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聖徳太子ショック

封印されていた東三河が豊葦原瑞穂国であったという真実の歴史を知ることや(ふふふ)、逆に今まで一般流布されていた真実ではない改竄歴史を知ること...等、こういった洗脳状態から自らを解放し、洗脳解除することが、実は「岩戸開き」=「覚醒」の第一歩だと睨んでいます。

というのは、夢の中で有り得ないチグハグな前後関係や自分のおかしな振る舞いの自覚し出した時に、今まで漠然と見ていた夢が急に「明晰夢」に突入してしまうわけですが、この世、つまり現実世界も実は「夢」のようなものであり、そこかしこにチグハグな内容や夢遊病者的な振る舞いをしている等...おかしさ満載なわけですが、それに気づくことで私たちの現実は「明晰現実」に突入するのです(笑)。

明晰夢に突入すると、今までただ受身になっていた夢の世界で能動的に動くことが出来るようになります。更に自覚意識が覚醒していくと「ここはコイツを登場させてと、、、」と夢の内容自体を自由自在に創作していくことも可能となり、夢の世界が完全に自分のコントロール下の置かれるのです。「明晰現実」でも同じことなのです。

これは、正に願望実現体質そのものです。(くふぉふぉ~ふぉ)

私たちが生れ落ち今まで体験していた幾多の出来事が実はある1つの方向性をもって存在していて、やがて、自らがこれに気づくかざるを得ない時がやってきます。つまり、自分だけが体験するオリジナルな「この世」とは、過去から未来までが一気に作られていてそれを小出しにチビチビと追体験していっているわけです。そのことに気づく為に、自分の世界で起きていた過去の事象、例えそれが一見自分とは関係のなさそう偉人の歴史であろうと、、、、、ベールを剥いて真実の現実を垣間見ることがその境地に至るキーなのです。これは映画でいうところの「伏線」と同じです(笑)。

では、その境地に至るには学校で習って盲目的に信じ込んでいる内容を1つ1つ解除訂正いくのもひとつの手でしょうか。例えば、古代日本の姿は主に正史である日本書紀の記述に従って構成されているわけですが、ここにはおかしな記述内容が多いのです。その1つがヘブライ語記述があったり、内容が架空で作為性があったりするわけですが、今回、その1つの分かり易い事例として選んだのが、聖徳太子の伝承です。

聖徳太子といえば、法隆寺ですが、今の法隆寺は創建当時とは向きが異なっているそうです。この創建当時の法隆寺を「若倉伽藍」といい、焼失した後に現在の「西院伽藍」が再建されたと言われています。しかし、最近の発掘の結果からは、出土した瓦や土にも焼けた跡がないこと、また関連建築物の位置関係から2つの伽藍が並立して建っていた可能性がないこと...等の事実から、若草伽藍は何らかの理由で壊され、中心軸の変更を替えられた上で伽藍を再建されたと考えられるようになってきました。

なんちゅう勿体無いことを。。。。。

でも金に糸目を付けずに、絶対しなければならない何かがあったのでしょう。
とっても不可解な行動です。

若草伽藍
(新旧法隆寺 赤線が若草伽藍)

あと、とても不思議に思うのは、国家守護に仏教導入する点で聖徳太子と蘇我馬子はコンビを組んで、反対派の物部氏と対峙したと記紀には記されている程に、上宮(うえつのみや)と蘇我家は非常に近しい関係だったわけですが、実際、記紀の記述では多くの血縁関係があります。しかし、その後の展開は風か聖徳太子の子・山背大兄王を蘇我入鹿が暗殺したとなるのです。記紀の内容からは、蘇我・上宮の両陣営は最後には敵対関係になってしまっているのです。とても不思議です。
※註 もっとも知恩院に所蔵されている国宝『上宮聖徳法王帝説』によると、山背大兄王は聖徳太子の子ではなかったと記されていますが、、、、果たして、、、、

しかし関連する寺院を見てみると、蘇我入鹿を祀る社が聖徳太子を祀っていて、聖徳太子の寺である法隆寺が入鹿を祀っているのです。
どこかチグハグなのです。

朝廷は何かを隠している。。。。

聖徳太子を必要以上に聖者として崇めているのは、聖徳太子への恐怖心の裏返しではないかと『聖徳太子の秘密』(チラ見)の著者・関裕二氏は推察しています。つまり、聖徳太子を聖者に祀り上げることでその怨念を封じた。。。。。。ここにネガティブをポジティブで中和するという陰陽道の封印術の臭いを感じますね。これは出世を妬まれ大宰府に左遷された菅原道真を祀った北野天満宮しろ、国譲りした大国主を祀った出雲大社にしろ同様ですね。もしかしたら、皇祖神を祀っているのに江戸時代まで天皇が親拝しなかったという伊勢神宮もその類かもしれません(笑)。
※註 伊勢神宮・内宮の本来の祭神は瀬織津姫であったという話も聞いています。いろいろな噂があって本当は何なのか、最近、もう何が何だかサッパリ分かりません。頭が混乱してます(涙)。

『上宮聖徳法王帝説』では聖徳太子を「法王」「帝」という呼称を付けて呼んでいますが、ここに何か秘密があるのかもしれません(ニタリ)。

例えば、、、聖徳太子は本当は天皇だったとか(ニタリ)。

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(2005/08/02)
関 裕二

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最近知ったある語り部の話から、この謎も解けてきました。

しかも、この内容を真実の歴史とするならば、邪馬台国消滅の謎、持統天皇の三河行幸の謎、天武天智の年齢差(弟である天武が4~16歳年上)の謎、天武系が祀られない菩提寺(泉涌寺)の謎、東三河に伝わる草壁皇子伝説の謎、徐福来日のその後の詳細、アラハバキ神、万世一系の真実、草薙剣の由来、諏訪大社にユダヤ的祭祀(御頭祭)がある謎、平安仏教(東密・台密)に景教が入り込んでいる謎、古代最大の内乱「壬申の乱」の真の原因(→大化改新と壬申乱は発生順序が逆)、日本のネーミングの謎(→日本は「二本」=両建て戦略)、石巻山のある八名郡の名の由来...が述べられていて全ての謎が氷解するのです。こりゃ~マジ凄いの一言。

なんといっても東三河を「穂の国」であるばかりか、このブログの結論、「豊葦原の瑞穂の国」として描いているだけに留まらず、徐福の「君子国」「大漢国」と述べているのです!!!

(東三河の)古き言い伝えは本当じゃった!(感涙)

でも、「絶対使用禁止」「厳重他言禁止」とあるからには、そう多くは引用できない。自重せねば(涙)。
※註 馴染みのない名が多く出てきて非常に理解し難いです。主語が省かれていたり、理由付けが割愛されていたりしているから尚更です(汗)。ヤッズ★は他の掲示板でもコメントしている内容全ても収集して時系列・内容別に分類し直して、理解度を向上させたほどです。でも、それだけ努力を払う価値があると思うのです。特に、東三河を徐福来日の拠点、「穂の国」「豊葦原の瑞穂の国」として扱っているものはこれ以外に知らないし、逆にこの記述があるからこそ、真実の歴史伝承だと信じれるのです。

■鳥取県の歴史
http://www.pleiades15.net/history/niwa.html

語り部が語る内容では、神仏論争の末、馬子が物部を攻撃したいう587年の「丁末の変」(物部守屋の変)は歪曲化されており、事実はこうであったといいます。

まず最初にハッキリハッギリさせないといけない点は、聖徳太子とは架空の人物であるという点です。
これは様々な歴史研究者でも同様のことを述べていますね。

自称救世主?のGスポット博士の説では、確か「聖徳太子=蘇我馬子」でした。
ヤッズ★も一時期、この説に傾きかけたことを正直に告白します(爆)。

では、語り部が語る聖徳太子はどうでしょうか?
それには太子像となるモデルがいて、、、、、

それは、、、ズバリ!上宮(うえつのみや)の高向王です。
※註 記紀によれば、聖徳太子(574年~622年)は飛鳥時代で、聖徳太子は天武天皇の父であり文武天皇は孫であるという。つまり、天武系天皇の系譜は「用明-崇峻-高向王(聖徳太子モデル)-天武(ヤマトタケル&スサノウモデル)-文武-聖武-長屋王(山背モデル)」という流れであるという。

日本の国力を上げ高句麗に対抗するべくアイヌ系エブス人の出雲王権の招聘で時代を違えて日本にやって来た2つのユダヤ王朝がありますが、この何れも出雲王権下にコントロールされていたといいます。出雲王権の基本は道教であり、当時の天皇制は弥生人の邪馬台国がそうであったように、政治の中心には巫女を据えていて、その巫女を娶った男王が大王となるとのことでした。

で、「丁末の変」はこの2者間の政変だというのです。

■高向王側 (扶余系・初期大王族・カド族・上宮) ※騎馬民族・契丹スキタイ
  物部守屋、三輪文屋、境部摩理勢、秦河勝...等

■舒明天皇側 (百済系・後期大王族・エフライム族・下宮) ※烏垣(中国北方)経由
  邇波子麿、弓束、徳太、小治田コモシキ...等

※註 この時はまだ舒明は天皇ではない。天皇に戦いを挑むことは逆臣の誹りを免れない。だからこそ、聖徳太子をでっち上げ一連の歴史改竄を加えたのだろうか。

高向王は高句麗に押されていた百済救援をせず、沖縄に隋が侵攻した事件を受け隋の高句麗遠征に期待するという安穏な政策をとった。そして大陸に目を向け隋に遣隋使(小野妹子)を派遣。しかし、肝心の隋の皇帝は暗殺され隋はあっけなく滅亡。隋の高句麗遠征という希望は脆くも朽ちたのです。

この政策に不満を持っていた百済を祖国とする下宮の舒明天皇は、その政治的不始をその政策の実質的な推進者である馬子に負わせるのではなく高向王に負わして、少人数の戦いを起こした。その戦いで高向王側は将軍物部守屋や境部摩理勢等を失った。東国との連携を三輪文屋が薦めるが、高向王はこれを拒んで再起を図らず、舒明に拘留され、幽閉中に毒殺されたという。

毒殺された高向王は舒明から「戦いを放棄した女々しいやつ」だと言われ、その頭蓋骨を粉々に割られ、さらにその遺体は婦人を埋葬するのと同じ様に父君・崇峻天皇と同じ墳墓に埋葬されたという。これが斑鳩にある「藤ノ木古墳」なのだそうです。

■藤ノ木古墳
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E3%83%8E%E6%9C%A8%E5%8F%A4%E5%A2%B3
(確かに男性二名が埋葬されている、、、、ただ大王クラスではないという学会の見解だが、、、、)

八尾市の大聖勝軍寺(太子堂)には、聖徳太子ら25名が毒殺された場面が描かれた「縁起絵巻」が保管されていたといい、さらには物部守屋の墓もあるそうです。この寺は一般には聖徳太子が物部守屋との戦いで戦況不利だった状況を「勝てば寺院建立する」と祈願して建立された縁起も持っていますが、この大聖勝軍寺は文字通り「高向王との戦に勝った舒明の軍の寺」という意味なのだそうです。意味が全く逆なのです。だからこそ、物部守屋の墓と毒殺絵巻が存在するのです。

これは、聖徳太子ショックとも言える内容です。

大聖勝軍寺
(ここに毒殺絵巻が隠匿されているというが、、、、今もあるのか?)

