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ソロモン72

ヤハウェのライバル神であるバアルは、ウガリット神話が記された粘土版(通常・ベルの書)に出てくる神で、この神話の中では英雄神バアルの戦いと死、そして再生が描れている。
※註 ウガリットはシリアの地中海和側にあった古代都市の名。イスラエルの北方に位置する。

バアルは別名「ベル」「ベール」とも呼ばれますが正式名を「ハダト」といい、カナンの神で中東で広く崇められていたという。

古代イスラエルのソロモン王も玉座に金の仔牛を刻むほどにバアル信仰に傾倒していたと言われ、また、その200年後の南北分裂後の南ユダ王国のマナセ王(マナセ族の祖)もバアル神を熱烈に信仰していたという。これ故、マナセ族末裔とアミジャブ認定された羌(チャン)族もバアルを崇めていたに違いなく、羌族末裔の徐福もまたバアル(蚩尤)信仰をしていたと思われる。
※註 夏王朝を作った羌族とマナセ族の間には1000年以上の隔たりがありますが、これは春秋時代、同じ中東系の出身であることから羌族にマナセ族が合流同化したからではないだろうか。紅毛碧眼だったという秦の始皇帝の容姿は漢族でなくペルシャ系統であることを示していますが、「旧約聖書エステル記」にはアケメネス朝ペルシャには多くのユダヤ人がいたという記録されている。このユダヤの末裔が弓月(キルギスタン)から秦帝国に流れ、更に扶余国に流れていった。秦国の王家はもともと馬の飼育の功績が認められて諸侯の列に加わることが出来たが元は遊牧民。さらに秦の始皇帝の父親は荘襄王ではなく、宰相であった呂不韋だと言われ、その呂不韋は羌族だったのです。ここに徐福と始皇帝の間に国家予算を多額に注ぎ込んで為された「隠された密約=徐福東渡」があると睨む理由です。

一方、北イスラエル王国は「金の子牛像」(アモン=古代エジプトの神)を崇めていたといいますが、これは牛神であるバアルのことでもある。以上のことから、イスラエルは古代、北王国、南王国を通じてその殆どがバアル信仰だったと思われる。つまり、本当のイスラエルの宗教の主神はバアルだったのかもしれないのです。

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(バアル神(太陽神の息子)の象徴は16弁菊花紋と六芒星)

これが本当なら、十戒石、マナ壺、アロン杖の「ユダヤ三種の神器」など空想的産物となり、ソロモン神殿に祀られていたのは、本当はバアル神をはじめ多くの多神教の神々だったのではないでしょうか!

ならば、ソロモン王が封じたとされる72人の悪魔(ソロモン72柱)も実はソロモンが崇めていた神たちなのでしょう。でなければ、隣接するカナンやフェニキア...等、同じヘブル人にあれほどまでに広がったバアル信仰の説明が付かない。

ソロモン72柱
(ソロモン72柱)

ダビデ王の時代までは「契約の箱」(アーク)は幕屋に入れられていたといわれ、ソロモン王の時代になって初めて堅牢な石造りの「ソロモン神殿(第一神殿)」が建てられて、その至聖所に納められたと聖書はいいます。しかし、先に述べたようにソロモンはバアル神に傾倒していたのです。何かおかしいのです。

しかも、神殿に納められた時には既に「アロンの杖」と「マナの壷」は「契約の箱」の中にはなく、行方不明になっていたという話があり、聖書にも南ユダ国陥落後の神殿にはアークは既に無かったと記されている。ユダヤ教=旧約聖書の成立自体、バビロン捕囚後、ユダ族司祭(パリサイ人)によってバビロニアの地で戒律重視で作られたものであり、これはヤハウェを創作して主神とする新興宗教だったというのがオイラの考え。それ故にバアルを敵視し陥れるような記述ばかりになっているのだろう。

ヤハウェの聖櫃(アーク)など最初から無かった。。。

つまり、聖櫃(アーク)とは金の子牛像を乗せた神輿だったのかもしれない。

goldencalf.jpg
(2つの角が一対のケルビムとされた!?)

旧約聖書はバビロン捕囚後、バビロニアで奴隷身分に落とされたことから、今まで深く信仰していても国を滅亡させてしまったバアルに対する三行半的な信仰の決別を行い、ユダ族はヤハウェという新たな主神(デミウルゴス)を作ったというのが真相でしょう。祭壇や神殿を持つことが出来ない状態だったので、ユダ族のパリサイ人(司祭階級)が戒律主体の宗教とし、その神話部分を担ったのが天地創造の書かれた「創世記」を含む「モーゼ五書」ですが、これはバビロンで知った前文明のシュメール神話やウガリット文献を参考に創作されたものだと睨んでいる。

アシュケナジーは偽ユダヤ人と言われますが、実はユダヤ教も偽物だった、、、、まぁ、オイラはこのように考えています。

当然、その際には新興宗教ヤハウェ教側に都合のいいようにイスラエルの歴史も歪曲されるわけですが、その最大の1つがソロモン神殿で聖櫃を祀りヤハウェ信仰をしていたという箇所でしょうね。宗教経典が述べる歴史ほどあやしいものはないのです。

で、このバアル、バベルの塔の「バベル」も関係がありそうな感じがしますが、どうでしょうか? その通り、バベルの王とはニムロデであり、このニムロドがノアの大洪水で一度滅ぼされた人類がこのような酷い仕打ちに対抗する為に決して浸水しない高さを持つ塔を建造を指示したのです。これがバベルの塔。で、ニムロデはもし神が再び大洪水させたなら、神に復讐してやるとまで言って威嚇したという。後にこのニムロデは神格化され、バアル、モロクとなったのだと言われる。

つまり、バアルとはバベルが語源でニムロドのことだった?
※註 神の試練を「知」で克服するニムロデですが、これでは「知恵の木」側の使徒。キリスト教では「知恵の木」の実を食べたことを「原罪」としてドグマ的に規定するが、グノーシス思想の場合は「知」を通して神を知る手段として「知識」を至上のものとして扱っている。これは「知恵の木」の実を食べることの肯定でもあるが、それ故に、実を食べるように唆した「蛇=ルシファー」を最高神と崇めているのだろうか。ただ、この内容はバアルはエンリル(契約の神)という「生命の木」側の使徒というオイラの説とは真っ向から対立する話です(滝汗)。この辺の捻れ現象は今後洞察していきます。

バベルの塔
(バベルの塔、、、これはバビロンのマルドゥク神殿に築かれたジッグラト(聖塔)ではないかと言われる。)

旧約聖書では、バアルは「ベルゼブブ」「バエル」とも記され、サタンとして扱われています。それ故に「ベルゼブブ」は「ハエの王」、「バエル」は蜘蛛の体に人、猫、蛙の3つの顔を持つ醜悪な姿で嘲笑的な姿で描かれている。しかし、サタンという言葉は本来は「敵対者」という意味であり、決して悪魔という意味合いは持っていなかったのです。

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(バエル)

バアルは決して他の権威を認めないユダヤ教、キリスト教故にサタンにされているに過ぎない。逆に今までのキリスト教、とくにカソリックの悪業を見るに付け、聖書で述べられるサタンとは悪魔ではなく、逆に正神ではないかという認識が、日々強まるばかりです。

カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨をもたらす「雷の神」。乾燥しがちな砂漠地帯では風雨はも農業に欠かせぬもの故に「農耕の神」「豊饒の神」としても崇められていた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズをとり、彫像では右手で矛を振りかざし、左手に稲妻を握る戦士の姿で表される戦いの神でもある。

バアル
(バアル神)

オイラはバアルは蔵王権現であり、長江から来たレプチャ族=苗族=呉人=蘇州人=越族=江南人=倭人=弥生人が作った邪馬台国では「兵主神」として祀られていた蚩尤(しゆう)のことだと思っているというのは何度も書いた通り。
※註 吉野は修験道のメッカですが、これは仏教と道教が習合したもの。吉野は熊野とも大いに関係があり、熊野神社のクマノ神とは蚩尤を伝えた徐福のことであると中国の文献には記されている。これが吉野にが蔵王権現が安置されている霊的な理由。

この独特のポーズは蔵王権現でも同様であり、KARAが『Mr.』の最後で決めるポーズがこれであることから、この謎のMr.とはバアル(蔵王権現)を暗喩していると睨んでいる(爆)。

蔵王権現
(蔵王権現)

まぁ、これが大魔神であり、艮の金神でもあり、ルシファーのことでもあるのですが、それはアガルタのサナトクマラ。今世、その蘇りがアガルタ王・ランドラチャクリンとして出てくるのだろうか?

