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クリシュナムルティ

【100日ブログ 第11日目】  願望入れ喰い状態まであと89日

前々回に、クリシュナムルティについて少し触れましたが、ヤッズ★自体、彼がどんな思想の持ち主かさっぱり知らなかったので(救世主稼業を廃業した程度の知識)、少し調べてみました。

K2.gif


■あるがままを感じる
彼の教えは、「あるがままの全体的知覚」が主要なテーマです。

「全体的知覚」とは主体(=知覚している知覚者)と客体(=知覚されている対象物)の間に分離がない純粋な知覚状態のことであり、人がそのような状態にあるときにのみ自らの条件付けを解消する真理の知覚が起こると説いています。

まぁ、俗に言う「主客一致」した、全体感を持った状態ですね。
オコツトの言葉を借りれば、「ψ3とψ4の対化の等化」ともいいます(爆)。

彼は、「その状態を意図的な努力や訓練、または宗教団体や何かの組織に属することによっては引き起こすことはできない」と言います。

真理の知覚が可能となるのは、「あるがままの全的知覚」の中だけであり、その状態では知覚者自体も融合化して溶け合ってしまっているため、知覚者がする「思考」に委ねてしまっては、真理の知覚は不可能ということになります。

真理の知覚しようと、瞑想などの宗教的技法も含めた「目的に向かって為されるいかなる行為」も有害であれこそすれ、効果が無いとまで語っています。すべて否定の炎によって浄化されなければならないとまで言い切っています。

彼に熱烈に傾倒していた著名人として有名なのが、
カンフー俳優のブルース・リーですが、彼の有名な言葉、

「Don't think. FEEL! (考えるな、感じるんだ!)
は、正しくクリシュナムルティ思想から影響を受けて発せられた言葉だったのです。



■依存心の排除
彼はハッキリとこういいます。

「神を信じる者は、神を発見できない!」

なにやら、パラドックスの如き表現ですね(爆)。

これは神とか悟りを開いた人にすがろうとするのは、不安から逃れようとする精神の働きであります。神を見出すことは、誰に頼ることも導いて貰うこともできない、本当に孤独な作業なのです。

ですから、神を信仰し依存する人は、その時点で既に、神を見出すことができなくなってしまっているのです。



■真理の掴み方
真理を理解するにはどうしたらよいのでしょうか?

思考の活動が静まり、努力の産物でない静寂があるとき、<永遠のものが出現する>とクリシュナムルティは言います。

思考が、高次元世界からやってくる情報を厚い雲のように遮ってしまうわけですね。

あるがままのものは常に動いており、神や真理は一瞬ごとに生じる。
よって、常に新しい実在を知るには記憶、信念などの条件づけは邪魔な足かせである。

それには、「完全に受動的な自己凝視」ワークが最適。

(凝視の方法)
・精神によって凝視するのではなく、精神を凝視する
・観念に目を向けず、観念を生み出す思考の過程そのものを理解する


精神の働きの全体を見つめることで、自我を支配しているものを理解するのです。

思考は部分しか見ないので、思考すればするほど問題は細分化され複雑になります。理論を探求するのではなく事実を見つめること、部分ではなく全体を見つめることで問題が解決されるといいます。


特に最後の部分は、メカニズム好きなヤッズ★には、耳の痛い話です(爆)。
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唯一神、降臨す!?

世の中には、我こそがキリストの生まれ変わりであるとか、仏陀の転生者であるとか、盛んに宣伝している教祖様がたくさんおられます(笑)。

イエスの生まれ変わりと喧伝している人をヤッズ★は10人くらい知っていますが、彼ら全員の言説をそのまま信じれば、現代という時を同じくする時代にイエスが10人に転生してきていることになります(爆)。

転生が1人限定ならば、その他はニセモノ???

まぁ、イエスや仏陀はかつては人間として生を受けており、「人間→人間」への転生なのでまだ許容できる範囲なのですが(それでも畏れ多いです)、なんと、神が降臨したと主張される方まで日本にはたくさん居られます。

文字通り、現人神というわけです(笑)。

そんな中の1人がマタヨシ光雄さんといい、元牧師で塾経営していながら、世界経済共同体党の代表として政治活動をされている方で、カルトな人気を得ています(笑)。

彼の場合、唯一神・又吉イエスといった方が有名ですね(笑)。
※註 正式なフルネームは、「唯一神 又吉光雄・イエス・キリスト」だそうです。唯一神を名乗ってはいますが、決して宗教団体ではなく、多少、宗教色や電波な部分がありますが、レッキとした届出された個人政党なのです。

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(とっても過激な内容のポスター、色使いもデザインも斬新です。)

沖縄知事選、参議院選(2007年7月・東京)...等と過去10回も選挙に出馬されているようですが、今のところ、まだ当選されておられません。どのメディアも泡沫候補扱いで、毎回、規定得票数に満たない為、供託金を没収されている状況です。

今度はいつ降臨(選挙に出馬)されるのでしょうか?
※政治活動資金が、あと5万1000円しかないと収支報告していますが、今後の政治活動が可能なのでしょうか?

