合わせ鏡

最近、今までとは逆のことが、フト頭を過ぎる場合があります。

本当に「外界=内面」なのだろうか。。。。。

この「外界=内面」を突き詰めていくと、全ては幻想という考えになってしまいます。
友人、知人、家族、コメントをくれる人、、、、果ては自分の肉体さえもです(笑)。

例えば、目の前にいる人も自分にあることを気づかせてくれる単なるデータ集に過ぎなくなってしまいます。パラレルワールドを信奉するには非常に好都合なのですが(笑)、人間型ゲシュタルトから逃れられない今の身からは、どうしてもこうは感じられないのです。頭では分かったつもりでいるのですが、、、、

この件について、R・レナードはこう言っています。

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「この世は幻想である」と考えるだけでは足りません。
この世が幻想なら、自分も幻想であり、空虚であり、意味がないと考えるようになってしまいます。

自分は神の一部であるという考え方も違っています。
一部ではなくて、全てです。
源と一つである自分以外に誰かが居る訳ではないのです。

人間は、この世界の秩序を超えた存在であり、あらゆる限界を超えた存在です。
時空に入り切らないくらい大きな存在、それが人間なのです。
他人をそう考えられれば、自分のことも、そう考えられるようになります。


(「聖霊の体験に至る方法」から抜粋-惑星超越人格-)
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この「自分は神の全てです」という点がAICMを学んだ人の共通点なのですが、こういう考えが尊大な態度を産み、違和感を感じさせるという指摘もあります(爆)。まぁ、気が弱く繊細で、硬派かつ純情可憐なヤッズ★には、このぐらい尊大な態度を付加したぐらいが丁度よいのかもしれませんが、、、、、(爆)。

しかし、ACIMでは他者もを「神」として見るべきだといいます。この視点は新鮮です。ヤッズ★は「変換人型ゲシュタルト」を表面的な理解しか出来ていなかったかもしれませんが、自分の肉体を含め、他者や事物を単なるデータではないのか?と考えていました。まぁ、脳内に映る映像限定でみれば正しいことなのですが、、、、、

他者をそう思うと自分もそのようになるという点は、腑に落ちましたね。

他者をデータと見なせば、自分もデータ化する。
しかし、他者を「神」と見なせば、自分も「神」化する。

「鏡の法則」を知っていながら、トンだ誤りをしていたようです。
これが「人間型ゲシュタルト」が為せる業なのでしょうか!(汗)

逆もまた真なりです。
自分がそうなりたいと思えば思うほど、他者がそのようになっていく。。。。。
こんな経験ありませんか?(爆)

自分をそうしたいなら、まず他者からです。
これは「タライの水」の法則、「他自実現」でもありますね。

これは「あるヨギ」のパラマハンサ・ヨガナンダがいう「したいと思うことはするな そうすれば 自由にしたいことが出来る」と通じる部分があるかな~♪

エイブラハムに聞いたところ、こう回答が来ました。


彼女をお姫様扱いしてやれ
そうすれば 自分がお姫様になれる

(エイブラハム・ヤッズ★)



しっかし、他者を「神を思え」といいながら、レナードは今度はこう言っているのです。

「源と一つである自分以外に誰かが居る訳ではない」


やはり、他者はいないのか、、、、、
突き詰めて言えば、他者というデータを「神と思え」ということでしょうか???
まだまだ、ヤッズ★は分離して考える「人間型ゲシュタルト」から逃れられていないようです。

それはそうと、この言い回しで気に掛かる点があります。

それは、、、、「自分」という用語の定義です。

この文章の場合の「自分」とは、普通言われる「自我単位で区分化した個人」を指すのか? 貴方も、彼も、彼女も、、、、全ての人類、物体までも統合した神状態である「大いなる自分」を指すのか?、、、、、、分けワカメなのです。

普通に読むのなら前者の「個々人」になるのですが、こうなると「他人は存在しない」となります。つまり、この物質世界は自分一人しかいないということになり、貴方も、彼も、彼女も、、、、、全部、データに過ぎないということになるのです。

一方、後者の「大いなる自分」とするならば、まぁ、普通かな~って感じです。単に括りを大きくしただけのことで、別段、目から鱗が落ちることもないし、言葉のレトリックに過ぎないだけのことです。表面的には分離して見えるが全人類は根っこのところで皆が繋がっているという、スピによくある「無意識層の共有化」(=集団的無意識)という話に落ち着いてしまうのです。

まぁ、無意識層=【本当の自分】なので、別段、後者でもいいわけですが(爆)。
でも、なんとなく釈然としません。

単にヤッズ★が期待し過ぎなだけなのか、、、、、、

今後、この辺はもっと深く追求したいところです。
やはり、「神の使者」や「ACIM」(奇跡の講座)を読まないことには先に進まないかな、、、、、

では、ここで少し方向を変えて、過去の偉大な聖者はこの件についてどのように考えているかを考えてみたいと思います。ACIMはキリスト教系の匂いがプンプンしますので、これとは異なる方面の聖者をピップアップしますね。

最初に釈迦です。
(っていうか、釈迦しか書きませんが、、、、爆)

釈迦は菩提樹での瞑想で「悟り」を得たといいますが、この瞑想中にこの世の実相が分かったからこそ「悟り」を得たのです。ですから、その時何を見たのかが一番のポイントとなりますね。

一般的な仏教解説では、釈迦は6年間の生死の境を彷徨うような苦行を通しても「悟り」を得られず、ネーランジャー河の畔で沐浴して疲れ切った体を休めていた時、スジャータが差し出した「乳粥」を貰った後、菩提樹の下で瞑想をして「悟り」を得たと言われています。

五井野博士の説では、上の内容に付加してスジャータが差し出した「乳粥」を貰うその刹那、スジャータの目を見た際に、スジャータの瞳の奥に何かを観じ、それが何かを知るために菩提樹の下で深い瞑想をして、帝釈天や梵天と出会い、自分がどこから来てどこへ行くのかを知り「悟り」を得たという法華経的解釈をしています。

五井野説の驚愕な点は、前13世紀にアーリア人がインドに侵攻して先住民族ドラヴィダ人を支配下に置いた為、王族の出である釈迦は間違いなくアーリア人(白人)であるという箇所です。

釈迦はアーリア人であるため出家後はもっぱら支配階級の宗教であるバラモン(=ブラフマン)教的な苦行方法を採用しており、それらの方法やバラモン教の神々が仏教が民衆に広まる際に取り込まれていったといいます。また司祭階級を否定した釈迦ですが、釈迦入滅後、一度は地に落ちた司祭階級が復権を果たし組織化していった仏教が各地へ伝わっていったといいます。

ですから、日本で袈裟を着て説法をしている僧侶は、実は仏教ではなくバラモン教の僧侶なのだというのです(爆)。本当の仏教は菩提樹で「悟り」を得てから、衆生に教えた内容がそうであり、それが大乗仏教であり、その精華が「法華経」なのだというわけです。

密教あり、大乗あり、上座ありの仏教の複雑さがスッキリする話ですね。

話が少し横道にそれましたが、スジャータは仏典では高貴な出の美しい女性として描かれていますが、実は被征服民である奴隷階級のドラヴィダ人であったといいます。バラモン教では女性は「救われない者」「悪魔」という位置付けなので、賎民のしかも女性から施しを受け、それを食したことはバラモン教徒の釈迦として考えれば、実に驚愕的な行動であったのです。

でも、釈迦はそれを食した。。。。。何故か?
それはスジャータの瞳の奥に釈迦は「仏性」を見たからです。

一方、上座仏教(小乗仏教)では、釈迦は「静瞑想」を通しては三昧(サマディ)の境地には至るが、それはあくまで脳内幻覚状態であって、この外界では元に戻ってしまい、決して「悟り」を得られなかったといいます。しかし、「動瞑想」(プッパサマディ)をすることで「悟り」を得ることができたので、釈迦が晩年指導したのは、この「動瞑想」であると強く主張しています。

例えば、歩く際に「右足」、「上げ」、「前へ」と動作を大まかに細分化し、その各々に「サティ」という意識の気付き(認識)を入れ続けることで、やがてこのサティが高速化していき、顕在意識の処理はこのサティで完全に占められてしまいます。しかし不思議なことに足は前へ前へと歩み続けるのです。このことから、決して顕在意識が足を前へ出す指示をしていないことがこの「動瞑想」で判明するのです。これはハントの実験結果「顕在意識は無意識の行った指示の確認をしているに過ぎない」とも一致します。

どちらの説の内容にも頷いてしまいます(汗)。

いったい、どっちが正しいのねん

多分、どちらも正しいのでしょう。ただ、僧侶集団、司祭階級である上座仏教の方は、大衆信徒に誰でも「仏性」があるとなると自分たちが困るので、スジャータによる悟りの件は割愛し、司祭階級の特権を温存する教義を構築していったのでしょう。

でも、ACIMならどちらも肯定しています。
先の釈迦の件は、簡単に書くとこのようになります。

●無意識には「仏性」(=自分が神であることを知る記憶)が存する領域がある
●無意識こそが【本当の自分】


つまり、この2つを合わせると、、、、、

●無意識こそが【本当の自分】で、そのある領域には「仏性」が存する

となりますね。残念ながら「外界=内面」という変換人型ゲシュタルトまでには踏み込んでいませんが、かなりACIMの教えに近いです。しかし、ACIMには仏教でいう「色即是空」や、ヴァッカド・ギータの「宇宙的幻術(マーヤ)」を足してさらに深めたような、「外界=内面」という変換人型ゲシュタルトまで兼ね備えています。

まさに、ACIM、最強です(爆)

素晴しい♪ A.C.I.M


(ヒデキ感激♪のフィンランド産Y.M.C.A)
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願望実現の使者

鍵コメさんから、すばらしいブログ教えて貰いました。

先日行われた「神の使者」の著者・ゲイリー・R・レナードさんのセミナーの内容が書かれたブログです。自分だけでは勿体無いので、ご紹介しますね。

■聖霊の体験に至る方法 (惑星超越人格)
http://imurug.blog21.fc2.com/blog-entry-106.html
(ミュルア姐さんがコメントしてた。。。。。知っていたなら教えてよん、自分だけズル~イw)


ゲイリー、日本に来ていたんだ。。。。。

●東京:2009年6月27日(土)
●京都:2009年6月28日(日)

GaryRenar.jpg
(ゲイリーとはこんな人 プロのギタリストだそうです。)


なんだぁぁぁぁぁ、名古屋に来ないんかい!

