人の本体はエネルギー

覚醒について調べていたら、「まるこのさぼりすぎ日記」ブログに行き当たりました。管理人の彼女曰く、以前、覚醒体験したが、あの体験は左脳が活動ストップした為に物事の認識が出来なくなっただけであり、脳卒中を患った神経解剖学のジル博士に起きた時と同じ状況。覚醒したという人はその体験に浮かれて過ぎている。あれは誰でも体験可能だし、その状態では社会生活できないよと語っています。

そういや、オイラ、ジル博士の動画みたんだっけ(汗)

■ジル博士の脳卒中の体験談(1/2)(2/2

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そうだ・・・圧倒的な至福感や美は、左脳を止めると感じられるんですよ、誰でも
去年私は左脳を支配していた思考パターンを無理矢理停止させる・・・というチャレンジをして、体験できたんだった・・・確かにこれにはすごく勇気が要ります。自分が見たくない一番の恐怖と向き合うことになりますので。
ただし、その体験をしたからといって、左脳から逃れられるわけではなく、またこっち側、マトリックス、つまり時間の世界、言葉の世界に戻ってこなければなりません。
いや、戻ってこなくてもいいんだけどさ、発狂するか自殺するかすれば・・・。
でもせっかくだからまだ人間やりたいよね・・・。


■「悟り」「覚醒」について現時点での考察~マトリックス(6)
http://plaza.rakuten.co.jp/marukodiary/diary/200906090000/
(この場で引用した件に感謝の意を述べたいと思います m○m)
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確かに左脳の活動を弱めれば、主観客観、自己他者の融合が図れます。っていうか、物事の認識出来なくなるだけのことです。しかし、この状態では日常生活は送れないですね。ただ、ここに今後の人類が意識進化していくキーが隠されているような気がしないでもないわけですが、、、、要は右脳と左脳のバランスでしょうか。(現在は左脳偏重過ぎな状態かな)

つまり、今後人類が右脳を活発化させ右脳>>>左脳となれば、左脳の活動を抑えた覚醒体験時がそうであるように、上層世界が持つ「授与」の属性から私たちは常時、至福意識状態となり、完全に満たされる為に全く欲望が湧かなくなる筈です。
※註 カバラ的では「マサップ」という意識の膜が「受取」の属性を持つ自我(エゴ)に覆いかぶさり、自我の発する「受取の意図」を希薄化させ、上層世界から来る「授与」を感じることが出来るようになると説明されます。

この上層世界からやってくるのは、波動、つまりエネルギーに他ならない筈ですが、人の本性がエネルギーであることから、上層世界からやってくる穏やかな波動が人の波動に影響(波動干渉)を及ぼして、充足感や至福感を与えるのでしょうか。

1つだけ分かっていることは、右脳が今以上に活性化すれば、満たされ欲望が湧かなくなる(=感じなくなる)ということです。そうなれば、人は他者への奉仕..等、「授与」が生きがいになってくるのではないでしょうか。これが実現した世界が、日月神示のいう嬉し嬉しのお金のない世界である「ミロクの世」ではないかと睨んでいるのですが、、、、、果たして、、、、

いづれにせよ、ヤッズ★がこうして何万語費やしても、あの世界を体験した者の言葉には遠く及ばないのは虚しいところです。ヤッズ★も早く体験せねば、、、、(汗)

それはそうと、ここで気になる記事を見つけました。

そ、それは、、、、和田裕美さんです。
ちなみに、覚醒には全く関係ないですw

書店でよく本を見かけましたが、本のタイトルはオーバーなことが多いので、実際どうなのかな~という感じて眺めていましたし、あまり自己啓発系の本には興味沸かなかったので、実は未だよく知りません。

外資系教育会社で営業時代、プレゼンしたお客様の95%から契約をいただく圧倒的な営業力で日本でトップ、世界142カ国中2位の成績を収め、その後に続く女性営業たちに道を拓いた。「売る」というより「お客様の背中を押す」ことを意識した営業スタイルで、顧客満足度はきわめて高く、トップセールス時代の売上の4割は紹介・リピートで占められていたといいます。

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(就職活動の会社訪問で、、、)
「ここ、大丈夫かな~怪しいな~」と不安になりましたが、時間が来て、そこに颯爽と現れたのが、あの和田裕美さんでした。

急に部屋の雰囲気が変わりました。和田さんからものすごいポジティブエネルギーのようなものを感じました。
和田さんは開口一番、
「みなさんには夢がありますか?夢は叶うんですよ。」
私は面食らいました。
「これって会社説明会だよね・・怪しすぎ・・だいじょうぶ???」
それから和田さんは、ホワイトボードを使いながら、自分の人生経験、営業で苦しんだこと、夢を叶えた時の喜びなどを交えながら、会社の業務内容を説明し始めました。
またまた面食らいました。
話を聞いているうちにワクワクして、この会社に入りたくなってしまいそうでした。
同時に恐ろしくも感じました。
「私、完全に洗脳されてんじゃん!!何者なんだこの女性は・・・!」


■成功する人が持つエネルギー (まるこのさぼりすぎ日記)
http://plaza.rakuten.co.jp/marukodiary/diary/200806020000/
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和田裕美さんの必殺技はホワイトボードです。
リチャード・コシミズ氏のA4用紙1枚に匹敵する秘密兵器でしょうか(爆)。

そのボードを背に、背筋を伸ばし暖かな口調で話すと上記効果が現れるのだそうですw


(う~む、確かに引き込まれる。タレントの麻木久仁子の声に似ている。)

何故、彼女の言葉は人にやる気を起こさせるのか?
1つはあの声かもしれないが(爆)、聞いた感じだとキンキンしていなく、すっと入り込んでしまうような穏やかな話し方です。女性の場合、年齢を重ねると言葉はキツクなり、早口になると言われていますが、ここを少しゆっくり穏やかにするだけで10歳は若く感じられるようになるという話もあります。

言葉自体、エネルギーなのかもしれない。

だからこそ、穏やかで波長の細やかな上層世界的な「授与」の話し方が効果を生むのだろうし、それによって充足した顧客はリピータや紹介者となって、自ずから彼女の為に喜んで働くという構図になっているのではないだろうか。

う~む、これは嬉し嬉しの「ミロクの世」の構図と同じではないか!?

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で、彼女は最近では何故か「まんじゅうソング」を歌っています。
和田ちゃん、何故、まんじゅうなのだぁぁぁぁぁ~

何者なんだこの女性は・・・!


(何故か心に響きます。声がいいんだなぁと実感)

この穏やかな歌い方がいいですね~
聞いていて気持ちがいいです。
彼女が主張する穏やかな話し方そのままの歌い方ですね。
ここに彼女の秘密があるように思えます。

更に、最近では中国語の唄も歌ってる。
こっちは「まんじゅう」ではなく「くだもの」です。

何者なんだこの女性は・・・!


(果実大同盟)

ってか、これモロ中国人じゃないかw
※註 タネを明かせば、山口県生まれの同姓同名の中国人歌手でした。

下記の趣味のサイトを見て思ったのですが、和田裕美さんもそうですが、自己啓発系のメンターで斉藤ひとりさんとか神社巡りする人は多いのは不思議ですね。こうも好きだとスピ系に分類してもいいかもしれない。
※註 三ケ日の「初衣神社」という非常に小さな神社で斉藤ひとりさんの千社札を発見した時はビックリしました。まぁ、神道研究家の「六本木の巫女」は今回ヤバイ状況(夢大陸が取調べ中)になりましたが、彼女も確か神社巡りが好きでしたね。ネガティブ情報を振り撒く巫女よりも和田ちゃんの方が絶対いいぞw 何故、今まで気付かなかったのだろう?

■wadahiromi.com(趣味のサイト)
http://www.wadahiromi.com/

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目覚め

目覚めといえば「浦島太郎」ですが、この伝承は日本書紀にも取り上げられており、そこでは「水江浦嶋子」と表現されています。「水の江の浦島の子が7日ほど鯛や鰹を釣り帰って来ると、海と陸の境で海神(わたつみ)の娘(亀姫)と出会った。二人は語らいて結婚し、常世にある海神の宮で暮らすこととなった。」とあるように、伝承の原型は亀を助けて竜宮上に招待されたわけではないのです。

浦島太郎
(浦島太郎)

語り部によれば、この「浦嶋子」というのは、元々は出雲王朝(アイヌ)の神祇を司る地位称号であり、扶余系騎馬民族スキタイの初期大王族(上宮・トーテム亀)を日本へ招聘した荒田別【大国主・アラハバキ神のモデル】が、この大王家の兄(倭得玉)の傍流に三宝(鈴【銅鐸】・硯・水晶玉)と「浦嶋子」の地位を与えたのだという。ここから神祇氏族(尾張氏・物部氏・海部氏)が続いていくのですが、このスキタイ系「浦嶋子」の居たのが古伊勢湾の中ノ島(稲沢市近辺)を中心にした地域であり、この尾張地域に数年間居て各種土木工事を指揮していたのが用明天皇(倭明)だという。一度は百済系王族の入り婿に大王家督を譲ったのですが、晩年、「目覚めの床」で思うところがあり再び大王家として立ったのだといいます。これが「上宮」であり、倭氏が「上宮」(扶余系)と「下宮」(百済系)に分かれたのです。このように、実は浦島太郎の伝承は用明天皇がモデルとなっているのだと語り部は語る。
※註 浦島太郎のモデルとなったとされる人物として、『万葉集』に「墨吉」(すみのえ)の人の記述があり、これは今も大阪の住吉にあり住吉大社に祭られている住吉明神の事であり、別名、「塩土老翁」といい大変長命長生きであったとされ、そのモデルとされる武内宿禰も大変に長生きであるといいます。この3者は長生きで繋がりますが、語り部によれば、浦島太郎=塩土老翁=武内宿禰=イシキリヒコ=少彦名=猿田彦=用明天皇(倭明)であるという。また、中ノ島(龍宮)に居住していた海部氏が天の橋立に移動させられ作られたのが籠神社ですが、「龍宮」の「龍」は「籠」とも書ける為、転籍先が籠神社という名称になったのではないかと睨んでいます。

猿投神社 古地図
(猿投神社に伝わる古地図)
※註 猿投神社に伝わる古地図では濃尾平野はかつては海であった。この古伊勢湾の中央に中ノ島があり、そこには「尾張大国霊神社」(国府宮)があります。国府宮の由来書には「大昔、此の地方が伊勢湾の水底から干上って、只今も群名として遺っている様に、中の島の如く陸地が出来ました時、此処へ我々の祖先が移住して来て居を構え、生活を始めましたが、その日その日を生きて行く糧を生み出す根源である国土の偉大なる霊力を神と敬い、尾張大国霊神と崇め名附けて、日常生活の守護と感謝の心の拠り所として祀った」とあります。また、境内の本殿近くには七個の大きな石が並び「盤座」があることから、太古の昔からここが祭祀地であったことが知られます。名古屋は江戸時代までその多くが沼地【特に天白区、緑区、南区】であったといいますが、今の名古屋の多くは灌漑によって出来た土地なのです。かつては熱田神宮手前まで海が迫っており、熱田から桑名に渡る七里の渡しが東海道のメインルートだったことからもそれは証明できますね。

このように「目覚め」という言葉には、いろいろとロマンがありますが、スピでは「覚醒」、同義の「最終解脱」という意味があり、こちらにもロマンが沢山あります。で、掲示板でお世話になっているゾーゲン氏のブログに、何やら覚醒フェチ(含:解脱)の心をくすぐる言葉がタイトルにありました。

■たった10秒で最終解脱!(ゾーゲン氏)
http://ameblo.jp/zowgen/entry-10571353330.html

たった10秒なんて、電子レンジでチンするより早いじゃん。
んなぁ~こと、あるんかぁ???

