スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

たまゆら

前回、百間滝の画像に「神紋オーブ」が映っていた為、不思議に思いカミサンが過去の画像をいろいろと探し、見つけたのが下の画像です。

いづれも「月読宮」です。
ただ同日に親拝した「内宮」の方には、一切映っていませんでした。

月読4422SS
(左端に2つ映っています 識別し易いように明度UP加工)

月読4418SS
(鳥居と立札の間 画像クリックで拡大)

月読たまゆら
(上の拡大画像 何やら神獣鏡や曼荼羅のような模様が、、、)

全く気づいていませんでしたが、今までも結構映っていたようです(汗)。

これらの光体を「たまゆら」(玉霊、玉響、魂響)といい、大きくて模様が付いているものを特に「神紋オーブ」と言うようです。たまゆらの正体は、その土地の霊や先祖の霊体、精霊、妖精、天使、人の念...等であるとされていますが、楽しい気分の時に映り、逆に1人でも不快に思う人が近くにいると写らないそうです(笑)。また、写そうと意識しすぎると写らないともいいます。

なんか引き寄せの法則に似てますね(笑)。

否定的な意見では、この現象はフラッシュ発光した際にストロボ光が空気中の水分・ホコリなどに反射、もしくはレンズに付着した水滴が乱反射を起こして発生すると説明されています。特に夜間、露が降りてきた際には発生しやすいとか、、、、、また空気中で結露した水蒸気が湯気となりフラッシュ光で乱反射を起こすこともある。特に地下からの水がわき出るような所や滝の近くでは夏場などによく発生する現象であるといいます。

確かに、そういうのもあるかもしれない。

この月読宮を撮影した際には、小雨が降っていて夕方のストロボ発光した撮影をしています。それは画面の白く輝く点として現れており、雨粒は重力によって加速落下している為、楕円型の光点となっています。しかし「神紋オーブ」はそれらとは明らかに異なり丸いままなのです。レンズに付いた水滴というのも考えられますが、当日は傘を差しながらの撮影で、しかも連続撮影したにも関わらず、この写真にしか写っていませんでした。実際、同様に他の方の「神紋オーブ」では、水場でも何でもない空調の効く普通の部屋でも撮影されていることから、オーブの原因が水分、埃...等だとは一概に断定できないのです。

例えば、連続撮影した場合には、「たまゆら」は同じ場所に写る筈なのですが、そうなっていない。もしレンズについた埃や水滴ならば、デジカメの場合、撮影段階で液晶画面に映り込み、自ずと解かるからです。

■たまゆら研究所
http://www012.upp.so-net.ne.jp/tamayura/kennkyuronbun1.html

曼荼羅 神獣鏡

ヤッズ★が思うに、雨粒等の水分で乱反射した光が何らかの形で、そこに存在している霊体(?)の波動に干渉して、このように明確な形で写し出されるんじゃないかと睨んでいます。丁度、3D映像が位相の異なる映像を使って立体視しているように、位相の異なる2つ以上の光源によって、クッキリ浮かび上がったのではないでしょうか。つまり、水分+ストロボ光が「たまゆら」の結果ではなく原因(発生要件)であり、そこには相関関係が認められるというわけです。

たまゆらを撮るには方法があるといいます。
下記に列挙しますと、、、、、

*****************************************************************************
◆無造作にシャッターを切る
 氣を整えたり、イメージ化したりとか、そのような小細工をしない方が写り易いようです。

◆水平方向よりも、少し上に向けたり逆に高い処から見下ろし た時にハッキリ写る。
 ノーファインダで胸の辺り(アナハタチャクラ)か鳩尾(マニプラチャクラ)の位置に構えてやや上向きにパシャパシャ写す。

◆天気の良い日に、緑の多い環境で、何となく気持ちの良い方向にレンズを向ける。
 雨の日でも全くダメな訳ではなくて、一割程度現われます。

◆暗すぎても、明るすぎても写りにくい。と言うより写っていても見えないのだと思われます。
 真っ暗な場所なら、どこかに照明があればスイッチを入れる。

◆夜はストロボに反射して写るので、大光量の外付けストロボをスレーブ発光させるのも効果的。

◆物凄く出ている時は、ストロボに反射して肉眼でも見えるので角度や位置を変えて沢山写す。



■たまゆら写真館
http://www.wao.or.jp/maruyo68/open.htm
*****************************************************************************

まぁ、霊体だとも、水分だとも、いづれにも完全断定できない状態ですが、上記の方法を用いてまたいろいろと撮影してみて、結論付けたいと思っています。
スポンサーサイト

百間滝

鳳来寺山の近くにある百間滝に行ってきました。
※註 ここに行く快適なコースは国道151号線を少し奥へ「うめの湯」の近くの名号(みょうごう)交差点から山側に入り、県道「七郷一色名号線」で「大島ダム」を越えて行く方がよいといいます。ヤッズ★は「阿寺七滝」側から行ったので、家族はもうケロケロ状態になってしまった。

この滝は愛知県で一番落差がある滝で120mの落差があるといいます。しかも、ここは中央構造線上にあり、滝の前にある説明文には滝壺のところで断層がハッキリ分かれているのが分かると書かれていましたが、ヤッズ★たちにはよく分かりませんでした(汗)。

滝のスグ近くまで車で行けるのはいいですね~♪

滝のスグ近くの県道に註車して、そこから山の中に入って急な山肌を10分程ほど掛けて土階段を降りて行くだけで到達します。

百間滝01
(今日は水が少ないと他のグループが言っていた)

実は、ここは知る人ぞ知るパワースポットなのです。
ここで発せられる気のパワーは、あの分杭峠をも凌駕するといいます。

東三河に住んでいながら、こんな素敵な場所があったなんて今まで全く知りませんでした(汗)。

百間滝02
(ある気功のグループが書いたという)

滝前の気のレベルが、なんと、、、0.113 !!!
百間滝には気が出るポイントにはこのようなマークが設置してあり、それは数ヶ所あります。

で、一体これがどのくらい凄い数値なのかというと、、、、、

******************************************************************
調査地区     濃度(単位:μS)
■分杭峠     0.088
■青崩峠     0.064
■熊野神社    0.072
■百間滝     0.121
■うめの湯周辺  0.091~最高0.151
※ μS/h(マイクロシーベルト毎時)は1時間に人体がそれだけ放射線を受けたかを表わす単位
※ 佐々木茂美氏(電気通信大学名誉教授)・並びにおいでんニュースNO47資料参考


(「うめの湯」HP「2004年4月ホットニュース」より引用)
******************************************************************

ということで、実は「うめ湯」周辺が日本最強のパワースポットだった(爆)。

でもね、、、、μS/h(マイクロシーベルト毎時)っていったい何?

初めて聞く測定単位です。。。。。
ん?、、、、まてよ、これはガイガーカウンターで測定する際の放射線の測定単位じゃないか!!!

「気」って放射線だったのか???
てっきりゼロ磁場だとばかり思っていたのだが、、、、(汗)
※註 「気」は測定できないので、代わりに放射線量で測定するといいます。何らかの相関関係があるのでしょうか。

でも、低濃度の放射線(0.57μS/h以下)は免疫力をアップし健康増進に役立つこと(ホルミシス効果)はよく知られています。例えば、リチャード・コシミズ氏も推薦する山梨県の「益富温泉」などは天然ラジウム温泉の湯治場としてとても有名ですね。一度は行って見たい場所です。

さてさて、話は百間滝に戻りますが、この「気」マークの前に立つと霊気がヒューヒューきます。こんなに気を感じたことはありません。とは言っても、これが本当に気なのか、単なる吹き降ろしの風が滝壺から上に上がってきているだけなのか、波動に滅法鈍感なヤッズ★なので判別は付きませんが、、、、(汗)

ただ、ここで撮影した写真に不思議なものが写っていました。

飛び散る水滴によるハレーションかもしれませんが、何か白い丸いものが映っています(下画像)。ただ、水滴や滝を流れる水に太陽光が反射して起こるハレーション(別名レンズフレア)の場合、光がプリズムを通した時のような赤~紫色に分光化された光輪が映るものですが、この白色というのは分光化されていない状態です。しかも、よく見るとノルウェーの怪光のようにグルグルと渦巻いているような模様すら見受けられます。

百間滝03SS
(右側中央部に白い丸がある)
百間滝04SS
(1つは薄いが、、、左上側に2つ、右上端に1つあり)

これがオーブというヤツでしょうか?(笑)
普通は紫色や青色のオーブが映るものですが、これは白い色をしています。
※註 分杭峠では紫色のオーブが見られるという

あるいは、これは幽霊?(ゾーッ)。
※註 最近、「石巻山」を登ったり、「海上の森」を散策したりと毎週野山を駆け巡る山伏のような週末を過ごしていますので、これは天狗の霊かもしれん(爆)。東海三神仙の記事ばかり書いているので、憑依されたか?(爆)、冗談はさておき、あと考えれる原因として、この時ホンの少しだけ粉雪がパラパラ(10粒程度)俟っていたので、それがレンズに付着してこのように映りこんだのかもしれませんね。ただ、連続撮影した画像でもこの写真にしか写っていなく、しかも映っている場所も位置が異なっています。特に2枚目(下)の写真は粉雪が降る前の状態で映したものなので、尚更、不思議です。

気に敏感な人の話では、この百間滝は滝なのに「陽の気」が強くヒンヤリ感がないといいます。しかも、川沿い(とくに上流側)は数キロメートル手前から空気が変わるほど広範囲にパワー化しているといいます。これは気(ゼロ磁場?放射線?)が中央構造線から吹き出しているからなのでしょうか。
※註 気が噴出していると言われるわりに、その地帯の植物生育は他と変わらないように見受けられます。気ってもっと生物の育成促成しなかったか?