記紀には上記経緯はまったく記されていませんが、その逸話は山背大兄王に仮託した形で記録されています。

「皇極紀2年11月条に、蘇我入鹿の派遣した討伐軍によって斑鳩を急襲された山背大兄王らは生駒山の山中に逃れた。この時、三輪文屋君は王に勧めて、”深草屯倉に移向きて、ここより馬に乗りて、東国に至りて、乳部(みぶ)をもって本として、軍を興して還り戦はむ。その勝たむこと必じ。”といった。王は、「戦をすれば間違いなく勝てるであろうが、自分一身のために万民に苦労をかけたくない。」と答え、山から帰り斑鳩寺に入り、子弟・妃妾らとともに自尽したという。
※註 上記の「乳部」(みぶ)とは皇子誕生の際各皇子専用宛がわれる育児役職のことで、産殿に仕え育児・教育...等諸々を司る専属氏族や場所のことを指します。「壬生」とも書かれます。では上宮王家が所有する「乳部」とはどこ?となりますが、語り部によると聖武天皇は越国の三国氏を壬生として高向王となったとあるので、この東国とは越国となりそうです。もう1つの説は、石巻山が三輪山の元山であり三輪郷と呼ばれ、王に移動を勧めた三輪氏の本貫である可能性が高いことから上記乳部とは八名郡美夫郷を指しているという意見もあります(引用先)。しかし、ヤッズ★は石巻壬生は天武天皇の乳部であると思っている。

ここでも蘇我氏は貶められています。
この話を蘇我入鹿→舒明天皇、山背大兄王→高向王、自尽(自害)→毒殺と読替すれば同じ内容になりますね。

この毒殺絵巻を見た江戸時代の山片幡桃は、「ツイニ馬子、太子ヲ毒殺ス」と書いている。しかし、実は出雲王権の流れを汲む物部氏と蘇我氏は仲が良く、仏教を廻って戦ったりはしていないという。逆に蘇我氏は物部氏と組んで律令制国家を作ろうとしていたが、下宮(百済系)はそれに反対していた勢力であったという意見もある。
※註 蘇我(宗我=我は宗家の意)は出雲王権本流、物部は枝分かれした傍流だという。ただ、これではヤタガラスがいう「物部は徐福と一緒に来日したり!」という内容と真っ向から対立してしまう。ヤタガラスは泰氏中の泰氏である賀茂氏であり、しかも「賀茂が禰宜背負って来る」の語源となったように各地の神社に入り婿して縁起・伝承を抹消した張本人である賀茂氏が語る天智側有利なっているよう偏った内容なので信用は出来ない!?という感じもするのだが、、、、、果たして、、、、でも語り部の説くのを真実とすれば、何故負けて処分された泰河勝の神社仏閣(松尾大社、太秦寺)が廃止されず逆に隆盛を誇っているのか?果たしてどちらが真実を語っているのだろうか。語り部が語る内容は単なる自己研究に過ぎないのか? いづれにせよ語り部の説く内容には、古伊勢湾、天香具山の遷座、籠神社の元宮、菅原道真の誕生地(春日井市)....等、全く知らなかった多くの知見が得られたことだけは確かです。

語り部によると、蘇我入鹿は高向王(聖徳太子モデル)を毒殺した舒明に対して憤り、「甘樫丘」に監視所兵器庫を造営したという。事実、最近の発掘調査でも「甘樫丘」に土塁・兵器庫・兵舎の遺跡が出土していることから、これは飛鳥王宮を守る軍事拠点ではないかと言われており、どちらかというと王権の忠実な臣下といった感じです。今までの「逆賊蘇我」のイメージは180度変わってしまう。チャンナム大学教授ハプ・シンパル氏は飛鳥における「甘樫丘」は扶余のプソ山と同じ働きをしたと推定、飛鳥は扶余をモデルに作られたと述べていますが、上宮は扶余系大王族であった為、この説は非常に説得性があります。
※註 蘇我氏とは実は出雲王権の直系だが、高向王の父・崇峻天皇に葛城領を没収され恨んでいたが、高向王にその非を認め詫びられた為、高向王を擁立していたという。

■大化改新 隠された真相~飛鳥発掘調査報告~
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070202.html

古来、神格化された為政者に
まともな死に方をした者はいない


これは有名な歴史法則ですが、新聞、TV、週刊誌を始めマスコミ各社が行う「褒め称えて持ち上げてから貶める」という手法と同じく、真理に近い法則です(爆)。

高向王(聖徳天皇)もこの法則に当てはまる!?

そう考えると、叡福寺(上の太子)にある聖徳太子の墓は石柱で2重結界が施されていますが、これは怨霊封じとも考えられる。聖徳太子自体架空の人物でありモデルとなった聖武天皇は藤ノ木古墳に埋葬されたことから、つまり、この御廟のある「上の太子」とは聖武天皇の怨霊封じの寺だといえそうです。

叡福寺 聖徳太子の墓
(叡福寺の聖徳太子の墓所といわれる北古墳御廟 一応、宮内庁管轄)
※註 開基(創立者)は聖武天皇とも聖徳太子であるともいう

いろいろ調べてみましたが、この語り部の語る内容、なかなかに説得力がある。
ただ、ヤマト王権が三王朝の寡頭政権であったという話は初めて聞く内容です。
しかも大王族が全てユダヤ(ヘブライ人)だったとは、、、、、今の世界覇権構造とまったく同じだ(爆)。

実際、日本にはユダヤの痕跡が腐るほどあります。
※註 日本におけるユダヤ(ヘブライ人)の痕跡は、、、、、アークを模した神輿、三種神器、御頭祭、祇園祭山鉾行列、片仮名、囃子言葉、神宮の幕屋構造、山伏兜布(ヒラクティ)、神官の服、鏡餅...等があるが、実際に彼らが日本にやって着たのか、それとも伝承を元にそれらが造り出されたのか、今のところ、はっきりした証拠はありません。しかし、偶然にしては一致が多すぎる。。。


(諏訪神社・御頭祭 兎足神社と同様、生贄を捧げていた)

しかも、この三王朝説を裏付けそうな証拠が伊勢神宮にあるのです。

その証拠とは、、、、過去に伊勢神宮は三正殿であったという事実です。
下図は三井神社に伝わる伊勢神宮の図ですが、外宮、内宮ともに三正殿になっています。
※註 飛鳥説では、キリスト教の「父-聖霊-子」という「三位一体」を表したものだという解釈です。ヤタガラスの話ではこの三王朝の話は一切出てこない。しかし、ヤッズ★はこの三正殿に関しては、出雲・上宮・下宮の三王朝説を取ります。

伊勢両宮図
(しかも三正殿配置は「斜め」であり、飛鳥説ではオリオンの三ツ星を模しているという)

三王朝は別々の祭殿を持っていたといいますが、国家祭祀である伊勢神宮の性格から考えて、この三王朝の崇める神をを1つにまとめていたのではないでしょうか。

つまり、三王朝一体(三位一体)が初期神道の原理でしょうか?

語り部によれば、この伊勢神宮の形式を改めたのが桓武天皇だという。
それはユダヤ的なものからより日本的なものへの変貌だったといいます。
※註 ユダヤは六芒星(ダビデの星)五芒星(ソロモンの星)がシンボルであるように「星信仰」です。この星を象った国旗を持つ国が多いのですが、これは国家中枢がユダヤに侵食された結果かもしれません(爆)。

しかも、伊勢神宮はイェシュア(イエス)を祀っているとは!!!
実は、これはヤタガラスが語る内容を元にした飛鳥昭雄先生の説とも同じ結論なのだが、、、、(爆)
※註 以前、ルガリア政府公認の超能力者ベラ・コチェフスカ女史が平成4年11月30日に伊勢神宮に行った時、外宮の多賀宮で嗚咽した話を紹介しましたが、では内宮に祀られているのは誰?という疑問については、正体不明とされる神道の最大最高の秘密であるが、それは「誰もが知っているあの人物」の事に他ならないといいます。天照大神の別名を解き明かしてゆく事で、その秘密は明らかになるという。世界一有名な人物、、、これはもうイエスしかいませんね。実際、太陽の化身として崇められていますから(笑)。

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桓武天皇は奈良での肥大化した仏教勢力を嫌い、都を長岡京や平安京に遷都した天皇として有名ですが、空海・最澄を唐に派遣して新しい仏教(平安仏教)を導入した点でも知られています。人物的には大胆なことを実行するタイプだと考えられます。きっと英雄タイプなのでしょうね。実際、後宮にたくさんの女性を囲っていたといい、まさに「英雄色を好む」でしょうか(爆)。
※註 桓武天皇こそ今に伝わる記紀を改竄(再編集)した張本人だと先の語り部はいう。しかも記紀自体を閲覧禁止にするし、日本書紀31巻目の系図、「天皇記」「国記」...等の古伝抹殺を焚書したともいう。そして桓武天皇の立太子の年、老齢の夫・光仁天皇を呪詛したとして廃位させられた井上内親王(聖武天皇の第1皇女・伊勢神宮斎宮)とその子供らを幽閉して毒殺し、初期大王族(天武系)を完全滅亡させた黒幕こそ彼だという。確かにこういう流れならば、斑鳩を拠点にした初期大王族(スキタイ騎馬民族)が奉じる妙見信仰を完全封印する理由がハッキリしますね。ということは、法隆寺の若草伽藍を壊し西院伽藍を再建したのも彼でないでしょうか!

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こういった改竄もプラス視点から見れば、桓武天皇は日本を1つの日本人としてまとめ上げ、星信仰という外国由来のものから太陽信仰という日本的なものへ変容させた大立役者と評価できるかもしれません。だからこそ「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」と宣ったのは、意外や意外、桓武天皇だったのかもしれないのです。
※註 もっと好意的に解釈すれば、仏教の背後には仏魔がいるのは日月神示も述べているところですが、桓武天皇は仏教勢力の背後にいる仏魔を感じ取り怖れていたのかもしれません。ですから、彼の取った一連の行動はユダヤの至宝や「約束の地」であるこの国を外国勢力から守る為だったのかもしれない。その証拠に初期大王族は滅ぼしたが、招聘元の出雲族は臣下の「国造」(くにのみやっこ)として配置し温存しているのです。これは来るべき時に「神はじめの神」を出現させる為の温存策であり、カモフラージュかもしれない。あるいは単に神意が働いただけかもしれないが、、、、

この言葉を述べたという聖徳太子(高向王)は、若草伽藍の軸方向から考えるに妙見信仰(北極星やシリウス)であったと思われ、太陽をさほど重視していなかったと思います。ですから、この太陽を中心に据えた名文句「日出ずる処の天子...云々」を発する筈はないのです。
※註 この隋の煬帝に送ったに送ったという国書は実際には存在していませんし、もし本当に送ったとしたら、中華思想を持つ隋は激怒して外交問題にまで発展していたでしょう。聖徳太子は架空の人物なので、この国書送付の話も全くの架空の話でしょう。しかし、この言葉で国威発揚して日本人が日本人として唐と対等意識できるようになったことだけは確かですね。それがこの刺激的な言葉の真の狙いだったのでしょう。
※註 伊勢神宮を20年毎に行う遷宮を創始したのは、この桓武天皇だといいます。つまり、「神道経済」の創設者でもあるわけです(ニタリ)。

そして、このシリウスの方向とは東北-西南軸で、正に艮の方角なのです。

ここで封印された「神はじめの神」艮の金神と結びついてキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
※註 艮の金神の登場が、弥勒の世、岩戸開きなのです。桓武天皇が行った一連の太陽信仰は実は「偽の岩戸開き」であり、実は次の太陽となるニビル信仰こそが「真の岩戸開き」なのだと睨んでいます。で、シリウスを崇敬するのは、ローマ時代にシリウスAとBの輝きが入れ替わったように、中心恒星の入替=岩戸開き=次元上昇という現象があった為に崇拝したのだろうと思います。
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豊葦原の瑞穂の国

古代ユダヤと日本の関係は、すでに疑うべきレベルにはなく、今は下記の解明が急務となっている。

■日本最大の内乱「壬申の乱」の真の原因とは何?
■イスラエルの「失われた十支族」は本当に日本に来たのか?
■原始キリスト教徒は本当に聖櫃(アーク)を携えて来日したのか?
■今、聖櫃(アーク)はどこにある?
■天照大神とはイエスキリストのことなのか?
■日月神示の神「艮の金神」とはいったい何者?縄文の神か?
■瀬織津姫、アラハバキ神と艮の金神の関係は?


これらの鍵を解くものとして、日本史の中でも特に天智天皇から天武天皇、持統天皇に至る治世において、藤原不比等らが日本各地の神社に対し行った祭神変更(=それまでの神を封印)の謎を解き、その元の状態を知ることで上記の謎も全て自然に解けてくるものと考えています。

しかも、そこには単なる支配者側の歴史改竄に留まらない何か「遠大な計画」がある???

実は、ここが日月神示がいう岩戸開きのポイントでもあると睨んでいるのです(ニタリ)。

岩戸開き
(「岩戸開き」は聖書にある墓所でのイエス復活シーンだというが、、、、墓所で裸踊りしてたか?)

古代日本とは、どういう国だったのか?