ここでも名古屋名物、「名古屋飛ばし」は健在です(涙)。

でも、申し込み時期により18,000~24,000円とは、、、、、、、名古屋開催あったとしてもヤッズ★はパスしてますね。だってこれならWii+ソフトが買えるんだもん(爆)。

ですから、上記のブログで詳細に書いてくださったので、とても有難いのです。
(今はコメ欄がないので、ここにてお礼を申し上げます m○m)


ゲイリーの根本思想はこうです。

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元を正せば神も人間も一体の存在で、人間は元々神と一体だったのに神から分裂して放蕩息子のように旅に出てしまった。。。。。。神から離れた人生は地獄そのものなのに、それに気づかないで(見ようとしないで)、その中で毎日を嘆き苦しんでいる。もうたくさんだと思ったなら、ただ神のことを思い出して、神のもとに帰ることを決意するだけでいいし、神は放蕩息子だろうとなんだろうと決して罰したりしないのに、そのことを忘れているから人は勝手に罪を作り出し、どんどん神をおそれ、離れて、より悪い方へ行ってしまう。
(あるブログから抽出)
***********************************************************************

「人は神から出でて神に帰っていく」
この辺の内容は、R・シュタイナーの人類観と同じですね。

まぁ、シュタイナーの場合は数万年サイクルの壮大なスケールの話ですが、、、、
ただ、気が短いのでそんなに待っておられません(爆)。

不死というあなたの現実不死というあなたの現実
(2008/06/21)
ゲイリー・R・レナード

商品詳細を見る
(ゲイリーはこんな本も出しています。実は、この表紙本屋でよく見かけていたのたが、よく知らない名前だったのでパスしてたw この本も唾付けておこう)

この「聖霊の体験に至る方法」を読む限り、、、、、

そのまんま変換人型ゲシュタルトです(爆)。

やはり、「外界=内面」だったんですね~。
無意識が【本当の自分】というのは、ハントの実験結果とも同じです。

しかも、これはカバラでいう「五感という箱の外への脱出法」とも似ていますね。
元々、そういう世界が広がっているのを私たちは心の奥底に秘めていたのです。
宝の箱は自分が尻にして座っていた。。。。。

これが法華経のいう誰もが持つ秘められた仏性だったのかもしれません。

願望実現ワークをする場合、【無意識層】へ願望を送るのがいいとされていますが、無意識は「エゴ以外の領域」ともいい、自我が確立されていない意識の領域です。願望をイメージングしたり、絵を描いたり、宝の地図を作ったりするワークが有名ですね。

実際、そのようにして願望が実現する話をよく聞きますし、そういったことを話題にするブログも多いです。

だだ、ハントの実験結果から考えると、このルートはあくまで顕在意識がそう自分勝手に考えている「思い上がったルート」であって、実は無意識がそう指示していたという凄いオチになってしまいます。つまり、後追いで顕在意識がそれを確認しているだけなのですが、願望実現ワークをしたと言い張るわけです。。。。。。顕在意識ちゃんが、(爆)。

無意識が無意識に願望を送り込む。

これならば、願望が叶わないはずがありません(笑)。
なにせ、無意識層=形而上世界=【上層世界】=【原因の世界】ですからね~♪

その通過点として顕在意識がある。

逆に言えば、自分の思考がこのようなワークをし出したら、それは無意識からの指示で行われていると考えればよい訳です。これは願望実現度のバロメーターになるかもしれません。


無意識: 「今、願望を叶うようにワークしたじょ」

顕在意識: 「OK!今、確認中」

無意識: 「よし、願望を受取った」

顕在意識: 「。。。。。。。。。」

無意識: 「おっ、どうした?」

顕在意識: 「い、いや別に、、、、実は、まだ確認出来ていない」

無意識: 「しばらく待てはいいのさ」

顕在意識: 「おおおっ、きたきた、キターーーーーッ、しっかりワークしてるのねん」

無意識: 「うんうん、これにて一件落着! めでてぇな」

顕在意識: 「へい!」


こんな感じでしょうか!(爆)

まぁ、実際は「顕在意識」は「無意識」とは会話など出来ないので成立しない話なのですが、顕在意識がこのような無意識層に願望を叶えるワークをする行動を確認出来たら、自我から見れば、それは願望実現のバロメータとして利用できそうです。

でも、今までのイメージングだけの願望実現で叶わなかったのは、無意識が「無意識層」に向けてワークしておらず、無意識が「顕在意識層」に向けて願望イメージを送るワークをしていたからではないでしょうか?!

これでは叶わないはずです。
宛先が違うのですから、、、、、、(笑)

無意識が「無意識層」に向けてワークする。。。。やってみると、これは意外と難しいかもしれません。特にイメージングは外観が物質的な形態をしている為、顕在意識が理解するにはいいかもしれませんが、無意識は理解出来ないかもしれません。

ならば、数霊でも使うか!(爆)

無意識が理解できるものには、1つには感情があるといいます。
感情は植物も持つほどに原始的なものだからです。
ですから、感情を込めた願望実現法が効果あるのは、このためでしょうね。

あと、先のブログで紹介されていた【源と一つになる】ワーク最中に願望実現ワークをしても、効果があるかもしれませんね。

そういえば、「霊能者が語る願望実現」では、ウトウトとした居眠り状態で願望イメージをすればよいといいますが、これは居眠り中の顕在意識が希薄化した状態なので、今まで通り無意識が顕在意識にイメージを送るワークをしても、スルリと無意識層にイメージが浸透していくから起きる現象なのかもしれません。

「美女を見ながら願望実現」でも、顕在意識がポワ~ンと恍惚状態となった状態なので、同じようなことが起きているのだと思います。

そういえば、ヤッズ★が昔、カジノゲームで全額賭けた時に「ブラック・ジャック(21)」を当てたことがありますが、あの時もある理由で後頭部に意識が移ってしまって頭がボワーっとしていました(笑)。願望実現入れ食い状態の覚醒者は、意識が後頭部にあるといいますから、きっと無意識層まで観察自己が食い込んでいるのではないでしょうか!

ヨギが半眼開きなのは、こういった意識状態にあるからかもしれませんね。確かに半眼開き状態ならば、外界に意識がフォーカスせず半分は自己内面に意識を割り振っています。しかもその内面とは「神」の歓喜を感じられる領域といいますので、自我による汚れがない世界、きっと無意識領域にアクセスしているのだと睨んでいます。ある意味、歓喜を受け取っている状態なので、ポワ~ンとしていることでしょう(笑)。

また、願望実現ワークをこれでもか、これでもかとやっているときには一切叶わず、もうやめたと諦めてポカ~ンと脱力した後に、ひょこり願望が叶うというのもこれと同じ理由なのかもしれません。

とにかく、いままでのイメージング法で行うなら、顕在意識をポワ~ンとさせることです(爆)。

ポカーン
(3が付く時だけ顕在意識をポワーンとさせイメージングするのが【真・一二三祝詞】)

2009年地獄の夏

いよいよWEB予言がいう「2009年地獄の夏」の時期に近づいてまいりました(マジ顔)。

麻生政権が7月2日解散、8月2日選挙するという政治の話ではないですよ~♪
(天皇皇后が7/3~17日カナダ・ハワイへ海外訪問されるので、この期間の解散はない説から)

地球温暖化でメチャクチャ、クソ暑い夏になるっていう話でもありませんよ~♪

WEB予言やラビ・バトラが予言する方の世界動乱=アメリカ没落の方の話です(爆)。

まぁ、こういった背景があるのからかもしれませんが、少し前から米国では銃と栄養価の高い保存食として有名な肉缶詰『SPAM』がバカ売れなのだそうです。米国民も自国が内戦化するのを無意識的に感じているのではないでしょうか!っていうか、ヤッズ★ブログでは【無意識】は【本当の自己】となりますので、ハッキリと内戦化の意図をもって購買行動に出ていると考えます(笑)。

いよいよ、ターミネータの世界が始まるのでしょうか?
※映画ではスカイネットを要する「機械」と「人類」との戦いでしたが、今次の米国では、FEMAを要する90%の富を蓄積する「権力層」とその他の人間「ゴイム」との戦いです。しっかし、カリフォルニア州(シュワちゃん知事)が破綻したとは、、、、ターミネータのこと記事書いた日にコレだものな~w いやぁ、シンクロ恐るべし。

■カリフォルニア州がデフォルト宣言 (黄金の金玉を知らないか?)
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/
(2009年2月にもカリフォルニア州は一度財政破綻に陥っていますが、デフォルト宣言まではいきませんでした。前回は何らかの形で回避できたようですが、今回は政府資金、増税ともに拒否されたので、そういうわけには行かないようです。このままでは7月末にデフォルト宣言しそうですが、他の財政が厳しい45州も同様のデフォルト宣言が出てきそうですね。日本もカルフォルニア州債をタンマリ買い込んでいるようなので、邦銀や大企業はどうなりますか。。。。)

spam.jpg
(ハムに似たランチョンミートの缶詰 「SPAM」はSpiced Hamの略 ウマいのか?)


ここで少しラビ・バトラについて書いてみたいと思います。
かつて、彼は下記のような予言をしました。

●イランのパーレビ王朝が崩壊する
●イランとイラクの間で7~8年間の戦争が行われる
●1990年第1四半期から日経平均は下げ始め、日本のバブルは崩壊
●2000年までに共産主義は崩壊する


全て的中です。時期的にも間違いはありません。特にソ連崩壊を予測していたのは、ヤッズ★が知る限り小室直樹とラビ・バトラだけです(他にもう1人いたそうですが、、、名前を失念)。多くの人が経済予測をするのですが彼ほど的中する人はいませんね。ですから、彼の予言をベースにして自説を書き足した出版本も多いです。

彼の予言(予測)は、何故当たるのか?

彼は毎日4時間瞑想をしていて、そこで「宇宙の意識」つまり「神の意識」にコンタクトをすることで、予測を行い、それを循環論という理論に当て嵌めて説明しているようなのです。これでは経済予測というより預言者ですね(笑)。でも、逆に言えば、だからこそ当たるということでしょう。

スピ的な考えでは、【上層世界】は【物質世界】に先立つ【原因】-【結果】の関係にありますので、このラビ・バトラの手法は非常に正しいのです(笑)。

で、彼の最後かつ最大の予測は、「2010年までに資本主義は崩壊する」です。しかも、この崩壊は、ある日、突然、花火が弾けるように金融恐慌によってもたらされるといいます。先の米国民の銃と缶詰を購入が増える現象は、このことに対する自衛的行動だといえそうです。元々、米国民は日和見的な日本とは違い、銃社会であることからも「自分は自分で守る」という独立精神が強い国ですからね。

事実、自衛意識というか、リスク管理という点では米国人は徹底していてスキがありません。例えば、日本国内の米国基地の周りには、いつ日本人が責めてきても大丈夫なように地雷が埋めてあるというぐらいですから(笑)。

リーマン・ショック(2008年9月15日)があるまでは、この予言は誰も信じなかったと思います。しかし、現在は各種企業、銀行、国家が破綻しています。あのGMでさえ破綻しました。ソ連崩壊があっけなかったようにパックス・アメリカーナのもとでの資本主義、つまり、ドルを基準通貨とした経済の最後(ドルの紙屑化)は、実にあっけないかもしれませんね。

今のところ、小康状態にある世界経済ですが、実はその舞台裏は緊迫しています。

舞台裏
(演出家が「闇の世界権力」で、役者は「政治家・学者...等の指導者」、観客は「ゴイム」という関係かw)

今米国は負債処理に公的資金を出動し、ドルを印刷しまくっていますが(実際に刷るわけでがないが、、、笑)、2009年2月時点での米国政府の負債総額はおよそ1京円($99 trillion以上)に達しているといいます。しかも、この数年、急カーブを描いているそうで、だんだん加速度が付いてきているので今は3京円ぐらいに行っているんじゃないでしょうか(あはは)。

そのトリガーとなりそうなのは、OTCデリバティブです。これは「市場」を通さない「相対取引」のデリバティブで総残額が8京円もあるといいます。AIG破綻に伴う米国発の金融自爆テロでこれらOTCデリバティブが不良債権化した場合、この5%が棄損したとして約4000兆円の穴埋めをしないといけなくなります。これは日本政府の借金の4倍ですが、こういったお金を米国は同盟国というか属国である日本に肩代わり(=米国債を買わせる)させる腹積もりなのです。とてもそんなお金払える日本ではありません。で、あっけなく資本主義崩壊でしょうか。(合掌)

近いうちに、この巨額の負債に追加して山津波のようなAIGショックがやってきて、米国はついに耐え切れず、ダムが決壊するかのように資本主義が一気に壊滅するでしょう。まさしく「花火が弾けるように」ですね。

■AIGが抱える次の爆弾 (NEWSWEEK)
http://newsweekjapan.jp/stories/business/2009/04/aig.php?gclid=COa14vq6rJsCFU8wpAodizl_wQ

まぁ、このような崩壊を睨んで水面下ではいろいろな動きがあるようです。

ロシアや中国は米国債を売りに入っているといいますし、、、、先のイタリアでの日本人2名による総額13兆円にものぼる巨額米国債の無申告持出し事件もありました。新聞報道では明言しないまでも「偽造国債」という扱いになっていますが、実はコレ「本物」であって、しかも逮捕された日本人は日本の某財団に繋がる人物であり、その関係からかその財団と縁のあるイタリアの弁護士が選任されて弁護についているといいます。現在この2名は釈放中となっており、イタリア当局から何らかの発表があってしかるべきなのに何もありません。この事件、実に怪しいのです。この資金、噂ではM資金とも、80兆円ある皇室財産の一部であるとも言われていますが、果たして真偽の程は、、、、???