百間滝の場合、南斜面から眺めることになるので「陽の気」があると思います。

言われてみれば、この百間滝のスグ近くにある「阿寺の七滝」(安倍清明もここで修行したと言われる程に有名)よりも快適に感じます。「阿寺の七滝」は薄暗い北側の滝壺下から眺めることになるので「陰の気」を強く感じるのかもしれませんね。でも、南側の日の当たる側に滝全貌が眺められる中空展望テラスを設け、更に入り口近くの売店を癒し系でナチュラルな雰囲気にすれば、今後、「阿寺の七滝」もパワースポットとして人気が出るかもしれません(笑)。第二東名では長篠インターが極近い為、開通すればこの近辺は化けるかもしれません。気で「町おこし」が可能かも(笑)。
※註 七滝の滝壺近くにあるコンクリート製2F建て休息場は気が滅入るほど「陰の気」が充満してる。あれは早々に撤去すべきと思うのですが、、、

まぁ、これであの遠い分杭峠まで行かなくても済むのはありがたいことです。

これで気軽に気場浴に出かけられますね~♪
※註 今度は新緑の眩しい頃にでも行こうかな~パーコレータ買って現地でコーヒー沸かします。

しかも、滝が目前という優れた景観、また湧水もあり、断然こちらの方がいいです。
滝の周囲に、分杭峠のようにベンチが林立する日は近い?(爆)

この地帯のパワースポット振りは、ヤッズ★がこのブログでクドイ程述べている「徐福が目指した神仙三山の蓬莱山は、実は鳳来寺山だった」ということの証左にもなってきています。かつて蓬莱山だったところ故、ここら一帯は断然パワーが違うんのでしょう(笑)。
※註 かつて鳳来寺山の一帯は火山だったわけですが、語り部はこの火山は数千m級であり、それが蓬莱山であったという。確かに、この近辺には乳岩峡などの火山性地形が多く存在しています。近くに住んでいながら乳岩峡には言った事がない(汗)。今度はここに行こうと思う。

帰りは、うめの湯(源泉100%、泉温は32.8度で10度の加温のみ、毎日全面換水)で風呂に入って帰宅です。あたりはすっかり暗くなっていて露天風呂からの絶景が見れず残念でした。また今度、寄ってみたいですね。
※註 カミサンはここの梅干は国産なのに安いと行って、お土産に買っていきました。そういえば、「梅の湯」のある名号は鳳来寺近辺は梅の産地として有名ですが、この名号の梅が一番であるといいます。やはり気のパワー故でしょうか。

0磁場の果実0磁場の果実
(2004/11)
清野 美智子

商品詳細を見る

トート神

前回の記事で八名東頭神社の祭神がトート神だという冗談を書きましたが、実は冗談とも思えなくなってきました(汗)。というのは、日本神話とギリシャ神話は類似点が多く、マジにトウト神はトート神を指しているのではないかという疑いが濃厚になってきたからです。

神話が似ているという例を挙げれば、このようなものが有名です。

*******************************************************************************
■イザナギの黄泉行き
ある日、妻のイザナミは火を司る神カグツチを産んだ時、にホト(女陰)が焼けて死んでしまう。 彼女の死を悲しんだイザナギは彼女を生き返らせる為に地下にある黄泉の国へと旅に出掛けた。 そこで彼を出迎えたイザナミは「帰れるように相談してくるので、それまで絶対に私の姿を見てはいけない。」といい残し神殿へ向かった。しかし待ち切れずイザナギは神殿の中の彼女の姿を覗いてしまう。そこで見たのは、腐敗してウジにたかられ、雷(いかづち)に囲まれたイザナミの姿であった。そして条件を破ったということでイザナギは1人で地上へ帰る羽目になった。


■オルペウスの冥府行き
オルペウスは,トラキア地方の河の神オイアグロスと、詩の女神達の1人カリオペのあいだに産まれ、音楽の才能をもっていた。彼はエウリュディケというニンフ(木や水の精の神)を妻にするが、ある日毒蛇にかまれ死んでしまう。 彼は妻を取り戻すために死者の国「冥府」へ旅をする。 そこで彼は、歌と竪琴で冥界の王ハデスとその后ペルセポネの心を動かし、条件付きで彼女を生き返らせることを許された。 それは、地上へ戻るまで後ろをあるく歩く妻を見てはならないというものだったが、彼は条件を破って見てしまい、1人で地上へ帰る羽目となった。

*******************************************************************************

*******************************************************************************
■天照の岩戸隠れ
アマテラスオオミカミはイザナギとイザナミの間に誕生した神々の1人であり太陽をつかさどる女神。彼女の弟にあたる暴れ者の神サスノオは、彼女の田をうちこわし、神殿を大便でよごすなどのイタズラを繰り返していた。腹を立てた彼女は岩屋に閉じこもることにし、世界は暗黒におおわれてしまう。 神々は彼女の怒りをしずめるため、アメノウズメという女神は岩屋の前で踊り、乳や女性器を見せてまわりの神々を笑わせた。すると笑いに誘われた彼女は岩屋から顔をのぞかせ、大力の神アメノタヂカラヲにより岩屋から彼女をだすことに成功した。


■デメテルの岩屋隠れ
冥王ハデスに娘をさらわれてしまったデメテルは悲しみのあまり神々との付合いをやめ、1人エウレシスという地へ訪れる。 そこで彼女は土地の王様ケレオスからもてなしを受けるが、一切食事を口にはしなかった。 そこでケレオスの侍女バウボは彼女の前で踊り、女性器を見せ、彼女を喜ばせた。あまりの可笑しさに彼女はついに食事を取った。この後、彼女の弟にあたる大海原の神ポセイドンに性的悪戯を受け、岩屋に閉じ篭ってしまった。

*******************************************************************************

その他にも、多くの類似したストーリがあります。

例えば、アマテラスがイザナギの目から生まれたとありますが、アテナ女神がゼウスの前額より生まれたのと同じようなストーリ構成なのです。

■ギリシャ神話との奇妙な類似
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn5/005_02nihonnsinnwa_no_seiritu.html

このような類似から、日本人とギリシャ人は同祖であると飛躍した考えを披露する方もいます。
でも、それは少し飛躍し過ぎでしょう(笑)。

語り部が語る真実の日本古代史では、記紀に書かれた日本神話はギリシャ神話をベースに文武天皇(文化に優れた為、この名があるという)が創作したといいます。つまり、古代の日本には意外と多くの外国の知識が搬入されていたのです。多分、この辺が妥当なのではないでしょうか。

日本神話には天照大神、月読、スサノオ...等、神話に登場する神様が沢山いて、それらは神社に祀られていますが、これらの神はみな創作神話の神であり、本当にそういった神が存在するわけではありません。あるいは、大国主、明治天皇...等の実在人物が死後、神として祀られる場合もありますが、これも同じです。

神道の場合、実はそういった架空の八百万の神を通して、その背後にある唯一絶対神を拝むという形態なのですね。

さてさて、ここでトート神についての考察を深めて参ります。

ギリシャ神話では、両腕と頭で天の蒼穹を支える巨躯でもって描かれるアトラス(ティーターン族)とプレーイオネー(ニンフ)の間に生まれた娘たち、通称「プレイアデスの七姉妹」ですが、この長女がマイアといいます。更に、このマイアとゼウスとの間に生まれたのが「ヘルメス」ですが、この「ヘルメス」は「ヘルメス・トリスメギストス」というようにトートと習合され同一の神と見做されてきました。ヘルメスはローマ神話におけるマーキュリーに相当し、事実、水星はギリシアでは「ヘルメスの星」といわれています。このように、ヘルメスには「水」が関連してきます。

そして、これは日本のイザナギ、イザナミの国生み神生み神話に反映しています。

神生みの際、イザナギとイザナミの最初の子ヒルコは不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまったといいます。日本沿岸の地域では漂着物をエビス神として信仰するところが多いのですが、このヒルコが漂着したものと考え、「ヒルコ=エビス神」という信仰が広く深く浸透しています。ここでも「水」です。

