扶桑樹

扶桑樹とは東海の海の上に茂る桑に似た巨大な神木のことで、9000年に一度実をつける神仙の樹として知られています。語り部情報によると、東三河の蓬莱山(鳳来寺山)の麓には、この扶桑樹が群生していたことから「扶桑国」と呼ばれ、はるばる大陸からこの扶桑樹と蓬莱山を目指して多くの弥生人(長江畔の倭人)が渡ってきたといいます。その渡来集団の1つが卑弥呼の邪馬台国です。
※註 弥生人は半島人ではありません。倭寇とも呼ばれた大陸の長江畔に住んで居た中国人です。

中国の古代の地理書『山海経』にはこうあります。

東の彼方に扶桑の木があり、
その枝は100万尋(約180万㎞)
太陽が昇る谷を鬱蒼と覆っている

湯谷の上に扶木あり
太陽がひとつ至るやひとつ出てゆく
みな烏に背負われている


東方の果てに巨大な扶桑の木があり、その神樹から太陽が生まれ、それを烏が背負って天空を運んでいくという話は、華南、四川の苗族の神話に由来しており、三星堆出土の巨大な青銅製神樹(世界樹)として反映されています。また、馬王堆の帛画(死者が着る衣装)にも扶桑樹は描かれており、下画像の右側の太陽の上に烏がいますが、その太陽は右側の樹から生じています。この樹が扶桑樹です。
※註 聖霊信仰を持ち日本人の祖とも云われ、聖書と同じ内容の創造神話を語り継ぐ流浪の民「苗(ミャオ)族」は、別名「蚩尤(しゆう)民族」とも呼ばれ、漢民族原型の華夏民族「黄帝」と敵対した。この戦いが「涿鹿の野の戦い」の神話として描かれています。この戦いで敗れた「蚩尤民族」はミャオ族とリー族(現・海南島)の2つに分かれたという。ちなみに、イスラエルの調査機関「アミシャブ」が行ったDNA検査によって、チベットに住む少数民族がユダヤの失われた10支族の末裔である事が判明しましたが、これと同じ遺伝子を持つ民族が苗族なのです。

帛画扶桑樹12
(馬王堆の帛画と三星堆の青銅製神樹)

つまり、扶桑樹とは太陽の生じる国にあるわけですが、これ即ち「日本」の別称でもあったのです。また「湯谷の上に扶木あり」とあるように、鳳来寺山(蓬莱山)の麓には「湯谷」という1300年前に開湯した古くからの温泉地があり、この地が扶桑樹のある土地だったことを匂わせます(ニタリ)。そして、その太陽を「烏が背負う」とあるのですが、この太陽を背負う烏とは「ヤタガラス」のことであり、ここから鵜飼を生業としていた徐福末裔を暗喩する言葉となったのではないでしょうか。

最近、語り部はこの扶桑樹についてこう記していました。

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扶桑国滅亡後、扶桑が大量に切り出され使用された。
建築用で、イチイモドキ(セコイア)

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実は、この扶桑樹がとんな樹なのかを知りたく思っていて、この樹の実地探索をライフワークにしようかと考えていたところなので、実にタイムリーに回答が得られて嬉しいです。無駄に山野を駆け巡る必要が省けました(爆)

セコイア(イチイモドキ)とは、別名をセカイヤメスギ(世界爺雌杉)ともいいますが、樹高が100mを越す世界で最も高くなる木として有名です。セコイアの名はアメリカ先住民チェロキー族の酋長セコイアから命名されています。30cmも厚さの赤い樹皮は病虫害の進入を阻止し、また、その色からRedwoodとも呼ばれ、含有するタンニンにより不朽性がある為、耐久性が高く、建築、建具、家具、造船など多くの用途に利用される。トーテムポールの原材料としても有名です。強健で生育は旺盛な為、栽培は比較的容易で耐陰性もありますが、寒さや湿地にはやや弱いといいます。
※註 セコイアには高くなる「セコイアメスギ」と体積が大きくなる「セコイアオスギ」(セコイアデンドロン=ジャイアントセコイア)の2種に分かれます。扶桑樹は「セコイアメスギ」となるでしょうか。伊予の扶桑樹化石はメタセコイアだといわれるが、、、このメタセコイア(曙杉・イチイヒノキ)は絶滅したと云われていたのですが、1945年、中国四川省磨刀渓村(現在の湖北省利川市)の「水杉」(スイサ)が同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼ばれ、その後、日本各地に植樹された。滋賀県の琵琶湖畔のメタセコイヤ並木が有名。

セコイアは日本には明治中期に渡来したとされていますが、江戸時代末に入ったとする文献もあります。このことから1300年以上前の日本には無かった樹木ではないか?という疑問が出ますが、実は、古代湖・琵琶湖には、かつてセコイアの大森林だった痕跡層があり、日本にもセコイアが自生していた時期があるのです。

世界で最も高い樹は、カリフォルニア州の北部にあるレッドウッド国立・州立公園の樹齢600年の「ビッグ・ツリー」ですが、高さ112.1m 幹の太さ13.4mもあり、自立する樹木としては世界一の高さです。幹の大きさだけで日本の家に相当する大きさなのです(唖然)。

扶桑樹02
(セコイアの樹、全然、せこくないw)

一方、樹高日本一の杉は東三河の新城市の鳳来寺山参道にある「傘杉」ですが、樹齢800年で樹高は63m、幹の太さ7.5mです。昔は70mを越える杉(宮崎県椎葉村の神杉73m)が日本にあったと云われますが、現在はこの「傘杉」が日本一の高さの樹です。始めヤッズ★は扶桑樹はこの「傘杉」のような巨大な杉の樹ではないかと睨んでいたのですが、どうも違ったようですねw。
※註 ちなみに屋久島の縄文杉の樹高は30m、幹周は16.1m(直径約5m)

傘杉02
(鳳来寺の傘杉)

イチイモドキが800年の樹齢に達したならば、その高さは日本一の高さの「傘杉」のほぼ2倍にもなり、遠目にも突出した存在として見えていたでしょう。100m(25~30階のビルに相当)もあれば、扶桑樹の別名「世界樹」に相応しいです。このような樹が群生していたのなら、大陸から遥々と渡来して来る気にさせますね(笑)

実は、日本でもセコイアの樹を見る事ができます。

静岡県金谷町大代の国有林にはセンペルセコイヤが実験的に300本植えられたといいますが(昭和2年)、現在20本が残っているそうです。ただ樹齢は70年程度なので樹高100mとまではいきませんが、既に樹高40m、幹の太さは3.7mにも達していて、日本の杉なら300年~400年に相当するそうです。しかし、その後、何故か試験栽培だけに終わってしまったのです。これは耐久性があるが強度が落ち、構造物には向かないという建築用資材として致命的な欠陥があったからでしょう。

この折れ易い性質から、扶桑国で切り出された多くの扶桑樹は、現在まで日本建築物として残っていないのでしょう。ヤッズ★が洞察するに、この切り出された扶桑樹は、多分、上古の出雲大社の御柱として使われたのではないかと睨んでいます。上古(飛鳥時代)の出雲大社(杵築神社)は32丈(約96m)もあったといいますが、平安時代の16丈(約48m)のように巨木を3本束ねて製作したとしても、これほどの長さの柱を作るのは到底不可能だと思います。神社正殿ゆえ姫路城(高さ31.5m)の心柱のように継ぎ木して製作する訳にもいかず、しかも、神殿に至る引橋(階段)にも50~70m級の柱が多量に必要となるのです。大体、こういった高さを得ることが出来る資材が見当たらないことから、架空話として考えられてしまっています。
※註 もはや日本には30m級の心柱を作るヒノキ材は無いのです。姫路城の昭和大修理時には、仕方なく2本のヒノキ材(樹齢670、780年)を継ぎ木して心柱とした。現在、ヒノキの最高樹齢は日本では約450年程度なのです。

しかし、この問題も100mもの樹高となるセコイア(イチイモドキ)を建築資材として使用したならば、十分クリアできそうですね(ふふふ)。
※註 出雲大社地下から16丈神殿の構造材が出土した柱は、よく神社で使われるヒノキではなくスギであった。イチイモドキは不朽性がある為、神殿のような直接風雨に曝される外柱には打って付けの資材です。

出雲大社01
(上古の出雲大社模型)
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似て非なるもの

先日、四川省成都の友人と久々にスカイプで長話しました。

三川(=三河の古名)のヤッズ★と四川省の彼女の取り合わせもなかなか数魂的に面白い現象ですw。しかも彼女の名には「照」が付き、今、意識集中している「照山」とシンクロしている(笑)。これは「石巻山-照山-豊川稲荷」で構成される封印された三角地帯の中央に位置する権現山の「緑野神社」にも言えることであり、非常に興味深い現象です。このシンクロ現象こそ、正にこの現実世界が「外界=内面」という変換人型ゲシュタルト的な世界である証左なのかもしれません。

で、彼女との話は、徐福から始まり、実物大ガンダム、実写版宇宙戦艦ヤマト、少女時代&Karaの韓流ブームにまで及びました。

徐福に関しては、彼が目指した蓬莱山は、語り部情報にもあるように東三河の鳳来寺山だと主張するヤッズ★と山東省煙台市の蓬莱山であると主張する彼女とはずっと平行線のままでした。

蓬萊山は「方丈」「瀛州」とともに三神山の1つであり、渤海湾に面した山東半島のはるか東方の島にあるといい、これは日本を指すと考えるのが普通です。また、山東省の蓬莱山は紀元前133年(元光2年)前漢武帝が巡幸、築城した際に「蓬莱」と命名され、前3世紀に日本に渡来した徐福と比べると後年であり、蓬莱山は仙人が住むという神仙の地なのに、中国の蓬莱市にはそれらしき雰囲気が無いというのがヤッズ★の主張の証拠なのですが、彼女は頑として譲りません(汗)。

鳳来寺山
三仙山大酒店
(上:鳳来寺山 下:三神山を名に持つ蓬莱市の三仙山大酒店【ホテル】)

中国人の彼女に拠ると、この蓬莱という言葉の意味は「苦いヨモギの高菜」だという。

「苦ヨモギ」、、、これは聖書黙示録に出てくる有名な言葉です(汗)。

この星の名は「苦よもぎ」といい、
水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、
そのために多くの人が死んだ。
(新約聖書 ヨハネの黙示録8章11節) 


苦ヨモギは、楽園(エデンの園)から追放された蛇が這った跡からこの植物が生えてきたという伝説に由来する植物ですが、防虫剤にも使われたことから、北欧のバイキングの間では死の象徴とされていたといいます。蓬莱は不老不死の妙薬のある地ですが、指し示す内容が180度違うのは面白いですね。

次の話は、今、話題の四川省成都の遊園地の中華ガンダムです。

布で張られただけの簡素なハリボテですが、日本のマスコミの取り上げ方は尋常ではありません。オザワンの「政治とカネ」並みの取り上げ方です。たかが民間の遊園地がクリスマスイベント向けに学園祭のノリで作ったようなものに対してこの過剰反応なのです。この行為自体、著作権関連の専門家が国内に全く育っていないのがその背景にあるに過ぎません。この報道の裏には遊園地=中国=悪という印象操作の感を受けるのです。実は、こんな些細なことよりも、日本のマスコミは韓国の国家プロジェクトでもあるロボット博覧会に建つ50m超のマジンガーZのパクリの「テコンV」の方を指弾すべきなのだが、、、、

この中華ガンダムの記事URLを教えたのですが、どうも画像は見れないようです。
中国は見せたくない映像は排除してるんだなw
これでは会社のPCと同じです。
日本もいづれこうなるかもしれません。

中華
(国色天郷楽園の中華ガンダム)

仕方がないので画像を送ったのですが、彼女の反応は「確かに似ている、、、」とのこと。しかし、成都に住みながら中華ガンダムのことなど何も知らないという。そして、画像送付から少し経ったところ、急にスカイプが繋がらなくなってしまった。。。。もしかして、この画像は国家機密に属するものなのか?(爆)。

仕方なくその場は終了し、翌日に話の続きをすることとした。
以下は翌日の話の内容です。

キムタク好きの彼女に対し、実写版ヤマトのロケ地が豊橋であることを明かすと、空かさず「キムタクを見たか!」と畳み掛けてきました。十分予想された内容です(爆)。残念ながら目撃していない。。。。。その後も韓国ドラマ『シンデレラ』のロケが豊橋で行なわれる話をしたのですが、これで韓国ドラマ好きでもある彼女が「蓬莱山のある」豊橋を目にすることが出来るのではないかと思った。