ただ、「資本主義の崩壊」といっても、「貪欲で、拝金主義的で、利己主義的な」資本主義、つまり「略奪資本主義」が崩壊するだけであって、残るべき企業、金融機関等は残り、企業間取引なども従来通り行われるといいます。この崩壊は富める者が際限なく利益を追求するモラルを失った資本主義が必然的に引き起こす現象であり、これが今までの世界の格差と貧困の元凶なのです。

一時的な大混乱の時期はあるにしても、バトラが「プラウト」と呼ぶ「新生資本主義」という新しい形態の資本主義として続いていくといいます。

「略奪的資本主義は、その業として粉々に崩壊していく。しかし、世界中の人々が営々と築いている日々の暮らしは、変わらず営まれ、その基礎は揺らぐことはない。 人々と、国々の良心、そして、人類の進歩への情熱は、決して未来永劫、枯れることはなく、人類は、今ようやく、この巨大な危機を与えられたことによって、次へのステップ(バトラが提唱してきた経済民主主義政策=プラウト経済政策)へと踏み出しつつあるのだ。」

まぁ、戦争でインフラが破壊されるわけではないので、新たな経済システムさえ構築出来さえすれば、また普通の日常生活に戻るでしょうね。ただし、貯金や年金などのマネーは何も無くなってしまいますが、、、、、、それを必要としない現物支給的な社会システムさえ構築出来ればいいのです。新しいシステムの元では、貯蓄や蓄財は「大罪」になるかもしれない(爆)。

ふうっ、一応、一安心ですね。

この「プラウト」というのは、これは日本の系列取引・年功序列・終身雇用のようなものに近いのでしょうか?高度経済成長期の日本の経済モデルはあくまで過去のもので「革新的」とは言えないでしょう。

今までの社会は「右肩上がりを前提とした社会」です。GNPも企業も「拡大・成長」するのが目標でした。その為には飽和状態になると、異なる国・地域にも進出していかねばなりませんでした。ですから宗教、文化、政治システムが異なるの対しては力でねじ伏せるような形で進めてきました。

このようにマネーを簒奪的に蓄積し、市場シェアを高め、利益確保に走らなければならなかったのですが、今度はコレとは相反する形になりそうです。今まではこのように人間のエゴを主体とした体制ですが、今後、生まれる新しい経済は大宇宙や大自然に貫通する摂理が大巾に取り込まれるでしょう。

例えば、「地産地消」とか!(爆)

ネイガー
(秋田県の地産地消ヒーロー『超神ネイガー』 地産地消がグローバルスタンダードを撃つ)

もっと革新的形態なら、カバラが説く第3の人間状態、、、、

「与えるため(目的)に与えること(行為)かな(笑)
これは、受取ることを意図しない純粋な動機から発するものです。

つまり、「与えたモン勝ちの経済」となるかっ!!!(ヤッズ★の予測)

もう何か与えないとイライラが募って、気が済まなくなるのです。
出したい欲求だけが沸々と湧き上がってくるのです。

例えて言えば、「排泄欲」みたいな感じでしょうか(爆)。



こんな世界は、皆が皆、「聖者」のような世界です(爆)。
かつて、似たような理想を掲げた思想がありました。

共産主義です。

しかし、ソビエトを始め多くの社会主義国家やサークルが頓挫したのは、その手法には若干違いがありますが、人間にはエゴがある点を過小評価して創り上げた理論だったからだと言われます。これらの人類の実験も全てがメンバーの利己的動機によって成り立たなくなってしまうのです。時期早々だったのです。ですから、エゴの増大を肯定する資本主義は今の人類に相応しいレベルの経済形態なのでしょう。

カバラも言っているように、人間に利己心という「受け取り」をベースにした考えが根本にあるので、社会主義、共産主義といった理想国家は今の人間状態では絶対に上手くいきません。うまく行かないから不都合な情報をカモフラージュして隠蔽するわけです。情報遮蔽国家になっていくのは自明の理ですね。
※註 まぁ、そういう日本も似たような巨大マスコミによる従米偏向報道下にあるが、、、、、

こういった理想国家建設には、まず人間の資質が大きく変わらないと無理でしょう。

カバラがいうように、「マサッフ」という意識の膜によって、「受取の意思」、つまり「欲望」が感じられなくなってからかもしれませんし、単に資質レベルというよりも、生きていくためには何モノも必要としない存在になってからかもしれません。

やはり、不老不死、つまり半霊半物質になるしかないか!(爆)

「マサッフ」か「半霊半物質」のどちらになるかは判断付きませんが、今回の資本主義崩壊もその為の布石であり、「天の計画」(人類補完計画・爆)の一部なのでしょう。これは「受取の意識」を制限する意識の膜「マサッフ」を人類に一気に構築する為の計画でしょうか(笑)。だからこそ、闇の世界権力は無意識的にこの役廻りを引き受けていて、「人類からの完全搾取」という他の人類を「ゴイム」→「利己的動機による受取など夢想することなど出来ない情況に置かれた家畜人間」→「マサッフがある人間」になるように、ネガティブなことばかりを推進したりしているのかもしれませんね。

で、こうしたネガティブ推進計画に莫大なお金貰えるからと「利己的動機」で加担し実行した者は、彼らによって最後に葬られるのです。別に「口封じ」ではないのです。一見、そのようにも見えますが、、、、(爆)。

最後に、ラビ・バトラが予言する今後の予測を紹介して、この記事を〆めたいと思います。

●2009年は歴史に残る「資本主義大崩壊」の年になる
●原油急落は一時的なもので、1バレル100ドル超に上昇する
●イランが中東で大きな動きを見せる
●円高はさらに進行し、1ドルは80円レベルになる
●日経平均は5000円前後まで下落する
●財政赤字に歯止めが利かず日本国は破産


2010年資本主義大爆裂!―緊急!近未来10の予測2010年資本主義大爆裂!―緊急!近未来10の予測
(2008/02)
ラビ バトラ

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これら予測は、当たるでしょうか?
いえいえ、予測ではなく「天の計画」なので、きっとこの通りになるでしょう。

日月神示を信じるならば、2009年夏の崩壊を経て、「冬に花が咲く」という珍現象が起こり、人類はミロク世界に至る「三千世界の大洗濯」に突入し、やがて人類は半霊半物質的な存在に変わっていくのでしょうか。意識が物質を作るというスピ的な考えからも、「マサッフ」という意識の遮蔽膜が出来ると、物質的な希求がなくなり、肉体を構成する意識も希薄となり「半霊半物質」化するというのも頷ける話ですね。
※註 日月神示では「富士山も動く」という記述もあることから、富士山噴火もあるのかもしれない。『富士山大爆発―運命の1983年9月×日! 』(相良正俊・著)などのように今まで書籍で富士山噴火を書かれたことが何度もありましたが、一切当たっていませんでした(爆)。今回ばかりはどうでしょうか?狼少年も3回目には本当にオオカがやってましたからね。

次元降下とブログ病

ブログ病って言葉があるんですね~

アクセス数を気にするあまり、毎日更新とか、面白いネタを探すとか、受けを狙うとか、、、、、

一度「ある程度の数の人に読んでもらうこと」に慣れてしまい、逆に「誰にも読んでもらえないこと」を怖れるストレスを感じて、上記のような行動に出る場合は「ブログ病」の兆候です。

多分、ヤッズ★はブログ病でしょう(爆)。

昔、このブログを始めた頃は、3ヶ月間、ノーアクセス、ノーコメントでえらく凹んでいた時期がありました。もう書くの止めようかと思ったぐらいです(爆)。だいたいが日記など3日坊主のヤッズ★がこうして長く書いてこれたのも「ブログ病」のお陰なのかもしれない(笑)。

ただ、ストレスの元を増やさないようにブログ・ランキングには当初から参加していません。なるべく自分が書きたいことを書こうと思ったからで、ランキングに参加していると、ランキング上位を狙ったり維持していく為に内容を作為的にするのが嫌だったのです。

っていうか、単に作為が面倒なだけです(爆)。

自分がブログを書いていて良かったなぁと思えることは、書籍なども通り一遍の読み方ではなく、過去に読んだ本と内容を比較したり、記事化しようと深く読み込むことから、①過去から現在へと線形的なまとまった思考をすること、②深く洞察(?)する習癖が付くこと、③関連する内容を調べたり教えて貰ったりして新たな知見を得られること の3つでしょうか!

まぁ、大方は日常生活には何ら役に立たないものばかりですが、、、、、(汗)
で、ブログを書いて出会ったものの中で、最高だったものは、、、、、

う~む、、、、、やはり、アイマスでしょうか!(爆)



これが基で2~2.5次元萌えに目覚めてしまった。
つまり、期せずしてワダスは「覚醒」してしまったのだす。

ブログという2次元ばかりに注力していたからかもしれませんが、3次元のモー娘よりもリアリティを感じるだす。これは「イデア世界」に繋がったのかもしれない(笑)。

これが本当のブログ病???

R・シュタイナーの言葉ですが、昔、人類は外界が2次元的にしか見えなかったといいます。外界が立体的な3次元に見え出したのは、丁度、ルネサンスの頃だそうです。その証左として、例えばエジプトの壁画や中世のフレスコ画を見ても分かるように、当時の絵は全て2次元的な平面的な絵ばかりです。これは平面的な表現方法しか知らなかったのではなく、実際に平面的にしか見えなかったというのが真の理由だったというのです。

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(当時の人は、この程度の外界把握が限界だった?)

そういえば、五井野博士の講義ではゴッホ当時のフランス人は江戸の浮世絵のような鮮やかな色を見ることが出来なかったと言っていました。当時の絵画にみられるように、本当に外界がくすんだ色合いにしか見えなかったのだそうです。服装にしてもそうです。ルノアールの艶やかな色彩をした衣装がありますが、あれは一度脳内で再解釈して塗られた色で実際の衣装は地味な色合いだったといいます。だからこそ、日本の浮世絵のようなビビットな色合いや大胆な平面的空間構成に接して初めて目覚め、今まで盲目的に信仰していた「写実的であること」から解放され、ゴッホ、ルノワール、ドガ、スザンヌ...等の印象派の活躍に代表されるようなジャポニズム(日本心酔)が巻き起こったといいます。日本での評価はあまり高くないですが、欧州ではジャポニズムはルネサンスと並び証される程の特筆的な出来事だったのです。

う~む、人間の視覚認識とは摩訶不思議なものです。

現代の医科学では、私たちの肉眼は水晶体というレンズを通して外界の様子を平面の網膜に像として映したものを光受容細胞(視細胞)で電子パルスに変換しているといいますが、その理論通りならば、その電子パルスの内容は網膜に映った2次元的平面画像情報でしかないはずです。それが不思議なことに、脳内では何故か3次元立体画像として見えているのです。

デジカメはCCDという平面端子に映った光の強弱の電子情報を無数に寄せ集めて1枚の平面画像を作っているのですが、私たちの眼の構造も全く同じです。でも方や「平面」、方や「立体」として再生されているのです。

とっても不思議ですね。

で、人類はこのように立体視を得てバージョンアップ(?)してきたのですが、ここに来て2次元萌えを起こすとはどういうことなのでしょうか?