少数意見なのですが、エビス神は「少名彦名(スクナビコナ)神」であるという。

スクナビコナは、海の向こうからやって来た「蛾の皮の福をまとった」ユーモラスないたずら者で、一寸法師のルーツでもある小人神です。コロボックル(北欧ではノームでしょうか・笑)に比定することも可能です。
※註 コロボックルはアイヌの伝承に登場する小人。アイヌ語で「蕗の葉の下の人」という意味。


新版 ノーム新版 ノーム
(1992/11)
ヴィル ヒュイゲン

商品詳細を見る


身体は小さく非力なのですが、豊かな技術や知識と優れた知恵を備えていて、力に頼らず知恵を駆使して困難を見事に克服し、大国主とペアを組んで国造りをしたといいます。

この凸凹コンビは七福神の「大黒様(大国主)」と「恵比寿様(スクナビコナ)」としてよく知られるところですね。

スクナビコナ01
(大国主とスクナビコナ)

このスクナビコナな知恵と技術を備えた神であるという性質が、エジプトの知恵と学問と記録の神である「トート神」と符合してくるわけです。トート神が持つ鏡と角が、エビス(スクナビコナ)の鯛と釣竿に変化してきたのです。

つまり、ヒルコ=恵比寿=スクナビコナ=トート=ヘルメスです。

ヘルメスが「伝令の神」と崇められるのは、この身体の小ささが有利に働き、相手に見つからないという特質があったからかもしれませんね(笑)。
※註 ヘルメスやトートが小人神という記述はどこにもないのだが(爆)

更に、もう少し恵比寿(エビス)について洞察します。

エビスは「蝦夷(えみし)」とも書き、実は縄文時代の先住民族である土蜘蛛・夷・国栖と呼ばれる「エブス人」を指しているのだと語り部は言います。いわゆるアイヌ人です。エブス人の起源は古く、元々は遠くレバノン山脈の沿岸地帯に住む海人族で、ダビデ侵攻前にエルサレムに住んでいたという。聖書のサムエル記にその記述が載っています。

ヒルコ(エビス)と次に生まれたアハシマ(淡島神)の二神は子の数には入れないと古事記には記されている。

この二神を数えないというのは、日本に最初に移住して国を統治していた縄文人であるアイヌ【→ヒルコ】や、その後、渡ってきた弥生人(中国長江出身)の邪馬台国が大倭(ヤマト)に滅亡させられたこと【→アハシマ】を指していると思われます。つまり、この2つは日本古代歴史から除外したということの暗喩でなのです。

つまり、ヒルコ=恵比寿=毛人=蝦夷=エブス人でもあった。

蝦夷・毛人を追いやった東の方向に思いを馳せる、あるいは、エブス人が中東から日が昇る方向を目指した名残、つまり太陽が昇る方向を拝むことが「遠くの行き先を思いやる」という意味の「トウト」に繋がるというわけです。ですから、「蛭子」とは本当は太陽崇拝する「日霊子(ひるこ)」という方が適切だったのかもしれません。

ここから、、、、、

遠戸神=蝦夷・毛人=エブス人=恵比寿=ヒルコ=スクナビコナ=ヘルメス=トート

となってくるわけです(爆)。

東頭(とうづ)神社の「東頭」が「とうとう」とも読め、「遠戸(とうと)神」に繋がり、それはトート神であるというのも全くのガセではなかったことになりますね。

スサノオ発動

夕食時にカミサンが、今、町内で伊勢神宮の天照大神の神札を集団購入しているので、買うかどうかを聞いてきました。

そういえば、伊勢に行った時は月読宮の神札は買ったけど内宮のは買って来なかったなぁ。。。。。という話から始まって、最近見たアニメ『NARUTO疾風伝』にまで話が及び、万華鏡写輪眼を開眼した「うちはイタチ」は、左目で「月読(ツクヨミ)」という異空間幻術を発動し、右目では「天照(アマテラス)」という対象物を灰じんに帰すまで決して消えない黒い火炎を発動する。そして両目の術が発動可能になると自然に「素盞鳴(スサノオ)」という十拳剣(とつかのつるぎ)を持つ絶対防御の火炎神の術が発動可能という前回放送分に沿った話をしました。
※註 月読宮に行った時、カミサンが「ツクヨミ」と発音した時、宮司から「ツキヨミ」と訂正の突っ込みが入った件を思い出します。わてらアニメの影響受けすぎです。(爆)。

スサノオ
動画 7:00頃からスサノオ発動

おおっ、ならば「月読」の神札を右側、「天照」を左側、中央に「素盞鳴」を納めれば、、、、
もしかして、、、、、

ヤッズ★家にも、無敵のスサノオが発動するか!?(爆)

封印された神のお出ましです。
とカミサンとJr.と3名で盛り上がってました(超爆)。

もう天照大神の神札、買うしかありません(笑)。

で、問題は中央に設置するスサノオ神札です。
これをどこで手に入れるか?なのです。

スサノオを祀った神社といえば、津島神社、八坂神社が有名ですね。津島神社(建速須佐之男命)の神紋は「木瓜紋」で織田信長と同じですが、事実、織田氏の崇拝が厚かったから織田氏が自らの家紋に採用したといいます。また、八坂神社は新羅の牛頭山に祀られる牛頭天王を祀り、昔は「感神院祇園社」という天台宗の寺院だったそうです。
※註 スサノオの場合、やっぱ本命は「須佐神社」(出雲市)でしょうなぁ~

でも、さすがに京都はチト遠い。。。。
やはり、、、岐阜県寄りの「津島神社」(愛知津島市 570年創建)だろうか???
※註 縁起によれば、津島神社は紀元前3世紀、最初「対馬」(旧称 津島)に留まり、その後、現在地の近くに遷座して来たので、この地が「津島」と呼ばれるようになったという。これが本当なら、スサノオ神は半島系の起源を持つ神になるのだが、、、、果たして、、、、

津島神社は津島信仰という言葉がある程で、末社の数も3000社と非常に多いのです。しかし、延喜式神名帳や国史にもその名が載っていないことから、実際の創建は意外と新しく「藤原(北家)摂関政治」時代(866~1068年)ではないだろうかと推察されています。

なぁ~んだ、意外と新しいじゃないか!
しかも、この創建縁起の内容からみて、改竄歴史の補強の為に創建された感じがする。。。。
※註 八坂神社も津島神社も新羅の牛頭天王を祀っている。

しかし心配には及びません。
東三河は、遠州式銅鐸が出土することから太古から出雲王権との繫がりが深く、また「物部王国」と呼ばれるように実はスサノオ系の神社が多い地域なのです。例えば、三河大野・赤引き郷のスサノオ神社とか、蒲郡の素盞嗚神社とか、豊川の進雄(スサノオ)神社、北設楽郡の須佐之男神社、、、名前が付く事に拘らなければ、手筒花火発祥の吉田神社(旧名・天王宮牛頭天王社)とか、、、たくさんありますので、ここで神札を手に入れればいいのです。

しかしそれらの神社の縁起を調べてみると元々は牛頭天王社であり、神仏習合時に仏教系の牛頭天王がスサノオに習合されたものが多いです。しかも神社は小さく神札扱ってなさそうです(汗)。もっと古くからある神社でスサノオを祀ったところは無いものだろうか?少しぐらい遠くても神札貰いに出かけるのだが、、、、

そんな中で眼に止まったのは、「八名東頭神社」(やなとうづ)という神社です。

石巻町字東頭( 旧八名郡金田村)と近場にある村社、郷社の小さな神社です。更にこの地域は奈良県三輪山の元山である「石巻山」が目の前にそびえ、その南麓側にあるのです。反対側の石巻山北麓側は、昔、「神々村」と呼ばれていて、天皇がいたという伝承のあるところです(地名に御所、的場、馬場などが残る)。石巻絡みなら神札を貰う場所として申し分ありませんね。

しかも、この神社名を短絡化すれば、八頭(ヤッズ★)!!!(爆)
※註 HNは「八頭身」からのネーミングです(爆)。実は、ヤマタノオロチからです。

う~む、こりゃ~、そのまんまヤッズ★神社じゃあ~りませんか。
※註 しかも祭神がスサノオであり、ヤマタノオロチと関係がある点も限りなく嬉しい。

八名東頭神社は明治39年(1906)に火災に遭って棟札や資料を焼失している為、その詳細はよく分かりませんが、縁起では天智天皇元年(668)に素盞鳴命(スサノオノミコト)を祀り、「石巻大明神東頭宮」と称したのが始まりだといいます。古代の古道「鎌倉街道」沿いにあり、石巻山の「夏至の日の出の遥拝所」でもあるのです。しかも古代の盤座・石巻山を拝する場所であることから、その創建は言われているよりももっと昔に遡れそうです。

古さの点でも及第点です。
※註 この八名東頭神社の神紋は津島神社と同じ「木瓜紋」です。津島神社が藤原摂関時代創建に対し、こちらの方が668年と遥かに古い。しかも、文献を見る限り、600~700年の頃の古代において、この地域ではまだ天照より以前の神々が勢力を持っていたことが窺えるといいます。668年創建というのも、実は大和朝廷の藤原不比等らによる祭神変更政策を受けてのことかも知れません。逆に言えば、その創建はもっと遡れるかもしれない。ひょっとして、ひょっとすると、、、ここは津島神社の元宮なのかもしれない。(少し妄想し過ぎかw)

また、境内に建つ稲荷社は「亡くし物の願掛け」に霊験あらたかで崇敬を受け、氏子の神社崇拝も厚く、境内で毎年「手筒花火」を奉納する行事があるといいます。こういう点でも及第点ですね。

しかも、霊験は「亡くし物の願掛け」です!!!
あなたなら何をお願いしますか?

