韓国女優3

韓国女優シリーズも、はや3回目です(笑)。

今回の美女はキム・ヒソンさんです。
彼女もいいでしょ?

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生年月日 1977年2月25日
出身地 ソウル江南区
身長・体重 168cm、45kg
血液型 O型

韓国屈指の美女といわれ、中華圏でも人気が高い。

その美しさゆえ男性ファンの圧倒的支持を受けており、さらに女性からはファッションリーダとして羨望のまなざしを受けつづけている。

↓彼女のCMはここで観れます。
■韓コマ!(韓国CMサイト)

ワニ & ジュナ ~揺れる想い~ ワニ & ジュナ ~揺れる想い~
キム・ヒソン (2004/07/02)
ハピネット・ピクチャーズ

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ひまし油温熱湿布

アメリカの眠れる予言者として有名なエドガー・ケーシーが、そのフィジカル・リーディングの中で絶賛してる「ひまし油温熱湿布」という民間療法があります。

2年前、ヤッズ★は体調が非常に悪くなったとき、藁をもすがる思いでこれのお世話になりました。

どのくらい悪化したかというと、もう立っていられない程で、自動車に乗ってもその振動も体が耐えられなかった。
そして、それが毎日日増しに悪化していったのです。

じゃ、ひまし油を使って温熱湿布をしたらどうなったか?

結論を先に言ってしまうと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは非常によく効きました。

ジンワリ効いてきます。
そして日ごとに体力は回復していきました。
しかも本当に気持ちが良く、施術中はそのまま眠ってしまいます(笑)。

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ひまし油は、昔から西洋では『キリストの御手(パーマクリストス)』と言われている程、治癒効果がある油だそうです。
(自分の体験からもこれは納得です。)

「材料は唐胡麻の種子。圧搾法または圧抽法で得られる不乾性油」
(まあ、ゴマ油の親戚みたいなものか。)

特質は、粘度が非常に高く、低温下、高温下、いづれにおいても高い流動性を保つため、潤滑油、作動油しても使用されています。

また、旋光性に富み、またアルコールに溶解し、石油系溶剤に溶けにくいなど、他の植物性油脂にみられない大きな特徴があります。

英語名:Castor oil。ちなみに、ポパイの恋人オリーブ・オイルの兄はCastor oyl(笑)。



温熱湿布は、冷圧搾されたひまし油をフランネルにたっぷり染み込ませ患部にあてがいます。

そして、その上から温熱ヒーターで約1~1.5時間くらい湿布。
しかし、あまりに「気持ちいーい♪」ので長く湿布していると低温火傷になってしまいます。

くれぐれも注意してください。
今考えると、買うならタイマー付ヒーターの方が良かったかな。(ちょっと高いけど...)



この冷圧搾というのは、精製や溶剤を使って抽出せずに、自然のまま圧搾機で絞り出す方法です。

未精製で香料などの添加物が一切入っていないものは、なかなか日本では簡単に手に入りません。
よく薬局に香料入りの小瓶のものがありますが、あれは下剤として使われているものです。



自宅で施術する場合に非常に厄介なのは、ひまし油はものすごく粘度がありることです。

ありすぎるくらいです。
だから、水で拭いただけではネチョネチョ感が取れない。
ホントにすごいんですよ!ヤッズ★はもう下着についても、気にしないでやってましたが....。

そこで温湿布後、重曹を水に溶かしたもので患部の油をきれいに拭き取る必要があります。



ケイシー療法は効く、効かない、とかの賛否両論あります。

しかし、ヤッズ★に関して言えば「ひまし油温熱湿布」は体調悪化に非常に治癒効果がありました。
しかも、ひまし油はこの温湿布とは別にもっと驚くべき治癒効果があったのです(涙)。

これは次回にお話しします。

■ケイシーグッズ.COM

韓国女優2

ハン・イェスルさんをご存知ですか?

先の韓国女優ハン・チェヨンさんを調べているときに偶然みつけました。
この写真にも一発KOされました(笑)。

[本  名] キム・イェスリ
[職  業] モデル,俳優,タレント
[生年月日] 1982年9月18日 生まれ
[身長体重] 168cm 46kg
[血 液 型] A型

韓国女優界はホント美女の宝庫ですね。

そしてイェスルさんもチェヨンさんも同じ9月生まれ。
ヤッズ★は、好きになる人が9月生まれというのが本当に多いので、これにもビックリです。

彼女は、今のところ映画の出演もなく、もっぱらTV司会やドラマ出演をしています。
代表作は、特撮ドラマ「九尾狐外伝」があります。
(先日アップしたばかりの記事「写輪眼」で紹介したNARUTOは、「九尾の狐」が体内に封印されている。ここでもシンクロ発動か?)

まだ日本では無名に近いので、今後の活躍を暖かく見守っていきたいと思います。


彼女の美しさを際立たせるために、写真も超特大にしてみました(笑)。

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幻視(心的映像の投影)

「実現くん」WEBで、絶賛して紹介されていた安田隆著『何にでもすぐ効く「気」のコツのコツ』という本があります。

この本の「レッスン39-脳を拓く!-残像トレーニング」(170P)に、白い紙を使って目の前に漆黒の残像を出し、その残像の中に問いの答えや映像を見るという方法が載っています。

何にでもすぐ効く「気」のコツのコツ 何にでもすぐ効く「気」のコツのコツ
安田 隆 (2003/10)
講談社

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慣れないうちは、白い紙を見ているだけでは残像がなかなかハッキリ見えないかも知れません。

そこでヤッズ★は、簡単にもっと強力に残像が見える方法を考えつきました。

・・・・・・・それは直接光源を見ることです。

ただし、あまり照度が高いと眼を傷めますから、光は弱目にしてくださいね。

こうすれば、本当に簡単に残像が見えます。

この方法はパソコンモニターの画面表示を白にして、数十秒それを凝視するという風に少しアレンジも可能ですね。

また、岩塩ランプの光源を凝視する方法もありです。

ヤッズ★の場合は、パソコンモニターの前で白い画面を凝視している姿を家人が見たら怪しく思うだろうと考え、毎日入浴時に湯船に浸かりながら風呂場の電灯で試しました。

そしたら、ある日見えたんですよ。

(何が?)

映像ですよ、映像!

そこに存在しないものが見えたんです。

(おまえ、頭、大丈夫か?)

その映像ってのが、外人の女性が鏡を見ながら髪をブラシで梳いているところなんですね(笑)。

まるで映画「リング」です。

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見るコツとしては、電灯の中央部にオレンジ色の光点があるんですが、そこを3D立体写真を見るように凝視するんです。

凝視法は平行法と交差法がありますが、どちらでもかまいません。

そして意識を意図的にボンヤリせるていると、そのうち周りの景色が補色反転して生気の無い緑色になったり、歪んで見えたりしたします。

こうなったら、あと少しです。

意識をもっと薄らボンヤリとさせます。

すると、光点に重なるように映像が見えだします(笑)。

最初の頃は、光点のオレンジ色の単色でしかも非常に小さくしか映像が見えなかったのですが、やがてカラーでより大きく見えるようになりました。

これは光点を見続けることで、補色反転した残像が脳内スクリーンにある種の暗部ゾーンを作り、そこに心的映像(妄想、夢)を写し出しているだけと思います。 
 
丁度、映画の上映中に客席からスクリーンに向け懐中電灯式の投影機でピンポイントで照らして別の映像を投影している感じと例えたら、わかって貰えるでしょうか。

まあ、部分的に見る白日夢みたいなものでしょうか。

人は起きてきても、脳内では微かな夢を見ているのかもしれません。

残像により現実世界のある部分が表示されない状態になった時、そこに映像(=夢、妄想)が見えているだけだなのでしょう。



この仕組みは水晶球を使った占いとして応用されています。

水晶占術者は、自己の脳内映像を脳内スクリーン上の水晶球の占める位置に投影し、その像を見ているのであって、決して水晶球が未来の映像を映し出しているのではないのです。

投影された映像が未来の情報ならば問題ないのですが、占術者の脳内妄想が単に投影されているだけである可能性も否定できないということです。

だから、あまり占い結果を信用し過ぎるのもどうかと思うんです。

ヤッズ★は、時間は虚構で過去・現在・未来は、今ここに同時に存在していると考えていますから、未来を見ることは決して不可能とは思っていません。

ただ、個人の妄想レベルではない非常に精妙な波動を投影することになるので、すべての術者がこのレベルに達しているとは思ってはいません。

しかし、ごく少数ではあるが、可能な術者もいると考えてます。

こればかりは、その術者の評判等で推し量る以外にないかと思います。

幽体離脱

幽体離脱を体験したことがありますか?

ヤッズ★は意図的に2度体験できました。

本当に幽体が体外に出て行ったかどうかは別にして、いわゆる体外離脱体験(OOBE)というやつです。

体外離脱体験を意図的にする方法は、非常に簡単です。

それは、寝る前に「動機付け」するだけです。
具体的には「さあ体脱するぞ」というアファメーションを毎日寝る前に行い、あとは眠りにつくだけです。

非常に簡単でしょ(笑)。

でも、成功率は高くないです。
大方は眠りに落ちてしまい、意識がなくなり爆睡してしまいます(笑)。

ヤッズ★は2ヶ月間、毎日このアファメーションを寝る前に実行し動機付けを行い、やっと体外離脱できました。


体脱までの流れは、

 ・眠りに落ちる時、微かな意識を持ちながらえる。←ここが動機付け有効!
   ↓
 ・体全体が激しく振動しだす。
   ↓
 ・体から抜け出る感覚を体験。
   ↓
 ・夢の世界で自分の意のままに行動が出来る。


体外離脱した世界はうっすらと青白く視界もハッキリしませんでした。
体脱の先達によると、体験を繰り返すことでよりハッキリ見えるようになり、リアリティーが増していくとのことです。

今は、あまりの成功率の低さにもう真剣に取り組んではいません。
でも、明晰な意識を持ったまま夢の世界を彷徨う体験は、とても楽しいことだけは保障します。

機会があれば、また真剣に取り組んでみたいです。

師匠筋のWEB
■体外離脱訓練日誌
■楽しい体外離脱


Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.
常識とは、18歳までに積み上げられた偏見の事である。(アルバート・アインシュタイン)

韓国女優1

韓国の映画スター、ハン・チェヨンさんをご存知ですか?

この写真は、韓国古典『春香伝』を現代劇に仕立てた韓国美少女ラブコメ『怪傑春香(かいけつチュンヒャン)』の日本初のファン・ミーティングの時のものですが、ヤッズ★はこの笑顔の写真に一発でノックアウトされました。(笑)

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本名:キム・ジヨン
生年月日:1980年09月13日
身長:172Cm、体重:47Kg、血液型:A

初々しい顔とハリウッドスタイルのセクシー美。

172cm、35-25-35の完璧な8等身のスタイルですぐに人々の視線を捕らえるハン・チェヨン。

アメリカマテル社から「ニューフェースバービーガール」に選定されるくらい公認を受けた外貌で、美人たちが多い芸能界でも断然注目を浴びて、話題の中心に浮び上がったシンデレラガール。

資生堂のマシェリのCMでタッキーと共演。
現在、『怪傑春香』は東京MXTVで放送中。

別名『百万ドルのボディー』


ひゃ、ひゃくまんどる・・・・・・いったい、どんな体なんだ!
かつて、『600万ドルの男』というTVドラマがあったが、彼女もバイオニックメカなのか?
だったら凄いぞw。

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上の写真とは別人みたい。でも、どちらの写真も超可愛いですね。

北京My Love BOX 2 北京My Love BOX 2
キム・ジェウォン (2005/10/28)
レントラックジャパン

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太陽を食べる

食べ物を食べないで生き続ける男がインドにいるそうです。

彼は少量の水分補給以外、朝夕じっと太陽を凝視(Sungazing)するだけで8年間以上生活しているとのことです。まさに太陽を食べる男です。

太陽を食べる男

世界には彼のような不食の人が3000人ほどいるそうで、この前TVでは、彼(太陽を食べる)と日本女性(青汁のみ)とロシア女性(土を食べる)が紹介されていました。

ロシア女性のように土を食べてまで生きたくはないですが(笑)、人間にはこのような能力までそなわっているかと思うと、本当に驚嘆します。

あるいは「神との対話」でも述べられているように、「現実は虚構で幻のようなものである」からこそ、このようなことが可能なのではとも思えます。

いづれにしろ、これらの事実から「現実って一体...、人間って一体...」と考えさせられた一件です。

■太陽を食べる男 NASAが研究へ
■人は不食で生きられるか
■ジャムパンだけで11年間生きている少年(英)

この不食はエンゲル係数の高い我が家にとって、究極の武器になるかもしれません。

写輪眼(しゃりんがん)

アニメ「NARUTO-ナルト」が今だ大人気だそうで、5月の連休に子供と一緒にナルト忍者ドームに行って来ました。

でも、そこは2時間待ちの凄まじい行列(!)。

で、そんなに人気のあるアニメとは一体どんなものかと思いCATVで再放送を始めたばかりのナルトを見始めたのです。

NARUTO (巻ノ28) NARUTO (巻ノ28)
岸本 斉史 (2005/06/03)
集英社

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確かに、これは世界的に人気が出るのも納得のアニメですね。

ストーリーは、忍者の里の長(火影)になりたい落ちこぼれの下忍(うずまきナルト)の成長を描いています。トラゴンボールのような格闘シーンと忍者という設定が受けているんでしょうね。

発行部数は、ニール・ドナルド ウォルシュ著「神との対話」が500万部、今話題の「ダビンチ・コード」2000万部に対し、「NARUTO」は6000万部(!)。

いやはや凄まじい人気ぶりです(笑)。

このアニメにカカシ先生というチームリーダーの上忍がいますが、この人の左目が「写輪眼」という雷太鼓のマークが3つ付いたような赤い眼をしています。写輪眼というのは、一度見たら相手の忍術を写し取ってしまう凄まじい洞察眼で、今で言うフォトリーディングのようなものでしょうか。

今、この「写輪眼」って言葉に非常に惹かれています。

自分もこの写輪眼のような能力が欲しなと思っていたら、あるんですねこれが、売ってるんですよ。

nikelenses1_fSS.jpg

その名は「マックスサイト」。ナイキとボシュロムが共同開発した青色光を90%カットするカラーコンタクトレンズ。この青色光をカットすることで物の輪郭がもっとクッキリ見えるそうです。

赤い色のアンバー色もあるそうで、まさに写輪眼。

実際、これを付けたらゴルフのスコアがよくなったって話もあるし、片目6枚で60ドルならそんなに高くはないかな。

でも、遊びにお金出してまで買いたくないぞ(笑)。

■NIKE VISION (MAX SIGHT)

ヤッズ★は、これが欲しいので新月のアファメーションにしっかり記入しました(笑)。
そしたら、なんとフリートライアルがあるじゃありませんか!
おおっ、早くも願望実現か!早速応募しなくちゃ。

でもこれを付けて街を散策したら、結構怖いものがありますよね。

煩悩エンジェルズ

フルスロッルといえば、「チャーリーズ・エンジェルズ フルスロッル」って映画がありましたよね(古い)w

この映画はいまだ見ていないのですが、ヤッズ★は初代エンジェル「ジル」役のファラ・フォーセットに子供ながら心ときめかせ、放映を毎回欠かさず見ていました。

笑った時の白い歯がとってもチャーミングで印象に残る女優さんです。

彼女はあの白い歯を覗かせた口元で一世を風靡。最高視聴率60%を記録し爆発的な”ファラ現象”を巻き起こし、あれよあれよと言う間にスターダムにまでのし上がってしまった。

今考えてみても、口元を上げることは本当に幸運を呼び寄せるものだと妙に納得。

さらに爽やかな白い歯を覗かせればもう敵なし、きっと奇跡が起こること間違いなしです。

「口元を上げる」+「歯を覗かせる」は最もパワフルな開運法......ですよね!

サンバーン サンバーン
ファラ・フォーセット (2003/12/21)
ジェネオン エンタテインメント
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で、こんどはエンジェル繋がりの話です。

必要なときにスピリチュアルな存在に助けを求めると、どんな困難からもあなたを守り救ってくれるという「天使パワー」を使って、願望実現するパワフルな方法があるらしいです。

早速、ヤッズ★は3人の強力なエンジェルを作成(召還)してみました。



まず、リーダー格の第1のエンジェル「ファラエル」です。

彼女は投資、投機、ギャンブル等の全ての金運を受け持ちます。
長く柔らかな金髪が自慢のブロンド美女です。


次に、第2のエンジェル「アヤエル」です。

彼女は癒し関係、対人関係、語学関係を専門に取り扱います。
ショートヘアでパッチリした目をした東洋系のとっても可愛い美女です。
7ヶ国語を自由に操れます。


そして最後に、スポーツ、健康を司る第3のエンジェル「シャラポエル」です。

彼女は卓越した運動能力と動体視力を持つスラりとした、これまた絶世の美女です。
駐車場の場所取りや交通渋滞時は、まさに彼女の出番です。


彼女たち3人の力を借りて、ヤッズ★は煩悩実現に邁進します。
なんかパワーパフガールズみたいになってきたぞ。(笑)

■英語原文1

The Message of a Master


The Message of a Master
By John McDonald
Copyright 1929, by A.D.McDonald
All Rights Reserved


■To The Reader
The following pages are the result of a series of notes collected and set down in the form of a story and a system of practice, which accounts for the style of arrangement.

The sequential order as originally received has been carefully adhered to that its value to the reader might not be lessened.

It sets forth no creed or dogma, but teaches in a clear,understandable, simple way, step by step, a practical,workable procedure based upon Divine Law, for the mastery of environment and conditions.

Surely, there is an unexplainable “something” within its pages which carries a wonderful power for helpfulness and which saturates the reader with a dynamic realization and conviction of what it teaches.

This is not a volume to be hurriedly or superficially read.

It must be studied in order to gain the priceless wisdom which it contains. Therefore it is strongly urged that, after having been read through once or twice, it be given the slow, deep, deliberate study which has proved to be the profitable way with a work of this kind.

Read it as though it were a message directed to none but yourself.

Try to reason out each proposition to your own satisfaction and to get the spirit behind the words.

Then apply its teachings to fit your own individual nature and understanding.

During your perusal of these pages should any ideas occur to you concerning your work or ambitions, it is well to lay the book aside for a few moments and meditate upon them.

Many profitable ideas have come to readers in this way.


■Chapter I
Presuming that there are many who are just as skeptical concerning things bordering on the extraordinary as I have been practically all of my life,

I offer the following story and system of practice to each reader for what it is worth, with the suggestion that he take it or leave it, just as he sees fit.

It was Saturday afternoon and I had returned from a late lunch.

The help had left for the day and I was alone.

My business had dropped off considerably of late and while conditions were not alarming, yet they were sufficient to cause me some concern.

Then again, I had recently indulged in some real estate speculation which had not proved successful.

Taking it all in all, it was not a very cheerful outlook.

In fact the most serious problem of my business career was up for solution.

Sitting there in deep thought in an effort to discover a way out, I was aroused by the telephone bell.

Placing the receiver to my ear I was startled at hearing the familiar voice of my old friend, David Bentley.

It required no great stretch of the imagination to believe it a voice from the dead, for less than a month before he had left for Europe on the urgent advice of his physician to take an ocean voyage, preferably,but get away somewhere, in the hope that a change would effect an improvement in his condition, which was a serious breakdown, due to worry over conditions which, strangely, were similar to what I was now experiencing.

As he spoke, his voice carried such striking power and feeling that I was reminded of my last impression of Dave as we sorrowfully parted with him, a miserable shadow of his former self, and we questioned as to whether we would ever see him again.

But here he was back again, and surely some great change had taken place in him. Remarking that a miracle must have happened, he assured me that I had guessed about right, adding, “Tom, I know that you are puzzled over my early return and I also know that you never expected to
see me again.

But I’m back and I’m the luckiest man in the world, for I learned something that I never knew existed.

“Tom, nothing is impossible with me any more, for I can do anything. I am master of my own destiny and I can make my life anything that I wish it to be.

“Oh, don’t think I’m crazy. Wait until you hear my story.” Feigning a laugh to cover my serious curiosity, I remarked that he must have stumbled over some newfangled religion.

To which he replied, “On the contrary, it concerns no religion of any kind or of anybody.

You see, I met a Master. A wonderful man who has so developed his powers that he can do anything, and he taught me a secret that no price could ever buy.

You know that I lost my health and I lost my wealth.

Well, I have regained my health and I will have the wealth in no time.

Oh, it’s a strange story.” Of course I became excited to see him at once and when to his
inquiry about the club I replied that there were no changes, he hung up after saying, “Meet me there at 9:00 tonight and I will unfold a series of the most remarkable and fortunate happenings that could fall to the lot of any man.”

I sat there unmoved for some minutes like a man in a dream, so completely absorbed had I become in the remarkable recital.

Upon recovering myself I became possessed of the feeling that I had suddenly grown too big
for the office.

That I had outgrown that little place.

I must get outside and expand in the fresh air.

Feverish with excitement, I put on my hat and stepped out.

Feeling that there was something wonderful for me in his story, I was seized with an uncontrollable desire to hear it at once.

I turned in the direction of his office, but recalling that he was no longer there, was forced to wait until evening.

The remainder of that day was spent in restlessly pacing the streets and I was greatly relieved when the hour to go to the club arrived.

Having resolved to get Dave away where we would not be disturbed, I entered and stepped quickly to the desk, only to be informed that he had telephoned some time before to tell me that he had been called away and would be back the following evening.

Trying to conceal disappointment and feelings, I turned quickly and was greeted by three friends who had seen him, and each was excitedly trying to tell me of the wonders that had taken place.