さらに、今度は彼女から「韓国のキムタク」ことユン・サンヒョンを知っているか?という話になりましたが、サンヒョンより「もっぷん」の方が似ていると「もっぷん」の画像を送ったところ大爆笑。
※註 演劇「ええじゃないか」が韓国で公演され、聯合ニュースのインタビューを受けた在日演出家のキム・スジンが思いもよらぬ発言をしている。「日本野球代表チームの監督に就任した星野仙一、歌手の和田アキ子、俳優の木村拓哉、草なぎ剛など、人気スターたちが韓国系というのは、海外の同胞社会ではもっぱらの秘密なんです。」ということから、韓国のキムタクという言葉は、意外と核心を突いている。

ユン・サンヒョンもっぷん
(ユン・サンヒョンともっぷん)

さらに韓流に話が及び、少女時代のことは知ってはいましたが、Karaについては知らない様子でした。「Mr.」の動画を紹介し、この中でスンヨンが一番可愛いと言ったのですが「普通だ」とバッサリ。「少女時代」の対抗というか模倣というか「爱朵女孩(アイドルガールズ)」という大陸の中華ユニットがあるが知っているか?と振ってみたところ、意に反して「知らない」という。そこで空かさず、あるブログのURLを紹介し、その画像(下図)を見せたところ、またしても大爆笑です。

中華アイドル
(エヴァシリーズにも偽物が、、、)

中国人以上に中華アイドルに詳しいヤッズ★ですw
で、「少女時代」のどこがいいのか?と問われたので、、、

正直に美貌と美脚だと答えた(爆)。

でも、その美貌も整形だとグサリ(汗)。
確かに、あの国は大統領ですら整形するお国柄ですから、、、

美脚も美貌も成都ではごくごく普通だという。なぜならば、昔から四川は「美人城」と言われる地であるからだという。確かに、美人歌手アランの出身地「美人谷」は成都近郊にありますし、過去記事で紹介した四川省にオープンしたメイド喫茶の服務員は超ハイレベルでしたね。北京も美人が多いところですが、その北京すら凌駕しているというわけか、、、、

現在、北京美人と知られているのは、、、、九頭身美人・孔燕松は「長脚皇后」の異名を持つ程の美脚の持ち主ですが、彼女は「少女時代」一番の美脚の持ち主スヨンをも凌駕します。

孔燕松01孔燕松
(九頭身美人の孔燕松 ハイヒール履かずともこの長さ)

オバマ大統領のレセプションをたまたま聞きに来た大学院生・王紫菲の美人ぶりがネットで話題になる等、美人に関しては北京が中国で一番であるという不変の認識をヤッズ★は持っています。

王紫菲
(王紫菲 彼女も北京美人です)

確かに、以上の結果を見る限り、少女時代の美貌と美脚は、中国ではごく普通レベルなのかもしれない。しかし四川が中国一という話はどうなのだろうか? ネットには中国の美人ランキングサイトがありますが、そこの結果では、、、、

☆中国十大美人都市ランキング☆
第1位:成都美女  擦洗眼睛的純浄水 美人指数:98
四川省の女性は、肌が美しい小柄な素顔美人

第2位:長沙美女  中性之美 美人指数:97
湖南省の女性は、南北の長所を兼ね備えたすらりとした中性美人

第3位:重慶美女  熱情似火 美人指数:96
重慶の女性は、まっすぐな性格の情熱的なセクシー美人

第4位:蘇杭美女  小家碧玉 美人指数:95
蘇州・杭州の女性は、女性らしい可憐美人

第5位:大連美女  豪放婉約 美人指数:94
大連の女性は、少し勝気なすらりとした色白美人


あれほどの北京が上位に出てこないのです(汗)。

しかも、重慶は蜀の国で元々は成都であり、その後独立した都市になったといいますので、四川省は中国の1位3位独占ということではないですか! 噂によれば、成都は4人に1人は美人だという、、、、なんてところなんだw。美人が掃いて捨てるほどいるなんて、、、、かつてヤッズ★が桂林で見た美少女は、この世のものとは思えない程の美しさでしたが、あれはきっと四川の方から観光に来た方に違いありません。
※註 世界における美人の国のランキングは、ベネズエラが1位、続いてインド、米国、スペイン、プエルトリコの順で、中国が7位、フィリピンが9位、日本は16位だというが、、、、

四川に美人が多い理由は、盆地なのに海抜が低い為、紫外線が弱い上に雲が多く更に紫外線が弱くなり、年中曇りや雨の日が多く、中国で最も日照時間が少ない都市のひとつである四川や重慶の女性は、肌が白でスベスベなのだそうです。下の図はある方が主観的にデータ取りした統計的なものですが、明らかに四川の優位さが分かります。

ぐらふ

しかも、今、成都ではゴミを路上で拾うとその場で四川美女がキスをしてくれるという、、、、

■ごほうびはキス! 美人女子大生がポイ捨て撲滅に活躍
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100611/chn1006110851002-n1.htm

う~む、四川はこの世の天国か?
三川を捨て、四川に移住しよう(ボソ)

これは「3」から「4」へのアセンション(次元上昇)です(爆)。

日月神示がいう「不二の仕組」の前に発動する「鳴門の仕組」とは、キツネ劇似のジャッカルを「九尾妖狐」として称し、これを眷属化したダキニ天を祀る豊川稲荷が震源地として東三河で起こる「NARUTO(成るヤマト)の仕組」だと睨んでいましたが、、、、、

う~む、これを「成都(なると)の仕組」と変更してもいい(爆)。

エーテル・スクリーン

おーさわ氏が著書の中でリダンツ(幽体離脱)に絡めて、この目に見える物質世界は「本当の物質世界」ではなく、あくまで「本当の物質世界」が投影された虚像を見ているに過ぎないと語っています。つまり、見えているのは脳内に再現された映像「虚像」であって、実は、これはエーテル界に投影された「本当の物質世界」の虚像を見ているのだという。この秘教的知識は今までこの煩フルで洞察してきた内容に著しく沿っています。

煩フルでは、その映像が投影されるスクリーンは脳内にある「意識」だと曖昧に書いてきましたが、おーさわ氏はもう一歩踏み込んで、それは「エーテル界」だと説明しているのです。う~む、確かにその通りだと思います。

以前の記事「脳の正体」で紹介したように、脳は自発的なパルスを発生することが出来ず、実際には体の動きを「後追い」で認識している受信機能だけのものであり、指令自体は実は外部の気場から来ているというハントの実験結果がありますが、見える世界(現実世界)がエーテル界のスクリーン上に再現された虚像であり、そして、その世界自体が自分の意識世界ならば、この逆説的な実験結果も頭では十分納得がいきます。ただ、今のところ実感は出来ていませんが、、、、(爆)

外界を投影している意識、つまり、それがエーテル界ならば、それは顕在化していない自分の意識そのものです。その顕在化していない原初的な意識、これは生体意識とか生体エネルギーとでもいいましょうか、、、、ここから発せられる指令が自分を動かしているわけです。つまり、目に見える世界こそが本当の自分の司令塔。これをスピではハイアーセルフ(大我)といいます。その司令塔が下した動きを一見肉体に見えるものが行ない、それを後追いで認識して、さも自分が指令を下したと勘違いしているのが「自我」というものでしょうか(爆)。

フルベ フルベ ユラユラトフルベ

これは死者をも蘇らせるともいう「十種神宝」の祝詞ですが、現実世界をこのように揺らして、現実世界をもっと固化しないイメージで眺めみるのも面白いかもしれません。

きっと、何かが起きる筈、、、、(爆)

ただ、おーさわ氏は第三者的にも存在する客観的な「真の物質世界」は存在し、我々は脳内でその虚像を見ているような書き方、つまり、スタジオでの風景をTVカメラを通して放送を経て家庭のTVで眺めているのと同じという感じで語っています。美脚軍団「少女時代」のステージをTV鑑賞している場合で説明しますと、どんなにデジタルハイビジョン化された映像でリアリティがあろうとも、ステージ上のスポットライトが写った場合、その光はあくまでTVモニターの画素が発する光であり、実物のスポットライトが発する光ではないのと同じなのです。これが虚像と云われる所以です。

このようにして、私たちは脳内の「見える世界」を実在のそのものだ、と認識してしまうという大きな誤りを犯したままで生きているのです。これは「覚醒していない状態」と云えるのかもしれませんw

しかし、オコツトはこの客観的な実在的物理空間すらも否定している。。。。。そこに広がる世界は脳内の「見える世界」とは全く食い違った世界、その世界を喩えて云えば、物質状態の固体世界ではなく「波動の海」のような互いが溶け合った融通無碍の世界であるのかもしれません。

さぁ、一体どちらのいう世界が本当なのでしょうか?
今のところ確認する術がない為、答は保留中ですw

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(2009/10/21)
大澤 義孝

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眼球構造から云えることは、特定の色に強く反応する複数種の無数の視覚細胞からなる網膜が眼球奥に配置されていて、ここに水晶体から入って来た外界の光が投影され、その光が網膜上の視覚細胞で「電気パルス」に変換され、さらに脳内に送り込まれて、私たちはその再現画像を眺めているということになるのです。しかし、脳内から外部に直接開いた空洞を介して外を覗いているような感じに見えるのは不思議ですね。現在の地上デジタル放送でも30フレームのリフレッシュレートなので、目の肥えた人にはチラツキを感じたり、あるいは気が付かないままで眼精疲労を起こしています。しかし、脳内映像は同様な電気パルス信号による再生画像なのに非常に滑らかな画像になっていてチラツキはありません。この点も不思議ですね。

この非常に超高度な再生方式が、脳内映像に過ぎない世界を我々は「実在世界」そのものと捉えてしまう元凶なのです。

では、その再生画像はどこに投影されるのでしょうか?

煩フルでは意識だと考えていました、神智学では自己を生命として在らしめるエーテル界(生体エネルギー界)こそが、物質世界として写し出す脳内のスクリーンとして機能するのだといいます。まぁ、エーテル界自体が潜在意識レベルの最下層の生体意識なので、これは同じ事を言っているわけですね。

この内容をモデル化してみました。

スクリーン1SS

覚醒時は物質界からの投影が主になされますが、睡眠時には、今度はアストラル界からの投影が主に行なわれます。前者が現実世界、後者が夢の世界または幽界と言われるものです。ただ、現在はまだ物質世界の投影が主に占めている為、物質世界を実生活としているに過ぎません。

「胡蝶の夢」が云うように、あまりにもリアルな夢を頻繁に見ると、夢と現実がどちらが本当の世界なのか区別出来なくなってしまうというのは、実は、この同じエーテル界のスクリーン上に投影されるからであり、普段の世界認識と同じ方法で認識する為、非常にリアリティが高く錯覚してしまうのです。しかし、同じスクリーンに対し内容の異なるものが投影される為、全く違った法則が支配する空間構成になっているだけのことであり、どちらが正ともいえないことから「胡蝶の夢」が云っていることは決して誇張ではないのですw

オコツトが本当の自分とは、観察対象と観察者の間の空間にいるというのも、実はこのエーテル界のスクリーン自体が「自分」であるということなのですね。エーテル界は物質体の自己とは違って、ある範囲に広がって存在しているのです。

ですから、この視野内に写るもの全ては自分であると云ってもいいのでは、、、少なくとも自分というスクリーンを通して再現されたものであることだけは明白なので、突き詰めれば、「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」というジャイアン主義がまかり通る世界なのでしょうか(爆)。

チャネリングで有名なセスはこの虚像世界のことをこう記しています。

■「君達の観念が現実界を形作る。君達一人一人の観念と連帯した観念だ。さて、観念の強さというものが極めて大事だ…ごく簡単に言えば、みんなが自分に好意を持って優しくしてくれると信じれば、そうなるだろうし、世界中が敵だと信じれば、君達の体験上はそうなるだろう。そして、仮に…、もし、自分は22歳から下り坂だと信じるのであれば、そうなろうというものだ。また、自分が今、貧しく、今後もずっと貧しくあり続けると信じるのなら、君達のする体験は君達自身に対して、それを証明するだろう。

君達が自分の観念に出会う時、その観念は鏡に映った君達自身の顔をしている。その観念達が君達の姿を形作るのだ。自分の観念から逃れることはできない。しかし、その観念は君達が自身の体験を創る手段なのだ。大事なのは、自分が説明のつかないもののなすがままになっているわけではないということを君達がここで悟ることだ。自分では全くどうしようもない出来事、それが君達の表現で言う心理的なものであろうと物理的なものであろうと、そうした出来事にもてあそばれているわけではないということに気がつくことだ。

前にも言ったように、君達が、今の生活は自分の幼少期の出来事によって引き起こされたと信じようが、それと同じくらい自分ではどうすることもできないと感じている前世が原因だと考えようが、大した違いはない。君達に起こる出来事、君達の人生、体験は君達の現在の観念によって生じている。観念を変えれば君達の人生も変わる。」