その真の姿を知ることが日本精神の復興に繋がり、ひいては封印された神である「神はじめの神」の復活に繋がっていくのかもしれません。世界に類を見ない芸術的センスを持ちながら戦争を好まなかった太古の縄文人のDNAを持つ日本人が、この封印された真実を知ることで覚醒し「真の日本人」として、今後、蘇るかもしれません(笑)。

古事記では、日本は「豊葦原の瑞穂の国」と書かれていますが、正確に言うと「豊葦原の千秋長五百秋長之瑞穂の国」なのですが、、、、、これは、豊かな広々とした葦原があって、みずみずしく美しい稲穂が実っている国という意味合いでしょう。

別名、「葦原中国」「豊葦原中国」とも云われ、単に「中津国」(中つ国)とも云われています。これは神々の住む天上世界である「高天原」と死者の住む世界である「根の国」の間に存在するからという理由からです。そういえば、ロード・オブ・ザ・リングの世界も「中つ国」(ミドル・アース)って言っていましたね。

でも、この葦原中国、どこにあるか未だ確定していません。

神話世界の話ゆえ実際には無かったという意見が多いのですが、それは王権の中心地だろうという観点から、無理矢理、当時の日本の中で考えるならば、その比定地は畿内の大和盆地や三輪山近辺であろうと考えられています。しかし、残念ながら大和地方に葦は繁っていません。そのような肥沃なデルタ地帯はないのです。

このような曖昧な情況なので、葦原中国の比定地をシュメールであるとするトンデモな説すら唱えられることもあります(爆)。
※註 「シュメール」という言葉はアッカド語であり、シュメール人自身は自分たちの国を「葦の主の地」という意味の「キエンギ」と呼び示したという。これが「葦原中国」を指すという説です(笑)。ただ、河口デルタ地帯は世界中のどこでも葦が広がった肥沃な土地であり、そこは農業に適していたので、単なる環境形容の一致に過ぎないこじ付けレベルの話だと思っています。

ヤッズ★が考える「豊葦原の瑞穂の国」の比定地は、スバリ、「穂の国」です。

「瑞穂の国」「穂の国」、よ~く似てますよね~(笑)。
えっ! 聞いたことないですか?(ジロリ)

大昔、東三河一帯を「穂の国」と呼んでいたといいます。この名称、実は古事記や日本書紀には一切載っていません(爆)。ただ、『先代旧事本紀』の『国造本紀』に「三河地方は、古くは『三河』と『穂』の二つのクニに分かれていた」と記されており、「三川穂国造」がいたと書かれているだけです。

■Virtual State 穂の国
http://www.honokuni.or.jp/

万が一そうなら、高天原(たかまがはら)も自然と東三河の高原地帯ということになってしまうのではないでしょうか(笑)。事実、奥三河の花祭りには「ここが高天原だよ~ 全員集合!!!」という意味の歌詞もありますので、マジに東三河の奥地が高天原だったのかもしれませんよ(笑)。

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■花祭と高天原伝説
奥三河の花祭の神楽の歌詞に「千早振るここも高天の原なれば、集まり給え四方の神々」とか「伊勢の国高天原がここなれば集まり給え四方の神々」などの言葉があり、ここが高天原であると繰り返し宣言している。花祭で舞う鬼たちは「榊は塩土老翁、山割は須佐男神、姫神は日の大神(天照大神)、しおふきはたぢから神」とされ、高天原の神々が花祭の中心になっている。


花祭り01
(湯立て神事の「花祭り」「花の舞」「霜月祭り」は、かなり縄文入ってる?) 
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このように三河地方、実に不思議なところなのです。

例えば、ハリーポッターには「クィディッチ」という魔法の箒で3タイプの空飛ぶ球を追いかけるスポーツがありますが、アジア唯一のクィディッチのプロチームとして「豊橋天狗」というチーム名が『ホグワーツ校指定教科書』に載っているのです。
※註 「豊橋天狗」は負けた試合では自分達の箒(ほうき)を燃やす伝統を持っていると書かれている。

■クィディッチ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81

魔法界でも、豊橋は意外と有名なのです(爆)。

この地域には、きっとホグワーツのような天狗の魔法学校があるに違いない!!!
※註 確かに、この東三河の「三神山」には昔から天狗や仙人が住むといわれていて、石巻山には「赤天狗」、本宮山には「青天狗」、鳳来寺山には「利修仙人」がいるといいます。そのような理由から、この三神山は昔から修験道の修行場としてにぎわっていたのです。で、今でも石巻山に修験者がやって来て法螺貝を吹くという。

でも種明かししてしまえば、多分、著者が下の画像を見てテキトーに入れたんじゃないかと思う(ニタリ)。欧米の目から見ても東三河は他の日本の地域とは異なって、かなり土着的で魔術的な要素を持つ不思議な地域に見えるのでしょうかねぇ???

鬼祭り
(豊橋の伝統行事「鬼祭り」 左が天狗)

手筒花火
(同じく伝統行事の「手筒花火」 これを「箒を燃やす」とされた?)

このように知る人が知る東三河ですが、ここに「穂の国」が存在して、そこに「国造」(くにのみやっこ)と呼ばれる中央からの役人が派遣されていた筈だというわりには、この近辺からそれを裏付ける木簡が全く出土していません。また、『先代旧事本紀』自体が他の文献を参照にしつつ平安期に作成された偽書だとという意見もあるのです。
※註 聖徳太子と蘇我馬子が編纂...云々とある序文は明らかに後世の捏造である。ただ本文まではどうかというと、様々な資料から参照して書かれた点や知らない物部の記録が残る点では、記紀を補完する第一級の資料であるのは間違いないところです。

ただ、『国造本紀』に関しては資料的には充分信憑性があるものと評価されていますので、この点から信じることが出来るのですが、なにぶん記紀には「穂の国」は全く登場してきません。

実に不思議です。
そんなもの最初から無かったような書き方なのです。

何か封印されているような感じすら受けます。
※註 封印されているのは阿波も同じです。

「穂の国」が存在し、そして、更にそれが「豊葦原の瑞穂の国」であったという確証的物証は今のところありませんが、いろいろな傍証的な事実はあります。

本来、参河というのは、矢作川西の地帯を指していて、今の西三河が参河国であり、東三河はそこには含まれていませんでした。やがて一緒に扱われ「三川」となったといいます。では、一緒になる前の東三河とはいったいどんな状態なの??? ここが「東三河=穂の国」だと考える出発点でもあるのです。

この東三河は神社の祭神にスサノウやニギハヤヒを祀っている神社が多い「物部王国」であり、さらに時代を遡れば、石巻山と対比される本宮山(=三河一宮の砥鹿神社の奥宮)にアラハバキ神が祀られていることからも、出雲やナガスネヒコとかなり密接な関係があった地域だと類推されます。
※註 ナガスネヒコは長い脛(すね)の持ち主という意味からきているそうですが、これだと大男ということになりますね。これはダイダラボッチという巨人に繋がっていきます。さらにダイダラボッチは製鉄神であることから、出雲とも繋がってくるのです。

では、何故、この東三河が物部王国となるのか?
ヤタガラスがいうには、、、、、、、

「物部氏は徐福とともに日本に来た!」

と云っています。これが本当かどうかは分かりませんが、もし本当なら物部氏は徐福一行の末裔でしょうか?もっと深く言えば、太古の渡来系氏族は大体が出雲の王に招かれて日本列島に上陸したというのが本当のところだそうです。ですから、太古の渡来氏族は必ず出雲神を祭るわけで、これは日本全国どこでも同じなのです。事実、司馬遷の『史記』に記載されている徐福の話には「中国から多数の人々が海を渡り、倭国を造ったのが中国からの渡来人達であった。」という史実があるのです。つまり、かつての倭国は出雲王権と中国大陸からの渡来者で固めていた国だったということになります。このようにして見ていくと、徐福と共にやってきた古い渡来系であるという物部氏が出雲と深い繫がりがあっても当然ですね。

東三河が「物部王国」というのは、どういう理由からでしょうか?

国家祭祀方法の対立にまで発展し、蘇我馬子らの崇仏派に攻められ滅ぼされた(丁末の乱)物部氏の一大拠点は東大阪・河内国でしたが、これに準じる物部の拠点がこの東三河にあったということでしょうか?それとも、、、、出自がこの東三河だったのでしょうか?

物部氏はヤマト王権の兵力・警察力を司っていましたが、その権力の源泉は武器を作る製鉄氏族であるところからきています。製鉄氏族であるからには何らかの形で出雲と関係がありそうです。もしかすると、、、、出雲王権がヤマト王権の軍門に下る前には、物部氏は出雲王権を構成する重要な氏族だった可能性もありますね。

物部氏が「徐福と一緒に来た」ならば、徐福の痕跡が東三河にあっていい筈です。
それが判明すれば、東三河が物部の拠点とい謎の突破口になるかもしれませんね。

実際、東三河には徐福来訪伝説が多くあり、その伝説を伝える「兎足神社」ではかつては猪の生贄を奉納するという中国的な神事が行われていたといいます。
※註 そういえば、生贄神事は諏訪神社の「御頭祭り」でも75頭の鹿で行われていますね。「兎足神社」では近年は12羽の雀(この12というのもイスラエル12支族を暗示?)にスケールダウンしてしまいましたが、かつては75頭だったのでしょうか?徐福一行は東三河→遠州→南信濃→諏訪→富士へ至ったといわれているので、この兎足神社の神事も中国というよりもユダヤ的祭祀だった可能性もある。

兎足神社
(巨大でリアルな兎神輿)

また、石巻近辺の赤引という地名の場所では「赤引きの糸」という上質の絹糸を産していて、御神衣(おんぞ)を作る為にその糸を三ケ日の神服部氏が宮司を務める初生衣神社に持って行き、そこでの「和妙」(にぎたえ・絹布)を織り、再び戻って豊川を下り、湊町神明宮に到着後、そこから船で三河湾を横切り伊勢神宮に毎年奉納していたといいます。今でもこの「おんぞ祭り」毎年行われています。
※註 実はカミサンの実家は湊町神明宮の氏子だったのだ(笑)

古代機織
(現存する日本最古の機織機 800年ほど前のもの)

養蚕機織は渡来系の技術です。

こういった技術は渡来系の泰氏が携えて来たと言われますが、蓬莱山(ほうらいさん)、方丈山(ほうじょうさん)、瀛州山(えんしゅうさん)の三神山を目指した徐福も同様にたくさんの技術者を抱えて来日しています。彼らは始め熊野に到着し、その後、そこから足を伸ばして本来の目的地である不老不死の妙薬のある蓬莱山に向かったわけですが、この途中、東三河にも到達したものと思われます。

富士文書(宮下文書)では、徐福の本拠地は富士高天原王と呼ばれ富士山麓(忍野八海の辺り)にあったと書かれていますが、さらに富士山の噴火で富士高天原王朝が滅したという記述もあるのですが、地質調査の結果では、文書の記述通りに富士山中腹から富士急ハイランド近辺にかけ溶岩が流れた形跡が認められるものの、縄文時代の住居形跡が見られる程度で、言われているような富士王朝という高度な住居跡は存在していないことは明白であり、このことから徐福起源の高天原王朝は場所を変えて書かれた「偽装」なのでは?という意見もあります。

実は、偽装した本拠地はこの「兎足神社」がある東三河であり、、、、、、
徐福が目指した三神山とは、、、、、

鳳来寺山、本宮山、石巻山だったという驚愕怒濤な話があるのです(おおっ!)。

『牛窪密談記』によれば、徐福本隊は愛知御津から陸に上がり、本宮山の麓一帯に住んだという記述があるそうです。一部の者はさらに遠州を経て、南信濃、諏訪を抜け、富士山の方に達したともいう。彼らは中央構造線沿いに内地に入っていったというわけです。中央構造線沿いの秋葉街道が「塩の道」と呼ばれ太古の昔から存在していたことが思い浮かびます。この東三河は海に面している為、海上交通の便を考えればこの東三河に多くの人が残って、本州内陸部への中継基地的な役割をしていたというのは非常に理に適っていると思います。

鳳来寺山
(神仙の山・鳳来寺山 これは蓬莱のもじりか? 三大東照宮の1つがここにある)

一般的に蓬莱山に比定される富士山はかつては「浅間山」と呼ばれて、かぐや姫の姫の置き土産の不老不死の霊薬を山の山頂で燃やした逸話が元になって、名を浅間山→不死山→不二山→富士山となったといわれています。確かにかぐや姫のいる天に一番近いところで燃やしたというという点からは富士山が一番相応しいですね。ただ、この蓬莱山(富士山)の近くには方丈山や瀛州山が無ければならないのに、それらに比定される山が存在しません。これはどういうことでしょうか?
※註 済州島は昔から瀛州とよばれ、その島には韓国の最高峰、漢拏山(1950m)というカルデラ湖を備えた火山がありますが、それを「瀛州山」と呼んだというが、遥か東海に浮かぶ三神山という記述内容からは近過ぎる気がします。ただ間違いなく徐福はこの済州島に到達しており、この島で3人の童男が居残ってしまったところから、「三姓穴」という地名が出来たといいます。

富士山
(蓬莱山に比定される富士山)

漢拏山
(瀛州山に比定される済州島の漢拏山)

智異山
(方丈山に比定される釜山の智異山  ただ海の中にはないが、、、、)

日本に到着して土着化した徐福一行は、初めは名を「泰」と名乗っていたが、この中国風な字をやめ「羽田」「波多」「畠」...等と変えたり、徐福の「福」をとって「福島」「福田」「福岡」...等の日本風の姓に改名したと言われています。
※註 「泰」氏名が多い四国・阿波もこの徐福の流れです。阿波の歴史が書かれている『阿波風土記』が明治維新のおりに政府に取り上げられ封印され今は宮中に秘蔵されているというのも記紀が伝える内容と食い違うからでしょうね。そして、空海が三河の吉祥山に根本道場を作ろうとしたのも、四国に八十八箇所巡りという封印術を施したのも、この中国・徐福の到達した事実を封印する為だったと睨んでいます。

事実、この東三河には、羽田野、羽田、泰とかのハタという地名や人名が多いです。

そういや、ヤッズ★は羽田中学校出身だったぞ(爆)。
いやぁ~、あの名称は実はそういうことだったんだぁ~

京都・太秦で有名な泰河勝も養蚕技術を持って4世紀頃来日したといいますが、徐福が「泰」を名乗った点でも同じです。つまり、泰河勝は徐福の末裔ではないかとも考えられます。しかし、記紀には応神天皇16年に朝鮮半島の百済から百二十県がやってきて帰化し、日本に養蚕・機織を伝えたとあり、徐福が来日したのは2200年前で、弓月君の来日は今から1800年前のことで、そこには400年の時間のズレがあります。