Miserable and disconsolate, I broke away from them without uttering a word, walked out into the night and home.

Too agitated for sleep, the greater part of the night was passed in restless confusion.

Assailed by the most illogical thoughts, I decided that the whole thing was a myth,conjured up in a mind weakened as the result of affliction.

How utterly ridiculous to allow myself to become upset by such a fairy tale. But no, somehow the thing would not go away, but kept forcing itself upon me, until in desperation I tried to console myself with the assurance that I would at any cost learn the truth or falsity of the whole matter the next day.


■Chapter II
Following instructions which I had left at the club to
be delivered to him immediately upon his return, Dave
picked me up at my home in a new, high-priced car, and we
drove out to a high way cafe. There, in a private dining
room, undisturbed by the presence of others, I had
opportunity to study my old friend.
Surely some miraculous change had taken place in
him. His countenance allowed with health and vitality and
his calm, poised bearing inspired wonderful admiration and
confidence. But while I felt perfectly at ease in his company,
I also felt the force of some presence in him that I could
neither understand nor describe. Whatever it was, it had the
effect of putting one at ease and yet had the tendency to
command respect for something one did not understand.
While I felt greatly relieved after the excitement of the
previous day, yet I found difficulty in concealing the
emotions that surged up within me, for I felt satisfied and
convinced that he had something that I sorely needed and I
had the strangest fear lest something might occur even then
to prevent my getting it.
He broke a momentary silence that seemed hours to
me by asking, “Tom, do I look any different than the day I
left?” I had to admit that he was both a revelation and a
mystery to me. He continued, “It was in a theatre in London
that I met the man, or the Master, as he is called, that I am
deeply grateful for the privilege of calling my friend. Tom,
you didn’t know that I left here determined to end it all. I
had made such a mess of my affairs. But I feared to live and
I feared to die. I couldn’t rest. To keep moving was my only
relief. I guess I was what the world would call a hopeless
case.
“As I look back upon that evening in London, how well
I now realize that my utter despondency and the intense
longing to find something to relieve me drew me and my
dear friend together. I had decided upon a regular orchestra
seat, but discovered that for some unexplainable reason I
had ordered a box and found myself seated beside my
friend. Extraordinary happenings, such as this, occur
frequently to many of us and are explained away, because of
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The Message of a Master
Page 11
our ignorance, as merely coincidences. But I know
differently now.
“I could feel that my uneasiness attracted his
attention. The wonderful radiance of his countenance
assured that he was an unusual personage and I felt an
instinctive urge to open my heart to him. The remark, ‘I am
sorely troubled,’ uttered by a character upon the stage
started our acquaintance. I replied ‘so am I,’ in just a
whisper, but my friend heard it and turning to me he asked,
‘are you troubled?’ I nodded my head in response and you
may believe me or not, but almost immediately I was at
ease. Something seemed to tell me that I had the good
fortune of being in the presence of one of those great
spiritual people of whom I had read quite a bit in earlier
years.
“I felt convinced that I had met my deliverer, and at the
close of the performance was overjoyed at his invitation to
accompany him to a nearby café. I noticed that the attention
of those in the café was drawn toward him as we entered
and that the management was noticeably respectful and
courteous toward him. Having convinced myself that this
man possessed some sort of magical power, I determined to
ask him all the questions that I could think of and with his
permission make notes of his answers.
“Learning that he was taking steamer for New York the
next day, I asked if I might accompany him, to which he
assented. At the conclusion of our talk I observed that he
merely wrote his initials on the bill and as we stepped
outside to call a cab I questioned him regarding this and he
admitted that he was not known there, as this was his first
visit to the place, but he assured me that they would be
paid, adding, ‘I did this to show you that man in his right
domain controls every situation.’ I was still puzzled, but
carried the subject no further, hoping that it would all be
made plain to me later.
“That night, as I lay in a doze, the events of the evening
kept passing through my mind and at times I found difficult
in realizing that my good fortune was real, rather than the
illusion of a dream. That night I had the first peaceful sleep
in months.”
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The Message of a Master
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Chapter III
The following morning, up early and supremely happy
and eager for what the day would unfold, I immediately
applied for a reservation on the steamer, only to be informed
that they had a full passenger list, but as I turned away,
almost heartbroken at such an unfortunate turn of events, I
was recalled by the clerk with the information that a
reservation had just been cancelled and that I might have it.
Instantly I felt forcibly struck with the thought that here
was more of my friend’s ‘magic,’ as I then called it, and I
was not mistaken, for he later admitted that he had made a
place for me. Of course, you do not understand how the
thing works, Tom. Neither did I, at the time, but I do now,
and it is oh, so simple. I believe its simplicity causes it to be
overlooked.
“Presently my friend arrived, with servant, and, as
usual, being surrounded by attendants eager to be of
service and assistance. I clung to him persistently
throughout the entire voyage, and he appeared to enjoy my
company.
“The first evening out, I visited him in his luxuriously-
furnished stateroom, for he has the best of everything
wherever he goes, and while explaining the wonderful forces
that man in his ignorance has permitted to lie dormant
within him, he gave me several demonstrations of the
powers that he has developed. He did things that were
actually astounding. He asked, ‘Why cannot you do what I
do? Why cannot all do as I do? I have no powers that you
are not endowed with. Here is my answer. Because of my
knowledge of Universal Law, I have developed the God-given
powers within me, while you, in your ignorance, have been
dissipating and scattering yours. All men use the same
power, for in all the universe there is but one power. This is
self-evident, as you shall see.’
“Continuing, he said: ‘the great masses of humanity
are using the Law destructively, or partially so, and the
scales are balanced against them. Here and there, among
the masses, we find an occasional outstanding figure who
has achieved greatness or success and he is erroneously
singled out as lucky or as a genius, when the fact is that he
has made use of the Law – whether knowingly or
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The Message of a Master
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unknowingly, it matters not – at least sufficiently to have
the scales balanced in his favor. How plain this is to the one
who knows.’
“Before the discovery of the law governing the use of
electricity this great force was lying dormant throughout the
universe, at least as far as man’s knowledge was concerned.
He had first to discover the law before he could turn it to his
advantage. Just so with this Universal Law.
“‘Happiness is man’s rightful heritage. It is the
summum bonum of his aspirations. The very soul of man
cries out for happiness, but he misinterprets it in terms of
money. Why? Because money is a means to an end. It is the
motive power which drives us on in our quest for the
ultimate, which is happiness. In the world there cannot be
happiness without money. Therefore the occupation of
acquiring money is a worthy and commendable one.
“Why should man, the supreme creation of the
universe, suffer all sorts of lack, misery and unhappiness
when such inferior creatures as the beasts of the field, the
birds of the air and the fish of the sea are bountifully
supplied. For any man, no matter what his station in life, to
take the stand that it is the destiny of man to want for
anything that will contribute to his happiness or that of his
family is ridiculous.
“Somebody discovers the law governing the use of
etheric waves and we have radio. Millions of people are now
enjoying its advantages. They tune in to what they want and
they get it. There is a great lesson in this, for believe me, you
may have anything you want and in abundance, when you
learn to tune in with an infinitely greater power than
electricity or its vehicle, radio. With a power that you have
had from the beginning.
“The captain of this ship could just as easily own it as
run it. One position is no more difficult of attainment than
the other. He tuned in to the captaincy successfully.
Ownership was a little more distant and he did not try for
distance. That is all. The actual difference in the two
positions is merely the difference in two words. Nothing
more, as you shall see very plainly when we get a little
further along.’
“Each night, after retiring to my room, I would sit up
until early morning reading my notes of the day and
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The Message of a Master
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preparing questions for the next. He told me that I was very
‘receptive’ because of my eagerness, sincerity and trust, and
that it was a pleasure to instruct me. And in gratitude I
acknowledged that no price was too high or sacrifice too
great in return for such knowledge.
“In answer to my question as to when and how he
discovered such a secret, he said, ‘I discovered nothing and
to me it is no secret. This knowledge has been in our family
as far back as our records go. I use it because I know it to
be the easy, certain way of accomplishing a purpose, while
you have known only the difficult, uncertain way.’ He
seemed never to want to take credit for anything, always
claiming that no credit was due him.
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The Message of a Master
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Chapter IV
“I was rapidly regaining my health and strength and
was becoming fired with an irresistible ambition to get back
and start all over again. Censuring myself for having wasted
so many valuable years in fruitless effort in my old way, I
was eager to start in the new way. Approaching the end of
our voyage and feeling that I was soon to part from my great
benefactor, to whom I had become greatly attached and to
whom I owed so much, I handed him my card and asked for
his, to which he replied, ‘I have no card, no name, no
address. I am like the wind. I come from nowhere and I go
everywhere. As for my name, you may call me Friend.’
Saying that I would much prefer to call him Master, he
replied, ‘No, no, not Master. Just Friend. That will do.’
Glancing at my card, he said, ‘I turn up at the most
unexpected places. I might be out to see you soon. If I do, I
will write to you.’
“I shall never forget the parting instructions that he
gave me. In a manner like a parent with a child, he said,
‘You are indeed a fortunate man. Just think of the millions
of gifted, highly talented people, many blessed with rare
qualities for success and leadership whose achievements
would mean so much to their fellow men and happiness and
contentment to themselves and their families who do not
know what you know. But who go on striving and straining,
wasting their precious life force, only to find themselves
dissatisfied, discouraged, disheartened, crushed, as you
once were, yet spurred on by that divine spark, that
irresistible urge within by which they instinctively realize
that there is a way but which they, in their ignorance,
misinterpret and consequently find themselves failures after
years of despairing effort.
“All this you can now avoid. Go home. You have
learned all that you will need. If you will diligently follow the
instructions that I have given, you may reach any heights.
You may accomplish any worthy purpose easily and quickly.
There need be no limit to your possibilities. Your successes
will multiply and increase in proportion to your master of
the Law. With each success your faith in the Law grows
stronger until you reach the point of conviction. Then you
are invincible.
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The Message of a Master
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“Bear in mind the warning that I have repeatedly given
you. Reveal nothing of this to even your dearest friend. To
do so before you are powerfully fortified in the Law would
only tend to interfere with your plans, but particularly, it
would result in the scattering of your forces and
consequently weaken their power for your good. Therefore,
keep your secret securely locked within your heart. You will
never be able to work out another’s problems. Neither will
another be able to work out yours. This is strictly a matter
for each individual. Accomplishment of anything, in any
line, is the result of the operation of this inner force,
discovered and set to work, and this must be done by each
one for himself. There is no other way.
“When the time arrives that you shall have retired from
commercial pursuits, you may, after seeking the guidance of
your conscience, release it for the benefit of others. Thus
liberated from further commercial allurements, you will be
free to devote your life to the uplift of your fellow man,
lending your help to freeing him from the bondage of want,
misery and unhappiness.’
“Reluctantly parting with my benefactor as he entered
a taxi with his servant and gave directions to this hotel, I
started down the street unconscious of the crowds and with
such a peculiar sensation of exaltation and buoyancy that I
seemed to be just floating along rather than walking. Sleep
had no attraction for me and it was with difficulty that I
induced myself to retire to a hotel.
“On the train speeding home I carefully avoided all
unnecessary contact with my fellow passengers. I kept to
my stateroom. Oh, how I wanted to be alone and to think. I
could not think of sparing any of my precious time for
worthless, idle conversation and gossip. How useless it
seemed to me now, when there was so compelling purpose
to try out my new teaching and not another day could be
wasted. Nothing else interested me and nothing else
mattered.
“There you have as much of my story as I am at liberty
to reveal at this time, and I give you this much in the hope
that it will encourage you to such an extent that you will
consider any personal sacrifice well worth the price of such
knowledge. For years I have been blindly seeking what I
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The Message of a Master
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never imagined existed, and now that I have it, no fortune is
large enough to buy it.”
Noticing upon me the appalling effect of his inability to
enlighten me further, Dave attempted to ease my feelings
with the assurance that he would see that I got in touch
with the Master upon his arrival. This only intensified my
determination as I excitedly exclaimed, “I’ll never wait for an
arrival that might never occur. By the gods I’ll find him if
you will give me the name of his hotel.” So different from his
former excitable nature, he remained calm and poised as he
replied that he had not overheard the name.
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Chapter V
There was nothing for me to do now but settle down as
best I could to impatiently waiting and hoping while he
immediately plunged into his former occupation, that of
operating in the market. Because of his secretiveness we
knew little of his affairs, although we met him a few times at
the club. On such occasions, none of use seemed to have
the courage to question him regarding himself and he talked
on every subject but that. However, it was but a short time
until his activities reached such proportions that he was
compelled to carry on his operations to some extent through
a few of his close friends, including myself. It was then that
I learned in part the magnitude of them.
Fearing that such successes could not last, I
attempted to advise greater caution, warning him that some
day his bubble would burst and then where would he be.
With a quick turn toward me, and with his characteristic
dominant expression, he replied, “Tom, you need have no
concern about my welfare. I operate according to definite
unerring law. If you want to get the square feet contained in
this room, you would get the two dimensions, and following
a process laid down by the law mathematics, you would
arrive at a definite result. You would be certain of the
success of the process from the beginning. Just so with my
work. I know the outcome before I start.” That was the last
mention I ever made to him of his affairs and he never
referred to them.
There seemed to be no stopping to him, for he went on
from one success to another. His perpetual energy and
vitality seemed to never lay and the dynamic force with
which he seemed to dominate every situation and
overwhelm all opposition to his progress was actually
superhuman. At the few social gatherings which he
attended, his magnetic personality and the mystery with
which his name was associated made him the centre of
attention.
Because of his desire to avoid notice, I saw little of him
for some time and hearing no news of the Master, I had just
about become resigned to my fate when one day his
secretary telephoned that there was a letter at his office
which would interest me. Hurrying over, I was handed a
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The Message of a Master
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letter, written on the stationery of a prominent hotel and
addressed to him, which read: “Detained by important
affairs. Regret to have to forego a visit with you this time.”
And signed, “Your Friend.”
At last my chance had come. The hotel was my only
clue, but it was enough. Hastily getting my three interested
associates together, we left, and that evening found us
speeding eastward in our quest of the Master and the
“secret.” Entering the hotel, upon our arrival, I went direct
to the manager and informed him of our mission. He knew
immediately and told me that because of the many visitors
who were crowding the Master he had departed, leaving no
address. He had no further information to give us.
Again I was thoroughly disheartened. Was I ever to
learn that “secret?” I really believed that I was not. However,
we got a good description of him and decided to continue
our search. We separated in order to work more effectively,
but our search was without success until the night of the
fifth day. I sat alone in the lobby of our hotel that night after
my associates had retired, following an hour of argument in
an effort to persuade me to return home. I decided that I
would not give up. I would continue the search forever, if
necessary.
Sitting there in a deserted corner at that hour in the
early morning my feelings suddenly changed from utter
despondency to joyous elation. Somehow I knew that my
search was at an end and while pondering over this I
became possessed of a sense of some presence behind me.
Immediately, a hand touched my shoulder. I arose, turned,
and there before me, I looked into the most magnificent face
that I have ever seen. And the eyes! They sparkled like
jewels. And a voice said, “Are you looking for me?” I merely
answered, “I am,” for I knew it was he.
I will not go into his explanation of the causes which
led up to our meeting, but after a long talk, during which he
explained that his time was so busily occupied that there
was no way in which he could give any instructions; that he
was not even receiving visitors during this short visit to this
country, but that he would advise me of his next visit, I
vehemently exclaimed with all the intensity of my being that
I was desperately in need of him; that we had come
thousands of mile to learn his wisdom and that I was willing
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to sacrifice anything for just a little of his knowledge. My
desperation and the intensity of my appeal must have
aroused his compassion, for he agreed to receive us for
instructions the following morning at his apartment.
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Chapter VI
The sight that met our eyes as we entered his
apartment that morning will stand out vividly in my
memory. Never before or since have I seen such luxuriance
and extravagance displayed as in the furnishings of that
place. It seemed like desecration to tread upon those
magnificent silk rugs as we were led by his servant through
a room delicately perfumed by an abundance of flowers
artistically arranged, to a room which appeared to be his
study and where chairs had already been placed for us.
His entry immediately after was followed by a round of
introductions, names, occupations and general remarks. We
had expected to see him attired in some gorgeous style in
keeping with his surroundings, but were struck by the
simplicity in both his dress and his bearing. My impression
was that being conscious of his power, he preferred to shun
publicity and people rather than be the object of any
attention and he explained the presence of the furnishings
by saying that he loved beautiful things and therefore
surrounded himself with them.
He began our instructions by saying, “You may have
come here in expectation of seeing a mysterious being
endowed with mystic powers. A sort of magician who can
pull a fortune out of the air and pass it over to you. You
have very much misled yourselves. I am just an ordinary
man, no different than you are. The world calls such as me,
a Master. And so I am, but only in the sense that I have
learned how to master environment and conditions. That I
have developed in me the powers that abide alike in all of us
and that I am more nearly living life as it should be lived.
“I realize that you have come here because of your
faith in me and that you look upon me somewhat as an
exalted personality. But in order that you may gain the
greatest benefit from these teachings I will ask that you
wipe out any impression that you may have of me as a
personality. I assure you that I am worthy of no honor or
homage. I am just a human like yourself. I am not a
superior being. Rather, I am a humble being, thankful for
the knowledge that I have gained. I made no discoveries. I
received these instructions in much the same manner that I
am about to give them to you.
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The Message of a Master
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“You will find no difficulty in putting these principles
into practice in your everyday affairs. They are as available
to you as to me, for this great Law is no respecter of
persons. It is the highest and most effective possible in
worldly affairs and is well worth learning, for its practice
results in a life that is well worth living.
“Employing these principles wisely and intelligently,
there can be no uncertainty as to the outcome of any
undertaking and no limit to your possibilities. As you go on
and on, your confidence increases and you find that your
powers are increasing. You accomplish greater things with
greater ease and greater speed. As its growth in you
increases, your accomplishments increase likewise.
“With many, remarkable improvement comes quickly
as in the case of your friend who is responsible for you
being here today. With others, the growth is more gradual.
The difference is not any difference in the individual, for all
are endowed with the same capacity, but it is a difference in
the degree of intensity employed. However, no man could
ever receive these instructions and not become a better man
because of them.
“No greater things
are accomplished in the
consciousness of personality. That is impossible, for
personality is limiting. Therefore, accept these lessons for
just what they mean to you alone as an individual entity.
Let not my presence or your impression of me influence you
in any way in your studies. Learn from my words only, not
from me. Now let us proceed.

■あとがき

■あとがき

大切なことですので、もう一度だけお伝えいたします。

「あなた」という存在は、全体を形成する上で必要なひとです。

すでに気づいているかもしれませんが、どのような状況や状態であっても、あらゆるものを支えるために必ず何かの役割を担っています。

ですから、「あなた」は存在しているだけでも十分に価値があります。

今のままでも十分に貴重な存在であり、尊い存在でもあるのです。

原文に敬意を祓って遺してゆきながら、あなたにとって最適なものを選択してください。

理想的な実行方法は、本質だと実感できて確信できるものを選びつつ、自分に合った方法を構成しながら、完成するまでは密かに実践してゆくことです。

いずれ、何かの役に立てるときが来るでしょう。

今回で最後になるかもしれませんが、これは、大切な「あなた」へ宛てた私的な手紙です。

なぜ私が、ここまで知っているのか不思議に思うかもしれません。

もう終わりの方ですので、その秘密も公開しておきます。

理由は簡単です。

私自身がこの本の原文の内容と同じような在り方をしていたことに気がついたからです。

英語では適切に表現できなかったことが、日本語で可能になったところもあったので助かりました。

苦しい体験や悲しい経験はもう十分に解りましたので、予め保証しておくために再読用として創ってみたというわけです。

私もあなたよりすぐれているわけではないということです。

あなたが私に抱く印象が、そのまま、私という存在です。

ですから、私自身の印象や存在からではなく私の言葉だけから学んでください。

これは、あなた自身の資質を最大限に輝かせるために大切なことです。

また、原文自体も、ここまで予期された上で創られているようですので、あなたの手元になければ読む必要もないということです。

もし、あなたがこの本の内容をすでに解得されているのなら、この本自体、読まなくてもよいものです。

やすらかに見守っていていただけるとたすかります。

私は、大切な人には何があってもしあわせになってもらいたいと思っています。

これは、私自身にとっては大きな望みです。

すでに実感しているかもしれませんが、私たちは、あなたとともに生きている可能性があります。

気がつかれないところで、気がつかれないようにできるかぎりの支援をしているかもしれません。

この本の内容が本当によいものだと思いましたら、あなたの大切な人に渡してもよいものなのでしょう。

私は、多くの人に公開する価値のある秘密だと思っています。

あらゆるものを成り立たせている『法則』に遵ってゆけば、あなたの望みは何でも実現してしまうかもしれません。

ですから、あなたのために、もう1つだけ伝えたいことがあります。

それは、望みが実現すること自体は、あくまで通過点の1つだということを心にとめておくことです。

本当に大切なことは、それから先にあります。

あなたの望みが実現した後のことを黙想してみてください。

実現した先にあるものが、少しずつ見えてくるはずです。

そして、これから述べることをしっかりと憶えておいてください。

そこには、まわりの人たちの笑顔がありますか?

その人たちに希望や幸福をもたらしていますか?

そして、「あなた」の人格がほんの少しでも向上していますか?