ヤッズ★なら、「神だった頃の記憶」でしょうね(爆)。

手筒花火01
註 この手筒花火の発祥地の本家争いは「吉田神社」と徐福来日伝承の「兎足神社」ですが、この花火を上げる祇園祭りは別名「天王祭」とも言って牛頭天王(スサノオと習合)に対する奉納なのです。スサノオとは天武天皇をモデルにした伝承であると語り部は言いますが、天武と縁の深い東三河ならではの祭りだと思います。

石巻山自体が修験道の聖地であり天狗伝承もあります。しかも石巻山の近くで手筒花火を奉じるのはこの八名東頭神社だけです。もしかしたら、ここがハリーポッターで有名な「試合に負けると箒を燃やす」というアジア唯一のクィディッチ・プロチーム「豊橋天狗」の本拠地なのかもしれん(爆)。
※註 上のスサノオ動画の中でスサノオは天狗型をしたの炎の鎧をまとっていますが、実は、スサノオ、天狗、火炎(=花火)は分かち難い関係なのです。江戸時代の百科事典『和漢三才図会』では、スサノオが吐き出した猛気から「天逆毎姫」が生まれ、これが獣の首と人の体を持つ天狗神なのです。また、『先代旧事本紀』ではスサノオの息から「天狗神」が生まれたとあるのです。

もう決まりですね(笑)。
よし、ここの神社の神札貰って三柱を完成させよう!!!

でも何故、「東頭」というんでしょうか?
別に「八名素盞鳴神社」でもいい筈なのに、、、、、これは何かある!!!

推察するに東頭は「とうとう」とも読め、「トウトの神」「トトウの神」とも呼ばれる「遠戸神」を意味しているのではないでしょうか? 「遠戸神」は「近戸神」に対するものであり、ここでは「遠戸」は目的の場所を示す意味で使われておらず、「手の届かない....」という感じであり「遠目に眺める....」という意味合いで使われているのではないでしょうか。よくよく考えてみると、東頭神社は石巻山の南麓に位置する為、「東」という言葉使いは少し変ですよね。やはり、元々は「石巻山を遠目に望む」という意味合いだったのでしょう。更に深読みすれば、この「遠戸神」は「手が届かない→遠くに去って行った」という意味合いから「門客神」にも通じ、「封印された神」を指し示しているのかもしれません。

ますます好きになりました。

更に深読みをすれば、出雲王権のあった鳥取は「トトリ」(アイヌ語で「藪の高地」の意)と呼ばれていたと語り部が語っているように、出雲王権とも何らかの関連があったのかもしれません。他に似た名前の神社では「唐土神社」(とうど)がありますが、こちらの神社は主に山梨県に分布(5社)しており、祭神も同じく素盞嗚命です。「トウト」という名称と「スサノオ」は限りなく密接な関係がありそうです。

しかし、妄想をもっと逞しくすれば、、、、、

「稲荷」がイエスの罪状書き「INRI」から来ていて「八幡」がヤハウェを示しているのと同様に、この神は遠く中東・エジプトから来たのかもしれません。(マジ顔)

「トウト(遠戸)」とは、、、、実は、トート神のことかもしれない!(超爆)
※註 スサノオはどこいったんじゃ(爆)

トート01
(トートはガルーダと同じともいうがカラス天狗にも似ている。天狗神の定義は「獣の首と人の体を持つ者」なのですが、この定義からはトートも天狗となりますね。)

トート(Thoth)は古代エジプトの「学問・知恵・筆記者の守護神」ですが、今から12000年前にアトランティスに王として降臨した偉大な神霊であるといいます。また、ピラミッド・テキストではトート神は「三重に偉大」であると表現されています。

つまり、チョ~偉大な神なのです。

錬金術ではヘルメスとトート神が同一視されトリスメギストス(三重に偉大な者)となり、実は預言者エノクのことを指しているといいます。更に錬金術で有名な「賢者の石」とは「カッバーラの叡智」の象徴であり、古代ユダヤの伝承では強烈な光「ゾハール」(ツォハル)として描かれています。ゾハールとは光や輝きを意味するヘブライ語ですが、ゾハールから放たれる光は単なる物質的な光ではなく、それは「カバラの光」であり神界の意思が通っているという。そして、この光の結晶石は封印された「火打石の箱」の中にあって、クフ王がトートの聖地から持って帰ってきたといい伝えられています。
※註 ノアの箱船でも船内を明るく照らすために大量に積み込まれたという

カバラでは、各個人のゾハール(光輝)発現が重要なことだと考えています。
それに至る意識変容の手順を卑金属から貴金属に至るとして象徴的に示したものが錬金術だったのです。

グノーシスではこういいます。

我らは天から落とされたこのさかさまの地獄でもがき苦しみ、
いつしか輝かしき魂の光を失い、暗黒の中に輝き全てを腐敗させていく。
我等はデミウルゴス(虚偽の造物主)によって築かれた世界、
魂を腐らせる幻影と虚偽のこの世界から、
真なる天の霊智を得る事で魂のゾハール(光輝)を取り戻さねばならぬ。
この世界を創造したのは、至高ではない。
この世界を創造したのは偽の神々達、虚偽の聖霊であるアルコーン達に過ぎぬ。
世界の創造、それは至高の霊智であるソフィア<はじるす的女性根源>が
現象世界の下位の階梯へ流出していく過程で、
誤って産み出された存在であるアルコーン達による世界創造であった。
造物主が不完全がゆえに、この世界もまた不完全であり、完全なる至高の魂、
アルコーン達が持てぬ輝かしき至高を肉に封じられた存在である人は苦しむのである。


つまり、この世こそ封印そのものだったのです。

この封印を解き、ゾハールを発現することが、トートという「隠された偉大な叡智」の再登場であり、それを象徴的に表現したのが献金術の「賢者の石」だったということなのです。これは「岩戸開き」のようにも感じられます。

この記述を読む限り、、、、、

賢者の石=ゾハール=グノーシス=仏性=岩戸開き=神だった頃の記憶

であると読めてきました。
そ、そっか~、これはトート神社の霊験「亡くし物が見つかる」にも繋がる。。。(爆)

さらに、このトート神社をいろいろ聞いたり調べているうちに、この神社地区は、じ、、実はヤッズ★家の祖地(本貫)だったということが判明したのです(唖然)。

な、、、、なんちゅうシンクロなんじゃ~
まぁ、シンクロというよりは「トートの神」に呼ばれたという方が正しいのかも。。。。

ヤッズ★(八頭)というハンドルネームを付けたことも、、、、謎の洞察という真実追求ブログを立ち上げることを決めたのも、、、、ホピ予言の「青い星」を調べていくうちに刑部女史を知ったことも、、、、その女史が石巻山でビジョンを受けた話が基点となり石巻山の不思議さに触れ東三河の過去の歴史にの調査にめり込んだことも、、、、そして、その石巻山が徐福の目指した神仙の地であり、東三河が封印の地であったことを知ったことも、、、、(記事には書きませんでしたが)語り部が語る内容の中に、本宮山一帯から八名郡に住み着いていた徐福末裔らの「君子国」(大漢国)を侵攻する為に百済系の後期大王族(エフライム系・下宮)である倭讃王君(景行天皇モデル)の上陸地点である豊田市亀首に一時期住んでいたことも、、、、『NARUTO疾風伝』から月読と天照とスサノウの関係を知り、スサノウの神札を求め調べているうちに「八名東頭神社」に辿り着いたことも、、、、

全ては「祖先の地」に収束する為に予め仕組まれていたということなのか?!