■又吉イエス街頭演説 (巨悪?に切れまくってます・笑)
http://jp.youtube.com/watch?v=Ra0Z32VsTYw


ヤッズ★にとって、ひこにゃんと同じぐらい気になる存在です。
その動向がとても気になります(笑)。

下記動画は、2004年参議院選の政見放送(1分弱)なのですが、とても心に残る動画ですので、是非、ご覧になってみて下さい。


(ヤッズ★が彼を知るキッカケとなった動画)

「唯一神又吉イエスが、本参議院選で参議院議員として国会にでて、全衆参国会議員により首相指名をうけ、内閣を成立させる。従って本参議院選後、小泉内閣は総辞職して首相小泉純一郎は首相の座を唯一神又吉イエスに明け渡すべきである。そうしないならば、小泉純一郎は他人を殺し、全人類を殺すものに他ならない。他人を殺すなら自分が死ぬべきが当然である。よって小泉純一郎は腹を切って死ぬべきである。また小泉純一郎はただ死んでおわるものではない。唯一神又吉イエスが小泉純一郎を地獄の火の中に投げ込む者である」

■言行録まとめ(フラッシュ版)
http://internext.s51.xrea.com/matayoshi.swf
■神世紀マタヨシイエス ~ 残酷な唯一神のテーゼ (この動画、萌えます~♪)
http://jp.youtube.com/watch?v=eI6Qsu8Df5g&NR=1

こんな凄い人を今まで知らなかったとは。。。。。_| ̄|○

ヤッズ★が東京在住ならば、リアルで政見放送を見れたものを。。。。。。_| ̄|○


氏の言う「腹を切って死ぬべきである」とは、言葉自体、過激ではありますが、日本的な責任追及を象徴した言葉であり、まぁ、普通なら「万死に値する」とか「詰め腹を切る」という表現を使うところです。逆にこちらの方が既に使い古された感があり、本来の意味が蔑ろにされた感があります。実際、この言葉を発する政治家で実際、その通りにした者は未だいません(爆)。

しかし、昔のサムライ(武士)は違っていました。本当に義の為に自らの生命を賭して事にあたっていたわけです。今なら本当に切腹するのはアナクロと言われるかもしれませんが、少なくとも政治家を職業とする人には、政治生命を賭すぐらいの高邁な精神があってもいいのではないでしょうか(笑)。

氏の言動は現在のようになってしまった日本に対して、何の責任を持とうともせず、ただ金策に勤しむ政治家の姿を憂う憂国の士の言葉であり、かつての日本人が持っていた美意識、サムライ精神を遺憾なく政治家や支持する人々の喉元に突きつけていると思うのです。

また、なにぶん元牧師(世界キリスト教)ゆえ、「地獄の業火に焼かれる」...等、キリスト教的表現が多く、また多少電波な部分も含まれるため、初めて聞いた場合、とても違和感を感じ引いてしまうものです。

動画から推測されるのは、普段からとてもエキセントリックな方のように思えますが、その逆にとても温厚な方でどこにでもいる面白いおじさんといった感じだそうです。選挙という環境が彼をハイテンションにし「神」に変身させるのでしょうか(笑)。

さて、彼の「自分が神である」という主張を聞くと、ニール・ドナルド・ウォルシュ著の『神との対話』の中で述べられている内容、「皆、それぞれ自分自身が神であり、創造主である」という言葉を思い出さずにはいられません。

つまり、ウォルッシュの言説に従うならば、マタヨシさんは当然「神」であり、実は、私ヤッズ★もまた「神」であり、そして、貴方も「神」であるというわけです。ですから、『神との対話』の内容に同意する人には、彼の「唯一神・又吉イエス」という表現に何も異議を差し挟むことは出来ません。

寧ろ、「良くぞ言ってくれた!」とエールを送るべきところです(爆)。
※註 マタヨシ氏が自分以外の人も神であるという主張は、今のところ確認できていませんが...

matayoshi1SS.jpg

ただ、彼が演説する時の内容は、あまりにも前後の脈絡がなく、また糾弾の理由も唐突過ぎていて、いったい何を言っているのかサッパリ付いていけなくなる場面が多いです(笑)、そして、一瞬、自分の脳内に空白が出来てしまいます(爆)。


(言行録 その1)
「首相の座を明け渡すべきである。そうしないならば..........」
「小泉純一郎は他人を殺し、全人類を殺すものに他ならない!」


 (´Д`;) しない場合の展開が知りたかったのに。。。。。


(言行録 その2)
「他人を殺すなら.........」
「自分が死ぬべきが当然である!」


 (´Д`;) い、いきなり結論が。。。こ、これは三段論法じゃない!