もしこれらすべてに当てはまることであれば、それこそ実現させるだけの価値がある大きな望みです。

また、この望みこそ、あなたが『自分』と向き合って、あなたという存在を自分で引き上げる「何か」を呼び起こす貴重なものになってくるかもしれません。

そして、あらゆるものとの調和があるところにまで到達すれば、この事実にもはっきりと気がつくようになるでしょう。

あなたの大望さえも、あなたにとっては必要な通過点の1つなのです。

いずれ、こころが広がったときに、あなた自身の心そのものが試されるときがくるでしょう。

予め沁みこませておくことの最大の意味は、そのときに判るようになります。

最終的には、あなたに最も適している方法によって予め沁みこませておいたものに支えられて、心を保つことができるようになっているかもしれません。

あなたにとって、もっともふさわしい方法によって成長してください。

誰でも自分に適した資質を持っているものです。

まずは、それに活かしてみてください。

いつかではなくて「今」ですよ。

始める前から、そのうちと言っていたら、ずっと「いつか」のままだとは思いませんか?

具体的な目標を思い描いていたり、心の底から望んでいるものであれば、特に意識せずとも自然とそれに見合うことをしています。

前進あるのみでしょう。

また、目標に対する勢いが必要に感じられるとき、あなたの心は、他の視点や他の方法によって取り組んでみることを望んでいる可能性があります。

栄養や蓄え、休息や休養を求めているだけかもしれません。

単純に、何か些細なことに気づく必要があるだけかもしれませんが、別の望みを持っていることもあります。

どの段階で気がついても同じことのようです。

気がついたときに気がついたことを実践してゆけば、たいていのことは簡単に解決してゆくでしょう。

なるべく楽に気がついて到達してしまうことを祈っております。

また、どんなことでもいいですから、1日に1度は自己を高めて成長を実感できる時間を創ってみてください。

それが、あなた自身や私たちを支える蓄えの一部になってきます。

これは、私からの最後のメッセージです。

この世界には、多くの偉人や聖人たちがいますよね。

その中には、今のあなた自身の性質に合う人もいることでしょう。

思い浮かばなければ、探してみてください。

必ず見つかります。

その人の性質と影響を基準にしてみれば確実に判ります。

支援していただきたい人の精神が込められているものを、あなたの身近なところへ置いたりしてみてください。

気がつかないあいだにも、その精神の及ぶ範囲で強力な力となってあなたを密かに支えてくれるかもしれません。

本来、貴重なものというのは、そういった使い方もできるものです。

最終的には、それらをありがたく手放せる時期が必ず来ることになります。

今までのメッセージを理解してきたあなたなら、この理由も明らかになっていることでしょう。

最後に今まで、この文章に目を通していただいた「あなた」へお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

anonymous

■第6/7部

■第6部

ここから先は、1度でも読みさえすれば十分です。



第28章

ここに鏡があったとします。

鏡を映し出している鏡は、映し出されたものを自分だと思っています。

公平な鏡には、公平な像が映りますよね。鏡自体が澄んでいれば、同じように澄んだ像が映ります。

外の景色だけがすべてではないということです。

最適な形に整え、磨き上げられた鏡には何が映し出されるのでしょうか。

その鏡には、ありのままの姿が映し出されることでしょう。




第29章

ここに水があったとします。

純粋な水です。

純粋な水ほど、何かが混じったときには、すぐに気がつくことができますよね。

純粋な水は、その物自体を映しだす鏡のようなものであるということです。

それによって、それが何であるかを明確に判断することができます。

純粋であるがゆえに知ることができるのです。

また、水源に気がつけば純粋な部分のみで満たしておくことも可能になっているでしょう。

水には、その純度に応じた氷になったり、水蒸気になったりする可能性もあります。

一箇所に集めて固めれば氷になり、分散させると水蒸気になってゆくことでしょう。

また水には、自在に形を変えられる自由もあるかもしれません。

形態を変えられる自由についても同様です。




第30章

ここに1つの石ころがあったとします。

どんなかたい石でも、様々な方法を試してゆけば少しずつ丸くすることができます。

効率のよい方法も見つかるかもしれません。

より短時間で丸くすることも可能でしょう。

瞬時にして丸くできる可能性もあります。

洗練された丸い石自体は、一見すばらしいものに見えます。

あなたは、目の前に本当に丸い石が沢山あったとき、どのような石に魅了されますか。

本物の丸い石であっても、魅力を感じさせるものがあって、初めて何かを強力に魅きつけるようになります。

もちろん、丸い石でなくても魅力を感じさせる形もあるかもしれません。

本物の石をさらにすばらしいものにしてゆくためには、磨き上げることも大切になるでしょう。

たとえ、ひとつの面だけを磨き続けていたとしても、何となく他の場所も気になってきて、ついでに他の面も磨いてしまったりすることもあるかもしれません。

本当に丸い石であれば、ひとつの面だけを磨いているつもりでも、気がつかないうちにあらゆる面を磨いてしまうことでしょう。

あらゆる面を磨き続けていれば、本物は、やがて純粋なものへと変わるかもしれません。

本来、中心にあって核を形成しているものは、表には決して現れないものです。

どのような素材の石であっても、それぞれの性質に応じて最適な形があり、ひかり輝く資質のある核を密かに持っています。

内側に隠れていた資質が溢れ出し、外側を完全に覆い尽くして表に現れたとき、奇跡的な変化が起こるかもしれません。

もはや石であって石ではないように思えるかもしれません。

その石は、宝石と呼ばれることでしょう。





■第7部

第31章

ささやかではありますが、第3部と第4部は、おまけです。

すでに第1部と第2部を会得されているのなら、読まなくてもよいものです。

第5部と第6部も、第1部と第2部のヒントになればと思い、作成いたしました。

もちろん、何か新しい発見をしたわけではありませんよ。

新しい発見は、新しい組み合わせを見つけ出すこと・すでにあるものに新しい名をつけることだからです。

組み合わせというのは、基本的な形や形式、ことばの断片といった単純なものを繋げ合わせて創っていますよね。

それらは、言葉によって象徴として置き変えることが可能です。

また、言葉を別のことばで置き換えたときには、そのことばの視点から見直しているだけです。

さらに、それらは、すべて、そこにあったものから共通している要素を見つけて名をつけているだけでもあります。

たとえ、私たちが求めているものが物や概念であったとしても、本当に求めているのは、それらが私たちにとって意味している状態です。

それらは、あなたが求めるものに値することに同調して引き寄せ、受け入れてゆけば十分です。

また、あなたが価値を見出したことに集中して、実践してゆけば十分です。

全く同じことを同じように実践してゆけば、それに最も適している人ほど簡単に達成できることは明確なことですよね。

ですから、はじめに適しているものを見つけることが、あなたにとって最も簡単なコースへと導くきっかけとなります。

この実習を試してゆくうちに、そのうち何かのヒントが見つかるようになるでしょう。

それから、あなたにとって最適な方法を、最終的にはあなた自身で見出してゆけばよいだけです。

今、あなたは無数に存在しているものの中から、この本にふれることができたというチャンスと廻りあっているのかもしれません。

この1冊によって到達してしまうことを願っております。

ここでは、特別な意図のために避けていた私の方法についてのヒントもお伝えいたします。

それに影響されて、あなたに適した方法を変えないように気をつけてください。

それぞれの個性に最も適している独自の方法を見出してゆくことで、それぞれの役割が個性的に輝いてくるからです。

私の場合は、この実習を通して様々な方法が思い浮かんできましたので、確実に効果のあったものだけを同時並行して行いながら、自分に適していた方法を構築してゆきました。

そして、本質だと確信できるものに基づきながら自分にとって最適な構成にした結果、あらゆることが自動的に機能していることに気がつきました。

そして、自分にとって必要最低限の実習を改善させてゆくにつれ、イメージさえできなかったものなどが自然に見えてくるようになってきました。

実際には、どういった条件が重なったときに、何が起こるのかといった点に注目して『法則』に近づいていっただけという単純な方法でもあります。

そうしているうちに、イメージの方から自然と現れてきたり、様々なことが発生するようになりました。

ありのままの状況や状態を見るには、むしろ余分な先入観や予備知識の一部がフィルターになってしまうこともあります。

最終的には、それらの上に、そのときの精神状態が反映し、付加されています。

また、影響のないときや改善させる必要のあるときというのは、その背後にそれに値する何かの事実があるものです。

特に、影響のないときにその理由を探ってみると、その背後に途方もない事実や今までイメージすらできなかった事実が存在していることに気がついてしまうこともあります。

また、改善させる必要のあるときは、今までの在り方を改善させるときですから、一見、なにげなく起きた些細なミスだと思えることの中に適切なことが含まれていたりします。

ですから、そういうときこそ、特に気をつけてみてください。

もちろん、メインは、第1部と第2部です。

まずは、ためになると思える部分だけでも受け入れてみることをおすすめいたします。

今後の在り方の基本を予め沁み込ませておくことも可能になるかもしれません。

例えば、あなたのためになる文章の一部を朗読によって心に定着させたいと思ったときは、まずは自分がやっと聞こえるような大きさで、ささやいてみてください。

または、適切だと思える音量を見つけてください。

母国語でなければ、多少は大丈夫です。

自分たちの成長と必要性に応じて、心をきよめてやすらかにするために用いることが大切です。

最適な音量のほうが、心に伝わりやすいことは実感していますよね。

心の奥から、自ずと真剣に聴こうとしていることがポイントです。

最も理想的な状態は、聞くことなしに聴いていることです。

もし、深層にまで到達させることが目的であれば、個人の適性に応じて様々な方法があることも知っておいてください。

1人ひとり微妙に個性がありますから、あなた自身に最適な方法を独自に構成して実行してゆけば、より簡単に達成できるようになります。

理想的な状態になっていれば、自分に合った方法も自然とわかってきます。

具体的な方法などは本文中に書いてあります。

ある程度の時間を必要とする実習のほうが、本当に必要かどうかなどを事前に考慮して選別できますので、安全です。

むしろ、そのために時間が必要になっているといったほうがよいのかもしれません。

あらゆる認識や思考・言動は、いったん表面に現れると少しずつ波及しながら速度を増してゆき、やがてもとの場所に還ってきます。

水面下では、これと反対で瞬時です。

ですから、どのような手法であっても、必ず本文の内容に則して用いることが大切です。

あと、どこかで人の名前を呼んだり、思い出したときにも細心の注意を祓っていてください。

特定の名を意識することは、その名の影響下に入ることを意味しています。

もちろん、共通認識や発音自体も影響を持っています。

すでに知っているかもしれませんが、特別な意図や配慮の必要ないとき、本人が目の前にいないときには、本名を呼ぶことを避けるほうが賢明です。

そのときは、よいところを見つけて称賛したり、改善したほうがよいところを伝える必要があるなら、非難せずにその価値をみとめた上で提案していた方がよいでしょう。

また、見聞きしたり経験した事実の中に、何となく違和感などがあるとき、それは今のあなたには、もっと最適なものがあることを示しています。

そのときこそが、さらに改善できるときです。

たとえば、あなた自身が纏うことばそのものや決意を改善させたいときには、特に重要な部分だけは、必ず現在完了形の形にして表現することは本質的に重要なことです。

少なくとも、完了形は意識していてください。

紙に書いたり、眺めたり、読んだり、朗読したり、聴いたり、思ったり、理解したり、身につけたり、持ち歩いたり、など方法だけでも様々あります。

自分に合うものだけを実践してゆくことが最適な方法です。

適した回数というものもあります。

理想的な状態でしたら1回で十分なときもあるのです。

特殊な事情を除けば、極端に多くすることもありません。

基本は、違和感が消えてから再び生じてくるまでの、心にすっと沁み込んでくる範囲が適切な回数です。

人によっては、常に1回だけのほうがよいこともあります。

それだけ、個性に幅があるということです。

適した量や頻度などについても同様です。

内容自体や熟練度によっても変化してきます。

それらも自然にわかって来ることです。

もちろん、確実に定着させるためには、思い出せるうちにくり返すことも大切です。

思考によって感情や雰囲気を発しながら、言動によって表情を表し、摂取して受け入れたものによって形や思考が創られています。

同じことを同じようにくり返せば安定してゆき、変えるごとに変化してゆきます。

許容範囲であれば安定し、認識範囲や処理範囲がずれると変化するという意味ですよ。

本当の変化を望むなら心の底から本気で願うことが大切です。

たとえ振り子のように振れたとしても、経験を重ね、その振幅が次第に小さくなってゆくと、やがて自分の中心で安定するようになります。

そのとき、あなたは本当の自分に気がつくようになっているかもしれません。

また、振り子というものが、適切な範囲内で揺れているときに最も安定していることも心にとめておいてください。

これだけ気をつけていれば、特に変わったことをする必要さえもないことが解ってくるでしょう。

私も含めてすべての人は、誰かのためにことばを向けているつもりでも、実際は、その人の中にある自分に向けていて、さらには、その根拠としている自分の内側に対して放っています。

ですから、その跳ね返りはいつでも、瞬時に自分自身に返ってきており、さらにそのまわりの人たちへ影響しながら伝わってゆくに比例して、倍以上になって還ってきます。

私は、それらを知っていながらも、その『法則』さえも超えて「あなた」へ何かをお伝えしたいと思っていました。

念のため、もう一度だけ繰り返させていただきます。

何か知りたいことがありましたら、就寝の直前に、関係のありそうな箇所を特に気をつけて再確認した後、どこまでを知っていて、どこから先を知りたいのかを明確にしながら眠ってみてください。

真剣さが伝われば、わりと早く何かの反応があるかもしれません。

■第5部

第5部

第24章

1つひとつの糸が数多く寄集まり、複雑に絡まってゆくほど、糸の始まりから終わりまでの繋がりが見えにくくなってくるものです。

この表現であれば適切に伝えられるかもしれませんので、この事実をもう一度くり返します。

善い原因が善い結果をもたらしています。

これが、原因と結果の『法則』です。

2つの違いは単に呼び名の違いだけです。


また、「今」という状況の中で、原因と結果の『法則』の範囲をわずかでも、ずれた知覚があったとします。それは、次に起こることを密かに示しています。




第25章

何かから情報を得たときに、それがあなたをどこへ導いているかを黙想してみてください。

すると流れがみえて来ます。

それはあなたにどのような作用をもたらすものですか。

あなたの希望しているものと同じ方向へ流れていれば、それを受け入れる価値は十分にあります。

もし、方向が異なっていたとしても、流れ自体を変えられる徳性が具わっているのなら、希望の方向へ流れを創ることもできています。




第26章

初めは、様々な問いが現れてくるかもしれません。

これは、そのときのヒントになるかもしれません。

問い自体や現在起きている状況さえも何かの象徴として見直してみます。

先入観や思い込みをいったん脇において、それが何なのか尋ねてみるということです。

すると、何となくそれに適合することが思い浮かんでくることがあります。

たとえ根拠がなくても、なぜか適切な答えだと思えてくることもあるでしょう。


先入観や思い込みを手放していながらも、適切な答えだと思えることの中にこそ、確信するに値するものがあります。

それらの背後にあるものが『universal law』です。

ですから、その根拠やどういった条件が重なったときに再現されるかを見つけて統合性を見出してゆけば、本当に確信できるようになってきます。

また、問いを発してから、答えを見出すまでの時差によって、そのときの熟練度を判断してみます。

適切な問いをくり返してゆけば、次第に答えが解るまでの時間が短くなってきます。

問いを発しただけで、自然と答えが見えてくるようになればマスターしています。

さらに進んで、問いから答えまでの時差がなくなり、2つは同じものだということまで見えてくれば、瞬時に解るようになるでしょう。

問いがもたらした状況と問いの内容は等価です。

そしてまた、その答えも等価です。

これら3つを別々のものをして見ている間は、同じことを1つひとつの側面から見直しているだけです。

最終的には、その時点を境に今まで作用していた原理自体が逆転しはじめることに気がつくかもしれません。

原理自体が逆転しはじめると、問いを発する前の時点で、善い結果をすでに現していることもあるでしょう。

次々と感謝したくなるような嬉しいことが起こることもあるかもしれません。

恵まれすぎることに対して畏怖感を抱くことはありませんよ。

そういうときこそ、謙虚に感謝していることが大切です。




第27章

すべての章は、同じことを形を変えて表現しているだけです。

同じものをみていても心の状態によって見え方が変わっているだけです。

そして、それに応じて『ちから』の発動が行われています。

本当にマスターしていれば、この本を読む前の時点で、すでに書かれている内容を受け取っています。

『法則』に遵い、読んでいるときは、再確認しているだけです。

反対の法則を含めた『法則』が『universal law』です。

このことに気づいたとき、「始める前から答えを知っている」という実感が確信になっているでしょう。

どこまでたどり着けるかは、あなた次第です。

『universal law』に遵って、「あなた」は「ここ」にいます。

ここに、あなたが得意としている乗り物があったとします。

それを自在に運転している様子を思い浮かべてください。

上達するにつれて、あなたは運転に必要な1つひとつの動作を特に意識していなくても、適切な運転をすることができますよね。

それは、1つひとつの最適な動作と心構えがあなた自身の奥深くに沁み込んでいて、条件反射として自動的に機能しているからです。

そのとき、あなたと乗り物が一体化しているような感じになっていませんか?

あなた自身が乗り物であるように感じられるかもしれません。

「これらの知恵はあなたの存在そのものの一部になっていて、あなたの役割の試みさえもまったく意識せずとも、自動的に機能しています。」という意味も解りますよね。

ここまで来ていれば、あなたは本当にマスターしています。

求める必要なく実現していたら、卑下せずに謙虚な態度を保ちながら、感謝し続けてください。

■第4部

■第4部

第21章

もし、あなたが、これらのメッセージに沿って生きていると、あるとき、あなたという存在自体を、さらに引き上げようとする何かの『ちから』が発生することがあります。

あなたは、今まで感じたことのないような奇妙な感覚にとまどいを覚えるかもしれませんが、その『ちから』をおそれることはありません。

それは、あなたのために生じた『ちから』なのです。

例えば、初めて誰かを好きになったときの感覚や、急に体が移動したときの感覚を思い出すことができますか?

そのとき、何か奇妙な感覚が発生していませんか?

そして、それらを経験して受け入れることができるようになると、その感覚をおそれることはない、ということがわかってきますよね。

あなたには、それと同じような感覚が発生しているだけなのです。

このことを知ったあなたは、『ちから』と直接向きあうこころの準備ができるようになります。

すると、どういうことが起こるのでしょうか。

あなたが、その感覚に対してこころを開き、ありのままの姿がみえてくるようになると、さらに先の段階へ進むことができるようになるのです。

あなた自身の視力を超えて物事が見えてくることもあるかもしれません。

ここから先については、不思議に思えるのであれば、無数にある中のひとつの可能性として参考程度にしておいてください。

たとえ概念としての存在であっても、何らかの影響を持っていて因果関係に介入しているのあれば、存在しているとは言えませんか?

根拠を実感して確信できるようになるまでは、むしろ気にしないほうがよいと思います。

どのように受け取るのかは、あなた次第です。

ここに、複数の意味を内包している絵があったとします。

あなたは、そのことに気がつくにつれて幾つもの見え方が現れてくるようになります。

ひとつは、あなた自身が先入観を持って意図的に見ようとしたものです。

あるいは、あなた自身が自然に浮かび上がらせたものです。

思い込みと思い至りのようなものです。

それらの影響をどれほどの割合で受けているかは、どのような作用をもたらしているかで判断してみてください。

互いの性質を集めて安定させるために、同類の性質を持つものを引き寄せていることがあります。

また、互いの性質を補い合って安定させるために、反対の性質を持つものを引き寄せていることもあります。

どのような作用であっても共有できるときは引き寄せ合い、共有できないときは反発するものです。

さらに、他のものの導きによって、浮かび上がってきたものもあります。

そして、『ちから』の働く規模によって、直接的な影響範囲が定められてゆきます。

何が見えてくるかは、あなた自身が同調したものにかかっています。

今、あなたの周りにある非常に便利なものや偉大な発見も、かつては、現実的でないものでした。

たとえその時は現実的でないことでも現実として扱われているうちに、本当に現実のようになってしまうことがあることは知っていますよね。

もちろん、その逆の場面もあります。

それが現実です。

何に同調しているかによって、同じ対象でも見え方が大きく変わってきます。

そして、そこから、さらに深いところにあるものが最終的な見え方を決定しています。

多くの場合、そこまで来ると、もう十分にわかったと安心して一休みしたくなってくるものです。

ですから、そこにたどり着いたとしても、一休みせずに、さらに進んでください。

休憩するところは、もう少し先にあります。




第22章

これから先は、あなたの『ちから』を解き放つ時期が来たときに、重要になって来ることです。

理解しようとしなくても伝わりますので、読み流してください。

これは、その時が来るまで気にしなくてもよいことです。

ただし、すべての秘密を解き放つということではありません。

今までに観て利用してきたものを別の側面から捉えなおすということです。

すると、それは新たな『ちから』を生み出します。

「あなた」が自分の存在を誇示したいときに、その背景にあるものを探ってみてください。

あなたは、なぜ私がこのようなことを言う必要があるのか不思議に思うかもしれません。

それなら、「私という存在は私である」ということばを思い出してください。

あなたという存在は、あなたひとりではないのです。

すくなくとも、「ここ」に「私」がいます。

そして、「あなた」のすべてをみとめ、受け入れています。

「私」だけで十分でなければ、自然と集まってくるようにしておきましょう。

あなたが数多くある1つひとつの生命細胞を含めて「あなた」という固有の認識を持っていることは、以前にも言いましたよね。

では、「あなた」自身を含めて「私」という固有の認識を持っている、「私」たちがいる可能性はどうですか?