記紀が記す泰氏の祖は半島出の弓月君に偽装された?
※註 これは百済系の藤原不比等が行った歴史改竄と睨んでいます。これで中国系渡来の歴史を完全に封印したのです。卑弥呼の件もそうですが、中国の文献に載っている事象が日本の文献(記紀)に一切載っていないのは、不思議を通り越して呆れるばかりです。こいった事実があること自体が、記紀は歴史を捏造した「偽書」であるという明白な証拠になるのです。

もう1つその根拠となりそうなのがです。端午の節句に街中を挙げて凧上げをすることで有名なのが遠州・浜松ですが、凧は中国が発祥地だと考えられ、凧の起源 は紀元前400年の頃、中国の魯班が凧を作ったといわれています。この凧を徐福(紀元前3世紀頃の人)が日本に持ち込んだとは考えられないでしょうか。(証拠はないですが、、、)

また、峠を1つ隔てた浜名湖の北側の浜北市には「高根山古墳群」という日本最大規模の古墳群(太古35基+中世128基)が存在します。一説によると高根山は2階建ての古墳になっており、下壇部を含めるとその長さは500mを超えるということになります。そうなると日本最大の仁徳天皇陵(488m)を超え、日本最大の古墳となります。(がはは)

■高根山古墳
http://www.d2.dion.ne.jp/~okamoto1/iseki.takaneyama.htm

アラハバキ神はナガスネヒコと共に東北に渡っていったとされていますが、実は、東三河の山中にはアラハバキ神を祀る神社が多いのです。東大阪・河内国のイカルガノ峰に天降ったニギハヤヒと戦って負けて家来となった縄文の蝦夷・ナガスネヒコの聖地がこの東三河から遠州に掛けてのエリアに存在していた可能性が非常に高いですね。
※註1 アラハバキから変容したとされる門客人神の像は片目で祀られていることが多いという。片目はダイダラボッチもそうであるように製鉄神の特徴です。これは鍛冶氏族である物部氏、ひいては出雲王権と深い繫がりがそうさせたのではないかと睨んでいます。

※註2 「アラ」は鉄の古語であり、山砂鉄による製鉄やその他の鉱物採取を実態としていた修験道はアラハバキ信仰を取り入れていたという。名が似ている秋葉神社が火の神であるというのも、この製鉄神である可能性が非常に高い。

※註3 ある掲示板には、「持統時代に持統自身が各社を行幸して三河までの縄文系の祭神を一掃したが、それまではエミシの社会、文化が濃厚に残っていたと考える・・・・(中略)・・・・持統は自ら行幸してまで、瀬織津姫を祭祀しないよう、正確には瀬織津姫を瀬織津姫ではなく天照大御神の名で祭祀するよう説得して回ったんじゃないかと思う。」と持統天皇の謎の三河行幸について書かれていたが、正にそうだと思う。つまり、瀬織津姫=水の神=アラハバキ姫神だったのである。 この対極に位置するのがアラハバキは「アラハバキ神」は、出雲神族(龍蛇族)の伝承によると、「クナト大神」の配偶神とされる女神であった。クナト大神は地蔵や道祖神に、アラハバキ神は弁天様に変えられ祭られているという。外宮や内宮は祟りを恐れた天孫族による封じ込めの神社。天皇家が親参しない理由がわかりますね。「荒蛇斬」、スサノオの別名。「熊野」は「クナト」からの転化 出雲族殲滅が行われたとき、出雲族の根源神・クナト神は抹殺されたらしいです。男性太陽神女体化と瀬織津姫抹殺。つまり、これはイエスの受難(十字架刑前の去勢)とマグダラのマリアの娼婦化と同じ構造なのです。


このように東三河には中国系渡来人の徐福やその同行者の物部色が濃い地域であるのですが、記紀にこの東三河のそういった特徴が全く記されていない点が非常に怪しいのです。

権力闘争に敗れた物部氏はと称されましたが、そう考えると、先の豊橋の伝統行事である「鬼祭り」も物部氏に繋がる氏族を鬼として駆逐した歴史的なイベントの名残かもしれませんね。

一度は崇仏派に破れ去った神道派ですが、大化の改新は中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)という百済系が起こしたクーデターであり、実は蘇我馬子、聖徳太子らの崇仏派を除去した神道派の復権だったのでもある。
※註 飛鳥昭雄先生によると、封印した側の賀茂氏は、実は泰氏や物部氏の流れであり、神道派が復権したのに神道の祭神を変更していったのは、これは他国からの霊的侵攻を防ぐべく意図的に表舞台から隠してカモフラージュしたというが、、、、確かにその後、神道は神仏習合の流れに乗り、明治期の国家神道が復活するまで廃れ放題だった。仏教とはその実、バラモン教であり、日月神示の言葉を借りていえば、「仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ」というが、その仏魔はインドの金毛九尾の悪狐に操られたものであるという。「封印」はこれら仏魔による神仏習合という霊的攻撃を回避したのかもしれない。

石巻山を拝する照山のスグ近くには、賀茂神社がありますが、この神域内には神山古墳(直径28mの円墳)があります。東海地方では大きな部類に入りますが未だ未発掘の古墳です。元々、この地の賀茂神社は京都・下鴨神社側から請われて創建されたという経緯があるそうで、実は、この神山古墳を封印するために賀茂神社が造営されたんではないかとヤッズ★は睨んでいます。(ニタリ)
※註 この古墳は周囲にかかる霧が龍の姿で天に登っていくという言い伝えから「龍神古墳」とも呼ばれている。これは何らかのエネルギーを発するものが、この古墳に収められているからかもしれない。

神山古墳
(神山古墳)

となると、この神山古墳に日本史がひっくり返るような途轍もないものが眠っている可能性もある。

そ、それは、、、、草薙剣かもしれない(爆)。
※註 あくまでヤッズ★の地元贔屓的な妄想的歴史ロマンですが、実は①草薙剣が熱田神宮に収まる前には「菟足(うたり)神社」に保管されていた、②古神道系の一説によると草薙剣は三河にあった、③雲伯の語部が「三河に(草薙)剣あり」とのお告げをしたことがある、という傍証があるのです。現在は熱田神宮にあるというのは本当だとしても、元々は東三河にあったと思います。伊吹山のスグ向こう側が伊勢神宮なのに、還すのにまた再び尾張まで戻ってこなくてはならなくなる。何故ワザワザ尾張に置いていくのか?という疑問をずっと思っていましたが、東三河が高天原であると考えれば、この東三河で日本武尊に草薙剣を渡し、東征成功後、今度は伊吹山に出向く途中の熱田神宮に剣を預けていったという話なら辻褄が合います。なにせ草薙剣はメノラーのような形態であって実戦向きではなく、ケース自体も何十にもなっていて重いのです。途中で置いて行きたくなる心情も理解できますね。さてさて、真実やいかに。

天地主大神璽
(照山で見つかった「天地主大神璽」(天地主の大神がここに現れたという印)の石碑、これが神器がここにあったという印でもあるという。実際に、「草薙剣」は徐福が中国からこの地に持ち込んだものなのかもしれない。)

たたらの神

前回の記事で、以前、ヤッズ★が石巻山に1つ眼のオブジェクトを霊視(妄想?)した話を披露しましたが、どうもその霊視(妄想?)は当たっていたようです。(えっー!)

石巻山ss
(神山・石巻山)

その話をする前に、まず石巻山の背景を話しておかねばなりません。

この石巻山にはダイダラボッチの伝説があり、その伝承とは、ダイダラボッチは石巻山と本宮山に足をのせ小便したのですが、それが豊川となり、その時、低い方の石巻山に体重が多く掛かり出来た足跡が、「ダイダラボッチの足跡」という岩の窪みであるという内容です。

ダイダラボッチ
※註 実際は雨水の侵食で出来たもの。ちなみに、富士山を作ろうと土を掘った場所が琵琶湖であり、運ぶ途中、よろけて手を着いたのが浜名湖といわれる。

このダイダラボッチ、漢字では「踏鞴(たたら)法師」と書きます(笑)。

つまり、ダイダラボッチとはたたらの神、「製鉄神」だったのです。
童話では気味悪がられるので、「1つ眼」は伏せられていますが、、、、(ニタリ)

たたら
(『もののけ姫』のモデルとなった「菅谷たたら」)

で、「たたら神」とは実は1つ眼だったのです。

桑名の多度大社には、「一目連」という片目が潰れてしまった龍神と習合された「天目一箇神」(アメノマヒトツメノミコト)が祭られていますが、この神は各地の伝承を寄せ集めれば、隻眼一本足で踏鞴(たたら)を操り風を起こす蛇の形をした暴風神であるという日本神話に登場する製鉄・鍛冶の神なのですが、これはズバリ、ダイダラボッチのことですね。

天目一箇神は、その名の通り目がひとつの神であり、妖怪世界で、豆腐を持って突然現れ驚かすだけの比較的無害な「一つ目小僧」や紀州熊野の山奥に棲むという一眼一足の「一本ダタラ」と非常に縁の深い神でもあるのです。

一本ダタラ
(妖怪・一本ダタラ)

実は、ギリシア神話に額の真ん中に1つの目がある巨人サイクロプス(Cyclops)が登場しますが、彼は「ゼウスの雷霆」「ポセイドンの三叉矛」「ハデスの隠れ兜」を造ったとされているように鍛冶師なのです。職業も巨人であるという外観もダイダラボッチと全く同じなのです。実に不思議ですね~。

つまり、、、、ダイダラボッチ=踏鞴法師(大太法師)=天目一箇命=サイクロプス

皆、1つ目の異形の神なのです。

HephaestusCyclops.jpg ダイダラボッチ
(サイクロプスも1つ目の巨人で鍛治を生業とする)

これら1つ目伝承が現代にまで伝わっていて、、、、

これに繋がっている!?(爆)


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(シャー専用ザク)

モノアイアイス
(今夏には、シャー専用「モノアイアイス」までもが発売された、、、、、)

では、何故、たたら鍛治師が1つ目として描かれるのかというと、、、、、、

鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことから、または片目を失明する鍛冶特有のの職業病があったのではないかと言われていますが、はっきりとは分かりません。しかしヤッズ★は、この真ん中の目は「第三の目」のことだと睨んでいます。

製鉄では、赤く溶けた鉄をずっと直視できない為に目を閉じ、肉眼で無い感覚器官、つまり第三の目を通して鉄の温度を感知していたのではないでしょうか。実際、熱源の温度は赤外線の量で把握出来ます。この第三の目は松果体が発達したものですが【顱頂眼(ろちょうがん)】というものを各種動物は持っていて、これによって赤外線や紫外線を感知して外界情報を得ているのです。

このように顱頂眼(第三の目)は、鍛治作業には非常に役立つのですね。

そして、この赤外線センサーである「顱頂眼」を使い続けていると、やがて額に大きな肉盛が出来、これが製鉄集団に対して「1つ目」という異形の神、ダイダラボッチや天目一箇神という伝承に繋がっていったのではないかと睨んでいます。

このようにヤッズ★が石巻山に見た霊視(妄想?)は、ある意味、正しかった?(爆)。

日本の国仕掛け

飛鳥先生の本『心御柱の謎』の中で秘密結社「八咫烏」も認めたという怒涛の内容ですが(笑)、「伊勢三宮」及び熱田神宮にはユダヤ由来の神宝が安置されているといいます。

失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎―裏神道の総元締め「八咫烏」が明かす封印された第三の伊勢神宮と天照再臨 (ムー・スーパーミステリーブックス)失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎―裏神道の総元締め「八咫烏」が明かす封印された第三の伊勢神宮と天照再臨 (ムー・スーパーミステリーブックス)
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そして、これらの神宝が伊雑宮に一堂に会し安置された時が、伊雑宮が真の伊勢本宮として蘇る時であり、またイエスがこの世に再臨する時だというのです。

マジでぶったまげます。(爆)

日本皇室に伝わる「三種の神器」も実はユダヤの「三種の神器」に対応していて、日本の神器はそれらの所在を示す形代(カタシロ)であるというのです。つまり、ユダヤ神器>>>日本神器ということですね。

ちなみに現在の各神宝の配置はこうであるといいます。

*******************************************************************
(内宮)
■忌柱…イエスの磔刑十字架の「横木」
■天御柱…同十字架の「縦木」
■船形の御船代…聖櫃(アーク)
■八咫鏡…モーゼの十戒石

(外宮)
■天御量柱…モーゼの旗竿「ネフシュタン」
■八尺瓊勾玉…マナの壷

(伊雑宮)
■イエスの罪状板(I.N.R.I)

(熱田神宮)
■天叢雲剣(草薙剣)…アロンの杖

*******************************************************************

古代ユダヤ神宝及びキリスト教聖遺物が勢揃いといった感じです(爆)。
本当だったら、マジ凄いのですが、、、、、

ただ、そうであるという証拠は何もありません。本では秘密結社「八咫烏」の幹部の口から聞いたというストーリーになっていますが、それは自説に信頼性を与える為に噂として存在する神道の地下組織を偽って使ったのかもしれません(爆)。説としてはとても面白いのですが、こればかりは秘密結社「八咫烏」が実際に実在し、前面に出てこない限り確信しようがありませんね~。全てはここに掛かっていると思います。