(言行録 その3)
「何故、これだけの責任追及をするのかといいますと........」
「それが必要です!」


 (´Д`;) そ、その必要性を聞きたかったのですが。。。。


ただ、公式HPの内容を読むに付け、上記の結論に至る理由は至極真っ当で理解できるのですが、このようにいきなり最終結論に持ってくるものですから、当然、面食らってしまいます。

特に(言行録 その2)の「他人を殺すものは、自分が死ぬべきである」という言葉は、一瞬、「???」となってしまいますが(笑)、よくよく考えてみると、これはスピ系でよく言われる「鏡の法則」や「与えたものが自分が受け取る」、「他自実現」を彷彿とさせる言葉です。

実際、彼の著書の中では、個別の行為の背後には「全体的要因」が存在すると指摘しており、人と人は文字通り繋がったもので、それ故、ある人たちの悪意ある行動が全体を悪い方向へ押しやってしまうというこというわけです。何気ない言葉なのですが、その思考の深さに驚かされる部分が多々あります。

彼の提唱する政策には、「茶髪・ピアス禁止(男性限定)」「ミニスカート全面禁止」「同性愛禁止(→死刑)」という道徳的な面を強調したものがありますが、特に「ミニスカート禁止」には今のところ諸手を挙げて全面的に同意はできません。この辺は、今後摺り合わせが必要なところです(爆)。

このように、まるで禅問答のような演説内容だけから、その意図や論理の軌跡を把握理解するには、およそ凡人の頭を持ってしては不可能であり、「克服できない壁」のようなものを感じてしまいます。

しかし、禅の公案を解いた時に瞬間的に悟るのと同様に、彼の言行を読み解くことで人々に覚醒を引き起こすかもしれません。この点では神の如き存在であると言ってもいいかもしれませんね(爆)。

彼の演説は、凡夫がするような起承転結のあるホップ・ステップ・ジャンプではなく、

ホップ→(消滅)→ジャンプ

あるいは、ホップ・ステップ・反復横跳び(爆)なのです。

結論や理由というステップ、ジャンプ部分がワープして目の前から突如消えて無くなります。その後、思いもしないところから現れてくるのです。氏にとっては極当たり前の結論なのですが、我々は置いてきぼり喰わされた格好です。理由は自分の他まで考えろというスタンスなのでしょうか?

これは、電子が突然、別の軌道上に現われるが故に確率的な出現率しか知ることが出来ないのと同じように、「量子力学的な説話法」なのです。ああなるから、こうなってと逐次、合理的な説明が可能な「ニュートン力学的な説話法」とは明らかに異質なものなのは言うまでもありません(爆)。

思わず、「なんでやねん!」と拳を握り締めてしまうような意表を付く言葉が理由として挙げられてくるのです(笑)。例えていうと、星飛雄馬が放つ大リーグボール2号「消える魔球」を初めて目にしたバッターのような気分(鳩が豆鉄砲を喰らったような顔)にさせられると言えば、分かり易いでしょうか。

でも、実はこれ、かなり有効な願望実現ワークになるのでは?とヤッズ★は睨んでいます。

というのは、チョプラ博士の『富と成功をもたらす7つの法則』にも載っているのですが、脳の思考の空白、つまり思考と思考の隙間には、「最小の努力で最大の成果を得る法則」という願望実現への「最短の近道ドア」であるからなのです。

そして、彼の言動は、この空隙を強制的に誘発する点で、現在手に入るものとしては、稀有なものなのです(ニヤリ)。

富と成功をもたらす7つの法則―願望が自然に叶う実践ガイド 富と成功をもたらす7つの法則―願望が自然に叶う実践ガイド
ディーパック・チョプラ (2007/09)
大和出版

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かつて、ヤッズ★は「美女を見ながら願望実現」というワークをブログで紹介しましたが、このワークはお気に入りの女優、タレント、グラビアアイドルや街で見かけた美女を見てウットリした際に、願望インプットすることで、固有のネガティブに邪魔されず、潜在意識の深いところへヴィジョンを直接浸透して据付が可能な為、願望が叶い易くなるのではないかという記事を書きました。

しかし、この美女ワーク(イケメンワーク)は、視覚情報へ釘付けされることによる思考空白を強制的に引き起こさせる方法の為、見惚れている時は意識が視覚情報にシフトしてしまい、願望インプット出来ないという致命的な欠陥を抱えていました(爆)。

でも、今回の「唯一神を味わいながら願望実現」ワークでは、この禅問答のような主張を聞いた際に出来る自分の脳の思考急停止状態を利用して、願望のインプットを実行するわけです。

