高次元の言葉使い

精神世界の至高本『ヒマラヤ聖者の生活探究』を読んでいて、ヤッズ★が1つ気づいたことがあります。それは、語尾に「~ではないでしょうか?」という言い回しを非常に多用していることです。

例えば、エミール大師が語った言葉には、このようなものがあります。

「すべての人が一様に真理を正しく掴んでおれば、彼等はその根源を同じくすることになりはしないでしょうか。わたしたちは普遍心(Universal Mind)、即ち神において一つではないでしょうか。わたしたちはすべて一つの大いなる家族ではないでしょうか。すべての子等は、この地上に生まれ出たすべての子等は、その種族や信条はどうあろうと、この大家族の一員ではないでしょうか。
(第1巻5章「若さを保つ秘訣」より抜粋)


「パンの代わりに僅かなホコリ乃至灰が残っているだけだから。しかし、実は本来の普遍的質量に還元されたのではないでしょうか。それは今、未発の形の中に潜在して後日の再発現を俟(ま)っているのではないでしょうか。燃焼、朽廃、その他種々の過程を経てわたしたちの視界から消えていく有形物は、皆そうしたものではないでしょうか。それらはすべて出発点の普遍原質(即ち神)に返るのではないでしょうか。これが『天より降りたる者は天に昇らざるべからず』ということの意味ではないでしょうか。
(第1巻7章 「無限供給」より抜粋)


「このような営利主義や制限作用がわたしどもにのしかかってくるということは、わたしどもがそれらの上に出ること、即ち克服しなければならないことを悟らしめつつあるのではないでしょうか。わたしどもも神の完全なみ業をなすべきであること、わたしどもの意識をキリスト意識にまで高めるべきであることを悟るだけで、それが出来るのではないでしょうか。 このことこそイエスが地上でわたしどもに教えられたことではないでしょうか。イエスの生涯は身を以てこのことを示すことであったのではないでしょうか。愛する同胞たちよ、初めに言葉があり、言葉は神と共にありました。皆さんはこのことが本当にお分かりでしょうか。
(第1巻7章 「無限供給」より抜粋)


う~む、確かに多い(爆)

まるで、波状攻撃ですw

この言い回しの多用は、実は真我覚醒者といわれている上江洲師の講話(光話)でも同じです。

以下は、上江洲師が光話(講話)で高次の波動に同調した状態で話された内容ですが、高次の自己、つまり神我になった視点から語られた言葉の為、言い方に最初少し違和感を覚えるかもしれませんが、ご紹介します。

「皆さんが神の愛の言葉を語り生きている時が一番嬉しいと言います。何故ならば私は皆さんの中に無限の愛として実在しているからではないでしょうか。皆さんが決して分離・差別で生きる事のない全一体として、我は全体であり、全体は我なり、我全てであり、全ては我なりという、それが本質そのものではないでしょうか。

この世に一人とて私から分離して生きた者がいるでしょうか。私から分離して生かされている者がいるでしょうか。私という無限の愛の中に創造され、無限の愛を与え生かされたあなた方が、そのままにして無限の愛である事を知ってもらいたい。今から成ろうではありません、難行苦行悟りにあらず、滝行断食今から成す必要がありましょうか。


■『全体性(ワンネス) 上江州義秀先生光話集より』
http://homepage2.nifty.com/jyotish-gem/eiennohannryo.htm


どちらも同様に問いかけ言葉「~ではないしょうか?」を多用していますね。
まるで、同一人物が話しているかのようです(爆)。

上江洲師もヒマラヤにテレポテーションして、大師たちから教えを請うたと話されていますので、この言葉使いの源流は同じだといえそうです(笑)。

ヤッズ★も実際に光話に参加したことがあるのですが、その際、「~でしょうか?」という言い回しがとても多いなぁと非常に気になった経緯があります。

「~ではないですか?」は、くだけた言い方では「~じゃあ~りませんか?」になります。

うっ! こ、これはチャーリー(浜)のギャグじゃあ~りませんか!

hamaSS.jpg
(難波の聖人・チャーリー浜)

そういえば、この『煩悩くんフルスロットル』のブログ名も、元々は『チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル』をもじって付けています。また、「転送装置」という記事を書いた時にもチャーリーが登場してきていますね。

この登場頻度は尋常じゃありません。
このシンクロというか、この展開は決して見過ごすことが出来ないものです(爆)。

ヤッズ★とチャーリーは、ツインソウル!!!
(↑男同士のツインソウルは、確か無かったと思いますが、、、、)

あるいは、ヤッズ★のガイドは「チャーリー」という名なのかもしれません(爆)。

まぁ、冗談はさておき、「問い」は「答え」の別な面であるといいます。

「問い」を発する際には、実は既に「答え」は用意されていると言われています。実際、2極化世界では、「問い」というものを生み出した際には、その対(つい)である「答え」が既に分離され存在しており、その「答え」を受け取るまでの時間が長いか短いかで、自己の覚醒度が計れるともいう話もあるほどです。

心底敬愛している師から「~ではないですか?」という言葉使いを聞いた場合、疑うことなくその言葉をスムースに吸収してしまいます。そして、聞いた本人も自分に向けて自然と問い掛けをすることになります。ここがポイントです。その後、相手に自分なりの「答え」を自然想起させることができるわけです。自分を安易に妄信させない為の師の心使いではないでしょうか。ですから、この方法は人の魂を導く際、とても優れたメソッドとなるのではないでしょうか。

逆に、断定口調には発信者に対する「肯定」「追従」を要求されます。極端な場合には、思考停止状態となり、語られる内容そのままを何の批判も無しに受入れてしまい「盲従」してしまうことになりかねません。

これでは、人の心魂は成長しないと思いませんか?

だからこそ、ヒマラヤ大師や上江洲師のような高次元意識の方は、「~だ」というような断定口調を避け、「~ではないですか?」や「~じゃあ~りませんか?」という言い回しを敢て多用しているんじゃあ~りませんか?(ニタリ)



こんな高次元の言葉使いを常日頃から

言ってみたいと思いませんかぁ? 

ウッフッフ~♪ (←井上陽水風)


(追記)
この記事アップした途端、Jr.が「久しぶ~りに見たい~♪」と言いながら、『チャーリーとチョコレート工場』のDVDを見始めました。こ、このシンクロはい、いったい。。。。。
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判別法に物申す

話題のブログでアセンション判別法というのがありますよね。ヤッズ★が敢て紹介するまでも無いくらい有名です(笑)。しかし、この中にヤッズ★がとても気になる箇所があるのです。

******************************************************************

【 アセンション判別法 】

(1) 一切のネガティブが消えたかどうか
(2) 自分で何かが違うと感じ取ったか
(3) ハイヤーセルフと合体した意識だと自信を持っていえるか
(4) 二極化世界が見える。意識出来る
(5) 宇宙意識の拡大意識が身についているか
(6) 自分の光の量が違うと感じるか
(7) 他者に光を流す意識が身についているか
(8) 自然、他生命体との共生意識があるか
(9) 心眼
(10) 今日までの流れで、睡眠中、宇宙に行っていたり、日々自分の考えること、書くこと、思うことが、自分の叡智を超えた感じがするか

******************************************************************

それは、4番目の「二極化世界が見える。意識出来る」という箇所です。
(他については、全く問題がありません。)

何故、ここが「多極化世界が意識化できる」ではダメなのでしょうか。
多極を一度に全体認識できるほうが、より高度な情報処理能力があると思うのですが。。。

話題のブログには、二極化世界の認識が必要な理由について、納得のいくような明確で具体的で説明がありません。

ここは自分の進むべき方向を決定付けるものであるだけに、これを盲目的に受け入れ安易に自己の指針にしてしまうことだけは避けるべきです。特別に慎重な態度でもって、熟考する必要がある箇所だと思っています。

この現実世界という物質世界は、確かに、プラスとマイナス、男と女、、、、等、2極分化の原理を基に複雑な様相を呈してきているのが現状です。このあたりは「易経」の導入部分の説明をみても納得できる話です。

易経〈上〉 (岩波文庫)易経〈上〉 (岩波文庫)
(1969/01)
不明

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易経では、まず最初に「太極」(・)という1つのものが陽(○)と陰(●)の2つに分かれ、またそれぞれが陽と陰に分かれて、合計4通りの表現となり、この時点で現実世界に顕現されてくると説きます。季節でいうなら、春(○●)、夏(○○)、秋(●○)、冬(●●)の四季となりますね。