これは絶対行かねば、、、、
※註 引き寄せの法則発動中の筈が、、、、引き寄せられている(笑)

トートバッグ01
(八名東頭神社のトートバック)

古代ピラミッド

以前紹介した刑部恵都子女史の本ですが、この中でホピ予言で世界の終わりの時に現れる「青い星」は、「クラリオン」とも「ヤハウェ」とも称される「反地球」であると書かれていました。

ヤッズ★は「青い星」はニビルじゃないかと推測していたのですが、ニビルはどう考えても今のところ汚れた氷塊をまとった「赤黒い星」である褐色矮星ですし、この「青い星」が現れ、その影響で地球がどうこうなるという記述は全くない点から、単に現世界の終わりの徴(サイン)に過ぎないと思い直しました。ですから、遅らばせながらも刑部女史の説に賛同します。(過去記事

実は、オコツトも地球の反対側にある「反地球」の登場を示唆していたのです(爆)。

聖書の暗号とホピ預言の超シンクロニシティ (超知ライブラリー)聖書の暗号とホピ預言の超シンクロニシティ (超知ライブラリー)
(2006/01)
刑部 恵都子

商品詳細を見る


そうは言っても、やがてニビルが青白く輝くという件は、捨て去っていません(笑)。
つまり、ニビルが青白く輝くのは「次の世界」になってからのことです。
※註 「次の世界」とは次元上昇した世界のことです。

オコツトの説明では、オリオン領域に上昇する意識進化の方向性がムー人(シリウスA)の意識であり、プレアデス領域に下降する意識の方向性がアトランティス人(シリウスB)の意識であるということですが、アセンション(次元上昇)とは、このシリウスAの意識領域に移動することに他なりません。逆にデセンション(次元下降)とはシリウスBの意識領域への移動です。現在の太陽は赤く輝いている星ですが、これがやがて輝くのを止め、ニビルがそれに取って代わるというのがオコツトの主張であり、シリウスAの意識領域に達した世界で輝やいている太陽がニビルというわけです。

でも、現太陽の寿命はあと何百億年もあるんじゃないの?

しかし、この証左といえそうなことがあります。シリウスAは現在天空で一番明るいマイナス一等星で「青白く」輝いていますが、その伴星がシリウスBと呼ばれるもので「赤く星」というところまで分かっています。実はローマ時代以前の多くの文献には、シリウスは「赤く輝く星」として書かれていました。ところが、ある時からその輝きは急に衰え、シリウスは「青白く」輝きだしたのです。シリウスに何かあったのでしょうか?
※註 紀元前150年頃のプトレマイオスも著書の中でシリウスを「赤い星」と記述しています。古代ギリシアやローマの天文学者が書いた文献にもシリウスが不吉な星であり、「赤い星」であると記され、ローマ時代の作家セネカ(A.D.65年没)も「シリウスの赤は燃えるようだ」と記しています。

この理由は、当時、輝いていたのは赤い星シリウスBであり、その後、シリウスAが強烈に輝き出し、色が青白く変わったとヤッズ★は睨んでいます。

これはどういうことでしょうか?
そんな急に、恒星に大変化など起きるものでしょうか?

現代量子宇宙論からは有り得ない展開です。しかし、宇宙はプラズマから出来ていて、宇宙空間には巨大な電流が縦横無尽に流れているという最新の「プラズマ宇宙論」の観点からは、この説明が付きそうです。

つまり、シリウスAにプラズマフィラメントの大電流が流れ込み突如輝き出した、、、、、、
そう、まるで電球のように、、、、(爆)。

電球型ロボット
(電気的エネルギーを取り込めば、恒星は突如明るく輝き出す)

まぁ、本当か嘘かは推移を見るほかないことですが、、、、、(笑)

さてさて、前置きが長くなってしまいましたが、話は肝心な部分に移ります。この本の中では刑部女史が日本の「古代ピラミッド」でオーロラの光のビジョンを受取った話が出てきます。

で、そのピラミッドとは愛知県豊橋市にある石巻山(標高356m)なのだそうです。

石巻山01
(日本のピラミッド? 石巻山の遠景)

なんってこった!!!

こんな近場にピラミッドがあったなんて!!!
※註 日本のピラミッドとして有名なのは、黒又山(青森)、位山(飛騨)、尖山(富山)、皆神山(松代)、八幡山(兵庫)、葦獄山(広島)....等です。

実は、去年、この石巻山に行ったことがあり、そこには石巻神社(上社)があるのですが、とても寂れていて上社の参道の両側の飲食店は廃屋となっていました。こういった売店があるということは、かつてはかなりの参拝者がいたのでしょう。しかし、今は参拝者の減少、自家用車で上まで着てしまうことが輪を掛け、ここで足を休める人は少なくなって廃業に至ったのでしょう。

神域内にこういった廃屋物件があるのは、あまり感心しませんが、早急に撤去が望ましいところですが、撤去費用もバカにならないところが辛いところです。

実は、ヤッズ★は以前からこの山に注目していて、この山の壁面に沿うように「目」の形をした建造物を作ったら面白いなぁ~、観光資源の無い地方都市の目玉資源になるのになぁ~、と密かに考えていました。その構想とはこうです。この目状建造物の瞳部分にはホンモノの即身成仏が安置されていて、夜になるとその目から光のビームが虚空に向かって投影されるのです(爆)。

館内は静寂で天井が高く、まさに墓所という雰囲気を醸しだします。さらに内部の展示物には、古今東西の宗教神殿のミニチュア模型や、ツタンカーメン王の「黄金のマスク」、失われたアーク(聖櫃)、モレク神、金の牛、ミトラ神、セト神、世界の七不思議(ギザの大ピラミッド、バビロンの空中庭園、エフェソスのアルテミス神殿、オリンピアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、ロードス島の青銅の巨像、アレクサンドリアの大灯台)、虚舟の蛮女...等の宗教的遺物や御神体、神宝、古代の謎のレプリカを展示します。そして、体験コーナーでは「滝行」や「アイソレーション・タンク」の実体験が出来るのです。ほとんど雑誌『ムー』の世界です(爆)。

ついでに、本物の人体標本も常設にて展示かな~。

人体標本
(献体には何故か東洋人が多いというが、実はこれは中国の死刑因という。そういうビジネスが中国・米国間で存在するといい、献体の価格は一体200ドル前後だといいます。日本人には出来ない所業です。)

そういう人類の生死観や宗教観を集めた死の博物館というコンセプトです。

かなり不気味な博物館ですね(笑)。でも「死」について考えることは、実は「生」を活性化するのです。高齢化社会を迎えていく日本には相応しい博物館ではないかと思うのですが、、、、実物人体標本はやり過ぎでしょうか(汗)。

既に名前も決めてあります。石巻山を改め、、、、、、

「一目山」(いちもくさん)と呼びます。(がはは)

更に併設するクアハウスがあり、その名称は「般若の湯」です。
※註 お酒ではありません(爆)

石巻山ss
(なんか、メーソンのシンボルマークになってきたぞ、、、、でも、ここまでやれば、誰が何と言おうと石巻山はビラミッドだと胸を張って言えるw 誰も否定できまい。)

妄想がフルスロットルで暴走してしまいましたが、、、、、、(汗)
以下は妄想でないホンモノの内容です。

この石巻山の頂上には古い祠があり、そこには「天地主大神のしるし」書かれた古い石が祀られているといいます。これは日本の天地を創造した神・国常立尊のことを指しているのでしょうか。山頂付近には純度の高い石灰岩が露出しており、その昔、ここが海の下で珊瑚礁だったことを示しています。近くには貝塚もあって、縄文時代には近くまで海が広がっていたのでしょうか。また、天狗伝説などが数多く残り、UFO目撃情報もあるのです。しかも夜景は絶品です。

石巻山は、古来より東三河地方で「神の山」として崇められてきた霊山であり、この山の西方に広がる平野には石巻山の山頂の磐座を基点として、一定の角度を有して配置された神社群と寺院群が存在しています。しかもそれらは二至二分の日(春分、夏至、秋分、冬至)に石巻山の山頂から太陽が昇るのを見ることができる位置に建てられているのです。

しかも、ここは奈良の三輪山の元山(奥の院)であったというのです。

明治期にはこの山の名前は「神山」(みわやま)といっていました。この地域の地名も八名群三輪村神郷(じんごう)と呼ばれていて、石巻山の南側を流れる川は今でも三輪川と言います。 奈良の三輪神社の『三輪神社縁起書』には「三河石巻神社」という記載があり、ここが三輪神社の発祥の地であったことが分かります。
※註 実はヤッズ★家の元々の出自はここ石巻だったのです。また、この近くには賀茂神社があり、少し離れた小坂井には兎足神社という徐福来日を伝える神社があります。徐福一行は熊野に住み付いた後、ここに移り住んだといい、その証拠にこの神社では猪を屠って供える中国的な生贄の神事(現代では12羽の雀)があります。また、少し山側へ移動すると赤引というところがありますが、ここは伊勢神宮に奉納する御衣(おんぞ)用の絹を産した場所です。絹といえば泰氏ですね。

空海や役行者が石巻山にいたという話も伝わっています。
更に、持統天皇や文武天皇も御幸に来られたという話が古事記に載っているのです。
(持統天皇は2回も来ている)

何故、中央から見たら辺鄙な地、三河に天皇が???

