですね。

正子女王の夫・龍田徳彦は皇族時代は徳彦王といい、久邇宮家の多嘉王と静子妃の第三王子として誕生。「臣籍降下」後に梨本伊都子(梨本宮守正王妃)の養子となるまでは龍田徳彦と名乗っていた。つまり皇族→華族→皇族という道を辿っているのです。通常、皇族は養子は認められないのに不思議ですね。この辺の非常に複雑怪奇な経緯がある点が昭和天皇御落胤に相応しいとオイラが睨む点なのです。

この洞察が正しいならば、龍田徳彦(1922年・大正11年11月19日 - 2007年・平成19年2月7日死去)は昭和天皇(1901年・明治34年4月29日 - 1989年・昭和64年1月7日)の21歳の時の子となりますが、これは年齢的にも辻褄は合う。多分、ビンゴだろう。

龍田徳彦の経歴をもう少し詳細に記すと、、、

1943年(昭和18年)4月2日、勲一等旭日桐花大綬章を受章。同年6月に旧皇室典範増補第1条に基づき、本人の情願により、一時金を賜って臣籍降下し、龍田伯爵家を創設する。これに伴い貴族院皇族議員を失職。昭和天皇より賜った「龍田」の家名は、近江国の久邇宮家旧領地にある龍田神社に因んだものとされる。1945年(昭和20年)4月22日に久邇宮朝融王第一女子の正子女王と結婚。徳彦と正子女王は夫婦で養子に入って梨本宮家を継ぐが、のちに離縁。

平成14年、64歳だった徳彦は皇族と血縁関係の無い「神林隆夫」なる人物を養子にとって梨本宮家を継がせたが、神林隆夫氏は山形県羽黒山の山伏の家に昭和13年に生まれた一般人で、老衰の徳彦はこの平民出の山伏に梨本戸籍を乗っ取られた格好だという。

梨本(旧姓・神林)隆夫は日本軍が放置した毒ガス等の回収作業として3000億円の寄付話をぶち上げて寄付活動(詐欺活動)に奔走していたという話があるように、かなり詐欺師的な臭いがする怪しげな人物です。

この戸籍乗っ取りがM資金に絡んだ詐欺として浮上してくる。

M資金に関しては「昭和天皇のご落胤」で今上天皇の異母兄にあたるという自称「白仁王」がいましたね。あとシンガポールの1兆円小切手事件の「昭和天皇の娘」なんていうのもいました。いづれも詐欺師であり何の血縁関係もなかったのですが、何故か昭和天皇はM資金詐欺関係にしばしば登場する(笑)。

この梨本宮家は規子女王の子・広橋儀光が継ぎ、その跡を龍田徳彦が継いでいる。広橋儀光といえば「日韓合同朝廷の長男」で、戦後、米国政府高官アンダーソン家の養子として引き取られていったベルファシ勢力の「3つの世界会議議長」でしたね。この梨本宮の後釜に御落胤が据えられたのも何か非常に臭うものがあります。

これは儀光が去った後の梨本宮家祭祀を救済したことになりますが、単にそれだけではないと睨んでいる。コメント4)からは英皇太子が日本の裏交渉窓口である瀧田氏の元に隠密で来ていたということになりますが、それは戦前からなのか、戦後なのかは分かりません。たた一旦、取り上げられた昭和天皇のガーター勲章もこのラインでの話合いで再授与が決まったのではないかと睨んでいます。

前回コメ内容からは、龍田徳彦がブリジストンのその後の繁栄の礎を作る切っ掛けとなった人物だったとなりますが、確か、ブリジストン兄・石橋徳次郎は兵役徴兵され地元九州を離れていた時がありましたね。免許を持っていることから実はここで運転手をして英国皇太子も隠密に運んでいたのかもしれません。創業時から三井と関係が深いブリジストンですが、ここで天皇財閥である三菱のバックアップも得ることが出来、戦中に軍用タイヤの8割を供給に繋がり、破竹の勢いで一代で世界的企業グループを形成したという感じでしょうか。

さてさて、M資金で常習犯なのは青柳ハツグループですね。他の詐欺事件が数千万円クラスなのに対し、被害総額が40億円とダントツ金額です。

■1984年4月 首相、蔵相の偽造印使用の公文書を偽造、国債還付金確認証書詐欺で129人から25億8000万円詐取。
■1987年6月 国債還付金残高確認証、銀行預金証書、国債預かり証を使って数人から20億円詐取。逮捕。

還付金詐欺

青柳ハツは戦時中、中国の河南省で軍部との連絡係として働いていたことから引き揚げ後、「児玉機関」の機関員を自称し、占領下の裏資金の存在を言葉巧みに説いていたというが、数度の詐欺事件で有罪が確定してもいざ収監という時になると計算したかのように糖尿病などを発病し収監不能となる。 その後、病気療養を理由に刑の執行が停止され、指定された病院に入院せずに都内の一流ホテルで暮らしていたという。

何かアンタッチャブルな臭いがする謎の女である。

確かに旧皇族の本物の戸籍があれば、それを見せられればコロリと騙される人は多かったのかもしれません。それ故、あのような膨大な搾取金額に達したのではないかと睨む。しかし、これだけ大きな事件なのに画像もなく、ネットでもあまり記されておらず、何かとても不自然なのです。デッチ上げのような雰囲気すら感じる。また、この青柳ハツは偽名である可能性も高い。

う~む、この青柳ハツが正子女王だったのか?

瀧田氏との離縁原因は、正子夫人がある宗教に嵌ったのが原因だというが、多分、その嵌った宗教が山形羽黒山の山伏の宗教なのだろう。この山伏とグルになって起こしたM資金詐欺事件が青柳ハツグループの詐欺事件なのか?

まぁ、同じ投資話でもM資金よりエヴァ資金の方がいいだすな(爆)。

こちらは、2015年 月に飛ばした衛星からロンギヌスの槍を月面に刺すというプロジェクト資金の募集ですが、ロケット打ち上げ総費用は1億円。これを全て寄付金で賄う。当然、一切のリターンはありません(爆)。

元皇族の肩書きよりも綾波レイの肩書き、神林隆夫よりも林原めぐみ(声優)の方にオイラは弱いだす~。

エヴァンゲリオン20周年公式企画「ロンギヌスの槍を月に刺す」プロジェクト from READYFORInc on Vimeo.



だが、月に槍刺したら月人(アヌンナキ監視団のイギギ、グリゴリ)に敵対行為だと勘違いされて、卍党のラストバタリオン(最後の軍団)で地球、とりわけ日本が襲撃されてしまうかもしれんだす~

2015年 宇宙人への旅立ち 卍党帝国の逆襲

今、鳩山由紀夫元総理大臣の話題が超ホット。

ロシアがウクライナから編入したクリミア半島を訪問して、「クリミア編入は正しい手順で行われた」と政府見解である「一方的に編入」とは異なる意見を述べ、各界から叱責に近いコメントが出ているが、「旅券没収ならクリミア移住」とまで言い放っている。さらに「普天間移転に反対を!」とクリミアで話し出す始末。

何故かNHKはこの奇想天外な話を完全スルーしている。よほど触れたくないようだ。

実弟・邦夫氏からも、、、

「いよいよ本当の宇宙人になってしまった。
少なくとも日本人ではなくなった。」


と酷評。日本中の政治家から総パッシングを受けている。

しかし、ユッキーは「多くの国民は間違った情報の下に洗脳されている。その洗脳された意見を変えることは簡単ではない。」と述べ、日本人の洗脳されっぷりを揶揄。

宇宙人ユッキー

やはりユッキーは天然の宇宙人だったのか?

この件に関し、ジェダイ・マスターのヨーダZ8さんブログ「映画エリジウムの医療ポッド解禁を目指して。Φ(;´π`)φ」で見かけたRaptさん記事がその1つの答を提示していますが、また、その記事に対するコメが非常に名無し先生的であるとの指摘があり、洞察しないわけにはいかない。
http://ameblo.jp/z777x888/entry-12001143971.html

ちなみに、名無し先生的だと云われるコメントが下記ですが、非常にピンポイントでありながら奥深い内容で、確かに「原理原則」を主張するあたり名無し先生的です。

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3. 正反合の泥沼に嵌ってみるw
天皇が巨大な黒幕? バチカンと対立?

今上天皇の教師が大使の妻(クェーカー)だったのは
北軍派とそれに同調した昭和天皇(※1)
の影響でしょ?
二番煎じの清華家出の天皇(※2)だから
戦争させられただけだから最終的に責任を問われなかった。

鳩山氏はブリジストンの石橋家系(※3)
昭和天皇の実子である、さる方(※4)の運転手をして会社が大きくなった。

清華家の血筋にチャーリー宋と同様な動きをした御方(※5)が居たということだね。

3.11発生とその後の顛末(※6)は客家が後援する民主党政権下。
鳩山氏の行動は客家と対立する国内外勢力(※7)へ向けてだと考えるのが原理原則だろう。

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文中下線部の※1~7について、オイラが知るところを予備知識として下記に記す。おくまでオイラの私見です。

※1 児童文学作家でクエーカー教徒であったエリザベス・G・バイニング夫人は昭和天皇の希望で皇太子時代の13~17歳までの4年の間、皇太子の英語家庭教師にした。美智子皇后が一時期失語症になったのは皇居内で他の皇族とキリスト教の話(多分、カソリック)をしているのを昭和天皇に叱責されたからだと云われる。昭和天皇はバチカン嫌いなのか? 戦後没収されないよう天皇資産が横浜正金銀行から赤十字経由でスイス銀行に行き、そのお金がバチカン銀行の原資となったが中々返して貰えなかったという話もあり、嫌いというのも納得いく?

バイニング夫人
(バイニング夫人)

※2 睦仁親王→大室寅之祐→西郷南洲というのが1回目の入替。種無しの大正天皇の皇后である朱貞明(明建国した客家・朱元璋の末裔)に対し、清華家の西園寺、裏皇族の東久邇の血を入れた話がある。これが2回目の入替で二番煎じという意味か? また皇族で唯一「A級戦犯」として巣鴨プリズンに収容されたのが梨本宮ですが、神宮祭主であったことから国家神道の主体的な頭目であったとみなされたが本人も身の覚えがないし、半年後に不起訴で釈放。だが、ここは日韓合同朝廷の長男を輩出した宮で北軍派は満州国設立の背景(北朝・地祇系の独立)を充分理解していたのだと思う。その為の日韓合同朝廷創出だった。こう考えてくると、表皇族の客家血筋混入工作は裏皇族側=北朝・地祇系の画策だったのではないだろうか?

※3 ブリジストン創業者の石橋正二郎の長女がメーソン鳩山一郎に嫁ぎ、生まれたのが鳩山由紀夫・邦夫兄弟。由紀夫氏の本当の父親は笹川良一だという都市伝説もあるのだが、、、(笑)。石橋家は地祇系北朝の三井財閥総帥・團琢磨の孫と婚姻。三井物産が輸出に協力したことで世界№1のタイヤメーカーの現在がある。日ソ共同宣言を締結し国交回復した父・鳩山一郎の件もあるが、鳩山家は家系からは地祇系(親中・親露)に属する。

※4 まったく不明だが、BSの前身日本足袋株式会社(改名後アサヒコーポレーション)では宣伝用に自動車を購入。正二郎の兄・徳二郎が九州での第一号免許取得者。

※5 客家のチャーリー宋(宋耀如)は米国で教育を受けてメソジスト派の牧師。中国語訳聖書の出版と販売等で一大財産を築いた人物。宋三姉妹の父。娘らを金力の孔家、権威の孫家、軍事力の蒋家に嫁がせ、この3つを連結に成功。ロスチャイルド→サッスーン→中国国民党→浙江財閥というネットワークで浙江財閥を形成したが、第2次大戦中から戦後にかけて解体された。清華家(9家)の中で同様な方法(婚姻)で各勢力を結び付け、権力を増大させた家があるという指摘ですね。裏皇族に嫁がせ日韓合同朝廷の長男を輩出した広橋家は「名家」で対象から外れる。「清華家」で天孫系の住友財閥創業家・住友家と二重の姻戚関係にあるのは西園寺家のみ、また、西園寺公一は中国共産党の文化大革命開始当初にいち早く支持し、北京に住居を構え「北京の吉良上野之介」と称された。晩年は子息とともに中華人民共和国寄りの創価学会に傾倒。ずっと親中国(親客家)なのである。

チャーリー宋
(チャーリー宋)
宋三姉妹
(宋氏三姉妹)

※6 JICA=部落解放同盟=民主党=同和=ペリシテ人(客家)=地祇系という図式があるが、政権奪取後、米国より先に中国訪問をした民主党。この政権の時に起きたのが3.11であり、地球温暖化詐欺=原発推進という流れから世界は一気に脱原発に向かった。その返す刀で復興の為の土木工事、産廃業者が特需に沸くが、その先の狙いには70気圧水素ガスタンクインフラへのエネルギー転換、北朝鮮金融センター化からのネオ満州国樹立があると睨む。

※7 ロスチャ-客家べったりのオザワン。そのオザワンを総攻撃したのがロックフェラー贔屓の現自民党や官僚組織。鳩山クリミア問題が国内騒然となる理由でもある。ちなみに中国国民党も中国共産党も客家が作った産物。客家の秘密結社「三合会(洪門会)」のボスの息子が鄧小平で中国共産党をまとめた。