さらに、これが2極分化し、初春(○●●)、晩春(○●○)、初夏(○○○)、晩夏(○○●)、初秋(●○○)、晩秋(●○●)、初冬(●●○)、晩冬(●●●)と8通りにパターン化されます。

こんな感じで易経では、ニ極化というこの世の法則を基にした理論で、2の3乗=64を1セットとして「卦」とし、さらに「上卦」と「下卦」で64×64=4096通りに世の中の諸相をパターン分けし、先の四季の移り変わりのように、その変化には一定の法則「不易」があり、その変化法則からその後の展開を演繹的に予測をする古典的学問です。つまりは、パターン認識手法を使った社会学ともいえます。

このように現実世界の表層部分は、既に何重もの陰陽が含まれたものであり、一概に白黒、闇光、正邪、善悪のような2分化できない状態です。しかも、ニ分化世界観ではその極みは固定化された状態で、易経の語るように「陰極まって陽となす、陽極まって陰となす」のようなダイナミックな躍動はなく、動きの止まった「死」の世界となってしまいます。

では、もう少し分かりやすいように、ニ極化世界認識を画像で喩えてみました。

TENSHI.jpg
(三原色を各々8ビット(256階調)で表現し16,77万色を表現するフルカラー)

TENSHI5.jpg
(白黒8階調)

TENSHI4.jpg
(これが完全に白・黒のニ極化世界です  つまり、「0」か「1」かの1ビット世界)

あんなにもいとおしくウットリする天使たちが、なにか不気味なものに見えませんか(笑)。

ニ極世界が見えるというのは、3番目の画像のように白(光)と黒(闇)だけを使った表現で、この現実世界を眺めて判断することと同じではないでしょうか? この世中の事物を全てを「闇」と「光」だけで表現してしまうのは、折角8ビットで認識ができている状態を1ビット認識に退化させることになってしまわないでしょうか?

他者からの嫉妬や批判の中にもある種の真実があり、賛同者の中にもある種の毒があるのが、この現実世界の実相だと思います。全てが2つに割り切るというのは、あまりにも極端化過ぎるのではないでしょうか?

アセンションには「自我の拡大」が伴います。

何故、拡大しなければならないのかと考えた場合、虚無から発生し複雑さを伴いながら拡大を続けているこの世界をより多く、より豊かに認識出来るようになる為に、意識が拡大しなくてはならないのではないかとヤッズ★は思っています。
※マクロコスモスである「宇宙」とミクロコスモスである「人間」とは対比関係にあり、同一ものであるとう古代叡智があります。この説を信じるならば、「宇宙」が拡大を続けるのなら「人間」だって拡大しないのはおかしいですよね。

上の画像の喩えでいうと、1667万色から更に上の「トゥルーカラー」(各色10ビット階調)という10億色表現可能なレベルに移行するような感じでしょうか! この場合、「自我の拡大」ではないですが、メモリ容量は拡大します(爆)。

世の中をニ極化世界として認識していくという方向性は、元々の出発点である「虚無」側(=ビッグバン側)に立ち戻るような方向性です。しかし、宇宙の流れは虚無という無限小の空間である特異点から拡大へ進む方向性です。ですから、二極化して意識する方向はアセンションが進むべき方向とは180度違い、全くの反対方向じゃないかとヤッズ★は思うのですが、、、、、

いかがでしょうか?



ほしのあき 検査入院ほしのあき 検査入院
(2007/02/23)
ほしのあき

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(ヤッズ★はいつだって脳内総天然色トゥールカラー 1階調の白黒あきちゃんがイイ!なんてのは、一度検査入院が必要???)

意図宣言の理由

19日にアセンション意図宣言しましたが、ここで理由を述べたいと思います。

(ネットで話題になっている)アセンション後の効果について、ヤッズ★が一番関心を持っているのは、「感情層や思考層の上に自我が来ていることが実感できる」という点です。(コッツさん談)

つまり、アセンションとは、自我の上昇!?
(以後、文中ではアセンションはこの定義で使っています。この現象に対する正確な用語が今のところ思いつきませんので、そのままの言葉を使っています。気になるようなら、読み替えて下さいね。)
※註 思考、感情などの意識、精神は物質ではないので、本来、上とか下とかでいい表せるものではないのですが、自我拡大(=精妙な自我取込による、自我領域の拡大)した場合、相対的に感情層や意識層が今までより小さく感じられるため、上とか下とかいう表現になったのではないかと考えています。

「観察精神」とか「深奥意識」になることで、この感情層の奔流に巻き込まれないようになることができるのは、よく知られています。でも、その感情層を下位に従えた状態というのは、今まで聞いたことがありません。しかも、言っているのが自在に「観察精神」に移行できるというコッツさんであるからこそ、聞き捨てならないのです。

こういう違いは、他の似たような神秘現象に通暁しているからこそ、説得力があります。

「観察精神」は、完全に感情層と自己の間にバリアを張るようなもので、喜びも悲しみも、一切の感情というものを感じなくなるわけです。本当に第3者的な淡々と眺めているような視点になるわけです。しかし、他の成就者サイトを見ても、アセンション後にはそのようにではなく、段緩化された状態で感情を感じている点は共通して語られています。

確かに、心理的現象として実際に存在していそうです。

ヤッズ★は一連のアセンション現象は、恍惚感からくる集団的な変性意識状態ではないかと推察していましたので、雪崩現象が起こっていても、アセンション意図にはあまり乗り気ではなかったのですが、この冒頭の文言に背中を押されるかのように意図宣言をしました。とても気になるからです。

普通の人間の場合、感情層や思考層に自我が埋没している状態ですが、アセンション成就した場合、この自我が感情層や思考層の上部に位置する(と感じられる)ようになり、個人的な感情や思考に翻弄されなくなるようなのです。

この感覚、是非体験してみたいぞ!

ここがヤッズ★にとって、味わってみたいカレーなのです。

また、副効果(?)として、今まで感情層や思考層にかき乱されていたために感じることが出来なかった、より微細な自我の部分までを知覚し切ることが可能となり、より大きな自我として認知できるようになるようですが、これが「ハイアーセルフとの一体感」という表現に繋がってくるのだなぁと思いました。

自我
(中央には自己【I AM】が鎮座  離れる程、か弱く淡くなり感じ難くなる)

あれこれ
(この淡い部分を介して他者の自我と繋がっている? それとも【I AM】が同じなのか?)

確かに、このような状態では、ネガティブなものを自我にまでダイレクトに伝わらないし、ネガティブ・クッションがあるようだという表現も適切です。反面、個人的な喜びを感じ難くなるポジティブ・クッションにもなリ得るのではないかとも思っています。しかし、その代わりといってはなんですが、個人的な様々な感情を感じ難くなる代わりに、天上(あるいは神界、高次元)からの「喜び」の波動を受け取れるようになり、常時、至福意識に満たされるような状態になるそうです。

う~む、至福意識も体験してみたいぞ!

これは福神漬けに相当するか(爆)。

深い瞑想をした場合でもこの至福意識は体験できますが、何ぶん、瞑想時だけあるいはその後少しの期間だけの限定的なものであるようです。しかし、アセンションした場合は、これよりも遥かに長期間その状態を維持することができるそうです。

で、ヤッズ★の場合、2012年のことは全く考慮していません。

恐怖感から意図するのは好きではないからです。また話題のグループ(?)の5~6月にかけての成就者や意図者の大量離反の話も知っています。そういう経緯があるのを知って何故、今時、意図するの?と疑問に思われる人もいるかもしれませんね(笑)。

これは、「どうなっているの?」という仕組み好きが嵩じた結果です。
つまりは、出歯亀(ピーピング)根性からですね。
で、これを体感したいが為だけに意図しました(笑)。

R・シュタイナーは、人間は感情層を純化することで「霊我(マナス)」を作り出し、そこに自己が入っていくことで次なるステージに移行するというような内容を語っています。上昇した自我が段緩ではあるが至福感を受け取ることが出来るのは、その上昇した自我の周囲に純化した感情層があるからこそ感じられるのではないでしょうか。アセンションについてヤッズ★が考えていたことと一致していたのです。