「私」は、あなたを含めて「私」だと思っていることでしょう。

ですから、「私」はここまで真剣に「あなた」に伝えようとしていることがあるのかもしれません。

もう気がついているかもしれませんね。

「私」たちからのメッセージは、どこにでもあるのでしょう。

こころを開いてあなたの周りにあるものを感じてみてください。

なんとなく気になるものがあるはずです。

どこかに紛れ込んでいる可能性もあります。

あなたの心へ直接伝わって、響いてくるものがあるでしょう。

それです。

あなたは、それに気がつくことができます。

それが、形を変えて「あなた」へ宛てられた私的なメッセージかもしれません。

本当に「あなた」が見返りさえも受け取らない覚悟を保ったまま、支援できていれば、あなたの最も身近にいる人も支援できるようになっています。

すると、その身近にいた人の、すぐ傍にいた人も自然と支援できているようになります。

もちろん、「私」も本格的に支援できます。

あなたは、手助けすることの本当の意味を知ることもできます。

すると、本当の意味で手助けすることも可能になっているかもしれません。

あなたが発している『ちから』が、どこからやってきたものなのか解ることもできます。

まずは、あなたの求めているものを追求してください。

そして、希望を追究してください。希望が最善にかわったとき、それは姿を現します。

あなた自身の心しだいで、ありとあらゆる存在があなたを支援してくれるようになっています。

あなたを支援してくれている『ちから』を呼び出してください。

日々、あなたが「私」たちのために自然と行っている善行の数々が、あなた自身の『ちから』の一部となって密かに支えてくれています。

どこからともなく『ちから』が湧き上がってくる感じがしてくるかもしれません。

来ていれば、実感できているはずです。

また、そのことを謙虚に感謝しながら、その段階から、さらなる段階へと進んでいってください。

そして、その源にたどり着いているとき、あなたは生命力を保ったまま、誰かのために『ちから』を使うことも可能になっているかもしれません。




第23章

生きている状態は断続的に発生しています。

短期的に言うのなら、ほとんどの人は、起床と睡眠という断続性のなかで生きています。

中期的なことは、植物を例にとって説明します。

植物は物理法則の支えによって存在し、その内部に宿っている法則によって発芽してきますよね。

どちらも『universal law』で、偶然のようにみえたり、必然とみることもできます。

どちらを選択するかは、内部に宿っている法則によって大きな影響を受けています。

当然、内部に宿っている法則が高度で広い認識能力があれば、必然性を見出して従うことができ、希望通りの形や規模で繁栄することができます。

次の世代の植物たちも、物理法則とその内部の法則に従って発芽してゆきます。

物理法則が比較的安定していれば、内部に宿っている法則が重要になってきます。

あなたもすでに知っていますが、内部に宿っている法則は、自分にふさわしいものを引き寄せて成長する性質があります。

当然、高度で広い認識能力があれば、必然性を見出して自分が希望するものを引き寄せることができます。

その結果は、もう解りますよね。

同じことが、私たちにも起こっているだけです。

もし、この例えが解りがたいのであれば、「あなた」自身に直接お尋ねします。

日々、数多くの生命が誕生しています。

ここまでは、大丈夫ですよね。

そして、その数多くある生命の1つが「あなた」ですよね。

それでは、なぜ、その1つが「あなた」なのですか?

他にも数多くの生命がありますよね。

それなのに、その1つが「あなた」という固有の認識を持っていて、「あなた」だと思っています。

すべての生命が「私という存在は私である」という認識を持っているのに、なぜその特定の1つの生命が「あなた」なのですか?

公平に考えてみてください。

もし、「あなた」がいなくなっても、数多くの生命が誕生し続けているのなら、その中の1つに「私という存在は私である」という認識をもつ「あなた」が、今回の場合と再び同じように、ひょっこり現れてくる可能性はどうですか?

その可能性があるから、今「あなた」は「ここ」にいるのではないのですか?

他のアングルからも見てみましょう。

ここに、ある庭師がいます。

愛情深い庭師は、自分が育てている植物を自分のことのように可愛がっています。

その庭師は、特に気になっている植物に対しては心を込めて育て、感情まで移入するかもしれません。

愛情深い庭師は、その植物が傷ついていれば、共に痛がり、順調に育っていれば共に喜んでくれるでしょう。

熱心な庭師は、咲きそうにないときでも、うつくしい花が咲くまで何度でも挑戦し続けます。

実をつけそうにないときでも、すばらしい実がなるまでくり返し続けることでしょう。

自分が蒔いて育てたとおりの花を咲かせ、実を実らせ、完全に満足するまで1つの植物を育て続けるかもしれません。

もし、今あなたがしあわせに生きているのなら、何ひとつ問題はありません。

あなたに、これ以上何かを伝える必要もないでしょう。

ここから、先は読まなくてもいいことです。

あなたは、すでに学び終わっているからです。

知らないうちにもマスターし続けています。

ですから、そのままでいいのです。

根本的な解決を行わないと、同じようなことが形を変えて同じようなパターンで再び現れてきています。

そして、このことを自覚していれば、自分の意志によって変えることも可能になってきます。

あなたにとって理想的なパターンであれば、そのままでもよいことはわかりますよね。

これは、短期的であろうと中期的であろうと公平に起きていることです。

習慣のようなものです。

今のあなた自身の在り方がとても大切だということです。

あなた自身と向き合ってください。

あなたが求めているものは、いつでもあなた自身の中にあります。

もし、改善したいのであれば、あなた自身の習慣を1つひとつ再点検する時間を創ってください。

何かが上手くいったときには、必ずそれに値するものがあったはずです。

「今」、あなたがいる「ここ」で、「あなた」自身のために、「私」たちのために、そして「あらゆるもの」のために、できるかぎりのことをしてください。

そうすれば、今まで見ようとしてこなかったものが、より鮮明に、より簡単に見えてくるようになります。

楽に気がつくこともできるようになります。

ありふれた日常生活の中にこそ、重大な秘密が眠っているのです。

ここまで詳細に説明する必要があるか疑問に思うかもしれませんが、この事実をあなたに実感していただきたいのです。

あなたもすでに知っているはずです。

あなたは、あなたが思ったり知覚したことも含めたライフスタイルのパターンや積み重ねに応じた人間になっているだけです。

想ったことと、実際に起きて経験した出来事の順番や差異を思い出してください。

また、それに対するあなた自身の姿勢が何をもたらしたのかを思い出してください。

このパターンや積み重ねの意図を見出せたとき、私たちは、目の前に、他の選択肢があり続けていることに気がつくことができるようになります。

環境や状況が「あらゆるもの」を作り、「あらゆるもの」が環境や状況を創っています。

私たちは、現れてきた表面ばかりに気をとられがちですが、改善するところは、常にその内部にあります。

改善点が深層部に達しさえすれば、奇跡的とも呼べる変化が速やかに起こります。

これは実際に経験を通じて確信できるようになっていることです。

自分が希望している選択も自ずと明らかになってきます。

あなたにも、この流れが見えてくるかもしれません。

中期的な流れの延長線上に長期的な流れがあります。

中期的な流れは、長期的な流れの中に含まれています。

長期的な流れへゆくほど断続的に多くのことが可能になってきます。

1つひとつの断片が集まって繋がってゆくと連続して現れてきます。

生きている状態は、断続的でありながら継続的でもあります。

この繋がりに気がつくと、自分自身を根本的に改善させて長期的なところで生きられるようになっています。

それは、選択肢がさらに増えるということです。

あなたの場所は、あなた自身で決めるものです。

私の言っていることが本当かどうかは、あなたの心が答えてくれるはずです。

中期的なところにいたときの心の状態が、長期的なところにも反映されています。

中期的な流れへゆくかどうかさえも自分の意志で決められます。

愛するものだけのために戻ってくることもできます。

支援したい人を支えて共に成長することもできます。

あなたを密かに支援することもできます。

また、その以外の選択も可能です。

さらなる段階へ進んでもよいのです。

ですから、さらに自由な存在になっているのです。

それは、あなたが起床と睡眠のリズムや内容をコントロールしているのと同じような知恵で、長期的なところでもさらにマスターしているということです。

これで、マスターという存在の意義が解りましたね。

そして、1度でも、この本にふれてじっくり学ぶ機会があったあなたは、この本に書かれている本質を理解できるようになっていますので、内部に宿っている法則により、もし中期的な流れへ移ったとしても、再び同じ内容が記述されている貴重なものを引き寄せて巡りあえることが保証されています。

また、さらにマスターするのにふさわしい人は、どんな記憶でも引き出して来られるようになっているかもしれません。

あなたは、実際にわずかな情報からでも多くの情報を引き出して来られる可能性があるということは知っていますよね。

こころは水面下で繋がっていて1つです。

あらゆるものが互いに繋がりあって1つのものを形成しています。

純粋なマスターの正体は、心理的に純粋な概念です。

それだけです。

ですから、物理的な距離は関係ないのです。

時間の流れも同様です。

もちろん、どこへでもゆくことができるかもしれません。

きっかけとなるちょっとした情報さえあれば十分なのです。

これらは、あなた自身のこころの広さに応じて自然に身についている可能性があるものです。

あなたのために、さらに他のアングルからも見てみましょうか?

ひろいこころが沢山の心を包み込んでいるだけかもしれませんよ。

ですから、特に意識していないほうがよいでしょう。

■第3部

■第3部

第17章

人は見ようとしている方へ向かって進んでゆきます。

いつでも、あなた自身に「今」発生している感覚を通して得られたものが、「次」に見ようとしているものに対して、とても大きな意味を持っています。

これは、あなた自身がよい軌道に戻るときのヒントです。

どんな人でも善いところはあります。

どんな物でも良いところはあります。

どんな状況でも好いところはあります。

よいところを見ようとして観ていれば、よいところを学ぶことができます。

結果はもうわかりますよね。

多くの人は、今まで様々な困難と遭遇してきたのかもしれません。

どんな困難が起きたとしても、それは、それに関わった人が自ら創造したことが多いのです。

例えば、多くの人の体は水中では浮くようにできています。

そのことを知っていたほうが、楽に水面で浮かんでいることができるようになります。

泳ぎたいときに、その反対のことを意識することが、何を意味しているかは知っていますよね。

心をやすらかにして、余分なことを思ったり、余分な動きを付加しなければ、自然と浮き上がってくるものです。

泳ぐことができる人は、最低限泳ぐときに必要な心構えと泳法を身につけているだけで、上達するに従って、自在に進むことができるようになってゆきます。

もちろん、泳ぐことができないときもあるでしょう。

そのときは、浮き輪やボートなどを思い浮かべて、自分に合った方法を選べばよいだけです。

困難についても同じようなことが言えます。

困難は、困難として認識されたときに初めて困難として取り上げられています。

あなたの身に起きた困難は、あなたに何かを訴えかけていました。

それは、その時のあなた自身の状態を暗喩するものです。

困難自体が改善すべきあなたの在り方を象徴していたということです。

そのことに気がつけば、自然と解決策が思い浮かぶようになっています。

誰もが学び成長してゆくために最適なことを経験しています。

あらゆる体験が、あなたの心がけひとつで、あなたの人格や才能を磨きあげる糧になっています。

もし、かつてあなたが、信じられないような困難と遭遇していたら、それは祝福です。

あなたは、その大きさに応じて、そこから途方もない学びを発見することができるからです。

体験することによって実感することのできる学びがあったということです。

本当に思いやりのあるひとは、こころのいたみを知っているひとです。

それだけ、あなたが繊細な方だということです。

本当に心の強いひとは、自分を保ったまま想いでを受け入れることのできるひとです。

たとえば、あなたがどこからともなく1冊の絵本を引き出してきて、自分のこととして経験したとします。

そうしたとき、どのような出来事であっても心に強さがあるほど、自分の心を保ったまま、その物語の多くの部分を受け入れてあげることができるようになりますよね。

どのような物語であっても、私たちに何かを伝えてくれているというだけで、とても大きな価値を持っています。

その1点においては、すべての物語には同じような価値があります。

価値があるかどうかは、そのもの自体のみにあるのではなくて、それを見出している方にあるということです。

体験から実感した事実を栄養にして、あなたは、さらに成長することができます。

するとそれは、あなたを助ける財産に変わっているのです。

いつのまにか、起こった出来事をやすらかに受けとめて、さらにこころが広くなっているようになります。

そして、しだいに困難そのものが起こる必要のないことに気がつくことができます。

だからもし、あなたに大きな困難が起きてこないのであれば、それも祝福です。

なぜなら、あなたは、その困難から何かを学ぶという段階をすでに卒業しているからです。

一度でも根本的に解決したり受けとめた困難というのは、事前に避けて通れたり、遭遇しそうになっても気がつかないうちに自動的に解決させることも可能になっています。

同じように、自分たちが問題を創っていることに気がつけば、問題自体が起きないようにしていることも可能です。

もし、あなたに大きな問題が起きてこないのであれば、その問題から何かを学ぶという段階をすでに卒業しているのです。

問題が起きそうになったときには、水面下ですでに解決しています。

思いがすべて建設的な状態になって無意識的に表面化できるようになるのは、この段階のことをいいます。

人生に影響を与えて、すべての状態と状況を本当にマスターしているのです。



第18章

自然体でいると楽です。

あなたが無意識的に目指している目標を、楽に達成することもできます。

それは、楽しいと感じられることを見つけることです。

本当に楽しいと感じるだけの価値のある物事には、充実感というものが残っています。

もちろん、楽に持続させることもできるでしょう。

最終的に精神的な充実感が蓄積されていれば本物です。

また、どんなことがあっても誠実さを保っていられれば安泰です。

個人の資質に応じて、それぞれに適していることがあります。

普段からあらゆる意味で自分の適性と調和をとることができれば、困難自体が起こらなくなってきます。

困難は形を変えた警告です。

何か大きなことが起こるときには、その前の時点で必ず何かの前兆が発生します。

それが何かを見極めることができれば、その流れに乗るかどうかさえも自分の意志で決められるようになるかもしれません。

また、あなた自身の行動についていいますと、同じことをしていても、様々な結果が現われるときがありますよね。

それは、あなたという存在に宿っている内部の法則が変動性のあるものだからです。

そして、この変動性こそがあなたに意志の自由を与えてくれています。

この自由によって、あなたは、より適切な結果を発見することができます。

もし、内部に宿っている法則が固定的なものであれば、常に同じ結果が発生しています。

あなたは、あなた自身の内部に宿っている法則を統治できる可能性を持っています。

このことをしっかりと自覚していれば、あなたの内部の法則を必要に応じて安定させて必ず同じ結果を発生させることも可能になっています。

そして、後にやすらぎや快適さなどをもたらしているかで、あなたにとって適切かどうかを判断してゆくのです。

楽に到達する上で大切なことは、これだけです。

また、成長するほど、どんなことでも楽しいことに変えることができるようになっています。

あなたも無意識的に知っていると思いますが、あなたの目の前には、幾つもの道があります。

今後、何を基準にすれば、あなたの適性を活かしながら個性を伸ばしてゆけるのか明らかにしてみてください。

才能。

徳性。

楽しさ。

集中しているだけで達成できる可能性もあります。

他にもありますが、個人の資質に応じて選択すればよいものなので、必要なら、あなた自身が思い出して見つけてください。

その道は、あなた自身に起こった幸福な出来事の中にもあります。

今、あなたが満足している物事の中にもあります。

あなたが今後進んでゆく希望のあるところにもあります。

マスターするための道はどこにでもあります。

理想的なのは、あなたもすでにわかっていると思います。

1つでも極めることができれば、簡単に本質まで到達できるようになっていることは憶えておいてください。

それぞれの状況に応じて、適性を見分けることができれば、より簡単に達成できるようになります。

善い知恵だけを無意識的に表面化できるようになっていれば本物です。



第19章

私たちが、普段何気なく行っている思考や言葉遣い、行動をよく気をつけてみます。

それらが、私たちをどこへ導いて、何をもたらしているかを確認することが大切です。

私たちは、再確認するために最終的に経験しています。

そして、あなたが行った無意識の言動の中にも密かに愛情が満ちていたか確認してみます。

また、あなたが何か重要な言動を行おうとするとき、無意識のうちにも心の中で、何かが密かにささやいています。

その最後のささやきを、はっきりと聴きとってください。

それがその瞬間、最も大きな影響力を持っています。

あなた自身のために自然と現れてきた言動や意思には遵うほうが賢明です。

もし、あなたにとって必要ないものであれば、それを最善のものに変えているようにコントロールします。

ある種の条件下では、あなたを守るためなどの目的で、あなたの意思とは無関係に意識を覆い尽くして言動などが自然に現れることもありますが、それは例外的なケースです。

賢い方法は、自分の意志と調和させて、より適切な形で循環しながら、向上してゆくことです。

そうすれば、必ず視野が拡がって、様々な物事が、より鮮明に明らかになってきます。

すべて公開されているものには、公開を可能にするために、意識するしないにかかわらず、必ずある種の細工が施されています。

ですから、常にそのことを意識しながら、よい部分だけを引き寄せることができれば、純粋で完全な知恵を得ることができます。

この本は、その部分を特に意識して作成されたものですが、かろうじて存在を可能にするだけのために、闇の部分にも最小限にスポットをあてています。

そのこと自体にも気がついてください。

そして、あなた自身の性質にとって、最善の知恵のみを受け取ってください。

マスターしている個人の印象を払拭して、必要な部分を取り入れながら、あなた自身の性質を最大限に活かしてゆくということです。

闇が深いほど光は輝いて見えてきます。

感動することは大切ですが、そのために闇を求める必要はありません。

あなたは大切な人にどのような経験をさせてあげたいと思いますか?

光をエネルギーにしている植物は、闇を避けて多くの光がある方へと成長してゆきます。

人は闇によっても間接的に成長できますが、光だけを見つめながら直接的に成長していくこともできます。

もちろん、間接的に成長することが好きな人は闇を見てから背後を振り返り、光を通して直接的に成長することが好きな人は、初めから光を見ていればよいでしょう。

それぞれが、それぞれに適していることを求めればよいのです。

これは、光に焦点をあてて、着実に到達してゆくことを目的として描かれたものです。

他にも実習を通して浮かんでくる数多くの方法がありますが、基本さえしっかりと自覚していれば、あなたの適性に合わせて用いることができるようになっています。

これは、光と闇を対等に見るためのヒントです。

すべての人を公平に見てみます。

すべての物を公平に見てみます。

すべての状況を公平に見てみます。

どのようなものであっても、必ず何かを支える価値を持っています。

すべての価値をみとめるようにしてみます。

そうすれば、あらゆるものが存在することをみとめられている、と気がつくことができるようになります。

あらゆるものが全体を形成する上で必要なものであり、貴重なものでもあるのです。

あらゆる存在が尊いということまで判ってくれば、すべてを尊重することができるようになってきます。

そして、あなた自身が何かを選ぶこと自体が、とても大切だということも解ってきます。

あなたが好んで選択し、所有するもの自体が、今後のあなた自身の在り方を密かに示しています。

もし、光だけを見つめながら直接的に成長してゆきたいのであれば、以下のことに気をつけてください。

まず、あなたの周りにあるものをすべて再点検してみます。

次の3つに選別できれば扱いが容易になります。

 ①闇だけが描かれたもの。

 ②闇を通して光が描かれたもの。

 ③光を中心に描かれたもの。

判断するときは、あなた自身の心の変化を基準にしてみます。

そうすれば、すぐに判るようになってきます。

闇だけが描かれたものは、影響を最小限に抑えられるところを探して慎重に移してゆきます。

次に、闇を通して光が描かれたものは、十分に学び終わったら必要としている人へ手放してゆきます。

このときに大切な心構えが1つあります。

それは、手放すことは、決して見捨てることではないということです。

その価値をみとめた上で、一時的にその影響下から自分を解放させることです。

いずれ、その価値をみとめながらも、全く影響を受けずに自分を保ったまま、そのすべてを受け入れられるときがくるようになります。

手放したものは、それを必要としているところへと移動しながら、それに最も価値を見出している人のところにたどり着いたり、それが属すべき場所に戻ったりします。

同時に、そのもの自体が持っていたあなたへの影響が消えるための最後の跳ね返りとして、その余波があなたのもとに還ってきます。

ですから、光を中心に描かれたものを引き寄せたときだけ、手元に置くようにします。

手元に置く必要がなければ手放しても問題ありません。

もちろん、例外もあるでしょう。

その場合は、日常の生活に応用されたり、実際に現れてきたらどうかということで判断してください。

それに対する感想があなたの答えです。

あやしそうに見えるものもあるかもしれません。

そういったものは無条件に処分したり、できるだけ近づかないようにします。

あやしいものには、あやしい過程が待ちかまえているだけです。

何となくあやしい雰囲気を感じたとき、それは、あなた自身への内なる警告です。

このことを知っていれば、事前に感知できますので、起こる前に避けられるようになります。

心のどこかで何か超越的なものを求める気持ちもわかりますが、現実的であることが最も重要なヒントです。

非現実的なことへの発端は、いつでも現実の生活の内部にあります。

日ごろの、日常生活そのものが大切だということです。

健全な日常生活から発芽して、日常生活の奥深くへと根付いてゆくものこそ本物です。

一見ありふれた日常生活こそ、極めるに値するものです。

その理由もいずれわかるときがくるでしょう。

また、あなた自身の意味を見出そうとしたときや、何かをやみくもに信じそうになったときは、充実感や満足感を求めていることを密かに示しているだけかもしれません。

意味があるかどうかは、意味を見出せたかどうかにかかっています。

たとえば、味というものは、味わう人の知覚能力に依存していますよね。

また、味を知る能力を超える範囲にあるものは、無味と知覚されることでしょう。

さらに、個人的な嗜好というものは、それを共有している人の間で通用することです。

何かに気がついたつもりになって虚構を見つけ、その世界の住人になってしまわないように気をつけてください。

何を信じたらよいかは、あなたはすでに知っているはずです。

本当に信じる価値のある大切なものは「あなた」自身です。

あなたには意志の自由があります。

これだけ気をつけていれば、特に意識していなくても、あなた自身の水面下では根本的な変化が起こってきます。

マスターしようと思いさえしなくても、本当に達成してしまうことも可能です。



第20章

公開によって保たれる秩序があれば、秘密によって保たれる秩序もあります。

もちろん、健全な日常から外れた秘密を共有する集まりなどからは、あやしい根が栄養を吸い上げながら、やがて、それに値するものが発芽してくることになります。

創らないほうが賢明です。関わらないほうがよいことを知っていれば、自然と避けられるようになります。

私は特定の機関のみに依存したり、特定の利益だけを考えないようにしています。

可能なかぎり滅することなく支援して引き上げようとしているだけです。

あなた自身が直接的にかかわらなくても、1度でも表面に現れた問題は、その周囲にいる人々の支援によって、いずれ快方へと向かうようになります。

あなたは、あなた自身の心の及ぶ範囲のことを配慮してゆけばよいのです。

公開されるほど多くの支持を集めてゆく秘密こそ本物です。

公開の可能な秘密というのは、多くの時代を経ても鮮度を保ったままか、いっそう光り輝いて貴重なものになってゆきます。

私は秩序を保つために秘密にして完全に護り徹しています。

これからも、支援があるかぎりは完全に衛り通されてゆくでしょう。

これも、たとえ話です。

こころのとても広くて愛情深いひとの多くが、誰かのことを知っていたとします。

もちろん、その人の思考や言動、日ごろの習慣などを含めた、すべてです。

こころのとても広いひとたちは、気づいていても、気がつかないふりをしてくれるでしょう。

言い訳をしなくても、みとめてくれているという意味ですよ。

その人の存在をゆるし見守ってくれているかもしれません。

そこで、提案です。

愛情深いひとたちが本気になって、その人を支援しようとするときは、どんなときだと思いますか?