さてさて、問題はここに出てくる熱田神宮にある「草薙剣」についてです。

草薙剣とは日本武尊が伊勢神宮でこれを拝受し、東征の途上の駿河国でこの神剣によって野火の難(現在の焼津辺り)を払ったところから付いた名前ですが、正式名称は「天叢雲剣」といい、別名「都牟刈の大刀」「八重垣剣」とも称されています。三種の神器の中では天皇の持つ武力の象徴であるとされ、現在は熱田神宮の御神体として安置されているといいます。
※註 宮中に安置されているという説もあり、所在の真偽はハッキリしない。

熱田神宮
(熱田神宮は今年10月、50年振りに本殿新築し遷座しました。今度、親拝したいと思います。この図は明治期の熱田神宮ですが、回廊が特徴の「尾張造り」といいます。ヤッズ★は今の「唯一神明造り」よりこちらの方が好きですね。)

記紀の記述では、668年(天智天皇7年)に新羅の僧・道行が熱田神宮の清雪門から進入し、草薙剣を窃み出して祖国・新羅に帰国しようとしたところ、嵐にあって船は難破し道行は捕捉され、草薙剣は無事返還されたといいます。

■草薙剣盗難事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E8%96%99%E5%89%A3%E7%9B%97%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

その後、熱田神宮から持ち出された草薙剣は、1185年の壇ノ浦の戦いにおいて、平家方の船上で平時子(二位の尼)が腰に草薙剣を差し、八尺瓊勾玉が納められた箱を奉じ、さらに幼い安徳天皇(8歳)を抱えた状態で入水自殺した。この時、勾玉は海より引き上げられたのですが草薙剣は失われたといいます。

しかし、紛失した草薙剣は海底を探してもどこにもなく、その後、何故か手元に戻ったことから、飛鳥先生は海岸に打ち上げられたのではないか、、、、この「草薙の剣」は水に浮かぶ、、、、つまり、木製であり、即ちそれは「アロンの杖」だ!という結論に達しています。

Aarons rod
(右図bがアロンの杖)

確かにそう考えれば、そのようにも思えてきます(爆)。

さらに時代は下り、江戸時代の神官が草薙剣を盗み見した時の内容が『吉田家蔵玉籤集裏書』に記載されていますが、それによると、「長さ二尺七八寸許り(82~85センチ)、刃先は菖蒲の葉なりにして、中程はムクリと厚みあり、本の方六寸許り(約18センチ)は節立て魚等の背骨の如し。色は全体白し」と書かれています。この話から弥生時代に創られた銅剣では無いかと言われています。

また、それを見た時の外観状況はこうです。

草薙剣は五尺(約1メートル50センチ)ばかりの木の箱に入っていて、木箱のなかに石の箱があった。その外側の木箱と石箱の間には「赤土」が詰めてあり、さらに石箱の中には樟(くす)箱があり、石箱と樟箱の間にも「赤土」が詰まっていて、その樟箱の中に御神体・草薙剣が入っていたといいます。

記紀の記述では、草薙剣はヤマタノオロチの尾から出現したと書かれていますが、これは出雲王朝をヤマト王権が平定し出雲の王権を貰い受けた(国譲り)象徴だと考えられており、後にその神剣が熱田神宮で祀られるようになったと書かれています。

確かに出雲地方は日本で一番「鉾」「剣」が出土していますが、上記の「魚の背骨」形態を正しいとするならば、草薙剣の形態は出雲出土の剣とは全く異なっているのです。

ネットのある掲示板で、「草薙剣」に関して下記のような信憑性のありそうな書き込みを見つけました。これはどの文献にも書かれていない内容です。

長いですが、貼り付け転写します。

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荒俣宏の『帝都物語』でも少しバラされてるけど、先の大戦末期に機密勅令によって全国の主だった寺社でルーズベルト米大統領調伏のための儀式修法が同時一斉に行われたんだよね。その時、高野山や東寺でも禁断の大元帥明王法が修された。

熱田神宮に至っては政府中枢からの相当強硬な圧力により、天皇さんや大宮司でも見ることさえかなわぬ草薙神剣がついに開封され、大宮司による機密御仕の主依とされたという。草薙剣の話については、当時の大宮司の孫(あれ?ひ孫だったかも)が大学で同級でそいつから詳しく話を聞いたんだが、相当ヤバい話…あまり聞きたくない話だった。…で、結果はというと、ルーズベルト、本当に死んじゃったんだよな。

これが偶然だったのか必然だったのかはともかく、結果として神風だの本土決戦だのを本気で妄想する連中を増長させることになったのだけは確かだろう。

まず、草薙剣本体の材質について。社伝ではかつて一度、新羅僧)に盗まれ再び封印された際の『剣』の描写が残っているが、再封印後、現代に至るまで御神剣は一切錆を被っていないとの伝説、あくまでも伝説があったが、六十年前にその勅儀のために封印が解かれたとき、思わぬ象で伝説の根拠が明らかになった。つまり御神剣は「錆びることのありえない素材」=金のムクで、もとより剣としての実用に耐えぬ、あくまでも祭祀用の具として造られたと思われる。

そして最も問題だったのは御神剣の形そのもの。社伝では中空の矛のような短銅剣とされていたのだが、実際には、とても《剣》とは言いがたい、異様な形状の御体だったという。

喩えることのできるものがあるならば、国宝・石上神宮七支刀にやや近いというべきだったらしいが、七つに別れたその先が左右に羽根をひろげるが如く長く手を広げ、これまた、そもそもこれが《剣》として造られたものでないことを示していたという。(ちなみに、後年、俺のその同級生の曽祖父=当時の大宮司は、自らの日記の中で、御神剣が七支の形状をなしていた事実と、記紀中のヤマタノオロチより剣がいでたとの伝承を結び合わせ、ヤマタノオロチの八つの頭がそのまま草薙神剣の七支の穂先と幹の突端になったのではないか、との自説を記しているという。…なるほどね。)

石上神宮七支刀
(石上神宮の国宝・七支刀)

で、問題の儀式中に起きたことは、大宮司が祭文を唱えるにつれ、御体が唸り声のような重い音声をあげたかと思いきや、祭殿の左、西の方角に向けて自らいざりはじめ、そのまま震えて祭文を唱え続ける大宮司に代わって、御神剣を押しとどめようとした禰宜職が御体に触れた途端、口より青い炎を上げて体が燃え上がり、骨も残さず溶けるように一片の黒い炭になってしまったという。あまりのことに、神職・禰宜らが取り乱す中、何とか祭文をほふり終えた大宮司だったが、三ヶ月半後に再び同じ儀式を行うよう命が下った際には、さすがにこれを拒み続け、そのまま敗戦を迎えたという。

なお、その時も爾後も、その大宮司の一の弟子だったのが、神社本庁・前総長だった鶴岡八幡宮の白井前宮司で、存命中の方でその儀式に立ち会っていた数少ないお人だそうなので、当時の‘’ナマの様子を聞きたい方は訪ねてみては、との友人のことばでした。

…以上が、今から13年前に、京大文学部史学科の某助教授の研究室で、そのセンセと私ほか2名の前で語られた内容の大筋です。「金のムク」「七つに別れたその先が左右に羽根をひろげるが如く長く手を広げ、これまた、そもそもこれが《剣》として造られたものでないことを示していたという。」って事で、もしやこれって黄金のメノラーじゃね?という事でした。


menora.jpg
(黄金の七枝燭台)

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草薙剣が、実は黄金のメノラー(七枝燭台)だったとは、、、、
実に有り得そうな話です(爆)。

この巨大な燭台を剣だと思ってブンブンと振り回す古代人の姿が目に浮かびます。(超爆)

80センチ以上もある大剣であり、独特の形状をしていることから、平時子が腰に差せたとは到底思えません。そうなると、壇ノ浦で沈んだ草薙剣は模刻品(しかも形態がかなり異なる)であったといえそうです。この剣の独特な形態描写は先に掲載した「アロンの杖」とも似ていますが、飛鳥先生が指摘する「アロンの杖」とは材質の点から大きく違い、別物であると思われます。

それはそうと、この話が本当ならば恐るべきはその神威です。
人間が青い炎を吐きながら溶けて灰になってしまうとは只事ではありません(ガクブル)。
※註 まぁ、神威を高めるために話に尾ひれが付いたともいえなくもないが、、、、

確かに、ルーズベルトは先例のない4選を果たした後の1945年4月12日、肖像画の制作途中に脳卒中で突如倒れ、そのまま帰らぬ人となりましたね。その後、副大統領のトルーマンが大統領に昇格就任。5月にはドイツ降伏、8月には日本降伏であり、第二次世界大戦が終結する目前の死であったといいます。

草薙剣 恐るべし

同様に「アロンの杖」もモーゼがこれを振り下ろした時に10の災いがエジプトを襲ったとありますが、この恐るべき神威、両者に共通しています。ちなみに、「エジプトの10の災い」とは下記のようなものです。

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■1.血の災い
彼は杖を振り上げて、ファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った。川の水はことごとく血に変わり、川の魚は死に、川は悪臭を放ち、エジプト人はナイル川の水を飲めなくなった。

■2.蛙の災い
アロンがエジプトの水の上に手を差し伸べると、蛙が這い上がってきてエジプトの国を覆った

■3.蜹(ブヨ)の災い
アロンが杖を持った手を差し伸べ土の塵を打つと、土の塵はエジプト全土に広がって人と家畜を襲った。

■4.虻(アブ)の災い
主がそのとおり行われたので、あぶの大群がファラオの王宮や家臣の家に入り、エジプトの全土に及んだ

■5.疫病の災い
翌日、主はこのことを行われたので、エジプト人の家畜は全部死んだが、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。

■6.腫れ物の災い
二人はかまどのすすを取ってファラオの前に立ち、モーセがそれをファラオの前で天に向かってまき散らした。すると、膿の出るはれ物が人と家畜に生じた。

■7.雹の災い
モーセが天に向かって杖を差し伸べると、主は雷と雹を下され、稲妻が大地に向かって走った。主はエジプトの地に雹を降らせられた。雹が降り、その間を絶え間なく稲妻が走った。それははなはだ激しく、このような雹が降ったことは、エジプトの国始まって以来かつてなかったほどであった。

■8.蝗(イナゴ)の災い
モーセがエジプトの地に杖を差し伸べると、主はまる一昼夜、東風を吹かせられた。朝になると、東風がいなごの大群を運んできた。いなごはエジプト全土を覆い、エジプトの領土全体にとどまった。

■9.暗闇の災い
モーセが手を天に向かって差し伸べると、三日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。

■10.最後の災い
真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起きあがった。

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「アロンの杖」も「草薙剣」同様、凄まじい神威があります。
このような神威があるものが世界に2つもあるとは思えません。
もしかしてもしかすると、本当に「草薙剣」は「アロンの杖」なのかもしれませんね~(笑)。

しかし、イルミティではこの様に語られています。
※註 以下はベンジャミン・フルフォード氏がデービット・ロックフェラーの忍者と紹介した何故か公安や外務省にも顔が利く白峰由鵬氏の話です。レオ・サガミ氏の話とも符合する。ベンジャミン・フルフォード氏ががデービット・ロックフェラーと面会できたのも彼のツテだと睨らんでいる。

イルミナティはアトランティスの古代文明から生き残り、進んだ知識を保持していた者たちは、バビロニアで文盲の農家や牧夫たちを自分が神となって支配するために、その知識を使うことに決めた。
(白峰由鵬)

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教も僅か12人が管理していて、実は作り話。
(レオ・ザガミ)

この10の災いは伝えられた技術を使った「からくり」であるといい、そのからくりは『ユダヤ古代誌』の著者の歴史家のフラウィウス・ヨセフスが語っているとのこと。
※註 ヨセフスはA.C66~73に起こった「ユダヤ戦争」でローマ帝国がユダヤを攻撃した際、当初ユダヤ軍の指揮官としてガリラヤで戦ったが敗れ、異邦人への投降をよしとしない守将たちは自決を決議、くじを引いて互いに殺しあったが、最後の2人になったところでもう1人の兵士を説得し2人でローマ軍に投降したといいます。投降時、殺されそうになったがオベンチャラで一命を取りとめたといいます。ローマに連れて帰られ、その後、何故かローマ軍の幕僚に抜擢されて、エルサレム陥落に導き勝利させたのです。この功績で彼はローマ市民権とフラウィウスという皇帝氏族名も貰ったといいます。

その「からくり」とはこうです。

水銀を含む有毒な赤い岩を川のなかに投入。すると赤い岩が溶け川の色が真っ赤に染まる。さらに川が水銀の毒に犯されれば大量のカエルが川から出てくる。その陸に上った蛙の群が死んで腐ると、それを卵床にした蚋(ぶよ)や虻(あぶ)がいっせいに孵化する。またその水銀の毒で植物が枯れると、食物を求めてイナゴの群れが大移動する。さらにその昆虫が運ぶ病原菌で人々や家畜が感染する。暗闇はカムジン(ハムシン)と呼ばれる砂漠地帯の乾燥熱風が原因。この風で舞い上がった砂が日光を遮り暗闇にする。

こう考えてみてば、化学知識さえあれば、極々当り前の現象だったわけですね。

ということは、先の草薙剣の青い炎を出すという現象も何らかのハイテク技術を駆使した魔法の杖だった可能性もあるわけです。つまり、神から頂いたものではなく、自称・神という先進的でハイテク技術をもった者たちから貰ったものだと考えることは出来ないか?