で、その時、ふと頭に浮かんだのが阿部敏郎&雲黒斎氏のことです。
最近、この御二人、コラボして講演会してるようですね。
動画あるかな?と探してみましたら、あった、あったw


(ほぉ~、これが雲黒斎氏かぁ~、絵ソックリというが、、、汗)

阿部氏は自分を解放した経験からこう言います。

自分が消えれば、世界が消える

それは自己と世界、自己と他者の境目がない境地であり、そこには絶対的なリアリティがあり、至福感に満たされるのだという。かつて多くの聖者がこの境地を垣間見て語っていた内容その通りだったといいます。私たちがそのように認識できていないのは自分というフィルターを作ってこの世界を眺めているからだといいます。だから覚醒しようとエゴが頑張れば頑張る程、フィルターを強化することになり、覚醒からはドンドン離れるというわけです。覚醒フェチのヤッズ★にとって耳の痛い話です(汗)。

この状態を雲黒斎氏も体験し、その時、下記を実感したという。

自分って、、、

「命」そのものだったんだ

自分が「命」を持ってるわけじゃない
※註 ここでいう「命」とは生命エネルギーのこと思われます。その生命エネルギーは波動ゆえ、万人、万物にまで繋がっています。

命
(本当のウルトラマンとは3分間エネルギーだった)

彼ら両氏はスピリチュアル・リーダーではなく、スピリチュアル・マスターです。あの世界を体験しているかしていないかはとっても大きな違いです。この御二人には「浦嶋子」の称号を与えてもいいんじゃないでしょうかw

そういえば、この「自己」というフィルターみたいなものは、カバラでも「プログラム」に喩えられていますね。そして、これからドンドン彼らのような体験をする人が現れると黒斎氏の雲さん(ハイアーセルフ)は言う。

雲:「さぁ~、どうする?」
※註 これが「悟り」(小悟)であり、主観(ψ3)と客観(ψ4)、自己(ψ5)と他者(ψ6)の等価状態ではあるが、まだ「外界=内面」という変換人(神人ゴッドメンシュ)型ゲシュタルトまでには到っていない状態です。

カバラ的な解釈では、太陽系温暖化により火山活動活発化で地殻内圧力増大によってメキシコ湾原油流出事故(地殻割れ)という人類の生活環境最大の危機とか、、、、、デリバティブを機動スイッチとした欧州米国を揺るがす有史以来の金融危機とか、、、、現在のこういったモロモロの危機的状況はテクノロジーが自然を凌駕し、もはや人類の完全なコントロール下にあると傲慢かました後に、「実は、そうなんじゃないんだよ~、ふふぉふぉ」という自然からのしっぺ返し(報復テロ)なのかもしれません(汗)。

このテクノロジー進歩の推進力の背後には「エゴの恐れ」があるという指摘がありますが、その恐れが安心に替わることが次々と打ち砕かれながら、覚醒への道を背中を押されるが如く進むのが「苦難の道」であるとカバラはいいます。

そして、それが何故、今起きているのか?といえば、この地球的危機、ひいては既存社会の崩壊が、今まで営々と築いてきた社会通念上のパーソナリティ(=ペルソナ)の全人類的瓦解を引き起こし、「自我」というフィルターを希薄化するのかもしれませんね。カバラでは自我は「受取の意志」なので、その存在を消す事は不可能だといいます。しかし「マサップ」という意識の膜がその存在を覆い被さることで自我の希薄化、つまり、受取の意識(欲求)を感じなくさせるのだといいます。雲黒斎氏も言っているように、自我は希望が叶っていないからこそアレコレと考えるのであり、この思考することが自我(エゴ)が活性化していて上層世界が見えなくなる原因だといいます。

人工の防腐剤、病気や疾患、景気の低迷、自然災害、そして世界戦争などです。非常によくあることは、「いったいこの世界はどうなってしまうのだろう?」といった言葉で会話が締めくくられることです。

カバリストは、私達の直面している全ての危機には、たった1つの目的しかないと言います。それは、自然の力の全体と私達の間にバランスが保たれてなく、それをバランス状態に戻さなければならないことを、私達に気がつかせているのです。


実は、これが「アセンション」とか、「神一厘の仕組」といわれるものかもしれません。

この「自我」というフィルターによって覆い隠されていた上層世界ですが、ここと直接繋がっているのは自分の目の奥から外界を覗いている「本当の自分」(生命エネルギー)という存在です。この存在は「自我フィルター」でも完全に覆い尽くすことが出来ずにいて、上層世界の属性をもった唯一無二のものです。つまり、自分という内面世界を通して外界を覗く「覗き穴」。これがカバラがいう五感認識を超えて上層世界に繋がることの出来るという「心の点」のことではないでしょうか。

法華経でいう「仏性」とは、この「覗き穴」の向こう側に広がる上層世界のことを言っているのではないのかな~♪
※註 実は大乗仏教の経典は、仏教世界観をベースにカバラ思想を織り込んで日本で創作されたものであると語り部は言います。事実、大乗仏教は4世紀以前には遡ることが出来ないという最近の研究成果もありますので、初期大王家(カド族)が日本に招聘された頃と時間軸は同じです。また、大乗仏教創始者の龍樹(ナーガールジュナ)は龍宮で法華経を始めとする大乗経典を受取ったと述べていますが、この受取った場所(創作された場)というのが、実は中ノ島の「龍宮」のことではないかと睨んでいます。

で、この覚醒が「岩戸開き」というのでしょうか!

 

阿部氏(会合で暴れた後の何気ない会話から、、、)や黒斎氏(自転車に乗りながら、、、)の話を聞いた限りでは、本当に電子レンジでチンするぐらいの短時間で、自己と世界が融合した「いまここ」の境地に達したのだという。

これが釈迦のいう最終解脱かもしれません。
つまり、自己が無くなれば輪廻転生する必要は無くなるわけですから(爆)
※註 実はカバラを奥義に隠し持つ「神道」は、本来はアニミズム的な「古神道」だったのですが、その上から祖先礼拝という「道教的要素」や太陽神というヒエラルキー的な「景教的要素」を帯びさせてカモフラージュされ、その奥に封印されているのです。この古神道の「随神(かんながら)」精神こそが100%他者に委ねる「自我を希薄化」させる帰依的行為であり、「自分が消え、世界消える」という覚醒に到る「大いなる道」の1つなのかもしれませんね。そして、現在の神道のような「祖霊」「ヒエラルキー」「神殿」というヒト由来のものを拝むということは、人類が生むテクノロジー崇拝でもあったともいえそうです。これが廃れて自然崇拝に取って替わられることが今起きつつある「縄文神の復興」なのだろうと睨んでいます。シュタイナー的に言えば、アーリマン的【物質的・外へ向かう意識】信仰からルシファー的【精神的・内へ向かう意識】信仰への回帰となります。

「その世界には途轍も無い快楽がお待ちしています。」と阿部氏は言う。
う~む、そこは鯛や平目が泳ぎ乙姫さまがいる「龍宮城」のようなところだろうか?

ならば、是非行かねばw
※註 それとも「玉手箱」を開けて、あっという間に老成してしまい、焦るようなことになるのかもしれないが、、、、(汗)


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(DVDのさわり)

■いまここ(阿部敏郎氏)
http://abetoshiro.ti-da.net/
■あの世に聞いた、この世の仕組み(雲黒斎氏)
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/

MASH.jpg
(DVDタイトル図の下は、多分、こうなっている、、、、乙姫の御脚か・爆)

メキシコ湾原油流出

メキシコ湾では原油流出が止まらず、発表ごとにその内容は悪い方に修正されています。既に汚染面積はイタリアと同じ大きさになってしまっているといいます。

メキシコ湾はまるでウンコの海という表現がピッタリです。

メキシコ

■プロ写真家の目から見たメキシコ湾  
http://www.katu.com/news/photos/95866799.html
(※注 超重いです)

しかし、グリンピースなど環境保護団体が今回のBP巨大事故に沈黙しているのは何故でしょうか? 実は彼らはBP...等の石油メジャー会社から潤沢な資金提供を受けているからです。っていうか、殆どが石油メジャーからしかありません。西欧諸国の畜産による動物迫害の歴史を無視して、鯨・鮪漁だけを攻撃するのは実に不自然だったのですが、その真の目的は石油メジャーの海洋石油利権にあったのです。つまり、捕鯨船の北極南氷洋立入禁止のところは海洋石油の宝庫であり、ここを採掘するには捕鯨船が邪魔だったのです。だからこそ捕鯨反対なのですね(ニタリ)。以上の理由から、グリンピースは重大な環境問題であるのだが、メキシコ湾巨大汚染事故については何一つ抗議出来ないというわけです。
(ネットで事故内容に多少触れ、太陽光などの代替エネルギーを推奨している程度。鯨の時のような過激さの微塵もない。PBに乗り込んだら「本物」だと認めようw)

多分、マスゴミはこの関係知っていますね。
でも、背後の石油メジャーを怖れて報道出来ないんでしょう。

■メキシコ湾の原油流出はこれから何年も続く
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/395/

えぇのんか?

こんなことしてて、ホンマにえぇのんか?

あまり詳細が報道されないメキシコ湾原油流出事件ですが、ヤスの備忘録さんとこでこの事件について凄くよくまとめられていましたので、御紹介します。

(簡略まとめ)
・深い水面下に幅10キロの2つの原油流出の流れあり
・BPは超深度地下油田を掘っていた(高圧力)
・生物死骸由来でない油田
・1500~4500気圧の噴出圧力(通常油田は100気圧)
・異常対応時の泥で圧力上昇し地殻に11キロの亀裂発生
・亀裂からも石油流出中(自然修復は不可能)
・亀裂を溶かして塞ぐには水爆数個が必要
・メタン爆発の可能性有り
・揮発したベンゼンで農産物不作化


■やはりこの夏になにかあるのか?10(ヤスの備忘録)
http://bit.ly/b7grC0

いやはや何とも大変な状況です。オバマが9.11以上の惨劇だというのは納得します。しかし、この状況は今後数年間続くとみられていますが、そうなると地球の2/3は汚染されるという聖書・黙示録の預言が現実化してきます。また、ホピ預言にもこのことが預言されているといいますが、、、、

■ホピの預言
1)白い肌の人間が大陸に来て雷で敵を撃つ →ライフル銃
2)声で満ちる糸車が押し寄せる →幌馬車
3)バッファローに似た角の長い獣が現われる →家畜の「牛」
4)鉄の蛇が大平原を失踪する →アメリカ横断鉄道
5)巨大な雲の巣が大陸を覆い尽くす →電線
6)大陸に交差する石の川が現われる →高速道路
7)海洋が黒く変色し、多くの生物が死滅する →石油海上漏洩
8)多くの長髪の若者がネイティブアメリカンと交わり、知識を学ぶ →ヒッピー文化
9)あなた方は「天の住居」のことを聞くようになるだろう。それは大音響とともに落ちてくる。「青い星」のようなものが見えるとき、 私たちの民族の儀式はまもなく終わりを告げるのだ。


預言(7)がそうなのですが、これはアラスカ沖の石油流出事故(エクソンバルディーズ号原油流出事故)だとされていましたが、あの石油流出は微生物の活躍で意外と早く収束し、それ程の危機には至りませんでした。
(流出量:4万キロリットル 流出面積:11,000平方マイル)

それに比べると、今回のメキシコ湾の事故は(流出量:7200万キロリットル【5/28時点】 流出面積:2万4000平方キロ)と現時点でさえ2000倍の規模なのです。最終的には、いったいどのくらいになるか予想さえつきません。(2ヶ月で7200万ならば、あと2年間なら今の12倍で8億キロリットルです。流出面積も海洋の1/3を占めるかもしれない、、、、)

人類が真綿で首を絞められるというような状況といえなくもない、、、、、、
誰が見ても預言(7)は、アラスカよりメキシコの方が該当すると思います。

ホピ預言恐るべし、、、、

オイルWAVE

しかし、このような危機的状況でも報道ではある種の情報は伏せられたままだといいます。

特に、この高い噴出圧力に関する報道はタブーのようです。というのも、この超高深度には石油メジャーが一般ピーポーに知られては困る「生物の死骸由来でない石油」が潤沢に存在しているからです。石油業界では世間の常識とは反して、炭水化物が地球内部のマグマ近くの高圧と高熱で変質して石油が生成したとする「無機成因論」が一般的なのです。したがって、石油は絶えず新しく生成され枯渇することなどないと考えられています。もちろん有限な生物起源の原油も存在しているのですが、無機的に生成された原油のほうが一般的な形態なのです。これが一般に知られると石油価格低下を招く為に伏せられているのですね。しかも、石油は枯渇すると嘘の情報まで振り撒く周到さw
※註 とは言っても、石油精製はメジャーが完全に押さえているので、価格についてはなんとも出来ないという、、、、

知らしむべからず

依らしむべし

これは「論語」の泰伯に出てくる言葉ですが、支配者のガバナンス(統治)の心得を説いたものだといわれます。つまり、「人民には本当の情報を与えずに、支配者を頼るようにさせろ」といわれていますが、本来の意は「為政者は民に一々政治を説明しなくともよいように、日頃から信頼を寄せてくれるような人格者になりなさい。」なのだそうです(超爆)。しかし、現状は先の説明の方がピッタリしているのは、あまりにも皮肉なことです。

アメリカ・オバマ政権もしっかりと「知らしむべからず」を実践してますね~
まぁ、我々が知ったところで何も出来ないですが、、、(涙)

で、この記事の中に石油会社元重役リンゼイ・ウィリアムスの述べた彼ら(石油戦争屋?)の計画があるという。しかも、どの警告も的確で多くが的中しているというが、、、、、まぁ、予言はそのように実行すれば当たるという言葉があるので、やはりこのプラン通り進めているのでしょうね。

■支配層の計画
支配層は今回の石油流出事故を自分たちの計画を進めるための絶好の機会として利用し、下記プランを2010~2012年に実現しようとしているという。(2010.1.23談)

・今後12カ月でドル価値は30~50%下落
  →米国内でハイパーインフレ発生

・ドル下落に連動して原油価格も高騰
  →原油輸出代金をドルで得た石油産出国は貧乏化

・ドバイワールドの破綻はデリバティブ破綻を誘発するスイッチ
  →他市場/金融機関に広がり金融システムが危機的な状態になる

・証券/債権/社債などのペーパーマネーは一切信用してはいけない
  →金/銀/土地のような現物資産を持つべき

・米国景気好転は今後長期間有り得ない

・中国を覇権国化は既に決定済
  →今後12カ月内に中国に覇権が急速に移行

・イラン戦争はイスラエルが先制攻撃しない限り起きない
  →今後1~1.5年間はイラン戦争は起きない

・アフガン/パキスタン/イラク/イエメンと米軍が戦う理由
  →遥かに重要な事から目を逸らす為に実施(陽動作戦?)