ただ、最近、文献を読んでいても、それ以上洞察が進まない堂々巡り感を覚えていて、やはり3次元世界に身をおいている限り、もうこれ以上不可能ではないかとも考えていました。悟りや覚醒を得て確認するには、物凄い時間がかかるし、可能かどうかさえ怪しいほど狭き門なのです。好奇心から試してみるには、あまりにもリスクが大き過ぎます。

そんな時にコッツさんの情報に触れ、「覚醒(悟り)」について(特に大悟)ヤッズ★が漠然と抱いていたことが明確に指し示されていて、そして、明確にアセンション後の状況と誰でも真剣に意図すれば可能であると書かれていました。

だから、この現象の内容を自分自身で確認したいのです。

しかし、ヤッズ★は他人頼りするのが嫌いな方で、また話題のサイトにはどうしても承知できない箇所が数箇所ある為、アセンション成就する方法は、話題のサイトや他の成就者のサイトを参考にしつつも、『ヒマラヤ聖者の生活探究』『セスは語る』『シリウス革命』...等の内容を援用して、自分オリジナルの方法でやってみるつもりです。実際、そのほうが楽しいですからね~♪

「I AM」(私は神である)の思想は健在です。

この遊び心のある自立意識こそ、真の海豚意識ではないか?(爆)。
※註 ヤッズ★が敢て「海豚」と書いているのは、「イルカちゃん」という言葉からくるイメージがその生物の本当の状態にポジティブなバイアスを掛けて見てしまうのではないかという危惧からであって、別に「海のブタ」だと卑下しているわけではありません(爆)。それどころか、イルカは大好きです。

しかも、今、世界に数多くの成就者がいるとの情報を信じるならば、この話題のサイトの方法こそが唯一のメソッドではないだろうと思われるのです。本当にアセンションが容易に可能な期間(大バーゲン期間)であるならば、異なる手法でも可能ではないかと睨んでいます。

異なる方法の有効性&バーゲン期間の有無、そういう点も証明できるのではないかというのも今回意図した理由の1つです。

『立可尿』が無料配布されているように(爆)、本当に簡単にアセンションできる状況が、今現在、起きているかどうかの追試的確認なのです。

さぁ、ヤッズ★はアセンションできるか?(爆)
※註 話題のサイトのムーブメントでは、アセンション成就者と意図者の比率は、ヤッズ★の推計では今のところ1:20ぐらいだと睨んでいます。倍率20倍ですね。かなりの狭き門です。ただ、これでも覚醒(悟り)よりは遥かに確率は高いです。でも、難関には違いない。 本気で死ぬ気で取り組まねばw

海豚意識

先日、アセンションを意図したばかりですが、いったい何を手がかりにしてアセンションの準備を進めていけばいいのか、今、手探り状態です(苦笑)。

で、アセンション意図者や成就者のサイトを見ていると、「イルカちゃん意識」という言葉が頻繁に出てきていて推奨されています。

海豚意識ですかぁ。。。。。。これは難しいぞぉ

ディスカバリーチャンネル The Ultimate Guide イルカディスカバリーチャンネル The Ultimate Guide イルカ
(2002/09/25)
趣味・教養

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10年前、ドルフィン・スイムという生簀(いけす)の中で捕獲され飼われているイルカを抱いたり、背ヒレに掴まって泳いだことがありますが、それまで、イルカを直に感じたことが無かったため、それはもう驚きの体験でした。

表皮部分の固さ、ソフトボール大の眼球、全体が発砲スチロールで出来ているんじゃないかと思えるくらいのハリボテ感(笑)、これらを真近で感じることが出来ました。そして、背ヒレに掴まるようにそっと差し出すイルカ。。。。。。もう感動でした。

まぁ、それほどイルカ好きなのですが、先日、TV番組を見ていたら、イルカが魚を捕獲すり時の映像がでていました。魚を追っかけて食べるのだとばかり思い込んでいたのですが、まったく違っていましたね。


(ザ・ベストハウス123より)

な、なんなんだ、この高等テクは!!!

■仲間が水面下で追い立て、驚いて海面にジャンプした魚を海面で待ち受けている別のイルカが口を開けて待っていて捕獲。これは「餅投げ」時の下で待ち構えている時の人の様子と同じです。何故か表情まで似ている(笑)。

■魚の大群を見つけた場合、噴気孔から大量の気泡を沢山発生させ、その大群を泡で取り囲み逃げられないようにするバブルネットフィーディング。バブルネットフィーディングは北半球のザトウクジラがすることで有名なのですか、イルカもやっていたのですね。こういった技が使えるのはザトウクジラのマネっこなのかもしれないですが、イルカの知性の賜物?、それにしてもこの方法驚きです。

■シャチの白い腹を急に見せて恐怖を与え、すかさず衝撃波で攻撃。。。。凄まじい。そういえば、昔、よくキャンプのとき、急に懐中電灯で顔の下から光を当て、相手をビックリさせるイタズラをしたものですが、なんか似ているなぁ。。。。。

イルカの知能は小学生並とよく言われますが、小学生がこのような高度なチームプレイをしているのをいまだ見たことはありません(笑)。ホントはもっと高いんではないでしょうか。まぁ、無邪気さという点では小学生並というのは当たっていますがね。

ヒトが10名ほどのチームを組んでことを行った場合、イルカと同じようなチームプレイで同様な仕事は出来るとは思います。しかし、その後の仲違いや不平不満が募ったりすることで、お互いを信頼と愛情で接するイルカたちのようには、長期間仲良く暮らせないだろうと思います。まぁ、イルカの場合、チームは親族で固められているので結束は固いという面はあります。しかし、ヒトの場合、親族、肉親間でも仲が悪い例はたくさんあります(爆)。

各国の王室や日本の天皇制が存在していることをみれば明らかなように、ヒトはイルカとは違って蜂や蟻などのような女王を中心とするような求心力が必要な社会を構成する社会的動物です。先のチームムプレイを長年続けていく場合のようなネガティブな衝動を減退させるための智慧として社会を構成しているのかもしれません。きっと、ヒトはこのような階層的社会が存在しないと本来の能力が出せないか弱い存在なのでしょう。

他の哺乳類が10頭から数百頭程度のグループしか構成しないのに対して、このヒトのグループ構成規模というのは特筆に値します。他の動物以上にズバ抜けた知性があるから、高度な社会を構成しているといわれますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

ある意味、ヒトの集合的無意識は、蟻レベル???

この群れや社会を作らなければならない根本には、多分、「恐れ」の意識があるからでしょう。イルカのように自立意識があれば、社会を構成するほどまで群れる必要などないはずです。「恐れ」がない状態とは、つまり自立した意識状態です。この自立意識こそ、実は更なる高次元意識へアセンションする重要なポイントじゃないかと睨んでいます。

このように、「恐れ」と「構成規模」はバータな関係にあるわけですが、地球レベルの統一世界を構成する為には、いままで以上に強い「恐れ」を創出する必要があるというわけです。そして、それを意図して行っているグループがあるともいわれていますね(笑)。

海豚意識を持つことは、あらゆる方面で「恐れ」をなくすことでもあり、このことがヒトが持つ社会的性向をも希薄化させることになるのかもしれませんね。


ディスカバリーチャンネル 鯨たゆたう、青のうたディスカバリーチャンネル 鯨たゆたう、青のうた
(2005/01/28)
スーザン・サランドン

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(ザトウクジラの歌声)

アセンションを意図する

便座カバーを汚したくないとか、便座が割れて困っているとか 最近、そんな話をよく耳にします。

普通では起こり得ないような汚れや破損が起きる場合、それはアセンションへの気付きの時だといわれています。ハイヤーセルフさんが「早く気づいてよ!」とばかりに蹴りを入れているから起きているのかもしれません。

で、もう面倒だから、、、、、

便座なんか、取ってしまえ!!!

とばかりに、中腰スタイルで用を足す「中腰女将(おかみ)」となって、次元上昇ならぬ「お尻上昇でアセンション!」なんてくだらないワークをしている場合ではありません。実はそんな貴女にこそ、知ってもらいたい天からの朗報があるんです(笑)。

とっても簡単にアセンションできるグッズが出たのです!