■「君達は自分の体験を形作る(…長い休止…)。自分の過去、現在、そして未来を形成しているのだ。君達には日々の一瞬一瞬に対して責任がある。それは個人的にも、集団としてもだ。集団として、君達の観念は君達が知っている世界の状況を生じさせる。個人的には、君達の私的な毎日の生活を形作る。以前にも話したように、君達は、言わば、神々の資質を授かっている。それは自らの観念がそのまま現実になるということだ。君達の信じることは君達自身の体験においては本当であり、本当になる。他の答えなどないのだ。君達の人生において、この原則が当てはまらない領域はない」

■「君達は自らの現実界を作る。夢を見ている間の現実界、起きている間の現実界、君達が存在する全ての現実界だ。偶然というものはない。君達の喜びは君達自身から来るし、成功、失敗、あるいは君達が失敗だと考えているものも同じことだ…」 

■「自分の考えや願望を通じて物理的な現実界を創造しているのだということを君達が理解できたなら、現実界の一番大事な側面を学んだことになる。それは君達が過去の人生、すなわち、いくつもの過去世においても、ずっと手をつけてきたことだ。 こうした真実を悟ることができたら、いわゆる他の人生での「借り」は帳消しになる。これを理解し、それに基づいて行動するのであれば、この世にまた戻ってくる理由などない。もちろん、戻ってきたいのなら話は別だが。君達の過去世における、あらゆる困難は、君達がこうした基本的な真実を理解しなかったから引き起こされたのだ」

■「君達が物質世界に生きているのは、気持ち、考え、感情に置き換えられた君達のエネルギーが全ての体験を引き起こすということを学び、理解するためだ。その仕組みに例外はない」

■「現実界の中で物事を賢明に手際よく扱うには、現実界の性質を理解しなくてはいけない。この環境、物理的な現実界において、君達は、自らの想念にも独自の現実界があること、そして、君達の知っている現実界は君達自身が創るということを学んでいる――少なくとも学ぶことになっているのだ。 この次元を去ると、君達はそれまでに自分の得た知識に集中することになる。その時に、まだ、自分の知っている現実界は自分が創るのだということを理解できていない場合は、また戻ってくるのだ。そして、また、身の処し方を学ぶべく、何度も何度も自分自身の内的な現実界のもたらした結果を目の当たりにする。物体化された現実に直面するわけだ。それを習得するまで君達は自分自身を教え続ける。そして、それをすっかり身に付けた時、君達は自分自身の意識を賢明に手際よく扱う方法を学び始めたことになるのだ」

■「…ここにいる間は自分の考えが物質になるのだということ、それを理解することこそが、物質世界に生きるポイントなのだ」


セスは語る―魂が永遠であるということセスは語る―魂が永遠であるということ
(1999/06)
ジェーン・ロバーツ、ロバート・F・バッツ 他

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自分の想念が自分の世界を作る。。。。ヤッズ★がかつて開放間もない頃の中国に行った時、「何故、中国なのだ? あんなところ百年は後進国のままだ(爆)」と親に言われたことがありますが、この時既に、やがて中国は世界の盟主となる確信的な想いを持っていましたので、今の中国の隆盛振りはきっとヤッズ★の想念の結果なのでしょう(爆)。

で、いつも思うのが、、、、このように語るセスって何者?

これはバシャールについても云えるのですが、自分の想念世界の産物(?)である存在や書物が「世界はこうなってるんだよ!」と示唆すること自体、よくよく考えてみれば噴飯ものなのです。これって、実は自分(大我)が自分(小我)に教えたくて、そのように仮態して現れているのでしょうか?(爆)

この模式図の中では、たとえば私たちの頭上に輝く太陽も、実は、本当の太陽の輝きではないことになります(笑)。あくまでエーテル界のスクリーン上に映った虚像が放つ光なのですね。

現太陽が我々の精神進化の方向性を示すというのも、この太陽の輝きがエーテル界のスクリーンで反射され表現される擬似的な太陽光なので、その太陽の輝き自体が精神進化の度合いを示すものともいえそうです。つまり、もっと波動が制裁になって輝度が高くなると、もはやエーテル界のスクリーンに投影しても再現出来なくなるのかもしれません。

これはエーテル界スクリーンにアストラル界のデータを投影しても、夢見がそうであるように、その世界がなかなかきれいに見えないのと似ています。微細な波動データにはもっと微細な波動を持つ再現性の良いスクリーンが必要なのです。

それがアストラル界スクリーンです。

スクリーン2SS

シュタイナーはアストラル界の情念や思念が浄化されると、そこに霊我(マナス)が出来ると言っていますが、そのアストラル構成の領域に感覚器官を発達させ、アストラル界の事物をより詳細に把握できていくように人類は進化していくといっています。この霊我(マナス)がアストラル界スクリーンなのです。

この場合、1つ下のエーテル界の波動を投影して、その中を自己の現実世界として生き、また、もう1つ上のコザール界の夢を見るような生活になるのかもしれませんね。この時の人間構成は肉体の殻を脱ぎ捨て、「エーテル体-アストラル体-自我-霊我」の構成になるのだといいます。

エーテルのボディなんて形があってないようなものです。一番その感覚に近いのは、リダンツ時の体の状態ではないでしょうか。如何様にも変形するし、、、、

これがオコツトのいう変換人なのでしょうか?
少なくとも、不老不死の「神人(ゴッドメンシュ)」であることは間違いなさそうです。

見える世界がこのような構造になっているなら、物質界の投影がだんだんと弱まってきて、そにと入れ替わるようにアストラル界の投影が強まってくることも十分有り得ます(爆)。その場合、徐々になので交代化していることに気が付かないのかもしれませんね。意識レベルの高い自己実現者は、実は願望実現上級者でもあるというのは、この現象を指しているのかもしれません。まぁ、その交代化が押し進んだ時こそが、実は、オコツトがいう太陽が輝くのを止め、二ビルが我々の新しい親太陽となって輝き出す時なのかもしれません。

オコツトが語る2013年に現太陽が輝くのを止め、二ビルが突如、異次元世界から現れ出て来て、我々の親太陽として輝き出すという荒唐無稽な内容も、こういう模式図で考えてみると以外と納得してしまうものです。

エーテル・スクリーンからアストラル・スクリーンへの変換、、、、これは3D映画が上映出来るように映写室を改装するようなものかもしれません。そして、現在進められている「地デジ移行」もこの自己のスクリーン変更を象徴していて、今、それが現実世界に現れているのでしょうか? ここまで書くと妄想と云われてしまいそうですが、現実世界がエーテル界のスクリーンに映し出された世界であり、それが本当は自分の意識ならば、十分アリエール話ですw。

この驚愕怒涛の現象が起きるのが、「デミウルゴスの創造行為」とは真反対方向に進む再編成の過程、、、、分岐されたものが再結合して原初の二極まで遡る「NARUTO(成る和)の仕組」(鳴門の仕組)、さらに、この二極化が1つのものとなる「不二子ちゃ~ん♪の仕組」(不二の仕組)なのかもしれませんね!

demiurge.gif
(マリ国のデミウルゴスの創造行為)

光体作り

現在、光体作りに頑張ってまふw

おーさわ氏によれば、光体は派手な格好の方がイメージし易いというので、それを素直に受け入れて、自分の服装は、一応、赤い人民服+赤パンツのド派手な格好にしてイメージングしています。少なくともイメージが詳細化するのは2~3日掛かるとのことなので、今、焦らずジックリ光体作りに励んでいるところです。

赤い人民服
(赤い人民服)

最初はなかなかイメージング出来なかったのですが、就寝間際にはだいぶ詳細化してきてきました。不思議なものですね。エーテル界には何かしら形状記憶的な要素があるのでしょうかw 物質界に次ぐ粗い波動のエーテル界なのでそういった形状記憶的な部分は多少なりともあるとは睨んでいます。

このイメージングによるエーテル界へのアストラル加工(下降w)は、こんなメカニズムで出来上がるのでしょうかw 残念ながら、昨夜はリダンツは出来なかったのですが、このイメージング自体はなかなか面白いです。

このワークに習熟すれば、タルパ生成も容易くなるかもしれませんw
タルパ・マイスターの称号も近いかぁ~

ちなみに、服装を赤色にしたのは、東三河で崇拝される牛頭天王の元である戦いの神の「蚩尤(しゆう)」の軍旗が「赤い旗」であることからです。この旗をもって壬申の乱を勝ちすすんだ天武天皇にあやかってもいます(爆)。また、東三河は赤出汁の国なので、この赤色はとっても相応しいのではないでしょうかw

更に、ヤッズ★の守護天使「アズラエル」のオーラソーマのボトルの色も赤というのも見逃せないポイントですw。アズラエルは七万本の足と四千の翼を持ち、無数の眼と舌を持つ大天使であるとされており、その無数の眼の一つ一つが地球上の人間の生と死を表していると言われる。その眼がまばたきをする度にどこかで人間が死んでいく為に人間の誕生と死を司る天使だと言われ、イスラム教ではアダムの創造を行ったのもこのアズラエルであるとされ、終末のラッパを吹く天使の一人であるとされています。

B105.jpg
(B105 大天使アズラエル)

まぁ、ちなみにアズラエルのアズラは阿修羅と同源だと睨んでいます。

阿修羅自体がゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーから来ているのは有名ですね。元来、インドにおいても生命生気の善神で至高の存在を表していたのですが、やがて古代インドでは魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられた。本来サンスクリットでは「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味なので、イスラムの大天使アズラエルと同じ役目を持っているのです。

日本では阿修羅というと帝釈天率いる天神軍団に対して負けると知りつつ永遠に挑戦していく「戦闘神」として知られていますが、この「戦闘神」からもこのように同定可能です。

蚩尤=阿修羅=アフラ・マズダー=アズラエル

ちなみに、興福寺の国宝・阿修羅像は本来は真っ赤な像だったといいますので、この洞察内容を著しく補強します。

阿修羅
(エヴァ弐号機にも見えるのだが、、、)

自己の星と雛型

昨夜、就寝前にロウソクの炎を凝視して、眼を閉じても浮かぶ場所を「第三の眼」と定め、そこに意識を集中してリダンツを試みましたが、なかなか上手くいきませんでした。どうも横になっている間に光の点がだんだん薄れてしまい、「見えないぞーーーっ」と焦りが出てくるのです(爆)。

あと思ったのが、この「第三の眼」の方法は、実は「光体生成移動法」と同じなんじゃないかということです。つまり、自分の上に光体をイメージで作る場合、それは当然、「第三の眼」で見ているわけですから、この光体が見えていることは、とりも直さず「第三の眼」に意識を集中していることに他ならないのですね。そして、「自己の星」をその光体に移動させることは「第三の眼」の中に入っていくことと同じなのですね。

とういう事は、光体生成移動法でも最短距離なのだw

ならば、イメージでする「光体生成移動法」の方がいいのかもしれない。。。。
まぁ、基本的には同じことですが(爆)。

ただ、問題は光体のイメージ生成ですね。
これが実に厄介です(汗)。

タルパ作成でも、ここが難関です。

そして、更に難関なのが「自己の星」(=「私」を感じる部分)を眠りに落ちてしまう前に、あらかじめ光体の中に移動させて待機させておくという箇所です。これは言われるほどカンタンにはいきません。大体が自己を移動させるなんて出来るのか?

いったい、どうすれば、、、、

それには、まず「私」「俺」という言葉を何度も発し、その時に感じる場所を確定化させ、それを移動させるとあります。少しぐらいの移動はカンタンだといいますが、これは街を歩く際に近くの電柱に自分がなり切って、その時感じることを受け取るワークと同じような方法ですね(笑)。

そして、自己の星を足下に位置させ、それをそのまま光体の足裏から入れ込んで移動させていく、、、、ただ、これによって直ちに幽体離脱が起きるわけではなく、これはあくまで儀式であり、この儀式をしてから眠りに付くことで、光体に自動的に自己が吸引され、幽体離脱が自然発動するという。

out-of-body experiences
(リダンツ)

そういえば、、、ヤッズ★が2年以上前に幽体離脱をした際には、仰向けになって意識を集中していたのですが、結局、リダンツが上手くいかずに疲れ果てて、仕方なく竜臥のポーズになって、そのまま入眠した時にスルッと簡単にリダンツが起きたのです。しかし、この時の発生のメカニズムは自分でもよく分からないままでした。

今考えてみれば、あの時は仰向けなって金縛り状態になるよう体の動き止め、肉体感覚を無くすように自己イメージングしていたことになるわけですが、実は、これは体と重なった状態で光体をイメージングしていたことと同じなのかもしれません。だからこそ、入眠直後のスルッと自動的に幽体離脱が自然発動したのではないでしょうか!!!