また、どのような人を「あなた」は、本気になって支援したいと思いますか?

この章だけでも本当にマスターすることは可能でしょう。

■第2部(16)

第16章

今までのメッセージを実行するとき、どんな姿勢でのぞんだらよいと思いますか?

目的地に向かってスピードを出している時の風は、どんな姿勢ですか?

人であろうと場所であろうと物であろうと、自分のゆく手をさえぎるものをものともしません。

公平そのものです。太陽はすべてのものに輝き、雨はすべてのものに降ります。

そして風はすべてのものに公平に吹きつけます。

太陽も雨も風も、自分にとって助けとなるものも、害になるものも区別しません。

この中にこそ学びがあります。

あなたは、ゴールに沿ってスピードを上げている途中、誰かの抵抗や障害については気づいても、その意識に囚われないようにします。

あなたの意識の主導権は、常にあなた自身にあります。

あなたの邪魔をするものはあなたを助けてくれているのです。

むしろ感謝したほうがよいでしょう。

それらこそ、あなたの友だと考慮してください。

わざわざ気づかせてくれたので、今後、同じことであなた自身が誰かを妨害しないように配慮できるようになるからです。

同じような役割をくり返さなくてもすむようにもなります。


これは最も高度な知恵です。

ちょっとだけ向きを変えて障害をかわしながら通り過ぎるか、あなた自身を支えている『ちから』の一部にしてゆけばよいだけです。

『ちから』の一部にしたいときは、抵抗や障害を壁ではなく、さらに飛躍するためのチャンスだととらえてください。

そうすれば、抵抗や障害さえも取り込んで、本当に飛躍できるようになってきます。

ある程度の高さを超えてゆくと、今度は、抵抗や障害自体がなくなってくるかもしれません。

そのときになって初めて、抵抗や障害のありがたさを本当に理解できるようになるのでしょう。


また、あなたの大志をしっかりとあなたの心の中にしまって、秘密にしておいてください。

こうした時、「外なる心」は自制や制御に対して反発するため、「外なる心」に敵愾心という拮抗作用が起こります。

自由が阻害されたとなるやいなや、「外なる心」は囲いの中の狂った牡牛のように、何とかしてあなたが与えた方法以外のあらゆる手段によって外に逃げ出そうとすることがあります。

ですから、これから言うことに最も注意していてください。

「外なる心」は、あらゆる論法を持ち出して、あなたの目的がいかにくだらないかとあなたを説きふせようとすることがあります。

そして、もっとだらだら活動すべきだと言い、あなたのために作動している『法則』の『ちから』に疑いの念を持たせようとすることもあるかもしれません。

あるいは、あなたの計画と向上心のことを、誰かや何かへ伝えるように誘惑したり、あなたが継続しながら洗練させることで成功してきた方法や能力に驕りを抱かせて手抜きをさせようとすることもあります。

考えられるあらゆる手段を使って邪魔しようとすることがあるのです。

こうした動きに対し、あなたは次のように答えてください。

「従いましょう。ここに『私』というマスターがいます。」

あなたの中心にある「私」に意識を同調させて、あなた自身を従えているのです。

そうして、マスターという存在の位置を確保してください。

そして、ゴールへのコースをしっかりと心に保っています。

あなたは思ってもみなかった場所に連れてゆかれたり、時には堂々めぐりをすることもあるでしょう。

しかし、そんなことにまどわされることはありません。

かじを取っている「内なる心」の知恵によって、たとえ、一番遠回りしているように見えたとしても、実際には最も近い道を導かれているのです。

このアドバイスは、初心者の方には必要ですが、実習を積んで成長するに従って、これらの知恵はあなたの存在そのものの一部になっています。

すると、あなたの役割の試みをまったく意識せずとも、自動的に機能しているようになります。

すると、どういう結果が起こるのでしょうか?

あなたがゴールをいつもしっかりと心に保ち、そして完全に気密にして秘密にしておくと、「外なる心」は、エネルギーが増加している間も逃げられないことを発見し、ボイラーの安全弁をオーバーロードした蒸気が通過していくように、必死になって突き進み、あなたの目標に到達してしまうのです。

そろそろ、あなたへのメッセージが終わりになってきました。

今すぐに、学んだことを実行するかどうかは、あなた次第です。

この『法則』に沿って生きていると、人々はあなたに気がつくようになります。

人々は、どうしてなのかわからないまま、路上や、社交や仕事の場で、本能的にあなたに魅きつけられるのです。

あなたは世間から見て、とても不思議な存在となります。

だからといって、あなただけの思考によってうぬぼれないようにしましょう。

それどころか、謙虚な態度で、こうしたことを可能にしてくれた至高の『ちから』に対して、感謝の念をささげてください。

John McDonald&anonymous

■第2部(15)

第15章

これらのメッセージに親密になって近づくにつれて、進行手順として挙げた例の要点が上手に描けていることを信じられるようになってきています。

以前にも言いましたように、このような主題を扱うとき、適切な意味を伝達するための言葉はしばしば不十分なものです。

ですから、今度は、よりよい説明をするために、異なるアングルからも事実に近づいてみましょう。

ここにある1つの例があります。


あなたがこの『universal law』の助けを引き出して発動しているようになると、あなたが心に保っていることを達成するためのお金や友人や権力も必要ではなくなります。

もちろん、大切な友人やお金などは大事にしますが、達成するための必須条件ですらなくなっているということです。

あなたの前にある目標にたどり着いている、すべての人が最初から達成していたわけではありませんよね。

また、あなたの目標をすでに達成している人を見ても、精神的にショックを受ける必要はありませんよ。

あなたの心は、そこを避けて伸びたほうがよいことを伝えているだけです。

世の中でのあなたの地位は、少しも重要ではないのです。

あなたの夢が今の仕事と直接結びついているかどうか、または、完全に今やっていることを変える必要があるかどうかも、問題ではありません。

むしろ、初めは1つずつ改善させていったほうが、繊細な違いが判りやすくなってくるものです。

また、前進したいという事実の他には、人生の確固たる計画を持っていないかもしれません。

世界中にある、あらゆる望みがどこかにあるというわけではありません。

それらは初めに心の内側に、しっかりと確固とした目標を設定し、そして、確実に達成させるために必要なのです。

そのため、いろいろ考えた後で慎重に、あなたはある最高のゴールを決定します。

それが遠くにあるようにみえたとしても、それが達成されるのは可能だと確信してください。

では最初の一歩は何をしたらいいのでしょうか?

まずは、あなたの最高の目標に向かうための最初の最短距離にあるゴールを設定してください。

その最初のゴールが達成されたら、次はどうしますか?

その先にもう一つのゴールを設定してください。すぐにです。

どうしてでしょうか?

それは「外なる心」には、今の状態を維持したいという奇妙な性質があるので、1つの目標を達成させた後、勢いを保ったまま楽に次のステージへ進むためです。

上手くいったときにこそ、最大限の注意が必要とされているのです。

あなたの「外なる心」がこのようなことを言っているのが聞こえてきます。

「よし、今まですばらしい勢いで進んできた。

目標を達成するために『ちから』も使った。

そして今ゴールにたどり着いた。ゴールについたのだから、しばらく休暇でもとってだらだらと過ごそう」

すると、あなたはこう答えます。

「だらだらすることはないよ。

すでに次のゴールへ出発しているのだから」

一度こうした貴重な勢いをつけてしまったら、その勢いを持続させてください。

そして、謙虚になってください。

その流れに乗ってゆくのです。

勢いが増してくると、あなたの進歩のステップはますます早くなります。

そしてついには、目標がほとんど即時に達成されることが可能になるのです。

目標を創造して、それに従うという道すじは、種子に起こる過程にとてもよく似ています。

いったん種子が土の中の暗闇に埋め込まれると、その種子の生命細胞が中に持っている絵とちょうど同じように表現したり、『out-pictured』(発現化)しようとする動きが開始されます。

『法則』に従って、種子は、光を求めて芽を上に伸ばします。

同時に根を下におろし栄養分を求めます。

もし、上に伸びる途中で、何らかの障害物にあたると、その障害をつき破ろうとはしません。

障害物を避けて伸びます。

もし根が必要な栄養を見つけられない時、植物は枯れてなくなります。

すべてがうまくいけば、花をつけ、目標が達せられています。

再び種子が落ちて、そのプロセスはくり返されます。

本当のプロセスは水面下の暗闇で起こっているのだということを、心にとめておいてください。

私たちにとっても同じことです。

あらゆる偉大で重要なアイディアも、その場所で育成されています。

さて、どのように物事が進んでいるか知るために、あなたの目の片すみで、たえまなく、ちらりと見続けるつもりですか?

どのように物事は作動するのか、あるいは、本当に作動しているかどうかを知りたいと思うつもりですか?

とんでもないことです。

あなたは目標を設定しました。

あなたは種子をまいたのです。その種子が芽を出しているかどうかを知るために、あなたは庭を何度も掘りかえさないでしょう。

あなたは種子を植えて、水をやりました。

あなたは、それだけで満足してください。

あとは、その存在の『法則』に従って、それは現れてきます。

そのときに確認すれば十分です。

ちょうど同じように、あなたの目的が現実化することを防ぐことができるものはこの世にはありません。

この世界には、『universal law』を無効にできるものはないからです。

この世界は、『universal law』に従って、発芽しているのです。

あなたはアイディアの種子を植えます。そして、それを心に保ちます。

栄養も与えます。これで、あなたの役割は果たされました。

あとは、『universal law』がその役割を果たすのを、信頼していればよいのです。

あなたは抵抗に遭遇するでしょうか?

そうですね、必ず抵抗にあうこともあるでしょう。

あなたの活動そのものが抵抗を創造するのです。

なぜでしょうか?

それは、活動はそれをサポートする反作用を必要としているからです。

抵抗は陰極で、行動や活動は陽極なのです。

そしてあなたにとってその両方が必要です。

抵抗があるから、動きそのものが可能になっているのです。

飛行機が空を飛べるのも、空気に抵抗があるからです。抵抗を利用して飛ぶことができるのです。

鳥は空を飛べますよね。

同じく、抵抗があるため、魚は泳げ、人は歩くことができるのです。

エンジンの回転が増加するにつれて、飛行機の勢いが増してゆきます。

すると飛行機をサポートする抵抗もより大きくなります。

勢いが増せば増すほど、飛行機はより高いところに到達することが可能になるのです。

これは私たちにとってとてもよい例です。

私たちが高い目標を達成するためには、勢いを得て、持続させることが必要なのです。

最初の段階を通過するまでは多少困難ですが、その後は楽になってきて、また仕事が楽しくなります。

何か価値あることをやりとげたという満足感の喜びは、他にないからです。

あなたは、何かに対して妨害していますか?

あなたが、あなたの進歩のための反対の力を認識して、わざわざ妨害して無くそうとすることは、自動的にその力が大きいと認めるようなことです。

非常に大きな力は、より小さい力によって抑制されることなどありませんよね。

妨害する必要すらないということです。

次の心理を忘れないでください。

あなたが、誰かをあるいは何かを妨害することは――それが批判、羨望、嫉妬、にくしみ等、の形での思いであれ、発言や行動であれ――相手を逆なでさせることです。

そして、このことに気をつけていれば、自分自身を弱めることなく、強力になってゆきます。

その人たちと同じような役割をくり返さなくてもよいのです。

なぜでしょうか?

あなたは自分の進歩のためにとても大切な生命力の一部を、その人や物に、わざわざ移転させないからです。

あなたはこの知恵を学ぶことができて、とても幸運なひとです。

さあ、あらゆる意味で、これらを実行してください。

■第2部(14)

第14章

さあ、これからとても簡単で、しかも非常に効果のある実習をやってみましょう。

ここに非常にパワーのある言葉のリストがあります。

これらの言葉は、あなたの生命力に栄養を与えるだけでなく、あなたが人生で希望するものを創り出すための内面的な作業を行う上で必要な『ちから』を与えてくれます。

次のものが私のリストです。

もしあなたがつけ加えたいものがあれば追加してください。



 集中        同調

 公平 寛大 平和 調和 寛容 なごみ

 理解 親切 知恵 共感 好意 恵み深さ

 導き 信念 能力 直感 幸運 受け入れ能力

 熟練 誠意 充足 可能 誠実さ 満足

 鋭敏さ 発想 笑 繊細さ 機転 健康

 体力 活力 生命力 若さ 輝き いのち

 目的 統一 真剣さ 目標 心に保つ 無心

 適性 前進 蓄積 楽 向上 統合

 継続 達成 自信 ちから 成功 確信

 理想 追求 最善 希望 追究 無限の資質

 統治 法則 支持 創造 秩序 安定

 充実 快適さ 幸福 楽しさ 心地よさ しあわせ

 思慮深さ 謙遜 実現 優しさ 謙虚 感謝

 思いやり 強さ 守護 慈しみ 労わり 癒し

 理            愛

 到達         安らぎ



一日の活動が終わり、日常的な勤めや仕事であなたの生命力が少し減退した時、30分か、できれば1時間、毎晩誰からも邪魔されない1人きりの時間を作り、自分の存在そのものと静かに対峙します。

その時あなたの必要としているもののために適当だと思われる言葉をいくつかリストの中から選び出します。

あるいはリストの順番に従って、最初の言葉から、自分のペースに従って、始めていってもよいのです。

一つひとつの言葉をあなたの存在そのものに、しっかりと沁みこませてゆきます。

同時にその言葉の意味をよく考え、それが今の自分にどのような影響を与えるかに気づいてゆきます。

それもその言葉の持つ一般的な意味ではなく、その言葉があなたにどのように訴えかけているかに気がつくことが大切です。

もう一度くり返して、この事実を強調しますが、あなたは「私」であり、「あなたの世界の『ちから』そのもの」です。

そして、あなたは自分の『ちから』でしっかりと立ち上がり、その状態で生きてください。

自分の『ちから』を誇示する必要なく、生きるということです。

私が私自身を信じているように、あなた自身の存在と可能性を信じてください。

詳しくアドバイスしませんが、「私は……だ」とリストの言葉を使って宣言するのは、あなたの心の状態が前向きになっていて、しかも、自分がくり返し唱えていることに、完全な確信を持っている時だけにかぎってください。

たとえば、もしあなたが「私は『ちから』である」と宣言する時、あなたの「内なる心」は、外部から、否定と疑いという形で攻撃することのできる道を開いています。

しかし、ただリストの言葉だけを、単純に『ちから』というように、言葉を自分にくり返し呼びかけるのであれば、宣言ということになりませんから、「外なる心」も否定したり、疑ったりはしないでしょう。

ですから、このことを特に注意していてください。

本当のマスターであれば、わざわざ自分から「私は『マスター』である」と名乗りでることなど絶対にしませんよね。

そうしなくても気がつくからです。

名前さえも所有する必要がなくなっているかもしれません。

また、実際に逢ったり、話し合ったりしてこのような主題を伝えるという遠まわりをすることもありません。

物理的な距離は関係ないからです。

見返りすらも求めていませんので、これらによって判断してください。

もうひとつ、2重否定によって肯定的な意味にすることも、できるだけ控えるようにしてください。

微妙な差異を表現するとき以外は、わざわざ反対のことを意識して、1まわりしてこなくてもいいですよね。


正しい心の状態を得るために、この実習を行うときは、外部の事柄や自分の体からあなたの想念を、瞬間的ではあっても、切りはなしてください。

そうすると、自動的に理想的な心理状態になります。

もちろん、「外なる心」は放浪して、何百という雑念を何百回でも、持ちこんでくることがありますが、さきほど私がお話した、道に迷った自動車のように、それは迷うたびごとに、正しい軌道にもどっているのです。

「外なる心」の迷いぐせはそのうち次第に減少して、あなたはまもなく、集中力のマスターになっている自分を発見することでしょう。

この実習を行う時、やすらぎ、くつろぎ、安心、安定などの状態で行ってください。

先ほども少し言いましたが、その反対の言葉は余分ですので、意識すらしないようにしておいてくだい。

仕事や社交や家族のことで時間がとれない場合があるかもしれませんが、それ以外の日は毎夜、この実習にささげてください。

これらのことばを、あなたの存在の奥へとしずめて、沁みこませることをゆるしてください。

なにかの水が入っている容器へ、純粋な水滴が、一滴一滴、したたり、底のほうから蓄積されていくかのようにですよ。

すると、必要ないものは心の中から押し出され、ついには、本当に純粋なものだけがのこります。

これら、パワーのある言葉は、自動的にあなたに必要なところや用途を発見し、それを満たす手助けをしてくれます。

これらの言葉は、食物が体に栄養を与えるように、あなたの「外なる心」と「内なる心」に栄養を与えてくれるのです。

あなたは毎日食べているものの成果を探すこと以上に、この実習によって得られる成果を探さないでください。

というのは、行為自体が結果を内包しているからです。

行為のみに集中するのです。

そして、毎日この瞑想をできるだけ規則的に実行してください。

そして次の日の夜の実習の時まで、実習のことは忘れてください。

言葉はあなたの気がつかない深いところでその仕事をやってくれます。

そしてすぐに、あなたとあなたの日常生活に効果が現れてきているでしょう。

■第2部(13)

第13章

次に必要なことは、あなたに「栄養」を与えることか、「蓄え」を用意しておくことです。

非常にわずかの人だけが、本当の意味で試みを持続できる能力を持っています。

このために、目覚しい成功がほんの少しだけになっているのです。

あなたの偉大な『ちから』の源は表層にあるのではなく、あなたの存在の奥深く、つまり、「内なる心」にあるということを、あなたはすでに学びました。

あなたは人生を深層的な部分も含めて生きており、自分の中に存在する偉大な『ちから』に気がつきました。すると、あなたは自分の信頼を「内なる心」によせて、適切な情報によってコントロールしているようになります。

その結果、あなたは、いつでも調和し、共存して、やすらいでいます。そして、ついには人生をスムーズに進み、密かに自信を得て、希望が湧いてきて、さらには、健康と精神的安定を手に入れてしまうのです。

どうしてなのでしょうか?

財産を築きあげる人は、健康と生命力を支払わなければならないと、なぜ一般的に信じられているのでしょうか?

それは、私がすでにお話したように、ある目標に対して、試みを集中すると、自分の生命力の一部を自動的にその目標に移転してしまうからです。

これは決していけないことではなく、むしろ必要なことです。

しかし、自分自身に栄養を与えて、生命力を補給して保ちながら続けていれば、エネルギーが満ちたままの状態で行えるので特に問題はありません。

希望するものをすべて、しかも限りなく手に入れることは、あなたが天から受けついた運命であり、生まれつき持っている権利です。

あなたが個人的に望んで入手した物は、あなたが用い、あなたが楽しむためにここにあります。それでなかったら、なぜここにあるのでしょうか?