暗黒の黄泉国に封印された蚩尤(バアル)ですが、その封印地は当然、三遠式銅鐸を作り、蚩尤信仰を携えて来た徐福本隊が居を構えた道教の聖地・東三川でしょう(ふふふふ)。で、この東三川の豊橋で考案製造された駄菓子「黒い雷神・ブラックサンダー」がこの地で生まれ全国席巻したのも何か縁があってのことだと睨んでいる。

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(豊橋銘菓「黒い雷神」とはバアルのこと? 確かにチョコ・バー(ル)ではあるが、、、)

東三川がこういった要地であるが故に、イルミ文学『ハリーポッター』の球追いスポーツのクディッチにおいて、アジアの中で「豊橋天狗」が唯一プロチームとして載っているのでしょう。きゃつら(影の世界権力層)も知っているのだす。

蚩尤(しゆう)は秦の始皇帝の命令で不老不死の妙薬を探しに日本渡来した徐福が持ち込んだ神ですが、地中に埋め大地の精を充填し祭りの日に掘り出されて鈴を打ち鳴らす儀式をする「銅鐸神」という形で崇められた。徐福はそのまま帰らず移蓬莱山(鳳来寺山)、方丈山(本宮山)、えい州山(石巻山)の東海三神山の麓の東三川に住み「家基津」と呼ばれる都を作って平原広沢の王となった。

バアルとはベルですが、英語で「鈴」もベル、そして鈴とは銅鐸でもあるのです。

う~む、そのまんまだすな。
バアルである 蚩尤(しゆう)が銅鐸神として祀られた理由がコレかもしれない(笑)

一般に百済渡来の弓月君末裔が秦(ハタ)氏だとされていますが、これは記紀の歴史改竄。本当は徐福末裔がハタ(波田、羽田...)氏であって秦氏は徐福末裔から大陸文明を継承して神社神道を受け入れた者たち共通の姓だと語り部は言う。ところで、」このハタ氏という名は先に述べたようにベル信仰(蚩尤信仰)していた徐福末裔が、バアル(バアル)の正式名「ハダト」から自称した名称ではないのかとオイラは睨んでいる。また、書記古事記には先行する王朝として「ウガヤフキアエズ朝」という名がありますが、これもウガリットから来ているのではないでしょうか。これが日本神話がウグリット神話や旧約聖書やギリシャ神話と共通の逸話や構造を持っている原因でもあると睨む。
※註 古神道等の故地に、人民恭順化の為に技術と引き換えに稲荷、八幡...等の景教(原始キリスト教)を織り込んだ神社神道を創建していったのは羽秦河勝ですが、この秦氏は徐福国伝承の技術を習得した丹波氏がこの名を使い成り代わることで、城福末裔の正統ハダト氏の歴史を封印隠蔽した。記紀では弓月の君の末裔が秦氏となっているが、これは加羅から渡来し傀儡王都なった初期大王家(カド族)の歴史と徐福の歴史を一括りにして無かったことする百済系の後期大王家(エフライム族)の工作です。

この徐福は夏王朝の皇族で斉国の王として封じられた祖を持つが、この夏王朝を開朝したのが羌(チャン)族。彼らは自らを祖をアブラハムとし中東からやってきたと称するティベット系の部族で、中国の歴史書では東夷人と呼ばれる山東半島に住んだ者たちでシュメールの末裔だろうとオイラは思う。これに南ユダ国で起きた「バビロン捕囚」から60年後に開放された時、東方を目指して中国にやってきたマナセ族が合流したのだろう。

始皇帝は弓月(キルギスタン)が出自で、秦は逃げ延びて弓月同祖の扶余国に合流。その弓月は騎馬民族化した北イスラエル王国の末裔。つまり、秦の始皇帝は北イスラエル王国の末裔であり、徐福は南ユダ王国の末裔である。これら二人が密約して起きたのが例の不老不死の妙薬探しですが、これは古代イスラエル復興を東方、つまり日本で興すという計画だったに違いない。その地ならしに膨大な国家予算をつぎ込んで派遣されたのが徐福だった。しかし徐福は北との約束を反故にし帰ってこなかった。

徐福は始皇帝を騙した格好になるが、これが日本神話の「因幡の白兎」でワニを騙して海を渡った兎の話として記されたのではないだろうか。徐福はその祖である夏王朝開祖の禹王から「兎」とされ、また扶余国王族末裔で半島で傀儡王をしていた初期大王家開祖の金首露(倭旨)が秦の始皇帝の血を引くことから千字文と論語を伝えたとされる人物を王仁(ワニ)として暗喩されて神話が記されたのだろう。

で、歴史の流れをさっと眺めてみると、、、

・紀元前前2113頃 異民族グティ侵入によりシュメールはグティ朝開始
・紀元前2070年頃 禹王により山東半島で夏王朝開始
・紀元前2004年 シュメールのウル第三王朝がバビロンにより陥落

・紀元前11世紀頃 古代イスラエル王国誕生
・紀元前922年 内乱でイスラエルは南北分裂
・紀元前721年 アッシリアによって北イスラエル王国滅亡
・紀元前612年 新バビロニアのネブドネザルのより南ユダ王国屈服
・紀元前597年 エルサレム神殿破壊・バビロン捕囚
・紀元前539年 アケメネス朝ペルシアにより新バビロニア滅亡 帰還が許される


旧約聖書によれば、イスラエル人たちが始祖とするアブラハムはバビロニアのウルからカナンの地へ移住してきたことになっているが、彼はシュメール人の妻を持つことから非常に辻褄が合う。シュメール人が異邦人のグティ朝開始とともに東へ逃げたのが夏王朝であり、ウル第三王朝陥落で西へ逃げたのがイスラエルということだろう。

セム系神話として旧約聖書などとも共通するウガリット神話は英雄神バアルの戦いと「死と再生」を描いたものですが、この中でバアルは父エルにつぐ最も偉大な神であり、「北の果て」なる神々の山の「主」、あるいは「北の主」(バアル・ゼホン)として登場している。これはシュメール神話のアヌとエンリルに相当する。

このカナンで信仰されたバアルは、カルタゴフェニキアでも信仰され、バアル・ハンモンやモロク(モレク)として知られている。これらバアル系の信仰は人身供犠を特徴としているが、今日的な観点からは、この儀式は非常に悪魔的で残忍という印象を持ってしまうのですが、昔はこういうことが当たり前の世界だったので、今日的な心情からは決して残忍だとは判断出来ないことではある。

しかし、日本でも人柱という風習がありましたが、これと同じようなものであり、幼児を捧げるのは「公開間引き」という性格を持っている。しかも、これは常時行われていたのではなく、天候不順続きで飢餓が発生するような極めて困難なときに限り捧げられていたに過ぎない。逆にキリスト教が自らの信仰の為に行った魔女裁判、十字軍...等を行い、その時に失われた人命の方がバアルへ人身御供と比べ遥かに多いのです。
※註 人身御供といえば東三川の兎足神社ですが、『今昔物語』19巻や『宇治拾遺物語』4巻には三河国守の大江定基が出家譚が書かれているが、そこには兎足神社の春の大祭「風まつり」では猪を生け捕りし生きたまま捌いていた。現在では雀12羽を供えるようになったが、これはキリスト教をベースにした神童の影響である。『和漢三才図会』に既に雀12羽を射取って供えるとあることから、江戸時代にはすでに雀だったようです。しかし、猪以前には大祭の当日、若い女性を生贄にする風習だったそうだ。非常にバアル神信仰的なノリな風習なのです。