世界連邦運動協会、宗教団体「ワールドメイト」の教祖・深見東州(半田晴久)系の東京芸術財団とも深く関わる鳩山氏ですが、深見東州が「日本紅卍字会」の名誉会長理事という点から、ユッキーは、現在、地祇系の卍党スポークスマン(広報官)という立場で活動しているという認識で間違いないだろう。

ワールドメイトは、「ギャグ爆発の宗教家」であるリーダーの深見は母が信仰していた世界救世教に幼少時から親しみ、のちに大本へ転向する。同志社大学を卒業後、大和ハウス工業の営業マンだった1977年に、大本と提携している銀座の道院紅卍字会で根本宏に師事をする。その後、道院で真光に接していたこともある植松愛子と出会う。1977年より本格的に、禅や神道、中国哲学の勉強・実践を始める。1984年、宗教団体コスモコアを設立し神道をベースとした講演会活動を開始。日本に183か所の支部、アメリカ合衆国やイギリスなど海外に10か所の支部がある。また全国の本部や支部名はギャグ混じりの名称となっている。

来るべきミロクの世(理想の世)が訪れる前には、巷で言われているような世界の崩壊とは言わないまでも、数々の困難や問題が世界中で吹き出してくるという。その困難を乗り越える過程で、世界の人々が一致団結し、世界連邦政府が樹立されると、ミロクの世の礎ができるとある。また天皇陛下が人間宣言をされてから、皇室に降りるべきスの神様が開祖植松愛子氏のところに降りてこられたという教義を持つ。(Wikipediaより)

この二人三脚ぶりは大本の出口ナオと王仁三郎を彷彿とさせますが、実際、大本派生の宗教で卍党(神道や仏教にキリスト教的な大艱難→千年王国思想を入れ込み)の一種ですね。

ただし、宗教施設はもっているものの、その神社での催事は殆どなく、既存の有名な神社を利用した後、野ざらしやテントを張っただけの劣悪な環境での神事が多いともいう。救霊師資格取得料 700万円、九頭龍師資格取得料 200万円掛かるとも云われる。オザワンへの政治献金が多いのも特徴。(参照先

尚、禿げ直し神法もあります(爆)。

う~む、「スの神様」が植松愛子?

モッシュシュメイト(中元奉公衆)のオイラにとって「スの神様」はBABYMETALの中元すず香様以外にないに決まっているじゃないですか~ぁ~ ここだけは絶対譲るわけにはいかんだす~。

「世界紅卍字会」は1921年に山東省で結成され、わずか2年間で中国全土に広がった「道院」という宗教組織の付属施設の一つとして1922年に組織。「道院」は五大教(基、回、儒、佛、道)を奉ずる道教的な宗教団体で日本の大本教は「道院」と同じ宗旨であるとして提携しているとあるが、多分、ワールドメイトも同じような五大教的ごった煮教義を持っているでしょうな。

世界紅卍字会

世界紅卍字会01
(赤十字の向こうを張ったのが紅卍字)

■緑のカラス(客家)勢力
北イスラエル族&ペリシテ人(地祇系)-北朝(源氏)-三井財閥-近衛閥(近衛家+鷹司家)-前田家-九鬼家-緑龍会(グリーン・ドラゴン・ソサイエティ)-卍党-世界連邦運動協会-大本-道院-世界紅卍字会-トゥーレ協会--ナチス-ネオコン-シオニズム-スカル&ボーン-CIA-イエズス会

※近衛家は前田家との婚姻によって取り込まれた。


という太いパイプで繋がっていると睨む。

豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と呼ばれていた頃からイエズス会の№2フランシスコ・ザビエルによって日本侵攻は始まったのですが、既に宗教支配されていた日本では思うように布教が進まなかった。時代は下り江戸時代、徳川幕府はメーソン仕切りのオラニエ公のオランダに乗り換えが始まった。窮地に陥ったイエズス会傘下で綾部に押し込められた漢(あや)人とサンカ・アタチ家系の上田家と恵州客家出自で地祇系金庫番の九鬼家が結び付き、都の西で怪しげな宗教が流行った。

それが九鬼家が信奉する金神(ウシトラノコンジン)を主神とする黒住・金光・天理らの大本系宗教であり、この流れは現在の北朝鮮宗教ソーカにまで続くが、その正体は冷泉家資金で創建された黄壁宗・萬福寺を拠点に活躍していた仏教に原始キリスト教思想を混ぜて温存化した卍党勢力。

下記は高度自給自足ブログの最新記事(記事)に載っていたのですが、、、、

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海賊王に「五峯」を称した王直がおり、伝承ではこの人物がポルトガル船を水先案内して初めて平戸に来航させたと言われる。.....平戸には多くの客家人が住んでいた。彼らはイエズス会と手を組んでいた。......王直とは、倭寇の頭目で、要はヤクザ及び海賊で、歴代頭目には兪大猷(福建省出身)、胡宗憲(胡錦濤の先祖と言われている)がおり、ポルトガル人(イエズス会)を日本に連れてきて、鉄砲を伝来させた連中です。
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客家(ペリシテ人)がイエズス会、メーソンを次々と日本に連れてきた。アジアを客家支配する為に、、、その本拠地が日本ということですね。ただ、そこには数千年前から土着化していた「海の民」がいて、その後、紀元前に来た北イスラエル族、平安期の南ユダ族という枝分かれのお仲間が来た。

これらが天神系、地祇系、天孫系です。

つまり、日本は東洋のサルデーニャ島だったのです。
※地中海のサルデーニャ島は「海の民」の本拠地。ペリシテ人もフェニキュア人もこの「海の民」の流れ。彼らが集めたお金はマルタ島発祥の「マルタ騎士団」の簿外資金となっている。

卍01


う~む、指摘されるように客家(ペリシテ人)の傀儡が鳩山という切り口が必要だすな。

で、今までの鳩山宇宙人語録を改めて眺めてみる。そこから客家臭が漂ってくるかもしれない。

「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」
「在日の方が日本の総理大臣になられたとしたら、それは素晴らしいことだ」
「定住外国人の参政権ぐらい 当然、付与されるべき」
「日本は他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である」


在日渡来人に有利な言動がテンコ盛りですね(滝汗)。

日本は客家が巧妙に裏支配する国であることを知っている故に「日本人だけの所有物じゃない」発言が出てくるのだろう。ユッキーはその真実を知っていて発言している。ただ、この発言の真意も在日鮮人の為とネトウヨにネジ曲げられてしまっているが、在日華人という意味での「在日」だろう。ユッキーの経歴からはどこにも半島との繋がりは見出せない。

「『狂』という言葉は日本では禁止されている。人間にだめなものを使うのは、牛の権利を侵害している」

この発言はペリシテ人が信仰するバアル神を擁護してのものだろう(超爆)。

さてさて肝心の客家ですが、トップは悪魔の13血流でも知られる李氏がトップですね。李氏の「李」はLeviから来ていますので「李氏=レビ族」はガチです。イスラエル民族を宗教的に洗脳して寄生していたのがレビ族ですが、実は、その正体はペリシテ人ではないかとオイラは密かに睨んでいる。
※一般にはセム系のイスラエル民族とハム系のペリシテ人は敵対していたとされるが、ドルイド神官団のエドム人とペリシテ人が組んで作られたのがレビ族か?

このレビ族がサヘンドリンを構成し、王族を表にして世界を裏支配しているのか?アジア地区の支配中枢が日本ということは、1300年前からこの日本を支配しているある家系が候補に挙がってくる。

それは藤原氏ですね。

藤原氏には出自が異なる中国系と朝鮮系の2つがあることから、藤原氏とは合成家系だというのがオイラの現時点での認識ですが、この藤原家がアジア担当の客家総元締めではないだろうか? というのも、北朝の金庫番で恵州客家出自の九鬼家は元々は藤原氏であり、そこから名を変えているからです。九鬼家は従五位と日本の叙位システムでは下っ端。その叙位システム頂点には五摂家が君臨し、次には清華家、大臣家が控えている。

彼ら位階上位者から指示の元、九鬼家は「摂家システム」という集金・再配分システムの番頭役として動いているのではないか?

「摂家システム」の全貌は分からないが、国会審議を通らず支払われる特別会計に根幹があるだろうと睨んでいる。また投資した収益金のうちからある程度のお金が各種新興宗教団体に寄付(資金援助)され、傘下に置かれる。さらにその宗教団体から寄付金という形で政治資金として政治家に渡り、その政治家を動かすという迂回的な構図になっているのだろう。

昭和天皇の前で足を組んで話した近衛文麿ですが、この不遜な態度の背景には昭和天皇が祭り上げられた清華家出自なのに対し、摂関家筆頭の自分の方が格上であるという意識と敵対する北朝天皇を担ぐ勢力に属するところから来るものと思われる。

しかし、この逸話も藤原摂関家(五摂家)が客家総元締めで日本の本当の王様だと理解できれば、もっとスンナリと腑に落ちる話ですが、、、、果たして、、、、。
※百済王子・扶余豊璋こと中臣鎌足と天智天皇の関係から、藤原氏は百済渡来のエフライム王族血筋。この立場ならレビ族=客家の元締めになれる。ただし鎌足長男の定恵が出家しているのは、天智天皇の子を孕んだ妃を下賜され生まれたのが不比等であり、ことらに家督が譲られたから。そして、その妃とは天智実母(佐富、斉明/皇極天皇)だったというのが語り部説準拠した今の見解です。

アスカとジェシカ

前記事でちょっと気になることを思いついたので、引き続き洞察してみる。

それは、、、アスカジェシカ

アスカジェシカ

似ているようで、似ていない(爆)。

いづれも大魔神コード「22」に影響を受けており、徐福、日月神示ともシンクロしているので「近しさの法則」からこの名称に何か繋がりの秘密がありそうな直感がしたので、ちょっと詳しく調べてみた。

惣流・アスカ・ラングレーのキャラ設定は、自信にあふれていてプライドが高く、非常に高飛車であり傲慢かつ自己中心的な性格。口癖は「あんたバカぁ?」。

一方、ジェシカはアメリカの有名映画サイト「TC Candler」毎年恒例で発表している「最も美しい顔100人」での毎年入賞常連者でB型。好きな言葉が「follow my HEART(心の向くままに)」とあるように自由奔放な性格で「氷姫」「シカ兵長」「シカ様」のあだ名がある。キュウリが大の苦手。

まぁ、いづれも自己チューなのである(笑)。

アスカは松代の実験で使徒認定され、ダミープラグに換装された初号機により殲滅。一方、ジェシカはファッションビジネスとの両立が出来ないという事務所側の認定でSNSD(少女時代)から外された。両者ともにチームから一旦離脱している点で共通している。

この期間が空白(989)であり、同じような外観で見分けが付かないことから「量産型エヴァ」とも称されたSNSDが9人体制から8人体制となり、再び9人体制に戻る迄の期間として暗示されている。
※ソシペンのオイラですら、9人完全識別できる様になるまで、毎日何度も動画を観て2ケ月掛かった。

この空白期間に大ドンデン返しが起きるというのが日月神示ですが、これを「ビックリ箱」と表現している。

「一日の日の間にも 天地引繰り返ると申してあろがな
ビックリ箱が近づいたぞ。」

(天つ巻 第03帖)

「これで神国の民と申して威張ってゐるが、
足許からビックリ箱があいて、
四ツん這ひになっても助からぬことになるぞ。」

(富士の巻 第05帖)


世界の表の支配者層が怖れているのがコレであり、全ての米国基地は高所に移転、地下都市が併設されたデンバー国際空港を開港、各基地とは地下リニアトンネルで結ぶという念の入れよう。大富豪も高所へ生活できる場を確保。マイクロソフト会長のビルゲイツは軽井沢に地下室を備えた別荘を建築している。

この8と9、9と8の境を開くことが「岩戸開き」であり、新しい空間が湧出して現れる「ビックリ箱」。

オコツトによれば太陽はやがて輝くのを止め、新しい太陽が輝き出して「ミロクの世」が始まると云う。この新しい太陽がニビルであり、有限の寿命と智恵を持つ「ヒト」が生きながら霊界参入して不老不死と智恵がない「シト(変換人)」と為る。これがオコツトが云う「変換人の世界」であり、表の支配者層が使っている「新世界」のことであり、ヘッセン=ナッサウ勢力に操られて邁進している「千年王国」のことでもある。喩えていうと、世界が霊化すると考えてもよさそうな内容。

2001BABY.png
(『2001年宇宙への旅立ち』エンディングでは新しい人類=シトの誕生を暗示)

このような展開故に、契約の神に負けないと宣言し「バベルの塔」を立てたニムロドのように、あらゆる科学技術や建築技術を駆使してこの艱難に対抗できるものを作り上げたつもりであるが、「そうはイナンザキ!」となるのは日月神示もくどいくらい述べている。

6500年に渡るサイクルを「シト→ヒト→シト→ヒト」と2回繰り返して、再び「原初の人間」アダムカドモンとなり、次のステージに上がるというのが生命進化のシナリオ。これはカバラでも生命の木の下降と上昇という形で同様に述べられている。今、世界中で起きている天変地異や宇宙規模の変革はダアトというセフィロトを通過している局面なのかもしれない。

これが真の人類補完計画のロードマップですが、それが成就するように手助けして人類に責めを与えているというのがカバールの人たちの考え。それ故、マッチポンプであるとも揶揄される。この最終的状況が真実となるのか、間違っっているのかは分からないが、兎に角、このような思想の元、世の中は動いていて、庵野監督がドキュメンタリーだというポイントが正にここでしょう。