う~ん、だんだん読めてきたぞ!
ここがポイントに違いないw

普通は入眠時に自己が眠りの深淵に引き込まれてしまい、意識が保てなくなるのですが、この方法ならば、入眠時に「自己の星」が進むルートを予め作っておくことになり、「自己の星」が肉体と共に眠りの深淵に引き込まれずに、分離させることが出来るのです。

これを例えていうとこうなります。

水が入ったバケツに赤いボールが浮かんでいるとします。この赤いボールが「自己の星」、つまり自己意識です。このバケツの水を砂場に撒くわけですが、その砂場には溝が1本掘られています。普通は、ボールは水と一緒に向こう側に一気に流れていってしまうわけですが、これが眠りの深淵に入り込んでしまうことです。所謂、「爆睡」ですw。 しかし、この1本の溝に斜め方向にバイパスと網目を張った場合、バケツの水を勢いよく流し込んでもボールだけは網目でキャッチされ、ボールだけはバイパス側に自然と逃げて行きます。このバイパスと網目作りが、入眠前に予めしておく「光体生成移動」の儀式というわけです。

何となく出来そうな気になってきたw

何故、このような不思議な現象が起きるのかといえば、これは突き詰めれば、この脳内で見えている世界は、物質界そのものを見ているわけではなく、実は、エーテル界をスクリーンとして、そこに投影した「虚像」を私たちは眺めているというおーさわ氏の見解に行きつくのです。つまり、エーテル界に対してアストラル界側からの想念によって加工を施し、意識の流れのバイパスを作ることが出来るということです。これは引き寄せの法則にも言えることかもしれません。願望実現の奥義「そうあることを疑わず、確信して受け取る」ということと何か関連があると睨む。

つまり、想念による雛型作りです。
願望実現も、幽体離脱も、実は同じ原理を使っていたのだw

う~む、おーさわ氏の著書はすこぶる示唆に富む本です。

よし、今日は光体生成移動の儀式をして寝るぞw

アストラル・プロジェクション

アストラル・プロジェクション、和訳は「星気体投影」、、、
なんて魅惑的な名称でしょうw

まぁ、所謂、体外離脱体験(OBE)とか、幽体離脱というやつです。ヤッズ★も数年前、2回半程(笑)体験しましたが、その世界がリアルに見えるところまでは行きませんでした。視力が一番最後に明瞭になるとのことですが、どうも触覚止まりだったようで、まだまだ幽界(名倉)での体験も序の口も序の口だったようです。

その体験後、何故かすっかりモチベーションが下がってしまった為、アレ以来、全く体験出来なくなってしまった(涙)。ヘミシンクもやってはみましたが(ミュルア姐さん、多謝!)、自分には合わないような感じです。どうも機械的なのは苦手ですね。しかし、最近、もう少しアノ世界をリアルに体験してみたいと再びモチベーションが高まってきました。

というのも、語り部情報を基準にした1300年前の真実の古代史探究及び検証も前回の吉野桜井行きで一段落ついた感があり、これ以上探究してもそれ程新しい知見は得られないだろうと感じているし、所詮、過去のことであり、自己の認識はあらたにはなったが、これを更に追求していくことが自己の精神進化(?)に絡んでくるとはあまり思えない点からです。また、職場でOBEに興味のある人がいて、かつての体験話(360度の視野、壁抜け、飛行...等)を話しているうちに、自分自身が「あの感動を再び!」となってしまったのです(爆)。

兎に角、OBE体験はモチベーションが一番重要です。
それもかなり強いモチベーションが、、、、

ですから、こういうシンクロは最大限活用ですw
っていうか、これは「次はコレだ!」とヤッズ★の守護天使アズラエルがケリ入れてるのかもしれません(爆)。

まぁ、元々、次のテーマは再びリダンツ(幽体離脱)だと決めていましたが、、、(爆) そこで、前々から買おうと思っていた大沢義孝・著『幽体離脱入門』をエイッと買っちまった。

幽体離脱入門 霊トレで離脱は誰でもできる!幽体離脱入門 霊トレで離脱は誰でもできる!
(2009/10/21)
大澤 義孝

商品詳細を見る


理論的な解説はW・E・バトラーの『魔法入門』や神智学にそった内容です。西洋魔術はオカルトとも言われますが、元来は「オ・カルト」で「隠されたもの」という意味です。西洋魔術本の最初には荒唐無稽な話を載せることで、その内容を神秘のベールに包むわけです。これがオ・カルト(隠されたもの)の語源です。この本の巻末章には、著者の大沢氏がある神秘研究会に属して、リダンツで封をした封筒の中身を当てる実験...等、現実世界のアストラル投影空間を行き来した時の体験記が載っていて非常に興味深ったです。

特に気に入ったのは「グニャグニャ体操」です(爆)。

要するに、幽体と肉体を剥がれ易くする為に、直立したままで手足や上半身を気の向くままグニャグニャと振って全身を弛緩させる体操です。これを1~2分間程度行なうことで、リダンツ成功率が一気に跳ね上がるというが、、、、一応、試してみますw

あと、この本ではなく、ある動画で知った内容ですが、リダンツ時に意識を集中するポイントが「第三の目」と云われる部分だといいます。ここを通じて外の世界に出て行く事が出来るのだという。この外の世界とはオコツトがいう「人間の外面」、つまり「自我以外の領域」のことかもしれませんね。あるいは、この第三の目が、実はカバラでいう「五感の檻」を抜け出る「心の点」なのかもしれません(ニタリ)。

動画の彼は世にあるリダンツ法は全くの嘘っぱちだという。

多分、いろいろ試してみて上手くいかなかったのでしょう(笑)。
そこで、自分オリジナルの技を開発したようです。

で、彼の方法は最初に第三の目を特定してからエネルギーをそこに集中する方法であり、実はこれがリダンツへの最短距離だという。

是非とも最短距離で行きたいものですw
再び行って更なる自慢話するのが目下の目標といいたいところですが、本当は「神人合一」を目指しています。

第三の目がどのあたりにあるかを知る為には、白いロウソクに炎を灯して、その炎の周囲に黒く見える影を5~8分間凝視し、目を閉じた時にユラユラと動く炎の残像が停止した位置が「第三の目」の位置で、ここが意識を集中させるポイントだという。実に、わかり易い説明です。

離脱するやり方には、ローリング法、光体移入法...等がありますが、この光体移入法1つとっても、そのまま移入する方法や先の大沢氏が推奨する一度足の裏側から抜けて光体に移入する方法があり、人によってやり易い方法は千差万別なのです。こればかりはいろいろと試して自分が成功率が高い方法を見つけるしかありません。

動画の青年の話では、、、、

その後、ロウソクの炎を消して横になるとスゴイことを体験するという(汗)


(アストラル・プロジェクション① 動画)

このロウソク凝視は、ヤッズ★浴室で電灯凝視をしていた時の方法と同じですね。凝視し続けることで、輝き周辺の黒い影の部分が徐々に大きくなり、やがて電灯の最も輝度が高い部分を覆い始め、その大きくなった影の部分に意識世界の映像が投影されて画像が見えるのです。ヤッズ★の場合、飾りの付いた楕円形の鏡の前で髪の毛を梳く西洋女性の姿を見たことがありますが、これはまさしく「西洋版貞子」です(爆)。
※註 強い光を見るとその輝度に眼が自動的に補正される為、ダイナミックレンジ(=識別可能な信号の最小値と最大値の比率)が大きくなり、相対的にその周囲は暗くなって識別されます。これが黒い影の正体ですが、ここは外界世界の情報が映し出されないブラックアウトした状態の部位であり、ここに意識空間の希薄な情報が投影され、それを私たちは見るわけです。

まぁ、貞子はその後、ハリウッド化されたので、あれは予知眼だった?(爆)

この凝視する時のポイントは、3D立体写真を見る時に行なう平行法と呼ばれる「あの眼」の使い方です。なかなか難しいのですが、下記画像で練習してみてくださいw

貞子
(実はコレは3D化されてませんw)

よくよく考えてみると、意識世界の出来事を見る眼が「第三の目」と云われるものであり、リダンツ(幽体離脱)時にもこの第三の目を使って周囲を眺めている筈なので、この「第三の目」を最初に特定してから、その視野を広げ、そのポイントに全意識を投入していくという方法は非常に理に適った合理的な方法だと思います。

これなら最短距離でリダンツできるかもしれない、、、、
※註 リダンツは実際に魂が物質体から抜け出している訳ではなく、就寝時のシチュエーションで、夢の中で作られたウリ2つの肉体から離脱するところから始まる明晰夢です。離脱時に起きる体の激しい振動は、意識がフーリエ変換して個→全という状態になる過程で生じるものだと睨んでいます。本当に体が揺れるわけではありません。


(アストラル・プロジェクション② 動画)

横になって眼を瞑り、この第三の目に向かって意識を集中してドンドン前に進んでいくと、やがて周囲が渦状に回転し始めるが、ある時、急にそれがバッと大きくなる。さらにその中に小さな穴(BB弾の半分くらいの大きさ)があっちこっちと動いているのが見える。それを見失わないようにずっと追いかけていくと、星のようなものが周囲を過ぎ去るのが見え始めるという。

このが「星気体投影」の語源でしょうかw

実は、これは2回目のリダンツ成功時に体験したのと全く同じ過程です。

ヤッズ★の場合、実は仰向けになってリダンツ成功したことが1度もないのです(爆)。頭を横にして竜臥のポーズをして眠りについた際、幾何学的な白黒模様が渦を巻いた状態が見えた後に、向こう側の世界に抜け出たという感じでリダンツに成功しています。ですから、一般的なローリング法で体から抜け出たことは一度も無いのです(汗)。従って、金縛り経由のリダンツではなかったので、あまり恐怖感を感じずにリダンツできたのです。ただ、抜け出る直前には大地震のような体の振動はありましたが、、、、この辺はリダンツ全般に共通して云えるのでしょう。

この第三の目に集中する方法はヤッズ★向きだ(ニタリ)。


(アストラル・プロジェクション③ 動画)

さてさて、ここはまだ入口手前であり、この先にさらに進むと光のネットがグルグルと渦巻いているのが見えるのだといいます。ここがアストラル界への入口だといいますが、これは見たことがあります。ただ、動画の青年はここまで達するのに25分も掛かるといいますが、ヤッズ★の場合はたった数秒だったので、違う内容なのかもしれません。

そして、その入り口を抜け出るとガイドがいるという、、、
うっ、、、、今晩から試してみようw

ちなみに、名倉ガイドは当然スンヨン希望です(照)
こういう点からもモチベーションを高めなくては、、、

スンヨン02
(超カワイイ、Karaのハム太郎・スンヨン ああっ癒されるw)

ヤ・ウマトゥ(神の民)発進!

先週末の土曜に実写版ヤマトを見に行きました。

てっきり佐々木功の逞しい声で「あの娘がしていた真っ赤なスカーフ...」が聞けるものだと思っていたのですが、予想に反し、エアロスミスのスティーブン・タイラーの曲でした。世界ロードショウも視野に入れている為か、やはりタイラーでないとダメなのでしょうね(涙)。既に台湾、香港、タイ、シンガポール、フランス、ドイツでの海外配給が決定しており、ハリウッドからもオアファーが入っているといいます。

やっと日本のVFX技術も宇宙をちゃんと描けるようになったか、、、
感無量です(涙)

でも、どこかアルマゲドンと同じ臭いが、、、

基本的に同じく犠牲愛だしw



映画を見た感想は、いまいち情感に訴えてくるものが弱いようです。それでも、リアルなヤマトの外観を拝む事が出来て感無量なのですが、設備のチープさだけはいかんともしがたい。ハリウッド映画とは違い、その辺、予算が少ないのが響いているのでしょう。ただ俳優人の豪華さは凄いの一言です。よくもまぁ、これだけ俳優があのチト恥ずかしいクルースーツを着る気になったかと思う(爆)。それ程までに、この映画は国民的アニメというわけで、東宝の腰の入れ方が違うのでしょう。

この映画の見所は、スバリ、ギバちゃんの真田志郎なりきり演技です(爆)。

上記動画にも「早く行け!古代!」というセリフがありますが、この箇所を真田志郎役の声優・青野武氏を使ったのではないかと思われるぐらいトーンといいイントネーションといいそっくりなのです。それもその筈、ギバちゃんは大のヤマトフリークであり、撮影中、彼の半径5メートルはヤマトの世界だったという(爆)。

役へののめり込み方が違う、、、
おそらくギバちゃんが一番楽しめたのではないでしょうか!