そ、その名は、、、、、、、

「立可尿」(英語名:マジック・コーン)です。

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2013年まであと5年と間近に控え、今はこういったものが容易に手に入る時代になっています。

昔はネット注文が無い為、簡単に手に入れることもできませんでした。それ以前に、こういった情報にすらお目にかかることも無かったろうと思います。これはネット社会の恩寵です。もっといえば、予め神が意図した計画(アジェンタ)だったのかもしれません。今はその流れに沿っていますので、こういったグッズを使うことで、容易にアセンションができるのです。

では、使い方を簡単に見てみましょう。

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座っている時や「中腰女将」の時よりも上体が起き上がっている為、当然、遠くまで見渡すことができ、「視野拡大」が期待出来ます。しかも、宇宙により近づいた高いところに頭が位置するため、より「宇宙意識」に近づけるというわけです。

でも、一番嬉しいのは、夜の街角や山岳地帯でのハイキングのように近くにトイレがない場所で急に尿意を覚えた場合でも、用を足すための密やかな場所を探す必要も、プリンプリンなお尻を外気に晒(さら)す必要も全くないことです。これでもう嫌なネガティブな思いをすることはありませんね。

これは、まさにネガティブ・クッションですね!

ホントに頼もしいグッズです♪

「備えあれば憂いなし」って言いますよね。
1枚といわず、常時、10枚は携帯したいところです。

ん、怖いですか???

オーケー、オーケー、大丈夫 マイフレンド
誰だって今まで慣れ親しんだ習慣から抜け出すことは、怖いものです。
でも、なろうと意図しなければ、いつまで経ってもなれません。

アセンションって実は簡単なんだけど、心構えに劇的な変化が必要なんだよね。

これを突破するのが「意図」なんです。
ですから、意図するからには本気で意図してくださいね。

そうであったように振舞ってください。

座ったままグッズ使用しても意味がないんです。
それでは「視野拡大」も「宇宙意識に近づくこと」も叶わないですよ!

貴女がしっかりと意図さえすれば、誰だって1分後にはアセンションは可能です。
カレーを食べたことの無い人に、カレーの味を説明できますか?

アセンションだって一緒です。
やってみて、初めてその凄さ、良さが分かるというものです。

行楽地等の賑やかな場所では、いつも女性便所は長~い列を作っていて気の毒に思っていますが、もうこれからは、ガラ空きに近い男便所で思う存分アセンションできるので、行列の人たちに向かって「お先に~♪」と言えますね♪

さぁ、みんなで一緒にアセンションしょう! (* ̄0 ̄)/ オゥッ!!

bagno.jpg
(みんなで男便所にお引越し♪)


( ̄_J ̄)ん?


この行為って、アセンションっていうんだっけ???

。。。。。。。

。。。。。。。

。。。。。。。

あっ、前(せん)ションだった。
(お後がよろしいようで♪)




(後日談)

で、今回、アセンションについて、上記のようにかなりお茶目な記事を書いていたところ、「アセンションを意図すること」とは、マジにこれと同じことなんじゃないか!!!とハタと思い至ったわけです。まさにパウロ的回心です(電撃は受けてませんが・笑)。

今回のマス・アセンションは、受身的に自動的に制御されるものであって、はたして、アセンションは意図しなきゃならないものなのだろうか?

この問いに対してのヤッズ★のファイナル・アンサーは、「あっ、前ション」と同じだということです。どちらも、今スグになることが可能なのですが、実際に「そう思って行動(意図)」しなければ、決してなれないという点で全く同じだと思うのです。

「意図」とは目標を持った思考及びその目的に沿った行動することまでを含みます。意図しなければ、ずっと座ったままじゃないかと思うのです(爆)。今、それを容易にする『立可尿』に相当するものが「天からのアシスト」じゃないでしょうか(超爆)。

俺、男やし、既に「あっ、前ション」してるし、これは是非試してみたいけど意味ないよなぁ~。でも、こんな劇的な変化は体験してみたいぞ(女性はええなぁ)。。。。と考えているうちに、それと同程度のことをしたくなりました。

今は、2013年問題は脇に置くとして、「アセンション」も「あっ、前ション」も、見得、外聞、他者の視線や意見などから意見が分かれるところです。でも、そんなことは関係なく、自分自身が「してみたいからする」「なってみたいからする」 こんな感じからスタートしてもいいんじゃないかと考え直しました。

で、唐突ですが、、、、、、

ヤッズ★はアセンションを意図します。
(2008.6.19 22:45 塩浴後の水〆時に高らかに宣言  ここに記す)


まさに、瓢箪から駒、『立可尿』から次元上昇ですw。
ヤッズ★らしいといえば、ヤッズ★らしい展開です(笑)。

掛かる費用は0円やし損ないもんね~♪。元々、メガではあるがネガは少ない方なので、ネガティブ・クッションについての評価は期待できませんが、「拡大意識」や「ハイアーセルフとの一体感」という効果には、とても心引かれます。カレーがどんな味か知りたいです♪

おおっ、そういえば、昔、本場のカレーを食べるだけの為にインドに行くことを意図したことを思い出しました。数ヶ月間バイトして漕ぎ着けたのです。今、この時くらいにマジに意図します。アセンションするからには、絶対、ハンドル名と同じ8次元まで到達するべ(ニタリ)。


ヤッズ★がアセンション意図宣言に背中を押されたブログ
↓↓↓
■コッツウォルダー
http://blog.goo.ne.jp/cotswolder
(中悟達成しながらもこれ以上の覚醒に限界と恐怖を感じ、アセンションという「意識の拡大」側に大きく舵取りを変更したコッツさん。アセンション達成後、その凄さを誇張無く、冷静に分かりやすい言葉で語られています。また最近、7次元アセンションを達成されたとのことです。)

ヒマラヤ・ホステスの教え

『ヒマラヤ聖者の生活探究』も、やっと第2巻に差しかかりました(遅読です)。

今読んでいる場面は、見た目17歳程度だが実は400歳超えの美女、通称「ヒマラヤ・ホステス」が語る願望実現の肝となる内容がズバリと書かれた箇所です。(この辺の話は、あうわ聖大師の記事にも詳しく載っていますので参照してみてネ!)

アイシュワリヤ・ラーイSS
(インド女優 アイシュワリヤ・ラーイが、ヤッズ★のヒマラヤ・ホステスのイメージです)

では、内容を見てみましょう。

*******************************************************************

ホステスはそれに答えて、「正しい形をとって表現すれば叶えられるものです」というのであった。

更に言葉を続けて、「望みというものは祈りの一形式であって、イエスの祈りは聞かれたからイエスの用いた祈りこそ本当の祈りであり、何時も聞かれる祈りこそ真の祈りでなければなりません。従って又、科学的でなければならない。科学的である以上、一定の法則に従うものでなければなりません」

彼女の説き明しは続く――。

「その法則というのは、『汝の悟れる程度に、汝の祈りは叶えられたり』であり、『又、汝、何を望むとも、そを祈るに、既に受けたりと知れ、然らばそを得ん』である。もしわたしたちが何なりとも求めたものは、すでにわたしたちのものとなっていると積極的に知るならば、わたしたちは法則に従っていると知るがよい。もしも望みが満たされれば、法則が満たされたのであると知るがよい。

もし満たされなければ、求めた側に誤りがあったと悟らなければならないのである。謬(あやま)ちはわれわれにあるのであって、神にあるのではないと知るべきです。従って結論は、『汝、心をつくし、魂をつくし、力をつくして、主なる汝の神を愛すべし』となる。故に、心配、不安、不信を以てではなく、自分の必要なものはすでに自分のものとなっていると知り、歓び、晴れ晴れとした感謝の心を以て、己自らの魂深く沈潜することです。

その秘訣は、神と一体となること(at-one-ment)にある。神との一体感になり、たとえ地球上の人々がこぞって反対しようとも、神との一体感をしっかり持ちつづけて離さない。『吾、自らの力にては何事をも為し給わず、吾が裡に住み給う父なる神ぞみ業(わざ)を為し給う』とイエスは申されました。神を信じよ、信じて疑うべからず、信じて恐るるべからず、神の力に限りなきことを忘るるべからず。神は『すべてを為し能う』のです。神に願う時は積極的な言葉を使うことです。

只、完全な状態だけを望むことです。それから自分の魂に種子となる完全な想いだけを植えつけるのです。さて、完全な健康が現れてくるように求めるのであって、病が癒されることを望んではならない。調和を現し豊富の実現を求めるのであって、不調和、不幸、制約から救われることを求めるのではないのです。こんなものは丁度、古くなった着物を棄てるように棄て去ってしまうのです。

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ここで語られる内容は、既になった状態で振舞いなさいとか、イメージした後は叶ったと思って手放しなさいとか、「~が欲しい」という欠乏に意識をフォーカスせずに満ち満ちた完全なイメージをしなさいとかの御馴染みの願望実現ワークのポイントそのままですね。

もしかしたら、『マスターの教え』『思考は現実化する』...等、ニューソート系の願望実現本のタネ本は、実はこの本だったのかもしれない(ニヤリ)。

そういえば、『マスターの教え』の中にも、植物がタネから発芽しその名の通りの植物に成長するのには、元来、タネである状態の時に既にそれに相当する形状が記憶として備わっていて、その記憶をたどるように成長していくからであって、人の願望実現もメカニズムも全く同じで、これが普遍的に存在する「宇宙の法則」であると述べている箇所がありますが、このヒマラヤホステスでも全く同じ喩えを使っています。

疑いは、益々濃厚になってまいりました(爆)。

では、少し解説してみましょう。

文中の「正しい形をとって表現すれば叶えられるものです」とは、法則に則って祈りを行えば叶うという意味です。その祈りの方法の模範例がイエスの方法だというわけです。

イエスの方法???