エヴァでは富士(箱根)・松代が出て来るあたり、またカバラ,、死海文書のユダヤ聖典、「****エル」の天使名、十字架型の爆発描写...等が出て来るあたり、庵野監督に秘教知識や現在進んでいる支配者層のドキメンタリー情報を与えたのは、古くから日本に伝わる原始キリスト教を仏教に取り込んで温存した卍党によって興された大本系列の秘教団体であることは、ほぼ間違いないだろう。
※大本の出口王仁三郎聖師は富士山を天照が座す「天教山」、皆神山をスサノオが座す「地教山」としている。敗戦濃厚になった時、皇室の周辺や軍部が皇居を東京から遷したいがどこがよいかと出口王仁三郎に尋ねたところ、「聖地(世界の十字)皆神山は爆撃を受けない」と言ったとか、、、これが松代大本営。

また、宇宙戦艦ヤマトが『西遊記』を元ネタにしているのと同様、エヴァは『徐福伝説』をベースに描かれていると睨んでいる。
※放射能除去装置が経典、お釈迦様がイスカンダルのスターシャ、金角・銀角がデスラー総統、沖田艦長が三蔵法師、孫悟空が古代進、沙悟浄が島大介、猪八戒が森雪といった感じか!? ちなみに金角の母親が九尾妖狐ですが、金角・銀角の正体は孫悟空を養った道教始祖の太上老君の備品を守る童子だった。童子達は三蔵一行の試練のためにあえて悪役を演じていたというオチです。デスラー総統が地球の敵役ではあるが悪ではないのもこの流れに沿う。

ゼーレのシナリオとは異なるシナリオを碇指令が構想しているのも、徐福が始皇帝の命令に沿うフリをしながら騙したのと同じですね。また、ジュピターの子(エッサイ末裔)につながるヘッセン=ナッサウ勢力である欧州王侯貴族からNWOの指導者(救世主)を出そうとしていますが、これがマウントバッテンのハゲだす。

同じくエッサイ末裔に繋がる日本裏皇族側からも救世主(世界王)を出そうとしているのが異なるシナリオ。この為に「東洋の島国から救世主が現れる」とファチマ預言に付け加えて流布し、「ネオ満州国」建国という形で成就させるシナリオであった。しかし、マフィア資金を主体とする「ネオナチ=ネオコン=シオニスト」の地祇系-イエズス会勢力がメーソンのオバマによって力を削がれた為、この地祇系が進める方の東洋のシナリオは前回の「ふぐ計画」同様、今回もダメになったっぽい。
※CIA本部閉鎖、の一部閉鎖

これ故に、ハゲ有利という見解をオイラは述べたわけです。

さてさて話を戻すと、アスカと徐福を繋ぐのが徐福を祀る阿須賀神社という話をしましたが、実は、あの神社は昔は「飛鳥神社」と称していたが、それがいつの頃からか「阿須賀」と表記するようになった。

しかし、飛鳥をどうして「アスカ」と読むのだろうか?
どう読んでも、普通、「飛鳥」を「アスカ」とは読めない。

アスカは「飛鳥」「明日香」「阿須賀」...等の漢字に音写されますが、「アスカ」自体が一体、どんな意味を持っている言葉だったのかは不明。

解釈にはいろいろあって、、、、

1)朝鮮語で「やすらかなるふるさと」を意味するアンスク(安宿)が訛ってアスカになったという説や古代朝鮮語で「村」を意味する「スカ」に接頭語の「ア」がついたという説。

2)飛鳥寺にはアショカ王が祀られており、アスカはアショカ横王が語源。インドで1万年前の文明中心地「ASKA(アスカ)」という地名が発見され、ここが中心として「理想の楽園」という意味を持つという説を故・五島勉が提唱。法興寺(飛鳥寺)からは仏舎利遺構が発見されているが、アショカ王を祀っていたとは初耳ですね~(笑)。

3)飛鳥の「ア」はを意味する大陸渡来語、「ス」はウグイス、カラス、キギス、ホトトギス、カケス等の「ス」は鳥を示す接尾詞でシュメール語でも「鳥」。つまり、「アス」は牛の鳥を意味し、角が二本あるように見えるミミズクを指し、「カ」はアイヌ語の「糸」で転じて「血統」「一族」を意味し、アスカとは「フクロウの一族」「フクロウ信仰の一族」の意味になるという説もある。

フクロウはイルミナティの象徴でもあるが、特に耳の立ったミミズクはバアル神を彷彿とさせ、米国支配者層が集うボヘミアン・グローブのマスコットとなっている。イルミナティと何か関連を窺わせる陰謀論者向きの語源ではある。

ボヘミアングローブ
(ボヘミアン・グローブ)

4)日本地名の多くがアイヌ語から来るが、アイヌ語で「アシ」は「立つ」、「カ」は「表面、上面」の意味があり、つまりアスカは「立てる・上の所」、転じて「鳥が飛び立つ処」だという。先のナスカのUFOや天女との絡みでウンウンと納得してしまいそうな解釈ではある。

5)ヘブライ語で「幕屋」(移動式神殿)を意味する「ハスカ」が「アスカ」の語源とする説。これは語り部も採用している説ですが、飛鳥地方は道教と原始キリスト教を信仰していた初期大王家(カド族)の御所造営地であり、何らかのユダヤ式礼拝神殿があったと睨んでいて、オイラも賛同している内容です。

天の神に鹿の焼く香を捧げるユダヤ式犠牲儀式が行われたのが天香具山ですね。ズバリ飛鳥地方にあります。

makuya.jpeg
(ハスカ)

幕屋にも2つの種類があり、1つが「モーセの幕屋」。もう1つが「ダビデの幕屋」です。「モーセの幕屋」は上図のように祭壇、洗盤、聖所、至聖所からなる神社形式に似たもの。一方、「ダビデの幕屋」はアークを庵で蔽っただけの簡素なもので、誰でも「契約の箱」を直接眼にすることが出来たという。

ダビデの幕屋

ダビデによって幕屋がシオンの山の上に建てられ、そこに据えられたのが「ダビデの祭壇」ですが、これは1週間に渡り24時間の絶え間無い祈りと礼拝が捧げられるのが特徴。神殿で働くレビ族の関与を排除できた点で、これはダビデの礼拝改革だとも云われている。

ダビデの祭壇

近年、プロテスタント系のキリスト教会、特にペンテコステ派では後者の「ダビデの幕屋」の回復運動が活発になっているというが、これは旧約聖書『アモス書』9章11節~15節で書かれている内容が根拠なのだという。

その日、わたしはダビデの倒れている幕屋(仮庵)を起こし、その破れを繕い、その廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直す。これは彼らが、エドムの残りの者と、わたしの名がつけられたすべての国々を手に入れるためだ。

つまり、主の再臨の時にはダビデの幕屋が回復する時なので、幕屋回復すれば、それは主の再臨の時だという論理ですが、普通、これをマッチポンプというのだが、、、、

この2種の幕屋様式に関しては、2つの派閥が反目して存在している。

1)ダビデの幕屋派・・・祭司ベレヤ、ヤハジエル、アサフとその兄弟
2)モーセの幕屋派・・・祭司ツァドクとその兄弟たち


日本の神社形式が「モーセの幕屋型」なのは、ツァドク派に属するレビ族が渡来してきたからでしょうか? しかし、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」と云われる伊勢神宮の奥の院では「ダビデの祭壇」と同じ祭祀が行われていると名無し先生は云う。

この二重性をどう理解したらいいのでしょうか?

シナイ山に簡素な庵が据えられ1週間に渡って24時間の絶え間無い祈りと礼拝が捧げられたのと同様、朝熊山山腹に建てられた明星堂において、同じような期間、犠牲の祭祀が行われているのだろうとオイラは睨んでいる。

奥の院
(朝熊山を望む奥の院)

元々、標高555mの朝熊山(正式名称:朝熊ヶ岳)は古代から聖なる祈りの場であったことはよく知られており、約40基の経塚が存在し、今でも「岳参り」が行われている。

明星堂
(明星天子を祀る奥の院の明星堂。内部の祭壇前は水槽になっている。)

明星堂の方が伊勢内宮外宮よりも創建が古いと云われている。後に空海が地殻に金剛證寺を建立した。もしかしたら、明星堂の祭祀施設とは初期大王家(カド族)に属する天武天皇の私設祭祀場だったのではないのだろうか? 

シナイ山は「常燔祭」の場であったわけですが、これと同様、金神の石碑がある美濃尾張境目の弥勒山は、初期大王家が渡来後に「国見山」として鹿の焼く香りを天の神に捧げる「燔祭」を行っていた場所だと語り部は述べていたが、その後、徐福残党を狩る東国への遠征時には場所が遠いことから、祭祀の場所を伊勢に移したという。

朝熊
(古伊勢湾は金華山、春日井の麓まで海だった。)

古代伊勢湾
(古伊勢湾)

朝熊山は伊勢湾が一望に見渡せられる為、「国見山」として実に相応しい場所であり、ここを鹿の焼く香りを天の神に捧げる「燔祭」の場として設定し、後年、天香具山が移転した後、シナイ山とダビデの幕屋の事例に倣い、朝熊山山頂を見据える山腹に明星堂を建て、ここでダビデの幕屋祭祀を行っていたのではないかとオイラは睨んでいる。
※以前、オイラは外宮・多賀宮を「国見山」に比定してしまったが、あの高さ(20m)では相応しくない。

で、これが伊勢参道の灯篭にダビデの六芒星が刻まれる真の理由ではないかとも睨んでいる。京都賀茂の陰陽道では表は安倍清明の「セーマン」=ソロモンの星=五芒星で「陽」、裏が1つ足したダビデの星=六芒星で「陰」として表裏一体とされているが、これが伊勢神宮と奥の院が「モーセの幕屋」(再現がソロモン神殿)と「ダビデの幕屋」という二重構造になっている理由ではなかろうか。

伊勢 真名井
(伊勢参道だけでなく、籠神社奥の院・真名井神社にもダビデの六芒星)

となると、明星堂内に設置されるのは、、、、契約の箱だな(ふふふふ)。

その後、ツァドク(サドク)派が渡来して来て、盤座で祈る「ダビデの幕屋型」の古神道を「モーセの幕屋型」の神社形式に改めていったのかもしれない。当然、「契約の箱」は神殿の至聖所に安置されなくてはならず、それを安置する場として内宮として整備されていったのだろう。ただ、表向きは隠さねばならないので正殿には祀られずに地下神殿にでも仕舞っているのかもしれないが、、、、あるいは未だ奥の院にあるのか?(笑)
※ヴェネツィアのサンマルコ寺院には「至聖所」と「聖所」に分かれている古い形式でがあるが、現在のローマ・カソリックの祭壇には「至聖所」と「聖所」の区別がなく、どちらかと云えば「ダビデの祭壇」に近い構造。キリスト教ではある時から「モーセの幕屋型」は排除された。これはバチカンに潜り込んで主流派となったのはツァドク(サドク)派とは反目する勢力ではないかと睨んでいるが、「ダビデの祭壇派・・・反ツァドク派-バチカン-地祇系(扶余系カド族)」と見事に繋がる。

ツァドク(サドク)派の特筆すべき祭司はエゼキエル。預言者としての方が知られていますが、BC6世紀、レビ族アロンの血筋である彼が南ユダ国捕囚の地バビロニアで興ったユダヤ教信仰をリードした。ツァドク(サドク)派=サドカイ人=神殿派であり、後のイエスの時代の神殿破壊&ディアスポラまでで息長らえたが、その後霧散したという。

このツァドク(サドク)派の源流は前10世紀のユダ族のエッサイの子ダビデ王からの次王の継承指名にある。

最初、エジプト派であるイズハルの流れの祭司サムエルがエフライム族のサウル王からユダ族のダビデに乗り換え頭に油を注いで王としたが、今度はエフライム族に属するもーぜ&アロン末裔の祭司ツァドク(サドク)がダビデの子の中から正統ではない家臣ウリヤの妻バト・シェバとの不義関係から生まれたソロモンを次期王に選んで頭に油を注いだところからサドク派の歴史は始まる。しかし、またソロモンは初めて恒久的な建築物である「ソロモン神殿」を建てた。この神殿を仕切ったのが北イスラエル族側のサドク派ですが、それまでは質素な幕屋に保管されていたモーセの十戒石、アロンの杖、マナの壷、それらを収める契約の箱アーク...等は元々、北イスラエル族に属する聖遺物であった。その後、ソロモンはエジプトのファラオの娘を娶りエジプトの属国化政策と自分の出身部族であるユダ族を優遇を始めた。

ダビデ王指名の時からイズハル派閥とユダ族の蜜月関係が始まるのですが、次代のソロモン王は更にユダ族側ばかり優位な政策を進めた為、ずっと快く思っていなかったエフライム族を筆頭とする北イスラエル十支族側との溝が大きく広がり、統一王国を離脱して北イスラエル国に分離してしまった。多分、この時、北イスラエル族に属する聖遺物は持ち去られたと睨んでいる。これがバビロン捕囚時に神殿聖所にアークが存在していなかった理由でもある。
※現在ユダヤ教主流派であるファリサイ派は「戒律派」といえる派閥で、シナゴーグ(会堂)でのラビのよるタルムードを基にした教説を最も重視し神殿はあまり重要視していない。また第三の派閥・エッセネ派は自らの肉体を神殿とする思想を持つ。

このツァドク(サドク)派とファリサイ派の確執が、キリスト教に移ってからも神殿重視、教説重視の姿勢として表れ、結果、ツァドク(サドク)派が追い出される格好で日本に渡来してきたのだろうか?