こういうのを次元下降(ディセンション)という???(爆)

でも、この流れ当分止まりそうにありません。
で、ヤッズ★の場合、今、この娘に、、、、、ゾッコンなのです(超爆)。

らぶです010
(実際に、3次元世界にこんな娘がいたらキモイが・爆)

これが3Dポリゴンでグリグリ動くのです(あはは)。

今、世界では日本のアニメや漫画が席巻していますが、その大きな理由はクオリティがとても高いからだと思います。上の絵のように匂ってきそうな程の質感を感じさせる絵は世界中探してもありませんね。賛否両論あると思いますが、芸術的とさえいえます。

江戸時代の浮世絵が庶民の娯楽であって、当たり前のように消費されていたのと同じように現代のアニメや漫画も生産され消費されています。この何でもないようなことが、先のジャポニズムの例のように、実は世界を変えるパラダイム変換になったりするのです。

つまり、何が言いたいのかというと、、、、、、

今、2~2.5次元萌えに陥り、次元降下する人が世界中で続出しているということです(爆)。逆に3次元世界の出来事に関心が行かなくなり、2次元を通して表現された「イデアの世界」の方に意識の軸足が移ってしまい、イデア世界からやってくる精妙な情報にアクセス出来、それを堪能している、、、、、イデア世界はこの物質世界に先立つ高次元の世界だと云われていますので、、、、

実は、次元降下こそ本当の次元上昇なのかもしれない(爆)。

このメカニズムはこうです。

3次元世界の住人、つまり我々ですが(笑)、3次元的な事物によって感情を呼び起こされていたものが、次元を1つ少なくしても同じような感情が呼び起こされるようになると次元が1つ不要になります。この余剰状態になったフリーな次元が行く付く先が新たなベクトル(方向)となり、その方向は「イデア世界」でないかということです。

例えば、鉱山の坑道で今まで3本の柱で支えていたものを2本の柱で支えることが出来れば、不要になった1本の柱はさらに先の坑道を支えるのに回す事ができるのと同じ理屈です。こうやってより少ない次元構成で同じ情況を表現できるかたわら、余剰パワーを「高次元(イデア)」に向け新たな知覚を取り込むことで、私たちは意識進化しているのかもしれません。

その証左として、霊能者が霊視する場合は額の中にあるスクリーン(第三の目)に映像が見えるといいますよね。実は、あの霊視時の映像は夢の時の映像の見え方とまったく同じなのです。人間はそうそう異なる方式の投影方式は持っていません(笑)。

で、その際の映像、つまり夢と同じ投影方式の映像は3次元的な立体空間でしょうか?

「額の中にあるスクリーンに投影」という言い方からして、間違いなく2次元的だと思います。平面的にディセンション(次元下降)されたことで次元1つ分が解放されてフリー状態となり、その余剰認識パワーがそのものの成り立ちや履歴...等のデータが保存されている「原型世界」をサーチして、得られた情報が霊視者側に降りてくるのでしょう。

人間には情報処理のリソースが限られているので、ある機能を強化したければ他を犠牲にして劣化させねばならないはずです。霊視が次元を1つ落とした形での認識なのは、このリソースを割いて余剰パワーを「イデア世界」「原型世界」に振り向けるためだと睨んでいます。

人類はこのように「平面認識」(2)→「立体認識」(3)→「平面認識+α」(3)→「超立体認識」(4)→「超立体認識+α」(4)→「極超立体認識」(5)→・・・・とより高次元に移行する前に1つ次元を落として余剰リソースを別次元にあてがい、何世代にも渡ってそれに充分慣れた頃、前の次元レベルに戻し複合化させてより高度化するという方法で、認識次元をより高次元化していっていると睨んでいます。

つまり、現在のアキバ系に代表されるような「立体認識」(3)→「平面認識+α」(3)と次元を落とすことで萌える現象は、この認識発達過程途中の「リセッション」、あるいは「助走期間」「中段の下げ」のようなものかもしれませんね。

2~2.5次元萌えは、次元上昇の過渡期状態かな♪(笑)
そういえば、世の中にはこのような格言があります。

実るほど 頭を垂れる 稲穂かな
(空 充秋)

全て自ら高ぶる者は下げられ
自らへりくだる者は上げられる

(ルカ伝14・1-14)

願望を叶えようと思えば思うほど
願望の実現は遠ざかる

(あるスピ本の言葉)

したいと思うことはするな
そうすれば 自由にしたいことが出来る

(パラマハンサ・ヨガナンダ)


これらの格言が示すように、人間型ゲシュタルトというべきか、脳は受信機に過ぎないからというべきか、エゴの所作というべきかよく分かりませんが、上下方向も遠近方向も、実際に自分が思い込んでいる方向とは逆になるものです。

「鏡の法則」よりも凄い「レンズの法則」です(爆)。

例えば、宗教団体では教祖の指し示した教えをより純化して真理に近づける努力をするものですが、実はそれが真理から遠ざけ、宗派という分裂を生むのを知るべきです。始めは唯一の真理と思われたものが、やがて様々なものに分化してしまい、全体を眺めてみればこれが唯一の真理だったのか?と思えるほど多岐に渡るまでに変質してしまうのです。これはハイデルベルグの「不確定性原理」を持ち出すまでもなく、世の中を眺めた経験則からも分かるものですね。
※註 「不確定性原理」とは、位置と速度(=運動量)は同時に把握できないというもので、位置の測定精度を高めると速度が曖昧にあり、逆に速度の測定精度を高めると位置が曖昧になるという原理。ある点を求めれば求めるほどその他が曖昧になるというこの世の究極の姿を示す。

ですから人間型ゲシュタルトの範疇では、高次元化していると人が主観的に感じるものは、実は次元降下(ディセンション)であって、逆に、次元降下(ディセンション)じゃないかと思えるようなことが、本当は客観的に見れば下方向ではなく上方向への移動、つまり次元上昇(アセンション)なのではないかと思っているわけです(笑)。

う~む、やっぱヤッズ★は重度のブログ病ですかぁぁぁぁぁぁ???

宇宙的幻術

今、『あるヨギの自叙伝』を読んでいます。

値段が4000円超と高いので、買うのをずっと躊躇していましたが、最近、他のブログの書籍紹介欄でチラチラと見かけたりして気になっていました。また同じ隊員のラピ。姐さんも最近買ったというので、こりゃ、天使が「買え!」とボコボコにケリ入れてるなと観念しました。まぁ、高いといっても本2冊分程度だし、アマゾンで速攻でポチっとしましたね。

で、届いた箱を開けてみて、まずヨガナンダの顔の大きさにビックリ(爆)。
というのも、書籍は一般的なA5サイズを想像していたんですが、一回り大きなB5サイズだったのです。

あるヨギの自叙伝あるヨギの自叙伝
(1983/09)
パラマハンサ・ヨガナンダ

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(このくらいのインパクトがあったw)

しかも、表紙を取り去ってみると、布製(青)の化粧ハードカバーに金文字で装飾されており、ページ紙面も光沢のある上質紙が使われていました。かなり高価な作りです。

本の高額さに納得です(笑)。

この本の内容には、インドのヨギの不思議な能力(シディ)の記述が満ち溢れています。ですから、『ヒマラヤ聖者の生活探究』を補完するという書評は的を得ていますね。「ヒマ聖」は書かれている内容がかなりブッ飛びなので、どちらかといえば「創作ぽいなぁ」という印象がありましたが、こちらの方は体験内容を有名なヨガ行者が書いたという点で信じることが出来そうです。逆にいうと、この本を読むことで、「ヒマ聖」の内容も確信を持って信じることが出来るかな~♪

また、載っていた奇跡話には、こんなものがあります。

例えば、警察が殺人犯を捜してガンジス川を捜索している時、こちらを見て逃げ出した男を背中から斧を振りかざして逃亡を防止したという話があります。まだ犯人と決まったわけでもないのに、この仕打ちとは「インド人もビックリ」な話ですが、斧を振り下ろされた男は腕が肩からブラリと垂れ下がり、今にも落ちそうなところで止まっている状態。しかし、実はこの男は犯人ではなく、このあたりを徘徊していたサドゥ(聖)であった。男は警察のこの行いを責めるどころか、3日後には直るから、見せてやるから3日後あの樹の下に来いと言い出す始末。実際、出向いたところ本当に怪我が跡形もなく直ってしまっていたという不思議な体験談。

まぁ、これは若き日にヨガナンダが聖者に会いに行くために家出した時、保護された警察官から聞いた話ですが、本の出だしからこんな不可思議な話がテンコ盛りなのです(大笑)。

内容もとても示唆に富んでいて、例えば下記のような何気ない註訳部分にも、とても興味深い内容が載っていました。それは41ページの註訳部のバガヴァッド・ギーターの一文が紹介されている部分ですが、そこにはこう書いてあります。
(尚、説明文はヤッズ★が少し噛み砕いてあります)

********************************************************************
真理を会得せる者は、見るも、聞くも、触れるも、嗅ぐも、食うも、歩くも、眠るも、呼吸するも、「自分自身は何事もなさず」と観ずる。彼は、語るも、手放すも、受け容れるも、目を開くも、閉じるも、おのれ自身とは別なる「感覚」がその対象に対して働くに過ぎぬことを知る。(5章8~9節)

万物に、また到る所に、等しく内在する神を見る者は、まことの自己を自我意識によりてけがすことなく、至高者への道をたどる。(3章29節)

個別的存在感や利己心を持った自己意識を「自我意識」といいますが、これを生じさせるのは「私がする」(アハンカーラ)という二元性の根本原理からです。これがために人間と造物主(=神)に分離感を生じさせる錯覚が起き、「マーヤ」と呼ばれる宇宙的幻術にズッポリ嵌ってしまうのです。このマーヤの作用によって、自分の見方でしかない内容(=主観)がさも普遍的内容であると(=客観化)思ってしまったり、単に被造物に過ぎないものを造物主(=神)であるかのように見做してしまうのです。

********************************************************************

ちなみに、アハンカーラとは、「自我」「エゴ」「我執」といわれているものに相当しますが、インドではエゴと【真実の自己】であるアートマン(プルシャ)とを明確に分け、エゴを無くすことによって真実の自己が輝くと説かれています。

マーヤを宇宙的幻術なんて書かれると、うちはイタチの「万華鏡写輪眼」を使った瞳術「月読」という幻術みたいでカッコイイだす。



上の註訳部分でバガヴァッド・ギーターが「自分自身は何事もなさず」と述べる部分は、このブログで何度も紹介してきたサンフランシスコのマウント・ザイオン病院の神経生理学者、ベンジャミン・リベットとバートラム・ファインスティンが発見した脳に関する不思議な実験結果と同じで興味深いです。

この実験は、皮膚への触覚刺激が電気信号として脳に到達するまでの時間を測定し、何か触ったと意識した時にボタンを押して貰うという内容でしたが、その結果は驚くことに、、、、

触覚刺激 →(0.0001秒)→  →(0.1秒)→ ボタン押し →(0.4秒後)→ 認識

と出て、意識が認識するよりもボタン押しの方が0.4秒も早かったのです。刺激を受けてから0.5001秒後まで、意識は刺激を受けたこともボタンを押したことも認識できていないのです。つまり、ボタン押し作業は無意識で行われたと結論付けられます。そして、被験者がボタン押しを意識的に決断する前に、すでに無意識が決断していたことにも被験者はまったく気づいていないのです(爆)。

つまり、意識は「為されたこと」を後追いで確認しているだけで、自分の行動自体を意識的にコントロール出来ていなかったにもかかわらず、
あたかも自分の判断で作業が行なわれていたと
脳は勝手に幻想を作り上げて
いたのです(爆)。

さらにその後の研究では、人が指を動かそうとする場合に、動かそうと「決めた」1.5秒前には、すでにその動きを行うのに必要な電気信号が脳から出始めていることまで分かったのです。