下に、ゲッセマネの園でイエスが最後の祈りをする場面を紹介します。

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十二人の弟子たちと最後の晩餐を終えたイエスは、弟子のペトロ・ヤコブ・ヨハネを連れて、オリーブ山にあるゲッセマネの園に向いました。イエスは弟子たちに「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言うと、少し離れた所にひざまずいて祈りはじめました。

「父よ、できるなら、この杯(苦難を意味)を私から取りのけて下さい。
しかし、私の望みからではなく、あなたの御心のままに」。

すると天使が現れて、イエスを力づけました。
イエスがますます熱心に祈ると、汗が血のしたたるように地面に落ちました。

イエスが祈り終わって、弟子たちの所に戻ってみると、彼らは悲しみの為に眠り込んでいました。「なぜ眠っているのか? 誘惑に陥らないように目を覚まして祈っていなさい。心ははやっていても、肉体は弱いものだ」遠くには、イエスを捕らえに来た兵士たちの姿が見えます。

「時が来た。私は罪人たちに引き渡される。立て。行こう。私を裏切る者がやって来た」

(ルカによる福音書より)


bellini1.jpg
(絵は「外在の神」に祈っている姿になっています。教会の作為か・笑)
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文中の下線部、「私の望みからではなく、あなたの御心のままに」という箇所がありますが、これは方法は全てお任せしますという「手放し」を意味しています。手放しすることは「叶えられると確信」するからこそできるものです。つまり、ヒマラヤホステスのいう「又、汝、何を望むとも、そを祈るに、既に受けたりと知れ、然らばそを得ん」ということに繋がってくるわけですね。

この時の祈り方のポイントは、「(自分には欠乏していると思うことからくる)心配、不安、不信を以てではなく、自分の必要なものはすでに自分のものとなっていると知り、歓び、晴れ晴れとした感謝の心を以て、己自らの魂深く沈潜する」です。

突き詰めていえば、祈りとは感謝なのです。

神社に行った際も同様です。神社の神様にお願いするだけではなく、それが叶ったと心底から思い、感謝するのが正しい祈り方です。なんかこの話、どこかで聞いたことがありますねぇ(笑)。

まぁ、ヒマラヤ・ホステスのいう「神」とは、一般に考えられているような人間と神という対比で語られるような「外在の神」ではありません。自分の意識の奥深く根源的な部分に存在する「内在の神」です。真我、神我、キリスト意識、ハイヤーセルフともいわれる部分や存在のことです。

そして、ここで願望実現の最大のポイントが明かされています。
「その秘訣は、神と一体となること(at-one-ment)にある」です(笑)。

これを字義通りに受け取ると、祈る対象(=神)と祈る主体(=あなた)が一体になることになりますが、これは一体どういう状態のことを指しているのでしょうか?

それは、『ヒマラヤ聖者の生活探究』の底辺にとうとうと流れている思想「I AM(私は神である)」のことなのですね。このことは、祈る主体が「自分は(自分だけが認識している唯一な世界の)神であり、そして、そこに創造を為す」という認識を持つことを意味します。

世に数多ある自己啓発本やスピ系願望実現本に書かれているワークをいくらやっても願いが叶わないのは、実にこの部分が欠落しているからではないでしょうか?あまりにも宗教的過ぎるいう観点から、この最も大事な箇所を意図的に省いてしまっているのではないでしょうか?ヤッズ★はそんな気がしてなりません。

次に、「神に願う時は積極的な言葉を使う」とはどういうことでしょう?

この「積極的に」とは、下の文に続くように「病を治して欲しい」ではなく「完全な健康状態を望む」というように、より大きく図々しいくらいの言葉を使いなさいということなのです。それは「欠乏」に意識をフォーカスさせるのではなく、富んだ状態に意識をフォーカスさせることになるわけですね。「欠乏」に意識をフォーカスすれば、「欠乏している状態」がまた再び現実化されてしまいますからね。

夜店

我が町の夏の風物詩は、露天商が立ち並ぶ「夜店」です。
6月の1ヶ月間、毎週金曜~日曜までを通しで数十軒が立ち並びます。

ここで毎年新作が2.3出るのですが、これを見つけるのが楽しみの1つとなっています。

昨年は、「フルーツ杏仁豆腐」(400円)でしたが、さて今年はなんでしょうか?

今年は、「キュウリの棒差し」(朝漬け、味噌漬け)と「ネギシャブポン」でした。
「キュウリの棒差し」とは、文字通り漬けたキュウリをそのまま棒に刺したものです(爆)。

キューリ
(これには笑ってしまいましたw 売れ行きはあまりよくないようで、、、)

一巡して夕食代わりにいろいろと食べ歩きするのですが、今日の収穫は、ジャンボフランク、中華シャーピン(四川風味)、チキンステーキ(タレ味・塩味)、じゃがバター、チュロス、冷やしパイン、たいやき(あん、クリーム)、レインボージュースでした。

最後に、Jr.が楽しみにしている輪投げやダーツを終えた後は、そのまま帰路につくのですが、そのとき毎年恒例の「焼きトウモロコシ」を買って帰ります。近くにあった焼きトウモロコシ屋の露天商に1本頼むと、おもむろにトウモロコシの皮を剥き始め、網であぶリ始めたのです。

ゆ、茹でてない!

カミサンが大丈夫か、大丈夫かと何度もマジな顔で言ってきます。

出来上がって食べてみたところ、粒は小粒でしたがとってもジューシーで旨かったです。
う~む、なんで茹でへんのやろ???
店の前に書かれてあった、「朝いちとれたて かんかん娘」という謎の言葉だけが手がかりです。

カンカン娘といえば、ヤッズ★にはフレンチカンカンしか思い浮かびません。

Moulin Rouge 28
(この美しい御美足とトウモロコシの形状は似ても似つかないが、、、、)

帰って調べてみたところ、「甘々娘(かんかんむすめ)」というのは山梨件特産の品種で、平均糖度が17~18度とメロンよりも甘~く、生で食べられるほど柔らかくジューシーなのだそうです。しかし、生産者にとっては発芽率の悪さや栽培の難しさ等から生産性の低い品種であり、作っているところも限られる為、人気がありながらもなかなか手に入らず「幻のトウモロコシ」といわれるいるそうです。

ほおぉ、露天も意外とグルメじゃねえの♪

それともう1つ、帰り際、カミサンの実家に寄った際にメロンを頂いて帰ってきたのですが、家に着いて早速確認したところ、外皮の網目がちょっと小さい感じで形も縦に長いような。。。。。シールを見てみるとそこには「ナイルメロン」という文字がありました。

ナイルメロン??? 
マスクメロンじゃないのか! これはバッタモンか?

こちらも気になったのでネットで調べたところ、「ナイルメロン」とは、千葉と兵庫が特産のメロンで、厚い果肉と濃厚な甘さ特徴。生産農家も20戸と限られている為、あまりお目にかかることがありません。

こちらもレアなものでした。
どうも最近、ヤッズ★が知らないうちに、いろんな産品が出回っているようです。

これは、もしかして、、、、、パラレル・ワールドに転送されたか(爆)

聖イッサ伝

『ヒマラヤ聖人の生活探求』を読んでいると、ヒマラヤ山麓に洗礼者ヨハネだけではなく、なんとあのイエス・キリストも訪問して学んだということが書かれていました。

本当かぁ???