今回は視覚情報に全く依らず、意識はそのまま頭に在り続ける為、願望のインプットが可能な状態であると踏んでいます。

是非、カーステで聞かれることをオススメ致します。
願望入れ喰い状態になるかもですよ(超爆)。

01-11KK.jpg
(今までの端折った表現から打って変って、筋立ったマニフェストになっています。どうも有能なボランティア・スタッフが付いたようですね。)


■又吉イエス非公式サイト
http://yes.happy.nu/

再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするか、どのようにするか 再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするか、どのようにするか
唯一神又吉光雄イエスキリスト (2003/05)
那覇出版社

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■書評
http://www11.plala.or.jp/eri-teru/review-matayosi.html

20071117182741.jpg
(非公式サイト内のスクリプト「e-マタヨシ」で作ってみたよ。 う~ん、過激だ)

ラーマ・クリシュナ

ラーマ・クリシュナ・パラマハンサ(Sri Ramakrishna Paramhansa 1836~1886)という聖人を知っていますか?

詩聖タゴール、ガンジー、ネルーなどの20世紀インドの世界的偉人が、揃って讃仰し、帰依した程の大聖人なのです。

彼は幼少の頃より、動物園でライオンを見たり、あるイギリスの少年を見たりした時に、その中に神を見て三昧に入ってしまう程、既に数多くの三昧(サマディー)を経験していました。

ある日、彼が神の化身であることを確かめるための公開論争が行われることになったのですが、論争相手としてよばれたタントラ派の行者は、彼を見るなり、彼は神の化身であると論争の前に認めてしまった。

64種あるタントラ派の行法も全て学び、さらに、ヴィシュヌ派でクリシュナと一体化する行法もマスターもした。また、人格神ではない無相のアートマンを認識する境地には、師のトーター・プリーは40年かかっているのに、彼はたった1日で達してしまった。

その宗教的天才ぶりが、うかがい知れます。

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彼の言葉は、普遍的福音(ユニバーサル・ゴスペル)とも呼ばれていますが、聖者の常で、自分は何一つ書き残しませんでした。しかし、学校の校長である高弟がその言行録を残し、今に伝えています。

その書の名を、「不滅の言葉(コタムリト)」といいます。

過去、イエスや仏陀等の偉大な聖者が出ましたが、その言葉は死後数百年経ってから記録されたものであり、言行録は断片的にしか存在せず、また後世の人に加筆されていることを思えば、この言行録の純粋性は稀有のものであると賞賛されています。

「真理はひとつ、神はひとつ」であると、彼は言います。

ひとつなる神が、民族や宗教の違いによってさまざまな名で呼ばれているが、それは無限にある「道」の違いであり、どの道も究極的にはただひとつの頂きに着くのだと断言しています。

「ひとつの貯水池に、いくつもの水汲み場がある。そこから、汲み上げた水のことを、ヒンドゥー教徒は「ジャラ」と呼び、イスラーム教徒は「パーニ」と呼び、キリスト教徒は「ウォーター」あるいは「アクア」と呼ぶ。一つの神に、いろいろな名前がついている。」

本地垂迹(ほんちすいじゃく)説と同じですね。
※注「神道:天照大神 = 仏教:大日如来、観音菩薩」と説く考え。

その頂きこそが、ひとつなる世界、ひとつなる神、との合一だという。
彼は、そのひとつなる実在を「ブラフマン」と呼びます。

そして、ブラフマンとの合一を知るためには、「私」を捨てる以外にその方法はなく、少しでも「我」意識が残っていると、ブラフマンは決してその実相を現さないと説きました。

では、「私」とは何者なのだろうか。

ラーマ・クリシュナはこのように説きます。
「神は世界そのものであるから、「私」もその何に含まれます。だから、決して「私」とは神から切り離されたものではなく、神そのものなのです。」

なんか、どっかで聞いたことのある言葉だなぁ。
そうか、ヤッズ★の座右の書『神との対話』と同じだ!

「我々の真の幸福は、「私」によって分断された現象世界の即物的価値の中にあるのではなく、自分を越えた「真我」におけるブラフマンとの合一にある。」

「人間に生まれるという、稀なる特典を得ても、今生で神を悟れなければ、生まれた意味がない。」

心に響く真理ついた言葉です。
是非買って、手元に置いておきたいなぁと思う本です。


不滅の言葉(コタムリト)―大聖ラーマクリシュナ 不滅の言葉(コタムリト)―大聖ラーマクリシュナ
(1992/05)
中央公論社

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肥田春充

肥田春充(ひだはるみち)という、肥田式強健術の創設者を知っていますか?