あなたの所有している個人的な望みを、あなたは意識することができる、というたったそれだけの理由で、これらの物事は、特別にあなたのために、ここに置かれているのです。

あなたの周りにある物事を見まわしてください。

それが今のあなたという存在を密かに示しています。

もちろん、あなたはお金持ちになり、地位も得て、さらに健康で、幸せになることもできるでしょう。

それは、あなたが自分の存在の『法則』を知っていて、それと協力しさえすればよいのです。

一番大切なのは「あなた」が満足していることです。

私はそれで十分です。

貧困はありがたいものだ、などと言って、辛抱する必要はありませんよ。

貧困はこの世で最大級の呪いだからです。

どこかへ放った想いやことばは、自分にもそのまま跳ね返ってきているのです。

これこそが呪い原理であり、同時に祝福の原理でもあるのです。

その反射を避ける技巧などは、本来使わなくてもよいものです。

払うことなく祝福して祓っているほうがよいでしょう。

満足こそ恵みだと説いている人の主義は、本当に自分たちにとって誠実に働くことができます。

満足を祝福だと説いている間は、人生にとってよいことのための望みが、自分たちの心を癒しているからです。


『universal law』の基本原理をよく知っている人は、自分の天性に応じて、それぞれの構成を制定して、それぞれのやり方で働かせて成功するでしょう。

私は特別な意図を持って、私の手法についてふれることを避けています。

というのは、あなた方にはそれぞれ、自分独自の解釈と、自分独自の決定をする自由があるからです。

ですが、私の方法に関するヒントだけはお伝えしたいと思います。

しかし、それに影響されて、あなたの独自のやり方を変えないようにしてください。

マスターは、人まねや社会の習慣・伝統を超えています。

マスターやリーダーは、勇気があり、1歩前を迅速に進んでいるのです。

現実を再現する画家が大きな樫の木を画く時、木のまわりにある草や茂みや葉、場合によっては空や雲の様子を含めて描いてゆくことで、おもしろい絵になってくるでしょう。

立派な画家は信念をもって忠実に自然を再生させます。

私の方法もこれとよく似ています。

例えば、そのひとがカンバスを設置し、樫の木を描くとき、まわりの自然の背景をも画きます。

私も同じようにします。

そのひとは目前にあるpictureを引き寄せて得るために、絵の対象とならない他のあらゆるものを除外して、目的からも離れて画くことだけに集中します。

私もそうします。

時には、外界の何かが、そのひとに絵を描かせます。

ある時は、インスピレーションが絵を描かせることもあります。

私の場合も同じです。

一日の間には、無数のことが起こって、そのひとの気をそらし、絵を画かせないようにするかもしれません。

しかし、頭の中にあるpictureが最も重要なものなのです。

そのひとはこうした気を散らすものに抵抗しません。

それに必要な注意を向けてから、また絵の方に心をもどします。

私もまったく同じようにします。そのひとは一つの絵が完成すると、次の絵にとりかかります。

私もまた同じようにします。

というのは、私の意識も心も、前進を望んでいるからです。

こういった適切な習慣によって、進歩しているのです。

一つ具体的な例を示しましょう。

もし、今、ここに私の執事にいてもらいたいとします。

私は自分の心の絵の中に、この場の情景にかこまれて執事がここにいるビジョンを画きます。

すると間もなく、そのイメージが『out-pictured』します。

もし、私がお金持ちになりたいと望んだとします。

私は本能的に富を伴ってくると感じるものや、自然と含めたいと思っている、あらゆる状況や所有物など、すべてのもので囲まれているpictureを画きます。

必要なら、成功した人が持っていた『out-pictured』(内部のものが外面化した絵)や『externalized picture」(外部のものが集まって具現化した絵)からヒントを得ることもあります。

そして、日々の生活に必要なことは、通常どおりやり続けます。

私がこの世で外見上、何をやっていてもそれはあまり重要ではありません。

私が心の中で何をしているかが、大いに重要なことなのです。

もし、私が初心者で、例えば新しい車か家がほしいとしたら、私は雑誌から自分のほしいものに一番似ている写真か絵を選んで、いつもすぐ見える場所にはっておきます。

こうして心に保っていると、「外なる心」の準備が整い、心に浮かんだアイディアの『out-pictured』を早めるのです。

明確でありながら、1つしかない固有の物や人でないところがポイントです。

自分が求めているものの共通の要素を選び出して、心に保っていたほうが『out-pictured』しやすいということです。

無用な争いを事前に避けられるようになりますよね。

初めのうちは達成するための知恵やひらめきが浮かんでくることでしょう。

また、マスターするに比例して、今度はチャンスそのものが目の前に現れてきているようになります。

多くのチャンスは、予め準備されているところにやって来ます。

実際は、視野が広がるほど今まで見過ごしていたことに気がつくようになり、目の前に現れやすくなるだけですので、準備していれば容易に掴むことができるようになっています。


そして、その結果を通しても、あなたにとって本当に必要な部分を発見して、さらに学び続けることができるようになっています。

必ず、今のあなたが成長するために最適なものが現れてきているのです。

■第2部(12)

第12章

秘密にすることの価値を説明する前に、もう一つの別の話をしましょう。

「私は……である」「私は……をする」「私は……をした」と宣言するとき、あなたは、とてつもなく奥深いことを発言しています。

「私」と表現する時に放射される『ちから』を十分に理解している人は本当にわずかです。

「私という存在は私である」『I am that I am』という偉大な言葉を思い出してください。

この言葉は時代を超えて生き、語られています。

このことばの意味が本当に理解されたとき、私たちは個人を越えて、universalの『ちから』に結びつけられるのです。

あなたの体はあなた個人のものですが、「私」という言葉を発するとき、あなたはuniversalを表現しています。

宇宙全体が「1」というただ1つの形態で表現されているのと同じように、この宇宙には、ただ1つの「私」だけが存在しています。

1以外の形態は、その1をいくつか合わせたものか、分割したものなのです。

たとえば、7というものは1を何度かくり返したものですよね。

大切なことは、「私」とは、この1という形態から発芽してきたものだということを理解することです。

私がお話したことから、次のことを理解できるはずです。

あなたが「内なる心」から仕事をする時、あなたは個人を越えた無限のuniversalの助けを呼びさまし、受け取っています。

では、その状態に達するにはどうすればいいのでしょうか?

それは意外と簡単です。

ただ、これから私が説明するやり方に従うだけでよいのです。

するとあなたは知らないうちに、その方へと引きつけられてゆきます。

これから言うことは、よく注意して聴いていてください。

もし、そこにあなたしかいないのであれば、あなたは「私」という自分を示すことばを使うことなしにあなた自身を表現することはできませんよね。

次に、あなたが個人的な出来事から離れているとき、そこには、「あなた」が存在しています。

まだ、はっきりと理解できませんか?

それなら、「私」という代名詞を他の人たち自身へ適応して用いたことがありますか?

もちろん、あなたはしていませんよね。

あなたは、「彼」「彼女」「彼ら」「あなた」「私たち」と言うかもしれませんが、他の人を「私」とは決して言わないでしょう。

あなたが「私」だからです。

そして、それは「あなた」です。

すべての存在が個人個人の認識能力の範囲内で「私」というものを持っています。

例えば何十兆個とある、あなたを構成している細胞の1つひとつが、その認識範囲内で「私」というものを持っています。

そして、あなたはそれらの細胞すべてを含めて「私」だと思っています。

マスターは、自分の環境や状況を含めて「私」だと思っています。

ですから、自分の環境や状況に対しても同じように、無条件に愛情を注いで「私」だという認識を強めています。

私たちは、5分間の無意識的なrender(反射的な表現)をされたことがあるのなら、ちょっとした偶然の出来事を通して推量できるでしょう。

また、ほとんどの人は、1日に1度は無意識的な時間を求めています。

あなたは、熟睡していること自体をこわいとはあまり思わないですよね。

それは、休息の時間で癒されているからです。

あなたもすでに実感していることでしょう。

もし、あなたが先の段階に進んでいるのなら、必要に応じて最適な心の状態にできることが判ってきます。

さて、「私」という存在は偉大でとてつもないもののため、他の誰でもなくあなた自身が、個人個人に「私」と表現したとき、実にすばらしい『ちから』を持っており、あなたは自分で自由にできる『ちから』が何なのか分かることができます。

自分がいかにすばらしい人間かも判ることができます。

自分が今やマスターであり、開発されて利用されるのを待っている能力がある、ということも解ることができます。

もし、私が言っていることがよく理解できないとしても、今はわからないままでいいでしょう。

後で振り返ってみたときに、1ヶ所でも分かれば、そこから連鎖的に判ってきて、ついには全体像まで解るようになるからです。

また、対立しているものすべてが、それぞれ正しいものだということまでわかってくると、理想的な形で臨機応変に『ちから』を使うこともできるようになっています。

何のために使うのかを明確にしていることがポイントです。

目的が善ければ、善い「もの」が現れてきます。

まず先に進みましょう。

あなたは、あとで、自分でその理由を考え、そこにある真理を発見すればいいからです。

こんなに詳細に説明する意義があるのかどうか、あなたは疑問に思うかもしれません。

しかし、私には目的があり、その目的とは、あなたにもっと深く、真剣に考えさせる、ということなのです。

「真剣に」という言葉と、「頑張る」という言葉をとり違えないでください。

「頑張る」というのは心理的な緊張を意味していて、不安と恐怖から生じているもので、心にも体にも決してよい結果を生まず、破壊的な作用を持っているものです。

努力という言葉にも同じようなことが言えます。

努力を意識して見返りを期待することは、できるだけ避けたほうがよいのです。

これと反対の意見を持つ人もいます。

もちろん、それも正しいことです。

2種類の性質がある言葉の差異を、それぞれ認識せずに使っている人であれば、そのままでよいこともあります。

また、この言葉の差異に認識せずに使っている場面に遭遇したとき、あなたがどのように思うかという反応を通して、「あなた」の本性が現れてくることもあるので気をつけてみてください。

それが何なのか見極めることができれば、本来持っていた性質さえも自在に変えることが可能になるかもしれません。

どうするかは、その人の自由です。気持ちが建設的であれば、特に気にすることもないでしょう。

どちらを選択すれば、あなた自身にとって本当によいのかを考慮してください。

本当に偉大なことを成し遂げている人々は、一見、頑張ったり努力しているように見えますが、そう観えるだけです。

本人たちは、そのことすら意識していないところで試みている場合が多いのです。

そして、それが常識離れした驚異的な成果となって私たちの目の前に、実際に現われてきています。

最適な試みが、最適な結果をもたらしていることは実感していますよね。

ここで、「真剣に」と使っているのは、精神的な勢いや『ちから』を意味していて、結果はとても建設的です。

あなたがはるか遠くまで進歩するかどうかは、目標の方向に栄養を与えて「真剣さ」をどれだけ保つことができるかにかかっています。

近年、すべての進歩はとても早くなってきています。

世界の進歩とともに歩むか、それともあきらめてしますかのどちらかですが、あきらめないかぎり、私たちには前進し続ける可能性があります。

明らかに見極めることで、諦めがついて手放すこともできますが、それは、そうすることで先の段階へ進むことが可能な状況でのみ、有効なのです。

ですから、あきらめなくてもよいのです。

理想を実現させていいのです。

また、永続的な成功を楽しむためには、世の中の歩みより、一歩だけ先を歩いている必要があります。

人間の心の中には、もっと早く目的地に着きたいという願望が常に存在していました。

これが自動車の発明という形に結晶し、『out-pictured』しました。そして、自動車の実現は高速輸送の一般化の大きな一歩となりました。

しかし、人の心の中には、より大きな達成へ常に手を伸ばしたいという性質が自然にあります。

そして、自動車の運行の障害にならなくて、かつ速い方法を見つけたいという人の心に従って、次に飛行機が現れました。

この、ちょっとした変化に気がついてください。

大きな変化を簡単に起こすことも可能だということがわかってきます。

一方で、維持すべき伝統に対しても敬意を祓っていてください。

目的によって形態や生態を変えているだけだからです。

共に到達するところは同じですよね。

自分たちの行いが自分たちに返ってきているように、自然に対して行ったことを自然もこちらに送り返してきています。

この理由さえも知りたいと思えば、後でわかるようになるでしょう。

自然と共存できる道は、『universal law』と共存できる道でもあります。

人間の、成長したいという性質も自然のものです。

このように、適切な形で常に前進をめざしている人の心は、永遠に進歩し続けてゆくのです。

こころを開いてまわりを見てください。

あなたにはきっとその流れを見分けることができています。

多くの人の心は常に進歩をめざしており、旅の高速な手段は、現在の飛行機にとどまることはありません。

正直に言いますと、私は、この方向の次の段階をお話することをためらっています。

ですが、お話しましょう。

そう遠くはない将来、心が非常に迅速になってきていれば、いずれ到達することになるからです。

『universal law』を知り、それを用いる者は最高に優秀な存在になります。

それは、『universal law』に目をくばり、適切な思考を遵えて知恵を受け入れている人です。

ですから、時代遅れとなった方法に『ちから』を使って通過することに従うよりは、物事を思いによって通過していく方法を学ぶことが、とても大切なのです。一方はマスターです。

秘密にすべき理由は次のとおりです。

「私」という言葉は個人を越え、「universal」であるために、それに続くどんな言葉にも、その『ちから』を投入します。

そして、あなたの計画を秘密にしていれば、その計画はエネルギーを保ったまま、その『ちから』を増加させることができるようになります。

すると、「外なる心」は逃げ道を見つけ出せずに、あなたの目標はそれが必要とする勢いを得てしまうのです。

■第2部(11)

第11章

あなたがある町にできるかぎり早く着かなくてはならなくなったとします。

車に乗りこむ時、あなたは自然と目的地について心に絵を描き、その方向に顔を向けています。

その地点まで長い距離があると、違った道にそれて行ってしまうこともあるかもしれません。

しかし、このことに気がつき、あなたは適切なコースに再び戻ってきます。

それは、心に描いた絵があなたを導いているからです。

あなたはその方向へ向かって進み、目的地に通じる道を見つけだし、そこにたどり着いています。

また、到着時間が予め指定されていれば、様々な移動手段を思い浮かべて、時間に間に合うようにしますよね。

あなたはそこに到着するまで、確固とした目標を設定して心に保ち続けています。

あなたは目的や行先を特に何の努力や緊張もなしに、心に保持し、自分が道をそれたと判ったときには、また適切な道にもどり、たどり着いています。

また、重要度に応じて、設定した目標の中に達成する期限を含めています。

私たちが今学ぼうとしていることも同じことなのです。

もし、何かを立派にやりとげたいと思ったら、あなたは確固とした目標を設定して樹立すればよいのです。

あとは続けていれば自然とたどり着いています。

確固とした目標を設定して樹立するとはどういうことでしょうか?

それは口で言うほど簡単なことなのでしょうか?

慣れてくれば簡単になります。

あなたは、一夜のうちに百万ドルを作るという目標を設定する気はありますか?

あなたが百万ドルを即座に作れるだけのキャパシティがあれば、あなたはそうするかもしれません。

それは例外的な場合です。

賢いやり方は、マラソン走者が、最初は1マイルから初め、2マイル、3マイルと順次増やしていって、最後に全工程を走破できるようになるのと同じように、キャパシティを大きくしてゆくことです。

では、確固とした目標を設定することがなぜ必要なのでしょうか?

それには3つの理由があります。

第一に、「内なる心」はあなたの存在におけるプラスの極で、「外なる心」はマイナスの極なのです。

この宇宙に存在するものすべてにはプラスとマイナスがあって、循環や円を完成させています。

簡単に言うと次の通りです。

まず、同じ根から生じたものが極を形成しながら少しずつ枝分かれし、合流すると混ざり合って中和されるか、『ちから』のあるものが表に現れ、再び幾重にも枝分かれしながら一方では合流してゆき、最終的に同じ根へ戻ってきます。

ですから、反対の性質を持つものが別々に存在したり、中和されて1つとなったりしている状態が同時に存在しています。

そのために、あらゆる活動や運動があるのです。


後退という概念によって、前進があります。

下降という概念によって、上昇があり得ます。

悪という概念によって、善があります。

もし、暗闇がなかったら、光が存在するでしょうか?

私たちにとって、何か1つのものを認識するということは、それと比較するために反対のものがあるということです。

さもなければ、それは私たちにとっては存在していない状態であり続けるのです。

さて、『法則』に従っているもののすべてにおいては、通常、プラスの『ちから』がコントロールし、マイナスの『ちから』が仕える役をしています。

しかし、人間においては、これが逆になっています。

すなわち、「外なる心」が世界を見ており、調和、平和、恩恵、可能というような状況を報告します。

それはなぜでしょうか?

「外なる心」に対して、確固たる指示があると、目標に従って進んでいっているからです。

目的によって導かれて、本当に大切なものだけを受け取ってしまうのです。

もし、確固たる目標を設定して心の中でしっかりとイメージされていたり、描かれていれば、「外なる心」に確固とした行動規範を与えることによって、瞬時に正道へ引きもどします。

すなわち、あなたは特別の努力をしなくても、「内なる心」の前向きな『ちから』が自動的に発揮されるようになるのです。

そして、自動的に、プラスの状況や人々を確実にあなたのもとに引き寄せます。

まるで、鉄の小玉が磁石にひきつけられるようなものです。

これこそが、なぜ確固たる目標が必要なのか、という第一の理由なのです。

第二に、私たちをとりまく大気の中には、何千万、何億という思想がいつも飛びかっています。

同時に放送を送り出しているこの国の何百というラジオ局を考えれば、空中に存在する思考について、少しは理解できるでしょう。

人間一人ひとりもまた放送局であり、誰もが受信機でもあります。

あなたが質問を言葉にして発する前に私が即座にそれに答えることができるのは、このためなのです。

実は、あなたが口に出す前に、あなたの考えを私は受け取っているのです。

これは何年も訓練して、発達させることができる能力です。

この能力は私の中にも、また、あなたの中にもあります。

この能力を意識していない人は、ただ気がついていないだけです。

ですから、ほとんどの場合、他のひとの思考から受け取った「こと」を、自分の思考だと思い込んでいるケースが非常に多くあります。

私は自分の能力を発達させて、明確に区別しながら利用しています。

これについては、あまり気にしないほうがよいでしょう。

いずれ、だれもが利用しているようになっているかもしれません。

また、あなたのために1つ付け加えておくことがあるとするなら、それは世の中をよくしようとせずに、この能力だけを発達させたいと思わないほうがよいということです。

確固とした目標を持つ人は、あらゆるものにダイアルを合わせることなく、何かを手に入れています。

そういう人は、実に幸運な人たちです。

何百万という対立する考え方にまどわされずに、人生を調和と幸福で満たしているからです。


確固とした目標を持つ人は、ある一つのことだけに慎重にダイアルを合わせています。

その活動は自動的にその人をその方向へ向けさせて、他のものは一掃させています。

もし、お金が目標であれば、お金を得ます。

地位を希望する人は地位を得ます。

このような人が同調したものを抑制させることができるものはないため、こうした人がねらい定めた目標は必ず達成されてゆきます。

この理由も後でわかるようになるでしょう。

第三に、何かに心を向ける時、あなたは自分の生命力の一部をそのものに移転します。

対象が、大きいものか、小さなものか、物質か、物質でないか――鉛筆、帽子、自動車、家、富、教育、職業、旅――は関係ありません。

生命力の移転によって、それをあなたの方に引き寄せることができるのです。

そして、そのことを心の中で念じ続けている間はずっと、あなたはその目標に栄養を送り続けているのです。

あなたの望みがどれほど真剣かによって、その生命力が発せられる強さが決まってきます。

ですから、その『ちから』の向ける先を1つに見極めて、『ちから』を集中させて、特定の目標にものすごく強い影響を与えることで、反応は一層迅速になり、どこかで何かが起こるようになるというわけです。

あなたは、いくつもの小さな目標を乗り越えてやっと到達できるような、大きな究極の目標を持っていますか?

もしそうであれば、大部分の目標はそのまま置いておいて、今は全力を最も身近にある手の届く範囲のものへ向けてください。

それを最初の目標にします。

そして、その目標が実現したら、次の目標を取りあげてゆきます。

こうして、次々と心に浮かべて発生させていけばよいのです。

簡単ですよね。

また、最大の目標さえも通過点の1つだということを知っていれば、勢いを保ったままでいられるようになってきます。

さて、この『法則』の全体像を説明したでしょうか?

ある意味ではそのとおりです。

しかしまた、そうではないとも言えます。

具体的に何をなすべきかを伝えるのもよいのですが、どのように行えばいいのかを伝える方がもっとよいでしょう。

成功をどのようにして手に入れるかを学ぶだけでなく、それをどのように保ち続けるかということも学ぶことも大切です。

ですから、私はさらに踏み込んで、さらなる成功を達成するために重要な条件をお伝えします。それは秘密にするということです。

■第2部(10)

第10章

人はいくつもの心を持っている、ということを聞いたことがあるかもしれません。

それは、その通りなのですが、心はたった一つでもあるのです。

電気も大気もそれぞれ1つしかないのと同じことです。

いくつもの心といっても、1つの心をいろいろに表現しているだけなのです。

私たちは心を、空気や電気と同じように、個人の必要に応じて使いわけています。

さて、私は次の主題を説明するに当たって、これとまったく反対のことを言うので、そのことについては気にしないでいただきたいと思います。

ここで私は3つの心についてお話します。

もちろん、もう少し細かく分類することも可能でしょう。

説明を簡単にするため、3つにさせていただきます。

もっと正確に言えば、心の3つの形態ということです。

あなたは3つの心から成りたっています。

第一は、あなたの体を機能させている心で、もっとよい表現をすれば、私はそれを「より深い心」と呼びます。

この心に関しては特に心配する必要はなく、むしろ、気にしなくていいと言ったほうがよいのかもしれません。

それは私たちよりもずっとよく、自己の働きを知っているからです。

私たちは体から意識をそらすことによって、この心と協力して、健康や体力増進をはかることができます。

そして、この「より深い心」が正しく機能するのを邪魔さえしなければ、それはとてもうまく作用するのです。

私たちにとって、とても興味深いのは、他の2つの心です。

私が「内なる心」「外なる心」と呼んでいるものです。

五感という媒体を通じて外部とつながっている「外なる心」の役割は、その希望を「内なる心」に伝えることです。

「内なる心」こそ、あなたの中にあるパワーの源なのですが、「内なる心」は自ら判断して善し悪しを決めることなく受け入れてくれます。

その結果、心の迷いのようなものもありません。

「内なる心」は不可能・可能、失敗・達成、障害・直進、限界・無制限、不足・充足というものを区別していません。

そのため「外なる心」が指示した方向に向けて制限のないすごい『ちから』を発揮することができます。

 「内なる心」の性質を説明するために、原子のエネルギーと比較してみましょう。

世の中で、原子力が大きな動力源であるように、「内なる心」は、あなたが手に入れることのできる最大の『ちから』です。

原子力も「内なる心」も、それ自体が独立して働くことはありません。

どちらもそれらを動かすことを刺激して誘発するために、分かれている別の作用媒体の働きに頼っています。両者とも善い知恵があれば、善い結果のみをもたらします。

したがって、「外なる心」が「内なる心」と連携し、両者が協力するということが、どんなに大切かわかるでしょう。

もし、人間がそのようにして活動しているならば、状況をマスターしている存在になっているはずです。

では、どうしたら人は人生において、状況を司るものになれるのでしょうか?