Last_Judgement_250.jpg
(17年もどこにいたのだろう?)

確かに、聖書にはイエス誕生から幼年期(12歳)までと、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けて(30際)てから磔刑になる(33歳)までの3年間の「公生活」以外については何も書かれておらず、空白の17年間がありますね。

そして、この期間に貿易の隊商に混じってインド、ネパール、チベットを訪問し滞在したということです。

インドと言えば、ベツレヘムやエルサレムからは遠いのですが、当時、交易ルートも存在し、陸路、海路を使えばいけない場所ではありませんので、一概に否定はできません。

で、このヒマラヤの聖人の話を裏付けるような発見がチベットの寺院でありました。

1887年、ニコラス・ノートヴィッチというロシアのジャーナリストがヒミスの大僧院で「聖イッサ」について書かれた写本を見て、それを通訳を通して書き写しました。 この「聖イッサ」というのがイエスのことなのだそうです。

聖書の内容とも重複します。逆に180度異なる部分もあります。

特に、イエスが磔刑にかけられる裁判においての記述は、「ユダヤの長老達が死刑を迫り、ピラトがそれを拒んで最後には潔白を示すために手を洗った」という聖書に対し、イッサ伝では「ピラトがイエス様を目の敵にしていたが、長老がそれに反対して、手を洗った」と180度逆になっています。

ローマ布教に際して、ローマ提督を悪者に出来ない為、ピラトと長老たちの立場を入れ替えたという解説がありますが、「手を洗って潔白を証明」する行為はユダヤの風習であり、ピラトが現地の風習にならってそうしたというように聖書にはわざわざ説明を入れて記述されていますが、ローマ提督であるピラトがそのように媚びたことをするのは、考えてみればおかしなことですね。

この「聖イッサ伝」によって、「ヒマラヤ聖者の生活探究」の信憑性がまた1つ高まりました(笑)。


■聖イッサ伝
http://www5f.biglobe.ne.jp/~budda/tetra/isi/index.htm



イエスの失われた十七年イエスの失われた十七年
(1998/06)
エリザベス・クレア プロフェット

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ゲノム

30億 対 670億 って何だと思いますか?

これ実は、ヒトとアメーバーのゲノムの対比です。
ゲノムとは塩基配列の組み合わせのことで、遺伝情報の量を現しています。

いってみれば、設計図の線、あるいは、プログラムのコードに相当するものです。

この組み合わせ数が多いほど、より複雑で高度なことを記述できることから、その形態、構造、機能において、より高度な生物が実現できるというものです。

で先のゲノム対比は、実は前者がヒトで、後者がアメーバなんですね(爆)

単細胞であることから、原生生物であると格下に分類されているアメーバーの方が、実はヒトよりも22倍も遺伝情報量が多いのです。これは驚きですね。

これを分かり易く喩えれば、その情報の複雑さにおいて、オートバイ(部品点数:2千)と自動車(部品点数:2~3万)以上の差があるということです。

ということは、アメーバーはヒトよりも遥かに高等生物?(笑)。

ですから、「この単細胞めが!」

と言われて、怒ることなど全くないのです。
むしろ誇ってもいい(爆)。

amoeba.jpg
(足を持たないアメーバーは原形質流動によって突き出た「仮足」で前方移動する)

ヒトには自我や感情があって精神的には他の生物よりも高等であるという自負がありますが、こと物質的部分(肉体)に関しては、アメーバーよりもはるかに劣るものなのでしょうか?

また、長い年月を掛け、アメーバーのような単細胞生物から多細胞生物へ進化したとういう進化論の説を信じるならば、進化するにつれ一度掛かれたプログラムのコードをデリート(削除)するようにゲノムという遺伝情報量を激減をしながら進化していることになります。これは「より単純なものから複雑なものへ」という進化論のロードマップに反していないでしょうか?

確かにアメーバーは単細胞ながら、細胞内の原形質を流動させることで歩行(?)も出来るし、消化器系がないのにも関わらず餌を捕食し消化もするし、巨大なアメーバの一種「真正粘菌変形体」というものは、なんと迷路の最短経路を探し当てることができる知性すら持ち合わせているのです。

■不思議なアメーバー生物-粘菌に学ぶ賢い計算法-
http://www.hokudai.ac.jp/bureau/populi/edition16/toku7.html

・体内で原形質を前後に移動させる推進力は一体なんなのか?
・視覚や触覚..等の感覚器官をを持たないのに、餌を捕獲できるのは何故?
・消化器官がないのに、どうして消化できるの?
・迷路を最短距離で導き出し、体の運動をその目的に合致させ制御する部位はどこ?

実に不思議なことだらけです。

たった1つの細胞が持つ多機能さという点から考えれば、アメーバー・ゲノムがヒト・ゲノムの22倍であることはおかしなことではなく、充分納得がいきます。

しかし、消化器や神経系統、骨、脳、さまざまな機能と形態をもつ人体の方が遺伝情報(設計図)が少ないというのは、どうしても納得がいきません。こんなところから、人体形態の構成に際して遺伝情報以外の何らかの「非物質的な情報」が関与しているのではないか?とヒシヒシと感じるのです。

シディ(神通力)

ヤッズ★は、何事もスグには買わず、いろいろと情報を集め、アレコレと熟考に熟考を重ねてから行動を起こします。石橋を叩いて確認し、それでも橋を渡らないというのが、「ヤッズ★・スタイル」ですが(爆)、『ヒマラヤ聖者の生活探究 』に購入についても同様、今、ネットでいろいろ調べている最中でした。

この本、5冊で1万円弱という金額ですし、読書に相当な時間が取られること故、購入には慎重にならざるを得ませんからね(爆)。

でもいまは、あうわ聖大師さまから無料で読めるサイトを紹介して貰った為、この悩みは既に過去のものとなってしまいました(ニタリ)。

■Bolivi-のホームページ 『ヒマラヤ聖者の生活探究』
http://www.otc.ne.jp/~bolivi-/bungaku%20%5B0%5D%20index.html


ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻
(1969/09)
ベアード T.スポールディング

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ただ、そんなネットサーフィン中に見つけたのが、なわ・ふみひと氏のサイトで、そこでは聖者の奇跡が要領よくまとめて載っていました。

短時間に、この本の概略を知るにはもってこいの内容です。

■『ヒマラヤ聖者の生活探究』 (抜粋)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand18.html


上記の抜粋を読んだだけでも、90マイルを瞬間テレポーテーション、麦をタネからあっという間に成長させ収穫、テーブルの上に食べ物を瞬時に出す(しかも旨いw)、火事場の炎の中を通り抜ける(密教の火渡などというレベルではないw)、肉体消失.....等、奇跡のオンパレードで、書評である「千本の映画を見るに値する」というのは、決して大げさな表現ではないという感じです。

この本に出てくるヨギ(エミール師)の能力は凄いです。

■「テレポーテーション、あるいは人体消失の謎」(X51.FILES)
http://x51.org/x/04/02/0554.php


でも、こういう奇跡的能力「シディ(神通力)」って、本当に存在するのでしょうか?

何もないテーブルに食べ物を出すことや瞬間移動には、とても心惹かれます(笑)。
(心おきなく、ケンタやコーラ、スイーツが食べられるぞ! ん?聖人は肉食をしない?)

イエスもこういった能力を持っていて、水上歩行、病気直し、水をワインに変容、5000人に与えた尽きないパン、ドアも開けずに部屋に入ってくる....等、その奇跡の記述は聖書の中にたくさんありますね。そういえば、真我覚醒者・上江洲先生も、眠らない、食事を取らない、体が透ける、瞬間移動、服が汚れない....等といった奇跡的現象を頻繁に起こされています。

「内在の神」に繋がると、こういった能力が得られることは、表現は違いますが、密教や仙道、その他の文献でも語られていますので、シディ(神通力意)が実際に存在するのは濃厚だと思っています。ただ、いまだ目にしたことがない為、確信を持てないでいるだけです。

下の動画はラスベガス在住のマジシャンChris Angelのものですが、彼ら大師はこういったことが何のトリックもなく、現実に引き起こせるのでしょうね。この動画、古聖が行ったという奇跡現象を視覚的にイメージするには、とてもいいと思います。


(空中浮遊  普通は極細ワイヤーを使うが、郊外では。。。。)



(水上歩行 透明プラ板歩行でもワイヤー牽引でもなさそう う~む)



(物体通り抜け ガラスが下に動いているのかな? う~む)



(瞬間移動 双子を使っているのかもw でも、隠れるとこないじょ)



(水からビールに変容 イエスもびっくり!)