■意図的に仕組まれたか?
今回は事故であり、エネルギー産業の支配層にとって予期しない出来事だった。

支配層のメンバーはオカルトを信仰していて、占星術などを駆使して将来起こる出来事をかなり正確に予知している。彼らはメキシコ湾の油井でなにか大きな事故があることは事前に予知していた。ゴールドマンサックスやBPのCEOが事故が起こる前に株をいっせいに売ったのも、こうした予知情報がもとになっている。


この占星術、是非知りたいところですが、し、しかし、、、、この後に及んでも、これを絶好の機会と捉え、このようなことばかり考えてるとは、、、、、、正に「ウンコ星人」です。救い様がない。。。。

ただねぇ、リンゼイが牧師というのが気にかかる、、、、、
牧師といったらNWOの手先ですからねぇ~
(これは意図的なリークかもしれないw)

しかし、今後、影の世界権力は多少の計算違い(メキシコ湾流出事故...等)はあるにしろ、中国覇権化、ドル暴落化、産油国の貧乏化に向け、猫まっしくらに行くつもりは間違いないでしょう。占星術を主体にして行動してるようですが、それならば尚更、コルマン・インデックス等でも指摘されるサイクルの変化点であるこの6月末~7月中旬は、要注意期間だと思います。

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「中国がドルペッグ制を終了し、変動相場制に移行する」ことを告げました。実質的な人民元の切り上げです。不動産バブルをソフトランディングさせたい中国ですが、上海万博の終了まで、見合わせるかとも見えましたが、いよいよですね。中国元をドルと切り離すのは、ドルの暴落が近いからです。そして、同時に人民元を切り上げることによって、崩壊の危機にあるユーロを救おうということでしょう。EUは、まだしばらくユーロ安を維持して、体力をつける必要がありますから。

■カクレイド・スコープ
http://kaleido11.blog111.fc2.com/
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一応、警戒w

封印された神を解く(2)

前回の記事で、語り部は八咫烏は鵜飼であり、徐福子孫のことだというが、、、、八咫烏を調べていたら、ベンジャミン・フルフォード・ブログのコメント欄に気になる書き込みがありました。どうも知人に聞いた内容をメール転写したとのことですが、、、、

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「……私が聞いた名前「表雑賀。渡来天皇を≪大和≫へ先導した部族で、頭は≪川端≫姓と聞いた。
今も昔も400数十軒在る由。ただしヤタカラスともいう。
結社の内容は、皇統奉公衆と呼んでいる結社と全く同じである。
明治時代までの天皇とは北朝の閑院宮系の光格王朝で仁孝、孝明と続く。
これを守護したが、大室が天皇になり、東下したので、孝明系の堀川辰吉郎が裏天皇になり、その守護に。

之に真贋在り、真は天照彦を奉じて修験者なので吉野。
贋は須佐男を奉じる大江山霊媒衆という。
神社に関係あり宗像が核。
皇統堀川の裏天皇に従うは、京都社寺勢(本願寺から大徳寺)、大江山霊媒(大本から学会)、杉山茂丸の玄洋社(黒龍会はその一部)、薩摩ワンワールド(土佐も入る)、公武合体の徳川(会津、紀州)が主流。……」です。

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知らない言葉のオンパレードです(汗)。
ここからドンドン日本の闇の世界に突入していく感じです。
でも、ひとつひとつじっくりと洞察していきましょう。

まずは表雑賀からです。 つまり、これは雑賀衆です。
裏の世界は決して表に出れないのですが、その唯一出た歴史が「雑賀衆」ということでしょうか?

昔から吉野には中央権力とは一定の距離を置き完全な支配下にならない自治的集団がいたといいますが、武家を君主とすることなしにずっと支配を受けずにいて、戦国時代には各武将に請われて傭兵をしていたといいます。それが「雑賀衆」です。何故、このような特権が許されたのでしょうか? 自衛的武力を保持していたからでしょうか? ならば何故その武力保持が許された? その理由は地の利もさることながら、そこにはきっと太古からの取り決めがあったと睨んでいる。

雑賀衆を味方にすれば必ず勝ち
敵にすれば必ず負ける


と言われる程に恐れられていたといいます。紀伊半島の南側は伊勢~吉野~和歌山を貫く中央構造線という深いV字谷に阻まれた天然の要害となっていたためか、中央からの関与を受け難い土地であったと思われます。雑賀庄は紀ノ川沿いにありますが、ここは瀬戸内海と太平洋を結ぶ海運に適した土地でもあった為、古くから漁業や貿易業などが盛んに行われ、山や森や海で働く人々の職人達組合のようなものが出来ており、その代表者によって運営された「共同体」的な様相を呈していたといいます。それが「雑賀衆」です。このように雑賀衆は小勢力の総称であり、戦国時代には敵味方に分かれることもあるように、それぞれが独自に行動していたといいます。

この紀伊半島南側は、鯨漁で有名な「太地」や九鬼水軍、熊野水軍があり、航海術の蓄積はかなりのものがありますので、大陸との貿易もかなり手広く行なっていたと思います。

実際、雑賀衆は種子島銃2丁のうち1丁を早いうちから入手して量産に成功していたという。これは共同体内に優秀な鍛治集団がいたことと、日本では一切産出しない鉄砲の弾の火薬となる「硝石」を海外貿易を通じて入手出来る立場にあったからです。このことで和歌山が日本一の鉄砲生産となったのです。これが雑賀衆が戦国最強の鉄砲傭兵集団となり得た背景ですね。

織田信長が長篠の戦いで武田勝頼を破った際の3段構えの鉄砲術がよく知られていますが、実は本願寺(一向宗)と信長との10年に渡る戦いにおいて、既に雑賀衆は2段構えの鉄砲術を使っていたのです。こうしたハイテク傭兵集団も信長や秀吉に危険視され、各10万もの兵力によって滅亡したという。

この雑賀衆の鉄砲頭として有名なのが雑賀孫市です。
この人物は鈴木家の者であることは確定しているのですが、誰かまでは分かっていません。

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で、この鈴木家の家紋が八咫烏なのです。
雑賀衆が神武をヤマトに導いたヤタガラスの末裔ということなのでしょうか?

この穂積姓鈴木氏は熊野新宮の出身で神官を受け継ぐ家系であるといいます。ということは、もともとの出自は熊野ということになりますね。しかも、この鈴木氏は三河が支流になるのだという。この熊野と三河の深い関係は徐福の話を彷彿とさせます。
※註 徐福本隊は熊野から三河の地に移り、そこに大漢国(君子国)、扶桑国を作ったとされる。これが豊葦原瑞穂の国

ヤタガラス
(雑賀孫市の八咫烏)

■雑賀衆と雑賀孫市
http://kamurai.itspy.com/nobunaga/saiga.htm

また、雑賀衆の近くには鎌倉期から南北朝時代にかけて隆盛を極めた紀伊国北部の「根来寺」を中心に居住し鉄砲で武装した僧兵集団である「根来衆」という勢力も存在していた。

根来漆器
(漆器は根来が発祥の地。僧兵が日常使いの為に生産していた)

さてさて、この雑賀衆ですが秀吉によって完全に滅亡させられたわけですが、独自判断による小集団であっために秀吉側に付いていた集団もいる筈です。しかし秀吉は刀狩や太閤検地を見れば分かるように共同体的な彼らとは大きく思想が異なる為に、彼らが邪魔者として映ったのでしょう。秀吉の朝鮮出兵時に加藤清正軍の先鋒隊として配されたのです。この日本軍の侵攻に「大儀なし」と3000人が朝鮮王国側に寝返ったといいますが、この武将が「沙也可」と言われる者です。そして彼の率いる精鋭100名の鉄砲隊が活躍し、豊臣軍撃破に最大の貢献をしたといいます。「沙也可」はサイエカと発音し「雑賀(サイカ)」に通じることから、「沙也可=雑賀」はほぼ間違いないことだと思います。
※註 まつろわぬ民とも言われる技能集団「サンカ」もその名から「雑賀」と関係が深いと睨む。

雑賀衆はもともと、朝鮮半島からの日本へやってきた鍛冶を生業とする渡来人であったとも言われ、朝鮮半島と繋がりの深い里でもあった為、敵(朝鮮)側にもスンナリ受け入れられたのでしょうね。

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徳川御三家のひとつに紀州徳川家がありますが、江戸幕府がここを押えとして親藩を置いた理由がわかろうというものです。また紀州は日本を縦断する中央構造線の中央にあることからも、この街道を行き来する日本の裏社会を制する地でもあったのです。その一大中心地であり情報センターの役目をしていたのが吉野なのでしょう。

語り部によると、大海人皇子(天武天皇)は道教修行に行くという口実で都から吉野に脱出し、そこで「新羅」と密約をして、東国豪族を束ねて約束通り「壬申の乱」を起したのだという。また、その主戦地は記紀でいうような琵琶湖周辺ではなく、三河の地であったと語っています。
※註 記紀には東国、特に尾張の兵が多数味方したことと、美濃,三河,伊勢,信濃,甲斐の兵が集結したことが記されている。長野県下伊那郡阿智村の「安布知(あふち)神社」は、明治時代迄「新羅明神社」であり、祭神は現在も「新羅大明神(須佐之男命)」になっています。古代の信濃は「壬申の乱」の際には大海人皇子を支援し、美濃の後方部隊として兵力供給を行ったといわれており、いわゆる新羅系渡来人と関係の深い土地であったようです。長野県下伊那郡駒場村之内曽山に白髯神社(白髭神社)がありますが、これは「シラギ」の別称で新羅神社であるといわれています。岐阜県多治見市や静岡県浜松市にも新羅神社が存在しますので、東国は新羅と非常に関連が深いことが分かりますね。まぁ、語り部によれば初期大王家(カド族)は扶余系(新羅)になるわけで当然といえあば当然ですがw 事実、新羅の黄金王冠は鹿の角と木を形相化したスキタイ文化の影響を受けたものと言われていますし、どちらも金キラキンが好きなのです。新羅には騎馬民族スキタイの流れをくむ「積石木廓墳」クルガンもあります。また百済・高句麗にはないローマングラスが大量に出土することから、ユーラシアを横断してきた民族であることは明白なのです。つまり、新羅=スキタイということです。朝鮮に帰順した「沙也可」の子孫住むのは大邱(テグ)であり、かつて新羅であることも納得のいく話ですね。

新羅との密約???

一瞬、頭が混乱してしまうような内容なのですが、古くから大陸と貿易していて簡単に硝石を入手出来るような立場にあった雑賀を擁した紀州なら有り得る話です。しかも、天武天皇は初期大王家であり、騎馬民族スキタイという新羅系でもある。天智天皇が白村江の戦いで唐・新羅連合軍に破れ、日本は一時期、新羅の支配下に置かれた筈です。その証拠に九州大宰府が「筑紫督都府」と呼ばれたからも明白です。更にこの初期大王家とヤタガラス(徐福子孫)との関係からも、上宮(飛鳥)の後配地・吉野が昔から道教・新羅系の参謀センターになっていたことは充分推測できます。
※註 語り部によると、初期大王家は道教を奉じており、琉球の伊平屋島を経由して、三河にある漢民族傍系「大漢国」(君子国)の東海三神山に遠くない古伊勢湾を北上して美濃王垣(大垣)に上陸したという。

※註 天武が発した大化の改新で国内は郡制度に移行したが、何故か吉野と和泉は「郡」なく「監」となった。この「監」は特別な自治権が認められた地域です。またこの両地域とも渡来人の有力豪族が多い地域というのも共通しています。持統天皇はこの吉野に呼ばれるかの如く31回の行幸をしています。まるで終戦後に天皇がマッカーサーやGHQに呼び出された如くw


吉野が道教のメッカであるというのは、中国渡来の徐福が道教を信仰していたことからも、熊野古道で熊野に通じる吉野が道教と関係が深いのは不自然ではありませんね。吉野は仙人の住む姑射山(こやさん)のようだとも称され、特に斉明、天武、持統朝の宮「吉野離宮」が営まれた吉野の宮滝は「神仙境」とされていますが、こういう表現自体に道教の影響がモロ見えです(爆)。

吉野宮滝
(吉野宮滝)

また吉野近くの宇陀から東吉野にかけては水銀の産地であり、吉野でも水銀朱が採れました。この水銀朱は加熱すれば水銀ができのですが、水銀朱は道教でいう不老長寿の薬とされ、「聖なる水」-水銀朱の混ざった水を飲むことで若さが保たれると考えられていたのです。また水銀を基にして作られる「丹薬」は不老不死の薬であるといわれ、空海はこれら水銀に関する知識を吉野で修得したのだろうといいます。

吉野には金峰山寺という修験道の総本山がありますが、ここの総茅葺の蔵王堂(国宝)には「蔵王権現」という秘仏が祀られています。この秘仏、役小角が修行中に末法の時代にふさわしい仏様を求めて祈ったところ、まずお釈迦様、次に千手観音、次に弥勒菩薩が現れました。「乱れる世の中にはもっと強力な仏様が良い」と再び祈ると、大きな岩から、目が三つ、頭に三鈷冠、左手に剣印、右手に三鈷杵、青黒い身体で右足を上げ、忿怒相をした仏様の化身が現れました。これが蔵王権現です。起源がインドに遡れない日本オリジナルの神様だといいます。

蔵王SS
(ほぼ同じ三体ですが、釈迦如来・千手観音・弥勒菩薩の合体であるという、、、、)

確かに、この顔の造作は今まで見たこと無い(非常に道教色の濃い造形ですw)、、、、「蔵王権現」の発祥は、神武天皇によって滅ぼされた大和の王、ナガスネ彦が殺され兄の安日彦が東北に逃れ連合体として東北王朝を築き、ナガスネ彦を祀ったものだという見解も近年有力な説とされていますが、どうでしょうか?
※註 ねぶた祭りにも「蔵王権現と役行者」という出し物があるぐらいに、東北では蔵王権現はポピュラーです。

元始天尊
(道教の「三宝」といわれる「三清」 道徳天尊・元始天尊・霊宝天尊)

蔵王権現
(ねぶたの蔵王権現)

語り部が語る内容では、役小角は蘇我入鹿の三男であり、九州・宗形神社の宮司となった、宗像氏の祖である宗形鳥麻呂だといいます。宗形神宮は三女神が有名ですが、どうも内容が一致しませんねぇ~w