さらにイルミナティが言うには、、、、、、

聖書の神とは、実はバビロニアの神となった王のことだった。
(白峰由鵬)

事実、旧約聖書の神・ヤハウエは、神らしからぬ行動をしています。

神がモーゼに申し付けた献上物とは、金、銀、青銅、青、紫、緋色の毛糸、亜麻糸、山羊の毛、赤く染めた雄羊の毛皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、ともし火のための油、聖別の油と香草の香とに用いる種々の香料、エフォドや胸当てにはめ込むラピス・ラズリやその他の宝石類。

とっても俗物的な神です(爆)。
全宇宙を7日間で創生した神の割りに物欲丸出しですね~

シナイ山には結界があり、そこはモーゼと彼の「大祭司たち」だけが進むことが許され、「神」に謁えることが出来たと旧約聖書には書かれている。しかし、他の者が進もうとすれば、岩と矢が飛んできて殺される。

インディジョーンズばりのカラクリですが、本当の天地創造した神ならば、このようなまどろっこしいことなどせずに落雷で一発KOですね(笑)。しかも、その「神」はモーゼを召し出すのに「雄羊の角のラッパ」を使ったといいます。全能の神がラッパですよ。山伏じゃあるまいし(爆)。

これ以外にも「神の姿は青銅の脚を持った輝く...」とあるように、まるでUFOの如き様相を呈しています。ラエリアン・ムーブメントのラエル(クロード・ボリロン)氏は、UFOに乗った「小さな宇宙人」エロヒムと出会い、そのUFOの中で聖書の神とは「宇宙人」であったという話を聞かされたそうです。しかし、宇宙人という飛躍した話ではなく、単に技術が進んだ人類、あるいは「異次元人」「地底人」という解釈の方が現実離れしていません。
※註 「異次元人」「地底人」も充分現実離れしているが、、、、(爆)。ここでは振動数の異なる半霊反物質の意識体「霊人」程度の意味合いで取ってくださいね。

このバビロニアは時代的にメソポタミアの事だと思いますが、世界史ではメソポタミア文明を担ったのはシュメール人だといわれています。セガリア・シッチンによれば、この時バビロニアの王となったものは第10番惑星、「交差する星」とも呼ばれるニビルからやってきたアヌンナキであるといいます。

バビロニアの王=アヌンナキ=聖書の神=エロヒム=ヤハウエ=天御中主神(国常立尊)=艮の金神

全てが繋がった、、、、、、

おい、これってヤバイんじゃないか?

インディジョーンズ「クリスタルスカルの王国」では地下宮殿で失われた13個のクリスタルスカルを揃えると巨大UFOが地下から登場したのと同じように、イエスの聖遺物(十字架、罪状板)、古代イスラエル神宝(聖櫃、石版、杖、旗竿)を全て揃えて伊雑宮の地下宮殿に安置すると、飛鳥先生がいうようなイエス再臨んなかじゃなく、今は半霊反物質であるニビルが目の前に現われてくるとか、、、、、そんなんじゃないだろうな、、、、、イエスは「太陽」に模されているし、ニビルは私たちの「次の太陽」となるとオコツトはいっているし、、、、、

八咫烏がいうイエス再臨とは、、、、ニビル出現のことかも、、、(汗)

Nibiru_nears.jpg
(次世代の太陽となるのは本当にニビルなのか? ならばニビルはシリウスの方向性となるが、、、)

つまり逆に言えば、私たちがガイアアセンションしてニビルを中心とした半霊反物質次元に達してしまうことを指しているのかもしれない。

イエス・ラブリーな飛鳥先生ゆえ、きっと、イエスが肉体をまとった再臨を考えてらっしゃるのだろうな~と感じます。(ヤッズ★はそう考えてはいません。)

さてさて、話はもっと先に進みます。先に出てくるバビロニア、つまりメソポタミアのことですが、この文明を作ったのが有名なシュメール人という謎の民族です。セガリア・シッチンの石版解読では、ニビル出身のアヌンナキが知恵を与えメソポタミア文明は勃興したといい、シュメールはニビルととても縁が深いのです。

つまり、アヌンナキ=シュメール人の王族でしょう。

シュメール人は世界最古の文明メソポタミアを作った民族ですが、「シュメール」という用語はアッカド人により用いられた異称であり、自らは「黒い頭の人々」と呼んでいました。言語、文化のみならず、現在のイラン・イラク人とは骨格が異なることから別の人種であると考えられています。彼らはイラク南部にウルクという都市を築きましたが、前史文明の無いところから、治水灌漑、法律、天文学、土木技術、天文学....等といきなり高度な文明が突如始まり、今から4000年前のB.C2004、最後の王イビ・シン王が北方の山岳民族エラム人の手によって捕虜とされ王朝は滅びました。その陥落時、王一族とその従者は船で脱出し海を渡ってメソポタミアの地から忽然と消えてしまったといいます。

このような不思議な民族である点が考古学上の大きな謎の1つと言われています。
さらに、このシュメール(スメル)人と日本人には下記の共通点があります。

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■古代シュメール音楽と雅楽は同じ
■ペルシャ湾の漁師は伊勢の海女と同じくセーマン・ドーマンの護符を付ける習慣がある
■日本の家紋の多くはシュメールの遺跡から見付かった模様と同一
■初期シュメール王朝の石像は道祖神と同じモチーフ
■シュメール語は日本語(ウラル・アルタイ語属)と同じ「膠着語」 語順は「主語-目的語-動詞」
■日本語の母音はアイウエオの5音、シュメールはアイウエの4音 (英語:12、独語:15、仏:16)
■「古事記」はシュメール語で読める


 江戸川乱歩も驚いた!? シュメール語訳『古事記』の謎
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/kojiki.html

■シュメールの古代文字が彦島(山口県)で発見された
彦島で発見されたペトログリフ(岩刻文字)はシュメールの古代文字であるといいますが、こういったペトログリフが日本各地の神社の神域といわれるところで発見されています。ハワイ、北アメリカ....等、海外でも広範囲にペトログリフが見つかっていますが、これらは人跡未踏の山奥深くで発見されているのですが、日本では意外と身近な場所で発見されているのです。

※註 エハン・デラヴィによると、ダビンチ・コードで有名になった「ロスリン礼拝堂」の秘密の地下室には日本の神代文字・アヒルクサ文字が刻まれていたといいます。

ペトログラフ
(彦島のペトログリフ)
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ここに日本とシュメールの並々ならぬ関係が窺えます。
実は、シュメール人とはマジに日本人であったのかもしれませんね。

つまり、アヌンナキ=シュメール人の王族=日本人の王族=天皇
※註 これは現在の天皇ではなく、ウガフキアエズ朝の天皇のことです。

アヌンナキは金の採掘の為に地球に降り立ったといいますが、これはまさに「天孫降臨」です。アヌンナキはニビルからスターシップでやって来たといいますが太古の天皇は「天の浮舟」に乗って世界巡幸したといいます。さらにトドメは、アヌンナキは金を採掘する為の奴隷として遺伝子操作をして人類を作ったといいますが、天皇家は人類史上最大の金塊、通称「ゴールデン・リリー」(黄金の百合)を保有をしているといいますので、この莫大な金保有はアヌンナキ時代からの蓄積だったのかもしれませんね(爆)。かつて欧州を席巻し黄金の国・ジパングとはこの時の記憶が残っていたのかも、、、、(笑)
※註 残念ながら、「ゴールデン・リリー」とは戦時中に大日本帝国がアジアで収奪した貴金属をフィリピンの地下に蓄積して、来たるべき日の日本の再興に備えたものといわれ、近年になって収集されたものです。これがいわゆる「M資金」ではないかとも言われている。でも、ひょっとして、ひょっとしたら、、、、

天皇の金塊天皇の金塊
(2008/05)
高橋 五郎

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1万5000年前の縄文時代の遺跡には祭祀跡や土器が見られ、既に日本は世界で一番文明が開化していたようです。ですから、日本にシュメール人がやって来たというよりは日本発でシュメールやハワイ、北アメリカ...等に文明が伝播したと考える方が自然のように思えます。

中東に忽然と現れ文明を起こした後、アッシリアに攻められ首都ウル陥落後、再び彼らは故国・日本に戻ってきたのではないでしょうか。
※註 あれだけの高度な文明を誇ったメソポタミアですが、日本に帰ってきてパッとしいないのはどうして?という疑問は残ります。しかし、出発時点である縄文時代は今考えている以上に途轍もない技術を持っていた。

その古代シュメール(スメル)人の国家・日本に、徐福一行、ユダヤの失われた十支族、原始キリスト教徒の泰氏...等がゾクゾクと入植してきたのではないでしょうか!
※註 秦の始皇帝の命令で蓬莱山の不老不死の妙薬を求めて童男童女3000人と徐福一行がやってきたのはB.C212の頃だと記録に残っていますが、妙薬探索の為に童男童女を何千人も連れていくのは奇異なことです。間違いなく移住が目的でしょう。また、秦の始皇帝は出自がペルシャ系の噂があります。

日月神示はいいます。

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すべてはスメラとユダヤの戦いぞ。スメラはこの方の一厘を知っているヒノモトの身魂であるぞ。ユダヤは一厘を知らない分かつ知恵の身魂であるぞ。今までの世は知恵の世であるぞ。これからの世は智慧の世であるぞ。戦いではあるが、スメラは闘わずに勝つのぞ。闘っている者は自滅するのぞ。ヒノモトの民は世界の民に一厘知らす親であるぞ。ヒノモトから大掃除を始めるぞ。世界征服の企み、九十九パーセントでグレンと引っ繰り返るのぞ。悪の企み企てる者、自らがあやま知にとらわれおるのを知らんぞ。悪を企んでおると、自分が滅ぶのぞ。悪の神もお役目ぞ。そなたが釣られてついていけば魔釣りに引っかかるぞ。そなたが滅ぶぞ。悪の芽は残らず切っているのぞ。次の世は悪は存在できん世であるぞ。今の今も悪はないのぞ。悪を悪と見ているそなたが悪を創り出しているだけぞ。智慧はなくならんぞ。お金無制限に創り出せるぞ。自分だけもうけようとしている者、自分だけ損することになるぞ。」
********************************************************************

つまり、これはシュメールである竜(日本)とユダヤを中心とする蛇(ユダヤ)の時空を超えた戦いなのです。実は日本は表の顔が「多神教」なのですが、その実、裏の顔は「一神教」という形になっており、これで陰陽を成しているのです。

これが日本という国の基本的な「国仕掛け」なのです。

そして、今まで世界を牽引してきた「一神教」(ユダヤ教、キリスト教)側の勝利となる寸前、「真の一神教」が蘇る。それは今まで神道が引き寄せ伊勢神宮に安置させた聖櫃、聖十字架、モーゼの旗竿、石版、マナの壷、アロンの杖、、、、これらの神宝がその証左となって世に出て、今までそれらの伝統を正しく継承してきたと言い張るユダヤ教やキリスト教が、実は「偽りの宗教」であったことが白日の目に曝されるということなのでしょうか?

これが「神一厘の仕組み」なのか!?