(物質変容 あのジュースが。。。。。)



(女性の急速成長 テーブルの上というのが怪しいw こんな感じで麦も生長した?)



(物体消失・貫通 これはもうなんちゅうか。。。。。。本中華w)

もしかして、エミール大師は、本当は偉大なマジシャンだったのかもしれない(爆)

それにしても、Chris Angelのマジックは超絶です。
まったくトリックが分かりませんねぇ(爆)。

ヤッズ★の中では、

Chris Angel>>>セロ>>>マリック>>>ゼンジー北京
 ですw

インド街頭でストリート・マジックをしている者たちを指してエミール大師はこういいます。

「ああ、これはインドでは別に珍しくもありません。この連中は行者とか魔術師とか催眠術者とかいわれていて、その名前どおりの連中です。しかしその術の底まで見透せる人はめったにおりませんが、これには深い霊的意義があります。いつかはその中から何かしらよいものが出てくるでしょう。今やっているこの見せものは、いつか芽生えてくるそのよきものの影にすぎないわけです。こういう現象を説明するために、いろんな考え方がたくさん出てきましたが、本当の意味を探り当てたものはどうやら一つもない様です。それもその筈で、真理はその奥にあるからです」

いつかはその(マジック、マジシャン)中から、何かしらよいもの(能力?人?)が出てくる!!!!

Chris Angelは、本当はシディ(神通力)を使っているのかもしれません(爆)


(おまけ)

モノホン

あうわ聖大師のブログを読んでいたら、この本が紹介されてました。
実は、この本、狙ってたんですよね~。

ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻
(1969/09)
ベアード T.スポールディング

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この本、なんと今から111年前(!)に出版された内容です!
精神世界の古典的名著と言われている本です。

ただ、1冊約2500円、しかも全5巻を通しで買うと、1万2500円程の出費となります。
(5冊セット購入なら、割引で1万円弱)

これはチト懐に痛いですねw

まぁ、ワークに参加すればこの金額だけでは到底済まず、ワーク以上の効果がある(!)といわれている本なので、これはこれで安価と捉えるべきかもしれません(苦笑)。

『マスターの教え』を読み、マスターどこかにいないかな?と思っていた時に、この本が紹介されるなんて!!! これは天使から蹴りを入ったか?

もう、買っちゃおうかしら(笑)

111の数字のゾロ目の意味する内容は、
「この組み合わせは、チャンスの扉が開こうとしているサインです。
そしてあなたの思考が記録的な速さで、具体的な形になっています。」
という天使からのメッセージだという解釈もありますしね(爆)。

で、この本と下の『あるヨギの自叙伝』は、精神世界では双璧をなすとても有名な本です。
(この本も狙っているのだが、1冊4500円とさらに高いのだw)

こちらももヨギ(ヨガ行者)を題材にした本で、両書を読むとヨギの世界がより深く理解できるそうです。
「千の映画を見るにも勝る」「もし予算と霊性が許すならば、両書を手に入れるのは<宝石を買うにも等しい>」という評価があるほどです。(う~む、これも買っちゃおうかなぁ。。。。。)

あるヨギの自叙伝あるヨギの自叙伝
(1983/09)
パラマハンサ・ヨガナンダ

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最近、『セスは語る』(50年前)、『マスターの教え』(70年前)、『イット・ワークス』(80年前)...等、いづれも50年以上の古い本ばかりを読み漁っています。50年以上前のものだと内容が古臭いのでは?と先入観で思っていましたが、そんなことは全くありませんでしたね。

むしろ、ものすごく新鮮でした。

お馴染みの「思考が現実化する」というニューソート思想の源流は、まさにここにあったんではないかと思える次第です。(以後の本は全てパクリか?)

セスは語る―魂が永遠であるということセスは語る―魂が永遠であるということ
(1999/06)
ジェーン・ロバーツ、ロバート・F・バッツ 他

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マスターの教えマスターの教え
(2001/06/22)
ジョン マクドナルド

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イット・ワークス 夢をかなえる赤い本イット・ワークス 夢をかなえる赤い本
(2005/03/18)
RHJ

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(この本は、まだ買ってないですが、とてもいいと聞いています。)


いいものは、本当にいいのです。

時が経つにつれ、その輝きが失われることなく、当初の輝きをずっと保ち続けているのは、やはり凄いというほかありません。下手な本を読んで惑わされるよりか、最初からこういった本を読めばよかったなぁと思っています。

スズキ『KATANA』やDURALEX 『ピカルディー』...等のように、プロダクトされた時から既に完成された美を醸し出す「パーマネント・デザイン」といわれているものがありますが、上記の書物もこれと同じように、生まれた時から既に完成された状態であったのではないでしょうか!

人はそれを「本物」といいます(爆)。

katana250.jpg
(ハンス・ムート・デザインの名車『KATANA』 今でも作っているのだろうか?)


DURALEX ピカルディー 220cc 6個セットDURALEX ピカルディー 220cc 6個セット
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(ピカルディーは我が家で使用中。そのけ堅牢さ、重ねが効く合理性、どこをとっても◎)


最近、こういった年代物の名著・良著といったものに目を向けています。

長い年月に渡って読み継がれてきたものは、決して古くならないコアものがあるのですね。
まぁ、その最たるものが聖書なのですが、、、、(笑)

逆に、スグに陳腐化してしまうものは、PC関連を筆頭にした技術的な分野です。
ドック・イヤーと言われるほどに、スグに輝きを失ってしまいます(涙)。

こういった現在でも通用している過去の名著に学ぶということは、「現在」を頭と見て「過去」という尻尾を噛んでいるような感じがしなくもありません。なんだか最近「ウロボロスの蛇」のような展開になっているなぁと自分ながら思っています(笑)。(単なる懐古趣味ではありませんw)

250px-Ouroboros.png
(不死の象徴「蛇」が尻尾を咥えて「無限」の意味となる。記号「∞」はここから作られた。)

まぁ、実際に過去は現在と一直線で繋がっておらず、平行して存在しているという「変換人」的立場からも、別に過去に書かれた書物だからといって価値が低いということはなく全くの等価であると思います。

こういったスピ的内容は、ナポレオン・ヒルやカーネギーのような数々の自己啓発本を通して、今でこそ一般的(?)な知識として知られていますが、上記の本たちは、初めてこういった内容を世に問うた為か、非常にピュアで、シンプルで、心に響くダイレクトさを持っています。後の世の本が独自性を確保するために、独自の用語を作り出し説明するのと違い、どれもシンプルで分かりやすいのです。だからこそ、現在著述されていりものより遥かに尊く輝き続けているのだと思います。

本物を見分ける能力。。。。「違いの分かる男」になりたいものです(爆)。

それには、こういった長い年月に晒されても輝きを失わないものに日頃から親しむことで、それが育成されるのではないでしょうか。



(「ヒマラヤ聖者の生活探究」全文掲載サイトは下記へ)

続きを読む

The MOSES CODE

さくらさんからコメントで知ったのですが、今、「The MOSES CODE」というものがあるそうですね。

実は、あの大ヒット作「The Secret」のスピリチュアル・ティーチャ達が再び結集して作ったのが、この「The MOSES CODE」だそうで、このことからも、「The Secret」の次は「The MOSES CODE」だといわれる所以です(爆)。

「バイブル・コード」や「ダビンチ・コード」のように、この映画や本では願望実現について、何かトンでもない秘密が暴かれているのでしょうか?

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The Moses Code: The Most Powerful Manifestation Tool in the History of the WorldThe Moses Code: The Most Powerful Manifestation Tool in the History of the World
(2008/03)
James F. Twyman

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「引き寄せの法則だけでは、何かが足りない!」

うわぁ~、これは2匹目のドジョウ狙いか???

前回「The Secret」の方法では、本当の引き寄せが出来ないということか???
何故、前回で完全に教え切ってくれないのだぁ。。。。。。(ケチ!)