明星天子とは、明星=虚空蔵菩薩の化身=金星=ルシファー=ダビデ末裔=再臨のイエス=金神(スの神)でもありますが、ギリシャ神話ではゼウス(マルドゥク)とは木星(ジュピター)を指し、ゼウスの額が割れて誕生したのが金星(ヴィーナス)。ヴェリコフスキーは木星の大赤斑から金星が誕生した天体現象がこの神話のベースになっとた述べているが、そしてこの金星は地球に何度も接近し甚大な被害を与えたという。これが金星が墜天使とされ、悪魔的なものと称されるようになった理由だという。

ベルファシ勢力の貴種は「ジュピターの子」と称しているが、これはマルドゥク末裔の貴種であることを誇って云っているのだが、やっていることが「墜天使」なったルシファーにダブる。

話はアスカに戻るが、万葉集ではアスカ(明日香)の枕詞(まくらことば)は「飛ぶ鳥の」になっており、ここから「飛鳥」という音写が当て嵌められたのです。

飛ぶ鳥の 明日香の河の 
上ッ瀬に 生ふる玉藻は
下ッ瀬に 流れ触らふ 玉藻なす


うっ、玉藻、、、玉藻前!!!

ここにも白面金毛九尾の妖狐が関与していたのか、、、、

AOA55.jpg
(7人のエロ天女 エース・オブ・エンジェルAOA)

綾波チョア~!!!
サランヘヨ~


スミマセン。取り乱してしまいました(滝汗)。

しかし、確かに云われてみれば「白面金毛九尾=九天幻女=ダーキニー=天女」という図式から、飛ぶ鳥とは「天女」を指しているようにも見えてくるのです。事実、天女の着る「羽衣」とは鳥の羽根で出来たもので、まさに鳥という形容が相応しいのですね.。

天女

この「飛ぶ鳥」というのが実はUFOを表しているのではないかという推論もあるが、確かに「アスカ」は謎の地上絵のある「ナスカ」と似た言葉であり、何となく説得されてしまう(笑)。

一方、ジェシカの語源は男性名ジェセ(Jesse)の女性形。旧約聖書に登場するダヴィデの父エッサイ (Jesse) に由来する。

「イザヤ書」にはエッサイの子孫から公平と義なる裁き主が誕生する事が預言されている。『新約聖書』ではエッサイをイエスの先祖のひとりに位置づけ、イエスはベツレヘムにおいて聖母マリアから生まれたとした。このイエスとマグダラのマリアの子孫と自称するのがメロビング朝(フランク帝国)で、ヴェルフ、ヘッセンの血筋=ジュピターの子である。

「イザヤ書」 11章 1 - 2節には、、、

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。


と書かれ、これを表したのが「エッサイの木」ですが、横臥したエッサイの腹部から樹が伸び、途中、ダビデ、ソロモンという伝説の王を配しながら最上段にイエスを抱いた聖母の姿を描くのが基本構図になっている。これでイエスのユダヤ救世主としての正当性を強調していたわけです。

エッサイの木
(エッサイの木)

だだ、何故、救世主がダビデの末裔ではなく、エッサイの末裔という表現をしているのだろうか?

エッサイには8人の息子がいたとされるが、ダビデはその末子。

このエッサイの流れの中からエッセネ派が生まれ、このエッセネ派の文献が死海文書。この死海文書をストーリーに取り込んだのがエヴァンゲリオンであり、エッセネがエッセンとなりヘッセンとなった。また、このユダ族・ダビデの父エッサイからのもう1つの流れが紀元1世紀にローマを出た南イスラエル海洋族であり、稲作と天孫降臨伝説を日本列島にもたらした天孫系。平氏という武家集団を作り、やがて南朝となっていった。

まとめてみると、、、

エッサイ - 息子A・・・エッセネ派 →ヘッセン
      - ダビデ・・・サドカイ派(サドク派) →天孫系(南朝・平氏)

イズハルの流れ(サムエル) - バチカン - 北イスラエル →地神祇系(北朝・源氏)


メーソン、イエズス会を潜り込ませて、この2つの派閥をコントロールしているのがエッセネ派=ヘッセンということなのだろうか?

朝倉山の「天香具山」祭祀場を引き継いだのが北イスラエル族系の天武天皇の私設祭祀場だったのですが、天孫系の桓武天皇がここを空海に整備させ仏教拠点に改変して隠蔽化。更に天孫系(ユダ族)救世主の雛形・ダビデを祀らせてして奥の院化。元々、縄文の水場の神・瀬織津姫を祀る五十鈴川の畔の地にユダヤソロモン神殿と同じ警備方法や神官衣装をさせて伊勢神宮として二十年毎の遷宮を行う神殿を整備した。

伊勢神宮の奥の院がユダ族の王ダビデを祀る理由がコレなのですが、コア部分が地祇系、ガワ部分が天孫系という二重構造を持つが故に、神殿造営した桓武r天皇すら参拝に訪れず、その後の北朝天皇も参拝を一切出しなかったのだろう。

だが今、出雲と伊勢の同時遷宮を始め、出雲大宮司家と現皇族の結婚、草薙剣の伊雑宮への委譲、、、、鶴(天孫系)と亀(地祇系)が統べり始めている。その先には、籠の中の鳥、、、つまり天女(ケルビム)を飾りに付けた箱のカイジがあると睨む。

いよいよ契約の箱(アーク)が出やる時が近づいたのかもしれない。この箱が出れはフサフサが有利となるのは確実。南朝のビリケン広飲み屋がエッサエッサと担いで向かう先はエルサレムなのか? それとも京都なのか?

ファチマ第三の預言と三川生命の木の儀式

コメントでファチマ第三の予言に触れられていました。

おおっ、そうだそうだファチマがあったあった。

ファチマの預言は、1917年5月13日から1917年10月13日の間、ポルトガルの小さな町ファティマのルシア、フランシスコ、ヤシンタら3人の子供の前に現れた聖母マリアの予言。半年間、毎月13日の同じ時刻に子どもたちと会い、聖母は6回にわたって三人の子どもたちに恐ろしい未来予言をしたという。

この話を聞き付け、何万もの群衆が集まったが、彼らの前に太陽が狂ったように回転して見えたり、水源のないところから水が湧き出したり、その水を飲む者に奇跡的な治癒があったりしたことからバチカンが奇跡として公認しているが、何故か、第三の予言だけは長年にわたり秘匿。

ファチマ
(ファチマの奇跡を報じるマスコミ)

60年代に閲覧したローマ教皇ヨハネ23世は内容に絶句して再度封印し、次代教皇パウロ6世も再度封印を解くもあまりの内容にショックを受けて卒倒。数日間人事不省になったという曰く付きの予言であり、「これは人の目に絶対に触れさせてはならない。私が墓の中まで持っていく~」といって発表を差し止めてしまった。

この当時から既に心当りがあったのでしょう(ふふふふ)

公開された「第三の秘密」は「一群の兵士達により白衣の司教ら大勢の高位聖職者達が射殺される。同じように他の司教たち、司祭たち、男女の修道者たちと様々な立場や階級の信徒たちも殺された。」とあるが、これは1981年の教皇暗殺未遂事件のことだとバチカンは言っている。
※1981年5月13日、ヨハネ・パウロ2世はサンピエトロ広場にてトルコ人マフィアのメフメト・アリ・アジャに銃撃。銃弾は2発命中し、ヨハネ・パウロ2世は重傷を負ったが、奇跡的に内臓の損傷を免れ、一命を取り留めた。

しかし、内容にあまりに食い違いがあり、「第3の預言」の内容を知っているルシアは「それはほんの一部で、バチカンは嘘をついている」と司法省へ提訴している。

ベネディクト16世
(シスの暗黒卿ことベネディクト16世 何故か教皇辞任)

そして、下記がベネディクト16世が世界各地のカトリック指導者に送ったというファチマに関する預言内容。

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二〇世紀後半、神の大いなる試練が人類の上に下るでしょう。民衆は神の恩恵を足蹴にして、 各地で秩序が乱れ。国の最高部を悪魔が統治し、物事の成り行きにまで影響を与えています。 また、科学者の心のなかにも混乱の種をまき、全人類の大半を、一瞬のうちに滅ぼすような武器を作らせることになるでしょう。

そして各国の指導者らを悪魔がみちびき、このような破壊的な武器をたびたび使用させることになるでしょう。 もし民衆がこのような悪魔に対して、正義の抵抗を試みなければ、聖母マリアはキリストの手を借りて、懲罰を下さねばならないでしょう。

そのとき神は、ノアの大洪水よりさらに悲惨に、激しく人類を罰せられるでしょう。悪魔が互いの対立を引き起こし、枢機卿は枢機卿に、司教は司教に戦いを挑み、ローマにも大きな変化が起こるでしょう。

二〇世紀後半に、かつてない巨大な戦争が起きるでしょう。火と煙が天から降り、大洋の水は水蒸気のようにわきあがるでしょう。 その難関によって、地上の多くのものは破壊され、無数の者が滅び去るでしょう。生き残ったものは、死者を羨ましく思うほどの苦しみに襲われるでしょう。

最後のときが近づいて、人類がみずから改心しなければ、とくに教会や国の上層部が改心しなければ、世の苦しみは深刻化し、小さき者も善き者も悪しき者も、牧師はその信徒と共に、世の支配者はその民と共に滅びていくことになるでしょう。

いたるところで死が勝利の歌を歌い、荒れ狂ったものが凱歌をあげるでしょう。彼らは唯一の支配者、悪魔の配下なのです。多くの民族が地上から姿を消すでしょう。祈りと苦行ををもって向かわないならば、ロシアがいましめの鞭となるでしょう。 悪魔は聖母に対して、決定的な戦いを挑むでしょう。

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これぐらいの内容で教皇が卒倒するだろうか?
やはり、これも全く真実ではない。

板垣英憲はこう書いている。

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■吉備太秦からのメッセージ①「ファティマ第三の予言」についての解説
ローマ法王ベネディクト16世が ファティマの第三の予言をもう公開しなければならないだろうと思い、世界主要国のカトリックの指導者に書簡をしたためて送った。日本では函館のトラピスト修道院院長に送られてきた内容は、サタンが世界を支配し人類の93%は死滅し残された7%も地獄を味わうことになるので悪魔に気をつけろというものだった。

そのため、2012年 2013年 ハリウッド映画は地球の人類が滅び富裕層がスペースコロニーを作って、そこに行ってしまうとか、トム・クルーズの映画では地球が滅んで1人だけ生き残るなど世紀末的ストーリーの作品ばかりだった。

ところが本当の予言の内容はこれとはまったく逆で、ベネディクト16世が書簡にしたためていたことは嘘だった。

悪魔とは天使が堕落した姿 堕天使(だてんし)のことを言う。

宗教を司っている者 世界を支配している者どもは皆殺しにされると書いてあったのである。キリスト教の頂点に立つローマ法王ベネディクト16世はその内容に卒倒し 死にたくないので 逆に書き換えて世界に送ったのだ。

「ファティマ第三の予言」の本当の内容は、悪魔が支配してこの世を滅ぼそうとしており、地球が滅亡する危機を迎えるけれども東洋の島国から救世主が現れて世界を救い、本当の神の国をつくるというものなのである。

ユダヤの長老も「死海文書」「黙示録」に21世紀に地球が滅びようとするときに極東の島国から救世主が現れて世界を救うと書いてあると語っている。

(板垣英憲・著『縄文八咫烏直系 吉備太秦と世界のロイヤルファミリーはこう動く』より)

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多分、これが内容的には正解だろうが、ここには具体的な描写が抜け落ちている。

ただ、「悪魔=堕落した聖職者&支配者層」
これは間違いないことですね。

事実、カトリック教会の児童への性的虐待事件がありました。アイルランドでは70年代から2000年まで30年間、同国のカトリック神父ら数千人が約14、500人の少年に小児性愛行為を犯し教会が隠蔽。米国でもボストン司教区神父80人が60〜70年代に犯した小児性愛罪で起訴。米カトリック教会は被害者に賠償金4 億3600万ドルを支払い。1950〜02 年、米国の4400人の神父による小児性愛被害者は1万1千人(賠償金計20億ドル)。これらの責任を取る形だけでなく、自身も隠蔽に関与したことでベネディクト16世は辞任。

過去、イエズス会や他の修道会がしてきたことは、奴隷売買、政権転覆、領地私物化...等、まるで「羊の皮を被った狼」や「悪魔」と形容できるようなことばかりであり、特にカソリックに国を奪われたフィリピンの現状は酷い。真実を知った庶民に皆殺しにされる要素は十二分にあるが、未だその洗脳は解けていない。これは日本でも同じ。

ファチマ第三の予言に関してはもう1つ別のものがあり、それはたった1人生き永らえカリシアのサンタ・ドロテア・デ・トゥイ修道院の修道女となったルチアが何度も幻視を体験し、1927年12月17日に、1917年7月13日に聖母が三人の子どもに語ったことを書き留めるようにとイエスが命じるのを聞き、当時を思い出して書き記したのが下記のもの。

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『左手に火の剣を持った天使が見えました。剣はきらきらと輝き火を発していました。それはまるで世界を焼き尽くそうとしているようでした。しかし聖母さまの右手から発するまばゆい光に触れると炎は消えました。』というくだり。