1883年12月25日、山梨県の医師川合立玄の子として生まれた。幼少年期は大変な虚弱児だった為、古今東西の鍛錬法を徹底的に研究の末、強健術を編み出し、体力・頭脳を飛躍的に向上させた。

35歳の時、肥田家の養子となり、静岡県に住み多数の著書を著す。また、太平洋戦争開戦に反対をし、戦争回避の為に東奔西走したが間に合わず、東條首相に引責自害を詰め寄り、自らも自害を覚悟した。

1956年8月24日、日本の行く末を憂え、食欲が減退し、49日間の一切の水分を取らぬ完全断食の末、亡くなる。

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■その卓越した能力
・三大学四学科に同時入学し、トップクラスの成績で同時卒業。
・兵営での所感記述を他の兵士がノート1冊を書く間に10冊も書き上げた。
・メモを持たずに百数十箇所の数字や数十篇の名文名詩を含む内容の講演を行う。
・ソロバンの名人よりも早く二十桁程度の暗算(加減乗除)ができた。
・目隠しした状態で矢を射て、百発百中で針金に当てることが出来た。

・竹内流柔術の免許を六ヶ月で習得。
・姿勢を正しただけで凄まじい気迫を発し、高名な武道家も触れることができなかった。
・新興宗教との裁判時に、一喝したら、相手の教祖と裁判官がひっくり返って気絶。
・机を殴ったら、手のひらの形に抜けた。
・日本刀・木刀などを持った十二人の刺客に襲われたが撃退。後に刺客たちは春充に弟子入り。

・丸太を踏みつけると、踵の形を残してへし折れた。
・9mの直線を一筆書きした。(中心○)
・空中浮遊
・数千年先の未来を見通した。
・ランダムな3桁の数字が書かれたサイコロを50個くらい一度に振り、バラバラに落ちたすべてのサイコロの表裏の総和を瞬時に言い当てた。

なんとまぁ、凄い人なのでしょう。

特に、目隠しをして矢を射て針金に当てる話は、いろんな位置、角度を変えても当たるので、どうして当たるのかと聞いたところ、「1000万回やっても当たる。なぜなら、矢が針金に当たったのを確認してから、矢を射るので、当たらぬはずがない。」と春充は語ったそうです。

先の阿波研造翁を超えてますw。

■正中心
肥田式強健術の肝要は、正中心という、いわゆる丹田から常時パワーを湧出させることが上げられます。またそのため、下画像のようなお腹が突き出た独特の姿勢になります。

ヤッズ★は、肥田式強健術をやると、このようにお腹が膨れてしまうならやりたくないなと、若い頃は思ってました(笑)。実際のところはどうなんでしょう。

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また、肥田式強健術は、東洋に古来より伝わる「丹田の鍛錬」をさらに押し進め、腹、腰、姿勢、気合までを統合した「正中心の鍛錬」にまで発展させました。

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これまで観念的、神秘的であった「丹田」を「正中心」と名づけ、その位置を厳密に定義付け、図示しています。(上図)

(この記事は、■聖中心道肥田式強健術を参考にしています。)
 http://homepage1.nifty.com/hidashiki/

幻の超人養成法 肥田式強健術―腰腹同量 正中心の鍛錬を極めよ! 幻の超人養成法 肥田式強健術―腰腹同量 正中心の鍛錬を極めよ!
佐々木 了雲 (2005/11)
BABジャパン出版局
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植芝盛平

植芝 盛平(うえしば もりへい)という、合気道の創始者を知っていますか?

1883年12月14日、和歌山県田辺市の農家に生まれ、中学校を中退し、税務署勤務を経て文房具卸売り業を開業。その傍ら武術を学び、日露戦争の兵役後、、北海道紋別郡白滝村(現遠軽町)の原野に開拓農民として移住。

1917年、父親の危篤の報を聞き帰郷した後、宗教団体大本に入信し京都の綾部に移住。
1919年、綾部で「植芝塾」道場を開設。
1922年、出口王仁三郎の命名で自らの武術を「合気武道」と称す。
1969年4月26日没。

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合気道(あいきどう)は、日本古来の柔術・剣術・杖術などを基に現代武道です。
日々の練習により、不必要な体の場所からは力を抜き、相手との接点となる処に全身の力を集中させる事が出来るようになり、自分より体格の優れた者を征する事が可能となる。また、精神性を他の武道よりも重くみている。技は、体術・武器術(剣・杖)を含み、対多人数の場合も想定した総合武術であった為、戦中戦後を通し、軍や警察で研修が行われました。

この方も驚嘆する能力がありました。


■盛平翁(70歳)の怪力ぶり
・7、8人の人たちが力いっぱい押してもビクともせず道に立ちふさがっていた黒松の根おこしを、盛平翁が一人で行ったところ、軽く揺すっていただけで根を抜いてしまった。

消防隊員の訓練のため、盛平翁が両足を開いて立ち、4~5m下がった位置から相撲のぶつかり稽古のように隊員達が突進して胸に体を打ちつけたが、盛平翁は一歩もさがることなく、全員のあたりを受け止めた。