そういえば、住んでいる近くの田原には「蔵王山」がありましたね。ここは平安朝末期に山上に蔵王権現、山腹に熊野権現を祭祀したことから、山を「蔵王山」、町を熊野ゆかりの「田原」と名づけたといいます。
※註 熊野神社田原郷

蔵王権現01
(「とったぞっ!」と右手を上に挙げ腰に手を充てる独特のポーズ)

南北朝時代中期に成立した説話集・神道書である「神道集」第六巻には、、、

■第三十二 吉野象王権現事
象王権現の本地は釈迦如来である。摩耶夫人の胎内に入った時、白象の姿であったので象王と云う。
権現として顕れた時は、本地は聖天である。聖天は真言教主の大日如来であり、その教令輪身の大聖不動明王であり、無明界の教主の荒神大菩薩である。

釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と称する。自性輪身は十一面観音である。教令輪身は愛染大明王である。その垂迹は麁乱神である。大魔王となる時は常随魔である。煩悩となる時は元品の無明である。総じて九億三千四百九十の王子眷属がいる。夫婦和合の姿で象頭人身の躰である。荒神として顕れる時は一面三目で二足の姿である。


多分、読みから「象王権現=蔵王権現」です。
この内容からは、現れる時の形態は違うのですが、、、、

麁乱神(ソランジン)=三宝荒神=歓喜天(ガネーシャ)=蔵王権現 ということです。


※註 「三宝荒神」は三面六臂または八面六臂(三面像の頭上に5つの小面を持つ)の姿が一般的です。暴悪を治罰するという性質のために頭髪を逆立てて眼を吊り上げた憤怒の表情を示しています。火の神、かまどの神として知られています。また旅館業の人の信仰がいまだ絶えない荒神に、吉野の「立里荒神」があります。

※註 ガネーシャ(歓喜天・聖天)は、ヒンドゥー教から仏教に取り入られるに伴って、仏教に帰依して護法善神となったと解釈され、ヒマラヤ山脈のカイラス山(鶏羅山)で9千8百の諸眷属を率いて三千世界と仏法僧の「三宝」を守護するとされた。


さて、この三宝荒神ですが、、、、

修験道で役行者が金剛山で祈っていると艮(北東)の方に赤雲が幢のようになびいていたので、そのところにいってみると、宝冠をつけた六つの腕の神人がいました。右の手には独鈷、蓮華、宝塔をもち、左の手には鈴、宝珠、羯磨杵をもっていて、小角に告げて云うのには、「われはこれ三宝衛護の神として、世に呼んで荒神という。われつねに淨信修善の者をたすけて不信放逸の者を罰す、ゆえに人は荒乱神といへり…」そこで小角はその地に祠をつくってまつったということです。

三宝荒神は東北に封印されている、、、
つまり、、、、、

艮の金神(クナト神)=蔵王権現(三宝荒神)

だったのです。
以降、日本の闇の世界に続いていきます。
(つづく)

ハティクヴァの改新

ハティクヴァ(Hatikvah)とは、ヘブライ語で「希望」を意味しますが、実は、これが「大化(タイカワ)の改新」の元言葉だと語り部はいいます。

ちなみに、「ハティクヴァ」は現イスラエル国歌でもあります。

心に秘めて今もなお
ユダヤの魂が呼んで
そして東方の岸へ 東へ
目がシオンを目差している限りある
我々の希望はまだ失わなかった
2千歳の希望は
自由なる民として
シオンとエルサレムに暮らすこと


なんか東にある日本へ攻めてきそうな感じです(汗)。
※註 まぁ、実際、カド族やらエフライム族やらが、太古日本に次々とやってきたわけだが、、、、シオンとは「祇園(ギオン)」で、エルサレムとは「平安京(エル・シャローム)」のことを指しているのだろうか?

前々回、「聖徳太子=聖武天皇」という誤り(本当は高向王だった)に続き、語り部の語る「壬申の乱後大化の改新」という内容を「乙巳の変」の前に「壬申の乱」があったと勝手に拡大解釈してしまい、大変な間違いを犯したままで記事を書いてしまっていた(汗)。最近、このことに気付き、もう一度記事を書き直しているところです。前回の聖徳太子の件といい、我ながら読みの浅さを反省するばかりです。
※註 「乙巳の変」と「大化の改新」はワンセットだという観念から抜け出せず、語り部のいう「大化の改新の前に壬申の乱」を「乙巳の変の前に壬申の乱」と拡大解釈してしまっていました。完全なストコーマ(盲点)でした。

正史では、、、、

・乙巳の変(645年)
・大化の改新(646年)
・白村江の戦い(663年)
・壬申の乱(672年)
・大宝律令の発布(701年)


の順番に起きていることになっていますが、語り部が語る真実の歴史では、、、、

・乙巳の変(645年)
・白村江の戦い(663年)
・壬申の乱(672年)
・大化の改新(681年???)
・大宝律令の発布(701年)


の順番であるという。
語り部は「壬申の乱」の後に「大化の改新」だというのです。
※註 「大化の改新」嘘(潤色)説は、語り部だけでなく、いろいろなサイトでも記述されています。

「乙巳の変」で中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足が、蘇我入鹿を誅殺(クーデター)して、再び百済系の政権とし百済救済に向け「白村江の戦い」に突入していったわけですが、この戦いで唐・新羅連合軍に大敗を帰した結果、百済難民が日本に押し寄せてきた。665年には唐の朝散大夫沂州司馬上柱国の劉徳高が戦後処理の使節として来日し、3ヶ月後に劉徳高は帰国したというが、大宰府が「筑紫都督府」となっていることから、一時期、九州が唐または新羅の支配下にあったことは間違いないです。
※註 「乙巳の変」は軽皇子(孝徳天皇)のクーデターであり、中大兄皇子は地位を追われたという説もあります。近年、中大兄皇子と蘇我入鹿の関係が比較的良好であり、基本政策も似ていることが指摘されて、中大兄皇子が入鹿を殺害する動機がなくなるからです。また、日本書紀の大化の改新の記述には改竄が認められることから、この説が唱えられるようになったわけです。この説では皇極天皇の退位の理由や入鹿以外の蘇我氏がクーデター後も追放されていない理由などの疑問点も説明できるため注目を浴びている。しかし、語り部は中大兄皇子と鎌足(百済豊)で間違いないと語っています。入鹿と中大兄皇子が基本政策(=仏教護持)が似ているように見えますが、それは記紀でそう書かれただけであり、語り部情報では入鹿(鞍作毛人)は、実は聖徳太子と同じく仏教排斥派で百済救済反対派です。記紀ではこの両者ともに推進派とされていますが、実際は全く逆であった。

乙巳の変

また、半島においても戦後、唐が新羅に対して政治的圧力をかけていた為、新羅は旧高句麗の遺臣らと共に反唐蜂起を行った(699年)。結局、新羅は再び唐の「冊封」を受け和睦成立。唐軍は675年に半島から撤収し、これで新羅の半島統一が成立したといいます。

こういった背景のもと、後期天皇家(下宮)の天智天皇は鷹狩りの最中に暗殺された。次期天皇を巡って大友皇子と大海人皇子(天武天皇)の間で「壬申の乱」が発生するのですが、乱発生前に新羅系の初期大王族大海人皇子は道教修行と称して吉野に行き、そこで敗戦処理で乗り込んできた新羅と百済政権奪取の密約をし、東国に散在する初期大王族に近い豪族を結集して三河を主戦地とした日本を二分する古代国内最大の内戦を起した。これが「壬申の乱」です。
※註 記紀では主戦地は琵琶湖周辺になっていますが、ここでは語り部の説をそのまま採用

「壬申の乱」に勝利し皇位に就いた天武天皇は専制的な統治体制で新たな国家建設を進めていった。天武天皇は遣唐使は一切行わず、その代わり、新羅から新羅使が来朝するようになり、また新羅への遣新羅使も頻繁に派遣した(天武治世だけで14回)。新羅との蜜月振りを伺わせる内容です。その後、大宝律令で「日本」という中央集権国家が完成した702年以後は、文武天皇によって遣唐使が再開され、唐との国交を回復した。
※註 「壬申の乱」の敗戦で天智天皇の近江朝は滅び、都は再び飛鳥に戻ってきた。しかし、語り部は天武天皇はこの飛鳥の地から三神山のある三河新城に都を移そうとしたが、ある理由で遷都を断念したという。

その後、天武→文武→聖武→孝謙/称徳(女帝)と続いた初期大王家(上宮)の政権ですが、それまでは、おとなしくしていた百済系大王家(下宮)は忠臣・藤原氏を使って「長屋王の変」という藤原四兄弟の陰謀で長屋王を自害させて初期大王家(上宮)を滅亡させたのです。これで下宮(後期大王家・百済系エフライム族)は再び政権の地位に返り咲いたのです。

記紀にあるように「乙巳の変」の直後に「大化の改新」とすることで、後期大王家が「日本」という中央集権的国家を作ったという大業績を横取り出来ますね(ニタリ)。

でも、本当にそうでしょうか?
一応、それらしき証拠を挙げねば、単なる妄想になってしまいますが、実は、大化の改新の年代疑惑は以下のことからも明白なのです。

「薄葬令」施行の怪
大化の改新の内容の1つに「薄葬令」がありますが、発布した当の孝徳天皇が654年に崩御したにも関わらず、「薄葬」(=葬儀に7日以上掛けてはダメ、古墳もダメ)されていません。火葬という「薄葬」された天皇は703年に崩御した持統天皇が最初なのです。

詔発布日が春正月一日(甲子朔)の怪
正月一日に詔を出す事は無く、よって「大化の改新」が646年というのも怪しくなる。

「地方名表記」の怪
藤原京出土の木簡には、各地の地名を現すのに「」という文字を使用していました。この「評」とは唐の「柵封(文書において中国皇帝と君臣関係を結ぶこと)」に関連する言葉であり、唐の直接支配ではないにしろ新羅の支配下にあった可能性が高いのです。つまり、646年に大化の改新が発布され中央集権国家「日本」となった筈なのに、何故か柵封支配下の状態である「評」という言葉が引き続き使われていたのです。
※註 大宝律令後、それまでの「評」から「郡」に切り替わり、軍隊動員の役割の「評造」も廃止された。本居宣長や白鳥庫吉は「評」という字や「こおり(こほり)」という呼び方は古代朝鮮語に由来するとする説を唱えていました。つまり、大化の改新が646年に発布されたのに、全く実情が伴っていないということになり、本当に646年に発布されたのか?ということになってきます。

「元号」の怪
645年に大化、その後、白雉、朱鳥と元号がありますが、元号が飛び飛びであり、また元号が無い時代も存在します。実際に元号が定着したのは大宝元年からであり、それまでは「乙巳の変」のように干支による表記だった

※註 冊封国には毎年の朝貢、中国の元号・暦(正朔)を使用することなどが義務付けられ、中国から出兵を命令されることもある。その逆に冊封国が攻撃を受けた場合は中国に対して救援を求めることが出来るとありますが、大化、白雉、朱鳥...等の元号は他国の元号ではないかということです(ニタリ)。ただ記紀に記すにあたり中国と全く同じだとあまりに露骨なので、多少変えたという感じでしょうか? 語り部によると、天武天皇の下に「大化(タイカワ=希望の意味でヘブル語)の改新」としたのだというが、、、、

大宝律令とは、日本史上初めて律(刑法)と令( 行政法)がそろった本格的な律令ですが、天武天皇により制定の詔が出て701年に発布されたといいます。この律令の制定によって、天皇を中心とした二官八省の官僚機構を持つ中央集権統治体制が成立したといいます。大宝律令の以前以後でその違いを書き出してみると、、、、
※註 689年頒布の「飛鳥浄御原令」はその先駆け

■Before大宝律令
・「評」制
・「干支」表記
・政治は口頭でやり取り
・豪族私邸で政治
・豪族が軍隊動員可

■After大宝律令
・「郡」制
・「元号」表記
・政治は文書でやり取り
・二部八省をつくり、そこに役人が出向く政治
・朝廷のみが軍隊動員可

これをみても分かるように、大宝律令によって日本が国家として成立したのです。
※註 一代前の天武天皇の崩御が686年なので、この天武天皇崩御から持統天皇崩御の間の687年~702年間に、大化の改新の内容の1つ「薄葬令」が頒布とされたのだろうと推測できます。天武天皇が「大化の改新」の詔を発したとすれば、生前の686年以前となります。天武天皇から律令編纂制定の詔が681年に出ていますが、この681年が「大化の改新」の詔の出た時だと睨んでいます。この詔の成果が689年頒布の「飛鳥浄御原令」であり、701年頒布の「大宝律令」なのではないでしょうか。

ここにおいて、日本の官僚制は発祥したのです。

日本の国体とは「天皇制」ではなく、実は「官僚制」なのです。天武以来の藤原氏が牛耳る官僚権力を簒奪・無力化しようとした欧州「金融屋」の意を受けた小沢氏を、米国支配層の「石油戦争屋」によって戦後の日本統治を引き続いて与えられた藤原北家末裔(公家)を求心力とする閨閥ネットワークが大々的なネガティブ・キャンペーンを張り、過酷なパッシングをしたというのが本当のところではないしょうか!

■今も昔も役人天国?大宝律令の役人の年収は?
http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2007/08/post_c27f.html

封印された神を解く(1)

まゆふる女史の「閉じ込められた神が動き出した?」シリーズに対抗して(爆)、「封印された神を解く」と名打ったシリーズ物の記事を書いていこうと思います。

現在の日本神道の神は、元々あった土着神(国津神)を移設封印や上書きして祀られていて非常に複雑怪奇な状態となっています。日本の場合、活躍のあった人や祖霊を神社として新たに祀るという特徴がある一方、封印され隠匿された神も数多くあるのです。例えば、、、

●東北に封印された日月神示の神「艮の金神」とは???
●縄文の水の神「瀬織津姫」とは???
●霜月祭りに登場する「天白神」とは???
●「賽ノ神」とは???
●諏訪を基点に信仰された「ミシャグチ神」とは???