それは次の手順によります。

まず、「外なる心」は希望を創りあげます。

この希望が「内なる心」に自動的に取りあげられます。

すると「内なる心」は即座にその実現に向けて働き始めます。

そのため、「内なる心」が、その偉大な『ちから』をその方向に十分に発揮させられるだけの時間を「外なる心」が創っておきます。

そして、そのときには、「外なる心」はその希望だけを見つめて、ありもしない障害にまどわせられないようにします。

こうしておけば、「内なる心」は表面に現れないものなので外部のものごととの唯一の接点である、「外なる心」に従って、その本来の『ちから』を集中させていることができるようになります。

そして、そういったことがくる日もくる日も続くと、よけいな穴が塞がってすさまじい勢いを得た蒸気がパイプを通過していくように、そのすばらしい『ちから』を1カ所に集中させて、あらゆることが達成できるようになってしまうのです。

「内なる心」が何かを達成しようとするとき、どうすれば邪魔されないのでしょうか?

それは、「外なる心」が、目や耳などから入ってくるすべての情報を判断し、これらのメッセージを「内なる心」に伝達している内容に気をつけることです。

人はどのように行動していると思いますか?

人々は毎日、外の世界で体験することを写真に撮ってから、この写真を自分の中に焼きつけています。

しかし、本当はこの過程はまったく逆であったほうがよいのです。

私たちは望ましい絵をまず心の中に画き、それを自動的にまわりの外の世界に焼きつける『ちから』と能力を持っています。

あとでわかると思いますが、これは実に簡単なことなのです。

これができるようになればマスターです。

そして、以前とは違った存在になります。

それなら、規律に背かないように、外なる心を訓練・制御する必要があることに思い至るでしょう。

まさにそのとおりです。

しかし、「外なる心」は毎日、何千ものことを体験しているのですから、普通の訓練を改善させることで、時間を節約することができます。

最適な訓練を行えば、最高にうまくいかせるために、最短ルートの過程だけですむようになります。

そして、「外なる心」を上手に使いこなすためのより早い、よりよい方法があります。

この方法を行えば、どんな結果に対しても動揺することがなくなり、「外なる心」の有益な面だけを採用できるようになります。そして、この方法の第一歩は次のとおりです。

■第2部 (9)

第9章

あなたのためのメッセージの次のステップはこれです。

どんな状態、状況であっても、心の中に固定されたpictureあるいは、意識したことは、それ自体が事実として扱われています。

五感などを通してあなたが経験するものは、『out-pictured』したり、目に見えたり形として触れたりする心の中のイメージです。

これは芸術家が、心の中のイメージをカンバスに表現するのと同じです。

芸術家の指先は、心が表現しようと思っていることを表現するための道具なのです。

芸術家の指先は、心の導きと指令のもとにあります。

あなたの体の細胞はどんどん入れ替わっています。

科学者によれば、時間が経てば、ほとんどすべての細胞は入れ替わってしまうということです。

しかし、あなたは何年も前のことを憶えていますね?

あなたは子供時代のことを思い出すこともできます。

十分にくり返して、確実に身につけたことも長期的に憶えていますね。

体の細胞が入れ替わってしまっているというのに、何年もたった昔のことをなぜ思い出すことができるのでしょうか?

それは、「意識」というものが心の断片を繋げて記憶として引き出しているからです。

つまり、今のあなたという存在は「意識」なのです。

あなたは「体」を「意識」している存在なのです。

個人の本体として、個々の範囲で機能している、私たちの実体は全能である意識をつくっている「もの」なのです

あなたの体はあなたが人間として機能することを可能にする乗り物のようなものです。

あなたという存在の意識がマスターで、あなたの体は従者なのです。

体は表現するための道具なのです。それだけです。

では、あなたが存在しているかぎり、ずっと心の中に描かれ、イメージされて残っている体と、定期的に、完全に分解されて土に帰ってゆく体と、どちらが本物の体なのでしょうか?

また、心の中に描かれ、イメージされたものと、わずかの間存在し、のちに分解してしまう目に見える物体と、どちらが本物なのでしょうか?

人類が達成したものの中で、物質的な世界はささいなものでたいしたことではないと言っているわけではありません。

実際は、どちらも同じだけの価値を持っています。

本質的には物質と心は対等な存在です。2つの関係に開きがあるように思えるほど、別のものに見えやすくなっているだけです。

どちらか一方に囚われなければ、どちらも尊重できるようになってくるのです。

物質には物質を成り立たせている『universal law』があるのと同じように、心には心を成り立たせている『universal law』があります。

どちらも同じ源から発芽しています。


ですから、まずはじめに心の働きに関する基本的な知識を得ることは、『universal law』へ近づくために最も重要なことでもあるのです。

心の中のpictureがobjectified(客観化)する過程を、もっと明確にわかりやすく説明できればいいのにと思います。

しかし、それにはもう少し時間が必要ですので、あなたを混乱させないために次の提案をさせてくだい。

『universal law』のように深遠な事柄を理解しようとする時、実際に実践してみることで、言葉の不足分を補うことができます。

そのため、本当に理解するためには、一歩一歩あきらめることなく、それに近づき、そしてその中に入りこめばよいのです。

幸いなことに、『法則』を用いるために、実現化の過程を知る必要はありません。

太陽の光を楽しむのに、その光が地上に送られてくるメカニズムを知らなくてもいいのと同じことです。

ここまで、読んでくれたあなたなら、私があなたのために誠実に書いていることを、信じていることでしょう。

それは大変よいことです。

それなら、それと同じだけの信頼を、『法則』の持つ『ちから』に与えてください。

そうすればあなたが行うことは、すべて達成することができるでしょう。

では、次のステップに進みましょう。

■第2部(8)

第8章

さて、次のことを考えてみてください。

あなたはどのようにして、ここに存在しているのですか?

あなたは針の先よりも、もっと小さな細胞から成長しました。

針の先ほどの大きさの細胞、あるいは種子の中に、今あるような複雑ですばらしいあなたの存在の本質すべてが含まれていたのです。

多くの人の体、頭、髪、腕、手、足、その他みごとな内臓各器官が、その最初の細胞の中にそのものずばりの形で含まれていたわけではありません。

ではどうやって、今のあなたのような立派な体格に成長したのでしょうか?

それは、その細胞が、「spark of Mind」ともいうべきものを内蔵していたからです。

その細胞は、自分の存在の『法則』に忠実なある『ちから』を持っていました。

つまり、あなたという1つの固定したイメージ、または心像を持っていて、それが芽を出し、成長し、やがて『out-pictured』(像として現れ)、あるいは、『法則』に従って「objectified」(客観化)されたわけです。

もしこうした表現が妥当にみえなくても、細胞に働くある種の『ちから』があって、それが明確な設計図に従って成長していると推測できることは、あなたも認めざるを得ないでいしょう。

ですから、なんらかの形で知的なものが存在していなければなりません。

この知的な設計図の存在のことを、細胞は「spark of Mind」を内蔵していると表現したのです。

この時点である事実を明確にする必要があります。

それは私たちがこれから先、前に進む上で根本原理となることだからです。そして、そのポイントは次のことです。

心はどんな形のものであれ、あるイメージや心像とも言うべきものを持っています。

どんな考え、形式であっても、心にしっかりと保たれた心像は必ずどこかで現れてきます。

それは、偉大で変えることのできない『universal law』です。

そして、この『法則』と賢く協力すれば、私たちの状態と状況を完全にマスターできるでしょう。

あなたは自分の心の中で、密かにほしいと望んでいたものが、いくらもたたないうちに手に入ったという例を思い出すことができますか?

あるいは特定の人に会うかもしれないという気がして、ほんのしばらくたつと、その人が本当に現れたということはありませんか?

あなたは「おやおや、これは偶然ですね!

今朝、あなたのことを考えていたのですよ」と言うかもしれませんね。

しかし、これは単なる偶然の一致ではありません。

少しも不思議なことではありません。

これは明確な『法則』が働いた自然の結果なのです。

しかし、もしこれが本当なら、どうして私たちの望み、あるいは思いのすべてが実現しないのでしょうか?

多くの願いは実現しているので、よく注意してみたり、『universal law』を知って、気がつくように過ごしてください。

そしてまた、明白な政策もとってみます。

同じことをしていても、目的が変わるだけで、結果も変わることがあるのです。

ただし、特定の人のときには、自然に浮かび上がってきたイメージでなければ、相手にも自分と同じように水面下でイメージを共有するか選ぶ自由があります。

なぜ実現してしまうのか説明するために、ラジオの例を使ってみましょう。

ある放送局を聞きたいのに、その放送局と同じ周波数の電波を他の局が出していれば、混信が起こります。

しかし、他の放送局が一時的に電波をながしていなければ、あなたは目的の放送局をはっきりととらえることができ、あなたの希望はかなえられます。

これとまったく同じように、もし私たちにひとつの願望が生まれたとき、その願望に相対立し、その『ちから』と意識を無効にしてしまうような他の思いがなければ、それは偉大な『ちから』を発揮します。

そして、あなたの願望は実現します。

すなわち『out-pictured』(内部のものが外面化)したり、『externalized』(外部のものが集まって具現化)しているのです。

誰しも、一時的に心がまったく空白になり、宙をぽかんと見つめている瞬間を体験したことがあると思います。

もし、そのような時に、何か願望や希望を十分な『ちから』をこめて心の中に注入することができれば、それが速やかに実現されることをさまたげるものは、何ひとつありません。

では、あなたの思いを強めて心に秩序を作っている原因は、何なのでしょうか?

それは、自分の外にある『ちから』よりも大きな『ちから』が、自分の内側に存在しているという、適切な思いなのです。

そしてもし、ある実行のシステムを通して、思いがすべて建設的な状態になって無意識的に表面化できるようになれば、どんなことであっても人生に影響を与えて、すべての状態と状況をマスターしています。

このことが正しいかどうか証明する方法があります。

それは実際にやってためしてみることです。

■第2部(7)

第7章

私がこの『法則』の原則をお伝えするとき、あきらかに矛盾することを言いますが、それをあまり気にしないようにしてください。

というのは、この種の事柄について論ずるとき、それはよく起こることで、むしろ必要とも言うべきものだからです。

さて、次のアドバイスを心にとめておいてください。

これから述べる私のメッセージを、あなた方はそれぞれ、自分なりに受け取ればいいのです。

もし、私の言うことの中に、今はまだあなたにとって意味がなく、心にひびかないものがあるときは、無理に理解しようとしたり、受け入れようとしてしなくてよいのです。

今はまだ理解できず、時には反発を感じることであっても、あなたの受け入れ能力が増すと、あとになって、必ず、それがとても簡単なことで、しかも、とても価値のあることだとわかるときが来ます。


人によっては、言葉を少し変えることによって、もっとわかりやすくなったり、より一層、心に響くこともあります。

もし、言葉を変えることによって、ある文章がより明確になり、自分の考え方や気持ちにぴったりと思える場合には、自由に言葉を変えてください。

自分には知りたいことがある、と思っている人は何かを学ぶことができます。

疑いと抵抗を持つことは慎重さを期すにはよいことですが、結果的に余分な時間がかかることが多いものです。

ですから、初めのうちは疑問を置いて、多くのことを学びながら振り返って考慮してゆけば、より簡単に解決することができます。

そのため、問題に疑いと抵抗を持ってのぞまなければ、短期間で多くのことを学ぶことができるようになります。

こうすることによって、大きな希望が見えてきます。

ですから、何ごとにもこころを開いて取り組み、自分たちの成長とやすらぎとしあわせになるために貢献していくことを喜んで学ぶことは賢明です。

私の言うことを全面的に信じなさい、とは言えません。

それではあなたの思想の自由を侵害することになるからです。

しかし、私の言うことを疑ったり、抵抗したりしないようにしてほしいと思います。

と言いますのは、あなたが求めている助けを確実に得られるようにするためです。

あなたにとって、最高にためになる態度は次のようなものです。

「私はこれらのメッセージに対し、こころを開き、中立的な態度で、自分が得られるものは全部吸収しよう。

そして、今現在、私に理解できない事実や、信じられない考え方や、主張があっても、そうだからといって、それが正しくないと言わなくてもいい。」

正しいかどうかは、賛成してみとめられるかどうかで決まっているだけだと考えてみてください。

この『法則』を利用するためには、この『法則』の働きを明確にしている必要があります。

あなたの理解を助けるために、できるだけ身近な例をとりあげて説明しようと思います。

『法則』が働いている心は、家にたとえることができます。

時が経っても、本当に必要な家具や絵画や装飾品、その他の本当に必要なものだけがあり、また、それらがしっかりと配置され、あらゆる場所がすっきりしている家があったとします。

その結果、家の外側がどういう世界であっても、家の中は整然として秩序があって、さわやかな感じになっています。

そのような状態だと、何ごともスムーズに可能になっています。

ある1つの目標に向かって進もうとすれば、別のものにつまずくことなく一直線に到達し、かんたんに目的まで達成することができます。

その場所自体に、秩序や意図や解決への働きがあるからです。

ですから、第一に必要なことは、あなたが成功するためにどうしても必要なものだけを集めて手元に置いておくことです。

■第2部(6)

■第2部

第6章

このひとの部屋に入ったときに見た光景は、今でも私の記憶に鮮やかとしていて光彩を放っています。

このひとの部屋の調達ほどみごとなものはあとにも先にも見たことのないものでした。

それに加えて、なんとなく部屋全体が光彩を放っており、さらにすばらしい光景となってまわりを包み込んでいるように思えました。

とにかく、ことばでは伝えきれないほど輝きのある場所だったのです。

執事に導かれて、私は繊細な香りをただよわせながら芸術的に飾られている花々で満ち溢れている部屋を通りぬけ、踏むことが冒涜とさえ思われるすばらしい絹のじゅうたんに導かれてこのひとの書斎と思われる部屋に通されました。

そこにはすでに、私たちのために椅子が用意されていました。

ほどなく、このひとが部屋に入って来ました。

私は眩しいぐらい光彩を放っている部屋がとても豪華絢爛に見えたために、このひとも立派な服装をして現れるかと思いましたが、このひとの身につけていたものや態度はきわめて簡素でした。

むしろ驚いたほどでした。

なぜか簡素でありながら、すばらしい輝きを放っているかのようにも見えました。

このひとは自分が持っている『ちから』を意識しているので、見栄を張らなくてもよいどころか、むしろ、人々の注目の的になって公にされるのを避けたがっているような印象さえありました。

このひとは部屋の美しさについて、自分はただ美しいものが好きなので、こうしたものに囲まれているだけですよ、と説明しました。

このひとは次のようにメッセージを語りはじめました。

あなた方は不思議な『ちから』を持った不思議な人に会いたい、空中から幸運をひっぱり出して与えてくれる一種のマジシャンのような人に会いたいと思って、ここに来られたのかもしれません。

しかし、もしそうであれば、大変な思いちがいです。

私はあなた方と少しも変わらないただの普通の人間です。

世間では私のことをマスターと呼んでいます。

そして、それは実際にそのとおりなのですが、私は人生の環境と状況をマスターする方法を学んで知っているだけです。

私は誰もが自分の中に持っている『ちから』を開発しただけなのです。

そして、その『ちから』が住まうべき雰囲気のもっとも近くで生活しているだけでもあるのです。

あなた方は、私を信頼してここまでやって来たのだと思います。

そしてあなた方は私を成功に満ち溢れた人格のある崇高な人物だと評価してくれています。

しかし、私のメッセージから最大の効果を引きだそうとするなら、私の個人としての印象をできるかぎり払拭してほしいと思います。

私を特別あつかいしたり、特別に尊敬したりしないでください。

私はあなた方と同じ人間です。私があなた方より特にすぐれているというわけではありません。

私は、今からあなた方に伝えようとしていることの多くを、同じように受け取っていただけなのです。

そして私は自分の得た知識に、いつも感謝しているのです。

新しい発見をしたわけではないのです。

あなたは毎日の生活の中で、これから伝える原則を何の困難もなく実行できるでしょう。

というのは、この偉大な『法則』は誰に対しても公平であるため、あなたも私と同じように利用できるものなのです。

これは現世的な事柄に関して、最も高尚かつ最も効果的な『法則』です。

そして、この実行結果によって人生をより生きる価値のあるものにするために、大いに学ぶ価値のあるものです。

もし、これらの原則を心に従って、賢く理性的に用いるなら、試みの成果は確実で、可能性には限界がありません。

実行し続けてゆくうちに、自信が増し、『ちから』が増加してゆくことに気づくことでしょう。

すると、もっと容易に、もっと迅速に、もっと大きなことを達成できるようになっています。

あなたが成長していくにつれて、あなたの業績も増大してゆきます。

多くの人にとっては、――あなた方を今日ここにこさせたひとのように――驚くべき成果がすぐに起こります。

それ以外の人にとって、成長はもっとゆっくりとやって来ます。

それは個人が1人ひとり違うからという理由ではありません。

私たちはみんな同じキャパシティを与えられています。

どれだけ真剣にやったかどうかが違いを生むのです。

このメッセージを受けた人で、よくならない人は誰もいません。

本当に偉大なことは私的な意識を越えると、達成されます。

個人を越えた意識だと可能になるのです。

同時にあなたは、あなたの人格にふさわしいだけの『ちから』を発揮していることを求められています。

私がどういうことを言っているのか、すぐにわかるようになるでしょう。

今のところは、個人的なものとして、これらのメッセージがあなたに意味していることを受けとることが大切です。

私の存在、あるいは私の印象がいかなる形においても、あなたの学びに影響を与えないようにしてください。

私の言葉からだけ学んでください。

私から学ぶのではありません。

では先に進みましょう。

■第1部(5)

第5章

私にできることは、できるだけ身を入れて仕事をしながら、期待して待つことだけでした。

一方、私の友人は、すぐに以前の仕事だった市場を動かす事業に飛び込んでゆきました。

この人はしっかりと秘密にしていたため、友人たちは、この人の仕事についてはほとんどなにも知りませんでした。

私たちは、時々クラブでこの人に会ってはいたものの、この人に何が起こったのか、ほとんどわからなかったのです。

それに、誰も、この人の人生の変化についてこの人に質問するだけの勇気を、持ちあわせていなかったということもあります。

この人は、それ以外のことは何でも話してくれました。

しかし、短期間のうちに、この人の事業が非常に大きく拡がり、私を含めて、この人の身近な2、3人の友人さえも内包せずにはいられないほどになっていたのです。

その時になってやっと、私はこの人の試みの大きさの一部分を知り得たのでした。

私はこの人の成功が長続きしてしまったらどうなるか心配でした。

そして、いつか、ものすごいことが起こるかもしれないから、十分に注意するようにと助言してみました。

すると、それを聞くなりこの人は素早く私の方を向き、まったくの自信を持って、次のように答えたのでした。

「ドライブにでも行ってきたらどうですか?

あなたは、私の社会に還元して循環させている事業を心配する必要はないんですよ。

私は確固とした間違いのない『法則』にしたがって行っているのだから。

もし、この部屋の広さをはかりたいと思ったら、縦と横の2つの側面を手に入れて、数学の『法則』によって定めていく過程に従えば、明確な結果が得られるよね。

あなたは最初からそのプロセスが成功することを確信している。

仕事に関してもまったく同じことなんだよ。私は始める前から結果を知っているのだから」

私がこの人の仕事に質問できたのは、それが最後でした。

この人も2度と再び、そのことについては、ふれませんでした。

この人の成功をひきとめるものは何もないようでした。

この人は次から次へと成功していきました。

この人の永続的なエネルギーと活力は決しておとろえを見せず、むしろ勢いが増してゆくばかりでした。

そのダイナミックな『ちから』は、どんな状況であっても際立っていて、また、この人の進歩のためのあらゆる抵抗さえも圧倒しているように見えました。

この人の『ちから』は、ほとんど超人的とも言えました。

たまにパーティにこの人が出席すると、この人の人柄は人々を魅了し、この人の評判にまつわる謎はこの人を人々の注目の的としました。

一方、この人はこうした注目を回避したかったようで、しばらくの間、ほとんど姿を見せなくなったのです。

そのため、私はこの人からマスターに関するニュースを聞かせてもらえませんでした。

そして、私はそれも自分の運命なのかとあきらめかけていた頃のことでした。

その日、この人の秘書から電話が入り、

「オフィスに一通の手紙が来ていますが、もしかすると、あなたには興味があるのかもしれません」
と告げられました。

それは、その友人あての簡単なメモで、遠く離れた最高級のホテルの便箋に書きしるされたものでした。

「とても重要な用件のため、今回はあなたのところへうかがうことができなくてまことに残念です。

あなたの友より」

とうとう私にもチャンスが訪れたのです。

ホテルの名が唯一の手がかりですが、それだけで十分でした。

私の他、興味を持つ三人の友人と一緒に、私たちはすぐに町を出発して、マスターとその「秘密」を探しに東の方角へと車を走らせました。

ドライブは長々と続きましたが、私たちは交替で車を運転して、まっすぐに走り続けました。

ホテルに着くと、私はすぐにマネージャーに会い、私たちが訪ねてきた目的を告げました。

すると、その人は、マスターのところに大勢の人々がつめかけたので、マスターは行先も告げず、どこかへ立ち去ったと私たちに告げました。

その人はそれ以上のことは何も知らなかったのです。

私はいつマスターの「秘密」を学ぶことができるのだろう?