実は、この真田役のキャスティング自体がキムタクの推薦からであり、また兄役の古代守役の堤真一もFMVのCMで兄役をしていたという間柄で普段からも「あにい」と呼ぶ間柄であるのです。このように、この映画はまさに「出来過ぎ」「完璧」なのですw

しかし、この出来過ぎと云う点は、以下に述べるから更にその思いが強くなるでしょう。

この実写版ヤマトに注目し出した発端は、ある掲示板でドクター~と名乗る謎の「シリウス海綿体存在」からの情報でした。この氏に導かれるまま分杭峠を始めとした中央構造線に関する探索を始めた結果、その後の展開で、大国主系の語り部情報やトランブレーみゆきさんに行き着いたのでした。

日月神示では「富士(不二)の仕組」前に「鳴門の仕組」が発動すると云われていますが、アニメ『NARUTO』の霊的舞台である豊川稲荷のある東三河でこの「鳴門の仕組」→「成る大和(10)の仕組」が発動すると洞察したところから、俄然、この実写版ヤマトに注目し始めたわけなのです(爆)。

しかも、この映画の封切はコルマン・インデックスの第8サイクルの最終区間「Day7」の期間2010/11/2~2011/10/28とほぼ一致しています。この期間は第9サイクル「覚醒」へと誘う新しい事が躍動し始める養生期間や雛形期間に相当する時であり、タイミング的にもドンピシャなのですw

この映画の封切は以下の暗喩だと看破しました。つまり、アニメや漫画の「萌え~♪」、コスプレ、可愛いキャラ弁、回転寿司等の日本食...等の「クールジャパン」と称される日本の庶民文化に世界の人民が親しく触れることで、この文化が来るべき世界文明の雛型であることを実感し、この文化を通じて「大和魂」という微細な波動を感受する心が育まれ、やがて「世界は1つ人類は皆兄弟」という大和民族(ヤ・ウマトゥ=神の民)になっていくであろうこと。このことを看破したのです。

世界中で大人気のアニメ『NARUTO』に代表されるように、これは日本のクールな文化が世界中で受け入れられ普遍化していく仕組なのです。これが「NARUTO(鳴門)の仕組」なのであり、「成る大和(10)の仕組」なのです。

そして、その仕組発動の地が東三河であると睨んでいたのですが、実写版ヤマトのロケ撮影地が豊橋&田原であることで、その思いは更に強固になりました(爆)。このロケ地誘致には「穂の国ロケ勧誘隊」(通称:暗部)の暗躍があったといいます。

田原ではフェリーを湾内に1週間浮かべ、コスモタイガーの格納庫でのシーンを撮影しています。また、豊橋においては、冒頭でキムタク扮する古代進がレアメタルを探索するシーンを撮影していいます。ただ、グリーンスクリーンを背景に撮影されていますので、ここが豊橋かは豊橋住民でさえ気づきませんが、、、、w

しかも、レアメタル探索シーンの背景には第二次世界大戦で沈んだ戦艦大和が映っており、この残骸をダミーにしてヤマトが建造されるという御馴染みのストーリーになっているわけですが、ここから「宇宙戦艦ヤマト」は発進しているのです。

「ヤマト発進!!!」

つまり、「成る大和(10)の仕組」を暗喩するヤマトは東三河の豊橋から発進したのです(爆)。

そうだったんだ、、、、
次の「不二子ちゃ~ん♪の仕組」も東三河・豊橋で発動で間違いないなw

なにせ、市章がそのものズバリだしw

豊橋00
(不二の関係=ゼロポイントを示す豊橋市市章)

実は、これこそ「外界=内面」という「変換人型ゲシュタルト」そのままの展開なのかもしれませんw まぁ、そうであるならば、尚更、不二の仕組の発動地は自分の居る豊橋である筈であり、ある意味、これは当然の帰結なのです。

これは「出来過ぎ」「完璧」以上の何ものでもありません。
キムタク以上にヤッズ★が驚いているのですw
※註 実はキムタクと豊橋は深い繋がりがあるのです。サーフィン好きなキムタクは赤羽根によく来ており、地元のスーパーで見かけたとか、マンションを豊橋に持っているという地元の都市伝説があるw

そして、これは必ずや世界配給される筈だと睨んでいましたが、やはりというか、ハリウッドからもオファーが来ていますね(ニタリ)。最近は日本のアニメを題材にしたハリウッド映画が人気ということもあり、この実写版ヤマトも前評判に反して意外と「大ヒット」となるかもしれませんね。実写版ヤマトのウリはスタートレックとスターウォーズとアルマゲドンを一度に味わえ、且つ、この宇宙戦艦の有り得ない外観テーストがメルヘンチックでロマン溢れるファンタジー風味でしょうかw これは「大和魂」のみが良しと感じる微細な感覚なのです。

で、この実写版ヤマト上映という事象が暗喩することは、、、
「波動砲発射!」ギャクでもよく使われるのですが、、、

やはり、これは男性原理の蛇、クナト神の復活ではないかと思うw
※註 クナト神は「熊野大神」とも呼ばれる出雲(蝦夷=アイヌ=エブス人)の本来の神様で、自然界の凸状のものに降臨すると云う。

伊良湖のり
(ロケ中にキムタク&メイサが旨いと大量に買い込んだ「伊良湖のり」は今や爆発的人気商品)

奈良妄想紀行3

第3回目は、1日目の大神神社です。
一応、これで紀行文は最後です。

■大神神社
大神神社は「大神」とかいて不思議なことに「みわ」と読みますが、語り部の話では、これは豊橋の石巻神社近辺に住む三輪氏族の三輪高市麻呂が壬申の乱の活躍によって取り立てられ、それまでの大神神社の神官である太田多根子を廃して、大神神社の神官に据えたからだといいます。このことから大神を「みわ」と読むようになったと思われますが、大神神社社伝にあるように石巻神社が「奥の院」であるというのは、こういった経緯からなのですね。
※註 太田多根子は三輪氏の祖とされているが、実際は違うのですね。

この大神神社の最大の特徴は、三輪山を本殿とする為に境内には拝殿しか設けておらず、御神体の三輪山を拝む古代の参拝形式になっていることです。

しかし、ここに謎があるのです。

大神神社の拝殿の向きを見れば分かるように、拝殿は正しく山頂を向いていません。どちらかといえば、三輪山南斜面を拝しているのです。

大神神社01
(南斜面に拝殿が向いている)

これは面妖ですw

で、拝殿の向く方向をそのまま延長すると、なんと石巻山に到達するのです。大神神社で拝することは、実は、石巻山を拝していることになるのです(ニタリ)。つまり、ヤッズ★たちは遥々大和の地に行って我が町の石巻山を拝してきたことになります(汗)。このことからも、大神神社(大三輪神社)の社伝にあるように、石巻山が奥の院であることが分かりますね。

桜井豊橋01SS
(桜井市の大神神社と豊橋市の石巻山)

石巻山の麓には第一の鳥居がありますが、石巻山山頂と第一の鳥居を結ぶ線が正しく大神神社に向いていると云われています。しかし、これは見方を逆にしなければならないのです。大神神社から臨んで第一の鳥居を中継点として石巻山を拝しているというのが正解なのでしょう。

つまり、大神神社とは石巻山の遠拝所だったのです(爆)。

ただ、その遠拝所というのも、壬申の乱で戦績を挙げた三輪高市麻呂が天武天皇に取り立てられて、王丹波神社の神官に据えられて社名を大神神社(大三輪神社)と変更したところから始まると睨んでいます。しかし、実は三輪山の礼拝所としての歴史はもっと古くに遡ることが出来るのです。日本一古い神社というのは伊達じゃないw

それを暗喩しているのが拝殿奥にある鳥居でしょうか。

その鳥居は有名な大三輪の三ツ鳥居と呼ばれますが、この鳥居には何故か扉が付けられているのです。近くには同じく三輪山を拝む桧原神社がありますが、ここの三ツ鳥居にも格子が嵌められていて、まるで神様がここから出入り出来ないように幽閉しているといった感じがするのです。

大神神社
(大神神社の三ツ鳥居)
三ツ鳥居
(桧原神社の三ツ鳥居)

語り部によれば、この三ツ鳥居はこの山の山頂・中腹・麓でそれぞれ別個に三王朝が御嶽神事を行なっていた名残だといいます。本来の三輪山は「御室山」という呼ばれるように大国主族のカンナビ山でしたが、その主な管理は出雲族(大国主族)だったのではないでしょうか。その証拠に三輪山の裏側にある巻向山の尾根にあるダンノダイラには出雲族が住んでいたとういう伝承があり、さらに古い時代にはこの出雲族は三輪山の麓に王城を築いていたとのだいいます。しかし、天皇家の勢力によって山の上の方にまで追い払われてしまったのだという。その山に追い払われた一族が鎌倉時代に長谷寺から里に下りて移り住んだのが出雲村だという。

隠れ里の村人たちは山から降りた後は、現在の十二柱神社の地からダンノダイラにある磐座に向かって拝み、年に一度、出雲村総出でこのダンノダイラに登って一日中相撲をしたり食べたりして先祖を祀って偲ぶ風習があったといいます。今は無くなってしまったのですが、この風習は明治の初め頃まで続いたといいます。何かしら国家神道に不都合な点があり、明治期に何らかの圧力があったと思われます。

その出雲村の人が語った内容が以下です。

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★そして辻田さんが地元の出雲さんにお聞きしたという「大和出雲史」から
「私の名の出雲というのは、表に出てはいけない名字です。天皇家が陽とすると、私たち出雲は陰になります(雲が出てくると、太陽が隠れるから、太陽にとって、出雲は邪魔な存在。という事だと思われます)。出雲の名をもつ家は、10軒以上あり。私の家が、出雲家の本家にあたります。口伝えになりますが、奈良盆地の真ん中ぐらい、今の田原本町から東側が先祖の土地だったと聞いています。しかし攻めてこられ、土地を奪われ、城のような建物は焼かれ、生き残った一族は、山に逃げ込みました。わたしは、滅ぼされた王から58代目にあたると聞いています。鎌倉時代にダンノダイラから下りてきてからは、家系図があり 37代目か38代目で鎌倉時代までさかのぼれます。58代前は、7世紀の中頃ではないか?と村の人も行っています。ただ、私たちの王が日本の歴史の誰に当たるのかは、解らないそうです。焼かれた城の位置も村人によって違うので、はっきりしないそうです。(今の出雲より盆地寄りという事は共通しているようです) ダンノダイラから下りて来る時、長谷寺か何処かの、指図を受け、直接下りてこず、源氏に追われた人々という形をとったようです。その時何かの密約でもあったのか、出雲の名を背負い、口を閉ざしました。特に、大和朝廷側に攻められた事。ダンノダイラに住んでいた事は、村人以外に話すなという掟があったようです。特に明治、昭和初期は、厳しかったようです。ただ、昭和40年ごろ、調査に何度も来られるので、村人が協議して、古代出雲邑がダンノダイラに在った事は、教えたそうです。しかし天皇家に滅ばされた事は、決して話さなかったようです」※「もういいだろう」ということでお話ししたそうです。


■pentacross 古代☆ペンタクロス文化 pentagram
http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/archives/9307631.html
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このダンノダイラに住む人たちが、かつての大神神社(王丹波神社)を管理していたのでしょう。大神神社の鳥居には横木である「鴨居」が無く、単に二本の柱に横たえた注連縄という構造になっています。この注連縄は三本の大縄で縒ったものですが、不思議な事に「頭が左側、尾が右側」になっているのです。普通一般の神社の場合は「頭は右側、尾は左側」であり、逆になっているのです。

鳥居
(大神神社の拝殿前の鳥居)

語り部によれば、出雲族は蛇信仰と星信仰をしていたといいますが、蛇信仰は蛇は脱皮することから不老不死の象徴とされたところから来るといいますが、大国主を象徴する蛇が逆に付けられているのです。これも何らかの封印術だと睨んでいます。

出雲族ゆえ、そこに祀られる神は当然、クナト神でしょう。

大神神社の神紋は16菊花紋ですが、これは天皇家の管理化に下った証拠であり、この封印を施したのが大和朝廷であることは間違いのないことです。

また、大神神社には狛犬がないことも特筆に上げられます。狛犬とは拝殿に近づく者を威嚇する番兵役だと云われていますが、伊勢神宮には狛犬はありません。その理由は祭神変更されて、境内社に移設させられてしまった旧祭神から本殿の神を護るのが狛犬の本来の役目であるからともいいます。大神神社に狛犬がないのは祭神変更を受けていないからでしょうか。

つまり、これら神社は三輪山の神を牢獄に入れて幽閉する封印ではないでしょうか!
同様の封印社が伊勢神宮の外宮・内宮ですが、これらは国家鎮守の社にまで昇華させられています。