さらに、上の下線部で強調したように、今はとかく悪と闘ってはダメなようです。「悪を悪と見ているそなたが悪を創り出しているだけぞ」という日月神示の言葉通り、どうも次の世は「外界=内面」ということに意識が気づいた状態の「変換人型ゲシュタルト」の世界となりそうですね。今、心の浄化が大切だというのは、実はこういうことからなのです。

正義感から「やらせはせん やらせはせん」と竹ヤリを持って悪に臨むのは、実は「愚か」ということになりそうです。これには先の日月神示でいうところの「智慧」がないのですね。

「外界=内面」である事を知る、「I AM」(我は神なり)、、、これが智慧なのです。
※註 蛇から来るものが「知恵」であり、龍から来るものが「智慧」と言えるでしょうか。

蘇民将来

主に近畿地方を中心に「蘇民将来」という言葉があります。
ある人は、この言葉の意味は、、、、、

未来において、この国の民は再び目覚めて蘇る

であると語っています(笑)。
確かに何かしら暗示性のある言葉であり、何故か心惹かれますね。
でも本当のところ、どんな意味なのか調べてみました。

この言葉は「備後風土記」に出てくる言葉です。

北の国から南の国へ嫁を娶る為の旅に出た武塔神(むとうしん)が、途中、宿を乞うたが、裕福な弟の巨旦将来(巨旦大王)は冷淡に断り、貧しい兄・蘇民将来は瓢のなかに蓄えた僅かの粟を瓦釜で煮て粗末ながらもてなした。その義に報いる為、武塔神は正体を明かし、「やがて自分は疫病の神となり、疫病を起こすかもしれないが、蘇民将来の子孫と名乗って腰の茅の輪をつける者は末代まで禍を起こすまい。」と茅の輪を付けることを薦めたといいます。

omamori020.jpg
(今でも、茅の輪と「蘇民将来」の札を玄関に掲げる)

その後、武塔神は南の国で無事女子を娶って8人の王子が生まれ、故郷の北天に帰る事になったが、途中宿を断った巨旦大王を滅ぼす為、8人の王子に命じて攻撃させた。しかし、巨旦大王は攻撃されるのを事前に察知し、1000人の僧侶を呼んで経を唱え対処したが、僧侶の1人が疲れから居眠りをしてしまい、その隙をつかれて呆気なく滅ぼされてしまった。

単なる人名だったんだ(爆)。

言われてみれば、古代には未来を表す言葉としては「行く先」「行く末」とかの言葉で、漢字を組み合わせて作るのはもっとあとになってからで、「将来」という言葉は無かったと思います。しかも、この漢字の組合せからは「将が来る」程度の意味しかありませんので、実はこの説話が起源となって、「将来」=「行く先・未来」という意味が成立したのかもしれませんね(笑)。

この神の災いを通過させる目印とは、なにやらユダヤの過ぎ越しの祭に似た話ですね。
※過ぎ越しの祭りは、出エジプト前夜、門の鴨居を血で赤く塗った家は神の災いは通り過ぎるといい、その恐怖の夜が過ぎ去ったのを祝うのが過ぎ越しの祭りの始まり。

その後、武塔神は巨旦将来の遺骸を5つに切断し、

★1月1日…紅白の鏡餅 (巨旦の骨肉)
★3月3日…蓬の草餅 (巨旦の皮膚)
★5月5日…菖蒲のちまき (巨旦の髭と髪)
★7月7日…小麦の素麺 (巨旦の筋)
★9月9日…黄菊の酒 (巨旦の血)

として祀るようになったといいます。

kouhakumoti.jpg
(今でも石川県では、元旦に紅白の鏡餅を飾っている)

しかし、日月神示の説に従えば、この説話自体、都合のいいように捻じ曲げられて書かれたものであり、これ以後、世は偽りの神々の支配する悪の世に成り果ててしまったのだと言っています。そして先の5つの節句の祭礼は全て真の善神、大本教の言葉で言えば「真神(しんしん)」である艮の金神を調伏させる呪いなのだとのことです。

この殺された巨旦将来の精魂がある方角に封じられ「艮(うしとら)の金神」といわれる方位神となったといいます。この「艮の金神」は「歳徳神」や「鬼」ともいわれています(笑)。また、一方の災いを送った武塔神は自らを速須佐雄能神(スサノオ)を名乗り、さらに後にはスサノオは「牛頭天王」(インド起源?)に習合されました。ですから、牛頭天王を祀る八坂神社(昔、祇園感神院と呼ばれていた)が蘇民将来信仰のメッカになっているのです。

歳徳神
(「明きの方」とか「恵方(えほう)」と呼ばれる歳徳神)

「艮の金神」の正式な御神名は「国常立大神」(クニトコタチノオオガミ)と言いますが、他の呼び名は「天之御中主神」(アメノミナカヌシノカミ)、「豊受大神」(トヨウケノオオカミ)ともいうそうです。国常立尊があまりにも厳格であった為、他の神々から排斥され艮(東北)の方角封印されたたといい、ここから「艮の金神」と言われるようになったそうです。さらにとどめに「鬼」に仕立て上げられ、そのエネルギーが蘇る事を極端に恐れられ、他の神々は封印儀式を様々な「目出度い習慣」として定着させたといいます。

目出度い習慣が封印儀式???

いったい、何のこっちゃ?


その答として、元・大本卿の幹部でその後「世界救世教主之光教団」を設立した明主様(岡田茂吉)が語るところでは、それはこのようなことだそうです。ちなみに「世界救世教」といえば、MOA美術館が有名ですね(笑)。

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■雑煮
艮の金神の臓腑を煮て食うという儀式

■小豆粥
小正月〈一月十五日〉に小豆粥を食べて悪鬼を避け、疫病を払うという風習ですが、これは艮の金神の血と筋を食う儀式

■節分の煎豆撒き
「福は内、鬼は外」と2月3日の節分に豆を蒔く行事は、艮の金神を封じ込める儀式。節分の夜にまく煎豆(いりまめ)が芽を出して大きくなるまでは出て来ないと鬼は約束したという。本当はお祝いしなくてもよい。

■七五三
「七五三」では本当の神様「五六七」を締め出して他の神様をお祀りしている。
今の世は闇夜である為、七、五、三のお祝いをしているのであり、これもお祝いしなくていい。 

■しめ縄
「しめ」とは「七五三」とも書きます。
神代に国常立尊を艮(うしとら)に封じ込めて、再びこの世に出られぬようにシメを張ったもので、一緒に付けられている他柊(ひいらぎ)はトゲトゲしている為、悪魔除けとされた。


「習俗」より要約して引用
http://beauty.geocities.jp/shumeic300/shuuzoku.html
**********************************************************************

まぁ、今の日本人にこれら目出度い行事をこのように把握している人はいません(笑)。


艮の金神=巨旦将来  スサノオ=武塔神

ヤッズ★は、「艮の金神=スサノオ」とばかり思っていたのですが、これでは何が何やらワケが分からなくなってしまいます(苦笑)。

しかし、日月神示はこういいます。

**********************************************************************
素盞鳴命にも二通りあるぞ、間違えてはならんことぞ。
一神で生み給える御神と、夫婦呼吸を合わせて生み給える御神と二通りあるぞ。
間違えてはならんことぞ。

**********************************************************************

上の日月神示の記述から考えると、艮の金神は前者「一神で生み給える御神」で、南の国に女を娶りに行った武塔神は後者「夫婦呼吸を合わせて生み給える御神」になりますね。そういえば、スサノオは根の国に行った後、未だ封じられたままで出てきていません。

ということは、、、、武塔神のなりすまし詐欺か!(爆)。

「勝てば官軍」という言葉があるように、勝ったものがその後の歴史を自己正当化させて書くのは世の常なので、蘇民将来の話も善と悪を逆転させて書かれたものだという視点でも考えるべきかもしれませんね。

古い言い伝えでは、巨旦将来は外来の神を拒絶する程の潔癖さを持っていたといいますので、実は、武塔神を「敵性有り」と判断した上での宿泊拒否だった。それとは逆に、兄の蘇民将来は気の弱い日和見な人でマインドコントロールされた存在だった。だからこそ、「未来にこの民は再び目覚めて蘇る」という暗示的な名前を付けられた!?

たかが一泊を拒否したぐらいで一族皆殺しというのは、少しやり過ぎで異常だと思っていたのですが、「一泊を乞う」を「外来の思想、宗教、権力の受け入れ」と読み替え、それを拒んだというのが実情ではないでしょうか! そう考えれば、この酷い報復も納得がいきます。この善悪を逆転してみる視点は案外正しいのかもしれませんね。

そう考えてみると、蘇民将来の御札は五芒星が付いていることから、陰陽道を駆使した何らかの封印のようにも見えてきます。あれは子孫代々に渡ってマインドコントロールする封印札だったのかもしれない(爆)。

この辺の経緯について書かれたと睨んでいるのですが、日月神示では次のように語っています。

**********************************************************************
仏教の渡来までは、
わずかながらもマコトの神道の光が差していたのであるなれど
仏教と共に仏魔渡り来て
完全に岩戸が閉められて
暗闇の世となったのであるぞ
その後はもう乱れ放題、やり放題の世となったのであるぞ
これが五度目の大きな岩戸閉めであるぞ

**********************************************************************

日本で最初に仏教を積極的に導入したのは「崇仏派」と呼ばれる聖徳太子や蘇我馬子ですが、排仏派の物部氏に戦いを仕掛け、滅亡させてしまいました。

ここでいう仏魔というのは、仏教伝来と伴に渡ってきた外国由来の様々な外在の神のことだと思いますが、釈迦の教えの初期はアーリア人の宗教であるバラモン教を色濃く反映したものだったので、つまり、「仏魔」とは大暗黒天...等の「天部」と呼ばれるバラモンの神々ではないでしょうか。

そういえば、「牛頭天王」とは字が示す如くミノタウロスやバール神を彷彿とさせますが、何か関連があるのでしょうかねぇ~。

ちなみに、5度の岩戸閉めとは下記のことだそうです。

**********************************************************************
■1回目の岩戸閉め
岩戸閉めの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の時であるぞ
ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ

■2回目の岩戸閉め
次の岩戸しめは天照大神の時ぞ
大神はまだ岩戸の中にましますのぞ
ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。
いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神揃ふてお出まし近うなって来たぞ。

■3回目の岩戸閉め
次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせてネの国に追いやった時であるぞ
素盞鳴命は天下(あめがした)を治しめす御役の神であるぞ。

■4回目の岩戸閉め
神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。
神の世から人の世への移り変わりの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイワレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ。

**********************************************************************

この5回の岩戸しめを経た後、一二三(ひふみ)→三四五(みよいづ)→五六七(みろく)と続くそうで、ここでいう「一二三」とは神示の情報拡散及び身魂磨きを指し、「三四五」とは「天子様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組」、つまり「(神の)御代出つ゛」で「岩戸開き」のことです。

この時、封印されていた「艮の金神」=「国常立大神」=「豊受大神」、「天照大神」らがドドーンと登場してくるというのです。

では、いったいどこに封印されたのでしょうか???
(長くなるので、次回に続きますw)

萌えは弥勒の世

少し前、「萌え米」「萌え酒」の記事を書きましたが、地球温暖化の進行以上に、日本では萌え化が凄まじい勢いで進んでいます。

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(気にはなっているが、、、、、、書店では買えんw)


で、とうとう日本の伝統食・漬物まで萌え化が、、、、、、その名も、

萌え漬物

「がんばれ・ちょろぎたん」です(爆)。

51BSIM6gzmL.jpg
(漬物1つ1つが小袋入りなんだぁ。。。。)

チョロギ(長老喜)は、中国原産のシソ科の多年草植物の球根ように見える塊茎部分のことで、「がんばれ・ちょろぎたん」は、これを漬け物にしたものです。

形は螺旋ウンコ状をした白色の塊茎ですが、赤色に着色しているのが普通です(←イラストの左手に持っている物体)。おせち料理には欠かせない素材とのことですが、ヤッズ★は未だ見たことはありません(爆)。

で、この商品アキバでしか手に入らないのですが、実は、なんと豊川市の漬物メーカーで作っている関係でしょうか、我が市の駅前の大書店で売っているのです(がはは)。

今度、買ってきます♪


あと、萌え化で目立つのは、「いちご」でしょうか!!!
羽後町の苺も萌え化でバカ売れなのだそうです。

うご野いちごちゃん

その名も、、、、、「うご野いちごちゃん」
この苺を使った「うご野いちごちゃんロールケーキ」も当然、萌え萌えになっております♪

アキバは日本の10年先を行く未来指標と言われていますが、日本の未来は「萌え商品」にかかっていると思います(笑)。この萌えを理解するのは日本を含めたアジア近隣諸国ですが、今後、萌えはこういった地域への輸出品に対する重要なマーケティング戦略になることは間違いないと睨んでいます。いづれ日本のGNPの半分近くは萌え商品が占めるか?(爆)。

アニメ、漫画、萌えを国家戦略として進める経済産業省傘下の萌庁なんてのが出来るかもw

それにしても、秋田の羽後町は「うご・あきたこまち」「羽後牛カレー」もそうですが、萌えで町おこししていますね~w。今や萌えはアキバか羽後かと言うぐらいの神がかりの地域です。

江戸時代に浮世絵が流行しましたが、同様に今は萌え絵が流行しています。

浮世絵も萌え絵も日本的美の極致です。

萌え絵と浮世絵の共通点は、シンプルかつ極端なデフォルメを用いた二次元的表現ながらも、イデアを十二分に表現出来ている点です。絵画には遠近法、抽象画、、、等、いろいろな手法がありますが、「匂って来そうなほどのディーテル」を感じさせるまでには到っていません。何も複雑に画けば表現できるものではないのです。これはスカートのめくれ具合や髪の毛の揺らぎ表現を見れば分かると思います。なんかフワ~と精妙な波動を感じるんですよ(爆)。
※註 人物画は現代の方が上ですが、風景画が未だ浮世絵の方が上ですね。

このことは歌舞伎の女形にも言えますね。
これは男が女性役を演じることですが、女性らしさというイデアを細かな所作で表現しています。

taichi.jpg
(小歌舞伎の女形スター 早乙女太一)