盛平翁が壁に人指指一本を押しけ、その腕に二人の柔道家(約150㎏)がぶら下がったが、盛平翁は顔色ひとつ変えず二人を腕にぶら下げた。


■神技「弾避け」
あるとき、陸軍の砲兵官の方が、軍の関係者を九人ばかり連れて植芝道場にやって来ました。合気道という素晴らしい武道があるから見学しろ、というわけです。

そのときいっしょに来た人たちというのは鉄砲の検査官でした。検査官というのは、作ったばかりの鉄砲を実際に撃ってみて、銃身が右に曲がってるとか左に曲がってるとかを判断する人たちなのです。射撃の腕前はオリンピック級で、私が見せてもらったときも本当に百発百中なのでビックリしました。

そういう人たちを前にして演武を行った植芝先生が、そのとき「ワシには鉄砲は当たらんのや」と言ってしまったのです。

確かに植芝先生は、蒙古で馬賊と闘ったときに鉄砲の弾をよけたと聞いていましたが、しかしこのときは相手がいけません。検査官の人たちはプライドを傷つけられて、すっかり怒ってしまいました。

「本当にあたりませんか」彼等が先生に詰め寄ります。
「ああ、当たらん」
「じゃあ、試していいですか」
「けっこうや」

売り言葉に買い言葉です。
その場で何月何日に大久保の射撃場で鉄砲の的になる、という誓約書を書かされ、拇印まで押すはめになってしまいました。しかもその写しを軍の裁判所のようなところへ持っていって、確認までしてもらうという念の入れようです。

これで植芝先生は撃たれて死んでも、文句が言えないようになってしまいました。

さてその当日、先方から迎えが来て、大久保の射撃場へと植芝先生を連れていきました。
お供は私と湯川さんの二人です。奥さんが大変心配されて、やめるように懇願したのですが、先生は「いや、大丈夫。あんなもん当たらんよ」とのんきなものです。

私と湯川さんも顔を寄せ合って、「こりゃ葬式を用意しといたほうがいいんじゃないか」などと相談していたくらいです。

射撃場に着くと、もっと大変なことが私たちを待っていました。

私はてっきり、一人の人が先生を撃つのかと思っていたら、なんと六人がかりだというのです。用いた銃はピストルでした。ピストルの有効射程距離が二十五メートルだそうです。

射撃場ではその距離に人間の形をした的が置かれています。
しかし、そのときは人形の代わりに、植芝先生が的の位置に立つことになりました。

そして、こちらのほうで、六人の検査官がピストルを構えました。
二十五メートルというと相当の距離です。
あんなところから先生はいったいどうするというのだろう、と私は息を呑んで見守っていました。

「一、二、三」で六つの銃口が一斉に火を吹きました。

砂ぼこりがもうもうと舞い上がったかと思うと、次の瞬間、六人のうちの一人が宙を舞ったのです。

なんということでしょう。
先生がいつの間にか六人の後ろに立って、ニコニコ笑っているではありませんか。

狐につままれたような気分とはこのことです。
いったい何が起こったのか、私にはまったく理解できませんでした。

私ばかりではありません。
その場にいただれもが、ただ驚くばかりで言葉を失っています。

納得のできない様子の六人の検査官が、もう一度やらせてくれと申し出ました。
先生は「かまわんよ」と、いたって涼しい顔です。

もう一度、六つの銃口が先生に向かって火を吹きました。と、今度は端っこの人が投げられて宙に舞ったのです。先生はまたもや、いつの間にか後ろに立っていました。

私は茫然となってしまいました。
今度こそ何が起こるか見極めてやろうと目をこらしていたのですが、結局、先生の動きがなにひとつ見えなかったからです。

立っている先生に向かって六つのピストルの引き金が引かれた。そこまではわかっています。

ところが、次の瞬間にはもう、先生は二十五メートルの距離を移動して、人一人を投げ飛ばしているのです。

これはもう、まぎれもなく神技としか思えません。
首を傾げるだけの軍の関係者をあとにして、先生は意気揚揚と引き上げたのでした。

 
帰りしな、私は先生に「いったいどうやったんですか」と尋ねました。
それに対する先生の答えは、次のようなものでした。

彼らがピストルの引き金を引こうとすると、黄金の玉のような光が飛んで来る。
弾はそのあとから来るから、よけるのはなんでもない。

それに、六人同時に撃ってるつもりでも、一度には出て来ない。
必ずバラバラだから、いちばん先に来るやつのところに行けばいいのだ、と。

「金の光は、ビューんとすごい音がするんだよ」と先生はおっしゃってました。

音がしたときに走り出すんだそうです。そのときはまるで忍者のような、腰をかがめて小走りにはしるような格好になるそうです。

それで飛びこんでいって、あとから弾が来たときにはもう半分くらい中に入っているのです。

先生は、金の光が来てから弾が届くまですごい時間があるというんですが、見ている方にとっては、まさに一瞬にしかすぎません。先生が間合いをつめるのは、まったく見えないわけです。 