人の行動決定の主役は、実は、意識ではなく無意識だったということです。

さらにハントは「人を取り巻く気場」の方が、脳よりも早く刺激に対して反応しているという事実まで発見しました。このことは名著「サブリミナル・マインド」で有名なカルフォルア工科大の下條信輔さんも主張し研究しています。

「脳は身体の各部分に指令を出していますが、
脳が自発的に出すパルスは1つもありません。
すべて外部からの刺激に反応しているだけなのです。
だから、自由意志というのは幻想なのです。」


と下條氏は言います。確かに、私たちが自転車を乗る場合、初めての時は上手く乗れずコケたりしますが、乗っているうちに感覚に慣れて上手く操縦ができるようになります。これは無意識が操縦を覚えたからです。この無意識が自転車の操縦を一手に引き受け、私たちの自我はそれをあたかも自分が運転が運転出来ていると錯覚しているのです(爆)。

これらの事実から、「この指示を出す【何者か】が【本当の私】であり、それは脳には存在せず、逆に現実世界に起こった出来事を後追いで動作確認してるのが【自我】」といえそうです。バガヴァッド・ギーターの語る内容と一致しているのには驚きです。

私たちは、この認識のズレが【本当の自分(=神)】と【自我】の分離感を生み出し、マーヤと呼ばれる幻想に嵌ってしまうのです。このように外界を自己の内面が作るマーヤであるとは認識出来ずにそのまま素直に受け取って認識しているのが人間型ゲシュタルトなのです。

マインド・タイム 脳と意識の時間 マインド・タイム 脳と意識の時間
ベンジャミン・リベット (2005/07/28)
岩波書店

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サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ
下條 信輔 (1996/10)
中央公論社

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「外界=内面」とみる変換人型ゲシュタルトでは、この物質世界自体を(外部からデータを参照しているにしろ)、自己の作る内面世界、つまり「夢想世界」であると観じますので、毎日、眠りから醒めることは、実は「新たな夢をみること」であり、外部からその都度参照データをダウンロードして再現しているのです。ですから、寝入り端にこのダウンロード先のデータをちょこっと改変してやりさえすれば、朝の起床時にはパラレルワールドになり得るわけですね~♪

ですから、毎日の就寝時には転送装置(布団)に入って、、、

ヤッズ★:「チャーリー 転送してくれ!」

チャーリー浜:「いづこへ?」

なのです(爆)。

オコツトによれば、この【本当の自分】とは、今、自分が見ている外界と見てる自我の間に存在するといいますが、外界世界が自己の内面世界であるならば、当然、このようになりますね(笑)。夢想として見ている世界は、全てが自己が外部データを参照して再現し作り出し顕現させたものであるわけです。

例えば、ある気に入らない人がいてその人を憎んでいると、毎晩同じ内容のデータをダウンロードしてくるわけです。そうすると、ずっと同じ情況が続くわけですね。ACIMが「赦し」を声高に言うのも、こういうことからだと睨んでいます。自重しなくては、、、、(爆)。

ですから、シンクロも実は何の不思議もないことになりますね。
それは、自分が作り出したものであるからです(笑)。

ただ、シンクロが多いのは【本当の自分】と密接に情報のやり取りが上手くいっているという現象ではあると思います。つまり、シンクロは外界という内面世界にいる【本当の自分】を認識状態にあるというバロメーターにはなると睨んでいます。

ACIMが指摘する「ニューエイジを含めてすべての宗教や哲学で見過ごされている間違いがある。ポジティブ・シンキングや「いま、ここ」を大事にする、祈る、肯定する、否定的な考えを捨てる、有名人の講演を聞くなんてことは当座は役に立つかもしれないが、それだけでは深い谷に閉じ込められた【無意識の心を開放】することはできないということだよ。」というのは、まさに、この宇宙的幻術【マーヤ】が作り出した人間型ゲシュタルトに沿っただけの表面的なスピ的ワークや主張に対しての警鐘です。本当はもっと、ゲシュタルト変換するぐらいの深層に迫る必要があるというのではないでしょうか。

【無意識の心を開放】とは、即ち、【本当の自己】と同一化することでしょうか!!!
封印されていたのは、何も伊勢多賀宮の始源神ばかりではなかったのです(笑)。

この本、出だしからこれ程の洞察を与えてくれます。
最後まで読んだらどうなってしまうんでしょうか!(汗)

う~む、アルゴアよりも「あるヨギ」はイイ!!!

この本は、、、「不可思議な真実」なのです(爆)。

ACIM

「A Course In Miracles」 略してACIMというそうです。

この言葉、「覚醒」記事の鍵コメさんのコメントで知りました。
スピ系でもコアな人たちには、かなり有名な本のようです。
※ご紹介、ありがとうございます!ヤッズ★はカジュアル・スピなので、知りませんでした(苦笑)

この本はチョプラ博士の本などにも「奇跡のコース」として度々出てくる本だそうですが、ヤッズ★は今回初めて知りました。現在、世界11ヶ国150万部以上で翻訳出版されているにもかかわらず、残念ながら未だ日本語訳はまだ出ていません。確か2009年にナチュラルスピリットから邦訳版が出るという話があり、邦題も「奇跡講座」に決まったと見ましたが、あれからどうなったんでしょうか?

う~む、なにか「見栄講座」みたいなネーミングですw

A Course in Miracles: Combined VolumeA Course in Miracles: Combined Volume
(2007/09/01)
Foundation For Inner Peace

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このACIMの発端は、1965年、ニューヨークのコロンビア大学医学部の無神論者のヘレン・シャックマン助教授に突如チャネリングが始ったことから始まります。ある霊的存在が話すチャネリングが突如始まったことから、彼女は自分は気が狂ったのではないか?と同僚に相談したところ、その内容を書き留めてみたらどう?というアドバイスを受け、それに従い7年間の間書き留めた1200ページに及ぶメッセージが『ア・コース・イン・ミラクル』だといいます。

しかし、この内容は公にされることなく一部の人しか見ることが出来ない状態でしたが、この内容を知る人たちの間では評判になっていました。それから数年後の1970年後半、そのコピーの一部がUCLAバークレー校の図書館に現れ、その内容を見た人たちが素晴しさのあまり自主セミナーを開き深く研究を始め、それが元となってこの本が出版されたといいます。

思わず、「素晴しい ACIM」って踊ってしまいそうですね(爆)。

一文を載せますと、、、、

This identification is as beyond doubt as it is beyond belief.Your wholeness has no limits because being is infinity.


この(エゴとの)自己同一化は、それを信じる信じない以前の問題です。
存在は無限であるから、あなたの全体性には限界がないのです。


(補足訳:あなたの存在を制限し有限化しているのは、実は「時空」というエゴが作る幻想世界の枠組みなのです。この幻想界を超越しさえすれば、そこには「時空」という枠組みがない世界が広がり、全ての物理法則からの支配を脱しているのです。また、そこでの存在はすべてを包含していて完璧で豊かであるのです。)

まぁ、ざっとこんな感じです。

ACIMは現在は著作権が切れていて、英文から無料で手に入ります。また有志の方が日本語訳をして下さっていますので、下記サイトで読めば、どんなものかその概略を知ることが出来るかと思います。

■ACIM 第一版 抜粋試読版
http://ww4.tiki.ne.jp/~fipc/acimver1.html
■奇跡のコース/奇跡講座 日本語訳で読む A Course in Miracles (ACIM)
http://a-course-in-miracles.seesaa.net/



難しいからかもしれませんが、メッセージだけを読んでもピンとこない場合が多いです(笑)。そんな場合でも、二人のアセデッドマスター、アーテンとパーサとのチャネリングで書かれた下記のゲイリー・R.・レナード氏の本を参考にすると良く分かるそうです。ゲイリーは元々はプロのギタリストですが、この2人の霊的存在がACIMを読んで学び、実践するのを非常に薦めているのだそうです。ですから、このアセンデットマスターが語る内容はACIMに沿った内容だろうというわけです。

現在、邦訳本のない日本では、若干ゲイリーの主張も混じっていますが、ACIMの概要を知るにはいい本ではないでしょうか!

神の使者神の使者
(2007/01)
ゲイリー・R. レナード

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(ページ数は500頁超w、対談形式ですが言い回しが英語的だという批判も、、、)


AICMの副読本的位置付けではありますが、この本のレビューを掻い摘んで載せると、、、、

●なぜこの世は幻想なんでしょうか?他の書籍ではただ幻想であると概念で説明しているだけで「どうして?」に答えてくれていませんでした。ただこの「神の使者」はこれでもかというぐらいエゴが見せている世界であると教えてくれます。エゴが何故そう見せているかも・・

●スピリチュアル系の本はいろいろあるけれど、これほど現実に影響力をもった本はない。

●目が覚めました。人生を変えた一冊と言われたら、迷わずこれを選ぶでしょう。生きていく上での姿勢が根本から変革してしまいました。



このように大絶賛の嵐です(ニタリ)。
この本だけでも、ACIMに匹敵するかもしれませんね。

まぁ、アマゾン・レビューなので多少割り引いてみないといけないのですが(笑)、「この世は幻想」というのを分かり易くこれでもかと説明してくれている点は見逃せないです。この点に特に心惹かれますね。

あるサイトでは、この幻想という点について下記のように説明していました。
多分、レナード本からの引用だと思いますが、抄訳して紹介しますと、、、、

PCのハードディスクにはファイルデータが格納されているが、モニターを通して私たちの目に映るのはデイレクトリー構造(ツリー構造)となったファイル類であるが、実際にはハードディスクの中には「0」と「1」の組合せしか存在していない、私たちの見るファイル構造とは似ても似つかないものである。この「0」と「1」が「真実の世界」で、ファイル構造が私たちがみる現実です。これが現実が「エゴが構築した幻想世界」であるということです。

思わず深く頷いてしまう内容です。
実はヤッズ★もこう考えていましたから、改めて言われると全く同意してしまいますね。

また、この本がいう「赦し」を実践すると、このような効果があるそうです。

●この本にあるように、目の前の人を赦すとその人の行動が目に見えて変わる、という経験をすると「これが奇跡か?」と思わずにはいられません。

●効果は抜群で、たった一つの思考法を実践するだけで、日常生活から、愚痴、不平不満、怒りが、以前の8割はなくなってしまいました。これこそ間違いなく奇跡です!


そして、ここが赤丸グリグリのポイントですが、この『神の使者』に登場する霊的存在、高次元存在であるアセンデッドマスターのアーテンは、昨今のスピや宗教についてこのように言っているのです。

ニューエイジを含めてすべての宗教や哲学で見過ごされている間違いがある。ポジティブ・シンキングや「いま、ここ」を大事にする、祈る、肯定する、否定的な考えを捨てる、有名人の講演を聞くなんてことは当座は役に立つかもしれないが、それだけでは深い谷に閉じ込められた無意識の心を開放することはできないということだよ。

う~む、なかなか凄そうな本です。
今までの修行(?)が無に帰しそうです(爆)。

オコツトのいう「外界=内面」である変換人型ゲシュタルトでは、シンクロ...等も自分のエゴが作り出す幻影ということになりますから、このACIMやゲイリー本はかなりオコツトの思想に近いのではないかと思われます。

だんだん欲しくなってきました(爆)。

でも、まだ読み切っていない本がたくさんある(涙)。
ここでさらに買い増しするのはなぁ。。。。。。。。
※『ニューアース』『あるヨギの自叙伝』『科学から芸術へ』.....等、もうスピ関連の本を買うのは当分止めという情況ではあるが、、、、

でも、一応、唾つけときます(爆)。

グルジェフ

前回に続き、またしても、「覚醒」についてです。

前回、意図せず覚醒に到ってしまったわけですが(爆)、アレ本当に覚醒?って感じです。単に言葉の定義に騙されたような気もしないでもないです。「覚醒」の定義は人によって大きく異なるものですが、普通一般にイメージされる「覚醒」とは、もっと激的な不思議な体験や感覚を伴うものですね。

エックハルト・トールの言葉に上手く丸め込まれてしまった???