こういった緻密な表現は「日本人特有の繊細な感覚」の賜物です。
萌え絵や女形の仕草を尊ぶ文化は日本人特有のものですね。

至福意識を感じさせる程の絵画や所作を作り出すことができる国は、世界中広しといえど、日本以外にありません。

弥勒の世が日本から始まるというのは、こういうことなんです(笑)。


ヤッズ★は語る―萌えが弥勒の世であるということヤッズ★は語る―萌えが弥勒の世であるということ
(2012/12)
エイブラハム・ヤッズ★

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(おまけ)
日本酒でも萌えの元祖・ラムちゃん登場!!!
アニメ登場から早20年、いまだに衰えぬ人気のラムちゃんですが、今回、日本酒のラベル・デザインに採用されました。

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(ラム酒じゃなく日本酒なのだ)

五井野正博士

最近、密かに隠れて読んでいるブログ『カクレイシ日記』で初めて知ったのですが、

日本には、五井野正という凄い人がいるそうです。

今から35年前、世界で初めて、リサイクル、省エネ、省資源....という現代社会構造の改革をさまざまな運動を通じて全世界の人々に浸透させた方だそうで、日本がリサイクル先進国なのも博士の貢献度が大きいとのことです。また、インターネットの発明は中央集権的なコントローラーを持たない米国国防用コンピュータネットワーク(ARPANET)がその前身だと言われていますが、実は、五井野博士が発明したそうなのです(←ヤッズ★はまだ確認できていないが、、、どうもプロトコル関連の発明のような、、、)。このように科学、芸術分野においてもその先駆的な発想が発揮され、こういったことからか、世界でただ1人、3つ以上のノーベル賞受賞の可能性を持つ大天才だとも言われています。

んな、、、1人で3つもなんて、、、、(汗)

まぁ、ノーベル賞自体、ゴア元副大統領の受賞や世界を金融危機に陥れたデリバティブ金融工学の学者...等、その選考過程自体が怪く、ある意味、国際金融資本を主力とした【闇の結社】の褒賞みたいなもんですから、世界を画期的に良くしてしまう博士の業績では、受賞は有り得ませんね~(ニタリ)。

■多機能防毒マスク/防護衣 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2003/A62B/JP2003-164537.shtml

■医療介護支援システム及び医療介護支援方法 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2003/G06F/JP2003-323491.shtml

■抗高脂血症組成物及びその製造方法 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2002/A61K/JP2002-363092.shtml

■賦形剤組成物 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2003/A61K/JP2003-342198.shtml

■生理活性組成物及びその製造方法 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2003/A61K/JP2003-171306.shtml

■頭皮頭髪用組成物 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2005/A61K/JP2005-314330.shtml

■商品検索方法、商品検索装置及びプログラム (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2002/G06F/JP2002-318814.shtml

■オークション方法、オークションシステム及びサーバ (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2004/G06F/JP2004-054926.shtml

■競技関連権利販売方法、競技関連権利販売システム....及び端末 (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2004/G06F/JP2004-054925.shtml

■分散投資方法、分散投資システム及び投資用プログラム (特許広報)
http://www.j-tokkyo.com/2003/G06F/JP2003-256663.shtml

特許広報を調べてみても、その発明範囲は広範囲に渡っていて、言われている内容に全く嘘はありません。まさに大天才です。


(30年前、NHKに出演した若き日の五井野博士。。。。。イケメンです)

ヤッズ★はこの名を全く存じ上げませんでしたが、WEB上の「略歴」を見る限り、勲章や名誉職をいっぱい貰っていて確かに凄いの一言。建築家の故・丹下健三氏も各国からの勲章が多かったですが、博士の場合、医学、経済学、文学、芸術....と多岐に渡っての受勲は唖然とします。

いったい何者やねん この人は?

どこかの信徒団体の先生も勲章をいっぱい貰っていますが、裏話として金銭授受があったとかの噂がいつもまとわりついています。何らかの科学的業績があって受勲したわけでもなく、平和活動とがが評価されたという非常に曖昧模糊な理由です。しかし、五井野氏の受勲はあくまで科学や芸術に対する業績評価に対してという感じです。しかも組織的な後ろ盾があってのものではなく、あくまで個人的な業績が受勲の理由です。

う~む、これは凄いことです。

博士の業績が多すぎて、紹介に困るのですが(苦笑)、、、、、、
近年に限って特筆できる業績は、こんなものがあります。


■物理学で「調和性理論」(光はエーテルの影響で発光、発光前は更に早く光速度一定は誤り)
■万能薬GP(五井野プロシジャー)の発見
■天然素材100パーセントの育毛剤の開発
■浮世絵画家(雅号・歌川正国)
■ゴッホの浮世絵にみる暗号の研究
■重力軽減装置(ロシアの宇宙開発で採用決定)
■ロケット新燃料(従来のロケット燃料の1/10のコスト、ロシアで採用決定)
■エルミタージャ美術館で生存中に個展を開いた唯一の画家(ゴッホもピカソも死後)


こういった業績が評価されて、下記のような受勲されているようです。

■イタリヤの経済学アカデミー会員(日本人で唯一)
■イギリス文学アカデミーの会員にノミネート
■ロシア安全保障アカデミーより「ピヨトール大帝章」を授与
■ローマ法王から「マルタナイト勲章」(ヨーロッパでは最高の名誉)を授与


「重力軽減装置」や「ロケット燃料(液化天然ガス?)」については、今のところ、証拠といえるような情報がないので、ヤッズ★はまだチト疑っていますが、それにしても業績が多岐に渡っていますね~。こういった凄い方が日本ではほとんど知られていないのは何故なんでしょうね~。

で、これら技術がどういったものか、調べてみました。

■安価なメタンロケット
現在主流の液体酸素を使った燃料は、打ち上げの際に生じる炭がロケットの配管をつまらせてしまい、一度使ったら破棄しなくてはなりません。その為に打ち上げ費用は高価となってしまいます。燃料にLNG(液化天然ガス)、つまりメタンガスを使えば炭が出ない為、ロケットの再使用が可能となり、また燃料も特別なものでない為、トータルで大幅なコストダウンが可能だと言われています。

しかし、この新しい燃焼方式のロケットは日本の「GXプロジェクト」という形でも推進されていますが、開発が難航していて当初の開発費の3~4倍も費用が掛かってしまい、実際は安価なロケットとはならないことが分かってしまった。。。。。。。で、今、開発自体を中止しそうな雰囲気なのです。


(メタンロケットの燃焼実験 CGみたいな綺麗な青い炎が特徴)

日本では失敗しそうなプロジェクトになってしまったが、

ロシアは上手くいったのか???

実は、ロシアでもメーカーの売上減に繋がる為、開発自体をを断念したといわれています。まぁ、開発とアイデア提供は次元が異なることですが、五井野博士が提言したという証拠が今のところ見つかっていませんので、何とも判断がつきません。


■五井野プロシジャー
「五井野プロシジャー」(以下、GPと記載)については、万能薬で白血病細胞実験で他の抗がん剤と比べ10倍の効力を発揮し、副作用がないことがデンマークで証明され、ロシアで特許取得しているそうです。末期ガン、重度糖尿病にも効果があるとのこと。こういった業績でロシア等の旧ソ連邦の国で多くの要人(エリツィン等)のファイナル・ドクターとして治癒回復させたことから、多くの勲章を貰ったといいます。

GPの詳細はわからないのですが、この記事での推察は、霊芝に含まれる多糖体の1つである水溶性のβ-1,3-D-グルカンという物質が引き起こすシールド効果によるものではないかということです。

■チェルノブイリのガンに苦しむ子供達の救済計画始まる
http://www.avis.ne.jp/~wippii/kiji-8.html


ネット(日本語)では、このぐらいしか分かりませんでした。
「重力軽減装置」については、是非、知りたかったなぁ。。。。。。(笑)
※多分、コマの回転と何か関係あるだろうと思っていますが、、、、

でも、勲章がなぜアルメニアロシアばかりなんでしょうか?
この辺、何かあるような気がしてなりません。
(彼のような万能の天才は、国内では足を引っ張られるからか?)


著書は『七次元からの使者』『法華三部経大系総論』『科学から芸術へ』...等、いろいろあるようですが、『七次元~』や『法華三部~』もカクレイシさん人気のお陰で古本でもガーンと値段が上がってしまった。。。。。で、今入手できそうな本は、『科学から芸術へ』しかありませんね。

で、この本の目次の内容を見てみると、、、、

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『科学から芸術へ』

◆万有引力の法則を使ってアルメニアを近づける
  等速運動と出世
  万有引力と妬み係数
  =(イコール)ではなくて→(移行)
  今は非ユークリッド時代
  アルメニアはノアの方舟が降り立った聖地

◆シュメール世界と古代日本の関係性から仏教の悟りの真実まで
  日本古代国家は新羅と唐の支配する世界
  トヨクニ文字が日本の歴史の謎を解く
  アルメニアの最初はシュメール
  釈迦の悟りはスジャータ女性の目

◆大脳とアカデミーの共通性の話から芸術に至る
  大脳のヒダヒダからのコミュニケーション
  芸術とは四次元的なもの
  ハルマゲドンの誤り
  シュメール山は須弥山のこと
  アルメニア人は世界中に分布する

◆中国最初の文明国家「夏」の話からウィッピー総合研究所の将来計画
   「殷」「周」の前に「夏」「商」があった
  衛星ロケットの開発をするウィッピー総合研究所
  女王卑弥呼の海獣葡萄鏡のルーツはアルメニア
  浮世絵は世界の架け橋

◆科学から芸術へ
  科学を超えた芸術
  モナリザの秘密と次元世界
  □□政党を持つカルト宗教団体の国際的危険度
  浮世絵の世界と科学
  ニュートンとアインシュタイン世界の是正

◆あとがき
  空き缶はシュメール世界のシンボル
  「七次元よりの使者」の小説が現実世界に!
   時代の逆転層とインターネット

  

科学から芸術へ科学から芸術へ
(1995/12)
五井野 正

商品詳細を見る
(何故か書店では入手不可。定価1000円なのに中古で3~4000円とは!)

(購入先)
http://www.utagawa.or.jp/kagakukarageijyutu/book.html
**********************************************************************

表題から芸術論の本かなと思いましたが、なかなか香ばしい内容です(笑)。

これは、1度手に取って読んで見なければ、、、、、、

五井野博士の凄いところは、『七次元からの使者』『法華三部経大系総論』のような宗教系だけの人物かと思いきや、GP発見という医学、浮世絵という美術、湖水汚染やリサイクル等の環境問題、SF小説家、、ミュージシャン、、、、、あらゆる分野を幅広く網羅して活動されている点は、本当に凄いの一言です。こういう宗教系の内容を書かれる人で、芸術・科学分野でも素晴しい業績を残す人など殆どいませんね。

浮世絵を自らの芸術の中心に据え、自らも浮世絵画家と活躍されているのは、ヤッズ★も信奉してる「世界は江戸化する」と関連していて、嬉しくなってしまいます。

まぁ、ヤッズ★の場合、現代の浮世絵、アニメ絵の方を賛美していますが、、、、(爆)。
※最近、ブログ背景を変えたのもコレが理由です(笑)。浮世絵、アニメ画に共通している特徴。つまり、平面的表現においてイデア的祖形描写によるリアリティ感の増強。このことが理由からか、「萌え~♪」という感情を誘発させる絵は、いまのところ、日本のアニメ画しかない(爆)。

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(歌川正国(=五井野博士)・作「鏡の中のゴッホ」(左) 元絵の三代豊国・作「梅の由兵衛」(右))

耳そぎゴッホ
(耳を削いだゴッホの自画像 上の「梅の由兵衛」を構図モデルにしたという)


こんな活躍されていても、日本では全く評価されてません。しかも、Wikipediaにすら載っていないのです。、、、、、なぜなんだ???こんなに業績あるのに???下記にその妨害情況が書かれていました。秋田新聞を読む限り、抵抗勢力がいて国内での活動をトコトン邪魔をされている感があります

■秋田の市民新聞【あおぽ】(エルミタージュ美術館展覧会)
http://www.aopo.net/jiken/385/jiken-4.htm
■秋田の市民新聞【あおぽ】(裸のゴーギャン)
http://www.aopo.net/jiken/380/jiken-1.htm


カクレイシ・ブログでは、こういった多くの業績や『七次元からの使者』『法華三部経大系総論』の著作内容からだと思いますが、彼が「救世主」であると断言してます。まぁ、ヤッズ★は五井野氏の著作をまだ読んでいない為、「救世主」かどうかは何とも判断が付かないのですが、五井野博士の業績は素直に凄いと感嘆しています。

30年前に今後の私たちの進路を指し示していることから、時代のナビゲーターである点は間違いないと思っています。そういう意味では「救世主」かなぁ。。。。。。。

俄然、興味持ちました。

個人的には、五井野正博士、リチャード・コシズミ、上江洲師のパネルディスカッションがあればとても面白いなぁと思っていますが(爆)、最近は、カクレイシ日記のお陰か分かりませんが、五井野氏の講演会も多く開催されているそうなので、近くで開催されたら、是非、行ってみたいと思います。


(講演会開催日程)
■歌川派門人会HP
http://www.utagawa.or.jp/

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