2008.05.06.Tue
♥自己の位置♥
今日1日、自己の存在する位置について、いろいろ考えていました。
このことをフラットランド(平面世界)にいる□男くんと○子ちゃんで考えてみます。
この○子ちゃんに□男くんがひと目惚れしました。

私たちの3次元世界からは高さ方向も見える為、上図のように○子ちゃんは「丸々としてとても可愛くキュート」に見えますが、□男くんから彼女を眺める視線は平面上に存在する為、線1本にしか見えません(笑)。
□男くんは、彼女のことをもっとよく知りたいと思い、いろんな角度から眺めてみようと、もっと近くに近ずき○子ちゃんの周りをグルグル回って眺めてみたのですが、多少彼女は大きく見えるようになったのですが、相変わらず線1本にしか見えません(爆)。
こんどは、○子ちゃんの視点からみてみますと、遠くの方で線1本が見えたと思ったら、それが段々と大きくなって、そのうち自分の周囲を廻り始めたのです。しかも、その線の長さが伸びたり縮んだりしているのです。(短辺側が向くか、対角線側が向くかで長さが変化)
○子ちゃんは怖くなり、その場を走り去るようにして逃げてしまいました(爆)。
この例のように、2次元では互いの姿は1次元落とした「1次元」でしか認識できません。
では、これが私たち物質世界のような3次元世界では、どうなるのでしょうか?
やはり、1次元落とした形で2次元に見えなければいけません。
しかし、そのようには見えていません。
これは何故でしょうか???
2つのことが考えられると思います。
1つの考えは、私たち見ているものは実は全て4次元的存在で、1つ次元を落とした形で眺めているというものです。こっちはヤッズ★が即興で考えつきました(爆)。
他者や対象物が4次元存在なら、1つ次元を落として3次元的に見えて辻褄が合います。
しかし、先のフラットランドの例のように、4次元方向に隠された部分が移動するにつれ開示され見えてこないとおかしいですね。今までの経験からそのような体験はありません。脆くもこの考えは葬り去られてしまいました(涙)。
もう1つは、視線の奥の方で観察している「本当の自己」は、4次元以上の存在である為、私たちは3次元を認識できるという考えです。こちらは『2013年:シリウス革命』で半田広宣氏が語る理論です。
下の図を見れば分かるかと思いますが、○次元をその形そのままで観察するには、○+1次元の位置からでないと観察は不可能ですね。
このことから、私たちの「本当の自己」、つまり、現実世界を静かに観察している奥深い自己は、本当のところは、4次元的存在なのではないでしょうか!

(観察者は観察対象物よりも必ず1次元上にいないと、その世界に埋没してしまう)
4次元???
それは一体どっち方向にあるの???
観察する対象物には、縦・横・高という3つのベクトル(方向)がありますが、
4つ目のベクトルとは、実は、「対象物と観察者を結ぶ線分方向」になるのです。
ここでは、アインシュタインが想定したような「時空間」、つまり、「縦」「横」「高」の他に「時間」をもう1つの次元成分として見立ててはいません。
私たちは、眼の水晶体を通し反転された像を網膜という「平面的な」受光器官に像を結び、それを電子パルスに変換した後に、脳で再生して外界を見ています。つまり、私たちは一度、平面という2次元に投影され劣化した状態で外界を眺めています。
しかし、そのように平面には、見えていませんね。
平面情報を何らかのメカニズムを用い、立体的な像にして眺めています。
とっても不思議です!!!
この事に関しての半田氏の結論は、観察者視点と観察対象物との間に「自分」が存在していて、平面情報を立体情報に直しているからと語っています。そして、記憶も思考も全てこの間に存在するという風に説明しています。
このことをヤッズ★はこう理解しています。
脳内で見る外界は全て自分の意識というスクリーン上に投影しています。
この意識とは、即ち、「自分」そのものです。
その自分に外界の2次元情報を投影して、立体像を形作っている。
これは、丁度、ホログラフ立体映像が元画像と参照光の干渉によって立体画像を作り出すように、意識には予め外界の情報が投影されており、その元画像に肉眼視点から得た外界情報を参照光として投射し、2つを干渉させて立体映像を作っているのだと考えています。
このことの証明になりそうな例を上げます。
今、あなたが眼をあちらこちら動かしても、3Dゲームの視点移動のように背景が劇的に移動せず、3D酔いは起きませんね。今の科学が説明するように肉眼が脳に映像を供給しているならば、液晶ビデオの撮影時のように必ず3D酔いが起きますが、そのようにはなっていません。なにかフレームが固定されていて、その範囲内を焦点が移動するような感じを受けませんか?ただし、頭の向きを変えると背景は激的に移動します。
何やら頭部から発せられた映像を肉眼で見ているような感じに思えてきます(笑)。
3D酔いを起こさせない為に見える外界の様子を視野に固定するには、眼の筋肉から今の眼球の角度を算出し、それに合わせて脳内映像の投影位置を微調整していない限り、そのようには見えません。しかし、そんな微細な位置情報を眼の筋肉が発していませんし、その為の補正計算には膨大な演算が必要です。
そんな大変なことをせずとも、もっとシンプルな構造で処理していると思います。
それは、先に説明した方法で立体視をしているからではないでしょうか!
これならば、3D酔いは起きませんよね。
このことをフラットランド(平面世界)にいる□男くんと○子ちゃんで考えてみます。
この○子ちゃんに□男くんがひと目惚れしました。