今後、こういったことのついても考えていきたいと思いますが、それにはまず今の神道の神、とりわけ伊勢神宮の祭神は何なのか?という問題を解決しないと先には進みません。

この点を吟味したいが為に、いままで煩フルでは語り部情報が信頼性があるかどうかをアレコレと検討を重ねてきたわけです。で、今のところ、かなり信頼性があるという結論に到っていますが、、、、(ニタリ)

■邇波言壱著作 出雲王朝
http://www.pleiades15.net/history/niwa.html

で、今は語り部の語る内容に論拠を置き、稲荷は「INRI」、八幡は「ヤハウエ」を表していて、泰氏(アイヌ 出雲系)が滅ぼされた三河の大漢国(君子国)から製鉄(大漢国式製鉄とは高師小僧から製鉄する方法か?)、養蚕、機織、酒造...等の大陸由来の技術を継承し、全国各地でこの技術と引換えに「泰」の名前とこれら景教と古神道がミックスされた創作神道「稲荷」「八幡」を広めたという歴史観に基づいていろいろと考察を進めています。更に、他情報(ベラ女史のエピソード)から、伊勢神宮は内宮=イエス、外宮=ヤハウエが祀られた場所であると睨んでいます。

飛鳥昭雄先生も稲荷=「INRI」、八幡=「ヤハウエ」と全く同じ内容を語っていますが、異なる部分も多くあります。代表的なものを挙げると、、、

■泰氏は「原始キリスト教徒」の渡来人

■内宮=御子=ヤハウエ=イエス
■外宮=御父=エロヒム
■本宮(伊雑宮)=聖霊
(本当の伊勢神宮は「三身一体」で三宮一体)


としています。
しかも、これらの説は裏の陰陽道「迦波羅(カッバーラ)」駆使する秘密結社である賀茂神社に属する「ヤタガラス」が監修していて、内容的にも「OK牧場」なのだという(爆)。

このイエス=ヤハウエとする理由は、イエスが「私はある(I AM)」と言ったことから来ていますが、まぁ、これはイエスだけでなく私たちは創造神と繋がっていて不二不二の関係なので、そういう解釈も成り立つとは思いますが、問題なのは外宮の方です。これでは「エロヒム=聖書の神」とするラエリアン・ムーブメントと同じになっているw

失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎―裏神道の総元締め「八咫烏」が明かす封印された第三の伊勢神宮と天照再臨 (ムー・スーパーミステリーブックス)失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎―裏神道の総元締め「八咫烏」が明かす封印された第三の伊勢神宮と天照再臨 (ムー・スーパーミステリーブックス)
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「エロヒム」はエルの複数形であることから、ヤハウエのような「根源神」とはなり得ないことと、旧約聖書のオリジナルは「エノク書」であり、ここに登場する天使の一部(200名)が「グリゴリ」と呼ばれる人間の女に子供を生ませた堕天使であることから、この堕天使たちが、多分、エロヒムの正体です。そして、彼らは宇宙人なのであろう。
※註 太陽系外には虚無な空間が広がっていて現地球次元には地球にしか人類はいないというオコツト説の信奉者なので、この「エロヒム」はきっと太陽系内の他惑星の「異次元人」でしょう。ニビル星人(アヌンナキ)という線も充分考えられる(爆)。

ですから、この図式は飛鳥先生の意図的な誤誘導ですねw
その行き着く先はラエリアン・ムーブメントと同じで、、、、、

最終的には宇宙人(異次元人)信仰となるw
※註 まぁ、カバラ教師はトーラー(モーゼ五書)に書かれたことは、この世の出来事ではなく上層世界のことであると断言していますから、エノク書も同じようなものかもしれません。

さすがモルモン教徒(飛鳥昭雄先生はモルモン教徒なのは有名)!!!。影の世界権力の尖兵FEMAの本部のあるソルトレークシティはモルモン教の本部でもあります。モルモンもNWOのコアな一翼を担っていると思います。かつて飛鳥昭雄先生は「全ての日本の神社は世界が破滅する前にモルモン神殿として機能するようになる。」と作品に書いていた程であり(ニタリ)、「エロヒム」を根源神にするあたりは、この2つの組織の密接な関係から伺える最終目標が、この特異な解釈の延長線上にあると睨んでいますw
※註 ヤタガラスの話には非常に重要な「多賀宮」が全く触れられていないことから、多分、飛鳥先生はヤタガラスに一杯喰わせられているのだろう(爆)。あるいはヤタガラスも架空の話(モルモン教の成済まし)ではないだろうか。ラエリアン・ムーブメントの開祖ボリロンは、1973年にエロヒムという宇宙人の訪問を受けて宇宙船に同行し、キリスト、仏陀、モルモン教の創設者ジョセフ・スミスと会ったということからも、ラエリアン・ムーブメントはモルモン教の別部隊だと睨んでいます。

また、飛鳥昭雄先生の情報の出処である籠神社宮司やヤタガラスの話にしても、あくまで体制側が構築した「勝者の歴史解釈」から逸脱しない内容であり、語り部のような蹂躙された側の歴史ではないのです。その証拠に、ヤタガラス情報は大和朝廷以前の歴史について語ることが出来ずにいて、あくまで万世一系的な世界観に集約されてしまっています。古代は縄文時代がそうであるように寡頭的な族長がこの日本を共同統治していた筈であり、ヤタガラス情報そのものに「?」マークが付きます。ですから、ヤタガラス情報からは、卑弥呼を比定することも出来ないし、卑弥呼以前の「倭の大乱」について述べることも出来ないでいます。ましてや徐福については、、、、当然ですね。

ヤタガラス自らの説明では、ヤタガラスは12烏(人)で構成されているが、実はこの「12」はイエスの12使徒の継承からきているのだという。かなり大胆な話です。こうなると日本に来たのは景教なんかじゃなく「エルサレム教団」ということになる、、、、事実、エルサレム教会はAD66年の「第一次ユダヤ戦争」でエルサレム陥落(AD70年)前にペラに集団移住し、その後、消息が分からなくなってしまったといいます。

その教団が日本に来ていたということか???
ならば、イエスの12使徒末裔の話もおかしな話ではない(汗)。
※註 実際にイエスの12使徒の継承ではなく、景教に書かれる12使徒伝承を取り入れただけのことだと睨んでいます。

ヤタガラス出自問題を解くことが、封印された神を解くキーの1つになりそうです。
しかし、語り部が語る「八咫烏(ヤタガラス)」の正体は痛快です。

語り部は、ヤタガラスとはスリーマンセル(3人1組)で行動する黒装束の「鵜飼」のことであり、翻って「徐福子孫」のことを指し示す言葉だと断言しています。

確かに、(からす)とは外観上もよく似ていますねw
鵜はカラスの弟分といったところでしょうか(爆)
※註 鵜はペリカン目・ウ科に分類される鳥類の一種で、この仲間は世界で四十三種類がいる。色が黒いところから「カラスウ」「カワガラス」と呼ぶところもあるようです。奈良時代からカワウ・ウミウを区別せず「ウ」「シマツトリ」等の名で知られていた。

鵜
(鵜飼に使う鵜は、日本ではウミウを使い、中国ではカワウを用いる)

しかも「八咫烏」の咫(あた)とは親指と人差指を広げた時の長さ(約18㎝)なので、8*18で約150㎝となりますが、八咫は単に「大きい」という意味を指しているといいます。つまり、黒装束の「鵜飼」は文字通り「大きな烏(鵜)」であったことを指す言葉だったのです。
※註 有名な「八咫鏡」も単に「大きな鏡」という意味になりますね。

奈良の熊野神社には、太陽の使いとして「八咫烏」が祀られていますが、熊野は徐福が最初に上陸して分け入った土地であり、大漢国(君子国)とは同族の地域です。その証拠になるか分かりませんが、熊野神社の祭神は「熊野権現」と呼ばれる「家都美御子大神(別名:熊野坐大神)」を始めとした三神や十二神を祀っていますが、これらの神は記紀のどこにも出てこない謎の神なのです。どうも日本の土着の神ではないようなのです。これらは徐福が持ち込んだ大陸系(道教)の神ではないかと睨んでいます。
※註 道教の最高神は「元始天尊」ですが、この右に「霊宝天尊」、左に「道徳天尊」(太上老君)を配した三神を特に「三清」(さんちん)と呼ぶ。この三神がそのまま熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の祭神(家都美御子神、牟須美神、速玉神)に相当するのではないでしょうか?

鵜匠
(これが「八咫烏」の正体だったのだぁぁぁぁあ~)

鵜飼は中国でも行なわれており、大和時代に中国から伝来したものとも言われていますが、文献的には日本の方が先行しているという話もあり、実はどちらが先かよく分かりません。日本の鵜飼は「鵜匠・なか乗り・とも乗り」の3人1組で船に乗るスリーマンセルで行動することから、後日、ヤタガラスは「三本足」として描かれたと語り部は述べています。

非常に納得のいく説明です。
まぁ、封印された正史を語っているというので、当然といえば当然か!(爆)

石巻山の参拝所である照山(別名:烏捕山)近辺には、かつて「鵜飼島」と呼ばれた「江島」という場所がありますが、ここが君子国での鵜飼のメッカだったのでしょうか。三河が「豊葦原瑞穂の国」と呼ばれるように葦が豊富に生い茂る地域であった為に、葦船を多く製作することが出来、鵜飼が君子国(大漢国)の代表的な生業になっていた可能性は高いと思っています。


(綱で繋がず自由な鵜と葦船を使った古式豊かな中国の鵜飼)

こういう流れから、「君子国の徐福子孫」→「スリーマンセルの鵜飼」→「三本足の大きな鵜(烏)」→「ヤタガラス」と呼ぶ様になったのでしょうか。初期大王家(騎馬民族スキタイのカド族)が三河の徐福子孫の「君子国」を攻撃した際、この鵜飼島を最初に押さえていますが、この地の民を支配下に置き補給基地として「君子国」との戦いに臨んだが、著しい飢餓状態となったが鵜飼島からの食料補給で勝利を掴んだのだという。この時の出来事が神武東征時に道案内した「八咫烏」の話として記紀に記されたのでしょう。

「古事記」の神武天皇の大和入り、吉野に到る部分の記述は、、、、

その八咫烏の後より幸行でませば、吉野河の河尻に到りましき。時に筌(うへ)を作りて魚(な)を取る人あり。ここに天つ神の御子、「汝は誰ぞ」と問ひ給へば、「僕は国つ神、名は贄持之子(にへもつのこ)といふ」と答へ申しき。これは阿陀の鵜飼の祖。
※註 「阿陀」は吉野川沿いの奈良県五条市東部の阿田の古名だと解釈されています。「宇陀」があり、さらに「阿陀」がある。

とあり、土着の民(国津神系)である鵜飼の人たちを神武(イワレヒコ)傘下に組み込んだというストーリーになっています。

ますます「八咫烏=鵜飼」が濃厚になってきたw
※註 ヤッズ★が常時ウォッチしているトランブレーみゆきさんのブログ「三河高天原」を見てみたら、何とこの「八咫烏」のことについて洞察されていました。異なる説をメールで募集しているといいますが、ヤッズ★がこの数日間、八咫烏についてあれこれ悩みながら洞察して記事化していたのは、実は彼女の背後にいる神からの恫喝だったのかもしれん(爆)。ならば、メールしなくともきっとここに辿りつくであろうw

神武歌謡に「宇陀の高城に鴫罠張る 我が待つや鴫は障らず いすくはし鯨障る」いう謡がありますが、この「宇陀の高城」とは、 神武天皇東征時、八咫烏に導かれて熊野から大和国へ進軍した皇軍が、ここで休息をするために築いた我が国最古の城砦だといわれるものですが、語り部はこの高城は「烏の鳥屋」であるといい、烏=鵜であることから「鵜の屋(ウノヤ)」となるのでしょうか?