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また、バアルは大気と雲と嵐の神であり、雷鳴を用いて山々にその大いなる声を轟かせ、稲妻によって雨を降らせる豊穣の神。彼を形容する決まり文句は「力強き者バアル」。さらに、バアルを形容する時の常套句に「雲に乗る者」がありますが、『ダニエル書』(7章13節)では、メシアが来臨時の様子を「天の雲に乗って、人の子のような者がやって来る」と表現しており、旧約聖書はカナン文化圏から多大な影響を受けていることがうかがわれる。

旧約聖書では、、、

「カナンは呪われよ」

と記されていますが、これはノアが発した言葉。大洪水での方舟漂流解放後、ノアは酒を飲み過ぎて酔っ払って裸で寝てしまった。これはハムがノアの服を脱がして、その服(ノアは司祭)をハムが着て何かしただろうと洞察されていますが、それを知ったノアは激怒して末の息子のカナンに向かって発した言葉が上記の「カナンは呪われよ、奴隷の奴隷となり兄たちに仕えよ」という呪いの言葉なのです。

しかし、これは当時、先進的で高度だったカナン文化(先住民のエブス人の文化)を妬む、ヤハウェ信仰者の怨嗟の言葉以上のものではない。これはバアル神をサタンとして貶める心魂と同じものから発せられていると似ています。

ノアの3人の息子ヤペテ、ハム、セムは、一般的には「ヤペテ=白人種」「セム=黄色人種」{ハム=黒人種」だと解説されていますが、これはハムを黒人とすることで奴隷制を肯定するようにした欧米神学での解釈に過ぎないと睨んでいます。事実、ハムの系統にはニムロデ(ロスチャの祖先)、タンムズがいて黒人種というのは首を傾げざるを得ないのです。更にノアの息子はヤペテ、ハム、セムという順で呼ばれており、ハムは決して「末の息子」ではない。呪われろと言われたのは、新興宗教ユダヤ教の主神ヤハウェに敵対するバアル神を拝むセムであり、ユダ族を除外した北イスラエルを含むカナン人全般なのでなないだろうか?

事実、『イザヤ書』には、次のような記述があります。

暁の子、明けの明星よ、どうしてお前は天から落ちたのか。
もろもろの国を倒した者よ、どうしてお前は地へと切り倒されたのか。
お前は心の中で言った、
「私は天に上ろう。神の星々のはるか上に、私は私の玉座を上げよう。
私は、北の果ての、例祭の山に座そう。雲の濃い高みに上り、いと高き方に自らを擬そう」、と。
しかし、お前は黄泉へと、穴の底へと落とされる。
(『イザヤ書』 14章12-14節)


この「北の果ての山に座し、この世を統治している神」がバアル(ベル)だったのです。このように神話を簒奪したのが現在ある旧約聖書の内容ですが、しかもその統治する神が「明けの明星」、つまりルシファーでもあったのです。

ヤハウェに敗れ身体をバラバラにされ地に埋められ、地下の黄泉国に幽閉された。これがルシファーの堕天使神話として聖書に記され、また中国神話の黄帝と蚩尤の戦いの神話の元ともなったのでしょう。しかし、これは結局のところ太陽信仰と北極星信仰の対立である。

しかし、いづれ太陽は輝くのを止める。今の太陽の時代は終わるとマヤ予言やオコツトはいいます。実際に現在起きている太陽磁場の四極化現象といい、11/18日に発生した黒点以外の場所で発生した電磁爆発で超巨大なプロミネンスが発生しており、このようなことは今までになかったことです。で、今、太陽は非常におかしな活動をしており、太陽の時代の終焉を予感させるのです。

まぁ、石原新党の太陽の党もたった3日で終焉しましたが、、、(爆)。これも未来に起きる現象の暗喩かもしれない。

現太陽期終焉の際に現れるのが救世主(メシア)ですが、これは東方に現れる。キリスト教では「再臨のイエス」などと呼ばれますが、メシアとは本当はこのバアルなのかもしれんませんね。ただ、その再誕のバアルはより能力アップしたフェニックスとなって蘇ると言われています。これがアガルタ王・ランドラチャクリンのことだと思っています。この時、次元の隙間から異次元空間が湧出するのが「岩戸開き」であるようなことを日月神示が述べていますが、これは地底王国アガルタとの融合だと睨んでいる。日本がその1つの有力な候補地であると思っていますが、バアル信仰が隠匿された東三川はその中でも最も相応しいのではないかとオイラは思っている。

マツケンラジャサン
(末顕ラジャサン【ニビル】が天に現れる時、アガルタ王ランドラチャクリンが登場する。で、マツケンは豊橋出身なのだす~)
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悪魔くん

聖書の黙示録の降下してくる「神の国」、つまりニューエルサレムは千年の間続くとされ、これ故に「千年王国」と呼ばれる。

その後、サタンが一時的に解放され千年王国が終焉し、最後の審判が行われるとなるのですが、欧米では現在がDOOMSDAY(最後の審判の日、世界の終末の日)だとし騒がれていますが、このストーリーからだと千年王国が先にあって最後の審判はその後にあり、現時点ではDOOMSDAYとはならないのです。

この千年王国を名に持つマンガとして水木しげる氏の『悪魔くん 千年王国』がありますが、その中で使われ今でも頭に残っている言葉、、、

「エロイム エッサイム」

悪魔くん
(悪魔くんとメフィスト)

これは悪魔くんがメフィストらの悪魔や使徒を呼び出す時に唱える召喚呪文ですが、「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!エロイムエッサイム、朽ち果てし大気の聖霊よ!万人の父の名のもとに行う、我がもとめに答えよ!エロイムエッサイム!」とその後に続きます。この「エロイム エッサイム」は18世紀の黒魔術の魔導書『黒い雌鳥』に出てくる呪文で、ヘブライ語の「エロヒーム イッシーム(炎の神よ)」が訛まったものだと言われている。

炎の神、、、

これは仏教の不動明王、日本神話のカグツチ、ギリシャ神話のプロメテウス、あるいはインド神話のアグニ(イグニス)かもしれないが、これはヘブル語であることからヘブル人の神である筈なので、バアル神やその蘇りであるフェニックス(不死鳥)を指しているとオイラは睨んでいる。(ふふふふ)

悪魔くんの場合、アニメ版の主人公・埋れ木真吾版が最もメジャーですが、実写&漫画の初代・松下一郎版が最もいいですね。白黒実写版は実にオドロオドロしいだす。またマンガの方も水木ワールド全開の絵柄でグーだすよ~。


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水木 しげる

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主人公の松下少年は1万年に1人という天才児で救世主という設定。

性格は冷静かつ冷酷。魔法を使える。電機会社の御曹子で家庭教師を生贄にして古代の異邦人(メフィスト)を蘇らせる事に成功。そのカリスマ性を活かし学校の演説で子供達を服従させる。更に魔法の箒に乗って空から「洗脳する薬」を撒き東京中の子供達を洗脳、独立国家を作って自衛隊と戦った。

腐りきった世の中を全人類が幸せに生きられる平等な理想社会を築く為に「千年王国計画」を打ち立て国家転覆を画策する。その為には悪魔の力が必要と考えている。それ故、クラスメートから「悪魔くん」と呼ばれているのですが、この主人公の設定は作者の水木しげる氏が経済的に困窮していた時に子供の出産、大蔵省から土地の立ち退きを迫られ、弁護士もソッポを向いた頃に書かれたもので、世の中への不満を「俺が悪魔のような力をもっていたら大蔵省だって弁護士だって質屋だってなんだってやっつけられるんだ そして苦しんでいる善良な人々を助けることだってできる」と主人公に託したという。

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(一つ目マネキン、、、ダイダラボッチを暗喩か?)