銅鐸には近畿式(断面が円)と三遠式(断面が銀杏形)がありますが、この銅鐸、実は出雲王権(国津神)の象徴であるのです。近畿式は主に河内国で生産され、そこは国津神を祀る物部氏の一大拠点でした。これが大和で発見されたがその殆どは粉々に小さく破壊されていたということは、一時期、出雲王権が近畿にいて、その後ヤマト王権に取って代わられたが為に破壊されたと考えられます。そして銅鐸を奉じる物部一族は三河国を始めとした東国に追いやられたのではないでしょうか。これが銅鐸が古墳時代後期になっても三遠(三河~遠州)地方に出土する理由だと睨んでいます。

三遠式銅鐸
(三遠式銅鐸)

事実、『先代旧事本紀』の編纂者である明法博士の興原敏久(おきはらのみにく 別名・物部中原宿彌)は参河(現在の愛知県の東部)の人であり、物部一族がこの三河の地に封ぜられたのだろうと考えられます。
※註 興原氏は成務天皇の時代に参河の国の国造に定められた。

その他の例として、物部氏の同族である額田部氏にもいえそうです。万葉集に額田姫王(ぬかたのおおきみ)という飛鳥時代屈指の美人が登場しますが、彼女は天武天皇と天智天皇に寵愛され、その三角関係が「壬申の乱」の原因だったといいますが、この額田を冠する額田郡という地名が石巻山の近くにあるのです。これは額田湯坐連の子の額田柱津連が成務天皇にこの地に郡造として就任したところから付く地名なのですが、かつての皇族は有力豪族に里親として養育されたといい、額田姫王はこの額田部氏に養育されたところから付く名前です。

このように三河の地には物部氏の多くが封印された。
※註 飛鳥昭雄先生によると、ヤタガラスの話では物部氏は徐福と一緒に来日した氏族であり、東三河は物部の祖神ニギハヤヒ尊をまつる「物部王国」だったといいます。どうりで天皇がやってくる筈です。事実、奥三河~遠州に跨る地域には、奥三河の「花祭り」、奥遠州の「花の舞」、遠山郷の「霜月祭り」...等かなり古いスタイルの神事「湯立祭り」が残されています。これは四国・垂水神社に伝わる神事「湯立神楽」とも共通な点も興味深いですね。

さてさて、この「石巻山」の名称は、役の行者がこの山の立石を三回半巻いていた龍を発見した伝説が元となっているそうですが、この三回半というのは「モーセの旗竿」(ネフシュタン)の蛇と同じ巻数で面白い一致です。それはそうと、この石巻山の登山道路も三回半ですね(笑)。

ある研究者によると、石巻山から少し行ったところに廃寺跡があるのですが、空海が昔 開山しお寺を建てて大きく事をやっていたようですが、そこが狭くなったため高野山に場所を移したといいます。今は全て封印されているようですが、、、、まぁ、空海は日本全国至るところを開山してますから、ここだけが何か特別とは思えないのですが、そうだったらいいな~という地元民の願いはあります。

kuukai.jpg

何故、空海がここに居たのか?

それはここが、天狗 (火) と龍 (水) が住まう山、つまり石巻山は火の線と水の線が交差するとっても重要な地というのが理由でしょうか。ここは富士山から発せられるエネルギーが通う場所で、ここのエネルギーが活性化しないことには、熱田の地へのエネルギーがスムーズに通らないといいます。例えていえば、パソコンでいうLANのスイッチング・ハブ、あるいは変電所みたいなものです(笑)。
※註 日本を西に走るレイラインがありますが、これは「富士山頂」→「熱田神宮」→「神戸の六甲山」→「宮島の弥山」という流れになっていて、石巻山はこのラインの途上にあるといいます(地図で確認したが一直線ではないなw)。さらに中央構造線の上にもあり、両エネルギーが交差する非常に重要な場所ということです。そしてここが活性化すると「熱田神宮」が活性化し、そして熱田神宮を中心として取り巻く「伊勢」「白山」「富士山」の大三角形にエネルギーが回り始めるといいます(熱田神宮ド真ん中ではないが、、、w)。今年、熱田神宮正殿は50年振りに新築されましたが、これを機に伊勢神宮式年遷宮へと続き、エネルギーの大歯車が廻り始めるのでしょうか?!

確かに、ここは中央構造線がすぐ近くに通っている場所ですし、ここがパワースポットであることは間違いないと思います。しかし、近年、ここ及びこの山を拝する照山の寂れようは目を覆うばかりで、かなりエネエルギー的に弱まってしまったようです。

ですから、東三河が聖地として復活することが、真の日本復活というシナリオにかなり重要な位置を占めてくるという意見には賛同しています。なんせ、エネルギー供給の重要な中継地点ですからね~。

飛鳥昭雄先生も指摘していますが、藤原不比等、空海...等が外敵(=外国勢力)から守る為に封印して隠した物部氏の神がいよいよ復活する時だといいます。その時には富士山が爆発し、そのキーは雅子様が握っているといいます。
※註 飛鳥先生は理由は語っていませんが、確かに、雅子様が故・ダイアナ妃のように手記でも出版すれば、皇室の神事についての秘密が暴露されるのかもしれないという期待はあります。例えば、神事はヘブライ語で取り行われているとか、イエスを拝しているとか、、、、、、爆

■六本木の巫女v.s飛鳥昭雄先生(styleFM)
(その1) http://www.768.jp/ondemand/vod.php?file=/program/viproom/18_1.wmv
(その2) http://www.768.jp/ondemand/vod.php?file=/program/viproom/18_2.wmv

******************************************************************
やはり三輪山の奥宮と言われるだけに、奈良・三輪山の桧原神社で感じた感覚に酷似している気がしました。ここも純粋に天津神・国津神の領域というよりは、ユダヤの神とかかわりの深い印象。またこの地球のエネルギーで在らざるものともシンクロする場所・中継地点という感覚を受け取りました。
参拝を済ませ、奥の院へ。

神社から少し登ったところにその赤い社殿はあります。
驚いたことに、ご神鏡があるはずの位置には、銅版か金属の板のようなものに彫られた六芒星の図形が刻まれている!
やっぱり…
この場所が山そのものが特別な場所であり、普通に言われる神社とか神とかとは違うものが祀られていることを確信しました。

山の下方はなだらかな感じなのだけれど、中腹から急に盛り上がり、天辺の岩も目立ちます。
やはり感じたとおり…臨界点は、この継ぎ目の部分かもしれません。
下は普通にもともとあった山、継ぎ目の部分から上は、まるで継ぎ足されたような不自然な形と言う印象を受けました。一説にはここは宇宙の知的生命体とのコンタクトの場所・中継地点という話もあるくらいだから、もしかしたら古代からそういう場所だったのかも!


■Harumonia (スピリチュアルハイキング 石巻山)
http://blog.harumonia.biz/?eid=796003
******************************************************************

この石巻神社は東三河で一番古い神社らしく、優に1000年以上の歴史があるそうです。この神社の御祭神は「大己貴命」(おほなむち)ですが、東三河の神社では珍しいそうです。また、波動に敏感な人の話では、この石巻山の御祭神の波動は三輪山と同じ「国常立尊」(=天御中主尊)であるとのことです。
※註 波動に鈍感なヤッズ★なので、この手の話には素直に頷くしかないのですが、、、、

岩戸開きは、とどのつまり根源の神である国常立尊(=ガイア意識)が世に出てくることを指していますが、これは封印されていた物部系の神が復活することでもあります。この復活には地球を取り巻くエネルギー・グリッドの活性化がキーポイントのようです。石巻山に限らず、こういったレイライン上にある日本のピラミッドが明治期の国家神道によってエネルギー的に分断され、廃れてパワーが滞ってしまっていて、折角エネルギーを与えながら温存して封印したものが無残な状態となっている。で、この流れを活性化することが今次の「岩戸開き」に繋がっているような気がします。
※註 でもね~、大地のエネルギーが活発になると天変地異が頻繁に発生する?そういう点から、空海は日本中を封印して廻ったんじゃないかとも考えられるし、、、、、果たして、、、、、

事実、そのような啓示を受けて「石巻山」とその拝殿である「照山」を活性化するヒーラー的活動を1年間も続けられている方が居られるそうです。で、2009年5月9日に石巻山は蘇った、、、、、のだそうです。

■東三河高天原
http://plaza.rakuten.co.jp/tremblay/diary/200910230000/

波動にはトコトン鈍いのだが、一昨年行った時との違いが感じられるかもしれない。
う~む、今度、行ってみよ~っ!!!

月読宮【P39】

さてさて、今日の記事も昨日の続きです。

内宮を参拝した後、おはらい町を散策したのですが、以前に比べて木造で覆われた店舗が多いなぁという感じを受けました。そういった努力が実ったのか通りは以前にも増して大賑わいです。内宮参拝に行く動機としての相乗効果を発揮してますね。

ここで一番印象的だったのが、干物を売る「ひもの塾」です。
店舗で鉄板で焼いた魚をまる一匹試食させている為か店舗前は大賑わいです。

しかも、、、、美味い!!!