天使は右手で地上をさし、大声で言いました。
『悔い改めよ!悔い改めよ!悔い改めよ!』

そして私たちは、神の大いなる光の中にそれを見たのです。(それはまるで鏡の中に通りすぎる人の姿が映るかのようでした)。それは白い服を着た司教でした(私たちは教皇聖下だという気がしました)。

ほかにも大勢の司教、司祭、修道士、修道女がけわしい山をのぼっていました。山の頂上には、コルクガシのような樹皮のついた生木の幹でできた大きな十字架がありました。教皇聖下はそこに着く前に、ほとんど廃墟になった大きな都市を通りすぎました。教皇聖下は半ば震え、ふらつく足取りで、苦しみに打ちひしがれながら、途中で出会う死者の魂のために祈っていました。

そして山の頂上に着くと、大きな十字架の足元にひざまづき、兵士の一団に何度も銃で撃たれ、矢を射かけられて、殺されました。同様にして、司教、司祭、修道士、修道女、さまざまな階級と社会階層の男女の一般信徒が殺されました。十字架の二本の腕の下には、二人の天使がいて、それぞれ手にクリスタルのじょうろを持ち、その中に殉教者の血を集めて、神に近づこうとする魂に注いでいました。1944年1月3日』
(ベルナール・ルコント著『バチカン・シークレット』P320より)



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やはり、このぐらい鮮烈な描写でないと卒倒はしないだろう。聖マラキ預言からは現教皇が最期の教皇「ローマ人ペトロ」となるが、奇しくもバチカンを裏支配したイエズス会初の教皇でもある。

この時、ローマは廃墟状態という描写になっているが、これは聖マラキ預言の「ローマびとペトロ、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る。終わり。」と共通のヴィジョン。欧州が荒廃してこの預言通りになるかは不明ですが、バチカンを取り巻く状況はこの預言通りなのが不気味です。

以前、ヨハネ・パウロ2世がファチマの予言を公開した時には、あれは「1985年の教皇暗殺未遂のことだった」と真っ赤な嘘を云っていましたが、そんな些細な小さなことではなく、第一の預言がWW1,、第二の預言がWW2なら、第三の預言はWW3というのが当然の流れですね。

だから、上記内容はWW3の時の描写なのだろうと思う。

ファチマの聖母預言が第一次大戦の終結、二次世界大戦の勃発を予告したと驚かれるが、実は、第一次世界大戦(1914年~)、第二次世界大戦(1939年~)、第三次世界大戦(????年~)の勃発に関しては、既に今から140年以上前の1871年8月15日にメーソンの南軍将軍アルバート・パイクがイタリア建国の父であるジュゼッペ・マッチーニに宛てた書簡で既に述べている。

これはファチマの奇跡の45年も前の話なのです。

何万もの群衆が狂ったように回転して見えた太陽などは集団幻覚の類であるが、1897年3月にイタリアのグリエルモ・マルコーニは約6kmの距離でモールス符号を伝送する実験に成功、さらに1901年にはテスラがJPモルガンの援助で無線電力伝達の「世界システム」を完成させており、ある特定の周波数域が精神に影響を与えることも判明している。こういった無線で遠隔的に人を操る技術基盤は既に出来上がっていたのです。

テスラの「世界システム」は無線による電力伝達だけでなく、気象操作も精神操作が可能なHAARPの元であり、パルス化された無線周波の照射は環境に振動パターンを作り出しこれが脳に影響して重度の生理学的混乱または知覚のゆがみや方向感覚の喪失が起きる。ファチマの太陽グルグルはまさにこの方向感覚の喪失ですね。近年のクジラやイルカの集団座礁、ダイオウイカやリュウグウノツカイ...等の深海生物の浮揚、葛西臨海水族園のマグロ全滅もこのHAARPの気象操作時の電磁気パルスによる磁場の乱れに伴う方向感覚の喪失。

パイクによると、WW1はロマノフ王朝破壊とロシア簒奪、WW2は中東の火種となるイスラエル国建国、WW3はイスラムとシオニズムの対消滅が大戦の目的。現在、ISISを使ったイスラムイメージの悪化と恐怖拡散、HARRPを使った異常気象の頻発化、経済破綻を口実にした戦争経済への移行として現れている。

つまり、ファチマの予言はこの書簡内容の焼き直しであり、マッチポンプ予言の一種だろうという感触をオイラは持っている。ただ、この企みも国際秩序派=米国北軍派が裏を仕切っているからかもしれないが、WW1、WW2の時のように上手くいっていない感じがする。

第二次世界大戦のアジェンタ(日程表)が確定したからファチマで公表拡散したのであり、第三次世界大戦のアジェンタが固まっていないから1960年公開が先延ばしされたのであり、未だ正式に発表されないのは全く上手くいっていないからだろう。

問題は「東洋の島国から救世主が現れる」という点ですが、まぁ、これが日本だと云われている。ただ島国は日本だけでなく、実はフィリピンかもしれないし、あるいは台湾かもしれない(笑)。

パイク書簡には、WW3の後には「キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる……」と結んでいるが、これが「東洋の島国から救世主が来る」という内容に変換されているだけのこと。しかも、それは板垣氏&縄文八咫烏直系・吉備太秦が述べている見解であり、ルチアの書いた内容には一切出ていないのです。

自勢力への我田引水的な予言付加なのだろう。

板垣氏は有名なオザワン・シンパですが、オザワン-中国-ロス茶-イエズス会-地祇系-北イスラエル族-北朝派-近衛閥ですね。だからロックが検察を使ってオザワンをコテンパンにした。また、何でもかんでもロックがやったと結び付け中国を一切非難しないRKもロス茶勢力の工作員だと云われるが多分そうだろう。しかし今はBFの管理下にある(笑)。

この本のタイトル名である吉備太秦とは、秦氏の中にある2つの流れ、「スサノオ系(カド族系)秦氏」と「徐福系(マナセ族)秦氏」のうち、前者のことを指しており、これが地祇系なのである。いづれも秦の始皇帝絡みで渡来した勢力であり、1つに纏めるのも無理からぬことではある。吉備は北イスラエル族が押し込められた地であり、ここから出ているのが蘆屋道満らの吉備陰陽道の吉備賀茂氏。表の「九字切り」、裏の「十字切り」を旨とする原始キリスト教徒であり、京都太秦は長屋王で王族を失った全国に散らばる「スサノオ系秦氏」の情報中枢拠点でもあったが、騙した側と騙された側を「正反合」で秦氏としてまとめ上げたのは天神系の秦河勝である。
※初期大王家のカド族末裔と徐福末裔はまとめて秦氏として纏められ歴史の闇に葬られた。これが伝承に官の手の加えられた『伯耆国風土記』で「スサノオ=徐福」とされている真の理由。これ故、歴史を洞察するにあたり、巷に存在するスサノオに関しては、この2つのどちらのことであるかを峻別する必要があるのです。

出雲王
(出雲王 半島からの渡来勢力=スサノオ  十字架は原始キリスト教信仰の証か?)

地祇系と云えば大本がまず浮かびますが、彼らは客家・九鬼家に影響を受けて、出エジプト時の「モーセの奇跡=エジプト魔術」由来のマッチポンプ手法を学んだ漢(あや)人であり、緑のカラス傘下の団体。大本の聖地は発祥地の綾部、亀岡ですが、実は隠された聖地として東三河がある。これは元々、東三河は道教聖地で徐福国であった神仙郷であり、秦の始皇帝以来の道教信奉と扶余国由来の原始キリスト教信仰をしていた地祇系カド族で景行天皇(倭讃)・用明天皇(倭明)・高向王(聖徳太子)・天武天皇(倭武)・文武天皇(倭幼武)・長屋王らが属した初期天皇家(上宮)の「壬生の地」であった関係からくると睨んでいる。
※景行天皇は照山麓に宮を築き居住。天武天皇は新城(ニイキ)に遷都しようとした。

また、伊勢外宮宮司家の度会氏は大本の出口家と姻戚関係にあり、大本のウシトラノコンジンは奥の院の牛と寅を見ても分かるように伊勢神宮と関係が深い。また、熱田神宮の尾張氏も地祇系に属しているからこそ伊雑宮への草薙剣移管もある。また豊川稲荷のある寺院は南朝遺臣を弔う為に建立した北朝派の仏教拠点でもある。豊川稲荷も外宮境内の豊川茜神社も北朝(地祇系)の金庫番の恵州客家末裔の九鬼家と繋がっているが、『九鬼文書』で登場するのがウシトラノコンジンなのです。

3.11はロス茶が進める北朝鮮金融センター化に住民移動させる策謀だったという話がありますが、これはネオ満州国のことだろう。これだと3.11は地祇系が起こした国内二分策となり、水素ガス社会への転換も地祇系保有技術であることから一応筋は通る。

しかし、「京都が日本の中央になると唱える方達には共通項があり、後醍醐天皇由来の南朝派閥であり、カラスが繋ぐ人脈である事です。彼らが口にした予言を現実にする為、東日本を人間が住み難い環境にされてしまう事は、何としても阻止しなければいけませんね。」という名無し先生の指摘がある。彼らが3.11で東北を住み難い環境にして予言を実現化しているようで、綾部が世界の中心になるという大本も東経135度が中心になるという「ガイアの法則」も南朝派閥になってしまう。
※北と南の書き間違え?い、いやいやワザワザ後醍醐天皇由来とまで書いているので誤字ではないだろう。

大本は北朝(地神祇系)ではなかったのか? 北朝の3トップのサンカ・アヤタチの上田家の息が掛かって設立された大本は北朝派閥に属さないのか? オイラはまたどこかでボタンの掛け違えしてしまったのか?

う~む、段々、訳が分からなくなってきた(滝汗)。

現●室は明治期の九条家や客家からの輿入れから打って変わり、部落地域・館林からの輿入れや海外マスコミでは知られている最下層カーストに属した小●田家とかの地祇系と思われる輿入れが続く。現在の3トップは相変わらず九条なのかチト不安になってきた。

この辺のことは、また別記事で詳細に洞察しよう。

さてさて、ここでいう「東洋から来る救世主」は、バチカン-ナチスー緑龍会-地祇系-出雲族-北朝-大本-伊勢神宮という流れから、現在、地祇系の古社を中心に進められている儀式。つまり物部系神社で進められている伊勢三宮に旧約・新約の聖遺物を集合させ、ダビデ再来=再臨のイエス=救世主を建てようという計画と関連していると睨んでいる。

この救世主となられるのは、、、、

新世界の福の神・ビリケン広飲み屋ではないかとオイラは睨んでいるが(爆)、しかし、モルモン教の飛鳥氏が大本との絡みで暴露している点や儀式が地祇系が深く絡んでいるところを見るとそうではないのかもしれない。ベルファシ勢力と懇意の裏天皇家に繋がる貴種の可能性もある。

いずれにせよ、ビリケン広飲み屋を「哀帝」と見ているのは京都方面の勢力だすな。反目する日月神示側はビリケン広飲み屋推しっぽい。

名無し先生の話では、、、

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第二次世界大戦終結時、サム・ブロンフマンは「イスラエル・ユダヤ更正全国協議会」を設立した。 ブロフマンは、全米犯罪シンジケート(NCS)のトップ、ユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)の最高幹部、世界的ウイスキー製造メーカー「シーグラム社」の会長である。

NCSは古くからアメリカのシオニスト組織に何百万ドルも献金、シオニズム運動を支援してきた。 米国内でイスラエルに強い影響力を持つ勢力とは、こうした一般的にマフィアと言われる組織とその周辺企業や関連宗教団体。 こうした米国内社会不安、犯罪を作りだす勢力と並列に動いているのが、 モルモン、エホバに代表される、キリスト教の仮面をかぶったユダヤ原理主義団体。

彼らの唱える終末論に当たる戦争、混沌を作りだすのが上記の犯罪組織や傀儡国。 解決策はキリストの生まれ変わりである、メロビング朝の血を引くジュピターの子による千年王国の再来と教えている。 同時にキリストとマリア・マグダレーナの子の血筋がメロビング朝であるとの教えである。

双方の司令塔として、世界に3つ作られた最高評議会の一つが米国で機能している、 メーソンを「自由、平等、博愛」を理想とする団体と信じた人々が中心となった国造りをした米国。 そのメーソンをコミュニスト活動によって、変質させた勢力が作ったのが3つの最高評議会である。 これらの活動の資金源及びマスターマインドが、このブログでも取り上げていた、
メロビング朝(フランク帝国)、ヴェルフ、ヘッセンの血筋=ジュピターの子である。

同様の血筋を引くとアジアで主張する勢力が「日ユ同祖論」「ふぐ計画」を展開し、現在も「ネオ満州国」の再興を志す活動を繰り広げている。 この勢力はシルクロードを経て、中国、韓国、日本へと、長期にかけて移動した者達で、日本のヤンゴトナキ血筋の一角を占めている。

この血筋の長男は、第二次大戦終結時に米国高官の養子となり、世界におけるいくつかの役目を与えられた。その一つが3つの最高評議会の内、米国に本部を置くリージョンの議長である。 このサティフィケーションを目にした人間は、殆どいないと思うが、明確に彼の名写真、パスポートNo.が、ピラミッドのマークと共に、組織の透かしが入り、謳われている。