政府の福島原発事故での棄民的政策をみても分かるように、この国の権力機構は水木しける氏が感じたように「冷徹」である。これを打ち砕くには、より強力な力を持つ悪魔と呼ばれる敵対者(サタン)に頼りたくなるってもんです。

この1万年に1人現れるという東方の神童を待ち続けて400年を生きた老人がファウスト。松下少年に悪魔を召喚法と「ソロモンの笛」を与え、「現世は夢になり、夢は現世になる」という意味深な言葉を残しその生涯を閉じた。
※註 この「東方の神童」とはユダヤの古書「ゾハール」に「東方に神童が現れて地上天国をもたらす」とあるとマンガではされていますが、博学な水木氏のこと故、「エロイムエッサイム」同様、元ネタがあって本当にそう記されているのかもしれません。これはヒトラー予言で「永遠の未成年者の実験場」とされる東方で生まれる超発達児(超人類?)のことかもしれない。で、それは紅顔の美少年の姿として描かれるルシファー(艮の金神・蔵王権現・バアル・大魔神)でしょう。これがラビバトラがいう「東洋から光が、、、」のことか? ならば「東原亜希」で暗喩される内容はは「東方の豊葦原がアジアの希望」とも解せられるが、、、(爆)

その他にも、悪魔くんの周りには八仙人という蓬莱島の崑崙山に住む八人の仙人や12使徒の協力者がいた。12使徒の主だったメンバー(埋れ木版アニメ)には、第ニ使徒の「ユルグ」という狐の妖怪、第四使徒のおかっぱ髪の小柄な少女「幽子(ゆうこ)」、第六使徒の百の目を持つ「百目」、第九使徒のインド出身で象顔の巨人の姿の「象人」(ぞうじん)らがいた。

煩悩くんは決して「悪魔くん」ではないのですが(爆)、オイラはオコツトが述べる「現世と形而上世界(夢)」の連続性とそれらが6500年毎に転換し「ヒト→シト(変換人)→ヒト→シト(変換人)」に交代していくという「変換人型ゲシュタルト」に感銘を受けていますので、このファウストの言った「現世は夢になり、夢は現世になる」という内容に深く共感します。

更に、地の底にいる牛の角を持つ「バアル=蚩尤(しゆう)=大魔神」の悪魔的な「鬼」の力を熱望し、その蘇りである「炎の神=エロイム・エッサイム=フェニックス」に帰依している。
※註 「ヘルモン山の主」がバアルですが、このヘルモン山は旧約聖書におさめられたユダヤの歴史書『歴代誌』ではヨルダン川東のマナセ族の居住地とされる。これ故にマナセ族はバアル(バアル・ハンモン)を拝んでいたのです。このマナセ族の末裔が夏王朝を作った羌(チャン)族という東夷人であり、その流れは徐福東渡を通じて日本列島に到達している。

また、過去記事で書いてきたように、アヤパン似のタルパの創造(現在はアスカ似に変更中だがw)、九尾妖狐(ダキニ天)を描いた「九尾ケーキ」を食べて人柱力化したり、無数の目を持ち人の死を司るイスラムの大天使アズラエル(アズラーイール)を守護天使としたり、ガネーシャに帰依して「ピンクガーネーシャ奉賛会」(現在休止中w)を立ち上げしたりしていた。

彼らはオイラの使徒なのだす~っ!!!

そして、悪魔くんが使う最強の武器(実写版)がアロンの杖。このアロンの杖(モーセの杖)は煩フルで頻繁に取り上げる最重要ワードでもあり、語り部がいうところの「草薙剣」(海凪の杖)ですね。オイラはこれを是非手に入れたいと常々思っている(爆)。

アロンの杖
(蛇がからまるアロンの杖)

う~む、何かやってることが思いっ切りシンクロしている(滝汗)。。。以上のことから、『悪魔くん』には非常にシンパシーを感じるのだす。

漢字の呪い

11/11にはNHKの中国文明特集の第2回の放映がありましたが、その中で漢字の成り立ちとその魔力について解説していました。

その中では、天子制(易姓革命)と漢字が中華を支える両輪なのだという分析でした。

つまり、多種多様な言語を話す部族が住む中国が1つの中華圏としてまとまっているのも、現人神を中心とした官僚群からなる中央集権制と属国からの朝貢外交。また「表意文字」という「発音は出来ないが意味は通じる」という漢字の持つ特徴から中央の高い文化や文明を即時に受領可能となることで中華圏を形成することが可能となったというわけです。

一般には漢字の成立は殷(商)の占いで使われた甲骨文字が起源だといわれていますが、その文字は占いのみに使われる特定用途のものであり、一般庶民は知らないものだった。この漢字は4000年前から同じような形を保って現在でも使われており、世界中にある文字の中でも奇跡と言われるほどに長命なのです。これを発明した種族には頭が下がる。
※註 漢字を発明したのが東夷人ですが、この東夷人が山東半島を追われ、次々と日本列島に渡来してきた。その1つが徐福であるが、それ以前にも渡来している筈。また朝鮮半島に渡った者は新羅を形成し、その後、日本に渡来して来た。つまり、漢字とは日本人の発明だったのだす~。だからこそ、漢字の新しい使い方「2つ以上の漢字」で1つの意味を為すという使い方を考案できた。逆に漢字をパクった中国は「1文字1音1意味」の原則を忠実に踏んだ為に漢字の種類が膨大化していって、知の共有化に齟齬が発生し、長い間、知の停滞が起きた。現在の中国は西洋の学術文献を移入させる際、日本の学術用語をそのまま採用したが故に日本式の新しい漢字の使い方を習得。この故、知の共有化が進み今の経済発展があるのです。

漢字とは起源からして非常に呪術的なのです。

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(漢字の持つ魅力を存分に発揮したエヴァンゲリオン)

甲骨文字を使った殷(商)は王が神官となっていましたが、それ故、国家は宗教的儀礼を重視しており、前帝国「夏」を作った大人しい部族の羌(チャン)族を捉えてきては、首をはねて生贄に捧げていたという。その数1万4000体。半端な数字ではないです。

殷墟
(殷墟出土の頭がない遺体)

羌族の「羌」という字は「生贄」という意味をもつといい、また羌は「姜」とも書きますが、「羊+人」「羊+女」で「羊を飼う遊牧民」の意味。チベット高原東部、現在の青海省で遊牧をしていたチベット系の民です。これが春秋時代の「東夷人」を構成する人たちですが、羌族の場合、その源流は中東のアブラハムやシュメール人にまで遡る。

国家祭祀としての人身御供は、アステカ王国(1428年-1521年)でもありましたが、アステカの場合は人間の新鮮な心臓を神に奉げなければ太陽が消滅するという終末信仰が広く信じられ、このような儀式が祭壇で行われていたという。「インカ」は「殷」から取られたのではないかという話もありますが(笑)、確かに殷の青銅器の文様はマヤやアステカ等の中南米固有の彫刻に似ています。これは偶然ではないのかもしれない。ただ、殷の場合、必ず首を落として捧げていたようでアステカの場合とは多少異なってはいる。

漢字の「白」の元は「さい」だった。

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「さい」とはであり、また、神への祈りの象徴としての字形。これが後の漢字では「口」として表現されるようになった。

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(口を使う漢字と甲骨文字)

そして、この「さい」は頭蓋骨のことなのです。頭蓋骨を崇め、祈りを捧げる神の器が頭蓋骨だった。殷が生贄のを斬首していたのもこれが理由かもしれません。

故に、漢字の「白」とはドクロを意味していたのです。昨年の2011年11月11日には13人のマヤ長老クリスタル・スカル(水晶どくろ)が一挙に集結し2万6千年の歴史の中で始めての儀式が行われたのですが、マヤ予言とドクロの関係を不気味ながらもい不思議に思っていました。しかし、これで謎が解けました。つまり、これは救世主である「天の白い王」の「白」が「ドクロ」として暗示されていたのです。

ホピ予言の「白い兄」とは「ドクロべぇ」だったのだす。

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(2008/06/26)
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(9.11も3.11も偽ユダヤを使ったドクロべぇさまの「お仕置きだべぇ~」だったのか?)