津留さんも書いてるように、モノがモノとして見えなくなったり、モノにそのモノを取り巻くあらゆる情報が格納されている感じを把握、こうならなければ覚醒したといえないかもしれません。他のスピリチュアル・マスターはどう定義しているのでしょうか?

というわけで、20世紀最大の魔術師といわれるグルジェフの語る「覚醒」を今回紹介します。実は、昔からその名はよ~く知っていたのですが、書籍は全く読んだことが無く、「世界神秘学辞典」(平河出版)で読んだ概略的なことしか知りませんでした。今回、ネットで調べてっみると、「不死」「覚醒」「神人」(グルジェフは「超人」という)「内在神」といったヤッズ★が志向する内容と同じで、とても興味が惹かれましたね。

グルジェフ
(カイゼル髭なのだが、鼻毛が伸びたようにしか見えんw)

(参考サイト)
■グルジェフの超人思想
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hgr/_floorB1F_gurdjieff.html


グルジェフは1870年代のはじめ、コーカサス地方のアルメニアで生まれました。確か五井野博士もアルメニアで学位や勲章を沢山もらっていますが、アルメニアには何かこういった不思議な人物との縁があるのでしょうか?まぁ、確かに仏教の須弥山(和訳:妙高)のモデルとなったシュメール山があるといいますので、何かしらあるんでしょうね。

さてさて「覚醒」についてですが、弟子のJ・G・ベネットがグルジェフによって誘導された「覚醒」での時の情況は、こうであったと書かれています。

**********************************************************************
「……まわりの樹木は、どれも大変個性的だったので、林の中をどこまで歩いていっても、この驚異の念を感じ続けるにちがいないと思った。次に『恐怖』という考えが頭に浮かんだ。すると、たちまち恐れで体が震えだした。正体不明の恐ろしいものが、四方から私を脅かしていた。

『喜び』を思い浮かべると、胸が破裂するほど嬉しくなった。『愛』という言葉が浮かんできた。えもいわれぬ優しさと思いやりで、胸がいっぱいになり、それまでの自分は、真実の愛を持つ深さと幅を全く知らなかったのだ、と思わずにはいられなかった。愛はどこにでもあり、どんなものの中にもあるのであった……」

**********************************************************************

まるで夢の中にいるような感じですね。

覚醒すると、知覚が非常に鋭敏になり、新鮮な感動に包み込まれ(意識の拡大)、通常では感知しえない宇宙的真理を把握することが可能となるといいます。また、悲嘆に変わることのない「絶対幸福」と「絶対自由」が顕現するとも言われています。また、これらのことから、運命の干渉から逃れることが出来、自分の意志のまま、自由な生き方ができるそうです。これは輪廻解脱のようなものか?

では、覚醒に必要なこととは何でしょうか?

グルジェフは、それは「自己観察」だといいます。

感情想念層にはエネルギーが渦巻いて満ち溢れていますが、その放たれたエネルギーのボルテージをもっと高め、それを眠っていて活性化されていない高次の感情想念層にまで到達させ、そことリンクさせることで、人はより高い意識状態へ遷移していき、やがて「覚醒」に至るのだといいます。その導き手が「自己観察」です。

私たちの意識は通常外界に向けられており、それに対する反応が脳内で始終湧き上がっている状態ですが、こういうことにエネルギーを消費してしまっているから、折角、発生したエネルギーが高次の感情想念層に届かず活性化しないのです。「自己観察」はこの発生したエネルギーをより高次の感情想念層に導いていきます。

つまり、この脳内おしゃべりが、感情想念層で発生させている初源的なエネルギーを弱めてしまう心理的な「緩衝器」(クンダバッファー)の働きをしているというわけです。人は誰しもこの「緩衝器」を持っており、例えば、仕事上での失敗も「あいつが悪い」と自己正当化することでショックを和らげています。これが「緩衝器」といわれる所以です。失敗した時ほどアレやコレやと脳内おしゃべりが多いのは、こういう理由からなのです(笑)。

スピ系は別名「癒しのワーク」といいますが、実は、今、行われているワークのほとんどはこの理論からかけ離れた所作となり、覚醒から離れていくことになりそうです(笑)。

この「緩衝器」は自動車でいうところの振動を軽減するダンパーやショック・アブソーバーに相当するといえるでしょうか。この「緩衝器」が無ければ、大八車のように地面の凸凹が乗員にモロに直撃し、とても耐えられるものではありません。

しかし、この心理的な「緩衝器」を取り去って、湧き上がる感情をそのままダイレクトに受け取り、観察し続け、意識エネルギーをより高次の感情想念層に流し込みはじめと、ついには覚醒に至るといいます。

イルミナティという悪の秘密結社の真の目的は、ネガティブな出来事をこの世に多く送り出し、この「緩衝器」をものともしない程の感情想念エネルギーを大量放出させて、高次の感情想念層を大活性、つまり、「人類の覚醒」させることが目的なのかもしれない!?(爆)

ただ、緩衝器を取り去ってしまった状態は、非常に苦しいものです。
とても耐えられるものではないかもしれない。。。。。。

ですから、単に緩衝器を撤去だけではなく、同時に、強い意志を獲得する必要があるのです。この辺のことはグルジェフはこう語っています。

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覚醒はそれを捜し求めている者、それを得るために長期間たゆまず自己と闘い、自己修練をする準備のできている者にのみ可能である。そのためには『緩衝器』を破壊すること、つまり矛盾の感覚と結びついているあらゆる内的苦痛と直面すべく進んで歩み出る必要があるのである。
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R・シュタイナーによると、この苦痛が大きければ大きい程、多ければ多い程、自己の感情想念層はもがき苦しみ、その苦痛に耐えるように自己浄化でバランスを取ろうとします。この耐性が増した感情想念層はやがてネガティブをも感じなくなりますが、このように純化した感情想念層を「霊我(マナス)」といい、この領域に自己が入りその周囲に霊的感覚器官を構築していき、機が熟すると肉体という殻を脱ぎ捨て感情想念層を最下部のボディとする新しい生が始まるといいます。

これが「神人(ゴッドメンシュ)」でしょうか。その為にも、私たちは感情想念層により多くのエネルギーを与え続け、まだエネルギーの行き渡っていない高次のアストラル体を活性化させなくてはならないのですね。

ちなみに、この「霊我」に自己が入って自己観察している状態が「覚醒」です。

霊的感覚置換がもたらす情報は、冒頭の例で示した「自己実現」「意識拡大」「宇宙的真理」「絶対幸福」という物質世界から得られる情報とは著しく異質のものです。この情報を認知するには霊的感覚器官の育成が必要です。グルジェフのいう「緩衝器」を取り去って感情が発する様々な情報をダイレクトに敏感に受取ることは、即ち、霊的感覚器官の育成に他ならなかったのです。

覚醒は 肉体脱ぎ捨ての 一里塚(爆)


ここでグルジェフが考える人間構成について見てみましょう。

人間とは、三脳生物である。

つまり、基底には動作、本能、性を基本とする第1の脳の中枢(センター)があり、その上には、感情、想念を基本とする第2の脳の中枢、さらにその上には、知性を柱とした第3の脳の中枢があると説きます。この分類は秘教でいう肉体・(エーテル体)・アストラル体・メンタル体と対応していますね。

それぞれ第1~第3の脳のうち、どれが支配的かによってその人間は「本能型人間」「感情型人間」「思考型人間」に分類されるといいますが、これよりも上位の第4~第7の脳も存在するといいます。で、「覚醒」とはその最高レベルの第7の脳の意識の顕現状態なのだそうです。
※註 第4の脳…内的ワークに価値評価。 第5の脳…結晶化した統一性。 第6の脳…完全無欠の知。 第7の脳…意思・知識・恒久不変の<私>・個性体・不死性であるという。

この第2の脳(感情)、第3の脳(知性)には各々エネルギー中枢(センター)があって、また、各々により高次の領域があり、その領域を活性化することで覚醒に至るといいます。

この辺の説明は、カバラが述べる「人間における願望の発達」と似ていて、とても面白いと思います。ちなみにカバラでは、「生存」願望→「富」願望→「名誉・権力」願望→「知識」願望→「スピリチュアリティ」願望と発展していくといいますが、「生存」「富」が第1の脳(生存)、「富」「名誉・権力」が第2の脳(感情)、「知識」が第3の脳(知性)、「スピリチュアリティ」が第4の脳(霊性)に相当しそうです。


(カバラでは「自己観察」はあまり重要視されていないが、、、、)


グルジェフには不思議な力があったといいます。

彼はその力の秘密について弟子のベネットに語ったことがありますが、これは<ファキール(苦行者)の道><修道僧の道><ヨーギの道>でも得られるが、それらは長い期間の苦行・修行が必要で出家などままならない普通一般人では出来ません。でも、獲得したのそれらの道ではない<第4の道>で得られたと語っています。

しかも、それは神や自然の法則に叛く方法であるためか、、、、、
自嘲気味に<ずるい人間の道>であると語っています(笑)。

しかし、他の道を行くよりも、多大な時間を節約して、覚醒に達することができるといい、覚醒すれば、肉体的、感情的、知的機能のすべてをコントロールする力を手に入れることが出来るといいます(ふふふ)。

ただ、カバラが示すように内在神に繋がるスピリチュアリティへの願望という発展は、人類の進むべき道なので、決して「ずるい人間の道」ではないですが、、、、(笑)

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「この教えの本質をつかむためには、道が人間の隠された可能性を開発する唯一の方法であるということをはっきり理解しなければならない。これは逆にいえば、そのような開発がいかに困難でまれであるかを示している。これらの可能性を伸ばすのは、決して法則によるのではない。だから、隠された可能性の開発の道は、自然にそむき、神にそむく道なのだ。」

「道は>人を不死に導く、あるいは導くべきものなのだ。日常生活の行きつくところはせいぜい死、それ以外の何ものでもない。」

“自然にそむき神にそむく道”によってのみ、人間は“不死”に導かれる.....