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東海三神山は弥生人の巡礼地となり古東山道は其の道である。弥奴国の橋島より古伊勢湾を下り文身国(後世日高見国)を経由し大漢国のエイ州、扶桑国の方丈、蓬莱(旧不死山、カルデラ湖。745年陥没し大被害。新城の海、エイ州の海後退)を回る。弥生人は、東海三神山の巡礼の為に本州に邪馬台国を建国した。(倭の大乱とは大国主族の毛野国との戦闘)

倭讃王君軍は、香具山で天神を祀り。春日山(邇波川上)で地神を祀り。貝津を上陸し、邇波彦佐須伎(佐野命)に先導され古伊勢湾の佐那伎山の麓の亀首を通り音羽山から大漢国を臨み和平交渉(統一国家樹立の為)当たらせます。王伴武持は鳥捕山の麓の邑で大漢国の首脳を酒宴の席に招きますが決裂し開戦になります。エイ州の南「烏の鳥屋」(鵜=烏。宇陀の高城。雲屋ウノヤ)に本陣を置いた大漢国軍に対し彦佐須伎は高倉山より指揮します。息子彌母里別が小部隊で敵の別動隊と衝突し彦佐須伎は敵別動隊を狭撃し勢い敵本陣を打ち崩し蹴散らし【烏を(鵜)を飼う人々。中国の歴史書にも東海畔に変わった烏の居る事が紹介されている。三本足の烏。黒装束の三人一組】ます。(鵜田切、宇陀切の地)北魏に救援依頼するが、救援軍辿り着けず。

エイ州の東、引佐山で決戦の際、食糧が尽き勝利が危ぶまれましたが、鵜飼島より食糧調達間に合い勝利を収めます。戦後倭讃王君は鳥捕山の麓に高千(仙)穂宮に居住し不老長寿の秘薬を研究し飲み体調を損ね内津の香具山に向かい草香島のケカチの水を飲み一時的に生気を取り戻しますが崩御します。内津より葬送。後世倭建天皇は、都を移す計画鵜をしますが挫折。不老不死の秘薬研究し部下にも飲ませ崩御。皇太子稚建天皇の不死原(藤原)宮はエイ州の麓に在り。不死山を臨む原。神カムイ氏拠点。


■世間話の掲示板(投稿日2010年1月23日)
http://8305.teacup.com/kasaburanka15/bbs
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「ヤタガラス=鵜飼=土着民=徐福子孫」という図式です。

また、大漢国滅亡後だいぶ経ってから、三河を主戦場に起きた「壬申の乱」で大海人皇子(天武天皇)に付き従った大国主系の神(カムイ)虫麿が、戦後、この地に賀茂神社(神神社)を創建したといいます。この時は既に大漢国は無くなっていた為か、ヤタガラス(鵜飼の人、転じて徐福子孫)が神(カムイ)虫麿の指揮下に入る形で組織化されていったのでしょう。
※註 記紀には「阿陀」「宇陀」の2つが出てきますが、この違いは何なのでしょうか?

ヤタガラス(鵜飼)は食料補給の件での活躍もあり、褒賞として彼らの奉じる道教の神は廃されず(天武自体もも傾倒していた)、和風名化することと熊野に移転することで存続を許され、隆盛して今日まで残ったのでしょう。これが熊野神社が英雄として「ヤタガラス」を掲げる理由でしょうか。さらに、やがて秘密結社的なヤタガラスは賀茂神社の裏組織となり、賀茂の「奥の院」の一角を占めるようになったのかもしれません。

ここに「吉野・熊野-ヤタガラス-賀茂家-初期大王家」の密接な繫がりをみます。

でも所詮、カモメはカモメ鵜飼は鵜飼です。

賀茂氏「奥の院」の下部機関の隠密諜報結社として機能してきただけでしょう。
ですから、飛鳥先生がいうような三人の八咫烏で「裏天皇(金鵄)」を構成するという処までは到らなかったと思います。

古代、宮内省大膳職に所属した品部に「鵜飼部」がありますが、鵜を使って魚をとり朝廷に貢納したといいます。これなど東征での出来事で鵜飼が大和朝廷(天津神)の傘下に組み込まれた名残でしょうね。

別の掲示板でも、、、、「敵本陣を打ち崩し蹴散らして、鵜田切、宇陀切の地(現豊橋市)迄追撃される。」と語り部は述べていますが、「宇陀切」が豊橋ならば「宇陀の高城」も豊橋にあったことになりますね。で、この「宇陀切」の「切」とは陸地の端=水際のような感じがしますが、どうでしょうか。

豊橋市には雲谷町(二川と新所原の間)という地名がありますが、「雲谷」と書いて「ウノヤ」と読みます。語り部の「雲屋」は「雲谷」の表記間誤りではないでしょうか? それとも昔はこう書いていた? 石巻方面から山合いの道を通って赤岩寺、鞍掛神社、春日神社、日吉神社(ヤッズ★が足を捻挫した神社w)、葦毛湿原、普門寺まで続く古代の街道「鎌倉街道」がこの雲谷を通っていますので、古代には非常に繁栄していた場所だと思われます。確かに「雲谷(ウノヤ)町」は怪しさ満点です(爆)。しかもヤッズ★には、ここは非常に因縁深き土地でもある。。。。

鳥屋(とや)とは鵜を捕獲する為に設けられる簡素な小屋ですが、特に海に突き出た断崖絶壁が鵜の休憩地としては最高の場所です。ここに鳥小屋、見張所、物置、作業所を設け、鳥屋の外には囮の鵜(瞼が糸で縫ってある為、目が見えず逃げ出す事が出来ない)を置いて、仲間がいると安心して休憩に舞降りてきた鵜を小屋の中に隠れた状態でコモの隙間から篠竹の先端にU字型に曲げた丈夫な針金を付けた「かぎ棒」を使って捕らえるのです。

鵜捕獲
(断崖絶壁にある鳥屋)

鳥屋
(鳥屋の内部)

こういう「烏(鵜)の鳥屋」が雲谷には数多くあったのか?

確かに、雲谷(ウノヤ)は、愛知県と静岡県の県境をなす弓張山脈(山脈といっても300㍍から400㍍ほどの里山が連なった山々)の南端の入り組んだ処にあり、しかも、弓張山脈には岩屋山、立石という有名な岩山も多く、海面が20m上昇していた縄文時代末期ならば、海に接していて海鵜の休憩場所(=捕獲場所)として格好の場所だったろうと想像できます。

立岩
(ロッククライミング練習場として有名な「立岩」 頂上は裏山に続いた平地となっており、本陣とするには申し分ない処なのだが、、、、)

つまり、宇陀とは、正しくは鵜田(鵜の捕獲場)だったのでしょう。

この岩場に設けられた数多くの鳥屋がまるでのように見えたことから、「宇陀(鵜田)の高城」と呼ばれたのではないでしょうか?

また、その小屋群の端の地域が宇陀切なのかな~

ただ記紀では皇軍(神武)が熊野から上がっていった休息地の砦が「宇陀の高城」であり、一方、語り部は夷敵である大漢国の本陣が「宇陀の高城」であるとなっています。この倒錯関係はどう説明したらいいのでしょうか?「宇陀の高城」が素晴しい城砦だった為に自らの歴史に無理矢理取り込んだのか?(爆)

また、別のソースからも同様の内容があります。

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2001年4月29日に当地の郷土伝承に詳しい田中某氏に案内して頂き、そのとき耳を疑う話を聞いている。

「照山の西に景行天皇が崩御する直前に住まわれていた、高穴穂宮があったという。壷などの遺物が多く出土したが、売り払われた由し。また、照山の南、一鍬田付近には景行天皇の墓もあった。マカド神社には天照大神伝承も残っていた」という。一方、照山の別名は「鳥捕山」である。照山を守る神社に嘗て大伴神社があった。そして、神武天皇の主戦力をなした天忍日命が祭られていた。近くに神武歌謡に出てくる鵜飼部に関連するか、鵜飼島と呼ばれた江島がある。また、丹後の籠神社では神武天皇の役割を果たしたと伝承されている「倭宿弥」伝承が豊津にあり、明治時代にヤマトという地名が付けられていた。


■掲示板 古代神都・東三河
http://6327.teacup.com/maeda/bbs/325
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照山に大伴神社かぁ~

大伴神社は現在は賀茂神社の末社として明治41年(1908年)に合祀されていますが、元々は独立した社であったといいます。この祭神は「神押日命」、つまり、古事記に記載される「天忍日命」だといい、古事記は天忍日を古い軍事氏族である大伴連等の祖と記載している。天忍日命は天孫降臨の際、久米氏の祖神・天久米命と共に武装してニニギノミコトの先導をしたといいます。また、天忍日命を祭神とする神社は非常に少ない。

現在、照山(鳥捕山)には「大坂神社」がありますが、名前のように「大坂神」が祀られているといいます。この名称謎なのですw。「古事記」には崇神天皇の御世に疫病が大流行し、多くの民が亡くなり、夢で大物主現われて意富多々泥古(おほたたねこ)という人に自分を祀らせるならば疫病はおさまると告げられ、「宇陀の墨坂神に赤色の楯と矛を献り、また、大坂神に黒色の楯と矛を献り、また、坂の上の神や河の瀬の神に至るまで、ことごとく漏れ残すことなく弊帛を献ってお祀りになった。」とあります。また「日本書紀」崇神紀には「赤盾八枚、赤矛八竿を以て、墨坂神を祠れ。亦黒盾八枚、黒矛八竿を以て、大坂神を祠れ」 とある。

このように大坂神とは、墨坂神と一対を為す神であり、これらの名を冠した「大坂神社(逢坂・穴虫)」と「墨坂神社(宇陀)」は三輪山を中心に一直線上に並んでいるのです。ここにも「宇陀」が出てきましたね。三神山の1つ「瀛洲山」と称された「石巻山」は三輪山の奥宮であるという社伝がありますが、この石巻山を中心に北に大坂神社(照山)があり、その一直線上の南には「宇陀の高城」が存在したという雲谷(ウノヤ)があるのです。つまり、「大坂神」と「墨坂神」の対立は、初期大王族と徐福子孫の国・大漢国(君子国)の戦いがモチーフになっているのでしょう。

大伴氏の祖神・天忍日命は東征に随行したとなっていますが、「東征」の原型となったこの大漢国討伐戦では初期大王家(騎馬民族)側、つまり大坂神(黒)側の高位武将だったと考えられ、戦いで大いに活躍した為、この地に祀られたとは考えられないでしょうか。
※註 語り部は副将が「王伴(大伴)武持」だったという。この大伴という連(むらじ・役職名)も「王に伴なう副官」(王伴)というところから来ているのではないでしょうか?

ですから、実際のところは大伴神社→大坂神社へと名称変化していったのかも、、、、、これで「大坂」の名称の謎も解けますねw

神武東征で宇陀から大和侵攻の際、八十梟帥(やそたける)が強烈に抵抗し、灼熱して燃えさかる木炭を皇軍の進路に設けて妨害作戦に出た。この賊将が「墨坂神」だと云われています。

事実、記紀にあるように墨坂神=赤なのですが、大漢国(君子国)は中国の「道教」を信仰していて、蚩尤(シユウ・牛頭天王)を祀り、蚩尤は「赤い旗」が目印だったのです。大漢国の軍旗が赤である可能性は非常に高いです。
※註 天武天皇は「壬申の乱」の際、蚩尤(シユウ)の「赤い旗」を掲げたという。赤旗を「蚩尤旗」と言い、劉邦がこれを軍旗に採用したとされる。

蚩尤
(蚩尤の赤旗)

ですから、照山に「大坂神社」があるのならば、、、、、
「宇陀の高城」のあった雲谷(ウノヤ)に「墨坂神社」がある筈だと睨んでいます(ニタリ)。
で、、、、でも今のところ、比定地が全然見当たらない(汗)
※註 照山の「大坂神社」の創建縁起は、その昔、夜な夜なこの坂付近に人魂が現れ、通る人が遭遇したところから「逢坂」と呼ばれるようになったが、その供養のため大坂神社を創建したという言い伝えがある。三河の大坂神社は平安時代の記録「和名抄」に既に記載されている程に古いという。

墨坂といえば、「宇陀の墨坂神」あるいは「兎田の墨坂神」とあるように、必ず「宇陀」(兎田)が付いてきます。

一般には「宇陀」の比定地は奈良県宇陀市とされています。名前そのままですから、、、(爆)。この奈良宇陀の地には、賀茂氏の祖「賀茂建角身神」を祭神とした「八咫烏神社」がありますが、その向い側は伊那佐山であり、その山頂の都賀那岐(つがなぎ)神社社殿横には、下記の「古事記」の歌の碑が建っています。

楯並(たたな)めて 伊那佐(いなさ)の山の 木の間ゆも
い行き目守(まも)らひ 戦へば
吾はや飢(ゑ)ぬ 島つ鳥
鵜養(うかひ)が伴(とも) 今助けに来(こ)ね


この謡の意味は、、、、

伊那佐の山の木の間を通って、
見張りながら戦っていると、
私はいよいよ腹が減ってしまった。
鵜飼いの伴よ、今すぐ助けにきてくれ


つまり、この謡は神武天皇(イワレヒコ)が東征でこの地に至った際、食料が尽きて鵜飼いをしていた人に食べ物を持ってきて欲しいと要望している内容なのです。しかし不思議なことに、奈良の宇陀市は山の中であり「鵜飼」という言葉は場違いですし、鵜飼にかかる枕詞と言われる「島つ鳥」も場違いな感じです。
※註 「島つ鳥」・・大きな鵜・足の細い鶴のような鳥のこと

これ見よがしで、如何にもという作為を感じます(爆)

ここで「伊那佐」という言葉が出てきますが、これは静岡県の引佐の山のことだと語り部はいいます。それは石巻山のある八名郡の黄柳を山1つ超えた先には引佐郡三日町(現・浜松市北区)がありますが、ここで神武天皇の東征モチーフとなった初期大王族が大漢国(君子国)と最後の戦闘をしたという。
※註 宇陀、伊那佐だけでなく、大和地方には吉野川のように四国阿波の地名が多く存在しています。まるで大和地方が海を挟んだ三河と阿波を「映し鏡」のように映しているかの如くに同じ地名が多く存在しているのです。しかも四国と三河は物部王国であり、その地域奥深くには、今尚、いざなぎ流や花祭り・霜月祭りのような古式ゆかしい物部神道の名残を残す地域を後背地持っています。このようにして大和朝廷は滅亡させた地名を大和にも移し、更に全国へと波及移転させていくき、たとえ漏れ伝えられた伝承や遺物出土があっても、その地が比定出来ないよう完全に太古の記憶を抹消・封印したのではないでしょうか!