宿泊したペンション「サンチェリー」のオーナー兼地元の史家・田中八郎氏の説では、、、

「オオタタネコ」はやがて王権派にとりこまれてしまった。「王権予備軍がミムロ派を神社から出れないように(活動できないように)、見張る役目に就いたのが隼人族だ。その名残が、狛犬だ。だから、「アマツ神を祀る神社には狛犬はいない」 隼人はもともと縄文先住民だったが、王権派が九州をでるときに従ってともに来たらしい。政の中心にはつかず、その職掌は警備だった。


大和誕生と神々―三輪山のむかしばなし大和誕生と神々―三輪山のむかしばなし
(1996/12)
田中 八郎

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天津神を祀る神社には狛犬が無い」といいますが、確かに伊勢神宮には狛犬がないですが、伊勢神宮は封印社というのがヤッズ★の見解ですのでここで齟齬が生じます。また、東京の明治神宮は天津神そのままですが、ここにも参道には狛犬がないのですが、内陣にはあるといいますので、この説には素直に頷くことが出来ません。

この恭順しなかった被征服民が土蜘蛛と呼ばれた人たちですが、土蜘蛛の中でも奈良県大和葛城山にいた土蜘蛛は特に知られていますね。語り部の話では、元来、葛城の地は大国主系の蘇我氏の領有地でしたが、崇峻天皇に召し上げられてしまい恨みが募っていたといいますが、この大神神社やダンノダイラのある山の辺の地も大国主族の深い恨みが募る場所なのです。

それを恐れるが故の封印術なのでしょう。

萌えた
(大神神社の手水盤説明図、、、ここにも萌え化の波がw)

奈良妄想紀行2

話が前後しますが、今回、2日目の吉野山の方を先に記事化します。

■金峰寺山・蔵王堂(吉野)
シャイな笑顔の三体の蔵王権現は凄かったです。あんな仏像(?)は見た事ないw これが安土桃山時代建造の国宝・蔵王堂に収まっているのですが、もうその重厚さに圧倒されっぱなしでした。特に蔵王堂は、いろいろな種類の巨木をそのままの形で使用している点も「◎」です。旅行中、始終つまらないとぼやいていたJr.もこの時ばかりは感動したと言っていました。
※註 この秘仏の次の開帳は25年後とも45年後だともいうが、、、、今回、見れてラッキーでした。

この蔵王権現の独特の形態は役小角が山頂の「湧出岩」から感得した姿だと云われ、その姿を桜の木に彫った為に、蔵王権現に捧げる献木として多くの人たちが桜を植樹したことで吉野は桜の名所になったといいます。つまり、蔵王権現の本当の御神体は山頂の「湧出岩」であり、それが蔵王権現そのものなのです。現在は仏教の釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊と習合されていますが、それは神仏習合時代を乗り切る為の便宜上のものにしか過ぎないと思います。

蔵王権現の正体は凸状の岩に降臨する男性原理、、、

多分、クナト神でしょう。

前回の記事で、飛鳥が「シリウスの都」だという話を書きました。金峰山の蔵王堂と本堂前の広場に石柵で囲まれた一廓(=護良親王が最後の酒宴を開いた「四本桜」)がありますが、実は、この構図が法隆寺の若草伽藍の金堂と塔と同じ構図になっているのです。しかも、その中央線を引いたラインが南北ではなく、ちょうど北から20度傾いたシリウスラインになっているのです。

蔵王堂
(金峰山寺のシリウスライン【赤線】)

つまり、蔵王権現信仰とは、実は星信仰でもあったということです。

若草伽藍
(新旧法隆寺 赤線が若草伽藍)

クナト神と星信仰、、、、これをどう考えればいいのでしょうか?

語り部は出雲族(大国主族=アイヌ=エブス人)は蛇信仰(クナト神・アラハバキ女神)と星信仰をしていたといいますが、これから考えるにどうも吉野も大国主系と同じ信仰の流れのようですね。金峰寺山を開山した役小角も出雲王朝直系の大国主族である蘇我入鹿の孫の神(カムイ)虫麻呂がモデルであるといいますので、吉野のルーツは大国主族の先住民族に求めることができそうです。近くにある熊野はその名の通り出雲から「クナト神=熊野神」を勧請したところから来ていますが、吉野も同様だったわけです。出雲・熊野・吉野の違いは、仏教・道教・神道の混ざり具合で各々が特色付けされたのでしょう。

ここに面白い説があります。

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仮に、地球物質界から観たときに、この六芒星の裏側にあたる、つまり、シリウスA「アルメーラ」の裏側にあたるのが、シリウスB「ディジターリア」です。すなわち、地球物質界では、永らく、裏側に隠され続けて来た、神秘の星の正体が、この、シリウスB「ディジターリア」のことになります。

その、シリウスB「ディジターリア」の奥に潜むもの、六芒星である「ダビデの星」の奥の院の正体は、どなた様であるのかという部分についてです。それは、瀬織津姫さんのお父さんにあたり、菊理姫さんの夫的な立場にあたります、天火明命(あめのほあかり)さん=天之御中主神さんという存在であります。


■古代グノーシス派の教義の規範は、「シリウス星系」にあり
http://mihoh.seesaa.net/archives/20100205-1.html
(あれっ、再開してる。Kagari氏はアセンションしたのではなかったのか?・汗)
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現在のシリウスは天空で一番明るく青白く星として知られていますが、実は、ローマ時代にはシリウスは赤く輝く星として描かれていたのです。この理由は、シリウスは連星(=主星と伴星)として知られていますが、これが宇宙では普通の形で太陽系のように恒星1つというのは実は珍しいのです。この色の変化は紀元頃シリウスBが輝くのを止め、突如、シリウスAが輝き出したからだと睨んでいますが、Kagari氏の説はこれを補強するような内容です。

つまり、「表の星系」から「裏の星系」に転移した。。。。
これが、所謂、アセンションでしょうか。

実は太陽系も同じ主星-伴星構図であり、相方が二ビルだと考えています。オコツトは2013年に太陽が輝くのを止め、二ビルが異次元から突如現れてきて輝き出すというのですが、、、、その真贋はさて置き、これが本当かどうか確認できる時にいる点はワクワクします。
※註 太陽系には謎の巨大重力が存在するといいますが、重力は異次元間を浸透して行き来できる唯一のものであると唱えるのがリサ・ランドール博士の仮説です。同様の見解は「双子宇宙論」を唱えた旧ソ連のサハロフ博士も唱えていますね。サハロフ博士は宇宙の大規模構造は銀河が「蜜な領域」と「疎の領域」からなるバブル構造になっていますが、この「疎の領域」(ボイド)が出来る理由が異次元世界から排斥力が働いた結果ではないと考えています。

「表の星系」「裏の星系」を象徴的に表したのが六芒星のシンボルだとKagari氏は云いますが、これは古代のグノーシスの知識であり、その意味するところは、、、、


   ★上向き三角形 → 水(非物質的色彩=青色)
   アセンション(Ascention=上昇する)



   ★下向き三角形 → 火(非物質的色彩=赤色)
   ディセンション((Descention=下降する)



だといいます。この対極関係こそがシリウスが「赤→青→赤→青...」と転移していく基になっていると思います。同様に現在の太陽系で考えてみた場合、今は太陽という赤い星が統治している「物質世界」という波動の粗いディセンションした世界であり、一方、二ビルという青白い星が統治した霊的世界がアセンションした「ミロクの世」ということになりそうです。これはオコツトが語る「人間→変換人→人間→変換人...」と交互に裏表を繰り返しながら意識進化していく内容と符合します。

そういやぁ~、青白ってとっても霊っぽいよなぁ~
「生きながら霊界に入っていく」というオコツトの話が脳裏に浮かぶw

きっと、デスラー総統は変換人なのだろう(爆)

デスラー総統ワイン
(実写版映画では、ガミラス=デスラー=集合意識体でしたが、、、、)

この赤と青白の波動関係は、ガミラスイスカンダルの裏表の関係と似ています。荒廃した「赤い星」であるガミラスはディセンションした惑星であり、水々しい「青白い惑星」のイスカンダルはアセンションした惑星です。まぁ、そこに住む住民の肌の色は逆なのですが、本来はスターシャが青白い肌でなくてはならないw

ん? 青白い肌が変換人なら、、、、

青白い肌を持つ蔵王権現は変換人かぁーーー!

蔵王権現00
(シャイな笑顔のミスター蔵王権現)

インドの神様は青色で描かれる場合が多いのですが、あれは「浅黒い肌」で描くとよく見えないからというのが理由であり、その代わりにインドで尊い色とされる青色で描かれているといいます。そんな青色の肌を持つ人物が実際にいます。10年以上に渡ってコロイダル・シルバーを服用していたポール・カラソン氏は、「銀沈着症」で皮膚の色が青色になってしまったといいますが、彼こそ正真正銘の「変換人」かもしれない。

blueman.jpg
(青い肌を持つポール・カラソン氏)

まぁ、変換人の場合、希薄な存在、つまり、肉体を脱ぎ捨てた状態であり、最下層がアストラル体でなければならないが、、、

このようにシリウスは太陽系の行く末を暗示する為、未来下生のミロクとされ、シリウスを崇める星信仰となっていったのだと考えています。ここでその「表の星系」「裏の星系」の奥の院にいる存在が天之御中主神だということですが、星信仰における天之御中主神は北極星・北斗七星信仰の本尊であり、仏教の場合、これは妙見菩薩として表されています。また、天之御中主神は道教における天の中央の至高神(天皇大帝)と同じものなのです。このような属性から神仏習合時に天之御中主神は妙見菩薩に習合されていった。逆に、明治の神仏分離の際には、妙見菩薩を表立って祀れなくなり、祭神を天之御中主神に改められたものが多いといいます。

玄武に乗る姿で描かれる妙見菩薩は、大黒天・毘沙門天・弁才天と同じく天部に属する神ですが、この「妙見」とは「優れた視力」の意であり、翻って善悪や真理をよく見通す者という意味なのです。

つまり、、、「ホルスの目」 Eye in the Skyなのです。

ホルスの目妙見菩薩
(ホルスの目と妙見菩薩)

このことから、妙見菩薩とは、玄武(脚の長い亀に蛇が巻き付いた形)というピラミッドの上に乗った「ホルスの目」を東洋的に表現したものではないかと睨んでいます。

つまり、妙見菩薩=ホルスの目=天之御中主神となる。

蔵王権現の正式名は金剛蔵王権現といいますが、これは金剛界・胎蔵界を統べる王という意味だそうです。で、蔵王堂に同じような三体の蔵王権現があるのは、現在・過去・未来を三体で表しているといいますので、蔵王権現とは、金剛界(外界)・胎蔵界(内面)に渡り現在・過去・未来と全てを統括する男性原理的な存在を表現しているといえそうです。

つまり、クナト神=蔵王権現=国常立神=麁乱神(ソランジン)=三宝荒神=艮の金神

一方、女性原理を表すのが、、、

アラハバキ女神=瀬織津姫=豊雲野神=市杵島姫=天鈿女神=弁財天=坤の金神

このように様々な名称に変わってしまっていますが、アイヌ(エブス人)が信仰した「地神」とは、愛知県犬山市にある田縣神社や大縣神社のように、結局のところ、以下のものがその源なのでしょう。

ちんちん鈴
(飛鳥座神社のちんちん鈴)

至ってシンプルです(爆)

不二は晴れたり

日月神示の冒頭は、「不二は晴れたり日本晴れ」で始まっていますが、世界の隅々までが悪神・悪霊たちの掌中に落ちたと思われた際、不二山の大噴火とともに正神の神々による「立て替え・立て直し」が開始されると予言されています。予言が的中するかどうかは、さておき、

ここで普通の人は、、、、

不二山=富士山

と確定的に捉えてしまっています。確かに「不二」に該当しそうな山は今のところ駿府の富士山しか見当たりません。しかし、ここに解釈上の誤りがあるのではないかと最近切実に思っているのです。というのも、富士山の古名は「浅間山」であり、蝦夷(アイヌ)の怨霊とも縄文の古代神とも云われる日月の神(艮の金神)が云う場合、「不二山=富士山」とすることは少々安易であり、ちょっと違うのではないかと思われるからです。
※註 かく言うヤッズ★も以前は「不二山=富士山」で記事書いていたが、、、

語り部の語る内容を真実の歴史と考える煩フルの決まり事では、、、、

不二山=不尽山=不死山=蓬莱山=鳳来寺山です(爆)
※註 古史古伝である『富士古文献・宮下文書』には、徐福が目指した地は『トヨアシハラミズホの国でホウライ』と呼ばれていた」と書かれていますので、豊葦原瑞穂国中津国に蓬莱山があったことになります。何度も言うようですが、豊葦原瑞穂国中津国が「豊橋」の語源なのですw