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グルジェフによれば、人間はだれでも体内に「磁力センター」を持っており、それを成長させることによって「エネルギーの偉大な貯蔵庫あるいは蓄電池」と接続できる可能性を秘めているといいます。が、その方法は秘密であり、修道僧やヨーガ修行者はその秘密を知らないがために、数年、数十年と覚醒めざして苦行を積まなければならないのだと語っています。

この「エネルギーの偉大な貯蔵庫あるいは蓄電池」というのは、多分、「内在神」のことを指しているのでしょう。他の道が修行・苦行といった外部的な所作を伴っているのに対し、第4の道は「内在神」を志向していて、人の心の内側から行うものなので、そういったことが不要なのですね。

グルジェフは、神の似姿である人間がほんの僅かな力しか発揮できないことに疑問を持っていて、その原因として、自分自身の「内なる神」に気づかないことだと気づいた。その内なる可能性に気がついたとき、人間は大きく進歩、進化することさえできると説き、人間を超える道....「超人」への道を発見したのでした。

この「大いなる秘密」を弟子のウスペンスキーはこう語っています。

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この〈ずるい人間〉はどのようにしてこの秘密を知ったか──それはわからない。たぶん古い書物の中で見つけたか、受け継いだか、買ったか、誰かから盗んだかしたのだろう。別にどうでもかまわない。ともかくこの〈ずるい人間〉はその秘密を知っており、その助けを借りて修道僧やヨーギを追いこしてしまうのだ。
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このあたりの思想が流れ込んできて、今あるスピ系の教えにもなっているのでしょうね。

グルジェフ・ワークで「自己観察」と並んで大事なワークに「超努力」があります。

なんか「超兄貴」のような秀逸なネーミングです(笑)。

超兄貴

これは、それぞれの脳の中枢(センター)と連結した小さなエネルギー蓄積器から、もっと大きな蓄積器に繋ぎ替えです。小さな蓄積器のエネルギーが枯渇すると人は疲労困憊(こんぱい)となるのですが、この時、さらに努力を続けると莫大なエネルギー源とリンクを始め、途方もないエネルギーが充填されるといいます。

そういえば、アニメ『メジャー』で主人公・茂野吾郎が投球数100球超の疲労時でも、ランナーを背にしたピンチの時には、どこにあのような力があったのかと思われるような時速100マイルの剛速球を投げて相手をねじ伏せますが、まさにあれが「超努力」ですね。

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超努力は苦しいものだが、それを行なうたびに自己の限界が破られていく。人の能力は、怠惰と自己限定のためにほんのわずかしか発揮されていない。この超努力によって、自分にはこんな偉大な可能性があったのかと驚嘆することだろう。そして、自分自身に大きな自信を持つことができるだろう。
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こうしたワークでエネルギーのヴォルテージを上げることで、第2(感情)、第3(知性)の脳の中枢(センター)のより高次の領域が活性化され覚醒に至るというのがグルジェフ・ワークです。


ベルゼバブの孫への話―人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判ベルゼバブの孫への話―人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判
(1990/08)
浅井 雅志G.I.グルジエフ

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覚醒

「夢の世界」が本当の私たちの「真実の世界」で、この物質世界の方が、実は「夢の世界」であるという倒置関係になっていて、夢の中で「これは夢だと気づくこと」が本当の「目覚め」であり、その夢の出来事をこちら側の世界で思い出すことが「覚醒」ではないかと語るブログを見かけました。

まるで、荘子の胡蝶の夢を彷彿とさせる内容です(ニタリ)。

つまりこういうことです。

毎日の入眠時、私たちは起っきするのです(爆)

逆に言えば、「夢の世界」を味わう時の意識状態をこの物質世界を眺める時に呼び起こす。
これが覚醒なのでしょうか!!!

さらに「覚醒」について調べてたら、津留さんのサイトに出くわしました。
やはり、津留さんの文章、良いなぁ。。。。。。下記に気に入った箇所を抜粋しました。

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●あなたの心の内なる世界で、善悪とか、正邪といった、もろもろの葛藤が完全に消滅したときに、二極制の葛藤の世界から人々は目覚めます。この時人々は、全体が自分であり、自分は全体の一部であるという、全体と部分の両方の意識感覚を身につけているでしょう。

●あなたの不快感の陰には必ず隠された、まだ未発見のあなたの想念が潜んでいます。意識の襞の奥深くに沈めてあるあなたの自我に気付くこと、それが覚醒です。

●目覚めた時、あなたは自分が変容という地球ドラマを特等席で観戦している事に気付くでしょう。これまで活躍していた超一流のドラマ脚本家が100人よっても書き下ろせそうもない、途方もなくスケールの大きな、大ロマン冒険SFスペクタクル活劇を、超リアルな三次元立体映像で、しかも臨場感あふれるスーパーシートで観劇している自分に気付きます。とてつもなく面白いドラマです。

●その全てが幻であったことを体感します。目にする物一つ一つが、物ではなく、そこにその物を形あらしめている多くの人々の思いが、悦びの中に見えてきます。グラス一つに込められた人々の思い入れが、琥珀色の美しい香りの飲み物の原料を栽培している人々の汗が、ストローの袋に印刷されているデザインを描いている人の生き生きとした息づかいが、見えてきます。 町が一変します。思いで溢れ、エネルギーが流れてきます。人が、建物が、大地が、風が、その意味を変えてあなたを迎えます。


■覚醒
http://www1.ttcn.ne.jp/turu/8kakusei.htm
********************************************************************

物事を善悪、正邪のような左脳が決断を下す「脳内おしゃべり」を止め、物事をあるがままに認識し出すと、その事物を通して今まで感じられなかった自分の精妙な想念をも感じられ始めるというわけです。これが覚醒なのだといいます。

さらには、モノがモノとして見えなくなる。。。。。。
モノとは、いろいろな想念の「寄せ集めの塊みたいなもん」という感じでしょうか。

で、覚醒に到るには、「目の前に与えられている環境を、夢中で体験し、起きてくることに意味をつけずに、ゆったり委ねて楽しんでいると、やがてあなたはそこへ最短距離で導かれて行く」と言っていますが、こんなので本当に覚醒できるのでしょうか?

凄く不安です。


うろたえるな!!!
要は、あらゆる手を尽くして、覚醒しに行けばいいのさ
今すぐに、走り出せ



あっ、貴方たちは、、、、、、、いったい何者???


(こ、これは、、、、、覚醒戦隊カクセンジャーに強力なライバル出現か!?)

そうか! 何も不安になることなどないのだな。
出来ることからやってみよう!

まずは、自我の脳内おしゃべりを止めてみますね。
つまり、何も考えずに感じることだけに専念するわけです。

その方法として右脳的把握があります。物事を把握する際、その物に意識を合わせて視野焦点を調整したり、様々な解釈をし出すのは左脳の働きであり、この時に焦点を定めずボンヤリとしたまま眺め、感じる内容を左脳の翻訳を介さずにありのまま受取るのが右脳的把握だと五井野博士はいいます。

覚醒とは、物事を左脳的に把握するのではなく、右脳的に把握することか?

そういえば、夢を見ている時にはあまり論理的なことは考えれないよな~
ただ漠然と眺め、そして感じ、そのまんまを味わっているだけだったな。。。。。

「真実の世界」に生きるドリーマーは右脳的というわけです。

この右脳的把握、やってみるとなかなかムズいです。
スグに「これは○○○」とか物の名前を浮かばせ、あれこれと脳内おしゃべりを始めてしまいますね。左脳とは言語的な把握の世界なのでしょうか?でも、そこをグッと我慢して、意識を右脳的な把握、つまり形態的、絵画的な把握だけに注力します。

う~む、何も思い浮かばず、事物の明確な把握が困難だなぁ。。。。。

これでは覚醒というよりも、、、、、、ボケじゃあ~りませんか!

でも、こうしていると観察する対象物が目の奥、眼球の裏側に飛び込んできて、そこでアジを三枚下ろしをするように今までその事物に隠されれていた情報が開示されるというか、展開するという感じがビンビンします。今のところ気がするだけですが、、、、、、(爆)。もう少し感覚が鋭くなれば、この事物が自ら語りかける内容をリーディングできるようになるかもしれない(笑)。

『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』、『ニュー・アース』の著者で、スピリチュアル・マスターのエックハルト・トールの覚醒の定義は、「今にあること」だといいます。通称「今ここ」ですが、逆に言えば、「今にあること」が意識化できれば、それは覚醒したということになりますね。

この「今にあること」とは、つまるところ、「今、自分が体験して感じていることと外界の情況とが、いわゆるひとつの連続的な空間として認識し感じられること」だといいます。つまり、「今、自分はこんな感情を発しているな。。。」とか、「今、オイラは焦っているな。。。」というように自我を分離化・客観化した認識が出来ている状態、つまり、観察精神(真我)が「自我反応」と「外界世界」を等価並列化して淡々と眺めている状態のことをいいます。

あっ、なんだ、これが覚醒だったんだ!

つまり、自己観察してる時が覚醒状態だったというわけです。
実は、覚醒ってとっても簡単なことだったんですね。

あっけないなぁ。。。。。(爆)

「今」と言うと、この世的な「現在」「現時点」という言葉をスグに連想してしまいますが、実はそうではなく、「過去」「現在」「未来」が渾然と不可分に一体化しているのが「今」なのです。この状態はこの物質世界では顕現できませんね。これが顕現できるのは、真の自己が住まう「真実の世界」であり、「夢の世界」と言い換えてもいいでしょう。

つまり、「今」=「過去・現在・未来」=「真実の世界」=「夢の世界」だったのです。

また、津留氏の言う覚醒への近道である「夢中で体験、意味付けせず、ゆったり委ねる」ことは、「自己観察」の方向性は少し異なるのですが、自我の分離・客観化という点では全く同じです。体験に夢中になることで「脳内おしゃべり」を沈黙させ、そのまま事物の彼岸にまで突き抜けるという感じでしょうか。自己観察を通して消極的態度で物質的な事物から冷静になって遠ざかるも、積極的に突き進んで突破していくのも、実は到達点は同じなのでしょう。

煩悩(=色に突き進む)即菩提(=色から遠ざかる)でしょうか!
※註 「色」とは物質・事象のことですw

ただ、前に突き進んで行く方が積極的態度があるためか気持ちに加速度が付いているので、現実世界の出来事に感情が翻弄され難く、覚醒には近道であると観じます。

やはり、煩悩はフルスロットルでなきゃあ(爆)。

この意識が事物を突き抜ける感覚とは、事物認識が後頭部に廻って行われることです。本来はそのように認識しているのですが、目の前の外界に意識が注力されているので、脳内の映像には気が付かないだけなのかもしれません。例えば、白いコーヒーカップを目の前に見ている場合、確かに目の前にカップはあるのですが、眼球の裏というか、後頭部というか、意識の「知覚背面」というのでしょうか、そこに白いコーヒーカップが観じられるのです。これが事物の彼岸に到達するということです(笑)。事物のイデアといってもいいかもしれませんね。

脳内おしゃべりを止めていると、その映る映像から様々な情報が得られることと思います。
(だから、実はこっちが本物かも、、、笑)

よく第一印象が本質を突いた鋭い指摘であるというのも、実はこういった部分からの情報であり、その後、左脳がその事物をあれこれと脳内おしゃべりをして場合によっては180度異なった見解を出してしまうからでしょうね。覚醒者の意識は後頭部に存在するといいますが、実は、この状態のことを指して言っているのかしれません。

覚醒状態では、自我を客観的、あるいは別個なものとして眺めている為、その後の感情が直前の感情に左右されません。まったく後を引かないのです。これなら感情のクイックターンが出来そうです(爆)。例えば、さっき泣いていたかと思えば、スグ後には笑っているようなことも出来そうです。あるいは、さっきまでド突き回す程に怒っていたのに、次の瞬間にはメチャクチャ褒めちぎっていることも簡単に出来ますね(笑)。

なんか、危ない人格になりそうです。。。。。。(汗)


うろたえるな!!!
きれいごとはいらない、要は覚醒すればいいのさ





うろたんだー、覚醒させて頂いて、ありがとう御座位ます。
(でも、本当にこれが覚醒なのか?一抹の不安を抱きながら、次回の記事につづく)

ヘミミンクは安全?

果たして、ヘミシンクし続けると廃人になるか?