しかし、この儀式殺人は東三川の兎足神社の祭祀「風まつり」と似ている。現在は雀12羽を捧げているに過ぎないが、昔は12頭のイノシシを捧げていた。さらに1000年前には春の大祭(風まつり)の初日に神社近くの橋(子だか橋)をはじめて通った若い女性を生贄に捧げる風習があったという。この中国風祭祀の残忍な様を直接目にし、これを嫌い無常観を感じて出家して僧になり中国に留学したのが 三河国国司の大江定基です。
※註 中国の風習を嫌ったのに「修羅の国」中国に留学するという彼の心情がよくわからんw 人身御供→猪・雀12匹への変遷は景教をベースとした神社神道の普及の結果だと思われる。

ただ、夏王朝の羌族の血を引く徐福末裔が殷の風習を踏んでいたのは疑問に思うところですが、この辺はまた洞察していきたいと思う。

さてさて、余談ですが、殷墟の甲骨文字よりも500年古い約4500年前の原始文字と言われるものが、2004年に中国山東省昌楽県で発見された長楽骨の碑文。これは獣骨片約100点(文字計約600)に彫られた記号のようなものであり、整然と並んだ図案と符号は殷墟の甲骨文字より原始的であり、絵画(符号)から文字に移行する過程のものだと推測されている。

当時、山東半島で覇権を握っていた夏王朝がこの文字の存在を知らない筈はなく、未だ夏王朝遺跡から出土した文献的なものはありませんが、今後、発見されてくる可能性は高いと見ている。そうなると漢字の起源が一気に殷から夏に遡ることになるかもしれません。

長楽骨の碑文
(長楽骨の碑文)

■甲骨文字より古い古代文字、中国で発見
http://www.china-news.co.jp/node/2878

実は、この長楽骨の碑文文字の元となったのがシュメール人の楔形文字ではないかと言う説があるのです。楔形文字は最初は「ウルク古拙文字」という表意文字だったのが、長い間に「音節文字」の楔型へと変化していったものあり、長楽骨文字の祖とするなら「ウルク古拙文字」の方がふさわしいとオイラは思っている。

ここでも山東半島が登場です。

徐福といい、中国最初の王朝「夏」といい、甲骨文字や長楽骨文字といい、、、山東半島には東アジア史を根本から覆す何か重大な秘密がありそうです。

実際、このあたりの黄河の南は「河南(かなん)地方」と呼ばれていますが、ここに住んでいたのが東夷人と呼ばれたアブラハムを祖とするヤペテ系白人やセム系のシュメール人や春秋時代に「九夷」として登場した北イスラエルの失われた十支族だったので、「河南」という言葉自体、「約束の地」カナンと関係があるかもしれない。

まぁ、「河南」を「カナン」と読むのは日本だけだが、、、(爆)
※註 中国普通話では「フーナム」と発音

殷はトルコ人や欧米人のようなコーカソイド(白人)だったといわれ、また、それに先立つ夏王朝を作った羌族はアブラハムを祖とするシュメール人末裔だったのではないかと言われている。出土した歯や骨の分析から東夷人は白人系(ヤペテ)であったことは分かっていますので、同じこの説は非常に納得がいくのです。 赤毛で青い目をしたイラン系月氏の血を引く西洋人で非アジア的な外観だったという秦の始皇帝と東夷人の徐福が同じ姓だったというのもこれ故なのでしょう。徐福の日本列島移住にもなにか裏がありそうです。
※註 以上から、徐福家系は夏王朝に仕えた諸侯なのだが、始皇帝と同じくペルシャ系ヤペテ(龍族?)の血を引く羌族であった可能性が高い。

この殷を倒したのがですが、歴代周王は羌族を后としており、周族と羌族とは同盟関係にあった。

この時、周に軍師として仕えていたのが太公望こと呂尚ですが、彼もまた羌族出身。この戦い(牧野の戦い)の後、東方を制圧する為に山東省あたりに封じられ、これが後の「斉」という国になった。
※注 太公望が羌族であったことから「羌斉」と呼ばれる。徐福の出身地はこの斉の国の琅邪(ろうや)であり、徐福は夏王朝の諸侯だったという名家。徐福は姫姓の一族であり、邪馬台国も姫一族の末裔が多くを占めたという話もあるが、、、斉国は太公望の臣下であった脇氏が奪って「羌斉」は終焉。その後、始皇帝が最後に征服。そして徐福の東渡へと続いていくのです。

西に残ったチャン族は四川省に多く住み、漢族とも混血が進みながら今は10万人の少数民族となっていましたが、ここは先の四川省大地震の震源地であり、8万人亡くなって残り2万と激減してしまったのです。羌族は「失われた十支族」の1つマナセ族末裔だとイスラエルのアミジャブに認定されていますが、この四川大地震の隠された目的に偽ユダヤ人の真ユダヤ人抹殺というドクロべぇさまに捧げる「人身御供」であったのかもしれない。

不二Q

11月11日にはエリザベス女王杯がありましたが、肝心のハマの大魔神・佐々木主浩の馬「ヴィルシーナ」の結果は、、、、

見事、2着でした!

まさにオイラの予想通りでビンゴ!だっただす~。(ふふふふ)

11/11は「1111」ですが、4つのGⅠレースからも「1111」を形成します。そして、「ヴィルシーナ」はその全てのレースで2着となり「2222」となりましたが、これで「1111」と「2222」の見事なハーモニーを奏でたわけです。

この事象の成就をもって、徐福東渡2222年の今年、「1111」」「2222」の数値の最終融合形である2012年12月21日に収束していくわけです。これは「11」と「22」の「2人で1人」のバロロ~ム的な不二不二の関係となる三段構成「序破急」の最終段階「急(Q)」であり、これは相反する方向性を持つ磁力線同士が互いの影響を打ち消しあって「気」のような別次元のものに変化するのと同様、今後、世界は別次元的な展開になっていく。その節目が11月11日。これ故「不二Q」なのだす。

バロロ~ム01
(バロムクロスで変身だす~)

「不二Q」と書きましたが、これは藤子不二雄が描いたオバQのことではありません。ましてや東急グループの「富士Q」のことでもない(爆)。

これは天と地が「2人で1人」のバロロ~ム的に不二不二の関係にQ展開でなることを指すオイラの造語なのだす。あっ、そういえば、藤子不二雄も「2人で1人」だっただすな(滝汗)。

そんな不二不二関係のコマネチ神業特異日が11/11の「ポッキーの日」でしたが、今回はオイラはポッキーも食べず、寒いので石巻山山頂にコマネチ神業もいかんかっただす~。実際、この日には外界ではこれといった現象もありませんでした。ただし、これは物質世界に先立って形成される形而上世界に関して起きたことであって、何か起きる時は人知れず起きる。

この感覚はジェットコースターが頂上に達して、それまで急角度に傾いて登っていたのが、しばしの間、平行になった安堵&緊張状態に似ている。ロシア語の「ヴィルシーナ(頂上)」がこれを暗喩している。まぁ、非常にニビラーらしい見方ではありますが、、、、(笑)
※註 12月21、22、23の3日間が「暗黒の3日間」で「22を超えて行け」というように次元(意識)の壁を破っていく期間なのだろうか?

前日の10日夜には劇場版エヴァンゲリオンの放映もあったことも特筆すべき点ですが、17日の「エヴァQ」のロードショウを控え、今回の「天むす」により第五太陽期終焉という流れは今後「序破急」的な急展開をしていくだろう。

この日、天と地の結び(天むす)が成就したとオイラはみている。

天地創造
(これはコマネチ神業のゼロポイントの類似か?)