「NARUTOの仕組」を発動するのがNARUTO比定地の豊川稲荷なのですが(爆)、鳴門(ナルト)とは「成る大和(ナルト)」であり、これは二極化したものが更に二極化して万物が創造されていくという「デミウルゴスの創造」とは反対方向に進む過程です。豊川市の市章がそのことを如実に表していますね。

そして、その接着剤的な役目を担うのが、世界中のヲタを虜にしているアニメ萌えやカワイイ弁当やヘルシーな日本食の「クール・ジャパン」であると睨んでいます。

世界中の人民が大和民族になるのです(超爆)。

実際、縄文時代に花開いた文明が世界各地に渡り、シュメール文明、黄河文明...等の古代文明を興し、その後、再び、続々と日本に帰還してきたというのが真実の歴史の流れです。毛野国のエブス人にしろ、平原広沢の王の徐福にしろ、邪馬台国の卑弥呼の倭人にしろ、初期大王家のカド族にしろ、後期大王家のエフライム族にしろ、続々と日本に帰還した人たちではないでしょうか。

そして、ミロクの世=世界の大和化=失われた記憶の再興、その「成る大和(ナルト)」現象が物質世界に象徴的に現れているのが、現在、封切公開中の「実写版・宇宙戦艦ヤマト」でしょうか(爆)。



そして、ここが最も大事な点なのですが、、、、

実写版ヤマトのエンディングロールに何故か豊橋が登場するのです(爆)。
※註 豊橋&田原でロケしたといいます。そのシーンとは、、、①フェリーを使い湾内に1週間停泊してコスモタイガーの格納庫でのシーン ②冒頭のレアメタル探索シーンの2つを撮影したといいます。東三河への集中。これこそ「外界=内面」という変換人型ゲシュタルトの証左かもしれないw

ハリポタのアジア唯一のクィディッチ・チームである「豊橋天狗」、ロード・オブ・ザ・リングの中ツ国(=豊葦原中津国)、NARUTOの火の国(=穂の国)、ナウシカの聖都シュワの墓所(=石巻山)、エヴァンゲリオンの冬月副指令官の回想場面、KARAの関東圏以外の初ライブ、韓流ドラマ『シンデレラ』のロケ地...東三河を取り巻く、こういった不思議な事象に続く快挙ですw

実は、豊橋がロケ撮影地に選択された霊的な理由は、、、「鳴門の仕組発動の次は、富士(不二)の仕組発動であり、それは豊橋なのだよ~ん♪」と暗喩しているのではないでしょうか。多分、シリウス意識が関与した結果か、映画製作者が「煩フルを見たよ~♪」というメッセージなのかもしれません(超爆)。
※註 豊橋市の市章は、2つが1つのものとなるゼロポイントを示していて、即ち「不二の仕組」を表現しているのです。

「NARUTOの仕組」発動後、「不二子ちゃ~んの仕組」が発動するわけですが、それを起動させるボタンの役目が石巻山です。ですから、「立て替え・立て直し」の時に噴火する「滅びの山」があるならば、それは東三河に無くてはならない筈なのです。それの「不二」とは実は駿河の富士山などではなく、ズバリ、蓬莱山(鳳来寺山)ではないでしょうか!!!

日月神示が薦める祝詞に「一二三祝詞」がありますが、トランブレーみゆきさん情報では、この祝詞と同じように照山(123m)→鳳来寺山(456m=お堂の標高)→本宮山(789m)と東海三神山は123456789が連続した数字になっていて、思い切りシンクロしていますw

そして、ここがポイントですが、123...9ときて「10」が無いのです!!!
ここに「成る十(10)」の仕組の謎解きの重大なヒントがあると睨んでいます。

具体的には、石巻山という「ポチッとなボタン」によって、その地に交差する火(五芒星)と水(六芒星)のエネルギーが融合化して不二の関係となり、それにより発生したゼロポイントエネルギーが「石巻山→照山123→鳳来寺山456→本宮山789→豊川稲荷10」と伝わっていくのではないかと睨んでいます。ただ、これは実際には測定できないエネルギーですが、、、、(爆)
※註 このエネルギーが拡散していく流れと対極的な「豊川稲荷→本宮山→鳳来寺山→照山→石巻山」という現界の集束的な流れがあると思っています。この実の集束から虚への拡散こそがグデンとひっくりかえるという表現になります。オコツトが「内が外、外が内」となるとはこのことでしょうか。ただ、その場合でも、見える世界には劇的な変化はなく、何故だか分からないけど、自分の思いの反映度が徐々に高くなってくるような感じでしょうか。それは、この世界が元々は自分の想念で見ている世界なので、そこには何の代わり映えも起きない筈で、ただ、願望が叶い易くなるとか、その世界を取り巻く法則が変わってくるという感覚に例えられるでしょうか。これが五感の檻と例えられる理由です。

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不二子ちゃん
(「不二子ちゃ~ん♪の仕組」で来年の流行語大賞を狙う)

この東海三神山で囲まれた地域(新城)は、かつては不死山(蓬莱山)を臨む地だったことから「不死原」と呼ばれていました。この名を下賜されたのが日本を1300年間支配している「藤原氏」ですが、この三角地帯の霊的な復活がピラミッド型支配体系の「藤原の世」から、不死であるミロクの世、つまり「不死原の世」へ誘うのでしょうか。こういった点からも、仕組発動の地として東三河は相応しいw
※注 語り部によれば、中臣大嶋が草壁皇子を暗殺して天武天皇より褒美として賜ったのがこの「藤原姓」と年老いた巫女「額田女王」と「袴」です。しかし、草壁皇子を失った持統天皇が逆上鬼畜化して、自分の血を引く孫を天皇位に付ける為になりふりかまわず天武天皇の御落胤たちを虐殺しに1ヶ月に渡る三河行幸をしたといいます。その虐殺の原因を作り咎を認めた中臣大嶋は、同族であり御落胤・宮子を養女にして保護していた中臣不比等にこの「藤原姓」を譲り、自らは日下部と名乗り虐殺された霊を慰める為に、三河一宮の「砥鹿(トガ)神社」を創建し宮司になったという。「砥鹿神社」は本宮山の里宮と言われていますが、里宮にしては距離が離れ過ぎていこことから、本来、本宮山と関係ない神社であることは明白です。

そして、この「不死」の名の由来は「かぐや姫」にあるといいます。かぐや姫では天皇から贈られた不老不死の薬を翁はお付の大勢の士に命じて天に一番近い山の山頂で燃やしたといいます。それから、その山は数多の士に因んで不死山と名付けられたといいますが、この山が蓬莱山だったのです。
※注 実は藤原不比等は「竹取物語」に登場してきます。かぐや姫から「蓬莱の玉の枝」という難題を与えられた車持皇子が不比等だと云われていますね。ちなみに翁は用明天皇でしょうか。ですから、この竹取物語とは、実は天武天皇の御落胤・宮子を匿う話だったのではないでしょうか?

こうして鳳来寺山(蓬莱山=不二山)が大噴火するのです(爆)
※註 不二山は正確には鳳来寺山の西向こうの場所です。徐福末裔が多く移り住んでいたのが本宮山の麓ですが、その本宮に対する故地が和歌山の新宮です。この本宮が復活するという感じになるでしょうか。その時、東三河~新宮を貫通するロンギヌスの槍的封印が解けるのでは、、、、

って、、、豊橋、マジやばいじゃん(滝汗)

でも鳳来寺山って今も活火山だったか?
霊的な大噴火なので大丈夫だと思います。多分。。。。

このように滅びの時に大噴火する不二山については、「不二山=不死山=蓬莱山=鳳来寺山」であると睨んでいるのですが、ここで少し駿河の富士山について洞察してみたいと思います。この洞察により、富士山は不二山でないことが分かってきます。

結論からいえば、富士山って意外と新しいのです。
富士山の噴火を記した文献は、下記の通りいろいろとあります。

■平安時代(前期)794年~969年頃
『続日本紀』には、天応元年(781年)に富士山噴火による降灰があったと記され、これが年代考証できる最も古い記録です。また、学者の都良香(834-879年)の『富士山記』によれば、富士山火口の様子は「山頂には火口湖があって常に沸き立ち、その畔に虎の姿に似た岩がある」と記している。実際に登頂して確認したような詳細な描写です。また、この時期に成立した『竹取物語』の記述にも富士山が活動期であったことを窺わせる記述があるといいます。

■平安時代(中期)969年~1086年頃
『更級日記』には、富士山の噴気や「火映現象」を表わした「山のいただきのすこしたひらぎたるより、煙は立ちのぼる、夕暮れは火のもえたつも見ゆ」という描写がある。
※註 火映現象…火口のマグマや火山ガスの火炎などが、噴煙等に反射して火口の上が赤く照らし出される現象

■平安時代(後期)1086年~1192年頃
歴史書『本朝世紀』(1149年)には、末代上人(平安時代末期の僧。富士上人とも称す)が数百回の登山を繰り返し、富士山頂に大日寺という仏堂を建立し大日如来を奉納したという記述がある。

■それ以後
富士山を開いたのは平安末期の1149年(久安5年)山頂に一切経を埋納した富士上人ですが、江戸時代後期の1800年(寛政12年)まで富士山は女人禁制であったのです。延暦19年-21年(800年-802年)に延暦噴火、貞観6年(864年)に貞観噴火と続き、最後に富士山が噴火したのは宝永4年(1707年)の宝永大噴火だといいます。

年表にまとめてみるとこんな感じです。

■781年 噴火 山麓に降灰し、木の葉が枯れた 「続日本紀」
■800-802年 【延暦噴火】 砕石が足柄路をふさいだので箱根路を開いた 「日本紀略」
■864-866年 【貞観噴火】 溶岩流が本栖湖とせの海に流れ込んだ 「日本三代実録」
■937年 噴火 溶岩流が未知の湖を埋めた 「日本紀略」など
■999年 噴火 噴火 「本朝世紀」
■1020年 噴気と火映現象 山頂から煙が立ちのぼり、夜には炎が見えた 「更級日記」
■1033年 噴火 溶岩流が山ろくに達した 「日本紀略」
■1083年 噴火 爆発的な噴火 「扶桑略記」など
■1435年 噴火 富士山に炎が見えた 「王代記」
■1511年 噴火  河口湖付近で異様な鳴動が聞こえ、鎌岩が燃えた 「妙法寺記」
■1704年 鳴動 元禄関東地震の35日後から4日間にわたって富士山が鳴った 「太泉寺文書」
■1707年 【宝永噴火】 宝永東海地震の49日後から2週間にわたって爆発的な噴火が生じた


1149年には何百回も登ることが出来る程の山であったのに、その時まで山頂に仏堂や奥の院が出来ていないのは不思議ですね。多分、この時までかなり活発な山で人が近づくことを拒むような山だったのではないでしょうか。実際、『新古今和歌集』の西行法師(1118-1190年)の歌には「風になびく 富士の煙の 空にきえて ゆくへもしらぬ 我が心かな」とあるように、当時の富士山が活発な火山活動を行っていたことが伺えるのです。それと、781年以前には記録がないことから、それ以前は実は大した山ではなかったのかもしれません(爆)。

不二山
(かつての富士山はこんな感じか・爆)

で、富士山といえば、真っ先に浮かぶのがこの短歌ですね。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ
富士の高嶺に 雪は降りける


これは奈良時代の柿本人麻呂(=三輪高市麻呂)と並び証される万葉の歌人・山部赤人(?-736年没)による有名な短歌(反歌)ですが、その原文は「田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡(不尽)能高嶺尓 雪波零家留」となっています。ここでは富士は「不尽」と書かれていますので、駿府の富士山を詠ったのかどうか怪しいのですw。
※註 語り部によれば、「山部赤人」とは蘇我入鹿(鞍作毛人)の弟・鞍作雄物だというが、、、

語り部によれば、蓬莱山(不死山)が陥没するのは745年なので、736年没の山部赤人は蓬莱山を見て詠むことが出来たわけです。逆に、富士山の古名である「浅間山」の「アサマ」とはアイヌ語で「火を吹く燃える岩」であり、活動中の火山を指す言葉であるといいますので、上記年表のように富士山はまだ活動期の若い火山であり、それ程標高も高くなく、今あるような雄大な姿はしていなかったのではないでしょうか。

語り部はこう語ります。

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大漢国のエイ州(石巻山)、扶桑国の方丈(本宮山)、蓬莱(鳳来寺山)の3つを指し、蓬莱山は旧不死山でカルデラ湖。745年陥没し大被害を起したという。この時、新城の海、エイ州の海は後退。