彼は日本の大手指定暴力団、政府組織、宗教法人の一部にも大きな力を持つが、主体ではない。 これは、米国においても同様であり、HARPや米国軍事設備を自由に出来るというデマは事実に反する。ネット上で、こうした負の要素がクローズ・アップされ絶望を誘発する動きが頻発する理由を、洞察力がある方々は是非見抜いて頂きたい。

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シーグラム社は日本では麒麟麦酒と合弁会社キリン・シーグラムを設立していましたが、現在は合弁は解消し麒麟100%の子会社。麒麟麦酒は天神系の三菱グループですが、メーソン商人トーマス・グラバーが外国資本による香港国籍の新会社「ジャパン・ブルワリー(二代目)」を設立して引き継いだ会社というのはよく知られるところ。シーグラム社との合弁関係は「蛇の道は蛇」「餅は餅屋」なことかもしれない。日本企業の裏側が香港資本だったという客家支配の構図が透けて見えてくる話ですね。

メロビング朝の血を引くジュピターの子の中からベルファシ勢力が推す救世主と目される者が出てくるわけですが、一体誰なのだろう? 欧州のマウントバッテン・ウィリアムなのか? アジアにも同様の血を引く地祇系もいることから、このいづれかであろう。

しかし、最近、マウントバッテン・ウィリアムが来日して福島に行ったが、ウィリアムとメルケルの日中訪問は新基軸通貨体制の調印の為だと云われている。これによりドルは3月で消えるらしい。
※人民元を中心とした「通貨バスケット」だと云うが、、、金保有の裏付けのないものが果たして、、、

また、同時に安倍の後ろ楯(CiA-ネオコン-ナチス-イエズス会-地祇系)が完全に力を失い、今回も「ネオ満州国」の野望は潰され、今、安倍政権辞任ドミノが始まっている。この政権もそう長くは持たないだろう。安倍もイケイケで調子に乗って一線を越えてしまっただすな。これで安倍がいない2015年のエコノミスト誌の表紙内容は的中したわけだ。
※CIAの日本ハンドラーのトップであったジェラルド・カーティスの子分が小渕優子経済産業大臣と松島みどり法務大臣

マウントバッテン・ウィリアム
(マウントバッテン・ウィリアム)

地祇系が力を失ったことから、水素社会の目は無くなっただすな。世界は一気に電気自動車へ邁進する。また裏天皇に繋がる貴種の可能性は低くなり、フサフサなビリケン広飲み屋の目が浮上してきた。

フサフサか? ハゲか?

ここが勝負の別れ道。
いまのところハゲ有利に事は進んでいるが、、、、果たして、、、、

さてさて、ここで問題になるのが8月15日という日付です。

旧暦8月15日は仲秋の名月ですが、日本の終戦記念日(終戦の日)でもある。また8月15日は聖母マリア昇天日であり、かぐや姫が天に帰った日でもあるのです。
※かぐや姫は羽衣伝説同様、地上に降りた天女が再び月に帰っていく話ですが、蓬莱山に捨てた不老不死の霊薬から徐福へ繋がる。また8人の天女がダーキニーから空行母に至ってダニキ天、豊川稲荷、豊受大神(トユケ)に至る。

出口王仁三郎によって書かれた「霊界物語」のうち、1933年(昭和8年)10月4日(旧8月15日)~翌年8月15日に書かれた73~81巻からなる「天祥地瑞」は別名「8月15日の書」とも呼ばれるが、アルバート・パイクの書簡も8月15日の日付となっているのです。

かの勢力にとって8月15日は、どうも聖なる日らしい。

8月15日は日本のお盆でもありますが、この習慣は日本だけでなく東アジア全域に存在。お盆とは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」が正式の名称ですが、サンスクリット語の「ウランバナ」の音写語で、更に遡れば、古代イランの言葉(アヴェスター語)で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」から来ているともいう。ゾロアスター教における精霊・下級神フラワシ(人間に宿る魂のうち最も神聖な部分で、この世の森羅万象に宿りり自然現象を起こす霊的存在)の信仰が祖霊信仰と結びつき、「祖霊」を迎え入れて祀る宗教行事となった。これが盂蘭盆会の始まりですが、これもまた「ミトラ教」(ソロアスター教)の影響。
※正確にいうと「盂蘭盆会」は旧暦7月15日ですが、何故か8月15日に替わってしまっている。

洪水を起こした「契約の神」に負けないと誓い、バベルの塔建設の指導者であったノアの子クシュの子がニムロデですが、その母セミラミスは「バビロンの空中庭園」を造らせたと云われる。

バビロンの空中庭園
(「バビロンの空中庭園」を模したアクロス福岡)

このふたりは母子でありながら結婚。つまり、ニムロデの父クシュは死ぬ時にニムロデとその母セミラミスを結婚させたのです。セミラミスは近親相姦によってタンムズという息子を産むが、ニムロデの死後、セミラミスは夫ニムロデを「太陽神」に仕立て、自らを「月神」イシュタールとして神格化。また息子であり孫でもあるタンムズを「奇跡的に与えられた救い主である」と宣言して民に礼拝させた。その教えが女神が救い主である我が子を抱く姿の像として世界に広がっているが、これがカトリックのマリア信仰の源流。ファチマの聖母出現もこの流れの中にあるのですが、段々とファチマの構造が透けて見えてみましたね。

このセミラミスが月神ダイアナと称しているが、聖母マリア信仰を強烈に推したのはイエズス会である。
※聖母昇天祭は元々は1月18日に祝われていたが、皇帝マウリキウス(539年 - 602年)の時代に現在の8月15日と定められた。この変更の裏には何かあると睨む。

実は、8月15日はイエズス会の結成の日なのです。1534年8月15日、イグナチオ・デ・ロヨラとパリ大学の学友だった6名の同志(フランシスコ・ザビエルら)がパリ郊外のモンマルトルの丘の中腹のサン・ドニ聖堂に集まり、ミサで生涯を神にささげる誓いを立てイエズス会を創立。多分、この日を狙っての設立だったとオイラは睨んでいる。

Anunnaki maria
(母子像の原型)

さてさて、「ニムロデ」とはヘブライ語で「我々は反逆する」を意味し、狩人の英雄として知られている。

反逆する狩人、、、、つまり、オリオンですね。

オリオンは牡牛座の牡牛と戦う姿として伝えられていますが、「牡牛を屠るミトラス」がそのモデルでもある。 ここでいう牛とは「契約の神」であり、ニビル人の王座継承し牛の角のような王冠を頭に着けるアヌンナキ(地球攻略のニビル人)司令官のエンリルを暗に指し示しているのだろう。

ミトラス01

オリオン座はバビロニアではメロダック王、スカンジナビアでは巨人オルワンデルと呼び、聖書ではニムロデとあるのです。 またボルネオでは「片腕のない男」としての伝説が残されていますが、これが映画『スターウォーズ』でダークサイドに落ちたダース・ベイダーことアナキン・スカイウォーカーでもあるのです。

■アナキン・スカイウォーカー・・・ニムロデ
■アミダラ姫・・・セミラミス
■ルーク・スカイウォーカー・・・タンムズ


という関係になるでしょうか! アナキンとは空駆ける天空人・アヌンナキからきており、またアミダラ姫が「阿弥陀」からきており日本風衣装を着ているのもアヌンナキと日本との統合、つまり「亀」と「鶴」の融合でルーク(救世主)が生まれるという暗示になっています。

三川生命の樹
(この世は写し世であり、カバラ生命の樹とは鏡面反転して左右が逆)

蓬莱山~「原始人間」のアダムカドモン~ダアトである照山~伊雑宮を一直線に貫く「中央の柱」ラインが、徐福を祀る阿須賀神社からの「ロンギヌスの槍」。これは天叢雲剣のことでもある。その二重螺旋形態から「モーゼの旗竿」でもあると睨んでいるが、伊雑宮に同一とされた草薙剣を祀らねばならない理由でもある。

この巨大な生命の樹の完成によって、、、

アスカ(道士徐福)、レイ(蓬莱山の霊薬)、シンジ(不老不死の神人)というエヴァ徐福物語の「序破Q(徐福)」の儀式は完成する。
※徐福は日本に進んだ大陸文明という福音を齎したエヴァンジェリストでもある。

エヴァ01
(アスカの赤服は徐福が奉じた蚩尤の赤旗の色。徐福東渡2222年を暗示する弐号機を駆る)

大魔神コード「22」を持つ少女時代のジェシカはアスカを暗喩していたのかもしれない。徐福を祀る阿須賀神社も〒647-0022  TEL0735-22-3986 のように「22」の影響下にあるが、この「22」とは葦原中国に最初に降臨したニニギの「22」であり、不二・不死の「22」でもある。徐福が奉じたのは銅鐸神=蚩尤=大魔神であり、これ故に大魔神には「22」の数字が纏わり付く。

ジェシカ01
(ジェシカがチームに参加しない期間が空白989期間)

カバラ生命の樹で中央の「美」を示すのが【ティファレト】ですが、これが「御食津(みけつ)神」こと「三ケツ神」「三狐神」で示される豊川ダキニ天(九尾妖樹狐=狐に似たジャッカルの化身=ダーキニー=空行母=8名の天女=北斗七星&輔星)だと睨んでいる。

で、美しく可愛くキレキレのダンスをするのがAOAとベビメタちゃん。両者ともダーキニーを彷彿とさせ、ビッグフォックス=「みけつ神」の影響が憑き纏う。

3ケツ神05
(「三ケツ神」ことエロ天女AOA)

bm03
(「三狐神」ことベビーメタル)

ジャカルの化身であるダキニ衆(ダーキニー)のうち、最も力を持つものが白面金毛九尾妖狐だと睨んでいる。
※ジャッカルは日本には存在しない為、キツネに喩えられた。またジャッカルはキツネそっくりで鳴き声だけが犬のようであり、年老いて霊力が増したキツネだと考えられたのだろう。

九尾狐は中国では道教の女仙・九天玄女とも称されたが、インド~中国~韓国~日本に掛けて出現するのが白面金毛九尾の狐で絶世の美女。一般に九尾の狐は男を誑(たぶら)かす魔物のように捉えられているが、『周書』や『太平広記』などの史書では天界より遣わされた神獣とされ、平安な世の中を迎える吉兆、幸福をもたらす象徴の瑞獣(ずいじゅう)として描かれているのです。実際、悪政をしていた為政者は色香で誑(たぶら)かされ自滅を早めたので吉兆でもある。

この白面金毛九尾、つまり「現代の玉藻前」がオイラにとってはチョア様なのだすが、航空管制学部の大学卒のリケジョであり、性格の良さ、クールで上品なエロチシズムの「真・善・美」を兼ね備えた三相女神のような存在で、そして何より、あの魅惑のパワーボーカルに完全にノックアウトなのだす。

チョア50
(チョア様の流し目のチカラは杉良太郎を超えた。)

しかし、耐え切れずたまに変顔にもなるが、、、

チョア99

このダキニ天は豊受大神と同じく「トユケ(天女)」であり、「後戸の神」である摩多羅神(ミトラ神)でもあり、弥勒菩薩(マイトレーヤー、ミルク神)でもあるが、ニムロデの生まれ変わりのタンムズでもある。

この三狐神はオリオンの3つ星で示されると睨んでいますが、救世主登場の前に現れるメルキオール、バルタザール、カスパールの「東方の三博士(マギ)」でもある。またMAGIはゾロアスター教の神官を指す言葉でもある。

この3つ星が豊川稲荷(ダキニ天)であり、AOAやベビメタちゃんに霊的な力を与えているのですが、これと「▽と△のゼロポイント」の豊橋市章とが組み合わさると、、、

toyohasihi MARK
(ゼロポイントを示す豊橋市章。確かに中央構造線が通りセロポイント磁場の地ではある。ただ隆起によってゼロポイント磁場は薄れ、当初の神仙的気のは脆弱化した。今、地球規模の地殻変動で再び中央構造線に圧が掛かり、ゼロポイント磁場=気が復活するだろう。ちなみに豊川稲荷下に中央構造線が通過。)

オリオン座となるのです。
つまり、ニムロデ=タンムズのことですが、オリオンとは三川(東三河)を表している(爆)。

先立って地表から現れる3つ星はオリオン=ニムロデの再来を予兆する「東方の三博士」であり、つまり、東の地平から上がってくるオリオン座は「東方からやってくる救世主」でもあったのです。

オリオン
(片腕のないオリオンはアナキン・スカイウォーカーでも暗示)

伊勢神宮の奥の院が東北方向のウシトラノコンジンを指して明星堂で明星天子を祀った「ダビデの祭壇」儀式をしている理由でもあるが、豊川ダキニ天はまさに伊勢の東北方向なのです。この壮大な儀式の舞台設定には、豊川稲荷を篤く信仰し、サムソンの放ったジャッカルによって絶滅した故にダキニ天(九尾妖狐)を極度に畏れる恵州客家(ペリシテ人)の血を引く、陰陽師でもある北朝金庫番・九鬼家が背後で暗躍していたのは間違いないと睨む。

しかし、この儀式が真に意味していることは、単なる救世主の出現なんかではなく、オリオンのフォースを開放し、旧約聖書「ヨブ記」第38章31節の「プレアデスの鎖を結び、オリオンの綱を解く」ことであり、物質至上志向のプレアデス型の旧世界に引導を渡し、異なる志向を持つ新世界へ移行する儀式となるだろうと睨んでいるが、これがゼーレのシナリオとは違うシナリオに相当する。