・・・(中略)・・・

この話には後日談があります。

私の知り合いで、山梨に佐藤貞次郎という猟師がいました。
この人が鉄砲撃ちの名人なのです。

たとえば、山鳥を撃つ場合、猟師が山鳥が沢から降りてくるのを狙い撃ちします。
このときの山鳥のスピードは時速二百キロくらいになるんだそうです。

山鳥というのは、頭を撃たれると、そのままストンと落ちるのですが、腹を撃たれると、滑空していって遠くに落ちてしまう。だから、猟師は皆、頭を狙ってその場に落としたいのですが、なかなかうまくいかない。

ところが、この佐藤さんは百発百中で頭を射抜くのです。
まさに鉄砲撃ちの名人中の名人です。

あるとき、私はこの佐藤さんに、植芝先生が鉄砲をよけた話をしました。

「それでもワシの鉄砲はよけられん」と、佐藤さんは自信満々です。 
「人間の頭なんてこんなにデカい。ワシは山鳥の頭を撃つんじゃ。人間に当たらないわけがない」

そう言って、佐藤さんは先生と勝負するために山から下りてきました。

私は佐藤さんを植芝道場に連れていって、勝負をしたい由を先生に伝えました。この挑戦を先生は受けたのです。

道場の奥に先生が正座して座り、離れたところから佐藤さんが猟銃を構えました。私は固唾を飲んで見守っていました。

佐藤さんの指が今まさに引き金を引こうとしたときです。

「まて、あんたの鉄砲は当たる」と、先生が制しました。
「あんたはワシを撃ってやろうなどという気持ちがこれっぽっちもない。最初から当たるつもりで撃とうとしている。そんな人の鉄砲はよけられない。たいしたものだ」

先生はそう言って、佐藤さんに頭を下げました。
佐藤さんはほんとに喜んで、また山に戻っていきました。

私はすっかり感心してしまいました。 
佐藤さんの鉄砲も名人なら、それを察知して勝負を退いた植芝先生も名人です。
 
まさに、名人は名人を知るというところでしょうか。

 (塩田剛三著「合気道 修行」竹内書店新社より)

ここで下線部を引いた「金の光」っていったい何んでしょうねぇ。
「気」みたいなものでしょうか。

それにしても、弾よりも早く走る盛平翁は、まさにスーパーマンですね(笑)。


開祖 植芝盛平の合気道―「技」と「言葉」に秘められた精神世界 開祖 植芝盛平の合気道―「技」と「言葉」に秘められた精神世界
大宮 司朗 (2005/03)
柏書房

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■「合気」と「言霊」の関連に初めて触れた好著

阿波研造

弓道家で「弓聖」といわれた、阿波研造を知っていますか?

明治13(1880)、宮城県河北町に生れる。仙台の日置流雪荷派で弓をはじめ、後に竹林派に師事し、30歳の時、仙台に弓道場を構え大射道教を創始した。大正の初期、大日本武徳会全国演武大会で弓道日本一の栄誉を得た。各流派の技術面での総合化を試み、近現代弓道の発展に大きく寄与。「天下の弓豪」「弓界の鬼」と畏怖され、晩年は「日本弓道の神」と讃えられた。昭和14(1939)没。

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若い頃は、矢の離れる瞬間に物凄い雄叫びを出していたが、晩年は、すっかり影を潜め、穏やかにして何処までも内面的な弓道家となった。

そんな阿波のもとに、ヨーロッパから東北大学に赴任してきた一人の哲学者がやってきた。彼の名をオイゲン・ヘルゲル。殺戮技術である弓道や空手や剣道を武道として尊ぶ日本精神の理解には、弓道を学ぶことが不可欠と思い、入門してきたのです。

阿波は言う。
弓から矢が離れる瞬間の、その人間の無心な態度が無くてはならない。」
的を当てようと思うな。」
力を抜こうと意識するな。意識した瞬間にとらわれる。」
このまるで禅問答のようなやり取りに、ヘルゲルは閉口してしまう。

<無我の境地になって、矢を放つ瞬間にこそ、禅の醍醐味のある>ことが、ヨーロッパ人のこの哲学者には、まだ分らなかったのです。

阿 波:「自分を離れて弓を射よ。
ヘリゲル:「ならば師よ。私が射ないのならば、誰が射るのですか?」
阿 波:「"それ"が射るのです。」
ヘリゲル:「では、"それ"とは誰ですか。何ですか?」
阿 波:「ひとたびこれがおわかりになった暁には、あなたはもはや私を必要としません。そしてもし私が、あなた自身の経験を省いて、これを探り出す助けをしようと思うならば、私はあらゆる教師の中で最悪のものとなり、教師仲間から追放されるに値するでしょう。ですから、もうその話はやめて稽古しましょう。」