桜彦(聖武)天皇(法隆寺建設、聖徳太子伝説創設)御世、大地震頻発し、多くの僧侶に祈願させるが、遂に古伊勢湾大地震隆起し陥没し再隆起745年。

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鳳来寺山近辺には湯谷温泉があるように、この地には温泉が出る為、ボーリング調査をたくさん行なわれていますが、その調査で分かったことは、ある地域とある地域の間には1000mもの地層の段差ズレがあることが確認されたのです。年代は別にして、語り部のいうように巨大な陥没があったというのは全くもって正しいことなのです。

■明神山・其の2 『明神山は3000m?』
http://nagoya.cool.ne.jp/matsunari/Mwm/00_08/myoujinsan.html

また、中央構造線がこの地域では鳳来寺山を中心に微妙にカーブを描いて外側に振れている為、この地で何らかの強大な変動(陥没)があったことは容易に想像が出来るのです。

鳳来寺03
(何故か湯谷辺りで弧状に歪んでる)

745年といえば、聖武天皇が建設中の近江国甲賀郡の「紫香楽宮(信楽宮)」を放棄して、再び「平城京」に遷都した年ですが、その詳細はこうです。

聖武天皇は都を難波宮に移した後、744年11月から洛陽の竜門石窟を真似て大仏(盧舎那仏)を紫香楽に造るべく着々と準備を進め、745年正月に紫香楽に正式に遷都しました。しかし、紫香楽で大仏鋳造が始まると、何故か紫香楽の山で火災(745年4月1日西の山、4月3日東の山、4月8日伊賀の真木山、4月11日宮の東山)が頻発し、更に6月5日には美濃国で起きたM7.9の内陸直下型大地震(天平大地震)が発生し、その余震が三日三晩続いたといいます。この為、745年5月には再び平城京に還都することになったのです。盧舎那仏造立の地も紫香楽から大和国金光明寺、即ち現在の東大寺に変更されたわけです。749年に鋳造が終了し開眼供養会が開かれたのですが、これが今ある東大寺の盧舎那仏です。この時、余った銅で作ったのが吉野山の「銅鳥居」だという。

741年、聖武天皇は国家鎮守の為に各国に「国分寺」建立を命じましたが、この建立はその当時、多発した地震が原因だと見られており、紫香楽への遷都、盧舎那仏造立発願も同じ理由からでしょう。しかし、その盧舎那仏造立中に美濃国沖合いの古伊勢湾が陥没隆起し、不死山(蓬莱山)が陥没したのは、シンクロとはいえ、非常に皮肉なものです。

さて、ここで問題なのは「田子の浦」です。

田子の浦の「たご」とはアイヌ語で「高い丘」を意味し、これが語源となっていますが、現在の静岡県富士市の田子の浦の海岸は「高い急崖(たご)」に相当する場所がなく、後年に付けられた名称であることは明白なのです。実際、それよりも西にある由比町、蒲原町あたりの薩タ峠が妥当だと見られている程です。しかし、上記の理由から、山部赤人が詠んだ「不尽」とは東三河にある蓬莱山を詠んだ筈であり、駿河の田子の浦は本当の田子の浦ではないと睨んでいるのです。

もし本当に「不尽」が「不死山」(蓬莱山=鳳来寺山)を指しているならば、田子の浦が古代鳳来寺山近辺、あるいは遠く臨む地の地名にあってよさそうなものですが、残念ながら、愛知県新城市付近には「田子」という地名はありませんでした。

語り部の言説は虚構だったのでしょうか?

しかし、和歌山県串本には「田子の浦」という地名の場所があるのです。山部赤人が詠んだ本当の「田子の浦」とは、多分、ここではないでしょうか!

田子の浦

この串本の「田子の浦」には古道があり、石畳や掘割もあります。ここにある逢坂峠には「右やまみち 左いせみち」と書かれた道標が残ってもいます。ここは古代からの熊野古道の1つだったのです。山部赤人は奈良時代の外従六位下の官位の下級官人だったのですが、制作年の知られる歌はすべて聖武天皇代の作であり、神亀元年(724)の紀伊国行幸、同二年の吉野行幸・難波行幸、同三年の播磨国印南野行幸、天平六年(734)年の難波行幸、同八年の吉野行幸などに従駕したといいますので、紀州にかなり頻繁に来ています。その行幸時にこの田子の浦の沖合いの海に漕ぎ出て、そこで蓬莱山を目にして詠んだ歌ではないでしょうか! 逆に、山部赤人は東国、まして駿河などの遠方に行った記録など無いのです。

実は、このスグ近くに古座という地名があるのですが、ここは蓬莱山を目指した徐福がここに止まり熊野に入ったといわれる場所なのです。蓬莱山を見かけたが見失い上陸した地点が古座なのです。つまり、ここからは蓬莱山が望めるという地なのですね。しかも、串本近辺は平野など無く、小高い台地が続く場所であり「たご(小高い)」という名称にピッタリなのです。

串本00
(串本海中公園)

この紀州串本の田子の浦からは、駿府の富士山は遠過ぎて見えないのですが、当時は3000m級の山であった東三河の不死山(蓬莱山)ならば、ここから辛うじて見えそうです。

さてさて、結論をいいますと、、、

西行や富士上人が記したのは間違いなく駿河の富士山ですが、山部赤人が詠んだ不尽は富士山ではなく蓬莱山(不死山)であったということです。この辺を一緒にしてしまうから齟齬が生じるわけなのですね。

奈良妄想紀行1

今回、シャイな笑顔の蔵王権現に呼ばれたので、奈良及び吉野に行ってきました(爆)。

まぁ、1度は吉野に行ってみたいと思っていたのですが、蔵王権現の特別開帳が12/9までであり、次の開示にまた数年待たされるのには耐えられなかったのです。で、急遽、吉野行きと奈良を観光絡めて1泊2日で行ってきました。
※註 ホントはトランブレーみゆきさん主催の12/4 石巻山・照山・本宮山・鳳来寺山の祈りに参加したかったのですが、こういった理由で断念しました。その代わり12/4の同日、ヤッズ★は役小角が開山した吉野山蔵王堂で連動して祈ってきましたw

最初は1人ででも行くつもりでいたのですが、カミサンがKARAに嵌り、蔵王権現のポーズとKARAのミスターの最後のポーズが同じだとか、、、、少女時代がエヴァシリーズでKARAがエヴァ零号機~四号機だというお馴染みの妄想をタップリと吹き込み、トドメにシャイな笑顔の蔵王権現の画像を見せたところ、カミサンは、俄然、行く気になったので、家族旅行に格上げと合いなった次第。これで野宿せずに済んだのは有り難いw

すべては蔵王権現様のお陰ですね。

蔵王権現01
(7m超の像なのでスゲー迫力 これは古代のガンダムでしょうかw)

今回訪れたのは、法隆寺、中宮寺、藤ノ木古墳、石上神社、大和神社、三輪神社、聖林寺、談山神社、石舞台、飛鳥寺、飛鳥座神社、甘樫の丘、吉野金峯山寺ですが、これらは今まで一度も行ったことのないところばかりです。実は、語り部が語る場所ばかり、、、、(爆)

で、今回の確認ポイントを抜粋して載せますと、、、、

■法隆寺
(確認ポイント)…若草伽藍と現在の伽藍の位置関係
東大門から夢殿のある東院伽藍に至る道が、西院伽藍に対して若干斜めになっていて非常に不自然でした。東院伽藍の道が南南東に20度傾いているのがハッキリ分かります。これは冬至の時にシリウスが北北西に北から20度傾いたところを中心線とするのは、ヘリカルライジング(=シリウスが太陽に先んじて昇る現象)の起きる時を基点とする「妙見信仰」からきているといいますが、確かにその通りになっていましたね。

若草伽藍
(新旧法隆寺 赤線が若草伽藍)

これは、ヒッチコックの映画『北北西に進路を取れ』

ナウシカの「シリウスに向かって飛べ!」と同じ構造です(爆)。

この法隆寺東院伽藍の位置にあったのが、斑鳩宮です。

斑鳩宮は住み慣れた飛鳥の上宮からこの地に移り、601年2月に斑鳩宮の造営に着手し4年半の歳月をかけて完成したといいます。この宮も若草伽藍と同じく北から20度振ったシリウス角度で出来ていますが、一王族の宮居としては規模が大きすぎるといいます。

斑鳩宮
(夢殿は南端に位置する)

しかし、このシリウスの都も何者かの意図により、西院伽藍建設と共に普通の南北を基準とした太陽信仰の街に変えられてしまっています。


■藤木古墳
(確認ポイント)…埋葬された男性2人は崇峻天皇と聖徳太子か
この古墳は法隆寺の直ぐ横にありますが、その小ささに唖然、到底大王クラスの古墳とは思えないサイズ(直径50m*高8m)。しかし、出土した金細工の馬具は非常に精緻な作品で王宮向け工房の作であることは間違いなく。刻印に象があることから、大陸より伝来したものだろうという見方が強い。石棺も急作りだったようで歪な形。肝心の埋葬者は18~25歳の男性が真っ直ぐに安置(北側)されていたのに対し、35~45歳の男性(99.89%男性確定)が横に屈するような形(南側)で副葬されていたという。しかも、副葬された男は手玉・足玉(足飾り)を付けているのです。手玉・足玉は古代では女性の服装なのです。

語り部は、女性の格好をさせられて埋葬されたのが倭聖大王(高向王)であり、聖徳太子のモデルになった景教を奉じて人民に絶大な人気のあった天皇だといいます。舒明天皇と戦って破れ斑鳩宮に幽閉されて毒殺されたといいますが、争いを好まず自ら捕縛されたといい、「女々しい奴」と蔑まれ父・崇峻天皇と合葬させられたという。この倭聖が奉じた人民用の景教の寺院が若草伽藍であり、ここには窓のないお堂があり、屋根には十字架が掲げられていたという。

靴
(豪華な副葬品 この靴は50㎝もある 埋葬専用の靴)

しかも、埋葬用の靴や冠等に煌びやかな金を多く使っていることから、金好きなスキタイの血統(初期大王族)を彷彿とさせ、ここが初期大王家(上宮)の陵墓であるという語り部の説が正しいと思えてきます。

崇峻天皇は蘇我馬子の指示で東漢直駒の手により暗殺されたと記紀は記していますが、これは天皇が臣下により殺害された唯一の事例です。語り部もこの線で話していますが、その理由として葛城領の没収が原因だという。崇峻天皇の享年は不明ですが、36~39歳だという説があります。ただ、天皇にしては意外と曖昧なのが不思議です。

北側の18~25歳の埋葬者がこの崇峻天皇でしょうか?とすれば、南側の35~45歳の女装させられた埋葬者は聖徳太子となりますね。聖徳太子は49才で逝去したというので年齢的にも近いです。

崇峻暗殺

現在、崇峻陵は桜井市倉橋が有力ですが、実は、以前には藤ノ木古墳の前には尼寺があり、藤ノ木古墳が未盗掘だった理由がその寺が陵墓を守っていたからだといいます。そして、法隆寺の古文書ではこの古墳は江戸時代には「崇峻天皇御廟陵山」、さらにその前の時代には「陵山」と呼ばれていたと記されているのです。

崇峻稜古地図

以下は法隆寺の高田良信執事長の新説ですが、法隆寺の若草伽藍はこの藤ノ木古墳を基準に、つまり藤ノ木古墳の陵寺として法隆寺を造営したのではないかという。

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法隆寺に残る古文書「嘉元記」(室町時代)に「陵堂で供養」との記述があり、藤ノ木古墳前のお堂を陵堂と呼んでいることに着目した。さらに、同寺の創建遺構とされる若草伽藍の寺域の北限線を西へ延長すると、ちょうど墳丘の真上を通ることがわかった。同伽藍の中心線と同古墳の間の距離が、古代高句麗から伝来し、同伽藍造営にも使われた高麗尺(こまじゃく=一尺は三十五・三センチ)でほぼ千八百尺に相当することを突きとめた。古代斑鳩地方の地割はこの高麗尺三百尺を一区画の単位としているとされ、千八百尺はちょうど六区画分に当たる。同古墳築造は若草伽藍より数十年古く、法隆寺造営の際には格好の目印になっていた。
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このように語り部の語る内容の正しさを証明するような内容ばかりなのです。

ただ、疑問点もあります。壬申の乱で返り咲いた初期大王家の天武天皇が祖父・父の扱いがこのような辛辣な埋葬状態であることを果たして放置しただろうか?という点です。確かに法隆寺はその後、若草伽藍を壊されて仏教派の僧侶に一掃された筈でそういった伝承も外には出さなかったのでしょうが、当時としても、そういった話は外部に漏れ伝わっている筈だと思うのです。もう1つは崇峻天皇暗殺後、何十年も経ってから合葬されたことになっていますが、学会の見解だと2人は1日違いで合葬されたとされている点です。この時間間隔の違いはどこにあるのでしょう?(学会の根拠は???)

長くなったので、次回につづきますw

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