と一瞬、憤りを感じたヤッズ★ですが(笑)、この「The MOSES CODE」の作者であるジェームスの意図について、簡潔に書かれた素晴らしいブログ記事がありましたので、ここにご紹介します。

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2006年、数百万人が映画「The Secret」に沸き立ちましたが、ジェームスはこれを実際に使ってみて、なにかが足りない......深い所にまだ明かされていない何か重要なものがあると感じたそうです。

既存の引き寄せの法則は”get(得る)”にフォーカスします。魂の動機は”give(与える)”なので、完璧なる引き寄せにはgetとgiveの両方が必要と彼は言います。

(途中略)

「The Secretの法則は、ポジティブ/ネガティブどちらにせよ、私たちが全てを創造できるということに気づくための最初のステップにすぎない。It's only the beginning.人類がこのコードを使うならば、最も素晴らしい祝福があなたがた自身の人生にもたらされると同時に、この惑星を変容する力をも持つであろう。人生に霊的祝福を引き寄せるであろう。」

MOSES CODEとは、3500年前にイスラエルの民をエジプトから解放するために神がモーセに与えたもので、このコードを使ってモーセは数々の奇跡を起こしたということです。

以来ずっと忘れ去られていたこのコードを3500年ぶりに今度は「あなた自身を自由にするために」使いましょうとJames Twymanは著書「The MOSES CODE」に書いています。

ジェームスがMOSES CODEの存在に気づいた時、このコードが本当に有効かどうか、自ら実験してみたそうです。その頃彼は「The Art of Spiritual Peacemaking」という本を執筆していたことから、この本がAmazonで発売される日に売り上げチャートの1位になるかどうかでその有効性を見極めようと決めてMOSES CODEを使ったそうです。

そして当日...... 本当に1位になったのです。

■みんな元気になぁ~れ(コユキさん)
http://h2o-ami.seesaa.net/article/89839243.html
http://h2o-ami.seesaa.net/article/89590434.html

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おおっ、アマゾン1位達成ですか。。。。。。。。。凄い!

モーゼといえば、紅海を2つに割ったり、空中からマナという食べ物を降らせたり、奇跡的な現象を起こした人としても有名ですね。願望実現のグレート・マスターといえるほどの力量です。

moses-parting-red-seaSS.jpg


この秘密のコード、とっても気になりますw
いったい、どんなコード(暗号)なのでしょうか!

「The MOSES CODE」は、「真の引き寄せ」「魂からの引き寄せ」について伝えるもので、今回、世界中で4日間だけの期間限定上映(4/4大阪、4/7東京の2会場のみ)したそうです。

ヤッズ★は昨日このことを知ったばかりで、鑑賞する機会には恵まれませんでした。
まぁ、名古屋で上映しない限りは、実際、見られないわけですが。。。。(残念)


(お馴染みの顔がいっぱいおっぱい。。。。。ジェームスよ、髪の毛は引き寄せられないのか?)

で、この「The MOSES CODE」の内容は、旧約聖書で語られるモーゼの奇跡の逸話を通じ、「本当にはどのように生きるべきか!」「本当に引き寄せる必要のあるものは何か!」について解き明かしているのだそうです。

そして、キーワードはズバリ!

I am that, I am (私はそれであり、それは私である)

この場合の「それ」には、「あなた」でも、「彼」「イス」「机」「う○こ」でも、外界にあるものを何でも当てはめて考えてOKだそうです(笑)。

うっ、これがコード(暗号)なのか!!!

ちなみに、この言葉は旧約聖書のモーゼ五書の1つである『エクソダス(出エジプト記)』に書かれているとても有名な言葉 「I am that I am」に対し、2つ目の「I」の前にカンマが付けられている状態です。

ここにカンマを打つのが、暗号解読の鍵だったのか?

日本では、「I am what I am」(我は在りて在るもの)という表記や訳が有名です。一方、英国国教会の典礼で用いるために編纂された荘厳で格調高い文体を持つ欽定訳聖書(King James Version)では、「I am that I am」と書きます。作者ジェームは自分の名と同じであることから、この古めかしい欽定訳聖書の方の言葉を採用したのでしょうか(笑)

聖書の神を「ヤハウェ 」「エホバ」と言うのは、この 「I am who I am」 の元となるヘブライ語を英語のアルファベット表記した「YHWH」から来ています。

すばらしい YHWH!


ん? なにか違う?(爆)

これはYMCAの間違いですが(爆)、この曲を唄う「ヴィレッジピープル」は実はゲイのグループです。YMCAというのは、本来は若者向けの安価に泊まれる宿泊施設なのですが、若い男性(ヤングマン)ばかりが大勢宿泊するという事でゲイが集まるようになり、やがてはその筋の人々の巣窟のようになってしまったという、つまり、そういう意味があるスラングです。彼らの聖地ともいえる「YMCA」を「最高!素晴らしい!」と歌っている賛美歌なわけです。

おっと、また話が横道にそれてしまった。。。。。。

「The MOSES CODE」の解説では、この言葉の真意は、「全ての思考は自分に向けられている」と語られます。それは、自他を区別出来ない潜在意識からもいえることで、他人を批判すると、それは自分に向けていると判断される。逆に他人を褒めることは、自分を褒めていることになる。この辺は「マスターの教え」の「全てを私として扱う」という内容とも重複してきます。

自分で自分を褒めてあげたい

ふふふ、これは「有森コード」ですw

何故か、急にこの言葉が自然と沸いてきました(爆)。
ならば、他人や周りのものを褒め称えよ!ですかね。

そういえば、「I am What I am」といえば、70年代にドナ・サマーと並ぶディスコ・クイーンとして君臨したGloria Gaynor(グロリア・ゲイナー)が唄う「I am What I am」(1984年)という曲があります。今でもカバーされ続けている名曲「I Will Survive」(恋のサバイバル)の歌手といえばわかるでしょうか。ディスコ・ムーブメントを常に支え続けた大物歌手です。

この曲、多分、聞いたことがあるでしょう。



■I am what I am (Gloria Gaynor)

I am what I am (私は私)
I am my own special creation (私は私という特別な存在) 
So come take a look (だから、来て、ご覧なさい)
Give me the hook (私をお払い箱にするか)
Or the ovation (大喝采をちょうだい)
It's my world (これが私の世界)
That I want to have a little pride (これにはわずかな誇りを持っていたい) 
My world (私の世界) 
And it's not a place I have to hide in (でもそれは私が隠れなければならない場所じゃない)
Life's not worth a dam (人生は悪態をつく価値もない)
Till you can say (あなたが言えないかぎり)
'Hey, world, I am what I am' (「どう?私は私なの」と)

【間奏】

I am what I am (私は私)
I don't want praise I don't want pity (賞賛もいらないし、憐れみも欲しくない)
I bang my own drum (私は自分の太鼓を叩く)
Some think it's noise I think it's pretty (人が騒々しいと思う音が、私にはステキに思える)
And so what if I love each sparkle and each bangle (私がそれぞれの輝きや飾りを愛するからといって何だというの) 
Why not see things from a different angle (なぜ物事を違った角度から見ようとしない) 
Your life is a shame (人生は恥だ)
Till you can shout out loud (あなたが大きな声で叫び出せない限り)
'I am what I am' (「私は私」と)

【間奏】

I am what I am (私は私) 
And what I am needs no excuses (私であるために、何も断りはいらない)
I deal my own deck (私は自分の札を切る)
Sometimes the aces sometimes the deuces (ときにはエース、ときには2の札)
It's one life and there's no return and no deposit (1度きりの人生、戻ることも人にあずけることもできない)
One life so it's time to open up your closet (1度きりの人生、だから今こそあなたのクローゼットを開けて)
Life's not worth a dam till you can say (人生は悪態をつく価値もない、あなたが言えないかぎり) 
'Hey, world, I am what I am' (「どう?私は私なの」と)


この曲では、 I am what I amを「私は私」と訳していますが、英語の意味はこれが一番近いと思います。「私は私」「カモメはカモメ」以外の何者でもありません(爆)。この曲が「我は在りて在るもの」なんていう高慢な意味で唄っているのなら、唄っている人間を後ろから行って殴ってやりたい衝動に駆られます(笑)。

ただ、神がモーゼに誰であるか問われて「私は私」と答えている場面を想像すると、これはなかなかトボケた会話のようであり、オモロイなぁと思いますね(爆)。

よくよく考えてみれば、「我は在りて在るもの」という汎神論的で格調高過ぎる表現は、実に日本的アニミズムに満ち溢れ、バイアス掛かり過ぎの「名誤訳」ではないかと思える次第です。

ホントは、もっとシンプルで素朴なんじゃないでしょうか!

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