語り部の話では、大陸から騎馬民族スキタイ(初期大王家)を招聘して行なわれた邪馬台国討伐に続く大漢国(君子国)討伐で、おの戦いに随行した出雲系の神(カムイ)虫麻呂が照山(捕鳥山)に「神神社」を建立したという。その後、照山を拝するように現在の場所に移転し「賀茂神社」と名前を変え、神虫麻呂は賀茂氏の祖となったという。つまり、京都の賀茂神社二社も三河の賀茂神社が発祥地だったという超絶な内容なのです(汗)。しかも、この神(カムイ)虫麿は蘇我入鹿の次男・太田田禰子の子だというのです。つまり、賀茂氏は出雲系(アイヌ、エブス人)の流れにあったということです。
※註 豊橋賀茂神社は天平年間に京都の賀茂別雷神社より勧請して創建されたとなっているが、これは照山神神社→京都賀茂神社→豊橋賀茂神社という流れになっていると思う。

この豊橋賀茂神社には徳川家康にまつわる話が多く残されています。例えば、家康が遠江進出する際には賀茂神社を参詣し武運長久を祈願していたり、三方ヶ原合戦後、甲斐の武田信玄に攻められていた野田城を救援に向かった際に阻まれて逆に武田勢に追われた時に賀茂神社の御神木の洞に隠れて難を逃れたとも伝えられている。

徳川家の家紋といえば「三つ葉葵」ですが、京都賀茂神社最大の祭りは平安期から行なわれた「葵祭り」です。家康と賀茂氏は「葵繫がり」でもあるのです。この葵紋は家臣の賀茂神社の神官の家柄である徳川四天王のひとつ「本多家」は賀茂神社由来の葵紋を使っていましたが、松平家はこの本多にならい賀茂神社のご加護を受けるために葵を家紋として使用しはじめといいます。更に松平家が栄えた地(松平郷)は昔賀茂神社の神領であった地区だったのです。

賀茂氏と徳川家康の只ならぬ関係、、、、

徳川家康は影武者「世良田二郎三郎元信」だという説や、サンカという被差別賎民の出だという八切史観もあります(これはマンガ「カムイ外伝」のネタ本になった説ですね)が、家康自体、なかなか謎の多い人物です。実際のところ、徳川は源氏の出ではなく、賀茂氏の出自だと語り部は言う。家康が江戸に幕府を開いたのも、江戸が毛野国エドム人の祖地であり、エドムから江戸と名付けたのだという(汗)。

古代日本解明は一筋縄ではいかない、、、、
しかし、こういった不明なことをビシバシ解明できる点で、語り部情報は貴重なのです。
(つづく)

誤解でショック!

今日、重大な誤りに気付いてしまった。。。。。

いままで聖徳太子=聖武天皇というように語り部の語る伝承を解釈して読んでいたのですが、実はコレ大きな間違いだったのです(大汗)。

これは元はといえば、「聖徳太子は実在の人物だよん。上宮のあの人、、、うふふ」と宣う六本木の巫女の言葉が頭に残っていて、巫女もこの語り部情報読んでるんだ、、、と早合点してしまっていて変なバイアスがかかってしまっていたのか?

正しくは、、、、

聖徳太子=倭聖(高向王)です。
※註 「聖」の字が間際らしいのですw 語り部は文中、単に「聖」と書く場合があり、しかも、倭聖の子供が天武天皇なので、聖武→天武→文武とスキタイ系の「武」が続くものと早合点してしまっていた。よく読めば分かったことなのだが、、、、

聖武天皇は初期大王家(扶余スキタイ・カド族)で間違いないのですが、聖武天皇は仏教守護の立場から倭聖大王が厚く信仰した景教の寺院を徹底的に破壊したとあるように、聖武天皇は「仏教守護者」であり、聖徳太子が仏教守護者という一般的に言われている内容と混乱してしまったのが原因。

語り部の説では、、、、、

「倭聖大王=景教守護者」なのですが、仏教を推進する舒明天皇との戦いに破れ、再起を賭けることも放棄し、自から進んで捕獲され、舒明天皇指示で毒殺後に「女々しい奴」として父・崇峻天皇と「藤ノ木古墳」に合葬されたという。倭聖の事蹟は「聖徳太子」という本来とは反対側勢力の「仏教守護者」に祀り挙げられ、更にイエスの誕生譚と絡めて架空の聖人として創作されたのだといいます。

正しい系図は、、、、

【初期大王家系図】(後の上宮家)

■大倭【大和・東加羅国】
倭旨(金首露・扶余依羅)→倭仁→倭讃→倭隋(平西将軍)

※註 中国化を怖れた出雲王朝が騎馬民族スキタイを招聘し、大和地方の邪馬台国を九州・吉野ヶ里まで追い込んで滅ぼし、その後、倭讃が三河にある徐福子孫の国「君子国(大漢国)」を東征し滅ぼす。

■大倭【九州】
→倭済→倭興→倭明→【百済の入婿・倭武(神武天皇モデル)に王権禅定】

※註 国土北上で気候変化。大国主族の西遷要求に応じ九州に遷都。

■新倭豊王朝【河内・南加羅国】…王権の再確立
→倭明(用明天皇・竹内宿禰)→倭峻(崇峻天皇)→倭聖(聖徳太子)→【毒殺】

※註 倭明は別名:浦島太郎ですw。これは大倭を一度閉朝して、その後、年老いてから上宮家を創設して再び王権を確立したエピソードからくるもので、浦島太郎が玉手箱を開け一気に老人になったという「寝覚め」伝説になったのでしょう。

■【三河・東ヤマト?】…百済系に奪われた王権の奪取
→倭建(天武天皇)→文武天皇→聖武天皇→長屋王→【滅亡】

※註 天智天皇の死後、天武天皇が吉野で道教修行と偽り都を出て、吉野でも密議(新羅が関与?)によって綿密に計画を立て、東国の豪族を味方に付けてシユウ(銅鐸の神・牛頭天王)の赤い旗を掲げて「壬申の乱」を起して勝利し下宮家から王権奪取。蓬莱山の麓の新城に遷都しようとしたが叶わず。聖武天皇の頃に伊勢湾隆起陸地化。

つまり、「倭聖」と「聖武」とは別々の人間だったわけです。
「壬申の乱」で政権を再奪取した天武天皇以降が、連続して「武」が付くのですね(汗)。

記紀の系図では文武天皇の子が聖武天皇なのに、天武の父というのはどういうことか?と一時期疑問に思ったこともありますが、その時には気付かなかった。。。。今は、ストコーマ(認識の盲点)が取れた状態で眼がスースーしています(爆)。

で、この誤ってしまった聖武天皇とは、一体何者なのか?

実は、文武天皇の子で「桜彦」という和風謚号持つ者です。下宮家(後期大王家)が初期大王家臣下化の為に持ち込んだ景教を上宮家・倭聖は信仰していたのですが、その子・天武天皇や聖武天皇は仏教を志向していた。上記の語り部が語る系図は、天武天皇以降ははぼ古事記系図の記述通りです。

う~む、もう一度頭の中を整理しながら、情報を読み解かねば、、、、

ケムトレイル考

ケムトレイル、今日も目撃しました。
相変わらず毎日というぐらいにやってますね。

でも散布の「真の目的」はいったい何なんだろうか?
世界規模で行なわれている点から、やはりNWOに関連していそうな気がする。

で、ケムをネットで調べていたら、ケムの経緯は下記サイトに書いてあるとしたり顔で書いている人がいました。で、そのサイトをみてみると、、、、、

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湿気があまりに低かったとき、Contrailsは持続して、広がるのを見られた。頭上を飛んでいる多くの飛行機があるので、空でありとあらゆるパターンを作る。そして、彼らは四方八方に飛行機で行く。

■Contrail Science
http://contrailscience.com/chemtrail-myths/
(The Science and Pseudoscience of Contrails and Chemtrails)
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あの異常な軌跡は湿気によるもの???

冗談は休み休み言えって! 確かに、現在、数多くの飛行機が空を飛んでいますが、下記動画を見れば分かるように、「同じ環境」でも一方はスグに消え(コントレイル)、もう一方は長く残っています(ケムトレイル)。この違いををどう説明するんでしょうか? 単にコントレイル(飛行機雲)の説明をしているに過ぎません。結論として、これは「火消しサイト」の1つでしょう。



最近、真相究明に彗星の如く現れたジェイ・エピセンター氏がいますが、プレゼンの仕方が洗練されてA4用紙1枚でプレゼンするリチャード・コシミズ氏の対極にいます。しかし、どうして両氏とも日本人ぽくない名前を付けるのだろう(爆)。
※註 リチャード氏がケムトレイルに消極的で認めないのは何故なのだろう?ここに氏の立ち位置が集約されているようにも思えるのだが、、、、中国系工作員ならば真っ先に取り上げる筈だが、そうではないし、、、、

近い将来、米国とカナダとメキシコは統合するとエピセンター氏は語る。

それは「SPP」という通貨統合の段階を経て、「NAU」(The North American Union)という政治統合にまでなっていくとエビセンター氏はいう。欧州がEEC(関税撤廃)→EC(通貨統合)→EU(政治統合)となったように、北米もNAFTAという「北米自由貿易協定」段階を既に過ぎていて、今、SPPに盛り込まれている通貨統合が視野に入っている段階。それが「アメロ」になるのか、「ブルーノート」(新ドル)になるのかは分かりませんが、、、、、ただ、今は「ブルーノート」が優勢とのことです。
※註 SPP…Security and Prosperity Partnership of North Americaの略で「北米の安全と繁栄のためのパートナーシップ」の対話。2005年3月23日にテキサス州ウェーコーでカナダ首相ポール・マーティン、メキシコの大統領ビセンテ・フォックス・ケサーダ、およびアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュによって設立。EU、NAU、EAC(東アジア共同体)、、、これらの地域ブロック経済圏の代表が世界政府を形成するといったところでしょうか。その世界政府の活動資金が銀行間決済に課せられる税金だという。

でも、EUが大した混乱無しに政治統合したのに比べ、北アメリカの通貨政治統合がFEMAキャンプを必要とするのは何故なんでしょうね~。時間がないから一気にというところでしょうか?それとも銃を解禁していて「自由」を標榜している米国民なので、一筋縄ではいかないという見解なのでしょうか?

最近記事化した「アメリカから逃げて!」のIlluminator13は、この決行日が近いことを警告しているのでしょうか? なかなか不気味です。
※註 「ゲームの達人」氏の見解ではこの情報の出処は「エ○バの証人」だろうという。このラッセル系の宗教団体の予言は今まで一度も当たったことがないことで有名です。

そのジェイ・エピセンター氏が語るケムトレイルの見解はこうです。



1500度でも溶けない、、、、ナノテク生物ロボット
その名もゴールデンボールならぬ「ゴールデンヘッド」 (くほほほ)

ゴールデンヘッド
(ゴールデンヘッド)

う~む、時代は既に「SF世界」に突入している、、、、

これが皮膚の炎症「モルゲロンズ病」を引き起こすという。

まぁ、実はかなり前からこのことは知っていましたが、ニビラーなヤッズ★なのでニビルと絡めてケムトレイルを解析していたことと、今までケムを目撃しているのにこういった症状が自分に出ていないことから、これは「恐怖を撒き散らして真相をケムに撒く隠蔽情報」じゃないかと思っていました。

でも、ジェイ・エピセンター氏に真顔で言われると信じてしまいそうです(汗)。

この謎の炎症「モルゲロンズ病」には岩塩が効くといいます。ネットの書き込みでは「チョーお薦め!」だという。化学物質過敏症の人の場合、ケムの中の金属やその他の化学薬品に皮膚が反応し、赤い湿疹がブツブツと出て、さらに蚊に刺されたように凸状に皮膚が広範囲に膨れ上がるという報告が日本でもあります。この赤くなった皮膚の表面は熱を帯びてしまうのだそうで、先の動画と同じ症状です。

しかし、この症状も岩塩で撫でると10~20分でひいてしまうという。敏感でない一般人は今は反応が出てないのですが、一般人が症状を訴え始めている頃には手遅れです。
(現場宮崎ではケム散布目撃もあるが口蹄疫も同じか?)

しかし、ナノテク生物を撒く為だけに空中散布している?
それだとメチャコスト高になって、費用対効果は著しく低いのだが、、、、

まゆふる女史の記事には、、、、

人工気象操作で世界を干ばつと洪水にし、食糧危機にする。
食糧危機を更に進めるために、ミツバチに消えてもらう。
受粉を人工的にすればミツバチは要らない。
遺伝子組み換えが嫌だといっても、空腹には勝てない。
皆、ターミネーターテクノロジーの種子を買うしか仕方ない。
でしょ?


な~る程!!!

アインシュタインが言ったという有名な「ミツバチ予言」がありますが、

If the bee disappears from the surface of the earth,
man would have no more than four years to live.
No more bees, no more pollination,
no more plants, no more man.