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(豊橋市章は天と地のバロムクロスを象徴か? 実は11/11は豊橋市長選の日でもあったのだすw)

実は、この11月11日は「東電の原発」を名に持つデスブログ東原亜希の誕生日でもあり、この日を境に世界は変わるのは必然?
※註 実は、東原亜希の名前からは「東電の原発(事故)」が「亜細亜(アジア)の希望」という暗喩を含み、影の世界政府の支配から脱却する推進力となることを暗示していると睨んでいる。つまり、これが「東洋から光が、、、」かもしれない。でも、それには福島初号機の覚醒が必要なのだが、、、

三十路になって、29歳では無くなり「不29(不二Q)」となった東原のよりパワーアップしたデスぶりを、今後、嫌というほど拝むことになるのではないかと内心ヒヤヒヤとしているのデス。

無題

数日前、車載グッズで何げに気になった数字

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1111

さぁ、今年も11月11日がやって来ます(ニタリ)。

昨年は水晶ドクロ予言の成就を願いポッキー、ケーキ、ドクロウオッカまで買って待機しましたが、な~んにもなかっただす~。
※註 昨年は形而上世界でも雛形作りであり、その後、物質世界に顕れるのに1年のタイムラグがあるのかもしれん。

でも、徐福東渡2222年の今年こそはきっと、、、(キリッ)

さてさて、そのな淡い期待を胸に抱き、今年の「ポッキーの日」を眺めてみると、これが意外にもシンクロのオンパレードなのです。

まず、この日はJRAの「エリザベス女王杯」の日です。英国国王は世界権力の親玉だとも言われるし、アヌンナキの最も血が濃い爬虫類人だとも言われていますが、さてどうなんでしょうか?

そして、このレースで最も期待される馬が2012年のGⅠレースの桜花賞2着、優駿牝馬2着、秋華賞2着だった「ヴィルシーナ」で現在倍率2倍の単勝1番人気になっている。

しかも、この馬のオーナーが大魔神こと佐々木主浩元投手なのです。佐々木といえば大魔神コード「22」が宿命数だと言われるように「22」にまつわる不思議な話が多くありますが、 蚩尤(しゆう・大魔神)信仰を大陸から持って来た「徐福東渡2222年」の今年、GⅠレースが3回とも2着で「222」なっているヴィルシーナなので、今回も2着で「2222」以外絶対あり得ないだす~。

単勝2倍は見送りで、複勝一本勝負でいくべし!!!

これはある意味、鉄板レースなのだす~

11月11日の「1111」はヴィルシーナの2着で「2222」となり、2倍2倍の特盛り状態となるのだろうか? 父が
ディープインパクトなので、先日起きたNYの「サンディ」の被害を彷彿とさせるような「重大な衝撃」が来るような感じがしないでもない。

さてさて、このヴィルシーナはロシア語で「頂上」を意味する言葉だそうですが、まさに石巻山頂上で「コマネチ神業」に最も相応しい日であることも暗喩しているようにも思えてくる。で、この名前は奥様の榎本加奈子さんが命名したそうですが、、、

か、、、かなこぉぉぉ↑↑

こ、こんなところまで、我が記事とシンクロして来た、、、(唖然)

そして、11月11日は「機動戦士Zガンダム」の カミーユ・ビダンの誕生日だZっ! それ以外にも、NARUTOの伝説の三忍の一人でナルトの師匠の「自来也」の誕生日でもある。「自来也」とは「児雷也」とも書きますが、ここ愛知県では「天むす」で有名な「地雷也」と書く方がピンとくる。
※註 ジライヤはZIRAIYAと書き「Z」でもある。つまり、Zガンダムの「Z」と共に「ZZ」=「22」を形成するのです。

「地雷也」、、、この意味は「(我は)地底王国(黄泉国)の雷神なり」、、、つまりブラックサンダー(黒い雷神)のことなのです。

また「天むす」は塩味を効かせた海老の天ぷらを頂上から見えるように載せたおにぎりで「名古屋めし」の代表ですが、実際には津市が発祥です。「おにぎり山」の愛称を持つ石巻山も頂上には丁度ニワトリのトサカのような岩石群があって「天むす」の姿にそっくりになっているのです。
※註 この岩石群(石灰石)は石巻山の中央部にあり、頭頂部でそれが露出したと考えられていて、ここでも「天むす」と同じ構造なのです。

天むす
(天むす)

石巻山
(石巻山)

きっと「天むす」は石巻山の霊的啓示によって生まれたに違いない、、、

実際、「天むす」という言葉も「天と地を結ぶ」という意味にも解釈出来る。地雷也(ブラックサンダー)も登場することから、やはりこの11月11日は「天と地を結ぶ日」、つまり上からの▽と下からの△が結んだ状態=ゼロポイント状態になる日だと洞察できる。

シュメール神話では、天のアヌと地下に幽閉されたエンリル、地上の支配者のエンキの三つ巴の葛藤が描かれていますが、この三者の状態は、まさに綱手姫、自来也(地雷也)、大蛇丸の「三すくみ」と同じなのです。

三すくみ
(蛙・蛇・ナメクジの「三すくみ」)

今まではこの三すくみ状態でそれぞれが個別に独立状態であったものが、、、11月11日、天(アヌの世界)と地(エンリルの世界)が結ばれ、、、つまり、天から二ビル星人が現れ、地からアルザルが現れ、この地上世界=物質世界(エンキの世界)と融合一体化するのかもしれない。

まぁ、実際のところ、その変化を我々人類は感じられないかもしれないが、、、(笑)

その結果起きることの1つがポールシフトだとも言われる。

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元NASAの職員が、報道禁止命令下のポールシフトの情報をリークしました。

私の職場に時々来ている男性が、10月24日に私にそっと以下の情報を教えてくれました。彼の叔父さんは去年退職したNASAの元職員ですが、叔父さんから以下の情報を聴いたとのことです。

・地球の磁場はこの2年間で40%も低下しており、NASAは、来月(11月)~来春までにポールシフトが起きるであろうと考えています。
・NASA の主要部は、オハイオ州、デイトンに移転しました。
・基本的にガス施設や石油施設は海岸沿いにあるため、ポールシフトが起きると全て破壊されるでしょう。コロラド州の山岳地域には製油所がありますが、それはそのまま残るでしょう。ノースカロライナ州にはダムがいくつかあるため、場所によっては電力の供給が可能です。
・ポールシフトは3日間で起きる可能性があり、壊滅的な暴風が吹き荒れるでしょう。
・NASAの職員に対して、報道禁止命令がでています。この情報を他に漏らさないように言われており、他の情報も近親者以外には教えてはいけないことになっています。

上記の情報を聴いた後に、NASAの主要部が既にオハイオに移転したことを写真上でも確認しました。


■NASAが隠すポールシフト情報!11月から来年春までにポールシフトが起きるとNASAは予測!?
http://ameblo.jp/kennkou1/entry-11393540219.html
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このポールシフトが起きる時、地軸の傾きが変わり、この時の加速度的なズレがまるでミカンの皮がズルっと滑って移動するように地球地殻が動き、それに伴って地殻の隆起と沈降を引き起こすだろうという。

その時、日本はエヴァンゲリオンで描かれるような赤道直下の国となり、また、日本列島の外観は下記のような形になってしまうだろうという予測があるのです。

白洋日本
(東三川もギリギリ海の底だすな、、、滝汗)

まさに、白洋に隠匿される日本って感じデス。

レプチャ族

スグに「逃げろ!」という地震警告はアレですが(笑)、、、日本軍の植民地支配政策や中国大陸での三光作戦、原発や低レベル放射線被爆の危険性を叫ぶ真実の人=東海アマ氏が頻繁にツイートしている内容に古代日本の歴史がありますが、これによると、レプチャ族が日本人の祖先だという。

「万葉集」は題名も内容もレプチャ語で解読出来るともいう。
※註 チベット語でビャン、マンは「歌」の意味。レプチャ語でヨーは「よい」「すぐれた」「りっぱな」という形容詞。シュ、シューは「集まり」「集めたもの」の名詞。つまり、万葉集とは「すぐれた歌を集めたもの」つまり名歌集の意味となるという。

う~む、レプチャ族っていったい何者?