それはとうてい不可能なことのように思えました。

しかし、このひとのよい説明を得るために、私たちはあきらめないことにしました。

私たちは1人ひとり別になって、より効率的に、その後、5日5晩にわたって探し続けました。

5日目の夜、友人たちは1時間にわたって、もう家に帰ろうと私を説得しました。

しかし、私はあきらめきれなかったのです。

もし、必要であれば、いつまででも探し続けるつもりでした。

私の友人たちはそれぞれの部屋にもどってしまいました。

私はロビーの片すみにあった椅子でくつろぐことにしました。

ふと気がつくと、何となく次に起こるかもしれないことのほうから、私の方へと近づいてくるような感じがしてくることに気がつきました。

意気消沈していた私の気持ちは、突然、完全な喜びに変わりました。

なぜか、私は自分の探索が終わったのだとわかりました。

そして、このことについてじっくりと思いを廻らせている間、私の背後で何かの存在の感覚を所有しているような感じになったのです。

そして突然、だれかの手が私の肩にふれました。

立ち上がって、ふりむくと、目の前にいました。

私には、もっとも崇高な顔が見えました。

今まで出逢ったことがないと感じるほどでした。

そのひとの目は宝石のようにキラキラと輝いていました。

「私を探しているのですか?」という声が聞こえてきました。

「そうです」と簡単に答えました。このひとがそうであると分かったからです。

■第1部(4)

第4章

私は急速に体力が回復し、さらに健康で強健になってしまいました。

そして、あらがえないほどの意欲が満ちてきて、無駄な努力に貴重な歳月をついやすことなく、今度は、新しい方法で始めることを決意しました。

船旅はあっという間に終わりました。

私は、深く心を魅かれて、多くの恩恵をさりげなく施してくれた慈悲深い人と、間もなくさよならをしなければなりませんでした。

私はこのひとに自分の名刺を渡し、私もあなたの名刺をもらいたいと言いました。

するとこのひとは、自分は名刺を持たない、名前もなければ住所もないのだと答えました。

「自分は風のようなもの、どこからともなく現れ、どこへでもゆきます。

私の名前だったら、ただ単に、友人と呼んでください」と言いました。

私がむしろ、「先生と呼ばせてください」と言ったところ、

「いやいや、先生ではなく、友人と呼んでください。

それでいいのですよ」とこのひとは答えました。

このひとは私の名刺を手にとってながめながら、

「私も確実に憶えていますよ。

私は、最も予期していない場所にひょっこり現れます。

またすぐに逢いたくなるかもしれません。

そのときは、あなたに手紙を書きましょう」と言いました。

このひとと別れてからも、私に伝えてくれたことは絶対に忘れないだろうと決意しました。

いくぶんか、愛情深い親のもとを離れる子供へ伝えるように、このひとは語り始めました。

「あなたは本当に幸運なひとです。

何百万人もの非常に才能に恵まれた人たちのことを思ってください。

その人たちは、成功や指導力のための偉大な能力に数多く恵まれています。

そして、その人たちの業績は、非常に多くの人々にとって、とても大きな意味があります。

その人たちが達成したものは、多くの人々やその家族たちの幸福感や満足感にまで到達しているのです。

また、多くの人々は、あなたが学んだことを確信していないだけなのです。

これからは、一生懸命に努力と緊張を重ねずに、貴重な生命力を温存しながら、満足感と気力を手に入れ、希望を見出し、こころを広くしていることができるようになります。

多くの人々は、聖なるひらめきと、どこかに必ず道があると知っている抑えがたい本能的な衝動につき動かされてかりたてられてはいます。

しかし、あなたは、その道を見つけることができるのです。

そして、善い知恵と適切な解釈の結果、短期間の希望のある試みだけで発見してしまいます。

あなたは、もう知っています。

気がつかないふりをする必要はありませんよ。

解決してしまうことをおそれることなどないのです。

解決したら次のステップを見つければよいだけです。

あなたの場所へ戻りなさい。

あなたは必要なことをすべて学び終わりました。

この教えを念入りに従いさえすれば、どんな高みにでも到達できるでしょう。

どんな価値のある立派な目的でさえも、たやすく、かつ、すみやかに達成できるのです。

可能性には限界がありません。


『universal law』をマスターするに比例して、成功は何倍にも、大きくなってゆくでしょう。

また、成功すれば、『法則』に対する信頼がどんどん強まり、やがて確信という域に達するようになります。

そうなると、もう無敵と言ってもよいのです。

これから私が繰り返している注意を、きちんと心にとめておいてください。

このことを、あなたの最も親しい友だちにさえ、秘密にしておきましょう。

あなたが、この『法則』をマスターして十分に強力になる前に、このことを人に公開することは、あなたの計画の妨げになるだけだからです。

あなたの『ちから』を集中させて、求めているものへの『ちから』を強める必要があります。

ですから、この秘密はあなたの心の中にしっかりとしまっておきなさい。

あなたは、他の人の問題の手助けをすることはできますが、根本的に解決しているとはかぎりませんよね。

同じように他の人があなたの問題を根本的に解決できるともかぎりません。

すべては厳密に個人個人の問題なのです。

本当にその人を救えるのは、その人自身だけだということに気がついてください。

何かを達成するということは、いかなる職種においても、この自分の内なる『ちから』の働きを発見して、それを働かせることに他ならないのです。

これは一人ひとりが自分ですればよいことです。

私たちにできる最善の方法は、『法則』を完全にマスターしてから本格的に支援していることかもしれません。

あなたは、あなたの思いどおりの方法で成功するでしょう。

私はそう確信しています。

いつか、あなたが物質的なものだけの追求に囚われなくなったとき、良心の導きによって道を探した後かもしれませんが、他の人々のために『ちから』を解き放つときが来ます。

こうして、さらなる物質的誘惑から解放されると、今度はあなたの同胞を引き上げることに命を捧げられる自由が生じているようになっています。

すると、欲望と悲惨さと不幸の束縛から解放するために、あなたの支援によって導くことができるのです。」

私はなごりを惜しみながら、私の恩人に別れを告げました。

このひとは従者とともにタクシーに乗ると、行先のホテルへの道順を運転手に教えました。

私は町の通りを歩いて帰りましたが、通りの人ごみにも気にならないほど、奇妙な精神的に高揚している感じがあって、歩いているというより、なんとなく浮いているような快活でふわっとした感じがありました。

ここに帰ってくる汽車の旅の間中、私は意識して、他の乗客との不必要な接触は避けるようにしました。

私は特別室にいました。

1人になって考えたかったからです。

無駄な会話とゴシップに、自分の貴重な時間をとられたくありませんでした。

今や達成しなければならないことが沢山あり、そのようなことは無用に思えました。

私はどうしても達成せずにはいられない目標で、気持がいっぱいでした。

それは、私がこのひとから新しく学んだことを実際に試してみる、ということです。

私は1日も無駄にすることができませんでした。

その他のことはすべて全く興味を引かれなくなり、私にとって、もはや問題ではなくなってしまったのです。

今の段階で私があなたに打ち明けられるのはここまでです。

だれにとっても非常に価値があるといった広がりを考慮できると、あなたを勇気づける多くの希望が得られることでしょう。

私は、何年もの間、存在することすらイメージできなかったことをさりげなく探し続けていました。

そして、今、私はそれを手に入れています。

それは、どんなに大きな財産を持っていても、決して購入することのできないものです。

あなたはゆくゆく、もっといろいろなことを発見することになるでしょう。

私は、この人がこれ以上のことは話す資格がないというので、マスターが現れたら会えるように取り計らってみると確約してくれました。

しかし、私は「このひとのいる場所の名前を教えてください。

今すぐたずねて行って、このひとを見つけ出しますから」と言いました。

すると、以前にはなかった安定した気楽な態度で、「何という場所なのかは、何となくことばで表現できないような気がしました」とだけ静かに答えたのでした。

■第1部(3)

第3章

次の日、その日どんなことが起こるのか、わくわくしながら、私は朝早く目を覚ましました。

そして、早速、船旅の予約をしにでかけました。

すでに予約はいっぱいだと言われましたが、帰ろうとしたとき、呼びとめられたのです。

そして、「たった今、1つ予約がキャンセルされたので、あなたは予約できます」と言われました。

私は、これはあの友人の「マジック」にちがいないと感じました。

そのとき、私はそのように呼んでいましたが、私の勘はどうも正しかったようです。

と言うのは、私があの時船に乗れたのは、確かにこのひとが私のために空きを作ったのだと、このひとが後で認めたからです。

そのとき、私はまだ、ものごとがどのように作用するのか、理解していませんでした。

しかし、今はわかっています。

あまりにも簡単なことなので、見過ごさないようにしています。

ともかく、私は船に乗ることができました。

私の友人は従者を連れてその船に乗りこみました。

そして、いつものように、このひとは手伝うことを強く望んでいる人々に囲まれていました。

私はその船旅のほとんどの間、このひとと一緒でした。

そして、このひともまた、私との同伴を楽しんでいる様子でした。

最初の夜、私はこのひとの特等室をたずねました。

それはすばらしく豪華な部屋でした。

このひとはどこへ行っても一番上等なものを手に入れるのです。

するとこのひとは、「私だけではなくて、誰でもすばらしい『ちから』を持っています」と言いました。

私たちは自分の中にあるその『ちから』を十分知らないときは、眠ったままにしていると言うのです。

このひとは、自分の開発した『ちから』のいくつかを実際に使って見せてくれました。

このひとが見せてくれたものは実に驚くべきことでした。

「私にできることが、どうしたらあなたにもできるのでしょうか?」とこのひとは聞きました。

「そんなに不思議がらないで聴いてください。

私にできることを、どうしたら他の人はできるのでしょうか?

私は特別に、あなた方が持っている以上の『ちから』を持っているわけではないのです。

私の言いたいことは次のことです。

つまり、私ができることは誰にでもできます。

私は、『universal law』を理解しているために、自分の内にある『ちから』を開発しました。

他の人は、単にこのことを理解するだけで、自分の持つ『ちから』を蓄えて、集中させることができるようになります。

すべての人は同じ1つからなる『ちから』を使っているのです。

この宇宙には、たった1つの『ちから』だけがあるからです。

このルール自体は単純明快で自明であり、きっとあなたにもわかるときが来るでしょう」

このひとは話し続けました。

「ほとんどの人は、その『法則』を破壊的に使っています。

全てがすべてそういうわけでもないのですが、少なくとも部分的にはそうしています。

そして、その『法則』が働く割合は、反対の作用をもつものに対してバランスをとっているのです。

そこかしこに、成功したり、偉大なことを成しとげた傑出した人物がいます。

そして、その人たちのある者は、幸運の持主であるとか、天才だとか特定されて言われています。

一方で、それらの言葉を統治しているものがあります。

運とか天分といったものの深いところにあるものが、実際の成功に関係しています。

実は、その人たちは『universal law』を使っているのです。

本人がそれを承知しているかどうかすら問題ではないのです。

その人たちを支えている「favor」(支援)の割合のバランスが十分に満ちているかどうかが大切なのです。

知っている人にとっては、これは明白なことですよ」

そして、このひとは私にたとえ話をしてくれました。

「電気の動きを統治している『法則』を発見する前、この偉大な電気の『ちから』は、universalのいたる所で眠っていました。

少なくとも人類の知識との関係からは離れていました。

私たちは、電気の『ちから』を役に立たせる前に、まず電気の『法則』を発見する必要があったのです。『universal law』の場合も同じことなのです。

幸福は、後世に伝えるべき人間の正しい財産です。

それは、あらゆる希望の頂点にあるからです。

どんな形であれ、人には、しあわせを切望する精神があります。

まず、お金さえもうければ、究極の満足が得られるという誤解を解くことは大切です。

お金というのは、目的のための手段なのです。

また、お金を得ることは、私たちの最終的な目的、すなわち幸福へと私たちを駆りたてる動機にもなっています。

一方で、お金が流通している世においては、ある程度のお金がなくては満足感も幸福もありがたいということも事実です。

ですから、お金を得るための仕事は十分に価値があり、立派なことでもあるのです。

また、財産を得ることに対する「あなた」の印象が、それを得たときの在り方を密かに示しています。

ここに、多くの人のためになることをして財産を増やし、財産が増えるほど私利私欲を超えて多くの人のために使うことが可能になってきた、とよろこんでいるひとがいたとします。

あなたは、こういった姿勢を貫いて生きているひとにどういう印象を持ちますか?

あなたが配慮したらよいことは、希望するものを得るための目的と、極めて現実的な手段と用途です。

では、多くの人々はどうすれば、いろいろな欠乏や苦難や不幸に苦しまないでいられるのでしょうか?

多くの人々は、どんな人生の状況にいるにせよ、何かが足りないことが運命だと信じることをやめることで、それを引き寄せる必要がなくなってきます。

多くの人々は、自分の心にふさわしいものを引き寄せて手に入れているのです。

いつか、満足感というものが自分や家族の幸福に貢献すると、考えることが大切だということがみえてきます。

また、望み自体にも、いくつかの段階があることに気がつくこともできます。

私の言うことが信じられなくても、あなたは求めるものを手に入れています。

つまり、あなたが何かを望んだときは、同時にその望みと反対の想いが水面下でも発生しているのです。

その結果、必ずそのどちらか一方の側面が表に現れてきます。

そして、それは今のあなたにとって最もふさわしく、あるいは、あなた自身の心が密かに求めてしまったものなのです。

もしあなたが違うと思ったとしても、それは、あなたが期待していたようなものと違っていただけなのです。

つまり、あなたが求めているものの現れかたは、心の状態によって大きく左右されているのです。

たとえば、ある人が電気の動きを統治している『法則』を発見したことによって、私たちは今、ラジオを使うことができます。

そして、何百万人という人々がラジオを楽しむことが可能になりました。

その人たちは自分の希望するものに周波数を合わせて同調し、それを手に入れています。

この事実の中に偉大なレッスンがあるのです。

すなわち、私の言うことを信じることによって、希望するものは何でも手に入れられる可能性があります。

さらに進んで、同調することを学んだときには、初めから持っていた電気をも超えた無限の偉大な『ちから』があらわれるかもしれません。

この船の船長は船を運航するのと同じように楽々と、この船の船主になることができます。

ある地位が他の地位よりも手に入れるのが難しいということはないのです。

そのひとは船長という地位にうまく同調しています。

船主というものが、もう少し距離のあるようにみえたとしても、そのひとは、そこから遠くないところで試みています。それだけなのです。

2つの地位の違いは単に呼び名の違いだけです。

それ以上のものではありません。

あなたが少し成長すれば、そのことはとても簡単なことだとわかってくるでしょう」

毎夜、私は自分の部屋にもどると、就寝直前までメモを読み、次の日の質問の用意をしました。

このひとは、私が熱心で、素直で、自分を信頼しているため、とても理解力にすぐれて受け入れの能力があるので伝えることが楽しい、と言ってくれました。

私は嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいでした。

私が受け取っている知恵は金銭にはかえられないほど高価で、どんなものを捧げたとしても得られないほど偉大なものでした。

私はこのひとに、そのような秘密をいつ、どのようにして発見したのかとたずねました。

すると、このひとは、「私は何も発見してはいませんよ。

私にとって、この段階の知恵は秘密でも何でもないからです。

私の家が始まって以来、代々伝わっているものなのです。

目的を達成するために、これはやさしくて確実な方法だと知っているので、それを使っているだけです。

本当はあなたも、簡単で確実な方法を知ることができるのですよ」と答えました。

このひとは何ごとも、決して見返りを欲しているようにはみえませんでした。

自分の行いは、すべて自分に返ってきているから気にしなくていいと言っていました。

とても謙虚な人でした。

■第1部(2)

第2章

次の夜、その友人はお馴染みの愛車に乗ってクラブに到着しました。

豪勢なことに、私たちはその車で近くの居心地のいいレストランに乗りつけ、そのレストランの個室に入りました。

そこで他の客に邪魔されずに、学ぶ機会を得たのでした。

この人の身の上に、何か奇蹟的な変化が起こったことは明確でした。

この人は健康そうで、生き生きと輝いていました。

その上、この人には驚くほどの落ち着きと優雅な身のこなしがあり、相手に安心感と称賛を呼び起こす雰囲気があったのです。

この人と一緒にいると、私は完全な安らぎを感じました。

しかも、この人の中に、私には理解したり描写できない何かの存在の『ちから』も感じていました。

私は、自分が感じている感動をかくすことができませんでした。

この人には確かに自分が必要としている何かがあると確信していましたが、自分にはそれが手に入れられないのではないかという、言い表しがたい不思議な畏怖感もあったのです。

私たちは、最初、しばらくの間、黙っていました。

ややあってから、この人は自分が出発した日と比べて、違って見えるかどうか聞いてきました。

私はこの人が天啓を受けたようでもあり、神秘的に見えさえすることを、認めざるを得ませんでした。

この人は自分の物語を語り始めました。

私がここを発ったとき、私の人生はめちゃめちゃでした。

私は、真剣にどうしようか考えていました。

おそろしいことに、やることなすことすべてがなぜか上手くゆき、いつもその訳を知りたいと思っていたのです。

しかし、あまりにも上手くゆきすぎて、解決策のみが思い浮かび、謙虚に感謝しているだけで精一杯でした。

どんなことを考えていても、たとえ善くないことを思ったとしても、とどめをさすかのごとく、理想的な形で善いことのみが現れてきてしまうのです。

そして、いつでも調和し、共存して、やすらいでしまいます。

いったいなぜなのでしょう?

悩みたいと思っても特に悩むようなこともなく、何か問題が起きそうになってもいつのまにか解決しています。

肉体的にも精神的にも健康そのもので、さらに追いうちをかけるように、いつも運がよいのです。

まるで何かにとりつかれているかのように、多くの人の幸せを願い、だれかを傷つけないように配慮しながら自分にできることはないか探してしまいます。

お金も自然と集まってきて、必要なものは何でもすぐに手に入ってしまいます。

その結果、いつも気持ちがやすらかです。

ですから、ただ動き続けることで、その場をしのいでいました。

おそらく、私はすでに救われているような、救いがたいような状況にいたのだと思います。

ある日、どこかのある場所で、私はマスターと呼ばれる人物に出会いました。

今ではこのひとを友人と呼ばせてもらっていることに、とても感謝しています。

その場所でのその夜ことを振り返ってみると、何かが見つかるといいなという強烈な気持ちが、私をその人物に引き合わせたのではないかという気がします。

私はその日、劇場で安い切符を買いました。

ところが、何か説明のつかない理由で、安い切符のかわりに、ボックスシートの切符を受け取ってしまったのです。

こうした特別なことは、よく起こるものです。

そして今では、それを直視できます。

それはよくわかっているからです。そして、当たり前のことだと思って感謝しています。

また、それが単なる偶然ではなかったということもわかっています。

このひとは、ほかの人の不安の正体にも気がついている様子でした。

私にはこのひとが特別のひとだという気がしました。

というのは、このひとはまわりにすばらしい輝きを放っていたからです。

私は本能的に、このひとに心のうちを打ち明けたいという思いにかられました。

すると、このひとは、そのことを聞いていて、尋ねてきました。

信じがたいことかもしれませんが、うなずいて返事をすると、ほとんど瞬間的にやすらかな気持ちになれたのです。

何年も前から知っていた、偉大な聖人たちのひとりが目の前に存在しているという幸運を、自分は今、体験しているのだと、何かが私にささやきかけていました。

私はほとんど瞬間的に、とても救われたような気持ちになっていました。

私は、自分を救出してくれる人に出逢えたことを確信していました。

そして、非常に盛大な反響を呼んだ演劇がすんでから、その人物は私を近くのカフェにさそいました。

私たちがカフェに入ってゆくと、そこにいた人々がいっせいにこのひとに注目しました。

店のマネージャーは、特にこのひとを丁重にあつかい、尊敬の念を示しました。

私はこのひとは何か魔法の『ちから』を持っているのではないか、と思いました。

私は思いつくかぎりの質問をこのひとにしてみようと心に決めました。

そしてこのひとが許してくれるなら、このひとの答えのすべてをメモに取ろうと決心しました。

このひとは、次の日、おもしろそうなところへ向かって出発することになっていると言いました。

私が、「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」とたずねると、このひとは同意してくれました。

話が終わったとき、このひとは出された請求書に自分のイニシャルを書いただけでした。

タクシーを呼ぶために店の外に出たとき、私はこのひとに、「この場所にはよくいらっしゃるのですか?」と尋きました。

驚いたことにこのひとは、「ここには初めて来ました」と答えたのです。

そして、「驚かなくても勘定は支払われるから大丈夫ですよ。

私は、あなたの勘定のためだけに必ず戻ってきますから」と言って、私を安心させてくれました。

「正しい心の統治が、すべての状況をコントロールしているということをあなたに見せようと思って、イニシャルだけをしたためたのですよ。

あなたも、いずれ解るようになるでしょう」とこのひとは言いました。

今では、このひとのことばの意味がよく判るようになりましたが、きっとあとになれば、あらゆる意味で解るのだろうと思いました。

その夜、ベッドの中でうとうとしていると、できごとが走馬灯のように浮かんできました。

起こったことが、夢ではないかと思えるような幸運でした。

そして、その夜、私はやすらかに眠ることができました。

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