このテーマ、実に重いテーマです。重過ぎます。
自分もヘミシンクをしていたので、看過できない内容ですね。
※註 何故か過去形になっている(爆)。。。。その理由は後述

この内容の出元は伊勢白山道ブログですが、かいつまんで言えば、ヘミシンクとは大麻や麻薬の作用に似た脳内麻薬物質(β-エンドルフィン...等)の分泌を促すことで幻覚を見ていて、長期間続けていると脳内麻薬物質を出し切ってしまう為、大麻や麻薬がそうであるように、年を経てから外界で起きる嬉しい出来事に対しても脳内麻薬物質が分泌されなくなり、歓びを湧き上がることが無くなってしまい鬱病となり、やがて廃人に到ってしまうという論説です。

ぞわぁぁぁぁぁって、鳥肌が立ってしまいますた(爆)。

■小手先に騙されない事
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/9698b736e1ad7897004fef65fdec334f


霊感宗教関係者、一二三祝詞を奏す人、ヒーリングを生業にする人を敵にしただけでは飽き足らず、今度はヘミシンク業界(?)まで敵に回してしまっている(爆)。「悪を抱き参らせる」のが正神の所作だと思うのですが、これではいかがなものか。。。。。。。

こういった裏事情(本当かどうかは別にして)は、普通は同業のヨシミで摩擦の元となるので言わないものですが、モザイク無しでモロ出ししてしまっていますね(爆)。まぁ、そういう同業者を敵に回してまでも断言する点はヤッズ★は好きなんですが、、、、、普通のスピ者にはここまで出来ませんね。裏返せば、語る内容に相当自信があるか、あるいは敵とみなしているかのどちらかでしょう。

で、伊勢白山道の語る内容を、

①現象の提示 → ②霊的背景の説明  → ③するべきこと

と3つの部分に分けて考えたとき、①②③も同意するものがある場合があり、①②は頷けるが③はどうかな?という場合もし、①②は同意できないが③だけ同意出来る場合も、①②③全てがどうかな?という場合もあります。まぁ、全てが誤った内容ならば、あれ程の読者(信者?)が付くことはないと思います。
※註 普通は①が同意出来ないと②も③も同意できなくなり、やがて語る全てが同意できなくなってしまいます。これが白か黒かの二極化です。0か1かの「1ビット型思考」ともいいます。3つに分けて考えると2*2*2=8通りの受取り方の組合せが出来ますが、これは「3ビット型思考」です(爆)。ヤッズ★はとってもファジーなんです。

この違いは自分の立つ位置(=過去の生活履歴)からくるものですが、これ故に、この世の真理とは「人の数だけある」ものだと考えています。1つの出来事や主張には、実は様々な意味合いや異なった側面があり、とても1つに収束して語ることなど不可能なことです。また、一方方向に思想が偏れば、それを打ち消すような思想が立ち現れるものであり、そうやって世の中というか人類はバランスを取りながら螺旋状に進化していくものだと考えています。

では、肝心の「ヘミシンク=廃人化?」を論じようと思いますが、その前に、まず同様な作用があるという大麻について見ていきましょう。

例えば、ネットでは「大麻吸引は害が無い」と盛んに喧伝しているサイトがありますが、確かに大麻には中毒性はないです。明治時代には喘息の薬として使われていた程です。また、昔から日本では大麻の育成が盛んで衣服...等に使用されていました。ただ吸引用の陶酔成分をあまり多く含まない種類でしたが、、、、、。大麻育成が禁止されたのは戦後GHQが導入した「大麻取締法」からだといいます。この時、吸引目的でない薬効成分が低い大麻も生産が全面的に禁止されました。

この法律の真の目的は、デュポンが発明した化学繊維を普及させるためには、エコ、経済性、生産性...等、あらゆる点で優れている大麻が邪魔であったからとも言われています。まぁ、それが証拠には「大麻取締法」の条文には目的が書かれていません。普通は法律を施行するに当たっては施行する目的を書くものですが、この法律には目的が書かれていません。何の為の法律なのかハッキリしていないのです。

生産性の面から言えば、大麻の育成はすこぶる早く、半年もあれば2mの成木になってしまいます。

この生育の早さは大麻がこの世のものではなく(笑)、非常に高い波動を持ったものであるという説明をされている人もいる程です。現に大麻は一年草の中で唯一雌雄がある植物で、さらに吸引時の効き目を高めるに雌雄の花のうち雄だけを摘み取っておくと、異性がおらず悶え苦しむ雌から抽出したエキスが最高の効き目を表すといい、何か人間っぽい性質(?)もあって非常に面白い植物です。

悶々
(大麻の雌もモンモンとなるのだなw)

このように大麻のいい点や面白い点、不思議な点を上げるサイトは多いのですが、長い間吸引し続けるとどうなるか?という負の面にはあまり触れていません。大麻は中毒性はないにしろ、精神的な依存性はあるといいます。確かに吸引中は幸福感に到りますが、ハイな気分が醒めた後は世の中がグレー色に感じられ、相対的に歓びが感じられなくなってしまう為、再びあの感覚に浸りたくて吸引を繰り返してしまうというわけです。

確かに、外部から麻薬物質を取り入れ続けていると、やがて体はその麻薬物質量に慣れてしまい、より多くの麻薬物質の注入が無いと同じような体験が出来なくなってしまいます。それがより麻薬度の高いものへ移行する動機となるのでしょう。

多幸感を感じる時、この脳内快楽物質の分泌があるといいます。伊勢白山道ブログでの霊視結果では、この脳内麻薬物質が人間には定量で有限なものであるため、それが枯渇してしまうと「欝病」になってしまうといいます。

つまり、脳内麻薬物質も赤玉が出るということです(爆)。

実は、これはある意味、正しいです。
分泌が枯渇するか迄は分かりませんが、先の大麻のように耐性が出来ることは間違いないと睨んでいます。ですから、脳内麻薬常用分泌者は脳内快楽物質の効き目がだんだんと減退化することは避けられないと思います。

これが赤玉の本当の原因でしょう。

宗教を熱心に信じている際に起こる宗教的恍惚感も、そのまま放置していれば、きっといづれ廃人に到るでしょう(爆)。

マラソンでランナーズハイを感じれば、それはβ-エンドルフィンの分泌であり、早い遅いの違いはありますが、いづれ廃人になるでしょう(爆)。

パチンコも同様に、フィーバーした時にはファンファーレと伴にこれでもかという程にギンギンにライト点滅がありますが、これも脳内麻薬物質の放出を促しています。多分、パチンコを続けていれば、いづれ廃人になるでしょう(爆)。

女子高生が箸が転がっても可笑しいのは、成長期のホルモンバランスの崩れからくる脳内麻薬物質の異常分泌であると睨んでいますが、年を経たらきっと廃人になることでしょう(爆)。

現代社会に鬱病が多いのも、実は、こういった外部からの誘発シグナルが多いのが原因の1つかもしれませんね。今までの分泌量では物足りなくなってしまうんでしょうか!

では、ヘミシンクはどうでしょうか?

ヤッズ★はヘミシンクをしていて快楽多幸感も感じることはありません。
どちらかというと、キモイです(爆)。

聞いてもちっともフォーカス世界に行けないし、就寝時に聞いていると気分が悪くなる為(→眠たいのに眠れない・笑)、というわけで最近はほとんど聞いていません。単に就寝時に聞くのが良くないだけかもしれませんが、、、、もともと飽きっぽいというのもあります(爆)。

大麻は麻薬物質で変性意識状態になって幻覚を見せますが、ヘミシンクもある種変性意識状態になって夢境世界を見ている為、短絡的に脳内麻薬物質に結びつけているだけのような気もします。しかし、ヘミシンクで見るのは幻覚ではなく夢です。これは毎晩見る夢が脳内麻薬物質によって見ていないことからも容易に誤りに気が付きます。

意識を明確に持ちながら眠りに付く場合、体外離脱を始める状態から夢が始まりますが、ヘミシンクの場合はけっして眠入るわけではないので、体外離脱から夢がスタートすることは稀です。「体外離脱=肉体と霊体の剥離」という見解はそのまんまステレオタイプの見方ですね。肉体意識のあるところから夢が始まるので、肉体から霊体が剥離するように合理化されて見ているだけです。

また、伊勢白山道が言うように「表宇宙=左脳=肉体」「裏宇宙=右脳=霊体」であるから、それぞれに対しバラバラな周波数の音を流すと、肉体と霊体がバラバラになってしまうという話も頷けない話です。ヘミシンクの場合、右耳と左耳からある差分のある周波数を流すとその差分の周波数に右脳も左脳も同調するという現象を利用していて、同調する際に起こる右脳左脳間の情報伝達のブロードバンド化が幻覚の主なメカニズムだと考えていますので、脳内麻薬物質の分泌による幻覚とは全く関係ないことだと思います。

そして、この同調現象からは肉体と霊体がバラバラになるのではなく、逆に「肉体=霊体」という現象が起きるはずです。『誰でもヘミシンク』の著者であるまる日の圭さんが、ヘミシンクをすると体調がよくなるというのは、こういった点からでしょう。この体が良くなる点は瞑想も同じですね。

極めつけは、「肉体と霊体との分離が幽体離脱を起こす」と語っていますが、これは甚だ見当違いです。肉体や霊体を何か実存在するかのように見ていますが、元々、霊体なんてありません(爆)。霊体と見做して感じるものがあるだけです。実は、この肉体ですら自己の意識の中に形作られた生成物に過ぎず、それを私たちは自分の肉体として感じて見ているに過ぎないのです。ですから、肉体から霊体が分離することとは、実は単にそういう風に見えるという一風変わった映像的描写に過ぎないのです。

霊視といえど、所詮、人間型ゲシュタルトから逃れられていません。

アセンションとはこの人間型ゲシュタルトからの離脱を意味しますが、見る主体がこちら側の世界にいる状態では、人間型ゲシュタルトに乗っかった状態のままの霊視となり、そういう人間的な枠組みの中でしか理解が出来ない為にその描写に問題があるのは明らかです。霊視とは目の前のスクリーンにビジョンが写し出されるものですが、人間型ゲシュタルトを超えた場合にはそのような見え方はしません。スウェーデンボルグがそうであったように、自己がその世界中に入り込んで眺める事物がいろいろな変容を起こす世界となって見える筈です。ヘミシンクがまさにコレです。

これら歪曲は、ヘミシンク時に行う幽界でのレトリーバル(救助)が憑依している131柱の眷属側に何か都合が悪いことでもあるのでしょうか?だからヘミシンクを貶める為に言っているのでは?と逆に穿った見方をしてしまいます(笑)。

ただ、ヘミシンクの開発自体は近年であり、経年後、どうなるか?という点については、今のところデータ不足であり誰も確定的なことは言えません。まぁ、ウィジャボード(西洋版こっくりさん)やチャネリング(=意識外殻の穴明け)が統合失調症となって廃人化する人が多いというのは本当のことですが、ヘミシンクはどちらかというと瞑想(=意識の内圧縮)に近い感じを受けますので、チャネリングのような危険はないだろうとは思っています。

そういえば、伊勢白山道では瞑想の話はあまり出ていませんが、瞑想はやらないのでしょうかねぇ?
※註 「この大きく狂い変化する磁気の下で、同じ事をしていると逆効果になり、自分の大事なものを無くす時代が始まっています。過去と同じ手法で瞑想すると狂う時代の始まりでもあります。」と述べていることからかなり否定的ですね。しかも、「1.自分の力(内在神)が既にありながら、これへの不信・不足感から外部に「何か」を求める事。」とその理由を述べていますが、不足感から外部に求めて瞑想しているわけではないです。自我の囁きを静め希薄な自己を感知する為に行っています。あくまで意識は内に向かっていますので見当ハズレです。まぁ、釈迦も瞑想は「三昧」を得られるが、それはあくまで内的体験であり、瞑想で真の悟りを得られたわけではありませんので、瞑想がこの上も無い最上のものであるとは思っていませんが、別に毒になるようなものでもないということです。これはヘミシンクにしても同様だと思います。瞑想自体、仏教で数千年行われたものであり、これで廃人になったということもありませんしね。伊勢白山道はチト恐怖を煽り過ぎなんじゃ?この手口、どこそかの霊感宗教団体に似ているぞ(爆)。

いろいろな意味で、気付きや洞察を深められる記事内容でした。
で、ヤッズ★の結論はこうです。

ヘミシンクを続けると神人になる。
※註 「神人」とは、夢の中でも物質世界からの意識が途切れずに連続的に意識化出来て生活できる人です。これは霊我(マナス)に自己が入って霊的感覚器官を育成させないと、この世界を見ることも聞くことも出来ません。ヘミシンクはこの感覚器官を養うのです。まる日の圭さんが、1年以上ヘミンクを続けてフォーカス世界を見ることが出来るようになったのは、まさにこの感覚器官の育成の結果だったのです。



洞察させて頂き、ありがとう御座位ます。

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