魚嫌いのヤッズ★ですが、魚がこんなに美味かったとは知らなかった。
買って帰ろうかとも思いましたが、カミサンが有名なシュークリームがあるからそちらの方がいいというので、結局、カンパーニュのシュークリームを買って帰ることになりました。あっ、当然、「赤福」も買いましたが、、、、(笑)。

一旦、駐車している川原に戻り、買った土産物を車内に置き、今度は近くにある月読宮を目指しました。歩いていこうか、車で行こうか迷いましたが、車で行って正解でした。結構、遠いんです(笑)。問題は駐車場が無いため、参道前の空き地に車を止める点でしょうか!

まぁ、あまり人気化しない方がいいですねぇ。人気化すると駐車場の件もそうですが、浄化が追いつかなくなり精妙な神気が出なくなるともいいますから、、、、、今ぐらいひっそりとしている方がいいです。

入口は質素で、まるで森がぽっかりと口を開けている感じです。こういった太古の神社スタイルは森の入り口に鳥居を配しただけのとてもシンプルなものです。このシンプルさは『トトロ』のがチビトトロを追っかけながら入って行った薮の道を彷彿とさせますね。

月読宮
(まるで森が口を開けたような様子)

月読宮は天照大神の弟で、スサノウほど登場はしませんが、ヤッズ★はこの神様の名がずっと気になっていました。ただ、ずっと女神だと思っていたのですが、いろいろと調べるうちに男神だということが分かってきました。また、「NARUTO疾風伝」でも、うちはイタチが使う「月読」(つきよみ)という幻術名で馴染みがあります。Jr.はこの名前を気に入っているので、お守りとお札は最初からここのを買うことを決めていました(笑)。

ここ月読宮には、月読、月読の荒魂、イザナギ、イザナミの4柱が祀られていますが、同じ家族でありながらスサノウは祀られていません。何故でしょうねぇ?

今は4つの社が個別に塀で囲まれていますが、明治以前はイザナミ、イザナギで1つ、月読と荒魂で1つと2つづつ囲まれていたといいます。さらにもっと昔は4つの社が1つの塀に囲まれていたといいます。神社の正殿スタイルは時代時代に変遷していっています。
※註 最近、正殿が新築され初々しい熱田神宮は、かつては「尾張造り」というスタイルであった、前回の建設時に唯一神明造りに変更されたといいます。

アポロ11月の月探査があったのか、無かったのかいろいろ物議を醸していますが、この月というのは、目立たないけど不思議が多いですね。
※註 あの宇宙船の薄い壁で高濃度の放射線の行きかうバンアレン帯を通り抜ける場合、乗務員は黒焦げになることは間違いなし。ということは、人類はいまだ月へは行っていないことになる? しかし、月には行った形跡がある、、、、、う~む、答えは宇宙人にバリアーされながら月に到達したとG博士は宣うが、、、、果たして、、、、

オコツトは、太陽は人類の意識の行く先を示しており、その為の変換作用をしているから燃えていると説明していますが。月はその太陽の光を反射しながら地球をぐるぐる廻り、地球に覚醒を促す、まさに子宮のようなものであると語っています。また、太陽は顕在意識を月は潜在意識を司っているともいいます。日中も月は登場しますが、太陽の明るさに阻まれ、あまり目立つことはありませんが、しっかりと運行しています。こんな点からも月=潜在意識は納得です。

確かに、月の満ち欠けが人間の精神作用に何らかの影響を与えるという統計的なデータがありますしね(笑)。

月読宮も同じでしょうか?(笑)

そういえば、霊視も出来るオペラ歌手の森久美子さんは月読宮にはもの凄いパワーがあるとオーラの泉で語っていましたね。「自分がイタコかと思うくらい違う自分になれる」とのことです。やはり、潜在意識を司っていて違う人格を表出させるパワーでもあるのでしょう。

幸い(?)ヤッズ★はイタコ状態にはなりませんでしたが、、、、(爆)



*******************************************************************
40日プラン【39日目】
リーチです(笑)。

■9
私の内にあう神が、すべての願望をかなえてくれると気づいたとき、私の心は豊かさに満たされます。
私は今、この事実に気づいています。私は今、人生の秘密を見つけました。神が私の人生を豊かにするために休みなく働いてくれていると知りました。もう、私の緊張はほぐれています。ゆったりした気分でくつろいでいます。私の内にあるこの聖なる意識からは、豊かさを生み出すエネルギーがふつふつと湧き出て、放射されています。
私はただ、この真実に気づきさえすればいいのです。そして、私は今、気づきました。今、私は豊かさの流れのなかにいます。

伊勢神宮親拝【P38】

伊勢に行って来ました。
中央構造線に沿った、神島、鳥羽のルートです。

朝8:10発の始発フェリーに乗ったんですが、あの海上で携帯(ソフ)が使えるんですね。しかし、逆に伊勢のおはらい町では使えなかった、、、、、何故だぁ???

フェリーからは間近に神島が見えますが、ここは三島由紀夫がギリシャの恋愛小説『ダフニスとクロエ』に着想を得て書き下ろした小説『潮騒』の舞台でもあり、また、江戸時代、伊雑宮の神領復活を企んだ「大成経事件」で処分された伊雑宮の神人が流刑された場所でもあります。一度は訪れてみたい島ですね。
※註 歴史に詳しい方のサイトにはこうあります。「明暦四年(1656)に朝廷に上申した神訴状には「伊雑皇大神宮は日本最初の宮で、のちに内宮が鎮座し、次いで外宮が鎮座した」とする「伊勢三宮説」を創案し、伊雑宮は天照大神、内宮は瓊瓊杵尊(ニニギ尊)、外宮は月読尊を祀っているとし、内外宮は伊雑宮の分家であると主張するようになる。こうなると内宮外宮も無視するわけにはいかず、深刻で醜い本家争いが展開され、最後は朝廷の裁決によって「伊雑宮は内宮の別宮。祭神は伊射波富美命。」と定められた。しかしこれに不満な伊雑宮磯部神人たちは四代将軍徳川家綱に直訴。結果としては最悪で神人たち47人が伊勢志摩両国から追放となった。これが寛文三年(1633)のことであった。騷ぎは終息したようにみえた。しかし延宝七年(1679)に伊雑宮を本宮とする伊勢二社三宮説を唱える「旧事大成経40巻」が版行される。これは伊雑宮磯部神人たちが三千両を著名な神道家や儒者や僧侶に贈って伊雑宮の優位性を偽作させた書物で、これが活字を通して世間の知識階級に広まり、学者の中にはこの書を信奉するものが多数いた(偽書とはいえ当時の著名な学者が執筆)ために幕府も事態を重くみて、天和三年(1683)に版行書と版木の破却を命じ、関係者は流刑、追放。この事件を「大成経事件」という。」

で、訪れたのは外宮、内宮、月読宮の三箇所です。
時間があれば、磯部町の伊雑宮まで足を伸ばしたかったのですが、今回は断念。

まぁ、途中、二見浦に寄って夫婦岩を見て行きましたけど、あそこは狛犬ならぬ狛蛙なんですね。今、丁度「NARUTO疾風伝」がガマ仙人・自来也の戦いを描いているのですが、二見浦が蛙の像ばかり置いてある為、カミサンは「蛙の里」だと喜んでました(笑)。併設されている小さな神社に「八王龍王大社」というのがありますが、この名はバラモン教の神が仏教に取り入れられた天部八部衆の1つ「八大竜王」から来ているんじゃないでしょうか?ヤッズ★(八頭=八岐大蛇)に関連ありそうな名称なので、こっちの方が気になりましたね(笑)。
※註 実は八頭身だという都市伝説もある、、、、、ないか(爆)

先ずは外宮から親拝です。
※註 ヤッズ★は「I AM」(我は神なり)の信奉者ですから、「参拝」とは決して言いません(爆)。

で、迷いながらも無事、外宮到着です。

今回は裏参道側から入ったのですが、森と鳥居を見た瞬間、「おおっ、、、、」と来た。もう身が震える程の荘厳さを感じましたね。少しチビったかもしれません(爆)。外宮からこんなに凄いパワーを感じることはかつて無かったことです。外宮での今回の真の目的地は「多賀宮」です。ここの地下10mにはモーゼの十戒石が埋められているという話がありますが(笑)、そこでは有名な霊能者が泣き崩れてひれ伏してしまったという程に高次元波動が強いといわれるところです。今は当時よりももっと波動パワーが高まっているはずで、それをヤッズ★は感じれられるか?いう目的があったのです。
※註 比較の為に通ったが、表参道側はそれ程でもなかった。ヤッズ★も感受性が鋭くなったか?