オイラはレプチャ族とはレプタリアン(爬虫類人)のことか?と日頃から思っていた。(超爆)

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(モレク=バアル神とレプタリアン)

まぁ、バアル神=蚩尤(しゆう)だとこの煩フルでは比定していますが、この蚩尤を大陸から持ち込んだのが東三川に移住してきた徐福末裔の東夷人。彼らは自らをアブラハムを祖とするという。これ故、バアル神を信仰していたフェニキア人ではないかと睨んでいるのですが、、、また、レプタリアンはバアル神の元ネタでもあり、この思いつきもあながち的外れではないのです。(ふふふふ)

アマ氏の一連のツィートによると、、、

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■M6.9起きたシッキムは実は日本のルーツ。レプチャ人の故郷。ブータン・シッキムでは和服(呉服)着る。赤米や納豆、味噌、蒟蒻を食べる。木地屋もいる。杉の家に住み母系氏族社会、妻問い婚や夜這い、歌垣の文化、後に呉から日本へ弥生人となった。九州・瀬戸内・大阪はレプチャ族、雲南民族と同じ
※註 歌垣・・・特定の日時に若い男女が集まり、相互に求愛の歌謡を掛け合う呪的信仰に立つ習俗。「プロポーズ大作戦」や「ねるとん紅鯨団」のような集まりなのか?

■日本人の半分以上は元々中国系移民なんだよ。4000年前ブータン・シッキム地方にいたレプチャ族が日本に移動してる。レプチャの主食はインディカ餅米赤米、納豆、蒟蒻、はったい粉、大豆、醤油も 呉服こそレプチャの正体。今の蘇州が呉国、越に敗戦後、有明海に上陸したのさ

■歌垣は今でも南西諸島で普通に行われてる。宮本常一の紀行にもたくさん出てきます。レプチャの食事は納豆・蒟蒻・豆腐・炒り豆・はったい粉・そば粉、主食は赤米(赤飯)これを漆器に入れて食べる。家は杉で造る。特権階級、金持ちのいない共同体社会、みんな兄弟の世界

■東海アマは20年前から日本人とりわけ西日本弥生人は照葉樹林帯文明圏から移住した民族、呉越戦争で敗北した呉国人と。呉国はレプチャ人だった。その源流はブータンシッキム地方。呉服を着て赤米、蒟蒻、納豆、味噌を食べる人たち。漆器を生産、杉の家に住んだ。共同体生活、私有財を持たない自由性交

■日本人には韓国人の血が流れている、DNAが証明=韓国メディア http://t.co/dorN1Ojs  朝鮮半島から移住したのは弥生人ではない百済系女真族だ。天皇家の出自をごまかすために弥生人にしているだけ。弥生人は蘇州からのレプチャ族だ。民族が違うんだ

■レプチャ族の民俗がもっとも遅くまで残ったのは、白川郷と徳山郷でした。外国では雲南苗族や台湾高地族です。妻問い婚という母系氏族社会の名残があり女性のための優しい社会だった

■レプチャ族はブータン・シッキムを源流として雲南から越地方に流出、蘇州に呉という国を作った。呉服や呉音の源流だ。彼らが越に敗北し国ごと有明海に逃れたのが弥生人だ。レプチャ語には誹謗中傷表現がない。しかし械闘という習慣があり激しい氏族拮抗があった。それを手なずけたのが継体王だった

※註 械闘(かいとう)・・・中国での利害の対立する集落間または労働者集団の間で行われる武器を使った武力闘争。主に自衛の為に武器を持つ農村での集団的武力闘争を指す。この農村の団結力は余所者が農村で人を轢いても現場で車を止めてはならず、すぐに現場を離れて隣の村まで行ってから警察に電話しないと村人がワラワラ寄ってきて、轢いた人間をリンチして車をボコボコにすることに顕れている。
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調べてみたところ、、、

どうやら東ヒマラヤ(ネパールとブータンの中間のインド北東部のシッキム州)の小さな谷に住む総人口5万人の少数民族だという。ネパール、ブータン、中国チベット自治区にも一部居住。チベット系の言語(レプチャ語)を話す北方モンゴロイドで手足は短く指も短く顔は大きい。髭は濃く体毛は薄い。一重が多く瞳の色は茶色。細身がで赤または黄の肌の色。唇は薄く口も小さい。鼻は比較的的高い。このようn外観や風俗から日本人に似ていると言われることが多い民族。ただ現在はインド人(インド・アーリア系)やネパール人との混血が多いという。

レプタリアン01レプタリアン
(レプチャ族)

確かに日本人に似てますね~。

そして、シッキム→雲南→呉→日本という流れになっていったが、その大元のレプチャの源流はブータンにこそあると東海アマ氏は力説している。

ブータン人の服を「ゴ」と言い、和服にそっくりですが、和服のことを「呉服」という語源がここにある。

ゴ
(ブータンは超親日国家)

蘇州は2500年前に呉(春秋時代 紀元前585年頃 - 紀元前473年))という国があった場所で、臥薪嘗胆という故事で有名な呉越戦争のよって「越」に敗北した呉民は船に乗って有明海に上陸し弥生人になったという。彼らが東へ東へと移動していったのは太陽が生まれる若木である扶桑樹への信仰故でしょうか?その後の秦(紀元前221年 - 紀元前206年)の時代、この扶桑信仰の元、徐福が不老不死の妙薬を得に蓬莱国に旅立った。列島での徐福国の繁栄から弥生人が徐福国のある東海三神山を目指し、更に列島東へと移動していって建国したのが邪馬台国。

『晋書』や『梁書』には「倭者、自云太伯之後。俗皆文身」と「倭人は自分たちは太伯(春秋時代の呉国の始祖)の末裔であるといい、皆が刺青している。」と書かれているように、呉人=倭人なのです。

この呉も越も「百越」で実は同じ越族。殷を倒した周の長子の末裔であるのが呉。秦の始皇帝の中国統一後は、その帝国の支配下に置かれた。越も呉も人々は頭は断髪、上半身は裸で入れ墨を施していたとういうが、髪を短く切るのは海中でウザさを避け、刺青は模様で魚を威嚇したからと言われる。そして邪馬台国の住民も同様に刺青をしていたことから、同じ文化圏に属すと思われています。

つまり、レプチャ族=呉人=蘇州人=越族=江南人=倭人=邪馬台国人=弥生人であり、彼らは苗族なのです。
※註1 厳密に言えば、呉人には3C因子がなく苗族にはある。「倭人」とは苗族から呉人に至る長江下流の広範囲に住む漢民族ではない住民を指す言葉だったようです。苗族は長江上流のチベットや下流の2方面に逃げていった。

※註2 以前は「徐福=苗族」としてしまっていましたが、「徐福=羌族=東夷人」に訂正します。この羌族はトルコ系のテュルク諸語の民族と交わり製鉄技術を習得。砂を食べ武器を産する 蚩尤(しゆう)とはこの製鉄炉のこと。九黎族→三苗族ですが羌族と交わった。言語学者の川崎真治はミャオ族神話の蚩尤の語源はウル・シュメール語で「鋳物師」を意味するシムグ/シウ/シであると指摘。また、これが扶余・高句麗神話の「朱蒙」であり、伽耶神話の首露王であり、日本神話のスサノオとイコールなのだという。蚩尤自体がメソポタミア由来の神らしいのです。


越に負けた呉の難民は徐福の山東半島の琅邪山経由で遼東半島や朝鮮北西部、海南島、九州方面の三方面に逃げた。

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勝った「越」も「漢」の武王に破れ、「呉」の後を追うように朝鮮半島に強制移住させられた。その後、朝鮮半島から日本の福井へ到来。この事跡が広島県の「呉」や、越中(福井)や越後(新潟)の「越」となって残っているとも言われる。

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これが倭人(弥生人)と呼ばれた者たちの正体で、彼らこそが長江文明の担い手であった江南人です。そして、彼らは赤い旗印で表される 蚩尤(しゆう)を崇めた為に「蚩尤民族」とも呼ばれていたが、この倭人の大量流入が倭国の大乱の真の原因。
※註 倭人に国を乗っ取られるのを危惧した縄文人(武蔵国)との武力衝突で倭国の大乱。魏の調停で一旦は収束したかに見えたが、福井からの上陸を抑える為に縄文人は武蔵国から福井に遷都し、大陸と邪馬台国を監視した。しかし、裏では武力に勝る朝鮮半島の加羅国で雇われ王をしていた扶余系王族を倭人の邪馬台国と夷人の徐福国を撃つように日本へ密かに招致し、列島の倭国化を防止したというのが語り部が語る内容。

呉服、短髪、全身刺青、、、これらは呉人(江南人)の風習ですが、、、

これが本当の江南スタイル!!