オリオンのフォースの影響を受け、プレアデス(物質)志向の世界からシリウス(精神)志向の世界に転換されていくわけですが、ヒトはシト(変換人)と為り、「人ではないもの」に進化していく。これはオコツトもヒトラー予言でも云っていることですね。

これが新世界(変換人の世界)なのだす。

天叢雲剣と草薙剣

さてさて今回の記事は、前回AOAのミニライブに訪れた際、空き時間に参拝に行った熱田神宮に関する洞察です。

草薙剣、徐福、ニビルに関する洞察研究はオイラのライフワークなのだすが、ここから始皇帝、スサノオ、九尾妖狐、ダーキニー、豊川稲荷、北斗七星&輔星、オリオン3つ星、左三階松家紋、焼津神社、徐福国神都・家基津、熊野権現、蔵王権現、蘇民将来、豊受大神、摩多羅神、天武天皇、金首露王(扶余依羅)、邪馬台国、道教、バアル、フェニックス、蚩尤、兵主神、大魔神、サムソン、ジャッカル、アヌビス、アヌ王、エンキ、エンリル、客家(ペリシテ人)、九鬼家、大本、サンカ、ウシトラノコンジン、北朝&南朝、北イスラエル族&南ユダ国、ダビデ、御嶽山、ドルイド神官団、海の民、マルタ騎士団、アガルタ、ラウドラチャクリン、ビリケン広飲み屋、日月神示、ネオ満州j国、イスラエル第三神殿、鳥居強右衛門、東海三神山、ミドルアース(中つ国)、穂の国、ネルフ、マルドゥク機関、S2機関、チルドレン、AOA、ベビーメタリ、少女時代...等が密接に繋がって1本の線となって来ているのは驚嘆ですらある。

さてさて、伊雑宮遷宮を機に移管すると云われる草薙剣

当然、この話の真偽は分からないが、この話を秘密結社・ヤタガラスから聞いた話しとして飛鳥昭雄氏が声高に主張している。草薙剣といえば、熱田神宮の御神体なので、そんなこと有り得るのか?というのが第一印象ですが、今回、ここに的を絞って洞察してみます。

その一環とも云えるのが、、、、

本殿北西隅の禁則地にある一之御崎神社の創建以来始めての、つまり1900年ぶりの一般参拝開放ですが、この英断の裏にはきっと秘められた何かがありそうです。

熱田神宮の主祭神である熱田大神とは、草薙剣に宿った天照大神の御霊だとされている。そして、明治24年に尾張造りの社殿から唯一神明造りの社に「国費」で立替されるまで、何神剣(草薙剣)は脇の簡素な造りの「土用殿」に安置され祀られていたという。創建年代が正しいとすれば、その期間は1800年にもなって、ほとんどの期間、本殿に祀られていないとなる。

これは非常に奇異なことです。

土用殿
(土用殿)

由緒書きには、熱田神宮は草薙剣を氷高姉子神社から移して安置する為だけに創建されたのですが、草薙剣が御神体なのに本殿に最初から祀られておらず、更にほとんどの期間、本殿で祀られていないのです。しかも、祀られ始めたのが国家神道が勃興した明治期になってからのことであり、これは明らかに皇国史観を盛り上げる為の道具立てに使われたとみるのが妥当であろう。

草薙剣はある理由があって、決して本殿には祀ることが出来なかったのだと見る。その理由が何なのか釈然としないのだが、、、、

また、さらに不思議なことに一の鳥居の脇にエビスさんを祀る社や上知我麻神社と境内を共有した「別宮八剣宮」という社があるが、本殿に準ずる社格があると云われ他の摂社とは違い格段に壮麗。ここには熱田大神と草薙剣のフェイク(偽物)7振の神剣がここに祀られているといわれ、ただ本殿と違い天照大神の御霊だけが存在しない格好になっている。

う~む、普通は御神体の草薙剣を収めた土用殿の方が社格が上になる筈では、、、、?

本殿と八剣宮、、、この二重性はどう理解したらいいのか? 更に、本殿と土用殿の二重性の話も加わり、新羅僧により盗難後の返還...等、草薙剣に関しては謎が満ち満ちているのです。

社伝によると、別宮八剣宮は飛鳥時代末期の和銅元年(708年)、元明天皇の勅命により新しく神剣を作って奉納するために創建されたというが、延喜式神名帳には「愛智郡八剣神社」の小社と記されているだけで、社格の急上昇は平安末期になってからのこと。各時代を通じて武将の信仰が篤かったという。特に鎌倉時代末期の正応四年(1291年)の熱田神宮火災の際に八剣宮に納めて守護したことにより重要性は更に上昇した。

現在は伊勢神宮と同じく唯一神明造りの社殿であるが、かつては尾張造りで、旧社殿は現在、氷上姉子神社の社殿となっている。

八剣宮
(別宮八剣宮)

ここで草薙剣の歴史をざっと振り返ってみよう。

一般的にスサノオが天照大神に奉じた天叢雲剣が「草薙剣」と名前を変えたことになっていますが、この話の出元はこうです。

ニニギの天孫降臨の際、天照大神から与えられ、その後、宮中に安置されていたが、倭姫命によって八咫鏡と供に伊勢内宮に安置されたという。そして、日本武尊の東征の際、この神器を授与されて赴き、東国の地で狩りに道案内された時に周囲に火を付けられ、自分の周りの草を刈って燃やして難を逃れた為に「草薙剣」と呼ばれるようになったという。その後、東征から帰り、鈴鹿に赴く際に熱田に剣を置き戦いに出向いていって亡くなったという。この置いていった剣を安置する為に創建されたのが熱田神宮という。

普通、神宝を貸すだろうか?
戦さに負け、帰ってこなくなるリスクもあるというのに、、、
それも神宝中の神宝である天叢雲剣を!

貸したとすれば、形代(かたしろ)か、他の宝剣であろう。しかも、日本武尊の頃には伊勢内宮など存在していないのです。創建話とは違って内宮が完成したのは持統天皇以降のことで桓武天皇の御世の頃に国家守護の祭祀の場としてイスラエル神殿の形式を取り入れて整備された。

つまり、天叢雲剣と草薙剣は全くの別物であった。いつの頃からか2つの物が同じものとされてしまったが、これは先にも述べた国家神道による天皇のカリスマ化政策に起因していると睨む。実際、古事記、日本書記のどこにも「天叢雲剣=草薙剣」と書かれていないのです。単に神宝の剣を東征の際に授与したとある。剣を奉納して神宝とする例は数多くあり、伊勢内宮にもそのような剣は数多く存在しただろう。

神宝の剣=天叢雲剣というのは、ある勢力の拡大解釈に過ぎない。

「草薙剣=アロンの杖(モーセの杖)=ヤーの剣=八剣」という話もあるが、本殿で一緒に祀れない大きな理由がある為、本当は八剣宮に草薙剣が祀られているのではないだろうか?

確かに、武門の象徴である剣である為、武力介入による簒奪という可能性も他の神器以上に高い為、敢えて2重3重の防御策を施していて、本物の在り処を隠蔽する為に行われているのかもしれないが、あまりにも名前がそのものズバリなのは如何なものか。実際、草薙剣の盗まれないよう本物とは別の7本の剣を作り、一緒に奉納していると云われる。それらが奉納されているのが別宮八剣宮だと云われ、そうなると草薙剣は別宮八剣宮に祀られていることになってしまう。

しかも、この7本の剣と草薙剣の関係は、北斗七星と輔星の関係と全く同じで、参拝当日、オイラがミニライブに参戦したAOAとも同じなのである(爆)。
※あるいは北斗七星と北極星の関係かもしれないが、、、

波動を感じる人によれば、八剣宮の方が明らかに波動が高く清々しいという。

やはり、ここに草薙剣があるのではないか?
本殿とは違い、ここには24時間詰め監視員ボックスが正面に据えられ、非常に物々しいのです。

かつて草薙剣が盗難されたことがあるが、日本書紀には天智天皇7年(668年)に新羅の僧・道行が奪って清雪門から出て行った為、現在でも熱田神宮では清雪門は「開かずの門」にされている。道雪は新羅に向かって逃げたが、途中で風雨に遭ったため迷って帰ってきて天武天皇の宮中に安置されていたが、天武天皇が病を得た際に占いで草薙剣による祟りだと判定され、草薙剣は熱田に送り置いたという。

■草薙剣盗難事件(Wikipedia)

清雪門02

九州筑前の高倉神社社伝には、668年に新羅僧・道行に盗まれた草薙剣は海を渡る前に取り押さえられ、草薙剣を返却するまでの間、高倉神社に別殿を建て、更に7振の同じ剣を作って一緒に安置したとある。この逸話から高倉神社は「八剣宮」と呼ばれるようになったという。北九州に八剣神社が集中して存在する理由でもある。

さらに、七振の神剣と草薙剣を返納した際、熱田に八剣宮を移動したとあるのです。多分、こちらの話が本当のことでしょう。熱田神宮の伝承は嘘ではないが、意図的に詳細を省き敢えて誤謬を起こさせるような書き方をしている。つまり、元明天皇は高倉神社で造られた7振の神剣の保管場所として、最初は宮中に安置していたが、18年後、何らかの理由で熱田の地に別殿建立を勅命していたのです。

清雪門はもともとは本宮の北門で、668年に盗難に合い、故あって皇居に移っていた神剣が686年に熱田神宮に戻ってきて、神剣が二度と動かないようにと門を閉ざしたと云われている。神剣が戻ってきた喜びを表すのが「酔笑人神事」。

境内4箇所を、、、くほほほほほほと高笑して練り歩く神事なのです。

しかし、この清雪門の位置を見れば分かるのだが、本殿とは随分離れている。しかも北側にもない。ここに熱田神宮の古い地図があるのだが、ここでは明確に八剣宮を取り囲む塀の北門として清雪門が描かれているのです。この北門から新羅僧が持って出て行ったのならば、八剣神社(後の八剣宮)に草薙剣があったことになる。
※神剣が7倍になって戻ってきて「八剣宮」と名称が変わった。

八剣宮03
(八剣宮北側に「不明之門」とある。)

余談だが、この地図からは元々の熱田神宮境内はかなり狭かったことが分かる。

また、境内に「宮きしめん」の店があって、神聖な筈の境内では不浄ではないか?とオイラはずっと思っていたが、あれは本来の大神宮境内の外にあたり、千秋氏邸宅跡地であったから問題ないとなるが、現在の参道の両側の深い森はかつて寺院敷地であり、神仏分離で廃寺になった寺の敷地を境内化して拡張しているが、何故この時、宮きしめんを境内外に出さなかったのかは今だ疑問。

熱田マップ02
(③が一之御崎神社 ⑤が土用殿  清雪門は本来はもう少し西側、参道の反対側にあったのでは?)

別宮八剣宮こそが草薙剣を安置保管の場所だった。それは今現在も変わっていないと思われる。

さてさて、盗難事件では「戻した」のではなく「送り置いた」という表現が引っ掛かる。「送り置いた」のならば、所有権は持っておらず、いづれ返却しないとならない筈ですが、それが伊勢の伊雑宮への神剣移管という話も有り得ないことではなく、本殿に祀られた御神体ではないので問題は生じないのです。しかも別宮八剣宮は新たに作りなおされて新築されたばかり、う~む、この神剣移管話はかなり信憑性がある。

では、土用殿で安置されていた剣は何なのだろうか?

これは多分、日本武尊が携えていた剣を奉納したのであり、天叢雲剣でも草薙剣でも何でもない単なる剣であったと思われる。だからあれ程簡素なのだろう。実は尾張氏側の伝承ではヤマタノオロチの尾から出てきたのは十握剣なのだという話がある。十握剣が本来の尾張氏所有の神剣で本殿に祀られているのがコチラだろう。そして、土用殿には神剣などはなく、単に別の処(八剣宮)に祀ってあるという暗喩t的に示されたものに過ぎないと睨んでいる。

語り部はこの草薙剣盗難事件は百済系の天智天皇が白村江の戦いの際に勝手に持ち出して、負けて逃げ帰って来て戻したのが真相だという。オイラももの説に賛同している。そして、持ち出しされたのは事実であるが、それをそのまま書くわけにもいかず、敵対勢力の新羅派(天武天皇派)のせいにして記述したというのが本当のところだろう。

■八剣(草薙剣)の真実
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n215872

語り部は、この草薙剣とはモーセの杖を模して扶桑樹から作られた「海凪の杖」で海軍の守護神宝であったとバラしている。倭讃(景行天皇)が東三河の徐福国を討伐した際に、接収した海軍は尾張海軍となり、その地に留まっていたが、熱田の地に移され、その時、「蓬莱」の名と古代海軍守護の証「海凪の杖」も熱田に移動。その時に八剣神社が創建されたのだろう。

最初、氷上姉子神社に置かれた草薙剣は実は「十握剣」で、尾張氏の廟である熱田神宮に奉じたのだと思う。また徐福国神都・家基津が焼き払われたが、その逸話が住民と供に静岡の焼津に移された。これが焼津神社の火石・水石の伝承の元となった。

八剣神社は長野・岐阜・愛知・福岡だけに集中しているが、オイラの実家はその分社の氏子だった。ただ、熱田の八剣宮が総本社となってもよさそうなのだが、そうはなっていない。語り部によると、戦地で八剣(モーセの杖)が掲げられた場所が八剣神社なのだという。

一方、天叢雲剣はスサノオが天照大神に奉じたという逸話。またスサノオ=徐福という図式から天叢雲剣は徐福国である東三河にあったのだろう。かつて照山には天叢雲剣が祀られていたという霊的ビジョンを見た人がいて、下記のような「天地主大神璽」の石碑を製作したが、その後、土中に打ち捨てられていたという。

天地主大神璽
(天地主大神璽とは「天叢雲剣」を表す言葉)

この「天叢雲剣」こそ、徐福が始皇帝から託されて列島に持ち込んだものではないかとオイラは睨んでいる。徐福国討伐時後、祀られていた照山から持ち去られ大和に移動。その後、八咫鏡と供に伊勢・内宮に移動安置された。

オイラは天叢雲剣とはネフシュタン(青銅の蛇、モーセの旗竿)ではないかと睨んでいる。「旗竿」故に「秦氏」、、、、まぁ、これはあくまで妄想的な洞察なのだが、、、
※飛鳥昭雄氏によると、旗竿は忌柱や天御柱とは言わずに「天御量柱(あめのみはかりのはしら)」と言うそうで、外宮に安置されているという。多分、外宮創建時に籠神社からカド族継承の「マナ壷」と供に天叢雲剣も内宮から外宮移されたのだろう。

青銅の蛇
(ネフシュタン)

うっ、、、この二重螺旋構造、、、、

これはエヴァの「ロンギスヌの槍」ではないか!!!