外宮
(ヤハウエと同じ存在が祀られているという外宮だが、、、、果たして)

外宮の参道を歩いていて鳥居に一礼している人たちを見かけました。

「はて、、、? 鳥居に一礼するものなのかぁ???」

鳥居とは結界の入口なので、別にそこに神聖が宿るわけではないのだが、、、、
まぁ、相手の結界内に入るには「おじゃましまんのやわ~」の挨拶は欠かせないことではあります。

下記はあるサイトに載っていた参拝の仕方です。

*******************************************************************
<神社の参拝の仕方>
■鳥居で軽く一礼
■参道では中央は神様の通る道(正中)のため端を歩く
■参道を歩きながら神様に波動を合わせていく
■お賽銭箱に賽銭を投げずにそっと置くようにする
■帰る時も参道の端を歩く
■鳥居で軽く一礼をして「ありがとうございました」と言う

<二礼、二拍手、一拝(礼)の作法>
■姿勢を正してから90度に腰を折って二礼する
■手を合わせて右手を少し下げて
■2回拍手を打ち
■手を合わせてお祈りする
  (a)社殿の中にある神鏡に意識を合わせて
  (b)○○の神様のご開運をお祈りする
  (c)地球の調和と日本の平和をお祈りする
  (d)自分のやるべきことを後押しして下さいとお願いする
  (e)感謝の気持ちを言う
■一礼する

*******************************************************************

90度の深々としたお辞儀したことがありません(笑)。
腰が痛くなりそうです。

以前は内宮に強く惹かれましたが、今回は外宮に圧倒的に強く感じましたね。
カミサンの感想では、外宮の多賀宮が一番よかったと言っていました。
ヤッズ★もそれは同感です。


*******************************************************************
40日プラン【38日目】
昨夜遅く帰ってきて、爆睡したので、今日書き忘れるとこだった。


■8
私の内にあるスピリットは、豊かさの尽きることのない源です。
私はこの真実に気づいています。
この意識が、イナゴが食い尽くして何年も荒れた大地をよみがえらせます。
あらゆるものを新しく生まれ変わらせます。
私の気分を高めます。
豊かな繁栄への道を歩ませてくれます。
スピリットに気づき、理解し、信頼することで、望むことはすべて、目に見える物や経験として私の前に現れます。

織姫に導かれて?【P30】

今日、金玉氏のブログを見たら、「三脈の法」が記事化されていました。

実は、この方法、今まで聞いたことありませんでした。(汗)
昔、忍者がやっていたとか、中国から伝来したとも言われていますが、

アノクタラ サンミャク サンボウダイ
※註 この呪文の意味は、アヌッタラ(この上ない)+サンヤック(正しい)+サンボーディ(完全な悟り)というサンスクリット語で、音訳では「阿耨多羅三藐三菩提」、漢訳では「無上正等覚」となります。

の呪文が示すように、ヤッズ★は初代レインボーマンである提婆達多(ダイバダッタ)がこの「三脈の法」の創始者ではないかと睨んでいます(超爆)。

冗談はさておき、危機を予知回避するメソッドが「三脈の法」です。
これに熟達すれば、危機回避はお手の物ですね。
でも、シンクロしているかの把握は難しいです。
3点計測する常設用の電子機器があればいいのですが、、、、

■未来の危機を回避する「三脈の法」
http://f37.aaa.livedoor.jp/~kaiun/tobira/sanmyaku.html

さてさて、上の文章に出てくる白須賀は遠州灘に面し「潮見坂」と「柏餅」で有名なで坂の上から眺める海の景色がとてもよいところです。柏餅は白須賀付近の「猿の番場の茶屋」で出されていたものですが、秀吉が小田原攻めに向かう途中、ここで休憩したといい、差し出された柏餅を食べ、あまりの美味さに名を尋ねたところ、「勝和(かしわ)餅とは縁起がいい!」と言ったといいます。

白須賀

今は有名なサーフスポットとなっていますが、小学生の頃は親戚に連れられ、よく泳ぎに行ったところですね。ただ、あそこは表浜で「遊泳禁止」だったのだが、、、、(汗)。

宝永4年(1707)10月4日午後2時、この白須賀近辺で大きな地震が起こり、建物は倒壊し火の手が上がったといいます。その後、沖から押し寄せる8mの津波で宿場は壊滅した。幸い裏山に逃げた人のみが助かったとのことです。この災害を契機として、白須賀の宿は太平洋に面した地(元白須賀)から同じ東海道沿いの潮見坂の上のより山側の地へと移ったといいます。

この「三脈の法」で助かった柳川藩以外にも、下記のように助かった大名がいるといいます。

*******************************************************************
岡山藩・池田綱政が白須賀宿本陣に泊まった夜、夢に観世音菩薩が出てきて、
「深夜必ず津波がくる。早くこの地を立ち去るように」と告げた。
綱政が宿を早立ちすると、本当に津波がきて白須賀宿が壊滅したと伝わる。

*******************************************************************

本尊の「潮見観世音菩薩」は江戸初期地元漁師の網にかかって現れた身の丈1尺9寸の霊験あらたかな聖観音様。綱政公は観音様の御加護に感謝し、邸内に潮見観音の御分身を祀り子々孫々現在の池田牧場まで続いているといいます。

海から出てきた点は、何やら瀬織津姫を連想させます(笑)。

潮見観音
(潮見観音 海上の船が通行時帆を下げたといい 別名・帆さげ観音ともいう)

まぁ、この潮見観音を丁寧に祀っていた宿場の庶民の多くが死亡したのに対し、たまたま通りかかった大名家だけがお告げで助かるというのは何か釈然としない話ですが、彼は街道の庶民に向かって「玉蔵、一生のお願いですから、逃げて下さい!逃げて下さい!」と金玉氏のように言わなかったのでしょうか?

まぁ、そんなことを考えていたら、急に行きたくなったので白須賀に行ってきました(爆)。

見学後、折角着たのだからと、近くにある豊田佐吉記念館にも足を伸ばしてみました。
実は、前々から名は知っていたのですが、ここを訪れるのは初めてです。

生家

まぁ、小さな生家がある程度と思っていましたが、さにあらず、母親に寄贈した母屋の他に、納屋、集会所、佐吉・喜一郎の生家、佐吉が考案した山水取水濾過装置が裏山にあって、小高い丘の山頂まで散策道が続くかなり広いものでした。佐吉といえば自動機織機ですが、ここに佐吉考案のライナーが自動で左右する片手操作可能な半自動機織が置いてあり、実際に織ることが出来ます。それに座りパタパタと動かすのですが、機織とはなかなか面白いものです。ただ、趣味で機織する程度なら半自動でない方が味わいがあって面白いですが、、、、

機織
(佐吉考案の半自動機織 トヨタ自動車の原点でもある)

七夕の織姫として有名なのが、天照大神が天岩戸から出てきた時に着た神衣(かんみそ)を織ったという伝説がある天棚機姫命ですが、実は、瀬織津姫は名からも分かるように「織姫」でもあるのです。さらに、豊田佐吉翁が信奉していたのが、豊川河口の水神社(主祭神:瀬織津姫)なのですね。瀬織津姫は水神かつ養蚕神・織姫神でもありますから、当然といえば当然でしょうか。

この湖西市から浜名湖を上に上がった三ケ日には、初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)という小さな神社があり祭神は「天棚機姫」です。拝殿横には織殿があり日本一古い織機が収められているそうです。また。ここの宮司は日本で唯一「神服部」(かんはとり)という姓を名乗っています。

■初生衣神社~その歴史と神服部~(動画)
http://ubuginu.jp/html/movie.html

940年(天慶3年)、この地方が伊勢神領となったからでしょうか、三河の「赤引きの糸」を使ってここで機織り、豊川を下って豊橋市の湊町神明社から船に乗せ伊勢神宮にまで織物を毎年奉納していたそうですが、100年ほど前、伊勢神宮が民間からの奉納を受け付けなくなり途絶えてしまったといいます。
※註 これを「御衣(おんぞ)祭り」という

三ケ日と伊勢神宮の関わりは、奈良を追い出された天照大神が倭姫の背中に背負われ、伊勢に永久に遷座するまでの間、各地を4年に1回の頻度で遷座していって50年後に現在の伊勢山田の地に落ち着くことになったといいます。実は、この三ケ日も「三河国渥美宮」の次に「遠江国浜名宮」として40日滞在していた場所なのです。その場所は初生衣神社のすぐ近くの浜名総社という神社であり、宮司も「神服部」氏です。

倭姫の50年間の天照大神の永住の地を求める話は、モーゼがエクソダス(出エジプト)後、ヘブライの民を連れて荒野を50年間放浪したという話を彷彿とさせますね。



*********************************************************************
40日プログ【30日目】
ふぅ~、やっと3/4です。

■10
私は「この世」のことをあれこれ思いわずらうことをやめます。
私の豊かさを生み出してくれる唯一の源(原因)に意識のすべてを向けます。
この源こそ、絶えず働き、お金をはじめとする目に見える豊かさを生み出してくれます。
私の内には、「豊かさの法則」が確かに働いています。


まるで機織のように豊かさを生み出しているようです(笑)。

プロフィール

ヤッズ★

  • Author:ヤッズ★
  • ヤッズ★(八頭)です♪
    『恋のフェロモン・ボンバー』
    絶賛発売中!! よろしく

    ちなみにリンクフリーです♪

    (このブログについて)

最近の記事

最近のコメント

全ての記事を表示する

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。