本当の江南人が多く住む日本列島においてPSYの「江南スタイル」が全く流行しないのは、江南人(倭人)は農耕に適した呉服を着ますが、乗馬に適した袴のような服は着ません。つまり、江南人の出自は騎馬民族ではなく漁猟や農耕民族なのです。ですから、乗馬ダンスを踊ること自体が怪しいと知っている。あれは「烏垣スタイル」とか「女真スタイル」というべきもの。これが流行らない真の霊的理由かもしれん(爆)。

このレプチャ族が持ち込んだのがシャーマニズム(巫女制)ですが、邪馬台国の卑弥呼がこの流れにある。しかし、父系制の騎馬民族の女真系が支配者層になるに従い、巫女制は男性神官に取って替わられていった。

今様を愛した後白河上皇は次のような歌を詠んでいる。

東には 女はなきか 男巫女
さればや 神の男には憑く

(坂東には巫女がいないのか?では神が男に憑依するのか?)


ここでいう東(あずま)とは「坂東」のことで、北関東(群馬栃木)・上越・東北のこと。似た言葉の「東国」がありますが、こちらは静岡・愛知・甲信・南関東にあたります。京では巫女とは女と決まっていますが、平氏とか源氏という烏垣(烏丸)系の武士団がひしめく坂東の地では巫女という存在がなく、男巫女(神官)に移り変わっている様がこの歌に生々しく残されているといわれる。

ただ、京都は女真系の支配者の中枢だったのに、、、何故ここに巫女が残っていたのか? 本来ならば、真っ先に京都の巫女が無くなってしかるべきなのだが、、、これは若い女性を尊ぶ縄文人(アイヌ=エドム人)が国政を実質的に見ていた為、この巫女制度が廃れなかったのだろうか? この辺はまだまだ洞察する余地がありそうです。
※註 江南人(倭人)にはヒメが聖(神祭り)を担当しヒコが俗(政治)を担当するヒメヒコ制がある。

ただ、現在まで続く支配者層を百済系とし、その発祥地を扶余国にまで繋げてしまっているのは非常に残念。確かに前半はその通りですが、百済は扶余国王族によって傀儡的に建てられた烏桓(うがん)系(烏丸)であり、扶余末裔とは違うというのが語り部に心酔するオイラの見解です。
※註 烏桓族の祖先は東胡で、鮮卑、柔然、奚、契丹は兄弟部族。また扶余の女真族は濊(わい)族の末裔。高句麗はこの扶余国の家臣・朱蒙が興した国。

ただ、東海アマ説には本当の古代史解明に絶対必要な2つのキーワード、つまり、徐福末裔の「東夷人(羌族)系」と金首露(倭旨)氏祖の列島に招聘移住してきた「加羅(新羅)系」(初期大王家)が抜けている為、残念なことに「秦氏=百済系」としてしまっている点です。まぁ、百済系支配層による改竄歴史を記された現存する日本唯一の公的歴史書である記紀にそういった記述がない以上、こうなってしまうことは仕方がないことですが、、、

記紀の中に記述される秦の始皇帝末裔で朝鮮半島から120県の人びとを引き連れて渡来した秦氏とは、この徐福と加羅系大王族の事績をマゼコゼにした記述で架空のものに過ぎないと思っている。そうまでして、百済系王朝の君臨以前に別王朝が君臨していたという事実を隠したかったのでしょう。

これらのキーワードが抜けてしまっては、鬼道や銅鐸祭祀の突然の終焉、半島の任那日本府の存在、邪馬台国から大倭への劇的変遷、また「白村江の戦い」の敗北後に国内を二分した古代最大の内乱「壬申の乱」発生経緯が全く上手く説明出来ず、お手上げ状態になるのです。

「秦氏=百済系」としてしまった為に、福井や福島を百済系の上陸地や影響地となってしまった。ここは逆に加羅(新羅)系の地域。支配者層が百済系なのに秦氏(百済系)の多い場所に原発を作るという説明はどう考えてもおかしい。これを百済系(後期大王家)に敵対する加羅(新羅)系(初期大王家)を「秦氏」とする方がまだスっと納得がいくのです。
※註 歴史に登場する「秦氏」とは東三川の徐福国技術を継承した出雲系縄文人の秦河勝。初期大王家が倭人恭順化の為に持ち込んだ唯一神信仰(キリスト教)を拡める為に縄文人の古神道にコレを織り込んで「神社神道」を創設。機織・製鉄・酒造...等の大陸技術と引き換えにこの信仰を広めていった。これが稲荷社(→INRI)や八幡社(→ヤハウェ)。

江南スタイル

今、世界では江南スタイルが人気なんだそうです。最近ではMVの再生回数が6億回を越えたという。YOTUBEでも上位を占めていたのが、評価方法が回数から時間に変更になるや一挙に100圏外になり、その後、再び上位に返り咲くとかなかなか面妖な動きをしています。

この面妖な動きから、世界中にある「踏み台PC」で再生数カウントを稼いているだけの「捏造ブーム」だという見方もありますが、実際、そういう面のも多少なりともあると思う。

江南スタイル

しかし、ビルボード誌の表紙になっていることや、下記の動画のように試合で勝ったシーンで選手が嬉しさを表現する際に踊っていることから、やはり、それなりに人気になっていることは確かそうです。

あくまでそれなりにですが、、、



ただ、1つだけハッキリしていることは日本では全く人気が出ていない。

その理由をいろいろ解析されていますが、語られている主だった内容は、、、

1)天皇懺悔問題で韓国に冷ややか
2)マスコミが報道しない
3)日本は音楽もガラパゴス化している
4)韓流自体が飽きられている


マスコミが取り上げないのが理由というのは、洗脳され続けた日本人故に、一見、正しいように見えるが、マスコミで取り上げられないハルヒダンスがあれ程に流行したことから、この理由はピンと外れだと思う。やはり、ブームを仕掛けする側にも面白く見えないのだ。

この中では4が最も近いんじゃないと思っていますが、ご存知のようにKPOP好きなオイラでも「これの何がいいんだろ?」という感じなのです。まぁ、オイラの場合はアイドルガールズグループに特化しているので当然といえば当然なのですが、カミサンに聞いても「はぁ?」という感じなのです。見た週間に飽きたというのが実感。

1つだけ良かったのは、ヒップのアップ場面だっただす~

しかし、KARA少女時代もマジに嬉々として踊っているなぁ。。。(滝汗)

まぁ、韓国なので当然ですが、、、




(グラサン姿がタモリにしか見えないが、、、)

ここで何故この乗馬ダンスが日本で人気の出ないのか? その本当の理由を考えてみた。

1つは、過去に似たようなギャグやメロディや踊りがあって、それに対する免疫が既に日本人の民族的無意識層に出来ているのではないかということ。これは、あれほど流行ったHGラモンの「ふぉ~」が今聞いても何の面白みも感じないのと同じです。

山田五郎教授は、これは田舎者が金持ち層(江南は韓国の金持ちの住むところ)を揶揄した吉幾三の「オラ東京さいくだ」の現代風のテクノポップに過ぎないと看破している。



う~む、確かに似ている。

だが、オイラはもっと日本人の深層深くに刻まれたものが原因なのだと睨んでいる。

そのキーは乗馬、、、つまり騎馬です。

太古日本は大陸から騎馬民族を招聘して傀儡王としたのですが、その後も騎馬民族が大挙してやって来て平家や源氏やらの武家を形成し支配階級となっていった。このことを見て見ぬふりをせねば、自分が差別され被差別部落民にされてしまう恐怖。また、当の騎馬民族も対中国との関係において騎馬民族であることを隠さねばならなかったことにも起因するのではないか?

この2つの事由故に、MKウルトラで意識層に蜂の巣状の独立空間を作ってその体験自体を閉じ込めてしまうのと同じように、民族意識層に不感症部位が出来上がっていて、これに起因する無関心なのかもしれない。

あるいは、騎馬民族をバカにするような仕草が癪に触るのかもしれない(爆)。

日本人には乗馬ダンスはタブーなのだな。

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