(もしハチが地球上からいなくなると、人間は4年以上は生きられない。
ハチがいなくなると受粉が無くなり、植物がいなくなり、人間がいなくなる)


しかし、このこの予言もヘブライ大学のアインシュタイン研究所は彼が言った言葉ではないと否定しているという。まぁ、有名人が発した言葉して信用されるようにした捏造情報でしょうが、これは裏を返してみると、ミツバチ大量失踪から食料危機を意図した勢力側が恐怖を煽る為に予め発していた情報かもしれませんね。

最今のミツバチ大量失踪もこれで謎が解けた!
※註 前回紹介した中日新聞の記事(2イチゴの形、色に異変)には、「ハウス内に置いた巣箱から、ミツバチの群れが消えていた。密閉されたハウス内なのに死骸(しがい)も多くは見あたらず、松岡さんも「どこへ消えたのか分からない」」と書かれていて、アセンション説も否定しがたくなっているが、、、、(汗)。ただ、この件は雑木林に置かれた巣箱の中の蜂が盗まれた事件もある為、ハウス内から蜂を誘導して盗んだとも考えられます。

確かに、実験的にナノテク生物を撒いていると思いますが、今のところ、コレは地域限定的に行なわれていて、きっと今は、効果確認の情報収集という実験レベルなのでしょう。ということは、いづれ大量散布も有り得るということか、、、、(汗)

ミツバチ消失による食料危機、気象兵器による洪水や旱魃、ナノテク生物による皮膚炎....等で「人工アセンション」を演出し、一気にNWOに邁進なのか!? 恐怖による自己の自由の明け渡しが世界統一政府樹立にはこういった恐怖が必要なのです。

この場合、人工「大艱難時代」といった方がいいか。

「大艱難時代」は聖書の黙示録に記された「人類が終末そして救済に至るまでの大厄害の3年半1290日のこと」でりますが、これを人工的に起そうとしているのか? まぁ、主だった宗教には黙示録的な終末思想が入っていますが、これは古代バビロニアから続く影の世界権力がそっと忍ばせたものでしょう。聖書の黙示録の記述には、終末時にはおぞましい病が発生し蔓延するとありますが、ナノテク生物は、多分、これを演出する為に作り出されたものではないでしょうか。

しかし、散布期間が長過ぎる、、、、

ヤッズ★がケムを確認してからもう3年も経っているが、これは食料危機・環境操作という「人工艱難(人工アセンション)」だけが目的ではなさそうです。というのは、よく晴れた日にケム散布があり、太陽が雲から覗く場合があるが、そこを覆い隠すようにケム散布してる。
※ケム散布雲に邪魔されない太陽の光を浴びてみたところ「超熱かった」。まぁ、当然といえば当然だが(爆)。

やはり、ケムは太陽からくる熱を抑えているようだ、、、、
※註 ケムに含まれるバリウムは造影剤でケムの濃度分布を知る為のものでしょう。また、同時に含まれるアルミ粉が太陽光を反射させてマイルドにする機能もあると睨むが、このアルミ粉はHAARPと連動させると気象兵器にもなる。しかし、いまのところの使い道は太陽風が強くなった時に地球上に電磁障害が起きないように、HAARPの活動を活発化させて人工磁場を作り、強まる太陽風と逆に弱っている地球磁場を補填する形で運用しているのでしょう。まぁ、その副作用で地震が起きるのかもしれないが、、、、ただ、この辺の副作用の件は今のところ「そうかな?」と思う程度で、これ以上何ともいえないw

あるいは、ニビル関連かぁ?
日中、ニビルを目撃出来ないようにモザイク掛けているとか、、、、(超爆)

それにしても、日本のマスコミはケムトレイルを全く取り上げませんね~
公共の財産「電波」を使用しているTV局が、こんなことでいいのでしょうか?



上記米国のマスコミのように、いつになったら日本のマスコミは報道するのでしょうか?

う~む、日本の夜明けは、まだまだ遠いぜよ(龍馬)
※註 龍馬はメーソンの手羽先グラバーの日本人代理人

「2013年脳」のススメ

先日の記事で「右脳が世界を救う!」と叫ぶジル博士の動画を紹介しましたが、このことについてもう少し洞察してみましょう。

五井野博士は、「左脳から右脳へ切り替えないと2012年は乗り越えられない」という。
つまり、「左脳の働きを止め、右脳で感じるままに見よ」ということです。

どうしてかというと、今、世界は有り得ない状況になってきていますが、今までのようにマスコミ発表の情報に対して盲目的に「信」を置いていると、間違った方向にミスリードされ淘汰されるということです。例えば、「景気回復基調!」というニュースに呼応して設備投資を活発化させたり、値頃感から株式を大量購入に走ったりすると完全に足を巣食われるということです。これは太平洋戦争時の「大本営発表」で既に経験済ですよね。

例えば、現在、一般には知られていないことに下記があります。

●ケムトレイル
●金融危機で欧米は京単位の毀損
●太陽系温暖化


こういった重大な情報が報道機関では隠蔽されているのですが、新聞報道が世の中の出来事の全てである、その報道は全て正しいと考えることは間違いです。しかも、その理由付けまで同意してしまっていては、洗脳されたのと同じ状態ですね。
※註 現在、マスコミでは「景気が悪い」という内容は、事態をより一層悪化させるという理由から報道規制中です。

社会的な問題だけでなく、現在、自然現象にもおかしなことがテンコ盛りです。

●ミツバチ大量失踪
●鳥の減少
●空からオタマジャクシ落下
●頻繁な火山噴火


最近起きているこういったことを「おやっ? おかしいな、、、」と今までにない変化として右脳が切実に感じ取らなければならないのです。そして、その感覚を大事にし、報道でなされる理由付けを鵜呑みにせず、左脳でよくその内容を吟味しないといけません。

これが「2013年脳」です(笑)。

そういえば、最近の自然が見せる異常さについて、6月1日の中日新聞には下記のような記事が載っていました。

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<ミツバチの沈黙>(7)  生態系底辺に危機
大きな川がゆったりと流れ、その脇に水田や畑が広がる。望遠鏡でのぞくと、遠くの民家の屋根にスズメが8羽いる。さらに見回すが、ほかにスズメの姿はない。「この時期は雑草の種や虫を狙ってたくさんのスズメがやって来るのに」

この冬、ミツバチの大量失踪(しっそう)が起きた兵庫県丹波市の山間部。自然愛好家の藤原利正さん(67)は、レンズの先に見える異変が気になっている。ふだんスズメが集まる木の枝をのぞく。チュン、チュン、チチチチ…。3、4羽が連れ立って飛び立つと、木にはスズメがいなくなった。「いつもの10分の1もいない…。あの木にはスズメが鈴なりになるのに」

5年前から市南部で野鳥の調査をしている。今冬、スズメは1年前に比べ4割も減った。スズメに似たカワラヒワも3割少ない。スズメが巣をつくる木造住宅が減ったことは理由の一つにある。だが、これほど激減する理由はわからない。この春は寒く、田植えが2週間遅れた。そのせいなのか、今年も鳥が少ない。「一時的なことならいいが…。この状況が続いたら大変なことになる」


<ミツバチの沈黙>シリーズ(中日新聞)
■(1)失踪・大量死、突然に
■(2)イチゴの形、色に異変
■(3)群れ一丸、完全分業
■(4)働けど蜜は増えず
■(5)厄介者、静かに増殖
■(6)救世主さえも激減
■(7)生態系底辺に危機

■奈良県鳥コマドリ激減…鹿食害で巣のスズタケ減り(参考資料1)
http://osaka.yomiuri.co.jp/animal/genre4/20100529-OYO8T00274.htm
■スズメ激減、50年で10分の1(参考資料2)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/cop10/list/201003/CK2010030902000217.html
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日本野鳥の会の人ならではの鋭い指摘です。

確かに、最近、まったく鳥を見なくなりました。
この時期、夕暮れ時には高圧電線の上に鈴成りに泊まっているツグミを目撃していたのに、、、、
今年は全く目撃していない!!!

何故なんだぁぁぁぁぁぁぁ~

ただ、先日の休みに山に行った時には、ウグイスの鳴き声をウルサイほど聞きました。
でも、街中には鳥はホント少なくなりましたね~
あれ程いたスズメもスッカリ見なくなりました。

ここで叫んでいるだけで思考停止したらアカンです。
ここから「真の原因」を深く追求しなくてはいけないのです。
ただ、それ以前に左脳偏重であれば、こういった異常にも気付きませんが、、、(汗)

ミツバチや鳥はアセンション(次元上昇)したんではないかと言う人もいます(爆)。また、大量失踪の原因の1つにケムトレイルを挙げる人もいますが、多分、こちらが正解でしょうね。
※註 ミツバチの持つ方向感覚は地球磁場を拠り所にしていますが、ケムトレイルで散布されるアルミ粉末が微細な磁場磁力を拡散させ方向感覚が狂ってしまうのでしょう。あるいは何らかのウィルスが関与しているのか?この働きバチの失踪が生まれてくるハチの「育児放棄」となってハチの個体数の減少を招いています。また、ハチが花粉を運ばなくなったため、受粉されずに木の実が出来ずに鳥の獲物が少なくなり、鳥も減少したのでしょう。またミツバチがいなくなると食物が生産出来なくなるといいますが、ケムトレイルは気付かれないように食料危機を起す為に意図的に行なわれているのではないかと最近は睨んでいます。経済危機、食料危機、、、この複合混乱に乗じてNWOを一気構築でしょうか?!

私たちは自分で感じて学ぶことをせず、マスコミや教科書...等で左脳的に概念や知識を植えつけられることに慣れてしまっているが為に、明らかに怪しい9.11やアポロ月面写真を見せられても、画像から感じるものよりも、言葉で報道された内容の方に無意識に自動調整してしまっています。

つまり、既にゴイムになり下がってしまっているのです。
ゴイムでない人(ノン・ゴイム)の場合の物の見方はこうです。

■豚インフルエンザ
ロスチャやロックが人工的につくったもので、
製薬産業が在庫一掃処分や儲けたいだけの事。
最初の感染者は死ぬ可能性があるが、
その感染者から増殖したウイルスで感染した人はただの風邪になるだけ。


■ソマリアの海賊
たかが海賊如きに各国の軍艦が大挙して押し寄せる不思議さ
1990年代初期に各国の海運会社とソマリアの政治家が海洋投棄協定に署名
ソマリア政府崩壊後にソマリア沿岸で核廃棄物の投棄開始
これは廃棄物処理が極めて安価な為である
2005年12月アジアの津波がアフリカ東海岸を襲った際、
巨大な波が大量の核廃棄物や有害な化学物質が海岸に流れ寄せ
何万人ものソマリア人が口や腹部からの出血、異常な皮膚疾患、呼吸困難
その後、約300人がこれが原因で死亡
ソマリアの一般人(漁師)が投棄、密漁を停止させるよう
武装して漁船で繰り出した「非公式な沿岸警備隊」が
「海賊」の正体である


■9.11テロ
ガン患者がいるように核が使用された
WTCは純粋水爆で倒壊
その起爆装置はロシア・サハロフ博士(双子宇宙論)考案の
プラズマ砲を改良したものから生成した微量の「反物質」を使用
ペンタゴンは巡航ミサイルで撃破


■アポロ月着陸
月に行ったことは確かなのだが、
あの薄い宇宙船外殻で降り注ぐ宇宙線は遮断出来ない
それは、、、UFOのテクノロジーで保護されながら月に到着
人類最初の第一歩はオルドリン
報道された月面探査写真はキューブリック監督が地球上で撮影


■日本人はユダヤの末裔
現天皇家は南朝の入れ替わり
元々の出自は百済渡来のエフライム族
稲荷はINRI、八幡はヤハウェの意味し、
内宮はイエス、外宮はヤハウェを祀る
神道は縄文古神道にユダヤ教とキリスト教を加味させたもの
その後、日本におけるユダヤの痕跡を完全に封印
また大乗仏教は仏教をユダヤ・キリスト教化してマイルド化したもの
全ては2013年以降の為にユダヤは封印された
(弥生人は中国系で被支配層となった)


■鳩山総理・小沢幹事長辞任は予定調和
最初から6月辞任に向けて動いていた
普天間移設に関する日米合意には
「8月末までに工法を含め決めること」という一文が盛り込まれているが
この時期までの決定は不可能
なし崩し的に日米合意は日本の不履行となり
痺れを切らした米国はグアムに移転
日米安保維持しながら「出ていけ!」とならずに国外移転を可能とした
また合意当事者が政権にいない為、責任追及出来ない
菅総理で米国関係修復化も予定のうち



内容が正しいかどうかは、この際、関係ないです(爆)。
如何に大マスコミの報道内容と異なっているか?
如何に数ある新聞やネット情報から調べて調べて調べ尽くして、
取捨選択して自分の意見をどう構築しているか?

これがノン・ゴイムのポイントです。

これはマスコミ報道が作る五感情報に左右されず、自らの感性を頼りに出来事の真偽をトコトンまで追求する態度に他なりません。そうすることで情報の向こう側に何かが見えてくる。即ち、これが「ネット内アセンション」なのです。(ドクタ~談)

現在のマスコミ報道のあり方からは陰謀論も充分展開できますが、見えない背景的な部分では、宇宙の意志が関与していて、こういった振るい落しの為に行なわれているのだろうと睨んでいます。

左脳的洗脳ゴイムなど「イラね」なのです。

ポイ(ノ ̄ー ̄)ノ :・'.::・>+○┏┛富士山┗┓

では、どうやって右脳を活性化させノン・ゴイム化するか?
五井野博士が紹介した右脳活性化の訓練方法はこうです。

■訓練方法1
指立てして焦点を合わせた後に遠くに持っていくと、
指の数が増えて見えるが、
そのままの状態でみるのが右脳だけで見ることである。
指を遠くに持って行った時、
焦点を合わそうと働き掛けるのは左脳が働いた結果。
(このボケた指を見ていると、やがてオーラが見えてくる)

■訓練方法2
パソコンは左脳を使う為、
使用終了したら眼鏡を外して星を眺める。
これだけで左脳から右脳に切り替わる。


右脳が活性化しないと、左脳が受けた情報に左右されてしまいます。
「おかしい、、、」と右脳が感じても気が付かないままでいるのです。
例えば、空を眺めてケムトレイルがあることを認識出来ない状態がコレです。

ただ、どうもジル博士が提唱するような右脳だけではだめなようです。
右脳だけでは判断が出来ませんから(爆)

だから、右脳と左脳を繋げる作業が大事

右脳を活性化し、右脳からの情報授受を多くし左脳で深く熟考する、、、、
この方法が今後のトレンドかな~♪

つまり、「脳の中心で愛を叫ぶ」わけです。

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ヤッズ★

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