私たちの3次元世界からは高さ方向も見える為、上図のように○子ちゃんは「丸々としてとても可愛くキュート」に見えますが、□男くんから彼女を眺める視線は平面上に存在する為、線1本にしか見えません(笑)。
□男くんは、彼女のことをもっとよく知りたいと思い、いろんな角度から眺めてみようと、もっと近くに近ずき○子ちゃんの周りをグルグル回って眺めてみたのですが、多少彼女は大きく見えるようになったのですが、相変わらず線1本にしか見えません(爆)。
こんどは、○子ちゃんの視点からみてみますと、遠くの方で線1本が見えたと思ったら、それが段々と大きくなって、そのうち自分の周囲を廻り始めたのです。しかも、その線の長さが伸びたり縮んだりしているのです。(短辺側が向くか、対角線側が向くかで長さが変化)
○子ちゃんは怖くなり、その場を走り去るようにして逃げてしまいました(爆)。
この例のように、2次元では互いの姿は1次元落とした「1次元」でしか認識できません。
では、これが私たち物質世界のような3次元世界では、どうなるのでしょうか?
やはり、1次元落とした形で2次元に見えなければいけません。
しかし、そのようには見えていません。
これは何故でしょうか???
2つのことが考えられると思います。
1つの考えは、私たち見ているものは実は全て4次元的存在で、1つ次元を落とした形で眺めているというものです。こっちはヤッズ★が即興で考えつきました(爆)。
他者や対象物が4次元存在なら、1つ次元を落として3次元的に見えて辻褄が合います。
しかし、先のフラットランドの例のように、4次元方向に隠された部分が移動するにつれ開示され見えてこないとおかしいですね。今までの経験からそのような体験はありません。脆くもこの考えは葬り去られてしまいました(涙)。
もう1つは、視線の奥の方で観察している「本当の自己」は、4次元以上の存在である為、私たちは3次元を認識できるという考えです。こちらは『2013年:シリウス革命』で半田広宣氏が語る理論です。
下の図を見れば分かるかと思いますが、○次元をその形そのままで観察するには、○+1次元の位置からでないと観察は不可能ですね。
このことから、私たちの「本当の自己」、つまり、現実世界を静かに観察している奥深い自己は、本当のところは、4次元的存在なのではないでしょうか!

(観察者は観察対象物よりも必ず1次元上にいないと、その世界に埋没してしまう)
4次元???
それは一体どっち方向にあるの???
観察する対象物には、縦・横・高という3つのベクトル(方向)がありますが、
4つ目のベクトルとは、実は、「対象物と観察者を結ぶ線分方向」になるのです。
ここでは、アインシュタインが想定したような「時空間」、つまり、「縦」「横」「高」の他に「時間」をもう1つの次元成分として見立ててはいません。
私たちは、眼の水晶体を通し反転された像を網膜という「平面的な」受光器官に像を結び、それを電子パルスに変換した後に、脳で再生して外界を見ています。つまり、私たちは一度、平面という2次元に投影され劣化した状態で外界を眺めています。
しかし、そのように平面には、見えていませんね。
平面情報を何らかのメカニズムを用い、立体的な像にして眺めています。
とっても不思議です!!!
この事に関しての半田氏の結論は、観察者視点と観察対象物との間に「自分」が存在していて、平面情報を立体情報に直しているからと語っています。そして、記憶も思考も全てこの間に存在するという風に説明しています。
このことをヤッズ★はこう理解しています。
脳内で見る外界は全て自分の意識というスクリーン上に投影しています。
この意識とは、即ち、「自分」そのものです。
その自分に外界の2次元情報を投影して、立体像を形作っている。
これは、丁度、ホログラフ立体映像が元画像と参照光の干渉によって立体画像を作り出すように、意識には予め外界の情報が投影されており、その元画像に肉眼視点から得た外界情報を参照光として投射し、2つを干渉させて立体映像を作っているのだと考えています。
このことの証明になりそうな例を上げます。
今、あなたが眼をあちらこちら動かしても、3Dゲームの視点移動のように背景が劇的に移動せず、3D酔いは起きませんね。今の科学が説明するように肉眼が脳に映像を供給しているならば、液晶ビデオの撮影時のように必ず3D酔いが起きますが、そのようにはなっていません。なにかフレームが固定されていて、その範囲内を焦点が移動するような感じを受けませんか?ただし、頭の向きを変えると背景は激的に移動します。
何やら頭部から発せられた映像を肉眼で見ているような感じに思えてきます(笑)。
3D酔いを起こさせない為に見える外界の様子を視野に固定するには、眼の筋肉から今の眼球の角度を算出し、それに合わせて脳内映像の投影位置を微調整していない限り、そのようには見えません。しかし、そんな微細な位置情報を眼の筋肉が発していませんし、その為の補正計算には膨大な演算が必要です。
そんな大変なことをせずとも、もっとシンプルな構造で処理していると思います。
それは、先に説明した方法で立体視をしているからではないでしょうか!
これならば、3D酔いは起きませんよね。