こんな調子で、哲学者だけあって理屈っぽいヘリゲルとの問答が続いていきます。
 
その後も、黙々と俵束に向かって練習を続けるヘリゲルであったが、ついにある日、なにげなくヘリゲルが一射した瞬間、阿波研造は彼に向かって丁重にお辞儀をしてこう述べたのです。

「今しがた、"それ"が射ました。」

次の「的に向かって射る」段階に進んだヘリゲルであったが、矢が的に当たらない。
当たらないどころか、的に届かない時もあった。
その様を見た阿波研造はこう言った。

あなたの矢が的まで届かないのは、あなたの精神が的まで届いていないからです。弓道の奥義は、的のことを関知しません。」

的には当たらない、しかも師のことばは不可解極まりないといった状況で悩み続けたヘリゲルは、とうとう次のような質問を投げかけてしまった。

「先生は、何十年となく稽古を積まれたのですから・・・・(中略)・・・・ちょうど夢遊病者が正しい道を歩くような正確さで弓と矢の見当をつけられるのでしょう。」

この質問に対して、阿波はひとつの絶技をもってヘリゲルに答えたのです。

阿波は、ヘリゲルにその夜あらためて訪問するように言いい。
夜が来て、ヘリゲルは阿波の家に出向いた。

阿波は黙ってヘリゲルを道場につれていくが、当然ながら、道場は真っ暗である。そして1本の蚊取り線香に火を燈し的の前に置いた。

そして、道場に戻り、弓を引き、甲矢(はや)と乙矢(おとや)の2本の矢を立て続けに射った。

「ハッシ!」という音がして、2本とも的に当たったようである。

師範は、ヘリゲルに的を見に行くよう指示したが、彼はそこで恐るべき光景を見たのである。

なんと、1本目の矢は的の中心に当たり、2本目の矢は1本目の矢を真っ二つに引き割いて、的の中心に当たっていたのである。

「的に向かって目を閉じる、すると的の方から近かづくいて来る。しだいに的と一体になる。それは自分と仏が一体になることです。的は自己の不動心の中心にあるから狙う必要なく、矢を目の前の中心におくだけです。だからあなたも自己の心の神に気付き的と矢と一体になれば、的はあなたの心の中心にありますから狙う必要はありません。」

阿波は、「弓禅一如」のなんたるかを、この夜の絶技で教えたのです。

以上の話のなかには、願望実現にとても参考になる内容が、たくさん盛り込まれているとヤッズ★は思います。(特に下線箇所)
 
日本の弓術 日本の弓術
オイゲン ヘリゲル (1982/10)
岩波書店

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中村天風

中村天風先生をご存知ですか?

昭和中期の自己実現の大家です(笑)。

若い頃、満州で馬賊を戦いながら死をも恐れぬ諜報活動を行っていた。しかし、ある時、結核という当時の不治の病に侵され、その治療法を探し文字通り世界中を回った。しかし、結局それは見つからず、失意のまま帰国途上についたのですが、エジプトで偶然にインドのヨガの大家と出会い、そのままインド奥地に連れて行かれ、2年間の修行をして病を完治させた。帰国後も銀行の頭取等を歴任したが、ある時、それを全て投げ打ち、渋谷公園で辻説法を始めた。その説法は瞬く間に人気となり、皇族、首相、政治家、企業経営者等がその会員に名を連ねるまでになった。

ヤッズ★は、中村天風という名前は知っていたのですが、本を読んだことはありませんでした。

ですが、あるHPを閲覧していた時、そのHPでは彼を熱烈に支持、賞賛しており、彼本人の口調で書かれた「成功の実現」「心に成功の炎を」だけは絶対読むべしと書かれていたので、読んでみようという気になったのです。

しかし、この本の定価は非常に高いです(笑)。
(皮革製本品は、さらに高いですw)

そのHPでは、秘策として図書館で借りることを推していましたので、早速、ヤッズ★は近くの図書館に借りに行きましたが、あいにくその図書館には所蔵していなため、別の図書館からの転送借り入れという形でしたが、数週間後に何とか借りることが出来ました。

たしかに、天風先生の語調は心にすっと入ってきます。他の解説本と比べると雲泥の差です。

この本のなかで、「観念更改の法」という方法が紹介されています。

詳しくは書きませんが、いわゆるアファメーションのひとつです。

これを毎日、寝入りばな、起掛けに実行すれば成功間違いなしと述べられています。

その他に、馬賊の話、炭鉱ストの話...等があり、今の日本人とはスケールの大きさが全然違うんだなということがシミジミ分かります。

もう少し安ければ、全て買い揃えるのですが........まあ、3冊買ってもセミナーに出席するよりは断然安いし、それ以上のものはあります。

本当にお勧めです。

成功の実現 成功の実現
中村 天風 (1988/09)
日本経営合理化協会出版局

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心に成功の炎を 心に成功の炎を
中村 天風 (1995/03)
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盛大な人生 盛大な人生
中村 天風 (1990/03)
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