エヴァロンギヌス

大海地区の鳥居強右衛門の磔刑地と徐福を祀る新宮市の阿須賀神社を貫通する線上には照山がある(アバウトです)。エヴァ弐号機の左目を貫通し、惣流・アスカ・ラングレーの左目を傷付けたロンギヌスの槍とは実はネフシュタンのことでは無かったのか!? 少なくともネフシュタンのイメージを取り入れていることは確か。

弐号機と石巻山
(弐号機と石巻山)

イエスの磔刑とは人類全ての原罪を背負って賄ったとされる。原罪はカバラの「生命の木」では隠されたセフィロト「ダアト」に相当するが、照山は東海三神山との関係で「ダアト」に位置する場所。ここをロンギヌスの槍が貫通しているが、その先には徐福の阿須賀神社がある。

いづれにせよ、草薙剣と天叢雲剣は別物であり、草薙剣こと「海凪の杖(モーセの杖)」は本殿ではなく八剣宮に安置されており、いづれ返還される可能性は充分にあることが分かってきたのです。

そして、それが移管されるのが2015年
エヴァンゲリオン設定の年でもある。

う~む、いよいよヤタガラスの伊勢での儀式が始まる。
※これはダビデの再来=来臨のイエス=千年王国(世界政府)の王というベルファシ勢力の救世主誕生のことなのか?

三ケツ神との遭遇

「三ケツ神」ことAOAが、新曲『Like a cat 日本語版』のリリースイベントの為に28日に名古屋に来てサイン&撮影会をすると言う情報キャッチし、権利を獲得する為にクジ付きCDを早々に予約した。デビューイベント時には無かった気合の入れようだ。
※デビュー時は「名古屋飛ばし」だった。

三ケツ神01
(中央のソルヒョンの美尻は特筆もの。KARAの時と同様、オイラはケツ振りには超弱いのだす~)

7人の天女(北斗七星)+輔星は、「輔星」が地に残された8人目の天女を示し「かぐや姫」の話の元ともなっているが、輔星が地軸の傾きが無くなった次の時代の中心となることから、摩多羅神同様「後戸の神」という属性をもっている。この輔星が救世主であり、かつては邪馬台国の卑弥呼の生まれ変わりとして卑弥呼人肉を食べた卑弥呼の娘が孕んで生まれ女王の位に就いた13歳の「台与(壹與)」を示してもいる。

まるで人肉を喰らうダキニ衆を暗示させる展開ではあるが、日本ではこの8人目の天女が「トヨ(豊)」であり、「豊受大神」のことでもあるが、豊受大神は内宮・天照大神の食事の支度をする「御食津(みけつ)神」。転じで「三狐(みけつ)神」と書かれ稲荷神ともなっていった。この稲荷神の1つが狐に似たジャッカルが前身である豊川ダキニ天。社伝では大陸から渡来した「平八狐」だとも呼ばれるが、その正体はインド・中国・韓国・日本を股に掛け活躍した「九尾妖狐」であるというのがオイラの推論です。

だからこそ「豊」の地である名古屋でAOAのリリイベが開催される霊的意義は非常に大きいのです。しかも、熱田神宮に奉納されている草薙剣が2015年の伊雑宮遷宮に合わせ移管されるという噂もある今年に行われるのは偶然以上のものがあるとオイラは睨んでいる。
※名古屋市中村区で誕生した豊臣秀吉の「豊」は「豊の民(たみ)」という意味。

ただ、前日の大阪リリイベの時はビザ発給が遅れ当日キャンセルという駆けつけたファンには非常に辛い事態が起こっている。

果たして名古屋は大丈夫なのか?
一抹の不安が脳裏をよぎる。

だが、この気合の入れよう大魔神コード「22」を背負うジェシカが抜け、9人から8人体制になった少女時代の空白(989)を突き、AOAは一気にファン層を拡大しようと狙っているのか? あるいは先行するAPINKに対し出遅れ感のある焦りからくる大盤振る舞いなのか?

多分、その両方なのだろうと思うが、チョア様に肉迫するまたとない機会。


(7人のエロ天女はダーキニー【空行母】でもある)

白面金毛九尾の妖狐の化身、現代の玉藻前だとオイラが勝手に認定しているチョア様に会う為、及び尾張の地を去ってしまうことになる草薙剣の最期の参拝を兼ね、栄オアシス21で開催されるミニライブと熱田神宮参拝をしにカミサンと行く計画を立てた。

今回の件、「豊」の地・名古屋で九尾とスサノオ(草薙剣)の合体の型が初めて示されたと見る。この稀有な事態が起きたこと自体が飛鳥昭雄氏がいう草薙剣の移転話は本当だったことの証左かもしれない.。まぁ、草薙剣移転の件については、次回記事で詳しく検証しますが、、、、

かつて九尾ケーキを食べ「九尾の人柱力」と化し(超爆)、更に悟りを開いたラピ師匠の眼を移植して「永遠の万華鏡(マン毛狂)写輪眼」を開眼したスサノオ=徐福の神都末裔で草薙剣に深く関与する家基津一族のオイラにとって、「九尾とスサノオの合体」を予感させる今回の名古屋訪問は非常に相応しいシチュエーションなのである。(ふふふふ)

九尾ケーキ

やはり、美濃尾張(身の終り)の時が近づいたというサインなのだろうか?

そんなことを考えながら、ミニライブ当日の28日を待ったのだす。

しかし、その前夜27日、ネットではある服の色が黒と青、白と金の2つに見え方が分かれるという話が世界中を駆け巡り、セレブを撒き込んで盛り上がっていたのです。

その問題の画像がこれ、、、

白と金

オイラには白と金以外の何ものにも見えんだす。

左脳支配型の人は「白と金」、右脳支配型の人は「青と黒」に見えるともいわれるが、カミサンもJRも「青と黒」に見えるらしく、オイラのことを信じられないという眼でみる。「白と金」の方が7割で多数派だというのに、、、いやいや「青と黒」が7割だという声も聞こえてきて、今、ネットでは大炎上中なのだす。

色や映像は脳の中で再現されるのですが、「赤は赤として認識される」ように人間は不思議なことに色のチューニングされた状態で生まれてくる。このことをクオリア問題というのですが、このチューニングの差異が色の見え方の違いとして現れたのが今回の件、この画像はこのことを改めて思う出させた。
※結局、クオリア問題は人知を超える神の領域という結論

騙し絵

オイラの場合は白と金に色相チューニングだったのか、、、、

うっ、白と金!!

こ、これは、、、、白面金毛九尾の暗示だっ!!!

しかも、オイラの今までの洞察からは「九尾妖狐」と「スサノオ」は表裏関係であるという結論になっている。これはアニメ『NARUTO 』のナルトとサスケを見ても分かりますね。そして「白と金」「青と黒」も同様に相補う補色関係になっていると睨む。時と時間により見え方が変わると言う話もあることから、つまり、これは騙し絵の色版のようなもので、どの色相に認識基準が合っているかの違いによって色が変わって見えるのだろう。

白と金が白面金毛九尾の妖狐を暗示しているならば、、、、

青と黒は「草薙剣」あるいは「スサノオ」を暗示していないだろうか!?

スサノオ=マルドゥク=バアル=蚩尤ですが、この蚩尤を祀ったのが銅鐸でしたね。大魔神もこの銅鐸をモチーフにしています。

doutaku.jpg
(左右にある□孔は型の合わせ箇所であるが、ワザと残して蚩尤の目を表現)

う~む、確かに銅鐸は青銅器と呼ばれるように黒と青だ(笑)。錆の一切出ない草薙剣は青銅製とも木製とも云われている。ある意味、この服の色の件は「対極の融合」状態であるが、これは「AとZの融合」「初めと終りの融合」でもある。

しかも、面白いことに、銅鐸は最初の頃は金色なのである。時を経て段々と青銅色に変化していく。銅鐸は「白と金」「青と黒」の合体でもある。

doutaku 01

この九尾とスサノオとの表裏関係はベビメタちゃんの「フォックスサイン」とバアルの牛の角を表す「メロイックサイン(コルナ)」の関係でもあると睨んでいる。更に、フォックス注入でバアルはフェニックスとなるが、これはダキニ(ジャッカル=九尾)を極度に畏れる悪の中枢で北イスラエル族と南ユダ族を操って影から世界支配を企てるペリシテ人(客家)を改心させる可能性の道筋を暗示しているとも睨んでいる。

実際、キツネ様のお告げの元、ベビメタちゃんは悪魔崇拝に堕落してしまったメタル界でフォックス注入で更正中。

この服の色の二極化は、、、サードインパクト発生のサインなのか!?

このように世界中が九尾とスサノオの合体を固唾を持って見守っているのです(爆)。

で、とうとう28日の当日朝を迎えてしまった。

オイラがアマゾンで予約して買った握手&撮影権クジ付きCDでは、絵柄22種のうち21種が当りなのだすが、オイラは見事に外れてしまっていた。、、、、辛いだす。このままではサードインパクトは発生しない(滝汗)。
※7人×3タイプで21種。残り1種がフルメンバー絵柄。実はこれが一番多い。アマゾンで60枚購入した猛者がいたが1枚も当らなかったとツイートで嘆いていた。AKBを見ても分かるようにCD1枚だけ購入というオイラの考えが超甘かったのかもしれない。

しかし、現地でCD2枚買うと握手券1枚付くという。

「2、、、2枚で握手1回かぁ、、、、」

これはAKB商法以上の酷いものであった為に一旦はスルーしたが、「今回を逃すともう握手できないかもよ~」というカミサンの悪魔の囁きを聞き、ここまで来るのにCD購入、運賃やら食事代やら細々と出費しているが、「えい、ままよ!」と再び売り場に並んで値段を見ると1枚1000円弱。しかもメンバー各々のアップ画像が入った7種のデザインの異なるCDだったので、ダブることはないと反射的にチョア様とソルヒョンの計2枚を買ってしまった(爆)。

「まぁ、これぐらいなら、、、」とちょっとずつ小分けに出費させられるキャバクラやヘルスでのオッサンと同じ展開だす~。まぁ、駆けつけた7、8割は若い女性ファンばかりなのだが、、、同様の術に嵌っている(汗)。
※韓国ではAOAのファンは8割が幅広い層の男性層。逆に日本では8割が若い女性と2割のオッサンという構成。これは少女時代と同様のファン構成ですね。

実を言えば、ヘジョン、ミナ、、、7種全部欲しかったのだが苦渋の我慢。

「ミニスカート」「エルビス」「Like a Cat」と3曲歌ったミニライブも終り、握手会まで1時間半あるので近くのイタトマ・カフェ スペリオーレでコーヒーを飲んで待機し、生AOA,、生チョアを間近で見た出来事を回想。ちなみにイタトマのコーヒー250円であの雰囲気の中で寛げるのはお徳だすな。
※握手券はオイラだけなので、カミサンは用があるとミニライブ終了で帰ってしまった。しかし、後から聞くと、どうも矢場町の「ふなカフェ」に行っていた模様。

で、念願のチョア様の居る握手部屋に入る。

チョア100
(最上モガ、篠田麻里子の上位互換のチョア様)

今を遡ること2年前、初めてAOAをYouTubeで視聴していた時から煩フルで取り上げてきたので、感慨も並々ならぬものがある。で、ライブ中はチョア様だけを眼が追っていたように思う。何故、こんなに好きになってしまったのか?(汗)

チョア様~♪
会いたかっただす~(感涙)


目の前に現れた生チョア様は頬に両手を付き首を傾げるポーズでオイラを出迎えてくれた為、この仕草を見てオイラのボルテージは一挙に4000%シンクロ超(超爆)。

チョア様はまさに天女のように後光が差して眩しく輝いていた。(金髪がライトの光を反射w)。チョア様の柔らかな白い手が非常に印象に残った。握手の瞬間、チョア様のチャクラがオイラに還流し、オイラのチャクラがチョア様に注入されたのだす~っ。

チョアは俺の嫁!!
まぁ、綾波レイも俺の嫁だが、、、(爆)


綾波レイと碇シンジが合体したように、ここにサードインパクトの儀式が成就した(ふふふふ)。

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